【急募】異世界転移とシミュレーテッドリアリティの見分け方   作:エゴイヒト

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 昨今、ライトノベルやアニメの影響で、異世界と言えば刷り込まれたかのように中世ヨーロッパのような世界をイメージする者がサブカルチャー界隈には多いかもしれない。

 しかし言葉の意味を考えれば、もっと広い定義を持つことが分かるはずだ。何も、天界や魔界といったファンタジーな概念に留まることはない。物理法則が根本から異なる世界である必要はないのだから、AIが人類の労働の殆どを代替した正統な近未来、人間が持つ生体機能を工学的に拡張したサイバーパンク、異なる世界史を歩んだ平行世界、異なる世界線だって主観的には異世界と言って差し支えない。

 

 話は変わるが、シミュレーテッドリアリティという概念をご存じだろうか。

 コンピュータなどで行われる現実と区別がつかないレベルのシミュレーションのことを指し、物理エンジンや現代に確たる技術として存在するバーチャルリアリティとは異なり、技術レベルとしてはより上位の概念となる。

 これを取り扱った創作作品を挙げるなら、代表的なところだと『マトリックス』という映画が分かりやすいだろうか。前述したライトノベルやアニメでもブレインマシンインターフェースを用いたVRMMOというジャンルが一世を風靡したこともあったが、それもまた技術レベルによるがこれに当てはまる。

 というのも、定義において重要なのはその世界がシミュレーションの中かどうかを知っているかではなく、現実と区別がつかないかという点であるからだ。

 裏を返せば、その世界が現実かどうか知らされておらず、かつ中からでは区別がつかない世界であれば文句のつけようもなくシミュレーテッドリアリティの定義を満たすことになる。

 すると、我々が現実と信じているこの世界もシミュレーションの中ではないかという疑問が生じてくる。この命題をシミュレーション仮説という。

 薄々気づくかもしれないが、これには反証可能性がない。故に多くの宗教の創造論と同じく、哲学的に興味深い議題ではあるが科学的には支持されない。

 

 では次に、異世界とシミュレーテッドリアリティは判別可能か、という疑義を唱えたい。

 これは、異世界の定義がシミュレーテッドリアリティを内包するかという意味ではない。

 例えば、ある日トラックに轢かれた少年が目が覚めると中世ヨーロッパ的世界にいたとしよう。

 よくある筋書きだと『実は少年は気づかぬ内に神の手によって蘇生され、異世界へと転生ないし転移した』と説明がされるだろう。

 ところが、過程をこう書き換えることもできる。

 『少年は意識不明の重体であり、コールドスリープによって生かされ続けた挙句、技術が進歩した未来でブレインマシンインターフェースが見せるシミュレーテッドリアリティの中に放り込まれていた』、と。

 

 結論を言うと、少年にはこれを区別する方法がない。

 たとえ神が彼の目の前に姿を現していたとしても、その神もまたシミュレーションの中のNPCかもしれない。

 たとえシミュレーションを示唆する情報を得たとしても、神が悪戯でそのように世界を創ったのかもしれない。

 そう、反証可能性に抵触する命題だ。科学的には考えるだけ無駄ということになる。

 

 しかしいざその身に置かれた少年にとっては、そんな客観的でお高くとまった理屈など無責任なだけである。

 欲しいのは、事実。

 

 ここに、禅野拓斗という、ちょうど似たような境遇に置かれた少年がいる。

 特に彼にとっては、シミュレーテッドリアリティかどうかが己の命運を左右する死活問題となり得るのだからたまったものではない。

 

 先日、彼は視界に映る背景に溶け込んだ妄想の剣――ディソードを見つけ出し、ギガロマニアックスとして覚醒した。ディソードとは、ギガロマニアックスとは何なのかという説明は一旦置いておくとして、まずは彼がその後にとった行動について注目するとしよう。

 

 

「(嘘だろ、無い)」

 

 拓斗は、今時の若者よろしくネットで検索をかけた。

 検索ワードは『ディソード』、『ギガロマニアックス』。

 同じような境遇に陥っている者がいるかもしれない、という淡い期待から調べたが、検索結果にこれらの設定が登場する作品について言及するサイトは見つからない。

 当然、これらのタイトルでも検索をかけてみたが、目ぼしい結果は得られなかった。

 

 思い出すのは、先週、拓斗の棚から消失したゲーム達。

 

「(科学ADVの存在自体が無かったことになってる……!?)」

 

 事態が混乱してきたことによって、次に何を考えるべきかが定まらなくなる。

 科学ADVが消失した理由について思索を巡らせるべきか。

 それとも、この世界と科学ADVの差異について調べるべきか。

 あるいは、自分の身辺で起きたこと――特にギガロマニアックスの力が本物か試してみるか。

 

「(いや、今はとにかく情報だ。情報が集まれば、考え事も捗るだろう)」

 

 科学ADVに登場した組織や建造物、出来事を片っ端から検索にかけていく。

 『CHAOS;HEAD』より『ニュージェネレーションの狂気』『渋谷地震』――該当なし。

 『STEINS;GATE』より『ジョン・タイター』――該当あり。ただし現実のソレと変わらずアメリカの掲示板に現れている。

 『ROBOTICS;NOTES』より『15年クラッシュ』――該当なし。

 『CHAOS;CHILD』より『カオスチャイルド症候群』――該当なし。

 

 少なくとも、作中の科学ADVの世界そのものではないらしい。だが、作中では描写されていない世界線という可能性も残る。取り分け組織については実在する陰謀論を元ネタとするものが多いだけあって、ネットで検索をかけたくらいでは存在を肯定も否定もできないものばかりだ。

 時系列的には今より未来となる『ANONYMOUS;CODE』については調べるだけ無駄だろう。

 

「(ネットで集められる情報はここが限界か)」

 

 拓斗は情報収集を切り上げ、得られた情報から事態を考察することにした。

 

 どこからともなく妄想の剣を取り出す。

 流線形で透き通るような色彩。装飾剣というより最早そういう芸術作品と言われた方がしっくりくる。自然と見入ってしまうそれを両手で持ち、彼は考えに耽る。

 

「(そもそも、何で俺はディソードを見つけられたんだ?)」

 

 Delusion Ideal swordを略して『ディソード』と呼ぶこの剣は、ただ取り出しただけの状態では実体がなく、同じギガロマニアックスにしか見えない妄想にすぎない。

 ディソードとは、ギガロマニアックスがその妄想を具現化する力――『リアルブート』を制御し容易に行使可能とする補助端末のようなもの。ディソード自身もリアルブートすることによって、どんな物も切り裂く実体持つ剣となる。

 逆説的にディソードなくして『リアルブート』を行使することは難しく、これあってこそのギガロマニアックスとも言える。

 

 本来、ディソードを手にして覚醒するには肉体的・精神的苦痛に置かれる中で見つけなければならない。

 確かに、彼はここ最近の奇妙な現象によって精神が多少不安定な状況ではあったが、作中のキャラの境遇と比較すると弱い。

 

 それでもディソードを見つけられた理由として考えられるのは――チートコード。

 

 リメイク版のCHAOS;HEAD NOAHで追加されたルートの一つに、主人公の西條拓巳が本来の精神的苦痛を経ずにギガロマニアックスへと覚醒するパターンがある。

 何とそのルートでは『禁(0漸V・$』なる謎の人物から、この世界はシミュレーテッドリアリティだということを明かされる。留意されたいのは、他の科学ADVでも世界が『シミュレーテッドリアリティ』かもしれないという示唆は度々でてくるのだが、明確にそうと決まったわけではなくミスリードの可能性もあることだ。尤も同シリーズのANONYMOUS;CODEでは『GAIA』という地球シミュレータがストーリーの鍵を握り、まんまシミュレーテッドリアリティをテーマとしているのだが。

 ともかく取引の結果、チートコードによって西條拓巳は一足飛びにギガロマニアックスへと覚醒する。正規の手段以外にもディソードを手に入れる可能性は原作で示唆されているのだ。

 

 神様にせよ、シミュレーテッドリアリティの管理者にせよ、上位存在が仕組んだと考えれば筋は通る。

 

「(何が目的なのか分からないが、悪趣味だな)」

 

 いっそ神様であるなら諦めもつく。しかしこれが同じ人の手によって行われているとするなら、より一層不気味さと恐怖を感じるのは何故だろうか。

 真に恐ろしいのは人間とはよく言ったものだ。明日隕石が落ちてきて人類が滅亡するより、シリアルキラーに追い掛け回される方が焦燥感を掻き立てられるというもの。

 

 

 そろそろ、彼が恐怖から意図的に目を背けてきた問題について勘案せねばなるまい。

 そのものずばり、彼がいる世界がシミュレーテッドリアリティなのか、という問題だ。

 勿論、先に述べたように二つの可能性の二律背反によって原理的に証明も反証もできないのだが。

 ひとまず、どちらの場合であったとしても脅威となる事柄に対して身構えておくのが喫緊の課題と、拓斗は判断した。

 

「(『300人委員会』が存在するかどうか、だよなぁ)」

 

 科学ADVをプレイしたことがあるならば一度は耳にしたことがあるワード。

 シリーズ通しての凶悪な陰謀の黒幕(マスターマインド)である。

 といっても主人公達が直接邂逅することはなく、表立って対決するのはメンバーの一人であったり『タヴィストック研究所』、『SERN』や『ラウンダー』といった傘下組織であり、委員会はそれを更に裏から操る真のラスボスだ。

 

 もし300人委員会が実在するなら、シミュレーテッドリアリティかどうか以前の問題だ。

 彼らは平気で60億人規模の人口削減を行おうとしたり、タイムマシンや洗脳装置で管理社会を創ろうとする。

 

 いくら妄想を現実に変えられる能力者とはいえ、一人でどうにかなる相手ではない。

 

 一番最悪なのは、この世界が300人委員会によって管理されたシミュレーテッドリアリティの中、という可能性だ。厳密には科学ADVシリーズではないが、同作品群を手掛けるMAGESの作品の一つ『OCCULTIC;NINE』には300人委員会が存在し、しかも他の科学ADVシリーズが創作作品として登場する。

 拓斗が創作物として科学ADVの知識を持っているからといって、自身もまた創作物の中の存在でないと否定しきることはできないのだ。その場合は、拓斗が今こうして考え事をしていることすら含めて、何もかも300人委員会の手のひらの上で踊っていることになる。

 

「(流石に勘弁してくれ……)」

 

 どうにもならないことの対策を考えても気が滅入るだけだ。

 彼はこれ以上シミュレーテッドリアリティについて考えるのはやめることにした。

 能力を得ただけのイージーライフなんて欲張りは言わないから平穏普通な世界であってくれ、と切に願って。

 

 ――後日、ネット上では『鳥Tuberコンテスト』なる俗称が付けられた怪事件が世間を騒がせ、拓斗はストレスと恐怖で卒倒しかけた。

 

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