転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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99話 旅の終わり

side ダイ

 

俺の視線の先に、俺を息子と呼ぶ人に向かって駆けて行く1人の人の背中が映っていた。俺の手には、先ほどその人から押し付ける様に渡されたバンダナがあった。

 

その人の名はポップ……。昨日出会ったばかりの、自分より少し年上の人。何も思い出せない自分に、大丈夫だよ、と背中に手を回して抱きしめてくれた優しい人。俺はその人の事を何も知らないのに、その人は俺の事をよく知っている様子だった。その人は俺の事を一番の友達と言ってくれたのに、俺はその人の事を友達とは呼ぶ事が出来なかった。

 

『俺、■■がどんな奴だったとしても、■■の事が好きだよ! 大好きだよ! だって、■■は優しいし、頼りになるし、俺の事をいつも見守ってくれる、その……あ、兄貴みたいに思っているから』

 

『ははは。兄貴か。それは嬉しいな。……俺も、お前の事を弟のように思っているよ』

 

うっ、あ、頭が割れる様に痛い……。何だ、この記憶は……。俺は誰とこんな会話を交わしていたんだ。兄貴? 弟? いったい誰の事だよ。思い出せない、思い出せないよ……。

 

痛む頭を押さえながらも、俺は遠ざかっていくその人の背中から視線を外す事が出来ずにいた。どうしてだろう……。俺の事を息子と呼ぶあの人より、俺は昨日知り合ったばかりのポップという人の事が気になって仕方ない。

 

あの背中を見ていると、どうして俺はこんなにも胸が締め付けられるように痛むんだ……?

前にもこんな事があった? 俺には昨日より前の記憶が無いのに、どうしてそんな風に思うんだ?

 

……分からない。分からないけど、この後とても嫌な事が起きるようなそんな気が……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「――駄目、マァムさん!! ポップさんを止めて!!」

 

悲鳴に近いその声が、俺の耳に届いた。背後を振り返っている暇はないが、その声の主を俺が間違うことは無い。

 

 

ごめん、メルル。マァムが作ってくれたこの千載一遇のチャンス。この機会を逃せば、そもそもあの魔法を使う事すら不可能になるかもしれないんだ。

 

あの魔法……。そう、自己犠牲呪文(メガンテ)だ。結局、俺はここまで追い込まれてしまった。いや、ここまで出来るだけ原作と同じ展開になるように動いて来たんだ。この場面だけ違う展開にしようだなんて、虫のいい話は無いという事なのだろう。

 

それに、俺はもう覚悟は出来ていた。ダイの記憶が消されたあの瞬間から、どうあがいたところで結局はこうなるだろうという予感はしていた。

 

俺がかつて読んだ範囲の原作最終話では、ポップは自己犠牲呪文(メガンテ)を使っても最終的にはバランに(ドラゴン)の血を与えてもらい、息を吹き返した。果たして俺はどうか? 原作ポップより、バランに痛撃を与えた自覚はある。そんな俺に対して、果たしてこいつはその血を分け与えるだろうか? 

 

そして、万が一血を与えられたとして、俺は原作ポップのように生を掴む事ができるのだろうか。これは予想だが、(ドラゴン)の血という物は、それを与えただけで無条件に誰でも蘇らせるような甘いものではないだろう。直接的な描写は無かったが、きっとポップはその強い精神力をもって蘇ったはずだ。だとすれば、原作ポップより弱い俺は望み薄と言う事になる。

 

ふふ……。奇跡が2度必要だな。まず俺の旅は、ここで終わると考えて間違いないだろう。

 

 

 

メルルの声が聞こえた直後、俺の背中をほんのわずかに引っ張るような抵抗を感じた。思わず俺は、この抵抗に身を任せてしまいたい誘惑に駆られる。

 

だけど、もうこれしか打つ手は残されていないんだ……。 アバン先生、少しで良いですから俺にあなたの勇気を分けて下さい! どうか俺に、あと一歩踏み出す勇気を!

 

そして俺は、俺の意思を揺るがす全てを投げ捨ててあと一歩を踏み出した。もう後戻りはできない。更に加速する俺。

 

俺の目の前で、バランがわずかに宙に体を浮かせてバランスを崩している。俺とバランの間に、土砂が噴出していて目くらましの役割を果たしているのも好都合だ。

 

マァムは、最高の援護をしてくれた。ここからは俺の仕事だ。完璧に自己犠牲呪文(メガンテ)を決めてやる……! 

 

俺は飛翔呪文(トベルーラ)でバランの背後に瞬時に回り込んだ。そして両手の指を、バランのこめかみに突き込む。

 

「グァアアッ!」

 

思わずバランが声を上げる。うん、そりゃー、声も上がるよな。これが自己犠牲呪文(メガンテ)の予備動作だって言うんだから、俺も驚きだよ。この動作だけで、相当なダメージ受けているんじゃないか、こいつ。

 

しっかし、何度もシミュレーションした動きだが、本当にこの動作、後衛職にはハードすぎるだろう。だいたいこの動作が自己犠牲呪文(メガンテ)のためのマストだというのなら、手足の無い爆弾岩はどうやって自己犠牲呪文(メガンテ)するんだよって話だ。ああ、あくまで人間が行う場合に必要な段取りなのかな? それとも、敵を確実に捕らえるための手段?

 

「ぬうぅ! ぬ、抜けん……!! ひ、非力な魔法使い如きの握力なのに……!!」

 

バランが、その太い首に後ろから取り付いた俺に対して、怒号をあげる。

 

「はっ! 当り前さ、バラン! これには俺の全生命エネルギーを込めているんだ……! 簡単に抜けてもらっては困るんだよ!」

 

「な、なんだとぉ!! ま、まさか、貴様……、あの呪文を!!?」

 

「ご名答!! これは、自己犠牲呪文(メガンテ)さ! バラン、お前には俺と共に死出の旅路に出てもらうぜ!!」

 

 

 

俺とバランの会話で、皆も俺が何をしようとしているのか察したようだ。うっ、と呻くようなくぐもった声が同時に発せられた。

 

「馬鹿な! やめんか、ポップ!!」

 

「そうだ! お前は最後までダイと一緒に戦い抜かなければならん! こんなところで――!」

 

おっさんとヒュンケルが俺に対して声を張り上げた。

 

奥義を放って精根尽き果てた様子のマァムが、必死の形相で俺に手を伸ばしていた。

 

「あ、ああ……。駄目、駄目よポップ! それだけはやめて!」

 

「いや! お願いポップさん! その呪文だけは使わないで!」

メルルも遠くから目に涙をためながら叫んでいる。ごめんよ、メルル……。

 

姫さんもメルルの隣で大声を張り上げる。

「何を考えているのよ、ポップ君! アバン先生に続いて君まで死んじゃったら、私達にどうしろっていうのよ!」

 

「あ、ああ……。ああ……っ!! ま、前にも、前にもこんな事が……! ど、どうして……!?」

ダイが頭を押さえて呻く。

 

皆が、俺の行動を止めようと声を荒げる。ごめん、皆。もうこの手段しか残されていないんだ。

 

「貴様! 自己犠牲呪文(メガンテ)を使えばどうなるか、知らぬわけではないだろう! その上、私には竜闘気(ドラゴニックオーラ)がある。効くかどうかも分からないものに命をかけるつもりか!?」

 

「いいや、効くはずだぜ、バラン! 別に竜闘気(ドラゴニックオーラ)は完全無欠の防御壁じゃない。物理攻撃であれ、魔法攻撃であれ、その防御力を上回る攻撃を繰り出しさえすれば、お前にもダメージは通るはずだ! それはこれまでの戦いで、実証済みだ!」

 

「――くっ!」

俺の言葉に悔しげに顔をゆがめるバラン。安心しな、バラン。俺の目的は、ここでお前を殺す事じゃない。この自己犠牲呪文(メガンテ)で俺が得たい成果は、ダイの記憶を呼び起こす事と、お前に絶対的なダメージを与える事だ。そうすればこの後、記憶を取り戻したダイがお前に対して、有利に戦いを進めることが出来る。

 

マァム達は、まだ俺を思いとどまらせようと声を上げている。それをよそに俺は、皆にかける最後の言葉を頭に思い浮かべる。俺の旅はここで終わっても、皆の旅路は続くんだ。後の事を託さないといけない。

 

まずはおっさんだ。

 

「……おっさん。おっさんが俺に命を預けているつもりでいる事は知っている。だからその命を返すよ。それで、勝手なお願いだけど、次はその命をダイのために使ってやってくれないか」

 

「ば、馬鹿者! そんな事、言われるまでもないわ! やめろ、ポップ! 死ぬ時は一緒だと約束したではないか!」

 

おっさんはその両の目に涙を浮かべている。ありがとう、おっさん。俺、この世界でおっさんと肩を並べて戦えただけで満足だったよ。おっさんが隣に立っていてくれるだけで、俺は正しい事をしているんだって確信できる。

 

「ヒュンケル。お前はこれまでと同じように、前だけを向いて進んでくれ。そのお前の背中を、ダイやマァム達は追いかけていくはずだから」

 

「何を言っている、ポップ! 俺には逃げるなと言っておいて、お前だけ先に逝くつもりか!? お前が要ではないか! お前なくして、俺達にいったいどうしろと言うのだ!?」

 

そんな事はないさ。要はダイだ。その要を取り戻すために俺はこれをやるんだ。できればヒュンケルには、いつか戦い以外の事にも目を向けてほしかったが、……いつか時が癒やしてくれると良いな。

 

「姫さん。あんたは、直情傾向なダイ達の中で唯一現実的な判断ができる人間だ。一国の王女にこんな事を頼むのは心苦しいが、俺の代わりにダイ達に進むべき道を指し示してやってくれないか?」

 

俺の言葉に、姫さんはキッと俺を睨み付ける。その目にはやはり涙が浮かんでいた。

 

「ふざけないでよ! 私に君の代わりが務まるわけないじゃない! あなた、自分をどれだけ過小評価しているのよ!? 今なら許してあげるから、早くそれを止めなさい! 馬鹿賢者!!」

 

はは。そんな事を言いながらも、姫さんはきっとダイ達に進むべき道を示してくれるだろう。俺はその事に何の心配もしていなかった。

 

マァムとメルルには……。駄目だ、俺は2人には何も声をかけられない。俺を好いてくれているらしい2人にかける言葉が見つからない。それに何よりも、声をかければ、声を聴けば、決意が揺らいでしまいそうだ。

 

ダイ……。俺は、わなわなと震えているダイを静かに見た。ダイは何か嫌な記憶が思い起こされようとしているのか、両手で頭を押さえて俺を凝視していた。

 

「ダイ……。お前の記憶が戻ったとしても、その時には俺はもうお前の側にいないだろう。だから今のうちに言っておくぞ。お前が何者であろうと気にしない奴は、俺だけじゃない。ここにいる全員がそうだ。お前は決して一人じゃない。それだけは、絶対に忘れるなよ……」

 

「あ、ああ……。い、いやだ……。ど、どうして、俺は……」

 

……もう一度、ダイとあの湖畔で釣りがしたかったな。俺は、ダイの不安げに見つめてくる蒼い瞳を見ていると思わず決心が揺らぎそうになり、意識的にダイから目をそらした。

 

よしっ、伝える事は伝え終わった! さっきからバランがギャーギャーとうるさかったが、これで終わりにしよう。

 

俺は、自己犠牲呪文(メガンテ)を構築する呪文を頭の中で思い浮かべた。後は言葉を紡ぐだけだ。それで俺の旅は終わりだ。

 

これで最後だと思うと、俺はなぜか気持ちが軽くなった。マァム、メルル……。あれから結局、俺の中でどちらが好きかなんて結論は出なかった。だって、2人共好きなんだから。どちらかをなんて今から悩み始めたら、俺はいつまでたっても自己犠牲呪文(メガンテ)を唱えられないだろう。

 

その時、俺の脳裏に昨晩のナバラさんの言葉が思い起こされた。

 

『時には行き当たりばったりでやってみるのも手じゃぞ』

 

『直感もあながち馬鹿にしたものではないぞ』

 

多分使いどころを間違っているんだろうけど、もうそんな事は知った事ではなかった。そうだよな、旅の恥は掻き捨てだよなと考えた俺は、マァムとメルルの名を呼んだ。ナバラさんに背中を押してもらった気がした俺は、精いっぱいの笑顔と共に伝えた。

 

 

 

「マァム、メルル。2人とも、好きだったよ。いつか一緒になりたいと思うほどに。……じゃあ、元気でな!」

 

2人の反応を伺う勇気の無い俺は、深く息を吸い込んだ後、空を見上げて最後の言葉を口にした。俺の瞳に映ったその空は、雲一つない晴れ晴れとした蒼天の空だった。

 

 

 

「――自己犠牲呪文(メ・ガ・ン・テ)!!」

 

 

 

 

 

その言葉と共にポップの身体から発せられた閃光がバランを包み込み、そして爆ぜた……。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

ドオオオオーーーーン!!!

 

マァム達の悲鳴を、自己犠牲呪文(メガンテ)によって生じた凄まじい轟音がかき消し、彼らの間を一陣の爆風が吹き抜けていく。

 

マァムは無意識に、その吹き抜けていく爆風を自身の身体にかき抱くかのように、抱きしめていた。それはまるで、その行為によってポップの命を現世にとどめようとしているかのようだった。

 

「お願い、お願いよ、ポップ……! 戻ってきてよ……!」

 

「う、うぁぁぁー! ポップさん、ポップさん……!」

メルルは、その場にひざまずき涙でゆがんだ顔を両手で覆った。身体に打ち付けるその爆風を、ポップの最後の別れの言葉のように、メルルは感じていた。

 

ヒュンケルとクロコダインが、拳を大地に叩き付け、男泣きに泣いていた。レオナは声にならない叫び声をあげる。そして、ポップが相棒と呼び弟のように思っていた一人の少年もまた、叫び声を上げていた。

 

「ポップー! ごめん、ごめんよー!!」

 

その少年、ダイはポップが自己犠牲呪文(メガンテ)を行う光景を眼前で目にする事で、失われていた記憶を取り戻していた。俺のための魔法使いになると言ってくれたポップ。自分も辛いはずなのに、アバン先生の事で悔やむ俺に寄り添ってくれたポップ。自分が何者なのか悩んでいる俺を優しく包み込んでくれたポップ。

 

ダイの脳裏を、これまでのポップとの思い出が走馬灯のように駆け抜けた。

 

『……ほ、本当? じゃあ、ポップは俺がもし人間じゃなかったとしても、俺の事を嫌いになったりしない……? 離れていったりしない……?』

 

『しないな。天地がひっくり返っても絶対にしない。少なくとも、ダイが人間じゃなかったからという理由でダイを嫌いになったり、離れたりはしない』

 

 

『俺はアバン先生やポップみたいに強くないけど、絶対今より強くなって、俺もアバン先生の代わりが出来るようになるよ!』

 

『……ダイ。俺、お前に会えて良かったよ。これからもよろしくな、相棒』

 

 

 

ダイの瞳から、止めどめもなく涙が溢れていく。どうして、どうして皆を、……ポップの事を忘れてしまっていたのか……! あれほど自分にとって大切な存在だった、兄貴のように思っていたポップの事を……!

 

「ダイ君……。記憶が、記憶が戻ったのね……」

 

「ダイがポップの名を……! 記憶が戻ったのか!?」

 

「だが、そのための犠牲は……あまりに、大きすぎた……!」

 

 

皆の悲鳴を包み込み吹き荒れていた爆風が、次第に収まっていく。皆が虚ろな瞳で、先ほどまでポップとバランが立っていた場所に目を向けた。

 

そこは、その場所が爆心地である事を示すかのように全てが薙ぎ払われていた。

 

 

既にポップはこの世にいない。もうあの全てを包み込んでくれる優しい笑顔を自身に向けてくれる事は無い。その事実を目の当たりにしたマァムが、両目から大粒の涙を流しながら地面に両手を叩きつける。その固く握られた手には、『みかわしの服』から引きちぎれた布が未だ残されていた。

 

「あ、ああ……。ポップ、あなた、なんて……なんて、馬鹿な事を……!」

 

メルルは、その場にひざまずき涙でゆがんだ顔を両手で覆っている。

 

皆が打ちひしがれる中、ダイが上空に異様な気配を感じて空を見上げた。

 

「う……ああ……!?」

 

そのうめき声に、皆も空を見上げた。そこには、左手に無造作にポップの身体を掴んだバランが宙に浮かんでいた。その姿は、あれほどの爆発を至近で受けたと言うのにほとんどダメージを負っているように見えなかった。

 

「そ、……そんな!! ポップ君が命までかけたのに……!」

レオナが、ポップの献身的な行為の結果がこれだと信じたくないかのようにうめき声を上げた。

 

「くっ! 馬鹿な!? 奴には、自己犠牲呪文(メガンテ)すら全く効かなかったと言うのか……!?」

 

バランは上空から、そのクロコダインの叫びに答えた。

 

「……いや、さすがの私も自己犠牲呪文(メガンテ)だけはダメージを受ける。ましてや、これほどの高位の賢者が放つ自己犠牲呪文(メガンテ)だ。まともに喰らえば、いかに私と言えど、致命傷は免れなかった……」

 

そう答えるバランは、自身も死を覚悟していたかのような蒼白な表情をしていた。

 

「で、では、貴様はどうやって自己犠牲呪文(メガンテ)から逃れたのだ……!? まさか、ポップが失敗をしたとでも……!?」

 

覚悟を決めたポップが失敗をする姿など想像も出来ないヒュンケルが、バランに声を荒げた。

 

「いや、この男は年若いが、私がこれまでに出会った魔法使いの中でも最高の術者だった。そのような失敗は犯さぬ。私が自己犠牲呪文(メガンテ)から逃れた理由は、このためだ……」

 

バランは、ポップの骸を皆に見えるように見せつけた。その左腕の上腕部には、1本の短剣が深々と突き刺さっていた。

 

「――! そ、その剣は……!?」

 

「この剣が、私の命をあわやという所で救ったのだ。……ご苦労だったな、ラーハルト」

 

そう言ってバランは、マァム達の更に背後に目をやった。その視線を追って、マァム達も背後を振り返る。

 

そこには、バラン戦の前にポップが他者転移呪文(バシルーラ)で大陸の彼方に弾き飛ばしたはずの陸戦騎ラーハルトが、静かに佇んでいた。

 

「あ、あなたは……!? どうやって、ここまで……!?」

 

ラーハルトが戦場から排除される瞬間を目撃していたマァムが、驚愕の声を上げる。しかしラーハルトはそのマァムの声を無視し、主であるバランに深く頭を下げた。

 

「申し訳ありません、バラン様。その小賢しい男の奸計によって、参陣が遅れてしまいました」

 

「いや、かまわぬ。この男の奸計に手を焼かされたのは私も同じだ。それより、よく来てくれた、ラーハルト」

 

そのバランの労いの言葉に再び頭を下げるラーハルト。

 

「くっ! ポップの命がけの行為をよくも!!」

 

「……」

 

バランの言葉から、ポップの左腕に刺さったままの短刀を放ったのが、ラーハルトと気づき憤るクロコダイン。クロコダインはラーハルトを睨みつけたまま、よろよろと立ち上がる。そしてクロコダイン同様の怒りを無言で発しながら、ヒュンケルも立ち上がる。

 

そんな2人の怒りを余所にバランは、無造作に左手に掴んでいたポップを大地に放り投げる。

 

ドサッと鈍い音を立てて地面に横たわるポップの遺骸。ここまで彼ら勇者一行(パーティー)の頭脳として常に先の先を見通してきた彼の目は、もう何も映してはいなかった。

 

「……犬死だ!!」

 

皆が言葉に出さずとも自分達の要とも捉えていた男に対する、あまりにも無慈悲な言葉に激高する勇者達。

 

「おっ……おのれーーッ!!」

 

「バラン! そこまで落ちたかあッ!!」

 

その時どこから現れたか、ゴメが「ピエーン!」と涙を流しながらバランに向かって行った。

 

涙を流しながら、バランを自身の翼ではたくゴメ。しかしその行為は、バランにとって文字通り蠅が周囲を飛び回っているに過ぎないものだった。

 

「ゴメちゃん! 駄目よ! やめてっ!!」

レオナが、ゴメの身を心配して声を張り上げる。

 

そしてバランは、その小さな身体に対し明らかに過剰とも思える力でゴメを打ち払う。地面に叩きつけられ、ポップの遺骸の傍に横たわるゴメ。

 

そんなゴメに対して、更にバランは紋章閃を放つ。

 

しかしその攻撃は、とっさに間に入ったダイの背中で防がれた。

 

ダイは叫ぶ。「これ以上、……俺の仲間に手を出すなッッ!!」と。

 

「あんたが本当に俺の父親ならなんでこんな事をするんだ!? 俺の思い出を奪ったり、俺の大好きな奴を傷つけたり、殺したり!!」

 

「だまれ! 人間と奴らに味方する者は全て根絶する!! お前も私の息子ならそれに従え!!」

再びバランは、ダイの記憶を奪おうとその(ドラゴン)の紋章を共鳴させる。

 

「そんなゴミ共の事など覚えている価値は無い!! 再び記憶を消してやる! 二度と蘇る事の無いようにな! さあ、全て忘れてしまえ、ディーノ! そして真の我が子となるのだ!!」

 

「うあああああッ!!」

頭を押さえながら苦悶の声を上げるダイ。嫌だ、俺は……俺はポップの事を二度と忘れない!! 忘れるもんか!!

 

ダイは、ポップの言葉を思い出す。

 

『ダイ……。お前は間違いなく両親から愛情を注がれていたんだ』

『……自分の事を知り、両親の愛情を知れよ、ダイ』

 

ポップは優しい表情でそう言っていた。だけど、俺の大事な仲間を、他でもないポップの事をゴミと呼ぶこいつが親なんかであってたまるもんか!!

 

「……お前なんか! ……お前なんかぁぁぁーーーッ!!」

 

ダイは、右拳に力を集中しバランに突進した。その目には、大粒の涙が浮かんでいた。

 

「お前なんか、父さんじゃないっ!! 俺の家族は、爺ちゃんとポップだけだ!!!」

 

その言葉と共にバランの頬を殴りつけたダイの右拳は、竜闘気(ドラゴニックオーラ)に覆われたバランの防御幕を突破し、確かにバランにダメージを与えていた。

 

殴りつけられたバランを含めた皆が驚愕する。それは、これまでダイの額に輝いていた(ドラゴン)の紋章が、ダイの右拳に現れていたからだった。

 

バランは殴られた痛み以上に、ありえない事態に動揺を隠せなかった。絶対にありえない……! 数千年に及ぶ長い(ドラゴン)の騎士の歴史において、額以外の場所に(ドラゴン)の紋章の光が発動するなど!!

 

バランはハッとして、物言わぬ骸と化した賢者に視線を送る。まさか……人間の……。ディーノに流れる人間の血が、この奇跡を可能としたのか……? ソアラ、お前までもが私を間違っていると言うのか!?

 

バランの動揺を余所に、仲間を傷つけられ、ポップを殺されたダイは激高したままバランに打ち掛かる。そしてバランも竜魔人へと化した反動からか、いつしか我が子をただの排除すべき敵としか認識しなくなっていった。

 

「バラン様……。まさかディーノ様とあのように戦わざるを得なくなるとは……」

ラーハルトは、そんな2人の闘いをただ呆然と見つめていた。

 

 

 

 

 

メルルとマァムは、事切れたポップに縋り付いていた。2人とも、もうポップが2度と笑いかけてくれない事を理解していた。ただ、それでもあまりにも大きすぎる喪失感から、立ち上がる気力が2人には残っていなかった。

 

そんな2人にレオナはゆっくりと近づいていく。

 

「……マァム、メルル。そうやって、いくら嘆いていても、ポップ君は生き返ったりしないわ。私達には、私達に出来る事をやりましょう」

 

「できる事……?」

マァムは、涙でにじんだ瞳のままレオナを見上げた。

 

「そうよ。2人はヒュンケルとクロコダインの回復をしてちょうだい。ほら、しっかりしなさい! まだ戦いは終わっていないのよ! ダイ君を援護しなきゃ!」

 

「で、でもそれならレオナの方が回復呪文(ベホマ)を使えるし……」

 

「私は私で、やることがあるのよ! 一度も成功した事無いけど、彼に試してみたい呪文があるの……!」

 

「そ、それってレオナ……。まさか……」

「ひ、姫様。その呪文は……」

 

「成功率は限りなく低いわ……。でもね、マァム、メルル。ポップ君に、一言言ってやりたいのはあなた達だけじゃないのよ……! 絶対に生き返らせて彼をぶん殴ってやらないと、私の気が済まないわ!」

 

マァムとメルルは、そのレオナの言葉に思わず顔を見合わせた。まだ限りなく低い可能性だが、もう一度ポップと言葉を交わせるかもしれない。そう考えた2人は、胸の内より強い気力が湧き上がって来る事を感じた。

 

「ごめん、レオナ! ポップの事は任せるわ。クロコダインとヒュンケルの事は任せて!」

 

そして2人はポップの傍を離れて、傷ついたクロコダインとヒュンケルの元に駆けて行った。

 

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