ポケットモンスター 〜THE LEGEND OF SAGA〜 REMAKE 作:虎武士
「うわあああああぁぁぁぁ!!」
荒れ果てた荒野に響く叫び声。
その主である少年は汗を全身から滴りながら走り、決死の表情で迫り来る
恐怖、憔悴、孤独。
それらの感情を表に出て彼は──サトシは必死に駆け出していく。
背後の岩壁から破砕音が響くと岩壁が崩れ、砂煙から幾つかの影が飛び出す。
「イワァァァク!」
「サァァァイ!」
「サァァァンド!」
「ゴロォォォ!」
「ダグダグゥゥゥ!」
イワーク、サイドン、サンドパン、ゴローニャ、ダグトリオ。
カントーを代表する岩・地面タイプのポケモン達の群れがサトシを追い掛け回し、苛立ちを含んだ咆哮を上げていく。
「た…! た、助け、助けてくれええええ!!」
この危機的状況に流石に耐えられないと助けを請うも、近くの高所から叱咤する声が響く。
「逃げるなァァア! 他者に頼る事は許さん! 己の力のみでこの状況を乗り越えてみせろォ!!」
厳しく激しい激励とも取れる声に泣きそうになりながらサトシは走る、イワーク達は相変わらず走り続ける彼を追い立てる。
「ピカピ……」
「サトシ……」
「お、恐ろしい光景だなぁ……」
別の高所でカスミとタケシ、ピカチュウが冷や冷やと心配そうな声音で引いていた。
「いや〜〜……
「だが……奴が自ら所望した事、我々はその末を見届けるしかあるまい」
タツキとトウマもその光景を見届ける。
どうしてこの様になった経緯──前日の夜の出来事が四人と一匹の脳裏で回想される。
ヤマブキシティのポケモンセンター。
タツキとトウマによるカルナヴァルの公式バトルの後、彼等のポケモンの回復にサトシ達は同伴した。
勿論あのカウボーイ風の初老の男性──イシオも一緒である。
「さて……改めて自己紹介するとしよう」
テーブルにてイシオはベストの胸ポケットからある物を取り出す、それを見てサトシ達は驚く。
『け……警察手帳!?』
「私はイシオ。こんな風体だが──国際警察・カントー地方警察署に配属する捜査官だ」
目の前の御仁の正体に一同が驚く一方、イシオは警察手帳を胸ポケットに納める。
「サトシ君。君の事はハンサムから良く聞いているよ」
「え……ハンサムさんから?」
「シンオウ地方でギンガ団、イッシュ地方でプラズマ団の逮捕に協力してくれたと彼は言っていた。他にも君はカロス地方でのフレア団逮捕、アローラ地方にて光を取り戻し、ガラル地方にてブラックナイトことムゲンダイナの封印と大挙を成し遂げている」
ムゲンダイナに関しては、マスターズエイトの決勝戦の最中に現れたと聞いているも、被害を出すことなくガラル粒子を放出して飛び去ったと聞く。
「それでイシオさん、わざわざ変装までして何か事件でも起こったんですか?」
「………それ以上は語れない。此方も職業なのでね、部外者に詳細を話せない」
妙にはぐらかされたが、気にすることなく話は進む。
「んで? 何の為にオレらに接触してきたんスか?」
「少し君達の様子を伺っていたんだ。其方の二人のポケモンバトルを見物する中、サトシ君の思い詰めた様子が気になってね」
つまり自分の様子を見られていた、複雑そうな様子でサトシはイシオから視線を逸らす。
「……何があったかは詮索はしない。だが──君はこのままでいいのか?」
「……いいわけがない。でも──どうすればいいのかわからない」
思ったよりも思い詰めている、だがサトシ自身の変わりたいと言う思いは伝わってくる。
「ならば私が試練を与えるとしよう──恐怖を克服する為の」
サトシは彼に視線を向ける。もしそうなれば願ったり叶ったり、万が一の可能性に賭けてサトシは決断した。
「……やります。俺……やります! このままじゃ俺、今まで旅してきた仲間やクラスメイト、ライバル達に顔向け出来ない!」
いつまでも野生のポケモンさえ触れないとあっては、トレーナーとしての人生の支障に関わる。
まさにこれは最後のチャンスとも言えよう。
「……いいだろう。その心意気と覚悟、確と受け取った」
「イシオさん……! ありがとうございます!」
「では明日から始めるとしよう……だが、その条件として──モンスターボールを一つ残らず持参しない事だ」
『!?』
突然の提示にサトシ以外の面々は驚き、懐疑的となってイシオを見つめる。
「この街の北側から30km先に大きな岩山がある、その山中において試練を行う」
「そ、そんな! モンスターボールを、ポケモンを持たずにだなんて! そんなの自殺行為ですよ! ましてやサトシは病人──」
「問答は許さん!!」
イシオの叱責が飛び、一同は反論が出来なかった。
サトシ自身言いたい事はあったが、皮肉にもポケモンに触れないこの状態ならば条件を満たしている。
「大丈夫だよ、皆。俺……何とか乗り越えてみせる──否、絶対乗り越えてやる…!!」
「良い返事だ…!」
イシオは厳格な表情に笑みを浮かべ、少年の熱意を了承したと受け取った。
「────と、言うのがこのド厳しい試練までの経緯なんだわ」
「誰に語っているのだ、誰に」
「なんかそう言いたくなった気分だっただけ」
何やら軽いコントをやっているタツキとトウマは置いといて、全員の視線はポケモン達と逃走劇を繰り広げるサトシに向けられる。
「逃げるなと言っているだろう!!」
「無理だって! ポケモン無しでこれは無茶だよ!」
この一帯のポケモン達は気性が荒く、凶暴なポケモンが生息している。
そんな危険区域を試練の場に指定したイシオの性根はどうなっているのか、幾ら警察官と言えど民間人を危険に追い込むなど、常軌を逸脱している行動だ。
(……
トウマはある予感を感じていた。市民の味方である警察とは思えない逸脱した行動力、悪意を感じないが──何か裏があると踏んでいる。
もしかすると彼は──
「否──まだ特定するには情報が足りんか」
例え
「走れ! 走り続けろ!! 逃げ切りたいのならばな!」
イシオの叱責が響く中、サトシは川の中を走り抜けていく。
浅い川の中を走るごとにシューズと靴下、ズボンの裾に水が浸水していっている。
足から寒気が押し寄せて来るも気にする余裕もなく、唯々背後から追い掛けてくる存在から逃げ続ける。
『キバァァァァアアアッ!!』
獰猛な眼光と赤と青の体表を持つ水・悪タイプのポケモン、キバニアの群れが荒々しく水面上から迫り、時には跳びながら襲い掛かってくる。
サトシはその猛攻を躱しながら走り続ける、衣服を掠めていようと構わず逃走劇は終わらず…。
「サメェェェェェェッ!!」
更にはその群れのボスである進化形、サメハダーまで追い掛けてくる始末だ。
凶暴なその形相に獲物を喰らい付くばかりの大きな口内、更には直接触れば傷つける鮫肌の特性、ルールを課せられ逃げる事も反撃する手段もない。
哀れにも非力な存在と成り下がり、サトシは死に物狂いで逃げるだけである。
他には…。
「モンジャァァァ!!」
「キアアアアァァ!!」
「ラフゥ!」
「いぎゃあああああ!!」
モンジャラやウツボット、ラフレシアと言った草ポケモンの生息する草原地帯で鱗粉や葉っぱカッターなどを飛ばされたり。
「ビビビビビ!!」
「エレ〜〜!!」
「うわあああああ!!」
コイルやエレキッドなどが生息する磁場エリアに迷い込んだり。
野生ポケモン達の猛攻を逃げながら受け続け、遂には川の辺りにまで行き着く。
「はあ……はあ……!」
甘く見ていた。
これまでの特訓とはわけが違い過ぎていて、下手すると命に関わる程の地獄。
「無理だ、もう無理だよ…!」
「サトシ…!」
「何で俺だけこんな思いをしなくちゃいけないんだよ! 身体が持たないよ…!!」
両目から大粒の雫が滴り落ち、あっという間に心が挫折してしまっている。
TPSDが精神的にも及び、弱音を無意識に吐露して──気付けば幼児の様に泣き出していた。
「ピカピ……」
「俺は、俺は──」
カスミ達が心配そうに弱音を吐き続ける姿を見ている中、イシオがサトシに近付く。
ガシッ!!
「!?」
「その顔はなんだ!? その目はなんだ!? その涙はなんだ!?」
胸元を掴み、鬼気迫る形相でイシオは怒号を上げる。
サトシはその言葉に思わず一瞬絶句。
「だけど俺……これ以上は──」
「馬鹿者ォ!!」
バキッ!!
「ブエッ!?」
右頬に鋭い拳が飛ぶ、水の中に落ちたがすぐさま顔を見せて頬を触る。
「この後に及んでまだ弱音を吐くか! 完全に自信を失うことはポケモントレーナーとしての死と同意義! 君は自分から仲間とポケモンの信頼を損なうつもりか!?」
老年と思えぬ強烈な鉄拳を浴びせられ、叱責がサトシの心に響いてくる。
「この先に待つのは地獄だ! ジムリーダー、四天王とチャンピオンなど、幕を開いたカルナヴァルという戦場で熾烈極まる死闘を繰り広げる猛者達がこの先にて立ち塞がる! 君はそのままでいいのか…!?」
甘えるな、逃げるな、自分で立ち上がる事をイシオは厳しくも促してくれている。
こんな逃げ腰を繰り返していけばいつまでも変わらない、そう念じて傷だらけの身体に鞭を打って立ち上がる。
「お願いします…! 例え地獄が待っていようと……俺、耐えてみせます。否──絶対耐えてやる!!」
先程までの弱音を吐く様子は何処にもなく、彼は眼光を鋭くさせて決意表明する。
一時はどうなるかと思ったカスミ達は安堵、イシオはそれでいいと何度も首を縦に振る。
死に掛ける様な思いをしてでも、サトシはイシオからの過酷な修業を受け続けた。
川の流れが聞こえてくる辺りに火を焚く音が響く。
すっかり夜になり、サトシは必要な木端を掻き集めて、小枝で摩擦して火を起こした。
原始的なやり方……その方が良いと彼は思い、焚き火の炎を見つめ続ける。
するとそんなサトシに声が掛かる。
「サトシ」
「カスミ……皆も」
「腹が減っただろう? おにぎりを作っておいた」
タケシは弁当箱の蓋を開けて人数分のおにぎりを見せる、サトシはそれを受け取り「頂きます」と小さく言って米を咀嚼する。
「ゔ……
「泣きべそかきながら食ってるよ、まっ気持ちは分かるけどな」
「茶々を入れるな」
幼馴染組が何か言っているが気にも留めず、唯がむしゃらにおにぎりを咀嚼し続ける。
身体中にこびり付く煤や土、湿気った跡を見る限り……厳しいスパルタ式の特訓は夕方まで続いた。
時には嘔吐したり、嗚咽を上げたりしたが、この過酷な特訓の一日目をどうにか終えた。
お陰で心身共に疲弊……とてもじゃないが、明日も同じ
「それにしても……イシオさんは何を考えてるの!? サトシを殺すつもり!?」
「嗚呼……幾ら何でもやり過ぎだ。サトシのトラウマを克服する為とはいえ…」
市民の安全を無視した様なあの特訓方法は看破など出来ない。
どんな思惑があったとしても、人間一人を死に追いやるあの手の特訓はやめさせる事を考慮すべきだ。
「……いいや、俺、続けるよ」
「ちょ、ちょっと! あんた、今日の特訓だけでも死ぬかもしれなかったのに、まだ続ける気…!?」
流石に認められないとカスミは異議を唱える。だが、タツキが彼女を制する。
「此奴の言う通りにしようや」
「でも……」
「寄り添うのも必要だけどな、見守るのも一つの手だぜ?」
「此奴の行動は其方は幾度も見てきた筈だ。付き合いの長い其方が、信じないでどうする」
「………」
トウマにも正論を諭され、カスミは静かにその場で座り込む。
「カスミ……これは俺が望んだ事なんだ。幾らお前やタケシがダメだって言おうとも、こればかりは引けない」
「……!」
「サトシ……」
「確かにイシオさんの言う通り、心が折れたらトレーナーとして死んだも同然。いつまでも一番の相棒やポケモンに触れない様じゃ、トレーナー失格だよな」
確たる決意と意志がサトシの瞳に宿している。
淡くも脆い炎が彼を突き動かしている。
自らの意思で彼は
「……分かった。だったら私達は信じるしかないじゃない、あんたが乗り越える姿を」
「確かにな」
先程までの自身を恥じ、改めて激励して促す。
「さて……今宵は遅い。明朝に備えて身体を休めるとしよう」
『さんせーい』
「ピカピーカ」
トウマが締めの言葉を括り、一同は就寝の準備を始める。
焚火の炎を消して寝袋を用意していき、それぞれ「お休み…」と寝袋に入って微睡の世界へと入っていく。
「おい……おいったら」
「なんだ」
時刻は既に深夜、サトシ達が寝静まる中……タツキがトウマに語り掛ける。
「あのおっさん……もしかして」
「やはり気付いていたか」
「そう言うお前こそ」
唯の警察官と思えぬあの厳格な振る舞い、厳しいスパルタな特訓、そして何より──彼から感じた強者特有の唯ならぬ雰囲気。
今の状況……ポケモン・ワールド・カルナヴァルのルールに基づくならば、彼の正体にも見当がつく。
「まあ……これが試練なら、サトシ自身が気付くべきだろうな」
「嗚呼……我等はその行末を見届けるまで」
そのやり取りを最後に、二人は完全に微睡に浸っていった。
To be continued