ポケットモンスター 〜THE LEGEND OF SAGA〜 REMAKE   作:虎武士

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#34 未だ見ぬ父への想い

「──うがああああああああ!!!!」

 

 何処かも知れぬ一部屋でブラッドの怒りを含んだ猛る声が響き、狂戦士(バーサーカー)の如く怒り狂い酒の入った瓶を次々に叩き割り、机や椅子、床が洒水で溢れ落ちる。

 

「殺す! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す! ぶっ殺す!!」

 

 先日までの余裕綽々とした傲慢な態度はかなぐり捨て去り、只々憎悪を含んだ形相を浮かべる。

 

 獣の如く荒々しい息を吐き、壁に向かって殴打や足蹴を繰り返し、両手から血飛沫を上げているにも関わらず、感極まる興奮状態が続く。

 

「あのガキ! この俺の顔に傷をつけやがってええええええ!!」

 

 自らの顔を容赦なく殴ったサトシに激しい憎悪を抱き、眉間に幾つもの青筋が浮き出ている。

 

 余程憎しみを覚えている様子であり、恨みを晴らさねば気がすまないようだ。

 

「ゼノンの野郎……さっさと帰りやがって! 何が「自分の蒔いた種は自分で始末しろ」だあ!? テメェに言われなくても分かってんだよ! 上から見下してんじゃねェぞゴラァ!!」

 

 街を去る際の彼の言葉は余計にブラッドの神経を逆撫でし、一向に怒りが収まらない一方。

 

 属する組織で妙にリーダーから気に入られている事自体不快に感じ、殺意と憎悪、妬みを強く募らせる。

 

 兎に角、何もかもが気に入らない。サトシ達のような純真無垢な者達も、正義の味方面をする連中も、何よりゼノンも。

 

「あーあー、こんなに滅茶苦茶にしちゃって……見事に荒れているね♪」

 

「…!」

 

 散乱した部屋に飄々とした声が響く。声音からして女性であろうその声の主はブラッドを嘲笑し、空間が歪むとその姿を現す。

 

「テメェ……ピエラ! 何しに来やがった!」

 

「おー怖い怖い♪」

 

 道化師らしい白塗りの顔に目下に月型の模様を施し、赤と青を基調としたピエロの衣装とポンチョを身に纏う深緑の髪の女。

 

 傍らには青い毛並みに白い触角を持つ、カロス地方などに生息するエスパーポケモン、ニャスパーの進化形──ニャオニクス(雄)が共におり、女──ピエラは愉快そうに笑う。

 

「どうだった♪ どうだった♪ ピエラちゃんのドッキリイリュージョン♪」

 

「何がイリュージョンだ! そのニャオニクスのテレポートで現れただけだろうが!?」

 

「はいせいかーい♪ ブラッドのおっちゃんでも分かる簡単なイリュージョンでしたー♪」

 

 揶揄い気味に戯れるピエラの口調にブラッドは青筋を眉間に浮かべ、彼女に拳銃を向ける。

 

 躊躇いなく波導の弾が放たれるが、ピエラは軽々と跳躍して弾道から離れる。

 

「相変わらず人をおちょくりやがって…! マジで何しに来た!?」

 

「何って勿論、おっちゃんの企ててる作戦に乗っかろうと思って♪」

 

「んだと…?」

 

 狂気を含んだ彼女の人懐っこい笑みに眉を顰め、ブラッドはピエラに疑惑の眼差しを向ける。

 

「それに此処に来たのはアタシだけじゃないよ♪」

 

 するとガチャッと扉が開かれ、その人物が入ってくる。

 

「うっわ、派手に荒れとるやん」

 

「バーンズ……テメェもか」

 

 赤い髪に右腕が金属製の義腕を持ち、コガネ弁で語る男──バーンズは部屋の惨状に淡々と評価する。

 

「ブラッド、ゼノンから聞いていたんやけど派手にやられたみたいやな」

 

「ゼノン……そうか、あの野郎の差し金か」

 

 名を聞くだけで何とも忌々しい事か、歯を軋ませて凄まじい怒りを募らせる。

 

「まあ確かに同じ気持ちやけど、俺も其方の作戦に乗っかるで」

 

「右に同じくー♪ 年下の子供に指図されるのって、いい気分しないしー♪」

 

 バーンズもピエラもブラッドと同様ゼノンに対して良い印象を持っておらず、不快感を抱いている。

 

「ハッ、揃いも揃っていい性格してやがるぜ」

 

 先程よりも幾分怒りが収まり、堂々と言ってのける二人にブラッドは下卑た笑みを浮かべる。

 

「そりゃあ此方の台詞やろうが」

 

「古風に言えば、御主も悪(ワル)よの〜って感じだね♪」

 

「其方から言い出したんだ、俺の計画に協力してもらうぜ」

 

 ブラッドは笑みを深くし、二人に近付く。

 

「俺が考えてんのは、この街の連中をパニックに追いやれる程のもんだ」

 

 下衆な笑い声は部屋中に木霊していった。

 


 

「う……う〜ん……」

 

 瞼がムズムズと動き、一人の少年の視界が開かれようとしていた。

 

「ピ〜〜カ〜〜……チュウウウウウウウウウウッ!!!!」

 

「ぎゃああああああっ!?」

 

 膨大な電撃が身体を襲うが、その衝撃で飛び起きるサトシ。

 

「ピ、ピカチュウ……おはよう」

 

「ピカァ!」

 

「おはようじゃない!」と言っているのか、頬袋を膨らませて不機嫌そうにピカチュウは腕を組む。

 

「あ……ご、ごめんな、また俺、やらかしちゃったみたいで」

 

「ピカピカァ……」

 

「って言うか……此処、何処?」

 

 周囲を見渡すと何処かの病室らしいが、少なくとも此処はポケモンセンターではないと察せられる。

 

「タマムシ大学の医務室兼私の研究室よ」

 

「サトシ!」

 

「サトシ、大丈夫!?」

 

 廊下から聞こえてきたのか、彼の声を聞いてカスミとタケシが医務室に入ってくる。

 

 その後ろからアイリも続くが、彼女は彼等三人の和気藹々とした光景を見守る。

 

「心配させないでよ、本当に! 丸一日眠り続けて、ずっと看病してたんだから!」

 

「その通りだ、少しは自分の身体にも気を付けてくれ」

 

「ピカピ〜カ」

 

「心配させてごめん、二人共」

 

 カスミとタケシに深々と頭を下げ、重々しく謝罪するサトシ。

 

「そうだ……あの子供達は!?」

 

「無事よ。貴方が悪党を殴り飛ばしたお陰で命は助かり、御両親の下へ帰る事が出来たわ」

 

「あ……そうか、よかった」

 

「後、あの子達から伝言を頼まれたわ、助けてくれてありがとう……だそうよ」

 

 懸念していた事をアイリが伝え、サトシはそれを聞いて胸を撫で下ろして安堵する。

 

「サトシ、この人はアイリ先生。タマムシ大学の医学を専攻として教鞭を取っている人なんですって」

 

「同時にポケモンドクター養成学校の先生として出向の身で、俺の先生でもある」

 

 カスミとタケシは手短に紹介し、サトシはアイリの方へと向き直る。

 

「あ、あの! 初めまして、俺──」

 

「サトシ君、でしょう? マサラタウンの」

 

「はい!」

 

「その調子だと後遺症はないわね。……本当、大きくなったわ」

 

『え?』

 

 その呟きにサトシ達は首を傾げ、アイリに視線を向ける。

 

 まるでサトシの事を存じているかのような言い回しだが、アイリは気にしていない素振りを見せる。

 

「そ、そうだ! 子供達は!?」

 

「無事よ。大した怪我もなかったから、通院で済んだわ。あの子達から貴方に「たすけてくれてありがとう」って伝言を受けているわ」

 

 気掛かりだった事の顛末と伝言を聞き、ホッとして息を漏らす。

 

「一先ず、着替えるといいわ。いつまでも病衣だと締まらないでしょう?」

 

 そう言えばと思い、カスミとタケシは彼の身に纏う病衣に目を向ける。

 

「た、確かに……俺の服は?」

 

「其処のタンスに仕舞っているわ……じゃあタケシ、着替えよろしく」

 

「嗚呼」

 

 カスミはアイリと共に一旦退室、そして暫くして着替え終えたサトシがタケシと共に医務室から出てくる。

 

「それじゃあ三人共。ちゃんと案内するから、変な寄り道はしないでね」

 

『はーい』

 

 

 

 学内をアイリに案内され、サトシ達は共に廊下を歩く。

 

 ポケモンドクター養成学校の見学を出来なかった代わりに、予定を変更してこのタマムシ大学の見学を特別に実施された。

 

「御覧の通り、此処に通う学生達は皆それぞれの夢の為に勉学に励んでいるわ」

 

 廊下から教室での様子を見てアイリは説明し、一同を促していく。

 

「ポケモンに関するポケモン学、科学に関するエンジニア学、医療に関する医学……これに関しては私を含めた医学に携わる人間がポケモンドクター養成学校に臨時的に出向する事が多々あるの。それからポケモンバトルを専門とするバトル学という学問もあるわ」

 

「バトル!?」

 

 自分にとって打ってつけの単語にサトシが食いつくが、今は自重して大学内の見学を優先する。

 

「他にはバトルフィールドや放飼(ほうし)スペースもあって、バトルやポケモンとの触れ合いを目的としたスペースが存在するのよ」

 

 ポケモンと人間の触れ合い……先ずはまだトレーナーにもなっていない子供達がポケモンを触れるかどうか、そしてポケモントレーナーとしてやっていけるかを試される。

 

 医学方面ではポケモンドクターを始め、医学に携わる者達が懸命にポケモンの命を救う事を専念される。

 

 他にもポケモンを育てるポケモンブリーダー、ポケモンの魅力を引き出すコーディネーターやパフォーマー、ポケモンの生態を知る為に研究者の道を進むのもいいだろう。

 

 人類とポケモンの為に更なる発明を発展させる為、科学者の道もある。

 

 まだ若き少年少女達を見てアイリは微笑み、歓喜の表情のサトシに視線を移す。

 

「ふふ……やっぱり親子揃って同じ表情するのね」

 

「え…?」

 

「ああごめんなさい、ちょっと昔を思い出してね」

 

 敢えて流そうとするが、サトシはそうはいかなかった。

 

「親子揃ってって……もしかして、俺のママの事を知っているんですか?」

 

「……貴方のお母さんだけじゃない。オーキド博士の事も知ってるわ」

 

 懐かしむように微笑み、アイリはサトシに語る。

 

「昔……私はトキワシティの病院で看護婦として働いていたの。命を救う為の職務の第一歩として念願の仕事に就いて、配属された先が産婦人科だった」

 

 遠い過去を思い出したのか、アイリは天井を見上げる。

 

「苦労の連続だったわ。子供を身籠った患者さんのお世話やちょっとしたミスで怒られ、生まれてくる子供に対しての質問の数々……下手すれば挫折しかねない程に私は何度も心が壊れそうになった」

 

 今現在ではとても考えられないであろうその極まった苦労過ぎる半生、あらゆる経験を当時からしてきたのだろうと一同は察する。

 

「その中で一番大変だったのは友人であるハナコが身籠った当時、私は死に物狂いでその出産に立ち会い、手術室で院長や先輩方と共に尽力を尽くした。その手術の最中で看護婦……それも新米でありながら私は彼女の胎児から一人の赤ちゃんを取り上げた」

 

 それこそが13年前の出来事……それも己が生まれた瞬間、サトシは自身の誕生の経緯を聞いて心に響くものを感じた。

 

 彼女が……アイリがいなければ自分が生まれてなかった故、純粋に礼を述べる。

 

「ありがとう……御座います」

 

「感謝する事でもないわよ。でも……私こそ、生まれてきてありがとう。貴方のお母さんの友人として感謝しているわ」

 

 気さくに微笑むアイリは彼の言葉を真摯に受け入れ、その頭を優しく撫でる。

 

「ちょ、ちょっと! 子供扱いしないで下さい!!」

 

「私からすれば貴方はまだまだ子供よ。ポケモン・ワールド・カルナヴァルに参加している以上、家の旦那とどれだけ渡り合えるかどうか楽しみだわ」

 

 頭を撫でられるサトシは嫌がっているが、それ程本気ではなく満更でもない様子である。

 

 ピカチュウもうんうんと黙って頷き、カスミとタケシは二人の様子を見て苦笑いする。

 

「何だかアイリ先生って、さりげなく近所のおばさん感があるわね」

 

「カスミ……確かに年齢的にそうだが、失礼だぞ」

 

「それにしてもアイリ先生の旦那さんか……ママさんの友達だし、結婚していて当然か」

 

 薬指に嵌っている指輪を見てカスミは察し、既にアイリが家庭を持っている事を意味している。

 

「家の旦那はいつも突拍子のない事を考えているからねぇ、ポケモン・ワールド・カルナヴァルなんて催(・)し(・)事(・)を(・)開(・)く(・)ぐらいだもの」

 

「……え?」

 

 思わずサトシの表情が真顔に変わる。アイリはハッと気付いて口を片手で覆うが、口を滑らせた時点で既に手遅れ。

 

 カスミとタケシも互いに顔を見合わせ、次第に顔色が青く変わる。

 

「え……そ、それって……まさか、え!?」

 

「ああ……言ってなかったわよね。ポケモンマスターであるジン君が私の旦那様なの」

 

『………ええええええええええええええええ!!?』

 

 街全体に驚きを含んだ絶叫が木霊した。

 


 

 校舎を飛び出し、グラウンドに設置されているベンチに一同は座り込む。

 

「ジ、ジンさんが……現在のポケモンマスターが旦那さん!?」

 

「ええ……うっかり口を滑らしちゃったけど、実はそうなのよ」

 

「タケシ! あんたこの事知っていた!?」

 

「いや…初耳だ。先生は御結婚されていると聞いていたが、誰なのかまでは……初めてお会いした際にお誘いしたが、優しく断られたよ」

 

 哀愁漂うタケシが黄昏れながら自身の振られ話を語るが、それに関してはどうでもいい。

 

「まあ聞けば確かに大事(おおごと)よね、ポケモンマスターの婚約相手だなんて。世間が驚こうとも、私はジン君を純粋に愛している。ハナコがマ(・)サ(・)ヨ(・)シ(・)君(・)を愛しているようにね」

 

 平然とした様子で天を仰ぎ、アイリは慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

 

「マサヨシ……もしかしてそれが」

 

 聞き慣れない名前だが、サトシにはそれがどういう事かを勘付くが、アイリが先に回答する。

 

「ええ……そうよサトシ君、それが貴方のお父さんの名前」

 

 知らされた答えを聞いてサトシは複雑そうに眉を顰め、右手で静かに拳を作って握り締める。

 

 アイリはその様子に息を吐き、彼の心境を見透かすように語る。

 

「知っているわ……彼がハナコや貴方を置いて姿を消した事、そして貴方自身が父親に対して良い感情を持っていない事を」

 

「……!」

 

 やはり母から聞かされているのか、自身の事を知った上で哀れみを含んだ眼差しを向けている。

 

「確かに嫌いにもなるわよね。今でも何処にいるかも分からず、誕生日にも帰って来ない。更にはそれをネタに虐められ、その虐めっ子から化(・)物(・)と罵られているのに、何の音沙汰もないとあっては」

 

 もしかしたら赤ん坊時代の彼が誘拐され、何かの実験台にされた事も知っているのだろう。

 

 カスミとタケシは真顔で口を止めようとしないアイリと、沈黙を貫くサトシを交互に見つめる。

 

「アイリ先生も……俺のパパがどんな人か知っているんですよね」

 

「ええ、知ってる。マサヨシ君は方向音痴がたまにキズだけど、ポケモンに愛情を注いでいた。滅多に他人に自分の事を話さないし、常にポーカーフェイスを貫いていたわ」

 

 意味が分からない、とサトシは片手で顔を覆う。どうしてそんな父を母やアイリ、オーキドやジンは信じられるのか。

 

 どういう経験を積んだらそんな人格が形成されるのか、まだ会った事もない父の人柄に疑問が浮かび上がるばかり。

 

「サトシ君……お父さんを良く思わないのは分かる。気持ちは分からなくもない、だけどね……マサヨシ君は貴方が思っているような冷たい人間じゃないわよ」

 

「だったら! どうして彼奴は帰って来ないんだ!!」

 

 怒りに駆られて八つ当たり気味に叫ぶも、部外者たる彼女を責めてもその理由は解明されないだろう。

 

「その怒り……ポケモンバトルでぶつけてみる?」

 

「え…!?」

 

 思わぬ提案に目を張るサトシ。諌めるどころか寛容なその対応に驚きと困惑が入り混じるも、バトルと聞いては無下に出来ない為に応える。

 

 

 

「おい、聞いたか? アイリ先生がポケモンバトルするって!」

 

「そうらしいわ! 行ってみましょう!!」

 

 話を聞き付けた学生達が観戦すべく校庭のバトルフィールドに集まっていき、物好きな学生達にカスミとタケシは苦笑いする。

 

「アイリ先生ってこんなに人気があるのね」

 

「それはそうだよ」

 

 そんなカスミの疑問に学生達が答えていく。

 

「この大学の講師で学生達のマドンナ、その上博識な名物先生!」

 

「美人で男子達は狙っているんだけど、既婚者なのは残念としか言いようがない…。でもトレーナー時代は相当な実力者だったらしくて、ポケモンリーグの四天王に匹敵する程だったそうよ?」

 

「手持ちのポケモンも全て強い上、まだ学生の僕達でも敵わない」

 

 学生達が彼女に対する言葉を送り、聞くだけでバトルの腕が窺える。

 

「っつーかあれ! 世界チャンピオンのサトシじゃね!?」

 

「もしかして先生の相手って、世界チャンピオン!?」

 

「マジか…。幾ら世界王者でも先生と渡り合えるかどうか、些か不安だな…」

 

 学生達の同情を含んだ声が聞こえてくるが、それに構わず両者はバトルフィールドのトレーナーボックス越しに向かい合う。

 

「使用ポケモンはお互い三体、三体共戦闘不能になったらバトル終了。それでいい?」

 

「はい…!」

 

「じゃあ其処にいる貴方、レフェリー宜しくね」

 

「あっはい、バトル開始(スタート)!」

 

「ピカチュウ、頼むぞ!」

 

 バトルフィールドにピカチュウが飛び出し、アイリはモンスターボールを取り出す。

 

「サトシを助けた際、ボーマンダとブリムオンを持っていたけれど」

 

「俺も先生のポケモンを完全に把握しているわけじゃない……その二体か、或いは」

 

 カスミとタケシが推察する中、アイリは天に向けてモンスターボールを投擲。

 

 モンスターボールが開くと同時に光が飛び出し、ピカチュウの前でその全貌が明らかとなる。

 

 紫色の巨躯を持ち、頭部の先端には鋭く尖った一本角。

 

「キィィイングッ!!」

 

 そのポケモンの種族名はニドキング、カントー地方などで生息が確認されるニドラン♂の最終進化形である。

 

「ニドキング!?」

 

「てっきりニドクインと思っていたが、これは意外だな……」

 

 多くの女性は大抵ニドラン♀をGETするのだが、アイリの意外なチョイスに驚きを禁じ得ない。

 

「で、出た……アイリ先生のニドキング」

 

「うわぁ……最初から先生、容赦ないわ」

 

 何処か哀れみを感じて学生達がニドキングの登場に遠い目をしていて、カスミ達は首を傾げる。

 

「先行は其方からどうぞ」

 

「じゃあ遠慮なく……ピカチュウ、電光石火で撹乱しろ!」

 

 持ち前の俊足でニドキングの周囲を駆け回り、目に止まらない程のスピードを披露する。

 

 目では追いつかない程のスピードを発揮しているピカチュウに対して、ニドキングは毅然とした姿勢を一貫としている。

 

 暫くするとニドキングは筋肉を解しているのかストレッチを始め、その不可解な行動にサトシは勿論カスミ達も首を傾げる。

 

「準備出来た?」

 

 アイリの問いにニドキングは首を縦に振り、嫌な予感を感じつつもサトシは攻撃に転ずる。

 

「ピカチュウ、アイアンテール!」

 

 一気に跳び上がり鋼の尾を振るおうとするピカチュウ。このままいけばまともに直撃、そう思われた…。

 

「毒突き」

 

 ニドキングの左手が拳を纏い、毒素を含んだ一撃がピカチュウの鳩尾に食い込む。

 

「なっ!?」

 

「ビッ!?」

 

 そのまま地面に殴り付けられ、ピカチュウは減り込む。

 

「は…? ……え!?」

 

「何だ、今の毒突きは…! 全く動きが見えなかった…!」

 

 速過ぎる一撃にカスミ達は驚き、あっという間に地に伏せられたピカチュウに目を張る。

 

 速いだけではない。重さも鋭さもあり、まともに食らっただけでこれだけのダメージ。

 

「うーん……やっぱり力が落ちているわね。バトルが終わった後、鍛え直しましょう」

 

「これで衰退しているの…!?」

 

 全盛期はどれだけのものだったのか、想像するだけでも血の気が引いてくる。

 

「ピ、ピカチュウ、大丈夫か!?」

 

「ピィカ……!」

 

 それでも攻撃一つでこれだけのダメージが蓄積され、まともに受ければ危険だと言う事。

 

「此方からいかせてもらうわよ? ニドキング、10万馬力」

 

 両手足が黄金色のオーラを纏い、凄まじいスピードで突撃してくるニドキング。

 

「ピカチュウ、躱せ!」

 

 その勢いでラッシュしてくるニドキングの猛攻を躱し続けるが、休む間も与えず攻撃が止まない。

 

 体格差もあって避けるのも困難であり、ピカチュウにとっては至難の業である。

 

「ピカァ!」

 

「あっ!?」

 

 ダメージもあってか右手の拳が顎に決まり、鋭い角が淡い光を帯びる。

 

「続けてメガホーン!」

 

 鳩尾に追い討ちが直撃し、ピカチュウの小さな身体が大きく吹っ飛び、フィールドに転がり落ちる。

 

「ピカァ…!」

 

「流石世界チャンピオンの相棒(パートナー)……そう簡単には倒れないわよね」

 

 それでもふらふらと立ち上がる様子にアイリは感心、このままだと危険だと考えサトシはピカチュウに「一旦戻ってくれ!」と告げ、ピカチュウはそれに従ってフィールドから離れる。

 

「ケンホロウ、君に決めた!」

 

 投擲されたボールから飛び出したのはイッシュ地方で確認されるノーマル・飛行タイプのケンホロウ、姿を現したケンホロウは雌の個体である。

 

「ケンホロウ、エアスラッシュ!」

 

 羽先から放たれる風の刃は一直線に向かうが、ニドキングの角が独りでに電流を帯びる。

 

「10万ボルト」

 

 角の先端から放たれる電撃は放射線の如く放たれ、危険を察知してケンホロウは躱す、電撃は空に浮かんでいる雲を貫通していった。

 

 最早雷と相違ない威力に誰しもが言葉を失い、一瞬の沈黙の後、カスミが「あれが10万ボルトの威力!?」と驚きの声を上げる。

 

「10万ボルトを撃ち続けなさい」

 

「くっ! 影分身だ!!」

 

 角の先端から放たれる電撃に対しケンホロウは分身を作る。分身は次々と瞬く間に霧散していき、最後の一体を貫く……が、その一体も霧散する。

 

「あら…?」

 

「燕返し!」

 

「そう言う事ね」

 

 太陽をバックにしてニドキングの視界を妨げ、その隙に燕返しを鳩尾に叩き込む。

 

 見事な撹乱作戦である、見事であるが…。

 

「だけど直接攻撃したと言う事は、どう言う意味か理解しているわよね…?」

 

「くっ…!」

 

 優雅に飛び舞うケンホロウの身体に毒が回り、苦しそうな声を漏らす。

 

 ニドキングの特性は毒の棘、直接攻撃をすれば相手のポケモンは毒状態となる。

 

 危険なリスクを犯してまで一体でも相手の数を減らそうとするその心意気は関心するが、逆を言えばポケモンを苦しめる行為だ。

 

 だがポケモンバトルに於いてそんな甘さなど捨てており、決死の覚悟でポケモン達は相棒(トレーナー)の期待に応えようとする。

 

「ケンホロウ! もう一度影分身!」

 

「させないわ……ニドキング」

 

 ニドキングは両足に力を入れ、一気に跳躍。

 

「なっ!?」

 

「毒突き」

 

 スレッジハンマーの要領でケンホロウの胸元に毒素を含んだ一撃を叩き込むニドキング、対応出来ずケンホロウは墜落……その一撃で昏倒していた。

 

「ケンホロウ、戦闘不能!」

 

「い、一撃…!?」

 

「重ね重ね言うが、これで現役を引退しているとは思えない…」

 

 猛毒状態だったとはいえ一撃でケンホロウを沈めたニドキングのレベルに吃驚し、学生達も冷や汗を流す程。

 

「戻れ、ケンホロウ!」

 

「この程度? これで終わってしまったら退屈よ」

 

「ピカチュウ、もう一度頼む!」

 

 多少は休めたかも知れないが、それでも状況が不利な事は変わらず……少しでも勝機を見出そうとピカチュウは再びバトルフィールドへ赴く。

 

「アイアンテール!」

 

「チュウ〜……ピッカァ!」

 

 鋼を纏う黄色の尻尾が振り下ろされるが、ニドキングは右腕で防ぐ。

 

「メガホーン」

 

 頭部の角が淡く光り、凄まじいスピードでピカチュウの小さな身体が空へと吹き飛ぶ。

 

「くっ……電光石火!」

 

「幾らスピードを上げたとしても──迷っている以上、貴方は勝てない」

 

 毒素を含んだ右拳が正確にピカチュウの右頬を食い込み、フィールドに叩き付ける。

 

「ピカチュウ!」

 

 無情に戦闘不能と判断され、サトシはその小さな身体をフィールドの外に優しく寝かせる。

 

「ふう……私は言った筈よ? バトルで怒りをぶつけるようにと」

 

「…!」

 

「貴方は何の為に怒りをぶつけるの? マサヨシ君を……父親に例え会ったとしても、一体どう怒りをぶつける気? そして……何を伝えるの?」

 

 濁る事のない強く、優しい眼光がサトシを捉える。サトシからすれば人生の先輩であり、母の友人。

 

 アイリの言葉はとても重い。父親に対して怒りを抱える自分を諭し、そして促している。

 

 だとしても納得出来ない。今になって会った事もない父親の存在が自分の心を掻き乱し、冷静な判断が出来ずにいる。

 

「頼むぞ──フカマル、君に決めた!」

 

 小さな鮫を彷彿とさせる地面・ドラゴンタイプの陸鮫ポケモン、フカマルは自身より巨大なニドキングと対峙する。

 

 ニドキングは地面タイプの他に毒タイプを持っている以上、現在の手持ちポケモンの中ではフカマルだけが有効な戦力。

 

「流星群!!」

 

 フカマルの口内に膨大な光が集まっていき、その光が口内から撃ち出されると散開──そのまま流星雨としてフィールド全体に降り注ぐ。

 

「全て毒突きで対処しなさい」

 

 臆することなくニドキングは両手を毒素に纏い、降り注ぐ流星を殴り付けて破砕。

 

 手慣れたように流星を破壊するその手腕に誰もが見惚れており、全ての流星は破砕された。

 

「あら?」

 

 フィールドを見渡すとフカマルの姿はなく、代わりに小さな穴があった。

 

「今だ、フカマル!」

 

 サトシが叫んだ瞬間、ニドキングの真下から穴が開き、フカマルが顎に頭突きする。

 

 流星群は此方の注意を逸らす囮、本命は穴を掘るによる直接攻撃にあった。

 

 見事な搦手だとしか言いようがないが、例え効果抜群のダメージを受けても虫ポケモンに刺された程度の痛み。

 

「良い作戦だったけど、詰めが甘いわよ」

 

「カフッ!?」

 

 フカマルの小さな身体にメガホーンが決まり、追い撃ちとばかりに右手に力を蓄えるニドキング。

 

「フカマル!」

 

「10万馬力」

 

 顔面に拳を叩き込まれ、小さな身体が空に舞い上がる。

 

(つ、強い……強過ぎる!)

 

 トレーナーを引退したとは思えない無駄のない実力はサトシを驚かせ、そして現実に叩き落とすのに十分過ぎるものだった。

 

「大変! このままじゃフカマルが!」

 

「くっ!」

 

「このままポケモン達が為す術もなく倒されるのを、見ているだけなの?」

 

 アイリは鋭利な刃の如く鋭い眼光でサトシを捉え、声を上げる。

 

「先日のデザイアの男の行いに対して、貴方はがむしゃらにも子供達を助けるべく立ち向かった。曰(・)く(・)付(・)き(・)の(・)力(・)を(・)抜(・)き(・)に(・)貴方は現実に抗ったじゃない、世界を脅かす連中から小さな命を守る為に」

 

「アイリ先生…」

 

「此処で諦めるようではポケモンマスターには一生届かない! それどころか自分のポケモンや仲間達、貴方を目標にしているトレーナー達にも失礼よ!」

 

 そうだった。先日のポケモンに触れなくなった時のように、自分はまた自己嫌悪になるところであった。

 

「立ち上がりなさい! 嘗て私が憧れた人の息子だとか関係なく、貴方自身が信じる道を進むのよ!」

 

 拳に力が入り、その叱責を聞いた瞬間──己の心に……魂に火が点いた。

 

「フカマル、まだ俺達は終わっていない! 皆の思いを背負って、最後までバトルしようぜ!」

 

 熱気あるその言葉にフカマルは頷き、その身体は淡い青い炎に包まれる。

 

「!?」

 

 青い炎に包まれたフカマルはニドキングに体当たりし、思わぬ反撃を食らったニドキングは倒れる。

 

「今のって…!」

 

「フカマルがサトシの決意を聞き、新しい技を覚えたんだ! しかもあれはドラゴンダイブだ!」

 

 新しい技を覚えたフカマルにサトシは歓喜を覚え、指示を飛ばす。

 

「フカマル! もう一度ドラゴンダイブ!」

 

「メガホーンよ」

 

 竜を模した青い炎を纏うフカマルに対してニドキングは角を突き立てて対抗、ぶつかる両者の間に衝撃が迸る。

 

 互いに押し合っているが、実力はニドキングの方が上。徐々にその勢いは増していき、フカマルの小さな身体がメガホーンに突き刺さる。

 

 そのまま吹っ飛ばされて大転倒、サトシの足元に倒れたフカマルは完全に気を失っていた。

 

「フカマル、戦闘不能! よってこのバトル、アイリ先生の勝ち!!」

 

 その瞬間、学生達から歓声が上がった。

 

「凄えぞ、このバトル!」

 

「アイリ先生には敵わなかったけれど、凄く熱かったわ!」

 

「先生の方は飴と鞭の使い方が天下一品だけど、過激過ぎっていうか…」

 

「惜しかったけど世界チャンピオン、良いバトルだったぞ〜!」

 

 誰もがサトシの奮闘を讃え、拍手喝采を送った。

 

 結果は惨敗だったが、それでも最後のフカマルの勇姿は各々の心に響く程のものだった。

 

 アイリが「えっ、私はガン無視?」と呟く中、暫しの間、拍手喝采は校庭全体に響き渡った。

 


 

 夕日に染まる大学の正門、サトシ達はアイリと向き合う。

 

「サトシ君、一先ず答えは出たのかしら」

 

「はい……取り敢えず、会ったら一発入れます」

 

「えっ? そ、それだけ?」

 

「てっきり文句を言うと思ったが、まあサトシらしいな」

 

 納得した様子でカスミとタケシは呆れ、サトシは清々しく苦笑いする。

 

「俺はまだ彼奴の事を全く知らない。だけど少しずつ、少しずつその道筋を辿っていけば、彼奴に近付ける──そんな気がするんだ」

 

「サトシ……」

 

「いつかパパさんに会えるといいわね、その時はちゃんと親子水入らずで語り合いなさいよね」

 

「カスミに言われてもな…」

 

「何か言った?」

 

 和気藹々と他愛のない会話を弾む三人、アイリは柔らかく微笑む。

 

「若い子は元気が取り柄よね……家の娘もこれぐらい愛想が良ければいいんだけど」

 

「家の娘…?」

 

「そう言えばジンさんもそんな事を言っていたような……娘さんってどんな娘なんですか?」

 

 アイリの呟きにサトシが反応し、彼女に問い詰める。

 

「サトシ君より8ヶ月程早生まれなんだけど、素直でなくて若干無愛想で困った娘なのよ。まあそう言う所も親としては可愛いんだけど……今はサトシ君のようにポケモン・ワールド・カルナヴァルに参加しているけど……運が良ければその内会えると思うわ」

 

 和やかに語るアイリの言葉に親として愛娘を思う気持ちが伝わり、逆に此方が微笑ましくなる。

 

 人物像を聞くだけでアイリとジンの娘がどんな人物かが分かるが、聞いているとあ(・)る(・)少(・)女(・)の顔が浮かび上がった。

 

(あれ…? もしかして…?)

 

 良く思い出してみれば彼女の髪はジンと同じ茶髪、サファイアを彷彿とさせる青い瞳はアイリと同じである。

 

 素っ気ない態度は二人とは異なるが、流石に考え過ぎだろうとサトシは自己判断する。

 

「それじゃあ俺達はこの辺で、ポケモンセンターに戻りますから」

 

「さよなら!」

 

「先生、レポートは街の滞在中に提出します! 後、もしよければ一緒にお茶を──ごほっ!? シ、シビレビレ…」

 

 自重しろと言わんばかりにモンスターボールから飛び出し、既婚者なのにアイリを口説こうとするタケシに毒突きを決めるグレッグル。

 

 予定は大分変わったものの、実りの良い一日を過ごしてサトシ達はポケモンセンターへと戻るのだった。

 

 アイリは見えなくなったサトシ達に小さく手を振り、すると衣服からスマホロトムが飛び出す。

 

 まさかと微笑み、指でスマホロトムをタップするアイリ。

 

《……ママ、もしかして今、大学にいる?》

 

「はいはい、美人のママよ。どうしたの?」

 

 音声の主はその軽口に溜息を吐きつつ、アイリに用件を伝える。

 

《手持ちのポケモン達の何体かを入れ替えたいの。仕事が終わり次第でいいから、頼める?》

 

「分かったわ、セ(・)リ(・)カ(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)は相変わらずね、少しは遠慮しなくていいのよ。何だったらパパにも連絡して──」

 

《親父は別にいいわよ……兎に角、お願い》

 

「ええ、可愛い娘のおねだりだもの♪」

 

 スマホロトムの通話を切り、アイリは鼻歌を歌いながら医務室へ戻るのだった。

 

 

 To be continued

 

 

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