ダンガンロンパ(仮)-よみがえり-   作:冷凍かに缶

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Chapter3 21gを賭けた宣戦布告
(非)日常編 ブルーデイ


 

 

  世の中を

  憂しと恥しと

  思へども

  飛び立ちかねつ

  鳥にしあらねば

 

 

 万葉集で読まれた山上憶良の歌をしたためる。

 どんなに辛いと思っても、俺は飛ぶことはできない。

 俺は鳥ではない。鳥だったとしても今は飛べない。

 こんな閉じこめられた場所では……。

 

 

「…………」

 

 今、俺はなにをしているのだろう。

 あれから、なにをしていたのだろう。分からない。

 

 ただ、覚えているのは、みんなから浴びた鋭い視線。

 差しのべられた天馬の手のひら。

 そして、それを拒んだのは――

 

 

 

「………………」

 

 

 部屋の真ん中で寝転がっていると、ごん、ごん、という不規則な音が鳴り響いた。

 俺は……その音を聞いて……考えた。

 ……考えた末に。

 少しずつ、扉に近づいて鍵を開ける。そして扉を半分に開いた。

 

 

 

「……萩野か?」

 

 

 俺が扉越しに最初に見たものは。

 

 青白い指先。瞳孔が開かれた瞳。

 

 

 

 

「なーなーしまーさーん……掃除してますかぁ……?」

 

 

 

 

 ………………えっ?

 

 

 

「う、うわあああぁぁぁあぁぁぁぁぁああぁぁぁ!?」

 

 

 咄嗟に扉を閉めようとしたが、時すでに遅し。

 彼の細い指が、扉に手をかけ無理矢理こじ開けてきた。

 なぜこのような力があるのか、さっぱり理解できなかった。

 いや、理解なんかしたくない。

 ゾンビのようにゆっくり歩み寄ってくる、あの男は――いいや、今は見たくない! そいつの描写なんか知ったことか!

 

 早く逃げなければ……!

 

 シャワールームに駆けだし一度も振り返らず、ドアを閉める。

 鍵を、鍵をかけ……何度もドアノブががちゃがちゃと素早く動くが、抑え込んで、なんとか鍵を閉められた。

 

 ……よかった。助かった……シャワールームの壁に寄り掛かる。

 水滴が背中についているがどうでもいいことだ。

 がちゃがちゃとドアノブは回ってたが、やがてその音は小さくなり、動きは止まる。

 

 後は待っていれば……

 

 

 

 

 

 ――かちゃり……。

 

 

 

 

「え……?」

 

 

 今、この状況で一番聞きたくなかった絶望的な音。

 それと同時に、ぎい、という心の奥底から震え上がらせるほどドアの軋む音が心臓を突き刺す。

 

 そして、開いた扉から伸びる影は。

 二丁の洗剤を握りしめ、エプロンポケットにはたくさんのぞうきんを入れた男だった。

 さらに、三角巾を頭に、口にもマスクをつけた清掃委員の最終形態が立っていた。

 

 

 

「七島さぁん……」

 

 

 

 笑った目元の白河。白いマスクがにやりと波立った。

 マスクのせいなのか白河の声がおぼろげに思えた。

 恍惚とも言えない怪しげな瞳が…………俺を仕留めた。

 

 

 

「綺 麗 に し  ま  し ょ  う  ね ?」

 

 

 

 

 ああ、これは、どうすれば。

 

 とにかく、俺は逃げなければ……だ、だけど、逃げられない。

 

 

「しっ、白河! 俺が悪かった!! 今度からYシャツは週一で洗濯するから許してくれ!!」」

 

 

 それでも白河の歩みは止まらない。一歩、二歩と近づいてくる。

 壁際に追い詰められ、俺は靴を滑らせながら尻餅をつく。

 

 逃げられない。

 俺は逃げられない。逃げられないのか。

 いや、逃げなきゃダメなんだ。いつもそうしてきただろう、と誰かの声が聞こえる。

 

 

 ――お前は自分の感情も意志にも。真実にも逃げてきたのだから。

 

 

 逃げなきゃ。

 

 

 逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃげなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃげなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃげなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃげなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃげなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃげなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃげなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃげなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ……

 

 もがけども、俺は壁際に追い込まれるだけ。

 手が、足が重い。泥沼に沈んだかのように動けない。

 

 

 

「逃げさせてくれぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 声を振り絞ると同時に、白河が口を開いた。

 

 

 

 

『 おい、七島ぁっ! 』

 

 

 怒声だった。

 白河から発せられたら間違いなく怖いと思っていた。

 だけど、この声は、懐かしく一番聞き覚えのある……

 

 瞬間、俺の瞳の中に映る世界は、ぐらぐらと揺れていく――

 やがて、静かに暗くなっていき―――

 

 

 

 

 最後に、暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Chapter3 21gを賭けた宣戦布告

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「七島っ! しっかりしろ! おい?!」

 

 

 

 

 暗転した世界のまま、声だけが聞こえる。

 体を揺さぶられ、ゆっくりと目を開けるとそこには……。

 懐かしい姿が二つ現れて、俺はぱちぱちと瞬きをした。

 

「萩野……!? 天馬も……な、なんで」

「お、おめーな……ワケは自分の腹に手をあてて、よーく聞いてみろ」

「は、腹? 胸じゃなくて?」

「ええと、萩野くんが言いたいのは……3日間寝ず食わずで引きこもったら、どう考えても倒れるだろ……って言いたいんじゃないんかな?」

 

 3日間。あまり日にちのことを考えていなかったが、そこまで経っていたのか?

 喉の渇きだけを潤すために、ペットボトルの水を飲んでいた記憶はあるが……。

 眠っていた場所も、部屋の床の上だ。今まで書いた書もあちこちに散らばっている。

 さっきのって、夢だったのか……ずいぶん、生々しかったけど……。

 

「あれから、おめーが意地張って籠城してたからさすがに俺も痺れを切らしてよ……だから、マナクマに頼んで開けてもらったんだ」

「コロシアイで餓死なんて死因はつまらないだろ……って言う理由はどうなのかな?」

「しょ、しょーがねーだろ!? シャクだけどアイツのご機嫌取らないと入れてくれないからよ!」

 

 粗削りな頼み方だったんだな……。

 萩野の顔を見てホッとする反面。

 

「お、おいおい。どうしたんだよ、おめーら……なんかあったんか?」

「……? どうして? 特になにもないよ?」

 

 天馬の顔を直視できず、萩野に困惑されてしまう。

 


 

「……七島くん?」

 

 俺は、その手を取れなかった。

 いつの間にか天馬の横を通り過ぎて、部屋へと向かって走り出した。

 天馬の顔は見えなかった…………いや、見たくもなかった。

 


 

 

 ……銭湯前での出来事は俺の記憶に新しい。

 頭を軽く振りながら、俺は別の話題を探す。

 

 

「な、なあ。みんなはどうしてるんだ……?」

 

 

 萩野は無表情のまま頭を掻き、天馬はスカートをぎゅっと掴む。

 言葉が一気に詰まって、俺は目を伏せてしまった。

 

「俺のこと、なにか言って……るわけがないか……」

「あのな、言っただろ。俺はおめーのことを信じているぜ……おめーが違うっていうなら、俺はその言葉を受け止めるだけだ」

「私も七島くんを信じるよ。七島くんが自分が犯人じゃないって思い続けるなら」

 

 萩野と天馬の言葉に少しだけ今までずっと張られていた涙の膜が壊れかけるが、慌てて目をぎゅっと閉じてすぐさま開く。

 

「……ありがとう、二人とも」

 

 だけど、俺は……2人を頼って大丈夫なのだろうか。

 いや、“俺が”この2人を頼っていいのだろうか?

 俺は自分自身も信じられない。

 そもそも、なぜ俺の持っていたメモ帳と、大豊たちに送られたメモが一致するのかも分からない。

 

「でも、他のみんなは……」

「言うほど八方塞がりじゃねえよ? 大豊は仕方ねーけど……でも他はわりと心配してたぜ? 角はおめーのために羊羹クッキーを作ってくれたんだぞ」

「羊羹クッキー?」

「変な名前だけど、わりとうまいぜ? 食え食え」

 

 そういって、萩野が差し出したクッキーはたしかに羊羹が埋め込まれている。

 思わず、ぐう、と腹が鳴り、俺はおずおずとクッキーを食べる。

 噛みしめると、クッキーの芳醇な香りと濃厚な羊羹の甘味が広がり顔が綻ぶ……本当に不思議な感触だけどクセになるかもしれない。

 

「だから、あんまり悩むな。正直おめーだけでも、引きこもりをやめさせないといけねーからよ」

「……どういうことだ?」

「七島くんだけじゃない。紅さんもずっとこの調子なんだ」

 

 紅――そうだ。俺と同じように糾弾されて倒れた彼女。

 井伏と円居を死に追い込んだ原因とされてしまって、和を乱した中心人物だと言われた彼女。

 

「紅は……大丈夫なのか?」

「おめー、人の心配するよりもなぁ……アイツはドアをノックしたら開けて顔は見せてくれるぜ。ただ、やっぱり飲み食いが全然でな……一言も話してくれないし、一歩も外に出やしねえんだ。ま、おめーはよかったよ。なんだかんだ言って元気だ」

「白河くんも心配していたよ。裁判すぐで頭が興奮状態で、考えもなしに責めてしまった……って」

「しっ白河!? あ、あいつは俺の部屋の掃除をしようとして……って言うかなんで鍵のかかったドアを開けて……っ!」

「…………おめー、頭大丈夫か?」

 

 ……あれは夢だったのか。

 疲れが溜まっていたにしろ、見るのがあんな夢とはついていない。

 ふと視線を変えると、天馬は俺の書をまじまじと見つめている。

 そして床に放り出された書を手に取って……そうだ。あれは、ここに来てから一番最初に書いた……

 

「ひさかたの 光のどけき 春の日に……紀友則の歌だね」

「あ、あの……これは……あんまりうまくないから……ショックが大きいときに書いた作品だからその……感情丸出しっていうか」

「…………なんだか、不思議。七島くんの字を見ていると……私……心が包まれる気分になる」

「それは俺も一緒だ。言葉では言い表せないものがパッて浮き彫りになってるって感じがしてよ。すっきりするんだよな」

「そ、そう……なのか?」

 

 うーん、よくわからないな。

 自分に言われる書の感想が、だいたいそのようなものだ。

 これは抽象的を、褒められているのか貶されているのかよく分からなくなるから、あまり素直には喜べないんだよな。

 ふと今度は萩野が何枚か半紙を取って、その字を読みあげた。

 

 

 

 

「ええと、これは…………藤沢、峰子……?」

 

 

 

 

 ……ああ、そうだ。これは……。

 萩野はさらに他の半紙に目を移す。

 

 

「これは四月一日卯月に、井伏歩夢……円居京太郎……」

 

 

 だんだんと噛みしめるような口調になっていく萩野。

 最後の円居を読んで、唇を血が出そうなほど噛みしめる。

 

「……おめー……引きずってんのか?」

「ううん。きっと七島くんは……覚えていたいんじゃないのかな」

 

 

 突然の天馬の言葉に心臓が跳ねあがった。

 

 その言葉、その通りだったからだ。

 

 萩野が俺の反応に気付き「そうなのか?」という視線を投げた。

 この文字は彼らが殺し、殺されたという苦しみ、憎み、悔しさはない。

 

 

「……ただ、名前や存在を心の中で覚えているだけじゃダメなんだ」

 

 

 藤沢の甘く茶目っ気の溢れる声や、四月一日の力強い扇動。

 井伏の爽やかな笑顔も、円居の明快な高笑いも……。

 すべてが、過去のことで返ってはこない。

 

「それだけじゃ、きっと、どこかある拍子でぽんと忘れちゃう気がして……俺はそれが怖いんだ。だから、その時に感じた思いとか、気持ちや……やりきれなさとか……全部、覚えていたいんだ。思い出したいんだ」

「だから、書に残しているんだね。その思いを名前に託して書くことで……」

「それを見るたびに、思い出す……っていうわけか……」

 

 

 萩野は“藤沢”の沢のさんずいの点の一つをなぞりながら呟いた。

 

 俺は弱い人間だ。

 こうしていないと、ふとした拍子で忘れてしまうような気がする。

 その弱さが天馬たちに暴かれたようで、心臓の中心が恥辱に塗れるように重くなる。

 

 

 

「忘れないことって、難しいことだよね」

 

 

 天馬がぽつりと、だけどハッキリとした口調で言った。

 

「だって擦り傷にしても、大きな骨折にしても、余命何ヶ月の病気だとしても、体は少しでも治そうと努力するよね。もとの体に戻るために……脳だってそうだと思う。嫌なことは忘れようって、それぞれ治るスピードは違うと思うけれど、脳や心が自然とそうしようって試みると思うんだ」

「へえ。詳しいんだな、おめー……」

「これは私が勝手に思っているだけだから医学根拠はないよ」

「お、おいおい……でも、言っていることはわからなくはねーけどな」

「だけど、七島くんは癒すことをやめて、その傷を負った原因をずっと心に残そうと思っているんだね」

「ああ、俺はずっと……残していたいんだ。俺は弱い人間だから、そうでもしないと逃げてしまう」

 

 胸の傷痕を。血の匂いを。

 命を散らした仲間たちのことを。

 

 

「ううん、それは違うよ。それができるのは弱さじゃなくて強さだと思う」

 

 

 再び心を見透かされたようだ。

 彼女は穏やかに、だけど真剣な眼差しで俺のことを見返していて臆してしまいそうになる。

 萩野も驚いたようで「強さ……」と反芻するように呟いていた。

 

「……だから、やめさせるつもりはないよ。七島くんの選んだことだから、私はなにも言わない」

「……え? お、おい、マジで言ってんのか」

「うん。でも、七島くんを一人にはしない。私も支え続ける」

「お、おめーらなあ、揃いも揃って……い、いいか、七島、無理はすんなよ! 俺も強くは引き止めねえけど! でも、ぜってーにキャパは超えんな。吐き出すときは吐いとけよ!」

「わ、わかってるよ」

 

 俺がそういうと、「おう」と萩野は頷いて、立ち上がった。

 

「うっし、墨の匂いも悪かねーが、ずっとこの空気は辛気臭ぇだろうしよ……ちょっと換気がてらに出かけようぜ?」

「そうだね。これから食堂で話し合いがあるから。一緒に行こう」

「あ、ああ……」

 

 俺は立ち上がる拍子によろめいて、また膝をついてしまった。

 天馬が手を取ろうとするが、「大丈夫」と言って、ゆっくり地に足をつける。

 まだ純粋に、その手を取れるようになるのは先になりそうだ……。

 

 

 

 

 早速、ドアを開けると、廊下に三つの影を見つけた。

 喋るために丸く円になって集まっているようだが……

 

 

「……は、はむうっ!?」

 

 姿や顔を確認する前に、それは駆け出してしまった。

 あの小さい影と素早さから、あれは……。

 

「大豊か……」

「アンタの姿を見て、逃げ出したっつーわけ。ま、シゴクトーゼンっしょ」

「お、おめーな! そんなキツい言い方しなくてもいいだろ!?」

「いやトーゼンのこと言ってるだけし! 大豊ちゃんじゃなくても、あんなのフレイムボンバー級で怒るっての!!」

 

 真田の厳しい言い方に、俺は肩を落とした。

 だけど、真田のキッとした凛々しい表情が少しだけ緩んだように見えた。

 

「でもお前は……逃げないんだな」

「え? いや……なんていうか、うちの場合は、ちょーっと信じらんないなっていうのはあるから。アンタが脅迫したっていうのは変わりないとは思っている……んだけどさー……夜中にいつも考えるとヒッカカるっつーか、モヤモジャリンっていうかさー……はぁ、よくわかんないんだよね」

「でも……少しだけでもそう思ってくれるなら、ありがたいよ」

「そういうハッキリしないところが、ムカッチーってカンジ! しっかり、自分はチガウって言いきってほしいし! ……って、ハッキリしないのはうちの頭の中もそーか……って、あー、もう! イラつく!」

 

 真田は頭を抱えながら、目をぎゅっと瞑って歯を食いしばる。

 それに対して、十和田がちっ、ちっと舌打ちのような舌の鳴らし方をして、にやりと笑った。

 

「甘いなあ。僕は半分どころか、90%ミドリムシくんが犯人だと思ってるけどねえ? メモの証拠が物語っているんだからさあ。確実だよねえ?」

「じゃあ、残りの10%は?」

 

 天馬がそう言うと、十和田は嫌らしく微笑んでいた口元を真一文字にさせた。

 そうだ。いつも100%嫌味な十和田が90%という数字を出したってことは……。

 

「どうも思わない」

「え?」

「君がメモを送った犯人であろうがなかろうがどうでもいい。そういう気持ちだねえ」

 

 ……ああ、まあ、そんな奴だよな。

 ここまで清々しいまでの嫌味は十和田らしくて逆にホッとしてしまった。

 

 

 

『ようようチェケラ! 脱引きこもりおめでとう! 七島くん!』

 

 

 だが、安堵が墜落させられる声が響く。

 唐突に輪の中から召喚されるように飛び出してきたマナクマだった。

 真田が尖ったヒールを鳴らして、十和田は肩にとまっていたハトをさっと隠す。

 萩野もすぐさま鬼の形相でマナクマに向かいなおった。

 

『お呼びでないみたいな顔だね? でも、ボクはお呼ばれされたいんですよね』 

「ってか紅が言ってたけどよ……おめーじゃないのか? 脅迫状送ったのって……!」

『きょう・はくじょう? なにそれ? 中国の詩人?』

「前回の事件のヤツだ! 大豊や紅に送りつけられたタイプライターで書かれた脅迫状! おめーが書いたんじゃねーのか!?」

『だから、それはオマエラの誰かがやったことでしょ。ボクは知らないよ……うぷぷ』

 

 そういったマナクマの言葉に、また俺に視線が突き刺さる。

 それは、真田と十和田のものであることは、彼らの顔を見なくても分かる……。

 

「……それで、そんなことを言うために、やって来たの?」

『おっと、珍しく良い質問だね。アンラッキーガールの天馬さん! ボクがやって来たのは他でもない、これを七島くんに渡すためだよ!』

 

 そう言って、マナクマが俺にぽてぽてと歩み寄って、「はい」となにかを渡す。

 弁当箱サイズの透明な箱だが……透明の蓋越しに中身を見ると、そこに入っているのはトンカチやハサミ、ドライバーやペンチ……ということは。

 

「“工具セット”か?」

『それ以外になんだと思うの? ボクからのプレゼントです! オマエラよくここまで生きてこられたね記念というわけでね……これで更なる殺し合い生活に花を咲かせちゃってくださいね! うぷぷぷぷ!!」

 

 愛らしい声で殺伐としたことを言いながら、マナクマはまたぴょいんという変な音と共に消えてしまった。

 相変わらず、こいつの思考も行動もまったくもって理解ができない……。

 萩野が俺の手元にある工具セットを見て、足をどんと踏み鳴らす。

 

「ったく、それ俺も渡されたけどよ……なんのつもりだ、アイツは! エサを与えて見世物にしようってのか!? 俺らは動物園のサルじゃねーんだぞ!」

「またまだ私たちにコロシアイをさせる気満々みたい……たしか女子には“裁縫セット”が配られたんだよね。針とか断ち切りばさみとかが入った……」

「そーそー。うちは、もう自分の持ってるから、ぶっちゃけいらないんだけどさー」

「チッ、腹立つけどよ、とりあえず今は食堂に行こうぜ。みんな集まってるから……あー……でも、みんなっていう言い方はあれか……」

「なんだよ、便所が詰まったような言い方しちゃってさあ」

「まっ、行きゃわかるぜ」

 

 萩野は多少、苦笑と疲労が混じったような顔立ちで頬をあげる。みんなとは言えない……か。

 多少は予想はつくが、食堂に行ってみよう。

 

 

 

 

 

「ごきげんよう十和田さまに真田さま…………あ。ああっ! 七島さまっ!? ご無事でなによりでございますぅぅ~!!! よよよ、こんなにお痩せになって……」

 

 食堂に着くと真っ先に涙目の角が飛ぶように走ってきた。

 ……俺、そんなに痩せてたっけ?

 

 それに合わせて、別の白い影も近寄り……って。

 

「――っ! し、白河っ!!」

「お元気そうで良かったです、七島さ……あの、私の顔になにかついていますか?」

「い、いや、べつに、なんでもないよ……」

「……今は我慢しましょう。ただし。今回の話し合いが終わったら、まずはシャワーを」

「シャワールームは勘弁してくれ!」

「銭湯のことですよ。とにかく早く話を済ませたいのでみなさん座ってください。私の掃除魂が爆発する前にね……」

 

 やはり、あれは夢とはいえ予知夢に近いものだったのだろう。

 明らかに我慢していることが分かる。

 これから、俺はどうなってしまうのだろう……うう……考えるだけでぞっとする。

 

 俺たちは食堂に各々席に着いた。

 隣には萩野と天馬、白河がテーブルの中央の位置で座り、角や真田もその近くに座る。

 十和田は俺たちのグループからやや離れた個別の椅子に、めんどくさいと言わんばかりのオーラでで座った……。 

 それにしても、こんなに少なかったか?

 

「今、いないのは黒生寺さん、大豊さん、ランティーユさん、錦織さん、紅さんですね」

「うっわ、集まりワルすぎっしょ……」

「いえ、先ほどまで、ランティーユさんはいました。ただし……萩野さんたちが七島さんの様子を見てくると言った時点で席を外されました」

「つまり、それって」

 

 白河に尋ねると同情も嘲笑もない、平坦とした眼差しが俺にかざされる。

 

「七島さんと一緒にいたくない、という意味でしょうね」

「おめー、そろそろオブラートってのを覚えたらどうだ……!? ってかランティーユのヤツ、アイツも結構陰湿だな……!」

「まあ、その意見は納得できるねえ。こんなサービス残業と同じぐらい役に立たない集まりなんて参加したくないからさあ」

「では、帰っていただいても構いませんが」

「あ? そう? じゃあ、お先に失礼しましたあ」

「い、いけないのでございます! みなさま! お話いたしましょう! もうこれ以上、みなさまがバラバラになったら、芙蓉たちは……芙蓉たちは一体、どうなってしまうのでございましょうか……」

 

 角の涙声に、みんなは軽く息を飲んだ。

 これ以上、ばらばらに……。

 たしかに、今の状況は過去最低ともいえるほどだ。

 俺のせいだ、と思っている者もいるかもしれないが……

 その空気に耐え切れなかったのか、十和田は忌々しげに溜息を吐きながら椅子に座りなおした。

 

「それでは、七島さんのためにもお知らせしましょう。みなさんご存知の通り、3階が開放されました。角さんと確認したところ、3階は美術室と家庭科室に娯楽室、さらに技術室がありました」

「娯楽室以外は微妙なんだよなあ」

「微妙とは言いますが、問題は技術室です」

 

 白河は改まったように姿勢を正して言葉を紡ぐ。

 

 

「あそこに、実銃が四丁ありました」

 

 

 実銃――その言葉に食堂の空気ががらりと変わる。

 厳粛な、軽い冗談を言えないような雰囲気だ。

 

 

「間違いなく、実弾も込められていました……みなさんに言うのも難なのですが、真実もお話しておきましょうか。あそこに黒生寺さんが訪れていました」

 

 

 実銃と黒生寺。

 その言葉の組み合わせを俺たちは聞きたくなかった。

 彼の生来の性格を見ていることも相まって……身の毛がよだつ思いが湧きあがる。

 

「私たちが見かけるや否や、足早に去っていきました……そして、案の定、既定は五丁ある拳銃でした。それが四丁しかなかったという点で……」

「あのゴキブリ……やっぱり、どこかで殺虫すべきだろ。そろそろアイツ誰か殺るんじゃないのかなあ」

「それはないと思うのでございます! そのようなことを黒生寺さまはなさいません! ただ……いまの黒生寺さまの怒りは不安定ではあるのは確かでございます……でも、その時には芙蓉が戦って無力化させるのでございます」

「ちょ、ちょっとそれはナシだよ! 角ちゃんがバトる必要はゼロっしょ!?」

「止めないでくださいでございます、真田さま」

 

 真田が慌てて止めようとするが、角の一段と落とした声色。

 俺たちはストップモーションがかかったように、その場で体全体が硬直してしまう。

 

 

「芙蓉は決めたのでございます。これ以上、人が人を殺し合う絶望的な状況はあってはならないと……心配はご無用でございます。芙蓉は必ずしも黒生寺さまを更生させてみせましょうでございます!」

 

 

 角は花が咲いたように、ぱっと朗らかに笑った。

 愛らしいのに、なぜか頼もしいという思いも出てきてしまった。

 白河はそんな角を傍目に「とにかく」と一息を吐く。

 

「気になる点は以上です。各自注意していきましょう……それと、七島さんに一応は信用を寄せている方は、ここにいるみなさんということで意義はありませんね? 十和田さんも」

「信頼じゃなくて、今まで通りと言ったところかなあ? そいつの悪意が本当なら今すぐにでも墨汁を髪にひっかけてやりたいけどねえ……こいつの反応が微妙だから、僕もなんとも言えないんだよねえ」

「あくまで、中立といったところでしょうか」

「ふん、当たり前だろ? まあ、これからも殺されないようにするまでだけどねえ?」

 

 十和田がくつくつと笑っていると、ばん、と鋭い音が弾かれた。

 「ちょっと!」という声付き――真田が自分の拳でテーブルを叩いた音だろう。

 

「アンタさ……なんでそーやって、いつもいつもそんな自分勝手なこと言うワケ!?」

「ああ? うるっせえなあ、鼓膜破れたらどうすんの? 慰謝料払ってくれんのか?」

「アンタが黙れっつーの! 空気ワルくなってる自覚ないの!?」

「うっぜえなあ……そういう正義面、やってて疲れない? すっごく不快になるんだよねえ」

「セイギヅラなんてしてるかっつーの! うちは、タダシイことを言ってるだけだしっ!」

 

 真田が噛みつくように歯を剥き出しにするも、十和田はうざったそうに見るだけだ。

 話をする価値もないというような目つきだ。

 大丈夫だろうか……と思った矢先に俺の左腕に重みがかかって……

 って、あれ? なんだ?

 

 掴まれた手は心霊写真で見るような青白いものだった。

 なんだか、デジャヴュ。この手は夢でも見たような。

 

「な、なんだ、し、白河っ?」

「わかりました、喧嘩はお二人でやっていてください。今回の話し合いはこれで終わりです。だから七島さん。あなたは風呂行きです。もう我慢できません」

「うえっ!? そ、そんな、ちょ、ちょ待っ」

「待てるか」

 

 乱暴にぐいと腕のYシャツの袖を引っ張られる。

 かかとで踏ん張ろうとするも、ずるずると無情にも引きずられていく……いったい、どこからこんな力が出るんだ。

 萩野や天馬、角の憐れむような顔、真田や十和田の呆れたような視線。

 それを一斉にシャワーのように浴びながら、俺は売り飛ばされる子牛の如く連れて行かれたのであった……。

 

 

 

 閑散とした脱衣所で、俺は木製のベンチに座らされる。

 白河だけが仁王立ちで威圧している空間。

 なんかこの状況、夢の続きを見ているようだ……

 

「さあ、七島さん早く脱ぎなさい。抵抗したら脱がします。そうじゃなくても脱がします」

「い、言われなくても……」

 

 うう……こんなやり取りしたくなかった……。

 Yシャツのボタンを外して脱ぐと、すぐさまそのYシャツは白河に取り上げられた。

 白河は銭湯のロッカーを開こうとした……が、なにかを見つけたのか首を傾げる。

 

 

「……? どうしてこれだけ鍵がかかって……おや?」

 

 

 この銭湯のロッカーは昔ながらの松竹錠――番号板を差し込んで開閉ができるタイプだ。

 白河の小声の言う通り、1つだけ板がないロッカーがあった。

 不審に思ったのか、白河が手をかけると……きぃ、とそれが開いた。

 

「あれ、開いたのか? 鍵ないんだよな?」

「え、ええ。そうみたいです。壊れていたのでしょうか?」

 

 白河は困惑しながら、ロッカーの中身を確認している。

 俺も一緒に覗き込もうとしたが、白河に「ちょっと」と凝視される。

 

「なにをしているんですか? 私が確認しますから七島さんはさっさと垢まみれの薄汚れたズボンを脱いでください」

「え、ええっ!? だって俺も気にな」

「いいから脱げ」

 

 は、はい……。

 ベルトに手をかけながら、白河の動向をこっそりとチラ見する。

 取り出したのは薄いなにか……ノートパソコンか? どこかで見覚えがあるような。

 黒いノートパソコンで、希望ヶ峰学園と書かれたシール。

 白河がそのノートパソコンを開き、電源を付けると……。

 

 画面に映し出されたのは、丸い半分は白色、半分は桃色の球体。

 そして、すぐさまぴょこんと垂れた耳がつき、丸い目がぱちぱち、と瞬きする。

 その瞳は片方は温和な黒い目、もう片方は純朴だが見るたびに忌々しく思う青い瞳。

 どこからどう見ても、ウサギのマスコットで、それは……。

 

 

『ふぁぁ……あれ、もう時間? おはようございまちゅ。錦織ちゃ……きゃ、きゃああああっ!!!!??』

 

 

 愛らしい声……は束の間。突然甲高い悲鳴が上がる。

 白河もさすがに驚いたのか、両肩を震わせた。

 

 

『と、殿方の半裸ぁぁ!? ほわわわっいけまちぇーーんっ!! お付き合いまで行っていないというのにぃぃぃっ!! っていうか、あちきには先生という人がいるんでちゅぅぅっ!!』

 

 ……ん? 半裸って、俺のことか?

 それを聞いて、白河が俺を振り返り、ロッカーの中に入れたYシャツをひょいと返してくれた。

 そして、俺を手招きして耳打ちをしてきた。

 

 

 

「七島さん、お風呂は後にしましょう。他のみなさんを呼べるだけ呼んできてください」

 

 

 

 彼はさらに声を潜めて、次のことも付け足した。

 

 

 

「錦織さんは呼ばないように」

 

 

 

 

 食堂で見つけた萩野と天馬にも頼んだ結果。

 銭湯に集まったのは、先程の角と真田。って、なんだかんだ十和田も来てるのか……

 天馬と嫌そうな顔しながら喋っているから、少しは集団行動にも慣れたのだろうか?

 さらに、この場にいたのは……。

 

「ウーララ、ムッシュ!? なんでいるんだい!?」

 

 ランティーユだった。

 まさかいるとは思わず、俺も目を見開いてしまった。

 

「ランティーユこそ……」

「こっ、こそってなんだい?! ぼくはマダム天馬に『集まって』って言われたから来たんだよ! ……ムッシュ……マドモアゼルを泣かした恨み、ぼくは絶対に晴らして見せるからな」

「ら、ランティーユ……その」

「マドモアゼルは、ずっと元気がないんだぞ! だから、ぼくは君にデュエルを申し込んで」

「ランティーユさん、七島さんが嫌なら帰っていただいてもかまいませんよ」

「そ、そうだ! こんなところ一刻も早く……と、とは言うものの……話はすごく気になるよ……」

 

 ランティーユは恨めしそうに白河を見たので、さっそく、彼はパソコンのキーボードを触れる。

 『あなたは誰ですか』と白河がタイピングした。

 すると、画面の中のウサギはくるりと一回転した。

 

 

 

『あちきは……“マナミ”でちゅ!』

 

 

 

 そういって、にっこりと笑うが……

 俺たちの反応を察したのか、しょんぼりと悲しげな顔になり、頭に毒々しいキノコが生えた。

 

 

『……あ、あれ……感想はなしでちゅか? まあ、なんとなーくビミョウな反応になるのはわかってまちた……あちきだって全国のマナミさんに土下座したい気分でちゅよ……』

 

 このようなウサギのマスコットを俺たちは知っている。

 

「これってさ、アルターエゴじゃない?」

「そうでございます! 芙蓉たちをサポートしてくださったアルターエゴさまでございます!」

 

 アルターエゴ。

 俺たちのOBである超高校級のプログラマーが作り上げた、人工知能を持つプログラムだ。

 学園内でも授業の一環としてこれらのプログラムが活用され、勉学や学園の統制まで様々な機会に利用されてきた優れものだ。

 特にこのウサギのマスコット・ウサミや、超高校級のゲーマーと謳われた七海千秋などは希望ヶ峰学園とも関係が深い未来機関の重要なプログラムとして知られている。

 

 白河はそんな話のなか、「アルターエゴ?」とまたキーボードに入力する。

 

『そうでちゅ! と言いたいところでちゅが、やっぱり違いまちゅ! アルターエゴとはちょっと違うんでちゅけど、あちきは、“先生”に再構築された人工知能プログラムなんでちゅよ! えっへーん!』

「先生? ……いったい誰のことだい?」

 

 ランティーユが呟くも、マナミは嬉々として鼻歌を歌うだけだ。

 タイピングを介さないといけないみたいだな。

 

 最初に見つけたときも『先生』のことを言ってたよな。

 ここでふとある情報が、俺の頭の中に過った。

 


 

 2人目は、生徒ではなく教師だ。

 ヤツは、“元・超高校級の怪盗”

 詳しいデータは全くもって不明。名前も顔も経歴もデータが見当たらなかった。

 


 

 

 

「あ、あの、ちょっといいか?」

 

 俺は白河に代わってもらって、タイピングを始める。

 愛らしい瞳。だけど、その片方の目は……水色……。

 

 

 『その先生は、“超高校級の怪盗”か?』

 

 

 たどたどしく打ちこみ、エンターキーをかちりと押す。

 しばらくマナミは首を傾げていたが、突如「ほわわわっ!」と悲鳴をあげる。

 

 

『あ、あわわわっ! どういうことでちゅか?! な、なんでそんなこと知ってるんでちゅか!!』

「お、おいおいどーいうことだ七島!? 怪盗って……!」

「実は……前回の裁判後に円居からメモをもらって……そのメモを頼りに彼がまとめた作文を見つけたんだ。そこに書かれていたのは……学園長や学園管理者、つまりコロシアイ学園生活を生き残ったメンバーの消息が不明になっていること。それと、今、この学園内に……超高校級の罪人と呼ばれる生徒と、超高校級の怪盗という教師がいるらしいことが分かったんだ」

「な、なんだってー! でございます!?」

「学園長がいない……多少は覚悟していましたが……まさか他にも人がいたのが本当だったとは」

「でもさあ、ミドリムシ嘘ついてるんじゃないの? いま、好感度最悪だから必死にゴマすってるだけだろ?」

「い、いや、実際に作文はあるんだ。ほら……ここに」

 

 俺は円居の書いた原稿用紙をみんなに見せた。

 罪人? 怪盗? と疑念の声が次々とあがる。

 波紋が広がったが、人数が人数ですぐさま収束する。

 

「つ、つまりさ、このマナミちゃんは、ウラギリモノってことー!?」

『ちゃ、ちゃん付けありがとうございまちゅ! でも、違いまちゅって、裏切り者じゃありまちぇんって! あちきは確かに先生に作られたAIでちゅけど、そういうわけじゃないんでちゅよ!?』

「あれ? 今、真田さんの音声に反応した……?」

 

 天馬の声に、マナミが「はうっ!」とまた奇声をあげる。

 そうだ! 今、真田はなにも打ってないのにマナミは反応したぞ!?

 

『し、しまった!! 万が一、別の人が来ても錦織ちゃんにタイピングだけで会話するようにって約束されてたのに! そ、そうだ、今のは聞かなかったことにしてくだちゃい! みなさんの気のせいでちゅ! 忘れて忘れて忘れてフラッシュでちゅ!』

「なるほどねえ、アイツ情報を一人占めするつもりだったんだあ? あんなに『司書だ』ってお高く止まっているクセして姑息じゃないかなあ? あのネクラヘビオンナ」

『オクラベビーゴンザ……って誰のことでちゅか?」

「……やっぱり、聞こえてるみたいだね」

 

 天馬の声に、またマナミが「うううぅ……」と呻き声をあげる。

 っていうか、あまり賢くはなさそうだな……。

 白河がもう一度、タイピングを試みようとしたが、キーボードから手を離して溜息を吐いた。

 

「それで……あなたの言う先生というのはどういう方なのですか?」

『そ、それは……さすがに言えまちぇん……だって、錦織ちゃんとの約束は絶対でちゅから……』

「せめて、名前だけでも教えていただけませんか?」

『ううう……それもそのぉ……ええと……そっ、そうだ、超ハンサムなんでちゅよ! それに優しくて笑顔がチャーミングで、あちきがらーぶらーぶしている先生でちゅ!』

「全然わかんねーよ! ってか、おめー、やっぱりマナクマの手先じゃねーのか!? そうやって誤魔化す辺り怪しさマックスじゃねーか!」

「そもそもコンピューターごときが恋するっていうのが痛々しいねえ? ウサギだから許そうかと思ったけど、全体的にうざったいなあ。爆発四散していいよ?」

『うっ!? うぇえぇん!? ひどいでちゅー! せんせー! あちきこの子たちの相手するのイヤでちゅー!!』

 

 マナミはさめざめと泣き始めた。

 泣かせるのは難だが、めちゃくちゃ怪しいのは間違いないんだよな……。

 

 

 

「みなさま、おやめくださいませ!!」

 

 

 

 ここで全員の声、マナミの啜り泣きを遮ったのは凛々しい声。

 ……角であった。

 なんだかさっきから角の声は、鶴の一声みたいだな。

 

「マナミさまは悪者ではないのでございます! なぜなら……彼女は“選ばれし戦士”なのでございます!」

「……はあ?」

『ほ、ほえ、あちきが、セ、センシ……?』

「いいですか、みなさま! 括目するのでございます! このマナミさまのお姿を!」

 

 改めて、マナミを見ると……一応、体型は資料でも見たことがある、ウサミと一緒でフリフリの服装を纏っている。

 ただ、俺にはよだれかけのような服しか見えないんだが。

 さらに、奇妙なハテナマークのような形の赤や黄色の宝石で装飾されたステッキを持っている。

 

「このステッキ! このコスチューム! これは、どう見てもマナミさまは魔法少女である証でございます! もしや、マナミさま、あなたは……マジカル★マナミ、でございましょうか!?」

『え、えっと、なんでちゅか? マジカル……なんでちゅって?』

「……こいつですらちょっとヒいてねーか?」

『え、えーと、角さん? 魔法少女って……なんでちゅか?』

「魔法少女は強く、可愛く、優しくをモットーにした正義の味方でございます! そして芙蓉は……おっと! みなさまには内緒なのでございますが、マナミさまは同じ道を志す資格がある少女なのでございます。特別にお教えいたしましょう! お耳をお貸しくださいませ!」

 

 そういって、角はパソコンの前に立ってひそひそと話す。でも、まあ……内緒と言えども、俺たちもわかっているんだけどな。そもそも彼女の才能だし……

 超高校級の魔法少女。自由時間で知った二つ名は、フラワー……えーと、なんだっけ。

 俺が考えている間に、マナミから驚嘆と歓喜が混ざった声があがる。

 

『え、ええぇぇええっ!? すごいでちゅ! 角さんって、フラワ』

「ふふっ、みなさまには内緒でございますよ?」

『あっ、は、はいっ! でも、どうしてあちきが、魔法少女に……』

「マナミさま、魔法少女になるにはもう一つ、大切な心があるのでございます」

『な、なんでちゅか?』

「それは、愛でございます」

 

 角はそういって、自らの膨らんだ胸にとんと手をあてる。

 なぜか、彼女の背景にシャボン玉や、光の反射のキラキラが浮かぶのは気のせいだろうか。

 

「マナミさまは、先生のことが大好きでございますか?」

『もちろんでちゅ! 先生はいつもあちきといっぱいお話してくれて、たくさんいろんなことを教えてくれて、あちきのことも、大切な娘のようだって言ってくれて……だから、大好きなんでちゅ!』

「まあ、素敵な先生でございますね! 芙蓉もお会いしたいのでございます! この学園にいらっしゃるのでございましょうか?」

『……きっといるはずでちゅけど……あちき……知らないんでちゅ』

 

 ふとマナミの顔がどんよりと悲しくなるのが分かった。

 今までの意固地に知らないと言っているものではない。

 本当に知らなくて、困っている。という雰囲気であったように見えた。

 

「そうでございましたか……それではマナミさま、このままでよろしいのでございますか? 先生にお会いしたいでございますか?」

『……あちき……もちろん会いたいでちゅ! 先生とまたお話したいでちゅよ!』

「そう! その心でございます!」

『ほわっ、なにがでちゅか!?』

「相手のことを思いやり、尽くしたいという強い思い。優しい魂。すなわち愛こそが、魔法少女の最大の武器であり、証なのでございます! つまりマナミさま、あなたも魔法少女でございます!」

 

 ……なんだか、趣旨変わっていないか?

 白河も彼女のペースにいまいち割り込めず、彼女たちの話を仕方なしに聞いているようだ。 

 

 

『本当でちゅか!? あちきも、フラワー・フローラになれるんでちゅか!?』

「フラワー・フローラは、フラワー・フローラの、マナミさまは、マナミさまの強さを得られることができるのでございますよ。マナミさま、いえ……マジカル★マナミ!」

『わーい、やりまちた! あちき、魔法少女でちゅ!』

「おっと、喜ぶだけじゃダメでございますよ。魔法少女としてきちんと様々な鍛錬をこなしていきましょうでございます! この鍛錬の繰り返しも、魔法少女の使命の一つでございます!」

『あいあいさーでちゅ! 先生のためなら、この身を惜しみまちぇん!』

「そう! その意気でございます! マナミさま!」

 

 

 

「…………なに見せられてんの、僕ら」

 

 

 十和田が小さく吐き捨てたが、俺も同意見だった。

 二人には幸い聞こえなかったようだ。いや、聞こえていないのか?

 天馬が少しだけ羨ましそうに角を見て、少しぱちぱちと拍手するように手を軽く叩き始めた

 ……まさか、仲間に入りたいのか?

 

『あ……でも、こんなことしてたら、錦織ちゃんに怒られちゃうかもしれまちぇん……ばれちゃったら、あちき、スクラップになっちゃうかもしれまちぇーん!』

「そうなる前に、芙蓉が守るまででございます。錦織さまはいらっしゃる時間はご存じでしょうか?」

『夜の8時から10時の間にやってきまちゅ! ……錦織ちゃん、ぴりぴりしてまちて……図書準備室に監視カメラが設置されるってマナクマに言われたのと、電波が悪いからって、慌ててこっちに来たんでちゅ……』

 

 そうだったのか……だから、この銭湯のロッカールームに隠したんだな。

 もしかして、錦織は俺が作文を見ているときに、隠しに来たのだろうか。

 ちらりと萩野が腕時計見遣った。

 

「今は……7時半だな。そろそろ出たほうがいいんじゃねーか? アイツになにか言われるとまた厄介だしよ」

「そうしましょう。みなさんも……錦織さんには内密でよろしくお願いします」

「では、マナミさま。またお会いしましょう!」

『はいでちゅ! みなちゃんも頑張ってね! こまめな栞は忘れないでね!』

 

 そういって、ぞろぞろと俺たちは銭湯を後にした。

 結局、マナミって……一体何者なんだ?

 でも角が仲良くなってくれたみたいだから、重要な情報は出てくるかもしれない。

 ……ちょっとしたこれは、"希望"なのかもしれないな。

 

 でも、一つだけ『ある疑問』も浮かび上がった。

 

 何故、錦織はマナミのことを俺たちに伝えなかったんだ?

 

 

“なるほどねえ、アイツ情報を一人占めするつもりだったんだあ?”

 

 

 ……十和田の言葉が過る。

 たしかに、これじゃあ、俺たちから隠そうとしているようではないか……?

 

 

 

 

 

 食堂に再び戻って俺たちは一息を吐く。

 萩野が、「んー」と伸びをして、リラックスしながらにっと笑う。

 

「あー、腹減った。なんか食ってくっかなーっと!」

「芙蓉も明日のために、備えるのでございます!」

「七島くんは、どうする?」

「俺は……」

「おっとムッシュ! さっきのことは忘れたとは言わせないぞ!」

「って、ラ、ランティーユ!?」

 

 そういって、ランティーユが俺の裾を掴んだが――その前に。

 白河が素早く裾を睨みつけたのを俺は見逃さなかった。

 

「ああ、そういえば本来の目的を忘れてましたね。七島さん、ランドリーに行こうじゃないですか……久々にキれてしまいましたからね……」

「ひぃっ!?」

 

 世界の破滅のような地鳴りが聞こえたのは空耳か。

 慌ててランティーユも手を放して、ずざざと、勢いよく後ずさりした。

 

「ラ、ランティーユ!? どこ行くんだ!?」

「武士に二言はないというけど、あいにく、ぼくはフランス生まれの鑑定士だからね! 今日のところはこの辺で勘弁してあげるよ! ご、ごゆっくりぃっ!!」

 

 そういって、ランティーユはへっぴり腰のまま食堂から逃げ出した。

 まずい、このままでは!

 俺は助けを乞うためにみんなの顔を次々に見た。

 

「お、おう! えっと……でも、まあ……死にはしねーだろ! 応援してっぜ!」

「これは七島さまの試練でございます! いつまでも輝く七島さまであるために戦うのでございます!」

「女子に命乞いなんて、ナサケないっての! 勝負パンツでびしっと決めちゃいな!」

「私が行くと洗濯機が壊れちゃうから」

「たっ、他人事だと思って……!」

「でも、汚したのはミドリムシくんだよねえ?」

 

 十和田の正論を受けて、俺はすぐさま項垂れる。

 ……くそ……なんにも言い返せない……!!

 とにかく、今は弁明しなければ! 

 俺は時計を指さして一気に捲し立てるために、少し息を吸う。

 

「で、でも、明日にしないか! なあ、そうしよう!? 今日ではやりきれないと思うから! 夜時間になったらランドリーも使えないぞ!! なっ!? 俺、明日は全力で洗濯付き合うからさ!!」

「……わかりました。たしかに今からでは厳しいですからね。明日の朝のチャイムが鳴ったら、ドアを壊してでも叩き起こしに行きます。覚悟してください」

 

 そういって、白河は冗談ではなく本気の声色でそう言い放って踵を返した……。

 彼の姿が見えなくなって、俺はやっと安堵の溜息を吐いた。

 

「た、助かった」

「いや、おめー、どっちにしろ明日洗うんだろ……」

 

 それでも多少延ばすことができただけで俺は寿命が延びた気分だ。

 安心したら、少しだけ腹が減った。

 でも、ランティーユは結局なにを言おうとしたんだ……?

 俺のことを否定する言葉しか思い浮かばないが……

 

 

「……あっ」

 

 

 天馬が声をあげた。

 またなにか転んだのかと思って振り向くと。

 

 

「あ……ああっ! 紅さまっ!!」

 

 ――紅だって?

 

 振り返ると、たしかに彼女が立っていた。

 思わず息を飲みこんで彼女をまじまじと見つめてしまった。

 皺一つない燕尾服を着こなし、きちんと髪も結ってぴんと立っているが……その目は……虚無。

 角に続けて真田も駆け寄った。

 

「紅ちゃんっ! よ、よかった……出てきたんだね! おなかすいてるっしょー? うちの特製バニラアボカドトースト食べよーよ!」

「心配でございましたが、お顔が見れて安心したのでございます! そうだ、芙蓉のレーズンずんだもちも……」

「…………どうして?」

 

 彼女たちの心配をよそに、紅は一つの言葉を落とした。

 

 

 

 

「どうして、こんな悪人に優しくするの? ……私の父親みたいに」

 

 

 

 この言葉で、俺たちの声を黙らせるのは簡単だった。

 彼女の声に、すべての音が吸収されるようだった。

 俺は彼女の瞳を、顔立ちを見つめる……自信を喪失した惨めな……まるで、鏡を見ているようで目を反らしたくなる。

 

「ああ、七島もいるのね」

「く、紅……あの……その」

「萩野から少しだけ話を聞いたけど私はあなたを怒っていないわ。私はあなたを信じる……まあ、こんな人間に信じられても全然嬉しくないでしょうけれど」

「ちょ、ちょっと……紅ちゃんってば。そんなことばっか言ってると、錦織ちゃんにキャラ被りだって怒られちゃうよー?」

「…………ねえ、十和田」

 

 紅は真田の言葉を聞き流し、十和田にぼんやり向き直る。

 十和田もここで自分の名前が呼ばれると思わなかったのか、狼狽えた表情を浮かべている。

 

「私が立ち直れないぐらい罵ってくれない?」

「え、ちょ、えっ、紅ちゃん!?」

 

 そう言いのけた紅の言葉は震えも淀みもなくさらりとしたものであった。

 彼女は……相当追いつめられている。俺のように、いや、俺以上に……。

 

「井伏と円居、自分の父を殺した最低の女よ。あなたが忌み嫌うべき存在そのもの……しかもこうやって、のうのうと生きているんだから。あなたにとって最高の獲物でしょう?」

「……まあ、そうだねえ。じゃあ耳は塞ぐなよ?」

「あ、あんたさ! 人のこと言える!? あんたが紅ちゃんを罵る資格はないよっ! この犯罪者っ!」

「犯罪者だあ?」

「そーだよ! 万引き犯! ドロボー! アンタが紅ちゃんの悪口言うとか一億光年はや」

「やめてっ!! どうして!? なんで私なんかをかばうのよっ!?」

 

 真田の言葉を遮ったのは、甲高い声……紅の悲鳴であった。

 彼女だったらこの叫びの音階もわかるのだろうか。

 だけど……そんな冷静さも失っているほど、呼吸を荒げ、瞳孔をぎらぎらと開く。

 驚愕の表情の真田を前に、紅は後ずさりをすると、突如腕を抱えて、おじぎをするように90度、前倒れになる……

 そして、微笑とも苦渋とも取れるような唇を歪ませる。

 

「っそうよ……父もそうだったわ、私が全部悪いのに。父が優しいってこと知ってたのに……パパのことが好き。だから、私のことを愛して……なんて言ったら……父は尽くしてくれたわ。だけど、パパは私の願いで苦しんでいた。その罪の意識で死んじゃったわ。あんなことを言った私のせいなのに、パパは遺書に、娘を汚したなんて書いて…………なんで!? どうしてパパは苦しんで死んだのよ、私なんかのために! こんな私のせいなのに! それなのに、井伏と円居が死んで私だけが生きてるなんてありえない! どうして私死んでないのよっ!?」

 

 彼女の吐露を、俺たちは黙って聞かざるを得なかった。 

 痛々しい。

 だけど、俺の心にはその痛みが懐かしくも思える。

 自分なんかが、自分がいなければ……

 自分を責めたてることは、紅にとっては簡単なのだろう。俺も……その味を知っている。

 

「あ、あの、紅さまっ! と、とにかくいったん深呼吸でございます! これ以上、お話したら過呼吸になって……」

「……あっ、……!! だめ、紅さんっ!」

 

 天馬が大きな声を出して、彼女に駆け寄ろうとするがその場で転んでしまい膝をついた。

 紅が手に持ってるのは、あれは……缶切り……!?

 前に井伏が持っていた固定刃型、つまり缶のふたを切って開けるタイプの鋭い刃物で、下手すれば肌も切れてしまうほど鋭利で……

 紅をかばうようにしていた真田が後ろを振り向いた時には、紅は首にそれを押し付けていて――

 

 

「だめだ、紅っ!!」

 

 

 俺が叫んだと同時に、首を引っ掻くような腕の動きだけが見えた。

 

 そして、俺は……

 

 臆病なことに咄嗟に目を背けてしまった。

 

 

 

 その時、背けた視界の中になにかが過ったと思うと、ばざっ、という風を切る音が鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

「お、おい、紅っ!? しっかりしろっ!?」

 

 

 萩野の声で俺は恐る恐る顔をあげる。

 紅は、ぺたんと少女のように膝をくっつけ、ふくらはぎを放り投げるように座り込んでいた。

 赤い痣のような跡を右手に残した姿で目を震わせていた。

 

「ったく、悲劇のヒロインぶりやがって。どこかのお姫様なのかなあ? ……ああ、実際にお姫様かあ? そういう感情ぶっ壊れたところ、気持ち悪いんだよねえ」

 

 十和田が口を開いた。もしかして彼が止めた……いや、彼自身はその場から、動いてないじゃないか。

 床に落ちた缶切りを見ると……白いハトが傍らにいた。

 まさか、あのハトで止めたっていうのか?

 紅は少し腫れた右手を擦るように触れながら愕然としたまま十和田を見つめる。

 

「……どう……して………どうして、私を殺して……」

「殺してくれないことに怒るなんて、どうかしてるよ? ……僕さあ、そうやって死なれるのが腹立つんだよ。自殺が一番嫌いなんだよねえ。自分を殺せる犯罪者のくせして、どうして自分勝手に生きられないかなあって、見ていてイライラするんだよ」

「私は……わた……し……は」

「しかも、僕たちの目の前で死のうとするなんて。やっぱり君は構ってプリンセスというところかなあ? 止めてほしいって願っているのかなあ? それに……その手を痛がっているようじゃあ、本気で死ぬなんて考えてなかったんだろ? そのまま死んでもよかったけど……ったく、それじゃあ、むかつく死に方だよねえ。寝覚め悪すぎんだろ」

「私は……殺人だと思われたくないだけよ……だって一人で死んだら」

「そんなこと自殺するヤツが考えることじゃないんだよねえ。そんなことで死ぬぐらいなら、むしろ」

「おい、十和田っ!」

 

 萩野がその言葉を止める。

 それと同時に紅が床に落ちた缶切りを乱暴に拾おうとするが、今度は萩野が右腕をしっかり掴みあげる。

 

「離してっ! 次の裁判では私を選んでちょうだいっ!!!」

「馬鹿言ってんじゃねーぞ! おめー! ぜってーに離さねーからな! おい、紅……良い機会だ。おめーの自室でいい。ちょっと腹くくって話さねえか」

 

 自室で話す……それを聞いた紅も、俺たちも目を見張った。

 そして紅は観念したように微笑む。

 

「……いいわよ。いくらでもこの命、あげるわ」

「バカッ! そういう意味じゃねえよ!? あのな、紅っ……罪抱えてんのはおめーだけじゃねえんだよ」

 

 萩野の低い声色で、ハッ、と思い出したのは裁判場の光景。

 頭を垂れて、猪鹿の腕を壊したことを苦し気に明かした……あの姿。

 紅も同様だったのか、一瞬だけ唾を飲み、目を伏せた。

 

「不埒な話だけどよ、俺も罪滅ぼししてーんだ……罪滅ぼしなんて馬鹿げた話か。取り返しのつかねえことで、罪がキレイさっぱりなくなることなんてねーのにな……だけど、紅。もう一度、ちゃんと話したいんだ。猪鹿のことや、俺自身の罪のこと……お前と話したいのもあるが、俺も話したいんだよ」

 

 ……紅は肯定も否定もしなかった。

 そんな彼女に対して、萩野はゆっくりと腕を掴んで立たせる。

 

「ま……話す話さないは後だ。まずは部屋まで送るよ。おい、真田もちっと手伝ってくれねーか?」

「えっ、う、うち!? ……今のうちじゃ、あまり役に立たない……かもよ」

「あんだぁ? いつもなら男子と女子二人っきりなんて、ってカンカンだってのによ」

「だ、だって、うちは……」

 

 真田は片腕を抱えながら、眉を潜めている。

 もしかして先ほど、紅に拒絶されたのが効いているのだろうか……?

 

「……真田さんも行ってあげて。紅さんも女性として辛いことがあったはずだから……大丈夫。真田さんの呼びかけはきっと紅さんの力になるはずだよ」

 

 天馬の静かな呼びかけに、真田は目を閉じていたが意を決して、眉をつりあげる。 

 ヒールをこつこつ鳴らして、紅の元へ近づいて、彼女の手をゆっくり取った。

 

「……うん、行こう。うちも紅ちゃんの力になってみせるから……っ! っつーか、萩野、変なコトしたら、あんたの大胸筋にピンヒールぶっさしてやるからね!」

「う、うおっ! それはガチで痛いヤツだろ、おい!?」

 

 紅を連れながら、萩野と真田は歩き出して去って行った。

 彼らが見えなくなって、すぐに十和田が「チッ」と鋭い舌打ちをする。

 

「はあ……なんであんなヤツを助けるのかねえ?」

「萩野さまも、真田さまも面倒見がいいのでございます! 十和田さまもきっと困ったことがあったら、芙蓉も含めて、みなさま助けるのでございます!」

「そんなわけあるかなあ? 第一、子供じゃないんだ。なんでもかんでも助けられるのも、親馬鹿のようにあれもこれもって手を出すのも本当に情けないと思うよ、高校生にもなってさあ」

「……でも、助けを求めるのも、誰かのためを思って手を差し伸べるのって、大変なんだよ。意外とできないものだから」

「はあ、そうかいそうかい。そう思うんだねえ、そうなんだねえ?」

 

 あからさまに聞いてない相槌で十和田は首を揺らした。 

 でも、十和田が言ったあの言葉は、ただので罵倒ではないような……

 

「十和田も……紅のためを思って、彼女を止めたんじゃないのか?」

「はあ? あんな女のために誰が動いてやるかよ。血を見たくなかっただけなんだけどなあ。ただでさえ、最近、血が多いっていうのにさあ。不吉だしさあ」

「……本当にそうなのか? 十和田。そんなことで死ぬならむしろ、なんだったんだ」

「なんのことだよ?」

「さっきの……紅に言おうとしていたことだよ」

「はあ……? むしろ……汚く生きてそのまま寿命で死ね、だよ」

 

 それって……つまり。

 

「天寿を全うしてください、って意味……なのかな?」

「ま、まあ! 十和田さま、慈悲深いのでございます!」

「んなわけあるかよ、お前ら国語習ったことあんのかなあ?! ったく、もういい、僕は帰るよ。あんな女をボランティア同然の無報酬で助けるなんて今日はついてないなあ!」

 

 そういって、指をぱちんと鳴らして、飛んできたハトを肩にのせてのしのしと歩き始めた。

 なんだかんだ言って、十和田も気が立っているみたいだが……

 

「十和田くんって、不器用だけどいい人なんだね」

「芙蓉も怖い方だと思っておられましたが、相手を思いやった心の持ち主なのでございますね! 芙蓉、感激っ! でございます!」

「そう……なのか?」

 

 俺が恐る恐る言うと、天馬と角がそうだよ(でございます!)とすぐさま返す。

 十和田も、もしかしたら優しさがあるのかもしれないけど、天馬と角のまっすぐな優しさのほうが何十倍もすごいと思うぞ。

 

「そうだ、七島さま、一緒に軽食を取りましょうでございます! 紅さまのことは心配でございますが……でも、今は萩野さまたちに任せましょうでございます!」

「そうだね。七島くんも、もう少し食べないと……また倒れちゃうかもしれないから」

「え、えーと……ごめん、でも俺は……もう眠くて。明日も早いし、今日はぐっすり寝てもいいかな」

「そ、そうでございますか……では、ごゆっくりおやすみなさいませ、七島さま!」

「七島くんずっと寝ていなかったもんね。机に向かって書道は今日はお休みで……ちゃんとベッドに直行してね」

「あ、ああ、わかってるよ」

 

 そういって、名残惜しそうではあるが微笑まれながら俺は2人に見送られた。

 

 

 

 

 

 廊下に出た途端に……ぐう、と腹が減った。聞かれていないよな……

 後ろを振り返るが、誰もいない。

 

 ……なあ、天馬。

 俺には強さがあるって言ってくれたよな。

 

 

 ……でも、本当なのか?

 

 

 俺は平気で。こんな風に咄嗟に嘘を吐く人間なんだ。

 自分の弱さを隠すようような。現実から逃げてしまう。

 嘘で塗り固めるのは咄嗟のクセか? 防衛か? わからない。

 

 井伏も円居も、自分の感情に嘘を吐き続けてきた……その理由は、彼らにもわからなかった。

 俺に分かるはずがないんだ。

 

 

 だけど、俺は信じられないんだ。

 みんなの善意も受け取ることができない。

 

 

 本当は、みんなのことを、心から信じられていないんじゃないか?

 

 

 

 

 

 

 そして、なによりも。

 

 

 

 

 

 

「俺は、そんな自分自身が、信じられないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

『マナクマ劇場』

 

 

 マカフシギなおくすりを飲まされて、ボクは幼虫として生きていました。

 まずい葉っぱも食べて、サナギになりました。

 ねえ、見てよ、これはサナギのボク。

 今からボクはキレイなちょうちょになって……

 

 あ、そうだ。

 みんなサナギって中身なんだか知ってる?

 ぶよぶよの幼虫が、突然、サナギになって、原型とどめず蝶になるのって変な話だよね。

 サナギの中身って、どろどろのゲル状なんだよ。

 それが体の中で変化を遂げて蝶になるんだってね。

 

 だからさ、本当に必ずしもみんながみんな、蝶になるとは限らないよね。

 よく言うじゃん、個性が大事って。だから幼虫にも個があるんだよ。

 のろまなヤツは、一生サナギだよ。

 逆にせっかちな野郎は、片方の羽がゲルのまま飛び出ちゃったりさ。

 やたらと独創的なのは蝶じゃなくてキメラが生まれてくると思うよ。

 攻撃的な野郎は、都心に毒の海をまき散らしちゃう系の昆虫なんかも生まれるんじゃないのかな!

 

 だって、オマエラだって。そういうもんじゃん?

 みんな違って、みんないいんでしょ?

 なら、そういうのだって許されるべきだよね。

 

 そんなわけで、コサックダンスをしながらサナギを破り大気圏を突き抜けるマナクマという存在が生まれたんだよ。

 

 

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