変身!!転生架空馬 チョコエクレール!! 作:よみびとしらず
『チョコぉ!!お帰りッ!!優勝おめでとう!!』
『チョコ、優勝おめでとう。よく頑張ったな』
『ふたりともただいま!応援ありがとう!』
競馬場の出張馬房へ帰ってきた私をボスとコタロウが温かく迎えてくれる。
『これでチョコも2勝クラスの仲間入りだねっ』
『うん、やっとコタロウに追い付いたよ』
実は2週間ほど前、コタロウは福島競馬場で行われた3歳以上1勝クラスに出走して優勝していたのだった。
『次勝てばボスと同じになる。もうボスにはデカイ顔させないぞっ!!』と息巻くコタロウに「ん?誰がデカイ顔だって?」とボスが睨みを利かせていた微笑ましい光景を思い出して心と顔が熱くなる。
『うん?チョコ、どうした?顔色が少し変じゃないか?息遣いも荒いし……大丈夫か?』
ボスが馬房の入り口から私の方を覗き込んでいる。そう言えばさっきから身体が熱くて胸のドキドキが止まらない。
『え?そうかな……私は大丈夫だよ……』
身体が熱いし、なんだかふわふわと馬体が浮かれたような感じがする。どうしたのだろうか?まだレースでの疲れが取れてないのだろうか……?
――ワァァァァァァ
どこからともなく歓声が聞こえてくる。そう言えば今日の競馬場はどこかいつものよりも熱気が強くて何だか気持ちが凄く昂って来る……
『そう言えば、今日の競馬場。何だか煩くない?』
『人間がいつもより多いからだ。何せ、今日はG1レースの開催日だからな』
ボスとコタロウがそんな話をしているのが聞こえてくる。G1レースと言えば私達には届かない遥か上のレベルのレースで走る馬たちもトップクラスの強さを誇る馬達ばかりだ。
『そうか。今日はそんなすごい日なんだ。だから人間達も多く来てて、皆とても眩しいくらいキラキラしてる目をしていたんだ』
思い出せばパドックに居た人達もいつもと表情が違った気がする。皆、今日のレース、G1レースもそれ以外の私が出ていたレースでもとても熱狂していたんだ。
そう思うと心の高ぶりが一層強くなるのを感じだ。
――ドグンッ
『えっ――!?』
馬体の奥底から熱い塊のような物が吹き上がって来る。激しく脈打ち、目の前がぼやける、息が熱くて苦しい――。
そして気が付けば淡い光を帯び始めていた。この現象はまさか――!?
――ドグンッ!ドクンッ!ドクッン!!
『そんなっ――まさかっ――!?』
『!?チョコ!?どうしたのっ!?』
『おい!チョコ!?どうしたっ!?』
ボスとコタロウが驚きの声を上げるのと同時に胸の熱と昂ぶりが最高潮を迎えた私の馬体が強い輝きを放ち光に包まれたのであった。
「おい!何事だっ!?」
「何だ何だ?何が起きたんだ」
テキと国崎さんが走って来る音が聞こえて来る。私を包んでいた光がゆっくり収まっていく。
「千代子……?お前、どうしたんだ?」
「千代子お嬢様……そのお姿は……」
「お父さん……国崎さん……。私、変身しちゃった……」
光が完全に消え、お父さんたちが私の馬房に覗き込む。そこには
ゆっくりと
「どうしよう……、きゃあっ!?」
「おっと!!大丈夫か千代子っ!?」
出口の所で寝藁に躓き思わず倒れそうになり、咄嗟にそのままお父さんへと抱き着く。激しく脈打つ身体が少し落ち着いたような気がする。
『ええっ!?チョコが変身してるっ!?』
『そんな……昼間は変身できないのではなかったのか!?』
『ボス……コタロウ……私、変身しちゃったの……今まで昼間に変身なんて……出来なかったのに……』
コタロウとボスが驚きの声を上げている。
「それよりも、千代子お前すごい熱があるじゃないか!?直ぐ医務室にでも――」
「あら。一体何の騒ぎかしら?」
声がする方を向けば、おばあちゃんが居た。お父さんに抱かれた私の姿を見ておばあちゃんは目を丸くするのであった。
「まぁ!千代子!?あなた、昼間にもその姿になれたの?」
「ううん……今までは出来なかったに……急に変身しちゃったの」
「お義母さん!それよりも大変なんだ!千代子、凄い熱で……息の苦しそうだし……直ぐに医務室へ連れて行かないと――」
私を抱いて焦っているお父さん。おばあちゃんはそんなお父さんをちらりと見た後、こちらに近づいてくる。
「秀夫、ウマ耳と尻尾の生えた状態の千代子を競馬場の医務室へ連れて行くなんて正気かい?――それに千代子のその症状は恐らく病気じゃないわ」
「えっ!?」
おばあちゃんが最後に言った言葉に驚く。私、病気じゃないの?
「何言ってるんだお義母さん!!千代子、こんなにすごい熱が出て苦しそうにしてるんだぞ」
おばあちゃんが私のすぐそばまできて私の頭とおでこをおばあちゃんの手で優しく撫でてくれる。すると少し体の熱が引いたような気がする。撫でていた手を放すとおばあちゃんは私の瞳を覗いてくる。じっと見つめて来るおばあちゃんに私も視線を返す。
「千代子、あんたは
「熱気に……当てられた……??」
私を見つめ続けるおばあちゃんが不思議な事を言う。そうなのだろうか?
「いや、いくら何でも……それは」
「無いと言うのかしら?千代子はとても感受性の高い強い心を持つ娘なのよ。そもそも変身だってファンレターに絵も描いてもらって感動してそれがきっかけだったんでしょう?ここの熱気に当てられて変身してしまうのも無理はないわ」
「では一体どうすれば良いのですか?」
国崎さんが不安そうに尋ねてくる。私もとても気になる。
「簡単よ。当てられて胸の中に溜まった熱気は吐き出してしまえばいいのよ」
おばあちゃんはにっこりと微笑む。
「千代子、おばあちゃんと一緒にレース見に行きましょう。今日のメインレース、ジャパンカップをね――」
「えっ――!?」
「さぁ、男共は立ち入り禁止だよっ!!散った!散った!!あんたたちも覗き見なんてするんじゃないわよっ!!」
お父さんと国崎さんをおばあちゃんが追い払い、心配そうに馬房から首を伸ばすボスとコタロウにも手でシッシッと追い払うジェスチャーをする。
私はおばあちゃんに連れられて出張馬房の事務所に来ている。窓は閉めて鍵を掛けてカーテンまで掛けていて入り口のドアには鍵ももちろん段ボールが貼られていて外からは完全に覗けなくなっていた。
「まったくポンコツエアコンだねぇ」とおばあちゃんがエアコンの操作をしてて部屋の中が少し暖まって来ている。
「じゃあ千代子、悪いけど人間の服に着替えて貰うよ。出来るわね?」
エアコンの操作をし終わったおばあちゃんが私の前に来る。手には鞄を持っている。
「うん、じゃあ脱ぐね」
首元にあるブローチに指を添えてそっと祈る。私の身に着けている服が光を帯びて次の瞬間にパンッと弾ける。するとそこには何も身に着けてない私の姿があった。
「本当に不思議な力だわね。この手のドレスは脱ぐのに時間と手間が掛かるのだけど、便利良いわね。一気に何もなくなるのは不便だけどね」
「うん……」
私はこの服を脱ぐ能力をあまり使いたくない。人間の裸はとても寒くて身体の調子が悪くなるし――。
――この姿、誰にも見せたくないな
不思議な気持ちになる。馬の時は服なんて着てない、だからこの裸の姿も馬の時と同じはずなのに――。
何故か人に見せたり、裸のまま外へ出たりしようと思わないのだ。おばあちゃんと、ちょっと恥ずかしいけどお父さんになら良いかな……。
「さぁ、ぼんやりしてないで風邪ひいてしまう前に着替えるわよ」
「うん」
私はおばあちゃんに言われて服を着る準備を始める。まずは下着と呼ばれる小さな服を身に着けて行く。人間は服を着るのに服の下に着る服を付けないといけないので不便だ。
下着を身に着け終わると次は洋服と呼ばれる服を身に着けて行く。おばあちゃんに丁寧に教えてもらい時には手伝ってもらって私は身に着けて行く。
「どうだい千代子?」
「うん、良いよ!ありがとうおばあちゃん」
綺麗な洋服に身を包んでおばあちゃんが用意した姿見と言う大きな鏡の前に立つと一人の少女が写っていた。
いつも着ている服と違ってゆったりとしていて動きやすい。腰回りは特注で作らせたそうで尻尾の付け根が圧迫されなくてとても楽だ。
「素敵な洋服をありがとう!」
「千代子に気に入って喜んでもらって何よりだよ」
おばあちゃんも満面な笑みを浮かべている。そうだお父さん達にも見せよう!そう思って私は駆けだそうとして――。
「ちょいお待ち」
「わひゃっ!?……なあに?おばあちゃん??」
おばあちゃんに腕を掴まれて引き留められる。ちょっとコケそうになりながらもおばあちゃんの方を向くと……。
「まだお化粧が済んでないでしょう?」
そう言ってもう一つの鞄から何か箱のような物を取り出す。箱の中には小さくて色んな形の瓶がいっぱい入っていたのであった。
「…………」
「…………」
「……おばあちゃん」
「まだ駄目よ。もう少しだから我慢しなさい」
「ううっ……」
私は今おばあちゃんに"オケショウ"と言う物をしてもらってる。髪を何度もドライヤーと呼ばれる温風の出る機械を当てられて櫛を何度も通して髪型を整えたあと、前髪を持ち上げてピンでとめて、顔に何やら液体や粉を塗られている。目元やまつ毛にも塗られたり撫でられたりとしてとてもくすぐったい。
「千代子は女の子なんだからおめかしをちゃんとしないと。目を閉じてないでちゃんと見て、覚えて一人で出来るようにならないといけないのよ?」
「ううっ、くすぐったいし、顔に塗ったりするの難しいよぉ……」
「大丈夫よ、すぐに出来るようになるわ。だって、あなたも前は一人でやっていたのよ?」
おばあちゃんがするよりも上手いくらいにね、そうどこか寂しそうに呟くおばあちゃん。人間だった頃の私はこんな事をしていたんだと思いながら目の前に置かれた"ケショウバコ"と呼ばれるケースを見つめる。私は全然思い出せないけど、おばあちゃんが言うにはこれは私が人間だった頃に実際に使っていた物で中に入ってる瓶や道具も人間時代の私が自分で選んで使っていた物だそうだ。
「唇にグロス引くわね。これで最後よ」
おばあちゃんが不思議な先が斜めになっている小さな短い棒のような物を持って私の唇にこすり付けるように塗っていく。気になって少し舐めて見るととても変な味がした。
「千代子、舐めちゃだめよ、折角引いたのが落ちてしまうでしょう?」
「ううっ……」
人間の女の子って大変なんだなと私はそう思うのだった。
「はい、完成よ」
結局、服を着る時間よりも多く時間がかかってお化粧が完成した。おばあちゃんに連れられてもう一度姿見に立ってみる。
「うーん、あんまり変化ないかなぁ?」
おばあちゃんにしっかりお化粧してもらったけど、変化がいまいち分からない。お化粧って意味あるのかなぁと疑問に思ってしまう。
「それは千代子の
おばあちゃんに言われて姿見に顔を近づけて見る。確かに普段よりも目元がぱっちりしていて唇の瑞々しさが増している……気がする。
「うーん……」
「人前に出る時は例え変化が少なくてもちゃんとおめかしはしないといけないのよ。大丈夫、見てる人はちゃんと見てるわ」
おばあちゃんにそう言われて、そうなのかなと何とか自分を納得させてみるのだった。
「おおっ……」
「千代子お嬢様、一段とお美しくなりましたね」
事務所から出るとお父さんと国崎さんが出迎えてくれた。私の姿を見ると感嘆の声を上げる。
「え?お化粧したの分かるの?」
「ああ、分かるぞ。いつもも可愛いが、おめかしすると一段と可愛いな」
「ええ、とてもお似合いですよ千代子お嬢様」
お父さんと国崎さんに褒められてすごくうれしくなる。気づいてもらえてとても嬉しい!!
「ほら、ちゃんと男どもは見ているでしょう?おめかしした甲斐あったわね」
「うん!!……あっ!ボスとコタロウにも見せてくるねっ!」
私は嬉しくて燥ぎながら馬房に居るボス達の方へ走っていく。
『ボス!コタロウ!私、お化粧してみたの?どうかなっ??洋服に合ってるかな??』
ボス達の前でクルリと回ってみる。
『洋服も似合ってる。化粧は必要ないかと思ったが十分あってるな。良いぞチョコ』
『ありがとう!ボス!!』
『うーん、俺は違いが良く分からないや。でも可愛いよチョコ!』
『コタロウもありがとう。お化粧はあまり変化ないかな?』
『チョコ、気にするな。コタロウは化粧が理解できてないからな。これは人間世界と人間の女を良く知らないと理解は難しいからな』
『なんだよっ!理解できなくて悪いのかよっ!!チョコッ!!チョコッ!!俺はチョコの事一番理解してるからなっ!!』
『うん、うん。大丈夫、心配しないで、分かっているよコタロウ』
そんな感じでボスとコタロウと楽しくお話してるとおばあちゃんがやって来た。
「千代子、ブルドッグたちに見せて良かったかい?」
「うん、ボスもコタロウもとても似合ってて可愛いって言ってくれたの!」
「そうかい、そうかい、それはよかったわね。じゃあそろそろ時間だし、行くわよ」
「うん!……じゃあ、お父さん、国崎さん、『ボス、コタロウ、行ってきます!」』
皆に見送られて、私はおばあちゃんに連れられて出張馬房を出て、競馬場へと向かうのであった――。
(つづく)