ダンガンロンパ(仮)-よみがえり-   作:冷凍かに缶

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学級裁判編 後編

 

 

" 学級裁判 再開 "

 

 

 徒に、時は進んでいたはずだった。

 しかし、それは、マナクマの生あくびによってかき消される。

 

『まったく、そんな被害者の思いなんてどうでもいいっすよ。時代はクロですよ! クロ探し! はやく探せよバカヤロウ! 時間切れになってもいいのかよ、ダンガン、バカヤロウ!』

「おめーは、血も涙もねえのかよ!?」

『そんぐらいはありますよ。クマですし。おすし』

 

 萩野は舌打ちをしてマナクマを拒むように腕組をした。

 相変わらず、人をおちょくるクマだ……アイツの言葉で悲しみよりも、苛立ちが沸々と募っていく。

 

「しかし、謎は解けましたからね。ここからは本格的に犯人を探し当てましょう。犯人を見つけなければ、私たちは本当に終わってしまいます」

「えーっ!? っていうか、ほんとに今までのはなんだったの!? マナクマのいうとーりなんにも、意味なかったじゃん!」

「いいえ、意味はありますよ。藤沢さんへの弔いの意味をこめての謎の解明という意味。そして、藤沢さんが自殺を選ぼうとしても、それを踏みにじった人への怒りを高めさせるためとでも言いましょうか?」

 

 ショックを受けている大豊に対して、白河は目を伏せてそう言った。

 それを踏みにじった人への怒り……白河も感じているのだろうか。犯人に対する怒りを。

 ……だけど、仲間が仲間を殺したというときに感じるのは、怒りなのだろうか?

 

「でも、本当に犯人なんているのか怪しいわ。藤沢の自殺にも思えてきたもの……」

「いいえ、間違いなく藤沢さんは殺されてます。首の跡や凶器が捨てられていたことから、少なくとも介入者はいるでしょう」

「介入者ってだけなら、自殺した後で愉快犯がめちゃくちゃにした……っていうのも、なくはないと思うねえ?」

『ああんもう、マンドクセ。今回は自殺じゃないからね! 最初の裁判で自殺なんてオマエラが許しても、ボクは断固として認めませんからね!』

 

 ……自殺ではない。

 また鬱蒼とした森に放りこまれた不安が舞い戻る。

 逃げられなくなった。この中の誰かが藤沢を殺したという真実に……。

 

「で、でも、犯人を知る手掛かりなんて、どこにあるのよ……? あ、あの演劇部ぐらいしか知らないんじゃないの……」

「それです。だから、藤沢さんに見つけてもらうしかありませんね」

「ウーララ!? オカルトは勘弁してくれよ?!」

「なにも降霊を行うわけではありません。彼女は瀕死の中でも、“あるもの”を残したのです」

「白河海里は、そのようなものを見つけたのか?」

「そう、こちらです。彼女の左手で隠されていた床に、このような“文字”がありました」

 

 

 ap

 

 

 そう言って、例の血文字のようなものをみんなに見せた。

 さすがに、最初は首を傾げている者が多かった。

 

「こっ、これは……ヒエログリフなるものでございますか!?」

「角さん、それは違うと思う。そういう私も合っているかどうかわからないけど、ダイイングメッセージ、かな。だけど、ヒエログリフで書かれたダイイングメッセージ、っていうのもあるかも」

「いや、ねーって! そしたら藤沢すごすぎだろ!?」

「でも、これって本当に藤沢さんが書いたのかな? 犯人が目をごまかすため、っていうのもありそうだけど……」

「それも考えましたが、違うでしょうね。犯人は徹底的に証拠を消していますから。ただ、犯人は死体に一切触れなかったんです」

「ふん……それは、なぜだ……?」

 

 見下すように睨む黒生寺に対して、白河は目を伏せて細い腕を組んだ。

 

「そこは、犯人の意図を知らなければいけませんが……しかし、死体に触れていないおかげで、犯人は藤沢さんが“左手で隠した文字”を見つけられなかった。なぜなら、藤沢さんは左の人さし指で書いて、その書いたメッセージの上に左の拳をのせて亡くなりました。人差し指に血がついていたので、おそらく、それを見られたくなかったのでしょう」

「犯人に見られたくなくて死に物狂いで隠した……だから、クロだと分かる証拠ということなのかね?」

「ヒエログリフだか、ヒエタハッポウサイだかは知らないけど、それでも、藤沢ちゃんすごくね?」

 

 たしかに、死の意識の中でここまで考えるとは。

 それは女優魂か、それとも咄嗟にみんなを守ろうとしたのか。

 はたまた、犯人に対する道連れに近い呪詛なのか。

 今となっては、それも聞くことはできない……。

 

「紅さんと私の意見ですが、筆記体と仮定してみましょう。そしたら、“ap”と読めます」

「うーん、あぽ、かなー?」

「な、なんだかその響きは恐ろしいものを感じるのでございます……」

「ひっくり返してみれば、えーと、do、って読めなくもないかもな!」

「っつーかさ、そもそも、これって、まったく犯人の名前に見えないんだけど……」

 

 やはり、みんな混乱しているようだが。

 その中で、白河は、平然とその様子を見つめていた……白河は、知っているのか?

 視線を送ると、少しだけ目が合って、白河は一息ついた。

 

「犯人の名前、というよりも、“ap”という文字は、なにかを意味するのでしょう。そして、犯人とよく関わる。たとえば、名前に関するものだとしたら、いかがでしょうか?」

 

「もしかして、“イニシャル”でございますか!」

 

「ええっと、ぺこやま あかぺことかー?」

 

「ぜんっぜん、褒められたことじゃないけど、君って、ほぼゼロに等しい脳味噌がよく動くねえ」

 

「“略文字”という考えもありそうね。たしかアジア太平洋も、Asia-Pacificって言ってapって略することはできるわ……海は関係なさそうだけど」

 

 

 俺たちの名前のイニシャルではなさそうだ。

 そうなると、名前に関係すること。

 

 

「俺は紅の意見に賛成だ。略文字が近いように思える」

 

 

 ap、この文字になにか見覚えはないか。

 ……思い当たることが一つあった。

 だけど、これは……いや、これって。

 でも、そう考えてみると、なにもかもが……?

 

 

 

「……七島さん、気づいたようですね。犯人に」

 

 

 

 どうして、こちらの顔の動きで分かってしまうのだろう。

 一斉に全員がこちらを向いた。

 不安と焦りと疑惑。

 教室での授業でもありふれた光景に近い。みんながこちらを見る、というのは決して珍しいことではないはずだ。

 だけど、全身の冷や汗が止まらなかった。

 

 

「お、おいマジかよ……?! 誰なんだ? 誰が犯人なんだよ!」

 

 

 萩野の声が遠くに聞こえる。近くにいるようで、やはり遠い。

 みんなの声が聞こえづらい。

 心拍数だけがやけにうるさく不快感と緊張が募る。

 

 

 しかし宣告しなければ、この心臓も鳴らなくなってしまう。

 そして、みんな。終わってしまうのだ。

 

 

 意を決して、息をゆっくりと吸い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前が犯人なのか、四月一日?」

 

 

 

 

 

 

 

 言われた側だけではなかった。

 いや、むしろ、驚いていたのは彼女の周りのほうだった。

 

「……このアマが……だと……?」

「ちょ、ちょっと、なんでそうなるんだい? マダム四月一日が犯人って!?」

「あ、あの、七島さま? 申し訳ないのですが、それは、さすがに芙蓉も変だと思うのでございます……」

 

 指摘した俺のほうが疑いの目を向けられてしまった。

 

 

「……たしかに。事実、私は疑われてもおかしくない立場だ。パーティから早々と抜け出してしまったからな。しかし、どうして、私が犯人だと思うんだ? そう言うからには、それなりの根拠があって言っているのだろう? ならば、その根拠を説明してもらわなければならない」

 

 

 そして、指摘された四月一日は少しだけアンニュイな表情を浮かべていた。

 驚いているようで、でも、疑われているのを恐れているような。指摘したにも関わらず、堂々とした立ち振る舞いに、ためらいが生じる。

 

「“Ap”、っていうのは、“April”の略だって聞いた事があるんだ。よくカレンダーにも書いてあるだろ? 藤沢は海外渡航の経験があって、つい書き言葉も英語になってしまう。前にそう話していた。そう、手帳も見せてもらったんだ」

「……ああ、そう言えばそうだねえ。そこのミドリムシくんと僕が証人になるよ」

「ええと、あははっ、俺も証人にさせてほしいな」

 

 俺と十和田、井伏、そして藤沢と夜食を食べていた時に藤沢が見せてくれた、あの分厚い手帳。

 あそこには英語がずらりと書かれてあった。サッと書くメモの文字でも、英語になってしまっているのだろう。

 

「だから、咄嗟にあなたのことも書くときもそうしたのではないでしょうか? “四月一日、卯月”。苗字も名前も四月という意味を持ちます。どちらに転んでも、あなたに辿りつくんですよ」

「なるほど。しかし、藤沢は本当に“ap”と書いたのか? それは憶測に過ぎない。それに、証拠としては不十分ではないか」

「で、でも、四月一日。さっき言ってたよな。藤沢が自殺を考えていたことを知っていた……もしかしたら、お前は他にも藤沢の話を知ってたうえで……」

「七島竜之介、私がそんなに疑わしいのか?」

 

 思わず息を鋭く飲んでしまった。

 彼女の語気が荒くなり、どんと握りこぶしのまま裁判台を叩いた。

 完全に目をぎゅっ、と瞑り、絞りあげるような苦い声で叫ぶ。

 

「私は藤沢峰子の相談に乗っただけだ。私がふがいないばかりに、あんなことになってしまったのは、たしかに悔しい……しかし、これだけは断言させてくれないか。自殺しようとしていると分かったうえで、私はあんなことはしない! 殺人を止められなかったふがいな優等生だ……しかし、私は殺人は犯していない! この命をかけてでも、それだけは私は誓おう!」

 

 四月一日は目に大粒の涙を浮かべていた。

 これは、完全に悔やみきっている表情だ……自分はなにをやっているんだ?

 気がつけば、周囲の目も四月一日ではないという雰囲気になっている。

 そうだ、そもそも、四月一日が犯人であるという証拠が。

 

 

「いいえ、証拠はそれだけではありませんよ」

 

 ……えっ?

 白河の言葉に、今度は俺が驚いてしまった。

 

「あの果たし状を書いたのもあなたでしょう? 黒生寺さんたちに罪をなすりつけるために書いたのでしょうね」

「はむう、なんの根拠があって言うのだー!」

「果たし状には名前の主がありませんでした。では、ここで逆に、銃、そしてハトを盗んだ方法を考えてみましょうか?」

「まあ、ピストルは誰でも盗めそうだけどねえ。ほら、ゴキブリ野郎ってさ、典型的な言葉を使えばアホで単細胞だしさあ。寝てた時に、こっそり持ち出せば誰だってできそうだよ?」

「ゴキブリなめんじゃねえ……へばりつくぞ……」

「そ、そういう不快な例えはやめてちょうだいっ」

 

 黒生寺の言葉に対して、紅が身震いをしていた。

 BB弾銃を奪ったのは、いつなのかは予想ができない。

 なにしろ、黒生寺はマイペースだからいつ奪われたのかも、いまいち予測ができないような……。

 

「ともかく、BB弾銃よりも、十和田くんのハトをどうやって盗んだかを考えてみたらいいと思う」

 

「そうだね、ハトが盗まれたのはパーティ準備だよ。藤沢さんがランドリーに入った時には、もうハトがいたからね。なにしろ、俺が掃除している時に見つけたから。あははっ」

 

「だから、急いで探したんだよ。ったく。あと、その笑いは耳障りだから、空気吸うのやめてくれないかねえ?」

 

「あー、それはちょっとキビシイかも。だって、俺、空気だから……ははっ、ごめんね」

 

「しかし、ハトはおとなしい生き物だ。それにマジック用のハトだろう。それならば、人に馴れているはずだ。誰でも盗むことは可能だろう」

 

 四月一日はそう言っているが……。

 たしかに十和田のハトはおとなしいけど、“誰でも”というのは言えない。

 

「いや、四月一日。十和田のハトは特別なんだ。“彼のハトはしつけられている”んだ。そうだろう?」

「ねえ、そこはミドリムシくんが説明するところじゃないのかねえ? まあ、いいよ。答えてあげるけどさあ……僕のハト、小竹は、マジック用じゃなくて、僕の弟だ」

『うわあ、ボールは友達よりも痛ぇヤロウだぜ!』

 

 マナクマが嫌味を言ったので、十和田もさすがに聞こえるように大きな舌打ちをした。

 って言うか、そこじゃない。

 

「十和田が言いたいしつけっていうのは、彼のハトは“十和田と女性以外の人間には近寄らない”っていうしつけがされているんだ。だから、主人である十和田以外の男は盗めない。“誰でも”っていうのは語弊があるんだ」

「だが、それだけで、犯人を決めることができるとでもいうのか?」

「犯人まで辿りつかなくても、そのしつけで、絞ることはできるはずだ。たしか、メモによるとパーティ中の準備では……」

 

 俺はメモ代わりの半紙を胸ポケットから取り出した。

 

 

 

【パーティ準備班】

 

清掃 : 白河、真田、ランティーユ、錦織、十和田

料理 : 藤沢、紅、大豊、角、天馬

調達 : 萩野、七島、黒生寺、井伏、円居

統率 : 四月一日

 

 

 

 

「十和田は清掃・飾り付け班だったな。同じ班にいたのは、白河、ランティーユ、真田、錦織、そして十和田。その中で、女性は真田と錦織だけど……」

 

「ああ、マダム真田はムリだね。だって、一度も彼女は部屋から出てなかったからさ。そう、この超高校級の鑑定士のぼくが証人になったからには、もうなにも怖くないよ!」

 

「こいつが証人って言うのも、びみょーなんだけど……マジレストだし! うち、飾り付けに、マジメに集中してたから、一度も外出てないんだよね」

 

「私も証人になりましょう。彼女と私は部屋にずっといました」

 

「……ああ、言われてみればそうだったねえ。妖怪クラゲと厚化粧は、ずっとこもってたのかあ……」

 

「おい、じゃあ、錦織はどうなんだよ?」

 

「わ、私はトイレとか行ってたから途中退室してて……で、でも、私はムリよ……! でで、で、できないのよ……!」

 

「うっわあ、演技下手だねえ」

 

 錦織は長い黒髪を振り乱して否定していたが、どうにもつっかえて怪しく感じられる。

 でも、錦織が途中退出したとしても、彼女は……

 

「え、演技はどうとして、錦織に犯行はできない。それに賛成だ。アレルギーを持っているって言ってなかったか? ほら、動物触るとかぶれが出るとか……」

「な、なによ、書道家はささいなことでも気になるのね……でも、その通りよ。私はうさぎとかニワトリとかキリンとかサラマンダーとかでも、ちょっとでも動物の毛に触ると、すぐかぶれるのよ……ウ、ウソだと思ってるなら、手品師のハト、触ってやってもいいけど!?」

「なんだって!? サラマンダーは本当に実在していたというのか!?」

 

 何故か、円居が変なところで焦り始めているが……

 そんな中、マナクマは「こらこら!」と手をクロスさせてバツ印でぷんぷんと怒った。

 

『ダメダメ、そういうの! ボクも証人になりますからねー! 錦織さんは、動物を触ったらイボダンゴみたいな顔になっちゃうんだよ! こういうアレルギー系は、訴えられるとどうしようもなくなっちゃうからね! まったく観察者の身にもなってくださいよ!』

「ひっ、人の顔を、イボダンゴってなによ!?」

「あはは、ダンゴウオ科の魚だね。名前は変だけどなかなか可愛いんだよ」

「な、なんでアルピニストのくせに知ってんのよっ!? 情報だけがとりえの司書として、優越感に浸れるチャンスだと思ったのに……!」

 

 本当にどうでもいい知識だ……でも、今はそんなことよりも。

 

「調達は男しかいなかったから無理だな」

「だれかが女装して盗んだ、ということもありえなくないがな!」

「そんな気色悪いマネまでして、タヌキのハトなんて盗みたくねえ……」

「私たち料理していた人たちは、全員女性だけど、準備が終わるぎりぎりの時間まで、藤沢さんを含めて調理室にいたから、会議室には誰にも行ってないよ。だから、ハトを盗むのはムリだと思う」

「そうなると、あなたしかいないと思いますよ? “統率”として様々なところに足を運んでいた、四月一日さん。あなたなら、ハトを盗むことも、ランドリーに行くことも可能なんですよ」

 

 白河が落ち着いた様子で、指摘した途端。

 四月一日の顔に一瞬ではあるが、なにか、苦いものを噛んだような表情が浮かんだ。

 

 

「それに、考えてみれば、あなたの話も不自然なんですよ。マナクマに、ダストボックスを開けるように要求した時、あなたは“余計な言葉”を口にしているんですよ。七島さんも覚えていますか?」

 

 


 

『あー……難しいんじゃないでしょうかね。なにしろ、底が深いし。ダストボックスはなんでも捨てられるから、その中身を掃除するのはノーマークでさ。ようはメンドウなんすよね。開けるのはムリというより、ムダだと思うけど?』

 

「私たちは屈しない。懐中電灯を持ってきてでも見つけてみせる。だから開けるんだ」

 


 

「……懐中電灯、っていう言葉か?」

「それがなんだというんだ。本当のことを言ったまでじゃないか」

「そうでしょうか? マナクマは“底が深い”と言っただけです。何故、“暗い”と判断できたのでしょうか?」

「底が深ければ、暗いのは当たり前だ。そんなの言葉の綾だ。だから、なんだというんだ?」

 

 四月一日はひくりと口元を動かした。

 怒りなのか動揺なのか。どちらともとれるようだが……。

 

「四月一日、お前は、見たんじゃないのか? 死体を発見する以前にダストボックスの中を……」

「見たって? ……ああ、そうだ。見たんだ。私は“テーブルクロス”を捨てたからな」

「……そういえば、そうでしたね」

 

 “テーブルクロス”……か……。

 

「それにしても、随分と現場には血が飛び散っていましたよね、四月一日さん」

「だから、なんだというんだ?」

「返り血を防ぐ、テーブルクロス……」

 

 四月一日は、俺の返り血とテーブルクロスという言葉に、血相を変えて俺を凝視した。

 しかし、また落ち着いて俺をいつものような堂々とした背筋に戻る。

 でも、その自信が綻びかけているのは、誰が見ても明らかだ。

 

「あんなに藤沢は血を流していたんだ。なにか防ぐものがなければ絶対に犯人も汚れる」

「汚れたまま、しかも、血まみれで移動したらバカでも怪しいって思うもんなあ?」

「今のみんなは同じ洋服だから着替えたという線はないわね……だとすると、なにかで防ぐしか方法しかないわ」

「あの“テーブルクロス”なら広げたら大きいと思う。穴が空いてさえいなければ、自身の身を完璧にくるむことも可能かもね」

「俺もダンボールで何十枚かで持った感じは重かったけど、一枚だけなら大丈夫だろうねそれなりに厚さがあるから、にじみそうにもないよ」

「……さて、四月一日さん。あなたは、パーティの準備中に汚れた“テーブルクロス”を処分する、と言って受け取っていましたよね」

 

 


 

 

「あはは、綻んじゃってるね。真田さんなら縫える?」

「んー、ムリじゃないけど……やっぱりムリだわ。でかいし、きったないし、あんま変わんないんじゃね?」

「ならば、私が綺麗にしましょう。私の特製石鹸があれば落ちない汚れはありませんよ!」

「いやあ……だとしても、半日かかるんじゃね?」

 

「仕方ない。こちらは私が処分しよう」

 


 

 

「そうだ……! たしかに“テーブルクロス”を回収した四月一日なら、返り血を防ぐことは可能じゃないのか?」

「それが、根拠になるというのか? 却下だ。テーブルクロスだけでは証拠にならない」

 

 四月一日はきっぱりと言い切っていたが、ブレザーの裾を跡がつきそうなほど握りしめていた。

 その手はぶるぶると震え、今にも裾が裂けてしまいそうなほどだった。

 

 

「で、でもさ。うちはショージキ言ってなんか信じらんないし……! 四月一日ちゃんが犯人とかアリエナイっしょ!! そ、そもそも、“火事のとき”はどこにいたの?」

 

 真田が慌てた様子で、四月一日に疑問を投げかけた。

 たしかに、彼女の行動だけでなく、火事の後のみんなの動きはよくわからないままだ。

 彼女の言葉を受け止めて、四月一日は少し頭を冷やしたのか姿勢を正す。

 

「私は……黒生寺五郎たちを探して途中で本校舎にも寄ったが、寄宿舎方面にも向かったんだ。もう一度、会議室に行こうとしてな。そしたら会議室の異変に気がついたんだ。私は“誰もいない”ドア付近まで立ち寄ったが、煙がひどくて近寄ることができなかった……だから、“消火の手伝い”すら私はできなかったんだ。その後は、もう一度、黒生寺五郎たちを探しに行って、途中で白河海里に出会い、そして、藤沢峰子の遺体を発見した」

 

 …………あれ?

 

「そうなのだ! ほんとに、あの火事やばかったもんね!」

「そう言えば、どなたが火を消したのでございましょうか?」

「私は実際見ていないが、あのバケツに水を汲んで火を消したんだろう。中にいた七島竜之介たちが……」

「う、うーん、それは違うんじゃねーの?」

 

 萩野が困惑した様子で否定した。俺も同意見だった。

 

「なにを言っているんだ。萩野健たちは会議室にいたと聞いた。それにバケツがあっただろう。あれ以外で火を消せるはずがない」

「たしかに、会議室にいたのは間違いないぜ? ……け、けどよ、あのバケツは……」

「な、なんでボクサーが言うのよ……!? い、言いたくないけど……私はね、あのバケツの中で、胃の内容物が口から吐き出される反射運動……言うなれば一種の毒物に対する防御反応をしちゃったのよ……」

「ふむ。回りくどいが、つまりはゲロということだな?」

「ひぃぃいぃぃやぁぁぁ!!!?? ひ、ひ、人がぼかして言ってんのに、この変態科学部はぁぁぁっ!?」

 

 錦織の絶叫が響いたが、それ以前に、四月一日が「なに」と声を漏らしていた。

 顔が青ざめ、目を見開いて挙動不審に瞳が動く。

 それは、目に見えた、正真正銘の“動揺”だった。

 

「な、なにを根拠に! あのバケツじゃなければ、どうやって火を消したんだ!?」

「……“スプリンクラー”なんだよ」

「スプリンクラー?」

 

 四月一日だけじゃない。

 それは火事の当事者以外の人たちは目を丸くしていた。

 

「七島竜之介、こんな大事な時に嘘をつくな。会議室には、そんなものはなかったはずだ!」

「で、でも……それは、マナクマが証人になるはずだ。アイツが天井から出したんだ」

『はーい、そうです。株式ミニクマ社のスプリンクラーを使わせてもらいましたー!』

「ミニクマなんているんだ……」

 

 天馬が変なところに反応していたが、それは、どんという音に遮られる。

 俺の隣に立っている角が驚いて、ひゃ、と声をあげた。

 四月一日が証言台を力強くたたいた音だった。

 

 

「わ、私を騙したんだな、白河海里! 天馬陽菜に聞いたというのは、嘘だったのだな!?」

 

 

 四月一日はわななき震え、白河を凝視した。

 彼女の瞳は、めらめらと業火の如く燃えているように感じられた。

 どういうことだ。

 怒号をかけられた白河は平然としていた。

 

「そうではありませんよ、ただ言葉を変えただけです。天馬さんに教えてもらったことを、私なりに表現したにすぎません。“火事の中、会議室にいたのは七島さん、萩野さん、天馬さんで、彼らは火事を消す現場にいた”そう言っただけで嘘はどこにもありません。そうでしょう?」

 

 ……まさか、白河があの時、尋ねた“スプリンクラー”の話って、このことなのか?

 誰にも話さなかった、“スプリンクラー”の話。

 白河は天馬に教えてもらった……そして、白河がその内容を四月一日に話していた、ということなのか?

 でも、何故四月一日は、白河にわざわざそんなことを尋ねたんだ?

 

「でも、問題はそこではありませんよ。あなた“は”嘘を吐きましたよね?」

「そんなはずがない。私が火事の時に、会議室に立ち寄ったのは本当だ。そこは疑いようのない事実だ」

「……それは、違う」

 

 言いたくないけど、でも言わなければならなかった。

 

 

「なあ、“錦織”? お前は会議室の傍にいるとき、誰かに会ったか?」

「…………は? 錦織、詩音……?」

 

 

 俺がそう言うなり、四月一日は目を大きく見張る。

 ぶる、ぶる、と目玉が小刻みに震え始めている。

 

 

「そ、そうよ……超高校級の司書のことを忘れていたとか、完全にゴミ女だと思われてたのね……!」

「錦織詩音が、い、いた、だって?」

 

 先ほどにも増して、四月一日が汗を流して呼吸音が激しくなっている。

 そうだ。あの時、錦織は会議室の扉の近く、廊下でうずくまっていたんだ。

 

「倉庫に行ってたけど、その時間は本当に短いわよ……それまで、誰も通らなかったし、不運たちが来るまで、助けてもくれなかったんだから……」

「四月一日、あの会議室は食堂に近いことは分かるだろう。だから本校舎の行き来をするには会議室も通らなければいけない。でも、錦織が見てないってことは……」

「もし四月一日さんが言っていたことが本当だとしたら、あなたは錦織さんを見捨てたということになりますね?」

「わ、わ、私は……」

「優等生ともあろう人が、錦織さんを見捨てるなんて、ひどい話だと思いませんか?」

「そ、そうよ……! あんたみたいな完璧な優等生が、私を見捨てるとか……ぎゃ、逆に、許さないんだから……!」

「いいかげん認めたらいかがでしょうか? 自分の言ったことは嘘だと」

 

 白河は至って落ち着いて四月一日に囁いた。

 四月一日は、動揺をしたままの顔で俯いたままであった。

 

 

 

「なあ、四月一日……頼む、本当のことを言ってくれないか?」

 

 

 

 

 あの時、周囲の同情や俺に対する疑いが、一気に四月一日への疑問に豹変していく。

 

 

 

 

 

「……う、うそだって……本当のことを、言え……だって? ……そ、うだな。その通りだな……私が言うことは、全部、嘘…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんかじゃなあああぁぁぁぁぁぁぁぁあい!」

 

 

 

 

 

 

 蚊の鳴くような声から、ボリュームは最大限に上がり、耳にきんと響き渡る。

 般若のような形相で、四月一日は怒鳴り声を発した。

 

「ああ、そうだ、その通りだ! 私は見捨てたんだ! お前みたいな資格もないニセ司書をな! そして、私はあの会議室を見た! これが真実だ!! 私が嘘を吐くなんてそんなことあっていいはずがないんだ!!」

 

 今まで見たことのない荒れようだった。

 もはや優等生という肩書に疑問を抱き始める。

 ローファーを地団太のように踏み鳴らして、そして俺たち全員……いや、特に白河や俺に尖った視線を向けていた。

 仮面が剥がれ、ぼろぼろと音を立てながら、堂々たる面持ちが崩れていく。

 

「よ、よよよよよくも言ったわねぇぇ!?! ……で、でも……そうね、どうせ私はニセ司書だわ……卒業証書もらってないから私は高校生……司書じゃないただの高校生よ……」

「ウ―ララ! そこ認めちゃおしまいだよ!?」

「うるさい! うるさい!」

 

 錦織とランティーユの会話を遮るかのように、破裂するような声が四月一日から飛び出す。

 四月一日が血が滲む勢いで握りこぶしをしめ、裁判台を思いっきり殴打した。

 どん、という爆発に似た音は、思わず首をすくめさせた。

 

「黙れ、黙れ! お前たち全員のほうが嘘つきではないか! どこに証拠があるというんだ! 今までの話は全てただの憶測ではないか。つまらない予想ではないか。真実ではない! そんなものは、証拠とは呼べない。お前たちの空想だ! それこそ嘘ではないか!! そもそも、今現在、ここに“物証”というものはあるのか!? それが無い限り、私は認めない、認めない。認めない認めていいのか認めてはいけない認めるものかぁぁっ!!」

 

 四月一日の言葉はマシンガンのように発せられていく。

 もうなにもかもが、言の葉による弾丸が四方八方に飛び交う。

 しかし、これは必ずしも的外れではなかった。

 

 

「でも、彼女の言うとおりだわ。彼女が犯人と言える“物証”がなにも見つかってない」

 

 

 紅が不調を訴えるかの如く渋い顔で呟いた。

 彼女の言う通りだった。

 俺たちは凶器すら見つからなかったのだ。サーベルも、テーブルクロスも、ヒモも全て想像での推理。

 ここに今残っている“物証”がない……!

 

「……私たち、なにか証拠をぶつけることができるかな?」

「そうですね。まず、無理でしょう。すべてダストボックスに捨てられてしまいましたからね。私もそう思いましたよ。そもそも、あなたが犯人という時点で私も疑っていました。それに、サーベルという凶器もおかしいと思いました」

 

 天馬に尋ねられた白河も、さすがに諦めた口調だった。

 この事件は解けないほうがいいのだろうか。

 しかし、それは単なる杞憂だったようだ。

 彼の表情を恐る恐る見ると、その口元は落ち着きを払っていてとても涼しい表情だった。

 

「だって、考えてみれば、良い“運び方”が思いつきませんから」

「……はっ、運び、かた?」

 

 白河の“運び方”という言葉を聞いた瞬間に、四月一日の士気に溢れた表情が一瞬失せる。

 

「凶器に使われたとされるサーベルは、剣の部分と言えども長さはそれなりにあるはずです。でも、それをそのままの状態で持って行くとなったら、誰かに見つかってしまうというリスクが大きすぎることに気がつきました。そうなると、どう持っていけばいいのやら私にも見当がつきません……」

「そ、そうだ。無理だ。無理に決まっている! やっと、分かってくれたんだな!」

 

 四月一日は、ひきつった笑みを浮かべている。

 やっと分かってくれた……それは、明らかに違う。

 白河は確実に、わかっているのだ。彼は諦めてなんかない。

 俺も知っているんじゃないか。それなりの長さが入りそうな物と言うものを……。

 

 

「言っただろう、私は犯人なんかじゃない! 私は優等生だ! 何度も言わせるな!!」

 

 

 まずは、四月一日のこの弾丸を相手にしなければならない!

 ここからは、俺と四月一日のマシンガンの一騎打ちだ。

 

 

 

「四月一日、お前は本当に犯人じゃないのか?」

 

 

「まだ疑うつもりか! 七島竜之介、お前の照準は乱れている!」

 

 

「どうして、お前は犯人じゃないって言いきれるんだ?」

 

 

「私が犯人でない理由など至極明快、私は優等生だからだ! 私は愚かな過ちなど犯さない! 勉学、スポーツ、礼儀作法……すべて! 何事にもだ!」

 

 

「それは、殺人であったとしてもか?」

 

 

「お前は誰に向かって、そんな口を聞いてるつもりだ?! 私は犯人ではないと言っているだろう!」

 

 

「じゃあ、誰が犯人だっていうんだ、四月一日。お前はみんなのために常日頃頑張っていたじゃないか。今まで俺たちを導いてきた……リーダーを買って出てくれたお前の意見を聞かせてくれ!」

 

 

「そんなことを話し合ったところで堂々巡りが続くだけだろう。ならば、もう終わりにするんだ。これがお前たちのリーダーであり、学園のトップに立つ私の意見だ。だから、お前たちは黙って私に従え!」

 

 

「ああ、終わりにしたい。そのためには俺は真実を明らかにするんだ。だから、四月一日、お前が犯人でない証拠を見せてくれ!」

 

 

「大した心意義だ、それだけは認めよう。だけど、何度言わせるつもりだ。私は犯人ではない! 私は超高校級の優等生だ! そんな私が! "この私が犯人である証拠など、どこにもないじゃないか"!!!

 

 

 見つかった。

 俺は言葉の銃の引き金を引いた。

 

 

「止めが甘いぞ!!」

 

 

 

「映写スクリーンの、“筒”……四月一日、お前は知っているか?」

 

 俺がそう言った途端、四月一日の息を飲む音が大きく聞こえた。

 挙動不審にきょろきょろとしていた角が、今にもこぼれそうな目で俺を見つめている。

 

「なあ、角は言ってたよな? おととい、映画を見たって。藤沢、紅、四月一日と一緒に映写スクリーンを使って。でも、“映写スクリーンを入れる筒”が、なくなっていたんだろ?」

「は、はい、七島さまのおっしゃる通りでございます! 紅さまも覚えていらっしゃいますか?」

「ええと……ああ。あの“筒”のことね。綺麗な革で、高級なブランドメーカーのものだったから印象に残って……って、ちょっと待って。七島、まさか」

 

 紅が俺の言葉の真意に気づいたのか、手を唇にあてて目を丸くさせる。

 

「犯人は“映写スクリーンの筒”を使って、サーベルを持って行ったんじゃないのか? 角や紅も候補としていることになってしまうけど……でも今までの推理してきた点を振り返れば、四月一日が一番近いだろう」

「推理だって? 今までのどこが推理だったんだ? こんなの出鱈目だ! でっちあげだっ!」

 

 四月一日が絶叫に似た断言をした。

 しかし、揺るぎない声が、がくがくと震え始めた。

 彼女の発言が、瞬く間に、目の前で、目も当てたくなるほど崩壊していく。

 

「それだとしてもだ! 犯人はそれも捨てたんじゃないのか!?」

「いいえ、それは考えられません」

 

 白河は最初から彼女の言葉を狙っていたように、きっぱりと言い切った。

 

「私はあなたがそんなことをするとは思えません。だって、映画を見た時、藤沢さんの他に、紅さんや角さんがいたんです。たかが“スクリーンの筒”、されど“スクリーンの筒”。異変に気づかれたらまずい。すべて完璧でなければいけない……あなたは思ったのではないですか。だから、あなたは、それだけは捨てられない。そう思いますよ。欠けたらおかしくなるものを返しているあなたなら、その筒だって捨てないはずです」

「さっきから、何故、お前は、私が犯人だと言い切っているんだ!?」

「完璧さを求めているからです。矛盾を無くそうとしている。でも、それがあなたのミスです。それと、“血だまりが歪な形”なのはどうしてだと思いますか?」

「“筒”を置いてしまっていたからか……?」

「七島さんの言う通り、私もそう考えました。そして殺害後に洗って戻そうとしたけど、角さんがずっといたからできなかった……洗うのも難しいと思いますけどね、あんな短時間でそれができる……もしかして、優等生だから、できましたか?」

 

 四月一日は先ほどから過呼吸に陥っているのか、ぱくぱくと陸にあがった金魚のようになっている。

 「ちがう」と首を振りながらも、もはや、その発言に影響力が感じられない。

 これが、俺たちが見てきたあの四月一日……超高校級の優等生なのか?

 今、繰り広げられている解体劇が芝居の出来事のようで、リアリティも感じられないほどマヒしてしまっていた。

 

「あくまで推理です。想像です。私たちはあなたの意志を汲んで考えさせていただきました。この推理が正しくないと言うのなら、部屋を見せていただけませんか? “筒”がなければ、私はあなたが犯人ではないと認めましょう。そして、また時間の続く限り、討論を続けさせていただきますよ」

 

 現実だとしても、芝居だとしても。

 俺たちは、もうなにもかもやめてほしかった。

 嘘だと一言でいいから言ってくれ。

 なにをでたらめを、と断言してくれ。

 

 

 でも、四月一日はなにも言わない。

 

 ますます、真っ青な顔立ちになっていくばかりだった。

 

 

「……な、なあ、四月一日。どうなんだ……?」

「……ぁあ、あ……あぁ、ああああぁぁ……」

『これって了承の意味? じゃあ、代わりにボクが探してきますね!』

 

 

 マナクマは空気も読まず、ウキウキとした様子で椅子から離れて行った。

 

 

 なかった。

 

 

 そう言ってくれればやり直しだろうか。

 それとも犯人が永久に分からないまま、裁判は終わるのだろうか。

 嬉しくもない恐ろしいことではあるが、悲しいという思いを抱くこともないだろう。

 その場合は、俺は死ぬのだから。

 

 

 ……でも、それが俺たちが望む答えなのか……それとも。

 

 

 

 

 

『はーい、こちら四月一日さんの部屋でーす!』

 

 

 裁判場の大きなテレビに映し出されたのは、整頓された部屋だった。

 本棚、椅子、カーペット。なにからなにまできちんと整っている完璧な部屋。

 机のうえにおかれている、“ある一点”を除いては。

 マナクマはそれを取って、俺たちに見せるように振ってみせた。

 丸い手に握られているのは、“黒い革張りの筒”のようなもの。

 

 

 

 

『おやおや、これは……なんと! マナクマ班、お宝発見いたしましたーー!』

 

 

 

 マナクマが筒を開けると、細かい鋭利なものでひっかいたような傷跡。

 断面には軽く洗っただけなのか――。

 

 

 真っ赤な染みがじわりと染みこんでいた。

 

 

 ああ、これが――答えなんだ。

 四月一日は、なにも言わずに、それを見ていた。

 ずっと、ぼんやりと見つめていた。

 

 

 

「くそっ……終わらせるぞ……こんな裁判……もう、なにもかも、終わらせるんだ!」

 

 

 

 力なく萩野が誰に言うまでもなく叫んだ。

 そう、終わらせなければならない。

 まとめをしなければならない。そして終止符を打とう。

 そうでなければ、俺たちは、進めないのだ。

 

 

 

" クライマックス推理 "

 

 

◆Act1

 

 事件の発端は、あのマナクマが見せた映像のせいだった。

 昨夜、映像を見て怖がっていたのは藤沢だ。

 その相談に乗ったのが、今回の犯人だったのだ。

 取り乱してしまった藤沢は自らの死をほのめかしてしまう。

 それを聞いて、犯人は犯行を思いついたのだろう。

 

◆Act2

 

 犯人は犯行の前に、事前準備をおこなった。

 まずは、視聴覚室にあった、映写スクリーンを入れる“筒”を持って行った。

 次に体育館に向かって、“弓矢”と“サーベル”を分解したんだ。

 “矢の羽と矢じりの部分”を取って、サーベルの柄を取り付けたんだ。

 そして、柄のないサーベルだけを映写機の筒にいれたんだ。

 

◆Act3

 

 犯人はテーブルクロスを捨てるという名目で、利用しようとした。

 そして、十和田の“ハト”と黒生寺のBB弾銃を盗んだ。

 黒生寺の銃は本人も覚えていないみたいだが、十和田のハトは準備中に盗まれてしまった。

 犯人は知らなかったけど、十和田のハトは“女性なら触れることができる”しつけをされていたから悪運強く盗めることができてしまったんだよ。

 そして、彼らの部屋に“手紙”を残した。

 パーティ時間ちょうどに、体育館に向かわせるように仕向けたんだ。

 

◆Act4

 

 パーティ前、藤沢は円居に“ビタミン剤”と“消毒液”を貰った。

 “消毒液”はとにかく危険だ。そう言われて、彼女はこれを服用しようと決めたんだろう。

 そして、ランドリーに行き、“洗剤”を盗んだ。

 火災を起こして、みんなの気を反らすためだった。

 しかし、十和田のハトが暴れてばら撒いてしまって、跡が残ってしまったんだ。

 

 パーティが始まる前に、犯人は黒生寺たちを呼ぶ建前で、犯行に及ぼうとしたのだろう。

 会議室では、円居がやって来た時、藤沢が事前にヤカンに洗剤とビタミン剤を入れて、火災を起こしたんだ。

 最初に逃げたのはランティーユに見えるが、ドアが開いていたことから藤沢が最初に逃げたんだ。

 そして、俺と萩野、天馬は“スプリンクラー”で炎が消される瞬間を見た。

 俺たちはその火を消した方法を、白河以外に話さなかったから、ほとんど全員、その方法を知らなかったんだ。

 そう、藤沢と犯人も含めて……。

 

◆Act5

 

 ダストルームに入った藤沢は“消毒液”で自殺を図ろうとした。

 しかし、焼却炉の後ろで隠れていた犯人が、ヒモで首を絞めて気絶させたんだ。

 “ダストルームの扉”が薄いことを知っていた犯人は、叫び声をださせないためにしたんだろう。

 犯人はテーブルクロスをまとって、気絶した藤沢に、筒から取り出したフェンシングで、藤沢を刺したんだ。

 筒は落としてしまったのか、置いていたのか。藤沢の血だまりの跡を歪にさせたうえに、汚れてしまったんだ。

 藤沢はほぼ即死に近かったが、咄嗟に“メッセージ”を書いていたんだ。

 でも、犯人は死体に一切触れなかったため、そのことを気づけなかった……。

 

 ダストルームは20:00まで開くから、そこで凶器の類を全部捨てた。

 死んだ藤沢の唇にも“消毒液”を塗り、円居に罪をかぶせるためにも保健室に戻した。

 でも、一つだけ、“筒”は角や紅が知っている可能性があったと犯人は考えたのだろう。

 不用意に捨てられなかったんだ。

 犯人は洗う余裕もなく、角も視聴覚室にいたのもあって、それだけは自分の部屋に残してしまった……。

 

 

 その証拠の一つが、決定的なものに繋がったんだ。

 

 

 

 そうなんだろう、四月一日 卯月!

 

 

 

 

 

 

 裁判はしいん、と静まり返った。

 誰もがその事件の全容に耳を傾けた。

 犯人と宣告された四月一日も、ぼんやりとした瞳のままであったがなにも口をはさまなかった。

 舌が痺れ、目の奥がちくちくと熱い。

 俺の中の五感すべてが張り詰めていた。

 一旦、一呼吸をしてから、もぬけとなっている四月一日を見据えた。

 

「四月一日。俺はこれが事件の真相だと思う。だけど、どこか間違っているところがあったら言ってくれないか? 俺たちはお前が納得するまで話し合うから」

「……納得するまで? 七島竜之介、それは無理な話だ」

「えっ?」

 

 先ほどの、四月一日の姿とは打って変わっていた。

 今度は呼吸も整え、今まで見てきた優等生らしい佇まいだった。

 

 

 

 

 

「納得はしない。だが、一連の行動が真実だとは認めよう」

 

 

 

 

 ………!

 

 彼女の瞳は今まで見たことがないほど。

 ありとあらゆる影を吸い込んだように。中身が飛び立ってしまったセミの抜け殻のように。

 静かで真っ黒で光が見えないほど暗さを増していた。

 

 

「そうですか……わかりました」

 

 

 目を伏せたまま白河がぽつりと呟いた。

 静寂の中、ぐう、という声を詰まらせるような音は誰のものだったのだろうか?

 四月一日? 萩野? 俺自身? それとも……。

 

 いや、そんなことは今はどうだっていい。

 

 今、俺たちは辿りついてしまったのだ。

 見つけるべきで、見つけたくなかった真実に。

 

 

 

『はーい、ごくろうさんでした。それではこのへんで、投票タイムと行っちゃっていいっすよね? それでは、みなさん。お手元のスイッチを押して投票しちゃってください! 必ず誰かに入れてね! こんなことでオシオキなんてイヤでしょ? さあさあ、みなさん、ご投票をお願いしまーす!』

 

 

 

 

 投票を終えると、正装を着飾ったマナクマがどこからともなくスロットを持ってくる。

 そして、その大きなレバーをぐいと引っ張った。

 ぐるぐるとスロットのバーが目まぐるしく回り、ドラムロールが鼓膜をごちゃごちゃにする。

 そして、バーが止まり、四月一日の顔が揃う。

 

 

 

 

 Guilty!

 

 

 

 

 

 メダルが勢いよく滝の如く流れ落ちる。

 マナクマがぱちぱちぱち、と短い手でたくさん拍手を連打する。

 

 

 

 

 

 

 …………こうして、俺たちは、最初の裁判を、終わらせてしまったのだ。

 

 

 

 

 

" 学級裁判 閉廷 "

 

 

 

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