ダンガンロンパ(仮)-よみがえり-   作:冷凍かに缶

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(非)日常編 俺たちの戦いはこれからだ!

 

 白河と食堂に向かうと、すでに人が集まっていた。

 天馬に真田に角の女子3人だ。

 談笑をしていたようで、こちらに気づくと手を振ってきた。テーブルの上には、アイスがのった大きなパイが置かれている。

 

「みなさん、なにをなさっているのですか?」

「角さんがパイを作ってくれたんだよ」

「はい! 芙蓉の家ではごちそうのミートアイスパイでございます!」

 

 角はナイフを取り出し、サクサクと切り分けていく。

 パンの切れる音が心地よく、それだけでお腹が鳴りそうになる。

 

「さあ、熱いうちに召し上がれでございます!」

「ヤッター! 流行と新婚と同じようにさ、パイもアツアツがいいっしょ!」

 

 角はナイフを置くためか、そそくさと調理場へと駆け出した。

 早速、ミートパイを手にして口に入れるとしゃおという音が鳴る。

 口内にはジューシーで濃厚な肉汁、鼻孔にはパンの芳醇な匂い。ひんやりとしたバニラアイスとうまくマッチしていて、さっくりした味わいの中にとろける甘さもあって一瞬にして幸せな気分になった。

 白河もパイを丁寧にフォークで刺して皿に移そうとするが、その時に少し顔を歪ませた。

 

「どうしたんだ?」

「ああ、すみません。情けない話なのですが……ここだけの秘密にしてくださいね? 実は私、筋肉痛になりまして……」

「大丈夫? 白河くんにしては珍しいね」

「そうですね。清掃場所が増えたせいもあるでしょうし、最近は粘土細工もしましたから……」

「ってかネンドこねているだけでキンニクツーになるとかさー……アンタ、寿命持たないんじゃない?」

「まあ、今日の夜になれば帰れますから。その時にゆっくり休みます」

 

 溜息混じりに白河は言った。

 真田はミートパイ片手に、スケッチブックを開き始めた。

 

「なにしているんだ?」

「ちょーっとインスピ湧いたからさ。パパっとと描いてんの」

「デザインですか?」

「そーそー。新鮮な生肉の色とか、胸がズバキュンってカンジだし!」

 

 そ、そうなのか……?

 俺にはちょっと理解できない感覚だが、天馬は頷いていた……わかるのか?

 

「どんなのを描いているんだ?」

「見る? あ、盗作はしないでよー?」

 

 しないし、できるわけがないんだよな……。

 パイを頬張りながら真田は俺にスケッチブックを渡してくれた。

 地球にかじりつく大きな緑色のウサギ、肌色の門に流れている赤い川、ポップな黄色いてるてるボウズ、頭が円盤レコードの少女……

 それぞれに意味があるようで、おもちゃ箱の世界を見ている気分になる。

 リンゴや胸像、少年などの写実的なデッサンもあったので感嘆した。

 

「なんだか、わくわくするのに、ドキドキもする……ハラハラする……真田のデザインって本当に心を鷲掴みにするんだな。特に……この黄色いてるてるボウズの絵は特に目を引く」

「べったべたの感想だねー……でも、サンキュ。あんたにしてはイイ感想じゃん。うちも好きだよ。トモダチをイメージしたんだよねー」

「友達?」

「うん。うちの大切なトモダチ。雨の日の後の晴れが大好きな超優しい子でさ……ほんと会いたいわ。マジで……うん! 外出たら、ちょっぱやで会いに行くっしょ!」

 

 真田はてるてるぼうずのイラストをなぞった。

 友達か……真田にも会いたい人がいるんだな。

 

「私はこれが好きですね。この……緑色のウサギの」

「あー、これね! 地球温暖化にイギ唱えたヤツだ! ナツいわー」

「すごい。真田さんのデザインってそれぞれに意味があるんだね」

「まーね、芸術は目に訴えてなんぼっしょ! うちは言葉じゃなくて、絵やデザインで現実や自分の思いを世界を訴えるのがモットーなの! だから、日常の色々なことをを描いてチミツに描けるようにタンレンしてるってワケ!」

 

 嬉しそうにそれでいて自信満々で真田は笑っている。

 俺も書道家……同じ芸術家として見習わなきゃな。

 

「私はこのデッサンが好きだな。小さい男の子の」

「あれ? これ、いつ描いたっけ? ってかモデル誰だろ……」

「みなさまお待たせいたしました! クッキーの出来上がりでございます!」

 

 今度は角は白い皿に星や月のクッキーをのせて調理場からやってきた。

 考えていた真田もそれを見るなり、「待ってました!」と指先を伸ばす。

 プレーンや、チョコチップ、イチゴや抹茶など色鮮やかだ。

 天馬も星型のクッキーを手に取った。いつものクールな顔が綻んでいる。

 

「……そういえば。天馬って星が好きなのか? 髪飾りも星だし」

「うん。お父さんが理科教師だったからかな。小さい頃に天体観測はよくしていたんだ」

「へえ、そうなのか。意外だ」

「だからね、外に出るのすごく楽しみなんだ。早く星が見たいなって、そわそわしてる」

 

 そう言って、天馬は軽く胸をおさえた。

 それにしても天馬は星を見るのが趣味とは初耳だ。

 

「七島くんは星は好き?」

「えーと、あんまり詳しくないんだけど……でも外に出たら、教えてくれないか? プラネタリウムとか一度行きたいと思っていたからさ。いいか?」

「それって素敵だね。じゃあ、みんなで天の川とか夏の大三角形、見に行こうよ」

「あ、ああ……うん。みんな……ああ、みんなで」

「……七島くん?」

「あっ、いや、楽しみだな! 約束だぞ」

 

 そう言うと、天馬は微笑してこくりと頷いた。

 うん、そうだよな。みんなで……だよな。

 真田が「みんなで」のところで、俺に対して鼻で一笑したのが少しだけ悔しかった。

 

 そんな中、どん、という足音が響いた。

 

 

 

「おや、十和田さん?」

 

 白河が視線を向けた先には丸い巨体。

 肩に鳩をのせた十和田がずかずかと入ってきていた。

 十和田は俺たちを見るなり、わざとらしい舌打ちを鳴らす。

 

「うっわ、アウストラロピテクスの群れ」

「ハァ? うちら、原始人じゃないっつーの!」

「はいはい。そうやってキィキィ喚くのがサル以下なんだよねえ」

 

 やれやれ、と呆れながら十和田は太い腕を組んで不敵に笑う。

 そうだ……彼を見て、“あること”を思い出した。

 

「そ、そういえば……十和田。さっきはなんで図書室にいたんだ?」

「はあ、なんだよ急に? 僕が本を読んでちゃおかしいのかなあ? 豚に真珠ならぬ、タヌキに説法ってかあ?」

 

 十和田は忌々しげに、こめかみに太い指をあてた。

 「本?」と真田が短く聞き返した。

 

「気になったんだよ、なんであの本を読んでいたんだ?」

「あの本とは、なんでございますか?」

「辺見ルカリスのことが書いてあった情報誌だよ。そもそもお前、なんだか辺見ルカリスに詳しそうだったし……」

「はあ? だからなんなの? お前たちには関係ないよねえ?」

「いや、気になるんだよ。いつもは大抵のことに他人事のお前なのに……辺見ルカリスのことに対してなんだかちょっと躍起になってないか?」

 

 「躍起なあ」と、十和田は心底めんどくさそうに頭を掻く。

 白河は両手で『抑えて』というリアクションを取った。

 

「2人ともよしましょう。十和田さんにも色々あるのでしょうから。だから火に油を注ぐマネは……」

「っ……はあ!? おい、今、なんて言った!?」

「え? 私なにか…………あ……」

 

 火に油。十和田にライター。

 白河の一言で、一気に彼は威嚇のように全身を強張らせる。

 そして白河もまた「しまった」と言わんばかりに頭を下げる。

 

「し……失礼しました、今の発言はそのようなつもりではっ……本当にすみませんでした……前回のこともランティーユさんにまた『やりすぎだ』と注意を受けたばかりだというのに……」

「お前、本気で謝ってんのかあ? っていうか本当に反省してるなら、前回の裁判に散々人を弄びやがったヤツがそんなこと言えるわけないよなあ!?」

 

 それは、十和田が言えたことなのだろうか。

 一瞬思ったけど、たしかに、白河は少し人の心を思慮せずに発言することが多い。

 冷静な人間とは多少言い難いんだよな…… 

 

「ご、ごめんなさい……あの時は、ただ……私も生き残るのに必死だったんです……」

「はあ、生き残るだぁ?」

「変な話ですみませんが、私は……死ぬのが怖いんです。とても」

 

 突然の白河の言葉に、十和田と一緒に俺も、みんなも驚いていた。 

 『怖い』という単語が飛び出したことよりも、彼の声が震えていたことにだ。

 

「いつも思うんです……裁判場に立つ度に、自分が死んだらどうしよう……クロが生き残り、私たちが死んでしまったら……それが恐ろしくて……」

「そうだったのか……? あんまり怖がっているようには見えなかったけど……」

「虚勢です。怯えてばかりいても仕方ありません。それでも本当は怖いんです。汚くて汚らわしいクロは私にとっては汚物ではなく、ヘドロで……それは触れたら、毒に犯されてしまう……私はそう思っているんです」

「……前々から思ってたけど、アンタ敬語でオブラート包んでるように見えて口悪くない?」

 

 真田の指摘は図星なのか、白河が少し項垂れた。

 なかなか不器用なのだろうな……でも、白河の気持ちは分からなくない。

 

 

 ――自分が死んだら、いったいどうなる?

 

 

 何度も脳裏にちらついた。

 俺たちが正解の答えを選んでも人は死ぬのは変わりない。

 だが、自分が死ぬのと相手が死ぬのは意味合いが違う。

 何度も何度も、葛藤を繰り返していたあの裁判台を思い出し、俺は額を抑えた。

 

 ……でも、今日の夜まで。

 みんなで生き残れさえすれば、そんな思いはしなくても済むんだ。

 

 

「理由づけというのも、言い訳みたいで難なのですが……幼い頃に、殺されかけたのが原因でしょうかね」

「殺されかけたって、白河くんどういうこと?」

 

 白河は一瞬、沈黙で躊躇っているようだったが……

 やがて、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「殺人鬼。"辺見ルカリス"にです」

「……は?」

 

 

 辺見ルカリス

 今の空気を一変させるのには簡単な言葉であった。

 十和田ですら持っていたステッキを落としかけた。

 

 

「辺見ルカリスに、殺されかけただあ……?」

「顔は覚えていませんが、私が5歳の時でした。辺見ルカリスの顔はハッキリと覚えていません……だけど、あれは汚物。声も心も醜く穢れきった悪魔そのもの……」

「ウソ……マジで言ってんの……?」

「家の中にいた私は突然頭を殴られて気絶……気がつけば、私の両親は血の海の中に沈んでいました。警察が来るまでずっと私は……私は……」

「わ……わかった、わかった。お前がそうなった理由はわかったから! そいつの話は終わり!」

 

 

 十和田が強制的に打ち切り、白河は口を噤んだ。

 

 …………でも、驚いた。

 いや、僅かな動揺と恐れが汗となって一筋流れた。

 彼の過去は聞いたことがなかった。

 だけど、白河が辺見ルカリスの被害者だって……?

 

 

 

「……すみません。ちょっと頭がくらくらしてきました……暫く私は部屋に戻らさせていただきます。十和田さん、大変失礼いたしました……」

 

 

 なにを言えば分からない雰囲気の中、白河はそろそろと食堂から去って行ってしまった。

 最後のほうは熱っぽい目つきだったけど……大丈夫なのだろうか。

 

 

「な、なんだったんだよ、アイツ……だけど言っていいことと悪いことってもんがさあ。ったく……」

 

 そんな彼をブツブツと見送りながら、十和田は机の上のミートパイをひょいと一切れ掴んで大きな口に放り投げた。

 

「あ!? ちょっと、食べないでよ!」

「んぐんぐ……いいだろ。クラゲ野郎食べなかったんだし? もったいないから僕が食べてやるよ」

「勝手に食べるなって言いたいんだっつーの!」

「うるさいなあ……雑誌で散々ディスられたクセにねえ?」

「は?」

 

 真田の声が怒気に溢れる。

 まさか。今の話題って。

 

「なに描いたのか知らないけどさあ。どうせ血みどろで下品な絵でも描いたんだろ?」

「ふ、ふざけんな……! うちは血をイメージさせたとしても、それにはちゃんと意味をこめているんだっての!!」

「その意味が過激だったんだろ、問題児女」

「あ、あんたには言われたくないっつーの! この犯罪者っ!! 事故も演出して金儲けしたってワケ!?」

「はあ? なんでそれ……おい、ふざけんなよ。僕のは本当に事故だからな!」

 

 怒鳴った拍子に十和田が角をちらりと見た。

 「あ、そういえばあ」と間延びして笑う。

 

「そこの電波娘はさあ? 地下アイドル出身なんだって? 夢と希望の魔法少女のクセして、どうしてそんなところなんていたのかなあ?」

「なッ!? あんた、角ちゃんになんてことを!」

「! え、えっと……ど、どこでその情報を知ったのかは存じ上げないのでございますが……さようでございますね」

 

 角はおどおどとしているが認めた。

 真田は、角ちゃんっと少し咎めるように言ったが、角は意を決したようだった。

 噛みしめるように頷くように頭を動かした。

 

「良い思い出とは言い難いのはたしかでございます……だけど、芙蓉はどうしても必死でございまして……弟や妹のためには、そうするしか昔の芙蓉ではできなくて……ううっ、恥じることでございますが、この罪を改める覚悟は芙蓉はついているのでございます!」

「なあに、説教はしないよ。金を稼ぐことに悪いことなんてないさ。僕もそれと一緒だって。金が欲しかった。だからスった。それだけなんだよねえ」

「そ、それなら、手品で稼げばよかったんじゃないのか?」

「あ? ミドリムシは相変わらずオツムがくそみたいに悪いねえ? 僕だってすぐにプロになれたわけじゃない。師匠の肩揉んで、おだてて手に入る金じゃあ、ろくに満足できないだろ?」

 

 十和田は、たん、たんとステッキを自分の手のひらに打ち付けながら語る。

 

「どうして、そこまでして金に執着するんだ?」

「クエスチョンばっかりでうざいねえ……金はなんでもできるんだよ。人を服従させるのも、悪い噂も揉み消せるのも、全部お金で解決できる。よく人間は金で買えないなんていうけどさあ。結局は、手品を習うための優秀な講師だって、アシスタントを手に入れる場所だって、結局すべて金がなきゃダメなんだよねえ」

 

 十和田は嗤っていた。

 いつものことだが、過激な言葉は聞いていてやはりいい気分はしないものだ。

 

 

「じゃあ小竹くんも、お金で買えるの?」

 

 

 そんな中、疑問を投げかけたのは天馬だった。

 十和田の肩が少しだけ跳ねたが、顔を歪ませてにやりと笑っている。

 だけど……無理やりの作った笑みのようにも思えた。

 

「……なに言ってんの?」

「……たとえばだけど、同じ白いハトがもし十和田くんの前に100羽いても、十和田くんは小竹くんを見つけられる?」

「そりゃあ、当たり前だろ」

「それじゃあ、お金で買えないよね。だって、小竹くんは十和田くんの肩に乗っている子だけだから。小竹くんは世界でたった一羽しか」

「ふざけんなそれ以上言うな!」

 

 作り笑いの仮面が投げられて、天馬に向かって罵声が飛ぶ。

 ばさっ、とその声に驚いた彼の鳩が飛びそうになるが、それを十和田は右手で抑えた。

 

「くそっ、不運のくせに……だいたいなんなんだよ、みんなしてさあ!? もう黙っててくれないかなあ!? 全部わかってんだよ!! 火……っ、火が、最悪にクソ嫌いなことも! 僕の弟が一人しかいないことも! わかってんだよ! 知っているからさあ!! だからっ、頼むから、いちいち言わないでくれないかなあ!? ああ、くそ、こんなの許せるわけないだろ……こんな現実、絶対に許してたまるかよ……!!」

「ちょ、ちょっとアンタ、ダイジョーブ? 言ってることメチャクチャじゃん……」

 

 真田が覗き込むように言ったが、十和田はテーブルによりかかりながらぶつぶつとまるで呪詛のように繰り返していた。

 

 

「……ごめん、十和田くん。私そこまで……」

「あっ、あたしじゃないのだ!!」

 

 そのとき。天馬の謝罪に被せるように響いた声。

 一斉に食堂の入り口を見ると、小さい体が立っていた。

 何度も首をふるふると震わせる、命の危機に瀕した小動物のような彼女は……。

 

「大豊さん?」

「あたしはちがうのだ!! あたしのせいじゃないのだ十和田っち!! 誤解なのだ!! だ、だからゆるして……っ」

「え、えっと、大豊……? 十和田は別にお前を非難しているわけじゃ」

「うっ、うるさい!! 七島っちは黙って……うっ、うううっ、ごめんなさいっ。でも、あたしは悪くない……!! あたし、あたし……っ!! うあぁぁぁぁあぁんっ!!!」

 

 突如、叫びだした大豊はヒステリーのようだった。

 そして、また再び駆け出して去ってしまった。

 

「ま、まあ大豊さまっ! お待ちくださいませ!!」

「え?! ちょ、ちょっと大豊ちゃんっ、角ちゃん!」

 

 角と真田が駆け出してしまっていた。

 あ、真田、スケッチブックをテーブルに置いたままだ。

 さすがに商売道具とも言えるし取りに戻ってくるだろうけど……。

 

 しかし、なんだったんだ?

 先ほどの言動といい、大豊の様子は明らかにおかしい。

 動機の発表の時もだいぶ切羽詰まった様子だった。

 

 


 

 

「あ、あ、あたしのこと、みんな信じてくれないんでしょ!? だから、あたしもみんなこと信じないのだ……っ!!」

 

 


 

 

 どうしても引っかかるんだよな。

 みんな信じてくれないだなんて。もちろん被害妄想のような気がするが……。

 だけど今、俺が彼女を追いかけるのは物理的に難しいだろう。角や真田たちに任せよう……。

 

 

「な、なんなんだよ……っはあ、どっかの誰かさんたちのせいで疲れてんのかなあ? ……タヌキに説法。とにかくお前たちの話に聞く耳なんてないから」

 

 ぷいとそっぽを向きながら負け惜しみのような言葉を吐いて、十和田はちらりと弟と呼ぶ鳩を見つめた。

 俺たちには向けられることのない。柔らかくも、どこか苦し気な表情だった。

 案の定、俺たちにはガンを飛ばして、露骨に足音を鳴らして去って行った。

 

「追いかけられないけど大豊さん大丈夫かな……それに十和田くんも……私、白河くんと同じで悪いこと言っちゃった」

「いや、天馬は正しいことを言ったよ」

「そうかな。……十和田くんの大切な感情に土足で入っちゃった気がする。でもそう言ってくれてありがとう」

 

 大事な思いか……。  

 第二の裁判で炎が苦手とわかったときも彼はみんなからの同情に対してかなり狼狽えていたっけ。

 もしかしたら彼の毒舌というのは、先程の白河も語っていた虚勢、防衛反応だったり……するのだろうか?

 

「……ねえ、七島くんはどうする? 私は帰り支度に部屋の整理をしようかなって」

「俺は……しばらく寝ることにするよ。ここで」

「……部屋で寝たほうがいいと思うよ」

「あ、ああ。でも転寝ぐらいだから……すぐに戻るよ」

 

 とは言ったものの、時計を見たらまだ2時じゃないか……とりあえず、授業中の転寝体勢になってみるが、寝れないな。

 

 目を閉じていると、とんとん、という足音が響く。

 天馬が食堂から出たようだな……今は寝ることに専念しよう……

 

 そうそう寝れないが……でも、いいか。

 

 

 

 

 

 このまま、みんなで出られる時間になっていればいいのに……

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 いつから眠りに落ちたのだろうか。

 気がつけば、視界は暗闇に落とされていた。

 

 夢の中やまどろみとは違い支離滅裂な思考ではない。頭はほとんど起きている状態だった。

 でも、四股は鎖が繋がれたように動かせない。

 瞼も一生懸命開けようとしても……開けられない。

 これって金縛りなのか?

 

 

 

"――おめでとう。――今日は……"

 

 

“本当におめでとう――これから……”

 

 

“――、よかったね!”

 

 

 ……なんだ? 誰なんだ?

 次々と呼びかけられる言葉は聞き取りづらい。。

 まるで機械で文章を読み取られているような平坦な声。

 

 途端にぎこちない音楽が聞こえ始める。

 だが、吐き気を催すほどの音の洪水にしか思えなかった。

 

 

 なにが起こっている?

 俺は食堂で寝ていたはずじゃないのか?

 お前たちは誰なんだ?

 

 

 

 

 

 

"……………はい、おしまい"

 

 

 

 

 

「――っ!?」

 

 

 唐突な「終わり」と告げられた瞬間。

 脳全体に急激な痛みが迸る。

 まずいと息を吸おうとするが、咄嗟の酸素は鋭いものとなり、空気の抜け道がふさがれる。

 硬い板に挟まれたように脳みそが押し潰されそうになる。

 

 

「……、!! ……!!!」

 

 

 必死に身じろぎをしようとするも、病に侵されたのかと錯覚するほどに動かない。

 手も指も足も首も腰も頭も動かない。目も鼻も耳も口も利かない。 

 なにも、わからない。

 

 

 

"笑えてくるほどに可哀想だね。なんにもできない。なんにもっていうか……"

 

 

 

"おっと許してくれよ? なんて…………もっとも……これは……でもあるんだからね?"

 

 

 

 許すだって? 意味がわからなかった。

 ……なんで、こんなことに? 何故、どうして。

 押し寄せてきた『わからない』の雪崩に急激に体が冷え込む。

 あっという間に、生命の、あるいは精神の危機に立たされる。

 

 これ以上の『わからない』は危険だと肉体が警報を打ち鳴らす。それでも急スピードで絶望的なまでに疑問は止まらない。

 

 

 なんで、どうしてなんでなんで嫌だ。

 怖い。嫌だ嫌だ。こんなの嫌だ嫌だ嫌だっ!!!

 このまま、死んで、しまうのか?

 

 

 

 誰か、誰、か、誰でもいい助け――

 

 

 

 

 


 

 

 

「たす、っん……ぐっ!?」

 

 助け……あ、あれ?

 頬と瞼、顔全体が異様に冷たくなる。

 それは血の気が冷めたのではない、外部からの介入であることは確かだった。

 硬い瞼が……のろのろと開けられるようになった。

 そしてゆっくりと、瞬きの準備を始めた。

 

 

「な、なあ。しっかりしろよっ! 目開けって七島く…………っ!? あっ……七島くんっ!」

 

 

 そして、頭上から降りかかってきた声は。

 

 

「え? とわ……だ……?」

「お、おいっ!? ……あ、ああ…………ったく! おどかすなよっ! 危うく僕が疑われるところだったじゃないかねえ!?」

 

 大きな体を揺すらせた十和田が頭上から見下ろしていた。

 俺が目を覚ますなり、彼はふん、と鼻息を鳴らして椅子にどすんと座る。

 だけど、あの一瞬。

 俺が見た十和田の顔は、死なないでくれと懇願するかのようなもので……いや、それよりも。

 ……俺の顔がしっとりと濡れている。

 

「水、かけたのか?」

 

 ワイシャツで拭いながら、俺は問いかけた。

 

「そうだけど? 損害賠償払えって言いたいの? いいけどさあ……君、いきなり叫んだんだからな。揺すっても抑えても止まらなかったから、仕方なく水かけさせてもらったけど、それでも文句あるってのか?」

「さ、叫んだ?」

「ひどいヒステリーだったよ。かなり暴れてさあ…………あのな、こっちの身にもなれよなあ? 出られるっていう一生のチャンスだっていうのにさあ。こんなことで死なれたら困るんだよ!」

 

 十和田は文句を垂れながら腕を組む。

 そんなに暴れていたのか?

 でも、無理もない。だってあんな夢を…………

 …………夢?

 

「な、なあ、十和田。いつ来たんだ?」

「さっきだけど? 入ったら、いきなり暴れてやがったよ?」

「……なあ、そのときに他に誰かいたか?」

「いなかったけど? まさか透明人間と戦っていたとは言わないよねえ?」

 

 あんなに苦しかったのに。

 ……それよりも、どうしても気になることがある。

 

「なあ十和田。さっき俺のこと、七島くんって呼ん」

「ミドリムシって聴覚ないんだっけかなあ? だから、これから蹲るほど罵っても全然聞こえないよねえ?」

「い、いや、やっぱりなんでもない……」

 

 でも、確かに呼んでくれたよな?

 一瞬だったといはいえ切羽詰まった表情だった……それほどまでに焦らせてしまったのだろうか。

 

「というか、お前……どこに行っていたんだ? なんで戻ってきたんだ?」

「別にい? 君に教える義務はないけどなあ?」

「そ、そうか……」

 

 そういえば、萩野はまだ帰ってきていない。

 紅の介抱をまだしているのだろうか?

 でも、集まりのこともあるし、一旦は美術室に向かってみようか。

 

「なあ、十和田も美術室に行かないか?」

「なに? パンの消しゴムでも作るの? 黒ずんだやつ食わせてやるよ」

「そ、そうじゃなくて、みんなで集まることになっているんだけど……どうだ?」

「……ま、別にいいけど? くっそ暇だし、誰かに嫌味の一つ二つ言いたいところだったからねえ?」

 

 十和田はそう言って、くくっと笑った。

 時計を見ると、6時か……後、四時間で出られると思うとなんだか心が軽い。

 しかし、奇妙な気分は確実に俺の心の中の火種として残っていた……。

 

 

 

 

 美術室に入るなり目に飛び込んできたのは、ステッキを握りしめておどおどしている角。

 そして腰に手を当てて暗いオーラを放つ錦織だった。

 

 その光景を一目見るなり、背中に一筋の汗が流れた。

 言われなくてもわかるほどに険悪な雰囲気だ。

 他にも真田と白河、天馬にランティーユもいて、彼らを不安げに見つめている。

 

 やはり、萩野はいない。

 まだ紅の介抱をしているのだろうか……?

 

「痴話喧嘩? そういうのは内輪でやってほしいんだけどねえ?」

「なあ、ランティーユ……なにがあったんだ?」

「いや……実は……マダム錦織とマダム角が脱衣所で偶然すれ違ったことが原因の一つ……なんだけど、それ以外にもいろいろあって」

「ふざけないで……魔法少女だけじゃないわ……ここにいる全員に聞かせてもらうわよ……!」

 

 錦織はすぅぅぅ、と息を吸って大きな声のための予備動作を始める。

 

 

「あ、あんたたち、マナミをどこにやったの!? 銭湯のロッカーが空っぽになってるのよ!! だれがやったの……!?」

 

 

 ……マナミがいないって?

 俺が驚く横で、十和田はわざとらしく溜息を吐いた。

 

「そもそもさあ。カギをかけ忘れたお前が悪いんじゃないの?」

「ち、違うわよ……っ!! カ、カギはかけてたけど、壊れてたのを今まで知らなくて……」

 

 ギリリ、と自分の腕にツメを立てながら錦織は苛立ちを見せる。

 対して十和田は呆れたように太い首を傾げる。

 

「あんなポンコツどうでもいいけどさあ。だいたい、どうしてお前は僕らにそいつの存在を教えなかったわけえ?」

「あ、あんたたちに情報が全部行きわたったら混乱するでしょ……!? だから私が最初にマナミの情報を知ってから、判断したほうが正しい情報になると思って……!」

「嫉妬の次は傲慢? そこまで言うなら、さぞかし素晴らしい情報が手に入ったのかなあ。偉大なる司書さん?」

「そ、そう簡単に情報が手に入ると思ったら大間違いなんだから……!!」

「言い訳だけは達者だねえ。妖怪口だけ女」

「いっ……!? 言い訳じゃないわよ……!! そもそもマナミの情報は玉石混交だもの……辺見が悪いヤツじゃないなんてバカバカしい……!!」

「まあ、たしかに? 一理あるねえ?」

 

 十和田はそう言って、くいと頬をあげた。

 白河も沈痛な表情で俯いていた。

 たしかに、辺見ルカリスが悪いヤツではないというマナミの情報は本当とは思えないな……

 

 

「貴様ら、なにをしている……」

 

 

 乱暴に開かれたドアは西部劇を彷彿させ、黒生寺がずかずかと美術室にあがりこんできた。

 

「まあ、黒生寺さま! プラモデル作りでございますか? それなら芙蓉たちは他の場所でお話しましょうでございます!」

「ガ、ガンマン……あんたじゃないわよね……」

「なんの話だ……」

「あんた、マナミを盗んでないわよね……?」

 

 錦織がそう言って睨みつけるが、そもそも黒生寺はマナミを知らないだろう。

 あまり効果は……

 

 

「……な……っ! マナミ……だと……!?」

 

 

 

 ……あれ?

 なんだ、この反応は。

 

 

 

「どういうことだ……どうしてマナミを貴様らが知っている……!?」

 

 いや、聞き返した言葉ではない。

 黒生寺はマナミのことを知っているのか!?

 でも、黒生寺はマナミに会ったことなんてないよな?

 

「ど、どうしてって……? ま、まさか……あんたが盗んだってこと!?」

「ヤツがいるってことはアイツはどこだ……!? クソ……やっぱり生きてやがるのか……!!」

「話を聞きなさいよ……!? ど、どうせ根暗なニセ司書の言うことなんて聞きたくないんでしょうけど……!!」

「ネクラだのネブタだの知ったことか……アイツはどこだ……!?」

「そ、それが知れたら、こんなに悩んでないわよ……!」

 

 黒生寺は錦織の言葉を聞いて、不服そうではあるが踵を返した。

 しかし。

 

「お、お待ちくださいませ、黒生寺さま! マナミさまを見つけたら、すぐに錦織さまに返してさしあげてくださいませ!」

「ンなことを誰がするか……見つけたら仕留める……それだけだ」

「お、おい、黒生寺!?」

「ブッ潰す……必ず俺が……」

 

 黒生寺の瞳は真っ黒に染まっていて光がまったく見えない。

 どうやら本気のようだ。

 でも、どうしてマナミを壊そうとするんだ?

 

「それはいけませんでございます! たとえ黒生寺さまが望んでも、芙蓉が認めないのでございます! マナミさまを壊すことはいけません!」

「だ、だいたい……私だってそれは許さないんだから……! ま、まだマナミには情報が……!」

「知ったことか……今日出られるなら必要ないだろ……」

「でも、マナミさまは芙蓉のお友達なのでございます!」

「なにが友達だ……俺が壊したところでアナウンスは鳴らないだろ……」

「それでも! マナミさまと一緒に外に出なければならないのでございます! それにマナミさまの大切な先生を探すと芙蓉は約束して」

「……っ!! っる、せえ……!! アマがいちいち口出しするんじゃねえ……!!」

 

 黒生寺は大股で角に歩み寄ってきた。

 しかし、その二人の間に割って入ってきたのは細身の真田だった。

 

「角ちゃんに手を出さないで! 女の子に手出すとか、マジでクソヤローそのものじゃん!! うちが許さないから!!」

「ふん……そんなヤワい体で平手打ちでもできるものなら、やってみぉうがッ!?」

 

 言い切る前に、黒生寺は強いうめき声をあげた。

 ……見ると、黒生寺の右足の甲にはブーツの細いヒールが思いっきり突き刺されていた。

 あ、あれは、激烈に痛いヤツだ……!!

 

 

「ッじゃ……っ邪魔するんじゃねえクソアマがァッ!」

 

 

 黒生寺が痛みや脂汗を吹き飛ばすかの如く、左足で勢いよく彼女の腰を蹴り飛ばした。

 彼女の体が吹っ飛び、棚にたたきつけられる。

 いっ……という叫びにもならない呻きが真田の口から洩れた。

 

「ひやぁぁぁっ!? マダム真田ぁっ!?」

「真田さんっ!」

「お、おい! 冗談だろ!?」

 

 ランティーユ、天馬、さすがの十和田も動揺して真田に駆け寄った。

 白河も引き攣った顔立ちで真田のもとに走る。

 

 ひどい。今の黒生寺はいくらなんでも横暴だ。

 このままじゃ本当に人を殺しかねない!

 萩野がいない今……動けそうなのは……!

 

 

 

 

「黒生寺っ! やめろ!!」

 

 

 

 

 俺は黒生寺に向かって、掴み掛ろうと手を伸ばそうとした。

 だけど、それは物理的に不可能だった。

 

 

 

 黒生寺の大きな体が宙に舞っていたからだ。

 

 

 

「ちょ……えっ、な、ナニコレ?」

 

 叩きつけられた真田も、苦渋の表情ながらも茫然とその光景を眺めていた。

 一瞬のうちに黒生寺は何者かの肩に担がれて、前方に投げ飛ばされて床に転がったのだ。

 いわば背負い投げだろう。

 

「こ、これは一体……? 黒生寺さん……だ、大丈夫ですか?」

 

 白河は足元に投げ出された黒生寺の腕に触れるも、ぱん、と振り払われる。

 でも、あんな体格の屈強な男を相手をできる人など……

 

 

「これ以上、暴力を見逃すわけにはいかないのでございます」

 

 

 床に仰向けに転がった黒生寺を彼の正面で見下ろしていたのは。

 愛らしいゴスロリ風の衣装を纏った少女。

 フラワー・フローラ……いや、角だ!

 黒生寺は転がったまま、角のカモシカのような足を豪速で蹴り払おうとするが。

 

 

「ぃぎッ……!?」

 

 奇声をあげたのは黒生寺だった。

 蹴ろうとした足をさらに角によって蹴り飛ばされて、でんぐり返しをされたのだ。

 三転倒立に失敗した体操選手の如く、今度はうつぶせになる。

 

 

 その後のやりとりは、彼と彼女にしか全容は分からない。

 

 俺の目では追いきれなかったからだ。

 黒生寺が角の顔を殴ろうとすれば、角は腕で受け止め素早く払いのける。

 彼が足を狙えば、華麗に空間を上手に使いひらりとステップして交わしていく。

 角は彼が拳を振り下ろす前、足に力を入れるときの僅かな一瞬を狙い、お返しに腹や腕を小突き打ちのめす。

 俺たちは、繰り広げられる闘いに、なにもかもを忘れて、スポーツ観戦の観客のようにその光景に没頭していた。

 

 

 

 そして、角は回し蹴りに失敗した黒生寺を。

 

 

 

「――っ!!」

 

 

 

 萩野の試合の時に散々聞いてきた音が鳴り響いた。

 彼の右頬を張り飛ばしたのだ。

 角は笑顔を湛えていない。だけど、一つだけわかる。

 彼女は真田を庇うようにして立って戦った。動けども彼女は真田を守り通そうとしたのだ。

 

 

 すわ恐ろしい魔法少女だ……

 

 

 

 

 

 そんな黒生寺は苦痛の表情で倒れこみ……

 

 

 

 

 

 

「――甘い」

 

 

 笑った。

 

 角の鋭く息を吸い込む音が聞こえたと思ったら、彼女は床にしりもちをついていた。

 なにがあったと思う間に、黒生寺は仁王立ちをして銃口を彼女の眉間の方向に差し向けた。

 

「大した腕だ……しかし、俺に対する殺意がなかった……その時点で貴様の負けは確定も同然……」

「お、おいムッシュ!? おおおお、落ち着こうっ! 二人とも話せばわかるって!」

「…………ええ。やれるなら。芙蓉はこの距離でも構わないのでございます」

 

 銃口を向けられても、角はまったく動じなかった。

 黒生寺は見たこともないほどの不気味かつ恍惚な笑みを浮かべている。普通の人生ではまず見かけられない。異常な人殺しの笑顔だった。

 だが、その笑顔はすぐさま消える。獲物を捕らえるときの鷹の瞳だ。

 

 

「それじゃあ……死ぬんだな……!」

 

 

 それでも、角は黙って黒生寺を見据えている……。

 ああ、おしまいだ。

 みんなで出なきゃならないっていうのに、こんなことって!!

 

 

 でも、間に合うか間に合わないかなんて!

 駆け出すのを迷う暇なんて……!! 俺は足を踏み出した。

 

 

 その瞬間。

 

 

 

 

 

 

 ――ばちんっ!

 

 

 

 

 

 ……破裂音でも銃声でもない。

 今の音はなんだ?

 だが、思いを張り巡らせる前に。

 目に墨汁をかけられたように辺りは真っ暗になった。

 

 

 

「……なっ?! なんだっ!?」

 

 

 窓もない空間にもたらされた暗闇。

 そんな状況に対して動揺がもたらされるのはあっという間だった。

 

 

「え、ちょ、ウソ!? こんなときに停電?!」

「ひぃぃっ!! 一体全体どうしてこうなっちゃったのか神様でも仏様でもいいから聞きたいよ! 最後の日だっていうのに!」

「み、みなさまっ! こういうときは落ち着くのでございます!」

「避難訓練をバカにした罰ね……! みんなハリウッド映画を見て、自分ならこうして助かるのにって思いこんじゃうタイプなんでしょ……!?」

「ってえ?! 誰だよ僕の足を踏んだのは!」

「すみません。私かもしれません……」

 

 暗闇の中で、混乱の声があちこちで湧き上がる。

 どたどた、という足音が鳴り響き、みんなして出口を探そうと必死になって熱気が溢れかえった。

 俺も肩や手に、他の体が触れ、ぶつかりよろめきそうになる。

 

 

「チッ、照準が……ライター……いや、マッチしか……」

 

 黒生寺の低い声を聞き取った。

 だが、同時にあることを思い出す。

 

 

 

 

「あっ、ま、待てダメだ黒生寺! 火をつけちゃ!」

「っぇ、お、い、あぁ、あああああああぁぁあぁぁあっ!!!??」

 

 

 

 まずいと思う前に、着火音と共に大きな叫び声が弾けた。

 やはり十和田だ……!

 そして、ばん、ばんという破裂音が立て続けに打ち鳴らされる。

 まさか銃声か!? 同時に多くの悲鳴が混ざり合った。

 

 

「あっ……いっ……たぁっ!?」

「!! 危ないでございますっ!」

「ッ!?」

 

 

 

 多くの音が暗闇の中で響いたと同時に。

 がごん、がしゃん――と金属が叩かれたような音が鼓膜を勢いよく打った瞬間。

 ……ぱっ、とようやく電灯がついて部屋の中が照らされた。

 

 

 

 

 そして、最初に俺たちが見たのは――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃を握ったまま、茫然と尻餅をついた黒生寺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 右足を真っ赤に染めて膝をついている十和田。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭から血を流して倒れている角だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……!?」

「っ! 角さん、十和田くんっ!」

 

 俺と天馬がいち早く二人に駆け寄り、それと同時に他の人たちも一斉に彼女の元へ駆けつける。

 十和田は靴を抑えて、荒く息をしていた。

 

「十和田大丈夫か!? お、お前……足が……!」

「く……っそっ! 大丈夫……なわけあるか?! な、なんでこんな……っ!?」

「ゆっくり深呼吸して……! 今、手当てするから」

「ちょ、なんでこんな……っね、ねえ角ちゃんもヤバイっしょ! 角ちゃん!」

「角さん、目を覚ましてくださいっ! あなたは死んではいけません、しっかりしてください!」

「んぐぐ……こ、このガンマン……本当に殺すなんて……さすがは犯罪者というべきかしら……?」

「俺は……やってねえ……!!」

 

 錦織の言葉と同時に、尻もちをついていた黒生寺が立ち上がる。

 銃口の狙いは角の後頭部……こいつ。本気で……!!

 

 

「黒生寺っ!」

 

 俺が止めるまで、隣にいたランティーユを押しのけるまでに、かなりの時間はあったはずだ。

 相手は超高校級のガンマンだ。

 俺が呼び止める前に、確実に3発は撃てたのではないだろうか。

 だけど、黒生寺の腕を俺は掴み取ることができた。

 

 銃声が鳴り響く前に。

 

 

「よ、よくやったよ、ムッシュ……で、でも、こんなに強く押さなくても」

「悪かった……だけど、黒生寺」

「………………」

 

 無言のままだったが、黒生寺の横顔は困惑に満ちていた。

 あの腕を止める前、彼の腕は小刻みに震えていた。

 まるで引き金を引くことに対して恐れていたように……。

 

「七島さん、お見事です。黒生寺さんは彼女を殺していません。おそらくこの梯子のせいだと思われます。老朽化していることもあって倒れてしまい、不幸なことに角さんに直撃してしまったのでしょう。マッチの火は……黒生寺さんが尻餅をついたときに、手で鎮火したみたいですね。軽いやけどになってますから」

「ふん……キズのうちに入らん……」

「不運の私が当たっていれば、こんな大惨事にはならなかったかもしれないのに……」

 

 それだとしても大惨事だよ……

 でも、どうして短時間で立て続けにこんなことが……?

 

「みなさん……先ほどの銃声は外で誰かが撃った可能性が高いです。前に言った罪人、もしくは元怪盗が本当にいるとすれば、その方々の可能性もあるかもしれません」

「まったく物騒ったらありゃしないなあ……っ! このゴキブリといい、あのクマはなにしてんだよ」

「そ、そーだ。ってか、この人数でアナウンスが鳴ってないってことはさ! 角ちゃん、まだ生きてるってことだよね!?」

「……う……、うぅ……」

 

 苦しそうにうめき声をあげながら、角は生まれたての鹿のような足でのろのろ立ち上がろうとする。

 角ちゃん! と慌てて真田が彼女の肩を支える。

 彼女が、生きていたことに、ひとまずは胸を撫でおろす。

 だが、死んでいないにしても、相当重症だ……!

 

「と、とにかく保健室! 輸血しなきゃだし!」

「あ、あわわわ……ぼ、ぼくも手伝うよ……! ムッシュ萩野もお留守だからね!」

「俺も……」

「は?」

 

 黒生寺が一声をあげると、真田がじろりと睨みつける。

 お呼びでないことは火を見るより明らかだが、黒生寺には通じるはずもないだろう。

 

「アンタはいらない! ってかアンタは元凶でしょーが! どうせまた角ちゃんをアワヨクバ殺したいだけじゃないの!?」

「…………? ……っ…………そ、うだ……!」

「ショウジキすぎか!?」

「いや、……んなことはどうでもいい……さっきの銃声……!! 俺の二番煎じはいらん……ぶちのめす……!!」

 

 黒生寺は拳銃を持ち構えて、ドアを開けて駆け抜けてしまった。

 ……そういえば、真田とのやりとりも変だったな。

 肯定したにせよ、殺したいのかという問いに対して少し驚いていなかったか?

 そもそも、マナミの話を聞いてから様子がおかしくないか?

 

「とにかくみなさん、私たちも急ぎましょう……! 皆殺しにされる可能性は避けなければ……っ」

「ひっ……!? そ、そ、それだけはイヤ……っ!!」

 

 皆殺しと聞いて、錦織が駆け出したのと同時に俺たちも一斉に廊下に出た。

 錦織はもうどこかに逃げたのか、俺が廊下を出るといなくなっていた……大丈夫だろうか?

 角を肩で支えながら、真田は「それじゃあ」と口を開く。

 

「うちは保健室に行く! みんなもササッと逃げてよね! うち、みんなの白装束とか見たくないから! ……ってか、大豊ちゃんとか他の子もダイジョーブかな……」

「そうだよね……ぼくもマドモアゼルのウエディングドレスを見るまでは……って、ああっ! マドモアゼルが心配だ! マダム真田、パルドネ・ムワ! ぼく、彼女を探しに行くよ!」

 

 ランティーユはそう言って、短い足を細かく動かして駆け出してしまった。

 「ちょっとー!」という真田の声は届かなかった。

 

「あー! それもうシボフラじゃん!?」

「シボフラ……? 真田さん。それなら私が一緒に手伝いましょうか?」

「いやヘーキ。うち、雑誌の企画で無人島生活もサバゲーもさせられたことあるからさ……ってか、なんでギャルって強いって思われんだろうね?! ギャルだって毒食ったらレインボーゲロ吐くっての!」

 

 大変なんだな。真田も……

 と思っている間に、また銃声によって声が遮られる。

 

 

「や、やばっ……! と、とにかく、うちはダイジョーブだから早くみんなも逃げて! 角ちゃんは絶対守るから!」

 

 

 そう言って、角を細い肩で支えながら彼女を少し引きずるように駆けおりていった。

 どちらも無事でいてくれればいいんだけど……

 

「くそ……マジもんの緊急事態すぎて……どうすればいいんだよ……! 僕だって足をどうにかしたいっていうのにさあ!!」

「応急手当はしましたので、恐らく大事には至らないと思います。十和田さん、あなたは今の状況では、この足で逃げるのは不可能に近いです。まずは、落ち着きましょう。黒生寺さんの可能性もありますが、他の生徒も銃を持っていることもあるでしょう。みんなで一階に逃げるのは避けて、一旦ここはバラバラに別れて、ひとまず10時まで待ちましょう」

「あ、ああ……それじゃあ、俺は家庭科室に行く」

「私は女子トイレにするね」

「はあ……僕は一番近そうな娯楽室で……」

「では、私は男子トイレに。みなさん。幸運を祈ります……絶対に生きましょう」

 

 白河は一礼をして、すぐさま駆け出していた。

 足を引きずりながらも十和田も苦い顔で去って行った。

 

 天馬もちらりと俺を見上げた後、細い背中を向けた。

 その肩先が、かたかたと震えていたのは俺の見間違いではない。

 ……彼女も恐れているんだ。

 

 それでも、あの約束を果たすためにも、俺たちは……!

 

 

「絶対、生き延びよう!」

「七島くんもっ」

 

 

 

 そういって俺らは言葉を交わして、俺は真っすぐ家庭室に向かった。

 部屋に入り、まず時計を見ると、時間は9時を示していた……後、1時間か。

 ミシンが並んだテーブルを見つめながらドアにもたれかかる。

 

 

 いつだれが入ってくるか分からない恐怖が押し寄せてくる。

 元怪盗に、超高校級の罪人……本当に彼らがいるなら、マナクマの刺客として襲ってきてもおかしくない。

 とにかく俺たちは生き延びることを考えればいいんだ。

 これ以上、絶望などに負けてたまるものか。

 

 

 ……改めて、生き延びるというワードに感慨が湧き出した。

 外に出たら、コロシアイ生活は終わる。

 犠牲は出たが恐らく大団円というべきなのだろう。

 

 

 しかし、ランティーユの言った通り。

 元怪盗に、超高校級の罪人。辺見ルカリス。マナミ。 

 そもそものマナクマの目的や正体……なにもかもがハテナマークの鍵で閉ざされたままだ。

 俺たちは謎を残したまま、このまま本当に外に出ていいのだろうか……?

 

 いいや、外に出てからも謎は解ける時間はたっぷりあるはずだ!

 警察組織や国だって動くはずだ。こんなことは希望ヶ峰学園の危機とも言えるんだから……きっと……。

 

 

 

 

 

 ――9時30分。またもや銃声が鳴り響いた。

 自分が撃たれていなくとも聞くだけで心臓に悪い。

 

 

 

「……大丈夫だよな……?」

 

 

 俺は膝を抱え込んで息を潜めていた。

 自らの高鳴りを落ち着かせるために、腹式呼吸をする。

 ひんやりした空気で肺が冷たくなる。それでも呼吸ができる安心感に満たされる。

 

 ……あの夢では息ができなかったから。

 今日の転寝で見たのは、ただの白昼夢だったのだろうか?

 フラッシュバックという現象を聞いたことがある。

 昔のイヤな状況が夢になって表れて、悪夢となってうなされる……それだけではない。フラッシュバックは覚醒状態になって、過呼吸とかパニックを起こすと聞いた。

 

 

 十和田の暴れたという言葉を信じるならば、白河がはっきりと殺人鬼の顔を覚えていないように……俺にもなにか恐れている記憶があるというのか?

 

 

 思いだそうと頭を捻っても、死にかけた出来事などない。 

 強いて言えば、小学校の時に呪い扱いされていた階段から転がり落ちて気絶したぐらいか……

 そうだ、こういうくだらない日常が。

 くだらなくて、楽しい日常が後30分で……

 

 

 

 ぱさり、とポケットからなにかが落ちた。

 これは……ユビキタス手帳だった。

 

 

 

 

「……っ!」

 

 

 

 鈍い鉄の匂いが鼻孔に広がった。

 実際の血は目の前にない、記憶の匂いだというのに、一気に不快感が押し寄せる。

 

 

 藤沢との快活な指切り。

 四月一日の熱い指導。

 井伏の爽やかな笑顔。

 円居の語る未知の科学。

 

 悲しいほどに色褪せかけた記憶だった。

 でも、それよりも鮮明に脳裏に焼きついて離れないのは……。

 

 藤沢の血を浴びた衣装。

 四月一日のプライドを捨てた命乞い。

 井伏の笑顔を失った死に顔。

 円居の狂った悲壮な笑い声

 

 

 彼らは命を棄てられたんだ。無残にも。誰も望んでいない形で。

 

 

 

  ――どうか、これから先も“真実”を見つけてくれないか。

 

 

 またしても円居の遺言が囁かれる。

 あれは祈りではなく、呪いだったのだろうか。

 

 彼らから逃げてはいけない。

 真実を見つけていない以上、この学園から去ってはいけない。

 

 

「だ、だけど……それでも……」

 

 

 俺たちは外に出るんだ。

 いいや、出てはいけない。まだ終わっていない。

 2つの相反する思いで頭が割れてしまいそうになる。

 体育座りのまま、額を膝小僧につけてゆっくりと深呼吸する。

 

 

 …………わかっている。俺たちは出たとしても逃げられることはないんだ。

 俺たちの仲間が死んだ事実。

 そして、俺たちが彼らを見殺しにしたという現実。

 それはこれからどんな未来に陥ろうと……永遠に残り続けるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ピンポンパンポーン

 

 

 

 我に返ると、チャイムの音。

 顔を上げて時計を見ると10時……夜時間だ!

 複雑な感情だらけだが、まず訪れたのは純粋な安堵であった。

 

 

 …………ああ、やった……。

 

 これで、俺たちはひとまずコロシアイを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『死体が発見されました! 一定の捜査時間の後、学級裁判を行います!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………は?

 

 

 どういうことだ……?

 今のチャイムって……間違いだよな?

 体全体に血がどくどくと張り巡らされ火照るどころか溶けそうになる。

 嘘か本当かなんて考える暇はない。と、とにかく外へ……!

 

 

「っ!?」

 

 慌ててドアを押しても引いても開かない。

 まさか、閉じ込められたのか!?

 

 ドアに突進する形で体当たりすると、ようやく勢いよく開いて転びかける。

 廊下を見るとごろんと石膏像が倒れていた……まさか、これがドアに置かれていたのか?

 

 いいや……そんなことよりも! 俺はどこに行けばいい……!?

 すっかり凝り固まった足を叱咤しながら走り出した。

 

 

 

 あんなのは嘘だ。信じないぞ。

 だって、俺は、まだ夢を見ているんだ。

 現実の俺が、まだ眠っているだけなんだ。

 そして、誰かに起こされて変な夢を見たって言って呆れられながらも「さあ出よう」って手を差し伸べられて。それで……。

 

 だから、誰でもいいから現実の俺を起こしてくれ。

 水をかけて目を覚まさせてくれ!!

 

 

 

「七島くんっ!!」

 

 

 朦朧としたまま駆け出していると、天馬に呼びかけられる。

 ドアの前に立っていた天馬の顔は青褪めていた。

 あの部屋は――技術室だ。

 

 

「七島っち……でも、いいよ……ねえ……助けてよぉ……」

 

 

 さらにドアの近くでは、大豊が廊下でぺたりと座りこんでいた。

 泣きはらした上目づかいで俺を見ているのは、いつぞやに見た憤怒とは程遠いか弱い少女の姿であった。

 そしてそんな彼女に寄り添っているランティーユも、今は茫然として全身の力が抜けきってしまっているようだ。

 

 

 

「ムッシュ……なあ……どうすればいいんだい? このまま……また、ぼくらは絶望に飲まれてしまうのか?」

 

 

 ランティーユは頭を振ってモノクルを外して片目を覆った。

 半開きになっているドアは「ほら、確認しろ」と言わんばかりに俺を挑発しているようだった。

 震えた手をおさえながら、俺はゆっくりとドアを開けた……。

 

 

 ドアを開けるや否や、扉口に飛び込んできたのは天井を仰ぐ体。

 体の心臓の位置を示すように、胸には黒い穴が深々と開いている。瞳はぎょろりと天井を見上げて、電球を括目していた。

 でも……その瞳に光など見えていない。見えるはずもないのだ。

 

 

 

 

 

「う…………っうわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

 

 

 大豊がヒューズが切れたように泣き叫ぶ。

 それと同時に腰が抜けて、俺は地に手がついてしまい、骨盤と足、手首に鈍い痛みが体に響き渡る。

 

 

 

 

 ――七島くんっ!

 

 

 

 

 

 本人は否定はしていたが、俺を心配してくれた声が蘇る。

 ああ、ダメだ。またこれも記憶になってしまう。

 やめてくれ、これ以上思い出だけを残して行かないでくれ。

 それでも現実は「だから無駄だよ」と嘲笑っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやだぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!! 十和田っちぃぃいいいぃいぃい!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、『超高校級の手品師』十和田弥吉の死によって。

 俺たちはもう一度、非日常に引きずり込まれた。

 

 

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