「愚かな……。それほど共に死にたいと言うのなら、死なせてやろう」
バランが姫さんに
「ライデ――……ガハァッ!!」
俺は横たわったままゆっくりと、その攻撃を放った人物に顔を向けた。
そこには、利き腕である右腕を欠損したはずのヒュンケルが、必殺剣ブラッディースクライドを放った直後の特徴的な突きの構えのまま佇んでいた。
……良かった。ギリギリの綱渡りだったが、どうにか俺達はここまでたどり着く事が出来た。俺の胸中を安堵の感情が占めていく。
鮮血に滲む隙もない程の深手を負ったバランが、ゆっくりと両膝を大地につく。反対に、俺やマァム、クロコダインがよろよろと立ち上がった。
バランが口から吐血しながら、自身に致命傷を与えたヒュンケルを見やり驚愕の表情を浮かべる。
「ゴ、ゴフッ……! な、何故貴様が……。貴様は、た、確かに、致命傷を負って……いたはず……」
ヒュンケルはその質問には答えず、ゆっくりと構えを解いた。そのバランの問いかけには、俺が答えた。
「……バラン。完全無欠に見える
「じゃ、弱点……だと? 何を……」
バランは俺の言葉に、何をふざけた事を、と言いたげな目を向ける。
「1つ目の弱点は、いかに堅牢な
そう言って俺は、指をパチンと鳴らす。途端に、右肘から先を失い血だらけだったヒュンケルの全身を白い煙が包み込み、直ぐに煙が晴れた。
煙が晴れた後のヒュンケルは、右腕に欠損など負っておらず、こいつにとってはせいぜい平常運転と言って良い程度の怪我しか負っていない姿に、変わっていた。そのヒュンケルの足下には、攻撃を受けてひしゃげた魔弾の残骸が転がっている。
「――! そ、その姿は……! そ、そうか……。
「そう、
そうだ。バランに告げたように、
実際俺は、先日のパプニカ奪還時の祝勝会の騒動後にその呪文を使用していた。マァム達からは、制裁を受けて生じた顔の腫れを、反省を促すために回復魔法を使わず自然治癒させる事と言い渡されていたが、俺はその日の夜のうちにこっそりと回復魔法で腫れを癒していた。
当然そのままでは回復魔法を使った事がマァム達にバレてしまうから、その後俺は自身に
おっと、俺の言葉にマァムと姫さんが何やら怪訝な表情を浮かべている。牢屋ではここまで詳細に説明していなかったからな。……危険だ。今は目を合わさないでおこう。
「俺達を無力化させたと確信したお前は、
本当は、ヒュンケルとしてはその前のグランドクルスで勝負を決めたかったのだろう。しかし、それが通用しなかった後は、あらかじめ決めていた通りに動いてくれた。
「――あり得ぬ! いかに
そうだ、確かに
「そうだな。お前が普通の状態だったら、闘気やちょっとした違和感を察して気が付いていただろうな。だけど残念ながら、お前は普通の状態じゃなかったんだよ」
「な、何だと……。そ、それは一体……」
ああ、まだ気が付いていないのか。良かった、俺の苦心の作だからな。へへ、見たか。
「お前はさ、戦いの途中から俺の放った
「
「実際に効いているだろう? ほら、俺やマァム、おっさんまでお前から致命傷を受けていたのに、直ぐに回復魔法が効いて立ち上がっている事を、おかしいとは思わないのか? ヒュンケルだって、ギガブレイクの直撃を受けたにしては軽傷だろう?」
バランは、俺の言葉にマァム達を見据えた。ほら、納得できるだろう。あれだけの致命傷を受けていたら、いくら
「くっ……! では、貴様は、通じるかどうかも分からない……呪文を戦略の基幹に据えていたというのか!?」
通じるかどうか分からない……ね。まあ、確かに
だけど、残念だったな、バラン。俺の
「そんな事はしないさ。お前こそ、俺を侮るなよ。俺の
「
「……時間は十分にあったさ。だって、この世に
「――! き、貴様……! まさかディーノを……!?」
そうだ、俺の傍らには、旅の始まりからずっとダイと言う名の
最初のとっかかりは、ネイル村だった。あの時、村人の健康診断のついでとかこつけて、ダイの身体を隅々まで
その竜腎からは、視覚、聴覚、嗅覚といった五感を司る感覚器に枝葉のように細い管が伸びていた。俺は、そこを突破口にする事で
「分かったようだな。
おかげでダイが時々寝坊したり、魔法が使えなくなったりしていたのは、実は俺のせいだったりする。すまん、ダイ。俺はこの場にいないダイに心の中で謝罪した。
「俺の敗因を、昨日
バランは目を爛々と光らせながら、俺を睨みつけている。気づかなかっただろうな。それはそうだろう。俺がこの魔法の開発に一番力を注いだのは、
ふふふ、独特の香りと敵が分身したかのように見える
とは言っても、あの
おっと、そろそろ話を進めないと、出血が続いているバランが死んでしまう。
「話を戻すぞ。そして、
俺はバランに対して速射で
「――グウッ!」
俺の放った4発の
「――ポップ!」
マァムが、既に致命傷を負っているバランに攻撃を加えた俺に対して、非難の声を上げる。すまないな、マァム。だけど、これは必要な措置なんだ。特にあの飾り、『
「これが2つ目の弱点だ。
バランは、俺の言葉に顔を俯いたまま何も答えない。そんなバランを、十分に怪我の癒えた俺達が取り囲んでいる。
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side バラン
カラカラカラ……。
こふっ……。血反吐が喉元からこみ上げ、思わずそれを大地に吐き出す。闘気剣により貫かれた胸部、そして
何故だ……。私はどこで間違ったのだ……。力では私に適うはずもないこやつらが、あの手この手で私を欺き、果てはこれほどの手傷を負わされるに至った。
数多の策謀を陰で糸を引き、私をここまで追い込んだ男……。それが目の前の男である事は明白だった。
勇者の隣に、魔王軍に弓を引く腕の立つ賢者がいる――。その賢者の事は、本格的な魔王軍の侵攻が始まった直後、ハドラーからの報告で聞いていた。だが、まさかこれほどの男だったとは……。魔法力、洞察力、判断力、作戦立案能力、そして
なぜこれほどの男が、魔王軍が侵攻を開始するその時まで世に知られる事なく埋もれていたのか……。
勇者と元軍団長の力に多分に頼った勇者
……だが、この男は一つだけ過ちを犯した。確実に勝利を掴むのなら、今この瞬間にでも私の命を奪うべきだったのだ。その過ち故に、この男は今ここで命を落とす事になるだろう。
そうだ、いっそのこと全てを無に帰してやろう。それなくして、私のこの屈辱の炎を消し去る事はできぬ……!
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「さあ、バラン。俺達の勝ちだ。ダイの記憶を元に戻してやってくれないか? その上で、ダイときちんと話し合える場を作る事を約束するから、お前も――」
しかしバランは、俺の言葉を遮り静かに口を開いた。
「……
俺はその言葉に、心臓がドキッと脈打つのを感じた。
「
クロコダインのおっさんが、
だが、俺は十二分に理解している。
バランはおっさんの問いかけを無視し、ただ俺だけを見つめていた。
「あれを私から遠ざけたという事は、
俺は、誰にも気づかれないほどの小さなため息をついた。ああ、バランのこの落ち着き具合……。やはり駄目か。俺の最後の希望が潰えたな……。俺は内心の失望を胸に押し込み、そのバランの問いに答えた。
「……ああ、知っているよ。俺は昔、
嘘だよ、それは。確かにテラン城の書庫には、
「ほう……。よくもそのような書物が存在したものだ。だが、その書物は記述が不正確なようだな」
「不正確だって?」
「……そうだ。確かに貴様の言うとおり、
そう言ってバランは、俺が弾き飛ばした
「だが、
つまり、
だから俺は、その記述を信じた。いや、本当は信じたかっただけなんだ。……駄目だな、師匠にどやされてしまう。賢者が、希望的観測を元に戦略を立案してしまうなんて……。
しかし集○社め。もっと正確に書いておくべきだっただろうに。もし俺がいつか日本に戻る事があったら、集○社を訴えてやるぞ。その不正確な記述が原因で、一人の未来ある少年の命が失われてしまったぞ……と。
と、いけない。そんな事を考えている場合じゃなかった。ほら、言っているそばから、バランの様子がおかしくなってきた。
これはいよいよあれだな。俺も覚悟を決める時が来たようだ……。
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バランが、自身の右手で真魔剛竜剣の刀身を握りしめた。傷ついた手の平から垂れた赤い血が、つつーとその刀身をなぞる。しかし、徐々にその血は深紅から蒼へと色を変えていった。
そしてバランが左手を空に突きだすと同時に、雷がその身体に落ちる。凄まじい勢いの落雷に、周囲にいたポップ達は思わずバランから距離をとった。
その間にも、バランの肉体はバリバリバリと音を立てながら変容していく。纏った鎧が砕け散り、その中からは人間のものとは似ても似つかない異形の筋肉が盛り上がっていく。そして背中からは、翼竜のそれに似た翼が出現しようとしていた。
マァムは変容していくバランを、声も出せないまま見つめていた。他の仲間達も皆同じようなものだ。何が起こっているのか理解できない様子で、皆口をただ開いて見つめている。ただ1人、ポップだけが何かを諦めたかのような表情で、ジッとバランを見つめていた。
この事態は、バランとの戦闘が始まる前にポップから聞いていた展開と明らかに違っていた。自分達にとって、良くない方向に事態が推移している事は理解できる。もちろん、その事でポップを責める気はマァムには毛頭無かった。他の仲間達も、皆同じ思いだろう。ポップの立てた戦略が無ければ、ここまでバランを追い詰める事など出来なかったのだから……。
しかし、それとは別にマァムは妙な胸騒ぎを感じていた。……一体、これは何だろう。徐々にその姿を変貌させていくバランから目を離し、マァムはポップを見つめた。何か、ポップの様子に違和感を覚える。
そうか……。マァムは、はたと気が付いた。ポップの首に架けられているアバンのしるしが光っていないのだ。マァムはこれまで、ポップが身に付けているアバンのしるしが光る所を何度も目にしていた。それは、マァム自身は認めないかもしれないが、いつどんな時でもポップの姿を気にしていたマァムだからこそ、気づいたのかもしれない淡い輝きだった。
最初にそれに気が付いたのは、ロモスの王宮でまだ敵だったクロコダインと戦った時。クロコダインに啖呵を切る、初めてポップに対して好意を抱いている事を自身が自覚したあの時だった。2度目は、やはりまだその時は敵だったヒュンケルに、アバン先生からの愛の一発だと思えと素手で殴りかかった時。そして、昨日ダイの事を思ってバランに怒りの丈をぶつけた時もそうだった。いずれも、いつも飄々としているポップがその感情を露わにした際に、アバンのしるしは緑色に淡く光り輝いていた。
その光の意味は分からないけれど、ポップの持つ何かがそのしるしを光らせているのだろうと、マァムは考えるのではなく感覚で理解していた。そして、それは決して不安を感じさせるものではなく、むしろ見ているだけでマァム自身が勇気づけられる輝きだった。
そのアバンのしるしが、今日はただの一度たりとも輝いていない。その事に、マァムは言い知れない不安を感じていた……。
~~~~テラン城 地下牢獄~~~~
「あはは。ゴメちゃん、今度はどっちが長く潜っていられるか競おうよ! ――!?」
ゴメとプールの中で遊んでいたダイだが、突然ダイの額の紋章が激しく輝き始めた。
「あぐっ! い、痛いッ……!」
「ど、どうしたの、ダイさん!?」
プールサイドで地上での戦いの様子に気を揉んでいたメルルが、突然頭を押さえて苦しみだしたダイに驚き、声をかける。
「
ナバラが、ダイの額に
「ピィー、ピィー!」
ゴメが苦しみ出したダイの周りを心配そうに飛び回っている。
「かっ……身体が……熱いよッ!! なんだか、も、もう……じっとしていられないんだぁぁ!!」
ダイの叫び声と共に、その額からひときわ眩しい輝きが発せられると、その衝撃でプールに溜まっていた水が周囲に吹き飛ばされ、傍にいたメルル達はその水流に押し流され壁に叩きつけられてしまった。衝撃で思わず意識を手放してしまったメルルとナバラ、それにゴメ。
そしてダイは、プールから這い上がったと思うと牢獄の鉄格子を無造作にへし曲げ、牢獄の外に足を踏み出した。その焦点の合っていないうつろな表情は、まるで夢遊病にかかっているかのようだった。
「行かなきゃ……。だれかが、僕を……呼んでいる……!」
……それはまるで、全ての事象があらかじめ定められていたかのように、1ヶ所に