転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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94話 VS 竜騎将① 前哨戦

 

時は少し遡る――。

 

 

 

レオナ達は、テラン城の裏口に繋がる森の中を切り開いて作られた街道上で、竜騎将バランがやってくるのを待ち構えていた。この街道は主要な街道ではないため、道行く人のほとんどいない寂れた場所だった。

 

先ほど、瞬間移動呪文(ルーラ)の光が昨日戦った湖の方角に向かったのを、彼女達はその場所から目視していた。あそこからここまでは、飛翔呪文(トベルーラ)を使えば15分程度の距離と言える。

 

つまり、もうじきバランがここへ来るという事だった。

 

緊張した面持ちのレオナが、その緊張を和らげようと企図したのか、傍にいるヒュンケル達に声を投げかけた。

 

「クロコダイン、ヒュンケル。ポップ君達は、竜騎衆の分断に成功したと思う?」

 

「間違いなく。あいつは、出来ない事を口にする奴ではないですぞ、レオナ姫」

 

「クロコダインに同意します。あいつなら、きっとやるでしょう。それに、ポップがやり過ぎないよう監視する者もいる。たとえ相手が竜騎衆と言えど、心配はいらないかと……」

 

既に鎧の魔剣を装備しているヒュンケルも、クロコダインの言葉に追随する。

 

レオナは、2人の言葉に頷いた。ポップに対する信頼は、2人同様レオナも抱いていた。少し、いやかなり、いやいやとんでもなく、女心に鈍感過ぎるきらいはあるが、魔王軍との戦いにおいてあれほど頼りになる存在も他にいない。

 

柔軟な発想を下地とした作戦立案能力、数多の魔法を駆使した臨機応変の対応力、敵の狙いを的確に見抜くその洞察力と咄嗟の判断力。そして何よりも……。レオナは、クロコダインとヒュンケルに目を移す。そして何よりも、敵であった者まで魅了する彼の人間性。

 

彼は、パプニカ奪還後大賢者を名乗る事をマトリフ殿から許されたそうだが、それも納得できるだけの存在感を勇者一行(パーティー)の中で発揮し続けている。彼が扇の要だ。

 

勇者アバンは既にこの世を去った。しかしレオナは、よくぞアバンが彼を私達に残してくれていたものだと感じていた。おそらくアバンは、彼がこれからの魔王軍との戦いで不可欠な存在になると言う事を理解していたのだろう。

 

あえて欠点を上げるとするなら、どこか生き急いでいるようにも見える、危険を顧みない彼の刹那的な行動が上げられるが、そこは、今彼に同行している保護者のように、周りが目を光らせる事である程度抑える事ができるだろう。

 

「レオナ姫、……来ます」

 

レオナは、ヒュンケルのその言葉で即座に思考を切り替えた。

 

突然、レオナ達の前の地面にブワッと土埃が舞い上がった。吹き上がる土埃に、手を顔にかざして目を細める3人。

 

そして土埃が晴れた後、その場にたたずんでいたのは、やはり竜騎将バランだった。

 

 

 

 

 

「クロコダインにヒュンケルか……。久しいな。バルジの島で魔王軍を裏切り、我らに敵対したと聞いていたが、……そうか、それは事実だったか」

 

そのバランの、懐古と失望が入り混じったような視線に返事を返したのは、ヒュンケルだった。

 

「バラン……。おおよその事情はポップ達から聞いた。ダイはお前の息子らしいな」

 

「そうだ。私は肉親を取り戻しに来たに過ぎん。裏切り者とはいえ、お前達はかつての同僚。邪魔をしなければ手出しはせぬ。ダイを大人しく引き渡すのだな」

 

クロコダインが、右手に握る真空の斧を構える。

 

「それはできん相談だな、バラン。ダイ本人が自分の意思でお前の元に行きたいと言うのならともかく、あのような非道な行いをしてまでダイを奪い去ろうとするお前を、見過ごす事はできん……!」

 

「勘違いをするな、クロコダイン。私は、お前達に見過ごして貰おうと思っているわけではない。邪魔をするというのなら、ただ排除するまでよ」

 

バランの額に(ドラゴン)の紋章が浮かび上がり、低周波のような音波が全周囲に向けて発せられた。

 

バランが、レオナ達の背後にそびえるテランの王城に目を移す。

 

「……ディーノはあそこか。押し通らせてもらうぞ、ヒュンケル、クロコダイン」

 

バランの殺気がヒュンケルとクロコダインに突き刺さる。

 

「そう簡単に通れると思うな、バラン!」

 

クロコダインが、右手に持った真空の斧を振りかざしバランに突進する。同時にヒュンケルもその後ろから、抜き身の剣を構え続く。

 

「ズガンッ!」と音を立て、クロコダインの振り下ろした真空の斧がバランの首に撃ち込まれた。

 

しかし、その真空の斧による斬撃はバランの周囲に展開されている気流に阻まれ、一切のダメージをバランに与えてはいなかった。

 

「――な、何!? これが竜闘気(ドラゴニックオーラ)なのか!? 何という強度……!」

 

クロコダインは、ポップ達に竜闘気(ドラゴニックオーラ)の存在を聞いてはいたが、実際に見て見ぬことには始まらぬと考え撃ち込んでいた。そのため、ある程度の予測は立てていたものの、その予測を超える竜闘気(ドラゴニックオーラ)の防御力に思わず驚愕の声を上げた。

 

「下がれ、クロコダイン! ウォォォー!」

 

クロコダインにそう声をかけ、今度はヒュンケルがバランに対して剣を振るった。

 

「――アバン流刀殺法 海波斬!!」

 

ヒュンケルの狙いは、竜闘気(ドラゴニックオーラ)の能力を把握する事だった。パワーによる斬撃が通らない事は先のクロコダインの一撃で判明した。では、スピードならどうだ、と。

 

ヒュンケルの放ったアバン流最速の衝撃波が、バランの左側面に一瞬で達した。

 

……いや、やはり達してはいなかった。

 

先のクロコダインの一撃と同じく、ヒュンケルの放った海波斬による衝撃波も竜闘気(ドラゴニックオーラ)に阻まれ、霧散してしまっていた。

 

「……くっ、アバン流最速の刀技、海波斬も通じないのか……!」

 

ヒュンケルも、バランの竜闘気(ドラゴニックオーラ)の鉄壁の防御力に驚きを隠せなかった。

 

その様子を、バランは何の感慨も示さずただ見つめていた。

 

「もう十分か? それなら、今度はこちらから行かせてもらうぞ……」

 

バランは、すらりっと背中に背負った大剣 真魔剛竜剣を抜き放った。その刀身は太陽の光を反射し、周囲に煌々と光を発していた。

 

「クロコダイン、……来るぞ!」

 

「――おう!」

 

ヒュンケルとクロコダインは素早く後退し、バランの一挙手一投足を見逃すまいと極限まで集中する。

 

「まずは獣王! ――お前からだ!」

 

バランが一瞬でクロコダインとの距離を詰め、振りかぶった剣を振り下ろした。その攻撃に対しクロコダインは己の両腕を頭上で交差し防ごうとする。

 

直後、クロコダインが腕に装着していた鋼鉄の手甲が砕け、その腕から鮮血が噴き上がった。しかし、クロコダインは歯を硬く食いしばり、痛苦に耐えていた。これに、逆に驚きの声を上げたのは、攻撃を仕掛けたバランの方だった。

 

「何!? 馬鹿な! ――これしきのダメージしか与えられんだと!」

 

クロコダインの両腕は、真魔剛竜剣の斬撃によって確かに傷つけられていた。しかし、その傷は

バランの予想を遙かに下回っていた。

 

クロコダインの鋼鉄の身体の防御力を見誤ったか、とバランが考えた直後、自身の左側面よりヒュンケルが迫った。

 

即座にバランは、真魔剛竜剣をヒュンケルに対して横なぎに振るう。しかしヒュンケルは、その斬撃を身を屈めて躱し、逆にその手に握った剣でバランに切りかかった。

 

ほんの一息の間に、ヒュンケルは3連撃を放つ。いずれの攻撃も竜闘気(ドラゴニックオーラ)に阻まれバランには届かなかったが、その連撃の剣速には思わずバランも舌を巻いた。

 

「――むぅッ!?」

 

直後、バランを激しい衝撃が襲った。クロコダインが自身の左腕でバランを打ち据えたのだった。ダメージこそ負わなかったものの、その圧倒的膂力によって大きく後退を余儀なくされたバラン。

 

 

 

戦場に一瞬の間断が発生した。

 

即座にレオナがクロコダインに駆け寄り、その傷ついた腕に回復呪文(ベホイミ)をかける。

 

クロコダインの足元には、ひしゃげた魔弾が転がっていた。同様にヒュンケルの足元にも。

 

そう、2人は事前にポップの提案で、防御力変動呪文(スクルト)敏捷力変動呪文(ピオリム)の充填された魔弾をマァムから受け取っていた。そして2人は、バランがこの地に到着する寸前、魔弾を損壊する事で中に込められた魔法の効果を得ていた。

 

これが、先ほどバランの攻撃が思うようにクロコダインに通じず、ヒュンケルの連撃が可能となった理由だった。

 

「魔弾の効果があったみたいね、2人とも。もしかしたらこのままバランを押していけるのかしら?」

 

「いえ、それは難しいでしょう。先ほど俺が放った3連撃も、一切のダメージをバランに与える事ができなかった」

 

「俺の攻撃も同じだ。……なるほど、ポップ達が苦戦するわけだ。通常のやり方では、あの防壁は突破できんな」

 

「それじゃあ、やっぱりポップ君の言う通り、あの手を取るしかなさそうね……」

 

そのレオナの言葉にクロコダインとヒュンケルは頷いた。

 

「さあ、レオナ姫。姫のおかげで傷は癒えました。後ろに下がっていて下さい」

 

「さきほどの攻撃は奴にとって様子見のようなもの。これからが、本当の戦いだ……」

 

レオナは、2人の言葉に「分かったわ。気を付けて……!」と返事を返し、再び後ろに下がって行った。

 

 

 

バランは、再び闘気をたぎらせているかつての同僚達を、静かに見つめていた。クロコダインの傷が回復している間に、バランは先ほどの2人の防御力と俊敏性の向上の理由に、一つの推測を立てていた。

 

2人の周囲に微かに補助魔法の残滓が感じられる。その補助魔法は、昨日の湖での戦闘で賢者が仲間に使っていたものと同質の物。おそらく、あの賢者が事前に何か策を2人に施していったのだろう、と。

 

その推測は事実を捉えていた。

 

そして、その推測にたどり着いたバランは、煮えたぎる怒りの感情に支配された。

 

(ドラゴン)の騎士の力を侮るな、と。

 

「……なるほど。お前達は、防御力変動呪文(スクルト)敏捷力変動呪文(ピオリム)の魔法によって、その防御力と俊敏性の底上げを図っているようだな」

 

「「……!」」

たった1度の交錯だけで、自分達にかかっている魔法をバランに言いあてられた事に驚く2人。バランはそんな2人に対して更に言葉を続けた。

 

「……だが、お前達は直ぐに思い知ることになるだろう。多少防御力や俊敏性を上げたところで、私とお前達の間にはどうにもならない程の歴然とした力の差があると言う事を……」

 

突如、バランの上空に雷雲が発生する。そしてバランは、両手に構えた真魔剛竜剣を頭上に振り上げる。

 

「見るがいい。本気を出した(ドラゴン)の騎士の力がどれほどのものか……! ――電撃呪文(ギガデイン)!」

 

バランのその言葉に呼応するように雷がバランの頭上に落ちる。その雷は、頭上で構えた真魔剛竜剣に轟音とともに直撃した。

 

バチバチッという雷光が剣より発せられ、大地が鳴動を始める。バランは、その雷を纏った剣を握り直し、必殺の構えを取る。

 

「――喰らうがいい! これぞ(ドラゴン)の騎士 最大の秘技! ――ギガブレイク!!!」

 

その言葉とともにバランがクロコダイン目がけて加速した。

 

「――むう!」

 

その動きに対してクロコダインは、再び全パワーを防御に回しその鋼鉄の体の防御力を更に上昇させる。

 

真魔剛竜剣が振り下ろされた。

 

ズガァーーーン!

 

閃光とともに、巻き上がられた土埃が辺りを包む。

 

「――がはぁっ!」

 

クロコダインは、(ドラゴン)の騎士の必殺剣ギガブレイクの直撃を受け、空高く飛ばされていた。

 

「クロコダイーーン!」

 

ヒュンケルがクロコダインに対し声を張り上げる。しかし、その声に応えたのはクロコダインでは無かった。

 

「貴様もだ、ヒュンケル! ――電撃呪文(ライデイン)!!」

 

突如ヒュンケルの頭上に稲妻が光った。

 

「――ぐあぁぁっ!」

 

自身を襲ったすさまじい雷撃の威力に、ヒュンケルが苦悶の声をあげ大地に膝を付く。

 

ほんの一瞬で、クロコダインとヒュンケルは戦闘不能の状態に陥った。それは、いかに小細工を労しその戦闘力の底上げを図ろうとも、本気を出した(ドラゴン)の騎士には通じぬという事を、バランがその行動によって突きつけた格好だった。

 

 

 

 

バランは、目をテランの城にやった。もうすぐだ。もうすぐ愛しい我が子をその手に掴むことができると、その目が語っていた。

 

不意に戦場に回復魔法の光が瞬いた。バランがその光の先に目を向けると、そこでは、レオナがクロコダインに対して回復呪文(ベホマ)を唱えているところだった。

 

「――! 貴様、ギガブレイクの直撃を受けてまだ息があるとは!?」

 

レオナによる魔法の効果はすぐに現れ、クロコダインはよろめきながらも再び立ち上がった。

 

「ぐっふっふ。大した威力だが、俺とて鋼鉄の身体を持つ身だ。全パワーを防御のみに集中すれば、即死だけは免れる。即死を免れれば、レオナ姫の回復呪文(ベホマ)によって体力だけは回復できる……!」

 

「理解ができんな……。人間であるヒュンケルはまだしも、なぜ魔物であるお前がそこまで人間に肩入れするのだ?」

 

「俺はあいつらに会った事で、一度は失った己の誇りを取り戻すことができた。その恩を返したいだけよ……!」

 

「そうか……。お前達があくまで抵抗するというのなら、もはや言葉は不要……。何度でも打ち倒すまで。 ――!」

 

バランが再びクロコダインに切り込もうと剣を構えた時、戦場に瞬間移動呪文(ルーラ)の光が走った。

 

その姿を視認した途端、バランは眉間にしわを寄せた。

 

「何故、貴様達が生きている……! 竜騎衆は、ラーハルトはどうしたのだ!?」

 

 

 

戦場に瞬間移動呪文(ルーラ)で登場した者達は、ポップとマァムの2人だった。

 

 

 

~~~~テラン城 地下牢~~~~

 

「ねえ、メルルは泳がないの? 楽しいよ?」

 

プールの水面から顔だけを出したダイに楽しげに誘われたメルルは、苦笑いを浮かべながら返事を返した。

 

「私は水着の用意が出来ていないので、遠慮しておきますね。ゴメさんと遊んだらどうですか?」

 

「そっかー、残念だね。こんなに楽しいのに……。ゴメちゃん、今度は水の掛け合いっこしようよ」

 

「ピ、ピィィ……」

 

ゴメは、これもダイのためと考えたのか、ダイに付き合うように再び水遊びに興じ始めた。メルルはその様子をしばし見つめていたが、ふと気がついてダイに声をかけた。

 

「あの、ダイさん。もしかして、額の紋章が光っていませんか?」

 

「あはは。やったな、ゴメちゃん! ……え、何か言った、メルル?」

 

ゴメと遊ぶ事に熱中していたダイは、メルルの問いかけに遅ればせながら反応し、その無邪気な顔を向けた。その時には、先ほどメルルが目にしたと感じた額の紋章は浮かんではいなかった。

 

「……? すいません、私の勘違いだったみたいです。何でもありませんよ、ダイさん」

 

「……そう? じゃあ、ゴメちゃん、今度は俺の番だよ!」

 

再びゴメとの遊戯に興じ始めるダイ。その様子を見ながらメルルは、気のせいだったのかしら、と首を傾げながら再び牢屋内の壁に背中を預けて腰を下ろした。

 

そしてメルルは、楽しげに水遊びするダイ達から視線を外し、地上へと続く螺旋階段の方に顔を向けた。メルル同様に壁を背にして腰を下ろしていたナバラが、そのメルルの様子を見て、口を開いた。

 

「ポップ達の事が心配のようだね、メルル?」

 

「……はい、心配です、お婆様」と、メルルはナバラを振りかえって言葉を返した。

 

「ふむ……。きっと大丈夫さ、と気軽に言ってあげる事が出来ぬお方が相手じゃからのう。恐らく死闘に継ぐ死闘となっておるじゃろうの」

 

そのナバラの言葉に、メルルは両手を胸の前でキュッと握りしめ押し黙った。その様子を見てナバラは、呆れ交じりの顔で呟いた。

 

「ふむ……。儂の孫娘も、面倒な奴を好いたものじゃのう……」

 

その言葉にメルルは弾かれたように顔を上げ、「お、お婆様……!」と抗議の声を上げた。その顔は、うっすらと赤く染まっていた。

 

「今更、照れる事はなかろうが……」と、手をひらひらさせながらメルルを呆れた目で見るナバラ。そしてナバラはそのまま言葉を続けた。

 

「儂は別に反対はしておらんよ。むしろ、応援しておるぐらいじゃ」

 

その言葉にメルルは僅かに首を傾げた。それは、ナバラのその言葉は、これまで自身にかけてきた言葉と余りに違っているように感じたからだった。ナバラとメルルはこれまで災いから逃れる様に各地を転々としてきた。それを可能としたのは、特定の物に対する執着を持たない生き方だった。土地に対する執着、人物に対する執着、……そう言った物を持ってしまうと、旅が出来なくなる。ナバラはメルルに常々そう言い聞かせてきたし、メルルもその言葉にこれまでは従ってきた。唯一その言葉に異を唱えたくなったのは5年前のランカークス村での日々だったが、結局この時もメルルはナバラの言葉に従っている。

 

だからこそ、特定の人物に対する執着を自身が抱いた事にお婆様は反対されるはず……とメルルは考えていたが、ナバラは何故か今回に限りそれを咎める素振りを見せなかった。

 

メルルのそんな思いを察したのか、ナバラが言葉を続ける。

 

「なに、これまでメルルにはつらい生き方を強いてしもうたが、儂も老い先短い身じゃ。儂が死んだ後の事を考えるようになったまでよ……」

 

「お婆様、そんな弱気な事はおっしゃらないでください……!」

 

ナバラの言葉に、メルルが悲壮な声を上げた。そんなメルルを横目に、ナバラは「ふぇっふぇっふぇ」と笑った。

 

「メルルはまだまだこれからじゃろうがの、儂はもう、儂がこの世に生を得たのは、このためだったのかもしれん、というお告げを受け取ったからのう」

 

そう言って、どこか遠くを見る目をするナバラ。

 

メルルは、ナバラがかねてより「数多の星読みを行ってきたが、未だに儂は、神が儂に何を望んでいるのか分からぬ」とぼやいていた事を思い出した。そして同時に、ナバラにそうまで言わしめるお告げをいったいいつ受け取ったのだろうという疑問が浮かんだ。

 

「そう言えば、お婆様。昨晩、星読みをしていたようですが、あれは……?」

 

ナバラはそのメルルの問いかけに直接的には答えないまま、メルルを正面から見据えた。

 

「メルル、そなたの力はもう儂を遙かに超えておる……」

 

「そんな事は……!」と、血相を変えて立ち上がりかけたメルルを、ナバラは手で制した。

 

「超えておるのじゃ。小手先の技術の話ではないぞ。もっと本質的な話の方じゃ。そなたは、ベンガーナでも、この地でも儂が感知できない予見をしておった。その力は、儂らの血筋である歴代の占い師達の誰よりも強い……。じゃがのう、メルル……」

 

そこで言葉を句切り、ナバラはメルルをじっと見つめた。その目は、星読みの師から弟子に注ぐ目ではなく、血の繋がった孫をただひたすら思いやる目に他ならなかった。

 

「その力は、見たい物だけでなく、時には見たくない物まで見せてしまう事もあるじゃろう。神が与えた力じゃからな。一人の人間が受け止めるには酷な時はきっとある。儂はそんな物からは逃げ続ける人生を送ってきたが、優しいお主はそうはできんじゃろう」

 

「そんな……。お婆様だって、できるだけの事をなさってきたではありませんか」

 

メルルは知っている。ナバラは確かに災いから逃れるようにその地を離れる生き方を送っているが、決してそこに残る人達に何も残してこなかったわけではない。川の氾濫の危険性を伝えたり、疫病や飢饉の発生を伝えたり、ナバラなりの言葉を残してその地を去っている。

 

お告げというのは、告げるだけでなく、受け取る側がそれを信じて行動を起こさないと意味を成さない事がほとんどだ。確かに、共に立ち向かうという事はしていないかもしれない。でも、それでも、そのナバラの言葉で明日に希望がつながった人達は大勢いるはずだった。

 

ナバラは優しい笑みを浮かべて、「儂の事は良いのじゃよ、メルル。それよりも……」と続けた。

 

「……お主は、儂と反対の生き方をすると良い。思わず目を背けたくなるようなお告げを受けた時は、まずは相手を信じる事じゃ。皆が皆、そのお告げに目を背けたり、絶望したりする者ばかりではない。お主なら……、お主の言葉なら、きっと儂より多くの者の心にその言葉を届かせる事ができるじゃろう」

 

「相手を信じる……。はい、お婆様のお言葉、胸にしっかりと刻み込みます」

 

メルルのその言葉に、ナバラは、うんうんと頷き更に続けた。

 

「そしてな、お主も一人で抱え込むのではないぞ。ときには周りにいる友人に寄りかかり、一人で背負うには重すぎる重荷なら、一緒に背負ってもらうのじゃ。今まで、そんな友人を作る機会を奪ってきた儂が言えた事ではないが、これからはそれができる多くの友人を作りなさい」

 

「……お婆様」

 

メルルが、ナバラの言葉に思い入ったように呟いた。その目には涙がうっすらと浮かんでいた。

 

「その重荷を一緒に背負ってもらう相手は、もちろん恋人でも良いのじゃぞ……?」

 

「――!? お、お婆様!」

 

突然茶化すように言ったナバラの言葉に、今度こそメルルは顔を真っ赤にしてナバラに詰め寄った。

 

「ひっひっひ。愉快じゃのう。なーに、心配するでない。儂も水面(みなも)に投げ込んだ小石が生んだ波紋がどう広がっていくか、結果を見ぬうちは死んでも死にきれんわ。ひゃっひゃっひゃ」

 

メルルは、ナバラの言う水面(みなも)に投げ込んだという小石が何の事を指しているのか分からないまま、敬愛する祖母に(長生きしてくださいね)と願うような視線を投げかけた。

 

 

 

そんな会話を交わしている2人の側で、ダイは相も変わらずゴメと水遊びに夢中になっていた。その額にはチカチカと(ドラゴン)の紋章が時折瞬いていたが、その事に気がついた者は当のダイを含めて誰もいなかった。

 

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