褪せ人になった男がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:アーロニーロ

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一応言っておきますが、作者はヘスティアもベルも大好きですからね?今日は少し長めです。


無理解と否定

 

 あの後、夜が夕暮れになるまでエイナの説教という名の勉強会が開催された。ミノタウロスを倒したことを伝えて問題ないと言ったのだが、挑んだこと自体が間違いだったと言われ、さらに説教の時間が増えた。適当に流してたけど涙目になりながら怒ってたあたり本気で心配してたのね。

 

 で、一通りエイナは言いたいことを言い終えた後に俺のことを解放してくれた。このままダンジョンに行こうにも封鎖されてるし、流石に説教続きで疲れたためホームにベルと一緒に帰ろうとしている。

 

「で、エイナ相手にあんなこと叫んでたと。俺が大変だった時に何やってんだ、この色情魔め」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「おいおい、待て待て冗談だ。真に受けんな」

 

 揶揄いつつも俺が殿を務めた後に何があったのかをベルに聞いてみた。曰く、俺と別れた後にばったりと別のミノタウロスと出会ってしまい、恐怖のままに逃げ出した。だけど、めちゃくちゃに走り回ったせいでダンジョンの隅に追い詰められてしまって恐怖から俺が囮になって逃げた事も一瞬頭から吹き飛んでしまい、もうダメだと諦めかけたタイミングで【剣姫】ことアイズ・ヴァレンシュタインが颯爽と現れてミノタウロスを細切れにしてしまったとのこと。

 

 で、後は原作通り。若干のマッチポンプ感が否めないところもあるが、途轍もなく美しく可憐な姿にベルは女性に対する免疫のなさと、心の昂りのあまりにミノタウロスの血に濡れたことも忘れて逃げ出してしまったと。

 

「よく恐怖で忘れなかったな俺のこと」

 

「忘れるわけないですよ……」

 

 相違点があるとするならば、逃げ出した後にギルドに駆け込んでエイナや他の冒険者にベルが俺を助けて欲しいと頭を下げてたことくらいだろうか。見捨てないと確信していたとはいえ優しいなぁ、ベルくんは。まあ、でも。

 

「全っ然助けてくんなかったろ」

 

「……はい」

 

 俯きながら申し訳なさそうに肯定するベル。流石に掘り返しすぎたなと思い、申し訳なさを誤魔化すために頭を撫でる。

 

「一応言わせてもらうがベルを責める気は毛頭ないぞ?恐怖で我を忘れずに周りに助けを求めてた行動は最適解だったからな」

 

 寧ろ、俺なら恐怖やらで舌が回らなかった可能性があったまである。俺がそう言うとポツリポツリと話し始める。なんでも助けを求めたはいいものの、周りから返ってきたのは失笑が同情のどちらかでそれでも話しかけても無理だと言ってくれる者もいれば、最悪無視されることもあったらしい。

 

 しかもベルの証言もあって「もう死んでんじゃね?」的な感じで現場はエイナも含めてお通夜ムード。それでもとベルがダンジョンに突っ込もうとしたがダンジョン封鎖のお触書きが来て入ることすらできなくなった。

 

 何とか頼み込んでも入れず、体についた血を流してエイナに慰められてるところにリヴェリアが登場。リヴェリアが無事であることと後で本人にギルドに寄らせることを伝えられ、一安心といったことらしい。一応、迎えに行くべきか悩んだが、入れ違いになるのもあれだったためその場に残り、エイナから誰に助けられたのか問われて【剣姫】のことを聞いたタイミングで俺が現れたと言うことらしい。

 

 ……正直、ここまで聞いて思ったことは。あの薄情で有名な冒険者連中がベルの話聞いてお通夜ムードになったこともびっくりだが、ベルの無鉄砲振りにもびっくりだわ。あのまま来ても無駄死にだったよ?俺もお前も。

 

「あんま気にすんなよ?こうして生きてんだし」

 

「でも……」

 

「でももだってもねぇよ。そういう職業なんだと思って割り切れ」

 

 今回を通して改めて思わされたけどこの世界は思ってたよりも簡単に命が散っていく。そこに主役も脇役も関係なしに。実際、5、6度死んだり1度死なせたりを繰り返した身としてそれを良く味合わされた。故にベルはそんなに気にしなくてもいい。例え明日俺が死んでもそれは仕方ないことなのだから。それにダンジョン様だって「手加減してくれ」って言ったところでしてはくれないだろうしね。

 

「それより【剣姫】ってどんな感じだった?」

 

 流石にこの陰鬱とした空気がうざったく思い、話題を変える。ベルはもっと明るく溌剌としつつ透明な感じな普段通りがいい。そんな気持ちを込めてベルに聞いてみる。すると【剣姫】を思い出したのか顔が少し明るくなり始める。うんうん、それでいいんだよそれで。

 

 ……にしても、あの責任感の強くて引きずりやすいベルが一瞬で明るくなるなんて、本当に【剣姫】のことが好きなんだな。

 

 恋愛なんぞしたこともないから気持ちは微塵もわからないが、微笑ましく思いながらベルが【剣姫】について語り始めるのを眺める。……だが、微笑ましく思えたのは初めの数分だけ。5分くらい経ってから「あれ、おかしいな止まらないぞ?」と思い始め、【剣姫】についてはや10分。いまだに【剣姫】語りが止まる気配が見られない。

 

「それでヴァレンシュタインさんはとっても格好良くて綺麗だったんだ!」

 

「ウン、ソウダネ」

 

 しかも話のバリエーションが微妙に違うあたりベルくんの気遣いが感じられて「それもう聞いた」とか言って話を区切ることができない。て言うか好きすぎだろ【剣姫】のこと。恋は盲目とはよく言ったもので見た感じベルはまだまだ語りたらなさそうだ。

 

 こうも真っ直ぐに人を好きになれるのは羨ましいが。でもなぁ、今のあいつってロキ・ファミリアの面々のおかげで【剣鬼】よりも【剣姫】よりだけど未だに強さにしか興味なかったような……。いずれにせよ何にせよだ。

 

「高嶺の花もいいところだな」

 

「うっ……」

 

 しかも見上げすぎて逆に見下ろしたような体勢になるくらい。ベルも自覚があったのか胸を押さえながらうめいている。まあ、仮に原作を知らずともどう足掻いても向こうの認識でのベルは良くても路傍の石だからなぁ……。まあ、ソードオラトリアでは『可愛い白兎』っていう認識だったから路傍の石って訳じゃあないんだろうけどさ。

 

「ま、駆け出しなんだ今後頑張ってけばいいんじゃね?俺も手伝うぜ?」

 

「マナ…ありがとう!因みにどうすればこっちを見てくれるかなぁ?」

 

「ンマー、取り敢えずは強くなれ。そしたら自然と見てくれるさ」

 

 やっぱりそうかなぁ、と言いながら肩を落としつつもベルの目はキラキラと輝いていた。いやぁ、青春ですなぁ。若いっていい。我ながらジジイ臭いと思うけど俺にもこんな時期があったような……いや、一個も無かったわ、クソが。自分の灰色の春に腹を立てつつもあることを思い出した。

 

「ああ、そうだベル。【剣姫】のことはヘスティアに話さないほうがいいぞ」

 

「え?何で?」

 

「何でってそりゃあ……」

 

 ヘスティアはお前のことが好きだからだよ、なんて気軽に言えればそれで終わりだったのだろうが流石に言う度胸が俺にはない。…鈍さは時に人を苛立たせる。だけど個人的にはベルの鈍さはある種の美点でもあるように思えるから不思議だよなぁ。まあ、適当に理由でもつけとくかと言葉を続ける。

 

「ヘスティアってロキのこと嫌いだし」

 

「え゛」

 

「あれ?知らなかった?神々の間では割と有名よ?」

 

 びっくりして普段出さないような声を出してるベルに申し訳ないが割と事実だからどうしようもない。トムとジェリーの仲良く喧嘩する部分から仲良くを取っ払ったみたいな関係だもんな、あの2人。

 

 で、ベルは……。おーおー、顔が青い。流石にミノタウロスの時ほどじゃあないけど。まあ、好きな人の所属するファミリアの主神と自分の所属するファミリアの主神の仲が最悪と言われたらこうもなるわな。

 

「ま、助けて貰ったくらいは言ってもいいんじゃね?恋をするにしても隠し通せばいいだけ。ほら言うだろ?『バレなきゃ犯罪じゃあない』って」

 

「それは犯罪者の考え方だよ!?……でもそっかー隠し通すしか、ないのかぁ」

 

 俺の言葉に反応しつつも最後は肩を落としながら納得したようにそう呟く。すると突然ベルが振り返った。目線の先はバベルの頂上。……ああ、もうそんな時期か。

 

「また例の視線か?」

 

「うん……ねぇ、本当にマナは何も感じないの?」

 

「何もないところから視線感じたら帰る時もう少し慎重に帰るわ。ベルのほうこそ本当に気のせいじゃねぇのか?」

 

「違うよ。なんて言うか値踏みされてるような感じがして……」

 

 値踏みねぇ……。まあ、あながち間違ってないあたりベルの勘も鋭いなぁ。にしてもあの色ボケ女神、もう少し遠慮ってもんを知らんのかねぇ。ベルはここ最近ずっと反応しっぱなしだぞ?無遠慮にも程がないか。……いや遠慮するなら他人ならぬ他神の眷属をNTRんか。

 

「ま、今んとこ実害がないなら保留でいいんじゃね?」

 

「そう…ですね」

 

「それよりも着いたぜ」

 

 日も沈み始め薄暗くなってくる中で廃教会の前に到着する。そして廃教会の前では「おかえりー」と言いながら胸を揺らして大手を振るう我らがヘスティアがそこにはいた。

 

 

「やけに疲れてるが今日2人ともなんかあったのかい?」

 

 俺たちの顔を見たヘスティアが第一声に放った言葉がこれだった。俺たちがわかりやすいのかそれともヘスティアが鋭いだけなのかはよくわからんが1発で見抜くのは凄いな。

 

「まぁ、今日は色々ありましたから……」

 

「?」

 

「わかりやすく言うとミノタウロスと追いかけっこしたんだよ」

 

 さっきの忠告もあってから煮え切らない様子で答えるベルにヘスティアが首を傾げていたため俺が大雑把に今日あったことを説明した。

 

「なんだって!?おいおい!ミノタウロスってたしか中層域のモンスターじゃなかったか!?どこか怪我はなかったかい!?」

 

「心配するレベルで攻撃喰らってたらとっくにくだばってるから問題ねぇよ」

 

 俺は4、5回死んだ後に半殺しにされましたけどね。まぁ、結果的に買った上に怪我は全部無料で治療してくれたしミノタウロスも倒せたから問題ないな。するとヘスティアはホッとしたように肩から力が抜けていくのがわかる。

 

「良かったぁ。2人に(・・・)何かあったらボクはとてもじゃないけど耐えらんないよ……」

 

「神様…」

 

「……」

 

 ヘスティアの目からうっすらと涙が見える。それを見た瞬間、少しだけ胸が痛んだ。

 

 まただ、またこの感覚だ。何でだ?何でエイナとかは流せたのにヘスティアのはこうも胸が痛む。俺がヘスティアのことを好いてるから?嫌ない。会ってそんなに経ってないのに好きになれるほど俺は青くもないし、言っちゃあ何だが性格はともかく好みではない。ヘスティアは俺のことをもっと無慈悲に扱ってくれてもいいんだけどなぁ。死んでも蘇る俺に心配は不要なんだし。

 

「ヘスティア。更新を頼む」

 

 取り敢えず今はステイタスの更新と洒落込みますか。実のところを言うと今日の更新が割と楽しみだったりする。ミノタウロスを倒してる以上は確実にランクアップしてるだろうからね。ベルが地下室から出ていく。10日ほど前からなのだがヘスティアが更新の際は自分と一対一でするようにと言われてからこうなった。

 

 お、更新が終わったぽいな。さぁて、更新された俺のステイタスは。

 

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マナ・キャンベル(マエザワ・直哉)

 

Lv1

 

力:SS1057

耐久:A851

器用:SSS1195

敏捷:S922

魔力:SSS1305

 

《魔法》

【マジックシールド】

・詠唱式【盾となるは、我が身に巡る奔流】

・防御魔法

 

【エクラズ・ワールト】

・詠唱式【停滞の剣よ、我が敵を貫け】

・単射魔法

 

【アヴァニム】

・詠唱式【駆けろ(センター)

・速射魔法

・詠唱の変化で能力が変動。

疾れ(ヴェーガ)】:速度強化

拡大しろ(グランドゥ)】:威力強化

 

《スキル》

【】

 

万魔知覚(パンデモニウム)

・常時発動型

・ランクアップにつき魔法のスロット数の上限突破。

・取得魔法の保管が可能。

・ステイタスに刻む魔法の選択が可能。

・魔法使用時に効果、威力の超過強化。

・魔力のステイタスに対して超過強化。

 

褪人肉体(スピリチュアルボディ)

・常時発動型

・自身の所有するあらゆる無生物を自身の空間へと自在に格納。

・食事や睡眠の必要性を大幅に軽減。

・睡眠を行うと魔力や体力の回復効率が上昇し、食事を行うとにステイタスに対して好影響を引き起こす。

・気が狂わなくなる。

 

戦灰動作(モーションアシスト)

・任意発動型

・魔力を消費することで熟練度に比例した技を最適解の形で放つことができる。

・器用のステイタスに対して高補正。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 耐久以外が全部S以上……最高ですねぇ!耐久は前々から低かったこともあるからS行かなかったのは納得できるけど敏捷に関しては突破するとは思えなかったから少し驚いてる。まあ、あんだけ動き回れば上がるか。

 

「トータル600上昇かぁ……めちゃくちゃ上がったね」

 

「まぁ、ミノタウロスと戦って勝ったからな。割と妥当では?」

 

「……怪我しなかったんじゃあないのかい?」

 

「ベルと逃げるのもありだったが、それだとどっちも殺される可能性が高かったから」

 

 そこまで言うと頭痛がしたかのように頭に手をやる。色々と心中は察するところがあるけどあのまま逃げても確実にもう一体のミノタウロスと衝突して殺されてたからスルーしてほしい。で、だ。

 

「ヘスティア。俺ってランクアップ出来る?」

 

 半ば確信したようにヘスティアに問い詰める。すると、

 

いいや。出来ないよ(・・・・・・・・・)

 

 ヘスティアは否定を持って俺の問いに答えた。その言葉に俺の頭は一瞬、理解を拒んだ。だって当たり前だ。文字通りの死闘だった。幾度も命を取りこぼした。なのにランクアップ出来ない?

 

「冗談だろ?」

 

 無意識に声が震える。そんなことあって欲しくない。いや、あってはならない。あれでダメならどうやってランクアップすれば良い。何か?ゴライアスにでも挑めと?

 

「言い方が悪かったね。ランクアップは出来るよ」

 

 俺の変化に気づいたのかヘスティアはなんてこと無さそうにそう告げる。……待て。だったら尚更意味がわからん。ヘスティアよ、お前の言葉をそのままに受け取るなら。

 

「ランクアップさせる気がないと?」

 

「よくわかってるじゃないか」

 

 そうであって欲しくない、否定してほしいという願いを振り切ってヘスティアは俺の言葉を肯定した。はは、そうかそうか。ヘスティアは意図的に俺のステイタスのランクアップを拒んでいると。ハ、ハハ、ハハハハハハハハハハ!

 

「巫山戯んな」

 

 俺のものとは思えないほど底冷えした声が口から漏れ出る。あの時ミノタウロスに送った時以上の殺意が体から漏れ出ていくのを感じる。俺の意思を察知したのか虚空が揺らぎ始めて武器が現れる。体が臨戦体制を整える。しかし、

 

「巫山戯てるのはどっちだい」

 

 俺の殺意を超える激情が神威と共にヘスティアから漏れ出た。それを浴びた俺の殺意は鎮火していく。虚空の揺らぎがおさまり始める。ヘスティアの顔を見て遅まきながら怒り狂ってることを理解する。だが、

 

「何で怒ってるのかわかんないって顔だね」

 

 ヘスティアはそんな俺の心情を見透かしたかのように告げる。困惑する俺を見てヘスティアは更に言葉を続ける。

 

「尚更君をランクアップさせることは出来ない」

 

「何故だ。教えてくれ、言葉にしてくれ」

 

 言葉にせずとも伝わるだろ?みたいな行動をとるのは止めてくれ。わからんもんはわからないんだから。そんな俺の言葉にヘスティアは呆れたようにため息を吐いた。その様子を見てふとある事を思い出す。

 

「まさか無茶して欲しくないなんて言わないよな」

 

 え?これじゃないよね?こんな単純な理由で俺ランクアップ出来ないなんて言わないよね?そんな俺の願いも虚しくヘスティアは首を縦に振るう事で肯定する。

 

「意外って顔してるけどボクは炉の女神。寄る辺のない子供達の女神であるのがボクだ。そんなボクが自分の子供の傷つき苦しむ様を許容出来るとでも?」

 

 えぇ(困惑)、未来のベルとか結構無茶してるよ?そしてそんなベルを応援したくてヘスティアはナイフをヘファイストスに作成するよう頼んでた。これらからわかるけどヘスティアは過保護な女神ではないはずだ。なのに、なんで。

 

「君は帰ってから鏡を見たかい?」

 

「あ?」

 

「ひっどい、目をしてるよ」

 

 確かにロキ・ファミリアでも俺は鏡を見なかったけど目つきとランクアップに何の関係が……。そこまで考えてふとフィンの言葉が頭をよぎる。……いや、あれは関係ないはずだ。会って間もない人間が聞いてきた戯言のはずだ。

 

「では、問おう。マナ・キャンベル」

 

「……なんだよ」

 

「何故、強さを求める」

 

 ヘスティアから荘厳な気配が感じ取れる。おそらく本気で俺を見定めているのだろう。質問の意図が全くわからない。何で強くなりたいかって?そんなの決まってる。

 

「強くなりたいからだ」

 

「何のためにだい?」

 

 何のため?そんなの決まってる。俺は……俺は…。あれ?ちょっと待て。何でだ?何で強くなりたいんだ?ああ、そうだ。

 

「い、生きるためだ」

 

「生きるため?だったらランクアップする必要はない。上層でもそれなりに金を稼ぐことはできる。むしろレベルが上がっていける範囲が広がるほど君は死地に近づくわけだが」

 

 ヘスティアの言葉に反論の余地はなかった。事実そうだからだ。ヘスティアの言う通りランクアップすれば今以上に深く潜ることができる。それはつまり更なるリスクを背負うことになる。それではさっき挙げた『生きるため』という考えとは矛盾する。

 

「もうわかったろう?君には無いんだ、明確な目的が。金が欲しいとか名誉が欲しいとか英雄になりたいとかそういうのが」

 

「……」

 

「沈黙は肯定と受け取るよ。君の成長が遅ければゆっくり学んでいくといいって言えたよ?でも君の成長は恐ろしく早い。それこそ学ぶ時間がないほどに。何かしらの精神的な支えが、目的がなければいつの日かボクの力(神の恩恵)が君を殺す日が来る。……それだけは嫌なんだ」

 

「……すまんヘスティア。少しホームを空ける」

 

「うん存分に悩んでくれ。君には時間も可能性もいっぱいあるんだから」

 

 その言葉を聞いた俺は人生初の家出をした。

 





「神様……」

 少ししてから入ってきたベルくんの顔はひどく心配そうだった。色々と申し訳ないしこんな時に笑うことしかできない自分に腹が立つ。

「なんだいって聞くのはあんまりな答えだね。うんわかるよマナくんのことだね」

「はい…」

 というかそれ以外にベルくんがこんな反応をさせる相手がいないしね。ベルくんにとっても彼はひどく重要な相手になのだから。

「ベルくんから見て今日のマナくんはどう写ったんだい」

「なんか……少しだけ怖かったです」

「うん、そうだね。今の(マナ・キャンベル)……いや、(マエザワ・直哉)はひどく危うい。それこそ自分の命が計算に入っていないほどに。これは一重にあのスキルの所為なんだろうけどね」

「スキル?」

「うん。でもこれは彼の口から言う必要があるものだ」

 多分だけど、彼は今日この日ボクが隠蔽したスキルに気づいた。そしてそれを何度も利用したからあんな目をしてたんだと思う。こんなこと言うのもなんだがあのスキルを使うこと自体は悪いことじゃあない。あれもまた彼の『力』なのだから。

「悩め。存分に悩むんだ。君たちはボクら不変である神々とは違っていくらでも変われる。悩んで転んで迷子になって――――そしてその果てに気づけばいいんだ」

 1人欠けたファミリアにボクの声が響く。危うくも優しい彼がどうなるのかはボクにもわからない。願わくば今日の会話が彼にとって実りあるものでありますように。

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