ポケットモンスター 〜THE LEGEND OF SAGA〜 REMAKE   作:虎武士

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#33 相容れぬ二人

 ポケモンセンターの敷地内に設置されたバトルフィールドにて、ポケモンバトルが展開されている。

 

 ウツボットの最初期の進化前のポケモン──マダツボミは()()()()()に立ち向かう。

 

 草タイプの技ではなくしなやかな柔拳で()()()()()に攻撃を加える……しかしながら軟体が故に、()()()()()に対してあまり攻撃にもなっていないのはお約束。

 

 葉っぱカッターで攻撃を加えても打撃にもなっておらず、無駄だと分かっていても小技で攻めるマダツボミが健気と同時に気の毒に感じる。

 

「えーと……何の嫌がらせ行為だって思うけれども、彼女自身が望んだバトルだものね」

 

「無謀だと分かっていても立ち向かうカオルコさんとマダツボミ、とても素敵です!」

 

 やれやれと言った様子で微妙な表情のカスミとは正反対に、タケシは健気に立ち向かうマダツボミとそのトレーナー──カオルコを激励する。

 

「ベト〜」

 

 ヘドロの塊──基、毒タイプのヘドロポケモン──ベトベトンは攻撃を幾度も受けているにも関わらず、表情を変えることなくマダツボミを見ている。

 

「あの……カオルコさん、もう止めません?」

 

「いいえ、まだですわ! 嘗て私とマダツボミは貴方とそのベトベトンに、腑が煮えくりかえる程に敗北を喫しているのです! 喩え届かずとも、一矢報いて差し上げますわ!」

 

 先日の件を経て思う所があったのか、一方的に仕掛けられたバトル。だが真摯にサトシは受け、本人からの要望(リクエスト)で現在に至っている。

 

 マダツボミの両手の葉が輪を作り、その中心に淡い光が形成されて段々と大きくなっていく。

 

「マダツボミ、ソーラービーム!」

 

 太陽光を模したその閃光はベトベトン目掛けて発射され、ヘドロの軟体を吹っ飛ばす。

 

 軟体であるが故にその衝撃は吸収され、大して大きく吹っ飛ぶ事はなかった。

 

「……ベト?」

 

 ベトベトンからすれば今の攻撃は虫ポケモンに刺された程度のもの、マダツボミは青褪めた顔で茫然とするだけ。

 

「ベトベトン、伸し掛かり!」

 

 ヘドロの塊が覆い被さってきたのはその直後、為す術も意識が異臭によって昏倒していった。

 

「……ふう、参りましたわ」

 

 自身が頼み込んだとはいえ、惨敗したと言うのに何処か清々しい様子でマダツボミをモンスターボールに戻すカオルコ。

 

 結果は分かっていたとしても、どうしても挑まずにいられなかったのは彼女自身のプライドが許せずにあった。

 

「満足してくれましたか?」

 

「ええ……突然の私の我儘に応えて下さり、ありがとう御座います」

 

 申し訳ないという思いもあって礼儀正しく頭を下げるカオルコ、サトシはその返答に「此方こそ、バトルをしてくれてありがとう御座います」と嬉々とした表情で返す。

 

「先日の一件……どうしても不可解でもあり、この目で人の生命が失われた瞬間──それを相見えて紛わすのには良い機会でした」

 

 先日の一件──あの覗き魔の老人が殺害された事件は程なくして警察が出動する程であった。

 

 野次馬達が集まる中でジュンサーを始めとする警察官が現場検証を行い、野次馬達は興味本位で見ていたがそれでも警察官達は必死に道を開けようとしなかった。

 

 老人の脳を撃ち抜いた凶器は銃弾の類ではと考慮して現場を探ったが、弾薬らしきものは発見されなかった。

 

 一体どう言う事なのかとジュンサー達は首を傾げ、終始不可解に感じていて超常的な何かが働いたと警察側は結論している。

 

 普通ならば有り得ないと片付けているだろう……()()ならば。

 

 因みに現場に居合わせたサトシ達は警察から事情聴取を受けたが、アリバイもあって翌日に解放された。

 

 それが二日前の出来事、そろそろジョウチンタウンへと戻ろうとするカオルコを見送る事にするサトシ達。

 

「エリカ様はジムリーダーのお仕事の関係で見送りに来られないのですね……まあ仕方ありませんわね」

 

「私達の方から言っておきますので、カオルコさんは気にしないで下さい」

 

「承りました……所で皆さんはまだタマムシシティに御滞在するおつもりですの?」

 

「はい、まだ用事があって……それにあんな事があった以上、無関係でいられないんです」

 

 拳を握り締めて語るサトシ。カオルコはそんな彼に危うさを感じたが、事情を詮索するつもりはない。

 

「そうですか、では……御機嫌よう」

 

 ポケモンセンターの前に停車した豪華なリムジンに乗り込むカオルコ、彼女を乗せたリムジンはそのまま去っていった。

 

 リーグ戦で応援団が客席にいた所から、名家のお嬢様だと察しつつリムジンの後ろ姿を見つめるのだった。

 

 

 

 赤と黒を基調色とした天井と床がある一室、其処に設けられたテーブルに散乱するウイスキーやバーボンなど、アルコール成分が極めて高い飲料が散らばっている。

 

 カップに液体を注ぎ込み、それを一人の男が静かに飲み干す。

 

「うっぷ……あ〜……やっぱ渇きが足りねえわ」

 

 物足りない様子で呟き、男はスマホロトムを操作。ネットの掲示板はタマムシシティの謎めいた銃殺事件の話題が広がっており、男は笑みを浮かべてニヤニヤしている。

 

「早速いい反応してくれるぜ。都会の中で軽くアクションを起こしてみたが、予想通りの反応だ。老い先短えジジイ一人()ったぐれえで面白えくらいに食い付きがいい」

 

 狂気に満ちた笑みを浮かべる男は青髪の毛先が桃色のグラデーションメッシュを施しており、傍らにはスナイパーライフル銃が壁に立て掛けてある。

 

「ポリ公共は凶器の弾薬を探しているが、弾薬は使っているが……直接作ってんのさ」

 

 親指と人差し指の間に毒々しい紫色の弾薬が形成され、それを円柱(シリンダー)に挿入。

 

「波導で形成したこの弾で凡ゆる人間やポケモンを()ってきた。惨めで鈍臭え奴等をなァ!」

 

 軽く引き金を引いて壁に向けて発砲、同時に壁に大きな弾痕が形成された。

 

 誰もいないと言うのに己の実力を誇張する彼は自慢げに語り出し、まるで狩人の様に狩猟を愉しむ傾向を持っているようだ。

 

「ギャハハハハ! 本当にいいねェ〜、命を奪うって言う快楽(スリル)は! こういう愉しみがあるから今の居場所を止めらんねェんだ…!」

 

 狂気を滲ませた笑い声を上げ、男は高らかに言う。すると彼の持つ端末が鳴り響き、その通話ボタンを押す。

 

「あァもしもし、此方ブラッドだが?」

 

《──やあ、作戦は順調かな?》

 

「おうあんたか……いやデザイアを立ち上げたからボス又はリーダーって呼ぶべきか?」

 

《組織の上に立つ以上そう呼称されるべきだろうが、呼び名は君達の自由だ。好きに呼ぶといい》

 

 例の面の男は彼──ブラッドにとっても行け好かないが、同時に最低限の感謝を感じている。

 

 組織のトップに立っているのに上下関係は無意味に等しく、何とも気さくな印象を受ける。

 

 だが彼が自らをこの組織に勧誘してくれたお陰で燻っていた炎が、殺意という衝動を解き放つ事が安易に出来る。

 

 命を奪う事にブラッドにとって遠慮も躊躇もなく、唯単純で快楽的な衝動に駆られる。

 

 彼にとって気に入らないものは正義感の強い人間、あの有名な世界チャンピオンもその類に入る。

 

 他には正義とは程遠いが、面の男からやけに気に入られている同じく組織に属するゼノン。

 

「心配すんなよ。あんたの思惑通り、派手にこの街を混乱に陥れてやるよ。但し、俺のやり方でやる」

 

 狂気じみた笑みを浮かべてブラッドは紡ぎ、それは絶対的な自信を持っていた。

 

「ヒスってるリリスやお気楽な武人バカみてえに甘ェ事はしねェ、此方は銃を使えば敵の命なんざ簡単に取れんだからな──んじゃ、朗報を期待してるんだな」

 

 そう言って通話を一方的に切り、ファングは飲み掛けのバーボンを口に含み始めるのだった。

 


 

 タマムシシティの街の雰囲気は不穏なものだった。

 

 先日に起こった謎の殺人事件が尾を引いており、人々は皆不安と恐怖を覚えている。

 

 次は自らなのか、それとも家族や恋人と言った身近な存在なのか。

 

 どうしても晴れやかな気分になれず、サトシ達は他人事ではいられないのだから。

 

 彼等の心象を表しているのか、先程まで晴れやかな空は雲で覆われていた。

 

「嫌な天気ね……」

 

「天気予報では一日中曇り空のようだ……雨が降らないだけマシかもしれないが」

 

 それでもやっぱり皆不安である事には変わらず、サトシ達は街中を歩く。

 

「んで……ポケモンドクター養成学校に行くんだよな、今日は」

 

「嗚呼……予め学校側には見学と連絡しているから、担当の先生も人柄がいいから安心していいぞ」

 

「よかったぁ……てっきり部外者はお断りって頭の硬い人ばっかりかと思ったわ」

 

「まああの人は優しいからな」

 

 恐らく担当の先生の事だろう。タケシは苦笑いしながら説明しており、サトシ達はポケモンドクター養成学校への通学路へと向かう。

 

「それにしてもポケモンドクターの学校か……どんな所か楽しみ──!?」

 

 だが、その足をサトシは止めた。

 

 優しい眼は三白眼へと変わり、視界に入った存在に目を離せなかった。

 

 街中に溢れる人混みの中、その後姿に驚き……自然に拳を握り締める。

 

「サトシ!?」

 

「ちょっと、何処に行くのよ!」

 

 気が付けば仲間達を置いて駆け出し、ピカチュウもその背後を追う。

 

 今回の旅立ちのきっかけを作り、その上自身や故郷に大きな傷痕を残した。

 

 振り返ることなく彼はズボンのポケットに両手を入れ、静かに歩道を歩いている。

 

 これだけ走っているのに距離が縮まらず、困惑しながらも走り続けるサトシ。

 

 何がどうあっても捕まえてやる。そう念じて必死に追い掛け、無我夢中に走る。

 

 気付けば辿り着いたのは噴水広場、サトシは必死に走り……気付かぬ内に声を荒らげる。

 

「待てよ! ──ゼノン!!」

 

 怒りを剥き出しに発された声にその場で足を止め、振り返ってサトシと向かい合わせの形で彼は──ゼノンは佇む。

 

「お前か」

 

「お前じゃない! マサラタウンのサトシだ!」

 

「名などどうでもいい……わざわざ誘いに乗ってくるとはな」

 

 マサラタウンで対峙した時と変わらない冷徹な無表情と、全身から放たれる澱んだ気配。

 

「久しいな……また一方的に惨めな姿を晒す気か」

 

「……ッ!!」

 

 分かりきった挑発であってもあの日の事を忘れられず、無意識に強く拳を握り締める。

 

 ピカチュウも心配そうに彼を見つめ、その動向に不安を感じている。

 

「何で此処にいる」

 

「単なる散歩だ……貴様がこんな都会にいる事は思わぬ誤算だが、散歩がてら()()の企てる計画が進行しているかの確認をな」

 

「仲間……じゃあ、やっぱり銃殺事件を起こしたのは」

 

「察しの通りだ。其奴の狙撃銃から放たれるのは唯の銃弾ではなく、波導を練り込んだ物。其奴の弾を受ければ唯ではすまん」

 

 冷淡に告げていくゼノン。

 

「仲間の情報をわざわざ教えてどういうつもりだ…!?」

 

「気紛れだ……其奴が貴様に倒されるとは考えにくいが、相対する際の警告に過ぎん」

 

 敢えて敵に塩を送る様な言葉を送るこの男の考えが読めず、困惑するサトシは信じられない様子で驚く。

 

 だがそれを覗き見る男がいた。

 

「あの野郎……何考えてやがる…!」

 

 広場の並木道の木々の間からブラッドが険しい顔を浮かべて眉を潜め、情報を提供するゼノンに一抹の不安と怒りを覚える。

 

 前々から面白くない男だと思っていたが、ブラッドからすればゼノンの行為は気が狂っているとしか思えない行為だ。

 

 スナイパーライフルに設置しているスコープでそのやり取りを目視し、今すぐ飛び出したい衝動に駆られつつ状況を静観するのが賢明である。

 

「サトシー!」

 

「此処にいたのか!」

 

 置き去りにしていった二人がサトシに駆け寄り、ゼノンはふんっと鼻を鳴らす。

 

「余計な外野が来たか」

 

「余計って……あんた、一体何者!?」

 

「唯のポケモントレーナーじゃないみたいだが」

 

「カスミ、タケシ! 手を出さないでくれ! 此奴は……ゼノンは普通じゃない!」

 

 足下にいたピカチュウも勇んで前に飛び出し、ゼノンを威嚇する。

 

「ちょっと待って……ゼノンって、まさか!?」

 

「マサラタウンを襲い、お前を一方的に痛めつけたという…!?」

 

 前々から聞いていた件の人物が彼だと知り、カスミとタケシは吃驚しながらゼノンに視線を向ける。

 

「聞いていた通り、仲間と連むのが好きなようだな。それが貴様自身の首を締める結果を招くとも知らずに」

 

「何だと!?」

 

 呆れたような、蔑むかのような眼差しをサトシに向けるゼノン。

 

「以前も言ったように、貴様の語る夢は絵空事だ。ポケモンマスター? 世界中のポケモンと友となる? そんなものは唯の空想だ、幼子の幼稚な思想だ。全く持って下らない」

 

 モンスターボールを手にし、それを天に向けて投擲。

 

「死の旋律を奏でろ、クリムガン」

 

 ボールから顕現したクリムガンは呻き声を上げ、天に頭を向けるなり口を開ける。

 

「ならば多くの命を守ってみせろ、貴様がそれが出来ればの話だが」

 

 クリムガンの口に唯ならぬ光が集まり、それは段々と膨大になっていく。

 

 それが何なのか見つめていると、サトシ達の表情が驚愕に染まる。

 

 周りを見渡せばカップルや親子連れ、多くの子供達や野生の小さなポケモン達が戯れる姿が見受けられる。

 

 こんな大衆の場でこんな大技を放てば……そう思うとサトシは無意識に声を荒らげた。

 

「みんな、逃げろ!!」

 

「──流星群」

 

 口内に溜め込んだエネルギーは上空に撃ち出され、同時に打ち上げ花火の如く四散。

 

 分たれた流星群は広場全体に降り注がれ、凡ゆる場所に着弾していった。

 

「うわああああああ!!?」

 

「きゃああああああ!?」

 

 次々に落下する流星は生い茂った緑や樹木を燃やし、アスファルトが砂塵へと無残に砕かれていく。

 

 状況を飲み込めずとも人々はその光景に恐怖を覚え、戸惑って悲鳴を上げて広場から逃げ出す。

 

「止めろォ!!」

 

「ピカァァ……チュウゥゥゥゥ!!」

 

 その光景を目の当たりにしてサトシは激怒、ピカチュウもその意思を汲むように頬袋から電撃を放つ。

 

 クリムガンは抵抗せずにまともに浴び、両腕をクロスさせて後退る。

 

 人々が逃げ惑う中、サトシはゼノンを怒りの炎を籠った瞳で睨み付ける。

 

「お前……何て事を!」

 

「……何故怒る? 他の人間はお前達から見ても赤の他人、わざわざ他人の為に怒る要素が何処にある」

 

「あんた……自分が何を言っているのか分かっているの!? 此処で平和を謳歌していた人達の日常を壊したのよ!?」

 

「お前の言う通り、彼等は名前も知らない赤の他人だ。だが、そんな彼等の時間を奪っていい理由にならない!!」

 

 怒りを覚えるサトシ達の叱責にゼノンは呆れた様子で息を吐き、その様子はまるで──

 

「知らんな、そんなものは」

 

「は…!?」

 

 その様子はまるで──人間としての営みを理解していないかのような言い回しだった。

 

「他人の日常など俺には関係のない事だ……俺は俺の道を行くだけ、その道を妨げる存在は全て──害悪以外の何者でもない」

 

 冷気に当てられたわけでもないのに背筋が震え、一度の間に戦慄が走る。

 

 カスミもタケシもサトシから話は聞き及んである程度の人物像を知っていたが、実際に対面すると想像以上の迫力があった。

 

「チッ……」

 

 燃え盛る木々から離れて気配を消して様子を伺うブラッドは忌々しげに舌打ち、余計な事を……とゼノンの所業に不快感を覚えつつ気付かれないように距離を取っている。

 

 そんな彼に気付かぬまま……或いは無視してかゼノンは続ける。

 

「以前にも語った様に貴様は表の世界でポケモンバトルの頂点に立ち、名声を轟かせた。同時にポケモンハンターやバイヤーを悉く潰し、ホウエンではマグマ団とアクア団、シンオウではギンガ団、イッシュではプラズマ団、カロスではフレア団、ガラルではマクロコスモス。これだけの組織の暗躍を潰した貴様の動機が()()()()()()()()()()()とはな」

 

「ポケモンを守る事の何が悪い! じゃあ逆に聞くけど、お前にとってポケモンはなんなんだよ!?」

 

 ポケモンは道具。そう言う思考の悪人や不良共を旅路の中で幾度も見てきた為、敢えてサトシは突き付ける。

 

「──隷属

 

「れいぞく…?」

 

「知識が疎い貴様に分かり易く言えば……部下だ。此奴等は俺にとって単なる手足に過ぎん」

 

 冷淡に答えるゼノンはクリムガンに指示を送る。

 

「アイアンヘッド」

 

「ピカチュウ! 此方は躱して電光石火だ!」

 

 銀色に硬化した頭部を突き出し特攻するクリムガン、ピカチュウはそれを回避して凄まじいスピードで鳩尾に体当たり。

 

 同時にピカチュウの小さな身体に痛みが走り、その小さな身体を地面に叩き付けるクリムガン。

 

「ピカチュウ!」

 

「知らぬわけではあるまい。クリムガン(此奴)の特性は鮫肌、直接攻撃などすればポケモンの身体が傷付く」

 

「だったら……エレキネットで動きを封じるんだ!」

 

 ギザギザの尻尾から電撃の球体を生成し、それを撃ち出すピカチュウ。

 

 球体はクリムガンの前に迫ると電撃を帯びた網に変化、それ巨体へと覆い被さる。

 

「続けて10万ボルト!」

 

「チュウウウウウ!!」

 

 身動きの取れないクリムガンに二度目の電撃が炸裂し、全身から煙が上がる。

 

「アイアンテール!」

 

「馬鹿が……少しは学習をしろ。しっぺ返し」

 

 網を力技で引きちぎり、向かってくるピカチュウに向けてしっぺ返しを放とうとするクリムガン。

 

 マサラタウンでゲンガーが受けた光景を忘れたわけではないのに、真正面から直撃コースに飛び込むピカチュウの姿にゼノンは呆れる。

 

(所詮は唯の餓鬼か)

 

 世界チャンピオンに君臨していると言えどもまだ知識が著しい少年、"あの時"の力がなければこの程度。

 

 そう考えるゼノンだったが、クリムガンの腕が直撃する寸前──ピカチュウの身体はスライディングで真下に潜り込む。

 

「…!」

 

「アイアンテール!」

 

 鉄を帯びた尾が顎に直撃、その激痛に思わず悲鳴を上げるクリムガン。

 

 その隙を逃さずアイアンテールが鳩尾に直撃し、その巨体は派手に吹き飛んで横転する。

 

「やった…!」

 

「ダメージを承知で此処までやるとは……あまり褒められる戦法ではないが、サトシらしいな」

 

 傍らでカスミとタケシが呆れつつも笑みを浮かべ、彼らしいバトルスタイルを評価する。

 

「………少しは腕を磨いたようだな」

 

 マサラタウンでは一体も倒せなかったというのに、その成長スピードに素直に驚くしかないゼノン。

 

「いつまでも……同じだと思うなよ!」

 

「嗚呼……確かに少々侮っていた。成長していないわけではないが、()()()()()()()で浮かれるなよ」

 

 クリムガンを戻し、新たなモンスターボールを手にする。

 

「ハッ、ゼノンの野郎……一体やられてんじゃねェか……笑えるぜ」

 

 侮蔑を含んだ視線を向けて物影からブラッドがゼノンを嘲笑、良い気味だと歪んだ笑みを見せる。

 

「あ、ああ……」

 

「こ、怖いよ……」

 

「あ…?」

 

 恐怖を滲ませて兄妹であろう4〜5歳程の幼い少年少女が芝生に尻餅をつき、怯えた様子で身体を震わせていた。

 

 逃げ遅れたと思われる彼等の姿が視界に映り、ブラッドはそれを見て酷く歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

 

「死の旋律を奏でろ……ハッサム」

 

 ボールから顕現してハッサムは両手の鋏を構え、ピカチュウは頬袋から電気を迸らせて威嚇。

 

「……ゼノン、お前とは仲良くなれそうにないな」

 

 サトシは小さく言葉を濁す。

 

「旅の中でお前に近い性格のトレーナーを何人も見てきた所為か、良いライバルになってみたいと思っていた。だけどお前はポケモンに対して心を開かないし、眉を一つも動かさない。何より……ポケモンを自分の手駒としか思っていない奴を許せない!」

 

 拳を強く握り締め、掌に爪が食い込み血が流れる。

 

「お前はライバルじゃない……正真正銘……俺の敵だ!!

 

 相手は世界を混沌へと導き、罪のない命を理不尽に奪う組織の人間。

 

 完全に言葉にしたからこそ……サトシとゼノン、明確な敵対関係が確立される。

 

「その通りだ……貴様と俺の道は交わる事もなければ、相容れる事など不可能。だからこそ俺は貴様の甘い理想を否定し、力を肯定する」

 

 サトシの語る理想や夢を聞くだけで何とも愚かに感じ、同時に不快感が入り混じる怒りを覚える。

 

 そんな不確定要素を潰す気でいるゼノンを止めるべく、サトシは指示をピカチュウに送る。

 

「10万ボルト!」

 

「スピードスター」

 

 小さな星々が迫り来る電撃と相殺、続けてハッサムはピカチュウとの距離を詰める。

 

「シザークロス」

 

「エレキネット!」

 

 電気を帯びた網が頭上に覆い被さってくるが、十字の斬撃は網をいとも簡単に断つ。

 

 そして斬撃はピカチュウに直撃し、大きく吹っ飛ばされる。

 

「ピカチュウ!」

 

 クリムガンから受けたダメージがあるとはいえ、やはり相棒であるハッサムは相当に高いレベルと能力(ポテンシャル)を宿している。

 

 真正面でピカチュウが此処までのダメージを受けていては、最早勝算はほぼゼロに等しい。

 

「いい加減に諦めろ。今の貴様とポケモンでは俺に勝つなど不可能、さっさと敗北を認めるんだな」

 

「……ッ!」

 

「サトシ…!」

 

 癪だが言い分は正しく、何も言い返せない。ハッサムの実力は非常に高く、それを育ててきたゼノンのトレーナーとしてのレベルも同等のもの。

 

 本質は悪だが強者としては本物で、今の自分達では到底叶わないとは分かっている。

 

「ピカァ…!」

 

 ピカチュウは立ち上がり、ボロボロの身体に鞭を打って立ち向かおうとする。

 

「俺は諦めない…! ポケモン達を、仲間達を守る為に…!」

 

「サトシ……」

 

「こうなっては止められない…!」

 

 直ぐにでも止めようと考えたカスミ達もその意志を感じており、止められない事を身を以て感じていた。

 

 だが…。

 

「──ギャハハハハハハ! バッカじゃねェのか? 何熱苦しいドラマみてェな事を言ってんだ!?」

 

 その熱意を否定する嘲笑う声が響き、ブラッドが姿を見せる。

 

「うわあああん!」

 

「助けてええー!」

 

「こ、子供!?」

 

「逃げ遅れていたのか!?」

 

 スナイパーライフルの銃口を二人の幼い少年少女達を突きつけ、ブラッドはモンスターボールを二個投擲する。

 

「鮮血に染めろ! ドクロッグ! デスカーン!」

 

 現れた二匹のポケモン──グレッグルの進化形である毒・格闘タイプのドクロッグ、イッシュ地方のゴーストタイプで砂漠遺跡の棺桶を彷彿とさせる影の様な存在・デスカーンは下衆な笑みを浮かべる。

 

「俺様の名はブラ〜〜ッド! 其処の若僧と同じデザイアのメンバーだ」

 

「あんた! その子達を放しなさい!!」

 

「おっと、動くんじゃねェぞ? 此方に近付いたらこの餓鬼共、此奴でパァンだからなァ?」

 

 ブラッドは下衆な笑みで拳銃を取り出して少年の額に銃口を当てる、彼等は恐怖心から泣きじゃくっている。

 

「この銃から出る弾は波導で生成した物、唯の銃弾とはわけが(ちげ)ェぞ」

 

「この卑怯者…!」

 

「銃弾……波導で生成……! まさか、昨日の傍迷惑な御老人を撃ったのは──」

 

「ギャハハハ! 察しの通り、標的は誰でも良かったんだが俺の力を誇示するには丁度走ってたってわけよ」

 

 下衆な高笑いを上げてブラッドは御丁寧に説明、その視線をゼノンに向ける。

 

「……どういうつもりだ」

 

「てめェがクソつまんねェバトルをしてっからだろうがよ! ぶらぶら歩いてんなら邪魔すんな、外野は外野らしく引っ込んでろや」

 

 鼻持ちならないブラッドの言動にゼノンは呆れ、ハッサムをモンスターボールに戻す。

 

「てめェが世界チャンピオンだな…? 成程ねェ、マジで正義の味方ヅラした餓鬼だな……直接顔を見ても青くせえクソ餓鬼だぜ」

 

「一体何を……!」

 

「本当に報告通りのバカ餓鬼だな! マジでポケモンを友達とか甘え事を抜かすのか……ポケモンは都合の良い道具でしかねェ、使いもんにならなけりゃポイ捨てするだけ……俺らトレーナーはそんだけの関係だろうが!」

 

 ブラッドはおかしそうに笑い、サトシを必要以上に罵倒し始める。

 

「お前等が何と言おうと、俺はポケモンを信じている。さっきの言葉を聞いていたんだろうけど、俺はお前等のようにポケモンを暴力を振るいたくない」

 

「其処にいるゼノンにボロ負けした雑魚のクソ餓鬼が何言ってやがる! みっともねェくれえにボロ雑巾にされたと聞いた時は、マジ爆笑してもらったぜ」

 

 サトシはその先の言葉を紡げなかった。

 

 確かにゼノンに敗北したのは事実、自分がまだ子供だと言うのも充分に自覚している。

 

「ギャハハハハ! 図星だから言い返せねェってか? 持ってるポケモンも中途半端な奴も多い上、他にゃ強え奴もいると聞く! 自分(てめェ)自体も弱ェから弱ェ仲間と群れてんだ! そんな調子だからてめェは一生強くなれねェんだよ! 弱けりゃ一生、否、永遠に強くなれねェのさ!」

 

 次から次へと飛び出す罵詈雑言、その人の人生全てを否定するかのような悪意。

 

 とことん彼を罵っていくブラッドの言葉にゼノンも同意してか、腕を組んで「癪ではあるがその通りだ。貴様は弱い、貴様の仲間やポケモンもだ」と肯定。

 

「あんた達…!」

 

「サトシがどう言う気持ちなのかも知らずに…! それ以上、口を開くな!」

 

「此方にゃ人質がいんだ! 動いたらどうなるか分かって──」

 

 醜悪にも泣き叫ぶ子供達を盾に愉悦に浸るブラッド、だがその自信が脆くも崩される事となる。

 

「……めるな

 

 ブシュッと爪が掌に食い込んで血が流れ、俯きながら拳を震わせる。

 

「あ?」

 

「俺は……どう言われようと構わない。俺は自分が弱いのも自覚しているし、其処まで賢くない」

 

「ビッ!? ピカァ!?」

 

「ピカチュウ!? こ、これは…!」

 

「ダメ、サトシ! 怒りに飲まれたらダメ!!」

 

 クチバでの一件を思い出し、サトシの身に宿る()()()()()()に連動し、またも同調されてかピカチュウの頬袋から赤黒い電撃が流れる。

 

「ハッ! 弱ェ奴は弱ェままなんだよ! てめェもさっさと正直になれや、弱ェポケモンは切り捨て──」

 

──お前の……お前等の価値観で! ポケモンや人間の力の優劣を決めるなァァァァァァァァァァ!!!

 

ヂュウウウウウウウウウウ!!

 

 頬袋から放たれた赤黒い電撃はドクロッグとデスカーンの二体を襲い、突然の事に対処出来ずに二体は倒れ伏す。

 

「な……はァ!? んだこりゃあ!? 何でピカチュウ一匹の電撃でこうも簡単――」

 

 それ以上の言葉を驚くブラッドは紡げなかった。

 

「に゛っ!?」

 

 人間の身体能力を無視した少年の力任せの拳が顔面に食い込み、幼子達から大きく離れて吹っ飛ぶ。

 

 ブラッドは鼻から出る血を押さえ、眉間に青筋を浮かべて立ち上がる。

 

「こ……このクソガキがああああァ!!」

 

 憤怒の形相を浮かべてブラッドは吼えるが、サトシは気付けば仰向けに倒れ伏していた。

 

 だがブラッドにとってそれはどうでもいい事だった。

 

「殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスゥゥゥッ! ドクロッグ、デスカーン! そのガキ共を血祭りにしろォォォ!!」

 

 逆上した彼の命令にドクロッグとデスカーンは恐れ、すぐさま立ち上がってサトシ達に向かっていく。

 

『サトシ!!』

 

 気を失ったピカチュウを抱えてカスミ達が叫び、駆け出そうとする。

 


 

 そんな彼等に救いの手が現れた。

 

 いつの間にか広場に踏み入れたその人物は薄紫のシャツの上に白衣を羽織り、一個のモンスターボールを投擲。

 

 投げられたボールから現れたポケモンは水色と白の体色を持ち、赤い翼を持つ存在。

 

「え!?」

 

「あれは……ボーマンダ!?」

 

 ホウエン地方を代表するドラゴンポケモンの一体、そのボーマンダは両手でサトシ達を助けると口から龍を模った衝撃波でドクロッグ達を吹き飛ばす。

 

「サトシ! 良かった、無事みたい……子供達も」

 

 ボーマンダはカスミ達の所にサトシ達を寝かせる、気絶した彼等を見て命に別状はないと察してカスミは安堵。

 

「――間に合ったみたいね」

 

「え…?」

 

「あ……アイリ先生!」

 

 銀色のショートヘアーの白衣の女性が歩み寄り、タケシはその人物を見て驚く。

 

「タケシ……もしかしてこの女の人は」

 

「嗚呼……ポケモンドクター養成学校の講師で今日の学校見学の担当者なんだ」

 

「時間になってもタケシ君が友達を連れて全く来ないから直接ポケモンセンターに連絡しようとしたんだけど、学校から広場に火が上がっているのが見えたのよ。様子を見に来てみれば、案の定だったわ」

 

 彼女――アイリはやれやれと言った様子で髪を靡かせ、今回の騒動の原因たるゼノン達に視線を向ける。

 

「な……何だてめェは!?」

 

「何……と言われたら、取り敢えず……家庭持ちの女医って事でいいかな?」

 

「唯の医者がしゃしゃり出てくんじゃねェ! ドクロッグ! デスカーン!」

 

 眉間に青筋を浮かべてブラッドはポケモン達に指示を出し、二体はアイリに向かっていく。

 

「ふう……ブリムオン」

 

 溜息混じりにアイリは別のモンスターボールを投擲、中からエスパー・フェアリータイプのガラル地方などで生息される静寂ポケモンのブリムオンが顕現される。

 

「あまり事を荒立てたくはないけれど……サイコキネシス」

 

 凄まじいサイコパワーがブリムオンから発生され、避ける暇もなくドクロッグは直撃を受ける。更に毒・格闘と言う相性最悪の弱点もあり、たった一撃で倒れ伏す。

 

「!?」

 

「ボーマンダ、龍の波動」

 

 間髪入れずボーマンダにも指示を送り、再び放たれた衝撃波で吹き飛ばされるデスカーン。

 

「う……あ……ク、クソッ!」

 

 見ず知らずの美女のポケモンに悉く一撃で倒され、ブラッドはポケモン達をモンスターボールに戻す。

 

 完全に劣勢に追い込まれたブラッドとは打って変わり、ゼノンは険しい顔でアイリを見つめる。

 

「さて……其方のイケメン君はどうするの? 隣のお仲間みたいに攻撃するの?」

 

「――否、この場は引き上げるとしよう」

 

 広場の外からサイレンの音が響き渡る。直に警察がやって来ると察し、顔を顰める。

 

「この(アマ)ァ…! サツが来るまで時間稼ぎしてやがったのか!?」

 

「こんな大事を起こしたんだもの、警察に連絡するのは一人の人間として当然の義務よ。警察が来るかどうかは賭けではあったけどね」

 

 先んじて本当に応じるかは不明だったが、賭けはアイリに軍配が上がったと言うべきか。

 

「……確かにこれ以上長引けば此方に分が悪い。遺憾ながら撤退させてもらうとしよう」

 

「あっ!? ……クソがっ!!」

 

 冷淡にゼノンが、激情に駆られながらもブラッドが撤退していく。

 

「ブリムオン、癒しの波動」

 

 彼等が撤退して暫く、ブリムオンが放つ癒しの光は気絶するサトシ達を包み込む。

 

「サトシ! しっかりして、サトシ!」

 

「先生、どうすれば…!」

 

「外傷は見受けられないけれど、念の為タマムシ大学へと運ぶとしましょう。私の研究室は医務室も兼任しているから」

 

「え…? どうしてタマムシ大学に……と言うか何で養成学校の先生が」

 

「アイリ先生は大学の教授も兼任していて、タマムシ大学からの出向なんだ」

 

「そう言う事。じゃあジュンサーさん達警察からの事情聴取を受け次第、彼等を搬送しましょう。子供達の親御さんへの連絡も兼ねてね」

 

 カスミ達は連日の事情聴取だが、しっかり受ける事を同意した。

 

 デザイアのお陰で予定していたスケジュールを潰されてしまったが、今はサトシの安否が気になる所であった。

 

 波乱に陥ったタマムシシティでの日々はまだ終わらない。

 

 

 To be continued

 

 

 




次回はタマムシ大学の話を投稿します……気長にお待ち下さい。
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