【急募】異世界転移とシミュレーテッドリアリティの見分け方 作:エゴイヒト
Neutral;Awakening
突然だが、質問がある。
異能力が欲しいと思ったことはあるだろうか。
念力で物を浮かしたり、飛ばしたり。魔法で焔を出したり、雷を降らせたり。そんなファンタジーを、誰しも一度は夢想したことがあるだろう。特に、漫画やアニメやゲーム、ライトノベルなどの作品に登場する異能力が欲しいと思った者は多いのではないか。
そういった作品の中で欲しい能力は? と問われたらどうか。ずばりこれだ、と即断即決する者もいれば、あれもいいこれもいい、と悩む者もいることだろう。
逆に、欲しくない能力は? と問われたらどうか。ここでの『欲しくない』というのは、『別に要らない』という意味ではなく『金を積まれても欲しくない』という意味だ。能力に付随するデメリットや作中の設定なども加味して、考えて欲しい。
これは回答に困るだろう。欲しいものについて夢想する者はいても、欲しくないものについて夢想するなんて酔狂な者はそういない。
それでもまあ、能力を持っているだけで何らかのデバフが掛かり、かつメリットが全くない能力を探せば、何とか答えを一つ絞り出せるかもしれない。
ではこれらの質問を踏まえた上で、本題に入ろう。
欲しいけど欲しくない能力は?
少年、禅野拓斗が中学を卒業し、高校に入学して一ヶ月が経った。ようやく高校というものに慣れ始め、クラスの中で仲良しグループが固まる頃合いだ。
そんな時期になっても、ああ何ということか。
彼は友達ができるどころか、クラスメイトの顔と名前すら一致していなかった。
特定のクラスメイトの名前を頻繁に呼ぶこともないので仕方がない。彼は記憶力が悪いというか、興味の無いものは必要に駆られない限り憶えられない性質であった。
休み時間は席に座り、机に突っ伏して時間を潰す。昼休みも一人で食べる。放課後も誰とも話すことなく一目散に昇降口まで行く。
彼の今の状態を客観的に述べるのであれば、スタートダッシュをミスったと評価を下すべきだろう。
しかし本人は決してそうは思っていなかった。彼はこれまで小学校・中学校での交友関係を築く中で、どのように初対面から友人へと変化していくかを知っているつもりであった。
友達を作るのにコミュニケーション力など要らない。必要なのは機会だ、というのが彼の持論である。
チャンスは行事や授業でグループやペアを作らされる時。初対面だろうと大して交流がなかろうと、ここでは嫌でも会話をせざるを得ない。休み時間には話しかけにくいクラスメイトとの、貴重な接点である。
最初は授業で分からないことや聞き逃したことを訊ねたり、事務的な会話でいい。グループワークなどで周りが行き詰っている時は、自分の意見を発信して助け舟を出す。彼の持ち前の頭の良さが発揮される時だ。
そうやって信頼を得ると、今度は向こうから訊ねてくるようになるかもしれない。大事なのは、共感を得る事。得体の知れない・よく分からない人から、知り合いという認識の内に入ること。仲間意識を植え付けるのだ。
やがて、休み時間に私的な話をするのにも抵抗がなくなってくる。こうなれば後は交流を続けるだけで自然と友人になれる。
これを実践する相手は、なるべく友人が少ない人がいい。既に沢山の友人がいると、休み時間に話しかけるタイミングが作りづらかったり、態度には出さずともウザがられる可能性もある。多くてもクラス内で2・3人と交流を持っている程度が望ましい。
そういうわけで、彼はさして焦っていなかった。既に目ぼしいターゲット達は頭の中にリストアップ済。あとは時が来るのを待つだけである。
待ってろ、未来の友人。そんな思いで今日も登校した拓斗。
しかし教室に入った彼を待っていたのは、知らない面々であった。
顔と名前は一致せずとも、顔は覚えている。クラスメイト37人の顔を、まさか見間違うわけもない。
彼が登校するのは、決して早くはないが遅くもない。既に教室内に20人ほどはいる。
他クラスの生徒が友達と話すために遊びに来ているというのも考えられるが、それにしたって一人として見知らぬ顔だというのは変だ。
教壇の近くで固まること数秒。自分が入る教室を間違えたのだと気づいた彼は、少し恥ずかしさを覚えつつも、踵を返して教室を出た。
改めて、自分の教室――1年3組を目指す。廊下に出て左右を確認する。2階の階段を上ってきてすぐ目の前にあるのが1組。そこから右に曲がれば2、3と続く。左には使われていない空き教室が北側と南側で一つずつあり、廊下を挟んでいる。
つまり空き教室を含めると3組は左から4番目に位置している。1年は7組まであるので、右から数えれば5番目だ。
しかし、拓斗は目当ての教室へと足を運ぶことはなく、その場で立ち止まることになった。
教室を出た拓斗は何度も教室を数えた。だが数が合わない。いや、違う。
左から1、2、3、4。ここが4つ目だ。
今しがた出てきた教室のドアの上に掲げられた横長の札を見上げると、そこには1年3組とある。
「え」
己を客観的に見ることができると自負する彼は、独り言なんて痛々しい真似はしないと常日頃から気を付けている。にも拘らず、思わず声が出た。感動詞は、彼的にはグレーゾーンだ。時と場合によっては許せる類である。
教室を覗き込むと、そこにはやはり誰一人知っている顔は無かった。友達候補として目を付けていた男子生徒の席には、知らない女子が座っている。
何故、何が起きている? 分からない、分からない、分からない。
「何やってんだ、禅野」
どれだけの間、ドアの前で突っ立っていたのか。思考の海から帰ってきた彼は、横から声を掛けられる。そこにいたのは、年の頃は30台ほどの中肉中背の男性。
拓斗は人目で、恰好からして教師だと推察する。この教師もまた、知らない顔だった。
しかし、教師の方は拓斗の存在を知っているようだった。
「僕、ですか」
「惚けてないでほら、席につけ。ホームルーム始めるぞ」
拓斗はこのクラスの生徒で間違いないらしい。促されるまま教室に入ると、生徒の注目は彼に集まった。
空いている席は、確かに知っている席と同じ席だった。そこだけは彼の知識と変わっていなくて、安心感を覚える。
席に着くと、視線は次第に引いていった。彼がこの席、このクラスにいること自体は誰も気にしていないらしい。
性質の悪いドッキリだろうか。教師ぐるみで?
疑問は募るばかりだ。その日、彼は居心地の悪さと気味の悪さを抱えながら授業を受けることになった。
ようやく異界のような学校から解放された放課後。勝手知ったる我が家に帰ってきた拓斗は、通学用のリュックサックを下ろして自室で息を吐く。
あれは一体何だったのだろうか。検索でもかけてみるか? と親に譲ってもらったノートパソコンを見つめる。そもそも何と検索したらいいのか。ドッキリ? 超常現象?
考えても埒が明かない。こういう時は気分転換にゲームでもしよう、と現実逃避に走る。
尤も、いつも帰ってきたら即ゲームと相場が決まっているのだが。今はそういう普通が恋しかった。
私服に着替えて、積みゲーでも消化しようと棚に並べられたパッケージを品定めする。
彼は対戦ゲームのような大衆向けも好きだが、JRPGやノベルゲームなどのストーリー性のあるゲームを特に好んでいた。
「え」
本日二度目の独り言。家の中で誰も聞いていないので、油断と言うのもあったのだろう。対戦ゲームで負けが込んでイラついた時には、舌打ちや罵詈雑言を家族に聞こえないくらい小さな声ですることだってある。
明らかに、棚に空きがある。スペースにして、ゲームソフト数本分だ。妹が盗んでいったのだろうか、と拓斗は下手人を想像してみる。しかしコンシューマ機は彼と妹では持っているハードが違う。ハードは自室のディスプレイに繋がれたままだ、このままではプレイできないだろう。何より、一気に何本もソフトを持っていくだろうか。
親が棚を掃除しようとしてどこかに退かしてそのままになっている、というのはどうか。彼の両親は共働きで忙しい。掃除なんて滅多にしないし、自室に母親が立ち入るのは大掃除の時くらいだ。
考えても分かりそうにないので、ひとまず犯人を推理するのはやめることにした。
代わりに調査の対象は紛失したゲームが何であるかに移る。棚を全部ひっくり返して一つ一つ確認していけば確実に分かるだろうが、そんなことをしなくても推理することはできる。基本的にシリーズものやジャンルごとに分けて並べている。無くなったのは、前後のゲームからしてノベルゲームだ。ジャンルさえ分かれば、ざっと見ただけで何が無くなったかすぐに分かった。
科学ADVだ。
『STEINS;GATE』などで有名なあのシリーズである。それ以外は大衆受けしない内容なので、シリーズものだと知らない者も多い。
特に『CHAOS』と名の付くタイトルはサイコサスペンスホラーでグロ要素が強く、CEROの年齢区分はZである。拓斗はこれをネット通販によって購入していた。
幸いもうプレイ済なので、無くなっても特に困りはしない。引っかかるものを覚えながらも、適当なゲームを見繕ってプレイする。そうして、彼の一日は過ぎていった。
翌日。明日になれば教師含めたクラスメイト全員が別人に変わる異常事態も元に戻っているだろうと、何の根拠もない楽観的な望みを抱いて登校した彼。当然、そんなことは叶わなかった。
それから一週間。彼の周りでは奇妙なことが立て続けに起こった。
例えば、移動教室の時。鍵は日直が管理し、開け締めも日直が行うことになっている。授業終了後は先んじて戻った生徒達が教室の前で日直の到着を待って屯することになる。話しながら歩いたりする友人はおらず、授業の跡片付けが長引いたり居残りをする友人を待つことがない拓斗も、この早戻り組であった。
その日は日直が美術の授業で居残りをしていた。本来このような場合は早戻り組の誰かに鍵を渡すのが暗黙の了解なのだが、この時に限って誰も受け取っていなかった。今更美術室へ戻っても時間としては差がないため、大人しく鍵を待つことになる。
「(鍵、締め忘れてないかな)」
そんな淡い期待を抱いたのは拓斗だけではなかった。
未だ慣れない顔も知らないクラスメイトがドアに手を掛けようとしたとき。ガチャリ、と音が鳴った。
その異音に、誰もがドアに注目した。スライド式の取っ手に触れる寸前で手を止めたクラスメイトがドアを横に引くと、鍵は掛かっておらずガラガラと開いた。
後から到着した日直によると、鍵は閉めてあることを何度も確認したという。鍵が独りでに開錠したこの事件は、心霊現象としてクラスの中でそこそこ話題になった。
極めつけは、数学の課題を家に忘れた時。
拓斗のクラスを担当する数学教師は、課題忘れに厳しいことで有名である。昼休みまでにプリントを出さないと欠席扱いにすると脅迫するやり口は――実際に教師の一存でそのようなことができる権限があるのかは不明だが――生徒からは大層嫌われていた。
課題忘れを素直に告白して厳つい顔に睨まれながら新しいプリントを貰い、授業中や休み時間に解いて職員室まで持っていかなければならないことを考えると、憂鬱である。
「(何かの間違いでプリント提出したことにならないかな)」
不満たらたらで問題を再度解く。内容自体は簡単で、一度解いただけに記述は淀みない。ただ本来やる必要のないことをやらされていると考えると、ペンを動かすのが酷く面倒くさくなってくる。
ところがいざ提出してみると、課題のプリントが何故か既に提出されていた。
自分で出したことを忘れていたうっかりさん扱いを受けた拓斗だったが、家に帰ると提出されていたものと全く同じプリントが見つかった。不気味なことに、筆跡まで同じである。
「は」
思わず笑いが零れた。ここのところ、異常事態が起き過ぎている。しかも次第に自分に都合が良いことが多くなっている気がする。
まるで『ギガロマニアックス』みたいだな、と。
最近棚から不自然に紛失したゲーム『CHAOS;HEAD』及び『CHAOS;CHILD』の影響だろうか。拓斗の脳裏に、ついそんな荒唐無稽な喩えが思い浮かんだ。彼も、人一倍にファンタジーな力に憧れを抱く男子高校生であった。
ギガロマニアックスとは同作に登場する、平たく言えば妄想を現実にする超能力者である。万能極まりないチート能力に聞こえるが、それでも欲しい能力かと問われると拓斗は躊躇する。
作中のギガロマニアックスは覚醒に至るまでもその後も、皆悲惨な目に遭っている。ただ能力を持っているだけでも危険であり、妄想の暴走や過度な使用による老化などデメリットは大きい。
傍から見ている分には便利でかっこいい厨二病設定ではあるのだが、実際に欲しいかとなると如何せんマイナス要素が振り切れている。
欲しいけど欲しくない。破滅願望的な怖いもの見たさが魅力の一つでもあるのだろう。
ああ、ついに自分にも力が目覚めたか――なんて、馬鹿な考えを振り払う。
誰だって自分を特別だと思い込みたいものだ。
ここ最近の自分は運が良いのかもしれない。プリント増殖バグに関しては説明がつかないが、こういう人並みな妄想の方が身の丈に合っているだろう。見たくないものから逃げていることに、自覚はある。
その思考を誤魔化すように、遊び半分で拓斗は己の運を試すことにした。
「おーい、妹よ」
「あ? 何お兄ちゃん」
リビングでは、少女がソファに寝転がりながらゲームをしていた。
部屋着のシャツとデニムのショートパンツにパステルカラーの縞模様の靴下。起伏も背も成長に乏しく、ツインテールは如何にも生意気ざかりな中学生2年生をアピールしているかのようである。
彼女は拓斗の妹、禅野真奈。呼びかけに一応の反応は見せたが、視線は依然として携帯ゲーム機のディスプレイに釘付けだ。外見とは裏腹に、実兄に対する態度は可愛げがない。
真奈が小学校高学年に上がってからというものの二人の関係はずっとこれで、拓斗も妹に舐められまいと必死である。名前ではなく『お前』とか『妹』と呼ぶようになったのが余計に軋轢を生んでいるということには本人も気づいていない。
「今日、母さん帰ってこない日だろ。晩飯当番俺だったよな」
ちらり、と真奈の視線がゲームから外れて拓斗の方を見た。あるいはギロリ、だったかもしれない。その先に続く言葉を想像して不穏な空気を感じ取ったのか、睨みで圧を掛けてきた。
その目が語るに曰く、当たり前でしょ。
「代わってくれよ」
「はい、でたでた。それ先月も聞いたし。てか交代分まだ返して貰ってない気がすんだけど」
「その分買い物代わりに行っただろ」
「学校帰りの序でにできる買い物と料理じゃ労働力対等じゃないでしょ」
お兄ちゃんは通学路にスーパーあっていいよね、との反論には一理ある。このまま言い返したところで貸し借りイーブンには持って行けても、当番の交代には首を縦に振ってくれないだろう。
どうやら運の良さで妹の機嫌は買えないようだ。尤も、ゲームをしている時点でこの程度は想定された事態だ。
「チッ」
負けが確定したのか、舌打ちをする。苛立ちをぶつけるようにボタンを連打して、リザルト画面をスキップしようとしている。
「(嫌な所で似るな)」
その様子を見て、拓斗は言葉による懇願は諦めた。
「じゃあ、こうしよう。ここに飴玉がある」
まさか飴で釣れるとでも思っているのか、と真奈の顔には本格的に怒りが滲み始めた。
脇の棚からコップを二つ取り出し、妹からは見えないように飴玉を片方に入れる。それらをテーブルの上にひっくり返して置いてこう言う。
「左か右か当ててみろ。当たったら今日とその次も俺が当番。外したらお前が今日の分だ」
自分だけ次の当番も賭けたのは、妹が勝った場合にメリットを与えるため。こうでもしないと彼女は乗ってこないだろう。
「……おっけい」
乗ってきた。
反抗心からか、彼女は兄との勝負には積極的だ。それがたとえ運試しであったとしても、勝負であることに変わりはない。
真奈はソファの背凭れから身を乗り出して、コップへ向けて人差し指を彷徨わせる。
飴玉は彼女から見て左に入れてある。拓斗は外せ、と祈りを込めた。
「こっち」
彼女が指したのは、左のコップだった。
やはり運が向いているなんて非科学的なこと、信じるものではない。
そういえばこういうのは心理学的には左の方を選びやすいんだったか、と拓斗は自身の選択を後悔する。
「(右に入れるべきだったな)」
それも明確な科学的根拠があるわけではないが、負けた時のがっかり感を和らげるために適当な言い訳を考えるのは、精神衛生上の癖のようなものだ。
白けた彼はコップを開けて、敗北を認める。
「は?」
否、認めようとした。
飴玉は
「うえぇ、まじ?」
真奈は苦い物でも口にしたかのように、露骨に顔をしかめる。
一方の拓斗は、もはや賭けどころではなかった。
覚え間違えなんてするわけがない。
飴玉を利き手の右手に持って、左手で持っているコップに入れた。それを左手でテーブルの上にひっくり返して置き、そのコップに左手を添えたまま、右手で空のコップを伏せたのだ。
妹を背にして行ったのだから、左右を取り違えることもない。
フラフラ、と覚束ない足取りで自室へ向かう。
「おい、コップ片づけてよ」
呼び止める妹の声はもう、耳に入らなかった。
自室に戻り、ドアを背に凭れかかる。
「(まさか本当に、そうなのか?)」
益体もない幼稚な妄想だと思っていたそれが、現実味を帯びてくる。
それでも、最後の抵抗とばかりに無茶な言い訳を重ねる。
「(幻覚なんてレベルじゃない、これ重症だろ。やっぱ病院行った方がいいのかな)」
眠気があるわけではないが、今日のところはもう寝て安静にしておこう。
そう思って顔を上げ、ベッドのある窓際の方を見遣る。
だが彼の足が動き始めることはなく、口を開いて絶句した。呼吸も、喉の渇きも忘れていた。
何故なら、
カーテンを吊るす突っ張り棒。そこに、騙し絵のように何かがダブって見えた。
誘われるように手を伸ばす。カーテンまでの距離は腕の長さを優に超えている。どれだけ伸ばしても届くはずがない。
それでも、確かに繋がった。物理的に触れているわけではない。遠近法のように本来の大きさより小さなその棒が、拓斗の手の内に収まった。
柄は青紫色で風船のように小さく膨らんでおり、刀身は青白く透明。細長い刀身は突きを主体にしていると思わせながらもしっかりと両刃を携え、先端はやはり針のように鋭く尖っている。刃渡りは1メートル強、幅は指の太さ2本分ほど。
柄の影響で遠目には形状はピペットに似ているが、見る者には間違いなく剣を想起させる。
拓斗はレイピアのようなそれを把持して、引き抜いた。
隠されていた扉が開く。
妄想の世界へ、彼は足を踏み入れた。