1955年 ダキア ブカレスト
私はあの時の夢…を叶えるため、ダキアに作られた航空ウィッチ養成学校に通い卒業式を迎えていた。
周りには同じく卒業する年の近い少女達。120名程が、カールスラント製の真新しい軍服を着て前日の雨で湿った地面の校庭に整列し校長の挨拶が終わるのをいまかと待っていた。
私は背筋をしっかり伸ばし、教官に教えられた通りの体勢で彼此40分ほど終わるのを待っている。さすがに話が長いのか、教官達も少し姿勢を崩して楽な状態をしている。
生徒達に至ってはコソコソと会話を始める者もいる。
「ごほん、えーですから、皆さんにはダキア公国の精鋭として、今後も鍛錬勉学を怠らず今後の職務に努めて頂きたい、以上をもって初代ダキア公国航空ウィッチ養成学校校長、ルスカ・ハウが貴官らの栄誉を祈り終わりとする。諸君の活躍を期待する以上」
やっと校長の長い話が終わり教官達の指示によって気をつけ敬礼、以上をもって卒業式は終わる。その場で解散となり、それぞれ次の配属先について集団で集り話し合う。
しかし私はそれよりも告げられた配属先に憂いていた。手元の配属先が書かれた紙を手に今日何度目か分からないため息を零す。
すると突然横合いから手がスルリとのびて私の配属先が書かれた紙を奪い取った。その下手人に視線を動かして見やる。
「あの、勝手に見ないで」
「別に良いでしょ、リィムと私は同室同期の仲なんだし」
彼女はニーナ・ルシアといい、養成学校では同じ寮の同室の子だ。ちなみに私の名前はラリィム・ヴルシャ、何かの花の名前が由来らしい。リムは愛称だ
とはいえ同室、同期であろうと配属先の書かれた紙をタダで見られるのは癪だった。そこで彼女の隙を見て、彼女の配属先が書かれた紙を盗み見ようと手を伸ばす。
「おっと、残念でした~」
しかし彼女に直前で止められてしまう。器用に私の腕を押さえながら自身の胸を私の腕に押しつけてくる。
「ほらほら、もう片方の手を動かせないだろ~、リィムは結構ピュアだからねえ」
「そ、そんなことはないから」
「うっそだぁ、一緒にシャワー浴びたとき、恥ずかしがっていつも顔真っ赤なのにねえ」
公衆の面前で、というより同期のウィッチ達が居る中で堂々と恥ずかしいことを喋る彼女の口をどうにか封じるため必死に手や身体を動かそうとするが、いつ覚えたのか見事なテクニックを使って四肢の動きを完全に封じられてしまう。
「はいはい、諦めて抵抗しないの、一度私に捕まったらリィム、逃げられた試しがあったかな~、ないよね」
確かに過去を振り返ってみても、彼女に捕まって私が逃れた試しはない。しかしそれでも、どうにかしようと周りに視線を向ける。が何故か周りの同期達は微笑ましい表情や羨む視線を手で必死に隠そうとするばかりで誰も助けようとはしなかった。
「どれどれ……ん、へえリィムと私同じ配属先だね。やっぱり同室の子と同じ配属先になるみたい、よかった、リィムこれからもよろしくね」
「あ、はい」
「むー、わざとらしい他人行儀な態度だね。でもその顔でそれは無理だと思うよ」
少しでも恥ずかしさで頬が染まるのを隠そうと無表情、無感情な態度を取る。けれどとても至近距離にいる彼女には隠すことはできなかった。
でも少しだけ、長い付き合いのある彼女がいる、それだけで気が軽くなった。
「おっ、これは靡いたかな、ねえねえ、リィムちゃん惚れた?遂にリィムちゃん私のものになるのかなあ」
彼女のニコニコと微笑む顔を見て、つい顔に出てしまった
「ないです」
「はっきり言うね」
認めてしまえば絶対碌なことにならない。それに配属先を考えるとそれは死亡フラグにしかならないからだ。
「ふふ、まあリィムちゃんがイケずで、ピュアなのは今に始まったことじゃないからね。とりあえず帰ろっか、寮に一旦」
「うん」
寮に帰る道中に結局腕は解放されることはなくて、そのまま寮までの道のりを帰ることになってしまった。けれどいつも似たようなことをやっていたからだろうか、特段と恥ずかしいということはないわけもないかもしれない。
いつもより彼女の体温が暖かく感じたのはきっとうるさい自身の鼓動のせいだろう。
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1957年 ギリシア王国領イピロス地方 ヨアニナ
懐かしい夢を見ていた。私がまだ無垢で純粋な戦争を知らない頃の夢。
暖かい温もりは夢の中だけだった。木造の部屋は隙間風が入り込み冷たい冷気で体温を下げる。
横になっていたベッドから起き上がる。そしてあることに気づき眉を顰める。
手で目元から頬を触り、自身が泣いていたことを知ったからだ。
「不快だ、もう忘れていて欲しいのに」
彼女との夢は思い出を楽しい日々をよみがえらせる。それがなにより不快で、そう思ってしまうことが幾度も胸に刺すような痛みを与え続ける
「鏡で、見ないと」
部屋に立て掛けられた、古びた一部が中心へと裂けた鏡の前に立つ。
鏡に映る少女は、ボロボロの見るも無惨なカールスラントの軍服を着ている。青紫色の髪は手入れがされず、少女はいまにも深い底へと消えてしまうような姿をしていた。
頬を触り、覆いが消えた時、少女は無表情を事も無げに形作ってそこにいた。
「これで、よし、予定より早いけど、朝食を済ませてしばらくは格納庫で待つ」
自身に言うように私は予定を思い出しながら鏡の前から離れる。
ぼろぼろのドアノブを押して部屋を出る。歩く床はギシギシと不愉快な音を鳴らす。そして目的地、食堂にたどり着く。
食堂に入ると、がらんどうとした空間が広がる。私はそれを気にはせず奥まで進む。進んだ先にある調理場に入ると、適当な硬くなったパンを木箱から取り出し、釜の中の冷たくなったスープを小皿に掬っていれる。
そしてパンをスープに浸し柔らかくなったそれをそのまま食していく。
料理という言葉とは無縁の食事を黙々と私は取った。
朝食を済ませて食堂から外に出ると、雑草が生え原形が辛うじて分かる滑走路が見える。
そして食堂の向かい側に今にも倒れそうな木造の小屋があり、私はそこに向かった。
小屋の入口を無理矢理開けると、そのまま入口だったものが崩壊する。
「……まあ、もう使わないだろうし、いっか」
壊れた入口の木の破片を素足で踏まないように、避けて奥まで歩く。
小屋の奥には、藁が敷き詰められて丘を一角に築いている。その頂点に視線を向ける。
そこには金属の光沢を放つジェットストライカーが鎮座している。
機種には製造工場の名と機体名のMig17が書かれていて、黄色の帯が一つ描かれていた。
「相棒、今日はよろしく」
そっと白い自身の手でユニットを撫でる。心強い相棒としばらくぼろぼろの小屋で過ごす。
時間をただ持つだけ、それはつまらない。そう思い懐のポケットを弄る。飴を包んでいた紙、曲がったヘアピン、雨に濡れてふやけた原形のない写真、持っていても意味のないそれらを、ポケットに戻す。本命の物を取り出したからだ。
「ギリシア王国の第七王女の、護衛任務」
それは私に下された特別任務、高貴な血を引く第七王女をネウロイの敵地の真只中を通り、テッサロニキの港まで護衛すること。直線距離は200キロにも満たない。航空機で移動すれば20分も掛からないだろう距離。本来ならとても簡単な任務だ。
「間に小規模のネウロイの巣が無いなら、ね」
ギリシア戦役の初頭、この戦いの最初はただネウロイの残党狩りのようなものだった。ところが複数のネウロイの集団が組織的な行動を取りだしてギリシア内で勢力を広げ始めた。これが徐々に規模を膨れ上がらせ大規模な勢力拡大を見せた。
でも残党でしかないのだから、と誰もが侮っていた。それがいけなかった。突如コザニに現われた大規模なネウロイの大群が周辺を飲み込みギリシアの都市や街を呑み込み周辺国までも侵攻するようになった。そしてコザニには小規模なネウロイの巣が出現、そこからあふれ出たネウロイは従来よりも強力な性能を誇っていた。
対抗するために半島各国が協力して事態に当たってはいた、けれど戦況は泥沼化し今に至る。
そして今私が居るここヨアニナは西側の沿岸部を除き周辺を完全なネウロイの勢力圏に囲まれた地だ。
「期間は一週間、最短で行ける確実なルートはコザニを掠めて迂回するカストリア―ベリア空路」
カストリアは前線にもっとも近い都市であり、補給を受けることができる可能性が最も高い都市。そこからコザニのネウロイ勢力圏を掠めベリアに向かう。ベリアからテッサロニキはすぐ近くにあって、厄介な勢力圏さえ抜けてしまえば後は何事もなければすぐにつくことができる。
頭の中に今回のルートをしっかりと描くことをそうやって繰り返し時間を潰した。
そうして待つこと一時間、双発プロペラ機のエンジン音が聞こえはじめ、あの滑走路に降り立つ音を聞く。
私は藁の山から立ち上がり、出迎える為に小屋を出た。
高級な塗装が塗られた王族仕様のDC2からタラップが展開されると貴族が社交ダンスで着るような実用性皆無な服装の男が先陣切って降りてくる。
「はあ、何だね、この滑走路は、最悪過ぎるぞ。第七王女殿下をお出迎えするのにレッドカーペットの一つも無いとはどうなっているのかね!?」
開口一番に言う言葉が文句だった。
「こ、侯爵様、ここは何分と辺境の基地であれば、人員はダキアから派遣されたウィッチ部隊の者だけで運用しておりまして、まともな整備などできておりませんで」
「なんと、では傭兵風情の輩に第七王女殿下の護衛をさせると申すか!」
「そ、それは先ほども説明しました通り、この基地のウィッチはヨアニナ周辺の制空権をたった一人で維持し続けたエースです、むしろ百の戦闘機より一人のウィッチは勝るというものでありますから」
「ふん、どうだか、ダキアの弱兵が神聖なギリシアの地で粋がっているだけであろう。ギリシア軍がいればネウロイの巣など破壊して第七王女玉殿下を届けてみせるものを」
国土の6割を失っていながらいけしゃあしゃあと好き勝手喋る侯爵様に心の中で冷嘲する。侯爵様に続いて降りてきているのは、ギリシア空軍の将校、ご機嫌伺うだけの政治的縁故で軍に入っただけの男だ。
そして最後に本命の方が付き添いと共に降りられる。
「イオニア侯爵様、ダキアや派遣軍の皆様方は我が国の危急を思い、来られたのです。悪く言うものではありませんよ」
侯爵様を咎めた彼女が、第七王女殿下。人の汚れも安物の下着さえ履いたことがなさそうな容姿をしている。美しい絹のようなブロンドヘアー、家が一軒どころか豪邸が建つだろう窮屈な煌びやかなドレス。まさに誰もが想像する王族のお姫様だった。
それからしばらく重苦しい堅苦しい会話を繰り広げた彼らはやっと私に気付き視線を向ける。
「ぬ、何だ貴様は、そのみすぼらしい格好は、名を名乗らんか第七王女殿下の前であるぞ」
他国のそもそも軍人に対する指揮権を本来、貴族が持っていること自体あり得ない。けれどこの国では、旧来以前の指揮系統が残っており貴族が軍にある程度の指揮権権限をもっている。ただ派遣軍である他国の軍には適応されない。
ただこれ以上無駄に時間を浪費したくなかった。だから答える。
「ダキア空軍ギリシア派遣軍所属、ラリィム・ヴルシャ准尉であります」
普段は使わない丁寧な返事を返す。
「ふん、こんな小娘に護衛が本当に務まるのかね」
「は、それはもう。っ王女殿下」
二人の間を第七王女殿下が通り抜けて私の前までやってくる。そして私の両手を掴んで前に持ってくる。
「ラリィム・ヴルシャさん、私はギリシア王国第七王女アイリス・フリデリコス・ルドヴィコスと言います。テッサロニキまでの護衛、よろしくお願いしますね」
天使のような無垢の笑顔を見せる彼女に、私の胸にチクっとした痛みが走る。
「まあいい、准尉、すぐに出る用意したまえ……王女殿下、さ、機体にお戻りください」
「王女殿下、一つだけ聞いてもいいですか」
私は聞いておかねばならないことを聞く。
「おい、貴様……」
「構いません、ラリィム・ヴルシャさん、それで」
「はい、王女殿下はストライカーユニットの操縦経験ございますか、なくとも使い魔は居られるようですが」
「ええ、一通り学んではいます。でもストライカーユニットは持ってきてはいませんが」
「そうでありますか、ではこの基地にある使われなくなったストライカーユニットが余っておりますので輸送機に念のため乗せておきましょう」
第七王女殿下は可愛く首を傾げる。
「何故ですか、ストライカーユニットを積む必要はないと思いますけれど」
「はい、王女殿下が緊急時、輸送機から脱出するためです。輸送機は護衛中的になる可能性が高く完全に守り切れる訳ではありません。なので、圧倒的に不利な時はストライカーユニットでご自身の身を守っていただきたいのです」
「何をいうか、王女殿下をわざわざ危険に晒すような……」
侯爵様は棺桶を私一人で守り切れるとお考えらしい、さすがにその学の無さには呆気にとられる。無表情の仮面にそれが表に出ることはないけれど。
「分かりました、では輸送機に積み込んでください」
「王女殿下!?」
「自分の身は最低限は守らねば王族として示しがつきません。それに護衛をする方の意見を聞くのは当然のことでしょう。侯爵様は私の判断に異議があるのでしょうか」
「ぐっ、い、いえ滅相もございません。ほれ、准尉、王女殿下が意見をお聞きになったのだ。さっさと積まんか、そのストライカーユニットを」
あの木造の小屋に置かれたMig17の隣の藁をどける。そこにはMig15のストライカーユニットがある。
しっかりと大事に整備をされたMig15を固有魔法の怪力で持ち上げ、DC2に乗せる。元は軍用機だったのか積載に必要な設備は残っており、しっかりと固定して積載する。
そうしてある程度の準備が整い、やっと旅立つ準備ができた。
DC2のプロペラを回し始めると私は相棒の元に向かった。
書き直す前とはもはや別物だね。あと初めて5000字超えて書きました。せっかくの休日が丸々なくなった。