ダンガンロンパ(仮)-よみがえり-   作:冷凍かに缶

27 / 46
学級裁判編 前編


 

 

▼学級裁判 弁論準備

 

 外の世界を望む気持ちは皆同じ。

 そんな希望は夢幻に過ぎなかったのだろうか?

 『今日の夜時間までにコロシアイが発生しなければ脱出できる』――異例とも言える動機、またとないチャンスであった。

 しかし、十和田弥吉が無惨な死体として発見されてしまい、非日常という名の奈落へと逆戻りした生徒たち。

 彼の心臓の音を止めた犯人は? 幾度となく影となって浮かびあがる『辺見ルカリス』の正体とは?

 死神が嘲笑う頃に、三度目の学級裁判が幕を上げる。

 

▼コトダマリスト

 

【挿絵表示】

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 " 準 備 完 了 "

 

 

 


 

 

 厳重なエレベーターから、俺たちは解放される。

 今回の裁判場は黄土色基調でエジプトの壁画を彷彿とさせるナンセンスな絵が描かれている。

 そのような空間で待ちかまえていたのは――。

 

 

『よく来たね! オマエラにはボクと裁判をする権利をやろう!』

 

 

 藤沢に四月一日、井伏の遺影。

 新たに立てられた毒薬のラベルのようなドクロの骨でバツ印をつけられた円居。

 さらに、バツ印をつけられた十和田の写真が並ぶ。

 その遺影の上には、ちょこんと白い鳩がとまっていて……。

 

「って、どうして小竹がいるんだ!?」

『うろついてたから保護しただけだよ。ボクもさすがに動物に手を出すほど野蛮なクマじゃないからね! そんなことしたら愛護的な団体に……おっと、それよりさ! こんなハトより存在感薄いってさすがにボクでも同情しちゃうよ』

 

 マナクマはくるりと方向を変えた。

 玉座の隣。洗濯されたTシャツのように吊るされているのは……ノートパソコンだった。

 

 

『ねー? キーボードがカメムシの匂いをしたマナミさん!』

「なっ!? ま、マナミィぃぃぃ!!?」

 

 

 吊るされたパソコンを見るや否や錦織が絶叫した。

 画面の中で頭にキノコを生やして、しょんぼりとしたマナミがゆらゆらと映っていた。

 

 

『ぐすん。錦織ちゃんごめんなちゃい……捕まっちゃいまちたぁ……』

「お、おいっ! おめー、そいつをスクラップにするつもりか!?」

『スクラップにしたところで絶望も希望も生まれないでしょ。トイレットペーパーの芯以下の役立たずだしさ。大体さ、こいつが出てきたのも賑やかしのテコいれ……』

『わー! わー!? 変な言いがかりはやめてくだちゃーい!?』

 

 マナミは壊すとか没収はないという解釈でいいのだろうか。

 そもそも俺たちに有益な情報とか、役立つ機能がないってことなのか?

 

『ま、こんな淫乱兎の話題は置いた置いた! レッツ裁判でしょ!』

『いっ、淫乱って!? あちきは純潔可憐なバニーなんでちゅよー!?』

 

 ……それ、自分で言うのか?

 と、とにかくとして……気持ちの仕切り直しだ。

 

 

 命がけの言及。

 

 命がけの弁明。

 

 命がけの騙し合い。

 

 命がけの希望。

 

 そして、絶望。

 

 

 何度も来たくないと願いながらも、再び訪れてしまったこと自体がもはや絶望なのだろうか。

 それでも。俺たちは……この命がけの裁判を生き延びなければいけないのだ。

 

 

 

 

 

" 学級裁判 開廷! "

 

 

 

 

『まずは、学級裁判の簡単な説明をしようね。学級裁判では、正しい“クロ”を指摘することにまず重きを置いてます。正しいクロを指摘できれば、クロだけがおしおき。だけど、間違ってシロを指摘してしまったら、クロ以外の全員がおしおきされて、残ったクロだけが晴れて卒業となります! ではでは! 早速、議論してくださーい』

「もう、そんな前置きはいらないっての!」

 

 最初に口火を切ったのは真田だった。

 長いまつ毛をばさりと揺らしながらきっぱりと断言した。

 

『おやおや真田さん。そんな大きな声出しちゃうと厚化粧にヒビが入っちゃいますよ?』

「やかましいっつーの! 大体さ、うちはわかってんだからね」

 

 真田が鋭利な語気のまま、証言台を平手で叩いた。

 

「今回の事件の犯人は“辺見ルカリス”だよ! こいつが全部やったんっしょ!」

「お、おめー、ずいぶん短絡的だな……気持ちはわからなくもねーが」

「たしかに汚らわしい殺人鬼ではありますが、今回の事件と関係はあるのでしょうか? そもそも、本当に私たちの中にいるのでしょうか?」

 

 白河は珍しく強張った顔で言い放った。

 無理もない。白河は殺人鬼に親を殺されているんだ……。

 そんな中、ごほんと咳払いをしたのはランティーユだった。

 

「と、とりあえず、まずは現場の確認をしようか? ムッシュ十和田の殺人現場は"技術室"で間違いない。死因は"銃殺"……一発心臓に撃ち込まれたんだ」

「銃殺と言えば……や、やっぱりアイツってこと……?」

 

 オドオドと挙動不審ながらも錦織は人差し指を向ける。

 その指の先が示すのは、黒生寺だった。

 

「結論から言う……俺は殺ってない……以上だ」

「あのなぁ、それだけじゃ疑いの『う』の字も晴れないと思うぜ?」

「なら聞け……俺が犯人ではない明確な理由を……」

「……あ?」

 

 萩野が、すっとんきょうな声を発する。

 黒生寺が理由を話すのが意外だと言わんばかりの驚嘆だ。

 

「俺はガンマンだ……心臓に弾丸をぶち込むバカな真似はしねえ……」

「はいはい。どーせタマのセツヤクとか言いたいんでしょー?」

「節約のなにが楽しい……いいか、心臓を撃っても、人間は三秒間だけ脳の意識が保たれているという……判断は急速に衰えているが、人間も獣の一種。最期の悪あがきの執着さは異常……火事場の馬鹿力を発揮するものだ……その際に反撃を喰らうこともある……ならば、そうならないために確実に殺すにはどうするか……? その場合に撃つべきは……ここだ」

 

 珍しく長広舌の黒生寺は、自らのこめかみにぐいと人差し指を押し付けた。

 

「俺が狙うのは脳の根幹。中枢をヤれば、なにもできなくなることを俺は知っている……だから俺は犯人じゃない……以上だ」

「まあ! さすが早撃ちのエキスパートでございますね、黒生寺さま!」

「お、おう……そうかよ?」

 

 包帯を巻いた角は嬉しそうにぱちぱちと拍手を連打していた。

 萩野は心ではわかっていなさそうな渋い笑みだ。

 黒生寺の話も、一理はあるかもしれないが……。

 

 

「でも、黒生寺。あの銃は現時点ではお前しか撃てないはずだぞ。マナクマの改造銃はなにもしない場合だと腕が壊れるって、お前も言ってただろ?」

「だが何度も言うが俺はやらねえ……大体、あんな下手な撃ち方であのタヌキなぞしとめねえ……」

「ど、どうかしら……? 自分じゃないって思わせるために、わざと下手に撃ったかもしれないじゃない……!?」

「だからと言って、心臓を撃つ愚かな真似はするか……!」

 

 参ったな、いきなり堂々巡りになってきた。

 一番怪しいのは、明確に銃を持っていて、しかもその扱いに長けている黒生寺なのだが……。

 

 

「今は先入観はなしにして、疑問を解決してみようよ」

 

 

 その空気を変えたのは天馬だった。

 穏やかであるがしっかりとした口調で俺もぴんと姿勢を正した。

 

 

「今、私が気になるのは"美術室の停電"かな。今回の事件は停電と銃声のアクシデントが、きっかけみたいなものだから……あれってなんだったのかな? 私の不運のせいなのかな?」

「その可能性もなくはないかもしれないけど、ぼくとしては仕組まれたものって考えたいね」

「でも、"美術室のブレーカー"に仕掛けはなかったぞ」

「ウーララ!? ノータイムで論破されちゃったよ!?」

「じゃあ、誰かが"ブレーカー"を動かしたってことかしら?」

「そうなると、怪しいのは……あの時、美術室に見当たらなかった人たちってことになりますが」

 

 白河は、ちらりと萩野のことを見遣った。

 

「お、俺のことかよ?  言っておくけどな、俺と紅にはアリバイがあるからな!」

「ええ、そうね。私は萩野と一緒にいたわ」

 

 美術室に萩野と紅はいなかったが互いにアリバイはある。

 大豊もいなかったはずだが……彼女は黙ったままだった。

 

 天井裏に続く梯子をのぼりきって降りる……というのはまず不可能だろう。

 停電前は、全員、この場にいたんだ。

 捜査中に知った“停電前に起こったこと”で一つ思い当たるところがあった。

 これを今、指摘してみようか?

 

「なあ、紅。お前が聞いた銃声は何発だ?」

「“2発”よ。1つはF#、もう一つはA#だったわ」

「大きな銃声でぶるぶる震えちゃったよ……って、あれ? ぼくは4発聞いたんだけど? 2発かい?」

『あちきも2発聞きまちた! ウサギの聴覚はすごいんでちゅよー!』

「うちも4発、ミミにしたっしょ……って、アレ? どーしてバラバラなワケ?」

 

 やはりか……。

 今夜の銃声の回数に関する答えをみんなに聞くと次のように返ってきた。

 

 

 二発:紅、萩野、大豊、マナミ

 四発:七島、天馬、ランティーユ、錦織、白河、黒生寺、角、真田

 

 

「な、なによ……4人して、グルかしら……!?」

「マジかよ……!? 多数決で言ったら俺たち圧倒的に不利じゃねーか! 俺たちの聞き間違いなのか!?」

「いや、それはない。"銃声"は必ずどの教室でも聞こえる仕組みになっているんだ。聞き間違いはありえない……2発は確実に拳銃を使って撃ったものだろう。だけど他の2発は……"美術室にいた人たちにしか聞こえなかった"んじゃないのか? 実際、4発聞こえたメンバーは全員、銃声が聞こえた時に美術室にいた人たちだろう?」

「銃声が聞こえた聞こえないはどうでもいい……ハッキリ説明しろ……」

 

 何故、銃声が聞こえなかったか?

 考えられる可能性としては……これだ。

 

「美術室で聞いた銃声は、誰かが"銃声を録音"をしたものを流した……そう考えられないか?」

「ウーララ!? 銃声が偽物だったってことかい!?」

「マジレスト!? で、でもさ、そんなのどこで録ったワケ? 銃声のサウンドエフェクトCDとかあったっての?」

 

 真田の疑念に対して、俺は一息を吐いた。

 あの銃声の正体……それは、ほとんどの人も知っているはずだ。

 

「みんなは覚えているか? 以前、早朝に鳴った2発の銃声のことを……」

『いやあ、銃声は強敵でしたね』

「あの銃声を誰かが録音していたんだよ。それを美術室の停電時に使った。そう考えるのが」

 

 

「こんなの絶対おかしいのでございます!」

 

 

 俺の声を遮ったのは、涼やで可憐な声。

 これは、フラワー・フローラ……じゃなくて、角っ!?

 

「七島さま、観念なさるのでございます!」

「え?! か、観念って……俺はなにも悪いことはしてないだろ?」

「いいえ、七島さまのおっしゃっていることは間違いでございます! そんなことはありえないのでございますよ! さあ、七島さま! この私、フラワー・フローラと! いざ尋常に! 勝負でございます!」

 

 な、なんでそうなるんだ!?

 ともかく、半ば強引ではあるが、角と弁論しなければならないようだ……!

 

 

「こんなことを言うと手厳しいと思われるやもしれないのでございますが、どうやって録音したというのでございますか! そんなことできるはずがございません!」

 

「できるはずがないって……どうして、できないなんて言いきれるんだ?」

 

「あっ、思いつきました! 方法がありますのでございます! きっと銃声は、"超高校級のモノマネ芸人さまがやった"ものでございましょう! なるほどこれで納得! 一件落着でございますね!」

 

「え?! ちょ、ちょっと角、落ち着くんだ! それこそありえないぞ!?」

 

「私はフラワー・フローラでございます! とにかく"銃声を録音することなど不可能"でございます! “魔法”でない限りありえないのでございます!!」

 

 

「と、止めが甘いぞっ!!」

 

 

 急き立てられ、俺はつっかえながらも打ち払う。

 角は「なんですって……」と言わんばかりに目を丸くしてた。

 

 

「魔法……でございますか……!?」

「それも違うぞ!? ええと、正確には"録音再生機器"を使ったんだろう」

「そんなものはないのでございます! 私はそんなもの見たことがございません!」

「それはおめーだけだろ!? 実際にレコーダーはあんだよ!」

「私も以前に円居に教えてもらって倉庫で見つけたわ。CDレコーダーとか結構取り揃っているわよね」

『はい! そのとおーりでございまする!』

 

 萩野や紅の後押しもあったせいか、角もさすがに身じろぎをした。

 やがて、がっくりと意気消沈のムードに変わる。

 

 

「う、うう……みなさまにそう言われると、そうでございますねとしか言いようがないのでございます……しかし、何故、そんな録音した銃声を鳴らすなどしたのでございますか!」

「そ、その部屋内にいる誰かさんを動揺させたりするのには、便利なんじゃないのかしら……?」

『それって、一体だれがやったんでちゅか!?』

「ンなの犯人に決まってんだろうが! ハシゴ倒したのも犯人だろ!?」

「ということはブレーカーの電源を落としたのも犯人でしょうか……七島さんもそう思いますか?」

 

 そう言って白河はちらりと俺を見遣った。

 なんだか心をが見透かされているような気がして良い気はしないが……。

 

「いや、多分だけど……ブレーカーを落としたのは俺たち生徒の中にはいないんじゃないのか?」

「な、なによそれ……!? 17人目の生徒だっていうの……!? ここで新キャラはミステリ崩壊オチの最悪パターンじゃない……!!」

「じゃ、じゃあさ、新キャラとポルターガイスト以外で、なんだっていうの?」

 

 

 ブレーカーを落とした犯人。それは…………。

 

 

「“小竹”じゃないのか?」

「…………って、だ、だれなのよ!? や、やっぱり新キャラじゃない……!」

「ち、ちがうって! 小竹っていうのは"十和田の飼っていた“ハト”だ!」

 

 俺がそう言うと、ほとんどの人間が顔を見合わせたり、目を見開いたりした。

 

「は、はと……ピジョンのことかい? そんな芸当ができるのかい!?」

「でも、ありえなくはないわ。私が手に持っていた缶切りを叩き落としたこともあったのよ。スイッチを押すことはあの子にとっては難しくないかもしれない」

「そ、そもそもハトなんて、どこにいるのよ……!?」

「眼鏡の度数合わせろよ!? いるだろ、あそこに!」

 

 ツッコミながら萩野が指をさしたのは十和田の遺影であった。

 主人の遺影を止まり木にして、おとなしく首を傾げて鳴いているのは、まぎれもなくギンバトであった。

 

「ほ、本当だわ……白いマリモの幻覚を見ているのかと思ってスルーしてたけど……」

「錦織さん、少し仮眠取ったほうがいいかもしれないよ」

「ねっ、寝られるわけないでしょ……!? 沈没寸前のタイタニック号みたいな危機的状況下で……!」

「い、いや、ちょっとタンマ! 十和田のハトって言ったけどさ。イイカエてるだけ? それだったら……」

 

 真田の不安げな声色に対して、俺はしっかりと頷いた。

 信じたくないかもしれないが、それでもこれは事実なのだろう。

 

 

「ああ。言いたいのはこっちのほうで……“ブレーカーの電源を落としたのは十和田”なんだよ」

「なっ……!? なんだって!?」

「十和田のハトは美術室に行くときからいなかったんだ。つまり……元から十和田は停電を起こすつもりだったんだろう。萩野の美術室で集まろうという計画を利用してな」

 

 

 そして、ある一つの可能性……考えられる真実は。

 

 

 

「それに美術室に"ナイフ"があったんだよ。そして、それを持っていたのは十和田なんじゃないのか?」

 

 

 

 裁判場が沈黙に溢れる。

 息を飲む音が小さいのか、あるいは驚きを胸におしとどめたのか。

 それでもみんなの表情を見れば、その動揺は明らかであった。

 

「ああ、なるほど! 切り絵をしようとご持参されたのでございましょうね!」

「ねーよ!? というか十和田のヤツ、マジで殺そうとしてたんか?!」

「常々過激な人だとは思ってたけれど……いったい、誰を殺そうとしていたの?」

 

 紅が怪訝そうに、だけど微かな怯えを持って尋ねる。

 俺は彼が殺そうとしたであろう人物をぴっと指で示した。

 

「恐らく十和田は黒生寺を殺そうとしたんじゃないのか?」

「ありえねえ……俺は人の殺意を背中で感じ取れる……あの時、俺の背に殺意が向けられていなかったのは、俺の体自身が知っている……」

「な、なんだか、表現がカッコよくもありエロティックなものを感じちゃったよ! ぼくもちょっと言ってみたいかも……」

 

 ランティーユ、お前はなにを言っているんだ……。

 バカなことを言った後、ランティーユはちらりと大豊に目配せをした。

 だけど、彼女からの返答はない。そもそも、大豊は裁判が始まってから黙ったままだな……。

 

 黒生寺は、殺意が感じられなかったと言った……でも、本当にそうなのかもしれない。

 

 

「殺すまではいかなくても、黒生寺に攻撃しようとしていたのは、たしかだと思うよ。お前の腕に"蛍光シール"が張られていたんだ」

「ふん……なにが言いたい……?」

「"蛍光シール"が貼られてたってことは、暗闇でもお前の腕を的確に刺すためだったんじゃないのか?」

「本当に、黒生寺くんの腕にシールが貼られていたの?」

「ああ。それは美術室の図を確認すれば、分かることだ」

 

 そう言って、俺は真田が渡してくれたスケッチブックの用紙を掲げた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「あの"蛍光シール"の発光は強くない。だから近くに行かないと見えないんだ。この図を見れば、十和田が黒生寺に近いことが分かるだろう?」

「で、でも、魔法少女だって至近距離じゃない……」

「いいや、黒生寺の"シール"が貼られていたのは、腕の後ろの辺りだ。黒生寺は停電前、角に銃口を向けていただろう? だから、停電直後は角からは"蛍光シール"は見えないんだよ」

「十和田が停電後に棚まで移動しているのは、ナイフを棚の下に咄嗟に隠そうとしたとも考えられるのかしら」

 

 紅の言うことに、俺はゆっくりと頷いた。

 それに対して、「ちょっと……」と錦織が低い声を発してぎりと歯ぎしりをする。

 

 

「で、でも、どうして失敗してるのよ……? 停電を起こしたうえに"蛍光シール"も貼ったのに? タヌキのくせに鳥目だったの……!?」

「それは、きっと十和田くんにとっても予想外のことが起きたせいじゃないのかな」

「ああ、天馬の言う通り。アクシデントが起きたんだ。それは……“黒生寺がマッチを取り出したこと”だ。みんなも前回の裁判で見たよな? 十和田は火を異様に恐れていたことを」

「まさか。それでは十和田さんが怪我をしたのは……」

 

 白河が固唾を呑んでいた。

 彼の足の怪我の原因。それは、きっと……

 

 

「ああ。炎を見たことでパニックになった。そして持っていた"ナイフ"を取り落とした……それで、"足の甲を怪我"してしまったんだろう。"刺し傷"という形でな」

「ウーララ!? あの傷、そういう意味だったんだ!?」

「もっと言えば、その動揺で十和田は梯子にもぶつかったんじゃないか? ……そして梯子が倒れた。その可能性が高いんだよ」

「それで、私にぶつかってしまったのでございますね……ああ! まるで、ピタゴラスイッチでございます! もっと私に回避能力があれさえすれば! 精進が必要でございますね! 今度修行の旅に出向かわなければ!」 

「クソタヌキめ……最期まで面倒ごとを……」

「で、でも、十和田だって角にケガさせることまでは望んではなかった……はずだぞ」

 

 

 今は亡き十和田に対するフォローを行う反面、少し引っかかりを覚える。

 たしかに、十和田が"蛍光シール"を貼ったのは黒生寺だけだろう。なにも皆殺しを計ったわけでもないし、貼った場所も腕だ。

 

 

 ………と言いたいのだけれど。

 

 どうにも腑に落ちないんだよな……。

 それは黒生寺も同じなのか、腕を組みながら視線を右斜め下に落として考え込んでいるようだ。

 

 

 

「だとしても納得できねえ……何故タヌキは俺を狙った……?」

「はぁ? アンタさ、しょっちゅうケンカ売ってたくせに、よくそーいうこと言えるよね?」

「俺は恨まれて生きているつもりはねえ……むしろクソアマの貴様を殺すつもりだったんじゃないのか……」

「なっ!? なに言ってんのさ! そりゃケンカばっかりしてたのはタシカだけど、アンタほどじゃないっつーの!!」

「どうだか……」

 

 黒生寺が皮肉げに鼻を鳴らすと、真田はお返しと言わんばかりにギッと睨みつける。

 

 

「ってかさ、やっぱりアンタが犯人なんじゃないの……!? そんでもって辺見ルカリスなんだよ……! 十和田を殺したのはさ! だいたい銃を持ってんのはアンタだけでしょーが! ハクジョウしろっつーの!」

「あ……? くだらんことを……どうせ殺したのはアマだろ……そこの黒髪の山賊とかな……」

「山賊!? わ、私のこと、今、山賊って言ったの……!? こっ、こ、こんな侮辱久しぶりに受けたわ……!」

『久しぶりって前にもあったんでちゅか!?』

「お、おい。みんな、ちょっと待ってくれ! そんなことでケンカしても……!」

 

 思わず、ちらりと白河を見た。

 こういう時、まず白河ならまだ決定打はないとか言って議論を発展させるはずだが……。

 俺の視線に気づいて、彼は大きく咳ばらいをした。

 

 

「とにかく、まずは十和田さんの動向を確認しませんか? 殺人未遂も許せないことでしょうが、彼は結局殺されてしまいましたからね……この裁判は“十和田さん殺しの犯人探し”です。短絡的に偏見だけで犯人を決めることこそ、犯人の思うツボ、我々の絶望に繋がりかねません。このようなこと言いたくないほどに醜い言葉ですが、幼稚な言い合いをしていると、あなたたちの損得にも関わりますよ。どうかお忘れなく」

 

 

 淡々と言い切った白河に、真田もムッとしたままだったがリップが塗られた唇を噤む。

 元々、寡黙な黒生寺はさっさとそっぽを向いて、錦織も爪をギリと噛んだ。

 

 十和田が何故、黒生寺を殺そうとしたのかも気になるが、それは本人しか分からない。

 今は、やはり十和田自身が何故、殺されたかを最優先しよう。

 もしかしたら、これからの話し合いで彼の本意も分かるかもしれないだろう。

 

 

 

「そ、それでよ。そのニセの銃声で、美術室にいたおめーらは逃げたんだよな? じゃあ、なんで十和田は技術室で死んでんだ?」

「あの時、全滅を避けるためにバラバラに逃げようってことになったんだ。そのとき、十和田くんは娯楽室に向かうって言ってたはずだよ。七島くんも聞いてたよね」

「ああ、それは俺と白河も聞いていた」

「じゃ、じゃあ、あの手品師は"嘘を吐いて"技術室に行ったの……?」

 

 十和田が技術室で殺されていた。それは間違いない。

 別の場所で殺して、犯人が運んだか?

 いいや。大柄な彼を、あの短時間で他の部屋に運ぶのは至難の業だ。台車も見当たらなかった。

 だけど、あのとき、十和田が言ったことは嘘なのだろうか?

 

 

「いや、十和田は嘘はついていないんだ。十和田は娯楽室には行ったんだ。こんなメモが娯楽室にあったからな」

 

 俺はそう言って、"紫のペンで書かれたメモ"を提示した。

 

 

 

 

 

 今すぐ技術室へ来てほしい。どうしても話したいことがある 

 

 

 

 

 

 首を傾げながら見ている者がほとんどであった。

 たしかに、これだけ見せられても、関連性がないだろうからその反応は当然だろう。

 

「どうして、そのメモが娯楽室に来たっていう理由になるの?」

「十和田のポケットの中に"コルク"が入っていたんだ。そのコルクは、"栓がないマナクマボトル"のものだったんだ」

「つまり……なるほど……どういうことでございましょうか!?」

「途中までの納得はなんだったんだよ!?」

「この手紙は"マナクマボトル"の中に入っていたんじゃないのか? 十和田はそれを読むために、"コルク"を開けてポケットの中に入れたんだ。だから、このメモを見た十和田は技術室に」

「ありえん……」

 

 言い終わる前に、今度は黒生寺が俺の言葉を否定した。

 それに対して、萩野があからさまな溜息を吐いた。

 

 

「おいおい? また七島に論破されてえのか?」

「黒生寺さまは論破され係ではございません!」

「ロンパだかリンパだが知らんが……俺は認めねえぞ……」

 

 黒生寺は強い語気で言い切った。

 反論はいつものことだが……なんだかいつもとは勝手が違う。

 

 

 

「まさか、あのクソがつくほど天邪鬼のタヌキ野郎が、こんなメモ1枚で行くと思ってんのか……脅迫もない命令文だけで、アイツがほいほい行くワケがねえ……タヌキに肩を貸すわけじゃねえが反論があるなら受けて立つ……」

 

 

 それは……。

 

 黒生寺の反論に、珍しく俺は否定できそうになかった。

 萩野も渋い顔で腕を組んで黙ってしまった。

 

 たしかに十和田がこんなメモだけで技術室に行くとは思えない。

 以前、第一の事件で十和田は似たような手紙で体育館で黒生寺と弓道対決をしたが、あの時は、行方不明になっていたハトの小竹のために行ったんだ。

 

 だけど、このメモにはどこからどう見ても脅迫がない。

 脅しもないメモに、自分第一主義だった十和田が本当に向うのか?

 

 

 ……ダメだ、わからない。

 

 

 どうして"こんなメモ"で、十和田は技術室なんかに行ったんだ?

 

 

 

 

 

「もういいのだ」

 

 

 

 思いを張り巡らせている時に飛んできたのは、失望の声色だった。

 顔をあげると、大豊がこちらを睨みつけていた。

 この裁判でようやく大豊は口を開いたのか。

 

 だけど、いつもの朗らかで明快な響きはなかった。

 

 

 

 

「ねえ。やっぱり七島っちが犯人なんでしょ……!?」

 

 

 

 

 

 それは、彼女らしくない"猜疑"の声だった。

 

 

 

「は? お、おめーなに言ってんだ?」

 

 萩野はきょとんと目を瞬かせて、俺の代わりに疑問を投げかける。

 だが大豊は臆することもなく、大きく足踏みをする。

 

 

 

 

「何度も言わせないでよ!! 七島っちは、辺見ルカリスなんでしょ!?  あたし知ってるんだよっ!」

 

 

 

 ――辺見ルカリス。

 

 

 その言葉に白河が息を飲み、萩野が「おいっ!」と目を三角に変える。

 

 

「バ……?! バッカヤロー! 何回言えばわかんだよ!? 七島は犯人でも辺見ルカリスでもねーぞ!?」

「だ、だって……だって! あたしに脅迫状を送ったのは七島っちなんでしょっ!? こんなひどいマネをするなんて、やっぱり辺見ルカリスは七島っちに決まってるのだっ!!」

「ちょ、ちょっと、大豊も萩野も落ち着いてくれ」

「大豊さん。まずは十和田さんの事件の全貌解明が先です。あなたが怒る気持ちもわからなくはありませんが」

「っ! だ……だからっ!! 七島っちが犯人なんでしょ!? これで終わり! 終わりなのだ!!」

 

 大豊はなにを意固地になっているんだ。

 彼女の中では、まだ俺が脅迫状を送って自分を騙した悪役ってことになっているようだ。

 しかも、辺見ルカリスにもなってしまっているが……。

 

 でも、大豊の言うことすべてをあしらうことはできない。

 

 

「……そこまで言うなら大豊。もう一度、第二の事件について振り返ってみないか?」

 

 

 前回から引きずったままの、一つの提案を俺は大豊に投げかけてみた。

 彼女は「へっ?」とあっけに取られたような顔立ちで首をかしげる。

 

 

「な、なんでなのだ!? それは円居っちが犯人だったのだ!」

「それはわかっている。だけど、それとは別に……なにかが裏で行われていたような気がするんだ」

 

 自分でも分からないことだ。

 だけど、集めてきた証拠や証言があれば……可能性はあるんだ。

 

「なあ、ここで決着をつけないか? 第二の事件で、俺が"脅迫状を送っていない"ってことを証明させてくれ。俺の疑惑を晴らすチャンスを」

「いいえ、待ってください。今すべきことは、十和田さんの犯人探しですよ。第二の事件は、円居さんが犯人です……終わったことを蒸し返して時間切れになったらどうするのですか?」

 

 白河が口をはさんできた。

 たしかに彼の言う通りで、第二の事件は終わったことだ。

 それでも……。

 

『ええんでないのかしらん。ボクは構いませんよ? 絶望の匂いもぷんぷんしてきたし!』

『絶望の匂いなんてあるんでちゅか……!?』

 

 マナクマの言葉で、白河も諦めたように「それで」と視線を促す。

 ここでかたをつけないと、この事件は先に進めないんだ。

 俺自身も、前を向けない!

 

 

「七島がキョーハクジョーを送ったか送ってないか……シロクロつけりゃいいってこと?」

 

「元々ユビキタス手帳って、"マナマナマシーンの景品"だったみたいだよね」

 

「ウィ! それじゃあ、他にユビキタス手帳を持っているっていう人もいなくはないってことだね?」

 

「しかし手帳の破かれた痕は、"七島さんの手帳と脅迫状で一致していた"のは事実ですよ」

 

「そうなのだ!! 七島っちが、"その手帳を持っていたから七島っちが脅迫状を送った"のは間違いないのだ!」

 

 

「止めが甘いぞ!」

 

 

 俺は、すぐさま大豊の言葉を打ち払った。

 「はむっ」と大豊が一瞬だけ変な声を出したが、すぐに頬を膨らました。

 

 

「な、なんなのだ七島っち! ジャマしないでよっ!」

「大豊。必ずしも手帳を持っていたから脅迫状を送れたわけじゃないんだよ」

 

 以前に、彼から指摘された可能性。

 これを使えば、疑いを崩すことができるかもしれない!

 

「俺だって、いつも手帳を肌身離さず持っていたわけじゃない。たとえば……"俺が銭湯に入っている間"に、破られていた可能性があるんだ」

「えっ……え!? そ、そんなの、わかんないのだ!」

「たしかに。これだけじゃ俺の疑惑は完全に晴れないのは分かっている。でも、この時間なら俺が知らないうちにメモを破くことも可能だろう?」

「だ、だって……変だよ!! 自分のメモなんだから、七島っちが犯人じゃなきゃ、おかしいのだ!!」

「あんなぁ、七島のメモを使うことで、七島に疑いを向けさせるのが、目的だったってのもあんだろ?」

「へけ!? つっ、つまつつつまりどういうことなのだぁ!?」

「マ、マドモアゼル! いったん落ち着こっか?!」

 

 大豊の思考回路はいたってシンプルにできているようだ。

 やはり、そこまでの発想は至らなかったのか……。

 

 

「ところで、七島さん。そちらはあなたの考えですか?」

 

 

 あわあわした大豊とのやりとりに水を差される。

 俺の心臓に不規則な跳ねを施すほどの驚きをもたらしたのは……。

 

「え? な、なんだ、白河?」

「すみません。難しい質問したつもりはないのですが……もう一度言います、それは、あなた自身で考えたことでしょうか?」

「い、いや……ある人から教えてもらって」

「どなたでしょうか?」

 

 な、なんなんだ、これは。

 この質問は答えるべきなのか? その教えてもらった人をちらりと見た。

 

「ランティーユだけど……」

「そうですか……ランティーユさん。あなたは、まるで勝手を知ってるような話をするんですね」

「えっ……ええっ!? まさか、ぼくが辺見ルカリスだって言うつもりかい、ムッシュ白河!?」

「ランティーユが、辺見ルカリス……!? そ、それも、ありうるのだ! ヘンタイだし!」

「ウーララ!? ご、誤解だよ、マドモアゼル! 辺見ルカリスの変態とは方向性も色合いも違うはずだよ! そもそもぼくは変態じゃないからね!?」

 

 ランティーユはまくし立てた後に、「ええと」と口籠る。

 ……それにしても、白河は一体、なんのつもりで言ったんだ?

 

「たまたまさ……ぼくの第六感が閃いちゃっただけにすぎないよ」

「そうなんでしょうか? では、私も七島さんに聞きたいことがあるんです」

「な、なんだよ……」

「あなたは銭湯に行くということを、誰かに伝えましたか?」

「私と七島くんは二人きりでお話していたけど……でも、私、七島くんがお風呂に入るってことは知らなかったよ。七島くん、そんなこと言ってなかったから」

「たしかに……七島さんがお風呂に入っている間であろう時間に、私や黒生寺さん、角さん、大豊さんも食堂に次々と集まってきましたからね」

 

 そこで黒生寺が暴れた事件が勃発したのは……記憶には新しくないのだが、遠くもない。

 対して白河は軽く自らの腕を組みながら、目を伏せる。

 

 

「しかし、これでわかりました。やはり犯人の特定は難しいのでは? あなたがメモを持っていたということを知る人間はいるのか不明ですからね……そもそも、第二の事件で、脅迫状を書いた人間が今回の事件の犯人につながるとは到底思えません。……もう一度、考え直してください。今は過去の事件ではなく、十和田さん殺しの犯人を捜す時間です」

 

 

 たしかに、白河の言うことはもっともだ。

 もっともだけど……

 俺には一番納得ができない選択肢だった。

 

 

「それでも、俺は証明したいんだ。俺は……犯人じゃない。大豊の言う辺見ルカリスじゃない。そして、第二の事件のメモを書いた人間じゃないってことを」

「そ、その根拠はあるのかしら……なかったら、どうするつもりなのよ……死んでお詫びするの……!?」

「第二の事件。井伏が殺された時の"アナウンス"を……考えてみないか?」

 

 そういうと、萩野は俺をちらりと見てゆっくり頷く。

 俺たちは第二の事件もまだ解決していないんだ。

 円居の言葉が何度も頭に打ち鳴らされる……きっと、あの裁判を完全に解決しないと、俺たちはこの事件も迷ってしまうかもしれない。

 

 第二の事件の死体発見アナウンスの真意。

 もう少し調べてみれば、なにかの真実が見えてくるはずだ……!

 

 

 

「死体発見アナウンスは、"犯人以外の三人以上が遺体を目撃したとき"に鳴らされるんだ。第二の事件は"井伏の死体を運んだ紅で1カウント"だ。次に"最初に井伏のロッカーを開けた俺で2カウント"だと仮定する場合……次はどうなると思うか?」

 

「ちょっとー。もったいぶらないでハッキリ言ってくんない?」

 

「次はあたしたちなのだ! "あたしと白河っち"が井伏っちを見たのだ……! このときに、ぴんぽんぱんぽーんって鳴ったんだよ!」

 

「ロッカーを開けた時に、大豊さまたちは、七島さまとご一緒だったのでございますか?」

 

「ち、ちがうのだ! あたしたちは、"第一ロッカー室"にいたのだ!」

 

「ええ。第一と第二のロッカー室の"ドアは閉まって"いましたからね」

 

「あ? じゃあ、なんでドア開けたんだよ? 七島が戻って来なかったからか?」

 

「だ、だから、ちがうってば! 隣の部屋から"七島っちの悲鳴が聞こえた"んだよ! だからドアを開けたのだ!」

 

「止めが甘いぞ!」

 

 見つけた!

 俺は大豊の稚拙な言葉を思いっきり払いのける。

 

 

「大豊……それはウソだよな。悲鳴なんか聞こえていないよな?」

「な、なに言ってるのだ?! あたし聞いたもん! ドアの向こう側から、どひゃーって……」

「いや、そこが違うんだ」

「えっ!? あっ、ちがうのだ! ぎにゃー! って声が」

「俺がなんと叫ぼうと、お前には聞こえなかったはずだ」

「そっ、そそそそ、そんなことないもん!! だ、だって七島っちは、あびるりらびーんって!!」

「そもそも閉まっているドア越しから悲鳴が聞こえたっていう時点でおかしいんだ」

 

 大豊が、「えっ……」と小さな声を漏らした。

 これで一つの証言を提示すれば、新たな道が拓ける。

 

「あのドアは、"防音性"なんだ」

「ぼ、ぼーおん?」

「そうだ! 俺と七島、天馬の3人で確認済みだ! 間違いねーぞ!!」

 

 威勢のいい萩野の返しに、大豊はアメコミのように口をあんぐりとさせている。

 

 

「だから、大豊がドアを開けたのは俺の悲鳴じゃなくて、“死体発見のアナウンスが鳴ったから”じゃないのか? どうなんだ、大豊?」

「あ、あわわわ、ぼ、ぼぼぼーおんなんて知らないのだ……!」

「し、知らないのに、よくそんなハッタリつけたものね……!? 逆に尊敬するわよ……!」

「"七島くんが井伏くんを発見してアナウンスが鳴った"……これが正しいなら、七島くんが井伏くんの遺体を発見する前に、紅さん以外の"もう一人の目撃者"がいるってことだよね」

 

 

 天馬の言う通りだ。

 裁判が始まる前……いいや、捜査が始まるよりも前に、井伏の死を知っていた目撃者がいる。

 

 

 

 

「そうだ。それに大豊だけを責めるのはまだ早いんだよ」

 

 

 

 

 俺はもう一人、ある人物に視線を移した。

 

 

 

 彼女の明らかな嘘。

 なのに何故、"お前"はなにも言わなかった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白河。あのとき、お前は大豊と一緒にいたよな? どうして、このことを黙っていたんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白河は指摘されても、黙っていた。

 じっと静かにこちらを見つめていた。視線を外そうともしないのが逆に意見を言いづらい。

 だけど、お前が隠していたのは事実なんだ。

 

 

「お前も、大豊と第一ロッカールームにいたよな? だから、お前もアナウンスを聞いたはずだ。俺の悲鳴なんか絶対に聞こえないはずなんだよ。それなのに、どうして……あんなに注意深く、目ざといお前が……さっきの大豊の意見を否定しなかった?」

「その話の前に、私の話を聞いていただけませんか」

「な、なんだよ」

「言えなかった理由は簡単です。彼女によって脅されていたんです」

 

 俺の言葉を遮って話す白河は今も死の恐怖に怯えているのだろうか。

 冷静なまま、彼はまだ神経を張りつめさせて……大豊を伏し目がちに見遣った。

 

 

 

 

 

 

「辺見ルカリス……そう、大豊さんにです」

 

 

 

 

 

 

 

 裁判上にぴたりと静寂が走った。

 誰もなにも言わず、音も立てず、冷たい沈黙が走る。

 

 

「…………は、はい? ムッシュ? なにを言ってるのかな? 空耳かな?」

「お、おい! っていうか質問に答えろ! 今の話はロッカー室の扉が防音だってどうして言わなかったかだ! テキトーなこと言って逃れようったってそうは」

「え?! ちょ、ちょっと白河っち……なんで!? そ、それは黙っててくれるって言ったよね!?」

 

 

 ……え?

 

 

 今、なんていった?

 大豊から飛び出したのは、ちがうよ、ではなく、はむうという奇声でもなく。

 

 

 『黙ってくれるって言った』だって?

 

 

 

「ひ、ひどいのだ白河っち! 言わないって約束したよね!?」

「誰がそんなことを言いましたか? 私はあなたの主張を聞いて頷いたまでです……大豊さんは私に言いましたね。『悪いことだったかもしれないけど、殺さないでほしい』……当然ですよね。あなたは恨まれて当然の存在なのですから」

「……っ! そ、そんな、あ、あたし……!?」

 

 

 白河は淡々と告げる。

 

 

 ……大豊が辺見ルカリスだって?

 

 

 彼の冷静さのおかげなのだろうか、説得もなく、疑問の隙間にぴったりと真実を入れられた気分だ。

 それだけではない……白河は被害者だからだ。

 親を辺見ルカリスに殺された、被害者……だから?

 

「ちょ、ちょっと……!? ど、どういうことか説明しなさいよ、ランナー!」

「っ!! え、えっと、あ、あの」

「私が言ったとおりです。大豊さんは辺見ルカリス。そうですよね?」

 

 大豊は「その」と口籠ったままだ。

 肯定はしない……が、否定もしなかった。

 だけど、彼女は流されているだけかもしれない。

 

 他になにか、彼女が辺見か否か分かる証拠は……!?

 

 

「い、いや、待ってくれ……大豊。じゃあ、あの絵本を描いたのもお前なのか?」

「え? えほん?」

「『人間は白紙』だよ。錦織とも見たんだ。辺見ルカリスが描いた絵本……実はこの学園にもあったんだよ」

「マジレスト?! そのことにもビックリなんだけど!」

「そ、そうだ大豊! そういうなら絵本の内容を言ってくれないか?」

「えっ!? ここでっ!?」

「だって、お前が辺見ルカリスなら言えるんだろう?」

「そ、そ、そんなっ……こと言われても……!? わ、わかんないのだ……」

 

 わからないって……

 大豊はしおらしく肩をすぼめているが黙秘なのか?

 それとも……?

 

 突如として白河が咳払いをして軽く手を上げる。

 

 

「今の話だと、七島さんは辺見ルカリスが描いたという絵本を読んだのですか? ならば著者の写真でもありましたか?」

「え? い、いや、なかったけど……」

「なるほど……それならば本当に辺見ルカリスが描いたものという証拠もないのでは? つまり大豊さん……もとい、辺見ルカリス本人が描いていない可能性もあります。そうだとしたら、わからないのも頷けませんか?」

 

 援護射撃に似た白河の指摘に俺は言い返せなかった。

 

 

 ……まさか、本当に大豊が辺見ルカリスなのか?

 

 

「あ、あのマドモアゼル? 冗談だよね? ぼくは悪い夢を見ているんだよね?」

「っ、ゆ、夢なんかじゃないのだ……っ! だったら、ほっぺをつねるのだ! いたいでしょ!?」

「うぐっ……た、たしかに痛い……でも、君が殺人鬼なんて、誰がなんと言おうとぼくは信じないぞ!!」

「う、うるさいっ! あんたなんかになにが分かるの!? いっつも口ばっかりで役に立たないクセに!」

 

 彼女を庇おうと試みたランティーユが完全に硬直した。

 その時、大豊も「しまった」と言わんばかりに、一瞬、怯えが見えたのは気のせいだろうか。

 

 

「な、なに言っているんだよ……もういいっ!! やめてくれ!! とにかく間違っているのは君じゃないっ!! マドモアゼル、本当のことを話してくれよっ!!」

「だ、だから、わかんないのだ! そもそも間違っているっていうなら、あたしはどうすればいいのだ!! あ、あたしが……っ! あ、あたしは……!」

 

 しばらく、ランティーユは黙っていた。

 ただ、何度も『愛おしい』と言って追い続けてきた対象である大豊を呆然と眺めている。

 俺たちを何度も突き放し、悲痛な金切りに似た声をあげる大豊。

 

 ……これは、本当に大豊なのか?

 

 

「マドモアゼル。きみは……いったい、なにが、どうしたというんだ……」

 

 

 ランティーユはそれでも彼女を『お嬢さん』と呼ぶ。

 裁判台に頭を抱えて肘をついて小刻みに震えていた。

 

 

「ランティーユさん、あなたはご自身を鑑定したことはありますか?」

 

 

 唐突に口を開いたのは白河だった。

 注射を準備している医者のような声色。

 「これでよくなる」と言わんばかりに安堵感を与えるトーンだった。

 

「一番難しいのは、自身のことではないでしょうか。自己解析と言いますが、自分自身というのはいつどうなるか実は分からないものですよ……ランティーユさん。あなたが嘘を吐いている、なんて可能性もあるのでは?」

「ぼくを……いや、鑑定士としてのぼくを馬鹿にするつもりかい」

「いいえ、あくまで、私の考えですよ。でも、あなたもお分かりではありませんか?」

 

 確実にランティーユに針を射そうとする。

 白河自らは刃物は苦手でも、言葉の刃物は容易く、残酷に扱う。

 

 

「嘘は真実の真逆。あなたの憎むべきもの。そんな醜い感情に愛を抱いていいものでしょうか? 放っておいてもいいものなのでしょうか?」

 

 

 待ってくれ、ダメだ。

 頭を働かそうとしても、ぐるぐると停滞するだけで。

 ランティーユも熱に浮かされたように、瞳がどろどろと汚れていくのが目に見える。

 彼は吐き気を催したように口を抑えて、血色が死に向かっているように悪くなっていく。

 

 

「辺見ルカリスは大豊さんです。彼女だって認めています」

「あ……あた、し……あたしが……」

 

 おかしい、と思っても。

 違う、と心が否定していても口が動かない。

 裁判の空気が一斉に硬直する。

 そして一つの考えに。一つの答えに結集する。

 

 

 大豊が辺見ルカリス。殺人鬼。

 

 

 

 これが真実ならば、俺たちは…………

 

 

「…………ウィ……そうだな…………ムッシュ白河。悔しいけど君の言うとおりのようだ。どうやらぼくは鑑定結果を間違えていた」

「!! ラ、ランティーユ……!?」

 

 項垂れて証言台に手をつくランティーユの言葉に、大豊は目を見開いた。

 ぐら、ぐらと足場を失う寸前のように足が揺れ始める。

 それは、まるで神への信仰が解かれたように……。

 

 

 

「なあ。前にぼくは君に言ったよね。君は……無自覚に人を傷つける傾向にあるって」

「…………なにを、言ってるんですか?」

 

 

 ……いいや、違う。

 

 白河たちの疑念に俺もすぐさま顔を上げた。

 

 

 

 

 

「ああ、そうだ……君は…………ムッシュ白河……無自覚じゃない。自覚的にマドモアゼルを追い詰めているんだ!! そうじゃないかっ!?」

 

 

 

 ランティーユは、鑑定結果をとうに出していた。

 

 鑑定士が『偽』と言い渡したのは白河だった。

 その答えに大豊の見開いた目が、零れそうなほどに大きく膨らむ。

 

 

「っ!! ラ、ランティーユ!? な、なんで……だ、だってあたし……!?」

「つまり、あなたは大豊さんの言い分を信じないということですね」

「ちがう。なにもわかっていないなムッシュ。マドモアゼルは嘘をつかされてるんだ。君自身に!! そうじゃないのか!?」

「そう思われるのは構いませんが……その根拠は?」

 

 ランティーユは黙ってしまった。

 口元を手のひらで隠したが、それが不利の行為だと気づいて慌てて証言台に手を置く。

 

「ないようですね。ならば、ランティーユさん。それは推理ではなくただの私情だということはあなたにもわかりますよね……では、大豊さん。あなたには今回の事件のことを」

「私もランティーユに賛成よ」

 

 白河の進行が遮られる。

 その声の主に対して、真っ先に目を丸くさせたのは萩野だった。

 

 

「えっ!? 紅、おめー……!?」

「紅さん? なにをおっしゃってるんですか? あなたは以前大豊さんに『人殺し』と罵られましたよね……いま思えば、ひどい話です。自分のことを棚に上げて糾弾するなど、大豊さんの行為は至極最低です。……それなのに、あなたも大豊さんはシロだと?」

「……たしかに、強烈な一撃を食らったのは事実よ」

 

 ふう、と目を瞑って紅は息を吐く。

 だが、紅は「それでも」とリズムを変える合図のように一息入れる。

 

 

「私は、今まで見てきた大豊を信じたい。もちろん私なんかに信じられても嬉しくないでしょうし、私の人を見る目はランティーユには劣るのは分かっている。それでも、大豊がこんなことをするのには大きな理由があると思うの。そのぐらいに彼女は幼くて純粋な子よ。……白河、これもあなたにとってみれば私情に見えるだろうし、実際に私情とも言える。それでも……私の意見は揺るがないわよ」

『そうでちゅ! あちきも、大豊さんは犯人じゃないと思いまちゅ!』

 

 次に響いた場違いなほどの愛らしい声だった。

 しかも肉声ではない。

 呑気に居眠りをしているマナクマの隣に吊るされているパソコンから発せられた……マナミの音声だった。

 

 

「って、なっ、なんなのよ……!? だんまりだったクセに突然大声出すとか、壊れかけの目覚まし時計じゃあるまいし……!」

『だ、だって、みなちゃん。なんか勘違いしてまちぇんか? そもそも辺見ルカリスは、悪い子じゃないんでちゅよ……! 先生だってそう言ってまちたもの!』

 

 ……なんだか拍子抜けするというか。

 マナミの言葉は、いまいち身に入らないな。

 

 

「ま、まだ言うのね、その根拠のない話……?!」

『根拠はありまちぇんが、涙でほっぺを濡らす生徒は、先生の愛弟子のあちきが放っておくわけにはいかないんでちゅ! あちきは愛の戦士になるんでちゅから!』

「マジカル・マナミ! 天晴でございます! 愛の伝道師としての称号をこの私、フラワー・フローラがあなたに」

「おめーはいいから変身解けよ!?」

「辺見ルカリスは悪ではないですか……口だけならなんとでも言えます。私から見たあなたも先生などと言って、ごまかしているだけに過ぎないのでは?」

「……ううぅ……で、でも、それはどうかしらね……?」

 

 またしても白河の意見に否定をしたのは……意外にも錦織だった。

 

 

「も、もちろん十中八九マナミの情報は信じられないわよ……おとぼけバカだし……そ、それでも私はマナミを信じるわ……信じるといっても、マナミはこんな嘘もロクに突き通せないバカだかっていう理由だけど……マナミは、情で動かされる分、他のコンピュータに比べてポンコツだけど信用はできるのよ……そこのランナーと同じで……だ、だけど! アンタはコンピュータそのものよっ! さっきから血の通っていないような言動ばかりじゃない……!」

 

 

 いつも通りつっかえながらも、錦織は語気を強くして白河を糾弾する。

 

 大豊は目をきょろきょろさせていた。

 動揺しているようだ、なんだか彼女自身も状況を分かっていないような雰囲気だ。

 それでも、白河だけは冷静沈着という言葉が似合う佇まいだ。

 

 

「つまりマナミ……それに大豊さんが単純明快であまりオツムがよろしくないから、みなさん、そう言うんですか? 私に騙されていると? …………あの、大豊さん。どちらにせよ随分可哀想な言われようでは? しかし、人間の裏などそう簡単に突けるものではないですよ。超高校級のプログラマーが作ったAIはアルターエゴという希望と絶望を生み出したぐらいです。そう簡単にコンピュータを信じていいものでしょうか? 大豊さんだってそうです。そうは言っても彼女も嘘が下手なフリをしているだけではないですか? そう簡単に根が無邪気というだけで、信じていいのですか?」

 

 

 白河が優勢だ。俺も大豊を完全に信じることは難しい。

 だけど……あいつに言った疑問を解決していない。

 白河、お前はなにを誤魔化そうとしているのか?

 ちらりと見えた綻びを掴めることができれば……

 

 それに……俺だって大豊を信じたい気持ちは同じなんだ。

 

 

「そもそも白河。第二の事件の時、本当にお前は偶然いたところを、紅にロッカーに入れられたのか?」

「急になにをおっしゃっているんですか?」

「まだ憶測に過ぎないけれど……お前はロッカーに入れられることで、自分は無関係……事件の被害者であることを装っていたんじゃないのか?」

「七島さん、それは、あまりにもおかしいと思います。根拠が成り立っていません」

「あくまで憶測って言っただろう? あの夜、角と黒生寺は二階にいたけど、トレーニングルームでずっと二人きりだ。アリバイはあるだろう。円居は自分でこんな工作をやるには大変だ。そもそも……彼も利用されていたんじゃないのか?」

「利用されていた? 誰にですか?」

「お前にだ。俺にはそんな意図があるような気がする」

 

 白河の冷ややかな眼差しは変わらない。

 俺の妄言と捉えて信じてないようだ。

 

 

 

「でも憶測はここまでだ。今度こそ俺は……第二の事件に残された謎を解明させてもらうぞ」

 

 

 

 だけど、もう一度、今の状況で前回のメモを見れば……。

 首謀者の意図もわかるはずだ……!

 

 

 

「紅。もう一回、お前がもらった"脅迫状"を見せてくれないか? あの脅迫の意味が分かれば、脅迫状を送ったのは何者なのか、裏で糸を引いていた正体がわかるかもしれないんだ……!」

 

 

 

 白河はきょとんと目を見開いた。

 そして、一瞬だけ目を瞑り、残念そうに首を振る。

 ……やはり図星なのか?

 

「いいえ。それは無理な話ではないでしょうか」

「そんなことはないだろう。なあ、紅。あのときの脅迫状を」

「彼女は脅迫状を捨てましたよ」

 

 …………捨てた?

 その言葉を一つだけぽんと差し出されても、すぐに飲み込むことはできなかった。

 

 

 

「いえ。正確には私がごみ収集のときに捨てたというべきですね」

 

 

 

 ………………どういうことだ?

 その最中、萩野と真田が顔色をさっと青に変える。

 

「お、おい、まさか……俺たちがいるあんときに!?」

「へ? マ、マジで? ジョーダンきつすぎっしょ……!? で、でも、タシカにそーだ……紅ちゃんがブルーなときに……!?」

 

 萩野と真田は知っているのか?

 

 いや、真田の言葉を借りるとすれば。

 紅が意気消沈して、部屋で萩野と真田が話し相手になっていた……あの時に、白河が来たとでも言うのか!?

 

「ちゃんと確認もしました。そして焼却炉に放り投げさせていただきました……よく燃えましたよ。紅さんにとっては忌々しい脅迫状だったんです。彼女の精神上にもよろしくありません……だから、捨てさせていただきました」

「……それって、証拠隠滅とも言い換えられるんじゃないのかな」

「今、天馬さんは証拠隠滅と言いいましたか? それは言葉が不適切ではないでしょうか? そもそも脅迫状はゴミ箱に入っていましたよ。それは紅さん自身が捨てたことです。彼女にとっては不要な紙だったのは間違いありませんよ。そうでしょう、紅さん? あなたが一番よく理解されているはずです」

「……っ白河……あなたって人は……!」

 

 

 そんな。あの脅迫状がないなんて……!

 紅は自らの行動に対する過ちに唇を戦慄かせながら、口元に指にあてて……。

 

 

 

 

 

 

 

「…………本当に、残念な人ね」

 

 

 

 

 

 

 …………笑った?

 俺だけではない。それは白河も首を傾げさせるものであった。

 

「…………どういうことですか? 自分が捨てたことを忘れたんですか?」

「随分と酷い言い方をするのね。それにしても、あの人も直筆にすればよかったのに。七島が達筆で筆跡鑑定にも長けているからできなかったんでしょうけど……そしたら私も」

 

 紅は胸ポケットに畳んだポケットチーフを取り出した。

 それを広げた時に、なにかが、はらりと舞い降りる。

 素早く、それを紅は人差し指と中指で挟みこんでみんなに見せた。

 

 

 

「こうやって真似できなかったのにね」

 

 

 

 方眼紙のメモ用紙。

 そこに書かれているのは、手書きとは思えない規則的な文字。

 

 

 ……まさか、これって?

 

 

 突如として鳴り渡った、ぶつかるような音。

 その方向を見ると……

 今度は白河が証言台を握りしめて瞳孔を開き口を抑えていた。

 

「…………どういうことですか?  なんで、そのメモが……? それは、たしかに私が」

「ここまでは、さすがに予測していなかったみたいね。あなたの思惑が中途半端でよかったわ」

「まさか七島さんのメモ帳から紙を盗んだんですか?」

「いいえ、盗んでいないわ。私はあなたと違って了承を得てもらったのよ」

 

 

 俺が? いったいどこで……いや、待てよ。

 

 

 


 

 

「……ねえ七島。あなたメモ用紙みたいな紙は持っている?」

「え? えっと、半紙しか持ってないんだけど」

「それはちょっと……真田にお礼の手紙を残したいの。メモ帳の切れ端でもいいの」

「それなら……あ、あれしか、ないんだけど」

 

 恐る恐るだけど、俺はユビキタス手帳を取り出した。

 少しだけ紅が目を留めたが、「それでいい」と答える。

 

「いいのか? だって、これ……その」

「方眼紙のメモなんて珍しいものでもないでしょう。それにシールやイラストを描けば少しはマシになると思うから」

 

 ぴり、ぴりぴり、と綺麗に切り離して、方眼紙のページを渡した。

 

 


 

 

 そうか。あの時だ。

 紅は方眼紙のメモを手に入れて……いいや、彼女の言う通り。たしかに俺が渡したんだ。

 白河は息を整えるために、胸を手に当てて呼吸に専念しているようだ。

 

「七島からもらったメモ用紙を、わざと少し雑に破いてダミーを作らせてもらったの。タイプライターを使ってね。こうすれば、"破られた方眼紙のページ"で"タイプライター"で書かれた脅迫状は作れるの。先に言っておくけど私だけを責めるのはお門違いよ。あなたも嘘を吐いたでしょう?」

「なにを、言ってるのですか? 私は嘘など」

「いいえ。あなたは私の部屋のゴミを捨てようと、しょっちゅう足を運んで来てくれたじゃない。だけど、私は"脅迫状"をゴミ箱に捨てなかった。その結果、起こったことが……廊下での私の気絶よ」

 

 ……まさか。

 すぐさま唾を飲んで頭の中の考えを発した。

 

「廊下で気絶した紅を最初に見つけたのは……白河だったよな?」

「……白河。あなたは、あの時のお返しと言わんばかりに襲いかかったのかしら? 目が覚めると、ジャケットのポケットに入れていた"ダミーの脅迫状"は消えていたわ。それを見つけてあなたは安心したのね。だけど胸ポケット……もっと言えばポケットチーフまでは確認しなかった」

 

 紅は静かな音楽を奏でるように語った。

 対する白河は眼前の慌ただしい騒音を止めようとするかのように、顔中に冷や汗を流している。

 

「あなたという人は、なんていうことを……っそんな卑怯な真似をするんですね。前回の裁判からまるで反省していないではないですか。……これは形を変えた改竄ですよ。指揮者ともあろう人が、恥というものはないのですか?」

「卑怯……ええ、そうよ。あなたの言う通り。私は自身の罪から逃げて、調和を搔き乱した卑怯で最低な女よ。……でも、私が罪や過去の過ちに苛まれて逃げ続ける人間だと思ったのはあなたの誤算。私がツメの甘い人間だと思い込んだのは私のせいじゃなくて、あなたのミスよ。でも、いいわ。何度でも言いなさい。紅紅葉は卑怯な人間だと」

 

 まだ苦しみを、大きな罪を抱えている。

 それでも、どんなに不敵と狡猾と言われようと、気丈にあり続けるのは。

 

 

「私は……井伏や、円居のために、自分のために。どんなにワガママでも、どんなに最低でも……それでも立ち続けるしかない。生き続けるしかない。そう思い始めているのよ。そうでもしなければ、私はすべてをまとめる者としての面目が立たない。……これが私の答えよ」

「すべてをまとめるための誤魔化しとでも? 指揮者ともあろう人がふざけているのですか?」

「なにか勘違いしていないかしら。音楽はね、楽譜通りに辿ることが正解じゃないのよ。機転や自らの趣向を凝らすことも、指揮者は必要なのだから……おしゃべりが過ぎたわね。七島、これが私宛の脅迫状よ。あなたのメモ帳と合っているはずよ」

 

 そうして、俺は紅から脅迫のメモをもらう。

 俺は雑に破られたユビキタス手帳のページと合わせた。確かにぴったりだ。

 

 


 

 ひとごろしの くれない もみじ へ

 

 

 いぶせ あゆむ は いま にかいのろうかで しんでいる

 ろっかー に いぶせあゆむ を なかに とじこめろ

 だれか いたら おなじく とじこめてしまえ

 おまえなら できるだろう

 おまえは ひとごろし の あくじょ

 おまえの つみは すべて おみとおし

 

 


 

 

 タイプライターの文字を改めて確認する。

 そうだ、これはまさしく誘導の手口の文章だ……!

 

「やっぱり……! あからさまに誘導しているじゃないか! 誰かいたら閉じ込めろなんて」

「しかし、こちらの“脅迫状”を送るのは、私には不可能です。ロッカーに閉じ込められていましたから」

「そーかぁ? 円居が井伏を殺したのが分かった時点で、おめーだって動けるんじゃねーのか。んでもって、紅と大豊用にタイプライターで打って、部屋の前に置くぐらいはできるだろ?」

 

 引き攣らせた顔のまま白河はびくりと細い肩を動かした。

 これも、図星……みたいだな。

 

「白河……円居のためだ。円居の、そして井伏のためにも。この謎を白黒ハッキリさせてもらうぞ」

「井伏さんのため? 円居さんのため? 七島さんは何故、第二の事件に執着するのですか? あの裁判場で映像を見たのをお忘れですか。円居さんは自身の手で井伏さんを殺めました。すでに事件は終わったのです。今さら蒸し返してなにになるのでしょうか? 時間のムダです」

「言っただろう、二人とも利用されていたって」

「すべて憶測ではありませんか? 証拠がありません」

 

 ここまで証拠を求められると厳しいところがあるな……。

 いちかばちかだが……これに賭けてみるか?

 

「そ、そうだ、黒生寺。お前……円居に会ったんだよな?」

「いつの話だ……」

「井伏が死んだときの捜査の時に……なにか、その……言ってなかったか?」

「…………そうだ……白衣男に会った……」

「どんな話をしたか覚えているか?」

 

 黒生寺がだんまりになった。覚えていないようだ。

 そもそも話すらしてないかもしれない。

 ……だ、だめか、黒生寺が覚えていなければ……

 

 ……いや、待てよ。

 

 

「また時間をムダにされましたか。答えられないようでしたら、これで……」

「ま、待った!」

 

 

 円居はいつも何事にもなにかを託そうとした。

 言葉でも、作文でも。

 なら、黒生寺に渡されたあれにも……!?

 

 

「な、なあ。黒生寺。お前の持っている“マッチ箱”を見せてくれないか?」

「あ……? 放火して虐殺でもするつもりか……?」

『最悪のバッドエンドじゃねーか!』

「そ、そうじゃなくて! マッチ箱の中身を確認したいんだ!」

「ふん……変わった趣味だ……」

 

 ぽい、と黒生寺が“マッチ箱”を投げつけてきたのでそれを胸で受け止める。

 マッチが動く音がその箱の中で分かった。

 ゆっくりとスライドさせて中身を確認すると……

 

 

「あっ……!」

 

 

 手のひらに落ちてきたのは細型かつ薄い"ボイスレコーダー"だった。

 タイマー式の分指定で録音が可能という珍しいものだ。

 震える指でボタンを押すと一件――7分の音声が録音されていた……。

 

 

 

 


 

 

 

「おお、黒生寺ではないか!」

 

 

 懐かしい声が、ボイスレコーダーから放たれる。

 

 

「いやはや……またしても大変なことになってしまったな…………頭を冷やすために、少し話をしないかね?」

 

 過去の黒生寺は何も言わずに、黙っているのだろう。

 足音だけがしばらく木霊するが、ところで、という円居の男声が流れた。

 

「お前は人や動物を殺したことはあるかね?  吾輩は人間は殺したことは……秘密だ! しかし、虫や動物は多く殺したのは事実だ。だけど、全く悪いことだとも微塵も思わなかった。頭がいかれている、と言うかもしれないがな、果たしてそうだろうか? 人間、なにかを殺した時は恐怖や悪さに取りつかれるかもしれんな。だが、二度目、三度目はどうだ? 蚊を殺していちいち弔うだろうか? むしろ、一発でしとめられて、ラッキー・ストライクだな! なんて、喜んではいないか?」

「ごちゃごちゃうるせえ……何が言いたい……?」

「吾輩とお前は似ているのだよ黒生寺。いいや……科学者はガンマンよりたちが悪いぞ。エゴのため。知的欲求のためにしか科学は成り立たない。科学の殺人もそういうものだ。生きるために殺すほうが、動物として、生物として正しいと吾輩は思うぞ」

「褒められたことではないがな……」

 

 黒生寺の声が少しだけ哀愁を帯びたように聞こえたのは気のせいか。

 今ここにいる彼はこれを聞いても、なにも感じないのか鼻提灯を膨らませているが……。

 

「恐ろしい兵器を生み出しているその過程で罪を感じても、後戻りはできないのだよ。この先を見たい、折角積み上げてきたものを無駄にすることはできないのだよ。原爆の父は自らの作った兵器を恐れ贖罪をした。水爆の父は最期まで自分の兵器は正しいと信じた……黒生寺よ、どちらが本来人間があるべき姿だと思うかね?」

「話が長え……俺はガンマンだ……貴様ら科学者の価値観など関係ない……」

「ふははは! 黒生寺らしい! そうだな、死んだ者たちも含め16人の中では、吾輩しかこの世界はわからないんだ、吾輩しか答えは知らない! ならば、答えを出すまでじゃないか……吾輩は科学部、マッドサイエンティストの肩書き持ってこの道を行くしかないのだね……吾輩は死ぬときは色んな罪を背負って……背負ったまま……なにも考えずに死にたいものだな」

「罪はいずれ忘れ去られるものだ……人の屍を踏まずして人は戦えん……」

「ふははははは! 面白いことを言うのだな、さすがガンマンだ。風情があるぞ!」

「やかましい……風情など女々しいだけだ……」

 

 こつこつ、という足音がやがて止まった。

 布が擦れる音と、からから、というマッチがぶつかる音が聞こえた。

 

 

「お前と話せてよかったぞ、黒生寺! これは吾輩からのプレゼントだ」

「…………あ? マッチか……」

「なあに、吾輩からの餞別だ! 大事にしてくれたまえよ! いらなければ他の者にあげるといい! だが捨てるのは厳禁だぞ! うっかり火がついて火災など誰も得しない結果になってしまうからな! それでは!」

 

 たん、たんたん、と円居のやけにうるさい靴音が遠ざかる。

 黒生寺がマッチ箱を振ったのか、からから、とノイズが混ざった。

 

 ……これで、終わりか?

 でも、まだ録音時間が残っている。

 

 

「おおっと失敬! 黒生寺、あともう一つだけ!」

「特命係か貴様は……」

 

 

 ばさ、という白衣を払ったのか風を切った音。

 同時に一歩踏み出したであろう靴音。

 それは、警告の如く鋭いものに思えたのは果たして気のせいか。

 

 

 

「このマッチ箱、“白河”には渡してくれるなよ」

「なんだと……?」

 

 

 ……いいや、気のせいなんかじゃなかった。

 

 

 

「マッチはこの際どうでもいい。お前は野生の勘ならぬ荒野の勘として理解しているだろうが、ヤツに触れないほうが身のためだ。……何故、ヤツを危険視しているか、その理由は聞かないでくれ。それに対して、用いなければいけない証拠も、因果関係もなにひとつないのだよ。……いや、答えは確かに存在しているか。吾輩が証明までの道筋を潰しているだけかもしれんがね?」

「貴様、ついに狂ったか……」

「ついに……? ついに、だと!? ふふ、ふははは……っ! ははははっ!! ああ、随分とおかしなことを言うのだね!? とっくの昔にこのザマだぞ!!」

 

 一瞬息を飲んだのは、過去の黒生寺のほうだろうか?

 そして笑い疲れたのか、円居はぜえ、ぜえと苦しげに息を吐いているようだ。

 

 

 

「……だから、これは狂ったものの戯言として聞き流せばいい」

 

 

 果たして、“過去の円居”はどのような顔立ちなのだろうか。

 それは過去に過ぎないし、声色から想像するしか他にない。

 

 

 

「なあ黒生寺、吾輩はこうも考えているのだよ。今回の被害者である井伏も、白河に殺されたと言っても、あながち間違いでもないかもしれない。そして……今回の事件が終わったとしても、きっとヤツは我々の目を欺き、水面下でほくそ笑み続けるかもしれないぞ」

 

 

 

 俺の脳裏に炎の如く浮かび上がる、円居の顔立ちには――影が落とされていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死神……“辺見ルカリス”としてな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………いや、誰だそいつ……」

「くっ……ふふ、ははははっ! いやはや、やはり気狂いにも程がある推理だったな! しかし、かのシャーロックな名探偵も現代では違法と呼ばれる葉っぱを嗜んでいたというのだろう? 名探偵とマッドサイエンティストは案外紙一重なのかもしれないな? ふふふふ、あっはははははっ!!」

 

 

 

 

 狂気的な笑い声とともに、どんどんと靴音が遠ざかり消えていき……

 過去からの“告発”は終了した。

 

 

 

 


 

 

 

 

「白河、お前が辺見ルカリスなのか? ……お前は、前回の円居の起こした事件に一枚噛んでいたのか?」

 

 ボイスレコーダー、もとい円居の告発を聞き終えても白河は涼やかな顔をしていた。

 そして、次に発せられた言葉は。

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

 薄っぺらで、それでいて悪意のこもった気だるい疑念だった。

 

 

 

「白河さま?! まさかの反抗期でございますか!?」

「なにを思って、そのような結論に辿り着くのか理解できませんね。先程の円居さんの話はデタラメにも程があります。私が辺見ルカリス? ありえません。第一、私は言ったはずです、“両親が辺見ルカリスに殺された”と。その過去さえ、あなたは汚すつもりですか? 辺見ルカリスは、彼女が自白した通り大豊さんです。この事実は揺るぎないものですよ」

「ちょ、ちょっと待った!? さっきから自白って言ってるけど、マドモアゼルは一言も『自分が辺見ルカリス』とは言ってないだろ!?」

「いくら彼女の頭がよろしくないとはいえ、さすがに『自分が辺見だ』なんて馬鹿正直には言わないと思いますよ」

 

 ランティーユが手を戦慄かせるが、対照的に白河は平然とした面構えに戻っていた。

 たしかに、彼自身が言っていたな。

 白河の両親は辺見ルカリスに殺されているって。

 

「…………本当に、お前の親は辺見ルカリスに殺されたのか?」

「どういうことですか?」

「もしかしたら辺見ルカリスは……人殺しじゃないのかもしれない」

「……は、はあっ!? いや、殺人鬼だろ!? あんな有名だってのにか!!」

 

 たしかにずっと殺人鬼だ、死神だと言われていた。

 だけど……本当にそうなのか?

 

 

「錦織、さっき見せてくれた『人間は白紙』は手元にあるか? みんなにも聞かせてほしいんだ」

「ふ、ふん……地味な司書らしく読み聞かせをしろってことね……書道家は相変わらず司書扱いが荒いこと……」

 

 別にそういうつもりではないけれど……

 それでも錦織は絵本を取り出すと文字を紡ぎはじめる。

 

 

「うげ、シュミもセンスもワルすぎっしょ」

「グリム童話初版のような残酷なおとぎ話っていうのは珍しくはないけれど……これはちょっと幼稚的で残虐によりすぎてるね」

 

 読み聞かせが終わるなり、真田は顔をしかめ、ランティーユも気味が悪そうに片目を瞑る。

 そして、まず最初に俺は“彼女”に対して向き直った。

 

 

「みんな。今の話に一つ聞き覚えのあるものがなかったか? 特に紅は……どうだ?」

「どうもなにも……この、最後の5番目の紙って……」

 

 紅は指先を唇にあてて暗い瞳を宿している。

 他の人たちもハッとしたように目を見張り始める。

 

 

「お医者さま、屋上から飛び立つ……そうなんだ。五番目の紙のシーンは、前回の猪鹿公孫樹の話に酷似しているんだよ」

「イノシカイチョウ……イノシ怪鳥?! 新たなる敵の気配でございます!」

「おめーだけ勝手に別シナリオ繰り広げてんじゃねえよ! ってか、猪鹿公孫樹は辺見ルカリスの被害者なんか!?」

 

 それにしても、第ニの事件は終わっていないに等しかったようだ。

 今度は、寒がっているようにブルブル震える大豊に視線を移動させる。

 

 

「大豊。お前が辺見ルカリスなら猪鹿公孫樹を殺したことになる……そうだよな?」

「え、ええっと……そ、そうなる……かも……」

「……だけど大豊、忘れていないか?」

 

 イノシカイチョー……紅の父親、猪鹿公孫樹を殺した本当の犯人を俺たちは知っている。

 第二の事件で暴いてしまった彼の罪を。

 

 

「井伏の作文のことをだよ」

「えっ? ………あっ……」

「彼はたしかに自身が、“猪鹿を殺した”と書いていたんだ。そして紅にもその罪を告白した」

「それは、大豊さんが井伏さんに書かせるように指示させた可能性もあるのでは?」

「そ、それは苦しい言いわけじゃないかしら……? ランナーとアルピニストが会ったことがある根拠はそれこそゼロに等しいわ……第一、このランナーの罪の作文は本当にくだらない内容だったけど、前回の裁判で公表済みよ……文字からして明らかに本人のモノって断定できてたはずよ……!」

 

 冷めきった白河の反論も、錦織によって止められる。

 白河の言葉は、誰にでも分かる「無理やりな弁明」だ。

 

 

「井伏が猪鹿を殺したのは事実だろう。彼が作文にウソを吐く人間だと思うか? みんなが本当のことを書いているのに井伏に限って嘘を吐くとは俺は思えないんだ」

「そ、それは、タシカにそーかもね……」

「でもよ、そーだとしたら井伏が辺見ルカリスってことなんか?」

「いいや、それは考えられない。井伏が恐れていたのは猪鹿の事件だけだったからな。それに今、大豊がこうして怯えている原因が死んだ井伏のことだとは考えられないよ」

「じゃあ、どうして辺見ルカリスは、この絵本に猪鹿公孫樹さんのことを書いたのかな?」

 

 これは憶測にすぎない。

 猪鹿の殺害現場を見た五人のうちの一人。

 作文の私、紅、井伏、十和田……最後に当てはめられるのが辺見だとしよう。

 そして、井伏が猪鹿を殺した真犯人なのだとしたら……?

 

 

 

 

 

 

「だから、こうとは考えられないか。辺見ルカリスは人を殺さない殺人鬼――“自分以外の人間に殺させる殺人鬼”だとしたら?」

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

「『人間は白紙』……たしかに、この絵本には事件のことが克明に書かれている。知らないことを知っているのだから、これを書いたのは事件の犯人だと一見すれば思うだろうな。だけど……この内容は、事件の目撃者、傍観者でも書けるんだ。ならば、こういうことも考えられないか?」

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

「辺見ルカリスは自分の手を汚さずに殺す。潔癖の殺人鬼だとしたら?」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

「死を招き、人の死に際に現れる……死神だとしたら?」

 

 

 

 

 

 

 

「………………………。……………………………。………。………………………」

 

 

 

 

 

 

 白河海里は黙っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は」

 

 

 

 

 

 

 

 だが、やがて息を漏らして発せられたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、は、は。は、は、は、はは、ははははは。は、はは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軽快な笑い声。

 だけどそれは水一つない砂漠のような……そして、井伏や円居の時とは違う。

 不快で乾ききった、歪な笑い声だった。

 

 

「は、はは、ははは……へえ。そうですか、七島さん。あなたって……恐ろしい方だ」

「お、おい白河っ……マ、マジでおめーが……っ!」

「ああ……やっぱり、みなさん、そう言うんですね」

「え?」

「私がそのように自己紹介したのが悪いんですけどね……しかし、白河、白河、白河と……いつ聞いても忌々しくて吐き気がする品のない名前! 河や海などゴミや細菌に得体の知れない生物、毒をもたらす命が蠢いている汚らわしい領域だというのに。これ以上、この名前で呼ばれるのもストレスが溜まってしまいますからね……正直、想定外のシナリオになりましたが仕方ありませんね。私のこれからのメンタルのためにも、これを機に訂正させていただきましょうか」

 

 

 白河は疲れたといわんばかりに、首をかくんと動かして天井を見上げる。

 一瞬だけ、「ふぅ」と一つの溜息をついた。

 やがて、わざとらしいほどゆっくり俺たちに対して顔を向き直す。

 

 

 

 

 

「ええと。それでは改めて……自己紹介のやり直しをさせてください」

 

 

 

 

 

 白河……いいや、白河と、言っていいのだろうか?

 

 

 鳥肌が一瞬にして、ブワッと全身に立ち始める。

 それは白河海里そのもの、瓜二つの姿だ。

 だけど、そこに立っているのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『辺見ルカリス』――私のことは、これからそう呼んでくださいね」

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 儚くも気高い白鳥の面影が失せた、邪悪な黒鳥の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

" 学級裁判 中断 ……? "

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。