『姐さん、事件ですよ!!』
マナクマがどこからともなく目の前に現れる。
いつぞやに見たローテンションは消え失せ、腸が煮えくり返りそうなほど場違いな笑顔。
怒りの前に、俺はマナクマに詰め寄るように一歩踏み出す。
「お前……っ! やっぱり俺たちを騙していたんだな!?」
『だました? なんのこと? いやあ、飽き症に罹患してなにもかもどーでもよくなっちゃったけど、すっかり完治したよ! しかも治った途端に殺人事件! ボクも超クマ級の幸運だね! うぷぷぷぷ……ねえねえ大豊さんもそう思わな』
「ちがうっちがうのあたしじゃないっあたしじゃないから来ないでぇええぇぇっ!!」
マナクマの急接近で、大豊はヒステリックに逃げ出す。
「マドモアゼルッ!」とランティーユが後を追おうとするが、それをマナクマが立ち塞いだ。
「ちょ、ちょっと!? どいてくれよ!」
『おっとランティーユくん。ボクからのプレゼントをまだ受け取ってないよね? というわけで。はい、マナクマファイル、Part3! ……ドナドナされた子牛みたいな悲しい顔しないで。七島くんのもあるからね』
俺は乱暴にマナクマの手からタブレット端末を取り上げる。
なんで、どうして、十和田が。
無理矢理、深呼吸をしたけれど、その息は脳内で思考をごちゃごちゃに散らかすだけだった。
次にマナクマは天馬の足元に歩み寄る。
いつも以上にヤツが憎らしい顔をしているように見えたのは俺だけだろうか……?
天馬は少し身構えたように顔立ちが強張っている。
『いやはや、相変わらずのアンラッキーガールだね! スタンディングオベーションしたくなったよ! 天馬さんが後1分、この部屋を見るのが遅ければ、みんなさよなら希望ヶ峰学園できたのにね!』
「……それって、どういうこと?」
天馬は目を丸くして唇を震わせていた。
嫌な予感しかしない。
いや、俺が思っている以上に最悪の答えが待ち受けている。
「待て! 聞いちゃダメだ天馬!」
『あーあーあー! 最大ボリュームで言いまーす! ある匿名の生徒に、殺人をした時点で学園から出られないのかって聞かれたんだよね! ボクはこう答えたのよ!! "アナウンスが鳴るまでは殺人が発生したとは言いません。たとえば9時に殺しても10時まで3人以上に発見されなければ出られます"ってね!』
「ふざけるなやめろっ!!」
『いやあ、女子トイレのドアが開かなくて隠れる場所を技術室に変えて駆けつけたら遺体発見だって? ぶひゃひゃひゃ! 建付けが急に悪くなるなんて追手内洋子さんだね! 星をみんなで見に行こうね、なーんて言ってフラグをビンビンにおったてた時点で』
悪魔め。
マナクマの言葉が紡がれるたびに、天馬の血の気がさあと抜けていく。
諸悪の根源に拳を振り上げようと、腕に力をぐっとこめた……けど。
「よせムッシュ! そんな暴力で彼女は喜ばないぞ!?」
ランティーユによってそれは阻まれた。
彼の腕は俺よりも細かったが、それは俺をぎりぎり止める力であった。
マナクマが「どひゃあ」と能天気な悲鳴をあげる。
『危ないデカですなあ。七島くんボクのこと殴ろうとしすぎじゃね? ムエタイ選手にでもなりたいの? まーいいや、そんじゃま今回もがんばってちょ!』
台風一過と言わんばかりにマナクマは去っていき、技術室は静寂に見舞われた。
そして――天馬は。
「て、天馬……大丈夫か?」
「大丈夫、落ち込んでられないよ。今は十和田くんのためにも調査しないと」
「い、いや、待ってくれ」
俯き加減でのろのろと技術室に入ろうとする天馬を制する。
「ダメだ。今は捜査よりも先にお前自身を大事にしてくれ」
「そういうわけにはいかないよ。だってこんな状況なのに」
「こんな状況だからこそだよ。天馬」
「だけど捜査なんだよ。やらないと……っ」
「いいや天馬っ!! 休んでくれ頼むから……!! 自分の気持ちに素直になってくれ!」
天馬は俺のことを見張るように見つめた……いや、俺が強い口調になったから驚いたのだろうか。
……ああ、こんな顔を見たくない。
星を一緒に見ようと言った柔和な横顔を奪ったのは誰だ。
「……ありがとう…………ごめんね」
天馬は踵を返して、技術室から足早に去って行った。
彼女があそこまで落ち込む姿を見たのは初めてかもしれない。
……それでも、俺はなにもできなかった。
「ムッシュ、気を落としちゃダメだ。君は紳士としての行いをきちんと果たしたんだ」
自己嫌悪の瀬戸際の中。
ランティーユは俺にきっぱりと言って肩を叩く。
「紳士、なのか?」
「ぼくも女の子の涙は見たくないからね。それに彼女だって泣くことは本意じゃなかったはずだ……良い判断だったよ、ムッシュ」
優しげに諭してくれたランティーユは改めて今の状況を確認して……口を手で抑えた。
今残されているのは、俺とランティーユ。そして。
空虚な目を宙に向けて仰向けに倒れた十和田の遺体。彼の胸は黒い穴がぽっかりと空いている。
胃酸が急速に喉へと這い上がってくる。何度見ても慣れない……いや、慣れてはいけない。
「ランティーユ。検死を頼んでいいか?」
「マドモアゼルを追いかけたいけど……でも、ムッシュの男気を見てしまった以上は仕方ない。手を貸してあげる。でも、ぼくだって鑑識じゃないからね。多少の間違いや差異は覚悟の上でいてくれよ? ……もっともベストは尽くすけれど」
俺たちは強く頷きあった。
ランティーユは不安を隠しきれていないが無理もないだろう。
彼にはあまり負担をかけないようにして……俺も正しくこの事件を見極めなければいけない。
十和田を殺した真犯人を。
俺たちの希望を潰した絶望を俺たちは探し当てなければ……!
タブレット端末を確認すると、以下のようなデータが表示された。
被害者:十和田 弥吉(超高校級の手品師)
場所:技術室
死亡推定時刻:21時30分
備考:死因は心臓に弾丸が貫通したことによる銃殺
右足の甲を負傷している
やはり見た通りの“銃殺"か……。
よく見ると、技術室の入り口から十和田の倒れている床まで“線のような血の跡”が引いてあるが……
「……? これは……」
壁の電源スイッチ近くの床に“非常に小さい緑状の塊”が粒子のように散らばっていた。
十和田の左手の平も緑状の粒子で汚れているようだった。
俺は床からBB弾サイズのものを見つけ出して手に取ってみた。
固まったスライムのような……よく見ると、緑状の固まりは半透明で、“黒い短いコード”のようなものが見えた。
……いったいこれはなんだろう?
「ええと、右足の甲は停電で怪我したものだろうから、ファイル通り……胸を貫かれたのが死因なのは確かだろうね……」
しばらく、ランティーユは仰向けの十和田の横に恐る恐る膝をついて手を伸ばす。
うっぷ、という吐き気のような声も漏れたが……途中で目を見開いた。
「お?」
「どうした?」
「見てくれ。ポケットに"コルク"が入っていたよ」
「"コルク"ってワインの?」
「ウーララ!? まさかのムッシュ十和田、未成年飲酒かい? 大問題だよ!?」
言われてみれば、ワインの栓のような茶色の"コルク"だ。
飲酒は考えられないが……でも、気になる点だな。
「右足の甲の傷は"刺し傷"みたいだね」
「"停電"の時の怪我だよな……」
「銃で殺される前から何者かにぐさっと刺されたんだよね。そのときに殺せなかったから追撃ってところだったのかな……と言いたいところだけどさ。足の甲とは随分とマニアックだよね?」
たしかに、"足の甲"というピンポイント。
しかも刺しやすくて致命傷を与えるであろう背中や腹でもないんだよな。
……そもそもの話。
「さっきの美術室の停電って一体なんだったんだ?」
「ぼくに聞かれても……電気の使い過ぎ? でも日本は節電大国って聞いてるよ?」
節電大国はともかくとしてだ……。
これはもう一度、美術室も調べてみる必要があるな。
ランティーユは別の棚に歩み寄り、ざっ、となにかを確認した。顔がさらに曇りはじめているが……
「ウーララ……銃が一丁しかない」
「え? また、減っていないか!?」
"背の低い机"の上に載っている銃は一丁しかない。
元々5丁あったという話だったが……
その内の一丁は黒生寺が持っているよな……?
ならば、残りの三丁はいったいどこに消えたんだ?
「そういえばムッシュ。さっきから気になっていたんだけど、ここの電球は付け替えたのかな?」
「付け替えたって?」
「いつの日か、銃声が鳴った朝があっただろう? あの時に技術室の電球が割れていたっていうのは知っているかい?」
そう言えば、銃声が鳴った朝の時に、白河もそんなことを言ってたっけ。
「一部屋ずつ確認したところ、技術室の電球が割れていたので、銃声の一つはそちらでしょうね。そして、もう一つはそのミシンということになりますね」
「あの日以来、毎日ぼくは電球を確認していたんだよ。今日の朝も見たけど電球はなかったんだ……ところがだ。これを見てごらん」
そう言ってわざとらしくランティーユは天井に指をさす。
天井、というよりも、照明といったところか……そこには煌々と白電球が光っている。
「"電球がある"んだ」
「どういうことだ? 電球があることが今回の事件に関係あるのか?」
「それは分からないよ。ムッシュは早急だね……だけど変化は注意すべきファクターさ。忘れないで記憶しておくようにね」
ランティーユはなるべく柔和な顔をしようとしていた。
しかし、眉根を寄せて、唇は痙攣したように引き攣っている……。
この状況で笑えというのが、難しい話なんだけどな。
一旦ランティーユと別れて、停電のことを確認するために美術室に向かった。
ニスの匂いが広がったと同時に、彫刻の作品が並んだ棚を眺めている紅の姿を見つける。
「あっ……」と声を漏らすと、紅はすぐさま歩み寄った。
「無事だったんだな、紅! 大丈夫か……!?」
事件が起こる随分前。
彼女は廊下で倒れていて萩野が介抱していたんだ。
「ええ、アナウンスが鳴るまで萩野とずっと一緒にいたから。あなたも無事でよかった……けど……ねえ。一体、どうなっているのか説明できる?」
「……俺にもわからない」
「そう、よね………あの十和田がどうして……」
紅は口に手を当てて苦しそうな表情を見せた。
よく見ると、彼女はなにかを持っているようだ。
きらりと切っ先が光っていて思わず俺は立ちすくんだが……意を決して聞いてみよう。
「なあ、紅。それは?」
「"ナイフ"よ……あっ」
紅は自分の持っているものに気づいたように、それを背後に隠す。
彼女はバツが悪そうに、瞳を挙動不審に動かした。
俺がなにを言うべきか迷っていると、「あの」と声がかかる。
「疑われても仕方ないかもしれないけど……この部屋で見つけたのよ。棚の下で光っていたから」
「棚の下に?」
「"ナイフ"の鞘もないから、どうしようか迷ってて……驚かせてごめんなさい」
俺はそのナイフを見た……なんか、見覚えがあるな。
これって、"厨房のナイフ"だろうか?
……そうだ、角がパイを切り分ける時に使っていたものだ。
でも、彼女はあの後、ちゃんとナイフを置きに行ってたはずだ。
紅は一息を吐いて、ズボンポケットを探る。
その中から、ハンカチを引きずり出してナイフを簡単にくるんだ。
次に俺と紅はこの部屋の“梯子”を確認した。
「ここの梯子が倒れて角が大怪我したって白河からさっき聞いたわ。本当なの?」
「ああ、そうだ……」
果たして角も無事なのだろうか。後で確認しないと。
例の梯子は今は元に戻されている。
梯子から天井裏のような2階スペースに入れるのだろう。
「この梯子が倒れる前に、美術室で停電が起こって……"銃声"が鳴ったんだ」
「私も聞いたわ。黒生寺が撃ったのかしら? 一応、色々な場所を確認してみたけど、銃の痕は"二階の廊下"に一個あったぐらいかしらね」
俺も辺りを見回してみた。
棚や壁、美術品に天井……ぐるりと見渡したがそれらしき"銃痕"はどこにも見つからない。
そういえば、俺が隠れていた家庭科室……その扉の前に置かれていた"石膏像"もここから持ってきたのだろうか?
「銃声の1つは十和田が撃たれた時のものよね。でも、もう1つはいったいなんの目的が……?」
「いや1つだけじゃない。もう2発あったよな。4発鳴っただろう?」
「…………いいえ? 銃声は2つよ」
……あれ?
食い違いが発生していないか?
「一つは"20時半"ぐらい……だったかしら? もう一つは"21時半"に鳴ったはずよ」
「なあ、、立て続けに鳴った銃声を忘れていないか?」
「……そんなもの、あったの?」
紅が嘘を言っているようには思えない。
だからと言って、俺が聞き間違いをしたわけでもないはずだ。
マナクマ曰く、銃声は鳴ったら、どの部屋にも聞こえるようになっている……らしい。
なにしろ他の人たちも聞いているぐらいなのに……不可解だな。
銃声のことは裁判でも聞いてみよう。
今はできるだけ多くの物証を見つけなければ。
「……ちょっと上も見てくるよ」
俺は梯子に手をかけて慎重に上へとのぼっていく。
その際に、鉄製の梯子も隈なく確認してみるが、"銃痕らしいものは見つからない"……梯子をのぼりきって2階フロアに足を踏み入れる。
薄暗く埃っぽい倉庫のような空間が広がっていた。
それにしても天井も低いし、狭苦しく視界が悪い……電子生徒手帳をつけて少しだけ辺りを照らす。
部屋の奥には"ブレーカー"が見えた。特段、なにか仕掛けを施したように見えないが……
その時、ばさばさ、とい聞き覚えのある音が――。
「わっ!?」
突如として"白い物体"が俺の目に向かって飛び出してきた。
思わず、背筋を伸ばしてしまい、ゴチンと頭をぶつけた。
星がちかちか、と飛んでしまった……
「う……うぐっ、痛……」
「ね、ねえ、七島っ」
下から紅の声が聞こえたので、頭頂を抑えながら1階の美術室を見下ろす。
美術作品が並べられた棚にちょこんと座っているのは鳩だった。
それはただのキジバトではない、俺たちが何度も見てきた……
「この子は十和田のハト?」
俺は梯子を下りて、階下の美術室の床に着地する。
棚の上に留まった鳩は、くる、くっくーと呑気に鳴いている
それに対して、紅は鳩に向かって手を差し伸べた。
前に聞いた十和田の言葉によれば、この鳩は十和田と女性にしか近づかないから正しい判断だろう。
「おいでコタロウ。コタロウ? 大丈夫よ。怖くないから」
「……紅、怖いとか言う問題じゃなくて名前が違うぞ」
「あら、ごめんなさい。ええとたしか……思い出したわ。コサンジ、おいで」
「い、いや、小竹だぞ!?」
「そ、そうだった……小竹ね。小竹っ」
そう言って、紅が呼び寄せると、と、と、と跳ねながら銀鳩はやってきた。
そして、紅のほっそりとした手の甲に乗る。
「ずっと、ここにいたのかしら?」
「そうかもな……」
「それじゃあ、この子は……主人の死を知らないのね」
紅はそう言って、じっと小竹に対して憂いを帯びた眼差しを注ぐ。
考えてみれば、十和田の鳩がいなかったのって、俺が"転寝から目を覚ました時から"じゃないか?
十和田が死ぬ前に小竹を見たのは角たちとパイを食べている時だ。
たしか食堂に、十和田が来た時に……。
ぷいとそっぽを向きながら負け惜しみのような言葉を吐いて、十和田はちらりと弟と呼ぶ鳩を見つめた。
俺たちには向けられることのない。柔らかくも、どこか苦し気な表情だった。
案の定、俺たちにはガンを飛ばして、露骨に足音を鳴らして去って行った。
それ以降は見ていなかったとなると?
小竹がここにいた時間というのは……俺が眠っている時から、今までずっとってことか。
でも、あんなに大切にしていたハトをどうして置いていったんだろう?
紅と別れて、娯楽室の扉を開けると部屋の真ん中に真田が立っていた。
俺に気がつくとヒールを鳴らして駆け寄ってくる。
なにやら慌てた様子のようだけど……。
「あっ!? ちょ、七島! 角ちゃん見なかった!?」
「えっ? いや、見なかったけど……どうしたんだ?」
「どうもこうも……っ! い、いや、うちがワルいんだけど……うちアナウンスの後、ビックリしちゃって……その隙に角ちゃんを見失っちゃったんだよ……!」
角がいないだって……!?
今のところ、アナウンスは鳴っていないが……。
真田は化粧も汗で落ちた焦り顔で、俺のYシャツの袖をぎゅっと掴む。
「ど、どうしよ。ご、ごめん、うちのせいだ……っ」
「落ち着こう。角はきっと大丈夫だよ。そうそう簡単には死なないはずだ。彼女が強いのはわかるだろ?」
「そーは言うけど、ケガしてんだよっ!?」
無理矢理言ってみたが、彼女の言う通りでもあった。
そして、俺も気になってしまうのが本音だ。
こうしている間に第二の事件が発生してしまったら……?
最悪の結果を振り払いたかったが、こびりついて離れない。
「と、とにかく、真田は角を探してくれ。それと、なにか気になることがあれば少しでも教えてくれないか?」
「う、うん。わかった……うちが気になったのは、ここのコルクがないことかな……」
マナクマの人形が入ったボトルが五つ並べられているが、"一つだけコルクが抜かれている"……って。
あれ? コルクってさっきも見たよな?
「あっ、あとさ、こんなモノもあって……ビリヤード台に置かれてたんだよね」
そう言って真田が渡したのはなんの変哲もない紙きれだった。
だが、そこには毒々しい紫色の文字が書かれている。
筆跡は誰のものかは判別できなかったが、それなりに端正な文体であることが窺える。
今すぐ技術室へ来てほしい。どうしても話したいことがある
紫のペンで書かれた脅迫文……でも、ないような。
……いや……これって?
真田は考え込んだが……やがて理解できていないように片目を引きつらせながら首を傾げる。
「ってかさ、紫の文字ってアクシュミだよ。犯行予告かってーの……あ、そーだ! それと美術室の停電が気になったからさ。うちなりに立ち位置とか思いだしてみたんだよねー」
そう言って、真田は片手に持っていたスケッチブックのページを破いて、それを俺に渡してくれた。
「停電の後のは、十和田と角ちゃんがケガして駆けつける前ね。あくまで、サンコウにしておいてよ? うちもウロオボエなところあるしさー」
「いや、でもほとんど正確だと思うぞ」
でも、なんだか違和感があるような……。
スケッチブックに書かれたこと自体には特段なにも感じないけど……なんだろう。大事なことを忘れているな。
疑問を前に、真田はスケッチブックをパタンと勢いよく閉じる。
「うちのわかってることはここまで! じゃあ、うちは角ちゃん探してくるから……っ!」
「ああ、真田も気をつけろよ」
「わかってるっての! アンタこそマジメに捜査しなかったらコントみたいな白鳥服着せてやるからね!」
コントというより罰ゲームだな……
そう思いながらも、真田は高いヒールをコツコツと言わせながら駆けて行った。
社交ダンサーもびっくりのヒールの高さなのに、よくあんなに走れるものだ……。
さて、俺は独自に娯楽室を調べよう。
でも、雑誌棚、ビリヤード台に、ロッカー……どれも特に気になるところはないか。
…………あれ?
ゲームセンターにあるような"ダーツ"は四台あるが、一つだけ"ダーツ盤のネジ"がないようだ。
『気になっちゃう? ちゃうちゃう?』
ネジが外れたダーツ台の右隣の台にマナクマが磔にような体勢で突如出てきた。
呆れの溜息を吐きたくなったが、気になるのは確かなので、渋々目で話を促すことにした。
『あのね、このダーツの的は"ボクが作った高性能なセンサー"が入っているんだよ! ダーツの矢みたいに、“物が当たったり、押したりする力に反応する”んだよ! 科学の力ってすごいでしょ!』
「だから、なんなんだ?」
「まあ、七島くんは文系ゆとりだからわかんないと思いますけど……応用したらすごいんだよ!』
つまり、ダーツ盤のセンサーは力に反応するってことか?
そのネジが一つ外されてた痕跡があるってことは……?
娯楽室を後にして、家庭科室に着くが、まずドアの前に"割れた石膏像"があったのが目につく。
俺が隠れているときに、これが置かれていたんだよな?
頭部と首が切断されてしまっていて痛々しい……あれ? 鼻の部分も欠けている。
頬とかに損傷はないのに、顔の部分は"鼻だけ欠けて"いるみたいだ……それっぽい欠片も見つからない。
奇妙な気分のまま家庭科室に入ると白河が佇んでいた。
棚を物色しているようだったが、すぐに俺の気配に気づいて振り向いた。
「なにをしているんだ?」
「ええ、気になるものがありまして……七島さんはこれを見てどう思いますか?」
そう言って差し出されたものは、一つの"チューブ"であった。
目に悪いビリジアンの色で一見すると歯磨き粉にも見えるが……
意地の悪いマナクマのシールが貼られているから、またマナクマの発明品ってところか。
「ええと、これはなんなんだ?」
「"瞬間接着剤"のようです。この説明書によると、『一旦つければ五時間は持つ超強力接着剤! 五時間経ったら剥がれてしまいます』とのことです」
「……どう見ても欠陥品じゃないのか?」
「私に言われても困ります。マナクマが作ったものなんですから……でも、もし犯人が使えば、密室を作ることも可能かもしれませんね」
密室を作る、という言葉に思わず肩をびくりと震わせたが白河はお構いなしだった。
「ええと、他に気になったところはあるか?」
「そうですね……ここの家庭科室は調理というより洋裁系に特化したラインナップと言えるかもしれませんね。長さ、太さ、色等種類は様々な“糸”が揃っています。マナクマ曰く、糸は好き勝手に使っても持ち帰っていいそうですね」
たしかに段ボール箱の中を見ると、赤、青、黄、茶、黒、白……たくさんの"糸"がある。
ゴミ箱にはたくさんの設計図が詰め込まれていた……なにが書かれているかはちょっと分からないが、型紙だろうか?
白河はそんな中、台に置かれた白いミシンをじっと見つめていた。
「ところで、こちらの"ミシンの針"は取り外しができるのでしょうか?」
「なんで、疑問形なんだ? 試していないのか?」
「……いえ、その、実は私……針が苦手なので……」
「え? 」
「先端恐怖症というか。先の尖った針とか鋭いものが触れられないと言いましょうか? ……すみません、演技だと思われると嫌なのですが、このように」
そう言って、白河はミシンの針を触れようとする。
……しかし、その指先ががたがたと大きく震え始める。
右手と手首が今にも取れそうなぐらい、それこそ壊れたミシンのように激しく……。
「わっ、わわわっ、わかった! 演技じゃないのは認めるから!」
そう言って、俺は白河の手首を止めて"ミシンの針"から放してあげた。
まだもう一つの手で震える手を必死に宥めているようだった。
先端恐怖症か……白河の怖いものなんて知らなかった。
とにかく俺は代わりに、ミシンについた針を抜こうとするが抜けなかった。
上下左右に取ろうと動かすが、微動だにしない。
「取り外しは……できないみたいですね」
「あ、ああ……というか、大丈夫か? 白河」
「お恥ずかしいところを見せてしまいました……私が雑巾が縫えないという体質ということがばれてしまうとは……」
どこが恥ずかしいのかが、俺には全く分からないが。
でも、ミシンの針の取り外しを気にするのには、なにかあると睨んでいるのだろうか……?
トレーニングルームに向かい足を踏み入れるも、電気がついていなかった。
なぜか部屋の中では、ぼんやりと一つの光が人魂のように浮かんでいる。
慌てて電気をつけると、そこには黒生寺がベンチにどっしりと座って項垂れていた。
「な、なあ、黒生寺?」
恐る恐る話しかける……と鼻提灯が出てきたと同時に、すぐさまぱちんと弾けた。
やっぱり、寝ていたか。
安堵とともに、ある疑問が生じる。
彼の右腕に"シールのようなもの"がついてる?
黒生寺は目を瞑ったまま、銃口を俺の額に向けてきた。
だいぶ機嫌が悪いようだな……
「安眠妨害だ……」
「え、えっと、右腕になにかついているぞ?」
ちら、と黒生寺は自身の右腕を見ると、すぐに眉間に皺を寄せる。
俺が指摘したそれを、乱暴に剥がすと床にぽいと捨てた。
……拾って確かめてみると、それは"蛍光シール"だった。
なるほど、さっきは、それでぼんやりと光っていたんだな。
あまりすっきりとしない光だから、恐らく遠距離だと気付けないだろう……。
「あ、あの、黒生寺? 十和田が殺されたのは知っているか?」
「知らねえ……」
「知っとくべきだぞ……そ、それでさ、十和田の死因なんだけど銃殺だったんだよ」
そう言うなり眉間に銃をぐいと強く押し付けられた。
恐怖と痛みが一斉に眉間に集中する。
「疑われるのは慣れてる……とはいえ、いざ疑われるとムカつくものだな……!」
「そ、そんな理不尽な! というか待ってくれ! 俺はお前を疑っているわけじゃないからな!?」
「俺はやっていない……」
そっぽを向いて、俺に押し付けていた銃を降ろす。額に痕がついただろうか……
そして、すぐに再び黒生寺がこちらを見遣る……なにかを言いたげな顔だ。
「銃殺が本当ならば……タヌキを殺したのは"人間"じゃないだろうな……」
「え? そ、それってマナクマがやったってことか?」
「知るか……ただ、"普通の人間がやったとは思えん"……」
「ど、どうしてだ?」
人間業ではないと言われると、誰にもできないように感じられる。
だが、黒生寺は大まじめと言わんばかりの顔つきだ。
「技術室にあった拳銃は“マナクマが作った改造銃”らしい……俺は発砲しやすいように工具セットで調整を加えたが、なにもせずにあの銃で一発撃ったら、まず肩がイカれる。この俺でもだ……数日間、痛みが生じるだろう……だから、お前が言う『人が撃った可能性』をあたるなら、全員の肩を思いっきりひねってやることだな。一発で犯人がわかるだろう…………だがな、改造銃だからこそ、仕掛けをうまく使えば引き金を自動的に引かせることも可能……つまらん仕組みだがな……」
「つ、つまり、一体、どういうことなんだ?」
「舌が疲れた……後は自分で考えることだな……」
そう言われても、お前が最有力犯人候補には変わりないのだけれど……。
ふと、俺の中にある疑問が生じた。
「そういえば黒生寺。停電の時だけど……どうしてマッチなんて持っていたんだ?」
「もらったに決まっているだろ……」
「だ、だれにだ?」
「忘れた……」
クラスメイトの名前をまだ覚えていないとは言わないよな?
俺の疑問の前に、黒生寺がふと眉間を指で触れる。
「もうここにはいねえヤツだ……忘れるに決まっているだろ……」
「…………そうか……特徴は覚えていないか?」
「眼鏡をかけていた……」
「今はいない眼鏡……というと、円居のことか?」
「そんなヤツだった……リュックの男が死んだ事件の時に会って渡された……いろいろごちゃごちゃ話しながらな……」
あのマッチは、円居からもらったものだったのか。
だから、ライターは俺にくれたのだろうか?
それにしても、やたらと大きいしマッチの量も多そうだな……。
「時間はかかっていい。だけど、いつか……“この事件を、完全に終わらせてくれ”」
……裁判後の円居の言葉がリフレインする。
俺にもあのメモを残して、手がかりを渡した円居は……徒にこんなマッチを渡すことはするだろうか?
二階に降りると、ロッカールームの扉が少し開いていた。
気になったのでドアノブに手をかけて開くと……。
「……あっ、おい! 七島! 無事だったんだな!?」
ロッカールームのベンチから立ち上がって、俺に駆け寄ってきたのは萩野だった。
喜びと驚きが混じった声だったが、その表情は非常に険しいものだ。
「ったく、俺たちはバカにされてんのかって話だよな? 結局はリンゴの餌につられる動物園の猿扱いか!? ……って怒鳴っちまったぜ。紅には悪いことしちまったな」
「紅と一緒にいたんだな」
「ああ……一応、捜査にも参加してるみてーだな。俺的にはちょっと心配なんだけどな」
「さっき彼女に会ったよ。特段危なっかしいところはなかったぞ」
「なら、いいんだけど……」
萩野は乱暴に頭を掻いた……そして彼の隣で、目を伏せているのは。
「……天馬」
俺が声をかけると、ハッと目を見開いて俺に向き直った。
……少し目が赤いように見える。手で何度も擦ったのだろうか。
「……うん、私は天馬だけど」
「そ、それは知ってるけど……えっと……」
……まずい。
天馬に声をかける度に息が重苦しくなる。
萩野が俺たちを交互に見遣って、「おいおい」と焦っているようだった。
「な、なんだよ2人して。さっきから天馬も様子が変だったしよ……ってかおめーら最近ぎこちなくね? ……と、とにかくよ、ちょっと事件には関係ねーとは思うが、確かめたいことがあるんだよ」
「確かめたいこと?」
「ここのロッカールームの防音だ」
防音?
俺が鸚鵡返しに聞くと、萩野はゆっくりと頷く。
「前の事件のときから、なーんか気になってな……だから今から俺は第二ロッカー室に行く。んでもって扉を閉めて大声で叫ぶから。おめーらも、二人でなんか話すなり叫ぶなりしてくれ。だからといって変なことはすんなよ?」
「変なことって?」
「へ、変なことは変なことだ! いいな!」
そう言って、萩野は心配そうに俺らを見遣りながら隣のロッカールームに歩いて行った。
そして、扉をバタンと閉め……俺と天馬は二人きりになってしまった。
「あ、あの、天馬」
俺が呼びかけると、彼女はじっと俺を見つめてきた。
目が零れそうなぐらい、そして俺は穴が開きそうなぐらい見つめられた……。
なんて気まずい時間だ。
一旦、深呼吸をして……空気が冷たくて喉がきんと痛くなる。
それでもごくりと唾を飲み込んでその痛みを和らげた後に、俺は口を開く。
「……なにもできなくて、本当にごめん……」
天馬は少しだけハッとしたように肩を震わせたが、やがてふと目を伏せ睫毛を揺らした。
「七島くんはなにも悪くないよ」
「でも……俺が……少しでもアイツに強く言えれば……!」
「その気持ちだけで充分救われるよ。さっきまで救いようもなく望みがなかったから」
涙が喉に溢れたような声が天馬から漏れた。
それを聞いて、俺の規則的な心臓が異様な動きをしたのが分かった。
「さっきまで出られなくなったのは私のせいだ、って思って……悔しかった。すごく苦しくて……部屋の中でずっとうずくまっていた」
「……そう、だったのか……」
「でもね、私、さっき七島くんに言われた言葉を思い出したら少しずつ冷静になれたんだ。『自分の気持ちに素直になってくれ』……そっか。私、この学園で今までずっと感情を抑え込んでいたんだって」
「どういうことだ?」
「私まで悲しい表情をしてたら、それこそみんな不幸になっちゃうから。せめて私は元気でいたい……って今まで、思っていた。だけど、その考えで悲しい思いを抑え込もうとしていたんだ」
「それって……?」
「私、感情に嘘を吐こうとしてたんだ」
嘘を吐く、という言葉に、またもやどきりとした。
天馬とウソが結びつかず、俺はまじまじと彼女を見つめてしまった。
気恥ずかしそうに、天馬は一瞬だけ目を逸らしそうになったが、すぐさましっかりと俺の目を捕えた。
「でも、感情に嘘を吐いちゃ不幸になる。喜びも怒りも悲しみも大切な感情で、それがなければみんなをきちんと弔ったり、裁判で真実を見つけることもできないと思った。『私は大丈夫』だけで私たちは生きられないんだって」
……どうしてだろう。
天馬はマイペースで、それでも前向きで。
俺にも似つかない人間だって、ちょっと憧れてもいるはずなのに……。
どうしてこんなに俺の心と共鳴するのだろう。
天馬はまじまじと見つめている俺に対して静かに頭を下げた。
「七島くんに言われるまで忘れかけていたよ。私にちゃんと言ってくれてありがとう」
「……いいや、俺は褒められるようなことはしてないよ……俺は嘘ばかりだ。自分自身に嘘を吐いている」
「でも、それは、七島くんの優しさもあるよね」
「い、いや、それでも、嘘であることは変わりないぞ」
「大丈夫だよ。嘘に罪悪感があるなら、七島くんは克服できる。なにも思わずに自然に嘘を吐くのが一番いけないことだと思うから」
「そ、そうかな……でも、俺も天馬に本当のことを言えてよかったよ」
「本当のこと?」
「俺が、自分に嘘を吐いている人間だっていうこと……今まで、誰にも言えなかったから」
「それじゃあ……私も、役に立ったのかな?」
ああ、と頷くと、天馬はやっと微笑んでくれた。
その微笑みで、俺も張り詰めていた筋肉が弛緩する。
「あそこで天馬が見ていなければ、みんな学園から出られたかもしれない……でも、天馬がもし見つけられなかったら、十和田は無念を抱えたまま学園に取り残されてたんだ。そしたら真実がわからないまま、きちんと弔うこともできずに、十和田は忘れ去られていた……だから、天馬。お前が十和田を見つけたのは不運でも、間違ったことでもないんだ」
お前はなにも悪くないよ。
そう言って、俺は彼女を元気づけるため。
俺が以前に拒んでしまった手を取ろうとして…………。
「おーい、どうだった……っと、ワリぃワリぃ。勝負時だったか」
萩野がドアを開けて現れ、へへ、と笑った。
お、おい……おい、おいっ!!
なんていう間の悪いタイミングだ!?
思わず舌打ちをしかけたが、天馬がいるので悔しいがそれは胸の奥にとどめる。
「んで? 思いっきり叫んだんだけど聞こえたか?」
「あ、いや……まったくなにも聞こえなかったぞ」
「そっか。マナクマの悪口を思いっきり言ってやったんだけどな」
「それは大丈夫なのかな?」
「へっ。口暴力は別にいいんだろ?」
でも、本当になにも聞こえなかったな。
萩野も少し息を切らしているから、相当叫んだことはわかった。
それと手に持っているのは……。
「なあ、萩野。それは?」
「あ? これか? さっき向こうの部屋で最大音量で流してたんだ」
「ええと、"CDレコーダー"?」
「そうそう、一階の倉庫にあってよ。ラジカセから最新の小型ボイスレコーダーとか揃っていてよ。マナクマに聞いたら、最初からあったみてーだから、他のヤツはもう持っているのもいるかもしれねーけどな。ダンボールも開いてたからな」
そんなものがあったとは。
萩野は、ニッと笑って、俺の背中をとんとんと叩く。
「ま、おめーらの声も聞こえなかったぜ。安心しろよ?」
「な、なにをだよ」
「その空気だと、ひとまずは仲直りできたみてーだからさ」
「私たちケンカしてないよ?」
「照れんなって! これも青春ってヤツだろ? ……な?」
萩野が大きく勘違いしているようだ。
……なんとも弁明しがたいな。
だけど、天馬の顔が綻んでいるから、まあ……いいか。
天馬たちと別れて一階に降りると、そそくさと銭湯に入っていく影を発見した。
俺もこっそりと後をついて行き、暖簾をそっと覗き込む……なんだかこの行為、犯罪臭いな。
脱衣場のベンチに座っているのは……錦織か?
『うう、錦織ちゃんごめんなちゃい……』
「って、マナミ? なんで」
「ぎゃ、ぎゃひぁひぇっ!!?」
錦織に静かに呼びかける前に、思わず声をあげてしまう。
当然、なんとも言い難い悲鳴が木霊した。
しまった、やってしまった……!
案の定、錦織は心臓をハンマー投げされたと言わんばかりに睨みを効かせた。
「わ、わわわ、私を驚かせるのはしゃっくりの時だけにしなさいよ……!?」
「ご……ごめん。でも、それって……?」
俺は彼女が持っているノートパソコンを指さした……画面にはしょんぼりムードのウサギのマスコットが映し出されている。
親指の爪を噛みながら、錦織はぎりりと歯をさらに食いしばる。
「いっ、言っておくけど自作自演じゃないわよ……さ、さっき魔法少女が見つけてくれたの……」
「角が?」
「なんにも言わずにパソコンだけ渡して去ってたけど……マナミによると技術室のロッカーに隠れていたみたいね……元気な魔法少女だこと……」
『か、かくれんぼなんかしてまちぇんってー!』
パソコンのディスプレイであわてふためくマナミは能天気に見えて拍子抜けする。
それよりも錦織の話だと角は生きてるようだな。……ひとまずは安心だ。
「確認してみたけど、"技術室のロッカー"は、やたらと埃くさかったわ……しかも誰かが入ってたみたいだし……」
「誰かが入っていた?」
「ロッカーに手形があったから……あと、パソコンはロッカーの底に置いてあったから誰か踏んだんでしょうね……地味だけどデータを飛ばすっていうわりとひどい嫌がらせをするつもりだったのよ……!? "学園検索ツール"まで使って……!」
誰かが隠したという点が考えられるけど……
でも、人が入っていたっていうのも、気になるな……というか、知らない単語が出てきたぞ。
「なあ、"学園検索ツール"ってなんだ?」
「が、学園の部屋について検索できるシステムよ……希望ヶ峰学園のホームページにある施設紹介に使われていたツールね……もっとも、今は開放されている場所の情報しか載ってないけど……」
そんな機能があったのか……。
ふと錦織はパソコンの他に、なにかを脇に抱えているようだ。
それを凝視していると、錦織は「ひっ!?」と鋭い息による悲鳴をあげた。
「そ、れは……なんだ?」
「クッ……! バレちゃ仕方ないわね……ちょっと癪だけど情報共有という点では仕方ないかしら……」
ブツブツと呟きながら錦織が見せてきたのは薄い本だ。
題名には大きく、"人間は白紙"と書かれていて……。
「って、こ、これって辺見ルカリスの!?」
「お、大きな声で言わなくても見れば分かるでしょ……!? 手品師がやたらと探してくれってうるさかったし、私も気になっただけで……だから探してみたのよ……私も半信半疑だったけど……まさか、この学校にもあるとはね……」
「十和田が探してたのか? これを?」
「…………なんとなく、理由は察せるけど」
どういう意味だ?
そう言おうとしたが、錦織は言葉では答えてくれなさそうな雰囲気だ。
錦織は「さっさと開けば?」と顎で促してきた。
著・へんみ るかりす とほのぼのとしたフォントで書かれている本を開くと、クレヨンの絵と幼い書体が飛び込んできた。
『 人間は白紙 』 著・へんみ るかりす
あなたは ルカリスをしってるかい?
あの子は ニンゲンが紙に見える ふしぎなこども
ルカリスは たくさんの紙と 会ってきたんだよ
最初の紙は えばりんぼたち
だれにも あたまをさげない こうまんちき
いなくなってしまえと めったうち
最後は ぐらりと たおれてしまったよ
こうして ルカリス おぎゃあと鳴いたんだ
二番目の紙は かわいいおとこのこ
まずしいのに あったかい愛にくるまれた 天使の子
もっとあったかくしてあげよう 天使の家に 火をたいた
めだまドロドロ ひふボロリ
ルカリスも 家族がほしい わんわん泣いちゃった
三番目の紙は 夢見るコトリ
飛べない現実みせたのに まだ夢みている
それじゃあ ずっと夢の中で おやすみなさい
背中をドンと トラックにひとおし
手足も 肺も ぺっちゃんこ
ルカリスは亡き人に言った わるく思わないでね
四番目の紙は カナヅチ少女
好きなものをがんがん打ち込む がんこもの
「好き」がなくなったら どうなるの?
ぜんぶなくして ひとりさみしく 首つりショケイ
なんてかわいそう! ルカリス哭いて哭いて 雨あらし
五番目の紙は イカレた お医者さま
しあわせだけを願う まちがいだらけの信仰者
死合わせ望んで 屋上から飛び立った
まっさかさま! ばんとひとはね 地面にぐしゃり
ルカリス 啼いて それを知らせたの
次の紙はなにかしら?
あなたも いつか きっと会えるでしょう
ほら ルカリスが もうそこにいる
いる いない いる いない いない ばあ
「……え?」
幼い文体だというのに気持ち悪い絵本だ……と思っていた矢先に、とても見覚えのあるフレーズ。
マヌケな顔で錦織を見つめていたせいか、彼女はふんと鼻息を鳴らした。
「な、なあ、この五番目の紙って……?」
「随分とタイムリーよね……“医者”……しかも“屋上”なんてフレーズ……」
「じゃ、じゃあ……辺見ルカリスって!?」
「……と思いたくなるのも無理はないわね……だけど、そこまで単純な話かしら……?」
錦織はそういって、絵本の表紙を指でなぞった。
このフレーズで解決できるほど、簡単ではないのか?
それに、この絵本を十和田が要求していた理由って一体……?
ピンポンパンポーン……
『今何時かい? 胸騒ぎの腰つきかい? というわけでもう待ってらんないので、さっさと裁判始めましょう! いつもの赤い扉の前に集合だー!』
アナウンスに錦織はびくりと肩を震わせた。
……また来てしまったか。
ディスプレイ上のマナミも、アニメのような表現で汗をたらたらと流している。
『も、もう時間でちゅか……ど、どうか気をつけてね。錦織ちゃん。七島くん……』
「ふっ、ふん……言われなくたってわかってるわよ……!! 私たちが裁判している間も情報をきちんと探すことね……!」
『絶対生きて帰ってくるって、あちき信じてまちゅからね……角さんもみんな優しいし、錦織ちゃんも、あちきのことを見つけてくれたのに、まだなにも恩を返せてないから……』
「ま、まったくもって、その通りね……有益な情報の一かけらも手に入ってないんだから……不燃ごみに出されるぐらいの危機感は持ちなさいよ……!?」
『やっ、やめて!! せめてリサイクルして!?』
なんだか緊迫感のない会話で力が抜けそうだ……。
頭を抑えながら、錦織はパソコンを銭湯のロッカーに入れた。
『あ、あのね、錦織ちゃん……あなたが生きる理由は情報のためだけじゃないんでちゅよ? ……大切な人のためにも。自分の幸せのためにも。錦織ちゃん……自分を大事にしてね……?』
マナミはそう言ったが、そのまま錦織はぱたんとロッカーを閉じた。
なんだか母親が子供に向ける言葉に聞こえたのは気のせいだろうか。
だけど、錦織はなにも言わずに暖簾をめくったので、俺もその後に続くことにした……。
裁判場の赤い扉を開けると、ほとんどの人たちが集まっていた。
天馬に萩野、ランティーユに紅に白河。
黒生寺も壁に寄りかかって腕を組んでいる。
……その中には、捜査中に見かけなかった大豊も。
彼女は部屋の隅で疲れているように膝を抱えていた。
それをランティーユが不安げにじっ、と眺めている。
それとは真逆に、俺の元へすぐに歩み寄ってきたのは白河だった。
耳打ちするような形で真横に立たれる。
「十和田さんの部屋を調べました。気になるところは一点だけ。彼の"工具セット"がなかったことです」
「えっ? どうして?」
「それが分かったら苦労はしませんが……盗みの線が高いでしょうね」
十和田の"工具セット"がなかったか……。
それを考える暇もなく、マナクマが丸い手でぱんぱんと柏手を打つ。
『はいはーい、みんな集まったー?』
「……角さんと真田さんがまだのようですが」
『なになに? 二人してゆるーくゆりっちゃって』
マナクマの声を遮ったのは、けたたましい扉の音だった。
そして、開幕一声。
「桜蘭よ! 翠嵐よ! 呼び覚ませ!」
涼やかで凛とした声。
そしてバックには桜の花びらが舞うかの如くの立ち姿。
「清廉潔白なる夢をお守りする百花繚乱の乙女フラワー・フローラ! これにて見参っ!! でございます!!」
颯爽と片足をあげてびしっとポーズを決めたのは、角……フラワー・フローラだった。
それに続いて、真田が慌てた様子で入ってきた。
「すっ、角ちゃん! 落ち着いてってば!」
「いいえ、真田さま。私は角芙蓉ではございません……私こそが天を駆けるジャンヌダルクこと、フラワー・フローラでございます!」
「な、なんなのよ……フラワーフなんとかって……!?」
「おいおい、どーしたんだよ!? 頭打ったって聞いてはいたとはいえ……そーだ! もう一回、殴ったらちょっとはよくなるんじゃねーか?」
「ちょっと! 角ちゃんは昭和のテレビじゃないっつーの!!」
真田の怒りに、はいはーいとマナクマの間延びした声。
『壊れていようが、全員集まったならノープロブレムだよ! ほら乗った乗った! 裁判場はこの中にあるんだからさ!』
マナクマが急かしたので、次々とみんな乗り込んで行った。
俺もそれに続こうとしたが……とんとんと肩を叩かれる。
振り向くと、角が俺の隣に立っていた。
角はにっこりと笑いかけて、お姫様のようにドレスをつまんでぺこりとおじぎをする。
「七島さま! お久しぶりでございます!」
「え? ああ、本当に……ある意味では、久しぶりだよな」
「こんな波乱に巻きこまれてしまうなど、希望を抱いた私めにとっては許すべからず事態でございます。一刻も早く、マナクマを成敗なさればならない。いまこそ革命でございます! きらり・レボリューションでございます!」
「……あ、あの、角? 大丈夫か?」
「私はフラワー・フローラでございます! いつだって私めは健康優良女児でございますよ!」
本当に梯子が倒れてぶつかった時に、おかしくなってしまったようだな……!?
真田が巻いてくれたであろう頭の包帯が、また痛々しさを際立たせる……
ふと、フラワー・フローラ……じゃなくて角が俺の手になにかを握らせた。
「ぅえっ? な、なにして……これは……?」
「私が見つけたものでございます。折角お会いできたご縁なので、七島さまにお渡しできれば幸いだと思っていた次第でございます!」
これは……なんだ、"バラバラの黒いパーツ"……?
「お、おい、これはなんだ? どこで手に入れたんだ?」
「なんだかんだと言われましたら、それは答えてあげるのが世の情けでございますが…………って、あらあら? あらあららら? あららこららの呪文でございます!」
ダメだ。完全に記憶が抜けているみたいだ……。
こんな状態で裁判に参加させて大丈夫なのだろうか?
「……おい、貴様……」
角と向かい合っていると、黒生寺が大股で歩み寄って来た。
俺は思わずその姿に驚いてしまい、一歩後ずさりする。
しかし、角は動じることなく、黒生寺を上目づかいで満面の笑みをうかべた。
「黒生寺さま! お元気でございましたか!!」
「……貴様……どうしてあの時、俺を……」
「ああ、みなまで言わないでくださいませ、黒生寺さま! それに私はお礼など言われるべき存在ではないのでございます! 私たちが今戦うべきはマナクマ! さあ、成敗いたしましょう! そして、黒生寺さまは燕尾服仮面としてフラワー・フローラと共闘する運命なのでございます!」
「知るか……いや、そんなことより……おい」
黒生寺はドス黒いオーラを纏いながら、俺の真上から鬼の形相を向ける。
「貴様……なにを話していた……」
「な、なにって、なんてことないぞ」
「なんてことないだと……!? そんな顔を近づけておいてか……」
「こ、これをもらっただけだ!」
そう言って、バラバラの黒いパーツを見せた。
しかし、黒生寺の表情はますます歪むばかりだ。むしろ悪化している。
「な、なにぃ……贈り物だと……!?」
「そ、それは違うぞ!? こんな贈り物あってたまるか!」
「ああん……? そうか……?」
なんでこんなに訝し気なんだ……あれ、この現象は?
角を撃てなかった時や、彼女を保健室まで連れて行こうとした時の違和感が再発する。
まさかとは思うが。
「嫉妬しているのか?」
「嫉妬……だと」
「そ、そうだ。俺が角と喋っていたから、もしかしてお前は嫉妬して」
耳が劈く――振り向いて壁を見ると、そこには穴が開いていた。
「ふざけんな……嫉妬など……女々しいクソみたいなもんじゃねえか……!!」
「まあ!? 黒生寺さま、いけませんでございます!!」
角が彼の銃を握った腕を掴みとって降ろす。
少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐさま振り解いて乱暴にエレベーターの籠に乗り込んだ。
「あ、あわわ……黒生寺さまは一体どうなさったのでございますか……私、なにか悪いことをしてしまったのでございましょうか……!?」
オロオロとしたまま、角もスカートをはためかせてエレベータへ乗り込んだ。
なんていうか、黒生寺も不器用というか鈍感というか……
きっと十和田がいたら、茶化していただろう。
度々、忌々しいと思っていた声がいないというのは……思った以上に寂しいものだ。
憎らしくとも彼もまた不器用で、本音を言わないタイプだった。
あの時、名前を呼ばれた声が、もう遠くにあることに虚無感を覚える。
彼を殺した犯人を見つけなければ、その思い出も消えてしまう。
十和田が生きていた証が、俺たちが生きていた証が無くなってしまう。
そんな最悪の未来を止めるために、俺たちは今回も……。
エレベーターの扉が斬首のような音を立てて閉まった。
先に待ち受けるのは絶望なのか。はたまた希望なのか。
エレベーターのかごに揺られながら、俺たちは再び奈落に誘われていく……