絶望が頭を打ち付け余韻が残響している。
目を擦っても、何度瞬いても変わらない。
事切れた角の姿……信じがたい現実が存在していた。
「なっ!? なんで角っちが!?」
「角さん、どうして……」
アナウンスを聞いてきたのだろう、目を大きく見開く大豊。
肩で息をしながら天馬も植物園にやってきた。
『世の中のふしぎなこと、わからないこと、それは妖怪の仕業かもしれないクマママ。さて、今回もお決まりのヤツいくよ。THE・マナクマファイル~!』
マナクマは流れるようにタブレットを俺たちに渡して、跡形もなく去って行った。
なぜ、ここに角が? どうして亡くなってしまったのか?
まったく理解が追いつかないが…………悲しみ嘆く暇もなかった。
分断生活になる前の、懺悔室でも思い知らされた。
ヤツは、俺たちが弔う時間を与えてくれない。
本来は死者を悼むはずの時間は、すべて「俺たちが生きるため」の焦燥、不安、恐れ……エゴに変わってしまうようだった。
………唇にわずかの血が滲むほどに悔しいが、それでも。
花壇に花、土には死体。
幻想的と血生臭さが混じり合った光景で夢だと思いたいが、やっぱり現実だった。
何故、彼女が殺されてしまったのか。
また、俺たちは真実を探すしかないようだ。
「へ、へけ!? なにこれ、どういうこと!?」
タブレットを見て、すぐさま大豊が大きな声をあげる。
俺も慌ててタブレット端末を起動させた。
被害者:角 芙蓉(超高校級の魔法少女)
備考:右膝の裏に打撲の痕有り
なんだこれは。大豊の言う通りだ。
死因も死亡推定時刻もなんにも書かれていない。
やっつけ同然の情報じゃないか。
「これだけとなると厄介だね。ランティーユくんもいないから検死もできないし……」
「折れてる……」
「え?」
ぽつりと言葉を発したのは黒生寺だった。
無表情のまま、彼は腕を組みながら俯いている。
「"複雑骨折"だ……首と背骨を強打している……膝裏に"打撲痕"があるのは事実だ……」
「ありがとう、黒生寺くん。詳しいんだね」
「死体は見慣れている……飽きるほどにな……」
黒生寺は角の体をアゴでしゃくった……いや、体ではなく、手か?
恐る恐る彼女の体に近づいて握り拳の手をゆっくりと開かせる。
生命のない冷たく硬直した彼女の手が、俺の手の中で現実味を帯びる。
開いた手のひらの中にはクリーム色に似た布の切れ端があった。
「な、なんだこれ? 少し厚手のようだけど」
「切られた跡があるみたいだね。端がジャギジャギだから」
これがなんなのか、今のところは見当がつかないな。
ふと後ろを振り向くと、紅は頭を抱えたまま土も気にせずぺたんと体育座りをしていた。
「な、なあ紅、大丈夫か?」
「こんなの知らないっ。見たくないっ。信じない! 全部、私のせいだわ……! 私のせいで、みんなが……ごめんなさいパパ、ごめんなさい……っ!!」
「お、おい、紅!? しっかり……」
俺が呼びかけようとするが、天馬に袖を掴まれて首を振られる。
……たしかに彼女に負担をかけるのは、今は得策ではないか。
病状が悪化してきたのかもしれないな……。
天馬は紅の背を擦って落ち着かせている。
「捜査は私たちだけでやろう。4階だけだから苦労はしないはずだよ」
「……ああ。そうだな」
とりあえず、今は植物園で気になるところをリストアップしよう。
まず周りを見回して確認する。
花壇の近くに、なにかが放り投げられているが……これは、"ハンドベル"か?
「懺悔室にあったものかな」
「じゃあじゃあ! これで、きんこんかんこーんの音も鳴らせるかな?」
「うーん……今、この学校で鳴っているのはエレクトロチャイムだった気がするよ。紅さんが前に言ってたから」
「へ、へけ? エクレアチャイム?」
「とにかく"ハンドベル"は、懺悔室に行って確認してみるのがいいかもね」
たしかにそれがいいかもしれない。
後は、倒れた角の近くに聳え立つ大木の幹。
ここに紐状のものが巻き付いているけど……あれは、なんだ?
「これって“ホース”……ぎゃっ、壊れちゃったのだ!?」
大豊が“緑色のホース”の先端を持ち上げると、ぱっくりとホースが割けてしまった。
それにしても長いな。数メートル……少なくとも10メートルはありそうだぞ。
ここの植物園の水やりはスプリンクラーがやっているようだから、これは誰かの所持品なのだろうか?
「あ! なんか書いてあるのだ!」
「なんて?」
「なんだろ? カッスカスにかすれちゃってるのだ!」
「一文字だけは分かるかも。たぶんRかな?」
たしかに、Rにも見えなくはない。
実際はなんて書かれているんだろうか。イニシャル、名前だろうか?
でも、Rが入っている名前の人なんてたくさんいる。俺だって、それこそ大豊にだって入っているからな……。
それと気になるところと言えば、このトラクター型の"芝刈り機"ぐらいか?
大豊は、とことこと近づいて芝刈り機に飛び乗った。
おもちゃ箱を探る子供のように覗き込んでいる。
やがて、ぴょこんと機械から飛び降りて、マナクマのイラストが描かれた手帳を持ってきた。
「せつめーしょがあったよ! 七島っち、読んで!」
「よ、読み聞かせじゃないんだから……ええっと、なになに……最先端芝刈り機。パワーは20万馬力。前進するには後退ボタンの左手前にある極小のレバーを引き、稼働のボタンは赤のレバーの隣の青いボタ…………うーん……」
俺ですら読む気が失せてしまった。
非常に読みづらい……というか、まどろっこしいな。
「このしばかりきがあれば、桃太郎のおじいさんも楽になれたかもしれないのだ!」
「なにかを動かすっていう時にも使えるかもね。20万馬力っていうと自動車と一緒かな」
……あとは、分断生活前にランティーユと見た看板ぐらいか?
もう一度、確認してみたが、文言に追加はないようだ。
AM4:00~6:00 床の整備
上記の時間帯は植物室を封鎖いたします。
入園している者は処罰を与えるので注意すること
それにしても床の整備という言葉は違和感を覚える。
土ならまだ分かるのだが、その違和感の証拠が今は見当たらないな……。
見張りと紅の介抱は天馬に任せて、黒生寺と大豊と俺で探索を始めた。
大豊は懺悔室に走り出して、俺と黒生寺は職員室に向かった。
黒生寺にあまり動いてほしくないのだが……頑なに行きたがるので仕方なく連れていくことになった。
黒生寺は歩くたびに、足をズルズルと引きずっている。
立つのも厳しいときがあるのか、たまに壁に手をついていることもあった。
早く手当をしないと、まずいことになるかもしれない……
職員室で変わったところは……まず、たくさんの武器が置かれた教師用の机に、一つ"鉄パイプ"を手に取る。
薄い汚れが先端についているのが気になるな。
それにしても鉄パイプが置いてあるなんて、職員室というより廃墟にも思えてしまう。
「……おい。見ろ……」
そんなとき、黒生寺は銃口で一つの机を指し示した。
そこには、"一羽の桃色の折鶴"が置いてあった。
……なんだこれ?
そう言えば、以前俺も同じようなものをもらったような。
あれは、今は自分の部屋に置いたっけ。でも、あの鶴を折ったのって……
"桃色の折鶴"を手に取ってみたが、なんの変哲もない折鶴だ。
「見ろと言ってるだろ……」
「い、いや、見てるけど」
「違う……この節穴が……!」
乱暴に奪い取られると、黒生寺はあっという間に折り紙の鶴を解体した。
見ていて気分のいいものではなく、思わず顔をしかめてしまう。
「思った通りだ……」
吐き捨てるように言うと、ばん、と黒生寺は机を殴り……いいや、違う。
看板にお尋ね者の張り紙を張るように、広げられた折り紙を叩きつけたのだ。
AM 1:30~2:00 植物園 LSA
「ええと、これは?」
「桃色の紙と時間に場所……違いない……"怪盗の呼び出し方法"だ」
「なっ、なんだって!?」
怪盗の呼び出しって、そんなことができるのか?
いや、それよりも……。
「なんで、そんなことを知ってるんだ?」
「ヤツ自身が教えてくれた……"桃色の紙に場所と時間"。それが書かれていれば怪盗は必ず来る……」
「そ、そんなバカな。ご丁寧に時間指定までして……」
「終わり時間も書かねえとヤツは来ねえからな……」
「このLSAは? ロサンゼルス?」
「ンなワケあるか……Living suicide aspirants……生ける自殺志望者の略文字……ヤツが見たって証拠だ……」
中二病を拗らせた呼び名とサインだな。
誰があんな怪盗を呼び出そうとしたっていうんだろう?
でも、この丁寧で丸っこい字、しかも折り鶴ときたら……?
「おーい、2人とも!」
その時、ぱたぱたと頭数個分小さい大豊が駆け込んできた。
「大豊、懺悔室はどうだった?」
「たしかになかったよ! 一本……えーと、ドーナツのドでしょ。レモンのレに。ミはミカン……だったっけ? そうそう! ミの"ハンドベル"がなかったのだ!」
「deerのdだろ……」
「そういうカルチャーギャップはいいから……他になにか気になったところはないか?」
大豊は「うーん」と考え込む。
彼女なりに脳をフル回転させているのだろう。
「そうだ! 教会の奥におっきいベルがあったよね! それの"丸いところがなくなってた"のだ!」
「ええと、どこの部分だ?」
「だから、丸いやつ! ベルの中に入ってて、それで、ごーんって鳴るの!」
つまり、大豊が言いたいのって。
鐘の音を鳴らすために入っている……。
「それって
「ゼツ?」
「あー……ええと。鐘の中に入ってる音を鳴らすための重りだよ。あれは人間の舌……ベロ。あるだろ? それの漢字。千の下に口って書いて、"
「あれってベロっていうの? そうなのだ! ベルの、ベロがなくなっちゃったのだ!」
「くだらんダジャレだ……」
でも、それは気になるところだな。
壊れたにしても、なぜ、"舌"が消えているなんて。
ふと、大豊は職員室にあった"黒い金庫"に目を止めた。
「ねえねえ七島っち。この"金庫"って、開けっ放し?」
「え? ああ、これか? 俺が来たときから、ずっとこうだぞ」
「そーなの? あたしね、4階が開いた最初に、ここに寄ってみたんだよね。卒業証書ないかなあって……」
「能天気なこった……」
「あ、あたしは、元気がとりえだから! ……でね! その時、"金庫"は閉まってた気がするのだ! てきとーに8686って、数字入れてみたけど開かなかったの覚えてるから!」
俺も思い出してみよう。
最初に来た時、金庫は……開けっ放しではなかったな。
いや、開けっ放しじゃなくても、金庫になんで気づかなかったんだ? 角の言葉に翻弄されたせいか?
でも、今こうして金庫が開いているということは……?
「あと、ついでに工学室と多目的室も見たけど……なんもなかったのだ。天馬っちも来てくれたけど、それでも手がかりなし。階段もシャッターが閉まったままなのだ……」
どうやら俺たちが調べられるのは、ここまで……なのだろうか。
大豊はしょんぼりと肩を落として、頭を両手で抑える。
「ううっ、ぜんぜんわかんないのだ……そもそも角っち、どうして死んじゃったのだ……? ちょっとヘンテコリンだったけど、すっごく優しくて強かったのに! 死んじゃうなんておかしいのだ!」
「死んでない……」
「……へけ? くろなまでら? そ、そりゃ、あたしもそう思いたいけど……でも角っちは」
「アイツは殺されるようなヤツじゃねえ……」
「お、おい、黒生寺。お前は一番近くで見ただろ? 角は」
思わず、言葉の端を意図的に切ってしまった。
これ以上言うのは、俺にとって……さらには、黒生寺自身にも蛇足のように思えた。
「なあ、黒生寺。……ずっと植物園にいたのか? トイレに行ったんじゃないのか?」
「懺悔室で寝ていた……」
「寝ていた?」
「……なにが悪い?」
「じゃ、じゃあ、その後……どうして植物園に行ったんだ? あと、お前はいつ植物園に」
「質問ばかり投げるんじゃねえ……勘が騒いだ……それだけだ……」
『アイツを助ける。命を賭けても……』
あの日、植物園で話した時にお前は言っていたよな?
お前は守られた借りを返すために助けるって言ってたよな?
だけど、黒生寺。お前は本当に……。
「いったい、なにを考えてるんだ……?」
尋ねてみても、黒生寺の横顔は沈黙を貫くだけだった。
『密室(笑)死体移動(笑)というわけで、今回もおなじみ、THE・マナクマファイル~!』
図書室の扉の目の前で茫然と佇む俺たちの前に現れたのはマナクマだった。
ぬいぐるみに慣れたっつーのもムカつくが……ヤツの手からタブレットをぶんどる。
画面に映し出されたのは、死に怯むことなく立ち向かっていたはずの……。
「マダム角!? どうして……?!」
「ってか、なんで4階で死んでんだよ!? くそっ、早く行かねえと……!」
Uターンをするが、立ちふさがったのは。
無機質な青い光を帯びた目のマナクマだった。
『どこにー?』
「どけっ! 4階に決まってんだろーが!」
『無理だよ。まだ終わってませんよ? コロシアイ避難生活』
「……はあ?」
『だって死んでないもん。危険人物』
本気で言ってんのか、こいつ。
ガチで怪盗殺さないと、分断は続いたままかよ!?
『うぷぷ、萩野くんこわーい! 眉間にシワがとれなくなっちゃいますよ?』
「……でも、そこまでアンタが悠長に言える理由は、救済措置があるってことかしら? 学級裁判も開く気満々だし……」
『ど、どぎぃっ!? や、やだな、錦織さん。なにを言ってるのよ?』
「別に……? 独り言を言っただけよ……」
『きっ、希望ヶ峰学園の隠し通路は世界一ぃぃぃっ!!』
突拍子もなく叫んで、マナクマは消えてしまった。
言うだけ言いやがって。くそ、逃げ足だけは早いな。
でも、今、明らかに錦織の言葉に動揺してやがったな?
「まずは図書室で調べましょう。マナミと通信しなきゃ……」
錦織が扉を開けて、俺たちは図書室に足を踏み入れた。
最初に目についたのは、床に倒れた一つの木製の棚。
そこから飛び出して散らばったであろう数々の多彩な本。
薄汚れたカーペットの上の中心で。
辺見ルカリスはガムテープで縛られたまま、ばったりと倒れ伏していた。
「……………アナウンスは鳴らないわね」
「え、ぢょ、ぢょっど……そ、そうでずよ。死んでまぜんがら、だすげでくだざいぃぃぃ」
棒立ちの俺たちに、辺見は情けない声を発した。
相変わらず、手首をガムテープで手錠のように前で縛られて転がされている。
このままでも別に構わねえのだが……仕方ない。起こしてやろう。
起こすや否や、わっ、と肩に頭を埋めれて……。
「だっ!? お、おいこら、引っつくな!」
「だ、だだだって、こわかったんでずがらっ、ほ、ほんどに、じぬがど思っでぇっ!!」
「わかったから鼻水拭けや!」
「縛られてるから拭けまぜんよぉっ! というか、どうじで、みなざん助けでぐれながったんでずがっ! 何度も叫んだのにっ!!」
「聞こえるわけないじゃない……」
めそめそと泣いている辺見は、ざまあねえ。
とは言うものの、こんなヤツでも俺が泣かせたみたいでいい気分はしねえか……
「っつーか、なにがあったんだよ?」
「そ、そうですよ! あれが急に来たんですよっ! "真夜中の0時"に!! かまいたちの夜かと思いましたよっ!?」
「あ、あれって、誰だよ?」
「"怪人! マナクマヘルメット男"ですよ!」
「怪盗が来たのね……」
「え? そ、そうですけど、反応軽すぎません?」
「ウィ。じゃあ、首見せてよ」
辺見が項垂れると、色素の薄い髪が滑り落ちた。
案の定、細い首筋には蚊に刺されたときのような斑点があった。
「注射の痕だわ……」
「えっ」
「覚えてねーんか?」
「気絶してしまいまして。っていうか、えっ。えっ、え?」
辺見は挙動不審げに首を何度も横に振る。
やがて、だらだらと滝のような汗と涙を一斉に流し始める。
「う、うそでずよね……!? このまま死んじゃうんでずがっ!? 萩野ざんや、紅ざんと一緒で!?」
「あー……まっ、そうじゃねーの?」
「にぎゃあぁぁぁあぁぁっ!? なんでですがぁぁっ!! 私、なんにも悪いごとじでないのにぃっ!!」
「うるさいな! たまには黙るということを覚えなよ!」
「わぁぁぁぁあぁぁあ!!!??! 病人なのにあんまりでずぅぅ!! 神様でも仏様でもサタン様でもサンタさんでもいいから助けでぐだざいぃぃっ!!」
ったく、うっせえな。俺より元気じゃねえかよ。
子供のように泣きじゃくる辺見はさすがに可哀想……なワケねえか。
ってか、いつも以上にウザったくなりやがった。
「とにかく、こいつからの情報はこれで充分よ……」
……それも、そうか。
錦織は黙ってパソコンの前にある椅子に腰をかけた。
手際よくタイピングをする彼女は、こうして黙ってりゃクールビューティーなキャリアウーマンなんだけどな……
「マナミ、聞こえる……?」
『お、おはようございまちゅ、錦織ちゃん。声がちょっと掠れてまちゅけど、お風邪でちゅか? おみかんやビタミンCを取ってくだちゃいね?』
「アンタ……もしかして知らないの……?」
『え? どういうことでちゅか?』
「魔法少女が死んだわ……」
『……………へ?』
臆せず答えた彼女に、ランティーユが眉根を動かす。
今までも、被害者にも加害者にも情けなんて持ってなさそうだったから。
ある意味、仕方ない受け答えではあるが……。
それに対して、マナミは動揺を隠しきれていないようだった。
『………??? え、えと。なに言って……さっきから全然、みなちゃんがパソコンを開いてくれないのは知ってまちゅけど……えっと。アナウンスっぽいのも聞こえたのは知ってまちゅけど……? え……角ちゃんが……う、うそ。でちゅ、よね? なんで角ちゃんが……っ!?』
「そういうのは後にして……とにかく私の質問に答えなさい……昨夜の2時に終わるって話だったわよね? USBメモリーの解析はどうなった?」
『…………』
「…………ちょっとマナミ。いいから早く」
『錦織ちゃん! 悲しくないんでちゅか!?』
甘い声に鋭い語気が見えたと感じたのは俺だけじゃなかった。
錦織はひくりとキーボードにのせていた指を揺らした。
『おムネがちぎれそうでちゅ……あ、あんなに優しくて強くて、笑顔が素敵な角さんが、死、死んじゃうなんて……っ!?』
「……そうね……魔法少女は超がつくほどのおひとよしだったし……でも、それは後。早くデータを」
『錦織ちゃん!? なんでそんなこと言えるの!?』
それは初めて聞いたマナミの怒声だった。
錦織の両肩が叱られた子どものように震えたようだ。
『人が死んじゃっているんでちゅよ!? しかも、今まで、いっぱい話してきたお友達が!! どうしてそんなに冷静でいられるんでちゅか! 錦織ちゃんにとって、みなちゃんの死は数字なんでちゅか!? データなんでちゅか!?』
珍しくヒステリックに叫んだマナミにも驚いたが。
……それよりも。
耳を傾ける錦織の横顔が凍りついていた。
長く重い沈黙に、さすがにマナミも察したのだろうか。
人間らしいもので、アイツは息を飲んだようだった。
『あっ……え、えっと。ごめんなちゃい、錦織ちゃん。……あ、あちき、取り乱しちゃって』
「…………それで、解析結果は?」
錦織は至極静かな声で尋ねた。
…………それでいいんか、錦織。
少しぐらい「私だって」と怒ってもいいはずだ。
『……あ、あの、それが……』
「な、なによ……まだ感傷に浸ってるつもり……!?」
『そっ、そうじゃなくて! 実はUSBは突然抜かれちゃったので……』
「ああぁぁっ!? や、やっぱりアイツら、なんにもしないで抜いたわね……っ!!? で、でも、バックアップは取ってるんでしょう!?」
『そ、それが……錦織ちゃん……』
分かりやすいほどに、相当マズい状況だと察せられる言葉の濁しようだ。
錦織の目はカッ、と大きく見開かれる。
「!? ウソでしょ……アンタ……」
『ごっ、ごめんなちゃい錦織ちゃん! 解析結果、残ってないんでちゅ……!! なんの成果も得られませんでちた! う、うっ、うわぁぁん!! 自分でもドジでノロマなウサギだってわかってまちゅから怒らないでくだちゃいぃ!!』
彼女は手や指先がワナワナと震え始めた。
ああ、これはヒステリックな雷が打たれるな……。
と思いきや、錦織は勢いよく親指の爪を噛むだけだった。
「い、いや、アンタのせいとも限らないわ……私はもしもの時に“USBのロックを外した後は、すぐにパソコン本体にデータを残すよう設定”していたのよ……!? それなのに、データが一切残っていないなんて……そうなると……」
「そ、そうなると、どーなるってんだよ?」
「きゅ、急にしゃしゃり出てくるんじゃないわよ!? と、とにかく“誰かがノートパソコンの設定を変えた”としか考えられないわ……!」
「な……!? だれが、なんのためにだよ!?」
「いちいち、うるさいわね……! そんなのこっちが知りたいわよ……!?」
口喧嘩のように俺たちは必死に言葉を交わした。
それに対して、「マダム錦織」と間に入ったのはランティーユだった。
彼は柔和な顔立ちだったが、眼差しは凛々しく冷淡だった。
「ぼくは機械に詳しくないけれど、君が図書室のパソコンを利用して遠隔で消せる可能性はあるのかい?」
「……は、はぁっ!? なんで私が情報を消す必要があるの……!?」
「パルドゥン。……ぼくは、可能性を聞きたいだけさ」
「で、できないわよ……マナミと違って、こっちのパソコンは年季が入っているもの……だいたい遠隔で操作できていたら、とっくにUSBメモリーの解析はずっと前に終わってるわ……」
「……ウィ、言われてみれば」
ランティーユは頷いた。
だけど、それは錦織の言葉というより、自分一人で納得しているようなものだが……。
『ぐすん、ぐすん。ごめんなちゃい……』
「ぐ、ぐぬぬ……消えたものは仕方ないと言いたいけど、この恨みどう晴らせばいいのやら……」
『ううっ、あんまり許してくれなさそう……!? え、ええと、後は……USBとは別で調査していたらこんなのも見つけまちたので送りまちゅね……あちきからは以上でちゅ、ううぅ……』
涙声のマナミからの通信は途絶えたようだ。
俺とランティーユで背後からパソコンを見ると、少し長めの文章が目に入った。
『〇月〇日 面談結果』
本日、生ける自▲志望者は、▲●■と腰を据えて面談を行った。
その▲●■は、見た目は穏やかであるが、▲●を愛してやまない●であった。
生ける自▲志望者は、その●に生ける自▲志望者を▲し、救済を与えよと望んだ。
それを聞くや否や、×は歓喜して生ける自▲志望者に鉄パイプを振り下ろす。
生ける自▲志望者はひらりと間一髪すれすれで避け、机をへこませた。
嗚呼、なんて素晴らしき身のこなし! 生ける自▲志望者も喜びに満ち溢れた。
残念ながら、この日の×は(本●曰く)パワー不足と言い、生ける自▲志望者を▲すことはできなかった。
しかし、必ずや生ける自▲志望者の望みを叶えると意気込みを語ってくれたのであった。
それに伴い、生ける自▲志望者は、×と学園長にも秘密の契約を結んだ。
自分を▲してもいいが、他の生徒は▲してはいけない。
そして、×の、もう一つの●◆を誰にも言わないことを約束したのだった……
「恐らく怪盗が残した文書ね……」
「生ける自……なんだぁ? 変な書き方しやがって」
「……あ、そうか。ムッシュはまだ会ったことがないんだよね。あんなの会わなくていいんだけど……」
しかし、文字化けか検閲か、文字が抜けてやがるな。
ランティーユはそもそも日本語を読むのが苦手なのか、険しい顔つきで、文字ではなく画面全体を眺めているようだ。
「恐らく同じ記号のところには、同じ文字が入るのかしら……一応、情報としては持っておいていいのかも……」
錦織はそう言って、また楽器の演奏のようにキーボードに指を打ち付ける。
その背後でランティーユがじっとパソコンの画面を監視するように眺めていた。
さっきの話といい、ランティーユはどうしちまったんだ?
……と思っていたら、俺の右隣に気配が。
辺見が擦り寄ってきやがった。
にゃんこだったら癒やされるが、こいつにやられると苛立ちしか沸かねえ。
涙は止まったようだが、ズズズ……と鼻水を啜っている。
「ぐず、ぐず……あ、あのあの。ランティーユさんと錦織さんってケンカしてらっしゃいます?」
「ああ? おめーにはカンケーねーだろ」
「そうですか。昨日もあなたが倒れたあと、かなり錦織さんのこと憎悪に近い目で見ていらっしゃいましたけどね。それにランティーユさんなんかは……」
「っるせーな。黙ってろ」
一声で黙らせてみたが、ある言葉が引っかかった。
――それに、ランティーユさんなんかは……
……いったいなんだ?
気になるが、こんなことを聞いたら下世話だ。
井戸端会議と同じ、くだらねえヤツの解釈のはずだ。……そうに違いない。
それに不仲なのは認めるが、本人たちの前で認めたら俺の面目が潰れる。
大体、辺見の言うことを真に受けてたまるかよ。
そこまで、アイツらは軽率じゃないことは知ってるんだからな。
やがて、錦織はパソコンの電源を落とした。
どうやら調べ物が終わったみたいだ。
「3階美術室……」
「なんだって?」
「"学園検索ツール"の結果を転送してみたけど、そこが一番不審なところが多かったわ……調べてみましょう……」
そう言って、錦織は椅子から立ち上がった。
が、「待ってください!」という情けない声も。
俺の右隣から発せられたので、うるせえ、と睨みつけるが効果はなかった。
「わ、私も連れてってくれませんか?! なんでもしますからっ!」
「なんでもだぁ? じゃあ、今すぐ豆腐の角で頭ぶつけてこいや!」
「わあぁぁぁんっ! それは死んじゃいますからイヤでずぅぅっっ!!」
「死なないよ!? だから一回ぶつけてこいよ!?」
「アンタたち、そいつに構ってる場合じゃないでしょ……!?」
そうだけど、やっぱり腹立たしい。
ボコボコにして総入れ歯にしてやりてえぐらいだ。そうじゃなきゃ気が済まねえ。
それを察されたのか、錦織が俺の腕を慌てて止めた。
「と、とりあえず、こいつも連れていくわよ……」
「あ!? なんでだ?」
「もしもの時のおとりよ……」
「おとり?」
「怪盗用の」
……ああ、なるほどな。
わんわんと取り乱している辺見に彼女は流し目を送った。
「ま、そーだな。少しでも変なことしたら、破れたミットのように針で唇縫い付けてやっからな」
「わぁぁぁぁぁっ!! いやですぅぅ!! それだけは死んでしまいますぅぅぅっ!!!」
「死なないだろ、この死神ヤローっ!」
ランティーユ手厳しく辺見に言い放った。
まあ、好きなヤツがひどい目に遭わされたら、こうもなるか。
「な、なによ、じろじろとこっちを見て……行くわよ……」
錦織はぷい、とそっぽを向いて歩き出した。
っていうか、見てねーって。
それはともかくとして、俺たちも一緒に駆け出す。
「あっ、あっ! 私も! これじゃ、動けませんっ!」
「逃げたりしねーな? 逃げたら、おめーの髪を全部毛根から抜いてやるからな?」
「そ、そんな羅生門のおばあさんみたいなことしないでくださいぃ! 私の髪は売れませんからぁ!」
しくしくと泣いている縛られた辺見のガムテープを乱暴に外す。
ったく、めんどくせーヤツだ。
その分、七島は手がかからないよな。……頼むから、無事でいてくれよ。
美術室に向かうと、ニスや油絵の独特な匂いがツンと鼻にきた。
いつまでたっても閉鎖的な空間だから、外の空気を吸いてえ。
夕日に向かって走るなんて今時のスポーツ漫画でも廃れた文化だけど、外に出たらそれを真っ先にやりたい。
それほどまでに、今は体が外で走ることに飢えていた。
ざっと見回したところ、美術室のフロア自体はなにもなさそうだ。
「あとは……天井裏か? おい、辺見。見に行って来い」
「え? いやですよ。パラシュートなしで行くなんて無謀にも程がありませんか?」
「四の五の言わずに、さっさと行けや!」
「ほげゃっ!?」
奴のケツを手の甲でぺんと叩いたら、悲鳴をあげやがった。
わざとらしく尻を抑えて、小動物のように目を大きくさせ震える。
「ひ、ひどい……! おじさんにも、おしりはぶたれたことないのに!」
「君、本場のおしりぺんぺんを知らないからそんなこと言えるんだろ!? ぼくのパパのはもっと痛いぞ!」
「あ、あんたたちのおじさんとパパの話はどうだっていいのよ……! さっさと行きなさい……! それとも怪盗のエサにされたいの……!?」
「ぎゃああぁっ! 怪盗さんの3時のおやつは嫌ですぅぅっ!!」
慌てて、辺見ががたがたと手を震わせながら梯子をのぼる。
俺も続いて梯子をのぼり始めた。
途中途中、やたらと止まるのが苛々するが足を叩くわけにもいかない。
落っこちたら、またマナクマのファイルが増えてしまう。
とりあえず、なんとかみんなで登りきった。
しっかし、狭いうえに天井が低いな。早速、辺見が頭をぶつけて涙ぐんでいる。
特段気になるところは……
「……? これは……なんだろう?」
ランティーユが指をさしたのは梯子の真上の天井。
そこには小さな小窓みたいな鉄製のドアがあった。船で言うとハッチ……みたいなもんかな。
いかにもクサい。怪しすぎるぜ。
錦織は俺たちを少し押しのけて天井裏の奥へと潜り込む。
「ブレーカーの隣にあるスイッチ……おそらくだけど、これが、入口扉が出てきたことに関係がありそうだわ……」
「へえ? どうしてそう思うんだい?」
「私の記憶だと塔和グループが開発したものに似ているのよ……それが正しければ、このスイッチは"特殊な電波を当てれば仕掛けが作動する仕組み"だったはず……つまり、誰かが特殊な電波をブレーカー横のスイッチに当てたことによってドアが出現した……そう考えられるわ……」
錦織の情報量にもビビるけど、電波を流すっていうのもなんなんだよ?
だいたい、そんなもん開発したところで、なんの役に立つんだよ?
アスレチックとか、脱出ゲームぐらいにしか実用性なさそうじゃねえか……。
「まあ、御託はいいので、扉を開けましょうよ」
「あんた敬語キャラのくせに、脳筋みたいなこと言うのね……!? まあ、悔しいことに、同意見だけど……」
たしかに、これには辺見の言う通りかもしれねえな。
いや、辺見の言う通りというか、当然の話かもしれねえが。
早速、俺は取っ手を握りしめて、めいっぱい押してみた……が、びくともしねえ。
「い、いちおう、アンタは病人なんだからムリしないでよ……」
「こんぐらいイケる……!! だ、だいたい、俺がやらなきゃ誰も開けらんねえだろ……!」
「押してダメなら引いてみろ! ……ですよ?」
「んっぐ、ひ、引きでもダメかっ!? くそ……っ、ぅおっ!?」
瞬発的に力をこめて押したことで、ようやく扉が開いた。
飛び上れば……あるいは誰かを持ち上げれば行けそうだな。
「よっし、開いたぜ。辺見先行け」
「なにをおっしゃってるんですか? 私は跳び箱は三段までしか飛べなくて」
「うるせえっ! ほれ、行けっ!」
「へ、っうぎゃぁ!」
無理矢理、辺見の尻を持ち上げて乱暴に上にあがらせる。
どすんという鈍い音が天井から響いた。
「うえぇぇ痛いぃっ! ひどいじゃないですか萩野さぁぁん?!」
上から泣き声が聞こえるけど、聞こえない。聞こえない。無視だ。
「びぇぃぃん!! あばら骨が3本ぐらい折れ……っぎゃっ?! わぎゃぁあああぁぁぁぁぁっ!!!?」」
だが、戯言の後に続いたのは本格的な悲鳴だった。
俺と錦織。そしてランティーユで、すぐさま顔を見合わせる。
「ランティーユ、先に」
「ウ、ウィ」
次にランティーユを丁寧にあがらせる。
鋭い息を飲む声が聞こえて、どた、と尻餅をついたような音が聞こえたが、錦織もあがらせよう。
「ア、アンタが先……っ!」
「あ? な、なんでだよ?」
「お姫様だっこは、王子様じゃないと……」
「わーったよ!! 注文が多いなっ!?」
仕方なしに俺は勢いよく飛び上がって上の階によじのぼった。
最初に目に入ったのは、天井は機械状のタイル。
それは床も同じく機械状というなんともSFチックな異質な空間だった。
部屋の壁には金持ちの家のテレビかと思うほど巨大なスクリーンにタッチパネルが併設されている。
そして、なによりも。
ぐちゃぐちゃの血の海。
部屋の中心でだらりと手も足も投げ出したまま倒れ伏しているのはマナクマのヘルメットを被った……
「っな!? なんだぁっ?! 死んでやがるのかっ!!?」
ピンポンパンポーン……
『死体が発見されました! コロシアイ避難訓練をこれより終了いたします! そして引き続き"コロシアイ青春生活"を続行いたします!』
アナウンスが正解と言わんばかりに解答を導いた。
多目的室で、俺はパソコンで写真を見返しているところだった。
隣では黒生寺が足を投げ出して寝転がっていた。
時たま、苦悶の表情を滲ませながら目を瞑っている。
1枚目の写真は、四月一日が大豊の後ろに立って髪を結っている。後ろの黒板の前では、BB弾銃を構えた黒生寺、そしてステッキを持った角が手を振っているようで……後、天井にニンジャのように人が張り付いてないか? これ、怪盗じゃないよな? ピンボケしてて見辛いけど……
2枚目の写真は左から、騎士の格好の紅、王子服のランティーユ、ドレスの藤沢、黒いローブの円居の順で並んだ文化祭らしき光景。後ろでは真田や萩野たちが大道具を作っている。
3枚目の写真は机を並べているが、左から井伏、十和田、辺見、真田、の順番で一緒にいる。十和田は井伏の頭の上にのった小竹を見てニヤニヤしている。辺見は謎の真顔ダブルピース。その隣の真田は、右手にはさみを持ってピースサインを作っている。……よく見ると、手袋をはめたランティーユの手が左端にピースだけ見えた。
4枚目は、左から錦織、天馬、俺……七島。萩野の順で映っている。廊下なのだろうか。背景は窓も扉もない壁だ。特に気になるところはそれ以外にない。
5枚目は校庭で、黒生寺、角が並んで笑っている写真だ……黒生寺の体操服の胸付近には、星の保安官マークがきらりと光っている……俺たちの学園生活ではこうやって笑っていたのだろうか。
こういうところに、なにか手がかりがあればよかったのだが……ますます濃い霧が広がるだけだ。
そんな思いを馳せている時に、それは突然鳴った。
避難訓練の終了と、死体発見のアナウンス。
それが意味することは……。
『………え? ……あ、ああ……そんな……先生……?』
パソコンから震えた音声が発せられる。
「…………バカな…………そんなワケが……」
黒生寺も素早く起き上がり、アナウンスが鳴ったスピーカーに視線を移す。
いつも寝起きのような目つきの悪い瞳が見開かれていた。
「……ふ、ざけんな……こ、こんなこと……! 何故だ……なんで………また…………、だけが…………!」
右足が痙攣したように震えているのは痛みが疼いているせいなのか。
それとも、俺たちにも理解ができる感情に塗れているせいなのか。
だけど、俺はなにかを思いを馳せることはなかった。
……俺たちの脅威が消えた。
その事実を、黙って受け止めることしかできなかった。
俺は目を見開いたままアナウンスを聞いていた錦織を引き上げた。
死体を見た彼女は歯を食いしばり、顔をすぐさましかめる。
『ふひー。頭が蒸れちゃったよ』
どこからともなくマナクマが現れて、ぱん、ぱんと防災ずきんを払っていた。
っていうか、ここ。なんだよ?
そもそも、このマナクマのヘルメットを被ったヤツは……
『なにはともあれ、おつかれちゃん! 危険人物は排除されましたね!』
「や、やっぱ、これが怪盗かよ……!?」
俺は、もう一度ヤツを見遣る。
怪盗と指された人物は崩れ落ちているという表現が似合うだろう。
首筋から垂れているのは血か、はたまたオイルなのか。
焦げ臭く不快な匂いが辺りに漂っていて、思わず眉間にシワが寄ってしまう。
「こいつも気になるけど……そもそも、ここは、どこなんだい?」
『ここは、"第二工学室"でーす!』
「……工学室? ってか『第二』だぁ?」
「まったく、ロッカールームに引き続きですか? 第二はラジオ体操だけで十分ですよ!」
『2は良作が多いからね。と言うわけで、マナクマファイルもパート2でーす!』
マナクマはタブレットを渡したかと思えば、羽虫のように見失い消えてしまった。
しかし、あんまり長居ははしたくねえな……さっさと調べよう。
改めて怪盗の死体を眺めた……俺はなんだかんだ言って初対面か。
足も長くて、細身だが体格も引き締まっているようだ。
こんなヤツが壁を走ってたとなるとホラーの域だな。
『マナクマファイル②』
被害者:???(元超高校級の怪盗)
備考:頭部の損傷が非常に激しい
ったく、こっちも死亡推定時刻や死因はなしかよ。
……しかも。
「おいおい、なんで名前がないんだ?」
「この学園に在籍していた詐欺師も本名がなかったと聞くわ……こいつにもなかったのよ。本名も本当の顔も……」
ランティーユは目を伏せて深く溜息を吐いた。
手を合わせた後に、彼は腰を下ろしてヤツを確認する。
その間に、俺はぐるりと空間を見渡してみた。
よく見ると、"床の機械のタイル"が一つヒビ割れていた。
一点を勢いよくパンチしたような、そんな割れ方だがこれは……?
「"Yシャツの襟が切れている"みたいだ。……けど、首の切り傷は無さそうだね……」
彼はぶつぶつと言った後に、ヘルメットに両手をかける。どうやら外そうとするみたいだ。
……が。
「―――ひっ……!?」
素早く後ずさりをしてランティーユは顔を背けた。
白い手袋をはめた手で口を慌てて抑えたが、足に力が抜けたのか崩れこんでしまった。
彼の血色のいい顔がたちまち青褪めていて、慌てて俺は駆けよって背中を支える。
「だっ、大丈夫か!?」
「う、うん。ただ、中身は見てないけど………嫌な予感がして」
「……嫌な予感?」
「一瞬、骨の首がありえない方向に動いたようで……そうだね。日本語の擬音でいうなら、ぐにゃん……っていう…………」
それは嫌な予感、というか、最悪の事実しかなさそうじゃねえか?
ランティーユは頭を振りながら、大きく深呼吸をした。
「……ウィ……とにかく、ぼくだけで確認する。だから君たちは見なくても」
「見せなさい」
キッパリと、冷酷に言い放ったのは錦織だった。
吐き気のせいで涙目になったランティーユだが、その言葉で、すぐさま微量の涙を拭う。
「……おや、珍しい。心配してくれるなんて」
「ア、アンタだけ情報を独占するのはフェアじゃないから……」
「それって君が言えたことかい? マナミの情報を最初は独り占めしようとしていたのは君のはずだけど?」
「私は情報を整理しているだけよ……!?」
ランティーユは目を瞑ったまま、錦織は俯き加減で、お互いの視線が交わされることすらない。
……おいおい、本格的に冷戦になってやがるじゃねーか。
っていうか、なんで、こんな時に険悪になりやがんだよ?
「お、おいランティーユ? 俺たちが心配だから、見せたくないってか?」
「みんなっていうより、ムッシュ萩野だよ。君は病気だから……得体の知れない病気のね」
「え? ちょっと待ってくださいよ。私も病気なんですけど?」
辺見はともかくとして、俺まで心配することはないんだが……。
「……大丈夫だ。直視はしねえよ。それに、ぼこぼこに顔が腫れたヤツなんて見慣れているぜ」
「ウィ。だけど、君の場合は試合だろ? これは現実だ。試合とは違って……それこそアンフェアな怪我なんだ」
「あんまり、おめーも抱え込まねーほうがいいだろ。それに、みんなで見たほうが色々発見はあるはずだぜ? 気に病むな。…………今となっては情けねえ話だけど、俺だってアンフェアな怪我はさせたこともあるさ」
怪我はさせたと言った時に、辺見がこちらを一瞥したようだが気にしないことにする。
ランティーユは目を少し伏して考え込んでいるようだった。
「……わかった。見たくなかったって思っても、ぼくを恨むのはやめてくれよ」
諦めたようにランティーユが言うと、彼は再び屈んだ姿勢に変わる。
そうして、一旦深呼吸をした後、両手をヘルメットに当ててゆっくりと持ち上げ始めた。
ぶち、ぶち、という引き千切るような、肉に押し付けられた刃を抜いたような汚い感覚が湧き上がる。
ヘルメットの隙間から、ぼたぼた、ばたばた、と固まった赤い塊、液体が滑り落ちて弾けていく。
それと同時に玉手箱のように、ほのかな煙が湧き出て立ち上っていく。
まるで、今まで閉じ込められていた魂が解放されるような…………。
「あ、ぅうぇぇえ………っっ!」
すぐさま辺見が口を抑えて、顔をばっと背けた。
俺にとっては、想像してたよりはひどくない……はずだ。そう何度も言い聞かせる。
だけど、あまり見たことのない損傷なのは事実だ。
殴られた、腫れあがった顔というのはイヤでも見てきたが、そういう類ではない。
損傷というよりは、熱湯の火傷を負ったとき似ている……のだろうか?
小刻みに震えた手で、ランティーユはフルフェイスマスクの中身を覗き込んだ。
「っな、中身は機械で張り巡らされているみたいだ……っ、詳しくないからわがんないげど……っぐぇ……っ、ち、血もあ、新じぐで、……ぅええ゛っっ」
「お、おい。ランティーユっ! よせ、無茶すんな!」
俺はランティーユからヘルメットを取り上げると、それを床に放り置いた。
っていうか、そもそも彼は鑑識じゃなくて鑑定士なんだよな……ここに来てから、人より五感が鋭いからって検視役ばっかりやって……
……いや、そうならざるを得なかったのか?
嗚咽を繰り返すランティーユの背は小さく、一瞬、幼い少年に思えるほどだった。
ふと見ると、錦織がつま先立ちで、そう、っとヘルメットの中を覗いている。
それは子どもが用水路を眺める横顔と似ていた。
カエルや魚がいないかという好奇心、あるいはなにも考えず、ただ動くものや流れるものを眺めているだけのような……。
どちらにせよ、あのヘルメットの中身で、その顔になるのはミスマッチすぎねえか。
「…………なるほど……これは……」
錦織は納得したように呟くと、部屋の隅にあった“物体”の前に立った。
……って、なんだありゃ?
それはカプセル型の筐体でチューブやコードがところ狭しと詰め込まれている。
ただ、こちらもオイルのような液体が流れていて完全に壊されているようだが……錦織は眉をひそめている。
「な、なあ、どうしたんだよ?」
「カムクラプロジェクト。知ってるわよね……あのときに使用された筐体とほぼ同じ構造だわ……」
そう言うなり、今度は錦織は巨大スクリーンに備え付けられたキーパネルをタッチしていく。
タッチパネルも血がこびりついてるけど……。
それでも、まったく気にすることなく、指を動かしてやがる。
「お、おめー、いつもビクビクしてるわりに、よくもまあ、説明書も無しに動かせるな?」
「予習済みよ……過去のカムクラプロジェクトの資料はすべて読み込んでいるもの……」
それ、もはや司書って括っていい才能じゃねえだろ……。
モニターには、人型のシルエットが描かれる。
やがて無数のアルファベットや数字が画面いっぱいに映し出された。
「……な……!? “Reanimation”……ですって……?」
「あ? なんつった?」
「“Reanimation”……蘇生、生き返らせるっていう意味だね」
「ふ、ふん、鑑定士は耳も聡いのね……アンタの言う通り。そして、もう一つの意味を付与するならば……“76期OGの薬剤師が残した強力な身体復活剤”のことよ……どうやら、それが怪盗に投薬されていたようね……」
そういうなり、錦織はスクリーンを指差した。
ったく、指差すのはいいが……英数字ばっかりで読み取れねえんだよ。
Reanimation_Charging 0230-0300 LSA
俺がわかる範囲はこの文字ぐらいだが……。
「なんだよ、これ?」
「さっき言った身体復活剤を怪盗に投与する時間帯が設定されていたわ……車にたとえるなら、ガソリンの給油みたいなものね……それで、給油タンクがこの筐体……コードをヘルメットに繋いで薬品を投与されていたみたいだわ……」
錦織はそう言って、カプセル型の筐体を指さした。
えーと、Chargingだから充電って意味か。
この時間帯の間に、充電……いうなれば薬を投与されてたってワケか?
でも、LSAってなんだよ? これは専門用語なんかな。
「だから飲まず食わずでも、あんな強靭的なパワーを出せていたのね。そして諸々の思考、神経回路も、ヘルメットで制御、洗脳状態だったようだわ…………死体を動かしてるも同然ね……」
「うっ、うぇぇ……もう少し穏やかに言い換えてくれません? どうして趣味が読書の人って、こんな悪趣味な話ができるのやら……」
「文句を言うなら、これを作った過去の人間に言いなさいよ……」
「しかも、絶望ウイルスも発症してたんだよな……!?」
「ええ……人間が想像できる範疇の絶望に蝕まれた怪物。そう言っても過言ではないわね……」
俺たちの敵だったとはいえ、そう聞かされてしまうと、いくらか憐れみが出てしまう。
…………だからと言って、他のみんなと違って同じカマの飯は食ってないワケだから。
そこまで深い感情も沸かねえかな……悪いが、この遺体は直視しがたい。
「うう、こんなの発狂ものだ……ヤツは完全な絶望病発症者みたいだけど……」
「わ、私も、こうなってしまうんでしょうか……!? それは、嫌ですっ!! 死にたくもないし、絶望も嫌ですよ!?」
「でも、こいつは一応死んだのよ。薬はもらえるはず……アンタにも、とりあえずは……」
それでも銃を向けられた子鹿のように辺見は怯えている。
こいつと気持ちが被るというのは癪だが、まあ、わからなくもねえ。
「で、でもよ、こいつは絶望……してたんだよな……?」
かつては整えられていたはずの、偽名の通り魅力的であっただろう顔立ちは面影もない。
文字通り、見るに堪えない顔であるにも関わらず。
だけど、その唇だけは。
「それなのに、こいつ笑ってねえか……?」
にっこりと奇妙なほどに曲がって見えるのは……俺の気のせいなのか?
「…………当たり前よ。生ける自殺志望とか以前は名乗っていたんでしょう? ようやく死ねたんだから、ヤツの本望じゃない……」
俺の必死の疑問に、錦織はさらりと答えた。
気がつけば、彼女は上に続く鉄製の梯子に手をかけていた。
……待てよ? 梯子が天井に続いているだけで、入口らしいものはないぞ。
それにしても、梯子で上に向かう光景をまた見てしまうとは。
少しでも生き延びようと水嵩から逃げていた、白衣の後ろ姿が思い起こされてしまう。
「お、おーい、錦織っ?! もう降りてこいって! そんな危ないことは辺見にやらそうぜ!!」
「ちょっと?! 私を鉄砲玉扱いしないでください! 私に愛の手はないんですか!?」
俺たちのやりとりも無視して彼女は梯子に黙々と足をかける。
3メートル程の梯子だが、穴が空いているわけでもない。頂上はただのタイル状の天井があるだけだ。
だけど、錦織はゆっくりとタイルを押して……押して……
押して……………。
「…………え?」
ピンポンパンポーン……
『オマエラ! 裁判したいかー!! 真実を手に入れたいかー!! 赤い扉へジャストミート! 集合だぁ!! ……あ、そうそう。いま、3階と4階の階段のシャッターも開けたから。そこんとこよろしく』
……それは唐突に告げられた、捜査の終わりだった。
調査を終えた大豊が多目的室に戻ってきた。何度も一人で4階を探っていたようだが、首を振るだけだった。
俺もノートパソコンで調査をしたかったが……
『せんせ……い……角、さん……うそ、でちゅ……あちき、信じまちぇん……』
このように、マナミは繰り返すだけで話を聞いてくれない。
彼女の大切な先生を探すと、角はマナミに優しく接していた。
……その二人がいなくなった今、マナミ。そして右足に手をあてて、渋い表情の黒生寺は……。
「く、くろなまでら。マナミっち……ど、どうしよう。七島っち」
どうしよう、と言われても。
置いていったところで、角もチャーミングも生き返るわけでもない。
裁判が始まるのは変わりないんだ。
俺はマナミのパソコンをゆっくり閉じて、一旦、大豊に手渡した。
「……黒生寺、行くぞ。立てるか?」
手を差し出すも、黒生寺は補助なしで立ち上がった。
だが、足が左右非対称になってきているように見えた。
支えはいらないとばかりに、彼は俺の体を押しのけると、のしのしと歩き始めた。
彼を追いかけるように多目的室を出て、植物園の扉の前で出迎えてくれたのは紅を支えている天馬。
……それと、もう一つ影が。
「っ!? へ、辺見っ!? なんで!?」
「や、やあ、どうも七島さん。おひさしぶりです。ご機嫌はいかがですか?」
辺見が、おずおず挨拶をしてきた。
その姿が見えるなり、大豊が慌てて黒生寺の後ろに隠れた。
動物の威嚇のように、今にも「しゃあッ」と吠えそうな勢いだ。
「ええと。見張っていた時に、急に現れて……」
「どうしてお前がここに……?!」
「で、でも私は犯人ではありませんよ! それにしても萩野さんたちもひどいです……私を置いていくなんて……」
「……え? 萩野?」
「まっ、それは追々お伝えしますよ。……とにかくアナウンス聞きましたよね? ほら、行きましょう! 早く薬をもらわなきゃですよ!」
そう言って、辺見は軽やかに走り去って行った。
……な、なんなんだ、アイツは。
「彼も、怪盗の襲撃に遭ったみたい」
「ざ、ざまあみろなのだ! テンバツがくだったのだ!!」
そう言えば、怪盗が死んだことで治療薬が出るって言ってたよな?
これで、萩野と紅も……あと、一応、辺見も助かるのか。
怪盗が死ぬことでしか、やはり解決策はなかったのか……?
泥沼のような感情が渦巻きながらも、俺たちは目的の場所に向かうため階段を駆け下りた。
久しぶりの1階に辿り着いたが、自室に戻ることも、一息つくこともできない。
そんな中、天馬がなにか大豊に耳打ちしていた。
「ふんふん」と聞いた後に、大豊はすぐさま走り出すと、すぐさま手になにかを抱えて帰ってきた。
「じゃじゃーん! 包帯と消毒液なのだ! くろなまでら、これで少しはよくなるのだ!」
「いらん……」
「あなたね……天邪鬼にも程があるわよ……」
紅が虫を噛み潰したような苦い顔で呟く。
様態は少し落ち着いたのだろうか、しかし顔面は蒼白で少しでも触れたら卒倒しそうなほどだ。
「黒生寺。このままだと走れなくなるぞ……」
「だとしても俺は包帯が巻けねえ……」
「で、でも、絆創膏を張ってた時はあったよな?」
「ふん……あれは勝手にアイツが…………」
……どうやら地雷を踏んだか。
黒生寺は仏頂面で黙り込んでしまった。
「包帯は私と七島くんが巻くよ。怪我の治療は、不運のせいか慣れているから」
しばらく眉をひそめていたが、やがて黒生寺は諦めたようにズボンの裾をめくった。
だいぶ腫れていたが、これを完全に治療できるかは黒生寺の免疫次第かもしれない。
俺は消毒液を浸して腫れに当てて、天馬は包帯をテキパキと巻いていく。
「これで、大丈夫だよ」
「…………借りは、いつか返す……」
そう言って黒生寺は歩き出して、赤い扉を左足で勢いよく蹴り上げる。
荒野劇のような乱暴な開け方だった。
「マドモアゼルゥゥ~~~!!!」
「はむぅっ!?」
すぐさま飛び出してきたのは、ランティーユだった。
大豊もお決まりの奇声をあげて、またしても黒生寺の後ろに隠れた。
あわや黒生寺に抱きつきそうになったランティーユは急ブレーキをかける。
……食料は俺たちより取っているはずだが、少し疲れているように見えるのは気のせいか?
「マドモアゼルと感動のご対面をしたかったけど……ま、まあ、そんなこと言ってる場合でもないか」
「ランティーユくん、顔色が悪いけど大丈夫?」
「ウィ……まあ、ちょっとね」
そう言って、ちらりと錦織を見遣った。
…………なにかあったのだろうか?
一方の錦織は不満そうに鼻息を鳴らしながら、俺の前に立って手を出す。
これは友好の握手……ではなさそうだな。
「ボ、ボサッとしないで……USBメモリー。それとマナミ」
そうだった。俺はポケットからUSBメモリーを出した。
大豊もビート板を持つ小学生のように両手でノートパソコンを手渡した。
錦織は両手でどちらも奪いとり、曖昧なおじぎで感謝された……のかな?
彼女はすぐさまノートパソコンを開く。
憂いを前面に押し出したマナミの顔がちらりと見えた。
「マナミ……今回は魔法少女、そして怪盗を殺した仇を取る必要はないわ……」
『えっ? あ、あの、錦織ちゃん?』
「アンタに犯人を見つける力はないもの……だから、いつものように黙って見ていなさい……私が代わりに、アンタの代わりに犯人を見つけてやるから……以上よ」
そう言って、錦織は半強制的にノートパソコンを閉じた。
彼女にしては珍しくも犯人を見つけると言い切ったな。
…………なにか、あったのだろうか?
「……よっす、七島」
そのとき、懐かしい声が俺に向かって歩み寄ってきた。
だけど、その体はふらりと揺れたと同時に、壁によりかかった。
声をあげる暇もなく、俺も彼の傍に駆け出す。
「萩野っ……大丈夫か?」
「す、すまな……あ、いや……なあ。七島」
萩野は壁に片手をつきながら、おずおずと反対の手を俺の肩に少しずつ伸ばす。
「ちょっと肩、貸してくんねーか?」
この一言を聞いて、なにも言わず、俺は肩を譲った。
萩野の硬い手からずっしりと重さを感じる。
彼の顔は、安堵と緊張が混じっていたが、親と再会できた迷子のように穏やかさも滲ませていた。
「ああ。なんだよ、ちょっとしっかりした肩になってるじゃねえか」
「そ、そうかな?」
「おうよ。やっと俺のトレーニングの成果がようやく出たか?」
「俺も、これから、お前のために肩をもっと広くするから」
「おっ、言ったな? 今まで貸した分はちゃらだ。だって俺たちは、一回親友をやめて、もう一度、やり直したんだ。そうだろう? ……これからはお互い、頼り頼られだぜ」
「そういうものなのか? 健?」
「へへ、きっとそういうもんさ。竜之介」
思わず名前で呼んでみたら、すぐさま返してきてくれた。
それが、こそばゆくもあり、胸が弾んだ。
そして、変わらない明快な親友の笑みに、俺も少し頬を緩ませた。
萩野も、俺の表情に気づいたのか、安堵の息をついた。
だが、すぐさま、どこか困ったように微笑む。
「……あー。でもやっぱ、七島のほうがしっくりくるか?」
「ははは……俺もそう思った」
「おうよ。だから改めて……これからも。また、よろしく頼むぜ。七島」
「ああ、萩野。また、よろしくな」
俺たちは手を互いに差し出して握手をした。
大きくて硬い憧れていた友の手。
それは、今まで以上に、「そこにいる」と実感できるものだった。
『少年誌的な展開はいらないよ。BLODDY! KILL! DESPAIR! メインテーマ忘れないでくんない?』
「チッ……っるせーなぁ。水差すんじゃねえーよ!」
「努力勝利友情が不要なのは同意ね……それで、治療薬はどうしたのよ……?」
『もちろん! 怪盗から回収いたしました!』
そう言って、マナクマはスーパーの試食販売のように紙コップを取り出した。
萩野、紅。そして、辺見に手渡す。
じっ、と紅はコップを見入るように凝視していた。
「これを飲めば、私たちは本当に治るのね?」
『無駄口叩かないの。完全に発症する前に飲まないと大変っすよ? 効かなくなるよ? ぐぐっっと一気飲みしちゃってよ!』
横から見たところ、黄色がかっていて炭酸ジュースみたいだ。
やがて三人はそれぞれ頷いて、ぐいっと呷った。
「うげごぇ゛!?」
「ま゛っ?! ま、まずすぎるわ……!?」
『まずい! もう一杯!』
「しかし、助かるなら万々歳ですね! は、はは、は! ……おえっぷ」
三人して顔をしかめて口を抑えたり、唾を床に吐き始めた。
でも、これで治った、ってことでいいんだよな?
良薬口に苦しというし……大丈夫だろう。
「でも、私たちが死なないためには、角さんを殺した醜く汚れた犯人を探さなければならないんですよね? はあ……憂鬱ですが、やりきらなければ。みなさん、よろしく頼みますよ?」
薬を飲んだことで、本来の毒も消えてくれればよかったのだが。
辺見はにっこりと悪意の毒を纏った笑みを浮かべた。
悪意ではあったが、これからの裁判を考えれば。
俺たちが生き残るために犯人を探す……その通りの言葉で頷ける自分がいるのが腹立たしい。
そんな辺見に続いて、次々とエレベーターにみんな吸い込まれていく。
さあ、俺も行かなければ……。
「…………おい」
だが、背後から俺は右肩を掴まれ、引き留められた。
萩野のために広くすると言った肩だが、やはり虚弱なのには変わりなく痛みが生じる。
そして無理やり左手に、折りたたまれた紙をねじこまれる。
「……っえ? 黒生寺? な、なんだ、これ?」
「いいから、黙って受け取れ……」
「え、ええと、だからこれは」
「黙れと言っただろ……後、開けるんじゃねえ……!」
なんでだよ。
そう言いたかったが、黒生寺が舌打ちでそれを止める。
「使う時が来たら使え……」
「な、なんだよ、それ。意味がわからないぞ」
「俺の一生の、最初で最後の願望だと言ったら?」
…………なにを、言ってるんだ?
それを尋ねる暇もなく、黒生寺は紙を押し付けてエレベーターに乗り込んでしまった。
困惑が胸いっぱいに広がるが、俺は裁判場へのエレベーターに足を踏み入れる。
不思議な言葉づかいで最初は戸惑ったが、彼女は誰よりも仲間思いで優しかった。
時には仲間のために体を張って自らの命も惜しまなかった角……
そんな彼女がどうして殺されたのか。
たとえ、残酷な真実が待ち受けていようが俺たちは。
「必ず、クロを潰す……」
重低音の施錠の合図と共に、俺たちは、再び非日常の世界へと飲み込まれていく。