ダンガンロンパ(仮)-よみがえり-   作:冷凍かに缶

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学級裁判編 前編

 


 

 

▼学級裁判 弁論準備

 

 『人類史上最大最悪の絶望的事件』――希望の力によって撲滅したはずの絶望的な『コロシアイ』に巻き込まれた希望ヶ峰学園の95期生。

 それでも絶望的な過去は繰り返さないと誓い、各々が協力し合い、現状維持を保っていた。

 しかし動機を皮切りに、不穏の綻びは止められず……ついに最初の犠牲者――『藤沢峰子』が何者かによって殺害されてしまった。

 このまま悲劇の歴史が再演されてしまうのか?

 今、命賭けの学級裁判が幕を開けて蘇る……!

 

▼コトダマリスト

 

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 " 準 備 完 了 "

 


 

 

 轟々と小刻みに揺れていたエレベーターが止まる。

 ドアが開かれると広い空間――裁判場に辿り着いた。

 資料で見たことがあったが、間近で、しかも当事者としているとは誰も思わなかっただろう……案の定というか予想通り赤いカーテンで囲まれていて閉塞感があり物々しい。そして圧迫感を感じられて不快だ。

 

 マナクマは愉快そうに玉座で待ち構えていた。

 だけど、俺たちにとっては……生死をともなうデスマッチだ。

 マナクマの顔と反比例するように、みんなは暗い面持ちだ。

 

 

『はーい、じゃあ自分の位置についてね。名前が書いてあるからさ!』

 

 

 裁判場の席に俺の名前がプリントされた汚い紙があった。

 俺の左隣にはステッキをぎゅっと握りしめている角、右隣は先ほどからガタガタと震えている錦織が立った。

 

 

「あ、あの……あちらは、なんでございましょうか?」

 

 

 角がぽつりと言って、なにかを指した。

 萩野と井伏の間にある席には、藤沢の写真が遺影のように立てられていた。

 しかし、写真の顔には大きく血の色でバツ印がつけられている。

 

『仲間外れにするのはよくないって言うでしょう? 青春だってそう。だれか一人でも欠けちゃ、クラスは成り立たないんだから。よよよ……』

 

 そう言って、マナクマはしんみりした様子で言った。

 だけど、こうなったのも、すべてこいつのせいだ。

 同意見になんか全くなろうとは思わないし、なりたくない。

 

 

 

『さてさて、それでは学級裁判を始めましょうか!』

 

 

 

 ああ、始まってしまうのか。

 これは恐怖からなのか、武者震いなのか……ずっと肩が震えていた。

 

 

 命がけの追求。

 

 

 命がけの弁明。

 

 

 命がけの騙し合い。

 

 

 命がけの希望……あるいは、絶望。

 

 

 俺たちは見極めなければならないんだ。

 命がけの真実を……!!

 

 

 

 

" 学級裁判 開廷! "

 

 

 

『まずは、学級裁判の簡単な説明をしようね。学級裁判では、正しい“クロ”を指摘することにまず重きを置いてます。正しいクロを指摘できれば、クロだけがおしおき。だけど、間違ってシロを指摘してしまったら、クロ以外の全員がおしおきされて、残ったクロだけが晴れて卒業となります! じゃあ、ご自由に裁判をどうぞー』

「ご、ご自由にって言われても……手がかりなんてゼロじゃない……も、もうダメだわ……おしまいよ……!」

「いきなり諦めすぎだろ!?」

 

 初っ端から、絶望感溢れる錦織に対して、萩野が慌ててツッコミを入れた。

 ……大丈夫なのだろうか?

 四月一日がその様子を見て、少しため息を吐いたが、すぐにメモ帳を取り出した。

 

 

 

「まずは、遺体の状況について話すとしよう。“マナクマファイル”によると、被害者は藤沢峰子。発見場所はダストルーム。死亡推定時刻は19時30分。遺体発見時の時刻は20時だ。死因は“胸部と腹部の刺し傷による失血死”。凶器が発見されていないことから、ダストボックスに捨てられたと考えられる。さて、なにか気になることはあるか?」

 

「ダストルームで殺されたってことだな? 部屋で殺されたってことはないんだな?」

 

「ええ、あの現場は“血が大量に撒き散らされていました”から。そこで殺されたのは間違いないでしょう」

 

「つまり、あのアマは犯人に呼び出されて、“そのまま、ざくっ”とブッ刺されたワケか……」

 

 

 ……今の黒生寺の言葉。

 “俺の知っていること”と違う。

 

 唇が乾いて少し臆してしまいそうになるが……これは裁判なんだ。心臓がバクバクと血が急速に注がれるが、それでも生き残るためには、恐怖も恥も言ってられないだろう。

 

 俺が知っていることは、俺が言わなければ……!

 

 

「……いいや、それは違うと思うぞ」

 

 

 俺は黒生寺の言葉を否定する。

 鋭い眼光で睨まれているが、すごんではいけない。

 

「黒生寺。藤沢がいきなり刺されたとはちょっと考えられないんだ」

「ンなわけあるか……貴様の推理が間違えてたらリアルの弾丸で打ち抜いて……いや、まだ銃見つかってねえや……間違えてたら、ぶん殴ってやる……」

「ウーララ!? もはやガンマンじゃないよ!?」

 

 否定したからには、“違うこと”を裏付ける“証拠”を言わなければ。

 今の俺が、知っていることは……

 

「藤沢の遺体にあったのは、“刺し傷”だけじゃなかっただろう? 首になにか"絞められたような跡"があったんだ。だから、犯人は先に藤沢の首を絞めて気絶させてから、殺害したと考えると自然なんじゃないか?」

「そんな必要あるかなあ? さすがに、段どりが、クソ悪すぎじゃないのかなあ。首を絞めて殺したほうが、明らかに効率がいいと思うんだけどねえ」

「絞殺か刺殺か。犯人は惑わせたかったのかしら? でも、マナクマファイルには"失血死"って書かれちゃってるから、ムダだったみたいだけれど」

「でも、それだけじゃないはずだよ。犯人は、“あの部屋の特徴”を知ってたんじゃないのかな」

 

 天馬が静かに指摘をした、“あの部屋の特徴”と言うと……

 

「それって、"ダストルームの扉"のことか? マナクマが言っていた」

「ああ、七島竜之介の言うとおりだ。ダストルームの扉は薄くて、“音や匂い”が外でも分かってしまう仕組みだ。私と白河海里も確認したが間違いない」

「じゃあ、犯人はそれを知っていて、藤沢さんの悲鳴が漏れないようにするために、首を絞めたってことかな?」

「ふん……気に食わねえやり口だな……」

 

 黒生寺は目を伏せた表情で言った。

 そんな中……さきほどから、隣の錦織がそわそわとしている。

 

「ね、ねえ、まさか、みんな、私を疑っていないでしょうね……?  わ、私は、やってないわよ……! なんでみんなして私を疑ってるのよ……!?」

「今のどこに、おめーを疑う要素があったんだよ!?」

「あはは、まあまあ……でも、これって錦織さんの言う通りじゃないのかな? ほとんどみんな、アリバイがないよね……?」

 

 井伏はサンバイザーを指で弄びながら口を開く。

 

「藤沢さんの死亡推定時刻は“19時30分”。たしか19時10分ぐらいに火事が起こって、その時に、ほとんどみんな逃げちゃったんだから。誰だってできるかもしれないね。俺もその一人だから、あんまり笑えないけどね……あははっ」

「笑ってんじゃねーか! まあ、たしかに俺も腕時計で確認したけどよ。火事が終わった時間は19:20前後だぜ。マナクマも保証できるよな?」

『はい、ボクの腹時計もそう言ってます!』

 

 あんまりマナクマの言葉は信用したくないな……。

 

「井伏くんの言う通り。ほとんど全員にアリバイはないって言ってもいいみたい」

「でっ、でも……私以上に、とんでもなく怪しいヤツらはいるって、私は知ってるんだから……!」

「おいおい、それマジかよ!?」

「ふん、ボクサーのくせに鈍感なのね……」

 

 錦織は少し躊躇うように首や体を動かしていた。

 やがて、人差し指をおどおどと突き出す。

 

 

「そ、そこのガンマンと手品師よ……! いっ、いかにも怪しいじゃない……!」

「あ……?」

「ふうん、どこが怪しいの? 言えよ、根暗蛇女」

 

 錦織に名指しされるも、黒生寺と十和田は至って平静だった。

 それとは対象的に錦織はカッと目を見開いて顔を紅潮させる。

 

「ね!? ねねねねくらへび、おんなですってぇぇぇ……!? で、でもっ! ア、アンタたちが怪しいのはわかってんのよ……! “アンタたちはパーティ会場に来なかった”じゃない……!」

「あ、そうなのだ! 錦織っちが言ってるとおり、十和田っちは準備からいなくなったよね! って言うか、弓矢勝負してたよね!?」

「そーだ! “矢が5本欠けてた”んだ。俺もしっかりこの目で確認したから、間違いねえぞ!?」

 

 萩野と大豊が一斉に十和田に言及した。

 十和田は目を見開いているが、その瞳の奥は完全に見当違いだと言わんばかりの呆れが見えた。

 

「はあぁ……それだけで、僕を犯人扱いするの? まいったなあ。こんなに早く決めつけるなんて、頭どうしちゃったの? 君ら、猿人からやりなおしたら?」

「でも、“矢”なら藤沢の死因に合うわ。刺し傷なら“矢”でも刺せなくはないわよ、十和田」

「ちょっと待てよ。なんで僕だけで犯人扱いするのかなあ? そいつだって怪しいだろ?」

「黒生寺五郎も疑わしいが、一番最初にいなくなったのは十和田弥吉、お前なんだ」

「いかにも、あやしいのだ!」

「そうだ、そうだ! マドモアゼルがそう言うからにはそうに決まっているよ!」

 

 十和田は大きな舌打ちをして、黒生寺も微かに顔を歪めている。

 しかし、そんなに単純な話だろうか?

 

「って言うかさ、僕らマジで弓勝負してただけだけどねえ? アリバイは……ムカつくけど、そいつ」

「俺もだ……証拠はそこのクソタヌキ。それと“果たし状”だ」

「まあ。“果たし状”……でございますか?」

『こらー! タヌキをバカにするなー!』

 

 何故かマナクマが怒っていたがそこは無視だ。

 黒生寺が先ほどの果たし状を見せてきた。

 

 十和田がじろりと俺のほうを見ているが……ああ、そうだ、俺が持っていたんだ。

 というか、十和田に押し付けられたんだけどな。

 

 

 

 黒生寺 五郎へ

 お前のBB弾銃は預かった。

 返してほしければ、6時50分に体育館へ来い。

 弓矢の10本勝負だ。

 

 

 

 十和田 弥吉へ

 お前のハトは預かった。

 返してほしければ、7時に体育館へ来い。

 弓矢の10本勝負だ。

 

 

 

「こんな芋虫が這ったような字なんて知らないよ? って言うかさ、書いた覚えないけどなあ?」

「俺もだ……書けるワケねえだろこんな字……」

「その証拠はあるのかよ?」

「だいたいさあ、僕はこいつの銃なんて、ヤバンだから絶対触りたくもないんだけどなあ」

「鳥類なんて気色悪い……特にニワトリ。ガキの時にコケコケと追いかけまわされて以来アイツは俺の敵だ……」

「ギャ、ギャップ萌えでございます!」

「で、でも、本当かしらね……?」

 

 錦織がまだ疑いの目を向けているが、十和田と黒生寺が犯人候補には思えないんだよな。

 

「なあ、黒生寺。アナウンスが鳴った時、十和田は一緒にいたか?」

「ああ……アナウンスが鳴ったら、すぐに逃げやがった……デブのくせにな……」

 

 


 

「もちろん弓の勝負は俺が勝ったが、知らないって突っぱねられた。腹が立って、罵ったらアナウンスが鳴りやがった」

 


 

 

「なあ、萩野は、その時いたか?」

「えーと、俺は体育館に向かおうとして、そん時、廊下で大豊に会ったんだ。大豊と話してたら急にアナウンスが鳴って……」

「そーなのだ! そしたら、十和田っちがロウカを歩いていたから呼びとめて、さっきまで体育館にいたっていうから、あたしも、とっとこ行ってみたのだ! そこでマナクマからファイルもらって……あれ?」

 

 大豊が小さな頭をコテンと傾げた。

 やはり、単純な話ではなかったようだ。

 

 

「そうなんだよ。今の証言の通りだと……“十和田はアナウンスが鳴るまでは体育館にいた”ってことにならないか?」

「……あ、マジラーじゃん!」

「十和田くんが体育館に来たのは“7時10分”。死亡推定時刻は7時30分だから、犯行はできないってことみたい……これで黒生寺くんのアリバイも証明できたよ」

 

 天馬がそう言って、黒生寺をちらりと見た。

 特に安心する様子もなく、目を瞑りながら黒生寺は腕組みをしている。

 

「第一、預かってもないのに、このような手紙は書けないと思います。それに、2人とも“弓矢の10本勝負”など言っているのはおかしな話です」

「時間がずれてしまっていらっしゃるのは、どうしてでございましょうか?」

「どちらかを遅らせることでケンカを悪化、長引かせたかったのかもしれない。“矢”が欠けているから、犯人は十和田くんと黒生寺くんに疑惑を向けさせたかったんだと思う」

「でも、それが逆に十和田たちのアリバイを作らせてしまったということね」

 

 紅の頷きに対して、錦織が髪の毛をかきむしった。

 

「ま、待ちなさいよ……! じゃあ、なんで矢は5本欠けているの……? おかしいじゃない……やっぱりアンタたちのどっちかが盗んで、あの演劇部を刺し殺したんでしょ? まるでアダルト雑誌みたいに!」

「ウ―ララ! それちょっとマニアックすぎないかな!?」

 

 錦織がヒステリックに叫んでいる。

 たしかに、矢は5本欠けている。でも“完全な矢が5本は欠けている”だけであってその一部はあったんだ。

 だから、もしかすると。

 

「いいや、藤沢を殺した凶器はフェンシングに使われている……“サーベル”じゃないのか」

「ふっ、ふふ、書道家は電波なのね……い、いまは矢の話をしてんのよ……西洋のスポーツの話してるんじゃないわよ……!?」

「いいや、錦織。完全な矢は無かったけど、“矢の一部”はあったんだ。矢の先端、つまり“矢じりと羽の部分”。これはそれぞれちょうど5個あったんだ」

「なっ……!? で、でも予備じゃないの……?」

『予備なんて概念はありません! 欠けたら、ボクが夜中に内職して付け替えるからね!』

「ま、まあ、マナクマさまも大変でございますね……」

「いや、同情してんじゃねーぞ!?」

 

 萩野のツッコミは置いておき、たしかにこれは本当だ。

 錦織はぶるぶると震えて、親指の爪をかんでいた。

 

「って、いうか、なんでそんな矢じりが取り外されてるのよ!? そんなのありえないわよ!」

「たしかに、ありえないかもしれないな……でも、この体育館の用具は全部、本物じゃない。マナクマが作った、“取り外し可能”のものなんだ。サーベルも5本あって、それも取り外しできるんだけど、明らかに矢に比べると、“取り外しが難しかったんだ”」

「うん、あたしやったもん! 外す時は、思いっきりやったら抜けたんだけど、組み立てるときは、“かたくてはいらなかった”もん!」

「か、“硬くて入らなかった”……? マドモアゼル! も、もっと大きな声でもう一度言ってくれないかな!?」

「どこに反応してんだっつーのアンタ!」

 

 なぜか興奮し始めたランティーユはさておき。

 フェンシングのサーベルについて、さらに話を付け加えていく。

 

「取り外しが難しかった“サーベルが5本”あって、矢が5本足りない。ということは……“5本の矢”が“羽と矢じり”が取り外されて、“サーベル”に付け替えられていたんだ」

「そ、それじゃあ、藤沢さまに死をもたらした凶器は、ずばり、“サーベル”でございますか!?」

「それしかないと思う。食堂の包丁も確認したけど、どれも欠けているところなかったから」

 

 天馬が至って冷静にそう言った。

 凶器は“サーベル”……少しずつ見えてきたのかもしれない。

 

 

 

 

「……で、でも」

 

 

 

 

 錦織は突然、啜り泣くように声を強張らせていた。

 

「きょ、凶器が分かっても、犯人は全然分からないじゃない……指紋がないうえに、痕跡もない。だいたい、その凶器も結局見つかってないじゃない……! も、もはや、真相は闇の中よ!」

 

 

 

 

 ……だれもがあまり考えたくなかったことを言われてしまった。

 

 

 

 見えてきたようで、いまいち見えてこない。

 これだけ話しても、闇の中を模索している……

 やはり、この言いようもない不安は物証が少ないせいか?

 俺たちは、本当に犯人は見つけられるのだろうか……?

 

 

 

 

「ううん、まだだよ。まだ、命運は決まっていない」

 

 

 

 

 ちくりと刺してきた不安の棘を、そっ、と抜くような言葉。

 彼女――天馬は、目を伏せて考える仕草をする。

 

 

「まだ裁判は始まったばかりだから。凶器以外に、他のことも話してみてもいいかも。だれか気になったことはないかな」

 

 天馬の言葉に、いち早く「あっ」と声と共に挙がったのはマニキュアが塗られた手。

 真田がひらひら、と手を振る。

 

「じゃあ、うちから! ソボクな疑問なんだけどさー」

「チッ……ケバギャルか……」

「は? なにそのタイド? アンタの服、ぶりぶりのフリルにするよ!?」

「黒生寺五郎、ケンカを売ってどうする。真田斑、疑問とはなんだ?」

 

 そうだったと言わんばかりに、真田は「えっと」と髪をいじりながら言葉を続ける。

 

 

「いやさ、なんで藤沢ちゃんって、あんなところいたんだろって思って。呼ばれたの? でも、ふつー“ダストルーム”に呼ぶ? しかも来る? 逃げたとしても、そこ選ぶ? それが気になるんだよねー」

 

 

 …………そうなんだ。

 真田の言う通り、それは前から気になっていた。

 藤沢は自室ではなく、どうしてダストルームに逃げたのか。そもそも、彼女以外に、彼女の動向を知る者はいない。

 だから、それが分かればいいのだけれど……。

 

 

「もしかしたら、犯人は皆殺しを図っていたとか?」

 

 

 犯人と言われていた十和田が不敵な笑みを浮かべてそう言った。

 生死がかかっているというのに、彼は自分の肩にいるハトを遊ぶように撫でている。

 

「す、すわ恐ろしいことでございます!」

「そうかなあ。考えられなくもないけど? 人間って極限状態に追い込まれると、なにするかわかんないからねえ。犯人はあの火事を起こして、みんなを殺そうとしたけど失敗。んで、女優さんは犯人を知ったから、殺された……とか、ありえるんじゃないの?」

「これだから手品師は……夢を披露する職業なのに現実的で下品だこと……ま、まあ、不器用な司書に言われても痛くもかゆくもないんでしょうけど……!」

「おめーの言い方はムカつくけどよ……俺も賛成だぜ! あんなことを平気でやる犯人だ。火事を起こしたのもそいつに決まってる!」

「いいえ、今回の犯人と火事を起こした人は、別の人間だと思いますよ」

 

 憤然とした萩野に対して、冷静にその意見を打ち払ったのは白河だった。

 

「ふうん、どうしてそんなこと言えるのかなあ? 言ってごらんよ、妖怪クラゲ?」

「私は妖怪で、しかも海洋生物ですか……しかし、火事の原因を考えれば、簡単なことだと思います。そうですよね、円居さん?」

 

 一斉に全員が円居を見つめる。

 眼鏡越しからおっかなびっくりしたような瞳がちらりと見えた。

 

「え、ええっ!? 嘘だよね!?」

「よく見えたな、井伏よ。そう、残像ではない。これこそが吾輩の真の姿だ!」

「そんな茶番をしているのではない! 円居京太郎、お前が火事を起こしたのか?」

「まさか! 白河も誤解を生むような発言はよしたまえ。吾輩はなにもしていない。ただ、“心当たり”があるだけだ」

「そもそも、あの火事の原因は火のつけっぱなし。ガスの元栓の閉め忘れ。それに、薬物の匂いがする“ヤカン”のせいだと思われます。円居さん、説明をお願いできますか?」

「……はあ? ヤカンだあ?」

 

 十和田が少しだけ訝しげな様子を浮かべる。

 そう言えば、彼も火事の状況は知らないんだよな。

 

 

「時間はかけていないから、明言できないのは難だが……お前たちにわかりやすく簡単に言うと、ほとんどの成分は“ビタミン系”、それと“科学物質”が含まれていた。発火性はそこそこ高いが、爆発性はない。時間をかける形のものだ」

 

 

 ……ビタミン系?

 

「たしかに、化学反応ではあるから危険で、扱いが雑だと凶器になるかもしれない。しかし、もし虐殺をするなら、もっと確実な方法があるんだ」

「そんなの犯人が知らなかっただけじゃないのかなあ? どうせテキトーに混ぜれば、火事を起こせるとでも思ったんじゃないのかなあ?」

「……そうだと、いいのだがね」

 

 円居はさきほどから参った様子で首を振った。

 “ビタミン系”とぼかしているが、きっとあれのことだろう。

 そして、それを円居は、ある人に渡したのだ。

 

 

 でも、そうだとしたら……。

 

 

 

「円居。その“ビタミン剤”を誰かに渡したんだろう?」

「おいおい、マジかよ、それを早くに言えって!」

「で、では、円居さまは、どなたにお渡しになったのでございますか!?」

「……吾輩もあまり言いたくないのだが、しかたあるまい。たしかに吾輩渡したぞ。“ビタミン剤”だけでない、“消毒液”もいっしょに、“ある人物”にな……七島には話したはずだが、覚えているだろうか?」

 

 

 “ある人物”――そう言うってことは、やはり……。

 

 

 円居の目とレンズ越しに視線がぶつかる。

 

 

 

 

 

 

「“藤沢峰子”……そう言いたいんだな?」

 

 

 

 

 

 

 

 藤沢峰子――裁判場の空気が疑問と緊張に見舞われる。

 

 

 

 

 

「そうだ。吾輩は彼女に、その2本を渡した」

 

 

 

 

 

 青ざめる者。強張る者。

 

 

 

 それぞれ反応は様々だった。

 

 

 

 

「……へけ?」

「えーと、セヴレ? な、なにを言っているのか、ぼくにはさっぱりなんだけど。え、空耳?」

「空耳ではない。“円居京太郎は藤沢峰子にビタミン剤と消毒液を渡した”……そう言いたいんだろう?」

 

 どうして、なんだ?

 今は亡き彼女の遺影を見つめた……彼女が立つべき場所には、写真があり、悪意たっぷりに、バツ印がつけられているだけだった。

 

「えっと、これって、藤沢ちゃんがうちらを殺そうとしたってこと……? い、いや、ジョーダンキツいって……うちの作ったコスプレ衣装にも、すごくノリノリで着てくれた藤沢ちゃんが!? ぶっちゃけありえないって!」

 

 真田が口を開いたが、誰も答えるものはいない。

 これは藤沢にしか、分からないことではないのか。

 爆発性が低い、という反論もあるかもしれない。

 

 しかし……。

 

 

「静粛に、諸君! 藤沢の面目を立たせるためにも言わせてくれないかね? 吾輩は藤沢にあることを“忠告”したのだよ」

 

 

 忠告……というと。

 

「……それって、“危険性”のことか」

「いかにも、たこにも。七島の言う通り、吾輩は“消毒液の危険性”を話したのだ。絶対に混ぜてはいけない! そして、飲んではいけない! そう言ったのだぞ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……! アンタ、ビタミン剤のことは言ってないじゃない……」

「ビタミン剤も混ぜたら、ちょっと厄介になるとは言った。危険性としては、消毒液のほうが高い。そうも言ったぞ」

「……あなた、何気に藤沢に犯罪をさせようとしたわけではないわよね?」

「いやいや、そんな遠回しに薦めるものか!」

 

 円居はいまいち、真剣なのか人をおちょくっているのか分からない時があるな。

 言っている本人は、おそらく真面目なのだろうが……。

 

「じゃあ、藤沢さんが今は火事を起こしたと仮定して」

「却下だねえ。女優さんは火を起こしていない」

「まだ断定はしていないよ、十和田くん。あくまで想像。まだまだ真実に私たちは辿りついていない……仮定の場合、不運の才能を持っていなくても、藤沢さん自身まで焼かれてしまう、なんてこともあるよね」

「そうだよ。あの時、藤沢さんはパーティ会場にいたよね? いくらアドリブが得意だからって、それは軽装で山を登るのと同じくらいハイリスクすぎると思うな」

 

 井伏の言う通り、藤沢は遅れることなく会議室にいた。

 そこで、円居がやってきて、火事が起こって…………いや、おかしい。

 さっきからの、この場面での“違和感”はどこから来るんだ。

 

 もう一度、思い出してみよう。

 

 


 

「諸君! 待たせたな!」

 やはり、円居だった。

 後ろ手でドアを閉めながら、軽やかな足取りで俺たちの話の輪に加わってきた。

 


 

「か、かかかか、火事だあああああ!」

ランティーユが、叫び声と共に真っ先に開いたドアから駆け抜けていく。

 


 

 

 やっぱり。これっておかしいんじゃないか?

 

「なあ、ランティーユ。お前はあの火事の時、一番最初に逃げたんだよな」

「そーなのだ! この卑怯もの!」

「ああ、マドモアゼル、パルドネ・ムワ! 本当にごめんね! 今度こんなことがあったら、お姫様だっこして助けてあげるから……」

「うひい、きもちわるいよー! だったら自分で逃げるのだぁ!」

「そ、それで、ランティーユ。一番最初逃げたんだよな。逃げた時って、“ドアは開いていた”か?」

「ウィ。そう言えば、“開いていた”よ。開く動作もした覚えないから」

「……? 待て。それは奇妙ではないか!?」

 

 ランティーユの言葉に対して、いち早く反応したのは円居だった。

 彼の疑念の顔は、俺も思った通りの反応だ。

 

「そうだ。俺の記憶が正しければ円居は“ドアを閉めたんだ”よ」

「え、えっと、じゃあさ、誰かがそこから出てったっつーこと? 火事の前に?」

 

 真田の言うとおりだ、誰かがそこへ出て行った。

 ……その人物は。

 

「あの時は、アイスクリームを取りに行こうってことになっていたんだよね。一番ドアに近かったのは……」

「藤沢……だったわね」

 

 天馬と紅が互いに目を見合わせていた。

 『アイスクリームを取ってくる』と言って先陣を切ったのは藤沢だ。

 

「ふむ、ややこしくなってきたが、まとめよう。藤沢はパーティ前に会議室にやって来ていて、給湯室で“ビタミン剤”と“化学製品”を混ぜて、火を点けっぱなしにした。そして、吾輩が話している時に、ドアを開けて、一足先に退出した。そしてその足で焼却炉に向かった。そこで殺されたと?」

「いやいや、だからさ。藤沢ちゃんは、なんでそんなことしたんだっつーの。しかも火事まで起こして」

「それはもう少し考えなきゃいけないけど……もしかすると、気を反らすためだったんだろうな。ボヤ程度を起こして」

 

 

 

「これだから、原生生物は!」

 

 

 突然、十和田が俺に向かって噛みつくように叫んだ。

 

「はぁぁぁ……ボヤ程度だあ? まったく、ミドリムシって、おひとよし通り越してサイコパスなのかなあ?」

「……えっ? ど、どうしたんだよ、十和田?」

「正直、僕も信じたくないけどさあ……気を反らすための火事っていうのは反対だねえ。いや、ふざけんなって話だよ……僕は認めないからな!」

 

 いつもは苛立っていても皮肉気に笑っている十和田であったが、今はその怒りが剥き出しになって直撃する。

 なにか思うところがあって反論してきたのだろう。

 ならば、その意見を聞きだして正さなければ!

 

 

「ミドリムシに、わかるかなあ? 女優さんが“火事を起こした”のは間違いないんだよねえ? まあ、10円玉サイズの脳みそじゃ、わからないんだろうけどなあ」

 

「いや、わかるよ。さっき円居が“消毒液とビタミン剤”を渡したって言ってたから」

 

「へえ、賢いミドリムシだねえ。じゃあさあ、自分の発言を脳絞って、よーく思い出してくれるかなあ? 女優さんが“気を反らすためのボヤ程度を考えていた”って……あのさあ、あれのどこがボヤだったのかねえ!? 女優さんは完全に僕らを殺そうとしてたんじゃないのかなあ?」

 

「で、でも、ボヤと言っても、十和田。お前は火事の様子は知らないんじゃ……」

 

「火事がどうかなんて知るかよ!! あんなの真っ黒になった会議室を見れば一目瞭然だろ!? “ビタミン剤”に、“消毒液”を混ぜて、女優さんは火事を起こしたんじゃないか!」

 

「止めが甘いぞ!」

 

 ここだ! 俺は十和田に向かって言い放った。

 ハトが豆鉄砲を喰らったような十和田の表情が見えたが、また、すぐさま睨み返された。

 

 

「十和田、あのヤカンには、消毒液は入っていないはずだ」

「なまいきだなあ……どうして、そんなことが鼻の穴めいっぱいに開けたドヤ顔で言えるのかねえ?」

「こ、これは俺の意見だけじゃない。“円居の解析”も聞けばわかる」

「あんなマッドサイエンティストの話なんて、信憑性がなさすぎると思うけどなあ?」

「ふふふ……やはり、科学者というものは疑われてなんぼだな。これだから、おもしろい!」

 

 円居は愉快そうに腕を組んで肩を震わせて笑っているようだ。

 こんなときに、面白がるなってば……!

 

「な、なあ、円居? お前は“消毒液”はなにかしらが混ざると危険だ。そんなことを言ってたよな」

「そのとおりだ! “消毒液”は混ざっただけで毒薬なのだよ。“混ざった状態で少し嗅いだだけで、脳に中毒を起こす大変危険なもの”になるのだよ」

「だからさあ、そんな危ないやつを女優さんは…………って、どういうことだよ」

 

 十和田が少し考えた後、また改めて俺を睨みつけてきた。しかし、今度は動揺と困惑が混ざっているのは明らかだ。

 

「あの匂いは、もしかしたら危険だったのかもしれないけど、俺たちに、特に今問題は起こっていないだろう? だから“消毒液”は入っていないと思うんだ」

「では、ビタミン剤には、なにが混ざっていたのでございますか?」

 

 ビタミン剤と化学薬品と言うことを考えると……。

 

「……ビタミン剤には、“洗剤”が混ざっていたと思うんだ」

「“洗剤”だとあのダウなんとかか……?」

『一日干しても臭くないホニャララエールも……って、ダメダメ、そういうステマはナシだよ!』

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……! 演劇部が手に入れたって分かる証拠はあるのかしら……?」

 

 証拠、というよりは消去法に思えてくるが、もしかすると……。

 

「ランティーユ、藤沢の靴に“液体”がついていたのを見つけたんだよな?」

「ウィ、そうだよ。成分はさすがに分からなかったけど、“消毒液”でもないし、さっき証拠であがった“ビタミン剤”でもないことは、鑑定士として誓うよ」

「なら、“洗剤”って可能性はないか?」

「ふん……洗剤が仮に服についたとしても、足につくわけねえだろ……」

「藤沢さんがランドリーに行ったことを前提に話をしませんか? そしたら、彼女はいつ行ったと思いますか?」

「昨夜だったら、クソ早すぎるよねえ」

「そもそも、夜にランドリーは開いていないんじゃね? 七島もよくわかってんだろ?」

「あ……うん……」

 

 風紀委員のチェックの前日の深夜に服を洗おうとして、見事に撃沈した思い出があるからな……。

 

 

『そうそう、“ランドリーは電力節電のために夜時間は運用していません”!』

 

「じゃあ、“朝”はー? ひとっぱしりの後に、おせんたくなのだ!」

 

「しかし、朝の放送が鳴る少し前に、私は食堂に向かったが、藤沢峰子は眠っていたぞ」

 

「それに、藤沢さまは、“芙蓉と七島さまと一緒に食堂へ向かった”のでございます。でも、藤沢さまは時の支配者という可能性もお考えにいれたら、ありうるかもしれないのでございます!」

 

「あははははははっ、それはすごい傑作だ! 藤沢さんは能力者だったんだね!」

 

「井伏、ちょっと落ちつきなさい。朝食後にはパーティの準備があって“、藤沢は私たちと厨房で料理をしていた”けど……みんな時間ぎりぎりまで厨房にいたのは確かよ」

 

「ええっ!? じゃあ、“みんな取りにいけない”んじゃないかい……?」

 

「いや、それは違う」

 

 

 慌てるランティーユの言葉を、俺はきっぱりと正した。

 

「その後、俺たちは解散をしただろ。その時の“空き時間”がある。パーティまでの一時間だ」

「じゃあ、藤沢ちゃんはその時間で“洗剤”を取りにいった……って、なんで足についてんのかが、わかんないじゃん!」

「いや、分からなくはないんだ。特に真田。お前は分かってるはずなんだ」

「……は? うちが?」

 

 ポカンとする真田に対して、俺は「思い出してくれ」と促す。

 

「火事が起きて、最初にランドリーに入ったのは真田だろ? その時、ランドリーはどうなっていたんだ?」

「あの汚部屋のこと?」

「真田が来た時にああなっていたってことは、真田が来る前まで、ずっとその状態だった……もし藤沢がパーティ前にランドリーに来たなら、足に洗剤がついていなきゃ……いや、つけてなきゃおかしいんだ」

「はい? じゃあ、あの液体はマジっぽいカンジで洗剤だってこと? マジで藤沢ちゃん洗剤を取ってたわけなの?」

 

 真田が「マジなの……」と呟いて、唇を噛んでいた。

 

「でも、なんであんな洗剤まみれになってたんだろうね? あの部屋。犯人や藤沢さんにとっても、そのメリットなんてないよね……ははっ、掃除するのすごーく大変だったんだよ……」

「もしかすると、十和田くんのハトかもしれない」

「僕のハトはそんなことしないんだけどなあ? 勝手に僕のハトを悪者にしたてないでくれない? 不運のくせに」

「十和田の前ではおとなしいけど、でも、見知らぬところに連れて来られて、主人がいなくなったら、動揺するかもしれないだろ?」

「……はいはい、否定はしないよ。だからどうした、って話にすぎないし」

 

 俺の言葉に対して、十和田はため息をつきながら、曖昧な答えを返した。あまり十和田も深くは言及しない方針か。

 つまり、藤沢はビタミン剤と洗剤を混ぜて火事を起こした。その足で焼却炉に向かって……いったい、藤沢は何をしようとしたんだ?

 

「ふむ、ちょっといいかな? 藤沢の面目のために、事件とは関係ないかもしれない話だが、吾輩から少し話をさせてもらってもいいだろうか?」

「カンケーないなら、いらねえ……」

「話してくれないか。円居京太郎」

「では、聞かせてしんぜよう。吾輩の藤沢への弁解を」

 

 ごほんごほん、と円居はわざとらしく咳払いをして、人差し指を前に突き出した。

 

 

「パーティ前に吾輩は藤沢に“消毒液”を渡したことは話したな? しかし、そのすぐ後に、藤沢は亡くなってしまった。吾輩は悔やんでいたのだよ」

 

「はむう、円居っちの感想はいいから、早く吐いちゃいなよー!」

 

「マ、マドモアゼル! それは警察の言葉だよ! あ、でもマドモアゼル大豊のミニスカポリス……」

 

「うむ、承知した。しかし、事件発生後に保健室に戻ってみると、驚き戦隊モモノキセブン! “消毒液は返されていた”のだよ!」

 

「それが藤沢さんの面目にどうしてつながるの?」

 

「いいか、天馬よ。危険な消毒液を、藤沢は狂気のままに使ったのではないのだ。“藤沢が消毒液”を返した、という点で、もう少し、敬意を払うべきなのだと思うのだよ」

 

「……それは、違う」

 

 

 俺は円居の言葉を否定した。

 言いたくなかったが、考えてみるとそれはおかしなことだ。

 

「違うとはなにが違うのだね? モモノキセブンか?」

「ランティーユ。藤沢の解析がもう一つあったよな?」

「ウィ、そうだよ。頼んだのはムッシュ白河で、解析したのはぼくなんだけど。マナクマファイルには、マダム藤沢には“薬物の反応が見られる”、とだけ書かれていたよね。だけど解析してみたら、その液体は……あ、これムッシュ七島、言っていいの?」

 

 円居の表情を見ると、口元が一気に下がっていた……やはり、気づいてしまったのだろうか。

 ランティーユが少しだけ眉をさげながら言った。

 

「“アルコール系”が付着していたんだよ」

「アルコールだと……ビールか……」

「ノンノン、お酒ではないよ。除菌用のアルコールっていったほうがいいだろうね。エタノールやメタノールが含まれていて……って言うか、あれもマナクマが作ったのかい? まったく、火とか混ぜなくてもかなり鼻がひん曲がりそうな匂いだったよ!」

『××とか△△とかその辺も混ぜてるからね』

 

 毒ではないものの、なんてものを混ぜてるんだ……!

 円居は顔が見えないぐらいにうなだれてしまっている。

 

「ぐう……で、では、誰が戻したというのだね、保健室の棚に……」

「多分、犯人しか考えられないな」

 

 あまり言いたくはなかったが円居にそう告げると、さらに彼は苦悶の声にならないうめき声をあげた。

 

「だろーなぁ……でもよ、犯人だとしても、どうして返したりなんかしたんだろうな?」

「わからない。けど、もしかすると、円居くんに罪をかぶせようとしたのかも。マナクマファイルで、どう書かれるのか分からなかったから。これも惑わせるためだったのかも」

「私もダストルームにいたから、ちょっとだけ解析は手伝ったけど……マナクマファイルにも書かれているように、“唇に薬品”がついていただけで、含んだ形跡はない。なら、犯人が消毒液を藤沢につけて、保健室に戻した……そう考えるのがいいわね」

 

 天馬や紅の言うとおり、消毒液を返せるのは犯人しかいなくなる。

 しかし、首を絞めて毒殺に見せかけようとするなんて、随分と狡猾なワザをする犯人だ……それは全部マナクマファイルで明らかにされて水の泡だが。それにしても、マナクマファイルは信用して大丈夫なのだろうか?

 

『あのファイル作るの大変なのよねえ。すぐ分かっちゃったら興ざめじゃん?』

「……ま、円居くん。あはは、高笑いしない円居くんは円居くんらしくないな。そんなに気を落としちゃダメだよ?」

「1時間ぐらい経てばまた立ち直れるぞ。だから、しばらくは、ちょっとだけ落ち込ませてくれ……」

 

 井伏になぐさめられたが、あの円居ですら参っているようだ。藤沢の裏切りと犯人の裏切り。藤沢を信じていたからこそだろう……。

 

「うううう……それにしても藤沢っち、なんで、こんなことしちゃったのだ?」

「ホント、それ。意味わかんなくて、頭がボンバークラッシュだし」

「こればっかりは、わっかんねーな……わかんの、藤沢ぐらいだろ」

 

 萩野が乱暴に吐き捨てた後に、深くため息をついた。

 他のみんなも天馬は目を伏せたり、ランティーユは軽く頭を押さえたり、十和田も苛立たしげにとんとんと裁判台を指で叩いていた……。

 

 ……でも、本当に。

 

 

「藤沢にしか分からないのか? 四月一日」

 

 

 思わず言葉にしてしまっていた。

 俯いていた四月一日は、はっと視線をあげて俺を見つめた。瞳孔が開き、口はへの字に曲がっている。

 

 

「角も言ってたよな? 昨日の夜、四月一日が藤沢と話していたってことを」

「あ、は、はい、そうでございます! その、少しの部分しか芙蓉は見ていないのでございますが……」

「……そう、だな。確かに藤沢と私は話した」

「なにを話したというのかね?」

「でっ、でも、四月一日にも色々と事情があって」

「心配は無用だ、七島竜之介」

 

 きっぱりとした声が裁判場に反響する。

 四月一日は凛々しい顔で、手を証言台について身を乗り出した。

 

 

 

「あの時、藤沢峰子は……絶望していた」

 

 

 

 


 

 

「藤沢峰子っ……! ここにいたのか」

 

 

 顔を覆い、会議室の真ん中でさめざめと藤沢は泣いていた。

 四月一日は彼女が子供のように泣き叫び逃げ出したのを追いかけてきたのだろう。

 彼女の背中を困ったように見つめていた。

 いつも凛々しい顔立ちが、微かに眉間に皺を寄せて憐れみを持っている。

 四月一日自身も「無理もない」と心の奥で思っていたのだろうか?

 

「……卯月、ちゃ……っひぐ、ひ、ひどい顔だからあんまり見ないでちょうだい……っ」

「女同士だろう、そんなプライドは今は見せなくてもいい。藤沢峰子……泣くのは構わない。思いっきり泣いていい。だが絶望してはいけない。ここで絶望に飲まれ、自暴自棄になってはマナクマの思うつぼだ」

「絶望……っ絶望するに決まっているじゃない! ああ、それにしても不思議なものね。まるでお芝居みたい! そうだわ、これは芝居よ! こんな茶番をするぐらいならっ!」

「落ち着け、藤沢峰子。一回、深呼吸をするんだ」

「……う、卯月ちゃんって、本当に変な人だわ……こういう時って、殺されるかもしれないのよ……?」

「それでもいい。お前のためになるのであれば、殺されるのは惜しくない」

 

 胸に手を当てて、藤沢に語りかける四月一日の声は優しかった。

 だが、藤沢の両肩はますます動揺で強張る一方だった。

 

「……! アタシは……っ、アタシ、は……いいえ、そんなことしないわ。だって、ア、アタシは……」

 

 ゆっくりと藤沢が顔を覆う手を外していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この中でだれかを殺せと言われたら、アタシ自身を選ぶもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その目を一言で表すとしたら――“虚”だった。

 四月一日は息を飲んで、一瞬だけ軽く後ずさる。

 

「……っ、おい、藤沢峰子」

「ふ、うふふ、ふふふ……イヤなこと言っちゃったわね……でも本当のことよ。ねえ、信じてちょうだい、卯月ちゃん」

「無論だ。私はお前を信じている。だから」

「いいえ。ダメよ、卯月ちゃん」

 

 ふ、と藤沢は四月一日の唇に人差し指を置いた。

 なにも言えずに四月一日は目を見開く。

 

「いけないわ、アタシのことを信じちゃダメ。だってアタシは悪い子だから。アタシのせいで、大切なみんなが死んじゃったんだもの。喜劇のように軽やかに、悲劇のように残酷に。なす術もなく、アタシの目の前でバタバタとみんな倒れていったわ。アタシは椅子に座って…………なにもできずに、その映像を眺めてただけだもの」

 

 処刑台に立つのかと思わせるほどの不吉な足取りで、ふらふらと部屋の中央へと向かう。

 スポットライトの当たらない会議室で、藤沢はぼんやりと天を見上げた。

 

「どうして……どうして、アタシはあの舞台に立てずに、のうのうと生きてしまっているのよ? 傍観者のまま、なにもできずに大切なみんなを奪われた……だというのに、アタシはなにもできなかった!! 観客のように見るしかできなかった!!」

 

 のうのうと生きてしまっている。なにもできずに。

 彼女の台詞……いいや噓偽りない魂からの言葉が、一つ一つが脳に刻まれる。

 彼女は映像を見て、そう思ってしまったというのか?

 

「アタシは演劇部……女優よ。舞台の上でスポットライトを浴びて踊らされるのがお似合い。だから、これから先、コロシアイが起こっても……アタシは観客席で黙って見ているだけなんて嫌よ。嫌っ!! 絶対に!! もう二度と、絶対に! あんな思いをしたくないの! アタシは……だから……っ!!」

 

 やがて腕を抱えながら藤沢は頭を垂れるように傾ける。

 

 

 ――あら、本気? うふふ、これも冗談よん

 ――だから、約束! 今度ステキな書を見せてちょうだいね?

 ――アタシ、竜ちゃんの笑顔が好きなのよ? だから、元気出して……ねっ?

 

 

 優しく可憐な彼女の言葉たちが突如として蘇る。

 色鮮やかで生き生きとした彼女の振舞いは花束そのものだった。

 

 

 

「アタシは……こんな自分が、大嫌いなのよ」

 

 

 花束は地に落ち、朽ち果てようとしていた。

 

 引き攣った微笑みを浮かべ……役目を終えたマリオネットの如く床に崩れ落ちる。

 再び彼女は顔を覆い、肩を大きく震わせていた。

 彼女の決死の叫びに拍手も指笛もなく、静寂だけが部屋を包み込んでいた。

 

 

 

「藤沢峰子」

「……っ卯月、ちゃん……?」

 

 

 ――ただ、一人を除いて。

 

 

 四月一日は彼女に歩み寄り、ふわりと膝を床につける。

 褪せたマニキュアが塗られた藤沢の手をゆっくりと握りしめた。 

 

 

 

「ありがとう。私にすべてを明かしてくれて……もう大丈夫だ、自分を傷つける必要なんてない……お前には私がいる。私はこの絶望的な環境を打破して、そしてこの学園から必ず脱出する。もちろんお前も一緒だ。だから藤沢峰子、お前は観客なんかじゃない。ヒロインになるんだ。絶望を跳ねのけるハッピーエンドのヒロインに……ヤケにならないでほしい。自分を苦しませる道を選ばないでほしい。絶望しないでほしい……私は必ずお前の力になろう。必ずだ」

 

 

 それは花に与える水のようにしなやかで、生きる糧そのものの激励の言葉だった。

 顔を上げた藤沢の目からは瞬く間に涙が溢れ出していた。

 

 

「……っ、ありがとう、卯月ちゃん……っ! ほんとに……っありがとう……」

 

 

 迷子になった童女が親を見つけたときのように、藤沢は四月一日を抱きしめ啜り泣く。

 そんな彼女の背中をあやすように、四月一日は目を閉じながら静かに擦り続けていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………ごめん……ね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 大きなモニターに流れる映像が終わり、俺たちの意識は再び裁判場に戻る。

 

 最後の小さな謝罪が耳から離れない。

 あれは間違いなく藤沢の声だったが……あの時の四月一日に果たして聞こえていただろうか。

 裁判場の四月一日を見ると、彼女は目を伏せていた。

 藤沢の謝罪の言葉に、なにを思っているのだろうか……?

 

「そうして……彼女はようやく笑って一緒に帰り、眠りについてくれた……私はここで終わりにしてしまった。説得しきったと安心してしまったんだ。でもそれは間違いだった。藤沢はまだ絶望していた……今、まさに痛感させられている」

「ま、まさか……吾輩の言葉を信じて藤沢は“自殺を試みた”というのか!? 吾輩は消毒液を渡すときに『飲むな』と忠告したが……!」

「おそらく、そうだろう。消毒液の危険性を信じて、藤沢は自分で消毒液を飲むことを選んだ。もちろん飲んだ形跡がないことから、それを飲む前に殺されてしまったのだろう」

「な……っ!? バカな……なんて……愚かなことを……っ!」

 

 円居は証言台を握りしめ、表情が判別できないほどに大きく俯いた。

 その手は、ぶるぶると震えていた。

 

 

 

 

「いいや、円居京太郎。お前は悪くない。あくまで危険性を述べたまでだ……しかし、藤沢の死は私のせいでもあるのは確かだ。私は藤沢峰子のことを分かってやれなかった。彼女の言う通りだ。藤沢峰子の言葉はすべて信じてはいけなかったのかもしれない、いいやそんなのは言い訳に過ぎない……っ」

 

 

 

 

 

 そう言って、四月一日は深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

「藤沢峰子を止められなくて、本当にすまなかった……っ!!」

 

 

 

 

 

 いつぞやの時のように。なにかを請うように。

 

 

 そして、なにも誰も言わずに。みんながどんな顔をしているか分からず。

 

 

 

 ただ時は静かに進んでいった。

 

 

 

 

 

" 学級裁判 中断 "

 

 

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