乱立するビル群は手当たり次第に点滅する光を放つ。アスファルトからは湯気が立ち上る。すれ違う人は皆、汗を流す。テレビには美人なニュースキャスターが写っており涼しげな顔をして台本を読み上げていた。
「ったく、四十度を越すなんて聞いてないよ」
背中にギターケースを背負う一際目立つ金髪の少女こと弦巻マキは、ゾンビのような足取りで愚痴をこぼした。誰だって足取りは重くなる、外にいる誰もがそんな思いだろう。下手をすれば人が死ぬこの温度の中、機械で出来た身体を持つものは尚更だ。
誰も影がないところを通る素振りすら見えず、雨は降っていないが外を出歩く人の数は少ない。
私はこの猛暑日の中、紫色の悪友に呼び出され歩かされていた。目的地はライブハウス。「久しぶりに曲作れたんで演奏しましょうよ」と言われ、ゆかりんが誘ってくるなんて珍しい、なんて思いながらもライブハウスまで重い足を運ぶ羽目になった。
日に日に上がってきていた気温も今日からは四十度越えが続くようで、夏が本格的に始まったと、そう感じさせるにはもってこいだ。かなり肌を露出させるこの服は、全く涼しさなど感じさえず、日焼け止めを塗っていなければ今頃大変なことになっているだろう。voiceroidに冷却機能とか取り付けれたっけ、なんて考えながら人が少ない通りに入っていく。
大通りから裏通りへ。
ビル群が立ち並び影が出来ているとはいえ、ここもいつもより人が少ない。相も変わらず目が痛くなる電光掲示板はそこらじゅうに立っており、微かながらも音楽が聞こえてくる。
見慣れた通りを奥へ奥へと進む。チリン、と今ではあまり聞くことがなくなった風鈴の音が聞こえた。珍しいな、と思いながらも風に吹かれて鳴く音は綺麗だと感じた。日本が持つ伝統的なあれこれはめっきり見なくなった、なんて嘆いていたマスターの気持ちもわからないこともない。そんなことを考えていると、道端から声をかけられた。
「なぁ、お嬢さん。助けてくれないか」
可愛らしい声だ。下の方から聞こえてきた声の主を見ると壁にもたれかかるように倒れている少女だった。黄色い帽子にピンク色の幼児が着るような服を身に纏った少女は、後頭部から煙を出している。日中の暑さでやられたのだろう、マスターも壊れないように気をつけろなんて言っていた。
voiceroid、それもかなり古い機種のようだ。体に使われるパーツがvoiceroid最初期の物で、今どき骨董市でも見かけない素材、マニアの方が数万円とかで取引しているのをみたことある。
「あぁ〜。暑さでやられちまったの」
「その通りさね。連日の気温でオーバーヒートってわけさ」
「並大抵のvoiceroidは外出しないほうが吉ってことだ。で、どこに連絡すればいいの」
大抵のvoiceroidはマスター、つまり所有者への連絡先が体に明記してある。
「アイの耳たぶにマスターへの電話番号があるさね。そこに連絡しておくれ」
少女に近づくと、耳たぶの裏を確認した。内蔵している機体名と、おそらくは少女の名前、緊急用の連絡先が小さく記されていた。
「旧式じゃん」
「そのせいでこの通りぶっ壊れちまったのさ」
「アイさんって0年代って言われる機体?」
「そうさ。うちのマスターは頑固な人でね、ずっと昔に買ったアイの機体を変えずにメンテナンスを続けてるのさ。一種の思い出だね」
「…………」
手元にあるスマホから連絡先までかける。コールが鳴りおわる前に、男性の声が聞こえた。使い続けている、と聞いたからにそれなりに年をくった人物かと思っていたが、若い声が電話口から聞こえた。
だいぶ心配していたらしく(当たり前だ)、居場所を言うと電話口から騒がしい音が聞こえ、ドアが閉まる音を境に電話が切れた。
「……すぐに迎えにくるらしいよ」
「だいぶ失礼じゃなかったかい、アイのマスターは」
「……アイさんの話から年取ってる人を想像していたけど、だいぶ若く感じたよ」
「マスターはだいぶ若い頃のアイを買ったからね、今は28歳だったはずだよ」
思っていたよりだいぶ若かった。逆算して十四、十五の頃に買ったのだろう。十年以上使割れて、傷の一つもアイさんからは見当たらない。
「……アイさんはそんなに長く使われてるのに綺麗だね」
「なんだい、藪から棒に」
「いや、羨ましいなって」
無意識に、口から言葉が漏れ出した。……気を遣わせてはないだろうか。そんな心配をよそにアイさんは言った。
「お嬢さんも十分綺麗だよ」
人形のような純粋な瞳でこちらを見つめてくる。お世辞ではなく、本心からの言葉だと感じた。
「お嬢さんの金髪、すごい綺麗だ。きちんとしたものを使わせてもらっているみたいだね。それに服も、少しお嬢さんのマスターの趣味が入ってそうだけど……似合ってるよ」
趣味が入っているとは、胸元が盛大に開けていることだろう。
「お嬢さんが背負っているのはギターだね。耳につけているピアスも……知ってるよ、有名なブランドものだね」
…………。
「よくvoiceroidは買い手の本性が出るとか言うもんだ、かくいうアイもマスターのもったいない精神が強く反映しているようさね。ほら、最初期の機体を使い続けるなんて正気の沙汰じゃないさね。……お嬢さんのマスターは、大切なものには、とことん着飾るようだ」
「……そうだね、マスターが使うパソコンは七色に光ったりするし、部屋はおしゃれな家具で取り揃えられてるよ」
「察するにお嬢さんのマスターは結構金を持っている様子だね。それで身近なも、大切なものにお金をかける」
何か確信めいた風にアイさんは話す。何年も前に作られて何年も人間と関わっている彼女は、どこか人間臭くて、私たちのこともよく知っているようだ。
「お嬢さんは周りのそんな、大切なものと一括りにされるのが嫌なんだろうね。嫉妬心? 独占欲? よく言葉には表せないがそんなとこだろうさ」
おおかた当たってるのだろう。私が確信を持って言えないのは、そうだとはは思えない自分と、アイさんの言葉に納得する自分の両方がいるからだろう。
この少女からは貫禄を感じざるを得ない。心のうちを見透かされた、というより無理やり覗かれた感が否めないが、無意識に言葉が出たことから覗かれたかったのかもしれない。
……私も暑さでやられたかな。
「大丈夫さ、最新機器は暑さにも耐性があるってうちのマスターが言っていたよ、お嬢さん」
路地に革靴の音が響く、そちらに目をやるとスーツ姿の男性が走って向かってきていた。
「あぁ、マスターが迎えにきてくれたね」
それじゃあ、縁があったらまた会おうや。お嬢さん。
少女はそう別れを告げた。
「……って話があったんだよ。……おーい聞いてるゆかりん」
「えぇ。聞いてますよ。象の置物が喋り出したんでしょう」
「全く聞いてないな。もう」
ライブハウスの中、私はゆかりんに語りかけていた。今は、ゆかりんが作った曲を一通り演奏し少しばかりの休憩をとっている最中だ。
「はぁ、いいですかマキさん。そんなに昔の機体が今も存命なわけないじゃないですか」
「あっ、聞いてくれてたんだ。ゆかりんやっさしー」
「はいはい、ですけどそのアイって子に会ったのは本当ですか?」
「本当だよ」
「暑さで回路系統がやられたわけでもなく?」
「やられてないよ、ほら」
私が手首を見せると、薄く「正常」と映し出されていた。
「はぁ、また機能を増やして貰ったんですか。過保護ですね」
うちのマスターは今月の家賃払えないなんて大騒ぎですよ、なんてゆかりんがぼやく。
「もし本当に会っていたなら、そのアイって子のマスターと連絡先ぐらい交換しとけばよかったのに」
「どうして?」
「だって、昔は今みたいに数十万で買えるわけではなく数百、ものによれば数億したんですよ。それを学生の頃に買ったなんて、家が相当の金持ちか宝くじが当たったかのどちらかですよ。まぁ確実に前者ですから、お金持ちの知り合いが増えるってことですよ」
えぇ、そこから私も富豪の仲間入りに、なんて言っているゆかりんを見ると、買い手の本性が強く現れるんだななんて思い、笑ってしまった。