夜空に満月が出ている。
女は石段に腰を掛けて、袂から冊子と筆を取り出す。頁をめくって、筆を走らす。
『今回も、変わらず。…か』
書き終えて、また月を見上げる。
帯に挿した鈴が鳴る。
チリーン、チリーン。
バタバタと駆け込んでくる黒甲冑。
『ソニア!そんなところで何を』
『マルコ。…月がいつもより美しく思えて』
『見つけたぞ!』と鶴丸の声。
『ん?何だ?』黒甲冑の側に女がいる。鶴丸は一つため息を着いて、刀をしまう。
『…なにを』
『いや、なに。女性に刃物は物騒だからな』
『こんばんは、鶴丸国永』
女はゆっくり石段を降りる。
黒甲冑が刀をしまい、手を差し出す。
女は手を借りて降りる。
『…こいつは驚いた。君は俺のことを知ってるのか?』
『ええ、知っています。かつて、この場所でお会いしました』
鶴丸が顎に手を当てる
『いつぞやの、ここで?ふむ…。俺は単独遠征ばかりしているんでな。そこで出会った人間は忘れないんだが、君が知ってる鶴丸は他の鶴丸かもしれんな』
『他の…』
『そう』
『…マルコ』
『はい』
『…』
気づけば周りは時間遡行軍が取り囲んでいる。
『残念ですが、長くおしゃべりは出来ないようです』
『そう、みたいだな』刀に手を置く鶴丸。
『ソニア、こっちだ』黒甲冑が女の腕を掴んで背中に隠す。
『また、お会いしましょう』
『あ?どこに行くんだ?』
『私とマルコが敵を惹きつけている内に、逃げてください』
女が帯に付けていた鈴を手に持ちチリーン、チリーンと数回鳴らした。
敵が鶴丸から視線を女へと変える。
チリーン、チリーン
鈴を鳴らしながら、黒甲冑と女は走り去って行った。
『あ、おい!君!』鶴丸が呼び止めた。
敵が一斉に鈴の音に向かって走り去る。
『何がどうして…』鶴丸は呆然と立ち尽くす。
チリーン、チリーン
鈴の音がどんどん遠ざかる。
チリーン…チリーン…。
呆然と立ち尽くしていると、長義、三日月たちがやってきた。
『鶴丸』
『あ、ああ、三日月。遅かったな』
『人に間違った道筋を伝えておいて、よくそんなことが言えるな?』長義は苛立った声で鶴丸に詰め寄った。詰め寄ってくる長義におされる鶴丸。
『こう言う時こそ驚きは必要と思ってな』
『はぁ?!』耳を押さえて縮こまる鶴丸。
『それより、あの黒甲冑はどこに行ったんだ?』骨喰が聞く。
『あ、ああ、それなんだが…見失ってしまってな。すまんすまん』
『はぁ?!』長義がまた詰め寄る。
『行く方向は何となくだが、あっちの方だ』鶴丸は黒甲冑たちが逃げた方向とは逆の方向に指を指す。
『…本当だろうな?』
『本当!嘘じゃない!』
『ふむ…』三日月が顎に手をやり、考え込んだ。
夜空には満月。
『み、三日月!信じてくれ!』鶴丸が三日月に詰め寄り、三日月の背中に隠れる。長義は不振な目で睨みつける。はっはっはと高らかに笑う三日月
『山姥切長義よ、そう睨んでくれるな』
『クソ!もういい。俺は俺が信じる方向に行かせてもらう』
『隊長は三日月だ。勝手な行動はダメだ、山姥切長義』骨喰が嗜める。
『その隊長さんが道草をくったせいでもあるのだが?』三日月も睨まれてたじろぐ。
『はぁ…何で俺がこんな目に。…行くぞ』
鶴丸が指した方向に足を向かわせる長義。
その後を骨喰、三日月、鶴丸と続く。
あ!と叫んで走り出す鶴丸。
『また…』怒りとため息が出る。
『山姥切長義』
『なんだ』
『鶴丸国永という刀は、幾度となく主を変えてきた刀でな』
『だから、なんだ』
『一箇所に留まることが出来ん性分』
『は?』
『行った先にあやつが好む“驚き”とやらがあると分かると、先に先にと走る癖がある』
『三日月』
『大丈夫だ。我々のことを忘れて突っ走ることはない』
『…そのようだな』
歩く道が開けて、また石段がある。何段か上った先に立つ白い戦闘服。
鶴丸は刀を肩に背負い、何かを見つめている。
『鶴丸』
『ん?おー、すまんすまん。楽しみを先に頂いた』石段を降り、近づく。
『敵は?』
『いや、逃げられてしまったみたいだな。あと、気になることが…奴らが俺のことを知っているような口ぶりだった』
『奴ら?複数人が鶴丸のことを知っていたのか?』
『それが…っと、その邪魔してきた相手がまぁ、女性だったんだが、…』
『女性の、敵⁉︎』
『敵なのか、味方なのか判別がつかんがな。ん?どうした?山姥切長義』
『…何でもない』
『そう言えば…骨喰、御守りは持ってるか?』
『ああ、ここに』懐から御守りを取り出す。
『あ…』光がない
『どういうことだ?ここにはもう偽物くんたちはいない、ということか』
『そうかもしれない』
『…』口を閉し、何やら考え込む三日月。
『俺が思うに、このお守りが光る必要がある時』
『…うむ』
『俺たちの仲間がどうしようもなく、非常に困った時に光る仕様になってるんじゃないか』
『なんと』
『だから、今は光らない。そしてそう思う仲間もここにはいない』
『そうか。では帰還だな。闇雲に探したって見つからないだろう』
『まぁ、まだそうと決まったわけじゃない。これは俺の勝手な想像だ。実際、詳しく聞いてみないとな』
『…そうだな』御守りを見つめる骨喰
『ところで鶴丸、あの黒甲冑と何があった?このじじいには話せぬか?』
『三日月、この御守りで他の仲間も呼べたりしないか?』御守りを握りしめる
『そんな機能が備わっているなら、ここに着いた時点で合流出来てるんじゃないか?』
『山姥切長義は監査官だっただけあって冷静だな。とりあえず一時撤退だ。主にこの御守りのこともそうだが、色々報告しなきゃならないことがある』
『鶴丸』三日月が心配そうに声をかける。
『帰ったらちゃんと話すさ。その方がワクワクするだろう?』
『そうか…では、帰還するとするか』