満足度ゼロ、すなわち売り上げゼロで終わった一人目の転生者。結果としては
まあいい。それはわかっていたことだからいいよ。恐れるなとは言ったが怒らないとは言ってないもんね。クソが。
でも私悪くなくない? 私は転生者の要望を聞く面談担当だよ。悪いのは、わけわからん世界に送った転生実行担当神のほうじゃん。
転生先について要望がなかったから、完全ランダムな世界に送っただって? 馬鹿なの? 死ぬの? 死んだよ転生者は生後ゼロ秒で速やかに。
っていうかそれ、運良く人の住める世界に転生したとして、母親の胎内でもない虚空から人間が生まれてくるってことでしょ。怖いわ。ちゃんと設定しろ。
転生実行担当神は私より役職が上の先輩なので、オブラートに三重ぐらい包んでそんな文句を言った。
「いやあ、こちらとしては、面談担当のあなたから送られてきた要望の通りにしたまでですので。転生者の望むとおりにしてあげるのが我々の役目。そうでしょう?」
この神も割と遠回しに言ってくる。その表情は半笑いだが、馬鹿にする意図はなく、こいつはこれがデフォルトだ。
要は、転生仕様書や私から送られてくる
まあでも正論ではある。勝手な判断で実行すれば責任を取らされるのはその神だ。さすが先輩、リスク管理がしっかりしている。昼行燈じみた態度はイラっとするが。
あーもう、やっぱりその辺の
とりあえず最優先と思ってた転生特典カタログのたたき台は一段落したから、今からそっちに着手して……とか思ってたら、早くも次の転生者が送られてくることになったらしい。は?
「最初の失敗を上が気にしてらっしゃってね。早急に結果を出さねばならんのだ」
事前準備期間ぐらいちゃんと取らせろ。潰れちまえ、こんなクソ事業。
一度のミスで動揺してんじゃねえ。潰れちまえ、こんなクソ
内心で文句たらたら不満まんまんな私の返答はもちろん、こうだ。
「――承知いたしました」
肯定以外の返答は持ち合わせていない。
要は、面談しながらマニュアル作ればいいんでしょ? やってやんよ。
☆ ★ ☆
転生の間(仮) ※転生者対応中。入室禁止。
当然のごとく時間がなかったので、手書きの張り紙を神界の一室にペタリとして、転生者を呼び出す。相変わらず白い壁紙に机と椅子しかない殺風景な所だが、転生者諸兄には我慢してほしい。そのうちスレイプニルのはく製とか飾って居心地のいい空間にして見せるから。
「ここは……え、事務室? なんでこんなところにいるんだ?」
「はい、ではご説明いたしますね」
大丈夫だ、大まかな流れは前回で把握している。それをマニュアル化しながら面談を進めるだけだ。やればできる。無理というのは嘘つきの言葉だ。クソが。
今回のお相手は二十代前半の男性。名前はヤエギソラ。ヤエっちと呼ぼう。
まだまだフレッシュな新入社員といった面持ちだ。社会の闇はまだ実感してなさそう。その前に会社どころか人生ドロップアウトしちゃったけど。哀れなような、羨ましいような。私もドロップアウトしたい。
そうして一人目の時よりもスムーズに説明を試みる。
死んだという事実、死亡原因、この場所の説明。
しかし、「私はあなたの転生を担当する女神の――」と名乗ろうとしたところで、ヤエっちは興奮した様子で私の言葉を遮ってきた。
「これはつまり、いわゆる異世界転生、神様転生ということですね!?」
え、なんなのこの食いつき。前回のカトハルくんと同じくらい前のめりだ。若い神の間で転生が流行ってるって聞いたけど、人間界ではもっと流行ってるの? 皆知ってるレベルなのか。どんだけ転生させてんのさ。
じゃあもう、マニュアルには転生についての説明は基本的に省略で良し、って書いていいかな。少なくとも知らない場合についての優先順位は低いだろう。後回しにできる仕事は後回しにすべき。
よし、じゃあここからが本番だ。
「つきましては、転生特典を差し上げますので、この一覧からお選びください」
「えーと、特典カタログ? めっちゃ分厚い……」
私、頑張った。残業して頑張って作った。最近残業時間長いみたいだけど今日は何時に帰るの? というありがたい上神の気遣いにもめげずに作り切った。
どんな特典が人気なのか調べ、種類別に分類し、使い道別の評価(当神調べ)を載せ、使い方を例示し、メリットデメリットを併記し、類似する特典との差異を明示し、他にも色々補足を加えた力作だ。迷ったときはコレ! という特集ページも用意している。
例えばこんな感じだ。
【科学的っぽいなんかの理屈によってすべてを反射する一方通行的なやつ】
☆攻撃から防御までこなせるド定番!
戦闘★★★★★ 日常★☆☆☆☆ 扱いやすさ☆☆☆☆☆
周囲のすべての事象を反転させ、自動発動もするため、無敵の能力と思われがち。しかし使いこなすためには相応の演算能力を求められ、能力が足りていないと、そもそも発動できなかったり、無害なものや行為(酸素とか呼吸とか)まで反射して死ぬ。まともに使うならば優秀な頭脳も必要。
※なお、頭脳改変関連の特典を得た場合、人格が変わる恐れがあります。
【頭をなでるだけで相手を魅了するいわゆるナデポ】
☆とにかく異性にモテたいならコレ!
戦闘★★☆☆☆ 日常★★★★★ 扱いやすさ★★☆☆☆
対象の頭をなでることによって魅了状態にする。無条件であなたに従うので、あとはお好きにどうぞ。同様の能力であるニコポと比べると、相手に触れるという一工程がいる分、暴発しにくいが、触れるのを拒否されたらおしまい。
※なお、魅了させた後の解除には別の能力が必要です。
【能力向上~とにかく身体能力やその世界に必要とされる特殊技能(魔法とか)の初期値と成長力を高くする~】
☆イチオシ! 無難に堅実にイージーモード!
戦闘★★★★☆ 日常★★★★☆ 扱いやすさ★★★★☆
どんな世界に生まれようとも、ほぼ間違いなく役に立つ特典。ファンタジー系の世界ならば剣と魔法の才能を、超能力者が跋扈する世界なら超能力を、アイドルが異常に台頭している世界ならダンスや歌の才能を、最初から能力が高く、成長率や成長上限も世界のトップクラスに押し上げてくれる。
【金運アップ】
☆金があれば大体の人生、なんとかなる!
戦闘★☆☆☆☆ 日常★★★★★ 扱いやすさ★★★☆☆
裕福な家に生まれることが確定し、どんな行動をしてもお金が自然と集まってくる。通貨という概念のない世界では、それに準ずるものが手に入る。
そんなカタログをヤエっちはじっくりと眺め、ページをめくり、じっくり眺め、ページをめくり……。
「……ゴホン。なにか、めぼしい特典はございましたか?」
「あっ、ああ! すみません、夢中になって読んでしまって……」
ヤエっち、あれだね。攻略本を読み物として楽しめるタイプだね。
となるといつまで経っても決まらないだろう。それは困る。私の残業時間もそうだが、転生の間(仮)を借りていられる時間は決まっているのだ。次の会議に使用するとか言われて追い出されたら、別室に移動しなくちゃいけなくなる。お互いに『お前が長引かせるからこうなったんだぞ』と内心で思いながらトボトボと移動する気まずさよ。
だからさっさと決めてほしいのだが……よく考えたら、ここまで詳しい一覧を作る意味がなかったのでは? 千を超える特典を載せたが、一つずつ見てたら日が暮れるよね。迷ったときはコレ特集ページにあるやつだけでよくない?
……ま、まあ、自分用には使えるから。いわば資料だ。転生者から要望を聞いて、ではこんな特典はいかがですか、と即座に見せることもできる。取引相手に、こいつ仕事できるな、と思わせるのは重要。
なお転生実行担当神が変わったら付けられる特典も変わるため、カタログも作り直さなければならない模様。クソが。
「迷っているようでしたら、3ページ目の特典はいかがでしょうか? どんな世界、どんな状況でも腐ることがありませんよ」
薦めたのは【能力向上~とにかく身体能力やその世界に必要とされる特殊技能(魔法とか)の初期値と成長力を高くする~】だ。
無難に強力だし、もうこれ一本でよくない? うちの特典はこれしかありませんって。業務効率化だよ。もっと派手な特典がいいという転生者の
薦められたヤエっちはそのページをじっくり眺めてから顔を上げて言った。
「これ、転生先の特殊技能、って書いてますけど、僕の行く転生先ってどんなところなんですか?」
「それもある程度ご希望に応じます。あなたの前世に似た世界からファンタジー、SFや古代、完全に荒廃したどうしようもない世界まで幅広くご用意できます」
「へえ、僕が選べるんですね」
そう、これだ。前回失敗した要因。これを指定しなかったために、ランダムに選ばれた光の世界(虚無)に転生してしまって出オチゲームオーバーしてしまったんだ。転生先の指定は必須だ。
転生事業では、それぞれの
ヤエっちはまた深く悩み、結局オーソドックスな剣と魔法のファンタジー世界を希望した。特典も私がおススメしたものをそのまま採用だ。やっぱカタログ要らなくない?
まあよし。今度は転生者からの要望があるので、転生実行担当者も変な世界に送ることはないだろう。
いや待て。ファンタジー世界も多数ある。その中の変な世界に転生するとまた困るので、今回は私が無難な世界をちゃんと指定しよう。ヤエっちも多少の冒険心はあれども無難や安定という言葉が好きそうなので納得いくはずだ。
この後は、結局後回しにされた本人確認その他をこなしていく。漏れは……ないと信じたい。チェックリストも早めに作らないといけないのにやること多すぎてああああああああああああああ!
はあ。
ちなみに本人確認は最初にしないとだめだと思うけど、混乱も収めないといけないからこうなってしまう。なんかうまい方法ないだろうか。まず考える時間をください。
ふう。疲れた。ひとまず私の業務は完了。で、いいはずだ。たぶん。間違っててももう知らん。私は失敗を恐れません。
転生実行担当の先輩神に、転生者の要望一覧を通神で送ると、即座に準備完了の返神がきた。本当に仕事の早さは一流だ。おかげで転生者を待たせずにすむ。
「それでは転生いたします。ご準備はよろしいですか?」
「はい。よろしくお願いします」
少しの不安と大きな期待を目に宿し、ヤエっちは転生の光に包まれた。
君の来世に幸あれ。
☆ ★ ☆
転生事業において二件目の契約が終わった。
人生が充実すればするほど、その人間の魂に『満足度』が貯まり、それが売上となるのがこの事業のシステムだ。
早速、ヤエっちことヤエギソラの転生後の人生を振り返ってみよう。
前回の反省を生かし、彼が生まれ落ちたのはきちんと人間の居住できる環境であり、実際に人間も暮らしている剣と魔法のファンタジー世界だ。
もちろん虚空から生まれたわけでもなく、きちんと母親の生みつけた卵から孵った。ん?
幼少期。天敵のメダカをその小さな身で撃退するなどして、すでに周囲のボウフラたちとは一線を画す才能を見せつける。当然のように誰よりも真っ先に羽化を果たした。
青年期。立派な翅で大空を駆け回る彼は、人間の手に叩かれかけた女の子を身を挺してかばう。かろうじて生還した彼に惚れた女の子に迫られ、結果的に彼女と結ばれる。その後も複数の女の子と関係を持つに至る。
老年期。数千もの子に囲まれ、ハエとしての生を全うした彼の死に顔は実に幸せに満ちたものだったという。
うん、満足度も得られて良かった良かった――――
じゃねえよ。転生実行担当神、待ってろ。今からてめえのところに行く。
転生事業統括センターの調査によると、転生者一人当たりの満足度の平均値は約2000万。産まれて即死亡のような外れ値を除いた平均が約2500万。
ヤエっちの寿命が約2か月くらいだったことを考えれば、16万というのは平均の数倍のスコアである。どうやらかなり充実した生だった模様。