ダンガンロンパ(仮)-よみがえり-   作:冷凍かに缶

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学級裁判編 後編

 

" 学級裁判 再開 "

 

 

 コロシアイ生活が始まってから、俺たちは過ちを犯してばかりだと痛感させられる。

 そして、今、この瞬間も。

 

 


 

「ええと。それでは改めて……自己紹介のやり直しをさせてください」

 

 

 白河……いいや、白河と、言っていいのだろうか?

 鳥肌が一瞬にして、ブワッと全身に立ち始める。

 それは白河海里そのもの、瓜二つの姿だ。なのに、そこに立っているのは……

 

 

『辺見ルカリス』――私のことは、これからそう呼んでくださいね」

 

 


 

 

 自分は臆病だ、そう言っていたアイツの名前は忘れた。

 アイツは死んだも同然だった。

 何故なら、今、俺たちの目の前にいるのは。

 

 

「さて、話を切り替えていきましょう。今回の犯人を……と言いたいところですが、どうされましたか? 胃でも痛みますか?」

 

 

 死神こと辺見ルカリスは首を傾げながら、困ったトーンで語りかける。

 ……困窮しているのはこちらのほうだ。

 

「どのクチが言いやがんだっ!! おめーが十和田を殺したようなもんだろ!」

「再放送ですか? だから私はそれでもやってませんってば!」

「うっさい……うちらの半径6300キロメートル以内に入ってくんなっつーの……!」

「そこまで言うならご投票を……ってダメですよ! だって私は犯人ではないんですからね!」

 

 辺見はわざとらしく慌てた後に「だけど」と付け足す。

 

「犯人を決めようというのは、単に私のワガママではありません。みなさんのためでもあるのですがね? ここまで生きてこられたなら、すでにお分かりかと思っていたのですが……おや! もしかして違うんですか?」

 

 正論。そして一点のシミもないほどに恐ろしく情のない言葉。

 黴菌が一つもない部屋に放り投げられたような得体の知れなさが胸に留まる。

 

「ですから、話し合いをしましょう? 十和田さんは美術室で黒生寺さんの殺人を行おうとして失敗というところまでは明らかになりましたよね?」

「どうしてムッシュ十和田が殺されたか、まだハッキリしていない。ここから始めようか?」

 

 ランティーユが忌々しそうな顔で言い捨てた。

 やはり真偽を見極める才能なだけあって、目の前のことを解決したいようだ。

 そのとき、裁判場から一つ手があがった。

 

「辺見くん。その前に確認してもいいかな?」

「なんでしょうか、天馬さん?」

「なくなった拳銃のことだけど、それは辺見くんが一丁持っているの?」

 

 まだ顔立ちが強張っているが、天馬は慎重に言葉を選んでいるようだ。

 対して辺見は、コテンと首を傾げる。

 

「いやですね。そのような野蛮な武器は触りたくもないですよ」

「録音した銃声を再生したのは、辺見くんってことでいいんだよね」

「ゲゲッ、無視ですか! なぜ、そんなことが言えるんですか?」

 

 天馬が言わんとすることは理解できた。

 そもそも、彼はあの時点で……。

 

 

「辺見。お前は肩を痛めていたな?」

 

 


 

 ××もパイを丁寧にフォークで刺して皿に移そうとするが、その時に少し顔を歪ませた。

 

「どうしたんだ?」

「ああ、すみません。情けない話なのですが……ここだけの秘密にしてくださいね? 実は私、筋肉痛になりまして……」

「大丈夫? ××くんにしては珍しいね」

 


 

 あの名前は、砂嵐のノイズで聞き取れない。

 現実の世界で目の前に立つ辺見はクスクスと笑う。

 

「ああ、言われてみれば思い出しました。ええ、そうでしたね!」

「や、やっぱり……! それじゃあ、アンタが犯人……!?」

「いいや、肩を痛めたと言ってたのは“十和田が生きていたとき”だ。そう考えると……あの銃声が鳴った朝の時に撃ったのか?」

「ええ。黒生寺さんはミシンで試し打ちをしましたね? 私は技術室で行いました。護身用、なにかに使えるかなと思い録音しました」

「…………俺は、試したワケじゃねえ……」

「おや? 随分と含みのある言い方をされますね。ともかくとして、まさか黒生寺さんと同時に撃つことになるとは思いませんでした! 2発続けて録音されちゃうとは! ちなみに種明かしをすると、美術室で銃声の音を鳴らしたのはパニック状態のみなさんの足を止めるためです。停電は私も想定外でしたから」

 

 だから、美術室の銃声は2発だったのか。

 紅がいたら、あの時の銃声だとわかったかもしれないが……今、過去に思いを馳せてもしょうがない。

 過去に戻ったところで、"アイツ"の汚れた根っこを清めることもできないのだから。

 

 

「さて、拳銃の話はいいとしてですよ? 次は凶器の話でもしましょうか?」

 

 

「凶器ぃ? だから"拳銃"に決まってんだろ!? 他になんだってんだ?!」

 

 

「“五寸釘でごすん!”という可能性もあるのでございます!」

 

 

「そ、それはブッソウを通りすぎて、どこのパイルバンカーすぎない?」

 

 

「技術室に拳銃は他にもあったよね。だから犯人は技術室に待ち伏せていた。そして部屋に入ってきたムッシュを"拳銃を使って、ばん、って撃った"……そう考えるのが妥当じゃないかい?」

 

 

「いや、それは止めが甘いぞ」

 

 

 俺はランティーユの言葉を否定する。

 

「ウーララ!? 拳銃じゃないナニかで貫かれちゃったのかい!?」

「銃殺なのは確かだよ。だけど、そのまま撃ったとは考えにくい」

「じゃ、じゃあなんだって言うの……? 超能力って答えは無しよ……!?」

 

 錦織の疑念に答えるように、俺は考えを提示する。

 

「きっと"拳銃で仕掛け"を作ったんじゃないか? 黒生寺が言っていたんだ。あの拳銃はマナクマが作ったものでそのまま撃てば、肩が痛むんだよ。さっきの……アイツが言ってたように」

「アイツってひどくないですか? 『辺見と呼んでください』って言ったじゃないですか!」

「でも、肩を痛めずに撃てる方法があるかもしれない。技術室にある拳銃は仕組みを上手く使えば、“仕掛け銃”を作れるかもしれないんだよ」

「マジかよ!? でも、そんな仕掛けが作れるのってやっぱり……」

「お待ちくださいませ! 黒生寺さまはそんなことはいたしません!」

「仕掛けなどくだらん……この手でぶち抜いてなんぼだ……」

 

 黒生寺には余計なことを言ってほしくないのだが……。

 ここで、ある一つの考えを持ち出してみることにする。

 

「た、たとえばだけど、犯人は"ノートパソコンを使って調べた"……つまりマナミを利用したとは考えられないか?」

『……ほえ?! まさかのあちき!?』

「あ、あんた……殺人に手を貸したの……!? 冗談じゃないわ……ウサギのソテーにしてやろうかしら……!」

『ほわわ!? せめて釜茹でにしてくだちゃーい!』

 

 またしても漫才が始まってしまった。

 ……だけど、そんなことで臆している場合じゃない。

 

「ほ、ほら。錦織も言ってたよな? マナミには学園の部屋について調べることができる"検索ツール"があるって」

「そうでございます! マナミさまには、超便利な機能が搭載されているのでございますよ!」

「って、なんで魔法少女が知ってるのよ……!?」

「マナミさまが教えてくれたのでございます! ええと、たしか……ランティーユさまに、真田さま、天馬さまに白河……いえ、今は辺見さまでございますね。以上の方に、教えたはずでございます! 本当は黒生寺さまにもお伝え申し上げたかったのでございますが、なかなかタイミングがございませんでして」

 

 錦織はすぐさまマナミを一睨みする。

 どうやら、錦織にとってはあまり知られたくなかったことのようだな。

 恐らくこの様子だと、マナミがうっかり口を滑らせた可能性が高いようだ。

 

 それにしても、辺見にも教えてしまったか。

 もちろん、その時は冷静沈着な“白河の顔”だったから角のことは責められない。

 

「っつーか錦織。おめーもおめーだ! ンなのあるんなら言えよ!?」

「だ……! だって、あんたたち他のこと聞きたがらなかったじゃない……!? 情報が欲しいっていう頼みがなければ私はそうそう教えないわよ……!」

 

 頑固一徹というか、なんというか。

 一方のマナミは画面の中で瞳を潤ませている。

 

『ご、ごめんなちゃい。強制終了されてしまいまちたから、どなたがあちきを持っていったのかは忘れてしまいまちた。他の作業もあってメモリーがパンパンだったんでちゅ……とにかく"学園検索ツール"は本当にありまちて……検索履歴は以下の通りでちゅ……』

 

 マナミはそう言って画面に検索履歴をずらりと並べる。

 最新の検索結果は以下の通りだった。

 

 

 

"技術室" の 検索結果は以下の通りです

 

【歴史】技術室とは

【注意事項】技術室のルール

【講座】ニスの使い方

【講座】M-Naku12の取り扱い説明書

【講座】M-Naku12による仕掛け銃の作り方

【応用】やすりで急所を突く方法

【雑学】だいすきはんだごて! すごいぞはんだごて!

 

 

 

 随分とふざけた項目もあるけど、気になるのは……。

 

「“M-Naku12”ってなんだ?」

『ボクが作った改造銃のことだよ! 気に入ったかしらん?』

「それじゃあ、"【講座】M-Naku12"による仕掛け銃の作り方……これを使ったのかな?」

「マナミが情報を持っていると犯人は考えたのかしらね……? さしずめマナミを黙らせるために強制終了でもしたら、運よくマナミが停止して、この"検索ツール"に辿り着いたとか……?」

「っつーか、こんなの誰が作ったんだよ!? マナクマか!? おめーやっぱりグルなんか!」

『あ、あちきにもわかりまちぇーん!!』

 

 そもそも、マナミの存在自体も不明なんだけどな……。

 第一の事件の動機のDVDも希望ヶ峰学園のパソコンに入っていたとマナクマは話していたっけ。

 あいつの言うことを鵜呑みにするのも癪だが……本当に、この学園はどうなってしまったんだ。

 

 

『ではでは実践といきましょう。ためしてガッテン承知と言いたいところですが。今回は時間が押してるからね。出来上がったモノがこちらになりまーす!』

『3分もかからないクッキングでちゅか!?』

 

 マナクマが取り出したのは土台付きの拳銃だった。

 持ち手の部分が土台のような板に埋め込まれていて、引き金にはワイヤーのようなものが組み込まれており、コード状の紐が伸びていた。

 

 

『必要材料はこちら! 工具セットも必要だよ!』

 

 さらにマナクマは玉座に座りながら両手でカンペを掲げた。

 

 

 

【M-Naku12 トラップの作り方 -材料編-】

 

 ・M-Naku12(銃弾入り)

 ・工具セット

 ・ワイヤーコード 1m

 ・厚さ50mmの板

 ・瞬間接着剤

 ・ニードル(直径0.5mm、長さ10センチ弱)

 ・根気と殺意 おおさじ一杯ずつ

 

 

 

 瞬間接着剤は家庭科室にあったものだろう。

 ワイヤーコードや板も恐らく技術室にあるとして……

 

「“ニードル”って、なにに使うんだ?」

『いろいろだよ。瞬間接着剤をワイヤーにつけたり組み込んだり。えとせとらえとせとら』

「針とかになるのかな? でも、女子がもらった裁縫セットだと針は3センチぐらいの小さいものしかなかったから難しいよね」

「た、たしかに……読書以外の唯一の趣味の刺繍もやりづらくて憎らしかったわ……根暗な私に対する嫌がらせとしか思えないぐらいよ……!!」

 

 工具セットにも錐は入っていたはずだが少し太すぎるか。

 裁縫セットにもないとすると、犯人は“ニードル”をどこで手に入れたんだろうか?

 

『それでは第二ラウンドを始めましょう!』

 

 マナクマはバラエティ番組の如く車輪がついた机をどこからともなく押す。 

 机は技術室の長机、それに土台付きの拳銃を立てるように置く。

 そして、マナクマはよっこらせとベニヤ板を立てる。

 

『じゃじゃーん! 十和田くん看板~! 彼の身長と横幅をそのまま再現したよ! お便りで先着一名にプレゼント!』

「なんのダシにもならねえな……」

 

 黒生寺が吐き捨てた瞬間、柔らかい羽の音。

 気がつけば、等身大の十和田の看板の肩には……

 

「あっ、小竹くんが」

「……あの子、本当に十和田のことが好きなのね」

 

 紅は十和田の看板に留まった小竹を捕まえた。

 少し暴れる素振りを見せたが、小竹は寂しそうに鳴いて証言台へと戻される。

 

「とりあえず黒生寺。検証を頼んでも」

「ふん、手慣れなヤツがやっても意味ないでしょ……こういうのは言いだしっぺの文系書道家がやるべきよ……」

「…………えっ!? お、俺か!?」

 

 なんで、そうなるんだ!?

 裁判場を見回しても、「じゃあ自分が」と手を挙げる者はいなかった。

 

 仕方なく、証言台を降りて長机のほうへと歩み出す。

 机には接着剤が置かれている。

 土台付の銃を机に完全に固定するために使うのはこれだとしても……。

 

「この状態のまま置いてもムッシュ十和田……の看板の腰にしか当たらなそうだね?」

 

 たしかに、実際の十和田は胸を撃ち抜かれて殺されていたんだ。

 しかし、このまま机に銃を固定させても高さが足りない。

 さらに台になるものが必要だ。

 

 

「おーい、七島さん! ちょっといいですか!」

 

 飛び出してきたのは、一番聞きたくない声だった。

 萩野が舌打ちしたが、ヤツは口を止める気はなさそうだ。

 

「犯人は意外なものを使ったのではないでしょうか? 証拠を隠滅させるためにも最適なもの、なおかつ台座となるものを使ったのでしょう! それってなんでしょうね?」

 

 なぞなぞみたいに言うのが腹立たしいが……意外なものか。

 犯人にとって証拠隠滅に最適なものとは……

 

「まさか美術室の"石膏像"……か?」

「石膏像は、ちょっと大きすぎるんじゃないかしら?」

「いや、"石膏像"をそのまま使ったんじゃない。ある一部分だけを使ったんだよ」

「一部分ですって……?」

「俺が家庭科室に隠れていた時に置かれていた"石膏像"……ドアを勢いよく押したせいで割れてしまったんだ。でも首と頭が切断されるように折れただけで、顔の損傷はないに等しかった。だけど……なぜか"石膏像の鼻の部分"だけ欠けていて、そのような欠片すらなかったんだ」

「お、お鼻が紛失でございますか!? なんて、残酷なのでございましょうか!」

「だから犯人は"石膏像の鼻"を元々割って、それを使って台につかった……そう考えられるんじゃないのか?」

「ええ、それで正しいと思いますよ!」

 

 きっぱり言えるのは犯人を知っているからか。

 はたまた、俺はまだこいつに騙されていて……素直に頷けないのがいけ好かない。

 

『しょうがないなあ。とれたてぴちぴちの"石膏像の鼻"だよ! 元気百倍になってね!』

『そんな器用に一部分だけ渡すなんて前代未聞でちゅよ!?』

 

 マナクマは机の上に、白くつるりとした塊を置いた。

 これを接着剤で机に固定して、その上に土台付の銃を固定する。

 ……なるほど。これで、うまくいけるか?

 

「うっし、そんでもってよ。後はどうやって撃つんだ?」

 

 萩野に言われながら、改めて固定された拳銃を確認した。

 セッティングできたはいいものの、発砲はどうするのだろう?

 引き金から伸びた長いコードが重要になるのだろうか……?

 

「もしかすると"ダーツ盤のセンサー"を利用したのかもしれない」

「ま、まあ!? "センサー"でございますか!?」

「ああ。ダーツ盤に搭載されたセンサーは押す力に反応するらしいんだ。それを利用して銃が発砲する仕組みになっている……というか、さっきのマナミの仕掛け銃の作り方にも書いてあるんじゃないのか?」

『ほわっ! 言われてみればそうでちゅね?!』

『本当にマナミってバカスデブスな子……はい、そーいうことであります! すでに引き金から伸びているコードの先に“センサー”が組み込まれているから、先端をカチッて押せば発砲できまーす!』

『バカにカスにデブでブス?! 悪口の四重奏じゃないでちゅか!』

 

 センサーを利用した……とは言ってみたものの。

 みんなも、どこか納得がいっていないような表情だ。

 

 

「でも、“押す力”といっても……どういう風に押して発砲されたというの?」

 

 

「扉の入り口……“入ってすぐ”……部屋に入ったタヌキ野郎がそのコードを踏んだんじゃねえのか……そんでタヌキはぶち抜かれた……」

 

 

「でもさー。コードもだいぶ細いじゃん? ピンポイントで踏めるもんなの?」

 

 

「わかった! “電気スイッチ”に仕掛けたとかは? 入ったときに、そのスイッチを押しちまってズトンだ!」

 

 

「それも確実性が低い気がするね……やっぱり“誰かが部屋に隠れていて、ムッシュ十和田が来た時にポチッ”ってしたんじゃない?」

 

 

「ばっ!? そ、そんなわけないのだ!! あの部屋に誰かがいるわけないでしょ!? すぐ見つかっちゃうもん!!」

 

 

「!! は、はわわわ、ついにマドモアゼルに論破されちゃったよ!?」

 

 

「アンタ、なんで喜んでるのよ……!?」

 

 

 頬を染めているランティーユはさておきだ。

 さきほどの発言の中には、俺と同意見になりうるものがあった。

 

 

「俺は萩野の意見に賛成だ。このコードの先端は、“電気スイッチ”に仕掛けられたんじゃないか?」

「マジラー!? で、でも、スイッチって言ってもさー。ランティーユも言ってたじゃん。確実性が低いって……コンキョはあんの?」

「それは2つある。まずは“技術室の電球”だ。部屋の電球は以前早朝に起こった“発砲”で壊れていたことは覚えているか?」

「そう。私の試し打ちでね」

 

 辺見に茶々を入れられて、調子が狂いそうになるが。

 こんなことで調子っぱずれになってたまるものか。

 

「だけど、その電球が今日は付け替えられていたんだ。それは部屋に入った人に『部屋の電気がつけられる』ということを示せるんだ。そしてもう一つは……これだよ」

 

 そう言って、俺は“半透明の緑色の小さな塊”を見せた。

 

「あ……? 貴様の鼻クソか……?」

「まあ! こんな色は見たことございませんよ!? だ、だれか衛生兵をお呼びくださいませー!!」

「いやそれは違うぞ!? さっき銃を固定するために使った“接着剤”だ。それの固まりで……それで、この中をよく見てくれないか?」

「うん? なにか見えるね。黒い粒みたいな、機械のコードの一部?」

 

 目敏い鑑定士のランティーユがいち早く気づいた。

 

「ああ。この接着剤の塊の中に見えるもの……これこそが“仕掛け銃につけられたコード”だと思うんだ。そして、これは粒子のように電気スイッチの近くにあって、なおかつ“十和田の手のひら”にも似たようなものがくっついてたんだ。だから、十和田は手のひらで、仕掛け銃のセンサーがつけられた電気スイッチを押したと考えられるんだ」

 

 そう言って俺は接着剤を自分の証言台に出して、それに仕掛け銃のコードをくっつける。

 一旦付けたら剝がれないと豪語しているのもあって、すぐに固まったようだ。

 

 

「よし。それじゃあ実際試しに……これで押してみるぞ」

 

 

 そして俺は人差し指を使い、ゆっくりとコードの先端が埋まった接着剤の塊を押して……

 

 

 

「……………おい、待て。それを指でやるのは」

 

 

 

 黒生寺の口が開いた刹那。

 耳の奥に、そして指に衝撃が跳ね返っ――で!?

 

「七島くんっ!」

「ぅうお!? おい七島っ!?」

 

 どすんと尻餅をつき、天馬と萩野が慌てて駆け寄ってきた。

 弾けるように手を竦めたが、左手の人差し指が腫れたように痛み始める。

 どうやら固まった接着剤がばちんと破裂したらしい。

 

「やはりか。熱や反動でそうなる可能性はあったが……しかし運がいい……指は持っていかれなかったようだな……」

「お、おめーな!! そういう大事なことは、もったいぶらずに早く言えよ!?」

「七島くん、今はこれで」

 

 天馬が俺に絆創膏を貼ってくれる。

 俺にはポップすぎるピンク色の絆創膏かな……。

 

 

 

「あ、あのさ? とりま七島はダイジョーブってことでいい? そ、それでアレなんだけど……」

 

 そう言って真田が指をさしたものに……俺は思わず唾を呑んだ。

 

 それは、胸に穴が空いた十和田の看板だった。

 机の上の銃も衝撃に耐えられなかったのか、"バラバラの黒い破片”へと変わり果てていた。

 

「つ……つまり、ムッシュ十和田が殺されたのはこういうことなのかい? 犯人は“技術室にあらかじめ銃に仕掛けをして設置していた”……そして、ムッシュ十和田に技術室の電気をつけさせることで、その仕掛けで撃ち殺したってこと?」

「電球は自室のものを付け替えればいいんでしょうね……犯人は"工具セット"を持っていたみたいだし……」

「思うのですが、十和田さんが電気をつけて亡くなったのなら、自殺の線も入りませんかね?」

『そんなわけねーだろ! トラップ死はトラップを仕掛けた製作者が犯人なんだからね!!』

「ああ……やはりこの中に、確実に殺意を持っていた方がいらっしゃったんですね……でも、裁判が終われば、そんな穢れた思考回路を組んだ人と一緒にならずに済む。ふう、一安心です!」

 

 なにが、安心だというんだ。

 こっちが毒づきたい気持ちを抑える中、辺見は素知らぬ顔で胸を撫でおろしていた。

 

 

 

「凶器や殺害方法は理解できたわ。そうなれば後は犯人だけ。なんだけど……」

 

 

 細い指をアゴに当てて、紅は言葉を濁らせる。

 どうやら況を呑み込めない様子だった。

 

「黒生寺、あなたは言ってたわよね? 十和田はあんなメモで来る人間じゃないって」

「そうだ……」

「私も、それが一番の疑問なのよ。私たちの中で、本当に"あのメモ一枚"で十和田を動かせる人はいるの? どうして娯楽室にいたはずの十和田は技術室に向かったの?」

 

 

 

 

 今すぐ技術室へ来てほしい。どうしても話したいことがある 

 

 

 

 

 娯楽室に残されたメモ……最大の問題点だ。

 何故、技術室に十和田が行ったのか?。

 人の心は変わりやすいとは言うが、気まぐれにしたって無茶がある。

 なにしろ彼は足を怪我していたんだ。

 鳩が心配だったのだろうか? いや、そしたら美術室に行くはずだろう。

 彼が技術室に行く理由はまったくない。

 

 沈黙を破ったのは、「あらら」という能天気な声だった。

 

「みなさん。ここにきてだんまりですか?」

「い、いい御身分ね……死神にはこんなの茶番劇にすぎないのかしら……?」

「やれやれ、仕方ありませんね。本来はもう少し先にお見せするつもりだったのですが、主に七島さんのせいで段取りが乱れてしまったではないですか! ……まあいいでしょう。とにかく私からのスペシャルヒントをお渡ししますね!」

 

 スペシャルヒント?

 こいつは、裁判をゲームかなにかだと思ってるのか。

 

「七島さんが見つけたメモには裏がありまして……いえ、ひっくり返してもなにもありませんよ。実はね、あのメモの前に、“他にもう一枚メモ“が入っていたんです」

「他のメモ……だと……?」

「それはですね……じゃっじゃじゃーん! こちらになります!」

 

 アイツが見せびらかしたのは、別のメモ用紙だった。

 そこに紫色の字で書かれていたのは。

 

 

 

 

作戦は予定通り ぜったいに技術室には来るな

 

辺見は必ず殺す

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 なんだ、これは。

 今まで着々と繋がってきたはずの回路が再び分解される。

 

 

 ……これって、どういうことだ?

 

 一旦、落ち着け。

 考えろ。焦らずに考えるんだ。

 

 『作戦は予定通り。ぜったいに技術室には来るな』

 仲間に話しかけているような口調。

 そもそも、今までのメモとは真逆の内容だ。

 

 『辺見は必ず殺す』

 この手紙の主は辺見の正体を知っている?

 それとも十和田を辺見と勘違いした……いや、それだとおかしい。

 

 

 ならば、もしもこの手紙が、十和田に向けられたものだとしたら? 

 

 

「まさか……十和田は、辺見ルカリスが白河だって知っていたのか?」

「へ? さっきから一体全体、なにがどういうことでございますか!?」

「思い出したんだよ。動機が発表される前に、十和田が言っていたことを」

 

 


 

「辺見ルカリスは最低最悪の条例違反の犯罪者だ。そこの妖怪クラゲは5~10なんて言ったけど、本当はもっとあるさ。辺見ルカリスの事件って気づかれないだけでね。自分は平気。恨みなんて買ってない……なんて思っていても、ヤツは平気で狙ってくるって言うみたいだよ? 誰もがみんな辺見のせいで、罪に苛まされる可能性はあるんだよねえ……

 


 

 

 俺はもう一度、溜まった唾を飲みこむ。

 

「あの時、十和田は『辺見のせいで罪に苛まされる』と言ってなかったか? 俺は辺見が起こした事件に巻き込まれた人が、失った人や物に苦しむ意味だって流してしまった。だけど今になってみるとおかしいよ。それなら単純に『辺見のせいで苦しむ』って言えばいい。それを言わなかった理由は何故か……辺見が人を殺さない殺人鬼だと知っていたら、どうだ? 辺見に利用されて殺人者にされて、その罪に苛まされるっていう意味なら……?」

「そ、それってマジレータ!?」

「それを知っていたら、アイツの話を聞いた十和田はおかしいと思うはずだ。辺見によって殺害されたっていう、アイツの親の話は」

 

 雪女のような白い手による拍手。

 まったくありがたみを感じない。無味乾燥な祝福だ。

 

 

「お見事です、七島さん。ええ、そうなんですよ。やはり身の上は話すべきじゃありませんでしたね……十和田さんたちにはバレてしまったんですよ! 本当に塩酸を舐めさせられたような……いまでもゾッとする気分です」

 

 

 辺見は、青褪めた顔でこめかみを抑えて失笑していた。

 

 ……お前は、一体なにを言っているんだ?

 ……何故、他人事のように笑っている?

 

「それにしたって十和田さんもひどいですよ! "蛍光テープ"を私の腕に貼るなんてね!」

「う、うん? ちょっと待てよ。あれはムッシュ黒生寺に……」

「停電前に黒生寺さんの腕を取ろうとしたときのこと、覚えていらっしゃいますか?」

 

 


 

「こ、これは一体……? 黒生寺さん……だ、大丈夫ですか?」

 茫然としている××は足元に投げ出されている黒生寺の腕に触れるも、ぱん、と振り払われる。

 


 

 

「――っ!?」

 

 最初に動揺が全身に走ったのは黒生寺だったようだ。

 彼の眠そうな眼光が鈍い光を宿し、軽く睨みを効かせる。

 さすがの黒生寺もそんなことまでは知る由もなかったか。

 

 自分の保身のためなら、人を死に招き寄せる。

 常人ではそうそう考え付かない境地に、アイツはいとも簡単に辿り着き、それを実行するなんて……正気なのか?

 

「辺見くん……さっき“十和田さんたち”って言ったよね。どういう意味なのかな」

「十和田さんは“ある人”と接触をしていましてね。言うなればグルだったんです」

「“ある人”って誰だ!? めんどくせえ言い方しやがって!!」

「もちろん“今回の犯人”ですよ」

 

 シンプルな答えに、萩野の怒りがすぐさま苦渋に変わる。

 つまり『技術室に来てはいけない』……そのメモを書いた張本人だ。

 

「だから十和田さんの部屋から工具セットがなくなっていたのは、盗まれたからじゃないかもしれませんね?」

「……犯人に、貸したということか?」

 

 ならば犯人は女子だろうか。

 痕跡を知られたくないという理由で男子もありうるか?

 いいや、まずはそれ以上に…………。

 

 

「でも。犯人と十和田くんが接触をしていたってことは。これって……」

 

 

 ああ、そうだ、俺も天馬と同じ真実に辿り着こうとしている。

 犯人が十和田と接触して、辺見が提示したメモを書いていたのが犯人だと仮定するならば。

 

 

 

 『作戦は予定通り ぜったいに技術室には来るな 辺見は必ず殺す』

 

 

 

 

 体中の臓器が死に至るかの如く冷たくなる。

 

 

 

 

 

「犯人の本当の狙いは辺見で……十和田を殺すつもりはなかったのか……!?」

 

 

 

 

 気がつけば、俺たちは辿り着きたくない真相に足を踏み入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

「もしもーし。みなさん? まさか犯人なんかに同情していませんよね?」

 

 おずおずと忌々しい声が促してくる。

 こいつが。いいや、こいつこそが……。

 

 

「……お前が、あのメモを書いたんだな。そして十和田を技術室に向かわせたんだな?」

「ネタバラシするとそうですね。しかし、それがなんだと言うんですか? 技術室に来てくださいと書いただけで、死んでくださいとは命令はしてないですよ? だいたい、それを読んで行動を起こすのは十和田さん次第でしょう?」

 

 真っ当な言葉の歪んだ意志。

 最悪の真実が浮かび上がる。

 ヤツは、自分が殺されないために……十和田を人柱にして、俺たちの誰かをクロに仕立て上げたんだ。

 

「犯人は私を殺すつもりで、十和田さんを殺すつもりはなかった。事故に過ぎない……だとしてもですよ? 仕掛けを作ったんです。それは殺意があったということですよね? それだけではありません! 十和田さんを殺した上に、その犯人とやらは名乗りあげない! つまり、我々の敵でもあるんですが、みなさんご理解されていますか?」

「ふざけやがって!! おめーが犯人でもなんでもなくても処刑行きにしてやろうか!?」

「な、なんて横暴な!? みなさん、それでいいんですか! 私だって外に出たかったんです。みなさんだって、そうでしょう? しかし、今回の犯人は、たった一つの醜い殺意によって我々の団結を壊した挙句、それどころか私たちを見殺しにしようとしているんですよ? そのような極悪非道な人間にあなたがたは同情しているなんて……まさか、しませんよね?」

 

 俺は人の形を保てているだろうかと恐れてしまう、そのぐらいに体全体が痺れていた。

 きっと体の疲労も祟りに祟っているのだろう。

 でも、そのような倦怠感に振り回されている場合ではない。

 

 

「あなたたちは大切な仲間の命を葬った殺人者を庇って、人生を棒に振るおつもりですか?」

 

 

 たとえ犯人が十和田を殺したくなかったとしても殺害をしたのは事実。

 この判断を間違えれば……この倦怠感以上の苦しみ。途方もない痛み。

 そして、すべてが無くなる死が待ち受けているだけなのだから。

 

 

 そもそもだ……実践の時になったバラバラの銃。

 どこかで見覚えが……。

 

 

 ……いや、まさか?

 

 

 ふと、俺はその怪しい人物にフォーカスを定めた。

 

 

 

 

 

 

 

「な、なあ、角。ちょっと話を聞いていいか?」

 

 

 俺は隣に立っている角に視線を移した。

 「はい!」と高らかに返事をされるも、すぐさま、ハッと目を見開く。

 

「七島さま!? 私はフラワー・フローラでございます!」

「ふ、フラワー……い、いや、角……お前なのか?」

「なにがでございますか?」

「さっきの実践で試したバラバラの拳銃なんだけど、俺には見覚えがあるんだよ」

 

 そう言って、俺は彼女から渡されたものを見せる。

 彼女が学級裁判の前に手渡してくれた“黒いバラバラのパーツ”だ。

 

「お前、これを俺に渡してくれたよな?」

「さようでございます! なにか問題でも?」

 

 そ、そんなにキッパリと言い切られても。

 彼女の肯定に対して、すぐさま裁判上に動揺の波紋が広がる。

 俺は頭を振って、さらに意見を続ける態勢に入る。

 

「さっきの仕掛け銃が撃った反動でバラバラになるなら、お前からもらったパーツ……これこそが凶器。“犯行に使われた拳銃”なんじゃないのか?」

「ああ! 少々お待ちくださいませ! 壊れかけのレディオの頭ではお話が追いつかないのでございます!」

「角っ! ちゃんと話してくれ! これは、どこで手に入れたんだ!?」

「……???」

 

 角は90度にこてんと首を真横に曲げると……がふっと口から泡を噴き出した。

 

「うぼぁっ!? ぅあぁぁあべばべぶば……!?」

「ひぃっ?! 角っちが壊れちゃったのだ!?」

「ちょ、ちょっと角!? 気を確かにしてちょうだい!」

「お、おおお、思い出すと頭がぎんぎんぎらぎらにさりげなく痛むのでございますぅぅ……!!」

 

 角は包帯が巻かれた頭を両手で抑えて蹲る。

 傷が疼いているのだろうか? それとも錯乱か?

 

「あ……ああ……そ、そそそうでございますす……わ、私は……“渡された”のでございますすす……」

「渡された……って、敬語表現か受け身なのかハッキリしなさいよ……!?」

「は、はわわわ、こ、こここの銃を……さまが……私に……わ、わた、わたた、ぅおぁぶぁばばばば」

「お、おめーが……おいっ角!?」

 

 萩野が叫ぶが、角はずるずると頭を抱えながら証言台から消えていく。

 床に両膝をついて、目を見開いたままガクガクと震えている。

 ショックが強すぎたのか……でも……?

 

 "渡された"……か。

 この言葉が、錦織の言った受け身ならば……。

 脳内の泥沼からなにかが浮上してくるのを俺は引きずり出す。

 

 

「"渡された"……その言葉が正しいなら……角だけじゃない。俺は一人、思い当たる怪しい人がいるんだ」

「っ、へ、へけ? うそでしょ……!?」

「ああ、七島さんもようやく分かっていただけましたか!」

 

 嬉々として辺見は歓喜のように叫ぶ。

 こちらは、慎重に言葉を紡がなければ、胸が引きちぎられてしまいそうなのに。

 

 

 角にバラバラの拳銃を渡せる人物。

 

 

 

 辺見ルカリスに――いいや、十和田に銃口を向けてしまった人物は。

 

 

 

 

 

 

 

 

「真田、お前なのか」

 

 

「…………へ?」

 

 真田はぽかんと口を開けた。

 その拍子に彼女の耳につけられた金と銀のピアスが揺れた。

 

「えっと……アンタ、名前間違えてない?」

「いや、俺はお前に言っているんだ。だって、お前はケガをした角に付き添っていたよな…?」

「え? そりゃ一緒にいたけど……でも途中で見失っちゃったって言ってるじゃん?」

「それを証明できるヤツはいんのか……?」

「うっさいっ! た、たしかに、それはいないけどさ……ってか待ってくんない?! 付き添いだったからなんだって……まさか、うちがバラバラの銃を角ちゃんに渡せたっていうの? ホントに角ちゃんは目を離したスキに見失っちゃったんだってば! マジラーレストに!」 

 

 いつもの真田の怒りで特段変化は見られない。俺たちの知っている真田だ。

 だけど……。

 

「そもそも、お前なら……あの"仕掛け銃"を作ることも可能なんじゃないのか?」

「はあ? ムリムリ! うちはデザインしかキョーミがゼロだって!」

 

 返答も突っ返す態度のようだが、言及はしなければならない。

 ある一つの“根拠”が浮かび上がってしまったから……。

 

「お前なら、"ニードル"を持っているんじゃないか?」

「は? 新しいヌードルかなんか?」

「さっきマナクマが見せた“仕掛け銃”の作り方……そこに書かれていた必要材料だよ。直径0.5mmに長さ10センチ弱のニードル……それって、針のことじゃないか? 工具セットの錐やドライバーだと合わないからな」

「な、なにそれ……ってか針はうちだけじゃないっしょ? 女の子全員、"裁縫セット"はもらってたでしょーが!」

 

 その通りだ。

 だけど、さっきの“彼女たち”の言葉が本当ならば……

 

「いいや。さっき天馬は言ってたよな? "裁縫セット"の針は"3センチぐらい"だって。錦織も同じようなことを言ってたから……マナクマが渡したセットの中には短針しかないんだろう」

「じゃあ、だれもできないってことじゃん!」

「……だけど、お前は、以前にこうも言っていなかったか?」

 

 それは、たしか俺が萩野と天馬と一緒に自室から出て、真田たちと合流したとき。

 俺が工具セットをもらったときのやりとりだ。

 


 

「またまだ私たちにコロシアイをさせる気満々みたい……たしか女子には“裁縫セット”が配られたんだよね。針とか断ち切りばさみとかが入った……」

「そーそー。うちは、もう自分の持ってるから、ぶっちゃけいらないんだけどさー」

 


 

 

「お前が自前の裁縫セットを持っているなら、いろんな種類の針を取り揃えているんじゃないのか? それこそ、仕掛けを作るニードルにぴったりのものが」

「い、いやいや。うちがデザイナーなのは認めるよ? だからって、針がいっぱい持ってるからうちが犯人ってのは、いくらなんでもアリエンティーユだし!」

「ウーララ!? ぼく、急に造語の一部にされなかったかい!?」

「だ、だいたいさ。そんなのってミシンの針だっていけるじゃんか? ほら! 家庭科室なんかいっぱいミシンってあるでしょ。そんなかの一つを取って」

「おや。それは止めが甘いですね?」

 

 俺の代わりに指摘をしたのは辺見だった。

 む、と真田があからさまに不機嫌な顔に変わる。

 

「"家庭科室のミシン針は取り外し不可能"です。七島さんも、私とご一緒に確認されましたよね?」

「……………」

「あれ? 七島さーん? 『それに賛成だ』って同意していただけますかー?」 

「…………そうだよ」

『以下同文。補充すんのメンドウだからね!』

 

 くそ、家庭科室でミシンの針について俺に証明させたのは、このためか……!?

 真田も奥歯の痛みを抑えるように口元を強く引き締めた。

 

 

「で、でもさ! 待ってくんない!?」

 

 

 真田は噛みつくように静止の言葉を放つ。

 彼女は髪先をいじりながら、考えを巡らせるように目を伏せる。

 

 

「えーとさ、角ちゃんを疑うつもりはないんだけど……たしか錦織ちゃんって捜査時間に角ちゃんを見たんじゃない? ね? そう言ってなかった?」

「……あっ、そ、そうよ……!? 魔法少女はマナミを渡しに来たわ……!!」

 

 そうだった……これに関しては、錦織がウソを言っているようには思えない。

 

「まっ、うちは錦織ちゃんに聞いただけだからさ。でも、うちが角ちゃんを見失ったのはホントーってことになるでしょ?」

「ど、どーなんだよ、角?」

「うぐぐ……ぐるぐるぐるりんぱでございます……どうぞどうぞでございますぅぅ……」

 

 角はまだ頭を抱えたまま空言をブツブツと唱えるだけだ。

 彼女がこのままじゃ、話は進められない……のか?

 いや、そうとは限らない。

 今ある証拠を利用すれば、可能性が見えてくるかもしれない……!

 

「なあ錦織。あの時の角の様子は、どこかおかしくなかったか?」

「アイツがおかしいのはいつものことでしょ……」

「で、でも錦織。お前は言わなかったか? 角は、なんにも言わずに渡したって」

「あのさ、角ちゃんはオシャベリキャラでもないでしょ? だいたいケガしてたんだしさ」

「そうだ、ケガをしていたんだ。……だから、あの時の角も頭に包帯は巻いていたか?」

「……あ、ああ……そう言えば、巻いていなかったよう……な……って……? え……!?」

 

 話の途中で錦織はカッと目を見開く。

 ……やはりか。錦織も自分で言っていて“違和感”に気付いたようだ。

 

 

「ああ。見ての通り、角は事件前に怪我をしていて、今も頭に包帯を巻いている……でも、捜査時間に錦織が見たという角が頭に包帯を巻いていなかったなら」

 

 それが本当なら奇抜な真似をするものだ。

 それとも彼女の才能だからできたことなのだろうか?

 

 

「錦織が見た角は、偽物だったんじゃないのか?」

「にぃっ!? ににせものぉっ?!」

 

 素っ頓狂な声をあげたのは大豊だった。

 他の者たちも、顔を見合わせ、時に口元を抑え始める。

 

「ナ、ナイナイ!! 実は双子だのコピーロボットだのがいましたとかリアリティなさすぎだっつーの!!」

「だけど、本当にそうなのか? 角を介抱していたお前だったら、彼女を隔離することはできるだろう?」

「し、しかも、うちをそのクロ扱いするワケ? ってかさ偽物ってどーいうことなのさ!?」

「単純な話です。真田さん、あなたは角さんになりすましていたんですよ」

「っ……!! イミフすぎっしょ!? どーやってだよ!? うちと角ちゃんは、まず、ヘアスタイルからしてチガうんだよ!!」

 

 縄張りからよそ者を追い出す狼のように真田は吠える。

 彼女の言う通りで、髪型どころか、そもそもの髪色も違う。

 同じ長髪とはいえ、このままツインテールにしたらバレバレだ……だから。

 

「真田。お前は"家庭科室の糸"を使って、ウィッグを作ったんじゃないか? それか自前のウィッグを使った。いつか銭湯で角たちと遊んだときに持ってきただろう? ……そして包帯を巻けなかったのはウィッグが壊れる影響じゃないのか? そして衣装。これはお前にとって、準備は言うまでもなくカンタンなことじゃないか?」

「っい、いくらなんでも、苦しいスイリだよ!!」

 

 本当にそうだろうか?

 俺はちらりと紅に視線を促した。

 

「……スイカ割りで水着を作るときに、私や角のスリーサイズも図ったときに服の構造を気にしていたわよね。そもそも水着とはいえ、半日足らずで三着も作っていたもの。衣服を作るという点では造作もないかもしれないわ」

「ちょ……く、紅ちゃんまで……っ、てか、あともう一つあるっての!! 身長だよ! うちは四捨五入すれば170cmあんの!」

「それってヒール込みの身長ですよね?」

 

 びく、びくと真田の顔の筋肉が引きつる。

 俺たちは真田の実際の身長を、第二の事件の前……プールのスイカ割りで知っている。

 それこそ角と同じ背丈ぐらいだったはずだ。

 

「なあ真田。ヒールを脱いでもらえないか」

「待っ、待ってよ……なんでそんなことしなきゃなんないワケ!?」

「今の憶測が本当かウソか確かめるためだ。それか部屋を見せてくれないか? お前の部屋に角の衣装、あるいはウィッグがあるはずなんだ」

「そ、そんなものないってっ! あったとしても燃やすっしょ犯人なら!!」

「まあ。デザイナーというあなたという人が、布を燃やすなんてことをしますか?」

「だっ……だからなんでうちを犯人扱いして……っ!?」

 

 真田はぐっ、と手を握りしめ、強烈な眼差しで俺を突き刺す。

 

「ってか、いい加減にしてくんないっ?! 何度でも言うけど、うちは犯人じゃないっての!!!」

「それを確定させるためにも、部屋を見せてくれ。真田。俺は……残酷でも真実を知りたいんだ」

「……っ! …………真実を、…………知りたいっ、て……!?」

 

 真田は突然、声のトーンを一気に落とした。

 一気に冷水を浴びせられたことを怯む前に……だんっ、と彼女は証言台を叩いた。

 

 

 皆が次の言動に身構え、真田に注視する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………アンタたち、それでいいの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 真田は、激怒も崩壊もしなかった。

 彼女のアイシャドウには怒りも悲しみも失せていた。

 そこにあえて色の名前をつけるならば、ありとあらゆる感情を塗れる透明そのもの。

 

 

 

 

 

 

 

「ここで辺見ルカリスを処刑しなくて、本気でいいと思ってるんだ?」

 

 

 

 

 

 

 俺たちは……。

 

 

 いいや、裁判場の空気は杭を打ち突かれたように止まってしまった。

 

 

 

 

「って、ちょっと!? どういう意味ですか! 責任転嫁もいいところですね!?」

「……だいたいさー。今回の犯人と十和田はやりとりがあったなんてホントに言い切れんの? ってかさ、アイツ、うちにとってはマジでムカつくヤローで大っ嫌いだったんだけど? ケンカばっかしてたの忘れた? まっ、さすがに殺すとかは考えてないけど……とにかく、うちは十和田のことキョーミなしだっての」

 

 

 それはやる気をナイフで抉り取られたのかと思うほどの冷淡な言葉だった。

 十和田とのやりとり……か。

 ちらり、と浮かんだあの違和感の正体を、少し明らかにさせてみようか。

 

 

「なんだかおかしい、と思っていたけど……真田。お前はどうして"スケッチブック"を持っているんだ?」

「は? なに言ってんの?」

「今持っているそれって、食堂に置きっぱなしじゃなかったか?」

 

 

 


 

 

「ま、まあ大豊さまっ! お待ちくださいませ!!」

「え?! ちょ、ちょっと大豊ちゃんっ、角ちゃん!」

 

 角と真田が駆け出してしまっていた。

 あ、真田、スケッチブックをテーブルに置いたままだ。

 さすがに商売道具とも言えるし取りに戻ってくるだろうけど……。

 

 


 

 

 ほんの一瞬だけだったが、真田は口を真一文字にする。

 それでも、「だから、なんだ」と言わんばかりの顔立ちに戻った。

 ピアスをいじりながらも、退屈げにまつげが多い目を背ける。

 

「そんなの……あとで持ち帰っただけだっての」

「いつのことだ?」

「アンタってマメシマ・マメノスケ? ミリ単位で覚えてるワケないじゃん」

 

 真田に対して押し問答をしても答えは得られそうにない。

 ……なら、別の視点から聞いてみるか?

 

「なあ、天馬。真田はスケッチブックを置いていったよな?」

「うん、そうだね。私も置いていっちゃったって思って……でも、たしかその後に、十和田くんが先に出て行ったよね? その時には、もうスケッチブックはなかったんだよ」

「……え?」

「私も一瞬真田さんに持って行ってあげようかと思ってたんだけどね……」

 

 俺が起きた直後もスケッチブックはなかったはずだ。

 真田が置いていって、そのまま次に十和田が出て行った後になかったと天馬は言った。

 

「犯人と十和田は事件に関するやりとりがあった。その仮定が正しければ……お前が置いていったスケッチブックを十和田が持っていった。そして、お前に渡したと考えられないか?」

「そんなの……わかんないでしょ。十和田死んでるんだし」

「だから真田、スケッチブックを見せてくれ。その中に、なにか十和田と約束をした証拠があるかもしれないだろう」

「イヤだ。盗作されても困るんだよ」

「そんな往生際の悪さは、あなたが不利になるだけですよ?」

「っ……! さ、真田、アイツのことは聞くな。だいたい俺たちはお前を苦しめたいわけじゃない。だって」

 

 

 その後に繋げるはずの言葉が思い浮かばなかった。

 

 許されるべきだ?

 辺見が全部悪いのも当然だ?

 

 何故、真田は今、意固地になっているんだ?

 どうして、俺たちの敵として立ち回っているんだ?

 なんで……こんな裁判が始まってしまったというんだ?

 

 

「頼む。教えてくれ。お前はどうして辺見を憎んでいる? 犯人にしたがるんだ?」

「……………」

「…………? な、なあ、真田?」

 

 真田は証言台に肘をつき、手にアゴを乗せている。

 気だるげに息を吐いて、目を伏せているだけだった。

 

「ま、まさか……アンタ黙秘権を使うつもり……!?」

「おっ、おいっ! ンなことしてもおめーが不利になるだけだぞ!? 答えろよっ!!」

 

 萩野が怒声を飛ばすも暖簾に腕押し。

 何度も。リップが塗られた艶やかな唇を刻むように噛む。

 

「真田さん。私たちはあなたの話が聞きたい」

「ねえ、お願いよ。なんでもいいから言ってちょうだい。いつものように威勢の良い言葉を……ねえ、真田……っ!」

 

 天馬は静かに、紅が縋るように請う。

 しかし、真田は冷ややかに凍った睫毛を向ける。

 似つかわしくない甘い息を混じらせて「だからさ」と呟く。

 

 

「言えるのは一つだけ。うちは犯人じゃない。犯人は辺見。それだけだ」

 

 

 彼女は是が非でも辺見が犯人だと持ち込みたいようだ。

 彼を憎らしいと思う気持ちは同じだ。けど。

 

 

「わかった。お前が言わないなら……俺が、お前の真実を代わりに描く」

 

 

 果たして、これから彼女の心象を彩れるだろうか。

 そして、“俺の描きだすもの”を真田に見てもらえるだろうか?

 それでも白黒をつけるためにもやってみるしかない……!

 

 

 

 

「一番目の紙は辺見の親族、三番目の紙は大豊の競技仲間、五番目の紙は猪鹿……」

 

 

「……」

 

 

「これは『人間は白紙』で書かれた犠牲者だ。そもそも十和田が辺見のことを知ったのはなぜか? 彼も辺見に執着したのはなぜか? それは……二番目の紙がもしかしたら関係しているのかもしれない。炎に対しての異常な怯え、彼自身も『炎に嫌な思い出がある』って言ってたこと。……もう聞く術はないけれど、十和田もまた辺見の被害者だったかもしれないんだ」

 

 

「……………」

 

 

「そして……真田。もしかして、お前もそうなんじゃないか? まだ残っているページ……『四番目の紙は カナヅチ少女。好きなものをがんがん打ち込む がんこもの。「好き」がなくなったら どうなるの? ぜんぶなくして ひとりさみしく 首つりショケイ』」

 

 

「………………………………」

 

 

「なあ、真田。事件が起こる前に、お前はあるデザインを見せてくれたな。友達をモチーフにしたって言う“テルテル坊主のデザイン”を」

 

 

 俺は微かに目を瞑って思い出す。

 最悪のコロシアイ生活に終止符を打てると信じていた時間を。

 

 


 

「真田のデザインって本当に心を鷲掴みにするんだな。特に……この黄色いてるてるボウズの絵は特に目を引く」

「べったべたの感想だねー……でも、サンキュ。あんたにしてはイイ感想じゃん。うちも好きだよ。トモダチをイメージしたんだよねー」

「友達?」

「うん。うちの大切なトモダチ。雨の日の後の晴れが大好きな超優しい子でさ……ほんと会いたいわ。マジで……うん! 外出たら、ちょっぱやで会いに行くっしょ!」

 


 

 

「…………」

 

 

「テルテル坊主……一見すると子供が晴れを願って作られた可愛らしいマスコットでもあり、雨のシンボルともいえるだろう。だけど、テルテル坊主は首に紐を括られて吊るされる……それって首吊りの姿に似ていないか?」

 

 

「………………」

 

 

「だから、この4番目の紙に描かれていた内容はお前に関係しているんじゃないか? ……つまり、辺見のせいで、お前の友だちは、自らの死を選んでしまったんじゃないか?」

 

 

「……!! …………っ、そ、んなの……」

 

 

「そうだ。そしてお前は……きっと、それを忘れないために、あのテルテルボウズのデザインを描いたんだよな。違うか?」

 

 

「……っ!? は、はぁ? バカじゃないのアンタなに言って」

 

 

「あのデザインはお前の思いそのものだ。非業の死を遂げた友達の無念をこの世に残すために。辺見への怒りを忘れないために描いたんだ」

 

 

「いっ、いい加減すぎるでしょーがっ!? そんなバカげたことっ」

 

 

「いいや、そうとしか考えられないんだよ真田! 俺にはわかるんだ……俺も、ずっと残してきたんだ。痛みを忘れないために書を残した。それと似ているんだ! お前は友達を失った悲しみ、怒り、苦しみをいつまでも忘れないために、あの絵を」

 

 

「アンタになにがわかるんだよッ!!!!」

 

 

 俺の言葉は勢いよく跳ね返される。

 マグマが滾ったような真っ赤な頬を染め、ガツン、とヒールが打ち鳴らされた。

 

 

「忘れないためだ……!? ふざけんじゃねーよっ! なんにも知らないクセにっ!! 描いても描かなくても、“あの子”のことを忘れるワケがないんだよ!! あんなのは思い出でも形見でもないっ!! アイツが生きているこの世界への呪いだ! 宣戦布告だよ!! 好きなことだけを望んでた、あの子がなにをしたっていうんだよ!? あの子を殺してなにくわぬ顔して晴れた日を歩いている、アイ、ツ……の……――っ!?」

 

 

 途中で、真田の顔立ちはすり替わる。

 驚愕する彼女の顔立ちで、心もとなさが一気に噴出し思わず俺はネクタイを握りしめる。

 そんな心の機微を見抜いたかの如く、真田の目は微かに涙の膜によって震え始める。

 

 

「っま、まさか、アンタ……ッ?!」

「…………ごめん。俺じゃお前の真実は描けない。描くつもりはなかったんだ。だから」

 

 

 ――お前に描いてもらうしかなかった。

 

 真田はワナワナと細い肩を戦慄かせ、軽蔑の相を見せつける。

 

 

 

 

 

 

「……卑怯モノ」

 

 

 

 ワナを仕掛けた俺に打ち込まれたもの。

 それは、強烈な言葉の銃弾だった。

 

 

 

「っ! さ……真田っ。い、いまさっきお前が言った“あの子”っていうのは」

「もっ、もうやめてよ!! 七島っち!!」

 

 次に飛んできたのは静止の呼びかけ。

 相変らずの小さい体から飛び出したとは思えないほどの大声だ。

 

「もういいのだっ! やめてってばっ!! そ、そんなひどいこと……っ! だ、だって真田っちは悪くないよ?! こんなことしてなんになるの!? これ以上真田っちをいじめないでよぉ!!」

「……っい、いや、お、大豊…………俺、は……」

 

 ちがう。俺はそんなつもりじゃなくて。

 ……そんなつもりじゃないって?

 

 彼女は悪で、それを裁く俺たちは正しいのか?

 俺たちと辺見を生かし、彼女の死を選ぼうとしている俺が?

 

 

「っおい大豊っ!! おめーもいい加減にしろよ!? 人のことああだこうだ言う前に少しは七島の気持ちも分かれやっ!!」

 

 突如として、萩野がだぁん、と拳を証言台に叩き込む。

 大豊は両肩を大きく跳ね上げ、ランティーユが信じがたいものを見たような目つきに変わる。

 

 

「七島だって、俺らだって好きでやってるワケじゃねえんだこんなことはよ! だけど他に誰がやるんだよ! やらなきゃなんにもなんねえんだよ……っ!! これしか道はねえだろうがっ!! ……だから七島っ! もう終わらせるぞ、こんな裁判っ!!」

 

 額を抑えながら、首を強く振る萩野。

 終わらせようと彼は言ったようだ……だけど、肯定も否定もできなかった。

 

「お、おい七島。聞いてんのか……!? いいから終わらせんだよっ! こんなの真田のためにも俺たちのためにもなんねーぞ!?」

 

 真田の銃弾には呪いが仕込まれていたのだろうか。

 今、この瞬間も、脳内で反響して雨の如く止まない言葉に囚われる。

 

 ――卑怯モノ。

 

「っクソ! だったら俺がまとめてやるよ! この事件を」

「やめなさいボクサー。アンタの脳みそでそんなことやったら余計に混乱するだけよ」

 

 急かす萩野を止めたのは、俺にとっては意外な人物。

 黒髪の少女は眼鏡のズレをすぐさま直して俺に向き直る。

 いつもは猫背で小柄な彼女なのに、今はこちらがアリになったように大きく見える。

 

 

「書道家。これがアンタが求めた真実よ……自分が掴み取ったモノは自分で落とし前をつけなさい。自分で手に入れたものを放棄して、誰かに任せるなんて……そんなこと…………私が許さない」

 

 誰の有無も言わせぬ語り口で錦織は告げた。

 

 

「ここまでして目を逸らすこと。それこそが最大の卑怯よ」

 

 

 無数の氷を脳に詰め込まれたように体温が急速に失せていく。

 指先だけでなく、思考も、心も、硬く凍りついて逃れられない。

 

 

 ――卑怯モノ。

 

 

 っ、ああ、そうだ。逃げちゃだめだ。錦織と萩野の言うとおりじゃないか。

 こんなことで止まっちゃダメなんだ……!

 何度も何度も頭を振って、俺は急いでその声を。

 

 

「ダメだよ、七島くん。自分の気持ちには正直になって」

 

 

 柔和な声色に、ハッ、と目を見開く。

 視線を上げると、天馬は、俺の瞳をじっ、と真剣に見据えていた。

 

「!! って、……天、馬?」

「七島くんが言ったこと。そうでしょう? 前に向くために、その気持ちを捨ててしまったら、後でもっとやるせなくなってしまうよ。…………それに。あの時、私が言ったことは本当の思いだから」

 

 そして天馬は、ゆっくりと自らの拳を胸に当てて口を開いた。

 憂鬱に閉じこもっていた時に、差し出してくれた手。

 ありとあらゆることを残してしまうことを『強さ』だと言ってくれた言葉。

 

 

「私たちは……私は、七島くんを一人にはしない。支え続けるから。それが七島くん自身が選んだことなら」

 

 

 ――卑怯モノ。

 頭の中で拒絶していた呪詛が、次第に染み渡る。

 俺は大きく深呼吸をして瞼を閉じた。

 瞼の裏に染み込んでいたのだろうか、涙が張り付いてくるようだ。

 

 

 そうだ。また、俺は虚勢に逃げようとしていた。

 

 自分でもわかっていることだ、俺はなによりも誰よりも弱い。

 自分で暴いておいて、こんな真実なんて見たくない、逃げたいと願っている。

 真田の言うとおりだ。俺は姑息で卑怯な人間だ。

 

 辺見を糾弾しておいて、毒づいておいて俺も結局同じなのかもしれない。

 今、彼女を裁こうとしている俺は、俺たちの行為は正しいものではないのかもしれない。

 

 それでも。そうだとしても俺は――。

 

 

 ゆっくりと目を開き、真田の顔を捉える。

 自分がどのような表情をしていたのかはわからない。

 ただ、俺に映し出された真田は、ハッ、と驚嘆して身じろいでいるようだった。

 

 

 

 

 

「……真田、聞いてくれないか。この事件の真相を」

 

 

 

 

 

" クライマックス推理 "

 

 

◆Act.1

 今回の事件は、犯人が“ある人物”を殺害しようと試みたことから始まった。

 決行に踏み切った目的は今回の動機――。

 マナクマ曰く『10時までにコロシアイが発生しなければ出口を開放する』というもの。

 俺たちにとっては外に出られるという、またとない絶好のチャンスだ。

 

 ……だけど、犯人はそれが許せなかった。

 なぜなら、犯人にとって“ある人物”は、自分の友を死に招いた憎い存在だった。

 コロシアイ生活が終わってしまえば、そいつを野放しにしてしまうことになる。

 そうなる前に、犯人は奴の殺害を試みたんだろう。

 

 そして犯人は、他の人物に相談したんだ。

 それが、今回の被害者の十和田だ。

 彼の思惑は分からない……だけど、また犯人と同じ“ある人物”の危険性に感づいていたようで、そいつの情報を収集していたんだ。

 恐らく、犯人はここで十和田から男子のみに配られた“工具セット”を借りたんだろう。

 

 

◆Act.2

 犯人は銭湯からノートパソコンを強制終了させて、"設計図"を参考にして仕掛け銃を作ったんだ。

 机を移動させて、技術室の“改造銃”を固定させた。

 

 さらに設計図を元に、改造銃に仕掛けを施したんだ。

 ワイヤーを張り巡らせて、人の手を借りずとも発砲させる仕掛けを作ったんだ。

 発砲する条件は“押したとき”……娯楽室のダーツ盤につけられていた“センサー”を応用したんだ。

 こうして、犯人は“仕掛け銃”を完成させたんだよ。

 “技術室の電気のスイッチを付けた瞬間に発砲する罠”をな。

 

 

◆Act.3

 それだけじゃない。十和田自身も“ある人物”に対して殺害を試みていたんだ。

 美術室で十和田は事前に、“ある人物”の右腕に“蛍光シール”を貼ったんだ。

 美術室の天井裏には"ブレーカー"があるんだけど……そこに十和田は自分の鳩を置いておいたんだ。

 そして十和田は鳩に合図をして、"ブレーカー"を落としたんだろう。

 狙いの人物の右腕のシールは光っていただろうから、後は調理室から持ってきた"ナイフ"を刺せばいい……

 

 だけど、誤算が発生した。

 狙っていた人物は停電前に"蛍光シール"を剥がして、黒生寺の腕に張り付けていたんだ。

 そして、黒生寺が停電中に火をつけたこと、そして“ある人物”によって再生された"レコーダーの銃声"が鳴り響いたのが彼の動揺を招いた。

 そのせいで、十和田は梯子にぶつかって、それを倒してしまった。

 だから誤ってナイフを落としてしまい、自分の"足の甲"にケガを負ってしまい、急いでナイフを棚の下に隠したんだ。

 

 

 そう、犯人たちの思惑は、すべてを見透かされていたんだろう。

 ある人物――いいや。悪夢のような死神、辺見ルカリスには……なにもかも……。

 

 

◆Act.4

 すでに辺見は娯楽室にマナクマボトルに犯人が入れた『作戦は実行する』と十和田宛の手紙を取り出して、

 代わりに別の手紙を入れていたんだ。

 

 足を怪我した十和田はみんなと別れて娯楽室に向かった。

 マナクマボトルに紙が入っていることに十和田は気付いたんだ。

 その紙に書かれていた内容は……『技術室に来てほしい』というお願いだった。

 犯人とやりとりがあった十和田は異変があったと気づいて駆け出してしまったんだろう。

 そして、何も知らずに技術室に入ったんだ。

 

 電気がついていない暗い技術室を見て、咄嗟だったんだろう。

 スイッチを押した瞬間――銃の仕掛けが発動して、撃ち殺されてしまったんだ……。

 

 

◆Act5

 それによって犯人は偽装工作を余儀なくされた。

 まずは美術室から"鼻の欠けた石膏像"を持ってきて、家庭科室の扉の前に置いたんだ。

 俺が出られないようにするための、せめてもの時間稼ぎ。

 "欠けた石膏像"の不自然さを隠滅させるためにな。

 

 そして現場で犯行に使われ、“バラバラになった仕掛け銃のパーツ”を回収した。

 犯人は自分が介抱していて、なおかつ記憶が曖昧状態の角にそれを手渡したんだ。

 

 さらに犯人は、"家庭科室の糸"で作ったであろうウィッグ、そして衣装を身にまとって角に変装したんだ。

 そこでパソコンのマナミを返して、角を殺人容疑者に仕向けようとしたんだろう。

 犯人には角の服やウィッグを作れるほどの"才能"を持っていたのだからな。

 

 俺たち、犯人をも惑わし弄んだ介入者は嘲っているんだろう。

 そんな介入者――辺見ルカリスによって踊らされてしまった犯人……だけど、お前には明確な“殺意”があって、それを実行してしまったんだ。

 

 

 そうなんだろう、真田斑!

 

 

 

 

 

 

 

「っ、ち……っち、ちがう!! ちがうっての!! いつまでふざけたこと言ってんだよっ!?」

 

 

 俺が真相を語っても、真田は認めなかった。

 彼女の立ち姿は、真っ直ぐだった。

 何本も何本もぐちゃぐちゃに塗りつぶして無理やり真っ直ぐにされた線のように。

 

「ふん。終わりだ……さっさと投票に移れ……」

「っ、い、いいよ。投票始めても。でも、うちは犯人じゃないっ! 犯人は辺見だっ! 十和田を殺したのは辺見ルカリスなんだよっ!!」

 

 四月一日も円居も、俺がまとめた事件全容を認めていた。

 そのせいか、俺は自分の語ることは口でこそ恐る恐るで半信半疑もあったが、内心『正しい』と傲慢にも感じていたのかもしれない。

 それが今、突っぱねられ、否定を繰り返されている。

 

「真田……頼む。違うところがあれば言ってくれ」

「なんにも分かってないじゃん! なにもかも違うんだよこんなの……っ!」

「も、もうムダよ……この女に自白も投了もないわ。アンタもさっさと投票のフェーズに入りなさい……」

 

 錦織に促されるが、それでも頷けなかった。

 ダメだ。たしかに終わらせたいと願ってはいたが……

 こんな裁判を終わらせてしまって本当にいいのか……!?

 

「やれやれ。このまま投票に持っていくのもありですが困りものですね」

「おめーなァ……ッ!! もういいだろっ!! ムカつくけど真田が今回の」

「ちっともよくありません。真田さんに「私が犯人」と言われたままだと、みなさんだって投票先を間違えてしまう可能性があるでしょう? それに円居さんの時みたいな不明瞭な終わり方は、もう勘弁ですからね!」

 

 第二の事件に謎が残ってしまったのは、お前がそうさせたところはあるんだろう……!?

 皮肉めいた言葉を言ったとしても、彼には通用しないだろうけれど。

 

 

 

「だから、大豊さん?」

 

 

 

 辺見はわざとらしく目を瞑って名前を呼ぶ。

 名前を呼ばれた彼女は対照的にカッと瞳を丸くする。

 

 

「そろそろ、大事なことをお話していただけませんか?」

「えっ!? な、なに言って」

「見たんでしょう? “ロッカーの中で一部始終を”」

 

 お前……まだ、なにを隠しているんだ?

 咎める間もなく、彼はトラップを着々と発動させていく。

 

「……もしかして、錦織の言ってた“ロッカーに人が入っていた痕跡”って」

「あ、あの、えっと、だって……しらか……あの暗い部屋に呼ばれたのだ……それで、ロッカーを指さして『なにか見えないか』って言われて覗いてみたら……突然、せ、背中をどんって押されて中に……っし、しかも開かなくなっちゃって」

「ってことは、むりやり閉じ込めたんだなっ!?」

 

 ランティーユの問い詰めに、辺見は「ちょっと」と耳を押さえて顔をしかめる。

 

「まったく……彼女の言うことはすべて信じるなんて。恋は盲目とは、このことを言うのですね?」

「否定しないってことは……お前がロッカーに閉じ込めたんだな?」

「ウソは言っていませんよ? 実際、あのロッカーの中になにかがあったのは事実です」

『うう……あちきのことでちゅね……』

 

 辺見はゆるやかに微笑んだ後、ふっ、と真顔に戻った。

 

「でもまあ、彼女には反省が必要でしたからね」

「…………は?」

「七島さんだって意味が分からないと嘆いたでしょう? 腹立たしかったでしょう? 体育館に集まった時の彼女を覚えていますよね?

 

 無実の人間を犯人に仕立てあげて、みんな死んでしまえと泣き喚く彼女は悪鬼そのもの。これが、だれかの仕業だったとしても、なんだというのですか! みんなのことを憎らしいと暴言を吐き、危害を加えた嘘つきの彼女は愚かそのもの! ねえ、違いますか?」

 

 

 ……こいつは、さっきからなにを言ってるんだ?

 


 

「『なぜ、七島さんがあなたにひどいことをしたか、わかりますか? ……あなたが、過去に卑怯なことをしたからですよ。ところで、知っていますか、殺人鬼、辺見ルカリスのことを……辺見ルカリスは二重人格だそうです。だから、あなたが知らないだけで、実はあなたが、辺見ルカリスの人格を持っているのではないですか? このまま辺見ルカリスを自覚していただければ、あなたと、あなたの大切な人がした秘密や罪を守ります。どうしますか?』 ……いやはや、これだけで動いてくれるなんて、単純明快で清々しいですね!」

 


 

 辺見の脅迫で大豊も苦しんでいたんだ。

 大切なコーチや仲間を理不尽に亡くしてしまって、そのせいで、もしかしたら自分が辺見ルカリスかもしれないなんて根拠のないウソに脅かされて。誰にも言えないまま抱え込んで。

 もう少し早く気付けていれば……でも、そんな後悔なんて後の祭りだ。

 

「無駄に優秀な方ですからね。最初に設計図をさらさらと写して、パソコンはロッカーに隠したのではないですか? 手元に置いておくと怪しいですからね。どうですか、真田さん?」

「……わざわざ、うちに聞くヒツヨウなんてあんの?」

 

 真田は苛立った口ぶりであしらう。

 彼女もまた疲労困憊と言わんばかりに、立つのもままならないような状態のようだ。

 

「それで大豊さん。あなたは、第一発見者になっちゃったんでしょう? 図らずもですがね」

「……それって、辺見くんがそうさせたんだよね」

「怖い顔をしないでください、天馬さん! 私は事実を言っているだけですよ! 私が十和田さんの亡くなった瞬間を見ていないのは紛れもない事実なのですから」

「い、いや、ちっ、ちがっ……! あ、あたしはっ」

 

 彼女は辺見の毒に罹って動けなくなっていた。

 辺見は「まったく!」と大袈裟に首を振る。

 

 

「あのね、いい加減にしていただけませんか? あなたは、その歳にもなって、まだそのような幼稚なマネをするおつもりで? 自分が殺人鬼だと思い込んで一人でパニックになるどころか、七島さんや紅さんを人殺しだとでっちあげて……

 

 いったい、なにが楽しいんですか? あなたは、そんなことをしてまで、自分の価値を! 暴落させて! 自分のしていることを理解されていますか!? 多くの人々を傷つけて、汚らわしいクロを庇うあなたは何者なのでしょうか? あなたの言う通り、人を殺していなくとも、あなたは、たくさんの人を死に晒す罪人ではないですか! お友達やコーチを見殺しにしたうえに、駄々や嘘などの罪を重ねて、自分はまるっきり反省しないなんて……あなたこそが、本当の死神なのかもしれませんね?」

 

 外道の言葉が津波の如く押し寄せる。

 思いっきり床に叩きつけられ、鉢を打ち砕かれた金魚のように。

 大豊は黒目を大きく見開き、どく、どくと体を打ち震わせる。

 

 

「なにも言わないということは否定はしないってことですか? ……はは。ははは、やはりそうでしたか。なぁんだ、やっぱり私の言う通りではないですか! そうですよ。それじゃあ、あなたが辺見ルカリスだ。あなたこそが『世間が非難すべき死神ルカリス』! 救いようもない真の殺人鬼――っうぎゃ!?」

 

 

 情けない呻き声と共に、死神の言葉は途切れる。

 ばちん、という痛ましい打音によって。

 軽くよろめいた死神の襟を掴み上げ、どん、と床に放り投げたのは。

 

「っひ、ひどい!? ランティーユさん、なんてことするんですか! というかキャラ変ですか? 萩野さんや黒生寺さんのようなスタンスで」

「黙れ。黙れ、黙れ黙れこの悪魔がっ!!! 非道がっ!! もういいマドモアゼルあんなの聞くなっ! 君はなんにも悪くないんだ!!」

 

 早々に辺見とのやりとりを切り捨てて、ランティーユが大豊に向かって必死に叫ぶ。

 大豊はぶんぶんと耳をふさいで、すべてを掻き消すように息を荒げる。

 

 

「いっ、いや、いやだ、いやだよ……っいやだいやだいやだいやだいやだぁぁぁっ!!! 真田っちは殺してなんかないのだっ!! あ、あんなのウソだもん! だ、だって……だってぇっ!!」

 

 

 大豊はしゃくりあげながら、急き立てられたように息を吸い込んだ。

 

 

 

「真田っち泣いてたんだよっ!?!」

 

 

 

 ……殺人が起きた、その事実は変わらないというのに。

 

 

 『作戦は予定通り。ぜったいに技術室には来るな。辺見は殺す』

 十和田に向けられたはずの言葉が、悪意によって改竄され、彼は思いもよらない形で殺された。

 そして、真田もまた知らずして十和田を殺めてしまった。

 

 そのとき、真田の睫毛もひくりと揺れる。

 一瞬だけ、瞳の奥底で火が灯ったように見えた。

 

 

「死んじゃった十和田っちを見て、ずっと泣いてたんだよ!? あんなに泣いてたのに殺すわけないのだっ! 犯人なわけないってばぁっ!」

「泣けば犯人ではないなんて……それでは世の刑罰執行に枕を濡らす死刑囚も悪人ではないと? とにかく、あなたが第一発見者。第二発見者はランティーユさん。三番目は天馬さんですね? ほら、早く言ってお互いに楽になりましょう?」

「いっ……いやだっ! ちがうのだっ!! ちがうの!! 犯人はあたしなのだっ!!!」

 

 弾かれたように大豊は証言台から離れた。

 俺たちのことを何度も見まわし、小さな指を組み涙をボロボロと零れ落とす。

 

 

 

「そっ、そうなのだ!! ねっ、ねえ、聞いて!! やっぱり、あたしが辺見ルカリスなのだ! 殺人鬼なんだよ!! あたしがみんな殺しちゃったんだ!! コーチも、あの子のことも、ぜんぶ、ぜんぶあたしのせい!! あたしが悪いのだっ!! ご、ごめんなさいっ! も、もう、あたしじゃないなんて言わないからぁ……っ七島っちに紅っち、ラ、ランティーユも……みんな……っ!! ほ、ほんとにごべんなざい……っ!!! あだじのぜいなのだ……っ!! あだじがバカなぜいで……っ!! だ、だからっ真田っちを犯人にしないでぇぇっ……!!」

 

 

 

 今まで俺たちは大豊の泣いている姿を見てきた。

 いつも号泣しているから、どこか見慣れた日常茶飯事だったともいえるだろう。

 

 だけど、今の彼女の涙は。

 両膝をついて、慈悲のない神に祈り縋る姿は。

 

 

 

「おっ、おねがい、おねがいなのだ……っ!!  あだじが代わりにオシオキされるからっ! 真田っちを殺さないで……っ!! 悪いのはあたしだけなのだっ……!! だ、だっで真田っちは! さっ、真田っちはぁ……っ!!!」

 

 

 

 もういい、大豊。もうやめてくれ。

 

 死神以外、誰もが皆そう思っていることだろう。

 だけど、誰もが止めることはできなかった。

 それは俺たちのすべてを代弁してくれている真っすぐな慟哭だった。

 

 

 

 

 絞りだされた魂の悲鳴を止めることができる者は、きっと、この裁判場には――

 

 

 

 

 

 

 

「ストーップ! 大豊ちゃんそこまでー!」

 

 

 

 

 

 

 

 聞き覚えのある溌溂とした声が響き渡る。

 金と銀のピアスが揺れて、にっ、と歯を見せて笑う。

 それは、いつも俺たちと過ごしてきた勝ち気な少女の姿だった。

 

「ぅ、ううっ……!! さっ、真田っち…………」

「マジでごめん。うちさ、マジでサイテーなことしちゃったね。ってか、あんなことを大豊ちゃんに頼むうちが一番のバカだっての!」

 

 

 証言台に置いていたスケッチブックが、真田の手によって開かれる。

 

 

 

「『大豊ちゃん、うちを助けて』……なんてさ」

 

 

 

 開かれたページには、入念で緻密な"仕掛け銃の設計図"が描かれていた。

 

 

「っっ!! さっ、真田……おめー……!」

「あー、もうっ! そんな顔しないっ! ちゃっちゃとボタン押しなって! ここまで来てわかんないとか、うちより国語力がゼロってことになるよー!?」

 

 萩野の悲痛な顔立ちに真田は苦笑した。

 憑いていた怨霊が消えたのか。

 いいや、漂白剤でなにもかもを洗い落とされたような……そんな笑顔だった。

 

 

「ふー、サッパリしたわ。でもさ、さすがにドンくさすぎたよね。流行追ってる身のクセしてさ!」

 

 

 

  真田は自嘲気味に、スケッチブックを両腕で抱きしめる。

 

 

 

 

 

「…………そーだよね。最期ぐらいは自分の汚れは自分で拭いてオトシマエつけないとさ。惨めすぎるし、なにより……卑怯だよね」

 

 

 

 

 彼女の言葉を皮切りに、無に包まれた裁判場で木霊するのは銀鳩の鳴き声だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………あ、もう終わった? あんまり長いからマッサージチェアを密林から取り寄せちゃったよ。ではでは、投票タイムと行きましょう! みなさん。お手元のスイッチを押して投票しちゃってください! オマエラの選んだクロは正解か! はたまた不正解なのか! 次回のお楽しみ~……なんて最近のバラエティ番組のマネするわけねーだろ!! 正解はこの後すぐ!』

 

 

 

 

 正装を着飾ったマナクマが持ってきたのはカジノでよく見かける象牙のカードだった。

 丸い手で器用にもカードをぱらぱらと切り始める。

 時に自由自在に魔法のように、トランプのアーチを作り出す。

 

 

 やがて、ギャンブルボードに裏返しの三枚のカードを載せる。

 一枚、二枚、三枚……と、もったいぶってめくっていく。

 

 

 

 カードに描かれた絵柄は、真田の顔であった。

 

 

 

 

 

 Guilty!

 

 

 

 

 クラッカーが鳴り、メダルがポップコーンのように弾け飛ぶ。

 マナクマが丸い手でたくさん拍手を連打をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは嫌悪? 苛立ち? やるせなさ?

 果たして、それらは今の俺の感情に当てはまるのだろうか?

 

 

 

 豪華絢爛な紙吹雪を浴びた真田は、夜空の星を見るように、ぼんやりと宙を見上げていた。

 

 

 

 

 

 こうして、第三の学級裁判は終わりを告げ、

 俺たちは邪な笑みを浮かべる死神と共に、生き延びることに成功してしまった。

 

 

 

 

 

" 学級裁判 閉廷 "

 

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