変身!!転生架空馬 チョコエクレール!!   作:よみびとしらず

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チョコちゃん、おばあちゃんの自宅へ突撃の巻き。

インフルエンザ予防接種の副作用による謎ブーストが切れてしまって後半から終わり辺りがちょっと文章の雰囲気が変わっているかもしれませんが気にせず読んで頂けると幸いです。どうしても気になる事がありましたら感想欄若しくは活動報告の方へ書いて頂けると助かります。





第5話 「おばあちゃん」

 

 暫く道路を走ると急に大きな建物や眩しい色とりどりの灯りが減り、静かな街が現れた。先程まで溢れるほどいっぱい居た車や通行人もここには居ない。

 

 まるで東京の中にぽっかりと開いた穴のようだ。

 

 「お父さん、この街静かだね」

 

 「ここは田園調布と言って昔からお金持ちが住む街なんだ。賑やかで眩しいのが苦手な人が住む静かな場所なんだ」

 

 「ここにおばあちゃんの家があるの?」

 

 「そうだ、湯原オーナーはこの町に住んでるんだ。――、ほら見えて来たぞ、あそこだ」

 

 お父さんが指をさすと道を進んだ先に大きな白い壁が見えて来た。

 やがてその白い大きな壁の前に来るとお父さんは車を停めてドアを開けて外へ出る。私も慌ててドアを開けて外へと出た。

 秋の夜空の澄んだ空気が、遠くにかすかに聞こえる東京の喧騒が心地よい。

 

 お父さんと一緒に白い壁に出来てる大きな金属製の門の前に来た。門にはプレートが貼ってあり金色の文字で【YUHARA】と書かれていた。

 

 「千代子、どうだ。何か思い出したか?」

 

 お父さんに問いかけられ、私は今一度辺りを見回すが何も感じる物は無かった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 私が首を横に振ると、「そうか」と一言呟き、お父さんは門に手を掛けるとゆっくりと引く。

 すると鈍い金属の軋み音と共に門が空いたのであった。

 

 「義母さん、門に施錠をしてないのか?不用心だな……」

 

 そう呟きながらお父さんが中へと入っていく。私も慌ててついていく。

 門を潜れば広い庭が広がっていてその先に同じく白い壁の大きなお屋敷のような家が現れた。

 

 「すごい、これがおばあちゃんの家……?」

 

 「そうだ、ここが義母さんの住む家であり、千代子、お前も住んでいた家だ」

 

 「私が……住んでいた家……」

 

 「何か思い出したことはあるか?」

 

 「ううん……」

 

 「そうか……なら先へ行こう」

 

 そう言って石畳の通路を歩いて行くお父さんの後をついていく。

 玄関の前まで来ると大きな木製の頑丈そうなドアがある。お父さんが徐にドアノブを引くが「ガタンッ」と音がするだけでドアが開くことは無かった。

 

 「さすがに玄関には施錠してあるか。インターホンは……さすがにこの時間だ、義母さんはもう就寝してるだろうから起こすわけにはいかないしな……」

 

 お父さんがキョロキョロと周囲を見渡している。私はそんなお父さんの脇をすり抜けてまるで吸い寄せられるようにドアに近づく。私がドアノブにそっと手を掛けて引くと「カチャ……」と軽い音がして玄関のドアが開いたのだ。

 

 「お、お父さん……開いちゃった」

 

 「千代子!?お前どうやって開けたんだ!?」

 

 「わからない……ただ普通にドアノブを引いただけなのに……」

 

 重く分厚い木製のドアを開け中を覗くと真っ暗な広い空間が広がる。

 

 「真っ暗だね……」

 

 「ああ、さすがに今は義母さん一人しか住んでないからな」

 

 そう言って何気なく私は足を一歩踏み入れた――、その瞬間だった。

 

 

――ドクンッッ!!

 

 「えっ――!?」

 

 真っ暗だった玄関ホールが眩しいくらい明るくなった

 

 「千代子……?おい、どうした千代子!?」

 

 真後ろに居たはずのお父さんの声が何故か遠い。

 

 だってお父さんはここには居ないんだもの。

 

 「お帰りなさいませ!千代子お嬢様」

 

 目の前に知らない女性が現れる。この家の人だろうか?

 

 帰宅した私を家政婦の三原さんが出迎えてくれる。

 

 「ただいま、三原さん。晩御飯は出来てるの?」

 

 私の身体が――、私の口が――、まるで自然な感じで動き言葉を発する。

 

 「千代子?、どうした千代子!?何が見えるんだ?何が起きてるんだっ!?」

 

 私は目の前に女性へと腕を伸ばす。その腕にはいつの間に脱いでいた作業着があった。

 

 着ていた春物のコートを脱いで三原さんに手渡す。

 

 その腕に見える服の袖は見知らぬ洋服の袖だった――。

 

 大好きなお父さんが似合っていると褒めてくれたお母さんの洋服を仕立て直した私の宝物だ。

 

 私は何もない空中へ作業着を放るとそのまま床へと上がっていく。

 

 「千代子お嬢様、お夕飯が出来ています。大広間へどうぞ、大奥様がお待ちになっていますよ」

 

 三原さんのその言葉を聞くと心がスゥーッと冷えて重たくなっていく。

 

 「三原さん、ごめんなさい。今お腹空いてないの。だから後で一人で食べるから。おばあちゃんにもそう伝えて」

 

 何か言おうとしてる三原さんを振り切って私は部屋へと戻る。

 

 「部屋に戻る……。私の部屋へ……」

 

 「千代子!?……大丈夫なのか千代子!?」

 

 私の肩を掴んで揺するお父さん構わずに私は廊下を歩く。私は知ってる――、この先どう進めばいいのか――。

 

 真っ暗闇の静まり返った家の中を私は歩く。暗くて見えないはずなのに、私の瞳には煌々と室内灯が辺りを照らしていた。

 

 長い廊下を歩き、階段を上り、また少し廊下を歩くと一つの部屋のドアの前に来た。

 

 「千代子……ここがお前の部屋なのか」

 

 「うん……」

 

 私は慣れた手つきでドアを開けて部屋に入る。真っ暗闇の中、視線も意識も向ける事無く、腕を伸ばし部屋の灯りのスイッチに触れる。

 

 パチパチと1回2回と点滅して部屋に明かりが灯る。

 

 部屋の中はあの日のままの状態であった。

 

 目の前に人間の女の子の部屋が広がる。初めて見る部屋なのに私はこの部屋を知っている。

 

 ベッド、机、本棚、化粧台、クローゼット。

 

 机の上には写真が置かれていた。写っているのは人間時代の私の写真。ウマ耳の生えてない髪の色も瞳の色も今とは少し違うもう一人の私。

 

 「懐かしいな、高校入学式の時の千代子の写真だ」

 

 隣に来たお父さんが懐かしそうな顔をしていた。

 

 机の棚には本がたくさん置いてあった。お父さんが言うには高校の教科書や大学で使う教科書らしい。すると棚の一部分が不自然に空いてることに気づいた。

 ふと机の脇を見ると何かが置いてあり上から布がかぶせてあった。めくるとそこには競馬に関する本がたくさんあった。

 

 「義母さん、千代子が持っていた競馬関係の本、処分するつもりだったんだな」

 

 きつく縛ってあった紐をウマ娘の力で引き千切ると、色んな本が出て来た。競馬雑誌、美浦トレセンのパンフレット、JRAの競馬騎手の教本、厩務員過程の教本、競馬学校の資料や教本、乗馬の教本に馬に関する獣医学の本……。私はその本達をぎゅっと抱きしめるのであった。

 

 これは私の宝物、おばあちゃんなんかに絶対に捨てさせない。

 

 「千代子……」

 

 お父さんの声ではっとなる。そうだ、今日ここへ来たのは服を取りに来たのだった。

 

 タンスとクローゼットを開ければ沢山の服があった。人間時代の私はかなりお洒落さんだったらしい。

 だって大好きなお父さんが喜んでくれるから。

 

 何着か取り出して、お父さんの前で披露してみる。着替える時間が無いのでハンガーに掛かったままの状態で身体の上に合わせて重ねてみるだけだけど。

 お父さんはとても喜んでくれて「似合ってる、似合ってるよ、千代子」と褒めてくれたのであった。

 

 クローゼットの下から大きな旅行鞄を引っ張り出すと、お父さんが特に気に入ってくれた秋・冬物の服を詰めていく。

 お父さんは本当に持っていくのかと戸惑っていたけど、これは私の物だ。私が持っていてなにがおかしのだろうか?

 

 クローゼットからもう一つ、高校時代のスクールバッグが出てきたのでそれに競馬関係の本を詰め込んでいく。これから走るレース数々、これを見て勉強しよう。

 

 パンパンに膨れた鞄を軽々抱きかかえてお父さんと部屋を出て階段を降りる。そろそろ帰らないといけない時間だからだ。

 

 玄関まで来たところで、ふと、廊下の後を振り返る。真っ暗闇の1階の廊下の最奥、そこから――。

 

 

 「おばあちゃん……?」

 

 「千代子……どうした?」

 

 持っていた鞄を床に置き、まるで何かに導かれるように私は廊下を奥へと進んで行く。やがて突き当りに大きな引き戸があり、開けると広い畳の部屋が広がる。

 

 その奥、床の間と呼ばれるところの前に一組の布団が敷いていて誰が寝ていた。私はそこへゆっくりと近づいて行く。そこには一人の老婆が寝ていた。

 

 「おばあちゃん……?」

 

 枕元へ座り顔を覗き込むと確かに昼間、厩舎で見かけた湯原オーナーがそこに居た。あの時、私達を汚いモノ扱いした人とは思えないくらい穏やか表情を浮かべていて。

 

 「千代子……」

 

 すぐ後ろにお父さんが来ていた。

 

 「お父さん、この人が……私のおばあちゃんなの?」

 

 「そうだ……お前の、御手洗千代子の祖母だ。そしてチョコエクレールの馬主でもある人だ」

 

 「この人が……私の……おばあちゃん、なんだ……」

 

 正直、お父さんに言われてもピンとこなかった。人間時代を思い出そうとしてもまだ大半が霞が掛かったようにぼやけていて……でもこの人の顔を見てると何故かとても懐かしい感じがして――。

 

 

 「おばあちゃん……」

 

 

 そう呟いた時だった。

 

 「――ッ!!!」

 

 「――!?」

 

 突然、寝ていたはずの湯原オーナーが目をカッと見開く。私が驚いて動けず固まって居ると、オーナーが目をゆっくりと動かして辺りを見渡すと私と目が合って止まる。

 

 

 「ちよこ……??千代子……千代子っっ!!!

 

 「わっ!わぁっ!?」

 

 突然、おばあちゃんが起き上がったと思うとものすごい力で抱きしめられた。抜け出そうと藻掻こうとするが身動きできないくらい強い力で――。

 

 「千代子っ!!千代子っ!!!!ああああああああ、本当に千代子が帰って来たわ!!!生きてる千代子が!!!!偽物でも夢の幻でもない!!!温かい!!!生きてる温もりを感じられる本物の千代子がっっ!!!心臓の音が、息をしてる呼吸の音がしてる本物の生きてる千代子だわっ!!!警察の安置所の固く冷たくなった千代子じゃない!!!本当に生きてる千代子が帰って来たわっ!!!あああああああああ、ありがとうございます!ありがとうごます!!三女神様!!三女神様ありがとうございます!!!千代子を生き返らせてくれて!!!生きてる千代子を私の元へ返してくださって!!!本当にありがとうございますっ!!!ああああああああああ~~!!!!」

 

 わんわんと大声で泣きじゃくりながら私にしがみ付くオーナー。困った私はまず落ち着かせようと努めて冷静にゆっくりと丁寧に声を掛けることにした。

 

 「あ、あの、落ち着いて。落ち着いてください、()()()()()()()

 

 すると、さっきまで大声で泣きじゃくっていたのがピタリと止み、震えながら湯原オーナーは顔を上げた。

 

 「ち、千代子……な、なにを言ってるんだい。そんな他人行儀――、まるで競馬村の連中みたいな言い方するの………おねがい、おばあちゃんって、おばあちゃんって呼んで……、おねがい、和子おばあちゃんって呼んで頂戴……」

 

 震えながら私の身体を抱きしめていた両腕を持ち上げ私の顔を、髪の毛を、頭を撫でようする湯原オーナーさん。でも私の顔を両手で抱きしめるように撫でようとしてその手の動きが止まる。

 

 「ち、千代子……ど、どうしたんだい、耳が…耳が無いじゃないか……!!そ、それに……これは何だい??この頭に生えてるこれは何だいっっ??」

 

 湯原オーナーの片手が私の側頭部――、()()()()()()()()()()()()()を強く何度も押さえて触り、もう片方の手は()()()()()を強く握って掴んでいた。

 

 「い、痛い、耳が痛いです!!離してくださいっ」

 

 「耳って……あんたこれ動物の耳じゃないか!?これはまるで――」

 

 私が痛くて呻くと、湯原オーナーは何かを言おうとして――、その瞬間、部屋に電気がついて周囲が眩しい位明るくなる。

 視線を向けるとお父さんが部屋の照明のスイッチのある所に立っていた。

 

 「義母さん――」

 

 「秀夫………あんた、ここで何してるんだい!!!誰が入って良いと言った!!!誰が家の敷居を跨いでいいと言った!!!!あんたなんかをうちに入れる事も近づける事さえ許可した覚えはないわよっ!!!今すぐ出ていけ――」

 

 「お義母さん!!!」

 

 お父さんがひときわ大きな声で叫ぶ。思わず私と湯原オーナーはびっくりして動きが止まってしまう。

 

 「なぁ、義母さん、聞いてくれ。そこに居るのは――、今あんたが抱きしめてるのは本当に本物の生きてる千代子だ。あんたのたった一人の最愛の孫娘で俺の愛娘の御手洗千代子だ。千代子は帰って来てくれた、生きて返って来てくれた。――ただし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「嘘よっ!!!」

 

 「嘘じゃないっ!!!!なぁ、義母さん。千代子な、俺達に――、俺達にもう一度会いたくて、会いたくて、馬になってまで帰って来てくれたんだぞ!!!それを……それを、あんたは二度も殺そうとした!!!」

 

 「――っ!!」

 

 「――!?」

 

 えっ、そんな事があったの……?私は驚きながらも湯原オーナーの方を見つめると、青ざめた顔で震えていた。

 

 「一度目は、千代子が居た生産牧場の「沼瀬牧場」を地上げするために暴力団(ヤクザ)嗾けて潰した時、あんたあそこにいた馬全部、殺処分したらしいな。奇跡的にチョコとコタロウだけ生き残っててあんたが引き取ったそうじゃないか」

 

 お父さんから衝撃な事実を明かされる。

 

 『チョコ、憶えてないの?アイツ、俺達が生まれて住んでた牧場()をメチャクチャに壊したあげく俺とチョコを連れ去った悪い奴なんだよ!』

 

 あの時コタロウが言った言葉が蘇る……。あれほんとうだったんだ。じゃあ、馬の私を産んでくれた今生の馬のお父さんとお母さんは……もう――、この世に居ないんだ……。

 

 「二度目は、9月の未勝利戦。なぁ、義母さん。あんたレース当日の朝、新潟の出張馬房へ電話かけて来て電話口で俺に確かこう言っただろう?『今日のレースでチョコエクレール号が勝てなかったら、もう美浦には連れて帰る必要は無いと。地元に知り合いの食肉業者が居るから、そこが引き取って処分する』とな!!あんたな、千代子が稍重のダートを泥を被りながら死ぬ物狂いで1800mもの距離をまさに命賭けて走ってギリギリハナ差で勝てたからよかったけどな、もしも――、もしも千代子の鼻があと数センチ後ろだったら――、もうこの世に千代子は居なかったんだぞ!!生きてなかったんだぞ!!俺達の為に馬になってまで生き返って来てくれたのにっ!!もう一度殺される羽目になっていたんだぞ!!よりにもよって唯一の肉親で家族の祖母であるあんたの手によってなっっ!!!!」

 

 お父さんから明かされるもう一つの衝撃の事実、私、あのレースで勝てなかったら生きてなかったの?お父さんたちに会えなかったの……?ボスが言ってた『二度と会えなくなる』ってこの意味だったの……??

 

 「そんな……そんな……嘘よ……そんなの嘘よ。嘘に決まってるわっ!!!ねぇ、千代子、嘘よね……」

 

 まるで最後の希望に縋ろうと、目に涙を浮かべて見つめて来る湯原オーナー(おばあちゃん)。それを見下ろしながら私は努めて冷静に答える。

 

 

 「私はあなたの愛馬、チョコエクレール号ですよ?湯原オーナー(おばあちゃん)

 

 

 「いや……嫌!嫌っ!嫌っ!嫌っ!嫌ッ!!嫌ぁあああああああああああああ!!!!どうしてっ!!!どうしてっ!!!どうして千代子がこんな目に遭うの!!!どうして千代子が畜生道なんかに堕とされるのっ!!!神様っ!!!千代子が何をしたって言うですかぁ!!!!」

 

 錯乱したように泣き叫ぶ湯原オーナー(おばあちゃん)を私は抱きしめる。

 確かにこの人にはひどい仕打ちをされたかもしれない、人間の頃の記憶が完全に戻ってないからこの人の事よく知らない。

 

 でも不思議と憎しみは感じなかった。むしろ懐かしい感じがした。お父さんとの時と同じだ。

 

 

 ――おばあちゃん。

 

 

 なんてしっくりくるんだろう。きっと本当にこの人は私の、御手洗千代子のおばあちゃんだって、そう感じる。

 おばあちゃんが泣き止むまで私は抱きしめ背中を撫で続けた。

 

 

 

 

 泣き止んだおばあちゃんはゆっくりとお話をしてくれた。

 

 私を喪ったあと後、自暴自棄になった事。大病に罹り身体を壊して倒れ救急搬送され入院して地獄のような苦しみを味わい死の挟間を彷徨っていたことを。その時不思議な存在に出会ったことを。

 

 「バトウカンノンさま?」

 

 「そう、馬頭観音様よ」

 

 おばあちゃんが視線を向けると、床の間と呼ばれる部分に大きな木の像が一体置いてあった。不思議な形をしてて、人間みたいだけど私みたいにウマ耳が生えてて、頭に顔が3つ身体には腕が6本もある怖そうな表情の人物像だった。

 

 「この人が夢の中でおばあちゃんに声を掛けてきたの?」

 

 「ええそうよ。夢の中で馬頭観音様は三女神と名乗っていたわ。三女神様は『心入れ替え、二度と酷い金儲けをしないと誓うならあなたの命を助け、最愛の孫娘にもう一度会わせてあげます』『これから貴女は三頭の競走馬に出会います。その馬達をたとえ勝てなくても最後まで馬主として支えなさい。すれば願いは叶うでしょう』と言ったの」

 「最初は、夢だと思った。妄想だと思った。でも目が覚めて身体がおかしい事に気づいたの、すぐに検査を掛けたら体中から癌細胞がすべて消えてたの。全身に転移しててもう抗がん剤も効かず手術も出来ないって、余命3ヶ月と言われたのに、精密検査後にすぐに退院出来たわ。そのあと女神様の言う通りにして過ごしていたら競走馬3頭と出会ったの。その時思ったわ、これは夢でも何でもない本当の事なんだと!!」

 

 「だったら、義母さん!何であんな千代子たちを酷使するような事を言ったんだ!!使い捨てるような事を言ったんだ!!!金の為なら馬が潰れて一向にかまわないなんて!!」

 

 「信じられなくなってたのよぉっ!!!」

 

 おばあちゃんが震えながら叫ぶ。

 

 「女神様……観音様の言う通り、心を入れ替えたわ!!!若い衆(ヤクザ)とも付き合いを切ったわ!!事業を整理して地上げ屋家業は畳んだわ!!!知人が資金繰りで困ってサラブレッドオークションに出して買い手が付かなかったブルドッグヘッドを値切らず希望価格で購入して!!!処分されかけていたチョコエクレールとコタロウを引き取って、2頭が居た牧場も買い戻したわ!!!売却先の先方に何度も頭下げて、違約金と迷惑料に市場価格の数倍の土地の値段を吹っ掛けれれても文句言わずに!!!潰れかけてた秀夫の厩舎に3頭を預け、預託料と厩舎が維持できるように運営資金もいっぱい出したわ!!!」

 

 でも……でも……、とおばあちゃんは言葉を震わせる。

 

「1年経っても、2年経っても、3年経っても、千代子は帰ってこなかった!!!私の前に現れなかったの!!!ただ、いたずらに時間だけが過ぎ、お金を浪費し恐ろしい勢いで目減りしていく預金に……耐えられなかったのよ!!!だから信じれなくなったの……やっぱりあれはただの夢で……私は騙されていたんだと!!!」

 

 おばあちゃんは叫んだあと、私を見つめる。

 

「でも違ってなかった。間違っていたのは私だわ……。千代子はちゃんとこうして帰っててくれていたのに、私のそばに居てくれたのに、私はそれに気づかず、とんでもない過ちを犯そうとしていたの……」

 

 おばあちゃんが縋り付いてくる。

 

 「千代子……許しておくれ、許しておくれ……許しておくれよ……」

 

 私にしがみ付いてひたすら謝罪するおばあちゃん。

 

 「おばあちゃん……私はおばあちゃんを恨んでないよ。許すも許さないもない、おばあちゃんは私の大事な人だよ……」

 

 「ちよこ……あぁぁああああ……千代子ぉぉぉ………」

 

 私の胸に顔を埋めて泣きじゃくるおばあちゃんをもう一度優しく抱きしめて私は背中を撫で続けていた。

 この人には酷いことをされたかもしれない。私達が住んでいた家を壊され、顔も知らない馬のお父さんとお母さんを奪われ、モノの様に扱われたかもしれない。殺されそうになったかもしれない。

 でも、でも――、恨むことなど出来なかった。憎むことが出来なかった。ただただ、もう一度会えたことが嬉しかった。

 

 「千代子……ねぇお願い。ずっとそばに居て、おばあちゃんのそばに居て。もうどこにも行かないで。走らなくても良い、レースなんて出なくていい。馬小屋じゃなくてずっとこの家に居て――、欲しい物なら何でもあげるから――、おばあちゃんのそばに居て……お願い……お願いよ……」

 

 「おばあちゃん……」

 

 おばあちゃんが私に囁いてくる、レースに出なくても良い、もう走らなくても良い。なんて甘い響きだろうか……このお屋敷の広い庭なら馬の姿でも生活は出来る……でも――。

 

 「おばあちゃん、ごめん。それは出来ない、だっては私――」

 

 

 

――ドクンッ!!

 

 

 

 心と身体に大きな衝動が走る。私の身体が光を帯び始め、周囲を光の粒子が舞う。

 

 「お、お父さん――っ!!」

 

 「しまったっ!時間か!?」

 

 気が付いたら午前四時(タイムリミット)を迎えようとしていた。どんどん私が纏う光の強さが増し始め部屋を明るく照らし始める。

 

 「だっだめっ!!お、おばあちゃん!!私から離れて!!!」

 

 「嫌ッ!!嫌ッ!!絶対に嫌ぁっ!!!千代子!!千代子っっ!!!」

 

 このままだと馬の姿に戻った時におばあちゃんを押しつぶしてしまう!!必死におばあちゃんを引き剥がそうとするけど中々離れてくれない

 

 「お、お父さんっ!!」

 

 「千代子!……か、義母さんっ!!早く千代子から離れるんだっ!!!」

 

 「嫌ッ!!嫌ッ!!お願い!!その姿で居て!!馬なんかに!!畜生にならないでっ!!!待ってっ!!おばあちゃんを置いて行かないでっ!!」

 

 お父さんが駆け付けおばあちゃんを引き離そうとするけど、全然離れてくれない。もう手足の感覚が変わり始めてる。纏う光の輝きは私の視界を覆いつくそうとしてる。

 

 「おばあちゃん!!だめっ!!おばあちゃぁぁん!!!!」

 

 「ちよこぉぉ!!!いやぁあああっ!!!ちよこぉぉおおお!!!」

 

 

 光が私を飲み込むのとお父さんがおばあちゃんを私から引き剥がすのはほぼ同時だった――。

 

 

 ……………。

 

 私を呆然と見上げ泣き腫らした顔を向けるおばあちゃんを私は随分と高くなった視線で見下ろしていた。

 

 「そんな……千代子……あんた……本当に……その姿になっちまったのかい……?」

 

 おばあちゃんの震える手が私の蹄を――、黒鹿毛色の前脚を、ゆっくりと撫でて行く。その手は随分小さく感じた。

 

 「義母さん、これでわかっただろう。千代子は……生まれ変わったんだよ……あんたの愛馬としてな……」

 

 ――おばあちゃん。

 

 大好きなお祖母ちゃんを呼びたかったけど、もうその6文字を言葉に乗せて喉を鳴らして口から出す事は出来なくて――。

 

 「ブルブルブヒュヒュン……」

 

 鼻を震わして小さく嘶く事しか出来なかった。

 

 「千代子……ごめんね……ごめんね……」

 

 おばあちゃんが精いっぱい背伸びをして両手を伸ばしてくる。私は首をそっと下げてそれを受け入れる。

 

 ごめんね――、ありがとね――、その言葉をただひたすら繰り返して、私にしがみ付くおばあちゃん。

 

 私はその頬を濡らす涙を拭きとるように何度も顔を寄せるのであった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後は本当に大変だった。

 おばあちゃんの家へ大勢の人間が押し寄せて来て、おばあちゃんとお父さんは取り囲まれてしまい、私はそんな二人から引き離されてJRAの馬運車乗せられて連れ去られた。

 もしかして、人間に変身する事がばれてどこかの研究所でバラバラされるのかと不安になったけど、馬運車から降ろされて見慣れた美浦トレセンの風景が視界に入ってきた時には一安心した。

 このまま厩舎に戻れるのかなと思ったら検疫厩舎と呼ばれる隔離施設に入れられ、暫く診療所と検疫厩舎を往復し、毎日知らない人に馬体の隅々を触られ見られる日々が続いた。

 お父さんやおばあちゃん、そして国崎さんやボスやコタロウに会えない日が続いて、お父さん達以外の人間達に馬体を見られ触られるのが何日も続いたのがとても辛かった。

 私がヒィンヒィン啼き、前搔きをするようになってから少ししてお父さんと国崎さんが迎えに来てくれ、私は厩舎に戻る事が出来た。

 厩舎への帰り道はお父さんに何度も何度も甘えて擦り寄ってしまい、涎と涙でベトベトにしてしまった。

 厩舎に帰るとボスとコタロウがとても心配して待っていてくれて、ふたりから無茶はしないようにときつく言われてしまった。

 よく見るとお父さんと国崎さんも少し窶れていてみんなに迷惑かけてしまったんだなと思いとても申し訳なく思うのだった。

 

 

 そして今日は、いよいよ久しぶりに調教に出る日だ。

 お父さんに馬具を着けて貰っていると、厩舎の入り口で物音がした。

 

 「お、オーナー!?」

 

 お父さんが驚く声が聞こえたので、私が首を伸ばすと厩舎に入り口におばあちゃん――湯原オーナーが居た。

 

 「ど、どうされたんです?こんな朝早くから……」

 

 「おや?自分の愛馬を見に来ちゃいけないのかい?こんなに可愛い孫たちが朝早くから頑張るんだから、応援したくなるんだよ」

 

 戸惑う国崎さんに構わずにおばあちゃんは厩舎へと足を踏み入れる。汚い、獣臭い、あれだけ不愉快な顔を浮かべていたおばあちゃんが、綺麗な高級ブランド靴が汚れるのも気にせず。

 

 『おいっ!!鬼ババア!!何しに来たんだよっ!!帰れっ!!帰れっ!!』

 

 案の定コタロウが怒り、暴れながら威嚇をする。だけどおばあちゃんは怯むことも笑顔を崩す事無くコタロウへ近づく。

 

 「おっ、オーナーっ!いけません!危険です!!」

 

 「あら、国崎さん。私の心配をしてくださるの?大丈夫よ、こんな元気溢れる仔の扱いは慣れてるのよ」

 

 心配する国崎さんをしり目におばあちゃんはコタロウのすぐ前に立つ。

 

 『鬼ババアっ!!俺を舐めやがってっ!!踏み潰してやるっ!!手を出してみろっ!腕ごと食いちぎってやるからなっ!!!』

 

 吠えながら激しく頭を振るコタロウ。しかし、おばあちゃんがタイミングよく伸ばした腕に顔を掴まれるととたん動くを止めてしまう。

 

 「ほら、良い子だから……ほら、ほら……。本当にアンタにはきつく当たってごめんよ……ごめんよ……。アンタは真面目に一生懸命走っていたのにね……おばあちゃんが悪かったら……許しておくれよ……ねっ?」

 

 『ううっ……なんだよぅ……どうしたんだよぅ……こんなの鬼ババアじゃないよぉ……やめろよぉ……』

 

 おばあちゃんが優しく声を掛けながら撫で続けるとすっかり毒を抜かれたようにコタロウは大人しくなってしまう。

 

 すっかりおばあちゃんに従順になり何度も優しく撫でられされるがままのコタロウ。十分に投げ終わるとおばあちゃんはコタロウから離れてボスのとこに行く。

 

 「ブルドッグ……アンタにも迷惑かけたね……、ごめんよ、ごめんよ……。可愛い弟達を頼んだよ……、アンタが一番年上のお兄さんなんだから……」

 

 『フンっ、心配するな、コタロウとチョコは俺がしっかり面倒見て守ってやるからな』

 

 おばあちゃんに撫でられながらボスはフンスッと鼻を鳴らす。そう言えばボスはあんまりおばあちゃんに対して以前から反抗的な態度取ったりしてないけどどうしてなんだろうか?

 

 

 「千代子……」

 

 考え事をしていたらいつの間にかおばあちゃんが私の前に来ていた。おばあちゃんが撫でやすいように首を少し下げて前へ伸ばす。すると優しい手が伸びて来て私の顔をゆっくりと撫でて行く。

 

 「千代子……がんばるのよ……頑張って……無事に帰ってくるのよ。おばあちゃん……何時でも待っているからね」

 

 『おばあちゃん……』

 

 おばあちゃんの優しい暖かい手に撫でられてるととても馬体が熱を帯びて力が湧いてくる……とても嬉しい。

 

 「オーナー……申し訳ありません。そろそろ調教馬場へ行きますので」

 

 後ろに来たお父さんに声を掛けられておばあちゃんが名残惜しそうに私から離れる。

 

 

 「さあ、みんな、しっかり走ってくるのよ!」

 

 おばあちゃんの掛け声で私達は厩舎を出て調教馬場へと脚を進めて行く。

 

 顔に当たる朝日の暖かさと、後ろから伝わってくる見送るおばあちゃんの優しい視線を感じながら私は行くのであった――。

 

 

 

 (おわり)

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