作刀している時は、一定の温度を保つ必要がある。作刀中に急激な温度変化で刀が折れてしまうこともあるからだ。折れればまたやり直せるが、師匠の仕事は一分一秒無駄に出来ない。そんなことが起こらないように作刀中は極力扉を閉めてしまう。閉める前に外を見ると今日は何だか風が吹いて、家の前で木枯らしまでおきている。
『おい、何を見ている』
『あ、すみません。直ぐに閉めます』
『ああ』
刀工、源清麿。
この人が僕の師匠。
師匠の創る刀に魅せられて、弟子入りした。
『おい、これじゃ火が弱い。もっと燃やせ』
『は、はい!』
窪田さまに呼ばれて出て行って、数時間後に入り口の扉によしかかって寝ていた。
傍には師匠の大好きなお酒。
体を壊すからやめて欲しいが、百薬の長だなんだと手放さない。
『…このくらいで良いですか?』
『…鋼は?ちゃんと汚れは取ったか?』
『はい。ああ、危ないですよ』
酒のおかげで足元がおぼつかない。
毎回ヒヤヒヤする。
『僕がやりますよ。師匠は見ててください』
『…な』
『はい?』
『邪魔するな。ワシが創る刀は誰にも手出しはさせん』
『師匠?』
『お前は…相槌を打て。それ以外手伝うな』
『はい、ですが』
『良いから!…頼む』
『…はい』
窪田さまに何を言われたのか、僕には検討もつかないけれど内弁慶の師匠のことだから、また何か頼まれて断われず作刀作業に取り掛かっているんだと思った。
『おい』
『はい、何でしょうか?』
『…頼まれた武器講の数、あとどのくらいだ?』
『ちょっと待ってください。確か引き出しに注文票が…。あ、あった』箪笥から束にしてある注文票を取り出す。
『見せてみろ』
『ああ、はい。えーと』
『早くしろ!』
『は、はい!』
師匠が酒をあおる。
今日は朝からあんな調子だ。
『…これです』
『ああ』置かれた注文票を読みはじめる。
いきなりどうしたんだろうか。
いつも以上に腹を立てている気がする。
『こんなにか…。納期はいつと伝えてるんだ?』
『そうですね…確か、ああ、ここに師匠がこのくらいになるって予め書いてた日数です』
左下の角に小さく天保14年長月半など書いてあった。
『はぁ…歳か。よく見えん。読んでくれ』
『あ、はい。早くて今月一日。こっちは月末って書いてあります』
『…どうあっても、無理だな』
『師匠、急にどうしたんです?今朝はやけに納期に気にかけて』
『窪田さまが刀を用立てて欲しいと申されてな』
『急ですね。それで納期はいつなんです?』
『三月だ』
『え?み、三月⁉︎そんな無茶な!』
『ああ、だから断ったさ』
『こ、断って…え、じゃ、師匠は今から何を?』
『武器講の刀を打つに決まっとろう‼︎なにボサッとしてる!早く準備せんか!』
『は、はい!ただいま!』
三月で師匠に刀を?窪田さま、何があったか知らないが無茶苦茶な注文だよ。
でも、今までのらりくらり作刀してた師匠が、今日は一心不乱に作刀に集中してる。
師匠が炎を睨みつけている。
『もっと火だ!もっと燃やせ!こんなんじゃ鈍だ』
『はい!』
『水も運んで来い!足らんぞ!』
『はい!』
ひいひい声を上げながら、桶を持って川まで走る。
早く井戸水引いてくれないかな。
ヒューと強い風が吹いた。砂埃と枯れ草が舞う。
『うう…っ!』
風が弱まって、ゆっくり瞳を開けると道の真ん中に黒い影がゆらりと立っている。
黒い、大きい、何だあれ。
人じゃない。片手に大きく長い刀をチカチカ光らせてこっちの様子を伺っている。
『ば、化け物だぁ〜!』叫んで持ってた桶を落として転がった。
刀を持った黒い影は唸り声を上げてこちらへ走って来る。
『ひ、ひぃ〜だ、誰か!誰かぁあ!』
ザザザッと砂埃が立ち込めて、俺の前に誰かが立ちはだかった。
『だ、だ』誰?
『早く立て。ここは任せろ』
な、何だ?この黒布の、子供?
『さぁ、師匠のところへお帰り』
『ふぇ⁉︎あ、は、はい!ひ、ひぃ〜!』
もう1人の黒づくめの男が俺を腕を掴んで立たせてくれた。
転がる桶を持って、師匠の家へ一目散に逃げた。
『…長く務めてくれたお弟子さんだ。刀工本人じゃない』
『そうか、でも』
『戦いは避けられないね』
刀を持った黒い影は時間遡行軍。
逃げていく弟子の後ろ姿を追いかけようと向かってくる。
『あれは刀工本人じゃない。よって歴史になんらかの歪みは生じない。……だが』
『力なき人を痛めつけるって言うのは、いただけないかな』
水心子が踏み込む。先ずは敵の腕を切り上げる。
続けて清麿が胴体を切り裂く。
敵が咆哮を上げて消えていく。刀を振り、納刀する。
『さぁ、行こうか』
『…清麿』
『ん?何だい?』
『…良いのか?』
『うん。あまり関わりずぎると情が湧いちゃうから』
『…その言葉、信じるぞ』
『ふふふ。うん。水心子に心配されるなんて、僕もまだまだだなぁ』
『……本当に?』清麿の顔を覗き込む水心子
『…信じてよ』微笑みを消して答える清麿
頷き合い、駆け出す2人。
後ろを振り向かずに。