『はーい、だーいせーいかーい!! 今回、“超高校級の演劇部”の“藤沢峰子”さんを殺した犯人は、なななんと! この学園の生徒会長で“超高校級の優等生”である“四月一日卯月”さんなのでした!!』
耳の奥がマナクマの声によって占領される。
機械的で非感情的で、嘲笑しか感じられない声色。
『いやあ、あの“筒”を捨てたらどうなっていたことやら。ボクも、どきがむねむねしちゃったよ! マジで最初にして殺戮ゲー(苦笑)みたいになるところで』
「おい四月一日……おめー、どうしてなんだ……? どうして藤沢を殺したんだよっ!?」
のんびりとしたマナクマの声を押しのけ、萩野が雄たけびに近い激昂を飛ばした。
それは各々の気持ちを、一つに代弁した言葉だった。
四月一日は視線を落としたまま。床の一点をじっと見つめて目を合わせる素振りすらない。
「……ちがう。こんなはずじゃない。なにもかも間違っているんだ……」
「そ、そうだよ。だって四月一日さんが犯人だなんて。あっはははは……こんなの変だよね……! 今の投票だってマナクマのでっちあげに決まっているよ! 可笑しすぎて片腹痛いって!」
「なあ、お前たち。どうしてか答えてくれないか?」
彼女は、ようやく視線をあげたが、それは顔面蒼白そのものだった。
「どうして、お前たちはあの映像を見て、“出たい”と思わなかったんだ?」
その言葉で、四月一日を擁護しようとした井伏が強張った笑みのまま完全に固まった。
「やはり、あの“動機の映像”が原因ですか……」
「わ、四月一日ちゃん……いや、アンタは信じたってこと!? 散々うちらには信じるなって言ってたのに!?」
真田の声が張り詰めた空気の裁判場に響き渡った。
その声は木霊したものの、すぐに沈黙へと吸い込まれていく。
藤沢だけではない……四月一日も、あの映像を鵜呑みにしていたってことなのか?
「なにを見たんだ……てめえは……」
腕を組みながら黒生寺がぽつりと呟いた。
彼もコロシアイが起こる前は彼女に渋々ながらも勉強を教えてもらっていた。
いつもは動じない声に、少しばかり感情的なものが入り混じっているように思えた。
「……マナクマ、頼みがある。私が視聴覚室で見た“映像”を映してくれ。この大画面で。そうすれば私がこのようなことを行った理由も分かるはずだ」
『はーい、オッケー!』
「は、はぁ?! おい待てよ! あれって見せていいのか!?」
『本人が見せてもいい、って言ったなら、見せてもいいことになっているのです!』
「はむぅ!? そんなの初耳なのだ! 言ってくれなきゃ、わかんないよ!」
『だってオマエラ、そんなこと聞いてくれなかったじゃん……先生ハブられちゃって悲しいよ……これじゃあマナハブだよ……』
たしかに、誰かに自分の映像を見せるなんてことを考えてもいなかったな……。
マナクマがどこからともなく、リモコンを取り出して、裁判上の大きなモニターに向けてスイッチを押す。
砂嵐が一瞬訪れながらも、“その映像”が始まる……。
画面に映し出されたのはスーツを着た男女、数十人ぐらいいるのだろうか。
会議室のイスに座って、じっとこちらを見つめている。
その顔にはにこにことした笑みがお面のように張り付いていた。
それに似た笑顔を、俺は知っている。
今、ここで、不気味な笑みのクマの姿に、酷似している……。
『超高校級の優等生。四月一日卯月さん。あなたは選ばれた人間なのです。日本、全世界で活躍すべき、人間の鑑です』
『素晴らしい、いやそんな言葉では言い表せない。あなたは希望なのです』
『他の誰でも無い、優れた人材なのです』
『世界に羽ばたくことこそが、あなたの役目です。そしてあなたをサポートするのは私たちの役目です』
『世界だけではない、この全人類に希望を与えることがあなたのやるべきことなのです』
『なぜなら、あなたは“優等生”なのだから』
画面に映った人々は口々に雨のように言葉を降らせていく。
語りかけるように、優しく、まるで恵みの雨のように、しとしととキレイな言葉が並べられる。
……しかし、そんな言葉に反して、ずっと聞いていると先ほどから胸がざわざわしていく。
湿っぽく、じめじめと、どんどんと心臓が冷たくなっていく感覚に近づく。
『あなたは世界を変えられる』
『あなたこそが世界の希望』
『狭い場所はあなたには必要ない』
『あなたがいるべきは世界なのです』
『だから、早く来なさい』
『来るんだ』
『なぜなら、あなたは―――』
『優等生で――』
『世界の希望―――』
『四月一日卯月。あなたこそが―――』
そして、映像がぷつりと途切れた。
「なん、だよ……これ……」
これが四月一日の“動機”……
……なのか?
「これが私の動機だ。すべて理解できただろう」
「い、いや、それは……え、えーと、これで、マダム四月一日は出たいと思ったのかい?」
「当然だ」
「え……ほ、本当に本気なのかい? こ、こんな、ふざけた動機は本当に君の」
「いま……なんて言った? ふざけただと!? よくも言ってくれたな、私の前で!! ふざけているのはお前のほうだっ!!!!」」
ランティーユは罵声を飛ばされ、「ひいっ」という情けない声を上げる。
でも、ランティーユと同意見だった。
「四月一日、俺もランティーユに同感だ……! どうして、これがお前の“動機”になるんだ!?」
「私を追いつめた七島竜之介も理解できないのだな……しかし、お前たちになにがわかる? そうだ……私のなにが理解できるっ!? 優等生の肩書の素晴らしさ、私の誇り、今までの努力を微塵も知らない、お前ら如きに……ッ!」
彼女は獰猛な獣の如く、肩で荒い息を吸っては吐く。
……だが、それは落ち着かせるためではなく、俺たちに牙を剥くための予備動作にも思えた。
「いいか、私は他でもない、誰よりも優れた求められた人間なんだ。超高校級の書道家、ボクサー、清掃委員、演劇部……それがなんだというんだ? 超高校級の優等生こそが、選ばれし優れた人間だ。さきほどの映像を見ればすぐにわかるはずだ! 世界に求められた。それが私の動機だ」
世界に外に出てほしいと言われた――これが、四月一日の動機。
……これが、動機、だって?
彼女の意見を聞いても、まだ疑問が張り付いている。
これは、動機になりうるのか?
「ふ、ふん、それが優等生さまの、ご意見ってことね……大層な思想ですこと……?」
「黙れニセ司書。以前から思っていたが馬鹿にされることを恐れているというのに自分は平気で馬鹿にするなど、奢りにも程があるな」
「んなッ?! にに!? にににに、に、せせ……!?!」
強烈なカウンターを受け、錦織は泡を吹かんばかりの形相でフラフラとよろめく。
まだ頭が整理できていない。
脳髄がちりちりと焼けるように熱い。
なにがなんだか、さっぱりわからない。
いや、わかりたくないんだ。
わかりたくないからこそ、思考が勝手に止まってしまうんだ。
苦々しい表情で萩野が証言台を握りしめ、力一杯に揺すり始める。
「いっ、いい加減にしろ!! 四月一日、ここだって1つの世界だろ!? 自分のために、おめーは藤沢を殺したっていうのかよ!?」
「なんども言っているはずだ。私は優等生だ。世界が望むのは広い世界。そこで優等生としての才能が発揮できるのなら、犠牲は仕方のないことだろう? 私は世界の希望なのだから」
「ふうん、犠牲ねえ……? 君さあ、言葉でごまかそうとしているみたいだけど訂正したら? あんたは女優さんを殺した殺人者だろうがよ! 人殺しのクズがっ!」
「人殺し? クズ? 藤沢峰子は完全な被害者のようにお前たちは言うのだな。でも、あいつは狂っていた。お前たちだって、その事実に辿り着いているはずだ。藤沢峰子は火事を起こした張本人だ! 自らの命と共に、私どころか、お前たちの命も火の海に落とそうとした大罪人だろう! その事実も忘れたのか!」
四月一日がそう言い切った瞬間、十和田が証言台を勢いよく蹴りあげた。
罵声代わりの、咄嗟の感情の爆発だったのだろう。
当の四月一日は「やかましい」と言わんばかりに、顔をしかめて軽蔑の視線を向ける。
「まあ、待ちたまえ。今は藤沢の善悪は置いておこうではないか! 彼女の真意は我々が知る余地もないのだからね。永遠にな」
おもむろに口を開いたのは円居だった。
冷静な口ぶりと表情ではあったが、腕組をしている白衣のシワがいつも以上に深く刻まれている。
「四月一日、これだけ聞かせてくれないかね? なぜ、藤沢を狙った?」
――藤沢を殺した動機。
それを聞かれて四月一日は迷いもなく、フッ、と冷笑する。
「円居京太郎、裁判に参加していたというのに理解できていないのか? それも裁判で答えは出ている」
「なっ!? そ、そんなわけがないぞ! お前は藤沢を殺した理由を答えていないではないか!」
「これからは現代文の勉学に励むことだな。いいか、藤沢峰子は死のうとしていた。これが答えだ」
死のうとしていた。
この言葉で、円居は軽く息を飲んで口を真一文字にさせた。
裁判場の空気もみるみるうちに青ざめ濁っていく。
「……あなたは利用したのですね。死のうとしていた藤沢さんの命を」
「当たり前だ。だいたい藤沢峰子は隙が多すぎた。本気で死にたいならば、私に殺される前に一人で死ねばいいものを。しかも……あんなにも死を望んでいたというのに、あのようなメッセージを残すなど、未練がましいにも程がある! おかげでこちらは……っ、忌々しい!! 余計なことを……!」
ぐしゃ、と前髪を掻きむしり、証言台に肘をつきながら四月一日は歯ぎしりする。
演劇部として生きられないために。
優等生として生きるために。
そう自分の肩書きのために、人を殺す……。
まるで、これは……。
『うぷぷぷぷ絶望的だねえ。ハートの鼓動がどっぴゅんどっぴゅんですな!』
今まで教わってきた歴史の姿。
『絶望』であるために、絶望をまきちらす超高校級の絶望。
……どうして同じようなことが、繰り返されているというんだ?
「うううう……っで、でも、四月一日っち、殺すのはひどいけど……こわくないの? 四月一日っち、死んじゃうんだよ? こ、これから、しょ、処刑されちゃうんだよ! それなのに、どうしてそんなに堂々としてるのだ!?」
「……ああ、死ぬんだったな。失敗なんて優等生らしからぬ失態だ。しかし、私は構わないと思い始めている。世界から求められていた。私は世界のために、今まで培ったすべての知恵と努力、そして人生を賭けた。それだけで今は充分だ。世界は私のために、私は世界のために尽くした。その事実だけで充分だ」
「で、では、芙蓉たちと過ごした時間はなんだったのでございますか……? ムダでつまらないものだったのでございますか? 四月一日さまの求めている世界ではないみなさまとの生活は、意味のないことだったのでございますか!?」
「ムダでつまらないものは言いすぎだ。楽しかったのは事実だからな。しかし、私の居場所はここではなかった。それを知った以上、もう私はここにはいられない。ただ、それだけだ」
「は、は……あ、ああぁ、ダメだ、笑えないよ……こんなのあんまりだ……」
角の涙とともに、井伏は震えた唇のまま手で顔を隠してしまった。
そうだ、違う。これはなにもかもが、違うんだ……。
「四月一日、それでもお前は……」
「そうですね、たしかに、あなたはここにいるべきでありませんでした。あなたがいなければ、このような卑劣で嘆かわしい事件は起きなかったのですから」
俺の言葉の前に、白河が静かに正していた。
言いかけた断片が俺の喉にゆっくりとしまわれていく。
四月一日は、その言葉を黙って受け止めていた。
「あなたは、藤沢さんを殺しました。その罪は認めてくれますか?」
「私の思いは変わらない。これは犠牲だ。犠牲とはいえども、私は私の正しいことを行ったにすぎない」
「そうですか。あなたはやはり……いえ、今さらあなたになにを言っても、すべてゴミにしか聞こえないんでしょうね……もう、私からはあなたに言うことはなにもありません」
「……さあ、マナクマ。もう終わらせてくれ」
『合点承知のすけるとんだよ!』
「お、おい、待……」
『待ちません! 超高校級の優等生、四月一日さんのためにスペシャルなオシオキを用意いたしましたぁ! さあ、張りきって参りましょう! おっしおきターイム!』
マナクマがそう言って、赤いボタンを槌で勢いよく叩きあげた。
資料で見てきたものが。俺たちの目の前で執行される。
血の匂いと、寒気が催すほどの空気が俺は感じていた。思わず、反射的ではあるが目をきつく閉じてしまっている自分がいた。
目を閉じる前の四月一日の姿は落ちついていた。
ここだけを切り取れば、立派で、眩しい。
まるで演説の舞台に立つために緊張している、立派な優等生の姿に見えた…………。
…………。
………………。
………………………あれ?
時が止まってしまったのかと思うほどの奇妙な静寂。
いくらなんでも、変だ。
恐る恐る目を開けると、そこにはおかしな光景が広がっていた。
苦渋の表情で見据えていた萩野も。
意を決していた四月一日も。
『……はにゃ?』
最低なほどにワクワクしていたマナクマでさえも。
裁判場が疑問に包まれていた。
顔を見合わせ、天井や壁を見回し、中にはまさかのことで震えている者もいる。
“なにも起こらない”という事態に。
「あれ? あれれ?」とマナクマもボタンを慌ててひっくり返していた。
もしかして、ヤツにとっても想定外なのか?
『えーっ!? まさかの故障? せっかく決めたのに萎えるなあ……って言うか、なんで、またテレビ点いてんの?』
マナクマが首がどこにあるのか分からないが折り曲げて、すっとぼけた顔になる。
俺たちは一斉にスクリーンを見ると……。
「……どうして」
真っ先に天馬が口を開いていた。
彼女の声は今までにないほど細かく震えている。
「……えっ?」
「おい、なんなんだ、あれ……!?」
俺と萩野は同時に言葉が漏れていたようだ。
映像に現れたのはスーツを着た男女、数十人ぐらいいるのだろうか。
会議室のイスに座って、じっとこちらを見つめている。
その顔にはにこにことした笑みがお面のように張り付いていた。
それに似た笑顔を俺は知っている。
さきほど見たばかりだ。
『超高校級の◼◼◼―――。天馬――陽菜さん』
ノイズ混じりの台詞。
だけど聞き覚えのある声色、言葉遣い、イントネーションそのもの。
『あなたは選ばれた人間なのです。日本、全世界で活躍すべき、人間の鑑です』
『素晴らしい、いやそんな言葉では言い表せない。あなたは希望なのです』
『他の誰でも無い、優れた人材なのです』
『世界に羽ばたくことこそが、あなたの役目です。そしてあなたをサポートするのは私たちの役目なのです』
『世界だけではない、この全人類に希望を与えることがあなたのやるべきことなのです』
『なぜなら、あなたは―――』
「なっ……!」
「な……っ!? な、なんなんだこれはあああああぁぁっ!?」
四月一日が、激昂とともに膝からどんと崩れ落ちていく。
そう叫びたいのは、彼女だけではない。
「なんだね、これは!? 吾輩にもさっぱり分からんぞ。どういうことだ!?」
『なんでこれ流れてんだろ? って言うか、説明しろって? しょうがないなあ。ボクも少しチビっちゃったよ』
「だ、だから、これは、一体なんなんだよ!?」
『思春期まっさかりのジャリガールが、別に見せるわけでもないのに下着に気を遣うようにさ、ボクも映像には細心の気を払ったのです。映像はもちろん、本物であることは変わりありませんけどね? でもさ、明らかに、映像がかぶっていたヤツいるんだよね……』
「映像がかぶったって、どういう意味なの? マナクマが撮ったものじゃないの?」
『あらやだ、奥さん知らなかったの? 今回の動機は、ボクが撮影したんじゃなくて、希望ヶ峰学園のコンピュータに入っていたのよ』
……希望ヶ峰学園? つまり、ここのコンピュータ?
なんで学園のコンピュータにそんなものがあるんだ?
「どうして私の映像が流れたの……?」
ざわめきの中、一つの呟きが浮上してハッと顔を上げる。
天馬――彼女はいつも以上に頬を固く強張らせていた。
『おや、まさか訴訟したいの? でも受け付けませんよ。だってこんなの慣れっこじゃない。ねえ天馬さん?』
「……!」
『いやあ、不運だねえ。映像が流失しちゃうなんてさ。ボクのせいじゃないよ? いましがた確認したらコンピュータが急にバグっちゃったみたいでね……』
「天馬、信じるな。そんなのウソに決まってるっ!」
『不運=天馬さんという公式、ご存じないのかしらん? 彼女のアイデンティティをむしり取っちゃダメダメ! 超高校級の生徒としてあるまじきことですぞ、七島くん!』
「ふざけるのも……っ!!」
「もういい、七島くん」
気がついたら、天馬に裾を掴まれていた。
顔は下を向いていて、見せようともしていなかった。
しかし、その手は、細く、ぶるぶると小刻みに震えていた。
それは、途方もない彼女の感情が俺にも伝わってきた……。
気がつけば、俺はマナクマに一発飛ばそうとした拳をおもむろにほどいていた。
『あー、びっくりした。オマエ、命拾いしたな! しかし、マジでこんな映像が入ってたから、どうしようもないよね……でも、これしか入ってなかったから、仕方なくオマエラ二人にはこれを流したわけだよ。って言うかさ、ぶっちゃけこれって、本当にサイテーの“ねつ造”だよね』
「ねつ……造……?」
マナクマのねつ造という言葉に思わず、四月一日を見つめていた。
それは、俺だけではない。
この裁判場にいる者たち全員の視線が、一斉に四月一日の目を、顔を、体を。なにもかもを突き刺していた。
『見ればわかるよ。こんなのウソっぱちじゃーん! おんなじ映像が2つもある時点で、100%ねつ造だっての! だいたいさ、スーツをいっちょまえに着ちゃって、世界とか希望とか言ってどこの宗教だよ! もっと、不安をあおりまくりの映像を撮れってーの! これじゃあ、人を殺す動機にもなんねーってのに、まったく、ほんとクソつまんない最悪の映像だよね!』
やめろ。
「なにを、言って……私は、世界に求められていて……」
『ウソに決まってんじゃーん!』
「私が、選ばれた人間だと言うのは……」
『超高校級なんだから選ばれて当然でしょ。ここにいるオマエラ全員がね!』
「じゃ、じゃあ、私が希望と言うのは……!?」
『笑っちゃうよね。超高校級の希望、なんてさ。うぷぷぷぷぷ……いかにも小学生が好きそうなネーミング!』
「わ、私は、私は……っ!」
『大体、オマエさ超高校級の優等生だろ? しょせん利口で頭が良いだけの学生に過ぎないんだよ! それ以下にもなれなければ、それ以上にもなれねーじゃねーか! 身の程知れよな!』
もういい、もうやめろ。
耳を塞いで目を瞑りたくても、俺たちは立ちつくしていた。
微動だにせずに、マナクマの笑い声を黙視せざるを得なかった。
「わ、私は……!?」
俺は。
「そ、それじゃあ、私は……」
俺たちは。
「なんのために……藤沢峰子を殺したんだ……?」
……いったい、なにをしているんだろう?
今まで俺たちが必死になってやってきたことは、結局なんだったんだ?
これが、俺たちの導き出した真実なのか?
俺たちは、こんなことをしてまで、生ききらなければならないのか?
『なんのために殺したかって、さっきお前言ったじゃん。『優等生であるため』でしょ。オマエは、仲間(爆笑)を裏切って、あの映像を信じて殺しちゃった。ただそれだけじゃーん!』
「ちが……う……私は優等生なんかじゃなかった……」
『んー?』
「私は。殺人者……だったんだ……どこにも居場所もない、ただのつまらない殺人者……罪人、だったというのか……」
マリオネットの糸が切れたように四月一日は両膝をつく。
魂が抜け、口だけがぱくぱくと動く。
その瞳には怒りも涙も、映し出されていなかった。
「認めて……くれましたか……」
白河はそう呟いて、寂しそうな顔で四月一日を見つめていた。
――やっと、認めてくれた。
だけど、こうまでして、俺たちは殺人の罪を認めてほしかったのか。
四月一日の誇りをずたずたに切り割いてまで、俺たちはこのような結末を望んでいたのか?
『さて、くだらないウソで始まった話って、ホントにくだらないオチになりがちだよね。だから、仕切り直してさっさと始めちゃいましょうか! 超高校級の優等生、四月一日卯月さんのオシオキを!』
「……待ってくれ」
『またあ? あの映像ならさっき見たでしょ、四月一日さん』
「私は……私は……ちがう……」
『はにゃ?』
「私は……優等生なんかじゃない……だから、」
「だから、だから……だから、だから……だからだからだからっ!!」
「ちっ、ち、ちがう、こんなのちがうんだっ!!! なにもかもが間違っているんだああああぁぁぁぁぁあああああっっ!!」
四月一日は声を張り上げ勢いよく立ち上がると、マナクマの短い足にすがりつく。
叫びながらも、こんなに弱々しい姿は、到底、優等生には見えなかった。
優等生なんかじゃない。
それは、罪を逃れようと必死に命乞いをする犯罪者そのものだった。
「ゆ、許してくれっ! 許してくれないか!? 言ったはずだ、私は優等生なんかじゃないんだっ! だから許してくれ! 私は優等生じゃなかったんだ、殺してなんかないっ! 動機も、なにもないんだっ!!!」
『はい、では改めて、お待たせいたしました。超高校級の優等生、四月一日卯月さんのために、ビッグでゴージャス、絶望的にスペシャルなオシオキを用意しましたー!!』
マナクマはそんな彼女にも一切見向きもしない。
俺たちが一生知ることもない死の“喜び”を体験しようとしている。
不運にも真実を知らしてしまった天馬。
四月一日に怒りの声をあげた萩野。
調査に何度も介入してきた白河ですら、誰もが。申し訳なさそうな、憐れみの表情を見せていた。
どん、どん、と耳に悲鳴が入る度に、俺の心臓が脈打つ。
やめてくれ。
冗談だと誰か言ってくれ。
「だっだからちがうっ、聞いてくれ! 私は犯人なんかじゃないっ! 優等生なんかじゃないっ! 頼むっ! い、いや、お願いします、私を殺さないで……っ!! わ、私は死ぬのか? 死ぬ……わ、わ、私、が? い、いやっ、やめてくれっやめていやだっいやだいやだっ!!!!」
『はい、それでは、ハリきっていっちゃいましょー! オシオキターイムー!』
突如、裁判場の扉が開き、現れたのは無数の鎖。
それは、すぐさま、四月一日の身体を捕らえる。
「七島くんっ!」
天馬の声と同時か。
気がつけば、俺は強制的に連れ出されようとしている四月一日に向かって駆けだしていた。
四月一日、まだ話足りないんだ。
なにも聞いていないじゃないか。
なにも、なにも。四月一日のこと知らないじゃないか。
まだ、まだ、終わらせたくないっ!!
「四月一日っ!」
手を伸ばして、四月一日の手を掴もうとする。
その時、彼女のスカートのポケットからなにかが飛び出してきた。
長方形の小さな、なにかが……それは、俺の手に収まった。四月一日の手が風を切りぬけてすり抜けていく。
俺の手の中に残ったのは、彼女に贈ったユビキタス手帳だった。
置き土産を残して、裁判場から消えていったのは。
「いやだああああぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁあああああああああああああぁぁぁぁぁ!!」
四月一日の長い長い絶叫だった。
GAME OVER
超高校級の優等生 四月一日卯月さんがクロに決まりました
オシオキを開始します
オシオキ 『 磔刑 』
そこは教室に似た空間だった。
床や壁はお馴染みの古そうな木製。
そして、黒板には手と足を鉄に固定され、磔にされた四月一日がうなだれていた。
抵抗する気は起きなくなったのか。握りこぶしは震えていたが表情は変わることはなかった。
キーンコーンカーンコーン
そんな中、半音低いチャイム音が教室に鳴り響く。
すると、地響きと共に、ドアから殴りこむようになにかがやって来た。
それはマナクマ“たち”だった。
あるマナクマは髪の毛がアンテナのようになっている。
またあるマナクマは赤ぶち眼鏡をかけたロングヘアをしている。
他にも星の髪飾りや、ステッキを持った、白衣、モノクル、燕尾服など……それぞれが様々な特徴を持つ15体のマナクマたちだった。
一匹のマナクマが、革命者の如く、腕を高々と天井に伸ばした。
それは、菫色のドレスを着たマナクマだった。
その言葉を機に、マナクマたちがなにかを持ちながら構えていた。
その手の中にあるものが確認できないまま、それは始まった。
次々と、四月一日に向かって、マナクマたちによって物が投げつけられる。
それは鉛筆、消しゴム、定規、上履き、ノート、チョーク、黒板消し、野球ボール……。
学校では必ずと言って見かけるものが15体のマナクマによって投げつけられ、四月一日の身体のあちこちに命中する。
さらには日常品から、はさみ、カッターナイフ、牛乳瓶、サッカーボール、植木鉢……投げられる物体は次第に狂気と悪意が増していく。
体から顔まで、様々なものが絶え間なく投げつけられた。
四月一日の常に整った制服は斬り刻まれ、端正な顔は赤い痣と血だらけとなる。
声や悲鳴をあげる暇もなく、マナクマを象った黄金のトロフィーが四月一日の顔面に直撃した。
四月一日は咳こみながら、つと口から血を吐きだした。
すると、物の嵐はぱたりと中断された。
過呼吸になっている磔の四月一日の前で、マナクマたちはなにか大きなものを、よいしょ、と持ち上げていた。
それは、学校行事の花形ともいえる校旗だった。
その旗に描かれていたのは、悪趣味なマナクマのイラストだ。
マナクマたちは旗の部分の柄を持った。
長く鋭く尖った先端が。
酸素を取り入れようと震えている四月一日に向けられた。
『せえの!』
その言葉と共に、マナクマたちは旗を抱えながら。
どたどたと足音を鳴らしながら。
四月一日の身体に向かって、きらりと光る矛先が突進して――。
マナクマの旗は笑っていた。
微動だにしない彼女の身体を貫いたまま。
なおも嘲りながら、血まみれの旗はゆらゆらとなびいていた。
マナクマたちは、その姿を取り囲み、その光景を眺めていた……。
『ひゃっはああああああ! エクストリイィィィィムゥゥゥゥ!』
マナクマの歓喜の絶叫が響き渡る。
嗚咽と血涙の嵐が裁判場に溢れわたった。
「わ、わ……四月一日……さんが……う、うわあああぁぁぁああぁぁっ!?!」
「ううううう……ぅおぇ……ぅうっ……!」
「あ、ああああ、こんなのは夢だよ。夢に決まっているんだよ、そうだよ、これは夢で幻想で妄想で、こ、これはゆ、ゆゆゆゆゆ……」
あの笑みを絶やさなかった井伏がついに叫び、錦織は今にもまた嘔吐しそうなうめき声をあげた。
ランティーユは泡をふきながら、壊れた機械のように小刻みに震える。
目の前で痛めつけられた挙句処刑された四月一日……。
彼女は許されない罪を犯したが、いくらなんでもひどすぎる。
本来なら怒りを感じなければいけないのに、今は血が冷えていくほどの恐怖が体中に叩きこまれて動けない。
「あ、ああっ、なんて非道な……! こ、こんなのあんまりでございますっ!」
『あんまり? あんまりなにさ? あんまりつまんなかったの? オマエラ、クマのボクより情がないのねえ』
「ふざけんじゃねえ! 非情なのはおめーだろうが! よくも四月一日を殺しやがってぇっ!」
『いやいや、自業自得でしょ? 逆に言えば、四月一日さんが藤沢さんを殺さなければ、こんなことにはなりませんでしたよ?』
「元をたどれば、こんなことになったのは、私たちを殺すように追い込んだあなたのせいじゃない!」
萩野はマナクマに今にも飛びかからんとする勢いで、目をぎらぎらと血走らせた。
いつも冷静に判断をしていた紅でさえも、声が小刻みに震え、瞳が涙で溢れていた。
その様子を見ても、マナクマは「ふん」と鼻息を勢いよく噴き出すだけだった。
『なにさ? なにするにしても、ボクのせいだっていうの? まったく鼓膜はがれるまで耳かっぽじってよーく聞けよ! 一番悪いのはルールを破ることだからな! 修学旅行の持ってくるおこづかいで、5000円規定なのに1万円平気で持ってきたヤツを咎めなかったら、オマエラだって憎らしいと思うでしょ? ルールを破った犯罪者に同情してどーすんだっていうんだし! まあ、いいや。今はそうやって絶望しているのも悪くないからね。うぷぷぷ……』
「絶望……ですか?」
『そうっすよ、絶望! ええ響きやん?』
「あなたも、絶望を望んでいるのですね? あの例の事件と同じように……」
白河はそう言って、マナクマをじっと見据えた。
彼はずっと穏やかだった。
残酷な処刑中でもただ顔色一つ変えず、四月一日を見張り続けていたのだ。
白河の言葉に、しばらくマナクマは黙った。
例の事件、超高校級の絶望によるコロシアイ学園生活か。
それとも希望ヶ峰学園史上最大最悪の事件か、人類史上最大最悪の絶望的事件か……。
どちらにせよ、意味合いは同じだ。
その事件に辿りついたのは絶望なのだから。
黙ったままの、マナクマの青い目から鈍い光が放たれる。
『あの事件? 絶望? ボクが望んでいるのはそんなものじゃないんだよ。もっともっと苦しくてふかーい絶望……そう、“超高校級の絶望を超える絶望”……それがボクの求める“絶望”……ただ、それだけだよ』
「なら、あなたはモノクマ……いえ、超高校級の絶望とは違うというのですか? あの“江ノ島盾子”となにが違うというのですか」
“江ノ島盾子”
その名前が出されて、俺たちは一気に神経が強張っていく。
『彼女』の名前を呼んではならない。
そのような暗黙の了解ができたのはいつだろうか?
希望ヶ峰の歴史を教えるにあたって、避けては通れない名前だ。
しかし、超高校級の絶望の名前を言うのは生徒どころか教師でも、いや、この世界全ての人間が躊躇うほどに。
彼女の存在は、まだこの世界に影となって残っている。
『…………あのさ、オマエ、バカにすんなよな、超高校級の絶望のことを。いいか!? 超高校級の絶望をバカにするのはオマエラじゃねーんだよっ!! このボクだっつってんだろーがよ! ボケなすびッ!』
マナクマは怒鳴り声と共に、俺たちに威嚇をするかの如く牙をむき出した。
バカにするなと言って、超高校級の絶望をバカにするのは自分だと豪語する。
これは……いったい、どういうことだ?
『おっと、クマ風情なのに、ついついキレちまったね。でも今は超高校級の絶望よりも、もっと大切なことがあるでしょう? 横断歩道でいくら人生設計をしても、目先のダンプカーに気づけないようじゃ生きていけませんからね! そこをお忘れなく……あーあ、ボク肩が凝ったし、これからの仕事も山積みなのよね……そんなわけで、みなさま、ごきげんよう! お帰りはそこのエレベーターでね! だーっはっははっは!』
マナクマはそう言ってぽてぽてとエレベーターに乗って一足先に帰って行った。
だけど、俺の中にはいつまでもマナクマの笑い声が反響しているかのようにフラッシュバックする。
そして、あの血に塗れた四月一日の姿も、今もまだ瞼に焼きついていた……。
啜り泣きや咽びがむせ返る裁判場。
その中で白河は俯いたままの天馬に歩み寄る。
「天馬さん。四月一日さんが処刑される前の“あれ”は、あなたの才能のせいですか?」
「あれって……?」
白河が大きなモニターを一瞥する。
それは先程の……動機の映像が流れたことだろう。
彼女にとっても予期せぬ出来事だということは、彼女の反応からすぐに察することができた。
天馬はしばらく腕を組んで目を伏せていたが、やがて静かに息を吐いた。
「……マナクマ側のミスだと思いたいけど。でも、あんな高らかにオシオキを宣言した後で、映像を流すなんて思えない。だから、あれは私のせいだと思う」
「私もそう思います」
「ごめんなさい。油断してた」
「ゆ、油断って……おめーの不運と注意不足はカンケーねーだろ!?」
「そうなのかな? でも私はそういう人間なんだよ」
きっぱりとそう言いきった天馬に、萩野は「うぐ」と苦い声を漏らしていた。
俺も思わず、彼女の横顔を凝視してしまった。
同情してほしいとも、理解してほしいとも思わない声色。
ただ息をするように「私は天馬陽菜だ」と同じリズムで彼女はそう言った。
「私は学園に入れた大きい幸運を、不運で支払わないといけないみたい……だって、それが超高校級の不運って言われる理由なんでしょう?」
「へえぇ? じゃあ、この学級裁判も……そもそも僕らが閉じ込められたのも君のせいなのかなあ?」
「ちょっと!? アンタ、全部、天馬ちゃんのせいだっつーの?」
「そうは言ってないだろ。ただの憶測なんだけど? それにアイツが不運って認めているからさあ。第一、映像が同じだって、そこの女はどうして言わなかったのかねえ」
「四月一日さんも、あの映像だって知らなかったから。それに、あんな状況で四月一日さんに追い討ちをかけたくなかった」
「で、でも、たしかに賢明な判断だとぼくも思うよ。あそこで『一緒だよ』って言うのは、マルキ・ド・サド並にイジが悪いとしか言えないからね!」
「ふん……イジワルとサディストは別だろ……」
天馬は四月一日のためを思って映像のことは黙っていたかったのだ。
彼女のプライドのために。
せめて、生きている間は、優等生としての誇りを汚さないために……。
それなのに、あんな不運で……。
いや、本当に不運なのか?
だって、そもそもの発端はすべて……
「天馬のせいじゃない。誰のせいでもないんだ……そもそも、この事件だって全部マナクマのせいじゃないか。だから……俺たちは誰も悪くはないんだ」
「そ、そうだ。そんなのあったりめーじゃねえか!」
「こんな状況に追い込んだのはマナクマだもの。絶対に許されないわ」
俺の突発的に発した叫びに、すぐさま萩野や紅は賛同してくれた。
だけど……。
「ったく、甘いなあ、原生生物ならではの甘ったるさだねえ? 裏切られて死んだ女優さんの気持ちも考えてみろよ。マナクマが全部悪いとは言えないだろ。僕は……死んだとはいえ、あのクソ女を許すことはない。絶対にだ」
「は、はむう、そ、それはさすがに言いすぎなのだ! だって四月一日っちは……で、でも……あううう、もうわけわかんないよ……! あたしたちどうなっちゃうの……!」
「そもそも吾輩があんなものを藤沢に渡したせいだ……彼女を止められていれば、このような事件を避けられることぐらいはできたはずだ……」
「ううう……こんなんじゃ、なにを信じていいのか分からなくなってきちゃったじゃない……!」
「み、みなさま! 自分を追いつめてはならないのでございます!」
四月一日に対する憎しみに近い感情。
周囲への疑念と底知れぬ恐怖。
ふがいなかった自責。
迷いと焦燥。
今まで築かれていた絆が、いとも簡単に綻び始めていく。
……でも、こんなの違うんだ。
言い切れる根拠はないし、確証もまったくない。
だけど、こんなことは……!
「み、みんな、よしてくれ! だから、マナクマが全部悪いんだ! アイツのせいで四月一日や藤沢が……っ!」
「とにかく今日は休みませんか。裁判にせよ、今の現状にせよ、ここに残っていてなにか変わると言うことはなさそうですからね。一旦、戻りましょう……七島さん、あなたは相当お疲れでしょうからね」
俺の言葉はまたしても白河によって遮られた。
彼の言葉によって、今までの思いがさっと冷えていくのが分かった。
白河は全員の顔をざっと見渡し……特に俺の顔は穴が空くほど見つめられた。
――今の状況では、ムダな言葉ではないですか?
そんなことを、今にでも言いそうな顔立ちだった。
白河は踵を返し、さっさとエレベーターに足を運ぶ。
そして、彼に続いて一人、また一人とエレベーターに吸い込まれていく。
俺も引きずるような足取りでエレベーターに乗り込んでいた。
こうして、俺たちはもう二度と訪れないことを祈りながら裁判場を後にした――
部屋に着くまでの記憶は曖昧だった。
まるで屍として生きているような。
脳が死んでいるのか、生きているのか。分からないまま歩き続けていた感覚だった。
俺は気がつくと部屋で、椅子に座り、机に置いた半紙を食い入るように見つめていた。
もう、書ができあがっていた。
書く気は起こらなかったはずなのに、俺は硯箱を開けていた。
なにを書いてたというんだろう。
いく千たび
水の田芹を
摘みしかは
思ひしことの
つゆもかなはぬ
書きあがっていた書は、『更級日記』に出てきた歌の一つだ。
何度も苦しくて意味もない芹を摘むような苦労をしてきた。
しかし、思ったことが叶うことはなかった……。
目を閉じると、裁判の風景がまざまざと目の奥でまた繰り広げられる。
疑問、弁護、防衛、絶望――
様々な色が混ざり合って、最終的に黒く染まっていく。
……俺たちのやってきたことは意味のないことだったのか?
藤沢も、四月一日も。
彼女たちの死も。
俺たちが出した答えも。
そもそも、ここで出会ってしまったこと自体も。
裁判が終わっても、まったくスッキリしない。
それどころが気持ちはずんと重くなっていく。
終われない。そして始まれない。濁った停滞。
だれも悪くない。
マナクマが全て悪いとは思えない。
みんなが信じられない。
事件を避けられたはず。
なにが本当か嘘なのか。
なあ、どれが正解だっていうんだ?
それとも、全部、すべてが。
「なにもかも、ムダだったのか?」
『悲観的にとらえてしまうと、なにもできなくなってしまう』
思わず目を開けた……今の声は誰だ?
俺じゃない、あの懐かしい声は。
最初の頃に会った頃の彼女。
折り目がきちんとしたスカートで背筋が伸びて凛とした―――
『なにごとにも、前向きに取り組んでくれ。そして、苦しいことがあったら必ず私に相談してほしい。どんなことでも誠心誠意に協力することを誓う。 たとえ、小さな悩みでも決してバカになどしない。だから、みんなも協力を頼む』
そして、あの時に見せてくれた優しい笑みが投げかけられる。
脳裏に浮かぶ彼女の姿があったが、目を開けるとすぐに消えてしまう。
「ああ……」
感嘆がこぼれていた。
藤沢も四月一日も人間だったんだ。
人間だからこそ、殺人が起こってしまった。
だけど、人間だからこそ――もう一回、やり直せるはずだ。
悲観は必要だが、必ず、前を向かなければならないんだ。
その前には、正解もなければ、無駄なこともない。
あるのは、現実だけだ。
だけど。いや、だから今度こそ。
「生ききるんだ……みんなで」
これが、生ききれなかった女優としての“藤沢峰子”の希望だとしたら。
これが生ききれなかった優等生としての“四月一日卯月”の希望だとしたら。
俺たちは生き延びなければ。
Chapter1 イキキレナイ 完
イキノコリ:14
シボウ:2
◆『新版:ユビキタス手帳』を手に入れた!
七島が四月一日へ渡したコンパクトサイズの手帳
死に至る間までの彼女の記録が赤裸々に残っている
To be continued……