転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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97話 目覚める竜魔人

 

「愚かな……。それほど共に死にたいと言うのなら、死なせてやろう」

 

バランが姫さんに電撃呪文(ライデイン)を放とうとしている。気絶しそうな痛みの中、右手首をへし折り、なおも踏みつけているバランの靴底の確かな感触に、……俺は密かに笑みを浮かべた。

 

「ライデ――……ガハァッ!!」

 

電撃呪文(ライデイン)を唱えようとしたまさにその時、何者かによる一撃がバランの背中から胸部を完全に貫いていた。俺の手首を踏み潰していたバランは、その衝撃により血しぶきとともに吹き飛ばされた。

 

俺は横たわったままゆっくりと、その攻撃を放った人物に顔を向けた。

 

 

そこには、利き腕である右腕を欠損したはずのヒュンケルが、必殺剣ブラッディースクライドを放った直後の特徴的な突きの構えのまま佇んでいた。

 

……良かった。ギリギリの綱渡りだったが、どうにか俺達はここまでたどり着く事が出来た。俺の胸中を安堵の感情が占めていく。

 

 

鮮血に滲む隙もない程の深手を負ったバランが、ゆっくりと両膝を大地につく。反対に、俺やマァム、クロコダインがよろよろと立ち上がった。

 

バランが口から吐血しながら、自身に致命傷を与えたヒュンケルを見やり驚愕の表情を浮かべる。

 

「ゴ、ゴフッ……! な、何故貴様が……。貴様は、た、確かに、致命傷を負って……いたはず……」

 

ヒュンケルはその質問には答えず、ゆっくりと構えを解いた。そのバランの問いかけには、俺が答えた。

 

「……バラン。完全無欠に見える竜闘気(ドラゴニックオーラ)を有する(ドラゴン)の騎士だが、弱点が2つある事に俺は気づいていたんだよ……」

 

「じゃ、弱点……だと? 何を……」

 

バランは俺の言葉に、何をふざけた事を、と言いたげな目を向ける。

 

「1つ目の弱点は、いかに堅牢な竜闘気(ドラゴニックオーラ)といえど、意識外からの攻撃に対しては、何の役にも立たなくなってしまうと言う点さ。竜闘気(ドラゴニックオーラ)は常時発動タイプでなく、術者が敵の存在を意識して発動させるものだ。だから俺は、ヒュンケルをお前の意識外に置くために苦心したのさ……。ほら、こんな風に……」

 

そう言って俺は、指をパチンと鳴らす。途端に、右肘から先を失い血だらけだったヒュンケルの全身を白い煙が包み込み、直ぐに煙が晴れた。

 

煙が晴れた後のヒュンケルは、右腕に欠損など負っておらず、こいつにとってはせいぜい平常運転と言って良い程度の怪我しか負っていない姿に、変わっていた。そのヒュンケルの足下には、攻撃を受けてひしゃげた魔弾の残骸が転がっている。

 

「――! そ、その姿は……! そ、そうか……。変身呪文(モシャス)……!」

 

「そう、変身呪文(モシャス)だ。変身呪文(モシャス)は、何も別人に変身させるだけの呪文じゃないからな。俺は軽傷だったヒュンケルを、右手を失い致命傷を負った容貌のヒュンケルに変身させていたんだよ。理由はもちろん、ヒュンケルをお前の意識外の存在にするためだ」

 

そうだ。バランに告げたように、変身呪文(モシャス)は対象を別人に変身させるだけの呪文じゃない。怪我をしていない人物を、怪我をしたような人物に変貌させるのだって立派な変身だ。

 

実際俺は、先日のパプニカ奪還時の祝勝会の騒動後にその呪文を使用していた。マァム達からは、制裁を受けて生じた顔の腫れを、反省を促すために回復魔法を使わず自然治癒させる事と言い渡されていたが、俺はその日の夜のうちにこっそりと回復魔法で腫れを癒していた。

 

当然そのままでは回復魔法を使った事がマァム達にバレてしまうから、その後俺は自身に変身呪文(モシャス)の魔法をかけて、逆に腫れが引いていない容貌に偽装を施していた。

 

おっと、俺の言葉にマァムと姫さんが何やら怪訝な表情を浮かべている。牢屋ではここまで詳細に説明していなかったからな。……危険だ。今は目を合わさないでおこう。

 

「俺達を無力化させたと確信したお前は、竜闘気(ドラゴニックオーラ)の展開を解いた。そのタイミングでヒュンケルは、お前の意識外から攻撃を仕掛けたのさ」

 

本当は、ヒュンケルとしてはその前のグランドクルスで勝負を決めたかったのだろう。しかし、それが通用しなかった後は、あらかじめ決めていた通りに動いてくれた。

 

「――あり得ぬ! いかに変身呪文(モシャス)で姿形を変えていても、その闘気までは変えられん! い、いったい、何故……!?」

 

そうだ、確かに変身呪文(モシャス)ではその内面までは変身できないから、普通にやってはバランのように闘気の扱いに長けた人間には、致命傷を負っていない事が見破られてしまっただろう。だから俺は苦労したんだよ。

 

「そうだな。お前が普通の状態だったら、闘気やちょっとした違和感を察して気が付いていただろうな。だけど残念ながら、お前は普通の状態じゃなかったんだよ」

 

「な、何だと……。そ、それは一体……」

 

ああ、まだ気が付いていないのか。良かった、俺の苦心の作だからな。へへ、見たか。(ドラゴン)の騎士を出し抜いてやったぜ……。

 

「お前はさ、戦いの途中から俺の放った幻惑呪文(マヌーサ)の魔法にかかっていたんだよ」

 

幻惑呪文(マヌーサ)……だと!? 馬鹿な! (ドラゴン)の騎士に、幻惑呪文(マヌーサ)など……!」

 

「実際に効いているだろう? ほら、俺やマァム、おっさんまでお前から致命傷を受けていたのに、直ぐに回復魔法が効いて立ち上がっている事を、おかしいとは思わないのか? ヒュンケルだって、ギガブレイクの直撃を受けたにしては軽傷だろう?」

 

バランは、俺の言葉にマァム達を見据えた。ほら、納得できるだろう。あれだけの致命傷を受けていたら、いくら回復呪文(ベホマ)を唱えてもこんな直ぐには立ち上がったりは出来ない。元々お前の攻撃は、幻惑呪文(マヌーサ)によって微妙に狂わされていたのさ……。まあ、俺の右手首は本当にへし折られていたけどね。

 

「くっ……! では、貴様は、通じるかどうかも分からない……呪文を戦略の基幹に据えていたというのか!?」

 

通じるかどうか分からない……ね。まあ、確かに幻惑呪文(マヌーサ)呪文封じ(マホトーン)という魔法は絶対に相手に通じるという代物じゃあない。ましてや相手は、天下の(ドラゴン)の騎士様だ。その成功確率は上がることは決してなく、更に下がるのは必至だろう。

 

だけど、残念だったな、バラン。俺の幻惑呪文(マヌーサ)は特別製なのさ。

 

「そんな事はしないさ。お前こそ、俺を侮るなよ。俺の幻惑呪文(マヌーサ)は、お前に絶対に通じると確信をもって放っていたさ。何しろこいつは、(ドラゴン)の騎士特効の呪文に改良していたんだからな」

 

(ドラゴン)の騎士……特効……だと!? そんな時間がどこにあったと……!」

 

「……時間は十分にあったさ。だって、この世に(ドラゴン)の騎士はお前一人だけというわけじゃあないだろう?」

 

「――! き、貴様……! まさかディーノを……!?」

 

そうだ、俺の傍らには、旅の始まりからずっとダイと言う名の(ドラゴン)の騎士がいた。俺はこの旅の間、時折ダイにこっそりと協力してもらい、(ドラゴン)の騎士特効型の呪文を研究していたのさ。

 

最初のとっかかりは、ネイル村だった。あの時、村人の健康診断のついでとかこつけて、ダイの身体を隅々まで診断呪文(インパディ)の魔法で解析させてもらった。その結果、俺はダイの体内に通常の人間とは異なる臓器(俺は仮にそれを『竜腎(りゅうじん)』と名付けた)が存在する事に気が付いた。

 

その竜腎からは、視覚、聴覚、嗅覚といった五感を司る感覚器に枝葉のように細い管が伸びていた。俺は、そこを突破口にする事で(ドラゴン)の騎士特効型の魔法を作れる確信を、その時持ったのさ。……まあ、バラン打倒の突破口が見つかった嬉しさにテンションが上がりすぎて、その後マァムの服を脱がそうとしてしまった事は苦い思い出だが……。

 

 

「分かったようだな。幻惑呪文(マヌーサ)だけじゃないぜ? 呪文封じ(マホトーン)だって、耐性が付いたとはいえ、2度もかかったのは、あれも(ドラゴン)の騎士特効タイプに改良していたからだよ」

 

幻惑呪文(マヌーサ)だけではない。呪文封じ(マホトーン)もそうだし、調整が間に合わなかったが睡眠呪文(ラリホー)の魔法も旅の合間に研究していた。それは、ダイの修行にかこつけて行ったり、ダイが意識を余所に飛ばしている間に不意打ちしたりだった。

 

おかげでダイが時々寝坊したり、魔法が使えなくなったりしていたのは、実は俺のせいだったりする。すまん、ダイ。俺はこの場にいないダイに心の中で謝罪した。

 

「俺の敗因を、昨日呪文封じ(マホトーン)を使った事だと言っていたな。……違うな、バラン。俺が本当に隠したかったのは幻惑呪文(マヌーサ)の方で、呪文封じ(マホトーン)は最初からお前の目を引きつけるための囮だったんだよ。お前の敗因は、俺の切り札を呪文封じ(マホトーン)だと決めつけた事さ」

 

バランは目を爛々と光らせながら、俺を睨みつけている。気づかなかっただろうな。それはそうだろう。俺がこの魔法の開発に一番力を注いだのは、(ドラゴン)の騎士に確実に効果を発揮させる事と、相手に魔法がかけられた事すら気づかせない微妙な調整だったんだから。

 

ふふふ、独特の香りと敵が分身したかのように見える幻惑呪文(マヌーサ)? 違うな、時代のトレンドは無味無臭かつ、かかっている事にさえ気づかせないほどの微妙な効果だよ。それが俺の目指した(ドラゴン)の騎士特効タイプの幻惑呪文(マヌーサ)だったのさ。

 

とは言っても、あの呪文封じ(マホトーン)に対する耐性獲得の速さは想定外だったけどな。ダイのケースである程度予測はしていたが、その予測の更に上を行かれてしまった。2分どころか、まさか1分少々で耐性を獲得されてしまうとは……。おかげで、もう少し余裕を持ってヒュンケルを一時退場させるつもりだったが、ギリギリの綱渡りを演じる羽目になった。

 

おっと、そろそろ話を進めないと、出血が続いているバランが死んでしまう。

 

「話を戻すぞ。そして、(ドラゴン)の騎士2つ目の弱点だがな、それは、こいつさ! ――閃熱呪文(ギラ)!」

 

俺はバランに対して速射で閃熱呪文(ギラ)を5発放った。

 

「――グウッ!」

 

俺の放った4発の閃熱呪文(ギラ)に四肢を貫かれ、苦悶の声を上げるバラン。そして残る1発は、バランの左目についていた一見翼のようにも見える飾りを弾き飛ばしていた。

 

「――ポップ!」

 

マァムが、既に致命傷を負っているバランに攻撃を加えた俺に対して、非難の声を上げる。すまないな、マァム。だけど、これは必要な措置なんだ。特にあの飾り、『竜の牙(ドラゴンファング)』だけはこいつから遠ざけておかないといけない。あれは、こいつが次の形態に変貌するために必須のアイテムのはずだ……。

 

「これが2つ目の弱点だ。竜闘気(ドラゴニックオーラ)の強度は、術者の生命力に強く依存している。つまり、術者が致命の一撃を受けた状態では、その強度は著しく減退するのさ。今、俺の閃熱呪文(ギラ)がお前の四肢を貫いたようにな……」

 

バランは、俺の言葉に顔を俯いたまま何も答えない。そんなバランを、十分に怪我の癒えた俺達が取り囲んでいる。竜の牙(ドラゴンファング)もしっかりと遠ざけた。これはもう、詰みだろう。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

side バラン

 

カラカラカラ……。

 

竜の牙(ドラゴンファング)が私の左目から外れ、手の届かない場所に転がっていく音がやけに鮮明に耳に残った。

 

こふっ……。血反吐が喉元からこみ上げ、思わずそれを大地に吐き出す。闘気剣により貫かれた胸部、そして閃熱呪文(ギラ)によって焼かれた四肢から絶え間なく鈍い痛みが襲う。しかし、それ以上に……、それ以上に、膝をついた私を人間どもが見下ろしているこの事実に、私の胸中を狂わんばかりの憤怒の炎が燃えさかった。

 

何故だ……。私はどこで間違ったのだ……。力では私に適うはずもないこやつらが、あの手この手で私を欺き、果てはこれほどの手傷を負わされるに至った。

 

数多の策謀を陰で糸を引き、私をここまで追い込んだ男……。それが目の前の男である事は明白だった。

 

勇者の隣に、魔王軍に弓を引く腕の立つ賢者がいる――。その賢者の事は、本格的な魔王軍の侵攻が始まった直後、ハドラーからの報告で聞いていた。だが、まさかこれほどの男だったとは……。魔法力、洞察力、判断力、作戦立案能力、そして(ドラゴン)の騎士の長い歴史上でも類を見ない程の発想力、それら全てにおいて私の予測をこの男は上回ってきた。

 

なぜこれほどの男が、魔王軍が侵攻を開始するその時まで世に知られる事なく埋もれていたのか……。

 

勇者と元軍団長の力に多分に頼った勇者一行(パーティー)とばかり思っていたが、それは過ちであった。……この男が要だったのだ。この驚嘆すべき事実に、いったい我々の中のどれほどの者が気づいているだろうか。

 

 

 

……だが、この男は一つだけ過ちを犯した。確実に勝利を掴むのなら、今この瞬間にでも私の命を奪うべきだったのだ。その過ち故に、この男は今ここで命を落とす事になるだろう。

 

そうだ、いっそのこと全てを無に帰してやろう。それなくして、私のこの屈辱の炎を消し去る事はできぬ……!

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「さあ、バラン。俺達の勝ちだ。ダイの記憶を元に戻してやってくれないか? その上で、ダイときちんと話し合える場を作る事を約束するから、お前も――」

 

しかしバランは、俺の言葉を遮り静かに口を開いた。

 

「……竜の牙(ドラゴンファング)を私から遠ざけたな……?」

 

俺はその言葉に、心臓がドキッと脈打つのを感じた。

 

竜の牙(ドラゴンファング)? 何を言っているのだ、バラン?」

 

クロコダインのおっさんが、竜の牙(ドラゴンファング)という言葉の意味を理解できずバランに問いかける。他の面々も、その言葉の重要性を理解できていない様子だ。

 

だが、俺は十二分に理解している。竜の牙(ドラゴンファング)……。バランが(ドラゴン)の騎士の最終戦闘形態に変貌するためのキーアイテムだ。俺はチラッと、先ほど跳ね飛ばした竜の牙(ドラゴンファング)に目をやった。大丈夫だ。この距離なら、バランが動き出す前に、俺の魔法で泥の中に沈めてしまう事が可能だ。

 

バランはおっさんの問いかけを無視し、ただ俺だけを見つめていた。

 

「あれを私から遠ざけたという事は、(ドラゴン)の騎士の最終戦闘形態を知っているのだな、貴様は?」

 

俺は、誰にも気づかれないほどの小さなため息をついた。ああ、バランのこの落ち着き具合……。やはり駄目か。俺の最後の希望が潰えたな……。俺は内心の失望を胸に押し込み、そのバランの問いに答えた。

 

「……ああ、知っているよ。俺は昔、(ドラゴン)の騎士について書かれた書物を読んだ事があるからな。その書物によると、お前の言う(ドラゴン)の騎士の最終戦闘形態になるためのキーアイテムがあの飾りだと書いてあったよ」

 

嘘だよ、それは。確かにテラン城の書庫には、(ドラゴン)の騎士について書かれた書物が何冊かあったが、そこまで詳細に記載されたものは無かった。この知識は、前世で知り得た原作知識だ。

 

「ほう……。よくもそのような書物が存在したものだ。だが、その書物は記述が不正確なようだな」

 

「不正確だって?」

 

「……そうだ。確かに貴様の言うとおり、竜の牙(ドラゴンファング)(ドラゴン)の騎士が最終戦闘形態になるための道具だ」

 

そう言ってバランは、俺が弾き飛ばした竜の牙(ドラゴンファング)に一瞬目をやった。

 

「だが、竜の牙(ドラゴンファング)はあくまで、(ドラゴン)の騎士が最終戦闘形態になる事を補助するに過ぎない道具。たとえそれがなくとも、最終戦闘形態になれないと言うわけではない……」

 

つまり、竜の牙(ドラゴンファング)は必要条件ではなく、十分条件だったって事だな。まっ、そうだろうな。俺も内心ではそう思っていたよ。だけど、俺の読んだ原作の特集ページには、確かに竜の牙(ドラゴンファング)(ドラゴン)の騎士が最終戦闘形態になるために必要な道具だって書いてあったんだよ。

 

だから俺は、その記述を信じた。いや、本当は信じたかっただけなんだ。……駄目だな、師匠にどやされてしまう。賢者が、希望的観測を元に戦略を立案してしまうなんて……。

 

しかし集○社め。もっと正確に書いておくべきだっただろうに。もし俺がいつか日本に戻る事があったら、集○社を訴えてやるぞ。その不正確な記述が原因で、一人の未来ある少年の命が失われてしまったぞ……と。

 

と、いけない。そんな事を考えている場合じゃなかった。ほら、言っているそばから、バランの様子がおかしくなってきた。

 

これはいよいよあれだな。俺も覚悟を決める時が来たようだ……。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

バランが、自身の右手で真魔剛竜剣の刀身を握りしめた。傷ついた手の平から垂れた赤い血が、つつーとその刀身をなぞる。しかし、徐々にその血は深紅から蒼へと色を変えていった。

 

そしてバランが左手を空に突きだすと同時に、雷がその身体に落ちる。凄まじい勢いの落雷に、周囲にいたポップ達は思わずバランから距離をとった。

 

その間にも、バランの肉体はバリバリバリと音を立てながら変容していく。纏った鎧が砕け散り、その中からは人間のものとは似ても似つかない異形の筋肉が盛り上がっていく。そして背中からは、翼竜のそれに似た翼が出現しようとしていた。

 

マァムは変容していくバランを、声も出せないまま見つめていた。他の仲間達も皆同じようなものだ。何が起こっているのか理解できない様子で、皆口をただ開いて見つめている。ただ1人、ポップだけが何かを諦めたかのような表情で、ジッとバランを見つめていた。

 

この事態は、バランとの戦闘が始まる前にポップから聞いていた展開と明らかに違っていた。自分達にとって、良くない方向に事態が推移している事は理解できる。もちろん、その事でポップを責める気はマァムには毛頭無かった。他の仲間達も、皆同じ思いだろう。ポップの立てた戦略が無ければ、ここまでバランを追い詰める事など出来なかったのだから……。

 

しかし、それとは別にマァムは妙な胸騒ぎを感じていた。……一体、これは何だろう。徐々にその姿を変貌させていくバランから目を離し、マァムはポップを見つめた。何か、ポップの様子に違和感を覚える。

 

そうか……。マァムは、はたと気が付いた。ポップの首に架けられているアバンのしるしが光っていないのだ。マァムはこれまで、ポップが身に付けているアバンのしるしが光る所を何度も目にしていた。それは、マァム自身は認めないかもしれないが、いつどんな時でもポップの姿を気にしていたマァムだからこそ、気づいたのかもしれない淡い輝きだった。

 

最初にそれに気が付いたのは、ロモスの王宮でまだ敵だったクロコダインと戦った時。クロコダインに啖呵を切る、初めてポップに対して好意を抱いている事を自身が自覚したあの時だった。2度目は、やはりまだその時は敵だったヒュンケルに、アバン先生からの愛の一発だと思えと素手で殴りかかった時。そして、昨日ダイの事を思ってバランに怒りの丈をぶつけた時もそうだった。いずれも、いつも飄々としているポップがその感情を露わにした際に、アバンのしるしは緑色に淡く光り輝いていた。

 

その光の意味は分からないけれど、ポップの持つ何かがそのしるしを光らせているのだろうと、マァムは考えるのではなく感覚で理解していた。そして、それは決して不安を感じさせるものではなく、むしろ見ているだけでマァム自身が勇気づけられる輝きだった。

 

そのアバンのしるしが、今日はただの一度たりとも輝いていない。その事に、マァムは言い知れない不安を感じていた……。

 

 

 

 

~~~~テラン城 地下牢獄~~~~

 

 

「あはは。ゴメちゃん、今度はどっちが長く潜っていられるか競おうよ! ――!?」

 

ゴメとプールの中で遊んでいたダイだが、突然ダイの額の紋章が激しく輝き始めた。

 

「あぐっ! い、痛いッ……!」

 

「ど、どうしたの、ダイさん!?」

 

プールサイドで地上での戦いの様子に気を揉んでいたメルルが、突然頭を押さえて苦しみだしたダイに驚き、声をかける。

 

(ドラゴン)の紋章が共鳴しておるのか……?」

ナバラが、ダイの額に(ドラゴン)の紋章が浮かび上がっている様子を見てそう推測する。

 

「ピィー、ピィー!」

ゴメが苦しみ出したダイの周りを心配そうに飛び回っている。

 

「かっ……身体が……熱いよッ!! なんだか、も、もう……じっとしていられないんだぁぁ!!」

 

ダイの叫び声と共に、その額からひときわ眩しい輝きが発せられると、その衝撃でプールに溜まっていた水が周囲に吹き飛ばされ、傍にいたメルル達はその水流に押し流され壁に叩きつけられてしまった。衝撃で思わず意識を手放してしまったメルルとナバラ、それにゴメ。

 

そしてダイは、プールから這い上がったと思うと牢獄の鉄格子を無造作にへし曲げ、牢獄の外に足を踏み出した。その焦点の合っていないうつろな表情は、まるで夢遊病にかかっているかのようだった。

 

「行かなきゃ……。だれかが、僕を……呼んでいる……!」

 

 

 

……それはまるで、全ての事象があらかじめ定められていたかのように、1ヶ所に収斂(しゅうれん)しようとしているかのようだった。

 

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