ダンガンロンパ(仮)-よみがえり-   作:冷凍かに缶

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(非)日常編 その中を開いて

 

 

 ……秒針の音が腹立たしい程にうるさく感じる。

 気がつけば目が覚めていた。

 

 

 

 今日がタイムリミットの日だった。

 

 

 作文の暴露……自分の過ち……。

 俺の罪が暴かれるのはたいしたことではないだろう。

 

 だけど、萩野の姿が浮かびあがると、どうだろうか?

 そして他のみんなは――?

 

 心臓が鷲掴みにされ、じわりと爪が立てられる感覚に陥った。

 

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン……

 

 

 

 

『オマエラ、おはようございます。朝です。7時になりました。起床時間ですよー! 今日もはりきって青春をエンジョイしちゃいましょう!』

 

 

 

 

 

 いつものチャイムが鳴った。

 

 そう言えば、“スイカ割り”をするんだよな。

 

 たしか、プールと言っていたが、はたしてどのぐらい人が集まっているだろうか。

 そもそも主催の萩野は来てくれるだろうか。

 でも行かないと決めつけて、すれ違いがあったら……。

 

「……行ってみるか」

 

 起き上がって身支度をしてから俺は部屋を後にした。

 ドアを開けて廊下に出ると、どん、どんという足踏みがすぐさま出迎えられた。そして、大きな影がずんずんと近寄って……。

 

 

 

「ん、黒生寺? どうし、んでっ!?」

 

 

 

 顔色を確認する前に、胸と背中に衝撃を受けて変な声をあげてしまった。どうやら壁に突き飛ばされてしまったようだ……な、なんだったんだ。

 もう一度、黒生寺を見ようとしたが、時すでに遅し。

 彼は自分の部屋に乱暴にドアを開けて入ってしまった。

 

 ……あれ? 黒い物体が落ちている。

 これは……“ライター”か?

 たぶん、黒生寺のものだろうけど……彼に突き飛ばされた胸がまだ痛む。

 これは機嫌が直るまで待ったほうがよさそうだな。

 

 

「ボンジュール、ムッシュ! そんな壁際でなにをしているんだい?」

 

 

 そんなことを思っていると、黒生寺と入れ替わるようにランティーユが俺に歩み寄って来た。

 ジャケットを羽織っているが、下は海パン姿……リゾートを思わせるラフな格好だ。

 

「清々しい朝……とは残念ながら言えないけど、朝が無事に来ると言うのは決して悪いことではないよね!」

「ランティーユは元気だな……どこに行くんだ?」

「おやおや、トボケてもノンだよ。ぼくと君の行き先は同じだろう? 君はムッシュ萩野の親友で、お互いに慕って信頼し合っているからね。裏切ったり約束を平気で破るマネはしないだろ?」

 

 鑑定士と言うのは人間も見るのも職業なのか?

 でも、言わんとしていることは分からなくはない。

 

「ランティーユもスイカ割りに行くのか? ……その、平気か? 昨日、あんなことがあったけど」

「ウィ、そうだね……作文の公開は怖いし、イノシカイチョーなんて意味がわからない……でも、そんなことで人は殺したくないよ。なあ、ムッシュ。かつてぼくの祖国は自由を勝ち取るために貴族たちを処刑したことは知っているかい?」

 

 革命のことを指しているのだろうか。

 軽く頷くと、ランティーユはこちらの眼球の裏側まで見るかのように見据えてきた。

 

「ぼくは、あの革命のことは誇りに思っているよ。だけどね、今、ぼくは自由になるためにみんなを殺したくはない。どんなに素晴らしい価値を持った人間も『人を殺した』ということで、価値は簡単に暴落するんだ。それになによりも、希望に満ちたみんなの素晴らしい宝の価値が死ぬことや消えてしまうことが、ぼくはなによりも辛いんだ……そういう意味では、作文の公開よりも、鑑定士としては殺人のほうがもっと怖いよ」

「……ああ、お前の言う通りだよ」

 

 俺が同意をすると、ランティーユは大きく頷いた。

 やっぱり、いろんなものを見てきたランティーユの言葉には含蓄があるな……。

 

「それに……ぼくにはマドモアゼルがいるからね!」

「……ん?」

「ぼくが参加するのは他でもない、マドモアゼルにスイカをおすそわけするためさ! 思いっきり頬がふくらむほどスイカをむさぼるマドモアゼル。瑞々しい果汁が小さなアゴや首筋にたれ、服や体が濡れてしまうことも気にせずに、必死に食べ続けるマドモアゼル……ああっ! そんないたいけな姿を想像するだけで胸がしめつけられるよ。なんて純粋無垢でイノセントなんだ! それこそ自然な人間の美しさだと思わないかい!?」

「あ、ああ……お、お前の言う通り……かな?」

 

 とりあえず、同意をしておいた。

 ランティーユは人懐っこい犬のように涎を垂らしている。

 でも、ランティーユも彼なりに信念を曲げずに努めていることは分かった。

 ランティーユによる大豊賛美を聞きながら、俺たちは二階のプールへと向かった……。

 

 

 

 そして更衣室。プールの入り口まで来たわけだが……白河の姿が見えたら、とにかくランティーユを押しのけてでも逃げなければ。

 恐る恐る、引き戸を少しずつ開け……。

 

 

「おいおい……おめーら、スニーキングミッションでもしてんのか?」

「!!」

 

 扉を開けると萩野と目が合い、膝かっくんをされたように崩れてしまった。

 その拍子で、後ろにいたランティーユも悲鳴をあげて尻もちをつく。

 

 俺たちは体勢を立て直して、広々としたプールサイドに足を踏み入れる。

 スイカを抱えているオレンジ色の海パン姿の萩野以外、人はだれもいない。

 プール独特の消毒の強烈な匂いが、つん、と鼻に突いた。

 

「びっ、びっくりしたなあ、ムッシュ! 参加者はこれだけかい?」

「いや、さっき真田が来たんだぜ。人呼んでくるっつって行っちまったんだけど」

「はいはいウワサをすればトンでくるよー。待たせたー?」

 

 萩野の声を遮ったのは、話題にあがった真田だった。

 俺とランティーユを押しのけて、素足のまま萩野に歩み寄った。

 

 真田は小学校の時にプールの着がえの時で使うようなタオルを身につけて、白いてるてる坊主のようになっている。

 今の真田はヒールを身につけず裸足なので、いつもより身長が低く見える……と言うか、これが彼女の本来の身長だろう。

 そして、真田の次に、苛立たしげに足踏みしながら入って来たのは……。

 

 

「って、十和田……!? 来てくれたのか?」

 

 

 いつもの服装と不満げな表情筋ではあるが、紛れもなく十和田だった。

 

「はあぁ、こんな汚い垢だらけのプール来たくなかったなあ。ミドリムシにとっては心地がいいんだろうけど」

「さっきランドリーで会ったから、うちが連れてきてやったの。いつもキョーチョーセーなさすぎだしさー。たまにはイベントでなきゃ、いざという時にくたばっちゃうよ……ま、ぶっちゃけ、見回り行ったときにアンタしかいなかったから呼んだだけなんだけど」

「ったく、これだからヤマンバギャルは。カラス以下の思考回路だねえ?」

「だーれが4歳児だっつーの! ってかうちはヤマンバじゃないしヤマンバギャルパイセンをバカにすんなし! 時代のモウシゴだったんだからね?!」

「知らねえよ。だいたい白河くんが来るって言ってたから来たのになあ?」

 

 そう言えば、なんだかんだ言ってあの白河が来てないな。

 まあ、来てもらっても困るわけだけど……

 真田と十和田のやりとりを聞きながら、萩野は少し苦笑いをしている。

 

「……萩野大丈夫か? 目のクマがひどいけど……」

「おう、へーきだよ。俺は寝りゃ治るって……って言うか、おめーにそっくり丸ごと、その言葉を返してやりてえな」

「本当だね、ムッシュたちひどいクマだ! ムッシュ十和田もタヌキの擬人化みたいだよ!」

「ふうん……言ってくれるねえ、このストーキング変態は」

「あっ、ちょ、ちょっとしたジョークだよ。紳士の嗜みだよ!」

 

 ランティーユは慌てて唾を飛ばしながら、よく分からない弁明をしていた。

 元々クマが濃い十和田だが、やはり彼も昨日のことを気にしているのだろうか……。

 

「ちょっとちょっとー。なにシケタ面してんの? ほら、うちの水着でも見てテンションブチ上げな!」

 

 そう言って、真田はラップタオルをばっと脱ぎ捨て、素肌が露わになった。

 彼女の水着は、水色と赤のツートンカラーのビキニだった。しかし水着の面積が少なく思わずどこを見ていいか分からなくなってしまった。

 一方の萩野は、「おおお」と真っ先に歓声をあげた。

 

「そうだよな! やっぱりビキニだよな!」

「ぼく、マダム真田は身長高いからちょっと怖かったけれど……よくよく考えてみれば身長はヒールのせいだよね! なんだか希望が沸いてきたよ! マドモアゼルには負けちゃうけど、このスタイルはあらゆる未知の可能性を秘めていることに胸が熱くなるね!」

「あー、男子はこれだからアホでダメなゲソだ。この水着の感想はないワケ?」

 

 歓喜する萩野とランティーユとは対照的に、十和田はまったく心動かされない様子で一瞥して鼻を鳴らす。

 

「きわどすぎないかねえ? 見せるものがないクセに……」

「うっせーわ! これでも寄せてあげてるんだっつーの! で? 七島は?」

「え、えーと……ツートンっていうのか? けっこう奇抜だよな。いい感じだよ」

「あー、うーん……ビミョーなコメントで返しづらいわ」

 

 せ、せっかく、水着を褒めたのに理不尽だ……!

 少なくとも、萩野の感想よりは絶対マシだよな!?

 その時、再び引き戸が開かれた。

 

「お待たせしたのでございます!」

「おっ、角じゃねーか……って、うおぉいっ!?」

 

 萩野が驚嘆の声をあげた。

 角は普段の衣装に合わせたフリル系のビキニを身に着けていた。

 白と黄緑のキャベツカラーではあるが、なかなかサマになっている。

 でも、それよりも、最初に目に入ったのは。

 

 

「ウ―ララ!? マダム角! いったいどうしたんだい!?」

 

 角の右手は黒い布でぐるぐる巻きにされていた。

 明らかにこれは包帯……ではないよな。

 

「す、角ちゃん、イッタイゼンタイどーしちゃったのさ!? ちょ、ちょっと待って、うちホータイ持ってくるから……!」

「心配ご無用でございます、真田さま! 芙蓉のケガは大したものではございません!」

「マダム角、どうしてそんなケガしちゃったのかい!? まさかマダム天馬のように階段で頭から落ちちゃったのかい!」

「それだったら、頭がどうかしちゃってるよねえ?」

「いいえ。芙蓉は夜なべで黒生寺さまとお手を合わせていたのでございます」

 

 ……ん?

 夜なべで手袋を編むとか、シチューをこしらえるならまだ分かる。

 お手合わせ? つまりそれって。

 

「な、なんで黒生寺と戦ってんだよ?!」

「みなさま、芙蓉の心配はなさらずに。なぜなら、これは魔法少女の証でございますから! それよりも、みなさま。今後黒生寺さまにお会いしたら、どうか慰めさしあげてほしいのでございます」

「角ちゃんが言うならいいんだけどさー……でもアイツ、女の子にケガさせるとか、マジでサイヤクだしサイテー」

 

 銀のピアスをいじりながら真田は舌打ちした。

 でも、慰めって、どういう意味だ?

 そういえば、黒生寺に、早朝突き飛ばされたけどあれはなんだったんだ……。

 

 

「ごめんなさい。遅れてしまって」

 

 

 今度の声は――黒のシンプルなワンピース水着を着た紅が女子更衣室から入って来た。

 いつも結えている髪がほどかれていて、ストレートロングヘアとなっている。

 普段は仕事を卒なくこなすキャリアウーマン系の風貌だが、今の紅はバーにいる歌姫ってカンジで……い、いや、ダメだこんなこと考えちゃ。萩野と同類じゃないか!

 「ひゅう」と萩野の口笛が飛び、紅が困惑と羞恥の面を見せた。

 

「……あまり見ないでほしいわ。恥ずかしいから」

「いやいや、作ったかいがあったっしょ! 正直ホルタービキニと迷ったけど、すらっとした足を活かしたいからさ! なにより特にコったのが、黒地に椿の刺繍を施してアクセントを……」

「二人とも最高だぜ!! 角もさ、かなり着やせするタイプだったんだな! 魔法少女だからもっと露出度高い服にしてもいいんだぜ!?」

「って話し聞けっつーの、このタコッ!」

 

 真田がファッションポイントを話している一方で、萩野は欲望のまま感想を言って、案の定、一喝されている。

 

「ふむ、マダム紅は髪を解いているけれど、これが日本で言う、みだれ髪っていうものなんだね!」

「多分違うと思うわよ……実は朝から、髪留めをなくしてしまって。部屋にあると思うんだけど……」

「それなら芙蓉のシュシュをお使いくださいませ!」

「ありがとう、角……ところで、その手はどうしちゃったの?」

「これは魔法少女の思い出でございます!」

 

 「へ、へえ……」と紅は困惑しながら微笑んでいる。

 そう言えば、本当に昨夜の井伏の言った通り、最近、みんな失くしものが多いみたいだな。

 

「ねえ、ミドリムシくん。さっきから女の子ばっかり見てるけど、まさか欲情してる? アカマムシくんに改名する?」

「ミドリムシでいいよ……で、でもさ、十和田はなにも思わないのか?」

「正直なところ、手品のアシスタントで見慣れているからねえ。自分を売るためにもあいつら、衣装も足とか胸の露出が多いからねえ」

「ゼータクすぎっぞ、おめー! 今度、美人を紹介してくれよ!」

「僕のアシスタントよりも、ここの人たちのほうがマシだと思うけど? 化粧が濃すぎてテカテカしてるしさあ」

「化粧っ気がないことは、ぼくも評価したいよ! すっぴんはありのままで最大級の価値を持つからね!」

「は? それはうちをディスってんの?」

「……ねえ、とにかくスイカ割りをしない? 白河が来たらまずいわよ」

 

 そ、そうだ。ここで白河が来たら、みんなが……。

 というか、俺がゲームオーバーだ。

 

「そうだった! じゃあ、棒はこれな!」

 

 萩野がスイカを置いて取り出してきたのは……金色の棒状のものだった。

 

「……これって、“模擬刀”か?」

「うわ、金箔ヤッバ!? 高級な和菓子みたいじゃん!?」

「購買部のガチャでちょうどいいのがあったからな! そんじゃ、七島から」

「お、俺から?」

「いいか。一周は回れるようにな。割るんじゃねーぞ?」

「わ、わかったよ……」

 

 こういうの、ある種の八百長じゃないか?

 萩野から模擬刀を受け取る。柄の部分は金箔ではないから、汚れる心配はなさそうかな。

 萩野に渡された布で目隠しをする……辺りは暗闇に包まれた。

 

 

 

「よーし、いいか! 七島前だぞ、前!」

「右斜め上でございます! そして、そのまま半歩前に進んで振り下ろせばバッチリでございます!」

「とりあえず左行ったらあ? ほら左。そのままミドリムシらしく水に帰っちゃいなよ」

 

 

 そして、歓声だけが聞こえる。

 誰が誰のだかなんとなくわかるが……左は行ってはダメだってことは確かだ。

 

 とりあえず、一歩ずつじりじりと前進する。

 ……少し右にずれて……ここかな。

 腕を大きく上にして、模擬刀を強く振りおろした!

 

 

 

 

 まさにこれこそが、模擬刀の先制攻撃というわけだ!

 

 

 

 

 ……って、なに言ってるんだ、俺は。

 

 

 鈍い音がプールに反響した。

 そして………みんなの歓声が吸い込まれる。

 

 

 

 

 ……沈黙に耐え切れず、急いで目隠しを外した。

 床のタイルは真っ赤に染まり、ところどころのすき間にある緑色が映える。

 

 

 

 

 

 これは………

 

 

 

 

 

 

 割れてた。スイカが。

 

 

 

 

 

 見事なまでに割れているが、これはいけない気がする。

 いや、完全にダメな雰囲気だ。

 案の定、振り向くと外野からの視線が突き刺さっていた。

 

「……あ、割れ……あー……ま、まあ、これはこれでよ! 間延びするよりかはマシだよな!」

「そ、そうね、白河も来たら面倒だもの」

「そっ、そーそー、流行もいち早く乗れるように、スピーディにやるのがイチバンっしょ!」

「ウィ! サナギが蝶になるのと同じように、スイカもいつかは割れる運命だからね! ……た、たぶんだけど」

 

 

 

 

 ………。

 

 

 

 

 

「……ミドリムシくん。さすがに、この空気には僕も同情せざるをえないねえ……」

 

 

 

 

 なんでだろう、すごく泣けてきたぞ……。

 

 冷ややかな空気のなか、やがて、ぱちぱち、と拍手が鳴り響いた。

 見ると、角が屈託のない笑みを浮かべていた。

 

 

「なんと! アッパレでございます七島さま! 見事目隠しをして一発でスイカを割れるなんて! 七島さまの前世は名の知れた剣豪だったのでございましょうか? さあ、みなさま。スイカは割りたてが一番でございます! さっそく、ご一緒にいただきましょうでございます!」

 

 

 ツインテールを揺らしながら、純粋に角が喜んでくれた。

 萩野がハッとして、すぐさま歯をちらりと見せながら親指をたてた。

 

 

「あ……お、おう、そーだな!  おめっとさん七島! さすがだぜ! おめー割ったから大きいの取っていいぜ!」

 

 

 空気を変えてくれた角に、俺は「ありがとう」と目配せをした。

 魔法少女って本当に人を救うんだな……胸をなでおろしながら、大きいスイカを取った。

 ちゃんと分割できてるから、そのぐらいは自分で自分を褒めていいよな?

 

 早速、割りたてのスイカを口に運ぶ。

 すぐさま冷たい汁がアゴにたれるが、ひんやりしていてなによりも甘くてジューシーだ。

 

「でも、金箔スイカってなあ?」

「金箔はお得感が満載でございます!」

 

 スイカは模擬刀についてた金箔が剥がれたのか、少しキラキラとしている。

 たまにお菓子に入っているから、食べても平気だろうけど……。

 

 

「うち、スイカ食べるの久しぶりかも。小さい頃、カーさんがスイカでインスピレーション湧いたのか、服をデザインしてくれたっけなー」

「マダム真田のママンもデザイナーなのかい?」

「デザイナーっていうか、マルチなゲージュツカってとこ? 世界を飛び回ってなんでもするアグレッシブなカーさんだったよ」

「だった、ってことは……あ、ああいや、なんでもねえ! 今のは聞かなかったことに!」

「うちのカーさん勝手に死なせんなっての! オヤジとソリが合わなくて、カーさんが出て行っただけ。シンケン? ってのがオヤジになっちゃったから、なかなか会えてないんだけどさ……でも、しょっちゅう絵葉書はもらってるよ!」

 

 離婚か……。

 真田は表情を特段崩さず、能天気な顔で耳のピアスをいじっていた。

 母親が芸術家なら、彼女のファッションセンスも母親譲りなのだろうか?

 

 

「私はスイカ割りなんて初めてだわ。家族でなにかするってことはほとんどなかったから」

「たしか紅さまの親御様は、希望ヶ峰学園の卒業生なのでございましたよね?」

「ええ。そういえば、映画鑑賞の時に角には話したわね」

「ウ―ララ! パパンもママンもかい?」

「そう。父親は医者で、母親は裁判官だったのよ」

「お、おめーすごすぎだろ。二世タレントかよ?」

 

 その例えはどうなんだ……?

 希望ヶ峰はワイロやコネなどでは入ることはできないと聞いている。

 いくら親が超高校級だったとしても、親の権威で、子供が同じ学校に入れるわけではない……だからサラブレッドとはいえ彼女の実力は本物だろう。

 

 

「芙蓉もスイカ割りはやったことないのでございますが、代わりに家のリビングに生えてきた『キャベツ割り』は、角家の恒例イベントでございました! 妹や弟たちと一枚ずつ分けて食べたキャベツには青虫さまがたくさん住んでいらしていて絶品でございました!」

「ちょ、ちょっと角!? まさか、あなた青虫ごと食べてたの!? う、うう、考えただけで寒気が……!」

「モンデュー! 大変だ、ギョーチュー検査にひっかかっちゃうよ!」

「え、えーと……なあ七島。俺はなにからツッコめばいいんだ?」

 

 ……お前が考えてくれ。

 

 

 

「というかランティーユ。さっきから食べてないけど、お前はいいのか?」

「ふふふ、ムッシュ言っただろう? ぼくはマドモアゼルにおすそわけするために来たってね!」

 

 そう言えば、そんなこと言ってたな。

 ランティーユは二切れのスイカを持って、「むふふ」と恍惚な笑みを浮かべた。

 

「2人並んで、スイカを一緒に食べたいんだ! そして、マドモアゼルの口元についたスイカの種をひょいと取って……」

「へえ? 変態らしくそれを食べるのかなあ?」

「ノンノン、そんなことしないよ!? ラップで包んでタッパーに保存するだけさ!」

 

 さすがの十和田もこの返答にはついていけなかったのか、唇が一気に不快の色を示していた。

 ランティーユ以外の、プールにいる全員が、ほぼ同じ表情になっているわけだが……。

 

「あ、あの……では、芙蓉は黒生寺さまのところにお届けするのでございます!」

「じゃあ、私はそうね……円居のところに行ってくるわ。部屋にいるかしら」

「円居なら図書室だと思うぞ。図書整理をしているんだ。そこに天馬や錦織もいるはずだから」

「ありがとう七島。3人……なら、誰か手伝ってくれる?」

「じゃあ、俺行くぜ。後、井伏にも届けなきゃな! じゃあ七島と真田、それと十和田はここに残ってくれねーか? 白河の弁明係っつーことでよ」

「はあ? 僕らがあ?」

 

 ……ん?

 えっ? 今、白河の弁明係って。

 

「ちょ、ちょっと待て! それは困」

「七島、頼んだぞ! おめーの頭脳ならなんとかなる! 親友として信じてるぜ!」

 

 そう言って逃げるように、萩野たちはスイカをいくつか持って足早に去っていった。

 プールサイドに残ったのは俺とツートン水着の真田。

 そしてつまらなそうな顔の十和田との三人になってしまった。

 こういうときだけ、ちゃっかりしやがって……!

 

「あーあ。うちら、おいてけぼりくらっちゃったかー」

「君ら、人望ないんだねえ?」

「アンタには言われたくないっつーの! ……っていうか、七島さー。スイカ割りの時に落ちたヤツ、まだ拾ってないの? ってか、アレなに?」

 

 真田が指さした先は、さきほどスイカを割った時に立った場所。

 黒い物体がきらりと光っている……あれは、今朝拾った黒生寺のライターじゃないか。

 模擬刀を振り上げた瞬間に、ポケットから落としてしまったみたいだ。

 さっさと拾い上げて、真田と十和田にも見せてあげた。

 

「これはライターだよ」

「は? なんで? アンタって、紙燃やすとかそーいう痛いシュミあんの?」

「い、いや、そういうのはないんだけど……」

「そーなの? 書道家って自分の気に食わない作品とかお焚きあげするイメージあったけど」

 

 どんなイメージだよ……?

 ここでまた嫌味な言葉が飛んできそうで、思わずちらりと十和田を見た。

 

 

 ……が。

 

 

 

 

 

「……っ?! ――っ……!」

「…………ん? 十和田、どうし……?」

 

 

 

 ……なんだ?

 

 

 こういう時の十和田は、大抵はゆったりとした悪意に包まれているはずだ。

 だけど、今は――目に見えて呼吸が荒い。

 目玉を小刻みに震えさせて、唇もひくひくと痙攣している。

 なにか込み上げているものを抑えているような表情で……必死に目を反らしている?

 

「ちょっとアンタ、スイカで腹くだしたー? ってかさ、このライター、バリめっちゃ良いデザインしてるじゃん! 海外製?」

 

 のんきに真田がそう言いながら、俺の手からライターを取り上げて、火をつけるためのスイッチを押す。

 しゅぼ、という音とともに火が点って。

 

 

 

 

 

 

「うっ、うあああああああぁぁあああぁぁぁあっ!!!??」

 

 

 

 

 

 

 動物の咆哮に似た悲鳴がプールサイドの広々とした空間を劈いた。

 

 それが十和田のものだ、と気づくまでに時間がかかるほどに突然だった。

 その反響に、咄嗟に俺と真田は耳をふさいでしまった。

 悲鳴と同じくして十和田が転がるように走り、引き戸に手をかけていた。

 

「お、おい、十和田っ!?」

「ちょっ、え? なになに!?」

 

 俺たちは状況が理解できないままで、逃げ去った十和田の後ろ姿を見つめることしかできなかった。

 彼の足は早く、俺が慌てて更衣室を覗いたときには、もう跡形もなかった。

 俺と真田はしばらくの間、茫然としていた。

 

「へ? ど、どーしちゃったの?」

「わ、わからない……」

「で、でもマズくない? あれってヒステリー的な? 様子見に行ったほうがいいカンジ? ちょ、ちょっとアイツ探してくるわ。アンタは残って」

「……えっ!? お、おい待ってくれ!」

 

 そそくさとスイカを片手に出口へと向かう真田の腕を、思いっきり掴んでしまった。

 俺の指先は彼女の露わな柔らかい肌に触れてしまい、その感触に慌てて手は放した。

 

「い、いやおかしいだろ! なんで俺が残らなきゃならないんだ……! 俺が追いかけるよ! だから真田が残ってくれ! 頼むよ、このままじゃ白河になにされるかわかんないんだ!」

「死亡フラグかなんか? でも走るのも体力もうちのほうがあるって! だいたい白河ぐらいどーってことないっしょ? デビル脅しまくっちゃえって!」

「だ、だからって、リスクが高すぎるぞ。白河は俺の天敵に近いんだよ、今日も洗濯し忘れたシャツだし……」

「あーもう! ウジウジのウジムシはやめろっての! ってか洗わなかったアンタが悪いじゃん! ドンとかまえてりゃ大体のことはなんとかなるっつーの! とにかく、うちが行ってくるから! 七島よろっこね!」

 

 強く押し切られた形で真田はさっさとプールの扉に走っていた。

 腕を掴む間もなかった……どうして、こうなってしまったんだ。

 今までの歓声や騒動が嘘のようにプールに静寂が訪れる。

 

 

 なにも聞こえない……のが逆に俺の心臓に悪い。

 

 

 どうすればいいんだ。

 白河には今のYシャツ装備じゃ、まず止められるわけがない。

 今、俺ができるのは、白河は来ないことを願うだけだ。

 そうだろう、多分白河は来ない、来るわけがない。そう思っていればきっと……って、なんか。音が聞こえるけど……ま、まさか。

 

 プールの扉越しに小さな影が伸びる。

 ばん、と扉が開かれると、そこには。

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁんっ!!! だれか助けてええぇぇっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 って、大豊!?

 

 

 というか、あそこは、そもそも女子更衣室の扉じゃないか……ちょっと頭が回らなかったようだ。

 でも、今はそんなことよりも。

 

 

「お、大豊……? ランティーユに会わなかったのか?」

「知らないよぉっ! んなことより七島っちやばいよやばいんだよ! すっごーくやばいんだって! いっしょに来てぇ!!」

 

 なにがやばいんだよ?

 それを聞く前に大豊は走りだしていた……って、ちょ、ちょっと待て!

 早すぎて追いつけないぞ!?

 

 聞きだす前に駆けだしていた大豊の後を筋力をフルに活用して追いかける。

 男子更衣室の扉を開けて廊下に出る。

 「こっちー!」という声が聞こえた。声は近い……あそこはロッカー室だ。

 

 

 

 学園のロッカー室は、二部屋ある。

 入ってすぐの『第1ロッカー室』で大豊は急ブレーキをした。

 多くの大型ロッカーが立ち並んでいて、2つ赤色のランプが点灯しているロッカーを確認できたが……その内の1つを大豊はアワアワと口を震わせながら指をさす。

 

「こ、ここここっ、ここっ! さっきから、どんどんって音がするのだぁっ!」

 

 大豊は両手を口にあてて、ちょこまかと右往左往する。

 耳を澄ましてみると、たしかにロッカーからごん、ごん、という音が不規則に聞こえる。

 弱々しいが、なにかをぶつけているような……そんな音だ。

 

 ふと、床に転がっている黒いカード状のものが目に入り手に取ってみる。

 ……これは、電子生徒手帳じゃないか?

 すぐに中を確認してみる。浮かびだされた文字は。

 

 

「……白河海里?」

 

 

 これを大豊が指している、ロッカーのカードリーダーにあててみた……。

 ピッ、という電子音と共にランプが赤から緑に変わる。

 ドアを開けると、白河がロッカーから飛び出してきた。

 そして、その場に崩れるように白河は床に膝をついてうずくまった。

 

「お、おいっ! 大丈夫か!?」

「う、うわあああ!! か、顔がゾンビになってるのだあああっ!?」

 

 ゾンビになっている、と聞いて、すぐさま白河の顔色を覗き込んだ。

 口には、なにか張られていて、手首も拘束されている……これって、テーピング包帯か?

 目玉は薄っすらと涙を浮かべて、きょろきょろと不安げに動いている……慌てて口と手首に張られたテーピング包帯を勢いよく剥がすと、彼の薄い唇から息が漏れた。

 

「っはあ、はあ……っあ、あの。殺さないでください……これは生まれつきの顔色ですので……」

 

 顔は青ざめて呼吸も心細いようだが、命に別条はなさそうだ。

 大豊がポケットから落花生を取り出して、白河にそっと手渡した……。

 

「なあ、なにがあったんだ?」

「そ、そーなのだ! おばけかと思ったのだー!」

「ええと、では順を追って説明させてください……それと、このピーナッツも食べさせてください」

 

 そう言って、白河は染み一つない手の中の落花生を割り、それをゆっくりと口に運んだ。

 白河はじっくりと噛みしめるようにして、喉を動かし、ピーナッツを飲みこむ。

 細い肩を微かに上下させながら白河は一息を吐いた……。

 

「話してもいいでしょうか……ここに、私が閉じ込められたのは昨夜です。あのようなことがありましたが、日課の朝晩の清掃は欠かせませんでした。なので、夜時間にロッカールームにあらかじめ保管した清掃道具を取りに行こうと思ったのです……しかし、私がロッカールームに着いた途端、急に後ろから襲われてしまいまして」

「お、襲われた?」

「何故かわかりませんが、そのまま気絶してしまいました。そして気がつけば、このような形で私はロッカーに閉じ込められていまして……半日を過ごしていました。大豊さんが見つけてくれなければと考えると……ああ、ゾッとしますね……」

「はむううっ! やっぱりホラーなのだ! だれが、そんなことをやったのだ!?」

「すみません、あまりに急だったので誰だかはわかりません……それに、ちょっと今は頭が混乱してしまって……」

 

 にわかには、信じがたいことだ。

 誰かが白河を襲ったというのは、マナクマの関係者か?

 それとも考えたくはないが、俺たちの……いや、そんなことを考えてはいけない。

 咄嗟に俺は頭を軽く振った。

 

 一息ついて、白河は自らが入っていたロッカーを見て顔を曇らせる。

 

「このロッカー、私の他にも色々入っていたんですね……少し整理したいので、七島さん。私のロッカーから掃除用具を取って来てもらえませんか?」

 

 って、こんなことになっても掃除の心配か。

 白河もタフなのか、よくわからない時があるな。

 彼は俺に電子生徒手帳を差し出して、俺もそれを手に取ろうとしたが……あれ、待てよ。

 

「生徒手帳の貸出って」

「今現在は禁止はされていないので大丈夫でしょう。ここの扉の奥、『第2ロッカー室』に私のロッカーがあります。この扉出てすぐ、赤いランプが点いているのでわかるかと思います。大豊さんも片づけを手伝ってもらえますか?」

「うん、せやかて! じゃなくて、まかせてなのだ!」

 

 そう言って早速、白河と大豊はロッカーの中を覗きこんだ。

 俺もさっさと用具を取りに行こう。

 一旦ここを離れて、第2ロッカー室へと移った。

 

 ドアを閉めて、第2ロッカー室を見回す……さっきの部屋と大して変わらないな。

 扉から出てすぐって話だから……このロッカーかな。

 白河の電子生徒手帳をロッカーのカードリーダーに当てた。

 

 

 

 電子音と共にランプの色が変わったので扉に手をかけて――。

 

 

 

 

 

「……っう!?」

 

 

 

 

 

 な、なんだ? 扉が重いっ!?

 箒かモップが中に入っている? それとも掃除機なのか? 

 でも、それにしては重すぎるし、全体からかかる圧力からしてかなり大きなものが入っているようだ。

 思いっきり、扉を大きく開けて俺は真横に素早く避けた。

 ロッカーの中からどさりと床に転がるように出てきたのは――。

 

 

 

 

 これは、なんだろうか。

 

 

 

 白いテープの塊? 動く気配はない。

 

 

 

 

 

 

 いや、この感覚を俺は知っている。

 

 

 

 

 前に味わったあの鉄の匂いが鼻や舌までに広がる。

 白いテーピング包帯のすき間から、様々な箇所が嫌でも目に飛び込む。

 先ほど見た白河よりも青白い肌。

 包帯に滲むスイカの汁よりも赤黒く粘り気の強い染み。

 

 包帯越しから、目が合ってしまった。

 かつては、青い空を仰いでいたはずの澄んだ瞳だったのだろう。

 だけど、今は地の底を凝視している濁った目玉。

 

 

 

 

 そして、そんな絶望的な見つめ合いに終止符を打ったのは――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつんという音を立ててロッカーから転がってきた、緑色のサンバイザーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ、うわあああああああぁぁあぁぁぁああっ!!!!???!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『死体が発見されました! 一定の捜査時間の後、学級裁判を行います!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アナウンスが聞こえるも、意識が遠ざかっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 脳裏に『超高校級のアルピニスト』井伏歩夢の笑みが過ぎって――あっという間に消えていった。

 

 

 

 

 

 

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