ダンガンロンパ(仮)-よみがえり-   作:冷凍かに缶

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(非)日常編 委員会と自由行動

 

 

 

 

『オマエラ、おはようございます。朝です。7時になりました。起床時間ですよー! 今日もはりきって青春をエンジョイしちゃいましょう!』

 

 

 

 いつものようにアナウンスを聞いてから食堂に向かうと賑やかな声が聞こえた。

 まさか、また騒動起こってないよな……?

 恐る恐る覗きこむと、みんながテーブルに集まっている様子が見えてホッとする。

 

「おはよう。どうしたんだ?」

「うーっす、おはようさん。見ればわかるぜ」

 

 萩野に話しかけると、彼はテーブルの上にあった一枚の紙切れを「あれだと」言わんばかりにアゴを動かした。

 そこには、細かい手書きらしい文字が並んで書かれていた。

 目をこすりながらよく見ると……。

 

 

 

 

 

 

『委員会』

 

清掃委員(ダストルーム) ⇒ 白河・天馬

 

体育委員(トレーニングルーム) ⇒ 萩野・大豊

 

図書委員(図書室) ⇒ 七島・錦織

 

保健委員(保健室) ⇒ 井伏・紅

 

 

 

 

 

 

「……なんだこれ?」

 

 

『見てわかんないの?』

 

 突如、音も立てずにマナクマが現れる。

 警戒心が強い視線が一斉にヤツへと集まったが、当のマナクマは素知らぬ顔だ。

 

「これが今回の動機だって言いたいの?」

 

 紅が先手を切って、マナクマに対して冷たく言い放つ。

 一方のマナクマは深いため息を返しながら、後ろに手を組んで俯く。

 

『失礼だなあ、クマがなにかすると動機、動機ってさ。たまにはあまーいバター……じゃなくて、ハチミツを届けることもあるんだよ?』

「むうう!! 質問に答えてよ! これなんなのだ!?」

『見ての通り、“委員会”です』

「委員会とは……? 私たちになにをさせるつもりですか?」

『オマエラ大丈夫? ここ、おかしいんじゃね?』

「ど、どこでございますか?」

『とにかく、よーく見てみなよ。ほら、2人いるでしょ?』

「だからどうした……」

『ええっ!? これで分からないとか。黒生寺くんって、まさか……! ンもう……クマで妄想するのも大概にしてよね!』

「貴様のケツから綿をほじくりだしてやろうか……」

 

 黒生寺が起きているが、昨日のことは忘れたのか?

 でも、まだ黒生寺の口調からして少しピリピリしているような……。

 天馬も、黒生寺からは、かなり離れた場所でたたずんでいる。

 

『あのさ、みんな忘れてなーい? ボクの役目は、オマエラに青春を謳歌してもらうことでもあるんだからね。青春に欠かせないのは友情や恋でしょ? だから、二人組の委員をこっくりさんに決めてもらいました!』

「ウ―ララ!? なんて恐ろしいジャパニーズ怪異を召喚しているんだい?!」

『と言うわけで、少しぐらいは持ち場に顔出してね』

 

 委員会……なんだか唐突すぎないか?

 

「やらなかった場合の、デメリットはなんでしょうか?」

『え? そんなのないよ』

「……では、メリットは?」

『まっ、アメちゃんぐらいはあげるよ。いちおう、委員ならではの特典もあるしね……はい、これがそれぞれの鍵っす。“施錠は夜時間にしかできない”からね! 予備はねーから、なくすんじゃねーぞ! ま、気楽にやってちょ。冬眠中のクマにも辛うじてできるカンタンなお仕事だしさ。やるの忘れたからって体罰もしないよ。忘れたとしたら、オマエラの眠っている耳元で悪口言うだけだからさ』

 

 それもなんかイヤだな……。

 マナクマは委員会の生徒に一つずつ鍵を渡して去って行った。

 図書室の鍵は、震える手を抑えながらも錦織がもらっていた。

 メリットもデメリットもない。ますます、この委員会が怪しくなってきた。

 ただ単に、マナクマが施錠するのがメンドウだからやらせてるんじゃないだろうな……?

 

「白河くんよろしくね。転んでゴミをぶちまけちゃうかもしれないけど」

「心配無用です。私は一人でもできますのでご安心を」

 

 天馬と白河が話しているが、白河は自分一人で結構です、という雰囲気が漂っている。

 俺は図書委員だ……と言うか、本当にコックリさんで決めたのか怪しいラインナップだな。

 とりあえず、彼女にもあいさつはしておこう。

 

「あの、よろしくな。錦織」

「図書委員の仕事は司書の本職のようなものだから、私だけで十分よ……」

「で、でも、一応、俺も委員になったから。なにか手伝ってほしいならすぐに言ってくれ」

 

 錦織は視線を落したまま、少しだけ俯いた。

 これって了承の意味だろうか?

 

「紅さん、同じ保健委員だね? 重労働があったら任せてよ。紅さんのためなら俺、なんでもするからさ!」

「ありがとう井伏。じゃあ、これから時間ある? 保健室をいっしょに調べましょう」

 

 井伏と紅が二人で会話を……あれ?

 思わず、隣の腕組みをして立っている円居を見ると、視線に気づいてこちらと目が合った。

 

「なあ、井伏は大丈夫なのか?」

「井伏? ああ、あの様子を見る限りだとピンピンしているな! 昨夜、白河や紅を始めとしてみんなが相談にのったという話は風の噂で聞いたぞ。と言うか吾輩も相談にのった一人なのだがな!」

 

 確かに、井伏は紅と朗らかに会話を弾ましている。

 いつものサンバイザーをしてボストンバックを背負い、爽やかな笑みを浮かべている。

 なら、いいんだけど……。

 

「そうだ、円居。昨日はありがとう、本当に助かった」

「なんだね? 何故いきなりマッドサイエンティストに感謝しているのだね?」

「え? だ、だって、助けてくれたんだろ。黒生寺に睡眠薬を……怪我は大丈夫なのか?」

「ああ、あのことか! 礼には及ばんぞ!」

「でも包帯が……」

 

 左手に巻かれている包帯は痛々しく、血がじんわりと滲んでいるのが分かる。

 応急処置だったのか、急いで巻かれたものということもあり、雑さがまた痛々しさを際立たせている。

 絆創膏に加えて、円居の手はボロボロになっているな……。

 

「言っただろう、吾輩は一日寝れば大体のことは治る。心身ともにケガには慣れているのだよ。書道家のお前が汚い部屋にも順応できることと同じだぞ!」

「そ、それとこれとは違うと思うぞ……」

「吾輩もそうだが、七島も大丈夫かね? ショッピングモールで銃弾に撃たれたゾンビのような倒れ方だったからな!」

 

 笑えない冗談だな……。

 

「ああ、それも大丈夫だ。ちょっと貧血とか、ショックとか、なんていうか……そういう類かもな」

「なるほど、七島は不健康なのかね? 吾輩を見習いたまえ! 吾輩なんか、熱中症警報が出ていても1200m走を完走しきったのだからな!」

 

 それは得意げに言うことなのか?

 円居の自慢はいまいち分かりづらいな。

 

 

『そうそう、忘れてた!』

「うおぅっ!?」

 

 

 マナクマの声と共に円居が素早く仰け反る。

 俺も円居の大きな仰け反りと、マナクマの姿に目を見開いてしまった。

 

『超高校級の科学部の円居京太郎くん! これはボクからの餞別だよ!』

「センベツ? なんだねこれは。ソロモンの鍵かね?」

『いやいや、これは科学室の鍵っすよ。まあ円居くんは体裁上、超高校級の科学部だからね』

「やけに超高校級を連発するな? しかし、マナクマよ、吾輩に預けて大丈夫なのかね?」

『そりゃ、科学部だからこそ託しているわけっすよ。それにボクからのお情けだよ。キューピッドさんにも見捨てられた保健委員への道をね。こいつの管理は頼んだよ……』

「ふははははっ! そこまで言うなら仕方ない。いいだろう、タイタニック号にのったつもりで安心してくれたまえ!」

 

 いや、タイタニックは沈むだろ……。

 そう言って、円居はマナクマから鍵束を受け取った。

 彼が手に取ったと、同時にマナクマは走り去っていった。

 

「やはり、管理が面倒なのだろうかね?」

「まあ、そうだろうな。アイツ妙なところで気まぐれだし……」

「気まぐれか。それだといいのだがね。とりあえず、吾輩は科学室に行かせてもらおう。この鍵束で吾輩は科学室のすべてを知らなければならないからな」

 

 そう言って、円居は鍵束をポケットの中に突っ込んで白衣を翻しながら去っていった。

 

 

「いやあ、それにしても羨ましいな。井伏のヤツ、お気にいりの紅と一緒に委員ができるとはなあ」

 

 円居と入れ替わるように今度は萩野が俺の元にやって来た。

 萩野と大豊は体育委員会か。たしかにそれっぽい感じだ。

 ランティーユは、さきほどから大豊と一緒に作業がしたいとせがんでいるようだが、当の彼女は案の定逃げ回っている。

 そんな光景を見ていると、すぐさま萩野が俺の耳元に体を寄せてきた。

 

「おっと。そーだ、七島……なあ。明後日“スイカ割り”でもしねーか?」

「……スイカ割り?」

「さっき厨房に行ったらでっけえスイカがあってよ。いかにも割ってくれと言わんばかりのビッグサイズだったんだぜ。だからさ、みんなを集めてスイカ割り大会するってのはどうよ?」

「へえ面白そうだな。でも明後日なのか?」

「おう、準備とかあるからさ。明日までにセッティングしておくぜ! な? いいか?」

 

 なるほど、スイカ割りは悪くはない。

 新たに交友を深めるにはもってこいだ。

 

「でも、どこでスイカなんて割るんだ? 食堂とか言わないよな」

「……! 待て、声のボリューム下げろ。白河に聞こえるっ」

「なんで白河?」

「白河のヤツ、スイカ割りを目の敵にしてやがるんだよ。それを知らずに誘ったら、『スイカ割りなどという低俗なアイデアはいますぐに捨ててください。スイカは捨てなくて結構です。スイカ割りという計画を捨てましょう。捨てなさい。捨てろ』って、すげえ勢いで追いかけられたんだからな……って、ほら、言ってるそばから! 見ろよ、あの目っ! 『あなたたちは楽しそうでいいですけど、掃除するのは誰ですか?』って言いたげな目じゃねーかっ」

 

 ……言われていれば。

 さきほどから、俺たちの話にあるスイカという単語に聞き耳を立てているのか、目を光らせて、じりじり近づいてきているような。

 気のせいだと思いたい。いいや、思わせてくれ。

 

「とにかく、今のところはプールなっ。白河はどうにかしとくからよ」

「どうにかって、どうするんだよ?」

「い、今は考え中だ。白河はどうにかできなくても開催は決めてんだ。ボクサーとしての意志の強さってのを白河に見せつけてやっからよ! おめーはできる限り、人を誘ってくれよ?」

「いや、白河はなんとかしておけよ……とりあえず、誘えばいいんだな? 白河以外に」

「おう、アイツ以外はそんなにスイカ割りに殺意を抱いてないだろ。だから頼んだぜ。あ、そうそう、これ伝えておいてくれよ。『今回はスイカ割りでもあり水着大会だ。だから、できる限り水着で来るように』ってな」

「そのためのプールか?」

「あ? 風呂よりはマシだろ?」

 

 まったく、思考がやはり中学生だ……。

 でも、こうやって賑やかな様子を見ていると、また少しずつ良い兆しができつつあるのかもしれない。

 今からでも遅くはない。ゆっくり、また日常を取り戻せればいい……。

 

 ただ……。

 

「ここで……日常を取り戻しても、いいのかな」

 

 思わず出てしまったひとりごとを咎めるように唇を触ってしまう。

 幸い、萩野やみんなにも聞こえていなかったようだが。

 監視カメラを軽く睨みつけて、俺は背を向けた。

 

 

 

【自由行動2-1 いざ、尋常に腕相撲!】

 

 ある昼下がり、ランティーユは笑っていた。

 そのモノクル越しの笑みを浮かべた目元はとても不敵なものに思えて、俺は少しだけ固唾を飲んだ。

 

「ふ、ふふふ、こ、このぼく、ランティーユ・クレーユは鑑定士として、ここで退くわけにはいかないんだよ。そりゃあ、体力は無いってことは自覚しているさ。だけど、こんなぼくにもプライドはあるんだ。そう、愛する人の目の前、マドモアゼルの前ならば! 運動音痴でも勝利をむしりとって、真実を知らしめることができるはずだ! それが鑑定士としての役目!! だから、ぼくはムッシュ萩野を超える! うおおぉぉぉぉおぉぉおっ!!」

「はっ、甘すぎんぜ」

 

 ランティーユのいつもの長広舌と、彼にしては珍しい雄たけびがトレーニングルームに響き渡ったが、萩野は冷静にその猛攻を防いだ。

 あっという間に、ランティーユの手の甲がだん、とベンチに叩きつけられた。

 呻き声とともに、ランティーユはそのまま膝を床について生まれたてのヤギのように震えだす。

 …………まあ、だろうと思ってた。

 

「もう! ランティーユはへなちょこなのだ!」

「しかし彼は頑張ったほうだと思います。そうですよね、七島さん」

「ああ、まったくだよ……」

 

 モップ片手に力なく溜息をついたのは白河だった。

 俺もそれにつられて、愛想笑いに似た表情を作る。

 いま、トレーニングルームでは腕相撲大会が開催されている。

 

 そもそも、事の発端は、萩野と大豊が委員会の仕事……と言っても、トレーニングからだった。

 

 ひょんな会話から、彼らが腕相撲をすることになったのだ。

 そこで、萩野によって俺が引っ張り出され、俺の審判で、対戦が始まる。

 萩野はもちろんボクサー。力の強さは俺も理解していたし、彼は強かった。

 しかし、大豊もアスリートだけあって、なかなかの接戦だった。

 結局、萩野が持久戦に持ち込んで大豊には勝利した。

 

 これで終了……のはずだったが、ウォーキング中の井伏が、その様子をこっそり見物していたという。

 「面白いことをやっている」というウワサを流して、トレーニングルームに挑戦者が次々とやって来たのだ。

 井伏はもちろん、円居や白河、さらには黒生寺までも現れたのだ。

 

 円居は「科学部代表として負けられんぞ!」と、やたらと意気込んでいた。

 しかし、わずか数秒で倒されて、腕を痙攣させながら、すごすご本拠地の科学室に戻って行った……。

 

 ただ、井伏、黒生寺はそれなりに手ごわかったようだ。

 持久戦で山登りで筋力も強い井伏は粘り強く、黒生寺はそもそもの力が強かったという。

 どちらも、萩野は持久戦には持ち込まず、押し切って腕相撲の勝者となったのだ。

 

 そして、今は大豊にいいところを見せたいランティーユが乱入して戦っていたが……。

 結果はごらんのありさまと言わざるをえない……。

 

 ちなみに、白河は元はと言えば掃除のためにやって来ただけだ。

 しかし、「白河っちは清掃委員なのに筋肉がダメダメなのだ!」という、大豊のなんとも幼稚な煽りを受けて、いとも簡単に腕相撲をやることとなった。

 結果、白河は片腕にシップを何枚も張るハメになった。

 げらげらと萩野が心配しながらも笑っていたが、他人事とは思えなかったので、思わず彼の肩を叩いてしまった。

 

「ふう、さすがにちっと疲れた……俺が優勝ってことでいいよな?」

「ウィ……やっぱりムッシュ萩野はボクサーだからね。そうそう勝てる人なんていな」

「それは違うのでございます!」

 

 ランティーユの言葉を遮ったのは、高らかな少女の声だった。

 突然の声色に一斉に、トレーニングルームの中にいるみんなが扉に視線を向ける。

 

「だ、だれだ……っつっても、もう語尾で分かってんだけどよ……角、どうしたんだよ?」

「いいえ、私は角ではございません」

「パードゥン? どう見てもマダム角だよね?」

「では、名乗らせていただくのでございます。私は清廉潔白なる夢をお守りする百花繚乱の乙女、“フラワー・フローラ!” これにて見参でございます!」

 

 

 

 …………なんだ、これ?

 

 

 フラワー・フローラと名乗る角が、颯爽と部屋に入り込んで萩野の前に立つ。

 その姿は可憐な少女ではあるが、どこかキレがあって堂々としている。

 でも、どこからどう見ても、服装も顔立ちも髪型も声色もいつもの角だ。

 ただ、なにか違うのだが……それがなにか言えないのが、もどかしい。

 

「角っちも挑戦するのー!?」

「いいえ、大豊さま! 私は百花繚乱の」

「あ、あー、わかったわかった。で、なにしにきたんだよ。えーと、百貨店のフラメンコ・フロシキ……」

「百花繚乱のフラワー・フローラでございます! 萩野さま、私は黒生寺さまのために戦いに馳せ参じたしだいなのでございます。黒生寺さまが敗北をしてしまった以上、私が敵をとらねばならないのでございます!」

 

 そう言って、フラワー・フローラこと角はステッキをびしっと萩野のほうに向けた。

 そして、すぐさまベンチにひじをついて手を求める。

 かなりお熱な理由での対戦だな……というか、なんでフラワー・フローラになったんだ?

 

 ちなみに黒生寺は負けてしまったが、負けはすんなりと認めていた。

 萩野は接待ができなかったことを焦って、とりあえず弁明しようとしたが、黒生寺は特段怒らなかった。

 次は負けないと未練がましいことは言っていたが、負けても発砲することなく去っていった。

 もしかしたら戦いに関しては、ちゃんと正々堂々と戦って負けたら認めるタイプなのかもしれないな。

 うーん、いろいろと、そう考えると、黒生寺も不器用な男なのか……?

 

 そんな中、萩野は、苦笑いと言うか失笑のように唇をゆがませながら、彼女の相手をすることとなった。

 俺は審判なので、二人の握りこぶしに手を重ねた。

 

「角っちでもふろふき大根でもなんでもいいのだ! がんばるのだ!」

「角さん、ケガはなさらないでくださいね。シップは、ほとんど使いきってしまったので、ご注意を……」

「マダム角もムッシュ萩野も、幸運を祈っているよ!」

「ありがとうございます! でも、私の名前はフラワー・フローラでございます!! 角芙蓉という少女とは一切関係がないのでございます!!」

 

 もう、ばれてるよ……。

 外野の声援を浴びながら、二人はじっと見つめあう。

 闘志を高めている二人を交互に見て、俺は息を吸った。

 

 

「よーい……スタート!」

 

 

 俺の合図とともに双方の腕に力が入る。

 

 ……! どちらも、動かない。互角だ。

 

 萩野が彼女の力にたじろいたように目を見開くが、すぐにぐうと力を強める。

 少しだけ角が劣勢に傾き始めたが、まだ萩野の表情は強張ったままだ。

 でも、少しずつ、萩野の優勢は大きくなっていき、腕がどんどんと傾いていく。

 

 

 そんな不利となっている角を見てみたが……。

 

 ……あれ? 不利なのか?

 

 角は顔色を変えずに、冷静にじいと、なにかを食い入るように見つめている。

 彼女の視線の先をたどると、ずっと萩野のヒジを見つめている。

 俺も思わず、萩野のヒジ、腕の部分を凝視した。

 

 角の瞳は、なにかが出てくるのを待ち望んでいる狩人の視線だった。

 その視線に気づいたのか、怯んだのか。

 萩野の筋肉が少しだけ弛緩したのが見えた。

 

 だが、それは少しだけ。だった。

 

 

 

 それでも次の瞬間には。

 

 

 

「っっ!?」

「あっ!? ムッシュ萩野!」

 

 一気に萩野の右腕が重力に従うかのように傾く。

 倒れていく腕、手の甲がベンチに触れ……。

 

 い、いや、違う!

 甲とベンチの間は糸が一本入るぐらいではあるが、なんとか萩野はこらえている!

 角はその様子を見て、惜しむ事もなく、アルカイックスマイルのように微笑んでいる。

 とりあえずは、優勢を取れたからだろうか。

 

 

 角は、あの筋肉の緩みを待ちかまえていたのか?

 間合いを取って、相手の気を確認して一気に攻めようとしたのか。

 でも、あんな一瞬でそんな力を出せるなんて……。

 

 角、というか、フラワー・フローラ……何者なんだ。

 

 

 というか、萩野大丈夫なのか!?

 萩野もまさかのダークホースに困惑したのか歯を食いしばる。

 だが、すぐさま瞳の奥が燃えているように輝いた。

 好敵手を見つけたような顔――よし、萩野も本気モードだな……!

 彼の腕に再び筋力が戻り、腕が脈打つように動いた。

 

 

「あっ!」

 

 角の軽い悲鳴が聞こえた。

 それと同時に、萩野は力任せに体力が減っているにも関わらず押し切った。

 抵抗があったが、あっという間に、ベンチに角の手の甲が伏された。

 おおお、と大豊がぴょんぴょんと、飛び跳ねながら歓喜の声をあげる。

 角は少しだけふうと大きな息を吐いたが、憑き物が取れたような爽やかな笑みを浮かべた。

 

 

「っう、おおお……焦ったぁぁ……ボクサーの面目潰れるところだったじゃねえか……!!」

 

 一方の萩野は勝ったにも関わらず大粒の汗を噴き出していた。

 よかった……俺もまさか萩野が負けてしまうかもしれないと思い、ドッと疲労感が溢れそうになる。

 もっとも、俺はなにもしてないんだけどな……

 

「さすがでございます、萩野さま。黒生寺さまも、これでは敵わないのも確かでございます……それに、私も修行が足りないことが分かったのでございます。魔法少女として反省すべき点でございます! それを体で教えてくださり、ありがとうございます!」

「か、体で教えるっておめー……あ、いや、にしてもよ、魔法少女抜きにしてもマジで強かったぜ……それともなんだ、フラワーなんちゃらだから強いのか?」

「いえいえ、でも萩野さまには敵わなかったのでございますから、お強いのは萩野さまでございます。さすがでございます、萩野さま! あと、私はフラワーフローラでございます! なにとぞご承知を!」

 

 そう言って、角はガッツポーズをした後に、萩野と握手を交わした。

 角は晴れやかだが、どこか寂しそうな笑みを浮かべる。

 

「やはり、私も、もっともっと強くならなければ……昨日の黒生寺さまを止められなかったふがいない自分を越えなければならないのでございます……! 平和と愛を守る魔法少女として、みなさまを救い、誤った道に行こうとしている時には手を掴んで止められるように、むちゃむちゃタフになるのでございます!」

 

 すとん、と腑に落ちた。

 そうか。彼女も『魔法少女』という才能なりに、この状況をなんとかしたいと思っているんだ。

 

 萩野は汗を拭いながら笑い、大豊やランティーユも「すごいすごい!」と拍手して、白河も静かに見守る。

 マナクマのせいで一度は踏みにじられ、二つの芽が摘まれてしまったけれど。 

 

 それでも、また、今こうして新しい絆が作られようとしている。

 

 

「うんうん! あたしも強くなりたいのだ! だから、ふろふき角っちもトレーニングしよー!」

「……そーだな。おめーらには負けられねーからな! 後、2時間ぐらいは余裕で俺もいけるぜ」

「私はフラワー・フローラなのでございます! さあ、七島さまと白河さま。ランティーユさまもご一緒に。みなさまとユニゾンすれば、どこにだって飛んで飛んで行けるのでございます!」

「ウィ! マドモアゼル大豊と一緒なら、ぼくだって、火の中、水の中、スカートの中にだってついていくよ! そう、たとえ地の果て海の底、空の向こうまででも、君のありとあらゆる表情や行動を見届ける。それが、超高校級の鑑定士であるぼくのもう一つの定めでもあるのさ! そのためにぼくも君と一心同体となってトレーニングを積むことにするよ、マドモアゼル!」

「は、はむうううぅっっ!? 今世紀最大に、きもちわるいのだあああっ!」

 

 なにはともあれ、腕相撲大会は終了して、俺たちはトレーニングルームで一汗をかいた。

 なかなかハードだったが、運動不足解消と気分転換には良い時間だった。

 特に、白河相手だとつい気合が入ってしまった。

 足は強いらしく、白河にはランニングマシーンでは負けてしまって悔しい。

 男としてのメンツも守りたいので、もう少し俺も体力つけとこう……。

 

 ちなみに次回のバトルは、誰が長座体前屈ができるかというものに決まった。

 ……マイナーだが、人は果たしてやってくるのか?

 少なくとも、「白河さまは、清掃委員なので体力はありあまっていることでございましょう!」という純粋無垢な励まし……もとい煽りを受けて、バーベル上げでまたシップの世話になった白河は参加しないことは確かだ。

 

 

 

 

【自由行動2-2 保健室でアンラッキー!?】

 

 

 しばらく書に打ち込んでいると、どうも前頭葉の辺りが痛む時がある。

 今もなんだかずきずきと疼いているようで……。

 一旦眠ろうとしたが、そちらの痛みに集中してしまってなかなか寝付けない。

 保健室に行って、薬を取りに行くか?

 萩野もシップとかを何枚か貰いに行っているみたいだし……。

 

 時計を確認すると、午後3時を示している。

 時間に余裕はあるがとりあえず早めに行って取ってこよう。

 

 

「あら、七島。どこに行くの?」

 

 

 部屋から出て本校舎に向かう途中に、赤いポニーテールをなびかせた紅に出会った。

 彼女のたたずまいはいつもすらりとしていて、男でもカッコいいという感情を抱いてしまうほどだ。

 

「あ、ああ、今からちょっと保健室に行こうと思って。頭が痛むんだ」

「頭痛? それは心配ね。私も保健委員だから薬を探しましょうか?」

 

 そう言って、紅と俺は共に保健室に向かって歩き始めた。

 こんな風に彼女と歩くのはニ度目だ。

 一回目の裁判前の時に比べたら精神的にも安心できる。

 

「なあ。保健委員って、どんなことしてるんだ?」

「大したことはしていないわ。井伏と一緒に薬の整理や管理をしてるぐらいよ」

「大変じゃないか?」

「そうでもないわよ。井伏もいるからヒマでもないし、薬の数をチェックできるのはみんなのためでもあるから、やりがいはあるわ」

「……そうか。ありがとう、紅」

「どういたしまして。井伏にも『七島が感謝してた』って言っておく」

 

 紅は微笑を浮かべながら、軽く首を傾げた。

 

「頭痛は大丈夫? ひどくなっていない?」

「ああ、話してたら、だいぶ軽減されたかもしれない」

「無理はしないでちょうだいね。みんな疲れているみたいだから」

「紅は頭痛にはならないのか?」

「小さい頃は、よく時差ボケとかしてたけど今はだいぶ慣れたわ。よく頭痛はストレスから来るっていうけど……私はストレスはピアノとか弾いたり、お菓子が食べられればだいぶ回復するからね」

「紅って本当に甘いもの好きだよな……あっ、それなら、カルメ焼きも好きか?」

「……あれは、まさに夢そのものだわ」

 

 ……え?

 

「まさに夢見心地。あんな甘い砂糖のお菓子なんて初めて食べたもの。氷砂糖みたいな甘いものが日本にもあったなんて思っても見なかったわ。円居がすごく羨ましいのよ。上手にあんなステキなお菓子を作れるなんて……」

「あ、ああ、そ、そうか。よかったな」

 

 紅の表情はクールさを装っているが、目は子供のように輝いている。

 どうやら、カルメ焼きは彼女の心をばっちりと掴んだようだな……。

 そうこうしているうちに俺たちは保健室の扉の前に立って引き戸に手をかけ……

 

 

 

「……くん? 来たの?」

 

 

 ……ん?

 

 ドアを半分開いたところで誰かの声が聞こえた。

 天馬の声か?

 その声を境にドアを全部開くと。

 

 

「……えっ。ええええぇぇえっ?!」

「あ、れ? 七島くん?」

「なっ、て、天馬、あなたなんて恰好してるの!?」

 

 なんのパフォーマンスだ、これは。

 保健室には天馬がいた。

 ここまではあたりまえだが普通だ。

 問題は彼女の体勢だった。

 

 天馬は床に完全に接触して転がっていた。

 その手足はなにか白いテープのようなもので繋がれていて身動きが取れない状態になっている。

 白いテープのようなもの……これは包帯か?

 包帯が彼女の身体全体にまとわりついていて、彼女の動きを完全に拘束している。

 そして、彼女のまわりには絆創膏が散乱している。

 桃色のチェックのスカートも少しだけめくれていて、ぎりぎり中身は見えないが、ほとんど腿が露わになっていたので、慌てて目を反らしてしまった。

 

 でも、これは、いったいなんなんだ。

 

 

「て、天馬。どうしてそんなことになっているんだ?」

「さっき、指をケガをしたから絆創膏をもらいにきたの。見つからなかったんだけど、なんとか奥のほうにあって取り出そうとしたら、なにかにひっかかって取れなくて。だから思わず勢いよくひっぱったら、出てきたんだけど。その拍子に後ろによろけたら、足元になぜか包帯が転がっていて……」

「で、包帯を踏んづけてこうなった……そう言いたいのね?」

 

 説明してくれたにも関わらず、どうしたらそうなるのかがさっぱり分からないことも珍しいな。

 

 

「この状態の時、ちょうど円居くん、それと井伏くんも来てくれたから助けてくれようとしたんだけど……でもこの包帯、なんか取れづらくて……」

 

 その言葉を聞いて、紅が少しずつ天馬に歩み寄る。

 紅は天馬の手錠のように拘束された包帯を外そうとしたが、ますます怪訝な顔になった。

 

「ダメ。これテーピング包帯だわ。しかも、なぜかきつく巻かれてるし……」

「円居たちはその後どうしたんだ?」

「ちょっと役に立ちそうなものを取って来るって言ったきりなんだけど」

 

 天馬が心細そうに言った直後、ばん、という音が鳴り響く。

 

 

「実にエマージェンシーだな! だがもう安心だぞ!」

 

 

 そう言うなり顔中汗まみれの円居が部屋に入ってきた。

 息も荒いことから走ってきたのが分かる。

 そして、その手に持ってるのは……。

 

「円居くん、それは?」

「さては、天馬よ。お前はもしかしなくても、理科の授業は苦手なタチだったのかね? これは見ての通り、アルコールランプというものだ。これさえあれば、こんな厄介なテーピング包帯など一発で灰に化して一件落着だぞ! さあ、早速マッチをつけようではないか!」

「天馬まで灰になるぞ!?」

「もう……せめて、ガスバーナーをもってきなさいっ」

 

 いや、待て、ガスバーナーでもダメだろ。

 紅にツッコミを入れる前に、円居の背後からひょっこりと微笑みをたたえた井伏が現れる。

 

「あはっ、円居くんテンパってるね。ほら、俺はちゃんと持ってきたよ」

「ありがとう、井伏くん」

「ついでにカメラも持ってきたんだけど。あ、七島くん、貸してあげようか?」

 

 そう言って、井伏は小さな赤いデジカメをちらつかせた。

 反応に困っていると、井伏はまた笑いだした。

 天馬もその様子を見て、さすがにどうしていいのか分からず目を伏せていた。

 そんな中、紅が少しだけ咳払いをした。

 

「井伏、それを貸してくれる? ……カメラじゃないわよ。いくらなんでも異性にやらせるわけにはいかないもの」

「そうだね。じゃあ、お願いしてもらってもいいかな? 紅さん」

 

 そう言って井伏は紅に持ってきたものを手渡す。

 よし、と言って紅がその渡されたものを一瞥した。

 一瞥の後、紅の顔色がさっと変わった。

 

「……これ、はさみじゃないわよね」

「そうだね。缶切りだね」

 

 缶切り?

 

 俺も井伏を思わず見てしまった。

 井伏は苦笑しながら、ずれてしまったサンバイザーを両手で直していた。

 

「ごめんね。荷物を確認したら、缶切りぐらいしか持ってなくて。ほんと、日用品のはさみがないなんて、自分でもびっくりしちゃって思わず笑っちゃうよね、あはははっ!」

「ふはははははっ! 吾輩が眼鏡ふきの代わりに白衣の裾を使ってしまうのと一緒だな!」

「そ、それは、眼鏡ふき買えよ……」

「ちょっと待って。こんなのじゃ切れないわよ」

「しかし、缶を切る道具なのだからそれなりの鋭さはあるだろう! テープ包帯を切ることなど、わりとはさみよりも造作もないことかもしれないな!」

「でも、私、こんなもの使ったことないわ」

「ははっ、そうだよね。今どき缶切りなんて使わないか。缶詰も今はもうプルトップがほとんどだし」

「……? プルトップってなに?」

 

 ん?

 紅の顔を確認したのは俺だけではない、井伏や円居もそうだった。

 

「えーと、紅さん? あ、あはは、俺の言い方が悪かったかな? ほら。缶についてるじゃない。開けるときに上に持ち上げるタブみたいなの」

「なんの話?」

「ま、まさかと思うが紅は缶コーヒーを飲んだことがないのか?小学校でプルタブを集めて車いすを交換などはしたことがないと言うのか!?」

「だってコーヒーは淹れるものでしょう? それに小学校で車いすを手に入れてどうするつもりなの? 遊ぶためとか言わないわよね?」

「なんということだ! で、では、ベルマークも集めなかったというのか……!」

 

 なるほど、どうやら紅は海外在住が長いうえに相当の金持ちみたいだ。

 この話からすると、二つが合わさって、常識が少し知らないということになるのか?

 缶切りはともかくとして、プルトップ、そもそも缶の開け方も知らなそうだな。

 しかしベルマークなんて、言葉の響き自体が懐かしいな。

 

 

「ねえ、小学校の思い出に浸ってるところ悪いんだけど……早く助けてくれると嬉しいな」

「あっ、ご、ごめん、そうだよな!」

 

 慌てて俺が謝って紅から缶切りをぱっと取った。

 そうだ、さっさと天馬を助けてあげないと。

 

 井伏の缶切りは固定刃型、つまり缶のふたを切って開けるタイプの缶切りだ。

 充分に尖っているから下手にやってしまうと肌も切れてしまいそうだ……慎重にいかなければ。

 まずは彼女の手の包帯のほうから。

 ゆっくりと缶を開ける要領で、彼女の手にくいこんだ包帯にそっと刃を入れた。

 

「なるほど、それって、そうやって使うのね……」

「なかなか慣れた手つきであるな。しかも書道家だから丁寧だ。ふはははっ、科学部とは大違いであるな!」

「あははっ、まさに青春映画のワンシーンみたいでワクワクするなあ!」

 

 外野、特に男子がちょっとうるさい。

 真田だったら「ちょっと男子」と怒っていたことだろう。

 でも、挑発には乗らずこらえて、天馬の包帯をなんとか切断できた。

 あとは足のほうだ。

 

 

「七島、足首に集中して。足首だけよ」

 

 

 紅に念を押されたが、思わず、彼女の白い腿が目に入ってしまい少しだけ精神が揺らぎかけた。

スカートを戻せばいい話なのだが、俺がスカートに触っていいものなのか。みんなの視線も相まって血迷ってしまう……。

 と、とにかく、今は我慢だ。と言うか、見なければいいんだ!

 

 そうだ、書道家としての集中力の使いどころだ!

 天馬の足首に硬く縛られたような包帯に、刃をいれる。

 足首の包帯がぷつりと切れた時、ようやく天馬は安堵の表情を見せてゆっくりと立ち上がった。

 

「はぁ、よかった……本当にありがとう、七島くん。助かったよ」

「いや、いいんだ。缶切りのおかげだよ」

「ははっ、七島くんは優しいな。無理に俺に花を持たせなくていいんだよ?」

「でも、天馬って相当の……いや、なんでもないわ、ごめんなさい」

「気を使わないでいいよ。自分でもわかってるから」

 

 紅が言葉を切ったにも関わらず、天馬はそう言って、いつもと変わらない表情で少しだけため息をついた。

 それに対して、井伏は少しだけ考え込むようにサンバイザーをいじりながら目を伏せた。

 

「うーん、でも俺、今回のこれって不運じゃないと思うな」

「ほう、それはどういう意味だ?」

「あはは、俺に言わせちゃうの円居くん? 確かに天馬さんにとっては不運だったけど、ある人にとっては幸運だったんじゃないのかなあって、俺は思うんだけどな」

 

 そう言って、井伏はちらりと俺のほうを見た。

 ……なんで俺なんだ。

 天馬がじーっと俺の方を見つめていてなんだか気恥ずかしい。

 

「七島くん、今回の事件って不運だと思う?」

「えっ? ま、まあ、半々かもな。天馬が無事でよかったっていうのと、ちょっとだけひやひやしたっていうのと……でも、完全な不運ではないと思うぞ。天馬がケガしなかったから」

「そうだね。私も七島くんに助けてもらって嬉しかったからアンラッキーよりかはラッキーの方が大きいよ。ありがとう、みんな」

 

 天馬がそう言って少しだけ微笑んだ。

 ……でも、本当によかった。

 

「へえ、七島くんって奥手かと思ったけど、なかなか……あはははっ、式には呼んでね!」

「ええと、なにはともあれ……缶切りの使い方が分かってよかったわ」

「ふはははっ、紅よ。次はプルトップの開け方を学んだほうがいいぞ! ちなみに、スピーチは吾輩に任せておくといい。論文発表で慣れているからな! 今なら友人代表として発表しよう!」

 

 う、うるせえ……。

 というか、井伏も円居も、萩野並に下世話というかなんというか。

 男子高校生らしいといえば聞こえがいいけど、紅の視線が微妙に突きささる。

 だいたいだな、萩野じゃあるまいし、俺はそこまで不埒なことなんて思ってないぞ!

 

 

 って言うか、そもそも、なにしにきたんだっけ?

 

 

 集中しすぎて、急激に脳がどっと溶け出す感覚が舞いおりてきた。

 思わず、足元がフラついてしまい、右足を後ろに踏みおろそうとした。

 

 

「あっ! な、七島!?」

「わわ、七島くんダメだよ!」

「うぉっ待て止まれ七島!」

 

 突如、紅、井伏、円居の叫びが全て混ざった。

 その瞬間。俺は右足を後ろに踏んでいた。

 

 足元のバランスが崩れ、世界が反転する。

 まるでスケボーに失敗した子供のように俺の足が宙に浮かび、頭が床へと一直線に落ちる。

 ひらひらと白い包帯が糸のように舞いあがるのが見えた。

 なるほど、俺は包帯を踏みつけて足を滑らせたってわけか……なんて、のんきに思っている場合じゃないけど諦観した。

 

 そして……

 

 

 どん、がらん、どしんっ!!

 

 

 様々なぶつかる音が保健室に響き渡った。

 きゃあ、とか、うおっ、などと言った悲鳴も飛び交う。

 

「ぬおぉっ!? 目の前が真っ白だ! 回復施設に強制移動させられているのかね!?!」

「お、落ち着け円居。テーピング包帯が眼鏡に張り付いてるだけじゃないか?」

「あ、あはは、これはすごいことになっちゃった……けど、これはこれで面白いかもね!」

「バカなこと言わないでちょうだい……! そんなことより私の腰に手をあててるのは誰なの!?」

「ごめん紅さん。その手、私」

 

 こんな騒ぎの中、やがて保健室のドアが開いた。

 扉から眠そうな十和田が入ってきた。が、部屋の様子を見るなり、「うげ……っ?!」と声をあげて目を見開かせる。

 そりゃそうだろう。誰だってそう言う。俺だってそう言う。

 天馬、円居、紅、井伏……全員が包帯にこんがらがって、もはやどうなっているか分からないから。

 

「あのさあ……君たち、こんなところでツイスターゲームやってんの?」

「あ、ああ、そんなもので……」

「ねえ、十和田くん。もしよかったら、あそこの缶切りでテープを切ってくれると嬉しいな」

「ふはは! 頼むぞ、十和田! 超高校級の手品師として鮮やかな解体ショーを見せてくれたまえ!」

「そういう職業じゃねえよ」

 

 「感謝料1人3万な」と愚痴りながら、十和田は床に転がった缶切りを手に取った……。

 

 

 

 

【自由行動2-3 今日の晩餐】

 

 

 ある日の夕方、食堂に入ると一人だけちょこんと椅子に誰かが座っていた。

 黒いセーラー服の少女……錦織だ。

 雑菌を見つけるかの如く、テーブルと顔が接近している。

 どうしたのだろう、また具合でも悪いのだろうか?

 

「あ、あの、錦織? 大丈夫か?」

「ひゃ、ひゃあんはっ!?」

「うわっ!?」

 

 呼びかけると錦織が寄声を出したので思わず俺も悲鳴をあげた。そしてすぐさま、毒蛇の威嚇のようにギロリと睨まれてしまった。

 

「えーと、錦織、なにしているんだ?」

「み、見て分からないの? そ、そうよね……こんな埃まみれの司書が図書室以外にいたら、ゴミどころか微粒子扱いよね……」

「いや、そんなこと思ってな」

「わっ、私には分かるのよ! 心理学の本を何百冊も読んだ私からすれば、目を見れば、あんたの気持ちなんてすぐにお見通しなんだから……!」

 

 心理学って読んだだけで、人の気持ちが分かるようなものなのだろうか。

 って言うか、結局、なにしてるのかという質問に答えてないんだけど……。

 

「おう、待たせたな! ほら、ゆっくり食べろよな」

「これで、パーデキってとこかな。ま、いい感じじゃね?」

「……」

 

 そんな時、調理場から出てきたのは、萩野、真田、黒生寺の三人だった。

 それぞれカラフルな皿を持って錦織に近づいてきた。

 各々の皿からは湯気がふんわりと漂っている。

 

「どうしたんだ。みんなして」

「お、七島じゃねーか。なんだよ、錦織から聞いてねえのか?」

「まあ、錦織ちゃんも言いたくないよね。あのさ、錦織ちゃんったら、急に食堂に来たらぶっ倒れたんだよ。この前の七島みたいにさー」

「えっ! そうなのか錦織!?」

 

 真田の倒れたという言葉に思わず、声を荒げてしまった。

 「ひ……っ!」と錦織は俺の声に驚いたのか、強く息を吸った。

 よく見れば、彼女の頬は今まで以上に痩せこけている。

 顔色もさらに幽霊に近づいているほど悪いじゃないか……。

 

 そうだ、ここ最近錦織はずっと図書室に没頭していたのかもしれない。

 深夜徘徊して厨房で菓子パンやカロリーメイトを漁っているという、幽霊さながらの目撃情報もあったぐらいだ。

 それはきっと、俺たちが託したものの整理のためだ。

 想像ではあるが、そう思うと、つい錦織に心配の眼差しを寄せてしまう。

 

「なっ、なによ、その目は! まるでイッタンモメンが地に這っている姿を見るような眼差し……! そうよね、私をバカにしてるのよね!?」

「おめー……それはビミョーな例えすぎねーか?」

 

 

 ……本当に、錦織が読んでいると言う心理学はアテにしていいものなのか?

 

 

「っつーわけで、錦織ちゃんにゴチソウするために、うちらクッキングしてたってわけ」

「なるほど……それで萩野たちが料理を作ったんだな。黒生寺もか?」

 

 黒生寺に視線を送ったが、そこにはいなかった。

 彼の姿がいなかったので、辺りを見回すと彼はすでに椅子に座っていた。

 皿には真っ黒なパスタが盛りつけられている。あれはイカスミパスタか?

 フォーク一本ですぞぞと勢いよく啜りはじめた。

 

「あいつは……まっ、その。あれだ。自分用だな」

 

 ……そうだろうとは思ったよ。

 

「アイツはドーでもいいって。それより、うちのを食べてよ錦織ちゃん。ほっぺたがボトボト落ちちゃうほど、おいしーからさ! 個人的にこだわったのはカラーリング! 味命っつてもさ、料理は見た目も大事だから、色とか盛り付けも、みんなにキョーミを持ってもらわないと」

「ふん、デザイナーは料理よりも、日本語の使い方を習ったほうがいいわよ……」

「おう、俺のも食べろよな。オーナーに教えてもらった料理だから、味には間違いねーぞ!」

 

 萩野と真田の差し出した料理を、俺と錦織はじっと見つめた。

 

 真田の料理はスクランブルエッグの上にバニラアイスが乗っている……創作料理だろうか。

 ちょっと一目をひくが、果たして美味しいのだろうか。

 でも彼女の言うとおり、色合いは決して悪くはない。むしろ近代アートにも見える。

 もしかしたら、味もクレープ的な感覚で楽しめるのかもしれない。

 

 萩野の料理は鶏のササミであえたサラダだ。

 もやしやトマトなど、様々な野菜がふんだんに詰め込まれていてなかなか美味しそうだ。

 それにドレッシングの色合いもよく食欲が沸きたちそうだ。

 ゴマの香りが鼻の中に広がり、腹の音が鳴ってしまった。

 

 しかし、このような料理に対しても、錦織は渋い顔で見つめていた。

 やがて皿を俺のほうに、ずいと押しのけた。

 

 

「書道家、これ食べてよ……」

「ええ!? ま、まあ、いいけど」

「待てよ、おめー、まだなんにも食ってねーじゃねーか! ってか七島も食うな! 大体、これは錦織のために作ったんだぞ!」

「ちょっと声うるさっ! ほら、錦織ちゃん、ビックリして白目剥いちゃってるじゃん……」

「し、白目なんてしないわよ! そもそも、私はあんたたちに頼んでないわ、作ってほしいなんて……人が作った料理なんて、なにが入っているか分かったもんじゃない。アレルギ―があったらどうしてくれるのよ……給料ももらってないのに、慰謝料なんてどうやって払うつもりよ、あんたたち……!」

 

 「それは……」と思わず萩野も口を閉ざしてしまっていた。

 そう言えば、錦織ってかなりのアレルギー体質だったな。煙、動物、金属でもダメというのは、なかなか大変そうだ。

 

「で、でも、錦織。少しは食べないとまずいんじゃないのか。仕事に熱中するのは悪いことじゃないけど……だけど、体を壊したら仕事も本末転倒じゃないか」

「わかってるわよ……菓子パンぐらい食べてるし……」

「あのな。断食してない限りはしっかり栄養取っておけよ。そーしねーとガリガリに痩せるか、場合によっては太るぞ?」

「ちょっと、太るって!? あんたデリカシーなさすぎでしょ!」

「さっきからうるせえ……飯の時ぐらい黙ってろ……」

 

 黒生寺が立ちあがって、真田を睨みつけてきた。

 どうやらイカスミパスタを食べ終わったらしい。

 

「はあ? なんなの? あんたには言ってないから、シャシャリでてくんなっつーの!」

「しゃりしゃりうるせえな……てめえはスシか……」

「だーれがスシの話してんだっつーの! だいたい、うちは海鮮丼派だっつーの!」

「お、おいおい、おめーら、ちょっと落ち着け!?」

 

 黒生寺が乱入して、真田がケンカを売り、萩野が力強く制裁を入れようとしている。

 まずい、血の気が多い三人なので、一気にムードが険悪になる……!

 もはや錦織が完全に渦中外で、ぷいと顔を背けて耳を塞いでいる。

 そんな喧騒になりかけのところで、食堂からまた一つ、影が伸びてきた。

 

「あははっ、錦織さん、遅くなってごめんね。あ、七島くんも元気?」

 

 笑い声とともに、食堂からやって来たのは井伏だった。

 騒ぎ立てている三人の姿に、ちょっとだけ不安な顔をしながらも錦織に歩み寄る。

 青色の大きなリュックサックを背負いながら、井伏の手の中には茶碗と皿がおさまっていた。

 

「井伏も料理か?」

「うん。やっと炊けたからね」

 

 井伏がそう言って、錦織の前に差し出したのは、漆の茶碗にもりつけられた――

 いわゆる、普通の白米だった。

 そして、もう一品は、ほうれんそうのおひたしだ。

 

「これならアレルギ―は大丈夫だよね?」

「ふ、ふん、まあ……白米ぐらいは食べられるわ……おひたしも大丈夫そうね……」

 

 なるほど。たかが白米、されど白米か。

 一杯だけでもちゃんと空腹を満たすのにはいいだろう。

 さすがはアルピニスト、栄養にもきちんと拘っているな。

 

 

「あ、ちょっと待って錦織さん。これだけじゃ味気ないから」

 

 

 箸をのばそうとした錦織を井伏が止めた。

 彼がリュックサックから取り出したのは瓶だった。

 最初は海苔の佃煮かと思ったが、どうも色合いが違うのは明らかだった。

 錦織が顔をひきつらせて、その瓶を見つめている。

 

 

 

「……え? なによ、それ…………」

 

「ああ。マーマレードだよ」

 

 

 

 “マーマレード”

 

 

 

 その言葉に口論になっていた三人の視線も集まる。

 「おい、ウソだろ」と萩野が白米とマーマレードを交互に見て青ざめる。

 そして、俺たちの予感は的中する。

 

 井伏はマーマレードが詰まった瓶のふたを難なく開けて、銀色のスプーンですくう。

 おおさじ一杯分のそれが白米にべちょとかけられてオレンジ色に滲み……。

 

「う、うえあああぁあぁぁあっ……!?」

「やばいやばいやばいありえないってさすがにマジレストでミジンにヤバいって……!!」

「てっ、てめえ……!? よ、よ、よくもそんなこと……!!!」

 

 さきほどまで元気だった三人も一気に顔色を濁らせる。

 萩野は呻き声をあげて、真田もやばいを連発して細いヒールがガタガタと揺らす。

 あの黒生寺ですら、汗を流してたじろいでいた。

 

 橙色に染まった炊きたての白米を間近で見つめている錦織は……もはや無の表情だ。

 なにも感じていなければ、なにも思ってもいないようだ……。

 俺もご飯派、しかも強いて言えばふりかけ派だったので、この無残な白米を見て、ただ口を抑えるしかなかった。

 

 そんな中、井伏は笑顔で何度も何度もマーマレードをご飯にのせ……

 錦織に、なんとも“形容しがたい、炊きたてご飯(マーマレード乗せ)”を再び差し出す。

 

「ほら錦織さん。おじいちゃんに教えてもらったお墨つきだから味は間違いないよ。あははっ、お墨つきなんて、なんか七島くんっぽいこと言っちゃったね!」

「わ、私、おひたしのほう食べるわ……あと、その変なアイスとササミもアレルギ―大丈夫そうだから食べてやるわよ。実は食物アレルギーはカニだけだし……」

「あれ? ご飯は?」

「書道家。あんた、マーマレード好きなんでしょ?」

 

 

 待て、ちょっと待て。

 

 

 思わず首を振ろうとしたが、井伏が喜々とした瞳で白米……いや、マーマレードが異様に光っている炊きたてのご飯を俺に見せる。

 さらりと嘘を吐いた錦織を見ようとしたが、おひたしを黙々と食べて視線もあわせてくれない。

 まさか、上手な嘘のつきかたという本も何百冊も読んでいたのだろうか。

 い、いや、そんなことは今はどうだっていい……!

 

 

「あー。たしかに、真田さんと萩野くんのご飯だけで多いもんね。じゃあ、七島くんにあげるよ。あははっ! 最初はみんな戸惑うけど大丈夫。黙って涙流すほど美味しいってみんな言ってるから!」

 

 

 それは別の意味だ。

 きっと井伏のためを思って、みんな美味しい?と聞かれながら、黙って頷いていたんだ。

 でも、俺は食べたくない。

 声を大にして言いたかった。

 

 

 

 

 食べたくない!

 

 

 

 

 思わず他の三人を一瞥したが、完全に悲報を受け取ったような表情であった。

 沈痛な、憐れむような、すまなそうな。

 目の前には純粋な笑顔を向けた井伏が立っていた。

 マーマレードに染まったご飯と共に。

 

 

 く、くそ……やるしかないのか……。

 

 

 

 ここでノーと言えないのが悔しいが、仕方ない……!

 

 そもそも食べてもいないのに、断るのは井伏やご飯に対しても失礼だからな!

 

 

「わかった、食べるよ。お前が美味しいって言うならさ」

「お、おい、七島……よせ……!」

 

 

 止めてくれるな、萩野。

 俺がこれを引き受けなければならない。

 井伏からもらったご飯、そして割り箸を割った。

 

 

 

 

 男、七島。食べます。

 

 

 

 

 震える手で、艶々なマーマレードに絡まった米粒を箸で掬い、口にゆっくりと放りこんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の記憶はここまでだった。

 

 

 

 

 

 

 俺はマーマレードの海で溺れる夢を見るハメになった……。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、マーマレードごはんは、通りすがりの紅が完食したと聞いたのは翌日の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『マナクマ劇場』

 

 昔、ボクは臆病者でした。

 チキンと言われても、ボクはクマだぞー!と言えないほどの臆病者でした。

 

「今では、相手をローストチキンにするほどたくまくなったね! まあ、ボクのニ番煎じであることには変わりないけどね」

 

 そんなことを先生にもお酒の席で言われましたね。

 

 だけど、先生、それは違います。

 やはりボクは臆病者なのです。

 

 ボクは、モノクマ先生の権威なんて必要ないのに、ついついしがみついて離さないような小心者です。

 ボクは、デブスでデべソなモノクマ先生なんて、もはやマスコットじゃなくて害獣ですねと言えないほどの、意気地なしなのです。

 ボクがそんなことを言っているというウワサが流れて、素知らぬ顔で根回しをして、友達のブタくんに罪を押しつけてしまう、女々しいヤツなのです。

 

 先生、ボクはクマのくせに、罪深いクマなのです。

 どうか、こんな気の弱いボクをお許しください。

 

 だから今度、美味しい豚汁をごちそうしますね。

 

 

 

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