ダンガンロンパ(仮)-よみがえり-   作:冷凍かに缶

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非日常編 交差する捜査

 

 

" 捜査 開始! "

 

 

 

 まずはマナクマファイルで確認してみよう。

 俺たちは一斉にタブレット端末を見た。

 現場の写真から、死体の状況まで載っている。

 

 

 

 

 被害者:藤沢 峰子(超高校級の演劇部)

 場所:ダストルーム

 死亡推定時刻:19:30

 死因:胸部と腹部に、鋭利なもので刺されたことによる失血死

    首には絞められた痕

    唇には薬物の反応が見られる

 

 

 

 遺体を見ながら確認したが、間違っているところはなさそうだ。首には“紐で縛られたような痕跡”があり、唇には、なにか“液体”を含んだかのように濡れている。

 

「この液体は、毒だろうか? 毒だとすればどこにあるのやら……」

「うげっ、毒とかマジ……?」

 

 こうして見ると、絞殺や毒殺もありそうだ。

 でも、ファイルでは“刺殺”と書かれているので、死因はあまり疑わなくていいのだろうか?

 

「ここの血の形が奇妙ですね。なにか置かれていたのでしょうか?」

 

 白河が指摘した血だまりは、ほとんどは丸に近いが、“ほぼ90度にまっすぐになっている箇所”が一つあった。

 犯人、または藤沢がなにかを置いていたのだろうか。

 それにしても、“血の飛び散り”も激しいな。

 犯人も返り血を浴びたのだろうか……?

 

「鋭利なものっていうと刃物かしら? ナイフ……ではなさそうね」

「っていうかさー。いかにも『キョーキでーす』みたいなのって、なくね?」

 

 たしかに藤沢の遺体と血だまり以外、ダストルームにはなにも転がっていなかった。

 犯人は“凶器類”をどうしたのだろうか?

 

「あ、そーだ! あそこの焼却炉で燃やしたとかありえるんじゃない?」

 

 そう言って、真田が示したのは、さきほどから轟々と燃えている“焼却炉”だ。

 人がいると自動的に燃えて、帰ると自動的に消されるという、昔ながらの物のはずなのに、やけにハイテクな焼却炉だ。

 学園生活中、俺もよく使わせてもらったものだが……。

 

「全部は無理よ。ナイフではなかったとしても、刺し傷ができる凶器を焼却炉に入れられるとは考えられないわ」

「なら、あちらのダストボックスに捨てた可能性もありますね」

 

 白河が指さしたのは小さな段差だった。

 近づいて段差をあがり見下ろすと、床に扉がつけられている。

 扉には“ダストボックス”と書かれているので、ゴミ捨て場と言ったところか。

 しかし、その扉は閉ざされていて、俺が取っ手を引いても、叩いてみてもびくともしなかった。

 

「開かないと、確認しようがないじゃないか……出てこい、マナクマ!」

『はーい、呼ばれて飛び出ましたけどー?』

 

 四月一日が叫ぶと、マナクマがどこからともなく飛び出す。

 こいつも一体どういう仕組みなんだ?

 

「このダストボックスというものは、なんですか?」

『ありゃ、説明してなかったっけ? 焼却炉はいつでも使えるんだけど、この“ダストボックス”、つまりゴミ箱なんですけど、ボクが夜なべで作ったんだ。開いている時間が決められていてね。朝は8~10時、夜は18~20時まで開いてまーす。ってか、今日の夜まで調整中で使えなかったから、ちゃんと、“全員には”説明してなかったね!』

 

 全員には……と言うことは、特定の人は知っていたってことなのか?

 

「とにかく、今すぐこのダストボックスを開けるんだ。探したいものがある」

 

 四月一日が強い口調で詰め寄った。

 すると、マナクマは手を後ろに回して寂しそうな表情で俯いていた。

 

『あー……難しいんじゃないでしょうかね。なにしろ、底が深いし。ダストボックスはなんでも捨てられるから、その中身を掃除するのはノーマークでさ。ようはメンドウなんすよね。開けるのはムリというより、ムダだと思うけど?』

「私たちは屈しない。懐中電灯を持ってきてでも見つけてみせる。だから開けるんだ」

『それも無理ゲーじゃね? というかゴミを探すゲームとか文字通りゴミゲーですな!」

「どのくらい底が深いのですか?」

『深さざっと30メートル。広さは甲子園一個分』

 

 端的にマナクマがそう言ったのを聞いて、俺たちは顔を見合わせてしまった。

 これでは、砂漠でビーズを見つけることと同じだ。

 

『それに、ダストボックスに不用意に近づいたら、ボクが注意して止めるという仕組みになってますからね。足を踏みはず死の裁判なんか、オマエラやる気失せちゃうでしょ?』

「では、死体はどうでしょうか?」

『えっ、したい? や、やだ、ボクでなにをしたいって言うの白河くん!』

 

 マナクマが、はあはあと息を荒くして、顔を真っ赤にさせる。

 完全に俺たちは引いてしまったが、白河はため息を吐いただけだ。

 

「亡くなってしまった人物のことです。もしも、犯人が死体をダストボックスに捨てようとしたら。あなたは止めますか?」

『死体が人間かどうかで、また倫理的な問題が発生しそうだけど、さっき言った通り、ダストボックスの掃除をしてないから、死体を捨てられたらボクもどうしようもないね。止めるよ、うん」

「それともう一つ。この部屋の扉は一体、どうなっているんだ?」

 

 腕を組んだ四月一日がそう言うと、マナクマは、「にゃぽ?」とほとんど見えない首を傾げた。

 

『とびらー? 3行で説明してよ』

「この部屋は扉で隔たれていたのに、血の匂いを嗅ぎ分けられてしまったのか気になるのだ。希望ヶ峰学園は防音性、密閉性に優れているはずなのに何故だ?」

『3行じゃねーから減点……このダストルームの扉は、設計ミスで“薄く”作られているのです。だから防音性も低いし、変に鼻が良い負け犬なんかはちょっとの匂いも分かっちゃうかもね』

 

 なるほど。だから、白河はわかったのだろう。

 音も気づかれてしまい、匂いも分かってしまうということか。

 犯人はそのことも知っていたのだろうか。

 

「もう説明は結構です。そんなことよりダストボックスを開けてくれませんか?」

『3行で説明してくれたら開けたけど、3行じゃないから、気が向いた時に開けるよ……』

 

 そんな理不尽なセリフを吐きながら、マナクマはまたどこかに去ってしまった。

 

「すまない。私が3行で説明できなかったばかりに……」

「四月一日ちゃんは気にしなくていいって! あんなのマナクマのきまぐれだって!」

「そうよ。それに少し時間が経てば、きっと開けてくれるはずだわ」

 

 そうであることを、今は願うしかない……。

 

「では、これからどうしましょうか。私はここに残ってもう少し調べたいと思います」

「なにしろ、今いる人数が少ない。私は他の者たちを探すために校舎を見回りたい。事件での重要な点も見つけたいのだが……」

「藤沢は私が見張るわ。一人だけだと私が疑われるから、もう一人必要なんだけど……」

「じゃ、じゃあ、うちがやる。よし、きばっていかなきゃ」

 

 見張りは紅と真田が行うようだ。

 白河はここに残り、四月一日は校舎の探索。

 俺はどうしようか。

 

 そうだ、萩野を体育館に送り出していたんだ。

 あのアナウンスを、萩野も聞いただろうか。

 ……ちょっと見に行こう。

 先に俺はダストルームを出て、真っ先に体育館へと駆けだしていった。

 

 

 

 

 

 

「……! 七島っ!」

「あっ、な、七島っち!! 生きててよかったのだぁぁ……!!」

 

 体育館に着くと、すぐさま萩野が駆け寄って来る。

 それと同時に、大豊が、つられてやって来た。

 

「おい、さっきの放送にこのファイルって。なにがどうなってんだよ。マナクマはなにが言いたいんだ!」

「ね、ねえ、うそだよね……? 藤沢っち、死んじゃったわけないよね!?」

 

 二人は俺に一斉に捲し立てた。きっと、アナウンスとマナクマファイルをもらって気づかされたのだろう。

 俺は静かに首を振った。表情でなにを言わんとしていることには二人とも察したのか。すぐに押し黙ってしまった。

 そして、黒生寺は転寝のように頭を垂れていたが、用心棒のように佇んでいた。

 ……って。

 

「黒生寺!? お前、一体どこにいたんだ。パーティに、なんで来なかったんだよ?」

「ここで、弓矢を射っていた。クソぽんぽこと」

「ぽんぽこ……え、ええと、十和田、か?」

 

 黒生寺はゆっくりと頷く。顔は不服そうだ。

 

「どうして?」

「アイツがケンカをふっかけてきやがったからだ……」

「えっ?」

「この“果たし状”を読めばわかんだろ……」

 

 そう言って、黒生寺から乱暴に紙きれを押しつけられた。

 そこには、次のように書かれていた。

 

 

 

 黒生寺 五郎へ

 お前のBB弾銃は預かった。

 返してほしければ、6時50分に体育館へ来い。

 弓矢の10本勝負だ。

 

 

 

「……あ? なんだよこれ?」

 

 萩野が代弁して、俺の気持ちを発していた。

 

「おめー、BB弾銃なくしたのか!?」

「何度も言わせんじゃねえ……本当だって言っているだろーが……BB弾銃だからって油断してた……」

「だからって、ガンマンだろ!? しっかりしろや!」

「んなの俺だってわかってる……でも、あれがないと俺はただのマンだ……」

「はむう、どっちかっていうと、ガンマンとかマンよりも、ビーダマンじゃないのー?」

「でも、一体、誰だったんだ? これ書いた人は」

「だからクソタヌキだって言ってんだろ……呼んでおいて10分遅れてやってきやがった。もちろん弓の勝負は俺が勝ったが、知らないって突っぱねられた。腹が立って、罵ったらアナウンスが鳴りやがった。んで、結局、うやむやで逃げやがって……クソが……! 見つけたら、ポックリ逝かせてやる……」

 

 そう言って、黒生寺は体育館を去ってしまった。

 彼は、どうやら捜査をする気がないみたいだ……。

 と言うか、その十和田は、どこに行ってしまったんだ?

 

「ねーねー、ところで萩野っちは、なんでこんなことしてんの?」

 

 ふと、大豊が萩野を呼びとめる。

 彼女が指をさした床には、弓矢が綺麗に並べられている。

 数十本はあるみたいだが……。

 

「なんだ、これ?」

「さっきマナクマからファイルをもらったからよ……正直、信じられねーけどな。でも、マジで殺しが起きたら、犯人をあばかないと俺ら全員死ぬじゃねえか。だったら、少しでも、真相に近づけなきゃならないだろ……」

 

 アナウンスとファイルの状況で、萩野も相当、混乱していたのだろう。しかし、その中でも、萩野は認めたくないけど認めていたのだ。

 やはり、どんな絶望的状況下でも萩野は強いな……。

 

「そんでよ、凶器なんだろうって考えてたんだよ。それで、死体も写真で見ただけだから、ビッミョーだけどよ。胸部と腹部の刺し傷って、書かれてあるからさ。凶器はなにか“刺すもの”じゃねえかなって思って」

 

 なるほど、だからこうして並べているのか。

 矢も鋭くとがっていて、刺すという点ではありえなくない凶器だ。

 

「もしかして、数を確認しているのか?」

「ああ、ちょうどリストがあるから確認してみたぜ。でもよ、弓に使う矢が5本足りねえんだよなあ……」

 

 ……えっ?

 

「本来なら“矢は40本あるはずなんだけど、35本”しかねーんだ。“予備の矢の羽の部分とか、矢じりは5個”あるけど。肝心の矢がない。黒生寺にも聞いたが『知らん』とのことだ。でも、これってよ怪しくねーか?」

 

 まあ、たしかに怪しくないと言ったら嘘では無いが。

 

「そーだ! 鋭いのって言ったら……ほら、これもー!」

 

 そう言って、大豊が準備室から“フェンシング用のサーベル”を抱えて持ってきた。

 

「お、おい、危ないぞ」

「へーき、へーき! ちゃんとサヤに入ってるもん!」

「おめー、気をつけろよ……で? 何本あんだ?」

「5本あったのだ!」

「んー、リストも、“サーベルは5本”って書いてあるな。藤沢を刺して、ここに戻って来るまで……ちょっとリスクが高すぎだな。やっぱり候補として外していいか」

『外しちゃうの?』

「うぉっ!?」

 

 萩野が驚いた先には、マナクマがぴょこんと現れていた。

 なんなんだ、こいつは。

 

「な、なんだよ、外しちゃダメっつーことは、これが凶器か?」

『外しちゃうんすかー?』

「凶器なんだな? 外すなって言いてーんだな?」

『いや、外せるすんよ』

「外す、外せないどっちだよ!?」

「ま、待て待て。なんの話だ!」

 

 耐えきれずに、つい口をはさんでしまった。

 外すという言葉が、耳の中で、どんどんとゲシュタルト崩壊を起こしていた。

 

『実はさ、この弓も矢も剣道の竹刀も、全部ボクが作った殺傷力抜群なものなの。わくわくしちゃうね! それに本物で人殺されたら、なんとか協会を敵に回すことになるし……とにかく、ボクが作った用具だからさ。ちょっと柄の部分を引っ張ってみてよ』

「えっと、こうかな……って、ふぉっ!?」

 

 大豊が力任せに引っ張ると、小さな叫びとともに。

 

 がしゃん!

 

 “サーベル”の鋭利な剣先が床に落ちた。

 俺と萩野は音とその光景に思わず一瞬だけ震えた。

 大豊は柄の部分だけを持っていて、床には剣の部分だけが転がっていた。

 

「うわわわっ!? すごいのだ!!」

『ね? ビックらこいたでしょ? こんな感じで“簡単に取り外し可能”なんすよ。跳び箱みたいに竹刀も三つぐらいに分けられるし』

「じゃあ、この“矢も羽の部分とか先っちょ”とかはずせるのー?」

『できますけど、ちゃんと片付けてくださいね! マナクマからのお約束なんだからね!』

 

 そう言ってマナクマは意味の分からないセリフを吐いて去っていった。

 とにかく用具は取り外し可能というわけか。

 

「とりあえず、おめー、それ戻しとけよ」

「はーい、よいっしょっと……へけ? これ、かたくて入んないのだ!」

「あ? なに言ってんだ、さっきまで入っていたんなら戻せるだろ。ほれ、貸しな」

 

 そう言って、萩野が、ばらばらになった“サーベル”を組みたてようとしたが……。

 顔を真っ赤にさせて、苦戦しているようだ。

 拍子をつけるように足をどんと踏み鳴らし、なんとか元の形に戻すことができた。

 

「ぜえぜえ……な、なんだぁ? 確かに硬かったな」

「でしょでしょ! さっきは思いっきり抜いたから抜けたけど……まったく“かたくていれづらい”とか、どうかしてるのだ!」

「か、かたくて、いれづらい、なあ……?」

 

 変なことに反応している萩野はさておき。

 でも、そんなに入れづらいのは、ちょっと変じゃないのか?

 “簡単に取り外し可能”って言ったのに。マナクマの言うことを信じているわけではないのだけど……気になるな。

 

 

 俺は体育館を後にした。

 萩野と大豊はもう少し体育館を調べてから現場に向かうらしい。

 さて、次はどこに向かおう。

 とりあえず、もう一度、寄宿舎の方面に戻ってみるか……。

 

 

 

 

 

「……七島さま」

 

 

 ……ん? 今、誰かの声が聞こえたような。

 見回すと、視聴覚室の扉が開いている。

 だれかの手がちょいちょいとそこから伸びてきたので、そっと、中を覗いてみると……。

 

「角、どうしてこんなところに?」

「七島さま、おひさしぶりでございます。芙蓉は火事があってから、ずっとここにいたのでございます。そ、それよりも、七島さまっ! 芙蓉は夢を見ているのでございますか? あんなにステキな、藤沢さまが、芙蓉にも優しくしてくれた、藤沢さまが……ど、どうして、あんなことに……」

 

 昨日から良い思い出のない視聴覚室の中で、角は泣いていた。大きな瞳からは、はらはらと涙がこぼれて頬を伝っている。

 

「さきほど、芙蓉も現場に行かせてもらったのでございます。やれることをやらなければいけないと思ったのでございますが……気がつけば、また、こんなところにいて……藤沢さまとの、数少ない思い出にひたってしまって……」

「視聴覚室で?」

「昨日からは、芙蓉も、みなさまにとっても、行きたくない場所でございましたが……でも、おとといまでは、思い出深い場所なのでございます。藤沢さまと、紅さま、四月一日さま。そして芙蓉は、ここで映画を見ていたのでございます」

「映画を?」

「はい、『アウトシテミタ』という、ドキドキのミステリー映画でございます。それぞれ、いつもはみなさま忙しくて、映画なんか見ることができなかったらしいのでございます。芙蓉も学園のお友だちと遊ぶということは久しくて……とても、楽しかったのでございます。だから、また今度映画みましょうって約束……していましたのに……」

 

 ステッキを握りしめながら、角は俯いてしまった。

 みんな、それぞれがこの生活を前向きに捉えようとしていた。

 少しずつ馴染み、適応しながら、協力してきたはずなのに。

 たった一つの映像が、全てを壊したんだ。

 

「そ、そういえば、七島さまはご存じでございましたか?」

「……えっ、なにを?」

「昨日の夜、お泊りのときに“藤沢さまは泣いていた”のでございます」

 

 ……えっ?

 

「子供のようにわんわんと泣いて、みなさまがなぐさめて……それでも、藤沢さまは治まらずに一時は部屋を出てしまったのでございます……」

「そ、そんなことが……」

「四月一日さまが、急いで連れ戻して……その後は、藤沢さまは泣き疲れて、そのまま四月一日さまのお部屋でお眠りになったそうですが……やはり、いつも笑顔の藤沢さまも、お辛かったのでございますね……」

 

 知らなかった。

 そう言えば、今日の朝、角は藤沢に「大丈夫か」と尋ねていたはずだ。

 その時、藤沢は“四月一日に話した”と返していたが……。

 

「だから、さきほど、マナクマさまに頼んだのでございます。藤沢さまが見た映像を、芙蓉も見ようと思って……でも、クマに説法でございました……ご本人さまでないと、ダメみたいでございます。うう、申し訳ございません……」

「でも、ちゃんと頼んだだけ偉いよ。ありがとう」 

 

 そう言うと、少しだけ安堵の表情を見せたが、すぐに顔を曇らせてしまった。

 視聴覚室の奥にはホワイトボードがあり、その手前には教卓。そして、その上に、なにかポスターを丸めたようなものがあるが……。

 

「ところで、角。あれはなんだ? 教卓の上の」

「ああ、あちらは“映写スクリーン”でございますね。折りたたみ可能で、丸めておくことができる万能スクリーンでございます。おとといの映画鑑賞もこれで……って、あらあら? でございます」

 

 芙蓉は顔を手ではさみこんで首を傾げた。

 

「奇妙キテレツでございます。芙蓉たちが映画を見た時には、こんな状態ではございませんでしたのに……黒革で作られた、とても高級な“筒”に入っていたのでございます」

「“筒”? 前はあったのか?」

「はい。映画を見た時にはちゃんと。そもそもスクリーンは芙蓉がかたづけたのでございます」

 

 角は、ぱたぱたと教卓に駆け寄って、隅々に探していた。しかし最終的には、残念そうに首を振ってまた戻ってくる。

 

「やはり、見当たりませんでございます……あの時は、たしかに片付けたはずでございますが……」

「だれかが持って行ったとか?」

「よもや! なんのためでございますか?」

「そ、それは分からないけど……」

 

 誰がなんのために持って行ったのかは分からない。

 だけど、前にあったものが無くなっている、というのは、なんだかモヤモヤする……。

 とりあえず、気になる点としてまとめておこう。

 

 

 

 一旦、角と別れて、今度は会議室に向かった。

 鎮火しているとはいえ、やはり焦げくさい匂いが残っている。

 

 改めてみると、ひどいありさまだ……。

 折角の料理も飾り付けも芯から真っ黒。

 位置的に焦げていないものもあるが、それでもスプリンクラーの水でめちゃくちゃだ。

 

 同じように、俺の後から四月一日もやって来て、早速中に入り、訝しげに現場を見渡している。

 パーティの主催者であり、誰よりもこのパーティを望んでいた四月一日は今、どのような思いを馳せているのだろうか……。

 そして、会議室の中には、先にいたと思われる、ヤカンを持った天馬と、青ざめた錦織が俺に近づいてきた。

 

「……藤沢さんのためにも、捜査しないとね」

 

 天馬が目を伏せながらそう言った。

 錦織は「うう……」とまだ具合が悪そうに口を抑える。

 

「さっき、会議室をちょっと調べていたんだけど。多分、火事が起きたのは火の不始末だと思う」

「不始末?」

「ガスが開いていて、コンロもつけっぱなしだったんだ。部屋にタオルがあってそこから引火したみたい。それに、この“ヤカン”がガスコンロにあったんだけど、なにか沸騰していたみたい。中身はなにもなかったんだけど、遠目で嗅いでみたら、ちょっとだけ変な匂いがした」

「でも、まだ気持ち悪い、匂いが……うっぷ……」

 

 そう言って、口を抑える錦織の肩を天馬がさする。

 でも、錦織の言う通り、アレルギーでなくても、吐き気を催すものが充満しているのは確かだ。

 正直、早くここから出たいと言う気持ちが強い。

 

「匂いのもとは気になっていて。だから、円居くんに解析してもらおうと思うんだ」

 

 なるほど円居か。

 たしかに、アイツなら詳しいかもしれない。

 

「じゃあ、俺が探してくる」

「探す必要はないぞ」

「え? ……わっ!?」

 

 振り向いた先には、俺のことを見下ろす円居がいた。

 慌てて、反射的にのけ反ってこけてしまいそうになった。

 

「円居くん、どうしてここに?」

「うむ。話せば長く……いや、そうでもないな。火事で部屋に逃げてから、藤沢が死んだと聞いてな。その、なんというか……悔やまれるのだ」

 

 円居は歯に物がはさまったような言いかただった。

 そして、いつになく、しょんぼりとしている。

 やはり死に立ち合うと、マッドサイエンティストでも苦しいものなのだろうか。

 

「藤沢は……間接的に、吾輩が殺したかもしれない」

 

 …………え?

 殺した……その言葉に、俺は思わず眉間にしわをよせてしまった。円居からは、眼鏡越しではあるが気まずそうな瞳を見せる。

 

「実はパーティが始まる一時間前に、藤沢に会ったのだよ」

「ど、どこでだ?」

「保健室だ。吾輩は絆創膏を探すついでに、薬の調合ができないかと物色していたらちょうど彼女が入ってきたのだ! パーティのために演技の練習をしていたそうで、藤沢は疲れていたようだ。だから“ビタミン剤”を渡したのだぞ。それと料理でケガをしたというので、“消毒液”も貸したのだよ」

「あの時のケガかな。私がお皿を割った時の……」

「その消毒液は、毒じゃないだろうな?」

 

 突然、四月一日がおもむろに口をはさんできた。

 さすがの円居もオーバーに、「なに!?」と言って驚いていた。

 

「なるほど、吾輩を疑っているのだね? やはりミステリーでは、科学者と博士と医者は真っ先に疑われる宿命なのだな! だが、マナクマにも確認したのだ。毒になるものは、この保健室にはないそうだ! さすがに、“消毒液”は危険だが、飲んでも喉がただれるが、致死ではないようだぞ」

「そっか。だからあの時、藤沢さんに尋ねようとしたの?」

 

 ……あ、そうだ。

 たしか火事が起こる直前に……。

 

 


 

「ああ。そんなことより藤沢よ。さっきのあれは……」

 

 藤沢に話しかけようとする円居はきょろきょろと見渡す。

 さっきの、“あれ”? なにか話をしていたんだろうか。

 


 

 

 

「うむ。“ビタミン剤”はともかく“消毒液”をな。しかし、その突如、運悪くあんなことが起こってな」

 

 運悪く……か。

 本当に火の不始末の火事だったのだろうか?

 

「円居、あの“消毒液”の説明書きは読んだか?」

「ああ、一応、マナクマの言うこと全ては信じ切れんからな! 吾輩の目でも、説明書きを読み、確認をしたぞ! 当たり前だが“ビタミン剤”は飲んでも平気だ。混ぜるとちょっとだけやばいが、そんなに大したものではない。あの“消毒液”はちょっとばかし危険だ。飲んだら胃がただれる。たしかに毒だが致命傷にはならん。しかし、混ぜるとかなり危険だぞ!」

「混ぜると危険?」

「そうだ。“混ざると危ない”。市販の薬でも、科学物質でも混ざるとまずい。色々とまずい。めちゃんこまずい。科学反応の仕組みを言うと30分かかるから手短に言えば、一酸化炭素を放出する危険物質と化すのだよ。だから、そう言っておいたのだ。“消毒液は混ぜたら、学園吹き飛ぶぞ! そして絶対飲むなよ!” とな! ……ちょっと言い方はまずかったが、そうでもしないとな」

「でも、どちらにせよ、藤沢峰子はマナクマファイルに書かれているように“刺殺”だ。毒殺の可能性はゼロに等しいだろう」

 

 うむ、と円居は四月一日の言葉に対して、ゆっくりと頷いた。

 毒殺の可能性は無くとも、“消毒液”は気になる点だな……。

 

「それにしても、危ないものは人を惑わす。どんな善良な人間でもスリルの味を知ると、たちまち快楽に身を任せる廃人と化す場合もあり、自らをも滅ぼすという……まあ、杞憂だったがな! 藤沢はちゃんと約束を守ってくれた点、やはり超高校級と言わざるを得ないだろう!」

「……どういうことだ、円居?」

「さきほど保健室に寄ったのだよ。そしたら仰天まるみえ! “消毒液”は返されてあったのだよ!」

 

 消毒液が返されていた?

 

「で、でもどうして?」

「真相は不明だが、藤沢はちゃんと消毒液を正しく使用して戻してくれた。それを吾輩は信じたいものだな!」

 

 たしかに、藤沢はモラルやマナーはきちんとしている。

 ……でも、なんだか、安易に頷けないのは何故だろう。

 

「そうだ、円居くん。お願いがあるんだけど、このヤカンの匂いは分かる?」

 

 そう言って、天馬はヤカンを渡す。

 早速、円居が中身を開けて手を仰ぎながら匂いを探る。

 しばらくして、少しだけ目を伏せてヤカンの蓋を閉じた。

 

「……うむむ、しばらく解析をさせてほしいな」

「簡単に、危険か大丈夫かは分からないかな?」

「そうだな、とんでもなく危険ではないな。とりあえず解析ができたら結果をお話してさしあげよう!」

 

 そう言って、円居は解析をするためか会議室から去って行った。

 四月一日も他の部屋に移ろうとして、円居の後に続こうとしたのを俺は止めた。

 

 

「あの、四月一日、ちょっといいか」

「どうした、七島竜之介。事件の重要な手掛かりが見つかったのか?」

「その、角から聞いたんだけど。昨晩、藤沢と一緒に泊まったんだよな? それで……藤沢となにか話をしたのか?」

 

 そう言うと、四月一日はハッと目を見開いたが、すぐに顔を反らした。

 

「ああ。確かに。私は昨晩、彼女と話をした」

「なんの話をしたか、この事件に関係があるか聞きたいんだけど……」

「……すまない。話したいのはやまやまだが、私にも時間がほしい」

「時間?」

「藤沢峰子と約束したんだ。『この話は内緒にしてほしい』……と。彼女が死んだからって約束を破るというのは少しためらわれる」

「い、いや、ごめん。無理に話さなくてもいいんだ」

「しかし、彼女を殺した犯人を見つけるには必要な情報という場合は、藤沢峰子を助けるという意味で話したい。今は考えさせてほしい。そう言っているんだ」

 

 さすがの四月一日も気が滅入っているようだ。

 ……とにかく、角の言う通りだということはわかった。

 

 

 

 再び寄宿舎方面に行くと、ランドリー前に誰かが立っているのが見えた。

 ……あれは、真田か?

 すぐさま真田は俺に気付き、こつこつと高いヒールを鳴らして近付いてきた。

 

「あっ、七島っ! ……アンタ、捜査どう? ジュンチョー? ゼッコーチョー?」

「とりあえず、情報は少しずつ手に入っているけど……と言うか、真田って見張りじゃ……」

「あー……いや、ランドリーでちょっとイロイロとあってさ」

「ランドリーで?」

「まず、これ見てよ」

 

 そう言って、ランドリーの扉を開けた。

 すると、また鼻になにかが刺さってきた。

 もう鼻の感覚が麻痺しかかっているな……。

 

 見ると、ランドリーは、真っ白な粉や液体があちこちに満遍なく占領されていた。

 床全体が、粉や液体だらけでなんだか煙たい。

 そして、その中で白河……いや、違う。青いエプロンを着ているのは井伏だ。

 井伏は不慣れな様子で、ぞうきんを片手に掃除していた。

 

「見たとーりだよ。うちさ、あの火事で逃げたとき、ランドリーが近くにあったからそこに隠れよーって思ったんだよ。そしたら、ランドリーの中は“洗剤がばら撒かれてて、粉もめちゃくちゃ”でさ。ありきたりな言葉だけど、イミフメーじゃね? んで、最初に入ったのがうちなもんで、次にやって来た白河がヒアウィボンバー。その後に、藤沢ちゃんの死体見つけちゃって。そんでもって、さっき、ダストルームで白河は現場を見るからって言って、見張りだったうちと、現場に運悪く来た井伏に掃除押しつけて、さんざ……」

「うわあっ!?」

 

 ヒアウィボンバーに合う翻訳を考えていると、井伏の裏返った悲鳴があがる。

 ばたばた、ばさばさと言う音が鳴り響き、あちらこちらでなにかが飛びまわる。

 白い粉と同じ色のものがあちこち飛び回っているので、なにがなんだかわからない。

 そして、みるみるうちに粉や洗剤が広がり、思わず咳こんでしまった。

 

「小竹っ!?」

 

 荒れ狂ったようにランドリー中を飛び回っていた“なにか”は、やってきた声の主――慌てた様子の十和田の元へ、一直線へ向かっていった。

 そして、彼の肩にすとんと止まった。

 そうか、飛び回っていた“なにか”は、十和田の一番大切にしていたハトじゃないか。

 前に、食堂で会った時に説明してくれた。

 弟であり大切な友達でもあるという、人間よりも可愛がっていたあのハト。

 十和田は、「ケガはないね」と優しい口調で撫で終わった瞬間、細い目だが、奥底は明らかに鋭い眼光を俺たちに向けていた。

 

「どうして僕のハトが、こんなところにいたのかなあ? 厚化粧、ミドリムシくん。ねえ、どういうことかなあ?」

 

 顔は恵比寿様のようだが、明らかにオーラが違う。

 これは、完全に怒っている……!

 

「あの、俺はなにもしてないよ。そこの開いた乾燥機から、なにか音がしたから。ちょっと覗いたらそのハトがいただけだよ。ははっ、年甲斐もなくびっくりしちゃったね。もう少しランドリーに詳しいのは、白河くんと真田さんだと思うな」

「いや、うちは知らねーっつーの」

「あ、ああ、俺もわからないぞ」

「ミドリムシくんはともかく。それと、ランドリーにいたっていう、妖怪クラゲもノーマークだけど」

「……あれ? って言うか、俺は……?」

 

 井伏が軽く手をあげたが、十和田の目と耳には入っていなかったようだ。

 そして、十和田はじろりと、今度は真田のほうを睨みつけた。

 

「そこの厚化粧には、もう少し事情を聞きたいものだねえ?」

「はあ!? なんでさ?」

「教えるのも面倒だけどさあ。僕は、小竹には、僕以外の人間には近寄らせたくないと思っている……でも、アシスタントには、手品のためにハトに触れる機会があるんだ。そこで、小竹には“女性は近寄っていい”という、しつけをしている。だから僕のアシスタントはみんな女性だ。まあ、世の中、ハトの違いなんて分からないバカしかいないから、念のためだったけど。まさかこのしつけが役に立つとはねえ」

「そんな事情、知らないっつーの! AWJ?」

「……は? アラスカワールドジャパン?」

「うっさい! 『アタマ』『湧いてん』『じゃないの』!?」

 

 その略語は無理があるんじゃないのか?

 でも、どうして十和田のハトがこんなところにいるんだろうか?

 ちょっと詳しく聞いた方がいいのか。

 

「十和田、いつハトがいなくなったんだ?」

「情けないけど、本当に目を離していた隙だよ。パーティの準備中の時だ。カゴに入れておいたし、そんなに人数も少ないから平気だと思っていたのに……まったく、情とか入れちゃうといつもこれだ。だから群れるのはキライなんだよねえ。それで、一旦、部屋に戻ったら“手紙”があって、体育館へ行って、そしたら、あんな殺人が起こって……ああ、なんなんだよさっきから。っていうか、なんで女優さんが殺されてるんだよ!? それこそ、意味不明だねえ?」

 

 珍しく、十和田は怒りを露わにしていた。

 さすがに、藤沢が死ぬというのは、想定外だったのだろうか。

 十和田は忌々しそうに足を踏み鳴らして去ろうとしたが、慌てて裾を掴んで引き止める。

 

「手紙と体育館って。お前、黒生寺に会ったか?」

「ミドリムシの分際で止めるなんて、すっごくなまいきだねえ…………ああ、でも、あのゴキブリ野郎も、そんなこと言ってたかなあ。“果たし状”がごちゃごちゃと。僕は出した覚えはないけど、“手紙”なら貰ったよ。いらないから、食べるなり、住みかにするなり好きにしたら?」

 

 力士のつっぱりのような力で紙を押しつけられて、十和田はさっさと去ってしまった。

 黒生寺の“果たし状”に似た紙切れを広げてみた。

 

 

 

 十和田 弥吉へ

 お前のハトは預かった。

 返してほしければ、7時に体育館へ来い。

 弓矢の10本勝負だ。

 

 

 

 撒き散った粉を払いながら、井伏と、それに真田もひょっこりと手紙を覗きこむ。

 これは黒生寺が書いたのか……?

 だとしても、なんか色々と矛盾しているような。

 

「おっと、いけない。ちゃんと掃除しておかなきゃ……『マニュアルも渡したのに、これしかできなかったなんて』って怒られちゃうな……真田さん、一緒にしよう」

「うげえ、マニュアルまで用意してあんの? 白河ってマジピュアクリーンじゃね?」

「俺も手伝ったほうがいいか?」

「いや、平気だよ。俺たちはいいから、藤沢さんのために手がかりを見つけてきて」

「そーそー! うちら頭悪いからさ」

「俺も頭悪い枠に入っちゃうか……まあ、実際そうなんだけどね。あはは……」

 

 井伏がうなだれたまま、ぞうきんやモップを手にとって、掃除を再開し始めた。

 これで、全員と会った……いや、待てよ。

 

「なあ、ランティーユはどこにいるか知らないか?」

「ランティーユはチキン・ド・フライだよ。ずーっと、部屋で閉じこもっててさ。バイオレンスなことは嫌いなんだってさ。まあ、白河はなにがなんでも引っぱりだす、みたいなこと言ってたけど」

 

 真田はそう言いながら、薄汚いモップで洗剤まみれの床を拭いていた。

 ……チキン・ド・フライは、チキンとかけて弱虫って意味か?

 まあ、暴力的なことを好き好む人は多くないし、ランティーユの気持ちも分からなくはないが……。

 もう一度、ダストルームに戻ってみるか?

 

 

 

 ダストルームに着くと白河と、見張り役と言った紅もここに残っていた。

 さらに、藤沢の遺体の近くには挙動不審のランティーユも。真田が言ったとおり、白河が連れてきたのだろう。

 

 そして。

 

『やあやあ、おげんこ?』

「……」

 

 マナクマが目の前に現れて、手をあげて笑っていた。

 そんな奴を無視して、藤沢の死体を見る。

 動く気配は、やはりない。

 

『あ、無視ですか、そうですか……ダストボックスに入ったほうがいいっすかね……』

「……えっ?」

「さっき、ダストボックスを開けてくれたの。だから確認はできるようになったわ」

「そうなのか、じゃあなにか見つかったか?」

「それが、やはりマナクマの言うとおりでした。まったく見えませんでしたね。本当に“深くて暗くてなんにも分かりません”でした。懐中電灯でも不可能ですよ」

 

そうか……。

 

「しかし、藤沢さんを調べていて新たなことが分かりました」

 

 白河がそう言って彼女の近くに体を寄せた。

 そして、彼女が握っている手をどかした。

 そこには、血があり、なにかが書いてある。

 

「……これは藤沢が書いたものなのか?」

「そうです。彼女のこの握られている手を外せば……」

 

 そう言って、白河が血の気のなくなった藤沢の手をそっと開かせる。

 すると、彼女の人差し指には、血の跡がついていた。

 

「よく気づいたな。犯人が隠したのか?」

「それはないと思います。隠したのは、藤沢さんのほうだと思われます」

 

 そう言って、白河は血文字を指した。

 そこには。

 

 

 ap

 

 

「……なんだこれ?」

 

 俺は反射的に首を傾げていた。

 文字には見えなくもないが、ぐしゃぐしゃと走り書きのようになっていて判別ができない。

 

「これは筆記体だと思われます」

「ええ、そうね」

「そ、そうなのか?」

 

 筆記体、なのか? 俺には全然見えないぞ。

 むしろ、ひらがなにも見えてしまうんだが……。

 

「うーん。でも、そう言われるとそうなのよね。ちょっと曖昧でクセもあるみたいだから……」

「そうでしょうね。ぐしゃぐしゃとしか書いてないし、なにより小さな文字です。でも、彼女は文字を残そうとしている、ということは分かるでしょう。それに、私としては、紅さんの筆記体という意見に賛成です。これが筆記体だと仮定したら、紅さん、なんと読めますか?」

「筆記体として読むとするならば……多分だけど、“ap”だと思う」

「エーピー?」

 

 なにかの略だろうか?

 首を傾げても、ひっくり返しても特に暗号らしき面影も見えない。

 紅も唸っている。白河は血文字、いや、藤沢をじっと見つめているようだった。

 犯人、彼の言葉でいう、汚した者を考えているのだろうか。

 そして、ランティーユはさきほどから涙目のまま、藤沢の様子を観察しているようだった。

 

「それで、ランティーユさん。他にはなにかありませんでしたか?」

「ノン! ないよ、もう! これ以上、探しても意味ないと思うけど!?」

「“唇の薬品”と“靴の液体”以外は、なにも見つけられませんでしたか?」

「う、うるさいな! これでもがんばったほうだから、褒めてくれよ!」

 

 白河は「はぁ……」と困惑したようにため息をついた。

 珍しくランティーユが荒れた口調だが……。

 

「“唇の薬品”の匂いと“靴の液体”?」

「ランティーユさんに解析していただきました。どうやら唇の薬品は“アルコール系”と見て間違いがないそうです」

「“アルコール系”?」

「含んだという形跡はないとみていいそうです」

 

 含んだ形跡はないが、唇には“アルコール系”がついている……?

 

「“靴”はどういうことだ?」

「彼女の靴にも“液体”が付着していましたが、それは“アルコール”成分ではありませんでした。馴染みがないものらしいので、ランティーユさんにも判断ができなかったそうです……私も清掃委員として確認しようとしましたが、この血の量です。まったく匂いの区別がつきませんでした……」

 

 たしかに、この血の匂いを、狭い部屋で嗅ぎ続けていたら、嗅覚がおかしくなりそうだ……。

 そんな中、ランティーユがそろそろと帰ろうとしているのを、慌てて引き止めた。

 

「な、なんだい? ムッシュ七島……」

「ランティーユ、お前はずっと部屋にいたのか?」

「ウィ、そうだよ、悪いかい? 火事の後に“一番最初に逃げて”、そのまま部屋に直行。そして、死体を発見アナウンス……身の毛がよだったよ。僕は血が嫌いなんだ。鑑定士であって、ぼくは鑑識班じゃないんだ。あくまで鑑定士なんだから、もうこんな血なまぐさいもの、本当は見たくない! 正直なところ、捜査もしたくないんだ! わからないのかい、ムッシュ!?」

 

 無理もないのは分かるが、かなり気が動転しているな……。

 そう言えば、あのパーティのときに、一番最初に逃げたのはランティーユだ。

 ランティーユは、ドアから一目散に逃げて、次に錦織が……いや、ちょっと待てよ。なにか変だな。

 たしかにランティーユが“一番最初に逃げた”……はずなんだけど……?

 どこに、俺はひっかかっているんだ?

 

「そう言えば白河。火事の避難先は、ランドリーか?」

「はい、そうです。掃除を真田さんたちに頼んだのですが、彼女たちは大丈夫ですか?」

「ああ、ちゃんと片付けている。ランドリーはいつからあんな状況になっていたか分かるか? それと、ランドリーにハトがいたんだけど、それについてもなにか知らないか?」

「申しわけありません。私が避難したときには、あのような状態でした。それにお恥ずかしいことに洗濯を、食堂の掃除に手間をかけて1日空けてしまいまして……言い訳がましいのですが、今日も朝から準備でちゃんと行けませんでした。だから、ランドリーに関しては私もわからないのです。ハト、がいたんですか? それも知りませんでした。すみません、私が怠惰なばかりに……」

「そ、そうか。説明してくれてありがとう」

 

 俺にはなにが恥ずかしくて、なにが怠惰なのかがよくわからない内容だった。

 とにかく、白河もランドリーがいつあんな状態になったのかは知らないということか。

 

「私からも聞いていいですか?」

 

 そう言うと、白河は俺の耳元に顔を近づけた。

 いきなりだったので、遠ざけようとしたがカフスを掴まれて体を引き寄せられる。

 紅が不審な目で見ているから、やめてほしいぞ……!

 

「火事の時、七島さん、天馬さん、萩野さんは火を消した現場にいましたよね? なら、どうやって火を消したかを七島さんは知っていますよね? “火をどうやって消したか”を誰かにしましたか?」

「えっ? それって……」

「天馬さんから話は伺いました。その“消し方”について、誰かに話しましたか?」

「い、いや、誰にも話してないけど……」

「そうですか」

 

 そう言うと、白河がぱっとカフスを離したので、重力に対応するかのようによろめいた。

 紅が肩をすくめながら、やはり俺たちに変な視線を送っていた。

 でも、白河はどうしてこんなことを尋ねたんだろう?

 火の消し方、いや、“火をどのように消したか”を人に教えたのかを尋ねるなんて……。

 

 

 

 ピンポンパンポーンと突如、アナウンスが鳴り響く。

 

 

『おっしまーい! と言うわけでこんなもんでいいっすよね? さて、ボクも飽きたので早く裁判やりましょう! ええ、やりましょう! というわけで至急、本校舎、赤い扉の前にお集まりください!』

 

 …………ついに。か。

 

「来てしまったのですね……とりあえず、グズグズしていては仕方ありません。私たちも行きましょう」

 

 白河はアナウンスを聞いても至って冷静で、さっさと、ダストルームから出て行った。

 俺と紅もすぐさまダストルームを後にして本校舎へと向かう。

 廊下はいやになるほど静かで、俺と紅の足音しか聞こえない。

 

「七島、どう? 私はずっと見張りをしていたんだけど……犯人、見当がついている?」

「いや。あまり、目星はつけてない」

 

 つけたくない、というのが正しいかもしれない。

 真実には近づこうとしている。

 だけど、犯人を探せ、ということになると、判断が止まってしまう。

 

「私たちの中に犯人がいる、それを見つけなければ、犯人以外死ぬ。分かっていたはずなのにね。ほとんど、みんながちゃんと現場に来て、藤沢の死を弔ってくれた。それぞれがきちんと捜査してくれた……でも、その中で、誰かがウソをついて、藤沢を殺した犯人がいるなんて。私、今になって、やっぱり信じられなくなってきた……ああ、ダメね、裁判が始まるというのに、こんな弱音吐いちゃ。私がこんな弱気じゃダメだわ……しっかりしないと」

 

 紅はここにいて、ずっとみんなの様子を見てきた。

 だからこそ、みんなの動向に重きを置いてしまうのだろう。

 自分に言い聞かせるように弱々しく呟いていた紅と共に、辿り着いた赤い扉をゆっくりと開けた。

 

 そこには、13人の生徒たちとマナクマ。

 そして、鉄格子のようなエレベーターが正面に待ちかまえていた。

 

 

『遅いよ、オマエラ。まったく、こんなときまでいちゃいちゃするなんて、最近の若いヤツってドンカンだね! あれ、でもドンカンだとラブラブとは無縁かしらん? ささ、早くエレベーターに乗ってちょーだいよ。ないクビを長くして待ってるからね!』

 

 

 マナクマだけが、邪悪なほど無邪気な笑みのまま去っていく。

 傍観者だからこそ、いや、傍観者だとしても忌々しい。

 マナクマの言葉とともに、少しずつ他の者たちの足がエレベーターへと伸びていく。

 最初に四月一日や白河たちが、やがて黒生寺、大豊……おそるおそるランティーユや錦織も乗り始めた。

 

 

「……なあ、七島。俺さ、なんだか、変なんだよ。さっきから、試合みたいな緊張感がまったくないんだよ。俺がアホなのかもしれないんだけど、今になっても全然現実味がわかねえんだよな……ああっ、くそ、ほんと、なんなんだよこれ……!」

 

 

 隣の萩野が、歯を食いしばっていた。

 落ち着けと言わんばかりに、小刻みに武者震いしている。

 萩野は他のメンバーに比べたら、青ざめてもいなければ顔も歪んでもいなく、むしろ冷静な面持ちを保っている。

 だけど、今までの学生生活でもずっと彼の表情を見てきたが、明らかにこれは動揺していた。

 

 犯人を見つけなければ、犯人以外が死ぬ。

 犯人を見つければ犯人が死ぬ。

 その犯人は。俺たちの中にいる。

 わかっていたはずだ。やらなければならないのだ。

 

 

 

 ――でも。

 

 

 

 足が動かない。

 俺たちは、何をしているのだろうか。

 目まいなのか、立ちくらみなのか。はたまた。

 それは分からなかったけれど、さっきから頭がぼんやりと熱に浮かされたように熱い。

 俺たちは、どこに向かおうとしているんだ?

 

 

 

「バカげているんだ。なにもかも」

 

 

 口から発していたのは、俺の言葉なのか。

 よくわからなかった。

 

 

 

「だけど」

 

 

 

 誰に言っているのだろう。

 俺なのか。萩野なのか。全員なのか。

 

 

 

 

「俺には約束があるんだ」

 

 

 

 

 ――だから、約束! 今度ステキな書を見せてちょうだいね?

 

 

 

 

 

 まだ立派なものが出来上がっていない。

 彼女自身にはもう見せることができなくても、あの笑顔が見られなくても。

 俺は、書かなければいけないんだ。

 

 

 

「ここで逃げたら絶対に後悔する。だから、どんな真実でもこの目で確かめたい。それが残酷な結果でも……絶対に、生き延びてみせる」

 

 

 

 一息つくと、エレベーターに乗った天馬が俺を見据えていた。

 そして、彼女は静かに頷いていた。

 

 藤沢のために。藤沢の約束のためにも。

 そして、俺たちのためにも。

 俺はみんなのいるエレベーターに足を踏み入れた。

 やがて、萩野も俺の後に続いてエレベーターに乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

「やってやろうじゃねえか」

 

 

 

 

 萩野が呟いた時、エレベーターの扉は重々しく閉じた。

 

 

 戻ることのない日常を残したまま。

 

 

 

 さらに奥深くの非日常へと、俺たちは静かに急降下していった。

 

 

 

 

 

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