褪せ人になった男がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:アーロニーロ
「ブモオオォォォォォォ!!」
比喩表現なしに大気が震えるほどの咆哮が薄暗い穴倉に響き渡る。方向の主は目測だけでも3メートル近くの巨大な雄牛だった。常人が一度見れば失禁してしまいそうなほど絶望的なこの状況。そんな状況を目の前にした男は
(あゝ、神よ。一体全体私が何をしたと言うのですか……)
……掠れた死んだ魚の目をして現実逃避をした。
まぁ、我ながら人生で一体どのような悪行を行えばこのような不運に苛まれるのか。こうなるに至ったのには理由があり、それを説明するには少し前に遡る。
◇
世は大迷宮時代。
人々はモンスターが生まれ落ちる混沌の坩堝に富と栄誉を見出した。
人々は神々にファルナと言う神の恩恵を授かり眷属となって迷宮に足を踏み入れた。
数多のモンスター、数多の危険、ソレを乗り越えた先に存在する確かな富と栄誉。
人々は迷宮に夢を求める!
……なーんて、前置きは置いといてね。アドバイザーがついてから、かれこれ20日ほど経ちました。エイナの教える量はキツイんだけど、それ以上にわかりやすいわ。おかげでキツイけどなんとか耐えられるし、わかりやすいから知識がするすると頭に入っていく。これで教え方が壊滅的だったら諦めてたかもしれん……。で、現在のステイタスはこんな感じ。
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マナ・キャンベル(マエザワ・直哉)
Lv1
力:S907
耐久:B769
器用:SS1096
敏捷:A856
魔力:SSS1101
《魔法》
【マジックシールド】
・詠唱式【盾となるは、我が身に巡る奔流】
・防御魔法
【エクラズ・ワールト】
・詠唱式【停滞の剣よ、我が敵を貫け】
・単射魔法
【アヴァニム】
・詠唱式【
・速射魔法
・詠唱の変化で能力が変動。
【
【
《スキル》
【】
【
・常時発動型
・ランクアップにつき魔法のスロット数の上限突破。
・取得魔法の保管が可能。
・ステイタスに刻む魔法の選択が可能。
・魔法使用時に効果、威力の超過強化。
・魔力のステイタスに対して超過強化。
【
・常時発動型
・自身の所有するあらゆる無生物を自身の空間へと自在に格納。
・食事や睡眠の必要性を大幅に軽減。
・睡眠を行うと魔力や体力の回復効率が上昇し、食事を行うとにステイタスに対して好影響を引き起こす。
・気が狂わなくなる。
【
・任意発動型
・魔力を消費することで熟練度に比例した技を最適解の形で放つことができる。
・器用のステイタスに対して高補正。
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いやぁ、壮観ですねぇ!ご覧くださいこのステイタス!器用と魔力が限界突破しているではありませんか!しかも、魔法に関してもあれから増えましたし、力のステイタスもまだ伸びるんだろうから成長の余地があって嬉しい!
はいじゃあいいとこ見るの終了ね。次はダメなところ見ようか。やっぱりというか見てわかるけどそれ以外が残念なことになってるなぁ、特に耐久。敏捷は走り込みとかで伸ばすように努力してるからSに突入してる。
……でも、耐久に関しては痛いのが嫌だから自傷行為も出来ないし、ベルくんと一緒だから下の階層にまで潜りにくいってのもあるけどそれ以上に1人の状態でモンスターの攻撃をわざと受けるっていう選択肢は以前、甘く見てたオークの攻撃喰らってみてかなり効いたのを覚えてるから取りにくいのよ。だから耐久の伸ばし方がわからないから伸びにくい。
後はまあ、理由がありましてね。その……バレちゃったんだよね、寝ずに特訓してることがヘスティアに。
特訓開始して1週間くらい経ったときなんだけどさぁ、ここ最近、というか俺が来てから物音が多くなったらしくて寝たふりして張り込んでたらしいのよ。で、まあ後はご想像の通り。あん時のヘスティアはマジで怖かったなぁ……。怒髪天つくってああ言うのを言うんだなって思い知らされたよ。
で、交渉の末に二日に一度は寝るように言われた結果、こうなった。個人的には全体的にもう少し伸びても良かったと思うんだけどね。
他に言うことがあるとすればさっきも言ったけど魔法もいくつか増えた。【マジックウェポン】、【センチュール・ドリヨン】、【クリスタル・ロウ】、【マジックシールド】の4つ。それじゃあ、説明開始。
まず初めに【クリスタル・ロウ】なんだが、その…なんと言いますか、役立たずもいいとこだったんだよね…。どう言う魔法かと言われたら(実物を見たことはないが)弾丸サイズの魔力の欠片を飛ばすって言うのなんだけどね?で、なんと言っても威力がショボい。具体的にはオークの体を貫けず、ゴブリンとかでようやく程度なのよ。そのくせ詠唱は長く、消費魔力は多いっていうね。
次に【センチュール・ドリヨン】なんだが、こっちは使えないことはないけど他のが便利すぎて霞むって感じだった。効果は対象に向かって飛ぶ、三つの魔力弾を放つってもん。威力もタメ次第ではかなり高くなるんだけども、詠唱の量的に見合ってるかって言われたら首を傾げるレベルだったため没。
最後は面倒だし似てるのもあるから一気に評価すると【マジックウェポン】と【マジックシールド】は詠唱も短く、他人に付与することのできるエンチャントタイプの魔法。ただ、相手に向けて攻撃、あるいは触れてから1分以内に解けるってのが難点。それ以外はかなり使い勝手がいいのもあって使ってる。
以上、魔法の総評でしたー。え?今何してるかって?まあ、それは。
「ねぇマナ、折角だし下の階層に行ってみない?」
モンスターを倒し終わり、転がった魔石を拾い集めていると、ベルが唐突にそんな風に口からでた言葉を聞いてました。取り敢えず、下の階層行くかどうかね?んー、っと。
「いいんじゃね?5層までなら」
個人的には賛成。あれから俺のステイタスも上層でやっていくには十分過ぎるほど伸びてきてるし、あんま上から目線な言い方になるから言いたくはないけど俺の付き添いがありなら行けんじゃね?っていう考えもある。
なんで5層かって言うと今いる階層が3階層なんだけど出現するのは3種類のみで『ゴブリン』『コボルト』『ダンジョンリザード』となっている。それより下に行くとウォーシャドウとか出てくるし、ベルくんが問題なく行動できることもあることもあって5層まで。……それにその下を行けば初心者殺しで有名なキラーアントも出てくるから俺の戦い方の都合上でベルくんを上手く守りながら立ち回るのはかなりめんどくさいってのもあんだけども。さて、
「行ってみますか」
「うんっ!」
魔石を持った手でぱぁーっと嬉しそうな笑みを浮かべたベルに苦笑を浮かべる。流石に問題ないと思うが後でエイナにはキレられるなぁと思うんだがどうにもベルの意見に反対する気になれない。まぁ仕方ないよね、ベル君の笑顔は素敵なんだし。
少し時を飛ばして。
宣言通り、五階層まで下りてきた。初めは悩んだけど四階層のモンスターも即死させちゃって今までの一階層から三階層と変わらないこともあっていけると判断し、ベルと共にここまで来た。来てすぐにウォーシャドウが出た時は驚いたけどこちらも問題なく対処出来た。そろそろ2人でここまで潜るのもありだな、と思っているとあることに気がつく。
「なんか嫌にモンスターが少ないな……」
「そう…ですよね」
普段と比べてびっくりするくらいモンスターがいない。普段であればそれこそ小石が道端で見つかるレベルで会うのに。今では伽藍伽藍だ。それにさっきのウォーシャドウもなんかに逃げてるような気がしたし……。そう考えると、ズシ……ズシ……と重い足音が聞こえてくる。それもかなり重量感のあるものだ。つまりは大型のモンスターだ。それを理解した瞬間、
「ベル、今すぐに逃げるぞ」
「え?」
すぐさま撤退を宣言した。何故ならこの階層には大型のモンスターは存在しない。いたらベルを守り切れる自身はない。もし仮にいたとするならば考えられる理由は2つ、一つはダンジョンがイレギュラーを起こして現れた。二つ目は、
「フーッ、フーッ」
下の階層から上がってきたということ。どうやら今回は後者のようだな。頭の上から聞こえてくる鼻息からそう察した俺は顔を上げる。現れたのは身長3mはありそうな牛頭人体の怪物だった。其れはギリシャ神話にて語られ、数多のゲームや創作に登場しては中ボスとして君臨するモンスターとして知られ、『ダンまち』において
「ブオォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
ミノタウロスだった。
……あれれ?おかしいな。かなりの距離が離れていたと言うのにその衝撃は床や壁を通じて此方まで届いたんだけど。心臓が胸ではなく耳元にあるのではないかと錯覚するほど大きく鳴り響いてるのを自覚する。あかんやつだこれ。
「ベル……逃げるぞ」
溢れ出そうな震えを抑えながら興奮させないように声を抑えてベルに告げる。が、一向に返答が来ない。何事かと思い、目を向ける。
――――そこには歯の根は合わず、ガチガチと大きな音を立てて、脚は震え、完全に青褪めて硬直しているベルくんがいた。
アカン、ベルが完全にビビってる。それこそ逃げるって考えが浮かばないレベルで。え?逃げるの無理じゃね?どうする。ベルを見捨てるなんて考えは論外としてだ。抱えて逃げる?…いや無理だ。人1人抱える分なら問題ないけど、抱えて逃げて撒ける相手じゃあない。追いつかれて2人仲良くミンチになってお終いだ。
となるとだ、考えられる手は一つだけだ。
……ええ、マジで?やるしか…ないのか?他に案がないことを悟ると腹を括って大きく息を吸って吐く。
「逃げろ」
「ぇ」
「いいからっ……」
後ろに指を指して逃げるように告げる。ハハ、手がヤバいくらい震えてる。大丈夫かなぁ、俺。ベルくん頼むから困惑してる暇があるんなら逃げてくれよ。正直、原作を信じてベルくんと共に逃げるのもありだよ?でも、この様子だとベルが逃げてたミノタウロスじゃなさそうだから、といか今から工夫して逃げても捕まって速攻で汚ねぇミンチが出来上がりそうだし。って、あ、ヤバ。
「【
いつの間にかベルくん目掛けて伸びてた手に向けて魔法を放つ。結果、
「ブモォォォォ!?」
指が一本吹き飛んでた。それを見て俺は少しだけ安心した。傷が付くってことは、血が流れるってことは戦うことができるってことだから。それに今のは杖を使ってない。杖を使えばさらにいい一撃を浴びせられる。その事実が少しだけ自分を落ち着かせた。そしてそれはベルにも影響を及ぼしていたのか。
「〜〜ッッッ!!」
背を向けて指示通り逃げ出していた。よかった、なんでか泣きそうだったのは気になるが、この際それはおいといて。
「これで自由に動ける、のかな?」
ミノタウロスは……おお、よかった、指吹っ飛ばされたからか狙い通り俺にヘイトを向けてる。剣を抜き、盾を構えて出方を見る。
――――瞬間、ミノタウロスの石斧を振り下ろされた。
想像以上の速さに咄嗟に盾を用いて受けずになんとか受けながそうとする。が、
「〜〜ツッ!」
タイミングもあって受け流しきれない。腕が軋む音が確かに聞こえた。指先が問題なく動いていることから折れてはいない。すぐさま離れながら振り下ろされた場所を見る。絶句した。そこには爆弾でも炸裂したのではないかと疑いたくなるような破壊痕があった。嘘だろ?ここまで強いのかミノタウロスって。
どうする。これからを度外視すればもう何発かは流しきれる。でも、それは避けたい。となるとやることは一つヒットアンドアウェイの要領で魔法を打って離れてを繰り返す。よし、これでいこう。作戦を決めて下がろうとした瞬間、ドンと背中に何かが当たる感覚がした。何事かと思い振り返るとそこにはダンジョンの壁があった。
「は?」
一瞬、この事実を理解することを頭が拒んだ。だって当たり前だ。この状況を言うならば、俺は地理を把握しきれずに自分から移動範囲を狭めたことになるのだから。そしてこの一瞬を見逃すほど目の前の野生は優しくなかった。再度大ぶりの振り下ろしが炸裂する。さっきよりワンテンポ遅れて横に飛んだ瞬間、目の前を白い光が包み込んだ。
◇
『ねぇ、おとうさん』
『ん?どうした直哉』
あそこは白い部屋だった。清潔感があふれ、部屋からは消毒液のような匂いが漂っていた。今
『痛かった?その傷』
『おう!メッチャ痛かったな!一昨年、車に轢かれた時くらいな!』
『……どれくらいだったの』
一昨年に信号を無視して車に撥ねられたことを引き合いに出してケラケラと笑うおとうさんの言葉を無視して問い詰める。すると少しだけ考えるそぶりを見せ、話し始める。
『目の前がピカッて光ったくらいかなぁ?』
『……なにそれ』
『いいか、直哉?人って痛いっ!て思いすぎるとな、目の前が白く『もういい』ってあらら帰っちゃうの?』
少し気になったこともあったけど心配して損した。少し高い横に引く扉に手をかけ、止まった。……はて?
◇
「ブオォォォォォォォォ!!」
「ッ!」
ミノタウロスの叫び声と共に思い出したかのように再度横へ飛んだ。馬鹿か!馬鹿なのか俺は!?なんであんな昔のことを今になって思い出してた!今は昔のことなんてどうでもいい、そう思いながら虚空から杖を取り出し受け止める。が、
カラン、カラン
軽い音共に杖が落ちる音が聞こえた。……待て、どういうことだ杖を受け取り損ねたことなんて一度もないぞ。杖が落ちた方に目を向け、今度こそ俺は頭が真っ白になった。ああ、そりゃあ受けとれんわな、だって――――俺の手は肘から先がなかったのだから。
「ーーーーーーーーーーーーーッッッッッッ!!!!!!」
膝をついた俺の口から声にならない叫び声が漏れ出した。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃ!!!!!
頭の中はただそれだけで満たされていた。今まで味わってきた痛みを超えた熱が、喪失感が俺を襲っていた。足音が消える。どういうことか目を上に向ける。痛みを無視してその場から飛び退いた。
ドゴオォォォォ!
飛び退く前の場所にミノタウロスの両足が突き刺さっていた。あと少し遅かったら……。そう思うと痛み以外にも寒気が襲ってきた。なんとか立ちあがり、痛みでどうにかなりそうなのを無視しながら詠唱し魔法を放つ。が、
「クッッッソがぁ!!」
先ほどとは違いミノタウロスの肌を焦がす程度だった。普段の火力が出ない。魔力を込められてないからか、詠唱が下手くそなのかは知らない。少なくとも傷が理由なのは確かだ。そんなことを考えながら必死になって逃げる。何度も躓きそうになりながらも這いつくばるように恥も何もかもかなぐり捨てて。そしてついに、
「は、ハは、ハハ……」
俺は袋小路に辿り着いた。そのあまりの事実に渇いた笑みが溢れた。そうこうしている間に威圧感も到着した。目を向けるとミノタウロスが姿勢を低くしている。あれは――突進の構えだろう。
「上等だ」
一周回って開き直った俺は向き直り、詠唱する。それと同時にまるで高速を走る車のような速度でミノタウロスが向かってくる。到着と同時に俺の魔法も完成する。魔法は的確にミノタウロスの目から頭蓋へと貫き、ミノタウロスは俺の腹の真ん中にちょうど突き刺さった。
この日、俺は生まれて初めて内臓が潰れる音を聞いた。そして死んだ。
◇
なにもかもが暗い世界の中に消えていく。
目も、口も、耳も、体も、心も、自我も、自意識も、自己も、何もかも。薄暗い深海のような底へと沈むように消えていく。
なにもわからないまま、伝わらないまま、それはあたりを見回す。
暗い、その上でなにもない部屋だ。天井と壁の境目もわからず、部屋の広さにあたりをつけることもできない漆黒に包まれた世界。
ふと、その常闇の世界に意味が生まれた。
意識にとって正面にあたる場所にないはずの消えたはずの自意識が向けられる。そこには
誰もが見惚れることを確信してしまうほど美しい三つの重なり合う黄金の円環が存在していた。
◇
ないはずの目が開く。
「は?」
目の前にダンジョンが広がっていた。