ダンガンロンパ(仮)-よみがえり-   作:冷凍かに缶

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(非)日常編 いま別離のとき

 

 

 ――分断生活2日目。

 

 昨夜は一晩中、多目的室で見張りをしていた。

 徹夜は慣れていたものの、襲撃を恐れて、ひどく疲れてしまった。

 

 今日は紅が熱を出していて、天馬と大豊がつきっきりで看病をしている。

 なにか手伝ったほうがいいかと尋ねたが……。

 

 

「ううん。私たちだけで大丈夫だから」

 

 

 そう天馬は言ってくれた。

 

 手持無沙汰は難だが、身の回りの世話は同性に任せた方が紅も安心するだろう。

 そんな彼女たちのためにも、俺はマナミと手がかりの探索に赴くことになった。

 

 

「USBメモリーの解析はできたか?」

『そ、それが、なかなか手強くて……でも、もうそろそろ開けそうでちゅ』

「いったい、なにが入っているんだ?」

『鬼が出るか、蛇が出るか……でも、鬼さんも蛇さんもどっちもいやでちゅー!』

 

 警戒しながら廊下を歩き、植物園に足を踏み入れる。

 大木の前で、一つの影が伸びていることに気づく。

 

 

「だ……誰だ……っ」

「え? どうしたんだ、黒生……っ!?」

 

 

 いったいどうしてなんだ、黒生寺。

 

 なんで、歯茎と犬歯を剥き出しにしているんだ?

 人をバカにしているチンパンジーの真似なのか?

 

 

「お前も安静にしてろって言われただろ……っていうか、なにしてるんだ?」

「笑ってるんだ……っ!」

「ど、どう見ても笑っていないけど」

「前に……あのアマに、俺の笑顔はイチコロって言われたのを思い出した……! アイツをぶちのめすための練習だ……お、おい……100万ボルト級か……!?」

「い、いや……まだ、かな?」

 

 そう言うと、太い指でさらに唇を引っ張り上げる。

 …………ちょっと面白いな。

 

 

「と、というか、やっぱりお前、角のこと好き……というか、少なくとも嫌いではないよな?」

「断じて違う……」

「そろそろ認めてもいいんじゃないのか?」

「ふん……アマは揃いも揃ってムードとかいうわけのわからんものを好むし、なおかつ貧乳だ……巨乳と謳ってるっている雑誌も詐欺に近い……俺からしてみれば貧乳……だからアイツのどこがいいんだ……」

 

 ……どうにも反応に困る答えだ。

 

「だいたい恋はアマがするものだ……」

『男の子だって恋はしまちゅよ! ランティーユくんだって、恋してまちゅもん!』

「ああ。萩野だって、俺だって恋……いや、そうとまではいかないかもしれないけど、この人は良いな、仲良くなりたい、大切にしたいって思う気持ちはあってもおかしくないよ。そこに性別も年齢も関係ない」

「だが俺は違う……」

 

 十和田以上の天邪鬼じゃないか。

 いつも喧嘩をしていたけど似た者同士だったのかもな。

 

 

「恋じゃないとしても……この感情はなんだ……」

「だから…………ああ、もういいや。じゃあ、正直に聞かせてくれよ。黒生寺。お前は角となにがしたい?」

「戦いたい……」

 

 いや、違うって! そうじゃない!

 俺が聞きたいのはそれじゃない!

 

 って、だんだん、思考が萩野っぽくなってきてないか? ダメだ、ダメだ!

 黒生寺のことだから、放送禁止系のことを言いかねない。切り上げよう。

 

「……戦って……俺が勝ったら……」

「え、えっと、黒生寺やっぱりいいって」

「アイツを、助ける……」

「……え?」

 

 今、なんて言った?

 黒生寺が呟いた言葉は……。

 

「アイツを助ける……命を賭けてもだ……」

「えっ! な、なんで?」

「何回も借りを貸しっぱなしで、流石に俺のメンツが全滅だからに決まってるだろうが……っ!」

 

 なんでそこで逆ギレするんだ?

 借りを貸しっぱし……っていうのは停電のときに守られた一件のことか?

 後は怪盗の襲撃辺りのことを言っているのか。

 

 

「だが気に食わん……何故アイツは、俺のことを助ける……」

「お前のことが好きだからじゃないのか?」

「何故だ……!?」

 

 だから、それは俺も知りたいぐらいだ。

 この生活が始まってから、角は黒生寺のことを気にしていたけど……。

 

「好き以外なら……お前が心配なんじゃないのか?」

「俺が弱いからと言いたいのなら、こめかみブチ抜くぞ……」

「ち、ちがうって! お前は強いけど、ちょっと乱暴でケンカっぱやいだろ? だから、心配なんじゃないか? ケガとか危険な目にたくさん遭うから」

「強いなら問題はねえだろ……」

『そ、それは、ちょっと違うと思いまちゅ!』

 

 ここで、俺たちの会話に割って入ったのはマナミだった。

 彼女は画面の中、耳を垂らしてしょんぼりしていた。

 黒生寺は驚く様子もなく、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「オラウータンは黙ってろ……」

『あちきウサギでちゅよ!?』

「なあ、違うって、なにが違うんだ?」

『ええと……あちきの大好きな先生もそうなんでちゅ……先生は怪盗でちゅけど、自分の肩書きはあまり好きじゃなさそうで……大怪我したり、いつも誰かに追われてるから。"悲しいかな、呪われた才能"と言っていまちた。

 あちきも先生に何度も死ぬのはやめてくだちゃいって言いまちた……だけど、"学園の呪いを解くことはできない!" っていうだけで……才能や自分自身を手放すことって難しいんでちゅよね……』

 

 才能を捨てること、それは、希望ヶ峰学園の最大のタブーでもあり、避けなければいけないことだろう。

 なにしろ、成功を謳った学園だ。

 生徒たちが才能を捨てることは、学園の失敗、言わば崩壊とも言えるだろう。

 

 だが、一方で才能に悩むものもいれば、才能が欲しいと嘆くものもいる……皮肉な話だ。

 それが他人事でもないのがもどかしい。

 

 かつて、俺は書道家を諦めていた。

 それでも、俺は「超高校級の書道家」を手に入れてしまった。

 だけど、それは棚から牡丹餅の才能。

 いいや……もしかしたら、才能未満なのか。

 

 

「なにシケた面してやがる……」

 

 

 黒生寺に言われて、思わず頭を掻いてしまう。

 あんまり嘆きすぎると余計疲れる。やめておこう……

 

 

『先生の過去はあちきにもわかりまちぇん……先生は自分の経歴を語りたがらない人でちたから。だけど、先生は、そんな自分自身に縛られながら、ずっと怪盗をしてきたんでちゅ。そして自分が嫌いになるあまり、屋上から飛び降りたり、首を吊ったりを繰り返しまちた。

 …………前者はビルの壁をうっかり蹴りあげ木の上に不時着して、後者は、一週間、首長族さんみたいになったぐらいでちゅ……』

「ちょっと、誇張しすぎじゃないか?」

『そ、そんなことありまちぇん! あちきも信じたくないけど、全部ノンフィクションでちゅ!!』

 

 ここまで来ると、本当に人間かどうかも疑わしいな。

 そもそも、マナミもオーバーに表現してないか?

 

 

『そこで、先生は生徒のみなさんに殺されることに路線を変えまちた。それでも、死にたいという目的は変わりないのは悲しいんでちゅが……

 

 で、でもね。先生、すごく嬉しそうだったのは覚えてまちゅ! きっと、みなさんの存在に先生は助けられてたんでちゅ』

 

 


 

「先生は、このようにロープやナイフを常に忍ばせて、事あるごとに死のうとしていらしゃったのでございます。だから、黒生寺さまが『先生を殺す』と言ってきたとき、先生はとても感激なさっていたのでございます! そのうち、芙蓉たちも時々混ぜてもらううちに、芙蓉たちと先生には不思議と強い絆が生まれたのでございます!」

 

 


 

 

 いつの日か、角が怪盗との思い出をそんな風に語っていたか。 

 

 しかし、おなかが空いた者に食べ物をあげるように。

 死にたいという者を、殺してあげると言うのは、果たして正当な行為なのだろうか?

 

 一方の黒生寺は、いつの間にか鼻ちょうちんを膨らませていた。

 

 

「話が長い……なにが言いたい……」

『うぅ!? 錦織ちゃんにも言われたお説教でちゅ……! あ、あのね。強い人は、すごいことだけど、それ以上にいっぱい傷つくと思うんでちゅ。先生のように……黒生寺くんも強いからこそ、角さんは傷ついてほしくないと思うんでちゅ……』

 

 

 強いからこそ、傷ついてほしくない……か。

 

 

 俺の脳裏に浮かんだのは、親友の眩しい笑み。

 彼も強いからこそ、リングで各国の強敵たちに立ち向かっていた。

 

 体が弱いから、強くなりたい。

 そう叶わぬ願いを言う度に、萩野は「そんないいものじゃないぜ。強いのって」と困ったように笑ってたっけ。

 

 

 萩野も、俺やみんなのため。

 

 

 はたまた自分自身が傷つかないために強くあろうとしているのだろうか?

 

 

 ……ダメだ。萩野のことを考えてしまうと、キリがなくなってしまう。

 

 

『あちき、角さんの気持ちがちょっと分かりまちゅ。黒生寺くんのために、だれかが傷つかないのを守るために戦っているんでちゅ。それができちゃう角さんは、本当にステキな女の子でちゅ。……だけどね。それはとっても大変なんでちゅ。本当に強くないとできないことだもの……』

「守るために戦う……? くだらん……」

「でもお前だって分かるだろう? 角は、お前を守ってきたじゃないか。だから、お前は今も生きている」

「だとしても、たった2回だ…………」

 

 

 黒生寺は飽きれた眼差しを、チラリと向けた。

 

 

 

 

 

 

「……………2,回………?」

 

 

 

 

 

 だが、それは一気に削げ落ちて真顔に変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………たった……2回だと…………? バ、カな…………そ、んな……わけが」

 

 

 

 

 

 

 

 ……?

 

 

 

 いったい、なんだ? お前、なにをそんなに。

 

 

 

 

 

 

『今、君たちは、突入してきた生ける絶望に戦慄した! 君たちは、足をもつれさせながらも逃げるか。それとも、死屍累々となることを望むのだろうか。君たちは生ける絶望に対して、どのような選択肢を選び、賽を投げるのだろうか!』

 

 

 

 

 だが、その疑念はザラついた機械の声と爆撃音に遮られる。

 それを耳にするや否や、全身、髪の先まで逆立つ。

 

 

「っ、うわ?!」

『ほわわーっ!?』

 

 

 声の主を確認する前に、黒生寺が俺の腕を掴みあげると地面に向かって放り投げた。

 尻の骨に鈍い痛みが走り、ノートパソコンも土にささる。

 

 慌てて向き直ると黒生寺は拳銃を構えていた。

 だが、苦い顔で、足がブレたように震える。

 いけない、彼をこれ以上戦わせるわけには……!

 

 

「黒生寺っ! やめろっ!!」

『先生っ! 忘れちゃったの!? この子たちは先生の生徒さんでちゅよ!? 正気に戻ってくだちゃい!!』

 

 

 ヤツは無数の注射器をどこからともなく取り出していた。

 じろりと異形の容貌を声の方向に向ける。

 俺からしてみれば俺が睨みつけられている。

 

 

 

 って、にらめっこしてる場合じゃない!

 

 

 

 慌てて立ち上がり、ノートパソコンと黒生寺の腕を掴みとった。

 

 

「ぐっ……!?」

 

 

 引っ張られたことか、俺に腕を掴まれたことか。

 黒生寺はすばやく息を飲むだけだった。

 

 俺は彼の腕を取り、一気に駆け出していた。

 振り向かずに怪物の脇を潜り抜けて全速力でドアへと走り出す。

 その時、ぎゅん、と俺の後ろ髪が不自然に跳ねる。

 

 

 

 

『やはり君は醜聞通りだと指をさした。書道家ではなく“幸運”そのもの! 脱兎の如く走り出した臆病な獲物同然の君に対して、生ける絶望が投射した注射器の針は、君の髪と肩を寸でのところで掠めたのだった!』

 

 

 

 今のは注射器を投げられたってことか?

 幸い刺されなかったが……くそっ、俺のイヤなところを突きやがって。

 

 

 どっちに逃げれば……そうだ一番近いのは、懺悔室……!

 

 

「……っ!? 避けろッ!」

「え? うわっぐぅ?!」

 

 突然、黒生寺に頭を押さえつけられて、無理矢理しゃがまされる。

 あまりに乱暴なため、ぐぎっ、と首に鈍い痛みが生じる……。

 

 

『君の反射神経は◎! 流石、闇雲に生きただけで得た経験値だけでなくステータスも強化した人体だと生ける絶望も舌を巻かざるを得なかった!』

 

 

 目の前には怪盗が立っており、注射器を指先で弄んでいた。

 

 

 ……って、なんで?

 さっきまで俺の後ろにいたよな……!?

 

 しかも、壁にはダーツの如く数本の注射器が突き刺さっていた。

 位置から想定すると、しゃがんでいなかったら俺の目玉や鼻は今頃串刺しに……

 

 

 っ、そ、そんなこと考えてる場合じゃない!

 Uターンして男子トイレめがけて、もう一度、走り出した。

 

 

 そのとき「わわっ」と気の抜けた声が聞こえた。

 手にタオルを持った小柄な大豊がぴょこんとそこに立っていた。

 タオルを水で冷やすためだろうか、いやそれよりも。

 

 

 

「おわっ二人とも!? ランニングしてるの?」

「お、大豊っ!」

 

 俺の気迫に驚いたのか、能天気な顔が引き締まる。

 彼女の目に見えた動揺が、俺に一寸の冷静さを与えてくれた。

 

「部屋に戻って隠れろ。叫んじゃダメだ。天馬たちにも落ち着くんだ。いいな?」

 

 こくこくと顔面蒼白で大豊は頷き、慌てて多目的室に体を引っ込める。

 早く、俺たちも隠れなければ。

 マナミが壊れてしまったら、錦織たちとの連絡手段が断たれてしまう!

 

 

 

「くそがッ……離せ……!」

 

 

 吠える黒生寺を無視して、俺は引きずりながら走る。走る。走る。

 男子トイレの個室に飛びむや否や、震える手で鍵をかけた。

 暴れる黒生寺と自身の心臓の両方を抑えこむ。

 

 

「貴様……逃げる勇気があるなら戦ったらどうだ……!?」

「うるさいっ黙ってろっ。死にたいのかっ」

 

 

 俺の怒号は思っても見なかったのか、珍しくも彼はたじろいだ。

 だが、今は茶々を返す暇もない。

 眠気のせいで溶かされるように、人間としての理性や思考が失われる。

 生き物としての本能が剥き出しになっていく。

 

 

 ……このまま死んでしまうのか?

 

 

 パソコンを抱きしめて、息が漏れないよう口を手で必死に抑える。

 黒生寺も仕方なしに映画のワンシーンの如く、ドアにもたれて目を閉じていた。

 

 

 そのとき、木目が抉られたような鈍い音。

 次に隣の個室から聞こえたのは、まるで巨人が咀嚼するような――

 

 

 

 

 

 いる。間違いなくアイツが、い――

 

 

 

 

 

 

 ダメだ、こんなこと考えるだけでアイツに感づかれてしまう。

 今は落ち着け、冷静に、息を……ダメだ、止まらない。

 

 隣から地の底から唸るような咆哮。固いものを砕く音。

 壁越しに、ヤツが、隣にいる。

 さすがの黒生寺も腕を組みながら唾を飲み込む。

 

 

 

 ブワッと脳裏に湧きあがる光景。

 藤沢、四月一日、井伏、円居、十和田、真田……今も鮮烈に焼きついた、彼らの遺体や死に際だった。

 

 

 

 舌がひっくりかえり、呼吸がまともにできてない。

 だけど息をするのも今は恐ろしい。気づかれたくない。

 

 

 

 いやだ、いやだ。こわい。助けてくれ。死ぬのは嫌だ。

 

 

 

 

 

 俺は、死にたくない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、足音がこつこつこつ、と収束し始める。

 

 

 

 

 靴音が消えたのはいつだっただろうか。

 それでも、まだ一時間ぐらい留まっていたかったが……。

 

「おい……いつまでいるつもりだ……」

「ま、まだ、いるかもしれないじゃないか……っ」

「俺を引きずってきた貴様が、そんな臆病を見せるとは……」

 

 面倒くさそうに黒生寺は素早くカギを開けると、乱暴にドアノブをひねった。

 俺の首根っこは掴まれて、ぽい、と外へ放り出された。

 這いつくばるように男子トイレから出ると、天馬と大豊が心配そうな顔で出迎えてくれる。

 

「か、怪盗は……?」

「たぶん、いなくなったみたい」

「バレないようにのぞいたら、職員室に入ってたのを見かけたのだ! よかった……い、いや、また出てくるから、あんまりよくないかもなのだ……」

 

 大豊はしょんぼりと肩を落とす。

 なんとか、この場は、やりすごせた……んだよな?

 

 

 ……視線を移した隣の個室は見る影もない。

 砕かれた便器から汚い水が湧き溢れて、止まる素振りを見せない。

 

 止まらないのは、この水か。

 はたまた俺たちの血だったかという瀬戸際だった。

 

 

 

 俺は立ち上がろうとしたが、壁のタイルに手をついてしまう。

 

 

「七島くんっ……今日はもう休んで。一晩中寝てないのに走ったんだもの」

「で、でも、探索はしなきゃいけないだろ。だから大丈、っうぶ……!?」

 

 

 

 そう言う前に、胸の一点に鋭い痛みが走り、呻きが漏れる。

 俺は鳩尾を拳で殴られていた気がする。

 

 

 

 

 ……気がする、としか言いようがない。

 

 

 

 

 

「寝ろ」

 

 

 

 

 

 視界が瞬間的に手放される。

 どうやら俺はどさりと倒れていたようだ。

 

 不思議なことに鳩尾以外の痛みはなく、底なし沼にはまったように意識が沈んでいく。

 天馬の驚嘆と、大豊の悲鳴が遠くからぼんやりと聞こえた。

 

 

「ぎゃー! 七島っちがぁ!? くろなまでら、ひどいのだ!!」

「寝かせてやっただけだ……悪いか……」

「言葉通りかもしれないけど手荒すぎるよ……っ」

「睡魔という敵を倒してやった……これで貴様への借りは返した……感謝しろ……」

 

 

 朦朧とした意識の中で、黒生寺の声が労わりにも聞こえた。

 

 

 なるほど、俺のためを思ってか。

 案外、黒生寺も悪いヤツではないのかもな。

 

 

 

 

 

 

 …………いいや、そんなわけがあるか。

 

 いくらなんでも、ひどい返され方だ。

 

 

 

 

 

 恨み言は届かず、その日は意識を完全に手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン…………

 

 

 

 

 

 

 

 

『オマエラ、おはようございます。朝です。7時になりました。起床時間です。本日も危険人物に警戒して、有意義な時間を過ごしましょう』

 

 

 

 

 乱暴な睡眠をもたらされたことで、すっかり熟睡してしまった。

 みんなが運んでくれたのか、俺は多目的室で朝を迎えていた。

 

 これで分断生活は3日目だ。

 毛布に包まっている紅の熱は収まったようで、昨日より顔色はよくなっているようだが……。

 

「ダメだわ……体の節々がズキズキ痛んで……」

「うう……こーいう時って、すりおろしたりんごが一番なのに!」

 

 水や乾パン、缶詰だけでは栄養が偏ってくる。

 紅だけでなく大豊や天馬も元気がない。あんなに寝た俺も体全体にダルさが残っている。

 顔にこそ出ない黒生寺も髪が少し乱れているようだ。衛生面も俺たちは確保できていない。

 

 

 この生活はいつまで続くんだ……?

 

 

 そう思っていると、パソコンからアラーム音が発された。

 

 

『み、みなちゃん! 図書室からの通信でちゅ!』

 

 

 俺は慌てて通知をクリックした。

 ざざ、と砂嵐の音声がスピーカーから鳴った。

 

『おはよう……全員生きてるかしら……』

「うん。大丈夫だよ」

『……………怪盗は? こっちは二回見かけたわ……』

「こっちも一回現れたよ」

『ま、まったく……気の休まる時がない……』

 

 錦織も疲弊した溜息をつく。

 下の階のみんなもみんなで苦労は絶えなさそうだ……。

 

『ところでマナミ。USBメモリーの解析は終わった……?』

『ええと、今夜の2時半には終わる予定でちゅ』

『それじゃあ……朝起きてUSBのランプが止まったら抜いてちょうだい……』

「私が抜いちゃったら壊れたりしないかな。私、機械の扱い苦手だから」

『USBメモリーの抜き方ぐらい知ってるでしょ……!? ランナーでもいいから抜かせておきなさい……』

「うん、わかった。じゃあ七島くんにお願いするね」

 

 ああ、と俺は頷く。

 少しの咳払いをして錦織は話を続けた。

 

 

『朝からだけど情報を見つけたわ……今から転送するのは、図書室のパソコンで見つけたデータよ……文字化けはしているところがあるけど……問題はないはず………………な、なによ……今、アンタたちにも見せるから……!』

 

 

 最後の言葉は恐らくランティーユたちに言ったのだろう。

 ノートパソコンの画面に文字と写真がパッと表示された。

 

 

 

 

【部外秘】95期_面談結果

 

以下、××××年7月26日に実施した、95期B組の面談結果を記す。

担任教師は一読し、留意すること。

 

面談・作成者: ■■ 春路

 

 


 

 

〇真田斑 ■■■■■ 

 出身校:明林学院(3年生)

 スカウト日:4月15日

 

 ・コメント

 彼女の友人は94期の彫刻家で入学予定だった。

 しかし亡くなってしまい入学は果たせなかった。

 自分が彼女の代わりに世界を彩ると意気込みを語ってくれた。

 

 

 

〇大豊てら ■■■■

 出身校:山清水高校(2年生)

 スカウト日:4月28日

 

 ・コメント

 明快で言動ともに稚拙な面が見受けられる。

 競技仲間が事故死したことには今も大変心を痛めている。

 ケアは今期の担任に任せる。

 

 

 

〇萩野健 ■■■■

 出身校:狩舘高校(2年生)

 スカウト日:5月30日

 

 ・コメント

 カラッと湿気がない晴天を思わせる性格だが、地に足がついた喋り方が印象的。

 過去には暴行問題を起こしてしまったと彼自身が語ってくれた。

 判断能力はあるので、目を配っていれば問題ないと判断。

 

 

 

〇十和田弥吉 ■■■

 出身校:玉品高校(2年生)

 スカウト日:6月3日

 

 ・コメント

 態度はやる気がなさそうだが、いささか緊張していた。

 顔の火傷を手術で治した経歴あり。

 背中の火傷は残っているので水泳などは控えさせる。

 

 

 

〇紅紅葉  ■■■

 出身校:聖ソルフィージュ高等学校/音楽科(2年生)

 スカウト日:6月29日

 

 ・コメント

 同学年に比べ、一段と大人びている印象。

 昨年度に本学校の卒業生でもある父親が亡くしている。

 物静か故に、抱え込んでいることも多いことは気に留めること。

 

 

 

〇井伏歩夢 ■■■■■■

 出身校:九厘学園(3年生)

 スカウト日:7月6日

 

 ・コメント

 最初に部屋に入ったときは、かなりの緊張状態。

 「良くないことで呼ばれたのか」と戸惑っていた。

 昨年度は怪我をしたようだが、回復済(別紙診断書も要確認)

 

 

 

〇四月一日卯月 ■■■

 出身校:正清学院高校(1年生)

 スカウト日:7月24日

 

 ・コメント

 短い期間で培われた実力は本物。

 学力はもちろん健康面や精神面、立ち振る舞いが学生の粋を超え人間の鑑ともいえよう。

 本学での活躍に大いに期待する。

 

 

 

〇錦織詩音 ■■

 出身校:三澤学園高等部(2年生)

 スカウト日:8月18日

 

 ・コメント

 頑なに口を割ろうとせず。

 私がなにを話しかけても、こちらを睨みつけて唇を噛むだけ。

 担任は特に注意して彼女に接すること。

 

 

 

〇角芙蓉 ■■■

 出身校:見河原学園(3年生)

 スカウト日:9月22日

 

 ・コメント

 喋り方は珍妙だが溌剌とした素直な性格の模様。

 朗らかな笑顔には過去の苦労も滲むような面も見受けられた。

 なお、彼女からもらった羊羹クッキーは職員室に配置した。ご自由に。

 

 

 

〇白河海里 ■■■

 出身校:私立T.M学院高校/通信制(1年生)

 スカウト日:10月7日

 

 ・コメント

 私と二人きりで慣れないのか、多少落ち着きがなかった。

 Y区夫婦殺人事件の被害者のため、一段と注意して見守ること。

 一種の勘で終わればいいが、彼はなにかを隠しているようだ。

 

 

 

〇ランティーユ・クレール ■■■

 出身校:ブランセー学園(2年生)

 スカウト日:10月14日

 

 ・コメント

 優等生の才能にも劣らない生徒。

 温和で朗らかだが、こちらを見透かさんと言わんばかりに目の奥が常に光っていた。

 人の才に価値をつける才能だが、磨けば彼自身も素晴らしい才能に変わるだろう。

 

 

 

〇天馬陽菜 ■■■  ← 要訂正(佐藤)

 出身校:静神高校(1年生)

 スカウト日:11月19日

 

 ・コメント

 彼女が入ってきた途端、壁に置いていた花瓶が割れた。

 彼女自身の人柄は穏やかなものだった。

 不運体質は研究対象としても検討。

 

 

 

〇黒生寺五郎 ■■■■

 出身校:浅川学院高校(1年生)

 スカウト日:11月25日

 

 ・コメント

 昨年度、コバーン王国から帰国。

 かつては王国の保安官を務めていたが、内部の裏切りに遭い、お尋ね者に引き下げられた。

 更生の余地は有り。担任に一任する。

 

 

 

〇藤沢峰子 ■■■

 出身校:三雲高校(2年生)

 スカウト日:12月2日

 

 ・コメント

 抜群のプロポーションで年甲斐もなく羨望してしまうほどだ。

 下積み時代があり、苦労も多く演劇の裏話も聞かせてくれた。

 交友関係面では問題はなしと判断。

 

 

 

〇円居京太郎 ■■■

 出身校:栄明学園高校(2年生)

 スカウト日:12月15日

 

 ・コメント

 実験で寝不足という前置きを入れられたが非常に長広舌だった。

 論文の内容に質問すると嬉しそうに解説しながら答えてくれた。

 家庭環境について繊細な事情があると思われるので注意。

 

 

 

〇七島竜之介 ■■■

 出身校:山居学院高校(3年生)

 スカウト日:1月12日

 

 ・コメント

 書道家の補欠として入学。

 気管支が弱く一昨年には手術を行った(別紙診断書も要確認)

 彼へのサポートはこまめなものを期待する。

 

 


 

『生徒から担任教師へのコメント』(本人自由筆記/一部抜粋)

 

 

・身体面、精神面ともに非の打ちどころのない素晴らしい先生です。

 情に深い優しさ、時に現実的な指導をいただき、いつも心を動かされております。

 私も少しでも先生にお力添えができるよう、クラス委員として励みます。

 

 

・マジレストにキテレツ & ハテンコーすぎ!

 オシャレに関しては上キュウ者かも?

 ネクタイはサーモンピンクカラーをオススメしとく(^_-)-☆

 

 

・最初はだいぶ奇妙な先生だと戸惑いましたが、

 生徒一人一人を常に気にかけており、

 話す内容も今までの教師の中で一番的を射ているので頼りがいがあります。

 驚異的な身体能力も興味深く、その謎を、ぜひとも解明したいです。

 

 

・スタイルも性格もステキな、チャーミングな先生!

 これからもヨロシクお願いします♪♪♪

 

 

・優しくてカッコいい先生だと思います。

 いつも色んなことに気を配っていて、それでいて若々しいのであこがれの大人です。

 来年も佐藤先生が担任だと嬉しいです。

 

 

・おせっかい あんま死にたがるなよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 補欠という単語には嫌気が差してしまうが……

 そんなことよりも、このデータって。

 

「どういうこと……? こんな面談なんてした覚えがないわ」

「え? 待って待って! B組ってなんで? あたしディー組だよ!?」

 

 俺の周りから次々と疑問が溢れてくる。

 彼女たちの言うとおり、俺も面談なんて覚えていない。

 

「それ以外に気になることは、たくさんあるけど……このデータの95期生B組は、いまここにいる私たち16人のこと……なのかな」

「ああ。教師へのコメントを見ても、みんな怪盗のことを指しているようだ」

『おやおや、七島さん? どうしてそんなことが言い切れるんですか?』

 

 わざとらしい辺見の疑問に、思わず溜息をついた。

 ただでさえ気分が重たいのに、ヤツの声を聞くと余計に気持ちが疲れる。

 

「……第3の事件後の角が言っていたんだよ。怪盗は……その、自殺趣味で、長ったらしい説明口調で喋るって」

『うっ……まごうことなく、ヘンタイさんな説明でちゅけど、否定できないのが悲しいでちゅね……」

「それにしても、どうして、このデータと私たちの記憶に違いがあるのかな」

『すべて、"キョウタイ"のせいでございます」

 

 

 天馬の疑問に対して、すぐさま角からアンサーが出た。

 それが正しいかは分かりかねる……でも、いまの単語は、

 

 

「キョ、キョウタイ?」

『みなさまの思い出がおかしくなっているのは、キョウタイにとじこめられていたせいでございます。……ああ、やはり先生の言うとおりでございましたか……』

『……感慨に浸ってないで魔法少女……キョウタイの漢字は……? …………なるほど……"筐体"、ね……?』

 

 

 ……"筐体"だって?

 

 

「筐体……? 角さん、どうしてそれが私たちの記憶の齟齬に関係するの?」

『芙蓉も詳しく分からないのでございますが……どんどん学園はおかしくなってしまったのでございます。そして、芙蓉たちは"大きな白い筐体"に閉じ込められてしまい、そして、みなさまはこのように今までの大切な思い出を失ってしまったのでございます……』

 

 


 

 ウチらがベツベツのクラスで過ごしてきたっていう今の思い出はマチガっている

 

 …とも考えらんない?

 


 

 図書室の本に挟まれていた、真田の筆圧が蘇った。

 ……まさか、そんなはず。

 

 

「わーん!! もう、わからんちんなのだ!!」

『あら、そうかしら……? 今の言葉で、少しは見えてきたわよ……この記憶のカラクリがね……"筐体"に閉じ込められていたという魔法少女が、もしも真実という前提で考えると可能性は思い浮かぶわ……私たちの今持っている記憶の正体』

『……え? なんだって?』

 

 

 錦織は一旦、息を吐いた。

 

 俺の神経が磨り減ったのか、手足の痺れが生じた。

 

 

 

 

 

 

 

『私たちの今まで持っている記憶、それは"仮想空間での記憶"だった。そう考えられないかしら……』

 

 

『……は? なんだって?』

 

 

 ――仮想空間。

 彼女から飛び出した言葉はサイエンスフィクションそのもの。

 実際に、画面の向こう側のランティーユも虚を突かれたように呟いた。

 

 それなのに、その単語には非常に聞き覚えがあった。

 

 

『かつてコロシアイ学園生活の舞台ともなったバーチャルプログラム……魔法少女の言うことが本当なら、今、私たちが持っている記憶は"仮想空間"上の学校生活の記憶じゃないかしら……』

「ねえ錦織。私は、にわかには信じがたいわ……でも、そう言うからには根拠があるのよね? あなたは、どうしてそんな考えにいきついたの?」

 

 微かに眉間にシワを寄せながら、紅は首を傾げた。

 何気ない動作も辛いのか、こてんと危うげな傾げ方だった。

 

『そもそも、おかしいのよ……前々から調べていたのだけれど……私の今知っているクラスメイトの名前。調べたら、32期生とか48期生とかありえないクラスメイトばかりだった……』

「え? ど、どういうことなんだ?」

『いうなれば、ここにいる16人以外の私たちのクラスメイトや教職員はNPCだった……そう考えれば辻褄が合うかしら……』

 

 冗談だろ。

 だけど、その声は言葉にはならずに留まるだけだった。

 

 

「でも、第一の動機の映像は? 第二の動機の作文はどういうことなの?」

『第一の事件の動機は、実際の"現実世界"。私たちが"筐体"に閉じ込められる前の学園生活の話。映像は私たちが"筐体"に入った後に撮られた……そして作文も、私たちの本当の学園生活の時に書いたものでしょうね……もっとも、マナクマは、学園長が私たちの記憶から書いたという事実を消したなんて、バカげたデマカセを言ってたけど……」

 

 


 

 

『作文のテーマは“自分の罪”。生徒全員に書かせて、それをファイリングして発表しようとしたんだ。 ……だけどそれを良しとしなかったのは、頭でっかちで希望厨(笑)な元学園長! そんなことを強要して書かせるなんて非道だー! 生徒たちのトラウマや罪悪感は増すだけだー! とかなんとか言って、その作文を撤去しちゃったんだ! しかも、あろうことか“作文を書いた”という事実もみんなの記憶から消しちゃったんだよね!』

 

 

 


 

 

 

 たしかに、第二の事件の動機にマナクマは言っていた。

 つまり、角や、錦織の推測が本当だと仮定するならば、この作文は『俺たちが今持っていない記憶』……『実際の学園生活』で書いたものだというのか?

 

 

『魔法少女以外が保持している"今の記憶"。卒業前に気絶した後の間の時間。それで黒幕が"仮想空間の世界"を準備するのは可能じゃないかしら……筐体にいた私たちを、現実の世界の希望ヶ峰学園のあった場所に配置する……部屋だって同様よ……』

「じゃ、じゃあ、それが本当なら……筐体に入る前の、“本当の記憶”はどこにいったんだ?」

『し、知らないわよ……あいにく私は学者じゃないもの……上書き保存されているとか、あるいは抹消されたか……

 ……でも、私たちは機械じゃない。ひょんなことで思い出すのかもしれないわ。今回の魔法少女のようにね……」

 

 

 じゃあ、俺たちは本当に全員。同じクラスメイト……だったのか?

 

 だけどそう言われても、俺が持っている記憶はA組で過ごし、萩野と共に学業に励んだこと。

 本当は、みんな同じクラスメイトだった。

 ……そう、いきなり言われたところで、なにかが劇的に変わるわけではない。

 

 

 それに……逆に言えば、同じクラスメイトじゃなくても仲間であることには変わりないだろう。

 

 

『でも、あくまで仮説であることは肝に銘じて……なぜ、こんなことになっているのかは分からないし……そもそも、魔法少女に尋ねてもコレだもの……信用すべきかは分からないし、確認すべき要素はたくさんあるから……』

「そうだね。でも、話してくれてありがとう錦織さん。真相解明の一歩になるかもしれない」

『お、おい……え? いや、ちょっと待てよ。マダム錦織どういうこと? 君の話はいくらなんでも』

 

 

 

 

 

 

 

『おかしいだろッ!!!』

 

 

 

 

 突如、場違いな怒号がパソコンから飛んできた。

 先ほどから動揺が隠しきれていないランティーユではなかった。

 それは、俺がよく知っている。それこそ昔から聞き慣れている。

 

 

 

 

 

 

 

「え……萩野!? そこにいるのか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 眩暈も頭痛も吹っ飛んでいた。

 冗談じゃない。舐められたもんだな。

 

 ずかずかと部屋の中に入るや否や、錦織の手首を掴みとる。

 だが、動揺は見られず澄まし顔だ。

 ……なんだよ、人形気取りってか。

 

「安静にしなさいと言ったはずだけど……?」

「どういうつもりだ。なんで黙ってやがった」

「今のアンタに、この情報は必要じゃないからよ……」

 

 あの時に、はぐらかされた時点でバカにされてたか。

 いや、ちゃんと追求しなかったこっちがバカだったのか。バカにしやがってクソが…………とにかく無理やり、一呼吸入れた。

 

 

『萩野くん……なの?』

「…………あ? その声は天馬か? そっちに七島がいんのか……おい、錦織。どうすれば、この状況は終わる?」

「……さあ?」

 

 ……あんだよ、その態度は。

 錦織の掴みあげた手に、よりいっそう力を込める。

 

 

「質問を質問で返さずに答えてくんねえかなぁ……なぁ!? どうすれば七島を助けられ」

「ぶえっくしゅん!」

 

 啖呵を飛ばそうとしたが、マヌケなくしゃみに遮られる。

 振り向くと、だら、と鼻水を垂らした辺見。

 ヤツは腕を後ろに回されて、両腕をがっちりとガムテープで縛られている。

 

 

「ぐじゅ……ああ、失礼しました。寒いもので……ティッシュいただけます?」

「やらないよ! そのまま垂れ流しだ!」

「わあ、ひどい!? というより、誰か教えてあげないんですか? 萩野さんがラム肉にされかかっている子羊みたいで見ていられませんよ……錦織さんに代わって、私が答えましょうか?」

「っ?! だれかアイツの口を止め……っ!」

 

 なかなか気が利くじゃねえか辺見も。

 錦織がヒステリックに叫ぶも、俺は彼女の手首を力強く握りしめる。

 

「っぅ……!?」

「そう叫ぶと、声がちぎれるだろ。……で? 辺見? 教えろ。どうすりゃいいんだ?」

「ひい、こわいこわい……でも、私は平和主義なのでお教えしますね。あのですね。この状況を終わらせるには、マナクマのヘルメットを被った男の命をぉ……むがっむぐ」

 

 ランティーユが後ろに回って辺見の口を抑えたが残念だったな。もう充分だ。

 錦織をカーペットの上に投げ落とすと踵を返した。

 

 七島、今行くからな。

 

 だが、扉を開けるために伸ばした手が強く掴まれる。

 舌打ちをして見遣ると、角が俺の腕をがっしり掴んでいた。

 

 

「萩野さま、どこに行くつもりでございますか?」

「怪盗を殺してやるよ。おめーらだって嬉しいだろ? 危険から逃れられるんだからよ」

「ええ、その通りでございますね。……しかし、それは萩野さまがやるべきことではございません」

「は? じゃあ、誰がやるっていうんだ?」

 

 角は凛々しい表情で黙ったままだ。

 だけど、俺は腕を掴まれていて、それが離れる気配はない。

 振り払おうと、剥がそうとするもうまくいかない。

 

 俺が病気のせいで弱っているせいか、角が本気で怒っているせいかは考えたくもない。

 くそ、だが膠着状態じゃ埒が明かねえ。

 

 

 

 ――いいや構わねえ。やってしまえ。

 

 

 

 ……ああ、そうだな。

 背に腹は代えられない時はある。

 自由の利いている左手を拳へと結び、

 

 

 

 

『萩野っ!!』

 

 

 

 

 図書館の年季の入ったパソコンから声が飛び出す。

 それを聞くや否や、拳に変わった左手が緩む。

 

 

「……………七島」

『萩野……大丈夫、なのか』

「…………、っ、はは。そんなすっとぼけた『大丈夫?』なんて……おめー、知ってんだろ。俺が病気だってこと」

『……ああ。知ってるよ』

「やっぱり。またお前はバカなボクサーって……バカにしやがるんだ。いつもそうだよな。おめーは」

 

 口から零れる呪詛は、俺の本音か?

 ……わからない。わからないなんて、やっぱり俺は愚者、ガラクタそのものだ。

 

 

『……な、なあ、話を聞いてくれないか? ……さっき、錦織から聞いた話だけど……俺たちの今、記憶にある学園生活は本物じゃないかもしれないんだ』

「あ? どういうことだよ?」

『俺たちが過ごしていた時間は、仮想空間で過ごしたもの……らしいんだ。もしかするとだけど』

 

 ……なにが言いたいんだ、七島は。

 本当だとしたら、じゃあ、なんでそんなことを言うんだよ?

 

「……あー。わかったわかった。おめーの言うことは。ニセモノだから、俺たちの過ごした日は意味がないから、俺のこともどうでもいいってことか。ま、そうだよな?」

『ち、ちがうっ! そうじゃない! 俺たちの過ごした日は今も俺の中に残っている。お前は教室で一人ぼっちの俺に声をかけてくれた…………お前の優しさが、嬉しくて、ありがたくて……その強さに、憧れた』

 

 

 憧れ――その言葉に、心臓に一瞬だけ熱い血が迸った気がした。

 

 おべっかだ、きれいごとだ。

 だけど、そんな絶望の囁きも負けるほどに……その言葉は、俺にとっては。

 

 

『今の記憶がなんだろうと、俺たちは友達だよ。……だけど………それは一方通行なところもあった。俺たちは萩野は強いから、七島は弱いからって……気を遣いあって、心からぶつかりあってこなかったかもしれない。萩野を受け止めきれていない。萩野も俺の肩を借りることをしようとしない。俺たちは平行線をたどったまま、親友っぽいことをしていただけなのかもしれない』

 

 ……親友っぽいこと、か。

 むしゃくしゃするほど、腹立たしいが、同時になぜかストンと腑に落ちた気もした。

 いわゆる、図星ってヤツなのかな。

 

 

『…………なんて、そうは言ったけどさ。知らないことばかりのことは多いけど……俺は、萩野のこと、知ってもいるんだよ』

 

 

 ここで真剣な声色が、ふ、と緩んだようだった。

 ……ああ。俺の知っている七島の声だ。

 

 

 

『萩野の面倒見の良さも。萩野のやたらと喧嘩っぱやいところも。それでいて……強さが時々、空回りすることも。後、ちょっと軟派なところとか……反省すべきところがあったら、それを見極める力があること……それをすぐに背負い込んでしまうところも……そんな長所も短所もひっくるめて共感して、時には違うかなって思ったりしてさ』

「………よく見てるじゃないか」

 

 はは、と七島は渇いたように笑ったようだ。

 そう言えば、最近、七島の純粋な笑顔を見ていない。

 自嘲したり、困ったり……そんな不安げな、取り繕った笑みばかりだ。

 

 

 ……それこそ、あの卒業式の前日以来。

 

 自信がないといって嘆いていた彼に叱咤激励していた俺は。

 そして、気弱そうに俺の励ましを受けていたお前は。

 

 

 

『だから萩野。この関係は、いったん終わりにしないか』

 

 

 言い切った七島に弱さの欠片はなかった。

 

 

 

 

『それで、改めてさ……俺たち、また友達になろう。これから先、何回も何回も絶交するほどケンカすることがあるかもしれないけれど……』

 

 

 

 最初に友達になろうって言ったのは俺だった。

 絆として結んでいたはずだけど、それは今にも解けそうなものだった。

 

 

 

『それでも俺たちは……いいや、俺たちなら大丈夫だ。………だから、何度でも友達になろう。萩野』

 

 

 

 だけど、それが今。

 俺を一人から救ってくれた友達が結びなおしてくれた。

 七島が自らの手で、固く、解けないようにと祈ってくれている。

 

 

 

 

「あ、ああ……ななし…………」

 

 

 口を開こうとするも唇から顎へとなにかが伝った。

 くそ、なんだ。頬の肉を切ったのか……いや、違、う……?

 

 

「ぎゃ、ぎゃあああっ! カーペットが!」

 

 

 突如、辺見の情けない悲鳴があがった。

 んだよ、カーペットの心配か。せっかくいいところだってのに脅かすんじゃねえよ。

 

 

 

 …………は? カーペット?

 

 

 恐る恐るではあるが、俺は視線を下に落とした。

 薄汚れた灰色のカーペットには赤い染みが滲んでいた。

 それは、ぼた、ぼた、と現在進行形で大小の雫が染み渡っていく。

 

 

「……っ?! 萩野さまっ!?」

「なッ!? なにして……! だ、だれか止血を……」

「ウーララ! 吐血の止血なんてどうやるんだい!?」

 

 刃の切っ先を飲み込み、切り裂かれたような強烈な熱だった。

 口を抑えて咳き込むと、手のひらに生暖かさが広がる。

 くだらないことに、きっと俺の心臓もこんな風に温かいのだろうと咄嗟に思ってしまった。

 束の間、ひゅ、と気道が詰まり、息……が、あ……息が、でき……っ!

 

「ッガはッ!? ぅっ……げほッ……ぐ、ぐぞ……っがッ……」

「ボクサー!! しっかりし……っ! あ……っか、か鑑定士!! 通信止めて!」

「えっ!? な、なんで」

『……!? お、おい萩野っ? なんだ?! なにが起きたんだ萩野っ!!』

 

 七島。俺のことを心配してくれているのか?

 いつも空元気で平気だ、って言ってたはずの体が重力を一身に受けたように重い。

 俺はガチで死にかけているのか。

 

 

 お前は俺の肩でも借りてればいい。

 お前は俺の試合を見て、歓声と一緒に喜んでいればいい。

 そして、萩野って強いな。って、頼ってくれれば。

 

 過去の俺の声が遠い。

 いつだったかは忘れたけど。

 いや、しょっちゅう言ってたっけ。

 

 

 

 ――いいや、まだだ。

 

 

 

 ――まだ、死にたくない。

 

 

 

 ――いや、死んでたまるか。ここじゃ、死ねないんだよ。

 

 

 

 

「がっ……げほ……っ! な、なしま……ッ……!!」

 

 

 なあ、七島。

 

 今の俺は、野蛮で惨めなガキの頃とは違う。

 今度こそ俺は、頼られる存在でありたかった。

 喜ばれる存在でありたかった。守れるようになりたかった。

 

 

 

 

 だけど、それ以前に。

 

 

 

 ちっぽけな石ころの俺は、傍にいたかった。

 

 

 

 こんな俺でも強いと、優しいと、本気で慕ってくれたお前と一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 だから。

 

 

 

 

 

 

「っ助けてくれっ七島……っ!!」

 

 

 

 

 救いを叫んだ拍子に、生血の塊が吐き出された。

 

 

 

 

 

 錦織がパソコンのコードを抜いたようだ。

 煌々と光っていた画面が黒に染まり、ノイズ混じりの声も消える。

 

 そして、彼女はだん、だんと迫る勢いでやって来た。

 おっかない顔しやがって、せっかくの顔が台無しじゃねえか。

 

 

 

「マダム錦織っ!!」

 

 だが、同時に駆け寄ってきたランティーユによって止められたようだ。

 なんだ、フットワークが彼にしては早いな。

 

 錦織は小さな握り拳を作っていた。

 なるほど、俺に一発入れようとしたわけか。

 さっきの仕返しなら……そりゃ、妥当かな。

 

「ちょっと落ち着け。ムッシュは病気だから百歩譲るけど、君はどうなんだ?」

「は、はぁ……? おかしいのは、このボクサーでしょう!?」

「…………本当に? なあ、それより君のさっきの話はなんだい? すべてを知っているように語ったじゃないか」

「は、はぁ!? 今、この状況で、そんなことに文句つけるの……?!」

「いいや、ないよ。……“今”はだけど」

 

 ランティーユの呟きは、俺が聞いたことがないほど冷たく暗いものだった。

 ……意識が薄れているから、そう聞こえるだけかもしれねえけど。

 

 

「あらら、仲間割れですか。それは、ご自由に……あ! もちろん、私に飛び火はしない程度にね?」

「そ、そんな……白河さま。いったい、どうなされたのでございますか? そのような薄情なことをおっしゃらないでくださいませ!」

 

 図書室に響き渡る四つの声が耳の中で反響する。

 ったく、おめーら、うるせえよ……だが怒鳴れない。

 血痰が絡みついて嗚咽が止まらず、目尻に涙がじんわりと滲み出る。

 

 

 

「だ、だいたい……私は殺人を犯してほしくないだけよ……っ! 書道家が人を殺しでもしたら……どうするつもりなのよ、アンタッ!?」

 

 

 頭上から彼女の怒声が降りかかった。

 だけど滝行のような罵倒でも、俺は春風のように凪いでいた。

 

 

 

「七島が殺人……? っはは、わかってねえな……アイツは……っ……そんなヤツじゃねえ……よ……っ」

 

 

 ……なあ、七島。

 俺はバカなんだ。鎧を着こむほどに情けない。

 お前の弱さがあれば、絶対的な強さを持てるって勘違いするほどだ。

 

 

 でもな。

 

 

 

「俺だって、お前のこと知ってんだよ……七島はそんなヤツじゃない……」

 

 

 お前は、俺のために人殺しなんかしない。

 こんなバカな俺が誇れるのは……こんな俺でも見捨てない親友がいるってことだ。

 

 

 

 ………だから、七島。

 

 

 

 

 

 

「…………俺は、信じてるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

『錦織ちゃん、萩野く……あ、切れちゃった……!? おーい! いったい、どうしちゃったんでちゅか!?』

「七島くん。大丈夫?」

「……っ、ああ……」

 

 俺の暗い顔が反射されたノートパソコンの液晶画面。

 通信は、強制的に途切れてしまった……。

 

 萩野は、俺の強さを認めた。

 だから自らの弱さを見せてくれた。

 そして、俺を頼ってくれた。

 

 それでも心臓の高鳴りは止まらない。

 どく、どく、と血が心臓に張り巡らされる。

 七島くん、とまた天馬に呼びかけられて、再び俺は現実へと戻る。

 

「……大丈夫。写真でも仲良くしてたのは七島くんも見たよね? だから、二人の友情はウソなんかじゃない。……これからも萩野くんと七島くんはどこでも仲良くなれるはずだよ」

「……ありがとう、天馬」

 

 天馬は静かに頷いてくれて、平静は少しずつ取り戻された。

 

 

 

 

「どわわっ!? くろなまでらっ! どこいくの!?」

 

 

 

 だが、あっという間に平穏は驚嘆に変わる。

 

 だぁん、と足を踏み鳴らす音。

 右足を大きく引きずりながら、黒生寺は多目的室から去ろうとしていた。

 前よりも状態が悪化していないか……?

 

 

「ま、待ってくれ! なあ。保安官だったのか。お前」

 

 

 咄嗟に俺がそう言うと、黒生寺は顔半分だけ振り向く。

 それがどうしたと言おうとしているみたいだが、言葉になっていないみたいだ。

 

 

 ――かつては王国の保安官を務めていたが、内部の裏切りに遭い、お尋ね者に引き下げられた。

 

 さきほどのデータが本当なら、あのバッジは……。

 そう言う前に黒生寺は、ベルトにつけてあった保安官バッジを乱暴に引っ張るように外した。

 そして多目的室の床に叩きつけて、銃口を勢いよく向け……動きが止まった。

 

 

「……黒生寺くん?」

「なぜだ……こんな忌々しい過去のゴミなど……!! 何故、捨てられないッ!? 壊せないッ?!」

 

 発砲はできていない。

 彼の血を浴びてきたであろう大きな手が怯えたように震える。

 

 

「俺は笑えない。笑えるものか……! じゃあ、何故、あの写真の中の俺は笑ってやがった……!? 名誉も失った覚悟もできた……俺が……これを手放さなかったのは何故だ……っ!!」

 

 ……もしかして、彼の中で、矛盾が暴発しているのか?

 

 写真の中に映っていた黒生寺。

 データに書かれた黒生寺。

 そして、今ここにいる黒生寺。

 

 普段は自分が何者かなんて、彼は到底考えたことないだろう。

 だけど、過去や現在と交錯している今……どれが本物か彼も混乱しているのか。

 発砲はできないまま、右足から黒生寺は崩れて膝をついた。

 

 俺たちに囲まれて、しっかりと支えられる。

 しかし、呪詛の如く黒生寺は言葉を吐き捨てる。

 

「クソ……アイツは、どこに行くつもりだ……!?」

「お前、なにを言って……?」

「冗談じゃない……! 俺をこんな目に遭わせて、また消えるつもりか……!? 」

 

 ついに、気が触れてしまったのか。

 そう恐れる前に、黒生寺は床を左足で蹴り上げた。

 

 

 

「まだだ……俺は……まだ……なにも……なにもかも……っ!! アイツになにができる……ヤツを殺せるものか……! だから、俺が……!!」

 

 

 黒生寺は保安官バッジを掴み取り、荒々しく立ち上がる。

 あからさまに右足の痛みを堪えていて痛々しい。

 だが、孤高のガンマンとも言える俺たちと一線を画する立ち姿でもあった。

 

 

 

 

「怪盗は殺す……この命が葬られようとな……」

 

 

 

 

 そう言って黒生寺はごろんと横になった。疲れたのか。

 そこは、立ち去るところじゃないのか。

 まあ、本当に立ち去られても困るけど……

 

 

『やっぱり先生を殺すしか道はないんでちゅかね……』

「マナミさん。でも、きっと他に方法は」

『お気づかいありがとうございまちゅ、天馬さん……でも、それでいいような気がしまちゅ……』

 

 マナミは寂しそうに呟く。

 彼女はディスプレイの中で、円らな瞳を潤ませていた。

 

 

『あはは、先生……よかったでちゅね……ようやく死ねるみたいでちゅよ……これで辛い思いをしなくて済むんでちゅよ、これで幸せでちゅね…………でも、いいんでちゅか? 生徒さんが先生を殺したら、生徒さんも死んじゃいまちゅよ。ねえ、気づいてよっ! 正気に戻ってくだちゃいよ……こんなの間違ってまちゅ、せんせぇ……っ!!』

 

 

 マナミは涙をぽろぽろと流していた。

 俺たちの心を少しずつ蝕んでいく。

 そして状況は、様々な意味合いでも不安定そのものだった。

 

 

 いまだに打開策も出口も見当たらないまま。

 

 果たして、俺たちはどうすればいいのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 気がつけば保健室のベッドの上だ。

 

 目を覚ますや否や、錦織の説教タイムだった。

 アイツの原動力って、負のパワーかよ。

 トイレに行くって言ったが……ったく、もう夜の8時か。こんなに寝るのは初めてだ。

 

 がら、と保健室の扉が開く。

 ゆっくりと頭を振りながら姿勢を正す。

 

 

「おう、ごキゲンは治っ……あ? 角か」

「その通りでございます! ごきげんよう、萩野さま!」

 

 ふわふわとしたスカートをつまみあげて角が部屋の中に入ってきた。

 しかし、やけに軽やかな足取りだな。

 

「おうよ。錦織は今トイレだぜ?」

「いえいえ。芙蓉は萩野さまとお話がしたい次第でございまして」

「俺と? ……変わってんな」

「ええ、よく言われるのでございます! でも、みんな違ってみんないいのでございます」

 

 相変らず、ワケがわかんねえことを……。

 だけど、こうしてニコニコと笑っている角への言葉は見つからない。

 

「ふふ、萩野さまとお話できる日が来るなんて。心がウキウキでございます!」

「あ? ……あー。たしかに、一言、二言はあるけど、ガッツリは話してなかったな?」

「しかし、萩野さまのプレイスタイルは芙蓉は昔から大好きでございました! よくテレビで試合を拝見しておりましたので!」

「……マジで? 初耳だけど」

「ええ! 萩野さまのお相手を一手、十手先を見据えた戦略性の高いプレイスタイル! 芙蓉も見習いたいのでございます!」

 

 俺、そんなプレイスタイルだっけか?

 目の前の敵を殴ってるだけなんだけどな……たしかに、相手のクセや隙は見逃さねえけどよ。

 

 

「でも、おめーも強いもんな。腕相撲もあやうく俺が負けかけたしさ」

「まだまだでございます。芙蓉はもっと鍛錬しなければ! 目指すはオーガ超え! いえ、ケンイチロウ超えでございます!」

 

 ここまでくると、魔法少女っつーより肉弾少女だな。

 最近の魔法少女ってスペック高いもんだな?

 ……っていうか、最近の魔法少女ってなんだっつー話か。

 

 せっかくだから、ちっと聞いてみるか?

 

 

「なあ。おめーはどうして魔法少女になったんだよ?」

「え? そ、そうでございますね……話をすると少し長くなりそうでございますが………まず芙蓉の家は、大家族でございました。それ故にお金がいっつもなくて。芙蓉もボランティアでおやつ程度でございますが、少しでも食べさせてあげるために働いてきたのでございます」

「ま、まあまあの波乱万丈だな?」

「うふふ……でも、そんな芙蓉にも楽しみがございました。……そう、『プリティ☆キャンディ』でございます」

 

 ……ん? 今なんて言った?

 プリクラ? キャンティ?

 

「なんだそれ?」

「ご存知ないのでございますか!? 『あまとろ魔法少女プリティ☆キャンディ』こと略してプリ☆キャン! 芙蓉が5歳の時から8歳の時までの3年間、日曜日の朝8時30分から放送されていた伝説のアニメ番組でございます!」

「へ、へえ……俺、ライダーしか見てねえけど、多分こうだろ? 異世界から来た変なマスコットが助けを求めにきて、女の子が変身して、魔物をやっつける系ってストーリー」

「まあ! 大当たりでございます!」

 

 おっ、当たった。

 見ていなくても、女児系アニメってそんな感じだろ。

 

「みんなを助け、悪者を次々と倒す、強くて優しく可憐な魔法少女・プリティ☆キャンディは、芙蓉にとっての憧れでございます! 彼女は燕尾服仮面……もとい燕尾服王子というステキな王子様と共に戦うのでございます!」

「は、はあ、燕尾服なぁ……そんで世界を守って、ヒーローと結ばれてハッピーエンドってわけか」

「……ええ。幼い芙蓉もそうだと思っていたのでございます」

 

 それは違うのか。

 とツッコミたかったが、角の顔がずぅんと一段と曇る。

 な、なんだよ。その顔は。

 

「魔法少女は戦う運命でございます。だから普通の女の子か、魔法少女か。彼女は選択を迫られたのでございます。彼女にブローチを置くことを燕尾服王子は望みました」

「……まあ、フツーはそうだよな」

「でも、彼女は普通の女の子に戻らずに、魔法少女として、みんなのために戦うことを選んだのでございます。……そして、プリティ☆キャンディは魔王によって作り出された隕石を食い止め…………彼女は夜空に輝く一輪の星となったのでございます」

 

 

 ……ええ?! マジかよ?

 

 鉄腕なんとかのラストじゃあるまい。

 ってか、子供向けアニメなのに、主人公玉砕オチ?

 こんなの絶対クレームつくだろ……。

 

「芙蓉もショックでございました。しかし……プリティ☆キャンディは、なんて強いんだろうって思ったのでございます。自分のためではなく、他の方の幸せのために戦う。燕尾服王子も含めてみなさまのため、地球のため、世界のために戦う彼女に、芙蓉は感激したのでございます」

「えーと。つまり、そのプリティなんとかに憧れて、魔法少女になろうって思ったんだな?」

 

 「そうでございます」と角は胸を張った。

 それで、本当に魔法少女になれるっていうのも相当だな。

 

 ってか、ますます魔法少女がわからなくなったじゃねえか。マジで魔法少女ってなんなんだよ……

 

 

 

「……あの。萩野さま」

「んあ?」

「みなさまとまたお会いできて、芙蓉は本当に嬉しかったのでございます」

「お、おいおい。急になに言ってんだよ」

 

 ……そういえば、錦織も言ってたっけ。

 俺たちの持っている記憶は、仮想空間での出来事。

 実際の本当の記憶を持っているのは今、角しかいないって。

 

 あれ、マジなんか?

 そうだとしたら、角の話ってやっぱり重要だよな?

 

「黒生寺さまはもちろんでございますが、萩野さまに、白河さまに、天馬さま、錦織さま、ランティーユさま、紅さま、大豊さま……そして、七島さま。マナミさま、先生にも会えた奇跡に芙蓉は感謝しかないのでございます。もう二度と会えないと思っていたのでございますから」

「もう会えない……って、どういう意味なんだ?」

「あのまま、ずっと、芙蓉たちは別々のクラスのまま一生を過ごすことになっていたのでございますから……しかし、これは希望のためと、芙蓉たちは………」

 

 目の前の角は考え込むように黙ってしまった。

 まさか気絶したり、白目剥く前兆じゃねえだろうな?

 いま、おめーを介抱する自信はねえぞ……?

 

 

「ねえ、萩野さま? ……本当に覚えていらっしゃらないのでございますか?」

「ん? あ、ああ。…………ワリいけど、なんにも……」

 

 

 しばらく角はまじまじと俺を見つめていた。

 やがて、寂しそうにまた目を伏せてしまった。

 おめーの記憶のほうが怪しいって言いたくなる気持ちが大きいけどな……。

 

 でも、角も角でしんどいようだ。

 ……それもそうか。今の彼女は素直なオオカミ少年だ。

 気の毒なもんだ。あの怪我がやっぱり原因なんかな?

 

 

「……とても幸せな生活でございました。しかし、いつの日か学園生活の終わりが近づくにつれて、とても、とても悲しいことばかりが…………いいえ、悲しいなんてものではございません」

 

 ……雲行きが突如、怪しくなる。

 怪しいどころではない。

 夕立のような、ゲリラ豪雨のような黒色の雲がたちまち青空に広がっていくような。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの『歪』の訪れを、果たして芙蓉たちは、なんて呼べばよかったのでございましょうか」

 

 

 

 

 

 飛び出した角の声は鳥肌が立つほど凍りついていた。

 

 

 

「どういうことだ。おめー、歪ってなにを……」

 

 

 

 口から出た俺の言葉は、自分でも驚くほど困惑の色を帯びていた。

 

 だが、心ここにあらずと言わんばかりの声色で、顔立ち。

 角は浮かされたように遠くを見つめていた。

 

 

 

「…………まあ、大変。もうこんな時間! 芙蓉はこれで失礼しますのでございます。おやすみなさいませ。萩野さま、どうかよい夜を!」

「え? お、おう。気をつけろよ。怪盗や辺見には特に」

 

 にっこりと笑って、ぺこりと角は丁寧におじぎをした。

 なんだよ、意味深なことだけ言いやがって……。

 

 くるりと踵を返した角の握り拳が、きら、と光ったようだった。

 ……気のせいか? お菓子でも持ってたんか?

 

 

 

 しっかし、遅っせえな。錦織のヤツ。また図書室でも行ってんのか。

 暇すぎて寝るぐらいしかできない。イメトレでもしようか。

 七島に肩を貸してもらう練習でも。

 

 

 

 ……はぁ、でも、もう疲れたから寝るか。……いろいろありすぎた。

 

 

 さっきの角の話は、おとぎ話とでも思っておきゃいい。

 …………今のところは、な……

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 短い眠りにつくことも許されなかった。

 気がつけば、また覚醒状態だ。

 

 壁にかかった時計は6時30分を示している。

 アナウンスはまだか。……今は朝なんだよな?

 乾パンも飽きたうえに、栄養が偏っているためか眩暈がする。

 

 ええと、これで4日目だよな……?

 絶食ではないだけマシとはいえ、追われている恐怖だけがずっと胸に刺さり続けている。

 

 毛布にくるまった紅がもぞもぞと動く。

 天馬がそんな俺たちをちらりと見た。今夜の見張り係は彼女だった。

 

「ごめん、起こしたか?」

「あなたのせいじゃないわ。ただ……さっきから眠れなくて……ごめんなさい。こんな時に、弱音なんて……」

「弱音を言えない状況っていうことが異常なんだよ。紅さんはまったく悪くない」

 

 天馬が少しだけ身を寄せて、紅の手を優しく掴みとった。

 脈を計っているのか、彼女の手首に指をそっとのせる。

 

「紅さん、もし歩けるなら植物室とかで気持ちを落ち着かせてみたらいいかも」

「……そうね……少し体力も落ちてるし、歩けるときに歩いておかなきゃ……」

 

 天馬の膝の上には、大豊が眉間に皺を寄せながらもすやすやと眠っていた。

 あれから、大豊も泣き言を言わずにしっかりやっている。

 頑張っていると言えば、頑張っているのだが心配だ。

 ふと周りを見回して、違和感が生じた。

 

「なあ、黒生寺は?」

「そういえばトイレに行ったきりで……でも、私だとちょっと入りづらかったから」

「じゃあ俺、確認しに行くよ。紅も植物園に一緒に連れて行く」

「うん、お願いしてもいいかな」

 

 ……あっ、そうだ、USBメモリーを抜かないと。

 床に置いていたパソコンから、USBメモリーをぶちっと抜いてポケットにしまった。

 

「あれ? このまま抜いて大丈夫だったのかな?」

「えっ!? い、いや、俺もよくわからなくて……」

「た、たぶん、大丈夫よ。そうそう壊れないわ」

 

 そ、そうだよな。機械は丈夫だしな……

 

 ともかくだ。紅の手を取り多目的室から連れ出した。

 廊下でかつん、こつんという二つの靴音が響き渡る。

 先に黒生寺を見つけるために、男子トイレに行くことになった。

 

「天馬、あなたには柔らかい表情を見せるのね」

「そう、なのかな」

「いつも冷静だけど、あなたは特別みたい。……不思議ね。彼女の声は静かで軽やかなのに、私たちの心に留まる。言葉の使い方が上手なのかしらね?」

 

 たしかに。彼女の言葉は俺に冷静を取り戻してくれる。

 だけど、その言葉自体は冷淡ではないのが不思議だ。

 ……それこそ魔法のようだ。

 

 黒生寺と角ではないけど、俺も何度も天馬には助けられているな……。

 

 

 

 

 トイレの前で紅に待つように言って、男子トイレを覗き込む。

 学校のトイレというのは閉塞感が溢れている。

 こんなじめじめとカビくさいから、花子さんや、便器から出る手なんていう怪談が生まれるんだろうな。

 

 一つ一つ個室をチェックするが、誰もいなかった。

 ますます嫌な予感ばかり湧き上がってしまう。

 

 

 たしかに、怪盗を殺すとは言っていた。

 だけど、彼に限ってそんなこと……。

 

 

 男子トイレを後にして、廊下に出ると待っていたはずの紅が、壁際でヒザをついていた。

 

 

「お、おい、紅っ?!」

「ご、ごめんなさい……っダメね、しっかりしないと……」

「い、いいんだ。立てるか?」

「大丈夫。……本当に、大丈夫だから」

 

 駆け寄って彼女の手を取るが、力が感じられない。

 ただでさえ、第二の事件の時から彼女の重荷は増えていく一方だ。

 あまり大きなストレスをかけさせないようにしなければ……萩野と同じように……

 

「……黒生寺は?」

「見当たらなかったけど……で、でも、まあ……いつものように、また、ひょっこり出てくるさ」

「……………そうだといいけど」

 

 俺もそうは言ってみたものの、気休め未満な気がした。

 ……いったい、どこに行ってしまったんだ?

 

 紅は吐き気を訴えるかのように口を抑えた。

 彼女の肩を支えながら、植物園の扉の前に辿り着いた。

 まず、彼女には休んでもらわなければ。

 

 彼女の気分が落ち着いたら、急いで黒生寺も探さなければ。

 

 

 

 

 そう思いながら、俺は植物園の扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「お目覚めかしら……」

 

 

 

 

 目を覚ますとやつれた錦織の顔に覗き込まれていた。

 顔がゾンビみたいな土の色をしている。

 

 だが、ンなこと言ったら、二度と口を聞いてもらえねーだろうから我慢する。

 今日はだいぶ気分がいい。胸の痛みも重くない。

 錦織は椅子から立ち上がって、こめかみを少し抑えた。

 

「アンタの生存確認は完了……図書室に行ってくるわ……」

「ん? じゃあ、俺も行くわ」

「な、なによ……病人はおとなしくしてなさい……」

「風邪と違って空気感染はしねーんだろ? 今日は調子が良いからよ。な? 病気でも気分転換は大事だろ?」

「…………ちょっとだけにしときなさい……また暴れたりしたら、漢和辞典でごっ、ってするから……」

「げっ!? 俺でも致命傷受けるぞ!?」

 

 そんな口を叩きながら、錦織の手を借りてベッドから降りる。

 うん、そんなに眩暈もひどくない。

 やっぱり、錦織が看病をしてくれたおかげか?

 

「あんがとな、錦織」

「いちおう、アンタの情けとして受け取っておくわよ……」

 

 おいおい、素直じゃねえな。

 でも、受け取ってはくれたからいいか。

 

 

 

 

 保健室から出て二人で並んで廊下を歩く。錦織を隣にして歩くなんて……初めてかもな。

 こんなに小さかったっけ、こいつ? 

 猫背だからますます小さく見えるんかな?

 

「ま、また怪盗が出ないといいけど……」

「おいおい、フラグ立てんなって。もしもの時はお姫様だっこで助けてやるからよ」

「は、はあ!? 私の腰を抱いていいのは王子様一人だけよ……っ!」

「王子様て……どんなヤツだよ?」

「金髪長身でお金持ちで風格が満ち溢れていて乳首の色が綺麗な超絶美青年が王子様よ……! アンタそんなことも知らないの……!?」

 

 知るかよ……っていうか、こいつ寝ぼけてんのか?

 まあ、とにかく慎重に行かねえとな。

 そんなこんなで廊下を歩いていると、ランティーユも向こう側から歩いてやって来た。

 

「ボンジュール、ムッシュ萩野! ……大丈夫かい?」

「おう、心配かけたな。今日は調子いいぜ」

「それはよかった。……マダム錦織もお元気そうでなにより」

「これが元気に見えるなんて、アンタの鑑定眼は贋作かしら……?」

 

 贋作。その言葉に、ランティーユは尻尾を触れられた猫のように目の色を変えた。

 

 そういえば、俺が倒れる前。

 ランティーユって、錦織の情報にいちゃもんつけてたっけ?

 昨日の夜に錦織も「鑑定士は神経質だ」って悪口みたいなこと言ってやがったな。

 

 

 大丈夫なんか、こいつら。

 意見がばっちり対立している、ってことなんかな? っつーか、これって冷戦かよ。

 微妙な空気の中、俺たちは図書室の扉の前についた。

 

 

「辺見はこん中にいるんか?」

「ガムテープだけど縛って放置してるわ……口は剥がしてあるけど図書室は防音だし鍵もかけている……逃げ出すことはないでしょう……」

 

 

 なるほど。それならアイツも太刀打ちはできねーな。

 錦織は図書室の鍵で、扉を開けようとする。

 

 

 

 

 

 ピンポンパンポーン…………

 

 

 

 

 

「今日も朝の始まりだ」

 

 

 ランティーユの独り言の通り、朝のチャイムか。

 咄嗟に俺は腕時計を確認した。

 

 

 

 それが、確認して“しまった”ということに気づかされるのはすぐだった。

 

 

 

「…………いや、違う」

「……? ムッシュ、どういうこと?」

 

 

 

 時計の盤面は、6時53分。

 

 

 

 

 じゃあ、このチャイムの正体はなんだ?

 

 

 

 

 鍵の錠を開けた錦織も目を見開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、まさか……ウソでしょ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『死体が発見されました! 一定の捜査時間の後、学級裁判を行います!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、アナウンスが鳴った。

 

 

 扉を開けるとき、いつもそうだ。

 ダストルームの藤沢も。ロッカーの井伏も。技術室の十和田も。

 扉を開けたら、変わり果てた彼らがいたんだ。

 

 

 

 

 

 そして、それはあっけないほど突然で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………え? な……んで……? …………どうして……なの……?」

 

 

 

 

 

 紅の蚊の鳴くような疑問が漏れる。

 彼女の声帯と肩ががたがたと恐怖で震え始める。

 

 

 

 

 

 

「いっ……! いやぁぁぁぁっ!? どうしてっ!? なんでっ!? こんなの嘘よっ!! 嘘だと言ってっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 彼女の悲鳴に連動して、脳も揺さぶられていく。

 

 

 どうして、お前が?

 

 

 やっぱり自分の命を、大事にすることなんてお前には酷だったのか?

 だけど亡骸に尋ねても答えはない。

 

 

 

 

 

 そして、亡骸に寄り添うように膝をついているのは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………冗談じゃねえ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒生寺の隣で"少女"は永久の眠りについている。

 

 

 

 

 

 

 『超高校級の魔法少女』 "角芙蓉"は冷たい土のベッドで息絶えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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