ダンガンロンパ(仮)-よみがえり-   作:冷凍かに缶

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学級裁判編 前編

 


 

 

▼学級裁判 弁論準備

 “No day but today”――今日は今日しかなく、過去に戻ることは叶わない。

 角から語られた『存在しない記憶』に混乱する中、突如として現れた怪盗の襲撃により、学園内で散り散りになってしまった生徒たち。

 絶望的な脅威は去るも、その代償なのか。

 魔法にかけられたように、『角芙蓉』が永遠の眠りの世界へ旅立ってしまった。

 下層階にいた角は、なぜ4階に辿り着いたのか?

 彼らの本当の記憶や思い出は存在するのか?

 未来と命運を賭けた学級裁判の行方は如何に……

 

 

▼コトダマリスト

 

 

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 " 準 備 完 了 "

 


 

 

 

 足の震えはエレベーターの振動のせいか。

 それとも武者震いなのか。

 重苦しい疑念を無視して扉は開かれた。

 

『今回のテーマはポップに決めてみました! サイコーにポップだね!』

「うわ! 目がチカチカするのだ!?」

 

 ピンクを基調とした空間で壁には赤い星や黄色の丸などがちりばめられて描かれていて、おもちゃ箱をひっくり返したような色づかいだ。

 たしかに目に悪くて集中力が途切れそうだ。

 とは言っても、始まれば緊張感が勝つのだろうけど。

 そんな中、辺見がモジモジと居心地が悪そうに「あの」と口を開く。

 

「すみません。確認ですけど、さっきの病って再発しませんよね?」

『ああ、オマエって心配性だね! 完全発症の前に薬を飲めたから、オマエラは無事なの! れっきとしたコロシアイで死ねるんだぜ!』

「うわ! それはそれで嫌ですけど、ひとまずは安心です!」

 

 新たに増えたハサミの形でバツ印をつけられた真田。

 そして微笑みを浮かべた角の遺影……同じく彼女の顔にもバツがつけられている。

 

 萩野、天馬、錦織、紅、ランティーユ、黒生寺、大豊、辺見……

 俺を含めて今いるのは9人……7人も俺たちは失ってしまった。

 本来なら欠けるべき存在は1人もいなかったのに。

 

 

 ――また、始まってしまう。

 

 命がけの言及。

 命がけの弁明。

 命がけの騙し合い。

 

 命がけで足掻き続けた結果。

 その先に掴み取る真実は、果たして希望なのか、絶望なのか。

 

 

 その未来の俺たちの姿を決めるのは、今の俺たちだ。

 

 

 

 

 

" 学級裁判 開廷! "

 

 

 

 

 

『まずは、学級裁判の簡単な説明をしようね。学級裁判では、正しい“クロ”を指摘することにまず重きを置いてます。正しいクロを指摘できれば、クロだけがおしおき。だけど、間違ってシロを指摘してしまったら、クロ以外の全員がおしおきされて、残ったクロだけが晴れて卒業となります! では早速議論を初めてくださーい!』

「ウィ。その前にマナクマ。聞きたいことがあるんだけど」

『なんでしょうか? ランドルト・クレーンくん?』

「ランティーユ・クレール!! 視力検査じゃないよ!?」

「ランドルト環とかけたのね……ぜんぜん面白くないけど……」

 

 錦織は両手の人差し指を合わせて、イジイジと指の表面をこする。

 わかりやすい溜息の後に、ランティーユは片眼鏡をかけなおす。

 

「今回の事件は特殊だよね。マダム角と、元怪盗……両方を殺した犯人たちを見つけなきゃいけないんだろう?」

『そゆこと。だから巻きで、パパッと、パカッポやっちゃってね!』

「人の死をなんだと思っているのかしら……」

「あれ? でも、こんな裁判になったのは犯人のせいですよね? しかも、私たちの中の誰かにいるのは確かなんでしょう? 4回目なのに、まだご理解できてないんですか?」

 

 辺見はくすりと不気味に笑った。

 露骨に錦織は舌打ちをして、辺見をすん、と黙らせる。

 

「まずは、アナウンスの順番通りで……角さんの事件から確認しよう。ハッキリさせなきゃいけないのは、どうして角さんが4階で死んでたか、ってことだよね」

 

 天馬の言う通りだ。

 何故、角は4階で死んでいたんだ?

 

「そうなのだ! ホラーすぎて、おトイレ行けなくなっちゃうのだ!」

「そうなったら、ぼくを呼んでね! マドモアゼル!」

「げげえっ! 呼ぶ前に猛ダッシュでゴーするのだ!」

「黙れ……今、便所の話はどうでもいい……」

 

 黒生寺の低い掠れた一喝が入る。

 とにかく、分断生活中のみんなの場所を改めてメモで確認してみよう。

 

 

 

 『4階』

 七島、天馬、紅、大豊、黒生寺

 

 『1階から3階』

 萩野、錦織、角、ランティーユ、辺見

 

 

 

 角は見ての通り、1階から3階方面にいたはずだ。

 だけど実際に死んでいるのは、4階の植物園。

 怪盗の死が確認されるまで、3階から4階の階段は遮断されていたはずだ。

 

「なあ、最後に角を見た人はいるか?」

「あ、俺は"夜の8時頃に保健室で会ったぜ”」

「私は夜の10時に図書室から出て、部屋の鍵をかけている時に会ったわ……私の姿を見るなり驚いてたのが気になったけど……特に問い詰められなかったわね……」

「……それで? その後、君はどこに行ったんだい?」

「保健室に戻ったわよ……ボクサーの見張りで……」

「では、それから他に会った方はいらっしゃいますかね?」

 

 辺見が尋ねるも沈黙だった。

 これは辺見に答えたくないのではなく、実際にその後に見た人間はいないこと。

 つまり、今のところは錦織が最後の目撃者ということだ。

 

「夜10時の時点で、角は2階にいたってことよね。でも、角は4階で死んでいる……じゃあ、"10時以降から朝の6時の間"に、角は殺されたということね」

「じゃあ、なんで角っちは4階の植物園で死んでいたのだ!? やっぱり、あの角っち、ニセモノなのかな? そ、それか……おばけとか……!?」

「いーや。あれは正真正銘、角だろうよ」

 

 きっぱり言ったのは萩野だった。

 事実、遺体に俺も触れたが間違いなく角だった。

 でも、どうしてあの角が、植物園にいたのか。

 

「堂々巡りは時間のムダね……ここは改めて、死因について確認しましょうか……?」

「死因は不明だが、"全身骨折"は確かだ……骨折とは言えども首も背骨も大きなダメージを負っていた……それによる窒息か内臓破裂だろう……」

「ふうん……ただのドンパチ才能だと思っていたけど、そういう知識はあるのね……?」

 

 錦織は少し挑発するように頬をくいと持ち上げる。

 そして「なるほどね」と納得するように頷いた。

 

 窒息、内臓破裂。漢字で簡潔に書けば、それだけなのだが。考えるだけで心臓が身震いを起こすようだった。

 たしかに角の体も壊れた人形のように奇妙な形に曲がっていたような……

 

 

「全身骨折なら、すってん! と"転んだ"のでしょうか?」

 

 

「ねーよ?! そりゃおめーだけだ!」

 

 

「じゃあ、ぼこぼこって"殴られちゃった"のかな?」

 

 

「殴った程度で折れる骨はアイツは持ってねえ……」

 

 

「なにかに"轢かれた"可能性もあるんじゃないのかしら? あそこには芝刈り機もあったもの」

 

 

「"高いところから落ちて折れた"とかは考えられるかな?」

 

 

「"高いところ"……なんていっても、あそこだと木の上ぐらいか? でも……」

 

 

 はたして、あんな怪我はするだろうか。

 たしかに大木だから登って落ちたら打撲や怪我は免れないだろうけど。

 だからって、あんな全身骨折をするだろうか?

 

「ええ……その通りよ……」

「なにがその通りなの、錦織?」

 

 

 紅の疑問に対して、錦織は真正面を向いて一息ついた。

 

 

 

 

 

 

「魔法少女の死因は高所から転落したことによる、"転落死"よ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……な、なんだって?

 

 

 俺たちは一斉に錦織に集中した。

 だが、思っていた以上に疑惑の視線の数は少ないようだった。

 萩野とランティーユ、辺見は冷静な眼差しのように思えた。

 

 

「錦織。それに萩野たちも……1階から3階で、なにか見たのか?」

「ウィ。実はね……美術室の天井裏。そこに隠し通路への入口があったんだ」

「なんだと……?」

「天井裏に、『第2工学室』という隠し部屋への扉があったのよ……その部屋を経由して植物園に行くことが可能だった……もっと言えば、第2工学室の中で怪盗は死んでいたわ……」

「これは、ぼくが書いた図……に、マダム錦織が文字を付け足した表だよ。天井の高さは図書室の通信でマナミに調べてもらったから、合っているはずだ」

 

 

 

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 ………これは、どういうことなんだ?

 

「第2工学室に備え付けられた天井まで続く梯子……そこを登って天井のタイルを押したら開いた。そこは植物園と繋がっていることがわかったのよ……一部土の床はタイルで偽物だったってわけよ……精密な作りだから分からないのも無理ないけど……だから、そこの死神を送り出して、ちょっとした実験をしてみたのよ……」

 

 そう言って彼女は、胸ポケットから手帳を取り出した。

 そして以下のような文字を俺たちに見せる。

 

 

 

 ○ 第2工学室 ⇔ 美術室天井裏

 ○ 第2工学室 ⇒ 植物園

 × 植物園 ⇒ 第2工学室

 

 

 

「植物園から、第2工学室までの入口はタイルで閉ざしたら最後……植物園側からは開かなくなるわ…………だから、第ニ工学室から植物園は片道通行……ということね……」

『ちなみに天井裏と第2工学室の経路は鍵がついてないから、一度、扉さえ出しちゃえば問題ありません! 開けっぱなしもOKでーす!』

 

 いや、待ってくれ。

 3階美術室の天井裏に第2工学室があって……?

 その部屋を経由して、4階の植物園に行ける………

 

 …………ダ、ダメだ。

 そうは言われても実際に見てないせいなのか、理解が追いつかない……!

 

 

 

 

「スケールがちっちゃすぎるのだ!」

 

 

 

 そのとき、議論を真っ二つに中断させたのは大豊だった。

 証言台に届いていない小柄な彼女にみんなが注目する。

 彼女は腰に両手をあてて、鼻息を大きく鳴らす。

 

 

「もう! なにがなんだかさっぱりだけど、ありえないのだ! っていうか、隠し通路ってなんなのだ! 美術室にそんなものなかったもん!」

 

「そ、それは俺も聞きたいぐらいだ。俺も一回だけ天井裏に行ったけど知らないぞ……」

 

「ほーら、そーでしょ! 七島っちもそう思うよね!?」

 

 

 正直なところ、現段階では大豊に同意したくなる。

 でも、そう思うけど、そう思えないというか……

 ダメだ。今の情報だけでは大豊に飲み込まれてしまう……!

 

 

「七島、俺に任せろ」

 

 

 困窮しかけている頭に入ってきたのは、聞き慣れた声。

 視線をあげると、目が合った萩野がゆっくりと頷いている。

 

「……え? 萩野?」

「俺もわかんねーことがあるけどよ……だけどさ、俺たちがそれぞれ手に入れた情報を合わせたら、問題が解決すっかもしれねーぞ?」

「で、でもこれじゃあ、また頼って……」

「おいおい、頼ったとか言うな。これは信頼の上の協力……そうだろ? 行き着きたい場所は、おめーも俺も一緒なんだからな?」

 

 萩野は手を拳の形に変えて、口元に持っていく。

 目の前の強敵に闘志を燃やすボクサー。

 その王者の佇まいは、俺も観客として見てきたものだ。

 

 

「まずは俺が特攻する。だから七島。おめーは注意深く見極めてくれよ!」

 

 

 萩野は大豊を見据えた。

 そうだ、彼が切り開いたもので、俺も答えを見つけよう……!

 

 

 

「美術室の天井裏に、隠し部屋なんてないのだ! だって、"あたしが前に見た時はそんな扉なかった"もん!」

 

 

「ああ、そりゃ俺も知ってるぜ。七島だってそーだろうよ」

 

 

「じゃあ、なんでそんなこと言うのだ! "天井裏にはブレーカーがあって"……それだけじゃん! 萩野っちたちはマボロシを見ているのだ! き、きっと "角っちの死体もおばけが運んだ"のだ……おおおおぞましいのだぁ……!」

 

 

「オカルトかよ!? っていうか、ブレーカーしかねえって?」

 

 

「そうなのだ!! 天井裏には"普通のブレーカー"しかなかったのだ! これは本当だもん!」

 

 

「脇が甘えぞ!」

 

 

 

 萩野がストレートを決めて、言葉を打ち払った。

 大豊はびっくりして目を白黒させていたが、すぐさま頬をぷうと膨らませた。

 

「な、なんなのだ! あたし、なんもまちがってないよ!」

「ただのブレーカー……と、俺たちも思いたかったけど、どうにも違うみてーなんだよ。あのブレーカーには"特殊なスイッチ"があったんだ」

「ス、"スイッチ"? えっと、角っちがスイッチで……あー! ややこしいのだぁ!」

「どこかだよ!? 勝手に混乱すんな!」

「簡単に説明すれば、あのブレーカーには、"特殊な電波を流すことで作動するスイッチ"があったのよ……そのスイッチこそが、天井裏の隠し扉を出現させる仕掛けを動かすものだったってワケよ」

「へけえぇっ!? なにそれなにそれ!? 秘密の部屋が開かれちゃったみたいなこと!?」

 

 大豊は体全体でSの文字を作ったようなオーバーリアクションで驚く。

 

 俺も前にブレーカーを見たがスイッチなんて知らなかった。

 そもそも、あの時はハトに気を取られたから、ブレーカーを細かく見ていなかったかもしれない……

 

「でも、問題はどうやって作動したのか。"特殊電波"を流せそうなものが、見当たらねえんだよな」

「そうなると私は"スタンガン"が思いつくのだけれど……」

「スタンガンは電波は流せないと思う。そういうものって、やっぱり"工学室にあったもの"かな?」

 

 工学室にあったものか……。

 

 さっきは萩野が切り開いて掴んでくれたんだ。

 ここからは、俺が考える番だろう。

 天馬の言うとおり、工学室で考えられる道具はあるだろうか……?

 

 


 

 この空気清浄機で学園生活は成り立っている、というべきなのだろうか。

 工学室には俺には理解不能な機械や、歯車、使いどころの分からないメガホン拡声器もあった……。

 


 

 

「なあ、前に角が腰からさげていたメガホン拡声器……あれって関係ないか?」

『もしゃむふ、これのことっふか?』

 

 マナクマは緊張状態におかまいなく、黒と白の団子をもしゃもしゃと食べていた。

 その丸い手には、例のメガホン拡声器が握られていた。

 

「ねえ、それは一体、なんなの?」

『特殊なハッキング電波を飛ばして、機械をブレイク、ファイア、ダンスさせたりする秘密道具なのです!』

「ダンスゥ!? おどっちゃうの!」

「だ、だいたいハッキング電波ってなんだよ。どーやって使うんだ!?」

『それでは、実際にやってみましょう!』

 

 チュートリアルの如く言ったマナクマは、空席の証言台にメガホン拡声器を置いた。

 自らは玉座にまた座って、小さな赤いスイッチがついた的を取り出した。

 これに電波を当てろってことなのか?

 

 

「餅は餅屋……れっきとした才能に任せるのがいいわ……」

 

 

 錦織がそう言って、ちらりと黒生寺を見た。

 視線に気がついて苛立たしげではあったが、黒生寺はメガホン拡声器を取り上げ、かちりと照準を合わせた。

 狙いは、マナクマが持っているスイッチだ。

 

『ダイヤルのコトダマ"動"を選んで「動け!」そう叫んで、ぽちっとな! だよ』

「……強制作動(うごけ)ッ!」

 

 黒生寺が一声発するや否や、拡声器の口部分から色がついた空気砲のようなものが発射された。

 するとマナクマが持っていたスイッチが青に染まる。

 ぴろーん、と軽快な音と共に、マナクマの頭上から少量の紙吹雪が舞った。

 

 

『おーおーあーたーりー! 絶対絶望少女2、いつまでも待ってるよ!』

「また、つまらんものをブチ抜いてしまった……」

「ええと、それを角さんが持っていたってことは、角さん自身が梯子をのぼって植物園に行ったってことなのかな」

「その後は工学室にそれを戻したと? なるほど、それはよーく分かりましたが…………でも、そもそもの話。どうして、角さんは4階なんかに行ったんでしょうかね?」

 

 角が四階に行った理由か。

 それは、俺がもっている"あの証拠"が多少関係してくるのかもしれない。

 

 

「きっと怪盗に会うためだと思うんだ」

「え? どうして、怪盗に会うために4階に行く必要があるの?」

「ああ。職員室にこんな紙が置いてあったんだ」

 

 怪訝そうな紅に、俺は"桃色の折り紙"を取り出した。

 元は折り鶴のため、折り目が刻まれているが文字は読めるだろう。

 

 

 

 

 AM 1:30~2:00 植物園     LSA

 

 

 

 

「なんですか? この三流推理小説に出てくる暗号は?」

「黒生寺曰く、これは"怪盗の呼び出し方法"みたいなんだ。もし四階に角が来ることができたなら……角が書いて置いたんじゃないのか? 仮に夜の十二時に辿り着いて、怪盗の呼び出しを行ったとすれば……黒生寺、怪盗は何分ぐらいで見るとか分かるか?」

「生徒が書いてから30分以内にはサインがついたはずだ……」

「ウーララ!? 実は怪盗は8人兄弟っていうオチじゃないよね?」

 

 伊藤や工藤とかいたりして……。

 

 ともかく、明らかに人間業ではないことは確かだ。

 怪盗自体の能力については、深く考えるのはやめておいたほうがいいかもしれない。

 今までマナミから聞いた話も、到底信じがたいものだったうえに、俺たちたちが見たアイツも完全に人外の動きをしていたからな……。

 

 

「あれが角が書いたものだと考えれば……怪盗と戦うために、角は出向いたんだろう。そして、死亡時刻は恐らくその付近。“深夜1時半から2時前後”だろうな」

「しかし、この紙は本当に角さんが書いたものって断言できるんですか? "犯人が書いた"とは考えられません?」

「正直、角の文字と一致するかはわからないが……それでも、以前に俺は角からピンクの折り鶴をもらったから、これも、ほぼ彼女によるものと考えていいはずだ」

「うーん……そうやって憶測で進めるのはやめていただきたいですね。ぶっちゃけ第二、第三の事件のあのモヤモヤ感が私のトラウマになっているんですから」

 

 落ち着いていたはずの心が一気に沸騰して熱くなる。

 トラウマだって? どの口が! そうなったのは誰のせいだって……!

 

「辺見くん。すべての謎が一気に解決するわけじゃないんだよ。もう少し落ち着いて考えて発言してほしいな」

「参りましたね、これでも、気遣って発言しているつもりなんですが……みなさんと言葉のキャッチボールをするのは難しいですね。レベルの違いを感じさせるというか……ああ、ウソウソ! ジョークですよ!」

 

 天馬の言葉で、俺も平常心をもう一度保たせる。

 というより、辺見の場合は言葉のフリスビーに近い。

 言葉が地平線に投げられてそのまま返ってこない。

 

 苛立ちが勝って天井を見上げるが、照明も桃色で余計に疲れる。

 

 

「と、とにかく……魔法少女は元怪盗と会うために、アイツを呼び出して植物園に行ったってワケね…………びっくりするべきなんだろうけど、あの魔法少女ならやりかねないわね……」

「まあ、そーなるよな。…………って、あ? ……そーか……?」

「萩野……? どうしたんだ?」

「あー、いや……ワリぃ。なんでもねえ。もうちっと考えさせてくれ。話が進めばわかりそうな気がする」

 

 一瞬、萩野はなにか引っかかったような声をあげたが、返って来たのは歯ぐらかした答えだった。

 なんだろう、嫌に気になるつっかえだったが……

 彼自身もなにか思うところがあるのだろうか?

 

「"辺見の証言"を合わせれば、12時の時点で、怪盗も生きてたはずだ。辺見の首筋に注射痕があるから、怪盗はあの時点では生きていた……だから、マダム角と怪盗は対面していたのは間違いないね」

「でも、そもそも角っちはどーして"隠し通路"のことを知ってたのかな?」

「彼女が本当の学園生活の記憶を持っているなら、ありえなくはないかも……あの教師とも仲良かったようだし……」

「つまり、角はこの状況を解決するために、怪盗を植物園に呼び寄せて戦う、あるいは話し合おうとした……でも、なにかの形で転落して……」

 

 紅は頬に手を当てて考えてたが、不穏な音を聞いたように首を傾げる。

 

 

 

「転落だとするなら…………他殺の可能性以外もありえるのかしら……」

 

 

 ――耳を劈く銃声。

 

 その音に、紅が一瞬にして顔を強張らせる。

 彼女の証言台に弾痕が見えたが、幸い彼女自身には当たらなかったようだ。

 それを見るなり、萩野の目の色がカッと変わり、自身の証言台をどんと叩いた。

 

「黒生寺っ!? なにしてやがんだよっ!?」

「ふざけたことを抜かしたら潰す……貴様らの脳幹を木端微塵に、ぶち抜く……ッ!」

「貴様らってことは私も入っているんですか? 死神を殺すなんて罰当たりですよ!」

「黒生寺くん、一旦落ち着いて。まだ可能性だよ」

「可能性……!? あの女は、自殺なんて選ばねえ……!」

「お、おい黒生寺……お前、なにを考えて……」

 

 だが尋ねたとしても、答えなんて返ってくるわけがない。

 思わず、俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 

「とにかくだよ。マダム角が美術室の経路を使って、植物園に辿り着いた。扉は開きっぱなしにすることが可能だから、彼女はそれを意図的に」

「考えられない」

「え!? ちょ、ちょっとムッシュ。まだ、ぼくの話は途中」

「何故、アイツが自死を選ぶ……!? アイツだって死んでも意味がないことは知っていたはずだ……!」

「わ、わかっている。角は自殺じゃない! だから落ち着け!」

 

 そうだ、角は恐らく自殺ではないはずだ。

 そう言える理由は…………。

 

 

「職員室の鉄パイプの汚れ。そして、角の"右膝の裏の打撲痕"から考えると……角は鉄パイプで足を殴られて転落したんじゃないか?」

 

「たしかに。足全体じゃなくて"右膝裏にだけ打撲痕"があるから……転落でできた傷とは考えづらいかもね」

 

「犯人が彼女を殺した後に、殴ってつけたとは考えられませんか?」

 

「それでもおかしいわよ。いったい、なんのために?」

 

「左足をあげたまま死んじゃったとかあるかもなのだ!」

 

「そりゃ器用すぎねーか!?」

 

「でも、鉄パイプで、マダム角の足を殴ったことが、彼女の死因に繋がるのかな……それに、怪盗がやったってこともありうるかもしれない」

 

 たしかに、怪盗がやった……という説も考えられるだろう。

 でも、そうは言いきれなさそうなのはなぜだろう?

 そんな中、萩野は髪を乱暴に掻きながら首を傾げる。

 

 

「なあ。そーいやよ、怪盗の"Yシャツの前側の襟"が切れてやがったんだよな。それってカンケーあったりしねーか?」

「あるわけないだろ……布きれ一つが……」

「でも、角さんの手の中にも"布の切れ端"があったよね」

 

 

 ……それって、もしかして。

 

 

「……なあ、マナクマ。ちょっといいか? 角が持っていた"布の切れ端"を、萩野が言う怪盗の"Yシャツの切れ跡"に……って、あ、あれ?」

 

 

 マナクマに頼もうとするも、玉座は空っぽだった。

 

 

 

『オマエラ、毎回毎回クマ使いが荒いんだよバーロー!』

 

 

 モニターから声が発せられると、画面の中にはマナクマが映っていた。

 機械的な壁の空間で、マナクマはある死体の"切れてしまったYシャツ"に"角が持っていた布"を合わせていた。

 

 

『だから、先回りしてやってやったんだよ! やーいやーい! ざまーみろ! ぷっくぷくまー!』

 

 幼稚な真似で、言葉を思わず忘れてしまいそうになったが………。

 一応は、検証してくれたから分かってきたぞ。

 

 

「だとすると……この線で考えられたほうがいいかもしれないわね……」

「ウィ。ぼくも図に付け足してみたよ」

 

 

 

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「魔法少女と怪盗。2人は向かい合って戦っていた……だけど、第三者が背後から魔法少女の膝裏を思い切り突いた。その際に、彼女は手を伸ばして、目の前に立っていた怪盗の"襟を掴んだ"んでしょう……道連れ……死なばもろともで落ちようとしたのかもしれない……だけど、怪盗はナイフで"襟の根元"を切り落としたんでしょう……職員室にもナイフはあったはずだし……その結果、魔法少女だけ転落死する形となった……怪盗が殴って落としたとは"襟の切れ端"からは考えられない。後ろからはさすがに手が回されたら、ナイフより先に手で抵抗したほうが早いと思うし……」

 

 錦織の説明で少しずつ全貌が見えてきたかもしれない。

 角が怪盗と接触していた間に存在していた“第三者”。それが犯人……なのか?

 

「ということは、角さんが殺された後に、怪盗も殺されたってことなのかな?」

「そういうことになるね。……だから、ここで、怪盗の死因も確認したほうがいいんじゃないかい?」

「ま、まだ魔法少女の謎が分かってないわ……脱線するのは得策じゃない……」

「あれ? おかしいな。君ならとっくに分かってると思ったんだけどな。また1から100まで流暢に説明してくれないのか。残念だよ。君の推理、楽しみにしてたんだけど」

 

 ランティーユが穏やかに、それでいて呆れたように息を吐き出した。

 その睨みに負けじと、錦織も睫毛を揺らして頬を引きつらせる。

 

「な、なんなの……? 私はつまらない司書よ……超高校級の探偵どころか、安楽椅子探偵じゃないわ……」

「そう? 君は君が思っている以上に面白い人だとぼくは思うよ。でも、今の君は少し……わざとらしさを感じる」

「は、はぁ……!? 人がちょっと張り切っている時に、ふざけないで……」

「空回りな張り切りに見えなくもないけどね」

「バ………バカにしないでっ! このチビっ! 短足っ! 四頭身っ!」

「ウーララ!? たっ、短足って言うのはナシだろ?! あと、六頭身はあるよ!?」

「なにガキのケンカしてんだよ!? ンなことより今は裁判に集中しろや!」

 

 萩野の制裁で、ランティーユは慌てたように口を噤む。

 そして申し訳ないと言わんばかりに、彼は少しだけだが顔を歪ませた。

 錦織もぎり、と歯ぎしりをしているようだ……今のランティーユと錦織は険悪ムードのようだ。

 

 

「失礼、ムッシュ……わかったよ。じゃあ、“今は”マダム角の膝を打った人をハッキリさせようか? ……それでいいんだろ?」

「お、おうよ……」

 

 『今は』のところでピースサインを作って指を軽く折るランティーユ。

 それに対して、どこか参ったように萩野は首を振る。

 彼と彼女以外のみんなも困惑、心配の眼差しを向けていた。

 …………大丈夫なのだろうか?

 

 それにしても、ここからどうしようか?

 行き先がぶれているのは確かだ。

 ランティーユの言うとおり、怪盗の事件にも触れたほうがいいのだろうか?

 

 

「と、とにかく、今、これだけはハッキリと言えるわ……魔法少女を殺したのは、4階側にいた人間よ……」

 

 

 ……え?

 

 

「錦織さん……それって、どういうこと?」

「そ、そのままの意味よ……1階から3階側の人間が魔法少女の尻を追って殺すワケないでしょう……!? バレバレにも程があるわ……!」

「そう…………だけど、そんなことを言ったら」

 

 紅が当惑したように俺を見つめた。おそらく俺も同じ表情をしていただろう。

 4階側の人間、確かにそれが一番もっともな答えに辿り着くだろう。

 でも、それだったら………。

 

 それができるのは、“アイツ”しかいなくなってしまうじゃないか。

 

 

 

 

「な、なあ。どうなんだ。黒生寺」

 

 

 

 

 俺の問いかけに、皆がすぐさま黒生寺に標的を定めた。

 彼は慣れているのか、臆することもなく腕を組んで俯くだけだった。

 

 

「お前だけが夜中、多目的室にいなかった。見張りの天馬がそれを証明しているんだ。なあ……あの夜中、なにをしていたんだ? トイレに行くといって……」

 

 それでも彼は黙っていた。

 言葉の銃弾を撃ったはずなのに、こちらの照準がずれているような不安が湧き上がる。

 いや、黒生寺は黙って佇みながらも、疑惑の砲火を翻しているのだろうか。

 

「だ、だんまりってことは……やっぱり魔法少女に会ってたんじゃないの……!?」

「そうだ…………」

「………………は、はぇ?」

 

 

 錦織が間抜けな声を発した。

 だが、その声を誰も笑うことはなかった。

 

 

 

「俺はアイツにあった……"12時"ぴったりに、懺悔室でな……」

 

 

 

 12時? 懺悔室で?

 皆の脳内にも閃光が走ったのだろう。

 裁判上の空気がびりと痺れたように一瞬にして強張った。

 

「うそっ、うそうそ!? 角っちに会ってたの!? それ早く言ってよ!!」

「こ、このガンマンがそう簡単にいうと思っているの……!? そもそも懺悔室って、なによ……!?」

「それだけじゃない……俺はアイツと懺悔室で出会い、あのアマの後をつけて植物園に向かった」

「……黒生寺、あなた、まさか」

 

 それは、4階の皆が危惧していたことだった。

 

 

 

「怪盗と対峙したアイツの足裏に向かって鉄パイプを振りかぶって殺した。怪盗には逃げられた。だが、落ちたアイツは俺が降りて回収した。…………これで、終わりだ」

 

 

 

 それはあまりにもあっけなく、薄味の告白だった。

 その瞬間、疑問が掘り出した源泉のように湧きあがる。

 

「い、いや……おかしいだろ! お前に角を殺すのはできない! 転落死した角を移動させるなんて、そのケガじゃ無理だ!」

「無理なワケがあるか……軟弱な貴様らと違って、タマをぶち込まれても走るぐらい余裕だ……」

 

 いつかの時に見せていた犬歯を剥き出しにして黒生寺は吐き捨てる。

 本人は不気味に笑っているつもりなのだろうか。

 これなら、まだ鼻で冷笑しているほうが断然マシだ。

 

「つ、つまり、アンタは下の階からやってきた魔法少女と出会った……そして植物園で怪盗と対面したアイツの不意をついて殺した……そう言いたいのね……?」

「…………話が早いな……そういうことだ……」

「い、いやいやいや待ってよ! 怪盗はともかくだよ!? どうして、くろなまでらが角っちを殺すの!?」

「怪盗もアマもどちらも同じだ……どちらもこの手で仕留めたかった。…………知らなかったとは言わせん……貴様らも見てきたはずだ……俺がヤツを殺そうとしていたことをな……」

 

 たしかに、黒生寺と角はトレーニングルームや美術室で何度か戦っていた。

 事実、停電前の美術室で黒生寺は銃口を向けて殺意を剥き出しにしていた。

 …………それは事実なのだれけど。

 

「じゃあ、あの言葉はウソだったのか?」

「なにを言ってる……?」

「アイツを助ける。命を賭けても。…………これは、お前の言葉だ。俺も、マナミも聞いた」

「…………黙れ……それは貴様の思い違いに過ぎん……」

 

 黒生寺の腕組をしている指に、強い力がこめられているのを見た。

 その指の震えは怒りによるものか? それとも……?

 

「黒生寺くん……角さんの膝を殴りつけて落としたの?」

「そうだ……」

「そんな姑息な方法を使ってか?」

 

 萩野の姑息という言葉に反応したのか。

 黒生寺はギロリ、と鷹の目の如く睨みを効かせる。

 

「あ、あのね……ガンマンなんだから卑怯なマネなんていくらでもするでしょ……」

「黒生寺くんはいつも真っ向から戦っていたはずだよ。それなのに、角さんの足を攻撃させて転落させるなんてできたの?」

「こ、これは、バカの一丁前ね……この悪漢が、そんなプライドなんか持つわけがないのよ……!」

「そうだ……俺は殺すならどんな手段も問わない……」

「黒生寺くん。本当に角さんを殺したの?」

 

 

 天馬はもう一度、静かに問いかけた。

 

 

 

「……………俺がアイツを殺った」

 

 

 

 黒生寺の答えは覆ることはなかった。

 漆黒の眼差しで俺たちの視線を射抜く。

 

 

 

 ……だけど。

 

 

 

「止めが、甘いんじゃないのか」

 

 

 俺の否定に、黒生寺はなにも言わず眼光だけを飛ばす。

 だが、それは如何なる者にも容赦はしないと言わんばかりの警告。

 現に彼の右手には、黒光りした拳銃が握りしめられていた。

 

「強いものを殺したい……もしも、それがお前の本心なら、なぜ今まで殺さなかった? 生活に適応するためか? 怖かったからか? お前も処刑を恐れていたからか?」

「ふん……それは、俺が、」

「人を、殺したくなかったからか?」

 

 耳の奥をぶち破る反響音。

 俺の証言台に当たる。今度も幸い俺の体にはどこにも当たっていない。

 まず、俺は萩野を目で制した。

 静止した萩野は今にも雄たけびを上げんとばかりに顔が真っ赤だった。

 

 ……すまない、萩野。しばらく、耐えてくれ。

 今、俺は黒生寺に決闘を申し込んでいるんだ。

 

 

「聞くんだ、黒生寺! 前に錦織が見せてくれたデータに基づけば、お前はかつて保安官だった……そして、写真のデータ、お前は角と仲がよさそうで、学園生活に順応しているようだった。そして、お前の担任は、偶然か必然か分からないが怪盗だった……だから、本物の記憶と大きく齟齬が生まれてしまっている」

「なにが言いたい……?」

「お前も、少しずつ思い出していたんじゃないのか? 角と同じように。……今、思えばお前の発言には不自然な点があったんだ」

 

 俺は記憶を手繰り寄せる。

 いつかの言葉の意味が、今なら紐解けそうだ。

 

「なあ、今持っている記憶の中に怪盗がいたなら……マナミはどうなんだ?」

「……っ!?

 

 そのとき、黒生寺があからさまに息を飲みこむ。

 

 振り返った記憶は、第3の事件が起こる前。

 黒生寺が美術室に来た時だ。

 

 


 

 

「どういうことだ……どうしてマナミを貴様らが知っている……!?」

 

 いや、聞き返した言葉ではない。

 黒生寺はマナミのことを知っているのか!?

 でも、黒生寺はマナミに会ったことなんてないよな?

 

 


 

 

「黒生寺、お前はあの時、マナミとは出会ってなかった。そしてマナミ自身も、俺たちと出会うまで俺たちの存在を知らなかった。……それなのにマナミのことをお前が認知しているのはおかしいんだ。……どうして知っていたんだ、黒生寺」

「……黙れ……黙れ!!」

 

 俺たちは銃を構えて対峙した。

 黒生寺の弾丸が込められた拳銃と、俺の言葉のリボルバーが邂逅する。

 

 

「黒生寺、落ち着け! 戸惑う気持ちはわかる……だけど、冷静になってくれ!」

 

「俺は正気だ……正常ではなくとも……!」

 

「それじゃあ、お前は思っていることを喋ればいい」

 

「俺はアイツを殺した……」

 

「ちがう。俺が聞きたいのはそんな言葉じゃない」

 

 

 銃声――撃ち放った先は天井だった。

 恐らく威嚇、これ以上は容赦はしないの合図だろうか。

 だが、ここで引くわけにはいかないんだ。

 

 

「怪盗がいつ頃出没したかわからないとマナクマは言ってたよな? 萩野がいつ注射を刺されたかわからないように……だから、前にいつかの朝で聞いた2つの銃声……1つは辺見の。そのうちの1つの銃声は黒生寺としか考えられなかったと思ったが……何故、あの時、お前が撃ったのかわかってない。でも今ならわかる……それは怪盗を見たから。そうじゃないのか?」

 

 再度の銃声。

 弾丸は今度は腕のYシャツをギリギリ表面上を一直線だ。

 腕本体には当たっていない。けど、じわじわと痛覚が刺激される。 

 それでも黒生寺の捕えどころのなかった表情が、俺たちに近いところにまで降りてきている。

 彼は、自らの銃口に迷いを見せている。

 

 

「だから、お前は、怪盗の正体が明かされる前から執着していた」

 

 


 

 

「貴様は……今度こそ俺がぶちのめす……っ!」

 

 西部劇のワンシーンのように仁王立ちで黒生寺は何度も発砲する。

 狙いは全力疾走するマナクマ顔の人間。

 瞬きの暇も与えず、銃声を何度も撃ち鳴らす。

 

 


 

 

 

「黒生寺、答えるんだ!! お前は本当の学園の生活を思い出したのか……! そして……本当に角を殺したのか!?」

「黙れ……黙れ黙れ、黙れ! 黙れッ! 答えてたまるものか、答えられるものか……ッ! いいや……ッ!!」

 

 

 

 引き金が告げる前に。銃声が叫ぶ前に。

 

 

 

 

「答えを知りたいのは俺のほうだッ!!」

 

 

 

 急に駆け出しても、反動が強い銃を使っても。

 今まで、もろともしない強靭な体が、息切れを起こしていた。

 玉露のような汗が遠目から見ても分かるほど、止めどなく流れている。

 

 

「あの時もそうだ……俺を庇って梯子にぶつかったあのアマを俺は殺そうとした……自分より強い者を仕留める、それが当然だ……それがどうだ?! 俺は、あの時………引き金を、…………っ!」

 

 黒生寺は片手で握りしめていたはずの拳銃を両手で握り直す。

 それは自らの照準の乱れを必死に正すようだった。

 

 

「ああ、ついにか。ついに俺まで、とち狂ったかと動揺した…………が、もっと狂ってやがったのは……あのアマに助けられたことに……俺が……わずかな安心を得ていたことだった……」

 

 

 あの時、角に助けられたことが、引き金になったのか。

 黒生寺はあの時から、撃てなくなったのか。

 いいや、撃てなくなった……というよりも、彼の照準が戸惑い、疑問が生じ始めたのだろう。

 

 

「貴様らは俺が昔は保安官だの言うが……知ったことか……そんな過去は潰れた……いいや、俺自身がぶち抜いた……今は、ならず者として生き、いずれくたばるだけ……それだけだった……」

 

 

 手だけでなく、黒生寺の声は震えていた。

 微かな過呼吸気味の息を漏らしながら、黒生寺は、だんっ、と足を踏み鳴らす。

 

「だが………ッ、何故だ……何故、写真の中の俺は笑っていた!? どうして、くたばったアイツのことが頭から離れない!? 俺の中につきまとうんだ!?」

「黒生寺……あなた……」

「角さんと同じように……記憶が混ざってしまっているの?」

 

 黒生寺は祈るように、拳銃を握った手を額にあてて吐露した。

 

 角のようにすべての記憶と思われるものを取り戻した人がいる。

 しかし、以前に真田が残した手記が本当なら。 

 黒生寺も一部の記憶しか取り戻せていないのではないだろうか?

 その一部の記憶は……角や怪盗と過ごした記憶、あるいは感情なのだろうか?

 

 

 

『俺の一生の、最初で最後の願望だと言ったら?』

 

 

 

 裁判前に渡された紙きれと、彼の言葉を思い出す。

 たった一つの紙きれに、黒生寺はなんの思いを託したんだ?

 

 そして、あの思いは……。

 いったい、黒生寺の心のどこから湧き出たものだろうか?

 

 そして、いまが、その時かもしれない。

 俺はポケットから紙きれをそっと開いてみた。

 桜の花弁が描かれた便箋に丸っこい文字が綴られていた……。

 

 

 

 

 

 世界一強いガンマン 黒生寺五郎さまへ

 

 

 この手紙を読んでいる時には、芙蓉は黒生寺さまとお喋りできる状態でございましょうか?

 

 芙蓉は黒生寺さまに意志を直接お伝えしたと思うのでございますが、

 もしもの時のために、こちらにもしたためさせていただきます。

 

 

 

 

 俺が開いた手紙が裁判場のモニターにも映し出された。 

 

 

 

 

 

 

 芙蓉の決意は固まりました。

 

 みなさまのために星になる覚悟。

 これ以上、犠牲者が出る絶望を、魔法少女として黙って見過ごすわけにはいきません。

 

 

 

 芙蓉は、必ず、先生を仕留めさせていただきます。

 

 

 

 

 

 

「……―――、そう、か」

 

 

 

 黒生寺が、ふいに言葉を落とす。

 それに呼応するように、モニターが懺悔室の映像に変わった……。

 

 

 


 

 

 

 懺悔室の扉が開き、スカートをふわりと揺らした角が入る。

 彼女は腰にはメガホン拡声器を吊るしている。

 乱暴に足を投げ出して椅子に座る黒生寺に目を見張った。

 

「まあ、黒生寺さま! お久しぶりでございます!」

 

 ぺこり、と角は頭を下げた。

 少し興奮しているのか頬が薄桃色に紅潮している。

 懺悔室の怪盗がかち割ったステンドグラスは新調されておらず、錆びれた教会のようで退廃的だ。

 目を覚ました黒生寺は訝しげに、はたまた眠そうに目を細める。

 

「………あ………? 夢か……?」

「まあ、おはようございます、黒生寺さま! あ、夜でございますから、こんばんはでございましょうか? 芙蓉はお祈りを捧げようとしたのでございますが……黒生寺さまも?」

「眠れねえから、ここにいた……なにが悪い……」

 

 黒生寺は至極ぶっきらぼうに言った。

 しかし、その粗暴な答えにも関わらず、角は素直に微笑んでいるようだった。

 

「ああ。懐かしい。ここで黒生寺さまと芙蓉は」

「初めて拳を交えた……」

「……えっ?」

「それから俺は貴様と何度も戦ったが勝てず……俺の傷も治し……俺が危機の時はすぐさま身を挺して駆けつけて……だから俺はいつしか貴様に負けないため……このバッジを再び胸につけ…………」

 

 映像の中の黒生寺の流暢な語り口。

 俺たちと同じように、角もぱちくりと目を瞬かせる。

 

「えっ……ま、まさか。……黒生寺さまも、思い出されたのでございますかっ!」

「い、いや……違う……」

「黒生寺……さま?」

「バカな……俺は、一体、なにを……ッ!?」

 

 黒生寺は額をおさえ、ぶつぶつと吐き捨てる。

 心配げに角は彼の顔を覗き込むも、やがて、また柔和な表情に戻る。

 

「……なにはともあれ、黒生寺さまが少しだけでも思い出してくださったことはとても嬉しいのでございます。でも、申し訳ないのでございますが、幸せを噛みしめている暇はないのでございます。そろそろ芙蓉は行かなければ」

「どこに行くつもりだ……?」

「先生のもとへ。決着をつけるために」

 

 角の言葉を聞くや否や、黒生寺は勢いよく立ち上がる。

 

「アイツは俺が殺す……ッ!」

「いいえ。それは黒生寺さまのやるべきことではございません。芙蓉と、"芙蓉と同じ思い出を知るあの方"の役目でございます。芙蓉は、過去に決着をつけます。だから、黒生寺さまは未来を生きるのでございます」

 

 角はハッキリと言い切った。

 

 ……"思い出を知るあの方"、だって?

 それは黒生寺ではないことは文脈からして分かるが……

 やがて角はすぐさま彼に背を向けたが、その腕を止めたのは大きな手だった。

 

 

「おい、待て……行くなッ!!」

 

 

 彼は、角の覚悟を引き止めた。

 彼女はしばらく黙っていたが、また朗らかな笑みを浮かべる。

 

「ご心配は無用でございます! だから……そんなお顔をなさらないで」

「そうやって……また、全部一人でやるつもりか……」

「黒生寺さま? また、とは……?」

「いつもそうだ……貴様は庇うだけ庇って、すべてを抱え込む……黙って待っている選択肢はねえのか……!?」

「選択肢でございますか……うふふ。まるで、先生みたいなお言葉でございますね」

 

 

 いつものように、角は花が咲いたように軽やかに笑う。

 

 

 

「笑うな」

 

 

 

 

 だが、彼女の目の前に立つ男は光一つない瞳で見下ろす。

 目玉を震えさせながら、ゆっくりと拳銃を抜き取る。

 

 

 

 

「貴様が、アイツを殺すぐらいなら……」

 

 

 

 銃口を角の額に向けて、引き金に手をかける。

 黒生寺の顔が険しさを増すにも関わらず、彼女は変わらぬ微笑みだった。

 

 

 

 

 

「俺が、ここで」

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 映像が途切れて、最初に声をあげたのは辺見だった。

 

「ちょっと!? 一番嫌な切れ方じゃないですか!」

「……いいや、ここまで見れば十分だ」

 

 

 俺は静かに、感情を押し殺す。

 

 

 

「銃声は、校内に響き渡らなかったじゃないか」

 

 

 身構える必要もなかった。

 唇と肩を震わせた黒生寺は、何度も何度も息を繰り返す。

 ふ、と銃を身構えていた腕がだらりと落ちた。

 

 

 

「…………そう、だ…………」

 

 

 

 

 

 

 拳銃は重力に任せて、彼の大きな手から滑り落ちる。

 

 

 

 

「俺は……、アイツを、殺せなかった……………」

 

 

 

 

 銃弾に撃たれたように、黒生寺は床に膝をつき崩れた。

 彼を囲む視線は厳しく、やるせなさも滲んでいた。

 その中で、角の遺影だけが、時が止まった微笑みを返している。

 

 

「あのとき……俺はアイツを止められずに気絶させられた………………最後まで負けっぱなしだ…………そして……俺が目覚めるとポケットに手紙が入っていた……だが、俺は開けられなかった……信じるな。ウソだ。貴様には関係ないと叫ぶ俺がいたからだ……」

 

 

 角や錦織の言うことが本当なら。

 俺たちは本当の記憶が、嘘の記憶によって塗り固められている。

 そして偽りの学園生活によって、今まで本当の生活で過ごしていた自分自身がいるならば……。

 

 俺たちが今まで見てきた、コロシアイ生活のぶっきらぼうなガンマンとしての黒生寺。

 そして映像で彼が語っていた……写真でも見せていた笑顔を見せる、強靭な保安官としての黒生寺。

 二人の彼が交錯していたのだろう。

 この手紙を開けられなかったのは、今までの黒生寺が止めたせいかもしれない。

 

 

「だから、この手紙を俺に託したのか?」

 

 黒生寺は肯定も否定もせずに黙したままだった。

 

 

「黒生寺……どこまで、思い出したんだ?」

「…………アイツと教師のことだけ……だが、それでも大半の記憶は穴空きだ……」

「ど、どうだか……信用できたものじゃないわね……」

 

 たしかに怪しいのだが、それでもこの彼が眠気以外に大人しく従順に話している。

 そして、俺たちにも理解できる感情……戸惑いを見せているんだ。

 きっと、新たな一歩を踏み出せたのではないか。

 

 そして、角の手紙には、まだ続きがあった。

 先生という文字があったから怪盗の話だろう。 

 もう一度、俺は改めて文面に目を落とした。

 

 

 

 

 

 芙蓉は筐体の計画を詳しく存じ上げません。

 

 

 知っていることは、先生は、B組のみなさまを筐体に入れる計画を反対していたことでございます。

 筐体には先生は入ることはできず、NPCという形のようでございましたが……

 しかし、そのことは、先生が必死になっている原動力ではございませんでした。

 

 

 先生は、芙蓉たちの未来を誰よりも心配していたのでございました。

 

 

 『B組の君たちは多くの選択を積み重ねて希望に辿り着く力を手に入れている。

  故に、安全無事な仮初の空間に行かずとも、険しい現実を前に、どこまでも生き抜けるはずだ。

  そう生ける自殺志望者は確固たる自信を胸に抱いていたのだ』

 

 

 そう高らかに申し上げていたのでございます。

 だから、先生は"第2工学室"を拠点に一人、計画を練っていたようでございます。

 

 しかし、先生も絶望の罠にはまってしまったのでございます。

 芙蓉が出会った方の中でも、とてもお強い方です。

 何度も抵抗して、どんなことにも挫けずに戦ってきたのでございましょう。

 

 だけど、それでも先生は敵わず、絶望に堕ちてしまったのです。

 そして、絶望は“残酷な終着点”を作ったのです。

 

 もしかしたら、先生にとっては希望なのかもしれないのでございましょうか?

 それでも、芙蓉にとっては。残酷かつ悲しくも辛い終着点だと考えたのでございます。

 

 だから、芙蓉は刺し違えてでも、先生を仕留めさせていただきます。

 大好きなみなさまのためにも、先生のためにも。

 

  

 最後に。

 先生は2つの希望の鍵を、"職員室の金庫"に残されました。

 1つは芙蓉が持っております。

 そして、もう1つは"目覚めてくれた、あの方"が教えてくれるはずことでしょう。

 

 もしも芙蓉がいなくなってしまっても、"芙蓉と同じ記憶を持つ方"が代わりに、

 みなさまを真実の道へ導いてくれることでしょう。

 

 

 名残惜しくはございますが、手紙はこの辺りで。

 

 

 どうかみなさまと一緒に。

 最後の時まで『黒生寺五郎さま』として、強く、生き続けてくださいませ。

 それでは、また再びお会いできる日まで。

 

 

 

 魔法少女・角芙蓉より

 

 

 

 

 

 

「残酷な終着点……か」

 

 

 萩野は、やるせない面立ちのまま頭を掻いた。

 やはり角は怪盗を殺そうと決意した……。

 

 黒い金庫に残っていた"2つの鍵"って、一体、なんのことだろう。

 なんにせよ、これで職員室の金庫は角が開けたってことで間違いない。

 

 

「でも、今の手紙を見る限り……魔法少女はやっぱり死を覚悟していたようね……」

「さっきの映像を見ると、彼女は怪盗を殺すのは自分と"同じ思い出を知るあの方"の仕事だ、って言っていたな」

「うん。手紙にも同じことが書いてあるね。目覚めた人って……同じ人だと思う」

 

 角の言う"同じ思い出を知るあの方"。

 恐らく、それが一緒に植物園に向かった第三者なのだろうか。

 それが本当なら、そいつは彼女を裏切った犯人。

 

 …………そういうことに、なるのだろうか?

 

 

 

 

「ねえ、マダム。怪盗の話が出たんだ、そろそろこっちの死因も確認してみないかい?」

 

 

 

 そんな霧がかかった思考の前に、ランティーユが言葉を紡いだ。

 しかし、彼に対して誰かの返答はない。

 紅は困ったように溜息を吐いて、「ランティーユ」と呼びかける。

 

「あなた、どのマダムに言っているの?」

「ああ、パルドゥン……マダム錦織。君だよ」

「な、なんで私に振るのかが分からないわね……とにかく、新たな貴重証拠に基づいて、まずは魔法少女の」

「いいや。怪盗のほうが早いと思うよ」

 

 やっぱり、さっきから錦織とランティーユとの間には深い溝があるようだ。

 特にランティーユは、錦織に怪盗の謎を解決するように催促をしているが……

 

 

「だって君は怪盗殺しの犯人を知っているんだろう?」

「……は、はぁ!?」

 

 

 鋭い息を錦織は発し、裁判場も一瞬どよめいた。

 ランティーユだけが「やはりか」と言わんばかりに肩を竦める。 

 

 

「な、なに言っているの……? 知ってるワケないじゃない……!」

「ウーララ、知らないのに、放っておくのはよくないと思うけど?」

「な、なによ……議論の脱線はそこの死神の役目よ……! アンタはトラブルメーカーじゃないでしょ!?」

「え?! 私ってそんな役どころでしたっけ?!」

 

 辺見が頬を手で挟んで驚嘆の声をあげる。

 

 ……怪盗のことは、萩野を始めた一階から三階の人々に任せたほうがいいのだろうか?

 ちらりと萩野を見ると、考え込むように顎に拳を当てていたが、俺が視線を向けるとその手を降ろした。

 

「怪盗の話をするならよ、さっきの七島の『LSA』っていう単語を聞いて思い出したことがあるんだ。怪盗が死んでいた第2工学室にはデカいパソコンみたいなコンピュータがあってさ。その中の文字列に、こんなのがあったのを見たんだよ」

「ウィ。それはぼくも写真に撮ったよ」

「……な!? ア、アンタいつの間に……!?」

 

 驚く錦織を無視して、ランティーユは証拠をモニターに映した。

 

 

 

 

Reanimation_Charging 0230-0300 LSA

 

 

 

 

 ううっ。英語は得意じゃないんだけどな……。

 大豊もふくれっ面で、にらめっこするような顔に変わる。

 

「むむむぅ……? どういうことなのだ?」

「簡単に説明するなら、車の給油と同じよ……怪盗はこの学園のOBが開発した薬の力で体力を回復していたのよ……そ、その薬の投与が第二工学室で、0230-0300……2時半から3時の間に実施されていたようだわ……」

「さっき七島が言ってた通り、LSAが怪盗のことを指すんなら、それで間違いないはずだ」

 

 たしかに、アイツが人間だとしたら、一切飲まず食わずで、あんな桁違いのパワーを出せるとは思えない。

 

 

「それは、わかったけれど……でも、怪盗はどうして死んでいたの?」

「もらったマナクマファイルでは、たしか頭部の損傷が激しいって書かれてあるけど、私たちは実際見てないから……どうなってたのかな?」

「そりゃもう……ああ、ちょっと! やめてくださいよ! 思い出したくもないんですから!」

「お前はほとんど見てないだろ……! 顔は血で固まっていて、肉が削げ落ちたように真っ赤に腫れあが……ぅううっ……」

 

 口を抑えたランティーユからして、遺体状況は相当に酷かったようだな……。

 そんな中、萩野は腕を組んで考え込む。

 彼なりに答えを導こうとしているようだ。

 

 

「多分だけどよ、怪盗は“感電”したんじゃねえかな?」

「感電……だと……?」

「アイツの顔、たしかに腫れあがってはいたけど、殴られたようなモンとは思えなくてよ。それに、ヘルメットを外すときに中から煙が出てきたんだ。そもそも、部屋自体も焦げ臭かったからよ……だから、そうじゃねえかなって」

「ま、まあ……私も、今回はボクサーに賛成しておくわよ……ヤツは感電死だと思うわ……」

「感電死ってビリビリー! だよね? で、でも、どうやって?」

 

 もう一度、考えをまとめるためか。

 萩野はアゴに手をあてて、思い出すように右上に視線を動かす。

 

 

「それは、さっきの薬の投与が関係すると思うぜ。錦織が薬の投与は第2工学室の機械でコードを繋いで行う……みたいな話をしてたからよ」

「それじゃあ……怪盗は薬の投与時間中に、強い電気を流されて死んだということなのか?」

 

 俺がそう尋ねると、萩野はゆっくりと力強く頷いた。

 だが、裁判場はまだ多くの疑問が渦巻いているようだった。

 

 

「でも、感電とは言うけど、どうして? そういう“プログラミングがされていた”ということなの?」

「でも、事件前に角さん以外が第二工学室に行ったというのは考えられないよ」

「じゃあじゃあ、そのプログラミング? をしたのは“角っちを殺した犯人”と同じじゃないのかな!?」

「そ、そうね……その可能性が高いわ……やっぱり魔法少女を殺した犯人を……」

「それは違うね、マダム」

 

 4階側のみんなの困惑と錦織のやりとり。

 それに反論したのは、片眼鏡を光らせた少年だった。

 

「だ、だから、なんなのさっきから……!! アンタはいつものように論破され係にでもなってなさいよ……!」

「怪盗を殺した犯人は、マダム角を殺した犯人と別人だ」

「そ、そう言い切れる根拠は……!?」

「昨日の深夜……それはマダム角や怪盗が殺されただけじゃない。“あることが同時に起こっていたはずだ”。しかも、ぼくだけじゃない。4階側の人間も、そして君も十分に理解しているはずだ」

 

 同時に、起こっていたことだって?

 ちら、と萩野を見ると、彼は目を見開いて息を大きく吸い込んでいた。

 「まさか」……そう言わんばかりの瞳孔の動きだ。

 

「USBメモリーの解析……それのことを言いてえのか?」

「ウィ。そうだ。マダム錦織、君は図書室のパソコンは古いから、マナミのUSBメモリーを君自身が解析することはできないと言っていたね。そして4階のみんなの中に、あのノートパソコンで、高度な操作ができる人がいるとは、ぼくには思えない」

「ア、アンタ……な、なにが言いたいの……?!」

 

 ランティーユはいっとき目を閉じて、またすぐさま薄水色の瞳を俺たちに見せた。

 果たして、その瞳はなにを見透かしているのか。

 やがて、彼はおもむろに口を開いた。

 

 

 

 

「怪盗を殺せるのは、マナミしか考えられないってことだよ」

 

 

 

 

「は、はああっ!?」

 

 

 錦織の金切り声に似た絶叫と共に、俺たちも一斉に顔を見合わせた。

 俺たち、というよりも4階側にいた生徒たちだが……。

 

「ちょっと……待ってちょうだい。それでもマナミは4階にあったのよ?」

「そ、そうよ!? そんなのありえないわ……!」

「君の話は大方聞けたからいいよ。ぼくはマナミの話が聞きたいな」

 

 錦織は一瞬だけ顔をくしゃりと歪めさせたが、すぐに睨み返す。

 渋々なのか、彼女はゆっくりとノートパソコンを開いた。

 画面上でマナミがきょろきょろと目だけを動かして辺りを見渡す。

 

 

『あ、あれ? まだ裁判中でちゅけど……どうしたんでちゅか? あちきが立体だったらみなちゃんを、もふもふさせて癒しのマスコットになれたのに……』

「おめーは、怪盗を殺したんか?」

 

 単刀直入の質問に、マナミは対応できなかったのか。

 一瞬の小さなラグの後……。

 

 

『え? え、っえ? えぇぇっ!? あちきが先生を殺す!? な、なに言ってるんでちゅかぁ?! あちきはごく普通の一般ノートパソコンなんでちゅよ! できまちぇんってぇ!?!』

「わあ……白々しいですね」

「マ、マナミはウソがつけないんだから……! なにを言っても無駄よ!!」

 

 錦織の反論に、困惑したように萩野は腕を組む。

 

 彼女はこのことを……そして、ランティーユは最初から気づいていたのか?

 錦織はうやむやにしようとしたのか? ランティーユは泳がせていたのか?

 でも、錦織もランティーユも、彼らの思惑はなにひとつ分からない。

 

 

『あちきが先生を殺すわけないじゃないでちゅか! 大好きな先生でちゅよ!? マジカルマナミは悪を成敗はすれど、誓って殺しはいたしまちぇん! …………け、けど、錦織ちゃん……』

「アンタは黙ってて」

『あ、あのね。あちき、ここのデータだけでは、みなさんの質問にハッキリお答えできないっていうか』

「黙んなさいって言ってるでしょ!!」

 

 あからさまに当惑するマナミを遮り、錦織は平手で証言台を叩く。

 それに対して、萩野が彼女の瞳を逃がさんとばかりに捉える。

 彼女から言葉を引き出すのは、彼に任せたほうがいいのかもしれない。

 

 ……頼んだぞ、萩野。

 

 心の声に応じたように、萩野はゆっくりと瞬きをしてから錦織に向き直った。

 

 

 

「わかった……? マナミはこう言っている以上、殺すわけないの……! これ以上言っても無駄ね……」

 

 

「待てよ。本当にムダなんか? でも、なんでマナミは怯えてるんだよ?」

 

 

「怯えるのは当たり前よ……コンピュータのクセに臆病で泣き虫なんだから……アンタだって散々わかってるはずよ……」

 

 

「そーか? ここのデータだけでは答えられないって言ってたよな? あれってどういう意味なんだよ?」

 

 

「アンタには関係ないわ……そ、そもそも、バカなボクサーには理解できない情報だから……」

 

 

「ランティーユの肩を持つわけじゃねえが……でもよ、おめーはやっぱり、わかってたんじゃないか? ……いや、正確に言うならパソコンに詳しいおめーはイヤでもマナミが犯人だってわかってしまったんじゃねえか? だから……マナミを庇おうとしている」

 

 

「違うわ……そ、それに、犯人はマナミなんて言うけど、あらかじめ私がプログラミングして怪盗を殺した……そうとも言えないかしら……!?」

 

 

「それはねえな。怪盗が現れてから、いつそんなことが設定できる? おめーがランティーユに言った通り、あのボロい図書室のパソコンから遠隔操作は不可能なんだろ? だから、これはマナミにしかできねえ犯行なんじゃねえのか?」

 

 

「ち……ちがう………違う違う、違うッ! 違うわよ! マナミにできるわけがないのよ!? マナミも知らないって言っているでしょう!? だいたい"パソコンに証拠は一切残っていない"もの!!」

 

 

「これで決めさせてもらうぜ!」

 

 

 彼は突破口を見つけて言葉を打ち付けた。

 錦織は掻い潜られたことではなく、その声に驚いたのか、すぐさま反抗的な目を飛ばした。

 

「な、なによ……大きな声を出して驚かせようなんて、そうはいかないわよ……!」

「マナミのデータにそんな証拠は残ってねえ。……それは事実だが、事実だからこそ聞かせてもらうぜ」

 

 萩野はTKOを狙っている横顔で息を吸い込む。

 

 

「"USBメモリー"だよ。解析結果はパソコンには残っていない……だが、USBメモリーに、そん時の記憶とかは入ってないんか? んでもって、そのUSBに入っていたデータこそが怪盗殺しの原因とも考えられねえか?」

 

 思わずか、それとも図星なのか。

 すぐさま錦織はアゴを引いて、萩野から目を勢いよく逸らした。

 

「バ……ッバカ、言わないで……! そ、そそんな出鱈目……あるわけが……!」

「さっきマナミは、今のデータだけでは判断できねえって言ってたよな。だからよ……一度、USBメモリーを入れてみないか。錦織」

 

 萩野にお願いされるも、錦織は口を閉ざしていた。

 それに対して、とんとんとん、という音のレスポンス。

 音の在処は、ランティーユが証言台を指で叩いているものだった。

 

「ムッシュの言うとおり。君は、第2工学室のコンピュータを調べているうちに、知ったんじゃないかな。マナミしか怪盗を殺すことができないって……だから、君はマナミを守ろうとしている。マナミという情報源。利用できる真実を失いたくないから」

「なっ………なによ……私が情報だけの頭でっかち女みたいな言い方……っ、というよりも、アンタだってそうでしょう!?」

 

 怯えていた錦織だが、今度はランティーユに対して人差し指を向ける。

 

 

「アンタは私たちの記憶が偽物と知って、なにを信じるか分からなくなっているんでしょう……? だ、だから、自分を強く見せて、自分が正しい人間だって再確認している……その一環として私みたいなヒエラルキーの最下層に八つ当たりして発散してるんでしょう……ふ、ふふ……違うかしら……?」

「…………悪いけど、君の心理学は信用してないよ。あと、話はちゃんとしてくれるかい? 今の議題はマナミのはずだったけど」

 

 ランティーユは、なにを考えているんだ?

 透明なのに、向こう側の景色が見えない壁を張られているような……

 彼は否定したけれど、錦織の言葉の通り、彼女に『不信』を露わにしているのは確かだ。

 

 やがてランティーユは、ゆるやかに首を傾げながら尋ねる。

 

「君がマナミに執着する理由は、マナミが正しい情報を持っているという確信を持っているから。違うかい? そうじゃないと、いつも“合理的な”君がマナミを守るなんて判断はしないと思うけれど?」

「な……ッ!!」

 

 『合理的な』を強調したランティーユに、錦織は顔を青褪めさせる。

 でも、これは少し言いすぎじゃないか……?

 

 

「二人とも、いったん待って」

 

 その時、対立の中でも勇気を持って。

 いや、無謀にも割って入ったのは………

 

「な、なによ……っ!? ア、アンタは部外者でしょう……不運はすっこんでなさい……!」

「たしかに、私は2人と違って頭はよくないけれど……でも、さっきの言葉は違う。錦織さんがマナミさんを守っているのは、情報があるからっていう単純な利益だけじゃないと思う。マナミさんを庇うのは、マナミさんのためでもあるんじゃないかな」

「私は、優しくなんかないわ……そ、そこの鑑定士の言う通り……私はアイツを利用しているだけ……」

「それは違う」

 

 今度はきっぱりと天馬は彼女の否定を払いのけた。

 物静かだが、底知れぬ力が秘められている。

 その力を察したのか、錦織も一瞬だけ身動いだようだ。

 

 

「錦織さんは……思いやりのある優しい人だよ。不運の肩書ばっかり見られがちな私の内面も、ちゃんと見てくれた。評価してくれた。そんな錦織さんがマナミさんの気持ちを踏みにじることはしない」

 

 

 錦織は青白い唇を戦慄かせて、親指の爪を噛む。

 天馬は次に、額を指で抑えるランティーユにも向き直った。

 その視線に、彼は「なにか?」と言わんばかりに首を傾げる。

 

「ランティーユくんも。真実を見つけることは大事だよ。だけど、そのせいで暴走したら、それこそ本当の真実を見つけられなくなる。だから……お願いだから、錦織さんを、そんな風に責めないで」

「え? いや、ぼくは責めては…………ああ、まあ……そうだね。悪かったよ、マダム」

 

 ランティーユは困ったように謝ってはいたが……

 錦織に対する敵意はまだ消えていないと言わんばかりの口ぶりが見えていた。

 

 

「……でも、USBは挿すんだ。今の話でもわかっただろう? 君以外のみんなはそれを望んでいるんだよ」

 

 事実、彼はプレッシャーをこれでもかと押しつけた。

 一時の沈黙の後、錦織は口を開く。

 

 

「……いやよ」

「錦織、あなた……」

「いやっ……なんでアンタたちにそんなこと指図されなきゃいけないのよ!? 絶対にイヤっ!!」

「いい加減にしてくれ、マダム! ぼくたちは」

 

 強い語気でランティーユは一歩を踏み出すが、二歩目は止まってしまった。

 いいや、ランティーユどころか裁判場の空気が凍りついた。

 

「こ、こ、……っ来ないで……USBメモリーは渡さないわ……っ!!」

『……え?! な、なにしてるんでちゅか錦織ちゃん!?』

 

 どこからともなく錦織はカッターナイフを取り出していた。

 その行動に、みんな目を見開き、息を飲む。

 容疑者のマナミも、まさかの事態に白目を剥いて慌てふためく。

 

「あ、あわわわ錦織っち!? あぶないのだ! やめるのだー!」

「みんなして気が触れたのね……? こ、こんなボンクラのパソコンが人を……あろうことか、あんなバケモノ同然のヤツを殺せるだなんて本気で思ってるの……!? くだらないほどにありえないわ……!!」

『錦織ちゃんっ! こ、こんなことやめて……! あ、あちき、忘れちゃってるけど、もしかしたら本当に』

「も、もういいっ! アンタは黙ってなさい!!」

 

 

 顔を青紫色に紅潮させ、錦織はぜぇ、ぜぇ、と肩で息を繰り返す。

 

 

「マナミは犯人なんかじゃない! 殺せるワケがないのよ! だ、だって、マナミはバカなんだから……! 情報一つも手に入れられずに、魔法少女と友達になって、怪盗にも恋して、それで2人が死んだことに苦しんで、メソメソ泣いて……こ、こんな感情丸出しのコンピュータに殺人なんて選択ができるワケがないでしょう!? マ、マナミは違うのよ……! ま、魔法少女も、人の死のことも数字やデータとみなしている私なんかとは、わ、私なんかと、全然ちが……ッ」

 

 すすり上げた声色の錦織の言葉は途中で終わった。

 いいや、中断されたというべきなのだろうか。

 

 

 

「もう、いい。いいんだ。お前の行動がすべてだよ。錦織」

 

 

 それは……やはり、俺が聞き慣れた声だった。

 

 いつのまにか、カッターナイフは弾かれ床に落ちていた。

 錦織は萩野によって抱き止められるように捕えられている。

 うわばきを鳴らしながら身じろぎしても、必死に指先で腕を剥がそうとしても彼女の徒労になるだけだった。

 

「っち、ち、……ちがう、ちがう……っちがうわよっ!!! だからマナミは犯人なんかじゃない!! マナミは……マナミは……ッ!!」

「…………わかってる。マナミのことを守りたいのはわかるよ。……ランティーユの言ったことは忘れろ。おめーは血も涙もない打算的な女なんかじゃねえんだよ。……錦織。どこまでも不器用で、いっつも矛盾を抱えている……おめーは、人間だ。こんなに人間らしい人間がいるのかってレベルにさ。…………だけど、やっぱり今の状況はどうしようもないんだ。それはおめーが一番わかってるはずだろ? 自分が犯人だってウソがつけないのが証拠だよ」

「うるさいッ!! ア、アンタなんかに……! アンタに私のなにが分かるのよ!?」

 

 錦織の今にも千切れそうな叫びに、萩野は口を噤んだ。

 その言葉を、彼は、彼の心や思いで飲み込み、受け止めていた。

 その心の内は、俺は知ることはできない。

 

 

「………ああ。そうだ。わかんねえよ。でもよ、わかりたいんだ。お前の望まない形だとしても。それが正しくなかろうと………俺は分かり合おうとしたい。分かち合いたい。錦織、お前もだよ。………俺は、そう決めたんだ」

 

 

 そう言って萩野は視線をこちらに向けた。

 どんな拳も受け止め、未来を切り開いてきた――夜明け前を思わせる、決意の瞳だ。

 

 彼は彼女のスカートポケットを探り入れる。

 慌てて錦織は萩野の手首を取り上げようとするが、彼の反射神経と力強さには敵わなかった。

 探り当てたものは、体育のボールのようにぽーんと投げられる。

 

 

「あ、……!? や、やめて……ダメッ!!」

 

 

 俺の方向に飛んできた端末をキャッチして、恐る恐るノートパソコンに差し込んだ。

 マナミはホッと安堵して目を細めている。

 

 

 

『ご、ごめんね。いろいろ迷惑かけちゃって。……みんな、ありがとうございまちゅ。きっと、この中に。あちきの置き去りにした真実が……』

 

 

 ぶ、ぶ……と羽虫のような不快な音を立てながら、マナミがすーっと消える。

 ゆっくりと映し出され始めたのは映像のようだ。

 

 

 


 

 

 映し出されたのは教室とは違う……異質な空間だった。

 ここが、萩野たちが見たという“第2工学室”なのだろうか?

 俺たちが見た4階の工学室と違って、一面機械状のコードやパネルで覆われた奇妙な空間だった。

 巨大なパソコンを彷彿とさせるスクリーンや、物々しい機械も併設されている。

 

 

「君たちは生ける自殺志望者に対して宣言した!」

 

 

 高らかに言い放った人間は、機械で作られた鋼の椅子に座らされていた。

 それは以前に写真で見た鬱金色の髪の成人……おそらく怪盗だろう。

 

 唇が切れていることは、口から首へと伝う血液で一目瞭然だった。

 肘掛けに手枷をつけられ、ご丁寧にも足枷もつけられている。

 それだというのに、そいつは一切の迷いも怯えもなく微笑んでいる。

 

 

「もう一度、今の状況を説明しよう! 生ける自殺志望者は、君たちに『至上最悪の絶望』となれと命じられた。今、生ける自殺志望者は生まれるか生まれざるかに筆頭する、今世紀最大の選択の時が訪れたのだ!」

 

 スーツを着た4人の男女が様々な武器を持ってヤツを取り囲んでいる。

 彼らの顔立ちは、すべてマナクマの顔をしていた。

 

 

「君たちの提案に、生ける自殺志望者は即座に断った。君たちの顔は怒りに満ちて真っ赤に燃えあがっただろう。それは山火事の炎の如く轟々と!」

 

 

 朗々と語るが、実際は怪盗には顔色は分からないはずだ。

 彼らのヘルメットの下がどうなっているか、怪盗がそれを知る術はない。

 

 

「何故だと君たちは心の中で尋ねた。生ける自殺志望者はそれを慮り、君たちの疑問に教師らしく答えることを決めた」

 

 

 そして、す、と少しだけ息を吸った。

 

 

「アグレッシブで正義感が強いデザイナー。

 無邪気で人一倍に頑張り屋のランナー。

 冷静沈着なリーダーシップ溢れる優等生。

 確固たる鋼の意志を持つ勇敢なボクサー。

 自己を見失わずに我が道を行く手品師。

 客観性や公平を保つ心優しき指揮者。

 いつも笑顔で思いやりを忘れないアルピニスト。

 情報を掌握し操る細やかな心を持つ司書。

 命を惜しまずに世のため皆のために戦う魔法少女。

 己の人生を充分に生きる強かな清掃委員。

 世界の真偽を見極める聡明な鑑定士。

 呪われし運命にも立ち向かう不運。

 どんな敵にも対峙し続ける屈強なるガンマン。

 魅力を惜しまぬムードメーカーの演劇部。

 すべての事象に意味を見出す好奇心旺盛な科学部。

 自らのコンプレックスから唯一無二の思考力を手に入れた書道家。

 

 ……そして、どうしようもなく、生きていることすら情けない生ける自殺志望者に、心配という名の愛の眼差しを注ぎ続けたマナミ! それが生ける自殺志望者の答えであった!」

 

 

 息も吐かない長広舌とはまさにこのことだろう。

 嬉々として、口元は恍惚と言わんばかりに笑みを浮かべていた。

 

 

「生ける自殺志望者にとってB組。そしてマナミは愛してやまない、かけがえのない生徒たちであり、目に入れても痛くない宝そのもの! そんな彼らに殺されることこそ至福だと生ける自殺志望者は語ったのだ。故に君たちに分け与えられる生ける自殺志望者のライフはゼロなのだった!」

 

 マナクマ頭の人間たちも当惑しているのか。

 滑稽に、きょろきょろと見回すように首を動かしている。

 

「当然、君たちは『意味がわからない』と判断して怒り狂った。無知は暴力の選択が早いものだ! 生ける自殺志望者の頭上に棍棒同然のバットが振り下ろ、」

 

 突如として一人の巨漢が振り上げたのは、丸太のような黒いバットだった。

 咄嗟に目を背けてしまったが……それは野球バットでバスケットボールを叩いたような、生理的嫌悪しか感じられない音と、低い呻き声が放たれた。

 

 

「ッァが、生ける、自殺志望者は……、ッ」

 

 バットを放り投げた巨漢は腕を伸ばすと、勢いよく怪盗の首を絞めあげる。

 別の者が、怪盗の首に注射器の針をゆっくり沈める。

 殴られたうえに、背もたれに体を打ち付けたせいか。

 喉にビー玉が引っかかったような呼吸音を鳴らして、しばらく、怪盗は小刻みに顎を動かしていた。

 

 

「『拘束を引きちぎり脱兎の如く逃げる』――コマンドに手を伸ばしかけたがひっこめる。反射的のキャンセルだった。

 ……っ彼らや、学園長を盾に取られては物理的にも、精神的にも、手も足も出ない……!」

 

 裁判場の誰かが息を飲んだようだが、それが誰かの判別できなかった。

 拘束された人物は、マナクマを模ったヘルメットを無理やり被せられる。

 

 

『っ……こ、れは走馬灯だろうか。入学式の生ける自殺志望者を眺める、B組の君たちの、冷たい眼差しの雨。しかし、それから君たちはクラスリレーでは一位を獲得し、文化祭は演劇・カエルの勇者を成功させた。そしてなによりも、日々の機敏で瞬足、剛腕な器量の君たちから矢継に飛ぶ攻撃! それは、生ける自殺志望者にとって希望そのものの生活であった! B組の生徒たちは輝かしく敬愛すべき原石そのもの! こうして生ける自殺志望者は素晴らしき夢のような思い出に浸った。しかし、なにも起こらなかった』

 

 

 高らかな声量がくぐもり、聞いているだけで息苦しくなってくる。

 

 

『君たちは生ける自殺志望者の頸動脈に再び注射の針を突き刺した。ぷち、という皮が、筋肉が針によって弾ける音とともに――っ生ける自殺志望者に、絶望的なまでの生きる力が注入されていく。生ける自殺志望者が求めていない生が』

 

 縛られている怪盗の手は、別の生き物の如くもがいていた。

 なんとか肩で息をしているようだが、呼吸が巧くできていない様子に見えた。

 

 

『生ける自殺志望者の手足が痙攣を始めた。どうやら人生のカーテンコールを迎えるときが来たのだろう。拍手を期待したが、残念! なにも聞こえない! 観客すらいない。

 

 アンコールは……あった。さあ、希望を殺せ。鮮烈な絶望を。何者かに望まれている。求められている。手招かれている。浮かんでは消える君たちの顔…………それだけはダメだと叫ぶ。できない。したくない。させたくない。やめろ。止まれ。来るな! 出ていけ!! だが、浸食は止まらない』

 

 

 突如として混ざった成人らしい迫力のある怒号に、反射的に鳥肌が立った。

 

 何度も、何度も、無情な枷の音が擦り合わされる。

 その度に周囲の人間たちが手を伸ばし、怪盗の頭を、肩を乱暴に抑えつける。

 

 

『もはや、生ける自殺志望者は選択すら残されていないのか。生ける自殺志望者は愚かにも願った。絶望は御免だ。しかし生ける自殺志望者は抗うことができなかった。志半ばにして意識を絶えようとしている。生ける……生きているのか? 死せる自殺志望者は、なにに転生するのだろう? 3択の選択肢が映し出される。絶望。絶望。絶望。エンディングは1つだけ。バッドエンディングだ。嗚呼、なんて悲しく愚かしい運命か。マナミには特に迷惑をかけるだろうと死せる自殺志望者は嘆いた。しかし、彼女は死せる自殺志望者に対しての選択を決して誤らない。なにも心配する必要はないだろう。死せる自殺志望者は確信を重ねた』

 

 

 

 

 

 

 映像の中の音声が粗雑になっていく。

 

 

 

 

 

『たとえ、B組の君たちが、過去を忘れ、新しい日々に塗りつぶされても――死せる自殺志望者すらも、本当のかけがえのない思い出を忘れたとしても。B組の君たちと生活し、マナミと過ごした真実は絶対に変わりない。残り続ける。教師は信じた。信じ続けた。

 

 君たちは底尽きぬ希望をもって、必ず生き続けてくれると』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『B組の君たちよ。マナミよ。憐れな死せる自殺志望者が愛した』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『先生の、最高の――』

 

 

 

 

 

 

 

 言葉の最後でノイズがかかり砂嵐がかかった。

 

 

 

 気がつけば、その人物は部屋の中心で息を荒げていた。

 

 

 

 

 

 

 

『かつて人間の形をしてたはずの、今や肉塊と化した君たちに説明しよう』

 

 

 

 

 その人物は、血の海に立ちすくんでいた。

 きっちり着こなしていたスーツはよれて、埃と滲んだ血によって汚れている。

 床に溜まった血は多くの肉塊や脂が混ざり汚濁していた。

 大きなモニターには、十字架――俺たちの記憶に新しい、第一の事件の処刑が映し出されているようだ。

 

 

 

『映像の彼女は殺人という罪を犯して命を落とした。君たちが死した自殺志望者に教えてくれた通りならば、君たちを殺せば彼女と同じように死ぬ選択肢に辿り着けるはずだ。故に、死した自殺志望者は『君たちを殺す』にカーソルを合わせてボタンを押して実行した。死した自殺志望者は、君たちのレスポンスを待った。……………』

 

 

 耳が痛くなるほどの静寂に、深い溜息だけが反射した。

 たった一人だけの空間で、それは虚しく息をしていた。

 

 

 

 

『しかし、なにも起こらなかった。エラーだ。君たちは破壊されていた。反応は二度とない。君たちは、この……――を、殺せなかった。死した自殺、いいや。

 

 ――自殺を望めない、“生ける絶望”を殺害する選択をしなかった君たちに教育を施したのだから』

 

 

 その人間は、足を踏み鳴らした。

 何度も何度も肉塊を、戦の前の鼓舞のように踏みつぶす。

 

 

 

 

『生ける絶望に、永遠なる死を。生ける絶望は高らかに歌った。しかし、なにも起こらなかった』

 

 

 

 

 

『生ける絶望は、君たちの顔面が目も鼻も口も床に染み渡る液体になるほど壊した。しかし、なにも起こらなかった』

 

 

 

 

 

『生ける絶望は、恐る恐る「思い出す」を選択をした。しかし、なにも起こらなかった』

 

 

 

 

 

『生ける絶望は諦めなかった。映像に映し出された彼らの名前を思い出そうとした。しかし、なにも起こらなかった』

 

 

 

 

 

『生ける絶望は、何故このようなことになってしまったのか。願わくは元に戻らせてほしいと祈ってみた。しかし、なにも起こらなかった』

 

 

 

 

 

『生ける絶望は彼らが誰なのか頼むからお願いだからだれでもいいどうにかして教えてくれいったいなにが起こってしまったんだ元に戻してくれ返してくれ思い出すんだ思い出してくれ思い出せ思いだせ思いだせ誰に言うでもなく懇願した』

 

 

 

 

 

 

 

 

『しかし、なにも起こらなかった』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なにも起こらなかった。なにも起こらなかった。なにも起こらなかった。なにも、なにも、なにも、なにもなにも、なにもなにもなにもなにも、なにも、なにも!! なんにも!!!』

 

 

 

 

 何度も何度も何度も蹴り飛ばす肉塊が液体として飛び散った。

 脂が混じった血だまりが床に浸食し、怪盗の靴やズボン裾を真赤に染めていく。

 やがて怪盗は肉塊を貪るように漁り、大量の注射器を引きずりだすと大きなスクリーンをじっ、と見つめる。

 そこには四月一日が亡くなり、阿鼻叫喚と化した裁判場。俺たちの姿が映し出されていた。

 

 

 

『苦悶や嘆きは湧き上がらない。それどころか最上の歓喜が弾けて止めることができない。君たちの若く希望と未来に満ちた体に毒を与えよう。逆境で狂い咲いた君たちが、生ける絶望を経験値を落とすモンスターとして殺害してくれることだろう。そして、君たちは。…………きっと、君たちならば』

 

 

 細い注射器を握る指先が病的なまでにカタ、カタカタと震える。

 だが、振動はゆっくりと治まっていく。

 ……それは、自らの狂気を認めるかのような。心の鎮まりのようにも思えてしまった。

 

 

 

 

『君たちは、史上最悪の生ける絶望に最上で劣悪な死を与えてくれる! 生ける絶望を殺すため、君たちの底なしの希望は美しく咲き、より一層、美しく散ることだろう!!

 

 生ける絶望はそう信じた、信じ続けた!』

 

 

 

 それは、朗々と淀みなく絶望を謳いあげた。

 マナクマの顔をした人間は、モニターに手を伸ばした。

 映し出された俺たちに、こちらにおいでと手を差し伸べるように。

 

 

 

 

 

 

『なぜなら君たちは、生ける絶望の』

 

 

 

 だが、その指先たちは痙攣を起こしていた。

 やがて荒い呼吸が混じり始める……いつの日か、黒生寺と隠れた男子トイレで聞いた時と同じものだった。

 

 

 

 

 

 

『最高、の――』

 

 

 

 

 血まみれの手をだらりと下ろして、怪物は肉塊の海に溺れるように崩れ落ちる。

 マナクマの形となった頭を抱えて、呼吸を繰り返しては呻きを吐き出す。

 

 それは生を得てしまった赤子の産声に似た、怪物の慟哭だった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

『すべて思い出しまちた』

 

 

 

 

 感情も抑揚もなく、マナミはぽつりと呟いた。

 

 

「マ、マナミ……」

『USBメモリーの解析が終わった時、フォルダに、この映像が入っていまちた。あちきはそれを全部見まちた。そして、もう一つ。第2工学室のコンピュータに侵入できる権限のデータが入ってまちた。ここまで言えば十分でちゅか? でも、ちゃんとすべてお伝えしまちゅね』

「ダメよ……や、やめなさい、それ以上は……!」

 

 

 錦織の縋るような必死の制止。

 彼女はマナミに駆け寄り、なにかを乞うように小さく呟いていた。

 

 

 

『あちきは第2工学室のコンピュータに侵入しまちた。先生が薬を投与されている最中に、先生に電気を流しまちた。何度も、何度も。強い電気を。あんなに先生が苦しんでいたんだもの。それに、先生とあちきが大切で大好きなみなちゃんに、手をかけようとしていたから、止めなきゃダメなんだって』

 

 

 彼女とは対照的にマナミは穏やかに、無味乾燥に告げる。

 良質のアナウンスのように、彼女はスラスラと言葉を連ねた。

 

 

 

 

 

『………でも、先生は、本当はなにも、なんにも悪くないんでちゅ。だってあちきのために、最後の力を振り絞って、あちきのメモリーを消してくれたんでちゅ……だから、悪いのはあちきだけ。だって…………だ、だって……こ、こんなの……先生はなんにも、っな、なんにも悪くなんて……………あ、っああ、ああああぁぁぁぁ…………っ!!』

 

 

 

 画面に黒や青のブロックが瞬間的に浮き出ては消える。

 彼女の大粒の涙も青い0と1の数字へと次々と変わっていく。

 

 

 

 

『いやあぁぁぁぁああぁぁあぁぁぁぁっ!! うぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!!!!! ぁあああぁぁぁぁぁぁああっ!!! せんせぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 裁判場で甲高い絶叫が反響した。

 強烈なフラッシュがノートパソコンから放たれる。

 

 マナミが見てしまったものは、俺たちの担任だったという人間の末路。

 角が救いたいと願っていた教師の最期だった。

 

 

 

 錦織は膝をついてスカートを握りしめ背中を丸める。

 皆一様に険しい顔立ちで、辺見ですらわずかに唇を噛んでいるようだった。

 萩野は苦い顔で、拳を感情に任せてばちんと証言台に打ち込む。

 

 

 だれも涙を流すことはなく、悲しむ者もいなかった。

 見知らぬ人間、それに俺たちにとっては命を脅かす脅威だったんだ。

 同情も憐れみも湧かないのは当然な気もした。

 

 

 だけど、涙を流せないのが間違いではないかと『誰か』が冷笑する。

 絶望に堕ちる前の、力強くも優しい声が離れない。

 

 

 

 黒生寺がマナクマに銃口を向け続ける。

 それを止めているのは、彼の隣に立っている天馬だった。

 必死に腕を抑え続けている――いいや、天馬だけではない。

 

 

 

 黒生寺自身が、溢れ出る憎しみや怒りを必死に封じ込めようとしていた。

 

 

 

 

 

 やがてまた裁判場に、一つの咆哮が響き渡る。

 

 

 

 

 二度と戻ることのない過去を望む男の遠吠えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

" 学級裁判 中断 "

 

 

 

 

 

 

 

 

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