褪せ人になった男がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:アーロニーロ

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今回は一万字越えです、、。本来だともっと早くに投稿するつもりでしたが、どのあたりで区切るかで迷って遅れました。



I need more power!

 

 早速で悪いが皆は人探しをどう思う?

 

 俺はひどく面倒な物だと思っている。何故か?そんなの簡単だ。俺は人を筆頭に探し物の類がビックリするほど苦手だからだ。慣れ親しんだ近場はおろか最悪家の中での探し物ですら2時間3時間かかることすらある。ましてや来て20日程度の街中で人1人探すとなると面倒どころか1日を潰すまである。

 

 まぁ、なんだってこんな話題をあげたかっていうと。

 

「できれば【豊穣の女主人】にいてて欲しいなぁ」

 

 こういうことである。

 

 駆け足になりながら【豊穣の女主人】へと向かう俺。ベルの安否は心配だ。入れ違いになるのは手間もかかるし、まずないと思うが、最悪、腐れ狼(ベート・ローガ)の言葉を受けてやけになって原作以上に深く潜ってしまってダンジョンで気付いたらベルがのたれ死んでいたとかだったらスキルを発動させることも視野に入れる必要がある。

 

 少し悲観な考えを頭の中で巡らせながらも、俺は今の俺の体が、昇華した()の成長ぶりに心底驚いていた。

 

 この世界に来てまざまざと実感させられたことは神の恩恵は凄まじいということだ。

 

 刻んだ体は力を込めれば大岩を退かせたり、走れば文字通り風のように走ることができるようになる。実際、大の大人でないと倒せないはずのゴブリンを子供でも倒せるようになることも知っているし、エイナに不祥事や暴力沙汰にならないよう注意する時の例え話で挙げられていた。恩恵を刻んだ当初は成長していき強くなる肉体に何度も驚かされたこともある。

 

 だが、先ほど行った器の昇華、所謂ランクアップは次元が違った。今までのステイタスの向上はなんだったのかと聞きたくなるほど体が軽く、Lv1の頃では到底引き出せるはずのない速度を問題なく引き出し、そして大袈裟かもしれないが踏み込むたびにみなぎる力が体を突き破って溢れそうになるような錯覚すら感じる。

 

 これは器の成長の余地を無視してランクアップする人間もいるわけだよ。そんなことを考えていると5分もしないうちに【豊穣の女主人】に到着した。

 

 思った以上に早い到着にビックリしつつも躊躇なく扉を開ける。中はこれぞまさに酒場!といったような、絵に描いたような場所だった。

 

 そしてその中でもとりわけ特徴的なのは、【豊穣の女主人】の名に恥じぬ店員全員が女性で構成されているところだ。

 

 しかも全員美女揃いで種族はバラバラ。より取り見取りとはまさにこのことだ。……まあ、1人残らず冒険者で確認できるだけでも最低レベルが3以上だから手を出そうもんならボコボコにされるんだけどね。まあ、そんなことよりも今はベルの捜索だな。そんなことを考えていると、

 

「いらっしゃいませ」

 

 薄緑色の髪を持つエルフの女性店員がこちらに寄って来た。無表情で無愛想に見えるがそれを帳消しにするほどの面の良さ。間違いない俺の前世の推しの1人の【疾風】ことリュー・リオンご本人様だった。

 

 おおう、本当に顔がいい。だけど今は自分の視界の変化にビックリしてる。そっかー、【魔眼】を通して人を見ると世界ってこう見えるのかぁ。

 

「本当に興味深い」

 

「何が、興味深いのでしょうか?」

 

 俺の口から独り言が漏れ出ていた。声は小さかったはずなのだが、と思ったが考えてみれば【疾風】様はLv4。しかもランクアップがいつでもできるLv5よりの、だ。そりゃ小さな声も近くだったら簡単に拾えるわな。

 

 だからってそんな不審者を見る目は良くないだろう?

 

「いやいやなんでもありませんよ」

 

 無害であることを証明するために手を胸の前に出してにっこりと笑いながらそう答える。一度疑ったからか、そう簡単に警戒を解いてはくれなかった。

 

「……わかりました。では、お一人様ようですのでカウンター席にご案内させていただきます」

 

 しかし少しすると完全にではないが、接客するウェイターの態度に戻った。おおっと確かにここの料理の匂いは心を揺さぶられるほどいいけど今回はそのため(食べるため)に来たんじゃあないのよ。

 

「申し訳ない。今日は食べに来たんじゃなくて人探しに来たんです」

 

「人探し、ですか?」

 

「ええ、同じファミリアの仲間でね?こう白っぽい兎のような少年で名前をベルって言うんですが……見ませんでした?」

 

 首を傾げながら本題を切り出すと少し目を見開くリュー……うん長いからリオンにしよう。リオンがいた。少し悩むような素振りを見せた後、すぐに口を開いた。

 

「クラネルさんの知り合いですか?」

 

「ああ、あいつクラネルって呼ばれてるのね。……まぁ、そんなとこだ」

 

「クラネルさんでしたら足音から察するにバベルの方へ向かったと思います」

 

「ご親切にどうも」

 

 この際、足音だけで人の行先の方向を推測したことは無視する。どうやら原作通りになってるぽいな。個人的に探す目処がついたから楽でいい。

 

 俺は一言礼を言うと【豊穣の女主人】のオーナーであるミア・グランドに見つかることなくそのままバベルの下にあるダンジョンへと向かっていった。

 

 

 突然だが、夜の森林や海などと同じように夜のダンジョンは超危険だということを知っているだろうか。これは俺もこっち(ダンまちの世界)に来てからエイナ(アドバイザー)を通して知ったことだった。

 

 初めは『眉唾でしょw』、なんて思いながら夜間にダンジョンに潜ったことがあった。え?結果?めでたく数回ほど死にかけましたがなにか?

 

 なんでこうなったのか。ダンまちの原作にはない夜間帯のモンスターは強化される設定がある?いや違う。夜間帯のダンジョンはモンスターを多く排出する傾向にある?これも違う。

 

 理由は単純、冒険者の数にある。

 

 昼時になると至る所に冒険者を見つけることが出来る。しかし夜間にダンジョンに潜ろうとする輩はよっぽど切羽詰まってる奴を含めてもほとんどいない。そもそもこの世界に夜行性の生態を持つ人間はかなり少く、挙げてギリ狼人(ウェアウルフ)くらいだ。

 

 当然無茶して潜ることも可能だ。だけどそれは俺やフィンみたいに睡眠に対して耐性を持つ人間を除けば完全に自殺行為に等しい。仮に焦りに焦って夜間に行動しても一度ならまだしも連続で行動しようものなら睡眠時間を大幅に削られてバランスを崩し、ダンジョンで最悪の結末を迎える可能性があるからだ。

 

 まぁ、だからと言って数日前の俺はキラーアントの群れやオーク複数体を同時に相手だっても問題がなかった。ましてや今はランクアップしてLv2となった。

 

 そんな俺が今になって。

 

「6階層如きでしくじるわけないんだよなぁ」

 

 いやー、超楽だわ。外で走ってた時から体が強化されまくってることには気づいてたけど実際に戦ってみるとそれをさらに実感できるわ。ウォーシャドウとかニードルラビットがゴミのように吹き飛んでくよ。今の俺の気分は無双ゲーの主人公だ。このペースで進めるんだったら思ってたよりも早く見つかりそうだな。

 

〜1時間後〜

 

「全ッッッッ然見つかんねぇんだけど!」

 

 そう思っていた時期が私にもありました。あれー、おかしいなぁ。全然見つからないんだけど。思わずそうシャウトしながらその場で跪いてしまった。

 

 あれから6階層全域を走り回ってベルを探し回った。にも関わらず全然見つからない。

 

 ミイラ取りがミイラになって俺が迷ったか?そんなことが頭をよぎったが、それはない。マップに関しては毎日通い詰めたことや中層域や深層域と比べると小さいこともあって覚えている。故に通った場所もある程度は覚えられるから同じところをぐるぐると回ることもない。

 

 だったら入れ違い?それもない。いろんなところを巡って戦闘跡は見られた。だが、どう言うわけか入れ違いになったり、さっきまでいたと考えられる程度の時間である10分や20分前の跡と思うには時間が経ち過ぎていた。

 

 いよいよどこに行ったのかわからなくなる。その時、ふと下の階層に繋がる階段に目が入った。

 

 ………いや待て。それはない。というかあってはいけない。ただでさえ今いるところが上層域のモンスターの強さが上がる5層より下だと言うのに初心者殺しと呼ばれてるキラーアントが生息してる7階層に未だステイタスの足りてないベルがいる?

 

 そんな考えはあり得ないと切り捨てつつも嫌な予感が頭をよぎったこともあって俺は7階層に足を運ぶ。

 

 ―――そして戦闘音が聞こえたことで予感が当たったことを悟った。

 

「マジかよ、クソッ!」

 

 急いで強化された聴覚を頼りに音のする方へと走る。音のする方へと向かうため曲がり角を曲がった瞬間、複数体のキラーアントに襲われた。

 

 俺は予め予測していたこともあって問題なくバックステップで回避しつつ腰に履いた片刃の直剣を居合の要領で抜剣と同時に斬り払う。片刃の直剣は豆腐でも切るかのようにすんなりとキラーアントの外殻を寸断し魔石も巻き込んだ。魔石を両断された。

 

 切れ味に驚く暇もなく次から次へとキラーアントが襲いかかる。恐らくと言うか間違いなく戦闘の中心にある奴が仕留め損なった。そしてキラーアントが最後っ屁にフェロモンをぶちまけてそれに寄ってきたのだろう。

 

「頼むから無事でいてくれよ……ッ」

 

 こんなことなら慣れた魔法でもセットしとくんだったと後悔しつつ、俺は全力で武器を振るって進み続けた。

 

 

「うああぁぁぁあああ!!」

 

 己の弱さを振り切るように駆けながら叫んだ。目の前には地べたを這いながら大顎を鳴らして向かってくる巨大な蟻がいる。

 

 虫嫌いであれば思わず失神、仮に虫嫌いでなくとも生理的嫌悪感を隠せない相手目掛けて踏み込み、突進。キラーアントによる大顎の攻撃を身を低くして潜り抜け敵の魔石がある胸に刃を突き立てる。灰となり消えたのを確認すると思わず疲労から座り込みたくなる。しかし、そんなことをする暇もなく次のキラーアントが襲いかかってきた。

 

「は、はっ……はぁっ……はぁ」

 

 ギリギリだった。誰もが見ればわかるような満身創痍。どうやって勝ったのか、いやそもそもどうやって今まで生き残れたのか思い出せない。だが荒い息を整える事もせずに次に襲いかかるキラーアントの攻撃を避けて外殻の隙間めがけて短剣を振り下ろす。

 

 キラーアント達とぶつかり合うベルを突き動かす衝動を作ったのはダンジョンに入る前の出来事は【豊穣の女主人】で起こった。

 

 そしてそこで起こった出来事に対して相応しい言葉があるとするならば『惨め』、『恥晒し』、『滑稽』、『哀れ』とかそんなんだろう。

 

 なんてことはない―――1人の女性(シル・フローヴァ)に誘われたことと主神であるヘスティアが恩恵を更新した時に少し微妙そう顔をしたことを除けば―――いつも通りの日常。腹を満たすためにたまには1人でと自費で飲食店に来ていた。

 

 そんな時だった。【ロキ・ファミリア】が、アイズ・ヴァレンシュタインが【豊饒の女主人】へと来店したのは。初めは大変驚き、そして歓喜しつつ浮かれた。

 

 何せ憧れながらもどうしようもなく惚れてしまった女性がすぐ近くに手の届くところまで来たのだ。恋をした男、ましてや今のベルは思春ど真ん中の14歳。浮かれない方がどうかしている。

 

 暫くの間はチラチラとアイズを盗み見しながら顔をだらしなく緩めることしか出来なかった。何せ話しかけようにも話題はなく、そして緊張のあまりそれどころではなかった。そんな時、ふとミノタウロスでの一件が頭をよぎった。ベルは自分が礼も言わずその場から立ち去ったことを思い出して謝ろうと思った。あわよくばお近づきになれたらなんて思ってもいた。

 

 だが、甘い妄想と考えはいとも容易く粉々に打ち砕かれることとなる。

 

「そうだ、アイズ!お前あの話を聞かせてやれよ!」

 

 話の始まりの言葉はこれだった。声の主はベート・ローガ。戦いたかは知らずともベルはその狼人が第一級冒険者で【狂狼(ヴァナルガンド)】と呼ばれているとだけは知っていた。はじめはなんのことだろうと思い耳を傾け、

 

「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ!?そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎のことだよ!」

 

 そして次の瞬間には別の意味でベルの心から平静さが失われていた。そこからはまあ酷いものだった。罵倒に次ぐ罵倒、嘲に注ぐ嘲れが(狼人)の口から放たれ続け、それを聞いた周りはそれに合わせるかの如く笑いをこぼした。

 

 ―――惨めだった。悔しかった。泣いてしまいそうだった。

 

 笑い声が響くたびに心の中のナニカがガリガリと削られていくのがよくわかった。せめてもの救いは憧れであるアイズ・ヴァレンシュタインだけは笑わずにいてくれたことだろうか。息が荒なりそうなのを堪えつつも上手く呼吸ができない。そして、

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣りあわねぇ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ベルの中の何かが千切れたのがわかった。その時にとれた行動は、限界を超えてからとれた行動はその場から立ち去ることしか出来なかった。

 

 何一つとして反論できなかった。実際そうだ。自分は何をしていた?さっきまで再会に浮かれ舞い上がってた。で、その前は?強くなりたいとか物語の英雄の中にいるようなようになりたいと思っていながらそれに対してどんな行動を?

 

 そう自問自答を繰り返していく度に自身の頬が熱く目からボロボロと涙がこぼれ落ちていくのがわかる。

 

 ただ自分の倒せるモンスターを安全に狩っていただけだ!そんなので強くなれる訳がない!そんな激情に駆られるままダンジョンに潜り、眼前のモンスターに当たり散らすかのようにひたすら武器を振るった。

 

 強くなりたい!気高くありたい!彼女(アイズ・ヴァレンシュタイン)のようにありたい!そう願う度に自分の体を前に前に突き動かす。

 

「このぉぉおおおおぉおぉ!!」

 

 目の前のモンスターからもぎ取った大きな爪を相手目掛けて突き立てると同時に漆黒の影―――ウォーシャドウが灰となって消える。周りを見渡しモンスターの影がないことがわかると自分が今どこにいるのかを察する。

 

「ろく、かい…そう…」

 

 叫び続けてたことか歯を食いしばりながら戦っていたからかはわからない。いずれにせよ自身の呂律が回らなかった。それでも立ち上がり歩き続ける。死の危険があるのは重々承知だ。それでも尚、今の自分にある感情はたった一つ。

 

「強く…なり、たいなぁ」

 

 ただそれだけだった。それだけのために歩み続ける。そんな時だった自身の視界に下りの階段が、7階層へと繋がる道が目に入ったのは。その時はその場から去ろうとした。7階層の危険性はアドバイザーであるエイナからは忠告として、同僚である兄貴分のマナからは戦ってみた感想として聞いていた。故にその場から離れようとした。

 

 ―――雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣りあわねぇ

 

 しかし呪いのように耳にこびりついて止まない狼人の言葉がベルの足を止めた。目線を再度階段に向ける。理解はしている自身が何をしようとしているのかを。自覚はしている自身の行動次第では複数人の人を悲しませることを。

 

 それでも戻れない。今戻ってしまえば前のように周りに甘えてしまうのではないかと思ってしまったから。だから、

 

「強く、ならなきゃ」

 

 死地に踏み込んでしまった。零した呟きを残してモンスターを求めさ迷うように奥へ奥へと進んだ。で、後はご存知の通りだ。初心者殺しとして聞いていたキラーアントと出会して仕留め損なって大量に集まってきた。ただそれだけ。

 

「ぐうぅぅぅうぅ!」

 

 疲弊して動けなくなっていった体を数あるキラーアントのうちの一体が自分の体を吹き飛ばす。何体倒したかわからないけど戦わなきゃ。そう思って体に力を入れるも動かない。近づいてくる沢山の足音。前からも後ろからも意識を戻せば数えるのも億劫になる程いるキラーアント。

 

 完全に囲まれていた。詰みだ。その言葉が頭をよぎる。よっぽどの奇跡でも起こらない限り自分は死ぬのだと理解する。だったらせめて死ぬ直前くらいは誇れるような終わりが欲しい。そう思うと限界まで力を込めて立ち上がれた。モンスターに短剣を向けると強く握りしめた。

 

「僕は……強く……っ「はい、そこまで」

 

 自殺行為ともとれる突撃を実行しようとした自身の横を気軽な言葉が遮った。そしてそれと共に放たれた銀の閃光は自身が苦労していたはずのキラーアントを一振りで複数体を同時に絶命させていた。

 

「マ…ナ……?」

 

「おう、マナだ。絶賛家出中だった上についさっきまでヘスティアに論破されて凹んでたマナだ」

 

 目の前にいる男が誰なのか知ってる。だって紛れもない自身のファミリアなのだから。それを理解した瞬間、体から力が抜ける。倒れ込む自分を咄嗟に受け止めてそっと寝かせた。

 

「ちょいと待ってな」

 

「待っ……て…」

 

「安心しな。―――そんな時間はかかんねぇから」

 

 瞬間、自身の視界からマナが消え、それと同時にキラーアント達が弾けたように消滅していった。そして理解する。マナの行動に自分の目が追いついていないことに。それを知らされる度に自身の胸が酷く痛むのがわかる。

 

 眼前に迫るキラーアントが大口を開いて襲いかかるも、魔石目掛けて剣を突き立てたマナがそれを容易く防ぐ。参ったなぁ、とボヤきながら何かを思いついたような顔をすると詠唱を開始した。

 

「【永続不変の輝きよ、輝石の剣となって我が身を守って敵を穿て。この御佩刀(みはかせ)こそ、天下無双の剣軍である】、【アラウンド・シュヴェーアト】」

 

 詠唱が完了し、魔法名を唱えると同時に彼の周りに5本の蒼い剣が現れた。彼の持つ魔法の【エクラズ・ワールト】に似ていると思っているとマナが得意げそうな顔をしていた。

 

「新魔法のお披露目ってね。さあ、行け!剣よ!」

 

 そう言いながらキラーアントに指先を向けて叫ぶ。が、一向に飛ばすうんともすんとも言わないでその場を漂っていた。

 

「あれぇ!?動かないのぉ!?えぇ……そんなのないよ。魔力が全くの無駄だったじゃん。いや待てよ。確かエンチャントだったよなこれ」

 

「危……ない…ッ」

 

 一通り叫んだ後に何かに気付いたのかぶつぶつと考え込むマナめがけてキラーアント達が飛びかかる。咄嗟に叫ぶも間に合わないことはわからされる。ダメだ直撃する。そう思った瞬間、キラーアント達は5本の輝く剣達に両断された。

 

「ぇ」

 

「ああ、なるほどこう使うのね。ベル、聞こえてるか?今は寝とけ。目が覚めた頃には全て終わってる」

 

「待っ……て………」

 

 そう言うマナに手を伸ばそうにも力が入らず情けなくその場でポトリと落ちる。声を出そうにも掠れた声しか出せない。そうしている間に次々とキラーアント達が殺されていく。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインと出会う前に出会ってしまったもう一体のミノタウロスが頭をよぎりって理解する。また、自分は、どうしようもなく弱い僕は、彼に助けられるのだと。

 

 それを自覚したらもう無理だった。目からまた涙が溢れた。それしかできなかった。

 

 

「はい、これでラスト」

 

 自身の周りを旋回する5本の剣が最後のキラーアントを灰にかえる。いやー、ハズレ魔法使わせやがってクソがとか思ったり、どうやってベルを守りながら戦おうかと思ったけど使い方さえわかればめちゃくちゃ簡単だったな。

 

 そう思うほど今回使用した魔法は便利だった。純粋に相手目掛けて剣を射出することで攻撃に用いるもよし、剣を味方や自分の周りを囲うことで防御に使用するもよしと正に攻防一体。某スタイリッシュな鬼ぃちゃんが頭をよぎったがこの際気にせずにいようか。じゃあさてと

 

「ベル、無事ー?」

 

 ベルの容体はどんな感じかなぁ。そう思いながらベルの体に目を向ける。全身余すことなく血に塗れ特に脇腹や二の腕部分などは負傷してあるからか血が濃い。思ってたよりも重症だなと思い、虚空からポーションを取り出してベルの頭を軽く持ち上げてゆっくり飲ませる。

 

 一本が空になってもまだ体力が回復しきってない可能性も考慮して、もう一本飲ませる。なんでポーションをこんなに持ってるかと言うとそもそも俺自身がポーションをそんなに必要としていない。俺のスキルは文字通り寝てりゃ治るためにポーションはいらないし使う機会が少ないのだ。まあ、マジックポーションは使うけどね。そんなくだらないことを考えている間に

 

「はい完治」

 

 ベルくん完全復活。体力も一通り戻ったのか立ちあがろうとするベル。手を差し出すと問題なく掴んで立ち上がることができた。手を離して立てるのか確認する。うん、ふらついてもいないな。さてと、じゃあもうここに用はない。

 

「さっさとホームへ帰るぞ。ヘスティアが心配してる」

 

 そう言いながら俺はダンジョンの登りの階段目掛けて足を運び始めた。ベルもそれについてくるだろうと思った。が、

 

「……嫌です」

 

 ベルの口から出たのは拒絶だった。その言葉に俺は足を止めて振り返る。

 

「今なんて?」

 

 驚きつつも思わず聞き返す。聞き違えじゃなきゃ、今完全に拒絶されたよね?いや、別に断るのは珍しくないよ?でも、ヘスティア絡みで断ってきたのは何気に初じゃね?

 

「マナは先に戻ってくれ。僕は……」

 

「いや、今戦ってもただ無駄死にするだけだぞ?」

 

 俺を先に帰るように言うベルの言葉に俺は首を傾げながら無駄であることを宣告する。その言葉を聞いてベルは悔しそうに顔を下に向けた。それを見て俺はなんとなくだが、原作通りの展開を迎えたのだと察する。

 

 さて、どうしたものか。このまま帰るにしても、今のベルはかなり不安定だ。仮に激情のまま戦っても結果は丸わかり。良くて引退沙汰のケガを負うか、最悪死ぬ。となると取れる選択肢は一つだけだな。

 

「話せ」

 

「え?」

 

「キツイかもだが何があったか話せ。そうすりゃ少しはスッキリするだろ」

 

 詳しく話す。これに限る。完全に体験談だが、自身のうちで溜め込めば限度がある。だけど、誰かに話すことで共有したと言う意識が生まれ自分1人で抱え込むような感覚が無くなり、心が軽くなったように錯覚するのだ。

 

 ベルの目は危うい、だがそれ以上にテコでも帰らないのが良くわかる。手っ取り早くタコ殴りにして気絶させてから帰ると言う手段もあるがそれじゃあ根本的な解決にはならない。だからスッキリさせてある程度安定してからだったら戦わせることができる。

 

「でも、場所はどうするの?」

 

「ん?ああ、安心しろ今から作る」

 

「え?」

 

 ベルの困惑をよそに俺は周囲に旋回する剣を壁に向けて放ち、突き立てる。そして、

 

「【フラゴル(炸裂しろ)】」

 

 スペルキーを唱えた瞬間、派手に炸裂し大穴を開けた。ドン引きするベルをよそに開いた大穴に腰を下ろして手招きをする。ベルは恐る恐るといったような態度で座るとポツリポツリと話し始めた。

 

〜10分後〜

 

「そう言う、ことなんだ」

 

「なるほどねぇ」

 

 ベルは俯きながらも一通り話し切った。いざ本人の口から聞いてみるとこれほど酷いことはないな。つーか、逃したのはロキのところの連中だし。もっと言って仕舞えば第一級と第二級が両手の数の倍近くいながらLv2ごときのミノ公と追いかけっこで負けると笑えないんだが。つーか、俺は死にかけたしこの辺りは原作と違うと思ってたんだけどなぁ。

 

「だから、僕……強くなりたいんだ」

 

「強く?へぇ、なんだって急に?」

 

「許せないんだ。嫌なんだ。何もしてないのに、何かを期待してた僕自身が……」

 

 何もしてない……ねぇ。まあ、確かにベルは基本的にダンジョンに潜った後に鍛錬とかをしたところは見たことがなかったしね。冒険の一つもせずに【剣姫】に追いつけるかななんて言ってたのを気にしてるのか。

 

 うん、メッチャいいじゃん。自分のダメなところを自覚してそれを率先して潰そうとしてるんだろ?ほんの数時間前の俺よりも遥かにいい。何せあの頃の俺は自覚しておきながら見ないふりしてたからなぁ。よし、そうと決まれば。

 

「手始めに朝までいってみようか」

 

「え……?」

 

 困惑を表情に浮かべたベル。まぁ、そりゃあ連れ戻しに来たよー、って言ってたはずの奴がじゃあこのまま残ろうかって言えばこうなるよなぁ。でも、ベルは今正に変わろうとしている真っ最中だ。そんなところに安全マージン働かせて戻らせるのは無粋ってもんでしょ。

 

「ま、死なない程度にな?まあ、俺がいる以上は死なせんけどな」

 

「マナ……」

 

 呟くように、嬉しそうに俺の名前を呼ぶベル。……うーん、可愛いけど男なんだよなぁ。性別変えらんないかなぁ。そんなことを考えている間にツノを生やした兎の見た目をしたニードルラビット、明らかに俺の身長くらいの大きさはある蝙蝠バッドバッド、先ほど飽きるほど倒してきたアリンコ、キラーアントが壁から生まれてきた。

 

 まるでこっちの意をくんでくれたかのように溢れてくるモンスター。それを見ながら俺は笑った。ベルもそんな俺を見て苦笑いを浮かべながら短剣を前に構えた。

 

「安心して進め」

 

「うん、背中は任せた」

 

 その言葉と共にベルはモンスターの群れに突っ込み、俺もベルの援護をすべく発動させた魔法をモンスターの群れに放った。

 

 ……そういえばヘスティアになんて言い訳しよう。取り敢えず今は目の前のことに集中することにした。






一方その頃ヘスティア
「遅いなぁ、直哉くんにベルくん……」

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