もしも天馬司がギャルゲーの主人公で、ヒロインがヤンデレだったら 作:イチカワヒナナテスカトリ
朝。なにやら息苦しくなって目を覚ました。
最初に視界に入ってきたのは、グラデーションのかかったふわふわの金髪。
そして嗅ぎ慣れた匂いが鼻腔をくすぐった。オレがいつも使っているシャンプーのにおいだ。
しかしオレからはしない、ほのかに甘い香りも混じっている。
さて、俺と同じ美しい金髪で、オレと同じシャンプーを使っている人物は一人しかいない。
オレは早速その可愛らしい侵入者に声をかけた。
「こら咲希、暑いだろう。勝手に布団に入ってくるんじゃない」
「あ、お兄ちゃん起きちゃったんだ。もうちょっと一緒に寝たかったのにー」
「一緒に寝るのは構わんが、上に乗るんじゃない。息苦しいだろう!」
「あー! お兄ちゃん、それってアタシが重いってこと!? 失礼しちゃう! セクハラだよ?」
「どちらかと言えば今セクハラしてるのは咲希じゃないのか!?」
「アタシはいいんだもん」
「理不尽だー!?」
あははは、と楽しそうに笑う咲希を見て、自然と口がゆるむ。
天馬咲希。オレとひとつ違い、つまり高校一年生の妹だ。
咲希は幼い頃から体が弱く、入院と繰り返していたためあまり学校に行けなかったのだが、高校生になる時にようやく完治し、それ以来は特に大きな病気もなく学校生活を満喫している。
今、オレは未来のスターとなるべくショーキャストをやっている。そしてその夢は、『咲希を笑顔にしたい』という想いから始まったものだ。
しかし、情けない話だが以前のオレはその想いをすっかり忘れてしまっていたのだ。それを思い出すまで色々あったが……今回は割愛するとしよう。
ともかく、オレは咲希のためにスターを目指し、今までの人生のほとんどをその夢のために費やしてきたのだ。咲希の病気のお陰というのは少し憚られるが、咲希がいなければ今のオレはいないと言えるだろう。咲希には感謝しないとな。
「? どうしたのお兄ちゃん。もしかしてアタシの顔なんかついてる?」
「ああ、すまん。ぼーっとしてただけだ」
じっと咲希の顔を見ていたせいで勘違いした咲希は、慌てたようにくしくしと顔を擦り始めた。
そんな様子を見ているとなんだか微笑ましい気分になり、思わず頭を撫でた。
「わわっ! お兄ちゃん!? は、恥ずかしいよ~~!」
「ははははは! まぁ気にするな!」
「気にするよ! も、もぉぉ~~!!」
びっくりしたのか、顔を真っ赤にして恥ずかしがる咲希。もう高校生なのに子供扱いされて起こってるのかもしれんな。昔はこうしてやると「もっと撫でて」とせがんできたんがな。
そういえば、それを羨ましがった咲希の友達にもよく撫でてやってたな。そしたら咲希がよく怒っていたな。きっとオレに友達を取られるとでも思ったのだろう。可愛いやつだ。
そんな彼女らとも長らく疎遠だったのだが、咲希の復学とともに再開したのだ。昔とはみんな雰囲気も変わり、とても綺麗になっていたのが印象的だった。
……なんて考えていると、何やら不服そうな顔で咲希はオレを見ていた。
「……お兄ちゃん? 今他の女の子のこと考えてたでしょ」
「ギクッ! べ、別にいいだろう? オレが何を考えていたって」
「アタシはお兄ちゃんのこと考えてたのに、お兄ちゃんがアタシのこと考えてないのが嫌なの!」
ぷくっと頬を膨らませて怒る咲希。
オレの妹は!!!!! 世界一!!!!! 可愛いぞ!!!!!!!!
と、窓を開けて全力で叫びたい気持ちを何とか抑える。
こんなに慕ってくれている可愛い妹がいるなんて、オレはなんて幸せ者なのだろう。
オレには考えられないことだが、普通は思春期になると兄妹は離れていくものらしい。もし咲希に嫌われでもしたらオレはもう立ち直れる気がしない。
咲希は入院期間が長くてオレと一緒にいる時間が少なかったからだろうが、高校生になった今でもオレを慕ってくれている。とはいえ、それでもいずれ兄離れしていくのだろう。せめてその時まではずっと仲のいい兄妹でいたいのだ。
多分咲希も俺と同じ気持ちなのだろう。だというのにオレは、咲希の前で他のことを考えてしまっていた。
くそっ、不甲斐ないぞ、天馬司!
「すまん咲希、オレが悪かった!」
「……ほんとに悪いと思ってるなら、アタシのお願い聞いてくれるよね?」
「もちろんだ。オレにできることなら何でもするぞ!」
「……! ほ、ほんとに?」
「あ、ああ。やれることなら、だがな」
なんでも、と言ったとたん、咲希の目の色が変わった気がする。
な、なんだ? この悪寒は。なにやらすごく嫌な予感がするぞ……。
さっきまでの笑顔が消えて、なんだか怖い顔で近づいてくる咲希に少し怯えていると、急に抱きつかれた。
こちらからだと顔は見えないが、咲希の華奢な体は少し震えている気がした。
「お兄ちゃん、これからもずっと、アタシと一緒にいてね」
「ああ、なんだそんなことか。なんか怖い顔してたから何されるのかと思ったぞ」
「えへへ、ごめんね? ……それでお兄ちゃん、これからもずっと一緒にいてくれるって約束してくれる?」
「そんなの当たり前だろう。俺と咲希は未来永劫、ずっと一緒だぞ!」
おそらく咲希は不安なのだろう。最近は体調もすこぶるいいが、もしまた何かあって入院することになった時のことを怖がっているに違いない。久しぶりに友達に会えたことも大きく関係しているだろう。
さっきの震えも怖い顔も、きっと不安だったからだ。それをオレは勘違いして嫌な予感がするなんて思ってしまった。くそっ、つくづく自分が情けないっ!
「咲希っ! これから先、何があっても! 俺はお前のそばにいるぞっ!」
「わわっ! お、お兄ちゃん!?」
せめて咲希の不安が軽くなればとオレも力強く抱きしめ返す。
こんなことで咲希の抱えた不安がなくなるとは思ってないが、せめて今この瞬間だけでも安心してほしい。
そんな気持ちを込めてしっかりと抱きしめる。
「あっ……♡ お、お兄ちゃんだめっ……! それ以上されたら、アタシ……っ!♡」
「す、すまん! 力強すぎたか?」
咲希の切羽詰まった声を聴き慌てて手を離す。その後も咲希はオレの胸に顔をうずめて悶えていた。
ど、どうしたんだ咲希。もしかして体調が悪くなったのだろうか。
「さ、咲希っ! 大丈夫か!?」
「はぁっ…はぁっ……♡お、お兄ちゃん。お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん!!!!!」
「うおおっ!?」
心配して顔を覗き込むと、急に押し倒された。いわゆる馬乗りの状態だ。
咲希の顔は上気し、瞳孔が開いている。呼吸も荒く辛そうだ。
風邪……とは違いそうだが、どうしてしまったというのだ。
「お、お兄ちゃん! もういいよね? やっちゃっていいよね? アタシもう我慢できないっ!」
「さ、咲希? なんか変だぞ?」
荒い呼吸でオレの服を脱がそうとしてくる咲希。
な、なにがなんだかわからんが、止めなきゃまずそうだ。
「こら咲希! やーめーろー!」
「咲希ー、司ー。ご飯できたわよー」
「ほ、ほら、ご飯ができたらしいぞ! 冷めないうちに食べるぞ!」
オレは慌てて咲希を引きはがして部屋を出た。
なんだかよくわからんが、今の咲希は様子がおかしいと思う。母さんの声がなかったらどうなっていたのだろうか。
今の状態の咲希をそのままにするのは不安だが、少し頭を冷やした方がよさそうだ。
未だに様子のおかしい咲希を尻目に、オレは部屋を出た。
お兄ちゃんが出て行ったあと、アタシはお兄ちゃんの枕に顔をうずめて悶えていた。
だって、だってお兄ちゃんが……!!
「お、お兄ちゃんがずっと一緒にいてくれるって。しかもあんなに強く抱きしめて……! えへへ、お兄ちゃん好き♡好き♡好き♡好き♡好き♡好き♡好き♡好き♡好き♡好き♡好き♡好き♡好き♡好き♡好き♡好き♡好き♡」
胸いっぱいに、肺の空気全てをお兄ちゃんと入れ替えるように息をする。
アタシの内側にお兄ちゃんが入ってきて、中からアタシを満たしてくるようなこの感覚。ほんと、最高だよ~~!!
世界中どこを探してもこんな幸せなことが出来る女の子はアタシしかいないって思うと、本当に幸せものだなって思う。
「でも、だめだめだな。さっきも舞い上がってお兄ちゃんに迷惑かけちゃってた」
お兄ちゃんは優しいから気にしてないかもだけど、朝からあんなベタベタされるの嫌だよね。
それにああいうのはちゃんと、ママとパパがいないときにしないと。せっかく今からってときに邪魔が入っちゃったし……。
アタシはお兄ちゃんの部屋を出て、自分の部屋に戻った。ほんとはもっとお兄ちゃんの部屋にいたかったけど、流石に濡れちゃったパンツをそのままにしておくわけにはいかないもん。
制服に着替えながら、昨日のことを思い出した。
アタシだって、いくらお兄ちゃんが好きだからって毎日ベッドに潜っている訳じゃない。昨日はそうでもしないと眠れなかったんだ。
……最近、お兄ちゃんはすっごくたのしそう。もちろんそれは良いことだし、アタシもお兄ちゃんが夢に近づいてるのがすっごく嬉しい!
だけど、なんだかお兄ちゃんが遠いところに行っちゃいそうで不安だったんだ。
アタシは、お兄ちゃんのことが好き。男として、恋愛的な意味で好き。
だけど、それが普通じゃないってことは分かってる。この気持ちは報われないものであることも分かっていた。
それでも何度もこの気持ちを伝えようと思ったことがある。だけど、その言葉はいつも喉元で止まって続かない。
その先を言ってしまったら今の幸せが全部崩れていくような気がして。それだけは絶対に嫌だったから。
だからきっと、臆病なアタシはお兄ちゃんが離れていくのを引き留めることができない。今はこんなにお兄ちゃんのことが好きなのに、お兄ちゃんが離れていくのを止められず、我慢して、気持ちをおし殺して、自分に嘘をついて。
それでいつしかお兄ちゃんと疎遠になっちゃうのかもって思っちゃったんだ。
そんな未来を想像すると、本当に怖くて泣いちゃいそうになって。
それで、アタシは昔みたいにお兄ちゃんのベッドに入ったんだ。
久しぶりに見るお兄ちゃんの寝顔はとっても可愛かった。でもこの可愛いお兄ちゃんは、いつもアタシや皆のために一生懸命でかっこいいお兄ちゃんと同じなんだって思うと、胸の奥からぽかぽかと愛おしいって気持ちが沸いてきて、さっきまでの不安と恐怖が嘘みたいに消えていった。
アタシは、すやすやと気持ち良さそうに眠るお兄ちゃんを見て、改めて思った。
『やっぱりお兄ちゃんを手放したくない。ずっと一緒にいてほしい』って。
でも、アタシの気持ちと同じくらいお兄ちゃん自身の気持ちも大切だから、アタシが『ずっと一緒にいてほしい』ってお願いしたとき、お兄ちゃんが夢を優先するんだったら、アタシはお兄ちゃんを諦めるつもりだった。
もちろんそんな簡単にこの想いを整理することなんて出来ないけど、その覚悟はしてたんだ。
だけどお兄ちゃんは、震えるアタシを力強く抱き締めて約束してくれた。
『これから先何があっても一緒にいるぞ!』って!
余りにも嬉しくて我慢できずに恥ずかしいところを見せちゃったけど、あれはお兄ちゃんが悪いよ! だってさっきまででもこれ以上ないってくらいお兄ちゃんのことが大好きだったのに、更にアタシを惚れさせたんだもん。そんなの我慢できるわけ無いじゃん!
抑えようとしても勝手に上がっちゃう口角を戻すのを諦めて、とびっきり可愛くメイクする。
両想いって分かったけど、アタシばっかり惚れさせられててズルいから、アタシももっとお兄ちゃんを惚れさせてやるんだ!
それに、アタシのお兄ちゃんを狙う泥棒猫はいっぱいいる。悔しいけどみんな可愛い子ばっかりで油断できないし。
でもその子達の前でとびっきりいちゃいちゃして、自分が入る余地なんて無いって思わせたら諦めてくれるよね?
……まあお兄ちゃんが約束破るとは思えないし、ちょっとくらい女の子と仲良くするのは許してあげようかな? ほんとはアタシだけ見てほしいけど、あんまり拘束しちゃうとうんざりしちゃうかもだし……。
アタシは、これからのことに思いを馳せながら階段を降りた。
「何があってもずっと。ずっとずっと一緒だよ。大好きな、アタシだけのお兄ちゃん!」
続きは一応考えてるけど続くかは微妙