ポケットモンスター 〜THE LEGEND OF SAGA〜 REMAKE 作:虎武士
今、真っ白で静かな町は災厄の炎に包まれている。
火は次々に木に燃え移り、芝生や草木を焼き尽くす。
だが彼等は指を咥えて黙っているわけではない、ポケモンと協力して消火活動を行っていた。
ワニノコ、ヘイガニやミジュマルと言った水タイプのポケモンが消火を行い、カイリューやドダイトス、オンバーンと言った巨体だったり飛行タイプのポケモン達が遮蔽物を撤去し、フシギダネを中心としてそれぞれの役割分担をして町の人々やポケモン達を避難させている。
「研究所を避難先にして良かったものの、いつまで持つのか……」
突然の攻撃で火が燃え上がるも、サトシのポケモン達が鎮火に協力してくれたお陰で次々に火が消えていっている。
火の心配はなくなったが、突然の事で町の人達の心労が絶えないだろう。その不満が爆発してもおかしくない状況だ、ケンジやオーキドはそれだけが気掛かりである。
「……あれ? ママさん?」
視線を逸らしてみるとハナコがモンスターボールの置いてある棚に近付き、モンスターボールを六つ手にしている。
「マ、ママさん? そのモンスターボールは──」
「いかんぞ、ハナコさん! 行ってはならん!」
血相を変えてオーキドが彼女の前に立ち塞がり、行手を阻まんと両手を広げる。
「どうしました、オーキド博士? 私は自分の子達を呼びに行くだけですよ」
いつもと変わらぬ優しい笑顔、しかし何処か抑制が外れたような声色でオーキドに語りかける。
「お主のそう言う一面を知っているからこそじゃ! ハナコさん、否──ハナコ君! サトシが心配なのは分かる、じゃがお主が出向いたら色々大変なんじゃ!」
憔悴しきった口調でハナコを諭そうとするオーキド、滅多に見られないやり取りにケンジもバリヤードも困惑する。
(ど、どう言う事なんだ? ママさんが本気になったら大変って…それに博士のこの慌てぶり…)
絶対何かがある、ケンジはこの会話に対して疑問を覚えた。
良く思い返してみれば優しい母親と言う以外、彼女の顔を知らない。もしかしたら自分達は勿論、サトシも知らない一面をハナコは持っていると言うのか。
そんな疑問が過る中、ポケモン達はせっせと避難誘導に勤しんでいく。
許さない、許さない、ユルサナイ。
酷くて醜い感情、これが人を
初めて会得したその感情にサトシは激しい憎悪に駆り立てられ、目の前の青年を鋭く睨み続ける。
それと同時に、底知れぬ言い難い恐怖を覚えた。
「電光石火!」
持ち前のスピードでピカチュウが翻弄する、だが幾ら速く動いても動揺することなくハッサムは同じスピード──否、それに勝るスピードで着いて行っている。
「メタルクロー」
ゼノンの冷たく冷酷な声色が響く、ハッサムは腕の鋏を振り上げてピカチュウの動きを捉え、振り払うように吹っ飛ばす。
ピカチュウの転がっていく姿を容赦なくハッサムは目に止まらぬスピードで追い、両手の鋏を突き出して展開する。
「スピードスター」
展開された鋏から無数の星が放出され、反撃する暇も与えずピカチュウを襲っていく。
「…! ピカチュウ、回転しながら10万ボルト! カウンターシールドだ!」
「ピカ〜〜チュウ〜〜!!」
ネズミ花火の要領で回転し、電撃を放って星を撃ち落とすピカチュウ。
やがて星は全て落とされた、ピカチュウは起き上がってハッサムを威嚇する。
「…大した奴だ、スピードスターを落とすとは」
「お前みたいな奴に褒められても嬉しくなんかない…!」
湧き上がってくるのは明確な敵意と憎悪、今にも怒りで気が狂いそうになる。
今まで出会い、バトルをしてきたトレーナーは皆誠意があり、ライバルと認める者が多かった。
他にも悪意のある人間にもあの三人組の他に、目的を持って全てを投げ打つ程の覚悟を持つ連中もいた。
──だが、このゼノンと言う男は異質だ。
表情筋を何一つ変えず、両眼に宿す瞳の色も変えない。
無機質な人形のように冷たく、心がないのか動揺する素振りさえも見せない。
このハッサムもまるで機械のようにトレーナーの指示で動き、疑問を抱くことなく忠実に動き従っているだけである。
「ましてや…お前みたいに命を奪うことに躊躇いもない奴に負けるもんか!」
「……世界王者と聞いてどれ程の男かと思えば、所詮は唯の餓鬼だな」
「何だと!?」
「確かに貴様は世界最強だろう。だが、それは
貶むような眼差しが向けられる。
「裏の世界ではポケモンハンターやポケモンバイヤーと言った密猟者共に貴様が潰してきたような裏組織の連中、
眉間に皺を寄せてゼノンは淡々と言う、まるで自分自身がそうだったように聞こえる。
「だから貴様のような餓鬼を、陽の光の下で生きる人間を見ていると忌々しくて仕方がないのだ。 ──シザークロス」
「ッ! ピカチュウ、躱せ!」
放たれた斬撃が早く、直撃を受けたピカチュウの身体が転がっていき、サトシはその小さな身体を受け止める。
「ピカチュウ! 大丈夫か!?」
満身創痍となったピカチュウの口から「ピカ……」と弱々しい声が聞こえる、サトシは近くにある木に寝かせる。
「ピカチュウ、ちょっと待っててくれ。絶対此奴に勝ってみせるからな」
ホルダーからモンスターボールを取り出し、勢い良くサトシは投擲する。
「ゴウカザル、君に決めた!」
モンスターボールから出て来たのシンオウで最初に貰えるヒコザルの最終進化形、炎・格闘タイプのゴウカザルだ。
「貴様…確かポケモンマスターになると言っていたな」
「だったら何だ…!」
「否──随分な絵空事だと思っただけだ」
「!!」
ハッサムをモンスターボールに戻し、新たなポケモンを投入した。
「死の旋律を奏でろ、カラマネロ」
エスパー・悪タイプを持つマーイーカの進化形、カラマネロ。触手のような腕を自在に操り、強力な催眠術を駆使する事が出来るポケモンだ。
「俺が……俺がポケモンマスターになれないって言いたいのか!?」
「夢は所詮夢だ。どのように理屈を述べたとしても、都合の良い夢に変わりない」
悟ったような物言いにサトシは納得いかないように顔を歪める。
「ゴウカザル、マッハパンチだ!」
ゴウカザルは拳を前に突き出すと次の瞬間、目で追えぬスピードでカラマネロの懐に拳を食い込む。
「続けて火炎放射!」
灼熱の炎に飲み込まれるも、平然として歩いてくる。
「何をしても無駄だ、直ぐに終わらせてやる」
「…ま、まだだ! 火炎──」
「サイコカッター」
二本の触手を振るうと念波で顕現し刃が放たれ、刃は瞬く間にゴウカザルの身体を切り刻む。
「ゴウカザル!」
「辻斬り」
そして目に止まらぬ速さでゴウカザルの身体を横切る、何が起こったのか分からず見つめていると──糸が切れたようにゴウカザルが倒れ伏す。
「そ、そんな…!」
特性の猛火が発動させることもなく、呆気なく倒された事にサトシは愕然とする。
「……さっさと諦める事だな、己の弱さを認め──」
「五月蝿い! まだ俺は戦える! 行け、ワルビアル!!」
「往生際の悪いことこの上ないな」
次にサトシが繰り出したのは悪・地面タイプのワルビアル、自慢のサングラスを掛けて構える。
「まあいい……気の済むまで付き合うとしよう。死の旋律を奏でろ、クレベース」
対するゼノンは氷タイプのクレベース、氷山ポケモンと名高い巨体を併せ持つ。
「ワルビアル、ストーンエッジ!」
「無駄だと言った筈だ、吹雪」
大寒波と見紛う猛吹雪が襲い掛かり、ワルビアルは瞬く間に完全に凍結していった。
「戻れ、ワルビアル! だったら次はルカリオ、君に決めた!」
「死の旋律を奏でろ、キュウコン」
波導ポケモンと名高いルカリオに対し、ゼノンは炎タイプのキュウコンを繰り出す。
「ルカリオ、波導弾!」
「遅いな」
放たれた波導弾をしなやかな動きで優雅に避け、キュウコンは灼熱の炎をルカリオに放った。
だがルカリオは素早く躱し、距離を取って波導弾を放つ。
「火炎放射」
だが幾ら速かろうと攻撃の前では無意味、ルカリオは波導弾ごと炎に飲まれて倒れ伏す。
「くっ…! ゲンガー、頼む!」
「死の旋律を奏でろ、クリムガン」
サトシは毒・ゴーストタイプのゲンガーを、ゼノンはドラゴンタイプのクリムガンを投入する。
「ゲンガー、マジカルシャイン!」
凄まじい光がゲンガーから放たれ、クリムガンに命中する。
効果抜群であるフェアリータイプの技を受けたにも関わらず、クリムガンはゆっくりと動き出す。
「しっぺ返し」
後から出すとダメージが強力になる悪タイプの技、効果抜群もあってゲンガーは倒れる。
「ゲンガー、戻ってくれ」
──勝てない。
次々に一方的にポケモン達が倒れていき、サトシは言葉を失うしかなかった。
殆ど一撃だけで悉く此方の戦力を減らされていっている、こんな絶望的な状況下に追い立てられた事など今まであっただろうか。
否、なかった筈だ。
「……ベイリーフ、君に決めた!」
最後の一体、草タイプのベイリーフが馳せ参ずる。
「死の旋律を奏でろ、ザングース」
ホウエン地方などで確認されるノーマルタイプ、猫イタチポケモンのザングースが現れる。
「ベイリーフ、葉っぱカッター! ザングースを近付けちゃ駄目だ!」
困惑しながらもベイリーフは葉っぱを刃のように飛ばす、だがザングースは物ともせずに両手の爪で真っ二つにしていく。
「インファイト」
無慈悲に指示が下され、ザングースはベイリーフに容赦のない殴打と足蹴を繰り返す。
なす術もなくベイリーフは真面に食らい、その場で横たわる。
「……これで分かっただろう」
一方的な完全敗北を喫する形となった、今のサトシには何も聞こえなかった。
「夢は所詮、夢だ。貴様が如何に足掻こうとも、夢は幻想でしかない」
夢など最初から持たぬ方が良い、夢を持つ者は脆弱で愚かな存在なのだから。
「……だ」
「……?」
「そんなの嫌だ、夢を持って何が悪いんだ。夢を持つ事の何が悪いんだ、そんなに悪い事なのかよ……!」
バキッと右頬に痛みが走る、殴られたのだ。後方に倒れ、立ち上がろうとするサトシの胸あぐらを掴み、顔を重点的に殴打を繰り返すゼノン。
何度も、何度も殴り続ける。殴打するごとにサトシの口や鼻から血が溢れ、ポタリと地面に零れ落ちる。
無表情のまま殴打を繰り返すゼノンは飽きてきたのか、拳を下ろして彼をボロ雑巾の如く投げ捨てる。
最早無残なまでに傷だらけの少年を見下ろし、背を向けて歩き出す。
「聞いて呆れる…、王者とはやはり脆弱なものだな」
失望したような顔で歩き続ける、最強のトレーナーの無様な姿を見て深く息を吐く。
所詮人間やポケモンは力に縋るしかないのだ、力を持たぬ者は永遠に弱いままなのだから。
ピカチュウはその姿を見て追い掛けようとするも、まだ傷が痛むのかボロボロの身体を引き摺る。
上手く歩く事もままならず、途中で躓いてしまう。
主があんなにボロボロとなり、散々痛めつけた男は去っていこうとする。
もう自分達に出来る事はないのか、自然と涙が流れてくる。
ドクンッ!
そう思った時だ、何かの心音が躍動した音を聴いたのは。
先程まで動かなかった少年の指がピクッと動き、ゆっくりと起き上がる。
「ピカピ…!」
「……!?」
ピカチュウはその姿に歓喜の声を上げ、ゼノンは目を大きく見開く。
「どう言う事だ…? 最早立ち上がる気力すらない筈…一体何処からそんな力が…」
あり得ないとばかりに困惑するゼノン、だが実際に虫の息も同然だった彼がこうして立っているのは紛れもなく事実だ。
「………」
「……ピカピ?」
ピカチュウは首を傾げた、どう言うわけなのかサトシの口から何も言葉を発さない。
その様子に違和感を感じていると、自身の全身が“何か“に止められる感覚を覚えた。
「ピカ…!?」
自由に動けない、赤黒い"何か"に突き動かされ──自分の意思と関係なく頬袋に赤黒い電撃が集まっていく。
「──10万ボルト」
何処か冷たく、濁るような声と共にピカチュウは赤黒い電撃を放った。
「チュウウウウウウウ!!」
金縛りに遭ったように勝手に電撃が放たれる、電撃は真っ直ぐに──ゼノンに狙いを定めていた。
「何……!?」
正気を疑うようなトレーナーへの直接攻撃。ゼノンのモンスターボールが勝手に開き、飛び出したハッサムがゼノンの前に立つ。
「ハッ……!!」
彼の盾となったハッサムは真面に電撃を浴び、その場で膝をつく。
何だこの威力は。幾ら10万ボルトとはいえ、この威力は明らかにおかしい。まるで片方の──トレーナーの枷が外されたような、常識を逸脱したようだった。
「スベテヲ、スベテヲコワセ……一片ノカケラヲノコサズニ……!」
目の焦点が合わず、血塗れの顔で怒りに染まった少年は無慈悲に告げる。
全身から赤黒い光が覆われ、連動して赤黒い電撃が無造作に放たれる。
電撃は木を、草原を、地面を焼き払う。周りを考慮しない無差別攻撃を自分の意思と関係なくさせられる中、ピカチュウは必死にサトシに呼び掛け続ける。
だが彼自身は──否、正確には彼ではない"何か"が彼の意識を奪って無差別な破壊を行っている。
どうすればいいのか、ピカチュウは必死に呼び掛けていく。
「コワス、コワス…コワスゥゥゥゥゥッ!!」
"何か"は吼える。一人の少年の身体を通して心臓を躍動させ、彼の放つ赤黒い光は拡大していく。
「──おいおい、随分暴れてんじゃねーか」
飄々とした呑気な声が響く。見知らぬ男が突如として現れてピカチュウは困惑するが、ゼノンは目を大きく見開く。
「取り敢えず──坊やの方を黙らせるか」
ヒュンッ、トンッ。
「ガ……ァァ……」
一瞬で後ろを取られると手刀が首筋に決められた、攻撃された事を確認する前にサトシの身体が崩れ落ちる。同時にピカチュウを縛り付けていた束縛が解け、自由の身になるとピカチュウは直様サトシに駆け寄る。
「ピカピ!」
「心配すんな、眠らせただけだ。お前さんのトレーナーは疲労を蓄積され、精神的な負荷を掛けられたんだ」
ピカチュウを安心するように男は諭す、そう言われるとピカチュウは安堵の息を吐く。
だがゼノンは違う。突如現れた男を只々凝視し、思わず身構える。
「……何故貴方の様な御仁が此処にいる」
「故郷の危機に駆け付けねえ奴が何処にいるんだよ。まあ、今回は譲る形になっちまったけどな」
申し訳なさそうに既に意識のないサトシを見ながら言う、ゼノンはモンスターボールを投げようとする。
だが男は彼を諭す。
「止めとけ。無駄にポケモンの数を削るつもりかよ、それに──大事な
満身創痍のハッサムの状態にゼノンは静かにモンスターボールへ戻す、彼は再び背を向けるとゆっくりと歩き出す。
「……今回は手を引こう。だが、次に邂逅する時は容赦はしない。例え、世界最強である貴方であろうともな──」
それだけ告げて彼は姿を消した、男はやれやれと言った風に息を吐く。
「さてと坊や、あんまりおっかさんを心配させんなよ」
男はサトシを背負い、静かに歩き出す。
「お前さんはまだまだ若いんだ。死に急ぐような事は勘弁だからな」
こうして突然のマサラタウン襲撃は、突然に終わった。
この出来事は間もなく、世界中を震撼させる事となっていく──
To be continued