小姓人に案内され、お座敷に呼ばれた。
庭は整備され、鳥の囀りさえも絵に描いたような美しさ。
酒は抜いてきたが、このままここに居るのがいささか心苦しくて喉が渇く。
酒だ。早く飲まねば。
『窪田さま、参ります』と廊下から声がした。
酒の2文字が頭から離れて、頭を下げる。
『はは、清麿どの。どうした、頭を上げてくだされ』
肩を優しく掴まれ、頭を上げると何十年ぶりかの懐かしい、優しい顔だった。
『窪田さま、もうお忘れですか?貴方様から頂いた文を読みまして、それで参ったのです』
『文?はてな?そんなものをしたためたか。この儂が』
懐から文を出す。
『これです』
『うむ。…儂の字じゃな。…ああ、そうか。思い出したわ』
『窪田さま?』
『清麿、其方に頼みがあるのじゃ』
『わたくしに?』
『ああ』
『わたくしに出来ることと言えば、刀を作ることしか』
『それよ、清麿。それなのじゃ』
『刀が御所望で?』
『ああ、そうなんだ。清麿が作った刀でなければならんのよ』
『そんな…ありがたいお言葉悼み入ります。して、どのような刀を?』
畳に十両渡される。
『な、な?こ、こんな⁉︎』
『何だ?不服か?ならばまだ出せる』
『お、お待ちください!そのようなことではないのです。このような大金を積むほどの刀は、力は…もう私には作れません』
『何?作れぬか』
『お恥ずかしながら、最近槌を持つ手も震えて、弟子たちに教えるので精一杯…』
『まったく、おまえと言うヤツは。…酒の飲み過ぎじゃ。おまえがこの家を出て行くその日に、あれほど気をつけろと申しつけたのに』
「窪田さま…!』
『ははは。変わらんのう。十数ぶりに会ったが、清麿。体は大事にせい』
『く、窪田さま…』目から涙が溢れる
『泣くな泣くな泣くな。お前から酒を取り上げるつもりはないが、この依頼は受けてほしい』
十両が膝の頭に突きつけられる。
『ある御方からのご依頼での。儂も会ったことすらないが、尊いお方で…』
『は、それで』
『その方はの、刀がお好きで。儂も其方に縁あってついつい引き受けてしまったのよ』
『は、はぁ』
『それで、ついつい見栄まで張ってしまっての。この三月ばかりで作れる、と』
『な!み、三月!』刀一口、今の私の力量では半月はいる
『く、窪田さま!三月はさすがに』
『頼む!頼まれてくれ!無理を承知で…金が必要ならまだ出せる!すまん、清麿』
『そんな無茶苦茶な』
『無理を承知で、頼む!』
『武器講の刀もございます。窪田さまのご依頼とあらば、とお引き受け致したいのはやまやまですが、これは…』
『無理と、申すか』
『はい』
『清麿』
『はい』
窪田が腰をあげ、刀に手を伸ばす
『引き受けて、くれぬか』
『…申し訳御座いません』
『そうか、ならば』すらりと刃が抜かれる
ああ、儂はここで窪田さまに斬られて終いか。
突きつけられた十両がカチリと音を立てひろがった。
十両。
武器講で作る刀は三両あれば一口。それも沢山の人が死に物狂いでかき集めた三両。
尊きお方とは、何者なのか。
カチリ
窪田さまの足先が十両に触れた。
目を瞑り、膝の上に置いた手が汗ばみ震えた。
ああ、もう終わった。いや、終わる。
キン!と鋭い金物の弾く音が聞こえた。
目を開けると窪田さまと黒い布を被った男が刀を受けている。
足音も聞こえなかった。
忍びか?それにしては派手だ。
『き、貴様!何奴!』
『少々手荒いけど、許してね』
『何?』と窪田さまが怯んだ一瞬の内に腹と首に一撃を打つ。
窪田さまは力を失って倒れ込んだ。
『窪田さま!』
『そいつは、窪田さまなんかじゃないよ』
『誰だ、お前は』
『そうだな。僕はキミの分身、ってところかな』
『何訳の分からないことを』と言ったか言わない内に私も首に一撃打たれた。
『すまない。これも歴史のためなんだ』
何だ…もう1人居たのか。気づかなかった。
『寝てて良いよ。だいぶ疲れてるみたいだし。ゆっくりお休み』
誰の誰だかわからんが、
師匠の、兄の声に似ていた。