『ってなわけで、“超高校級のアルピニスト”の“井伏歩夢”くんを殺した犯人は、“超高校級の科学部”の“円居京太郎”くんなのでしたー! 二連続正解おめでとさん!』
無情にもマナクマは愉快に言い放つ。
自らが選ばれたルーレット盤は無視して、円居はくつくつと可笑しそうに笑っていた。
だけど、彼以外のみんなの表情は引き攣っていくばかりだ。
俺の顔の筋肉も氷を押し付けられたように強張っていく。
「ど、どうしてだい? ムッシュ円居、君はそんなことをする人じゃないって信じていたのに……!」
「そんなことをする人ではない? 逆に、どうしてそんなカンタンに信じることができてたのかね? 血のつながりもないどころか、会って日にちも間もない赤の他人ではないか。吾輩には理解できんな」
「やはり動機はあの作文でしょうか。あなたはそのせいで井伏さんを」
「白河よ。なんの話をしようとしているのかね?」
「…………はい?」
円居はまだ肩を震わせて笑っている。
どうして、こんな張りつめた空気だというのに彼は嬉しそうなのだろう。
死ぬことが確定しているというのに、なぜ……。
「ところで七島よ。お前は虫は殺したことはあるかね?」
……え?
突如、円居は俺に首を傾げて尋ねかけてきた。
虫を殺したことがあるかの有無? そんなことはどうだっていいはずだ。
今、語るべきことは井伏を殺した話だろう。
白河も注意するように咳ばらいをする。
「七島さんを脅すおつもりですか?」
「いやはや、たまたま七島が目に入ったから尋ねたまでだ。結論から言えば吾輩は何度も殺したぞ。蚊や蟻だけじゃない。蝶やカブトムシ。あと、ウサギや魚、モルモットに牛にトラにサラマンダー……は、さすがになかったな! だが、様々なものを殺して解剖して実験してきたのだよ。……さて黒生寺。ここまでの話だが、なにか身に覚えはないか?」
「なんのことだ……干支の話でもするつもりか……?」
「ふはは……そうか……さすがだ。黒生寺なら分かってくれると思ったよ。つまりそういうことなのだよ」
「く、くろなまでら! 今のってどういう意味なのだ!?」
「知るか……後、貴様の言う『くろなまでら』は俺のことか……?」
「今さらかよ!? ってか今このタイミングでツッコむことじゃねーだろ!?」
それにしても、円居と黒生寺の会話が噛みあってないことは傍から見ても分かる。
でも、いったい、お前はなにを言おうとしている?
「犠牲なき実験などないのだ。吾輩は井伏を殺したのではない。何度も言っているが、これは実験なのだよ」
実験――円居から飛び出たのは、科学部の彼らしくもあり、この裁判で似つかわしくない言葉だった。
「このコロシアイ生活が始まった時から気持ちが昂ぶっていてな。いつ、どうやって、どのようにして殺そうか楽しみにしていたのだよ! それに、吾輩が大好きな薬品をぜひとも使いたくてな! 七島、吾輩が好きな薬品のことは知っているかね!?」
唇の端を上げた円居にまたしても問いかけられたが、俺は押し黙ってしまった。
「ふははは、だんまりか! せめてなんでもいいから一つぐらいは答えてほしかったものだね!」
「お、おめーな。こんな時にクイズなんてしてる場合か!? なんで井伏を殺したんだ! そっちの答えが知りてえんだよ!」
「だから今、それを説明しているのだろう。それに結論は出ているはずだ! その質問は不問だぞ!」
円居、どうして……今、お前はなにを考えているんだ?
今まで知っていたはずの……いいや、知っていたつもりだった円居のことが急激に知らない人に思えてくる。
「そうそう、先ほど出した七島の質問への答えは、ずばり『ホルマリン』だ。赤子のホルマリン漬けというのはなくはないが非人道的と言われるだろう? 今まで前人がやったことがないものが欲しい……だからこそ、吾輩は成人のホルマリン漬けが欲しくてな」
ホルマリンは動物の標本などで使われる薬品であることは俺も知っている。
だけど、なぜそこで人間という言葉が混入する?
「ア、アンタ、冗談よね……? 冗談じゃなかったら、ど、どうするつもりなのよ……!!」
「冗談の反対の反対の反対。つまり、大真面目なのだよ! プールに誘われたとき、ありがたいと思ったぞ白河よ! 吾輩は、この時に決めたのだ! この実験を成功させるには、誰でもいいから殺そう……とな。ただ、作文の動機は誤算だったな。人が集まらないと心配になったが……しかし、これで絞れたというべきかね? というわけで、吾輩はプールに向かった。そこで、約束通りにやって来てしまった血まみれの井伏の胃腸薬を握りしめ、ばきっ、ぼかっ! これで終わりだ」
それは非常にシンプルな単語での自白だった。
そして……残酷で救いようもない告白でもあった。
「円居くん……どうやって、井伏くんの胃腸薬を取れたの?」
「悲しいかな。井伏は秘めた狂気を知らずに、吾輩に対して自分のリュックに入ったボトルを開けて取り出してほしい、と頼んでしまったのだよ。なんとも無念だとは思わんかね?」
「お前、まさかとは思うけどさあ。プールから出したのって……」
「その通りだ! 実験室に持っていこうとしたのだよ! だが、途中でだれかが来て、慌てて逃げてしまってな……その後、もう一度、行ったらもぬけの殻! 今でも悔やんでいるよ。井伏を隠した犯人が紅だと知っていたら、こう頼めただろうに……『頼む! ロッカーの中身をホルマリンに浸してくれ!』とな!」
思考回路が止まるという表現は違う。
脳が、溶けていく。
円居の話を聞くたびに、毒薬が頭に注ぎ込まれるように少しずつ自分でなくなる。
なにを言っているのか。言語すらわからなくなる。
萩野は激昂もできず唇を慄かせ、紅はいつもの鋭い眼差しを大きく開眼させていた。
「井伏さんをホルマリン漬けにしたかった。だから殺した。あなたはそう言いたいんですか?」
「だから、そうではない。井伏じゃなくても、人間であれば誰でもよかったのだよ! しかし簡単にまとめると、お前の言う通りになるのだがね。シンプル・イズ・ザ・ベストだぞ!」
「そ、そんな円居さま……っ!? 誰でもよかっただなんて、そんなのってあんまりではございませんか!?」
「ふはははははっ! そんなものだろうよ、人を殺すと言うのは! これが俗に言うカッとなって殺したの正体かもしれんぞ! 失敗に終わってしまったがね、残念無念だ!」
「あ、あんた……ふざけてんの……? っていうか、なに笑ってんだよ!?」
真田の至極真っ当な怒りが一直線に円居を射抜かんばかりに発射される。
「実験だって言って結局殺してるじゃん!? しかもホルマリンとか意味わかんないんだけど!? 井伏がまったく報われないじゃん! だいたい、人殺したクセになにをイバッて楽しそうにしてんだよ!?」
だけど、彼は至って平然な顔立ちで、厚い眼鏡の縁を指先で触れている。
効いていないと言わんばかりに、彼女の怒りを受け流しているのは明らかだった。
「何度も言うがこれは実験だ。無機質な数式に対して情緒だの倫理だの正義だのはすべて無駄なことだ。これは成人体の人間をホルマリン漬けできるか。あるいは、人殺しの男がどこまで生き延びられるか……知的好奇心による実験。お前たちはそれにエッセンスを加えたにすぎない。興味深い行動をしてくれて、大変面白かったがな! 吾輩自身もこのような結果がもたらされるとは思わなくて、正直驚いたものだよ! 論文にまとめて提出したいぐらいだ!」
「人の命をなんだと……ッ! おめー言ってたよなあ!? 人を殺さないのが第一条件だって!」
「おや。お忘れかね、萩野よ。吾輩がなんと呼ばれていたかを」
超高校級の科学部、そしてマッドサイエンティスト。
根本的に狂っていたってことなのか?
「非現実的だ。人体のホルマリン漬け、もしくは人を殺すということは、リアルなようで、実は程遠い世界だ。だからこそ、吾輩は興味を抱いたのだ! まるでファンタジー小説のようだ! 実にフィクション的で面白い! 実験に失敗した未練はあるが、これこそ吾輩が求めていた世界なのかもしれないな!」
「あーあ、もう言葉も思いつかないんだけど。お前、ほんっとにクズだよ。井伏くんはこんなヤツに殺されたとかさあ…………ねえ、さっさと死んでくんない?」
「ふふふ……わかっているさ。わかっているとも!」
彼は俺たちが理解できないマッドサイエンティストだった。狂人だった。
なにもかもが救いようがない。
「ふはははは!! さあ、マナクマよ! 処刑を始めようではないか! 皆を恐怖と絶望に陥れたマッドサイエンティストに凄惨な罰を与えたまえ!」
…………でも、本当にそうなのか?
円居の言葉は信じられないほど狂気的だが、どこか違和感を感じる。
あの時、追求したときに彼の口から零れ落ちた言葉。
『俺はおかしくない! 狂ってなんかないんだ!』
何故、いまになって、この言葉が木霊する?
なあ、円居。本当にお前は……。
「その前に冥途に行く前の置き土産をいただけませんか」
マナクマを促した円居の後に続いた言葉の主。それは白河だった。
その佇まいは、青空の下の草原に立っているかのように穏やかで安らかなものであった。
でも、微かに……言葉にはなにかを潜ませている。
「なんだね? それならば吾輩のポケットに入った灰の一塊でも」
「あなたの作文です」
そう、毒だ。
円居の眉が少しだけ動いたのことに、白河は気づいただろうか?
しかし円居はすぐさま、ニタリと笑って証言台に両手をついた。
「おや、それは必要かね? もういいだろう。吾輩の今回の動機とは関係がないのだよ?」
「個人的に知りたいまでです」
「ふははは! 白河も大概に悪趣味だな!」
「わざわざマナクマが用意した動機です。本当に意味がないのでしょうか」
「…………なんだね。お前は。マナクマの味方をするつもりか?」
不規則な息の音が聞こえる。
落ち着かせようとしているが、少しずつ荒くなっている……円居の肩だ。
彼は苛立たしげに、とんとんと指で証言台を叩く。
玉座に座ったマナクマが身を乗り出して興味深そうに見ている。
いったい、白河はなにを言おうとしているんだ?
『ほんとにねー。せっかく用意したのに。ねー』
「用意したと言ってもだな。吾輩は井伏を殺した。だから作文の提示はできないはずだ。約束を破ることになる。ゲームとしてフェアではなくなるではないか」
「あなたの罪は、動物を殺したことですか?」
「ふははは! そうだとも! 吾輩は多くのウサギや鳥を」
「あなたは、それほどまでに心のない人間でしたか?」
心のない、と聞いて円居がぴくりと頬をあげて反応する。
白河は平然とした面持ちで静かに息を吐いた。
「私にはそうは思えません。あなたは、そんなにも清々しいほど非人道的な理由で罪を犯す人間ですか?」
「人間だれしもウソを吐く生き物なのだよ。吾輩だってそうだ。だから吾輩は人を信じない。それに自分自身も信じていないぞ」
「あなたが自分自身を信じないつもりなら、私があなたを信じましょう。そして信じるために疑わせてください。……あなたは、なにを隠しているんですか? あなたは死をもって、なにを葬ろうとしているのですか?」
やはり、まだ円居の中にはまだ『語られていないこと』が残っている。
もしかして彼は死をもって、処刑によって、秘密を抱えたまま死のうとしているというのか?
先ほどの支離滅裂な動機は、それを知られたくないためのハッタリだったというのか……!?
でも、その真実は。
円居の心に秘められたものは。
はたして、本当に俺たちが知るべきものなのだろうか?
『はい! それじゃあ、映像で確認しましょうか!』
「…………は?」
素っ頓狂な驚嘆。
白河に注視していた円居がマナクマに振り返る。
振り返った顔立ちは――唇がひきつり、血の気が感じられなかった。
「おい、映像ってどういう……動機はすべて語り終わったはずだぞ!? 早く処刑を……!」
『そんなの後回しだよ! ボクは今、ムービー見たいの! キャラメルポップコーンを食べながらね! VTR、きゅー!』
「ま、待て……っ!!」
動揺の円居を無視して、マナクマは3D眼鏡をかけながらリモコンのボタンを押した。
大きなモニターに電源が入り、ざざ、という砂嵐とともに画面が切り替わった。
映し出されたのは、プールサイドに佇む円居だった。
まさか、あれは……!?
プールサイドで、ぱたん、という音と共に誰かが入って来る。
頭から血を流した井伏が、よたよたと黒いボストンバッグを片手にやって来た。
円居が振り返り、その姿を確認するや否や目を丸くする。
「井伏っ!? なんだね、そのスプラッタは!?」
「はは……あ、あれ、円居くん? おどろかせちゃった? ごめんね……」
「ごめんで済むなら警察も病院もいらんぞ! と、とにかく手当を……っ!」
井伏は笑いながら、頭を押さえたと同時に腹部も抑えた。
ごとり、とボストンバッグが静かにプールの床に落ちる。
円居が駆け寄って、自らの腕の包帯を外し井伏の頭に巻こうとする。包帯に微かに血が滲んだ。
「あはは、ありがと……でも、言うほど血もひどくないからさ……それよりもさ、バッグに胃腸薬があるはずなんだ……出してくれない? いまいち手に力が入らなくて……というか頭よりおなかの方が痛くてたまらなくて……」
「う、うむ。わかったぞ……」
渋々ながらも円居は黒いバッグの中を開けて、橙色の薬瓶を取り出した。
井伏よりも円居のほうが青褪めた顔立ちだ……血を流す仲間を見れば当然の反応かもしれないが。
「なにがあったというのだね」
「紅さん」
「……うん?」
「さっき告白してきたんだ。自分の罪と思いを。全部吐いてきちゃった」
円居はきょとんと目を丸くしている。
一方の井伏はその反応を気にしないように、天井を仰いで微笑む。
「あはっ……それにしても運命というのは恐ろしいものだよね。『父もこの学園の保健委員だったの。当時は超高校級の医者として入学してたから』……そんな他愛もない話が、俺への処刑宣告になるとは紅さんも思ってもみなかっただろうね」
「な、なんだね? 井伏、お前はなにを言って……」
「あははは……っあは、あっはははははははははははははははは!!!」
突如として井伏が、甲高い声で笑った。
広々としたプールの空間に次々と笑い声が跳ね返る。
「許されようと思ってなかった、なんて口だけなら簡単だよね! だけど、もしかしなくても、この罪を告白した時点で、俺は紅さんに許してほしかったのかな? ふふ、あはははははは!! バカバカしすぎて笑いが止まらないや……あはは……っ!!」
「お、お前、どうしたんだ……と、とにかく、いまは笑うな! 血が止まらなくなるだろう!?」
「いや、大丈夫だよ……死んでやらない。だって、ここで俺が死んだら、紅さんが犯人になっちゃうから……」
「紅が? やったのか? 何故、お前は紅のことを気にする? 紅が加害者なのだろう?」
「ううん。彼女は、なにも悪くない」
「待て。そもそも、どうして紅なのだね? 何故、お前の罪を紅に話す必要があったのだね?」
「円居くん……あのね、俺、さ。人殺しなんだ」
それは、痛々しい姿であった。
ただでさえ怪我をしているというのに、井伏は自らの心臓に刃物を向けるように語る。
「マナクマが読み上げた作文の『イノシカイチョー』……あれってね、紅さんのお父さんなんだよ……その人、俺が殺しちゃったんだ。病院の屋上から突き飛ばしたんだ。屋上にやってきて死に物狂いで走ってきた彼が、怖くて、恐ろしくて、気持ち悪くて……人間に思えなくて……殺しちゃった」
円居は息を飲むだけで留まっていた。
彼の井伏に向ける瞳が、愕然と憐憫の色に溶け合っている。
「ま、まさか……! なんで、お前が……!?」
「俺はバカだ! こんな状況で、紅さんのお父さんを殺したことは、ともかくとして。紅さんのこと……好きだってことを言うなんて…………そうだよ、バカなんだ。俺って。あはは……本当に、救いようのないぐらいのバカだから」
裁判場の紅が一瞬だけ映像から目を背けた。
思わず、俺たちも紅に視線を移したほどだった。
たしかにいつの日か、藤沢も四月一日も生きていた頃の、パーティの準備中の時に、紅のことが気になっていると言っていたことを聞いたことがあった。
井伏はすべてを告白したんだ……自らの罪だけではなく、自らの思いを。
彼にこの勇気があったとは。
並大抵の精神力と勇気ではないことは円居でも理解はできただろう。
「……ごめんね、円居くん」
「な、なにがだね?」
「あははっ……色々とだよ。だって円居くん、紅さんのこと……」
「……そういう感情は一切ないぞ」
「あれ。俺の勘違いか……でも円居くん、紅さんを気にしているみたいだったからさ」
「観察眼が鋭いことだな? 気にしていたのは本当だぞ。だが、この感情は……なんなのだろうね?」
円居は井伏に背を向けて、じっ、と薬瓶に視線を落とす。
バッグから取り出した橙色のガラスに反射する円居の顔は憂いを帯びていた。
「井伏と紅は、二人きりの世界であればよかったのではないか。そうすれば、なにもかも幸福であっただろうに」
「え? えっ、と……どういう意味?」
「井伏。吾輩が言いたいのは、お前はそんな罪の告白をする必要はなかったんだ」
円居は一瞬だけ目を瞑り、意を決したような覚悟の瞳を見せた。
「なぜならイノシカイチョー……いいや、猪鹿公孫樹先生。紅の父親を殺したのは吾輩だからだ」
映像の円居から飛び出した言葉。
それは、裁判場で俺たちが息を飲む結果をもたらした。
声が飛び出そうになるが、俺は喉を手に当てて強く抑え込んだ。
裁判上に、今、証言台に立っている円居の姿も確認しようか……だけど、今は映像に意識が吸い込まれてしまう。
今、生きている円居は、もう一生見ることができないとわかっているにも関わらずだ。
「…………えっ? あ、あれ? 先生、って……どういう、こと?」
今度は井伏が困惑する番だった。
円居は腰に手をあてて首をゆるやかに振る。
「そうだな……まずは昔話をしようかね? しばらく長い話になりそうだが手短に。幼い頃、吾輩は両親に医者になるように教育を受けていたのだよ。言うなれば、医者になるべくして生まれた子供と言ったところだな。だが、それはお固くて、まっぴらごめんだった……好きな絵本も捨てられて、どん底の悲しさ、憎さも感じていたからな。だが、強制的に理系の勉学をしているうちに、今度は科学の楽しさに目覚めたのだよ! ある意味、この世界も文学に似た不思議な事象に溢れているからな!」
「はは……円居くんって、ロマンチストだね」
「嬉しいことを言ってくれるではないか! しかし、父はそれも認めずに、吾輩を“狂人”だ、“異常者”だと言って冷酷に軽蔑してきた。医学は人を助けるが、科学は人を殺す手段にもなりうる。お前は殺人者予備軍だ、と言われて……そう……吾輩も感覚が麻痺してな……だから、本当に自分が変だと思い込むことにしたのだよ! 自分が変であることを認めていれば、父に狂っている、なんて言われて、怒りや悲しみなどに煩わせることはないだろうからな! 画期的だろう?」
「あははっ、本当だね! 笑っていれば怒りも悲しみも全部一緒にできる……それと一緒だね?」
「ふははは! ああ、そうだ、分かってくれるか!」
彼らは笑って納得しているようだが、俺たちには理解できなかった。
悲しまないために自分が変だと思いこむ。苦しむことも辛いことも笑顔に集約してしまう。
笑う門に福来たるとはよく言うものだが、彼らのやりとりを聞く限り、この言葉を素直に受け止められそうにない。
「だが、10歳の頃だ。父の知り合いという、“ある先生”と会ったんだ。その先生は父と同じ医者で、ひょんなことから吾輩の科学ノート……今、手持ちに持っているメモ帳を見て、こう言ってくれたのだよ。『君は、科学界を変えることができる素晴らしい才能の持ち主だ。だから君は絶対に夢を追い求めるべきだ』……と。そう言われて、吾輩は……すごく嬉しかったんだ。父は、その人の言葉を否定したが、吾輩はその言葉をなによりも信じて、先生を尊敬して、憧れるようになった」
彼の言う医者の“先生”というのは言うまでもない。
「それがイノシカイチョー……いいや、“猪鹿公孫樹先生”だ。だから、猪鹿先生は吾輩の科学部としての原点なのだよ」
円居は猪鹿公孫樹の知り合いだった。
まさか、円居はそれを誰にも教えることなく、死ぬつもりだったのか……!?
「そう、だったんだね……ああ……こんなの、ごめんで済まされないじゃないか……円居くんにとっても大切な人を俺が……」
「いいや、まだ話は終わっていないぞ。結論はさきに言っただろう? 殺したのは吾輩だと」
「どうして? 俺が突き飛ばしたのは変わりないのに」
井伏の言う通りであった。
この事実が、なぜ円居が殺すということに繋がるんだ?
「あの日から、先生の言葉をずっと信じ続けた。『君は科学界を変えることができる素晴らしい才能だ』という言葉……名も無き子ども。もっといえば異端者じみた怪物に、価値を、意義を見出してくれたのだ。ならば期待に応えなければ、そのような存在に絶対にならなければならない。そう強く、強く心に刻みつけた。だから自分にとって猪鹿先生は原点だった。道しるべだったんだ。憧れで、羨ましくて、猪鹿先生に認められたかった。猪鹿先生を超えたかった。猪鹿先生になりたかった……そう思えば思うほど、先生の『奇跡の腕』が欲しくなってしまったんだ。もし、あの腕が科学のものになったら、どうなるだろうって」
認められたい。超えたい。なりたい。
欲望の言葉が続いた。
そして……最後の『欲しい』という決定打のような言葉。
「だから、ある裏組織と繋がりがある金融機関に手を貸した。自分で作った毒薬を売って依頼をしたのだよ」
彼の罪の告白で、落雷で紅葉の強かな幹が割れるように。
「先生に"ありもしない借金"を負わせるようにな」
紅の膝が、がくん、と揺れたのを俺は見てしまった。
父親が借金に苦しまされていた。
回路が繋がり、体全体に不快な電流が走ったようなむず痒さが広がる。
「そのせいで、猪鹿先生の家庭は崩壊に導かれた……吾輩にも相談してきたのだよ。あの時、右肩は壊れていたが……それでも『手を売ろう』という言葉が聞きたかったのだ。毒薬を売り払って吾輩の資金は汚れてはいるが潤沢だったからな……だが、猪鹿先生から答えは得られなかった。吾輩自身も直接的に『欲しい』とは言えなかった。……後は、お前もよく知っている通りだ。その何日か後に、猪鹿先生はこの世からいなくなった知らせを聞いた! そうして先生は腕どころかすべてが潰れてしまった!」
憧れの師の腕が欲しかった。
そんな興味ともいえる執着で円居は過ちを犯した。
「その時、吾輩の後悔は、多少はあった。だけど不思議と恐怖はなかった……悔しさで占められていた。あんな遠回しなことをせずとも、猪鹿先生の腕を手に入れることはできた……はずなのに……そう、一時でも……思ってしまったんだ……それが…………吾輩の罪なのだよ」
どこかぎこちない言葉で、円居は何者かに乞うように指を組みながら語った。
彼の腕が欲しくて、身に覚えのない借金を負わせたこと。
猪鹿公孫樹が死んだことによる悔しさ。
彼の赤裸々、いや、過激ともいえる感情。
はたまた、そのすべてが彼の罪だというのだろうか?
「本当は墓場まで持っていくつもりだったが、お前はだれにも話さないはずだ…………それに、お前は悪くないことを、どうしても知ってもらいたかったからな。
…………井伏。吾輩は所詮はこんなヤツなのだよ。紅の父を精神的に破滅に向かわせた救いようもない輩なのだよ。屋上の井伏に向かってきたのは、おそらく自殺をする際に邪魔だったから押しのけようとしただけに過ぎない。事故だ。……だから、お前が悔やむことではない。苦しむ必要はないのだよ」
円居は自分の感情をも吐露した……それは、井伏を救うためなのだろうか。
紅を助けるためなのだろうか。
それとも、自分の弱さを認めるためなのだろうか。
「井伏。お前は、なにも悪くないんだ」
今、ここにいる円居なら彼の真意がわかるだろう。
だけど、それを訊ねる勇気が、俺には見当たらなかった。
しばらく井伏は黙っていたが、やがて口を開いた。
「……いいや、それは罪じゃない。円居くんは悪くないよ」
その言葉は、穏やかではあるが、ゾクリと背筋を逆立てさせるものだった。
それは、モニターに映し出された円居も同じだったようだ。
「お前……なにを、言っているんだ……?」
「あははっ……円居くん、怖い顔しないでよ。なんだ……やっぱり、円居くんは全然悪くないじゃないか。猪鹿を殺したのは俺だ。人殺しは俺だよ。円居くんは、なんにも悪くない」
「ば……ッ、ばかな!? まだ認めないのか!? あんなのを罪とは言わせないぞ。事故ではないか。命を守るための正当防衛だ。だが吾輩は正当化でもなんでもない。猪鹿先生の腕が欲しい。そんな自分勝手な行為で、死に追いやったようなものだ。悪いのは明らかに自分だろう!」
円居はこめかみを手のひらで押さえながら首を振る。
頭の中で、何度も何度も否定をするように。
「井伏、お前は勘違いしている。科学のため、未来のためという見た目だけのハリボテの理想に惑わされているのかもしれないが、吾輩は狂った科学者、マッドサイエンティストなのだよ。吾輩のしていることはエゴだ。すべて自分のためだ。自分の欲望だ。『知りたい』『楽しみたい』『欲しい』……すべてが、快楽に基づいた行為に過ぎないんだ。自らの才能を使って、自らの意志で先生を追いつめて滅ぼしたんだ。こんな理性もないバケモノの感情が悪ではないと、罪だと認められなかったら……俺は、どうやって先生に償えばいいんだ? こんな感情のまま、俺は、どう生きろというんだ?」
円居の声には確かな鋭い棘、憎悪が剥き出しになっていた。
「この思いを、どこにぶつければいいというんだ!?」
それは自らの大切な役目を取られてしまった、首を切られた者の叫びだった。
穏やかであったはずの彼らの空気が淀んでいくのが画面越しでも伝わる。
だけど、井伏は気にする様子もなく、困ったように微笑んでいるだけだ。
「円居くん……無理をしないで。だって、それは純粋に欲しかっただけなんでしょう? ……俺は襲いかかってきた猪鹿が怖い、醜い、いなくなってほしいって思ったからね。本気で殺したいと思ったから、殺したんだよ? 現に、俺は突き飛ばしたんだ。この手で。……借金を負わせても、あの人は死なない。でも、屋上から突き飛ばしたら死ぬんだ。そっちのほうが、ひどいじゃないか。だから、円居くんは、俺とは違う。なんにも悪くない……優しい人なんだ。だから償わなくてもいいんだよ。ありもしない罪に悩まないで、苦しまないでいいんだよ。……ね、円居くん」
「…………お前。それは、なんの皮肉だ?」
返ってきた円居の声は冷たく、突き放すようでもあった。
……ああ、そうか。
井伏はできなかったんだ。
誰かが悪いことをしても、それを真っ向から否定することなどできない人間なんだ。
井伏の元々の本質か、あるいは……猪鹿を殺めてしまってからずっと。
それは相手の苦しみをも受け止めてしまって……その相手の苦しみさえも奪ってしまう。
でも、必ずしもその苦しみが、相手にとって『悪』とは限らないんだ。
「何故だ。どうして償わせてくれないんだ? どうしてわざわざ代わりに償おうとするんだ? そんなことを告白できる勇気があるんだ? 優しさがあるんだ? それでよく言えたものだな、こんな……こんな俺のことを……優しいなんて! 俺が優しいだって? 科学の道しか取り柄がない、エゴイストの化け物が? お前はなにを言っているのだ。これでは俺の惨めになるだけじゃないか。それが、わからないというのか、お前は」
「……えっ? 惨めだなんて……ま、円居くん? 俺、そんなんじゃ……だ、だって」
円居が、じっ、と井伏の瞳を覗き込む。
濁った眼差しを歪ませ、そっ、と橙色の薬瓶を隠すように手を後ろに回す。
「あ、あの、円居、くん……?」
「ああ、わかった。構わないぞ。お前がそこまで言うのならば、先生を殺した罪はお前にあげるよ。だから」
――お前を殺した罪は。
円居は、その瞬間、“狂気”を握りしめ、目の前の憎悪に思いきり叩きつけていた。
なにかが割れる鈍い音がプールサイドに、そして裁判場に響き渡った。
床のタイルは真っ赤に染まり、その色が音もたてずに流れていった……。
「エゴ……いいえ、嫉妬というべきでしょうか?」
映像が終わり、最初に口火を切ったのは白河だった。
現実の円居は肩を細かく震わせ、力なく証言台によりかかっていた……。
彼は、自らの罪を抱えたまま死のうとした。
だけど、彼はいま死ぬことができずに、すべてを明るみに出されて生きたまま怯えていた。
「結局、あなたが引き起こした事件は心ないマッドサイエンティストとしての実験ではなく、醜い感情の殺人だったんですね。あなたは井伏さんの勇気に嫉妬した……ええ、見事なわがままですね。まるで子供みたいな天邪鬼ですね。大切で大事にしたいという思いがあったのに、それを無視して殺すなんて、なにが楽しいんですか? それで許されるとお思いだったのですか?」
彼はすらすらとペンをなぞるように言葉を連ねる。
そのペンのインクは、ありとあらゆる劇薬を混ぜた暗い色だった。
円居はその毒を全身に浴びて、目を大きく見開き全身を震わせていた。
「い、いや、違う……許されようとは思っては……」
「このような汚らわしい罪を抱えておいて、純粋無垢な狂気のフリをして死ぬつもりでしたか? あなたは、先ほどまで、ずっと作文を見せたがりませんでしたからね。これから死ぬという事実は変わりないというのに。あなたはこれほどまでに自分のプライドに固執するんですね」
「だっ、だから、違うと言っているだろう……っ! そんなわけが」
「自分の醜態を目の前でご覧になっても、まだ認められませんか。そんなにも……猪鹿公孫樹さんを殺した罪を自分一人のものにしたいほどに、猪鹿さんをひとりじめしたかったのですか? 自分自身のお父様と反りが合わないから、猪鹿さんが自らの父親になってほしかった? ワガママをしてみたかった? 罪を通して繋がりを感じたかったとでも?」
意固地を張る円居に白河の淡々とした声が遮った。
恐怖と恥――それらが混ざり合った紫色に円居の顔は染めあがる。
「お、お前……っ言っていいことと、悪いことがあるのではないか……っ!」
「あなたは紅さんの父親を殺したのが自分だということを、紅さんに知られずに死ぬつもりだったのでしょう? あなたは英雄になるつもりでしたか? 自分の罪を隠して、紅さんの心を守ろうとした悲恋の主人公になるつもりだったんですか?」
「悲恋の主人公だと!? まるで、それでは吾輩が紅に」
「あなたは、また感情を隠すつもりですか?」
悪意でも、純粋でもない冷淡な問いかけ。
円居は「聞きたくない」と言わんばかりに目を背けて俯く。
彼の手は包帯に巻かれている。その白い包帯は裁判前に巻きなおしたはずだが、使い古したようにボロボロに擦り切れていた。
「死ぬ間際まで偽りと罪を重ねて、挙句の果てに、その手を汚しましたか。井伏さんの言う通りですよ。あなたは悩む必要なんてなかった。あなたは、そのような“甘い”感情を持たずに、狂った世界のまま、自分一人の世界で生きていればよかったんです。そうすれば、井伏さんだって、紅さんのお父様……猪鹿公孫樹さんも生きていられたでしょうに。感情なんて持っていなければよかったのに。優しさなんて知らなければよかったのに。そうすれば、あなただって、井伏さんの勇気や優しさに嫉妬なんてしなかったのに……そもそも、紅さんと井伏さん、二人きりの世界にならなくても、彼らが幸せに生き延びられる未来はありましたよ」
白河は一息置いて、証言台に手を載せた。
「あなたが、存在しなければよかったんです」
――その言葉は、ギロチンの刃だった。
頭を垂れた円居が、首の皮を切られたように一瞬だけ強く身震いをした。
「ちがいますか? あなたさえいなければ、だれも苦しむことがなかった。猪鹿公孫樹さんも、井伏さんも死ななかった。紅さんも苦しむことはなかった。私たちも死の恐怖に晒されることもなかった……そうですよね、円居さん。そもそも、あなたは悲しいぐらいに賢い方です。私がこのようなことを言わなくても、すでに理解されているのではないでしょうか」
静かな溜息を吐いて、白河は円居を見据えた。
侮蔑でも軽視でもない――あの視線の名前はなんだろう。
「あなたは、こんな人生のために生まれてきたのですか?」
円居は問いに答えなかった。答えられなかった。
虚ろな目で、ただ、そこにいるだけの生命と成り果てていた。
「どうして……?」
ふと、静寂な裁判場に一つの音を発したのは……膝を床についた紅だった。
腕も重力に任せて垂れ、親とはぐれて、森の中に置き去りにされた幼子のようだった。
「どうして私に償わせてくれなかったのよ!?」
それは紅の悲鳴だった。
だけどそれは見苦しいものではなく、新たな生命を宿した産声のようにも思えた。
だん、だん、と拳を嗚咽と一緒に叩きつける。
「最初に殺意を持っていたのは私なのに! 私が殺していれば、少なくともあなたは死ぬことはなかったじゃないっ! 罪がどうしたっていうのよっ!? あなたはなにもしなくてよかったの!! あの時、私は……っ! 父の命を奪った井伏を許せなかった! 呪っていた! 憎んでいた! 死んでしまえばいいと思ってしまった!! 私のせいよ! 私が、あの時、井伏を殺してやればよかったんだっ!!」
紅の乱暴な呪詛に、少し円居は目を見開いたようだが……やがて口元を緩める。
それは歪曲したものではない。
子供の反抗期が成長だと喜ぶ親のような眼差しだった。
「しかし、それは自分に対する怒りではないかね? 紅よ、このようになったのはすべて吾輩のせいだ。だから吾輩を憎め、怒鳴れ。もっと言えば殺してもいいのだぞ。その権利がお前にはある。そうでもしないと……きっとお前は前に進めないのではないかね。紅のほうが先は長い! 今のうちに、"原罪"に、怒りなりなんなりぶつけるといいぞ?」
円居は立膝をして彼女と視線を合わせた。
紅の顔は瞬く間に紅潮する。
彼のことを殴りかねない表情はやがて――ふっ、と消滅する。
交響曲が一斉に無音になったように、その憤怒は突如として終焉を迎えた。
「ごめんなさい……」
彼女の右の瞳から溢れた涙が、緩やかな頬に伝った。
「私には……できないわ……」
そう言われた円居の表情を……俺は知っている。
カルメ焼きを断わった時に見た……自分の世界に傷跡を負わされた時の顔と同じであった。
紅の言葉は純粋な優しさなのだろうか。悪意なのだろうか。
しかし、その真意がどうであれ――円居を潰すのには十分な答えだった。
『うぷぷ、フラれちゃったね! 青春ってカカオ90パーセントチョコレート以上に苦いね~。あ、そろそろオシオキ始めていいっすか?』
あっけらかんとしたマナクマの言葉に、目を閉じて円居は立ち上がって歩みだす。
彼に向けられる眼差しは憐憫、侮蔑、理解不能――だけど円居は我関せず歩き始める。
多くの人々を通り過ぎていく中、円居は俺の真横に立った。
「七島、どうか無事で」
「え?」
「吾輩が言えたことではないがな……だけど七島。どうか、これから先も“真実”を見つけてくれないか。お前ならできるはずなんだ。その力がお前にはある。吾輩の罪を闇雲に必死で見つけ出して、自身の言葉で証明したのだよ。お前なら……きっと」
円居によって、俺の手に握らされたのは科学室の鍵。
それと先ほど見せてくれた、小さなリングノートだ。紙が黒ずんでいて使い古されていることが分かった。
そっと、手に載せられた時、微かに円居の体重がかかる。
「時間はかかっていい。だけど、いつか……“この事件を、完全に終わらせてくれ”」
……どういう、意味だ?
それを尋ねる前に、彼は手をさっと離してしまった。
彼は感情や意志をすべて捨ててしまい瞳には魂が宿ってないようであった。
なにか声をかけるべきだった。
だけど、彼はすぐさま俺の横を通り過ぎてしまった。
井伏も円居も、軽快な笑顔で誤魔化していた。
この事件があってもなくても、彼らの罪が明かされなくても、彼らにこの罪がある事実は変わることはない。
それでも、どうにかできなかったのか? この運命は止められなかったのか?
……俺たちは、いったいどうすればよかったのだろう?
『あーあ、ムダにプライドの高い学者ってほんとメンドーだよね。自分がさも偉い人類の長みたいな喋り方しちゃってさ! 動物や人なんて簡単に殺しちゃう異端者のくせに……うぷぷ、まっ、いいや。お楽しみがありますからね!』
「こんなこと慣れているのだよ。円居京太郎、お前は何者でもなかった。今さら怖がる必要などないではないか……科学部として生きていたにも関わらず、生きていたことの証明はできないなど醜態を晒すが……まあ、これも慣れたことではないか。実験に失敗はつきものなのだから」
『さあ、お待たせしました! って言うか、待たせちゃいましたね! 超高校級の科学部、円居京太郎くんのために、スペシャルなオシオキを用意しましたぁ!!』
「しかし、最後は生の在り方として泣いておこう。今はとても泣きたい気分だからな! 童話でもよくある話だ。人形が最後に人間になるストーリーなんて、非科学的でおとぎ話にすぎないが、そんな奇跡も吾輩はこの手で叶えてきたからな…………なんとも愉快な話じゃないか、ふふふ……ふはははははっ!! あ、あれ?」
誤魔化してきた思いは、ウソのまま終わらせるべきか?
それは違う。どんな人でも、たとえ極悪の罪人であろうとも。
最後は人間らしく、自分の思いに正直であるべきだ。
「お、おかしいな……はははは、こんなはずじゃないのだがね……ふはは、おかしい……どうして……ははは……吾輩は笑っている? ふははははっ! 最後ぐらいは、人間らしく――ふはははははは……!」
円居、もういい。
これ以上、この時までも、苦しむ必要はないんだ。
生きているうちは、自分の思うままにすればいいんだ。
最後まで。こんな時まで偽らなくていい。
『それでは、ハリきっていっちゃいましょー! オシオキターイムー!』
「ああ……い、やだ…………いやだいやだいやだっ! なんで! どうして!? こんな時までっ!! 俺は、俺はっ……!! くく……はははっ、ははははははははははははっ!!!」
円居、お前がどんな世界を見ていようが構わない。
だけど、せめて。
「ふははははははははははははははははっ!! あははははははははははははははははははははははっ!!!」
――お前には、本当の心に向き合ってほしかった。
ああ、まだ映像が走馬灯と言わんばかりに流れ続けている。
響いたのは深く深く底まで落ちていきそうな笑い声。
これがマッドサイエンティストとして、科学部として、人間としての思いなのかは俺には分からない。
だけどその高笑いこそが、最初で最後の円居の悲鳴のようだった。
「……井伏。お前は悪くなかったのだよ」
包帯が汚れるのも無視して、彼の髪を掴みとる。
血がべっとりとついた、井伏は笑っていなかった。その表情は空虚だった。
ああ、これ以上、彼はありもしない罪に囚われることはないんだ!
感情を偽り、心も偽る存在で似ていたはずなのに殺してしまった。
あんなに共感して信頼をしていたはずだが……悲しいほどに、笑えてきてしまう。
猪鹿先生の時と、なんにも変わってない。
それにしても、自らの代わりに罪を償おうとするなんて、それを人は優しさと呼ぶだろうか?
いや、それも結局はエゴにすぎないのではないか?
無理をするな? 楽になれ?
今まで罪に縛られて生きていたというのに。
その罪がなくなって、幸せになれるなんて単純なおとぎ話ではないのだ!
だったら、罪とともに生きていたほうがまだマシだ!
そんな優しさ、罪人には不要ではないか!
「なあ、違うのか。井伏?」
尋ねるために発した息は、自分の思った以上に震えていた。
しかし、井伏はなにも答えなかった。笑ってくれもしなかった。
では、自分はどうすればよかったのだろうか?
感情を持たずにいればよかったのだろうか。
猪鹿先生の腕が欲しいなんて思わなければよかったのだろうか。
猪鹿先生に会わなければよかったのだろうか。
父のいうことを聞いていればよかったのだろうか。
科学部にならなければよかったのだろうか。
そうなった俺は――果たして本当に『俺が望む理想の姿』になっていたか?
「……だから言っただろう? 吾輩は優しくなんかない、と」
彼を廊下に引きずりながら笑った。
包帯も白衣も血で塗れるのも気にせずに、笑った。笑った。
そうだ、最初からなにもかもいらなかったんだ。
こんな狂人に才能も感情も幸福も希望も必要ない。
猪鹿先生。俺に手を差しのべてくれてありがとうございます。
あなたには生きてほしかった。あなたはなにも悪くなかったのだから。
井伏。お前とは良い友でありたかった。
お互いのことをもっと分かり合える未来があっただろうか?
紅。その目は、俺にとっては焦がれるほどさらに狂おしくなるほど眩しい。
たとえお前があの人の娘でなくても。俺は、お前を――。
そしてここで出会った彼ら。彼女ら。
俺も、共に『仲間』として、この学園から抜け出したかった。
俺は、『みんなのように』なりたかった。
こんな『自分』に、なりたくなかった。
ヒトの形で生まれ、命を授かっても。
こんなことを心から言えないぐらいなら。
すべてにウソを吐いて、本当のことを言えず腐り果てる人生になってしまうぐらいならば。
いっそのこと。俺は。
「生まれてこなければよかったんだ」
GAME OVER
超高校級の科学部 円居 京太郎くんがクロに決まりました
オシオキを開始します
オシオキ 『 吾輩はシュレーディンガーの猫である 』
天井につきそうな10メートルはある大きく長いガラスのケース。
傍から見ると透明な井戸。さながら巨大なメスシリンダーだ。
目盛りの代わりにガラスケースの内側には鉄製の手すりが梯子のように天井まで続いていた。
そんな奇妙なガラスケースの中に、円居は閉じこめられていた。
頭を擦りながら、円居は奇妙な空間を顔面蒼白で眺めていた……。
静けさを破ったのは、"音"だった。
ガラスケースの底から、源泉のように水が勢いよく湧き出てきたのだ。
靴に水が浸したのを見て、円居は後ずさりをしたが水の勢いは強く逃れられず、水はすぐさま彼の膝にまで到達する。
円居は反射的にガラスにつけられていた鉄製の梯子に手と足をかけ、するするとのぼる。
そこに逃げられるところがあるから逃げる。自然でありふれた意志で、彼はのぼり始めていた。
息を切らしながら、円居が足を階段にかける度に、水かさがどんどんと追い詰めていく。
その息は白く、彼の手は身体的な冷たさによって小刻みに震え、唇は硬く青白さを帯びていた。
頭上から白衣を着たマナクマたちが薬品を流し込み、水を科学用品に変えていき、円居の顔や白衣、髪を徹底的に汚した。
薬品は人体、皮膚を壊す役目もあったのだろうか――液体がかかる度に肉の焼けるような音と煙を吐きだしながら円居は呻きを発した。
彼の頬や首元が赤くただれ、彼の指や腕が小刻みに震え体が鈍くなる。
それでも追いつめられた水嵩から怯えるように、意地で……いや、自らの意志と関係なく、命の危機という本能だけで手足を動かしていた。
途中、一体のマナクマが足を滑らせて落ち、ばたばたと溺れて沈んでいく。
しかし、円居はそんなクマの姿を見届けることはない。
なぜなら、そんな暇など彼にはないから。
なぜなら、その必要がないから。
なぜなら、彼は頂点へ登り詰めようとしていたから。
非現実的な世界から、現実の世界に戻るべく、彼は掌を広げて左手を伸ばした。
『これを忘れるところだったよ!』
頂点の縁からマナクマが顔を覗かせる。
わざとらしい大声で、ばっ、と紙束を水底へ投げ入れる。
円居は直に紙ふぶきの洗礼を受けるが、その紙たちは円居の真横をすり抜けて落ちていく。
文字の羅列がびっしりと書き込まれた原稿用紙が舞い散っていた。
円居は開いた手を硬直させたまま天に伸ばしていた。
そして、神のように円居を見下ろすマナクマが彼の左手首に“それ”をつける。
“それ”は、500kgと書かれた鉛の手枷であった。
ごり、という生理的に嫌な鈍い音が響く。
円居の腕が背泳ぎをするかのように180度奇妙な形に曲がった。
重さに任せて、支えていた身体が勢いよく反らされる。
手すりをしっかりと握りしめていた右手も咄嗟に離れてしまった。
彼は――――落ちていく。
落ちて、落ちて落ちて落ちて落ちて。
落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ――。
まるで世界から呪われ、嫌われたように、引力に任せて。
落ちる。
水音と飛沫を弾けさせ、円居は飛び込むように着水させられた。
最後の空気を吸うチャンスも与えられなかったのだろう。
円居は顎が外れたように口を開けたまま水底へ招かれる。
クマたちの薬品によって波々とした水は、見ているだけで目が痛くなるほどの眩しいウルトラマリンに変色していた。
円居の口から、無数の泡の悲鳴が吐き出された。
彼は右手で手枷を外そうと何度も引っ張るが、そのたびに円居の口元が苦悶で歪み生命が零れる。
足裏でガラスの表面を蹴り上げようとも、顔や首を掻きむしろうとも、せめて息を漏らすまいと口を閉ざしても、どれも徒労にすぎなかった。
やがて、着水のものではない、一つの泡が彼の瞳からこぼれた。
だけど、それは一瞬だった。
彼はガラスに反射した己の姿を見て――嗤った。
やがて、手枷を必死に外そうとしていた右手が離れる。
四股をだらりと水圧に任せ、三途の川の底を潰れていくように沈んでいく。
眼鏡のレンズは光ったまま、彼の目元を映すのを拒んだ。
あの男は、どの瞬間から生きていたのか?
あの男は、どの瞬間から死んでいたのか?
そして、あの男――円居京太郎は、水底でも罪の枷を外せないままなのだろうか。
その答えは、すべて箱の中の男のみが知るのだろう。
最初に溺れた一つのマナクマが浮かびあがる。
腐敗した汚染水に浸かりきったクマが水面を揺蕩っていた……。
『エクストリィィィィムゥゥゥゥ!! 地味な感じで円居くんが死んじゃいましたねー!』
「ま、ま、ま、円居っちぃぃぃっ!!!」
「う、うわああぁぁあああぁぁっ、ムッシュ円居ぃぃっ!!!?」
「あ、あああっ、こっ、こんなの……正気の沙汰ではないのでございます……ッ!」
円居が死んだ。
言葉にすれば簡単で単純だ。
だけど、俺らにしてみればその言葉は重く。
現に、今ここで、俺たちの目の前で亡くなった者がいればその重さはなおさらだ。
裁判場はマナクマの歓声と対比して、悲鳴と涙、鼻水などの体汗に塗れる。
『正気の沙汰じゃないのって、さっき死んだ人のことじゃね? 言ってること意味わかんなかったしさ。でも、井伏くんも報われないよね。答えはノーに決まってるのに! ねー、紅さん』
「……え? な、なにを言って……」
『やだなあ、紅さんったら。自分のすべてを捧げた男の名前すら忘れちゃったの? ボディだけの仲ってわけ? ハートは一緒じゃないの? いやーん! マナクマさんのエッチー!』
阿鼻叫喚の空間で泣きはらした紅が鋭く息を呑んだ。
おい、どういうことだ……?
『そりゃ突き飛ばしたくなりますよね! "自分の愛人"の仇ぐらい取りたくなるよねー!』
父親という言葉ではない、それは――。
「あ、あいじ……っ!? お、おい待てコラっ! なに言ってんだっ! 紅が井伏を殴ったのって、紅のオヤジさんが井伏に殺されたからだろ!?」
「ふん……カンタンな話じゃねえか……そこの燕尾服のアマは父親と関係を持っていた……そう言いたいんだろ……」
「ちょ、ちょっとクズヤローがッ! なにマナクマが言ったことウノミにしてんのさ!?」
『いやいや。鵜を骨ごと飲み込んじゃっていいマジの話ですよ?』
待て……これって……?
紅を見ると、瞬く間に顔の血の気がザアと引いていた。
『紅さん、猪鹿公孫樹の日記を見ちゃったんだよね。借金だけじゃなくて、自分のことを誘惑して誑かしてきた娘に手をかけてしまったっていうのが、猪鹿公孫樹の自殺動機だったりしちゃうんだよね? これは血反吐を流したくなるほど辛かったよねー! いやあ、ファーザーコンプレックス拗らせちゃうのってお気の毒! 心中察しちゃうよ!』
「……っ!?」
今度こそ、紅の表情が完全に豹変した。
図星――そして、恥辱で顔を名の如く紅に染めて、こめかみに血管をくっきりと浮き出させた。
「ま、待て! お前、どういうことだ!? 殺し合いをすれば作文は公表しないって……」
『そうだよー』
「だからっ!」
『でも事実は言っていいよね? 罪の作文は公表しないけど……うぷぷ』
「……っ!」
こ、こいつ! どっちにしろ屁理屈を捏ね繰り回すつもりだったんだな……!!
俺たちを、絶望させるために……!
「……"Femme fatale"」
突然、黒生寺が異国の言葉を呟いた。
それに対して、紅が今度は顔面蒼白で彼を見つめる。その意を理解しているようだが……。
「へ、へけ? ふあむ、ふあたある?」
「フランス語で、運命の女という意味を持つ言葉ね……鑑定士、アンタは知っているでしょ……?」
「知っ、知ってるけど……まさかマダム錦織! 今ここで、ぼくにもう一つの意味を言わせるつもりかい!?」
「荒野にもいたさ……二人の男を決闘させ、最終的に二人の相討ちで終わらせる悲劇の女……貴様がガイシャを殺そうと試みなければ、今回の犯人も、貴様の親父も死ぬことはなかった……もちろん俺はあの男どもにも一切同情はしない。しょうもない痴話殺人だ……だが……」
黒生寺が人差し指で、銃を撃つ真似をする。
「貴様も卑怯な破滅をもたらす女だ……それだけは忘れるんじゃねえ、クソアマ」
どすん、という肉のぶつかる音。
紅が裁判場でがっくりと倒れた……まるで本当に黒生寺に撃たれたように。
「っ、ああっ、紅さまっ!?」
「お、おい!?」
「紅さんっ!」
俺と萩野、天馬たちも様態を見るためにすぐさま駆け寄る。
幸いにも角の腕に抱きとめられる形だが、彼女は糸が切れた人形のように動かない……
息はあるようだが、角が膝の上に乗せて呼びかけるも、返事もなにもない。
彼女が頑なに自分の罪にしようとした理由。
円居のことを怒れなかった理由。
それらがすべて噛みあって繋がり、悲しいぐらいの納得に陥った。
彼女も――井伏や円居と同じように、罪で自らを縛り付けていたんだ。
井伏、円居、そして紅の三人が最初から罪を、真実を話したら、また変わっていただろうか。
それでも、不快で歪な音を立て、歯車は無理やり回ってしまったのだろうか?
気絶した紅を見て、俺は目をきつく閉じた。
こんな現実を、これ以上見たくない……咄嗟の行為だった。
「……ええと、紅さんは生きていますね? なら、マナクマ。1つ質問よろしいですか? あなたは動機の発表の際に作文を読み上げましたよね? あれはどなたの作文だったのですか? 藤沢さんですか? それとも四月一日さんのものですか?」
『教えてあげないよ! 三角形の秘密と一緒に忘れてね! ジャンッ!』
「そうですか」
白河は平然とマナクマに対して質問をしていた。
紅のことは気にならないのか……それも、ある意味白河らしいのか、そうでないのか。
でも、なぜこんなことを尋ねたのだろう?
「たしかに……私たち以外に、この学園内に"生徒"がいる、なんてことだったら、大変な事態ですからね」
白河の言葉は、マナクマだけではない。
今、この場にいる俺たち全員に向けられた挑戦状のように思え、俺は心臓が飛び跳ねる。
『は、ははは、はいぃぃぃっ!? な、なにを言ってるのかなー? すぃ、すぃらかわくぅぅん!』
「動揺しすぎじゃない? でも、それって本当だったりするのかなあ? それだったら、詳しく聞かせてもらいたいところだけどねえ?」
『でっていう。それが、どうしたっていうの? 生徒が他にいたから問題でもあるの? そんなこと、オマエラが調べたってどうってことありませんし。せーらーせんし。そんじゃま、ボクはこれから塾に行かなきゃいけないので』
「あ、こら、逃げんじゃねーよっ!!」
『オマエラ、円居くんには感謝しなよ? 彼が井伏くんを殺したおかげで、オマエラが恐れていた罪が公表されずに済んだわけだからね! だーはっはっはっ!!』
萩野が一歩足を踏み出したが、彼は最後の言葉に怯んだ。
そして、マナクマは満足げに跡形もなく消えた。
井伏は殺された。
円居は処刑された。
紅の罪は明かされた。
言葉にすれば至極簡単だというのに。
現実でいうのは俺には躊躇われる。
これが、真実だというのに――。
真実と現実を受け入れるのは難しいことだ。
だんだんと、皆がそれぞれ気持ちを落ち着かせているようだが……落ち着くというより、出すべき感情を枯らしたというべきか。
紅はまだ角の膝の上でぐったりと気を失っている……。
「……ねえ、白河くん。さっきの"他の生徒"ってどういう意味かな?」
「大豊さんと紅さんに脅迫状をを送った者。それが私たち以外の生徒ではないかということを少し考えたまでです」
「そ、それはいくらなんでも突飛すぎないかな。ムッシュ白河!」
「そうですね。だから、あくまで一つの仮説です」
「でも、たしかにマカフシギマジカルっつーかブキミじゃん。今回の脅迫状を送ったヤツ、なんか人間らしくなくね? まるでナニカを全部知っていたようじゃん……」
真田は寒がるように腕を抱えて不快な顔色に変わる。
脅迫状を送った犯人……か。
いったい、何者なんだろう?
「脅迫状のメモにはすべて破った跡が見られました。おそらく自らのメモ帳のページを破ったのでしょうか?」
思わず円居のメモ帳をぱらぱらと開いたが、破いた跡は見られなかった。
安心したようで、まだ心につっかかりが残る。
『この裁判を完全に終わらせてくれ』
円居の微かに震えた声が再び耳の奥底で囁く。
俺には、円居……もっといえば殺された井伏の懇願にも思えてならなかった。
さきほど、終わった裁判――まだ、俺たちが"解き明かしていない真実"があるということなのか?
確たる証拠はないが、それでも。
俺にも、思い当たる節がいくつか見受けられる……。
「つまりよ? 紅と大豊にメモを書いたってことは、犯行を知ってたっつーことなんだろ?」
「なっ……それこそ、正真正銘のグルじゃない……!?」
「念のため、確認しませんか。みなさんのメモ帳を」
そうは言っても、俺が持っているメモ帳なんて……四月一日の持っていた手帳ぐらいだ。
でも、俺だって使っていないから確認しても……。
――なぜか、メモ帳のページに違和感を感じる。
ページ側の断面が……薄くなっている?
すぐさまパラパラと捲ると、違和感のある該当ページにすぐに辿りつく。
……破られたページ。それは二枚。
そもそもこのメモ用紙は、"方眼紙"だった。
「おい、七島。ボーっとしてるけど、おめー大丈……んなっ!?」
いつの間にか、萩野に覗きこまれたが、すぐさま彼は目を見開く。
「待ってくれ」と言おうとしたが、喉が締め付けられる。
その様子を見た白河が俺のユビキタス手帳を取り上げて、ページを見つめる。
そして大豊に届けられたと言うメモのページを合わせた。
パズルのピースがぴったりハマッたようだった。
でも、そこに達成や快感は一切起こらない。
谷底に突き落とされたような。足元が掬われたような。膝が落下して床に落ちた。
じわ、と両膝に痛みが広がっていく。
そしてみんなに向けられた眼差しは……先ほどの円居へのものと同じ種類だ。
「……あなたなんですか? 七島さん」
「ち、違う、俺じゃない。俺は知らない」
「し、知らないって! じゃ、じゃあ、メモのページとなんで合うんだい? ムッシュ七島! マドモアゼルを脅したのは、君だったのかい!?」
「へ、へけ? うそ……な、なんで七島っちが……?」
大豊はぽかんと口を開け、唖然の表情にすり替わる。
「な、な、七島っちが、あ、あたしに……なんでそんなこと……!? っひ、ひどい……ひどいっ! ひどいのだっ!! あ、あたしのこと、きっ、嫌いだったんだ?! うそなのだこんなのぉ! ひどいっひどいっひどい!! ひどいのだぁぁああぁ!!! わあぁぁあぁあん!!!」
大豊は泣き叫びながらエレベーターに走り去る。
「マドモアゼル!」とランティーユがその後を追う……が、その際に、モノクル越しから鋭い光が飛んだ。
見損なったよ、と言わんばかりの尖った目つきだった。
「っ、お、大豊待ってくれっ! ランティーユも……っ、お、俺は……っ!」
「ふうん、そうか。つまり君はそんな奴だったんだねえ?」
「ゆ、許せない……散々私のこと指摘したクセに……バカにしてたのね……!?」
「マジなワケ、七島!? ちょっとはシンライできるオトコだと思ってたのに……!」
「あっ、あのっ……お待ちください! みなさま! 七島さまのお話も聞かなければ……」
「そーだ!! おめーら、なに勝手に犯人扱いしてやがんだよっ!? 七島があんな脅迫状を送ると思ってんのかよ!」
「では、なにか反論はありますか? 七島さん」
反論もなにも……。
ある、それもたくさんだ。
俺はメモを破っていない。俺は大豊を強迫していない。
俺は紅にあんなメモなんて送っていない。
俺は井伏を発見する前までの、犯行の一部始終を知らない。
その言葉は、すべて。
「……違う、俺はやってない」
この言葉に集約された。
なにもかも、知らなすぎた。
俺自身も、分からなすぎた。
突如として、ぱん、という破裂音。
俺の頬になにかが霞め、さっ、と一筋の血が流れた。
熱い。頬に右手を当てると、手のひらに血がこびりついた。
「決まりだな……」
「っ、て、てめーっ!! 黒生寺っ!! なにしてやがんだ!?」
「反論ができないなら当然の報いだ……目玉潰されなかっただけ感謝するんだな……」
掴みかかってきた萩野を、黒生寺は強く振り解く。
BB弾銃をベルトに戻しながら、エレベーターへと踵を返す。
それに合わせて、他の生徒たちもエレベーターへと向かう。
誰も俺に目を合わせない。声もかけない。
天馬と紅を背負った角が歩み寄るが、真田に手を取られてエレベーターに連れ込まれる。
「お、おい待てよ、おめーら!! 薄情すぎんだろっ!」
やがて、萩野が駆け寄ってきて、俺の頬にハンカチを押し当て血を拭った。
そんな中、ゆっくりと白河が歩み寄ってくる。
すぐさま萩野は歯を食いしばり、彼に対してガンを飛ばす。
「よおぉ、白河さんよ。こんな空気になって満足か?」
「いいえ。私自身も七島さんが犯人だとは信じがたいと思っています」
「あぁン!? だったら最初にそう言えや!!」
「しかし、七島さんの所持しているメモ帳は破られた脅迫状のメモと一致する。これは真実です。私が話したことは、ただ、それだけの話ですよ」
そう言って白河は俺を見下ろすように言い放ち、裁判場を後にした。
……空っぽになった裁判場で、俺と萩野だけが取り残された。
がつん、がつん、がつん――。
萩野が警鐘のように拳を証言台に叩きつける。
「クソッ、バカかアイツら。なんにもわかってねえヤツらばっかり……っ」
「萩野……お前は」
……こんな俺を、信じるのか?
その言葉を紡ぐ前に、萩野はフッと息を漏らしながら笑う。
「おいおい、そんな捨てられた子犬みたいな顔すんな……俺をアイツらなんかと一緒にされちゃ困る。俺たち、何年親友やってると思ってんだ? こんなんで絶交するほど柔くねえよ」
「で、でも……っ! 俺の持っているメモが一致して……こ、こんなの、俺だって……」
「お、おい落ち着けって。メモが破られてるのに身に覚えのないのは確かなんだろ? な?」
……だけど、萩野の言葉にうまく頷けなかった。
萩野は「えーと」と気だるげに目を伏せる。
「……おめー、あれだな。よくドラマでもあるだろ。クズみてえな刑事に酷い尋問されてよ、犯人でもないのに状況から解放されたいがために『自分が犯人だ』って言う……うまく言えねえな。ともかくあれだよ。うん。疲れてるだけだ! いろいろあったんだからな。だから、ほら戻ろう。な?」
萩野は力強く俺の震えを宥めるようにエレベーターに促した。
……そうだ、もう今は帰ろう。
――俺には萩野しかいないのだから
びり、と脳髄が千切れるような痛みが生じ、咄嗟にこめかみを抑える。
それに気づいた萩野がギョッと目を丸くさせて顔を覗き込んできた。
「お、おい、大丈夫か? ……七島?」
……なあ、萩野。
お前は、本当に俺を信じていいのか?
だって、俺は、俺自身も――
「…………いいから帰ろうぜ。七島」
背中を押され、半ば強制的にエレベーターに押し込まれる。
苦悶、悲鳴、嘘、罪、そして――不可解な謎。
俺たちがエレベーターに足を踏み入れるや否や、消灯されて真っ暗闇に包まれた裁判場には、まだ怪物が息を潜めているようだった。
どのようにして俺は帰ったのだろう。
あの後、萩野と別れたのはいつだったっけ。
その時、アイツになんて言われたか。
ベッドに不時着して、俺は天井を仰ぎながら思い出そうにも黒いモヤに邪魔される。
病魔に侵されたように頭も体も動かない。
心はまったく晴れることがない――前回の裁判終わりと同じではない。
それ以上のドス黒い濃霧。
『ちなみに、後に知ったことですが、偶然にも目撃した同年代の学生が5人もいたそうです』
頭の中の残響。
最初にマナクマによって読まれた作文。
『私たち以外に"生徒"がいる』
今度は白河の言葉が浮かび上がる。
作文上の私、十和田、紅、井伏……萩野は猪鹿の死を見ていない。
円居も『猪鹿の死の知らせを聞いた』と言ったから、恐らくその場では見ていないはずだ。
ならば、後、"もう一人"は、誰だ?
いや、今はそんなことを考える脳のキャパシティがない。
ああ、それにしても痛い――でも、どこが痛むか、わからない。
そもそも痛んでいるのか?
頭、肩、胸、背中、手足、顔……感覚が見当たらない。
屍の体でベッドに寝転がりながら、固い枕に頭を預けて、手をポケットの中に乱暴に突っ込むと……ふと今度は手に違和感を覚えた。
ポケットの中のなにかを取り出してみると、一枚の紙が現れた。
『井伏の部屋 青いリュックサック 銭湯へ』
……これは……?
こんなものは見覚えがなかった。これは、誰のメモだ?
マナクマの罠なのだろうか?
……でも、今の俺は縄にも縋る身だ……。
井伏の……部屋、か。
誰もいない深夜の廊下を歩き、井伏の部屋の扉を開けてみた。
鍵がかけられていなかったので、容易く入ることができた。
でも、いつマナクマの妨害が入るかわからない。少し急いで探そう。
井伏の部屋の机の上には、缶詰や山の本が置かれ、体力づくりのためのバーベルも転がっている。
今までここに井伏がいたという証が残っていることに、喉の奥から思いが込み上げる。
必死にそれを飲みこみ、もう一度辺りを見回す。
赤のキャリーバッグの横に、青いリュックサックを発見した。
中身は確認するのは後にするか……まずはこれを持って、銭湯に向かおう。
少し肩や背中が重力に負けそうになったが、早足で脱衣所に潜りこんだ。
脱衣所の椅子に腰をおろして、リュックサックも床に置いた。
ここには監視カメラはないから、多少不審な動きをしても怪しまれることはないはずだ。
中身を開けると、水が入った2リットルペットボトルが数本入っている……これが重さの原因か。
そしてその奥に入っていたのは、何十枚かの原稿用紙とメモ用紙だった。
メモ用紙は井伏の文字が連なっていた。
『円居くんの“希望” 困ったときに読むように』……か。
俺は作文用紙の束を軽く正して目を通し始めた。
円居京太郎から、一番無害な超高校級の幸運へ
まず、この原稿用紙が目に触れられていることに感謝するべきなのだろうか。
誰が見ているか? いったいどのぐらいの人数が見ているかは分からない。
しかし、恐らくその中に自分はいないだろう。
こちらの文章は、自分が死んだとき用の、道しるべなのだから。
これを書いていた時の彼は、まさか自分が殺人を犯すと思っていたのだろうか。
……作文に問いかけても答えは返ってくるはずもない。
委員会に即して、科学室の鍵を渡されたので整理してみたところ、学園の資料が見つかった。
だけど、秘密を大々的には語れない。
真っ先にマナクマに疑われ、理由をつけられて奪われるか、最悪抹殺される可能性が高い。
それに自分も含めて動機や状況次第で、どう転ぶか理解できないコロシアイ生活だ。
最悪の日が来る前に、どうしてもこれだけは伝えたい事をまとめてみた。
個人的に、一番信用できる人物に譲渡することになったが、
これが目に触れられているということは、自分の目に間違いはなかったと安堵すべきなのだろうか。
……ということは、この作文は最初井伏に渡していたんだ。
だけど作文の彼が危惧した通り。
そんな真実や希望も理性も振り払うほどの殺意で、井伏を殺してしまった。
やはりポケットのメモは、円居が俺に渡してくれたのか?
とても危ない橋だ……だけど、そんな賭けをしてまでも、伝えたかったのか?
学園の資料……俺は次の作文用紙に目を移す。
単刀直入に書かせてもらおう。学園長の苗木誠をはじめとする学園管理者、即ちコロシアイ学園生活を生き残った者たちの消息が取れなくなっている。
学園長の消息不明、前々から感じていた嫌な予感がずばりと的中する。
本学園長、苗木誠。それに霧切響子。共にコロシアイ学園生活を生き残った78期生は他の生き残った者たち、さらに未来機関という団体と連動して、希望を掲げ、新たな希望ヶ峰学園を作り上げてきた。
前学園長の意志を継いだうえで、本来の学園のシステムに改善を施した。
たしかに、ここまで過ごして、誰も救助に向かわないという点もおかしい。
絶望にどんな時でも立ち向かい、希望と謳われた彼らは、いったいどこに……?
希望ヶ峰学園の管理コンピュータのメールに入っていたデータの一部でそのようなことが記述されていた。
学園長及び、管理者たちの出欠が全員取れなかったことから、このメールが警察組織に送信されるはずだった。
しかし残念ながら、そのメールはエラーを起こして未送信のままメールボックスに入っていた。
日付は2月28日。卒業式の前の日、コロシアイ学園生活が始まった日そのものだ。
恐らく、なにか我々が知らないところで、"クーデター"があった可能性がある。
……と考えればいいのだが……自分含めて諸君は覚えていないかもしれないだろう。
ここで、少し我々の記憶を疑うこともここでは大事かもしれない。
あまりにも不可解な点があるから……残念ながら勘に過ぎないが。
記憶を疑う……そうは言われても。
今まで起きたことの記憶は明らかに明確だけど……。
……ダメだ、頭がぐしゃぐしゃだ。
円居ですら分かっていないんだ、俺が理解できる範疇ではない気がする。
重要な話は、ここからだ。
このようなコロシアイを仕向けたと推測できる“重要参考人”のデータを発見した。
1人目は、17人目の高校生。
“超高校級の罪人”
都市伝説と言われているが数々の罪を犯し、火炙りも諸共ともしなかった。
罪人を描いた絵はすべて『修道女の出で立ち』のため女性と言われていて、
一部では『原罪の乙女』と称されている。
非人道的かつ、革命的な姿勢から、一種のカルト的な崇拝が一部に広まっており、
警察組織も『最重要危険人物』として睨みを効かせている。
2人目は、生徒ではなく教師だ。
ヤツは、“元・超高校級の怪盗”
詳しいデータは全くもって不明。名前も顔も経歴もデータが見当たらなかった。
だが、この2名は、間違いなく“今もこの学園にいる”はずだ。
マナクマが仕掛けた内通者の可能性が高い。厳重に注意を重ねてほしい。
罪人と、怪盗だって?
どちらも生きていて、そして、この学園にいるだって……!?
これが本当なら――白河の言っていたことは、本当じゃないか?
そして……最大のデータを発見した。
黒幕の正体に通ずること。学園の真実。
一部の人間には衝撃的かもしれないことを念頭に入れて確認してほしい。
恐る恐る、俺は次のページをめくった…………。
ストップ! これ以上のネタバレ禁止!
しかし、書かれていたのは大きいペン文字。
舌を滑稽に出したマナクマのイラストも描かれている。
張り巡らされていた思考回路が一瞬にして止まった。
そして、しばらくして動いたときに思い出したことは……。
わざとらしい大声で、ばっ、と紙束を水底へ投げ入れる。
円居は直に紙ふぶきの洗礼を受けるが、その紙たちは円居の真横をすり抜けて落ちていく。
文字の羅列がびっしりと書き込まれた原稿用紙が舞い散っていた。
記憶に新しい円居の死に際だった。
……俺たちをおちょくっているのか?
これをヒントにさせて、俺たちがうんうんと唸るのを……こいつは楽しもうとしているのか。
必死になって、命を賭けてまで繋ごうとした情報を……あいつは、弄んで……!
「くそ……っ!!」
思わず、がん、と木製のベンチに拳を殴りつけてしまった。
「ひぃぃっっ!!?」
「うわっ!?」
痛みに苦しむ前に、突如の悲鳴に慌てて振り返る。
そこには、黒をまとった錦織が立っていた……入口の向こう側は暗闇なので、闇に溶け込んでいるようだった。
俺を見るなり、三角コーナーの生ごみを見るような目つきに変わる。
「錦織? あ、な、なんだ……風呂に入るのか?」
「そ、そうよ……って言うか、なんであんたがこんなところに……こんな殺人者のグル……あ、いけない……こんなこと言ったら殺されちゃうわね……」
「だ、だから俺は」
「い、いいから、出てって……アンタと風呂なんか入りたくないんだから……! ツンデレとかじゃなく本気で言ってるのよ……!」
ゴゴゴ……と地鳴りを錯覚するほど錦織に殺気に満ち溢れる。
ああ、やはり……弁明は無理そうだ……。
仕方なく、俺は錦織の視線を浴びながら、脱衣所を後にした。
「……あれ、七島くん?」
脱衣所を出ると、前方から声をかけられる。
視線をあげると天馬が佇んでいた。
「お風呂入ってたの?」
「い、いや……違うぞ……」
「……大丈夫? すごく顔色悪いよ。また倒れちゃ危ないから。一緒に帰ろう」
そう言って、いつものクールな顔立ちで天馬は手を差し伸べてきた。
数多の不運を掴み取ってきたものとは思えないほど、柔らかそうで真っ白い手をしていた。
俺は、その手に。
――触れるな。
手に…………。
――お前の手は汚らわしい。
「……七島くん?」
俺は、その手を取れなかった。
いつの間にか天馬の横を通り過ぎて、部屋へと向かって走り出した。
天馬の顔は見えなかった…………いや、見たくもなかった。
――お前は弱い。お前はなにもできない。
耳を塞いで足早に駆け出すたびに、息苦しさが増す。
幽霊を目にして逃げ出した臆病者のように、無我夢中に走っていた。
俺は彼女の“手”
正反対の思いが拮抗して胸でばち、ばちと鈍い火花を散らす。
『だけど七島。どうか、これから先も“真実”を見つけてくれないか……お前ならできるはずなんだ。その力がお前にはある。吾輩の罪を闇雲に必死で見つけ出して、自身の言葉で証明したのだよ。お前なら……きっと』
円居に残された言葉が染みになって消えない。
師の腕に執着した彼に憑りつかれてしまったのか?
普段だったら、こんな浅薄な考えには呆れて笑ってしまうだろう。
でも、今は一笑できる体力も感情も隙間が残っていない。
どうして、俺なんかが?
大切な人間も、目の前に手を差し伸べてきた人間も信じられない。
ましてや自分のことすら疑う、こんな情けない、弱い人間なんかに。
円居。お前はなにを見出したというんだ。
……俺は、なんなんだ?
自室の扉に鍵をかけ、机の上に置いてあった罪の作文に向かって駆け寄る。
墨を取り、それをぐしゃぐしゃに塗りつぶす。
ウソだ。ちがう、書いてあることは本物だ。俺の字じゃない。偽物だ。
――俺は、なんだ? 俺は、誰だ? どこからが俺で、どこまでが俺じゃないんだ?
罪が黒く塗りつぶされる度に、思いがぐちゃぐちゃに潰れて腐敗する。
俺が俺でなくなる。
目から溢れた水滴で紙と墨が汚く滲み、指先が醜く震える。
「できない。できないんだ。なにもできない。なんにもない。俺には…………なにも………………」
人がいない気配を確認してから、脱衣所で少女は一息を吐く。
木製のベンチに腰をかけて、少女はゆっくりとセーラー服をめくり、その間に隠していた物を取り出す。
制服とシャツの間から出てきたのは、薄型のノートパソコンだった。
パソコンを開くと膝に乗せて、キーボードに文字を素早く打ちこむ。
『今回の被害者、超高校級のアルピニスト 井伏歩夢 撲殺
加害者、超高校級の科学部 円居京太郎 オシオキによる溺死
データに追加すること』
入力するや否や啜り泣きが響く……それは幼い少女のようだった。
「し、静かになさい……! 電波が入らないって言うからわざわざ連れてきたのよ……!?」
セーラー服の少女は一蹴する。
続けて、パソコンのキーボードを小気味よく打ち込む。
『超高校級の罪人。元・超高校級の怪盗。随時データの詳細を求む』
『荷が重すぎまちゅよ……』と弱音。
パソコンから発せられている音声のようだ。
少女は肩を落としながらも、文字を入力し続ける。
『頼りはアンタしかいないの。弱音を言うぐらいならさっさと情報収集すること』
錦織詩音はキーボードを叩くのをやめて、静か息を吐いた。
赤い眼鏡のレンズに映るのはノートパソコン。
画面に映し出されているのは、ウサギのマスコットだった。
「アンタは……"私の希望"なんだから……」
Chapter2 罪は深き叫べよ男と女 完
イキノコリ:12
シボウ:2
◆『フィロソフィア式手帳』を手に入れた!
円居が七島へ託した古いリングノート手帳。
知の探究のために様々な化学式や言語が書かれているが、答えを知る者はもういない。
To be continued……
『最後に』
『辺見ルカリス』
『こちらの詳細を最優先すること』
『ヤツが動きだした』