ダンガンロンパ(仮)-よみがえり-   作:冷凍かに缶

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(非)日常編 探索・散策・模索

 

 翌日、俺はすぐさま萩野の部屋に向かった。

 何回もノックしたが、返答はない。

 寝ているのだろうか……いや、萩野は『動かねえとナマる』と言うほどに寝るより動きたがる性分だ。

 多少乱暴に拳を叩きつけるが、指の骨が痛むだけだった。

 

「萩野っ! なあ、起きてるかっ!?」

 

 思わず、扉のノブを捻ってみたが鍵がかかってる。

 引っ張ったり、押したりするもダメだ。

 

 室内の萩野は、どんな体勢だろうか?

 眠り込んでいる? ぼんやりとあぐらをかいている?

 はたまた床に屍のように転がって……

 

 

「このまま餓死して干からびてしまったら……なんて、考えていらっしゃるんですか?」

「そ、そんな一日で倒れるようなヤツじゃ……っな?!」

 

 今の声って。

 ぎくりと振り向くと、ランティーユの部屋の扉が開いていた。

 そこからひょっこりと、辺見の頭だけが飛び出す。

 顔は仮面が張り付いたような不快な笑みだ。

 

 

「おはようございます七島さん! 朝から萩野さんのお守り、ご苦労様です。私は友達がいないのでわからないのですが……あなたを見る限り、親友ってものは、なかなかに骨が折れる関係なんですね?」

 

 親友という言葉に、文字通り拳の骨がずきんと痛む。

 

「と、というか、なんで出てきているんだよ!?」

「出てきてはいませんよ。だって私はランティーユさんとの『部屋の外に出ない』という約束を守っています。今は顔を覗かせているだけですからね?」

「ヘリクツを……いや、そもそもランティーユは?」

「ええ。今は、お休み中ですので」

 

 

 ……お休み中?

 

 なんの変哲の無い言葉だったが……

 こいつから放たれると嫌な響きだった。

 萩野の自室の扉から離れて、無言でドアから頭を覗かせている辺見の方に向かった。

 

 

「え? ちょっとなんなんですか、ちょ、っ、ちょっと!?」

 

 辺見を押しのけて、俺は勢いよくランティーユの自室に踏み入れた。

 早速目に入ったベッドの上で……ランティーユはうつぶせで横たわっていた。

 耳を立てると、ずう、ずう、という寝息。

 ……本当に、寝ているみたいだ。

 

「まったくビックリさせないでください……だから言ったでしょう。お休み中だって」

「お前が言うと信じられないんだよっ」

「おやおや! 七島さんって国語のテストでありもしないことを読み取るタイプなんですか?」

「……お前、なにかランティーユに変なこと吹き込んでいないよな?」

「吹き込むとはなんですか? 私は肺活量には自信がないのですが」

「ちがうっ。井伏や円居、大豊のように唆していないだろうなっ」

「ええと、なにを言っているんですか? ソソノカス? ひどいことを言うんですね、私はカスではありませんよ?」

 

 こいつ……っ!!

 思わず、握りこぶしをグッ、と作ってしまった。

 それを目ざとく気づいたのか、「ちょっと!」と大きな声で後ずさる。

 

「やめましょう。暴力はなにも生みません」

「だいたいランティーユがこんなに寝ているなんて……眠れてないってことじゃないか? お前のせいじゃないのか?」

「ひ、ひどい……なんでもかんでも私のせいにするなんて! 財政難や紛争、株価下落も全部私のせいだというんですか!?」

「いい加減にしないと本当に……っ」

 

 殴るぞ、と言いかけて慌てて止めた。

 ……いけない。これだと辺見に俺が煽られてやったようだ。

 

 それこそ井伏たちと同じ末路に……くそっ、なんてヤツだ。

 悪態にはなるけど、口で言って怒りを鎮めるしかない。

 ヒートアップした頭を冷やすために大きく息を吐いた。

 

「お前はいいよな、優しいランティーユに守られて、ぐっすり眠れるんだからな」

「なにをおっしゃるやら! しかも、ランティーユさんが優しいなど、なんにも分かってないんですね? 私だって寝れてないんですよ。ここから出たら不眠症で訴えてやりたいぐらいにね! ただでさえ、ここに来る前から常に眠れていないというのに」

「……どうだか」

「あなたは、睡眠の恐ろしさを知らないのですか? 睡眠ほど無防備な状態はないでしょう?」

 

 

 それはそうだが……辺見は「それに」と続けた。

 

 

「眠る前に考えてしまうんです。『このまま眠りに落ちた後、私は一生目覚めないのでは?』と……何者かによってナイフを突き立てられたら? 心臓が止まってしまったら? それが……ああ、言葉にするだけでなんて、なんて恐ろしい。そう思いませんか? 睡魔と言う言葉は、眠りの魔物……その言葉通りでしょう。そもそも睡眠状態というのは、私たちの意識を手放している状態です。自分でなくなる、『仮死』ともいえませんか? だから本当であれば寝たくありません……しかし、生きている以上、眠らないという選択は取れないのです」

 

 

 淡々と語られる辺見の言葉は、すんなりととめどなく耳へ、脳へと入ってくる。

 まるで細いジョウロで注がれるように。

 ……ダメだ、こいつの意見に賛同するな。

 

 

 

「しかし。七島さん。私の思いは……果たして決して誰にも1ミリも理解されないものだと思いますか?」

 

 

 俺に照準を合わせて辺見は首をかしげる。

 やめろ、俺に聞くな。

 

 

 

「ねえ、あなたはどう思われ――うん?」

 

 

 俺に尋ねる前に、辺見は頭上を見上げた。

 彼の脳天には平手がギロチンのように落ちて。

 

「うげぇっっだぁ!?」

「C'est le pire! なんてヤツだお前は!? ガムテープまで外しやがって!」

 

 気が付けば辺見の背後には、ランティーユがワナワナと手刀を作っている。

 寝起きだからか、髪も少し乱れているようだ。

 滲んだ水彩の赤い絵具のように、色白い顔は紅潮していた。

 

「ひ、ひどい! 私は目覚まし時計じゃありませんよ! チョップで叩くなん……っで!? い゛だいいたいいたいいたいでずぅぅっ! ちょっと!! 痕がつくからやめてくださいぃぃっ!」

「Degueulasse,Ferme ta gueule!」

 

 完全な母国語しか発していないため意味は分からないが、怒っていることはわかる。

 ランティーユは乱暴に押さえつけるとガムテープでヤツを念入りに縛り上る。

 そして勢いよく、辺見をばん、とベッドに突き飛ばした。

 

 

「ラ、ランティーユ! 落ち着け出ようっ! ほら、鍵をかけて……!」

 

 俺は彼を追い出すように部屋から出して鍵を閉めさせた。

 このままゲームの魔物のように封印できたらいいのだが……。

 ひとまず彼に向き直り、「ランティーユ」と呼びかける。

 

「やっぱりこんなのダメだ、危険だよ。お前ひとりでアイツの監視をするなんて無茶だっ!」

「そう、だな……ムッシュ、アイツはまずい」

 

 暗い目つきのランティーユは手で口元を隠した。

 じ、っと自分のつま先を睨みつけているようだ。

 

「前にぼくの部屋で君に質問したことがあるだろう? あの時、君の感情や思いはわかったんだ……だけど、アイツはまるで見えてこない。…………奴は弱いよ。ムッシュ萩野の拳一つでノックアウトするほどに弱い。そして、卑怯者のしょうもない輩だ……だけどね、アイツによって破滅に向かった人たちが大勢いる理由は分からないでもないんだ。辺見を甘く見ちゃダメだけど……くそっ!! マドモアゼルをあんなひどい目に遭わせたうえに、侮辱したんだっ! こんな敗北宣言したくないっ!!」

 

 奥歯を噛んでいるのか、ランティーユの頬はゴツゴツと固くなっているようだ。

 普段の温和で陽気な顔立ちから信じられないほど、露骨な苛立ちだった。

 

「辺見が何者か、今のぼくは答えられない。鑑定士にとって判定ができないものほど恐ろしいものはない。だけど……それでも、ぼくは鑑定士だ。見極める義務があるんだ」

「な、なあ、ランティーユ。ヤツのことをまともに聞くなよ?」

「そんなこと言われなくてもわかってるっ!」

 

 間髪入れずに、噛みつくような剣幕に俺は後ずさる。

 だが、すぐさまランティーユもバツが悪そうに眼を瞑る。

 

 

「ごめん。君が心配してくれてるってのに……ウィ。わかっているんだよ。わかっているって、そのぐらい……っ」

 

 意固地にランティーユは俺だけじゃなく自分にも言い聞かせるように呟く。

 俺はランティーユの部屋の扉に手のひらをつけた。

 

 

 ――アイツさえ。

 

 

 その先が言えない恨み言に、爪を立てて扉を軽くひっかいた。

 

 

 

 

 

 逃げるようにランティーユと俺は、解禁された4階に向かう。

 植物園に、工学室、多目的室、職員室に懺悔室……なんだかパッとしないラインナップだ。

 多目的室は、ただの広い教室というだけで、手がかりという手がかりは特になかった。

 なんのためかはわからないが、乾パンやミネラルウォーター、ざぶとんが置かれているぐらいだ。

 

 

 植物園はその名の通り、色とりどりの花が咲いていた。

 どんと中央には大木も聳え立っているのもあって、どことなく幻想的に思える。

 一方で芝刈り機や園芸用の鋏が無造作に置かれているので、それだけで一気に現実に戻される。

 

 ランティーユは先ほどの辺見との一件のせいで参っていたようで、しばらく草木を眺めて気分を沈めていた。

 

 床は土で覆われているので、土が靴についてしまうが……まあ、別に構わないよな。

 そもそも、この革靴を磨いたのっていつだったか……。

 

 ふと、俺は土に挿さった“立て看板”に目を移す。

 

 

「ねえ、ムッシュ。なに読んでいるんだい?」

 

 気を落ち着かせたのか、ランティーユがやってきた。

 そっ、と看板を覗き込んで、首を傾げていた。

 

「読めないのか?」

「ウィ。漢字が多いからね……悪いけど、ちょっと読んでくれないかい? 変なことしてオシオキされるのは困るから」

 

 なるほど。

 彼のために立て看板を声に出して読みあげた。

 

 

 

 

 AM4:00~6:00 床の整備

 

 上記の時間帯は植物室を封鎖いたします。

 入園している者は処罰を与えるので注意すること

 

 

 

 

 ……まあ、おそらくこんな早朝に植物園にはいないだろうけど、注意はしておくべきだろうな。

 土じゃなくて、床って書いてあるのがちょっと気になるが……。

 

「ランティーユって、日本語は読めないのか?」

「ウィ。ひらがな、カタカナは読めるけど、漢字は得意じゃなくて。生徒手帳もマナクマに無理言って、フランス語にしてもらったんだよ」

 

 そう言って、ランティーユは生徒手帳の中身を見せてくれた。

 たしかに英語の綴りだけど、なんて書いていあるかは理解できない。

 それこそランティーユにとっての漢字と同じように読めなかった。

 

「喋りはできるんだけど、読み書きがどうもだから、まいっちゃうよ……そんなに英語も大得意ってほどじゃないし……そういえば、昨日はぼくは早々抜けちゃったけど……ムッシュ萩野の件、あれから色々と大変だったようだね」

「あ、ああ…………」

「……大丈夫だよ。ムッシュ萩野はそう簡単に倒れるほどヤワじゃないのは君だって知ってるだろ? 良くなることを信じよう」

 

 ランティーユは軽くウィンクをしてくれた。

 たしかに萩野も心配といえば心配なのだが、今目の前にいる彼も……。

 

「ランティーユ、お前こそ……無理はするなよ」

「辺見のこと? だから大丈夫だって。とにかくアイツの話は……もうやめないかい。ちなみにアイツの鍵は今、ぼくが持っているから、アイツの行動は制限されている」

 

 そう言ってランティーユは、ポケットから鍵を見せてきた。

 鍵のネームには白河海里と書かれている。

 

「ぼくはなにもしていないし、なにもされていない。君に心配されなくても、ぼくなりの引き時はわかってるんだから」

 

 そう言って、困ったような笑みを浮かべられた。

 ……だけど、辺見とのやりとりを思い出して、ぶる、と身震いをする。

 ガムテープで手足だけじゃなく、口も塞いだほうがいいんじゃないだろうか。

 

 そんなことを思った矢先。

 

 突如、ばん、という大きな音が俺たちの会話を遮った。

 黒生寺が獲物を仕留めんとする狩人のように入って来た。

 ランティーユは慌てた様子で、俺と、黒生寺を交互に見ている。

 

「や、やあ、ボンジュール! 爽やかな朝だね、ムッシュ!」

「どこがだ……こっちは8時間しか寝てねえ……」

「わあ、健康的だね!? ところで、一体どうしたんだい? トイレでも捜してる?」

「便所はさっき見つけた……おい……アイツはどこだ……」

「えっと、アイツってだれのことかい? もしかして、君の運命の人を探して」

「Don't be ridiculous……」

「ひぃっ!?! ジョ、ジョーク! 悪かったよ、ムッシュ!」

 

 雑談を試みようとしたランティーユだが、すぐさま俺の後ろに隠れてしまった。

 黒生寺は鼻息を鳴らし、ずかずかと大木のほうへ歩んでいった。

 

 相変わらず、黒生寺もマイペースだな……。

 それにしても、さっきの英語の発音、やたらと流暢だったが。

 

「な、なあ。ランティーユ。黒生寺って英語が話せるのか?」

「ウィ、そうみたいだよ。ぼくの日本語と一緒。話すのと聞くのだけで書くのはダメみたいだ。ぼく相手には、よく英語を使ってくるよ。生まれは日本だけど海外に住んでたみたいだからね?」

「そ、そうなのか? 知らなかった……そもそも何者なんだ黒生寺って」

 

 俺が尋ねると、ランティーユは「うーん」と腕組みをして片目を瞑る。

 

「なんでも、ムッシュ黒生寺の話によると……彼自身はノヴォセリック王国の西部に隣接する国で生来暮らしていたみたいなんだ。ノヴォセリック王国はムッシュも知ってるよね?」

「あ、ああ。元超高校級の王女が治めているっていう……」

「ウィ。それで、ムッシュが暮らしていた国なんだけど、そこは、いまだにアメリカ西部開拓時代さながらの戦いが繰り広げられているみたいなんだよね。入国も厳しいうえに、荒れ果てた土地だから知名度はかなり低いうえに、グローバル化が進む世界の中で、民族的風習が色濃く残っている国……そう、ぼくは勝手に考察してる。真実はムッシュ黒生寺しかまだ知らない以上、こう言うしかないのは許してくれよ?」

 

 そうだったのか……たしかに黒生寺の風貌なり性格なり少し異国離れしているとは思っていたが。

 ランティーユのいう黒生寺の出身国は実態はわからないが……なかなか説得力がある考察だ。

 さすが、その片眼鏡は伊達に光らせていないな。

 

「そこで、ムッシュはたくさん戦ってきたんじゃないのかな。それはもう、たくさん、だよ」

 

 ひそひそと俺の後ろで隠れていたランティーユが話すが、黒生寺には聞こえているのだろうか。

 それとも聞こえたうえで黙っているのだろうか。

 「戦う」という言葉をランティーユは選んだが、その単語にはもっと殺伐とした意味を含ませているようだった。

 

 ……ちょっと、俺も黒生寺と話してみようか。

 昨日のことが、まだ未解決のままだ。

 

 

「なあ、黒生寺……どうして……その、元怪盗ってヤツを殺したいんだ?」

 

 

 いきなり核心に迫ったのが悪かったか。

 大木を見上げていた黒生寺は武将の形相で振り向いてきた。

 ひいっ、と後ろにいるランティーユの小さな悲鳴があがった。

 

「アイツを殺すと誓ったから殺すまでだ……言っておくが、手出し無用……」

「そいつのことが、嫌いなのか?」

「愛憎の問題じゃねえ……殺すか殺さないかの問題だ……」

「じゃあ、元怪盗には会ったことがあるけど、角には会ったことはないんだな?」

 

 黒生寺は、眉間にさらに皺を刻ませた。

 照準は「角」というワードに向けられたようだ。

 

「当たり前だ……あんなアマ知るわけがねえ……だのに、ここ最近は特にやかましい……なにがあの日の約束を果たすだ……ふざけたことばっかり言いやがって……何故、俺につきまとう……」

「そ、それはマダム角は恋する乙女だからさ。ムッシュは愛されて」

「愛だと?! どこがだ……!?」

「どっ、どこがって!? どうみてもそうじゃないか! マダム角、めちゃくちゃ好きでしょ君のこと! そうじゃなきゃ、停電の時だって君を助けるはずないよ!」

「どうだか……あのアマは俺じゃなくても押し出したはずだ……」

 

 ちょっとムキになった黒生寺が気になったが……。

 ランティーユも「それは」と少しだけ躊躇った。

 たしかに、あの停電の時。梯子の近くにいる人が、黒生寺ではなくても、きっと角は走り出していたのだろう……それは想像にたやすい。

 

「で、でもさ。そんなムッシュ黒生寺でも、大切にされているってことだよ! 問題はあっても、君はマダム角にとっては大切な仲間ってことだったんだよ! もちろん、ぼくも君のことは、一応は仲間だと思っているよ!」

「ふん……一応か……本音が出てるじゃねえか……」

「う、ウィ、そうだね。辺見に比べたら何倍もマシなんだけどね」

「疑われるのは慣れっこだ……あのアマが、俺になにか思いを馳せていることは、認めなくはねえ……」

「認めるってことか? それって」

「『認めなくはねえ』って言っただろ……!? 『認めた』とは言ってねえ……!!」

 

 俺の言葉はギロリと黒生寺に睨みつけられた。

 いや、もう、認めたも同然じゃないかこれって……。

 

「だが、俺と戦ったときも、あのアマは俺のことは見ていない……もっと、別のことばかり見ていやがる……目の前の敵を倒す目的があるからこそ、戦いは成立する……なのに、あのアマは、俺を倒すことは望んでねえような顔ばかりしてやがる……自分じゃない、誰かを思っての行動……甘ったれてる……戦場だったら頭ブチ抜かれて、おダブツだ……」

 

 黒生寺は忌々しげに、拳銃を取り出して目を細めて見遣る。

 恐ろしい風貌だが、その姿は映えるものがある。

 だけど、なんだかいつもの黒生寺と違う……

 黒生寺自身も、『らしくない自分』に苛立っているのか?

 

「そんなヤツだというのに何故だ……何故俺はアイツに勝てん……ッ!?」

「ウーララ、そっち!?」

「どっちだ……!?」

 

 ランティーユの大きな声で、黒生寺も掠れた低音で張り返す。

 緊張した空気が一気に弛緩して、俺も全身が脱力しそうになった。

 

「い、いやいや、このパターンって『なんで俺はアイツのことこんなに気になるんだ? ま、まさか!? 俺ってアイツのことが!? どっきずきゅーん! 天使たちのラブソングが祝福――』っていうのがお約束だよね!? 少女マンガでは『フラグ』っていうヤツだよ! なんでそうなっちゃうんだい!?」

「馬鹿馬鹿しい……後、俺がなんで撃ち抜かれてるんだ……! もういい舌が疲れた……おい、どけ……っ!」

 

 話すのが無駄だと言わんばかりに、俺たちを突き飛ばして黒生寺は出て行ってしまった。

 ふと、彼のジャケットにつけられた星のバッジがきら、と光ったような気がする。

 ……そういえば。ああいうバッジって、保安官がつけるものだよな?

 

 しかし、ここまで一緒に過ごしてきたのに黒生寺のことがまるで分からない。

 だいたい、怪盗のことも分からず仕舞いじゃないか。

 角と黒生寺の間、いや、そもそも角と俺たちの中で溝が深すぎるんだよな……。

 

 

「や、やれやれ……ムッシュも素直になればいいのにな。ぼくのマドモアゼルに対するアプローチを見習ってさ!」

 

 なんだかんだ、ランティーユも凝りないところがあるな。

 でも、ランティーユはいつもの陽気さが一番だな。

 あまり思いつめないでほしいものだ……。

 

 

 

 

 

「古代マヤ文明の都市から工学は発展を続けているというわね……工学というと機械の印象を受けるけど、実際は自然や人文、哲学の要素と関わりが大きいのよ……」

「うん。それは、天文学も一緒だよね」

「そうね……暦が作られた以降も云数百年は地球を中心として太陽系が回っていたという常識が罷り通っていた天文学は、歴史とは一番切り離せない分野よね……」

 

 ランティーユと別れて工学室に向かうと、天馬と錦織がなにやら話し合っている様子だった。

 なんだか高尚なテーマについて話しているな……。

 話している最中に天馬がこちらに気づいて、ひらひらと手を振ってきた。

 錦織も俺の方を見たが、すぐさま目を逸らされてしまった……。

 

「錦織さんってすごいんだよ。なんでも知っているし、私にも丁寧に話してくれるから聞いていてすごく楽しいんだ」

「お世辞として受け取っておくわ……あんたも聞き上手な方だから、他の連中に比べたら、話甲斐があるわね……」

「そ、そうなのか……」

 

 根っからの文系にとっては、ちんぷんかんぷんの類だが……

 ま、まあ、二人が楽しそうでなによりだ。

 

 

「探索しなくても見ての通り……ここには、バカでかい空気清浄機があるわ……」

 

 彼女の言う通り、この部屋の中央には、タイムマシンと見間違うほどの空気清浄器が轟々と稼働している。

 よく見ると『塔和』と書かれているが……あのグループって解体したんじゃなかったっけ?

 錦織に聞けば一発でわかるだろうけど、今は関係なさそうだから、いいか……?

 

 この空気清浄機で、学園生活は成り立っているというべきなのだろうか?

 他にも工学室には俺には理解不能な機械や、歯車、使いどころの分からないメガホン拡声器もあった……。

 

「なんだ? この拡声器」

「本当にSFの世界みたい。……私が触ると爆発しないかな」

「ふ、不吉なこと言うんじゃないわよ……!? 大体、爆発がある作品のほとんどって最近の小説じゃない……古典SFにはそうそう爆発オチなんてないわよ……!」

「古典SFと言えば、フランケンシュタインとか?」

「あ、あれは怪奇小説ともいえるけど……話すと日が暮れるからやめておくわ……」

「じゃあ、今度、一緒にお話しようよ」

「でっ!? 出たわね『今度』っ……! いつもそうよ……今度っていうワードは一生来ないパターンなのよ……!!」

 

 たしかに、それはあるあるだけど……なにもそこまで根に持たなくても。

 しばらく、天馬は考え込むような仕草をした。

 

「じゃあ、明日の13時に図書室に行っていいかな? そこで話そうよ」

「じっ、時間指定ですって……っ!?」

 

 天馬も、なかなかやるじゃないか。

 それでも錦織は紅潮しながら、気まずそうに目を挙動不審に動かす。

 

「で、でも、やめておくわ……だって、アンタとは友達じゃないもの……か、語り合うなんて、そんな仲じゃ……」

「あれ? 錦織さんと私って友達じゃなかったっけ?」

「は、はあっ!?」

 

 錦織は空気清浄機の音も跳ね返すほどの大きな声を発した。

 そこまで、びっくりしなくても……。

 

「あ、あんた、いくらなんでもおこがましいわよ……!? 友達になってくださいの話もなしに、私を友達と決めつけてんじゃないわよ……!!」

「お、おい、錦織。それはさすがに」

「ごめん。そうだったね」

 

 引き下がりも早くて、俺も錦織を軽く咎めようとしたがダメだった。

 ……でも、ちょっと可哀想だ。

 錦織になにか言ってやろうと口を挟もうとしたが、天馬はその前に一息も吐かずに口を再び開いていた。

 

 

 

「錦織さん、私の友達になってほしいな」

「はぐわぁっっ!?!」

 

 

 なるほど、天馬のほうが一枚上手だったか。

 錦織は天と地がひっくり返ったように目を白黒させている。

 それにしても、天馬も天馬でストレートに出てきたものだ。

 

「ほ、ほほほほ!? ほ、ほ、本気で言っているの、アンタ!?」

「私じゃ、ダメかな」

「あ、あんたじゃダメっていう問題じゃ……ないけど……!!? だ、だ、大体……ととと、とっ、友達になるんならね……そ、そのさん付けは認められないわよ……!! だ、だだ、だって、友達なのに、さん付けは、おかしいじゃないっ!?」

「うん、わかった。『詩音ちゃん』」

「はぎゃああああぁぁっ!!!?」

 

 錦織は奇声をあげて頭からひっくり返りそうになったので、俺が慌ててその肩を掴んだ。

 だが、我に返ったのか、セクハラだと思われたのか。

 すぐさま俺の手はぱちんと叩かれた。結構痛い……

 

「あ、あんたぁ!? び、びびびびっくりするじゃないの!? い、いぃいきなり、しっ、しお、し……しおおうぉうぉ……!?」

「塩?」

「違うわよこのド天然っ!! そんな純朴な顔して、い、いいいいきなり下の名前を呼ぶなんてぇ……!! ひ、ひひ、卑怯の極みだわっ!?」

「詩音ちゃんが、『さん付け』はおかしいって言ったから」

「どぅわっ! どぅぁからってぇっ?! 下の名前を呼ぶなんて反則よ!?」

「でも可愛い名前だから、呼びたかったんだ。詩音ちゃんは私の不運も認めてくれたから、私にとっても特別な人なんだ。ちゃんと私を不運だけじゃなくて、内面を知ろうとしてくれる。良いところも悪いところも含めて見てくれる優しさと頭の良さに憧れてるんだ。私、本当に嬉しくて」

「あぁあぁびゃああぁぁぁっ!!!?」

 

 それは褒め殺しだった。

 太陽を初めて見てしまった吸血鬼のように、錦織は奇声をあげて長い髪を振り乱し悶える。

 

 

「あばべぼばっぶぁ……ぅやっ、やややめなさいよぉぉぉっ!! そそそんな心がキューンってなる言葉ぁっ!!! そ、そんなことっ! ア、アンタに言われると……い、い、言われるとぉ……ぅうっ……ふっぐぅっ……!!」

 

 

 暴走状態だった錦織だったが、突然、彼女はしゃくりあげる。

 ……あ、あれ? これってもしかして。

 その顔は目からは涙と、鼻からは鼻水を滲ませぐしょぐしょに中央に寄っていく。

 あっ、と天馬が慌てた様子で錦織の肩に手を置く。

 

「……あの……ごめんなさい。調子乗っちゃって……」

「お、おい錦織、大丈夫か?」

 

 な、なにも泣かなくても……。

 と思うけど、さすがにどんな理由であれ女の子の涙はあんまり見たくないものだ。

 そこまで褒め慣れなかったのだろうか……

 天馬も気まずそうに星柄のハンカチを手渡していた。

 

「ごめんね。からかうつもりじゃなくて……ただ喜んでほしいなって思って……」

「っえぐ、だ、だがらっやっ、やべなざいよぉ……ごっ、ごんなに優しくざれるど、わたじが惨めじゃない……っ!!」

「惨め? どうして?」

 

 天馬はきょとん、と目を瞬かせる。

 おずおずと錦織は星柄のハンカチを目に押し当てて、ふうと溜息を吐く。

 

「う、うう、不運のくせに……鈍感すぎるほどに……や、や、優しすぎるのは、あ、あんたのほうよ……ひ……」

「ひ?」

 

 

 ……ひ?

 

 俺も、天馬と一緒に首を傾げる。

 

 

「ひ、ひ……ひ……ひひひひ……ひ……」

「えっと、私、なにかおかしなこと言った?」

「ちっ、違うわよっ! っひ、ひ……ひぃ……ひーーー……ひぃぃぃ…………」

 

 発作のように音を出し入れする錦織に、俺と天馬はハラハラしていた。

 そこまで、ショックだったのかと嘆こうとしたが、錦織はごくりと唾を飲み込み。

 口を開いて、新たな言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

「……………なっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 …………「ひ」と「な」

 

 

 

 その言葉で構成される名前は。

 

 

 しばらく、工学室の空気清浄器の音だけが鳴り響いていた。

 

 

 

 

「ええっと……まだ、錦織さんのほうがいいかな?」

「そ、そうね……心臓に負担をかけたくないわ……」

「でも、呼ぼうとしてくれてありがとう。錦織さん」

「ふ、ふん……っ!! 相変わらずの脳内菜の花畑だこと……」

 

 ううむ、本当に奇妙な関係だな……。

 「で、でも」と錦織はつっかえながら、ひとさし指同士を合わせてモジモジさせる。

 

「友達ぐらいは……考えてやってもいいけど……」

「えっ? 本当?」

「っがぁっ!? じ、じじじ地獄耳ね!? 今のはひとりごとなだけで、あんたに言ったわけじゃないんだからね!?」

 

 大きな声を出されているのにも関わらず、天馬もまた照れくさそうに微笑んでいる。

 よかったな、天馬。

 そして負けるなよ、錦織。

 

 

 

 

 彼女たちと別れて職員室に向かうと、ステッキを片手に持った少女。

 それを目にして思わず立ち止まってしまった。

 そして、フリルのスカートをふわりと揺らしながら、角は嬉しそうに手を振ってくれる。

 いつもなら心が和むんだけどな……今は、この笑顔が素直に受け取れない。

 

 部屋の壁には大きな肖像画がかかっているが、マナクマのシールが顔に貼られている。

 名前の部分も『“N××××G××× ×A×××× ”』となっていて読めない。

 そんなことをせずとも、俺たちは名前を知っているんだけどな……。

 

「ごきげんよう! ここは職員室でございますよ!」

「あ、ああ、なんとなくわかるよ……」

 

 職員の机が並べられているが、当然教師の姿はない。

 それにしたって他の生徒達含め、教師もどこに行ってしまったんだ?

 

 角は俺の悩みもお構いなしに、彼女は軽やかにスキップをして、ある机の前に立った。

 その机は、ナイフやロープ、拳銃、鉄パイプに出刃包丁に鞭……物騒なものが乱雑と置かれている。

 気味が悪い。これもやはりマナクマが……

 

 

「まあ、これはチャーミング先生の机! なんて懐かしいのでございましょうか。これで先生はB組のみなさまを楽しませておりましたからね」

「……へ?」

「芙蓉は拳のみでございましたが、黒生寺さまは機関銃を片手に廊下で走り回り、先生もそれをひょいひょいと避けて楽しそうだったのでございます! もちろんその後は、学園長さまに減給を言い渡されたそうでございますが」

「えっと、なんの話をしているんだ。角」

 

 ……拳? 機関銃? 楽しませる?

 なにを言っているのかがさっぱり理解できない。

 とりあえず、疑問を解消するために言葉を投げかけなければ。

 

「なあ、黒生寺はチャーミング? ってヤツのことが嫌いなんじゃないのか?」

「ま、まあっ、七島さま! 先生を呼び捨てでございますか!?」

「え?! そ、そんな、先生って……」

 

 今までの話からすれば、チャーミングは教師だってことはわかるけど……。

 俺にとっては、正体不明の得体の知れない輩にすぎない。

 でも、角がうるさいので、彼女に従うしかないのか?

 

「え、えっと、黒生寺と……せ、先生って仲が悪かったんじゃないのか?」

「まさか! お二人とも楽しんでいたのでございます!」

「で、でも、黒生寺とお前の話を聞いていると、黒生寺はチャーミング……先生を嫌っているじゃないか。だって、黒生寺はあいつ……じゃなくて、あの人を殺すって言っているんだぞ? それにお前の話だと先生を殺したがってるようじゃないか」

「あら。七島さまお忘れでございますか? チャーミング先生は、死にたがりさんでございますよ?」

 

 ……ん? 今、なんて言った?

 

 俺の表情で通じてくれたのか。

 角は「ああ!」と感嘆をついて、ぽむ、と手を叩いた。

 

 

「七島さま! 先生は、"生ける自殺志望者"なのでございますよ!」

「な、なんだって?」

 

 しまった、もっと意味不明なワードが飛び出してしまった……!

 俺の疑問もおかまいなしに、角はうんうんと勝手に頷いている。

 

「そうでございます! いつも、先生は自らのことを、『生ける自殺志望者』とおっしゃっていたのでございます! 先生は、このようにロープやナイフを常に忍ばせて、事あるごとに死のうとしていらしゃったのでございます。だから、黒生寺さまが『先生を殺す』と言ってきたとき、先生はとても感激なさっていたのでございます! そのうち、芙蓉たちも時々混ぜてもらううちに、芙蓉たちと先生には不思議と強い絆が生まれたのでございます!」

 

 "生ける自殺志望者"……って、なんだよ。

 口調は変だが、まともなことを言っていた角が途端に腹立たしく感じられる。

 そもそも、黒生寺の話と合わないじゃないか。

 

「ちょ、ちょっと待て。なんだよそれ、死にたがりの怪盗なんて冗談だろ?」

「冗談はありません子ちゃんでざいます! 先生はいつもおっしゃっていたのでございます! 現実離れしてしまった肉体を持っている自分はどうすれば死ぬことができるのかと、ずっと気にしていらっしゃったのでございます。そのために、黒生寺さま含め、芙蓉たちに殺してもらうことをなによりの楽しみとしていたのでございます!」

「そ、それなら、黙って殺されていればいいじゃないか!」

 

 

 俺のツッコミに対して、角はす、と息を吸った。

 

 

「『君はナイフを振り上げ、生ける自殺志望者の心臓を一突きしようとした。しかし、生ける自殺志望者は、たんと壁を蹴り上げて天井に駆けだしてしまった。悲しきかな、これは怪盗のサガなのであった。おお! 歌え、虚ろなるよろこびであり、かなしみを! 生ける自殺志望者は高らかに歌った。しかし、なにも起こらなかった』」

 

 

 ……え? なんだって?

 

 俺の矢継な質問を止めるように、突如、朗々と角は言い放った。

 ええと……急にどうしちゃったんだ。

 というか、なんて言ったんだ?

 

「……と、こんな風に、先生はいつも申し上げてございました。とても客観的な性格でございましたから。怪盗故に、どんな罠や攻撃も避けてしまう才能を得てしまったのか、先生は殺されない体質でございました。それはそれは驚異的な身体能力で、ゾウが百頭乗っても死ねない体と豪語しておりましたのでございます!」

「い、いやいや……ふざけないでくれよ、角っ!」

「そんな?! 芙蓉はいつでも本気でございます!」

「殺してもらうことが楽しみっておかしいだろ!? だいたい死にたいなら自殺すればいいじゃないか!」

「ええ、だからおっしゃる通りの『生ける自殺志望者』で、自殺を繰り返しておりました! しかし、いつも奇跡的に生還してしまう奇跡の体だったのでございます。それに自殺だと死に方がわかってしまうから、殺されるのも悪くないと先生はおっしゃっていたのでございます!」

 

 俺の脳の理解範囲が限界に達した。

 ぐらり、と足がもつれて、机が腰に当たってしまう。

 角が、まあっと軽い悲鳴をあげて、俺の腕を支えてくれた。

 

「ああっ、七島さま!? どうかお気を確かに! ……あっ、そうでございます! 七島さま! どうぞ、これをお受け取りくださいませ!」

 

 俺の気苦労も知らずに、角は純朴な目でなにかを俺の手に握らせた。

 手の中を見ると……これって、折鶴か?

 赤の折り紙で丁寧に折られているのはわかるけど。

 

「な、なんで、こんなの」

「昨日作った芙蓉からのプレゼントでございます! 七島さま、早くお元気になりますように!」

 

 そう言って、にっこりと朗らかに微笑まれた。

 角は一旦、スカートをつまんでぺこりとおじぎをするとそのまま出て行ってしまった。

 結局やっぱりなんにも聞けなかったじゃないか。

 

 

 教師が、怪盗が、"生ける自殺志望者"?

 黒生寺や、角に殺されたがっていた?

 

 

 いや、なんだよ。本当に馬鹿馬鹿しくなってきた……。

 

 角はもしかして思い出してるのかもしれないと思ったけど、こんな話を聞かされると信じられない一方だ。

 どうして、角はこんな風になっちゃったんだ?

 やっぱり怪我でどこかネジが外れたんだろうか?

 手のひらにちょこんと乗った折鶴に対して小さく溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 職員室を後にして、俺は懺悔室と扉に書かれた部屋を覗いた。

 そこは教会のような空間だった。

 まさかの光景に、俺は目を見張った。

 正面には大きな黄金の鐘があり、ステンドグラスも色鮮やかで荘厳だ。天使の恰好をしたマナクマの絵じゃなければの話だが……

 

 ……最近も見覚えがある。この場所。

 

 恐らく処刑場で見たものとは別の部屋だろうけど非常に酷似していた。

 そして、鐘の前で向かい合って立っているのは……

 

 

「紅っち……っごめんなさい……っ!」

 

 

 体を折り曲げ、小さな頭を垂れるほど下げているお団子頭の少女。 

 少女の目の前にはポニーテールの長身の女子生徒。

 

 

「あのとき、あんなひどいこと言って、本当にごめんなさいっ!! あ、あたしのこと代わりにぶってもいいから! チビって悪口いっぱい言ってもいいからっ!! ほ、ほんとにごめんなさいなのだ……っっ!!!」

「……大豊。顔を上げてちょうだい。それじゃあ、私があなたにしてほしいこと言っていい?」

 

 

 目の前の人物に言われて、おずおずと少女は頭を上げる。

 ふるふると目を震わせ怯えた少女の手を……紅はそっ、と両手でくるんだ。

 

 

「元気に走って泣いて怒って笑ってちょうだい。いつものどんなときもめいっぱい素直に生きて楽しんでる大豊でいてほしい。これが私が、あなたにしてほしいこと」

 

 

 紅を見上げ、小さな手を包み込まれた大豊は息を飲みこむ。

 

 

「…………それは、七島もそうでしょう?」

 

 

 二人の女子たちが、扉の方向――俺に対して顔を向けた。

 いきなり呼びかけられたことに、おっかな驚きながらも、そろそろと懺悔室の中に足を踏み入れる。

 俺の姿を見るなり、大豊はギョッと大きく目を見張る。

 

「ぁあ、あ、な、七島……っち……あ、あたし……っ」

「俺も、紅と一緒だよ。大豊、お前は悪くない。少し間違ったこともしたかもしれないけど……でも、ちゃんと悪いことだってわかってくれている。それだけで、もう充分だよ。……だから、これ以上苦しまなくていい。また、元気で明るい大豊でいてくれないか?」

 

 ……これもウソ偽りない、俺の願いだった。

 やがて、大豊の目からぱた、ぱたぱたと大粒のガラス玉のような涙が零れる。

 

 

「っうわぁぁぁぁああぁぁっん!!!!! ごべんなさいなのだ紅っち七島っち!!! あ、あたじ、あんなにひどいごどしたのにっ! なんでそんなに優じぐてぐれるのだぁ!?」

 

 

 号泣する大豊に紅は息を軽く飲み込んだようだ。

 それは大豊の慟哭が、彼女自身が一番よく知っている言葉に似ていたからだろうか。

 

 


 

 

「どうして、こんな悪人に優しくするの? ……私の父親みたいに」

 

 


 

 

 未遂とはいえ、井伏に殺意を抱いてしまった紅。

 そして、混乱状態で事件をひっかきまわしてしまった大豊。

 端から見れば、彼女たちのことを許せない人間もいるかもしれない。

 辺見のように「汚らわしい」と軽蔑する者もいることだろう。

 

 ……それでも。

 

 

「あなたは、私たちにとっての『太陽』よ。眩しくて、あたたかくて、時に振り回されるけど……なくてはならない大事な子だもの。真田もあなたに生きてほしいと願っていた。ランティーユもあなたを守ってくれた。……私も、あなたが大切なの。なんでもハッキリ正直に言える姿に力づけられていた。だから、そのままで……ううん。そのままでいなくてもいい。……私は」

 

 

 ――あなたにいてほしい。

 

 泣きじゃくる大豊の頭を撫で、小さな体を抱き寄せて呟いた。

 彼女たちがどんな罪を抱えようとも、今、この瞬間だけは。

 だれも彼女たちを糾弾、非難することは、きっとできないだろう。

 

 

 しばらく紅は大豊の背中をぽん、ぽんとあやすように叩く。

 やがて、「ねえ、七島」と俺に尋ねるように声をかけた。

 

「あのね、ステンドグラスの模様は趣味が悪いけど……せっかく荘厳な懺悔室があるもの。ここにいるメンバーで“お祈り”をしない?」

「お祈り……?」

「儀式……ってほどでもないかもしれないけれど。私たちって今まで自分が生きるか死ぬかばっかり気にして、今までに命を落とした“彼ら”のために祈れていないところがあるでしょう」

 

 紅は少しだけ怯えた顔をして俺のほうを見つめる。

 

「……それに。鎮魂の祈りは彼らの魂を偲ぶためもあるけれど、今、生きてる私たち自身が気持ちを新たに生きるためのステップでもあると思うの。ちょうどオルガンもあるから、私が鎮魂歌を弾いて…………どうかしら。変な話をしてしまったらごめんなさい」

「変じゃないよ」

 

 俺が答える前に、微かな声が響いた。

 紅の腕におさまっていた大豊が肩を震わせながら、口を開いている。

 

 

「あ、あたし、おそうしきとか宗教とか詳しくないし、チンコンカとか、おやさいの名前だと思ってたぐらいぜんぜんわかんないけど……でも……! あたし、みんなのためにおいのりしたいのだ! みんなにごめんなさいしたいし、それに……っ! あたしたちは、こんなつらいこと、もう絶対にしないって約束したいもんっ!!」

 

 

 ちらりと紅は俺の方を見た。大豊にも涙で赤くなった瞳で見つめられる。

 俺の答えは出していなかった――でも、答えはもう決まっている。

 

「俺も賛成だ。ずっと彼らのことを覚えていようという気持ちはあった。……でも、祈ることまでは考えていなかったかもしれない。彼らのために、みんなで祈ろう」

「2人とも、ありがとう。それじゃあ早速だけど準備に取りかかるわ。できる限り、ここのみんなを呼んできてくれる?」

 

 

 ……そうだ。きっと、大丈夫だ。

 

 みんなの心は、1つになろうとしている。

 俺たちは、また同じ道を進みだせるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 俺と大豊で参加者を探し、天馬、錦織、ランティーユは来てくれることになった。

 萩野は相変わらず籠城。黒生寺と角は見つからなかった。辺見は当然だが誘わない。

 

 主催の紅合わせて6人。元々人数は少なくなっているとはいえ、この集まりは寂しいものだ。

 それでも紅は来てくれてよかったと安堵していた。

 今は音叉で調音をしている最中だった。

 俺が椅子に座ると、隣は錦織で……あれ?

 

『こ、こんにちは七島くん。元気に愛を育んでいまちゅか?』

 

 錦織の膝の上にはノートパソコンが置かれていた。

 開かれたノートパソコンの中で、つぶらな瞳をしたマナミが手を振っていた。

 

「マナミも持ってきたのか?」

「こ、こいつが言ってきたのよ。先生はあちきが見つける! ……なんて言って、パソコンの中でしか動けないクセに……」

『う、うう……まったく反論できないでちゅ……』

「こっちだって訂正するつもりはないわよ……」

 

 そう言って、錦織はマナミと俺を睨みつけた。

 ……いや、俺を睨む必要はないのでは?

 ふとマナミのパソコンを見ると、USBメモリーが挿さっていた。

 

「あれ? 錦織、このUSBメモリーって?」

「職員室にあったわ……元怪盗の机の上にね……厳重にロックがかかっているから、解析してもらってるのよ……」

 

 元怪盗と聞いて少し緩んでいたはずの身が一気に締まった。

 そうだ、あのことをマナミに聞いてみようか?

 

「なあ、マナミ……元怪盗って、『生ける自殺志望者』? ……だったって本当か?」

『あっ、は、はいっ! 生ける……ああ、うん。そうでちゅね……』

「な、なんで、そんな辛気くさい顔するのよ……?」

『アンニュイな顔って言ってくだちゃい! たしかにその通りでちゅ……先生はいつも自殺したがる先生でちた……』

 

 ということは、角の言うことも本当だったのか。

 ……って言いたいところだけど、なかなか頷き難いな。

 

「なんで死にたがりだったんだ?」

『そ、そんなのあちきが聞きたいぐらいでちゅよ! あちきが泣いてやめてって止めても、笑ってお風呂の湯船で逆立ちして溺死したがるような人でちたから……その時は、アパートの管理人さんに見つかってこっぴどく叱られてまちたけど……』

「ふ、ふん幸運にも程がある……っていうか、バカそのものね……!? 生ける自殺志望者って名乗ってる時点で、オツムが愉快すぎるわよ……!」

 

 錦織の常識的なツッコミを聞いて、俺は間違っていなかったと少しだけ安心した。

 本当に信じられない。

 というか人間の想像力の範疇を超えた話のようだ。

 

「黒生寺と角が殺そうとしていたも本当か?」

『え、ええ……自分を殺せるかもしれない逸材がいると喜んでいたのは聞きまちた……』

「喜ぶか……角も殺そうとしてたのか?」

『さ、さあ、わかりまちぇん……あちき、みなちゃんのことは、お会いしてないどころか、お名前と顔も一致してなくて……ただ先生は一部の生徒さんにはあちきのことをお話はしてたみたいでちゅけど……』

「やっぱり、俺たちは同じクラスメイトだったのか?」

『えっ? ちがうんでちゅか!? みなちゃんはB組でちゅよね?』

「ま、またテキトウなこと言って……! B組は私だけが所属していたって言ってるでしょうが……!」

『きゃ、きゃー! やめてー! 跡はつけないで! まだ純潔なんでちゅー!?』

 

 錦織はぎりとディスプレイに爪をたてた。

 B組……俺と萩野のクラスはA組だったよな。

 マナミの虚言か? でも、何故、角まで同じようなこと言ってるんだ?

 

 ……俺たちが今持っている記憶。角の話。マナミの情報。

 いったい、どれが正しいんというんだ?

 

 

『で、でも、さっき“写真”だって見つかったじゃないでちゅか! だから、あちきはみなちゃんがおんなじクラスだって思って!』

 

 

 ……写真?

 その疑問の前に、調音が終わったのか紅の足音が響く。

 錦織は「後で」と言う視線を促して、パソコンをぱたんと閉じて、膝の上に手を置いた。

 みんなして、気になることばかり言いやがって……。

 

 でも、今は紅の演奏に集中しよう。

 彼女は教会の説教台の前に立って、まずは一礼をする。

 

 

 

「集まってくれてありがとう。今から弾く曲は即興で作ったから粗があるかもしれないけど、少しでも“彼ら”が。そして私たちの心が安らぐように音を決めたわ。気を張り詰めずに、ゆったりと、心のままに祈りましょう」

 

 

 

 紅はオルガンの前の椅子に座り、鍵盤の上に静かに手を置いた。

 しばしの沈黙の後、やがて旋律が奏でられる。

 後は、紅の指先に流れに任せるのみだ。

 

 パズルの枠にピースが次々とはまっていくような正確な音が心地よい。

 繊細な心遣いが読み取れる強弱。

 悲しみや苦悩の中に溢れ出る生命力。

 

 彼女は今、生というメロディーを放っている。

 俺たちも、苦しみもがきながらも、今を生きている。

 しかし、その中で多くの仲間たちは生を落としてしまった。

 

 

 今までの出来事を、不幸な事件として目を瞑るのか?

 それとも、それでも前を向いて足枷として歩むのか?

 

 俺たちのそれぞれの答えは異なることだろう。

 

 

 それでも、どんな選択を選んでも俺たちは生きている。

 

 

 俺自身は……悲しみの蜜だけを糧として生きる人間にはなりたくない。

 そして苦しみや、悲しみの感情からは逃げたくない。

 起こってしまったこと、与えられたものに、なにも思えない、考えられない、感じられないこと……それが俺にとっての『死』なのだろうから。

 

 

 

 

 

 やがて、最後の鍵盤の音が鳴りやみ空間に収束された。

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、沈黙を破ったのはガラスの割れる音。

 

 

 

 

 

 ステンドグラスの破片が、土砂降りの如く正面の説教台に降り注いだ。

 紅は目を見開き、悲鳴をあげてすぐさまオルガンの下に身を隠した。

 

「ウーララッ!?」

「えっ?! っ、紅っちっ!?」

 

 着席していた俺たちも突発的に立ち上がって、その状況を目視する。

 

 

 

 不遜にも説教台の上に、片膝をつけ降り立っていたのは……

 

 

『時は来たれり』

 

 

 機械型のマナクマのヘルメットを被ったダークスーツの人間。

 ざざ……という不快な砂嵐がざらつき始める。

 

 

 

 

 

 

 平穏が訪れていたはずの世界に警笛が轟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『突如君たちの目の前に、史上最悪の生ける絶望が現れた。君たちは絶望的なまでの脅威であり狂気である怪物を前にして、どのような決断を下すのだろうか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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