ダンガンロンパ(仮)-よみがえり-   作:冷凍かに缶

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(非)日常編 自由行動

 

 

 

 ……あれから一睡もできなかった。

 天馬との約束も守れず、そのまま徹夜の形で俺は書を何枚も書きあげていたようだ。

 床に何枚もの書ができあがっていた。半切りも書いていたのか。

 右手で筆を持ったまま、文鎮を外そうとすると……

 

 

 ――ずばんっ!! ばんっ!

 

 

 

「っ!?」

 

 耳を劈くような音が鳴り響き、思わず手をまだ墨が入った硯の中につけてしまった。

 いや、汚れたことはどうでもいい……それよりも、なんだ? いまのは?

 辺りを見回すも、特になにもない。外だろうか?

 

 まだ朝のアナウンスは鳴っていない。

 案の定、壁にかけられた時計は6時半を示している。

 心臓の高鳴りを必死に抑えながら、少しずつドアを開けて外を確認する。

 

 誰かいる……?

 ゆっくりとドアを全開にすると、2人の影……萩野と真田だ。

 

「お、おい、七島大丈夫か!? 今のはなんだよ!?」

「わ、わからない……」

「ビックレストだし! 眠気もブッ飛んだんだけど……! でも、あの音って……」

 

 萩野と真田が顔を見合わせている。

 そういえば、この2人がいるってことは。

 

 

「銃声だわ」

 

 

 落ち着いた女声……視線を移すと、紅も彼らの隣で立っている。

 少しクマができているようだが……彼女は口元に手をあてて、眉をひそめている。

 真田と萩野とずっと夜中会話していたのだろうか……でも今はそれを聞く暇もない。

 銃声。たしかにああいう音は、ドラマでもよく聞いたことがあったが……。

 

「紅、大丈夫なのか?」

「それよりも、今のはたしかに銃声だった」

「マ、マジかよ……!?」

「……方向はあっち。見に行ってくる」

「えっ? く、紅ちゃんっ!? ちょっと待って!」

 

 すぐさま駆け出した紅を俺たちは慌てて追いかける。

 彼女はすたすたと誘われるように階段をのぼっていく。

 紅が最終的に止まって、中に入ったのは3階の家庭科室だった。

 萩野と真田がすでに部屋の中に入っていて、俺も息を切らせながらも中に入り込む。

 

 

「……! お、おい、見ろよ」

 

 

 そう言って萩野は指さしたのはミシンだった。

 なんの変哲もないただの白いミシン。

 ある一点。大きな痕とヒビ割れを除いては。

 

「こ、これって銃弾じゃん!?」

 

 顔面蒼白の真田が大きな声で叫んだ。

 ミシンの側面にひびと一緒に埋め込まれていたのはまぎれもない銃弾だった。

 萩野が少しその痕に触れたが、すぐさま手をひっこめた。

 

「ま、まだ熱い。マジモンじゃねえか……!」

「これって絶対アイツっしょ! 黒ずくめオンリー!」

「二回聞こえたから、二回撃ったってわけか? でも、銃の痕はこのミシンの一個しかねーぞ?」

「いいえ。なにも一人が二回撃ったわけじゃないはずよ。"二人が一回ずつ撃った"可能性が高い」

「どうして、そんなことが……」

「言い切れるかって? 音が明らかに違った。一回目は F#、二回目はG#」

 

 そう言われても、わからないんだよな……

 でも、いくつもの音を正確に判断できる紅が言うなら正しいのだろう。

 

 

「じゃあ、残りのもう一つの銃声は……」

 

 

 俺が言い終わらないうちに、ドアがばんと開いた。

 数名の生徒達が続々と入ってきた。

 

「みなさん、ここにいらっしゃったんですね」

「ああっ! みなさまご無事でなによりでございます!」

 

 白河に、角だ。

 それに無言で入ってきた、黒いセーラー服の女子生徒は……

 

「って錦織じゃーねえか!? ひさびさに見たわ……大丈夫か?」

「な、なによ、その顔は……! 『私みたいな女は撃たれて、なんじゃこりゃって言いながら血は吐いてりゃよかったのに』みたいなゲスの極みの顔して……!」

「んな顔してねーぞ!? 悪人ヅラしてんのは否定できないけどよ!?」

 

 萩野のツッコミはさておき……。

 白河は慌ててやって来たのか、乱れた髪を軽く正しながら目を伏せる。

 

「みなさん聞きましたよね? 私は廊下で朝の掃除をしていたら二回連続で聞きました」

「わ、私は図書室で作業をしてた時よ……」

「芙蓉はトレーニングルームにいたときでございます! 胸がドキュン! と打たれたようにビックリでございました……!」

「一部屋ずつ確認したところ、技術室の電球が割れていたので、銃声の一つはそちらでしょうね。そして、もう一つはそのミシンということになりますね」

 

 そう言って白河はミシンを指をさした。

 技術室の電球に、家庭科室のミシンか……。

 

「ね、ねぇ。他のみんなはどうしちゃったワケ? まさかとは思うけどさ……」

「銃声は2発で、銃痕がすでに2つ見つかっていることから殺人の線は薄いでしょう。恐らく部屋にいるのではないでしょうか? 驚いて出られない、あるいは出たくない……銃声が鳴ったのです。それが賢明な判断でしょう」

「そ、それって……私が馬鹿な司書だって言いたいのね……!? そうなのね!?」

『違うよ! 錦織さんは人より若白髪が多いタイプの司書なんだよ!』

 

 ぴょいんという擬音と共に飛び出したのはマナクマだった。

 「ひっ」と錦織が息を鳴らしたのを合図に、俺たちはマナクマを睨みつける。

 

『……オマエラ、ボクをセめるんだね? セメセメちゃうんだね? 言っておくけど銃を撃ったのはボクじゃありませんからね?』

「……じゃあ、これだけ聞かせていただけませんか。どうして銃声が学校中に響き渡ったんですか? 希望ヶ峰学園は防音だったはずですよ」

『そんなの前のお偉いさんに聞きなよ! 実際はテロ対策らしいけどね。"銃声は鳴らしたら学校中に聞こえる"ように設計したんだってさ。妙なところで、無駄な才能を使うオマエラらしい設計だよね! うぷぷぷ! でもざーんねん。せっかくまたコロシアイが起こるかと思ったのに。はーあ。コロシアイは一日にしてならずってワケですかい』

 

 そう言って、マナクマはまたもや消えてしまった。

 これだけのために出てくるなんて、律儀なのか、ふざけているのか……。

 

 

「とにかくみなさん。今後は気をつけましょう。黒生寺さんは……厳重注意で」

 

 そう言って、白河は言ってみんなを見渡した。

 黒生寺に拳銃っていうこと自体が鬼に金棒だからな……。

 

 

「それと、七島さん」

 

 俺はふいに白河に両肩を掴まれた。

 子泣き爺が乗ったのかと思わせるほどの重さと力強さ。

 しかし、そんな行動と裏腹に。なんて白河は穏やかな笑みをしているのだろう。

 

 

「私が叩き起こしに行く必要はありませんでしたね。それでは行きましょうか。ランドリーに――覚悟なさい」

 

 

 萩野や角たちに憐憫のまなざしで見送られながら引きずられる。

 そんな無様な姿で風呂に2時間、ランドリーに5時間も白河によって拘束され、ひたすらに体とYシャツを洗わされたのだった。

 どうして、俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ。

 俺がなにをしたっていうんだ。

 

 

 どうして、俺なんかが。

 

 

 そんな言葉は、白河には届きそうにもなく、その日は終わった。

 

 

 

 

【自由行動3-1 弱虫ウサギの大いなる変身!】

 

 

「私たちの攻撃が効かないなんて………」

「くっ……ここまででございますか!? いえ、まだまだ!」

「ハッ、アキラめることだね! フラワー・フローラ、アンラッキーガール!」

 

 フラワー・フローラと、アンラッキーガールはがくりと膝をついた。

 そんな彼女たちを見て、木製のベンチに立ったピンク色の髪をした男女の2人組はニヤリと笑う。

 俺はそんな2人に手首を掴まれ、捉えられた宇宙人のような姿になっていた。

 

「へっ! 俺様たちに立ち向かうなんて百万年早かったようだな! す……じゃなくて、フラワー・フローラ御一行よぉ!」

「そりゃそうっしょ! うちらのパワーはギンガイチに最恐のチカラなワケだからね!」

「くそっ離せっ!! マーブルウーマンに……えーと」

「Mr.ハギソンだよ、七島くん」

「そ、そうだ、Mr.ハギソン!」

「あ? 俺そんな名前だったんか……ま、まあ、いい! 言われてみりゃ、そうだった気がしたぜ! このピンク教の幹部、Mr.ハギソン様に傷をつけることはできやしねーぞ! がーっはははっ!」

 

 そう言って、Mr.ハギソンは高笑いをした。

 ブラックホールに飲み込まれていく感覚に陥るほどに低い声色で俺はぶるりと身震いをした。

 

「さあ、魔法少女ちゃんたち! おとなしく七島がフリフリドレスを着させられるところを、指をくわえてみてなよ!」

「やっ、やめろ! それだけは! ピンクのフリフリだけは勘弁してくれ!」

「七島くんに手を出さないで!」

「いまさら泣いてせがんでも遅いぜ! オラッ、おめーも今日からピンクだ!」

「う、うわー!」

 

 俺はMr.ハギソンとマーブルウーマンにYシャツの袖をつかまれる。

 ぶりぶりのピンクフリルを着させられるなんて、まっぴらごめんだ!

 そんなことされては、俺のモノクロなアイデンティティが吹っ飛んでしまう!

 

 

 

「だっ、誰か……どうか、誰かご勝運を……!!」

 

 

 フラワー・フローラが立膝をついて、祈るように指を組む。

 麗しい聖女のような横顔でうっすら涙を滲ませる。

 俺も諦めかけて、がっくりと項垂れた。

 

 

 

 しかし、次の瞬間!!

 

 

 

 

 

「なにやってんの君ら」

 

 

 

 ……十和田が現れた。

 

 暖簾をくぐってきたのだろう。

 そして、俺は銭湯の脱衣所の、ベンチの上に立ちながら、萩野と真田にYシャツの袖を掴まれているのを見られてしまった。

 緊迫していた白熱の空気がいきなり凍りつく。

 それは、恥辱に似た感情のせいであった。

 

「……あれえ、なに? まさかと思うけどさあ、ごっこ遊びしてんの? その年で? そうじゃないことを祈りたいけど……仮にだよ? そうだとしたらさあ……実に痛々しいなあ。チンピライオンとかなに? すごく真っピンクだねえ?」

 

 的確な十和田の毒舌にMr.ハギソン……

 いいや、レースがついたピンク色のズボンと、それと同じ色のセーターを着た萩野は耳まで赤面して項垂れていた……

 隣の真田はピンク色のウィッグ(彼女の自前らしい)を被ったまま「ちょっと」と、同じようにひらひらのリボンがついたワンピースで萩野の腕を小突いた。

 

 しかし、萩野はもはや、怒る気力もなさそうだ。

 俺だって、恥ずかしくてやってられない。

 

 せっかく、役になりきろうとしていたところだったのに……!

 

 

 

 そもそもの発端は角らしい。

 

 

 らしい……というのも、昼下がりに食堂で紅茶を飲んでいた時。

 突然、俺は全身ピンクの萩野と真田に、羽交い絞めにされて銭湯に連行されたのだ。

 最初は何事かとパニックになり、それこそ白河の来襲かと絶望した。

 だけど、暖簾をすぱんとめくって、フラワー・フローラが出てきた時点で察するほかない。

 

 俺たちはよく言えば遊び、悪く言えば茶番に付き合わされているのだ。

 まさか天馬も魔法少女になっているとは思わなかったが。

 

 でも、いくら敵役の設定だからって、萩野にもピンクのウィッグにフリフリのズボンとは……。

 

 ――今どき男にピンクが似合う似合わないとかフルいっしょ!

 

 そう真田は言ってたけど……だからと言って、ふんだんのフリルはどうなんだ?

 もちろん萩野も最初は断ったが、彼女たちの押しによって『命に関わるわけでもねーし』ということで渋々受け入れたみたいだ。

 でも、さっきの十和田の言葉で、萩野のプライドは再確認されて折れかかっている。

 

 恥ずかしさで固まってしまった萩野は見るに堪えないものだ。親友にとっては特に胸が痛む……。

 なんとかならないだろうか?

 この十和田に……ちょっと策を弄してみるか……?

 

 

「お、お前は、まさか……っ!」

 

 

 意外と声を発するのは恥ずかしく震えていた。

 ええい、もういちかばちかだ!

 

 

「銀鳩の弥吉っ!?」

 

 

 一瞬だけ。ほんの一瞬だけ空気が凍り付いた。

 すぐに十和田が忌々しげに顔を歪めて、大きくため息を吐いた。

 

「……なに言ってんだろ。このミドリムシ」

「お、俺はミドリムシじゃない! だ、大体、忘れもするものか!! お前は俺のボーイッシュな妹に無理やりピンクのゴスロリを着せた張本人じゃないか!」

「は、はあ……? だからなんだって」

「そのせいで俺の妹は……! 妹は……! ピンク教の仲間になったまま戻ってこないんだ!!」

 

 くそ、だめか……!?

 勢いで言ってみたが、自分でもむちゃくちゃだと思ったし土壇場すぎる設定だ。

 どうしよう。十和田の顔が今までにないほど険しい……!

 

 

「なっ、七島さまっ! いけませんっ!! 復讐に駆られてはあの方々の思う壺でございます!!」

 

 

 うまいことフラワー・フローラが繋いでくれた。

 こういうアドリブは、なんとか彼女がカバーしてくれそうだ。

 さすがだ、す……じゃなくて、フラワー・フローラ。

 

「あのさあ、話聞こえてる? 妖怪クラゲに掃除機で耳垢吸ってもらったら?」

「うるさいっ! だから俺は妹の……花子の仇を取らなきゃいけないんだ!! 銀鳩の弥吉っ!」

 

 十和田の顔が困惑に満ちている。もはや「頭大丈夫?」の憐れみの域だ。

 ダメか? 突然、花子なんて固有名詞を言ったからか?

 アドリブでもこの空気は変えられそうにないのか。

 

 だが、萩野がちらりとこちらを見た。

 そして、にっ、と余裕のある笑みを見せた。

 

 

「……へっ! もう、なにもかも遅いぜ! おめーの妹はもうピンク教に完全に染まったんだからよ!」

「そーだし、Mr.ハギソンの言う通りっしょ!」

 

 萩野……じゃなくて、Mr.ハギソンはなんとか精神が復活したようだ!

 でも、ここからストーリー進められるのか?

 ここから、どこからともなく舌打ちが発せられる。

 

「ああ、もう……なんだよっ! ここツッコミいないのかあ!? で? 僕はなにをすればいいっていうのかねえ!? ピンク教!」

 

 自棄になったのか十和田、いや銀鳩の弥吉も加担することを決めたようだ。

 よし、こっちのペースに持ち込めたみたいだ!

 

「そうこなくちゃな銀鳩の弥吉っ! さっさとやるぞ!」

「うちらは七島にフリフリピンクドレスを着させてやるから、アンタは魔法少女ちゃんたちをやっておしまいだっつーの!」

 

 マーブルウーマンたちに急かされて、銀鳩の弥吉は苛立たしそうにしていた。

 Mr.ハギソンたちとフラワー・フローラたちを交互に見つめる。

 そして、このようなことにさせた発端である、俺には『覚えてろよ』と言わんばかりに片目を歪ませた。

 

「じゃあ、覚悟しなよ? フラなんとかたち。デコピンしてやるからさあ」

「でこぴん?」

「それが嫌なら、この豚鼻つけてやるよ?」

 

 そう言って、銀鳩の弥吉は握りしめていた拳をほどく。

 その手のひらの上には豚鼻のつけ鼻が。ご丁寧に二つもあるぞ。

 

 

「そ、そんなっ! これでは魔法少女のプライドがずたぼろでございますー?! ああっ誰か! 誰でもいいから芙蓉たちにご武運をお与えくださいませ!!」

 

 

 フラワーフローラの悲鳴が脱衣所で響き渡った。

 

 

 ――その時だった。

 

 

 

『そこまででちゅー!!』

 

 

「お、おう、ようやく……じゃなくって何者だ!?」

 

 

 Mr.ハギソンが多少の本音を漏らしながら辺りを見回す。

 そこに現れたのは、ウサギのマスコット……まあ、角が銭湯のロッカーを開けただけなんだけど。

 フラワー・フローラは、「あなたはっ!」と歓喜でツインテールを跳ねさせる。

 

『奇跡と嵐をまとめて巻き起こす森羅万象のアイドル! マジカル・マナミ、再生誕でちゅ!!』

「マジカル・マナミ! 来てくださったのでございますね!」

「なっ!? マジネータマジリリック?」

 

 マーブルウーマンが慌てて後ずさりをする。

 しかし、どんどんマジの進化系が出てくるな。

 

「お、おめーは、クイーンモーモーにやられただろ! もう変身はできないハズだぜ!」

『うう……っ! そうでちゅ……あちきは一度はコテンパンのアンパンのように潰されかけまちた……でちゅけど! あちきは、あの時と一味違うんでちゅ!』

「ふん、イセイだけいいじゃん? でもホントーにタオせると思ってんの? クイーンモーモーさまには負けるけど、うちらだって幹部だっての! アンタが勝てる相手じゃない! この魔法少女ちゃんたちもボロボロだよ!」

『くっ……悔しいでちゅ……でも……だけど! だからこそ、あちきはもう一度戦うんでちゅ!』

 

 フラワー・フローラが固唾を飲んだ。

 アンラッキーガールも「マジカルマナミ……」と呟く。

 

 

『あちきは英雄なんかじゃないから、自分が強くないのは知っていまちゅ。だけど、あちきは英雄じゃないから戦うんでちゅ! 仲間のために、人々のために、みんなのために! 弱くっても戦ってみんなの愛を取り戻すんでちゅ! なぜならあちきは……あちきは……』

 

 

 涙を浮かべながら、マジカル・マナミは叫んだ。

 世界の中心……いや間違えた。脱衣所の中心で。

 

 

『魔法少女・マジカル・マナミだからでちゅ!!!』

 

 

 マジカル・マナミの背景が淡いキラキラした光に変わる。

 強い意志の表れが映し出されている、彼女は本気だ!

 Mr.ハギソンも、マーブルウーマンも、そのオーラに気おくれしているようだ。

 

「だ、だからって、そうはいかねーぞっ! こいつがどうなってもいいって……」

「隙ありでございます!」

「うおっ!?」

 

 俺の腕を上げたMr.ハギソンに対して、フラワーフローラがそれをひらりと軽い手刀で跳ねのける。

 空気抵抗も感じさせられない、見事な鮮やかな技であった。

 俺はアンラッキー・ガールに呼び寄せられて、「ここで待っていて」と、暖簾の前に立たされる。

 

 恐らく、そろそろラストシーンだ。

 ラストであってくれ。

 

『フラワー・フローラ! アンラッキーガール! お待たせしてすみまちぇんでした!』

「心配ご無用でございます! マジカル・マナミ……お帰りなさいでございます!」

「帰って来てくれた。それが私たちにとって一番の幸せだよ」

 

 フラワーフローラは元々使っていたハート形のステッキを。

 アンラッキー・ガールは即席で作ったのか段ボールだが、努力の跡が垣間見れる星型のステッキ。

 そして、ディスプレイ上のマナミは、月とウサギのオーナメントが先端につけられたステッキを構える。

 

 どこからともなく風が吹き、彼女たちの髪がふわりとなびく。

 Mr.ハギソン……もとい、萩野が足の指でこっそり隅の扇風機をつけたようだ。

 

 

「天運よ! 白馬の嘶きよ!」

「花の薫りよ! 天の恵みよ!」

『私たちに大いなる力をあたえたまえー!!』

 

 

 目を閉じて三人は、呪文をのびやかに高らかに詠唱する。

 そしてカッと目を見開くと、次々とステッキの先端を合わせる。

 

 

 

『 天・衣・無・縫!! 』

 

 

 

 そして各々がポーズを取りながら、敵陣に光線を放った!

 俺が表現するのもおこがましいほど神聖で魅力的でしなやかかつ美しいポーズだ。

 

 ……これは表現が面倒ってワケじゃない。

 表現ができないほど、すごいってことなんだ。

 

 

「ぐ、ぐわぁーー!!」

「きゃああっ! お、覚えてろっしょー!!」

 

 まともにそのような凄い技を喰らって二人は断末魔をあげる。

 クルクルと回りながら銭湯のドアを開けて退散した。

 これで正義の勝利……だが。

 

 

 

「はあ……これで終わり? なあ、僕風呂入っていいよなあ……?」

 

 

 銀鳩の弥吉だけは残っていた。

 っていうか、そこは空気を読むところだろ!?

 

『ま、まだでちゅ! 七島くんのために、成敗するんでちゅ!』

「お待ちくださいませ! マジカル・マナミ!」

 

 慌ててステッキを構えるマジカル・マナミに対して、フラワー・フローラは手でそれを制する。

 銀鳩の弥吉に歩みより、胸に手を当ててじっと彼を見据える。

 

「あなたは、本当にこんなことを望んで行ったのでございましょうか?」

「なあ、風呂入っていいかって聞いてんだけど?」

「銀鳩の弥吉、あなたはピンク教でスパイを行っていたのではないのでございますか? あなたが唐突にやってきたのは、七島さまを助けるためでございましょう。違いますか?」

「いや、風呂入りたかっただけなんだけどなあ」

「そう、あなたがピンク教に入ったのも、あなたの実家でもある、ここ。十和田温泉のお湯が全部桃色に染められて、経営難に陥ったため……その敵をとるべく、あなたは入団を決意して、スパイとして働いていたのでございますね……」

「君の脳みそのカタチさあ、どうなってんの?」

 

 フラワー・フローラは、魔法少女だから頭の回転が速いってことなのか。

 ……というか、本当にアドリブにしてはすごすぎないか?

 

「しかし、スパイをするには、組織の命令にも従わなければならないのでございます。それで七島さまの妹をピンク教に無理やり勧誘した……そのことをあなたは後悔なさっていたのでございますね」

「はあ、まあ、そういうことにしてやるよ」

「お、俺の妹は……花子は、どこにいるんだ?」

「僕の知ったことかよ」

「たしかに、組織は今や全国に広がりつつある……探し出すのは難しいかもね」

『そ、そんなあ、どうすれば……』

 

 マジカル・マナミはくすんと泣きべそをかく。

 

 

「泣き言は言ってる暇はございませんよ。私たち魔法少女は、七島さまの妹を助けださなければいけないのでございますからね!」

 

 フラワー・フローラは逞しく言い放ち可憐に回転して決めポーズをとった。

 

 

「銀鳩の弥吉、あなたのやったことは正しいことかもしれないのでございます。だけど、見ず知らずの女の子に洗脳を行った罪は償わなければならないのでございます」

「わかった、わかってる。だから風呂入らせてくんない?」

「ええ、そうでございますね。今はゆっくり……肩まで浸かるのでございます」

『こうして、フラワー・フローラは新たな決意を胸に、さらなる戦いへの一歩を踏み出すのでちた!』

 

 ナレーションが入り、ぱぱーんというクライマックスにふさわしいBGMが終わりを告げた。

 銀鳩の弥吉……いや、十和田は頭を抑える。

 

「あ? やっと終わった? ったく……なんで僕がこんな茶番に付き合わなきゃいけなか」

 

 言いかけた十和田だが、その間に角はパソコンのキーボードのキーを押していた。

 すると今度はパソコンから、ぱん、ぱんぱん、という軽快な音楽が流れ始める。

 銭湯の扉が開き、萩野と真田が疲れ切った顔でまた脱衣所に戻ってきた。

 

 

「さあ、みなさま! エンディングの絶体絶命体操のはじまりでございますよ! いっしょにダンシングでございます!」

「めんどくさいなあ! っていうか敵役も一緒にダンスするとか聞いたことないんだけどねえ!?」

『イメージアップでちゅ! おどっちゃいまちゅよー!』

 

 ダンスがあるのは知っていた。

 なにせ、オープニングも角が華麗に踊りながら一曲歌い上げたからな……。

 リズミカルに腕や手を伸ばして、角に合わせて俺たちは体操を始める。

 

 

「なあ、ミドリムシ」

「な、なんだ?」

 

 手を上に伸ばしながら、体を揺らしていると十和田が話しかけてきた。

 小声だが、隣の俺にはちょうど届くぐらいだ。

 

「巻き込んどいて謝罪の一つもないのかねえ? 今度菓子折りつけろよ」

「ご、ごめん……」

「妹の花子の下り、くっそつまんなかったよ。どこにでもありそうなベタな展開」

「わ、悪かった……」

「というか銀鳩の弥吉ってさあ。必殺仕事人かよ」

「す、すまない……」

「いや。それには別に怒ってないけどさあ」

「本当に申し訳な……あ、あれ?」

 

 十和田の言葉が変だったことに途中まで気づかず、つい謝ろうとしてしまった。

 顔を見ようとするが普段と変わらず。

 強いて言えば顎肉が揺れているぐらいだ。

 

「良くはないけど、悪くないネーミングだったからねえ……小竹のことが入ってたから60点ぐらいかなあ」

「……え? そ、それって褒め」

「つけあがるなよ。これ以上調子に乗ったら、あだ名をナナシマックスに変えるからねえ?」

「な、なんかまともそうに聞こえたけど、それはそれで嫌だぞ!?」

「そうだろぉ?」

 

 そう言って、十和田はニタニタと笑っていた。

 人に嫌なことを言うことだけはぴか一だな……。

 だけどちょっとだけではあるが褒めてくれて……不思議な気持ちになった。

 ようやくダンスも終わりだ。

 

 いろいろ大変なことばかりだが……

 まあ、こんなことをやれるってことは平和ってことでいいんだよな?

 

 

 そうだ。うん、そう思うことに……

 

 

 

「あの、みなさん? 先ほどから一体、なにをしているのですか……?」

 

 

 みんなして拳をつきあげているところで、不安な顔をした白河が暖簾の隙間から覗いていた。

 それを見て、瞬く間に目を見張ったのは……フラワー・フローラであった。

 

 

「ハッ!? あなたは……! ホワイト教のクリーナーボーイ!?」

「ミドリムシ。菓子折りはどら焼きね。明日までに持って来いよ」

 

 

 

 この後、めちゃくちゃ濃い次回予告をやった。

 

 

 

 

 

【3-2 芸術は人それぞれ(ある少年の視点)】

 

 

 ぼくは、3階の廊下で溜息を吐いた。

 憂鬱というわけではないけど、ここまで気分が滅入るのも久々だ。

 いつもなら、紅茶を飲みながらマドモアゼルの秘めたる可能性に思いを馳せる午後なのだけれど……

 今日は学園内の物色だ。

 マドモアゼルのために、ぼくは足にならなければいけないのだからね……。

 

「……おや?」

 

 美術室の扉が少しだけ開いている。

 これは、鑑定士としては見逃せないね。

 というわけで、隙間をそっと覗いてみると。

 

「って、なにしてんの、スケベ!」

「ひゃひぃっ!?」

 

 まつげがたっぷりの目と合ってしまい、悲鳴をあげた。

 腰の力がへなへなと抜けて、床にしりもちをついてしまった。

 じん、と痛むお尻を抑えながら、ゆっくりと立ち上がると……

 

 そこには眉を吊り上げさせたマダム真田が立っていた。

 

「や、やあ……マダム真田! ごきげんよう!」

「もうっ、覗き見とかしてんじゃないし! ドウドウと入ってきなよ! ヘンタイ!」

「ち、ちがうよ! ぼくは紳士という名の鑑定士さ!」

「タチ悪いし!」

 

 こん、とマダム真田にヒールを鳴らされ後ずさってしまった。

 凶器にもなりそうなヒールの餌食になるのはちょっと勘弁だよ。

 ぼくはマゾヒストじゃないからね!

 

「変態……? ふん、鑑定士がいるのね……」

「あっ、ランティーユくん」

「まあ、ごきげんよう! ランティーユさま!」

 

 次にぼくに飛んできたのは愛らしい声の言葉たちだった。

 首を傾げながら美術室を覗き込んだ。

 美術室の大きな机を囲むように椅子に座っているのは、マダム角にマダム天馬、マダム錦織……。

 

「ウーララ、もしかしてここは秘密の花園かい!?」

 

 思わず、声をあげてしまった。

 すると、どこからともなく咳払いも聞こえた。

 

「いえ。私もいますが……」

「わっ、ムッシュ白河!? えっ、ちょ、ちょっと待ってくれよ? こんな言い方は難だけど、君はマダムたちをはべらせていたのかい!」

「ぇっ!? ま、まさか……! いえ違いますっ! 私が、そ、そんなこと……!?」

 

 ムッシュ白河の顔立ちが、瞬く間にルージュの色へと変貌した。

 今にも湯気が出て、機関車の如く走り出しそうだね。

 こういうことにはウブなのかな? 

 

 それにしたって、こんなところに集まって。

 

 

「みんなどうしたんだい?」

 

 

 ぼくがマダム真田に尋ねると、彼女はうーんと首を傾げていた。

 なにか考え事をしているようだ。

 

「うーん……インスピがさー」

「いんすぴ?」

「そうそう、インスピ。こう、バビュンってこないんだよねー」

「インベーダーゲームの攻略方法で悩んでいるのかい?」

「チガウっつーの!」

 

 金銀のピアスをはらりと揺らしながら、マダム真田にツッコミをされてしまった。

 それも束の間。

 すぐにマダム真田は編み込まれた髪を少しだけ掻いた。

 

「ちょっとブッショクしてたら、みんなが集まってきてさ。せっかくだから工作しようとしたんだけど、いい案が思い浮かばないんだよねー」

「絵は苦手なのよ……! どんなに参考書や画集を見ても、巧く描けないの……こ、こんな情報を集めても美術の成績だけは3なんて……し、司書失格……いいえ、人間失格だわ……!」

「私は刃物を扱うのは苦手なので、彫刻は難しいですね……」

「天馬さまは、彫刻は大丈夫とおっしゃっているのでございますが、芙蓉としては少し心配でございます……」

「……というわけでさ、このメンバーでできそうなのってある?」

 

 ぼくはアゴに手を当てて考えた。

 うーむ。なかなか難しいところだね……

 

 ふと、ぼくは先ほどマナマナマシーンで得たものを思い出した。

 『JAPAN THE・KIWAMI』と筆字体でタイトルが描かれている雑誌だ。

 

「そうだ。これとか参考になるかい?」

「ん? ナニソレ?」

 

 その冊子を取り出して、ぼくはマダム真田に手渡した。

 パラパラと彼女はページをめくっていたが、その手の動きが止まる。

 

「あっ! これいーかも! ネンド!」

「粘土でございますか? まあ、楽しそうでございます!」

「ネンドなら刃物も使わないよ! テキトーにこねても形になるし、カンタンかつ奥深い! アリっしょ!」

「で、でも粘土細工なんてやったことないし……そもそもツメに粘土が入ったら、すごく気持ち悪いことになるじゃない……!」

「それについては心配無用です。粘土の落とし方は私がみなさんにレクチャーいたします」

 

 茹でたカニのように真っ赤になっていたムッシュ白河はいつの間に、凛としてマダム錦織……いや、ぼくたちに断言した。

 さすが仕事に関してはぬかりがないね。ムッシュ白河。

 

「たしかに粘土なら途中で壊れても作り直せるね。私でもできそう」

「そんじゃ、きーっまり! みんなでこねまくるっしょ!」

 

 そう言って、マダム真田は美術室に備え付けられた梯子を上り始めた。

 どうやら、この美術室は2階建て……吹き抜けのような構造のようだね。

 彼女は人数分の粘土箱を揃えて、早速工作が始まった。

 

 

 

 さて。粘土を取り出してから時間が経ったけど……

 みんな黙々と思い思いに象っているみたいだ。

 ぼくはなにを作ろうかな……

 

 

 隣のマダム真田の作品は動物なのか人間なのかわからない形になっているけど……。

 きっと完成したら、すごい奇抜で、それこそ何百万の価値のあるデザインの粘土アートになるんだろうね!

 

 マダム角は人間を象っているみたいだね。胸像かな?

 ゴツゴツした顔に、細かいオールバック。

 ……ってまさかあれは、ムッシュ黒生寺の顔かい!?

 う、うーん、マダム角のアムールもなかなか深いものだね!

 

 

 そしてマダム天馬は、爪楊枝で粘土の球体に模様をつけているみたいだ。

 あれは、地球?

 日本はもちろん六大陸、イギリスにイースター島……。

 

「ウーララ! マダム天馬、すごく細かいところまで描くんだね!」

「そーそー、天馬ちゃん。さっきうちのインスピがワク前に、絵を描かせたらすごくうまくてさ! 若き日のピカソさながら! 写実主義の画家になれるっしょ! どうしてそんなにウマいの?」

「なんだかここまで褒められると恥ずかしいな……私、機械音痴でカメラ使うと壊れちゃうんだ。だから両親がせめて絵だけ巧くなっていれば、その時の思い出を残すことができるって言って、かなり熱心に教えてくれたの」

「天馬さまのご両親も画期的でございますね!」

 

 こういう理由で絵が巧くなる芸術家もそうそういないだろうね。

 でもマダム天馬は、画家にならないのか……

 

「あっ。地球が……」

 

 地球がパカッと割れて、南半球がぽろりと転がり落ちる。

 ぺしゃりと床に潰れてしまい、マダム天馬は少し口を半開きにしていた。

 それでも、床に落ちた粘土を拾い上げて、ぎゅ、と再びおにぎりを握るように丸める。

 ……芸術家の道も運が必要だよね。

 

 

「ムッシュ白河のそれはなんだい?」

 

 ぼくは彼の真四角の粘土を指さした。

 綺麗な立方体だ。こういうのから奇抜なデザインができるんだよね。遠近法とか、透視法とかいったトリックアートも最初はシンプルな形から入るものだ。

 この美しい調律のとれた立方体から、いったいどんなアートが飛び出すのだろう……。

 

 

「これは豆腐です」

 

 

 …………えーと?

 

「パルドゥン、なんだって?」

「豆腐です」

「とーふ? 揚げ出しにするとおいしい?」

「ええ。私は冷奴派ですけれどね」

「……どうして豆腐なんだい?」

「豆腐は美しい食べ物です。色形すべてに均整がとれています。ゴマ豆腐や卵豆腐など邪道です。シミ一つない絹豆腐こそがこの世界で一番美しい。私は思います」

 

 ……これ以上のコメントはよそう。

 きっと、ムッシュ白河も素晴らしい芸術性を秘めているのだろう。

 今のぼくにもなかなか理解できないほどの……強大ななにかが……うん……。

 

「うう……なんでみんなすぐにこねられるのよ……なにを作ればいいのよ……!! 粘土で本なんて作れるわけないじゃない! そ、そもそも司書は本を作らないし……!!」

 

 ぼくと同じように悩んでいるのはマダム錦織だった。

 

「ビビッってきたものを、そのままパッとこねちゃえばOKだよ! 展覧会に出すワケじゃないからさ」

「そ、それができたら、こんな苦労するわけないじゃない……!!」

「じゃあ、誰かにあげたいものを作るっていうのはどうかな?」

 

 マダム天馬がのんびりと粘土を丸めながら言った。

 今度は北半球が落ちてしまったのか、また作り直しているみたいだ。

 誰かにあげたいものか……それなら、ぼくにも作れそうだ!

 

 でも、マダム錦織はギリリとあまり耳に心地よくない歯ぎしりをした。

 

「だ、誰かってケンカ売ってるの……!? 私には友達も一緒にご飯食べる人すら、誰もいないわよ……!!」

「そうなんだ。じゃあ、今度一緒にご飯食べようよ」

「なにいきなり口説いてんのよ!? そ、それに大きなお世話よ……!」

「私ね、これ錦織さんにあげようって思ってるんだ」

 

 そう言って、マダム天馬は片手におさまっている粘土を指さした。

 

「なっ!? わ、わ、私に!? というか、なんで私と地球なのよ……!?」

「前に錦織さんに好きな新書本を聞いたら、『地球は猿の星』っていう地学の本を挙げたから。好きなのかなって」

「……! そ、それ、たしかに話したけど……どうしてそんな話覚えてんのよ……!?」

「錦織さんと仲良くなりたいから」

 

 そう言って、マダム天馬は静かに微笑んだ。

 星のような、小さいけれどそれでも確かなきらりとした煌めきの笑顔だ。

 

「ふ……ふん……不運に気遣いされるなんて……私も相当落ちぶれたわね……」

「あっ、錦織ちゃんの手が動いた! なに作るのー?」

「い、いちいちうるさいわね……わ、私は……その……四葉のクローバー……よ……」

 

 そう言ってマダム錦織は不器用な手つきで粘土をくっつけ始めた。

 ぼくもマドモアゼルのため、ということを思い浮かべたら、すぐさまそれは形に浮かんで粘土に表れた。

 

「できたのでございます! 黒生寺さまの彫りの深さはこれでよろしかったでございましょうか?」

「見事な形にできました。後で色もつけてみましょう……さあ、みなさん、手についた粘土の落としかたを教えますよ」

「錦織さん、クローバーありがとう。お礼に地球の四分の一。北アメリカの部分なんだけど」

「どうやったら、そうなるのよ……!?」

 

 こうしてぼくたちは談笑を重ねながら、思い思いのものを完成させた。

 ぼくもなんとかマドモアゼルのために粘土細工をつくることができたぞ。

 

「うんうん、みんなイカしてる。やっぱり思い思いに作る時間も必要っしょ! ランティーユ、インスピくれてサンキュ!」

「ウィ。でも、ぼくは雑誌を渡しただけだよ!」

「いやいや、一つのキッカケって、意外とジュウヨウなんだし! これで運命左右される芸術家なんて、ヤマのようにいるんだからさ!」

「そうだね。一つのことで、無限大の可能性を秘めている芸術家には、鑑定士としては舌を巻かされるよ!」

 

 ぼくがそういうと、マダム真田はちょっとだけ目を見開いた。

 その後に歯を見せて笑うと、花を咲かせているみんなをぐるりと眺めて頷いた。

 

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃん? このみんなの笑顔で……うち、何個もデザイン作れちゃうっしょ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 粘土工作が終わり各々解散して、ぼくはまた一人廊下を歩いていた。

 物色はできなかったけど、これはこれで楽しかっ…………あれ?

 

 あの、後姿。

 小柄で、小ささ故に少しだけ丸みを帯びていて、背後から抱きしめて頬ずりしたくなるほどの体。

 最近は意気消沈して、疲れ切ってしまっているけど……。

 それでも内に秘めたるパワーを沸々と燃えたぎらせ、その炎は尽きることのしらない生命力の塊は!

 

 

「マドモアゼェェェル!」

 

 

 ぼくは一直線に走り出して、マドモアゼルの正面に回り込んだ。

 

 マドモアゼルはぼくを見るなり、びくりと肩を震わせた。

 ちょっと驚かせちゃったみたいだけど、こういう驚きは、恋人同士だと逆にロマンチックだよね!

 

 彼女は明らかに怯えている……虐待された小動物のように警戒していた。

 まだこの表情……見ていて胸が苦しくなる……

 でも、これからぼくがプレゼントするもので、多少は元気になるはずだ。信じよう。

 

「な、なんなのだ!? ランティーユ、どいてよ!!」

「ウィ! これが終わったらどくよ! マドモアゼル、今日は君のためにプレゼントをあげるからね!」

「……へけ? ぷれぜんと?」

「さあ、見てくれ! 渾身の一作! 『コケシィちゃん』だよ!!」

 

 そう言って、ぼくは粘土でつくった『コケシィちゃん』を見せた。

 手探りで作ったけれど、我ながら素晴らしい出来栄えだ!

 

 ――コケシィちゃん。

 それは、海外の一部のマニアの間では大人気のお人形さんシリーズだ。

 日本で発売されていて、こけしをモチーフにされた和風な顔立ちと独特なフォルムが『キュート』と言われている。

 かく言うぼくも大ファンで、フランスで開催された展示会にも行ったぐらいだ。

 

 本物のコケシィちゃんはいろんなサイズがあるけど、大きめのサイズで作ったんだ!

 大きいもの好きなマドモアゼルだ、ばっちり喜ぶはずだよね!

 早速、マドモアゼルにそれを「じゃーん!」と差しだした。

 

「…………え、な、なにこれ」

「『コケシィちゃん』だよ! これはジャパニーズこけしに影響を受けていて」

「う、うわぁぁぁぁっ!? なんてもの見せるのだぁぁ!!!」

 

 マドモアゼルは、食人鬼に遭ったような恐怖の悲鳴を上げた。

 両手で目を隠して、ぶんぶんと首を振ってしまう。

 

「え? ちょ、ちょっとマドモアゼル? なんで? 怖くないよ? ほら見てごらんよ!」

「バカっ! もういい、しまってよ!!」

「な、なんで!? マドモアゼル好きだよね? 大きいもの!」

「おっきいのは好きだけど、それとこれは別なのだ!!」

「い、いやいやっ、君のために頑張って作ったんだよ!? ほら、君の大好きなもの勢ぞろいだよ! 大きくて太くて硬くて」

「も、もうやめてなのだー!!!」

 

 そう言って、マドモアゼルはばたばたと走り出してしまった。

 すると廊下の先から現れたのは。

 

 

「……! ……チッ。誰かと思えばチビどもか……」

「あっ、く、くろなまでらー!!!」

 

 

 マダム角が作っていた粘土よりも大きく、顔が怖いムッシュ黒生寺が現れた。

 ぼくたちの姿に驚いたのか、一瞬だけ目を見開いていたけど、すぐさま怖い顔に戻る。

 

 マドモアゼルは彼の背後に慌てて隠れた。

 ああっ、待ってくれ! その構図はぼくが悪人みたいじゃないか!

 

 

「くろなまでら! いいところに! ランティーユをギッタンメッタンにとっちめるのだー!」

「ひっ!? 待ってくれムッシュ! 誤解だ! それにマドモアゼルも誤解してるよ!?」

「い、いいからなんとかしてってば! あいつの大きくて太くて硬いアレを壊してよ!!」

「ダ、ダメだよ!? せっかく作ったのに!」

「黙れ……俺を痴話喧嘩に巻き込むんじゃねえ……」

 

 

 そう言って、ぼくたちのことをあしらうと、ムッシュ黒生寺はスタスタと去ってしまった。

 

 

「ああっ! くろなまでらも、ひどいのだー!! 薄情なのだー!! わーーんっ!!!」

 

 

 マドモアゼルもそれに続いて、とっとこ駆け出してしまった。

 ああっ、そんな!? 待ってくれよ!!

 

 

 ……なんでこうなってしまったんだ!?

 

 

 そもそも、こんなすれ違いが起こっているのは、あの裁判のせいだ。

 裁判の終わりからずっと彼女は泣き続けていた。

 泣かせたのは紛れもない……あの脅迫状を送り付けた……

 

 だから、そう簡単に、許すわけにはいかない。

 大切なものに傷がつけられたら、ぼくだって黙ってはいられない。

 

 

 だけど。

 ぼくは愛に生きるだけでなく、超高校級の鑑定士でもあるんだ。

 

 

 真実を見抜かなければならない。

 鑑定士のプライドのために。マドモアゼルのために。

 そのためには、近いうちに……

 

 

 

「デュエルを受けてもらうからね。ムッシュ七島」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 拳銃を片手に長身の男――黒生寺は先ほどの2人の喧騒を思い出す。

 そして同時に、金髪キノコ頭の少年が持っていたブツのことを考える。

 

 

「どう見ても、アレだったな……」

 

 

 ランティーユが作ったコケシィちゃん。

 その正体は、大人用グッズメーカーの人形型の玩具だ。

 かつては『動くこけしシリーズ』という名称だったが、然るべき団体から抗議が入り『コケティッシュ&セクシー』な玩具。略して『コケシィちゃん』として生まれ変わったのだ。

 

 国内では大人の玩具として良くも悪くも有名なわけだが……

 しかし、どういうわけか海外の一部界隈ではアートとして流行っているのだ。

 SNSでも大量のコケシィ人形を壁一面に飾る狂気的なアカウントが有名で、「アーティスティック」「クレイジーキュート」と熱心なファンがおり、展覧会も開催されているほどだ。

 

 そんなことをランティーユは知る由もない。

 フランス人なだけに、知らぬが仏というべきなのだろうか。

 

 

「…………まあ、どうでもいい」

 

 

 黒生寺はガンスピンをしながら、廊下の先を睨みつける。

 じんわりと痛み始めた脳に舌打ちをして、再び大股で歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「どこにいやがるアイツは……なんとしてでもブッ潰してやるからな……」

 

 

 

 

 

 

 


 

『マナクマ劇場』

 

 

 みなさん、裏を読み取りましょう。

 表の世界だけを見て、のんびりと頷いていてはいけません。

 世の中の言葉には、すべて裏があるのです。

 

 ボクはA子ちゃん(が貢いでくれるお金)を愛している。

 

 パチンコは(一発逆転したら)絶対にやめます!

 

 社会は辛いけど、それでも(相手より楽して)生きたい。

 

 お年寄りが安全に暮らせる社会を(若者の血と汗で)作りましょう!

 

 誰かのために人のために(名誉や財産がもらえるならば)優しくなりたい

 

 言葉通りに受け止めましょう(だから、言葉の裏を取らないでください)

 

 

 いやあ、言葉って奥深いね!(めんどくさいね)

 

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