ダンガンロンパ(仮)-よみがえり-   作:冷凍かに缶

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学級裁判編 開拓編


 

 

▼学級裁判 弁論準備

 

 ――智慧の果実は秘密の味がする。

 マナクマによって与えられた『学園の秘密』の動機を吟味する最中、親愛なる友の『萩野健』、そして真実の探求者『錦織詩音』の連続死によって、五度目の非日常に引きずり込まれた生徒たち。

 結束の誓いと共に取り合った手に毒を塗った裏切り者が潜んでいるのだろうか。

 今、『学園を知る権利』を賭けた決戦の火蓋が切られる。

 

 忘れるなかれ。オマエの“答え”が“真実”だ。

 オマエは、すべてを知っている。

 

 

▼コトダマリスト

 

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 " 準 備 完 了 "

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 エレベーターの扉が開き、裁判場へと降り立った。

 裁判場はメタリックな床や壁で作られており、青緑の電飾が仄冷たく光っている。

 まるでアニメに出てくる悪役のアジトを彷彿とさせる空間だった。

 

『今回のテーマは近未来だよ! ハイでイカしてチョベリグでしょ?』

 

 ぐるりと設置された証言台には、多くの遺影が並んでいた。

 白河の遺影はデッキブラシとモップでバツ印がつけられていた。そして新たに増えたのは真剣な顔をした萩野と、眉根を寄せた錦織の遺影。こちらもバツ印が大きく顔に描かれている。

 マナクマに促される前に、各々の証言台に立った。

 ここに立つのも、これで五回目だ。

 

 命がけの言及。

 命がけの弁明。

 命がけの騙し合い。

 命がけの絶望。

 

 賭けた命は、どんどんと消えて残ったのは6人。

 俺たちが辿り着いた先に見える光景は、希望なのか、それとも絶望なのか。

 

 

 

 ……知りたくもないし、考えたくもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

" 学級裁判 開廷! "

 

 

 

 

 

 

『まずは、学級裁判の簡単な説明をしようね。学級裁判では、正しい“クロ”を指摘することにまず重きを置いてます。正しいクロを指摘できれば、クロだけがおしおき。だけど、間違ってシロを指摘してしまったら、クロ以外の全員がおしおきされて、残ったクロだけが晴れて卒業となります!』

 

 マナクマはいつものように滔々と説明をする。

 その後に、同じく気味の悪い笑みを張り付けていた。

 

『うぷぷ……オマエラ、今回はいつも以上に装備万端で、ひかりのかべとリフレクターを発動してから挑んでくださいね。なんたって、この裁判が終われば、オマエラは学園を知る権利を手に入れられるんだから! ほら、いつもと違ってタイトルも変わってるでしょ?』

「むう、タイトルってなんなのだ!」

『タイトルはタイトルだよ! タートルズじゃなくてね!』

 

 相変わらずふざけたことを言っているが、羽音のように耳障りなだけだった。

 

「そんなことはどうでもいい。早く始めよう」

「……七島。気持ちはわかるけど、冷静にお願いするわ」

 

 ……そんなことは、わかっている。

 そう言いたかったが、不貞腐れたように俯くことしかできなかった。

 

 

 

 

「まずは、最初に見つけたムッシュ萩野のことについて話そうか?」

「死因は爆殺でいいのか……?」

「でもでも! 殴られたようなアトもあったのだ!」

「もちろん死因も気になるけど、私としては……」

 

 紅が一息を吐いて、空席が目立つ裁判を見渡した。

 遺影を眺めながら微かに唇を噛んでいたようだが、すぐさま口を開いた。

 

 

「どうして萩野が学園長室にいたのかってことなんだけど……だれか知っている人はいる?」

「ああ。それに関しては、萩野の部屋にメモが置かれてあったんだ」

 

 俺は萩野部屋にあった"メモ"を提示する。

 タイプライターの文字なので筆跡は分からない。

 

 

 

 

  しんや いちじ はん  がくえんちょう しつ へ

 

 

 

 

 

「なるほど、そんなものが……錦織も同じようなことが書かれていたメモを持っていたそうね。たしか天馬が持っていた錦織の制服の中にあったのよね?」

「うん、そうだね……これのことだよ」

 

 天馬も、"錦織のメモ帳"の中身を見せた。

 この筆跡は、急いで書いたもののようだった。

 

 

 

 

 オルゴールを直す 要・ドライバー ⇒ 誰かに借りる

 深夜一時半 学園長室

 

 

 

 なんだろう……やっぱり違和感があるような……?

 ハッキリと言い表すことはできず首を傾げてしまうだけだった。

 

 

「このメモを見る限りでは、錦織が萩野を呼び出したと考えるのが妥当なのかしら」

「だろうな……詩音の部屋には脅迫状は届いてなかったんだろう……?」

「あたしも見たけど、そんなものなかったのだ! ……で、でもさ、呼び出したからといって、犯人って考えるのは変だよね?!」

 

 大豊が取ってつけたように言ったが、紅も黒生寺も苦い表情で黙り込んでしまった。

 だが、ランティーユだけは「いいや、」と否定する。

 

「マダム錦織なら犯行が可能だよ」

「ランティーユくん、その根拠はあるのかな?」

 

 天馬が静かにランティーユに問いつめる。

 根拠もなしに錦織が疑われたら、温厚な彼女でも腹立たしく思うのだろうか?

 尋ねた彼女の声は微かに尖り、震えていたように思えた。

 

 

「あるよ。ぼくはマダム錦織を犯人以外で最後に見た人だと思うからね」

 

 

 それでも、ランティーユは動じることなく答えた。

 むしろ最初に動じたのは天馬の瞳孔のほうだった。

 

 

「……私は錦織さんに、夜の11時頃に会ったよ」

「ぼくは深夜12時半に彼女に会った。5階から帰る途中にね」

「5階にいたの? そもそも、どうしてそれを教えてくれなかったの? その時間に錦織が5階にいたことは重要な証拠のはずよ」

 

 ランティーユは紅の問いかけには黙っていた。

 本当に、錦織に会っていたのだろうか?

 紅の言う通り、どうしてランティーユは5階に足を運んでいたんだ? そんな夜遅くに……。

 俺たちの疑念の視線を察したのか、仕方ないと言わんばかりにランティーユは肩を落とした。

 

「……ちょっとした探索だよ。今のぼくは完全に足手まといだったからね。せめてもの手がかりを探そうとしたんだ」

「そこで錦織さんに会ったの?」

「ウィ。今思えば、彼女の様子はおかしかった」

 

 そう言ってランティーユは悔やむように胸ポケットからなにかを取り出した。

 シルバーの細長い端末……これは俺も見覚えがあった。

 

「そ、それってボイスレコーダーか?」

「もしもの時のためにね。言葉が不慣れな分、もう一度、聞きなおす必要もあるから」

 

 こんなものを持ち歩いていたとは、なかなか隅に置けないな……。

 ランティーユはボイスレコーダーに視線を落として親指でボタンを押したようだ。

 

 

 

 


 

 

 

 

「おや。夜の散歩かい?」

 

 

 

 裁判場にノイズ混じりのランティーユの声が響き渡った。

 ここで息を飲む音と、衣服が擦れるような動きがボイスレコーダーから放たれた。

 

「ア、アンタこそ、なんでこんな夜中に……幽霊みたいな顔して出歩いてんじゃないわよ……」

「……幽霊か。どちらかといえばゾンビの気分だけど」

「な、なによ……私に似て辛気臭い例えね……」

 

 言葉の噛み方や神経の張り詰めた声色は、錦織そのものだ。

 暫しの間、重い沈黙が続いた。

 

「……………ちょ、ちょっと……話しかけておいて、だんまりとは良い御身分ね……!?」

「ウィ……なんかその……今まで悪かったよ」

「は、はあ……!? なんなのよ、さっきから……! 脳が逆に活性化しそうなほどイライラするわね……!!」

「……なあ、マダム錦織。ぼくは今ゾンビの気分だと言った。だけど君は、生きているんだよね?」

 

 またしても「はぁ……?」という疑念の声が上がる。

 

 ……なんだか様子がおかしくないか?

 錦織よりも、むしろ今ここで生きている人物のほうが……。

 

 

「生きてるけど……そ、それが、なんだって言うのよ……」

「大した意味はないよ。ぼくたちは生きているってこと自体、自分でも分かっていないところがあるよね。証明する手立てはない」

「哲学的にも科学的にも……そう言いたいの……? あいにくだけど、そんな悠長に語りあうほど、私はヒマじゃないわよ……」

「わかっている。ぼくらはそういう仲じゃないものね」

 

 からかうように、過去のランティーユはそう言った。

 あからさまに錦織は溜息を吐いたようだが、やがて、改まったように咳払いをする。

 

「そ、それで一旦の和解ついでじゃないけど……アンタ、工具セットは持ってる……?」

「貸してくれっていうのかい? ……悪いけど、それはダメだ。今までのことは悪かったけど、それでも君のことは根本的に信じることはできない」

「そ、そう……腹が立つけど、ごもっともね……だいたいアンタが貸してくれるなんて微塵も思ってなかったけど……!」

 

 錦織はブツブツと録音されないほど小さな文句を言っているようだ。

 なるほど、あのメモの内容はここだったのか。

 これを聞く限り、錦織の望みは達成されていないようだ。

 

「それで? 君は、どこに行くの?」

「アンタには関係ないわ……さっさとベッドに戻ることね……」

「さては、"あの部屋"にでも行くつもりだな」

「あ、あの部屋、ってなによ……?」

「"リンゴのマークが描かれた扉の部屋"だ」

 

 微かな間が入ったが、それは一瞬だけだった。

 不自然なものではない、会話の流れではありふれたような間だった。

 

「……いいえ。あそこは鍵がかかっているでしょう……行っても無駄だわ……」

「…………なるほど…………君は、知らないのか。よかった。ウソをついてもいなさそうだ。………本当に? 本当にウソをついてないんだね?」

「だ、だから……っ! さっきからなんなのよ……!?」

「なら、教えてあげるよ。真実を求める同士へ、ぼくからのギフトだ」

 

 少年の声は覚悟を決めていた。

 過去の話だというのに、緊迫した空気は今の裁判場でも身を持って伝わってきた。

 

 

 

 

 

 

 

「あの部屋に存在しているモノは絶望だ。ぼくたちの真実を狂わせる悪夢の部屋だ」

 

 

 

 それは、一滴の毒薬にも似ている言葉だった。

 その毒が手に触れたように、錦織は微かに息を飲んだようだ。

 

 

 

 

「……………もう少し分かりやすく言ってほしいものね……」

「そうかい? 興味を惹かれたとは思うけど? 興味本位で首を突っ込むものでもないけどね」

 

 錦織は、しばらく黙り込んでいた。

 そう、と肯定するような、あるいは吐息を漏らしたようだった。

 

 

 

「ご忠告どうも。……そうね。おたがい良い夢は見られるといいわね……」

「……ウィ。そうだね、夢ぐらいは」

 

 闇夜に溶けそうなほど静かな足音がまばらに鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

Bon reve (良い夢を)

 

 

「……Bonne nuit, Madame. (良い夜を、マダム)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 耳障りなノイズと共にボイスレコーダーは沈黙した。

 裁判場も完全な無の世界へと帰ってきた。

 

 ランティーユは胸ポケットにそれを無造作に突っ込んでいる。

 彼の表情は幾ばくかの後悔が滲んでいるように見えるのは俺の思い違いだろうか。

 それでもランティーユは毅然と前を向いていた。

 

 

 …………だけど、いまの音声って。

 

「な、なあ、ランティーユ」

「みんな聞いたから、もういいよね」

「ランティーユ。今の話はどういう意味なの? そっちも聞かせてもらいたいのだけれど」

「いまの会話で重要なのは、12時半にマダム錦織が5階にいたってことだけだ。話の内容は関係ない」

 

 あっさりと言い放って、ランティーユは天馬に向き直る。

 「おかしなことなんてない」と言わんばかりに、ランティーユは強い咳払いをした。

 

 

 

「ランティーユくんは萩野くんを呼び出したのが、錦織さん。そして、錦織さんが萩野くんを殺した……そう言いたいんだね」

 

「そう考えるのが自然だよ。だから、マダム錦織を殺した真犯人を今は優先させるべきだ」

 

「ならば……"詩音はトロフィーで健を殴って拘束させ"て、爆弾を設置……そして"爆殺"を実行した……しかし、その後……真犯人がなんらかの方法で音楽室に詩音を呼び出して"ナイフで刺し殺した"……さらに、"殴って顔を判別できないようにした"……流れはこうか……?」

 

「ううん、それは違うよ」

 

 黒生寺の言葉を否定したのは天馬だった。

 驚いたようだったが、彼も自分の言葉に違和感を持っていたのか。

 バツが悪そうに、大きな腕を組んで体を傾けるだけだった。

 

「錦織さんは刺殺じゃなくて、殴られて亡くなったんだと思う」

「つまり撲殺か……? 殴って気絶させるつもりで殺したという可能性もあるかもしれないが……」

「たしかに、それもあり得るかもね。でも、少なくとも刺殺ではないことだけは確かなんだ。刺殺だと明らかにおかしいところがあるんだ。……七島くんも、気づいてるんじゃないかな」

 

 俺も気づいている?

 落ち着いて頭の中を整理していくと、“あるもの”が浮かび上がってきた。

 

「それって制服か?」

「せーふく? それがどーかしたの?」

「天馬が持っていた錦織の制服だ。あれっておかしくないか?」

「おかしい……? 死体が詩音か陽菜か、犯人は撹乱するつもりだったんだろう……だから奴は死体の服を脱がせて、代わりに卯月の制服を着せた……」

「いいや、それだとおかしいんだ。錦織の服装には“血も切られたような跡もまったくなかった”じゃないか」

「そうだな……それがどうしたって……」

 

 黒生寺がまたなにかを言おうとしたが、「ちょっと待って」と紅が制した。

 彼女も、俺と同じような違和感に気づいたようだ。

 

「そうよ、錦織の腹部には刺し傷があったわ。でも、実際の錦織の服には"血の痕"がなかったということは……」

「……! 念のために確認するが……犯人や詩音がそういうプレイが好みだったとかはないよな……?」

「そ、それはないと思うぞ……おそらく犯人は錦織を撲殺した後に、四月一日の服を着せた。そして腹部を刃物で刺したんだよ」

「な、なるほど……? って、なんで!? なんでそんなことするの!?」

「それは黒生寺くんがさっき言った通り……私たちを攪乱させるためかもしれない」

「チッ……まぎらわしいことを…………愉快犯か……? "爆殺"といい滅多打ちといい……」

 

 犯人の心理がまるで理解できない。

 今、玉座に座っているクマが殺した可能性も考えられなくはないだろうか?

 

 萩野を気絶させて爆殺なんて……心根が絶望に染まった卑劣な人物が犯人で違いない。

 だから、絶対に許すわけには……!

 

 

 

 

 

 

 

「でも……あの爆発って、本当に学園長室で起こったのかな?」

 

 

 

 

 

 

 ……えっ?

 

 思わず、驚嘆が飛び出そうになった。

 それは突拍子もなく、マイペースな声色だった。

 しかし、天馬は冗談を言っている素振りはなく、それどころか大真面目なトーンだった。

 

 

「い、いや、天馬……? なにを言ってるんだ? “爆発の音”はみんな聞いていたんだぞ?」

 

「そうだね。でも“爆発した瞬間”は、だれも見ていないはずだよね?」

 

「そうは言うけど、学園長室が爆破した事実は変わりないだろう? ムッシュ萩野の腕時計も"6時の針で止まっていた”からね」

 

「トロフィーも、まっくろこげだったのだ!」

 

「俺だって“炎に包まれていた学園長室”を見たんだ。黒生寺たちはマナクマが消火した後だったとはいえ……それでも、あの部屋は爆破があったことは間違いないって言えるだろう?」

 

「ああ……だが、陽菜は学園長室で爆破は起こってないと思って…………」

 

 黒生寺は眉間に皺をよせながら、大きな拳を口元に寄せていた。

 だが、その目元が違和感を覚えたように歪んで、一瞬だけ痙攣したようだった。

 

 

「…………おい待て、ランティーユ。いま、なんて言った……?」

「え? ぼくかい? 部屋が燃えていたのは事実だし、ムッシュ萩野の腕時計は"6時の針で止まっていた”って……」

「な……!? 貴様……ッ! それじゃあ、爆弾の作動した時間はわからないのか……!?」

「えっ!? でもでも、時計のハリが"6時"で止まっていたならそうだよね? どっかーんってなったんだもん!」

 

 両手を開いて爆発を表現する大豊に、しばらく黒生寺はぴたりと硬直した。

 やがて、三白眼の瞳孔が大きく見開かれる。

 

 

 

 

 

 

 

「バ……バカな……ッ! ド畜生がッ!!!」

 

 

 

 

 

 黒生寺は、吐き捨てるように吠えた。

 外見も相まって、野生の獣さながらの迫力だった。

 今度は黒生寺が気づく番なのか? ……でも、なにに気づいたんだ?

 

「"破片手榴弾"……ッ!! クソッ、こんな初歩的なモンを見逃していたとは……!」

「えっ? ムッシュ、今なんて?」

「爆弾だ! 前に言ったはずだ……あの爆弾は破片を飛散させることによって攻撃するものだと……!」

「……え!? ど、どういうことなのだ!?」

 

 それって、もしかして……。

 俺の記憶はマナクマを解体した日まで遡っていた。

 

 


 

 

「“時限爆弾”だ……タイマーをセットして爆発。破片を飛散させて相手を攻撃する……破片手榴弾と同じだ……」

 

 


 

 

 …………そうだ、思い出した。

 たしかマナクマから爆弾を取り出した時、黒生寺はこのように説明していた。

 今、黒生寺は拳を額に当てて悔しそうに唸っている。

 

 

 

 

「健の傷はアタマの"打撃痕だけ"だった……しかし、部屋には"タイマーどころか爆弾の破片も見当たらなかった"……そうだとしたら…………!」

 

 

 

 つまり、それが意味することって……。

 

 

 

 

 

 

 

「ま、まさか、爆破場所は学園長室じゃないのか……!?」

 

 たちまち、天馬以外のみんなが驚愕の顔立ちへと変わった。

 

 

 

「そんな、ウソでしょう……!? でも、私たちは全員聞いたわ! 爆発の音を!」

「ウィ……! 実際に校舎も少し揺れたよね……!?」

「あの爆弾は作動すれば、部屋は半壊して爆弾の破片も飛び散ることになる……だが、一つだけ、支障なく爆破できる場所がある……」

 

 黒生寺には、その場所に覚えがあるというのだろうか。

 今は黒生寺を信じて、視線だけで彼の言葉を促した。

 

 

「厨房の"冷凍庫"だ……」

「へ、へけぇっ!? "冷凍庫"ぉっ!?!」

「紅葉……厨房の"冷凍庫"の中は見たか……!?」

「い、いいえ。厨房は確認したけど、爆破が起こったなら部屋はめちゃくちゃになっているはずだと思っていたから……」

「無理もない判断だが、その前提が間違いだったようだな……」

 

 黒生寺は、さらに言葉を発するために素早く唾を飲み込んだようだ。

 大きい喉仏が、ごろんと窮屈そうに蠢いていた。

 

 

「生物実験室にも同じ形状の"冷凍庫"があったが……扉の内側にはこんなことが書かれてやがった……」

 

 黒生寺は証拠を提示する。

 生物実験室の"冷凍庫"の扉の内側に書かれていた文章は……。

 

 

 

 ご自由に、非常食にしてください。

 

 ※なお、この冷凍庫は核シェルターと同等の硬度で作られています!

  盗賊や爆弾魔が来ても大事なものを守れるぞ!

 

 

 

 核シェルター同等の硬度……にわかには信じがたいが……。

 

「なるほどね……いえ、なるほどって納得しても変かもしれないけど……これが本当なら厨房の"冷凍庫"は、どうなっているのかしらね。……ねえ、マナクマ?」

『…………はえ? ボクにパシリさせようってーの?』

「いつもやってることでしょ! とっとこ行くのだー!」

『んもう。クマづかいが荒いクマねぇ』

 

 マナクマは渋っていたが、やがて席から降ると跡形もなく消えた。

 

 

 やがて裁判場のモニターに、厨房の"冷凍庫"が映し出された。

 俺たちは全員、この冷凍庫に"爆弾"が保管されるところを見たはずだ。

 

 マナクマが短い両手で、『よっこらしょすたこーう゛ぃち!』と"冷凍庫"の扉を開けた。

 

 飛び込んできたのは、戸の内側に刺さった無数の黒い破片。

 "冷凍庫"の中から溢れた黒い硝煙に、マナクマはげふんげふんとわざとらしく咳き込んでいる。

 元の形も分からない野菜の汁、飛散した鮮魚類。

 ぐちゃぐちゃになった肉の塊が殺人現場の惨状のようで、思わず目を背けてしまった。

 

 だけど、これでハッキリした。

 本当の爆破場所は、厨房の"冷凍庫の名k"だということが。

 

 

 それは……わかったのだけれど……。

 

 

「で、でも、爆弾が"冷凍庫"でどっかーんってなったら、学園長室はなんだったのだ!?」

「考えられるなら"6時より前、爆破前に部屋が燃えていた"ってことだと思う」

「直接、マッチやライターで部屋を燃やしたってことか……そのぐらいなら倉庫でいくらでも持って行ける……実際、科学部のアイツも持っていたからな……1時間以上、気絶させられた上に、縛られて燃やされたら、さすがの健もどうしようもねえのか……」

 

 犯人の狡猾さに苛立ったのか、黒生寺は露骨に舌打ちをした。

 

「しかし、意味がわからんことを……いったい、なにが狙いだ……?」

「たぶんだけど……犯人は、萩野くんが"6時で殺された"っていう間違った事実を知らしめようとしたんじゃないのかな」

「な、なんのために!? そんなことするのだ!?」

「"殺した順番を欺くため"……私はそう思うんだ」

 

 

 ……いったい、天馬はなにを言おうとしているんだ?

 

 

「このことで分かるのは、“6時ぴったりに萩野くんは殺されていない”ってこと。そして、萩野くんの次に錦織さんが殺されたっていう可能性よりも……“錦織さんが先に殺されて、次に萩野くんが殺された”。そうとも考えられないかな?」

「……そんなことが、ありえるのかい?」

「そっちのほうがしっくりきそうなんだ。たとえば……錦織さんの遺体は、黒生寺くんが一回目に音楽室で見た時には、隠されていたとか」

「はむっ!? そ、そんなことできるの!?」

 

 錦織の遺体を隠すことができる場所はあるだろうか?

 場所、あるいは人を隠すことができそうな"物"は……

 

「もしかして、コントラバスケースを使ったのか?」

「あ……? コントラだ……?」

「大きいヴァイオリンのケースの中だよ」

「あなた、また大きいヴァイオリンって……それで通じるならいいんだけど」

「……! あのデカい楽器か……!」

「あっ、通じるのね……」

 

 紅は安堵しつつも肩を落としていた。

 複雑な面持ちの彼女を置いて、黒生寺は一つずつ確認するように何度か頷いている。

 順序を組み立てて、思い出しているような仕草だ。

 

「そうだ……俺が最初に見た時には、あの"デカいヴァイオリンが転がっていた"……だが、詩音の死体が発見された時はなかった……つまり交換されていたということか……!?」

「どうして、気づかなかったの? いくら音楽に疎いからって、そんな……」

「しょうがねえだろ……! あの時は急いでいたからな……クソ……ッ、俺としたことが……」

「い、いえ、責めるつもりはないのよ。私も"冷凍庫"の中を見られなかったから……」

「あー、もう! 2人とも後悔は後回しにするのだ!」

 

 大豊は、ぱんぱんと手を叩いて項垂れる彼らを叱咤する。

 つまり、錦織は萩野より前に殺されているってことは確かなのか……?

 

 

 

「で、でもでも! "錦織っちのメモ"には、学園長室のことも書いてあったよね!? それはどーなっちゃうの!?」

「それについてなんだけど、私は錦織さんが萩野くんを呼び出したとは考えられないんだよね。…………七島くんは、このメモを見て、なにか違和感はないかな?」

 

 …………え? どうして俺に振るんだ?

 困惑する俺の様子も無視して……いいや、気づいていないのか、天馬は再度メモを提示してきた。

 たしか、錦織の制服ポケットに入っていた"メモ"だよな?

 

 

 

 

 

 オルゴールを直す 要・ドライバー ⇒ 誰かに借りる

 深夜一時半 学園長室

 

 

 

 

 

 やっぱり、この筆跡って、"おかしく"ないか……?

 疑念の正体はまだ霧がかかっている。

 でも、違和感があることには変わりない。

 

 このことを伝えなければ……!

 

 

「………いいや、特に気になるところはないな」

「そう……でも、あなたが言うのなら、偽装はされてないということね」

「うんうん! 七島っちは、文字のえきすとらだもんね!」

「……………エキスパートじゃねえのか……?」

「へけ? ええっと、そうとも言うのだ!」

 

 

 

 

 …………あれ?

 

 

 ちょっと待て。なんで……今、俺はなにを言った?

 間違えて墨を半紙に落としてしまった、初歩的な誤りのような戸惑いが押し寄せる。

 

  "違和感がない"ことを告げたのか?

 ……いいや、それはおかしい。なんでだよ?

 『気になることがある』って伝えなければ。

 

 

 

 

「……本当にそうなのかな」

 

 

 

 喉仏をつねっていると、疑念の声があがった。

 天馬の声は緊張に満ちていて、俺の正気を確かめるような目つきだった。

 より一層、俺自身の喉を抓る指先の力がこめられる。

 

 

「七島くんにいつも任せていたんだけど、私も少しだけ筆跡が分かるんだ。もちろん、七島くんのほうが長けていると思うけど」

「へけ!? そうだったの!? もっと早くに教えてほしかったのだ!」

「昔、お母さんから少し習ったことだから、大したことじゃないと思うけどね」

 

 待ってくれ。

 天馬、俺も違和感があるんだ。

 だから、お前と同じ意見のはずなんだ。

 

 

 …………はず?

 

 

 

「なあ、天馬。俺も……いちおうは書道家なんだ。これは錦織が書いたメモだよ。これは“錦織の文字”で間違いない」

「それじゃあ、今は筆跡は置いておこうかな。……このメモって筆跡を抜きにしても、少しおかしくないかな?」

 

 

 おかしいだって。筆跡以外で?

 どこが、なにがおかしいっていうんだ。

 

 

 ……いいや、待てよ。

 

 俺はさっき"筆跡がおかしい"って思っていたんじゃなかったのか……!?

 そして、俺はそれを言おうとしていた!

 でも『俺』はこれは錦織の文字で正しいと言った……あ、あれ? 言ったんだっけ?

 

 

 …………ど、どうしたんだよ? なにを迷っているんだ?

 落ち着け、言い直さないとダメだろう。

 それだというのに、俺の指は喉仏から一向に離れる気配がない。

 さらに強くつまみあげ続けて、うまく喋ることができない。

 

 

 

「私がオルゴールを壊したのって11時頃だってこと、七島くんは知っているよね。その時、錦織さんはどこかに行く素振りをしていた。実際に、錦織さんは12時半に5階に行っていたってランティーユくんのボイスレコーダーで証明できる」

 

 天馬は淡々と、それでも確実に手を伸ばそうとしている。

 崖に咲いた一輪の真実の花に向かって……。

 

 それは、錦織のためか? みんなのためか?

 

 

 ――少なくとも、俺のためではないことは確かだった。

 

 

「そうだとすると、このメモの書き方って時系列がおかしいんだよ。もしも、錦織さんが萩野くんを呼び出したら、『深夜1時』の文字が先に来ると思う。私がオルゴールを錦織さんに渡したのは11時半……その時、すでに錦織さんはどこかに行こうとしていたからね。それも少し急いでる様子で…………私と別れた後、そのまま錦織さんは部屋に行かずに本校舎の方へ向かっていたから」

「つ、つまり……天馬、あなたはなにが言いたいの?」

 

 紅は恐れるような声色で、自らの鼓動を鎮めるためか手のひらで右胸を抑えている。

 一方で、天馬は怖じ気づかずに言葉を選んでいる。

 

 

 

「オルゴールを直すっていう文字は錦織さんが書いたと思う。でも、深夜1時半、学園長室…………この文字は、錦織さんじゃなくて、錦織さんを殺した犯人が書いた……って、私は思うんだ」

 

 

 俺の喉仏には切られずに長くなっていた爪が立てられた。

 自分でやっていることなのに、痛みに嫌悪感を覚えているのに……まだ、俺の指先は頑なに摘み上げ続けている。

 

 

 

 

「七島くんは、ウソをついてるよね」

 

 

 

 今、裁判場に立っている全員が。

 不思議なことに俺自身までもが。

 俺のことを半疑の眼差しを向けているようだった。

 

 

「な、なんで……俺がウソだなんて」

「ウソっていうのは変かな。……筆跡が違うってことを隠そうとしたのは、どうして?」

 

 

 さっきから天馬は、なにを言っているのだろう?

 どうして、俺が嘘つきだと思っているんだ?

 

 俺だって、"答え"を見つけようとしているのに。

 萩野を、そして錦織を殺した人物の"答え"を……。

 

 

 なあ、そうだよな? 

 俺は、お前たちと一緒だよな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ちがうだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………意地悪だな、天馬も」

 

 

 待ってくれ、だから違うんだよ!

 ちがう、ちがう。やめてくれ。

 俺の言いたいことはそんなんじゃない。そんなんじゃない!

 

 

 

 やめろ、やめるんだ!! 止まれ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、天馬……いや……ここにいる、みんなに真実を話そうか。

 

 

 ……そうだよ、錦織を殺したのは萩野だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――俺は、お前は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――"俺の中にいるお前"はだれだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして――その萩野を殺したのは、俺だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ああ、驚くほどに面白かった。

 

 何度か推理小説は読んだことはあるが、それよりもずっと面白い。

 現実の世界の緊迫は、心臓に悪いほど楽しいものだなんて知らなかった。

 なにもかも、俺の望んでいた世界がここにはあった。 

 そんな望んだものに縋っている俺も、なんとも滑稽だけれど。

 

 

「へ、へけ? 七島っち……? な、なにを言ってるのだ……?」

 

 まず口を開いたのは、小柄なお団子頭の少女だった。

 小学生みたいな出で立ちだが、健康的な小麦肌が羨ましい。

 

 ……でも、そんなことはどうだっていいか。 

 俺は真相を話すだけでいいんだ。最初からこうしていればよかった。

 

 

「事件の真相はこうだ。まず、俺は午前5時頃に学園長室に向かった……そこで萩野に会ったんだ」

「ちょ、ちょっと、待って……待ってちょうだい。七島、あなたは、なにを言ってるの……!?」

「…………なにって、真相だけど」

「な、なんで? そんな急に……そ、それが本当ならどうして学園長室に向かったの?」

「目の前に、超高校級の罪人、早刃宮ジャンヌが現れたから」

 

 早刃宮ジャンヌ……名前だけは聞いたことはある。

 まさか、俺の眼前に現れるとは思わなかったけど……これもきっとなにかの縁だとは思った。

 俺自身は、縁に最も遠い存在ではあるけれど。

 

「な、なんだと……? 罪人……?」

「それって本当なの……? あなたの夢とか幻覚じゃないのよね?」

「ぼんやりとだったけど、自室で……この目で早刃宮ジャンヌを見たんだ。そいつは早刃宮だと自らが言っていた、そして聞いたことのない声だったんだから間違いない」

「まっ、待ってよ!! 七島っちしか見てないなら信じられないのだ!!」

「それの存在が証明できようができまいが、それはどうでもいいよ」

 

 俺は見知らぬ生徒たちに向かって語りかける。

 

 見知らぬは言いすぎか……だけど事実じゃないか。

 実際問題、初対面なんだから。

 十人十色、まさに希望ヶ峰学園の生徒にふさわしい個性的な面構えじゃないか。

 そんな彼らと話ができる、こんな日が訪れるなんて幸運じゃないか。

 もっとも、こんな出会いの場は最悪な不運と言ってもいいだろうけど。

 

 

「…………罪人の下りは……信じがたいが本当だとしよう……ならば何故、貴様は5階に向かった……?」

「気になるに決まっているだろう? それに勘っていうのかな……急き立てられるように自室を出て駆けだしたよ。学園長室前で見失って……だから、仕方なく、学園長室に入ったら、萩野がいたんだ……どうしてこんなところにいるのか、不思議でたまらなかった。だけど、彼はとんでもないことを言いだしたんだ」

 

 彼らのことはどうでもいい。

 俺は、真相を告げなければならないんだ。

 ……真相、なんてカッコいいものじゃないか。

 

 この事件の、"俺の答え"を言わなければならないんだ。

 

 

 

 

「萩野は言ったんだ、錦織を殺してしまったって」

 

 

 

 裁判場の観衆が息を飲んでいた……俺だって、そうしたかった。

 お前たちと一緒に同じような顔をしたかったよ。

 

「え……!? ど、どういうことなのだ!?」

「錦織は望みの母胎にサイバー攻撃した……新たな第二の絶望、『絶望の種』のことを知っている、関与しているんじゃないかと萩野は疑っていた……いや疑っていたけど、同時に信じていたんだと思う。だから、萩野は彼女を呼び出した。問いつめたけど、彼女は我関せず。むしろ、自分が絶望の片棒を背負ってると言ったんだろうな。錦織の態度にショックを受けたんだと。そして……」

 

 俺はわざとらしく溜息を吐いた。

 深く、深く深く深く……この裁判を俺の息で埋めるほどの長い息で。

 

 

「錦織に『書道家の肩書きは嘘だ』って言われて逆上してしまった。だから殴り殺してしまった……萩野は、そう言ったんだ」

 

 

 「どうして」という言葉が聞こえたような気がした。

 だれの言葉だかは分からないけど……だれだっていい。他人なのだから。

 

 

「萩野が殺人犯なんて認められない。親友として俺は萩野を庇いたかった……そんな思いが咄嗟に過ったんだ。だから、俺はトロフィーを手にとって殴ってしまった。……こんな虚弱な俺がボクサーの萩野を殺せないと思うか? でもな、俺にとって萩野の不意を取るのは意外と簡単だった」

 

 笑うために顔の筋肉を緩ませてみた。

 こいつらは茫然としていたが、そんなに俺の笑顔が変だったのだろうか。

 やっぱり俺のことが信じられないのか。

 

 

「萩野も俺を信じていたんだ。そんなことをする人間じゃないって……だから、簡単に気絶させられたんだ」

「お、おい、ムッシュ……本気で言っているのか……?」

「本気じゃなかったら、ここまで話さないだろ」

 

 いったい、彼らは俺のなにを知っているんだ?

 「お前は」「君は」……なんて俺のことを知りたるような口ぶりで話すけど。

 

 もしかしたら、傍から見たら俺は俺が思っている以上に分かりやすい人間なのか?

 それが本当なら、笑えてしまうな。

 みんなが分かっている俺の滑稽な姿を、一番知らないのは俺自身なんて! 愚者そのものだ!

 

 でも、今は笑っている場合じゃないか。

 出来上がった"解答"を真実にするだけだ。

 

 

「その後は、さっきの推理と一緒だ。俺は気を失った萩野を椅子に座らせて手錠をかけた。手錠は職員室から借りたよ。元怪盗……だっけ? そいつの机から持って行って、昏睡状態の萩野の椅子に拘束した……そして、俺は手元にあったライターを使って部屋の本に炎をつけて退出した。後は冷凍庫の爆弾を6時にセットして、第一発見者のフリをした。……それだけの話だよ」

 

 「それだけ」……なんて便利な言葉だろう。

 彼らは唖然として動けないようだった……無理もないか。

 モブ中のモブ同然のつまらない男が、いきなり出しゃばっているから驚くのも当然だ。

 

 

「えっ……ええと、ええっと……つまり、錦織っちを殺したのは萩野っちだけど、萩野っちを殺したのは七島っち……ってこと……? …………え!? ええっ!?」

「……マナクマ、その場合の投票はどうなるんだい?」

『その場合は、萩野くん殺しの犯人を当てることになるね! タエコ・ヤスヒロ氏の事件と一緒のパターンですな!』

「じゃあ、七島が………い、いいえ、待ってちょうだい。そんなわけが、」

「待て……話が早すぎる……! だいたい竜之介、寝言は寝て言え……いくら健が死んだからって、トチ狂ってんじゃねえぞ……!」

 

 掠れているがドスの効いた男声。

 どうして、馴れ馴れしく俺のことを下の名前で呼べるんだろう?

 「それに」と、男は吐き捨てるように言った。

 

 

「ありえない……貴様が先に発見して、その後に、俺。そして、てらが健の死体を見つけた。それは事実だろう……健を殺したというのなら、貴様は、"詩音の死体"を隠す必要がある……だが、俺が最初に音楽室を見た時、詩音はいなかった……そして2回目に音楽室を訪れたときに、詩音はいた…………さっきも言っただろう……だれかが加担しているのは間違いない……だが、それは貴様にはできない! 貴様は気絶していたうえに、俺に背負われていたからだ……! 話が破たんしている……!!」

「止めが甘い」

 

 男は鋭い目つきだが困惑したように身動きする。

 一気にしゃべったせいか、俺の言葉に驚嘆したせいか、若干、息切れを起こしていた。

 なにか言いたげだが、その前に反論の言葉で塞ぐ。

 

 

「本当にそう言い切れるのか?」

 

「……っ、俺を疑っているのか……!?」

 

「だいたい、お前は“最初に音楽室を訪れた時に、錦織がいない”って言ったな。それは本当なのか?」

 

「ぐ……ッ! 詩音が死んでいたら、そっちに気を取られるだろう……!? だから“最初はデカい楽器のケースに詩音の死体は隠されていた”はずだ……!」

 

「いいや、お前はウソつきだよ。“証拠なんてどこにもない”」

 

「七島! 和を乱さないで!」

 

 

 一つ結びで燕尾服を着こなした女性が一喝する。

 議長が似合いそうな聡明な目鼻立ちの女子生徒だ。

 じろりと彼女を睨みつけると、少し怯えたようだが、すぐさま姿勢を正す。

 

「……冷静になりなさい。さっき、あなたが推理したことでしょう? "コントラバス"は黒生寺が最初に見た時に、ケース外に放り出されていたと」

「いいや、"コントラバスケースに錦織の遺体が隠されていたという決定的な証拠"がない」

「いいえ、あるわ。"水"よ」

 

 ……水?

 燕尾服の彼女は、俺をじっ、と見据える。

 

 

「"コントラバスケース"の底に溜まっていた水が物語っているのよ。"錦織の死体のマスク"の内側も濡れていたわ。これで、コントラバスケースの中に錦織の死体は隠されていたという証明になるはずよ」

 

 ……………知らなかった。

 ……だけど、それがなんだというんだ?

 

「それを隠蔽したのも俺だ」

「だから、それがおかしいって言っているんだ……!! "貴様は萩野の遺体を見つけたときから俺に背負われていた"……だから、詩音を楽器ケースから出すのは不可能だ……!!」

「本当にそう言えるか? 俺を背負う前、お前は俺のことを壁際に置いて学園長室に足を踏み入れたじゃないか。その時だよ、俺が音楽室に行って錦織の死体を楽器ケースから出したのは……」

 

 そう言うと、男はハッとしたように口籠る。

 次に、挙動不審な小柄な少女に向き直った。

 

「それに、お前も」

「…………へ、へけ!? あたし?! な、なにが!?」

「この男の後にお前は学園長室に辿り着いた。あのとき、俺が壁際で気絶していたことを証明できるか?」

「うぐっ……!? そ、それは……え、えっと……ええーっと……」

「……いや、待て……目を離したとはいえ、あんな短時間で錦織を貴様が楽器ケースから外に出すのは無理だ……! そもそも、俺が健の死体を確認した直後に、下階からそいつは来たんだ……! 音楽室は階段付近で、学園長室はフロアの最奥……貴様の言うことが本当なら、鉢合わせていないとおかしい距離じゃないか……!?」

 

 「あ、そっか……!」と少女は素直に納得する。

 

 ……余計なことをしてくれたものだ。

 

 でも、時間の問題だ。

 この事件の"答え"は完成されたようなものだから。

 

 

「あ、あのさ? と、とりあえず七島っちは落ち着こうよ? ね?」

「だから? そんなことをしたところでなにも変わらない。落ち着いたところで結論は同じだ」

「チッ………どちらにせよ一枚噛んではいるのか……!?」

「噛んでいるもなにも、俺が犯人なんだ」

「まだ言うの……!? お願いだから、七島、頭を冷やしてちょうだい! こんな時に、あなたまでおかしくなったらラチが明かないわ!」

 

 口々にみんなが声を上げるも、俺にはどうだっていい。

 

 なんだって言えるんだ。

 お前たちが、俺の仲間じゃない限り。

 俺が、お前たちの仲間じゃない限り。

 

 俺は、お前たちに同情なんてしない。できないのだから。

 

 

 

 

 

 

「七島くん、止めが甘いよ」

 

 

 

 

 

 そのとき、嫌な声が投げかけられた。

 

 一番落ち着く声なのは変わりない。

 だけど、それは頭が一番欲していない声だった。

 

 

 

「……どうして止めるんだ。天馬」

 

 彼女は身動ぎ一つせずに、俺を見つめている。

 

 

 

 

 

「七島くんは犯人じゃないよ。そんなことしない。私とおしゃべりしたり、本を貸してくれたり、真実に向き合える優しい人だってこと。私、知っているよ。見てきたよ。

 

 

 ………ずっと、あの日々の中で」

 

 

 

 ……………なにを、言って。

 

 

 

 本を、貸してくれた……? あの日々…………?

 

 

 すべてを知りたる母のような声と顔色。

 ナメクジが這ったような脂汗がこめかみを伝い始める。

 

 

「天馬……? あの日々って……?」

「まさか……陽菜……貴様も"思い出した"のか……!?」

「すごくぼんやりとしてるけどね。これが幸なのか、不幸なのかはわからない。それでも思い出の一部や、私自身のこと……少しずつ思い出してきたんだ」

 

 思い出した。

 その言葉に、心臓に爪をたてるようにワイシャツを掻きむしる。

 

 

「そ、それじゃあ……俺のことも、覚えているのか?」

「忘れなかったよ」

 

 

 ぴしゃんと雷が落とされたように舌が痺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が不運じゃなかったってことも」

 

 

 

 

 

 ――彼女の言葉は、終末のラッパそのものだった。

 

 

 

 

 

 

「………!! そ、そんな……やめろ……やめろ……っ!!! 違う、違うんだ、天馬、そ、そんなこと……聞きたくないっ!!!」

 

 

 

 ……これは自分の悲鳴だろうか?

 こんなにも情けない怒鳴り声しかあげられないのか。

 

 

 

 

「七島……それに天馬……? あなたまで……いったいどういうことなの……?」

「でも、私は過去だけを振り返ることはしたくない。だから、七島くん。…………今を見てほしんだ」

「見ている。見ているよ。天馬。それでも俺は"答え"なきゃ」

「ダメだよ。だれかの……あの人の、言いなりになっちゃダメ」

 

 ……言いなりだって?

 天馬の言うことは一理あるかもしれない。

 

 だけど正論を言われたところで、俺にはなにもない。

 だから、だれかに縋るしか道はない。

 喜ぶことも嘆くこともなく、黙って傀儡になるしか道はないんだ。 

 

 都合のいい綺麗で自由な希望と未来が溢れる世界……

 そんなものは俺には似合わない。

 どんなに手を伸ばしても届かない。そんな世界を俺は知らないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「もう、いい……うんざりだ……っ!!!」

 

 

 

 

 また、俺の声……かと思ったら違うようだ。

 周囲を見回して、その声の主を確認する。

 

 金髪で灰色のスーツを着た少年が肩を震わせていた。

 彼の瞳は透明という言葉が似合う澄んでいて、すべてを見透かされそうでゾッとした。

 だけど、その色がくすみかけているように思えた。

 

「いい加減にしてくれよ……! なんなんだよ君たちは! マダム天馬も、ムッシュ七島も……!!」

「……なにを言っているんだ」

「人が変わったようじゃないか! やっぱり、お前はニセモノなんだな!? そうだよ……ぼくの目は間違っていなかったんだ……っ!!」

「お、おい、待て……貴様までとち狂うつもりか、ランティーユ……!?」

 

 長身の男が焦ったように少年を止めようとするが、それでも彼の興奮は鎮まることを知らない。

 陶器のような肌を紅潮させながら、目を爛々と剥き出しにする。

 醜い敵意が涙のように溢れて零れ落ちていた。

 

「いつまで自分にウソをつき続けるつもりだよ、ムッシュ……! そもそも君はなんなんだ? 化け物なのか? そうなのか!?」

「…………そうだな。化け物だよ。いや……寄生虫とか、出来損ないの合成獣とか……そう言っても過言ではないのかもしれない」

「っ! ………そ、そっか。ああ、そうかもしれないね? 君もぼくも化け物だったんだ。醜くて、汚らわしくて、それこそ見るに堪えない人間の面を被った悪魔だって? ……っははは……そうだな! ぼくも、君も、みんなも……!! そうなんだろう!?」

「ちょ、ちょっと、待ちなさいっ!! いったいなにを言っているの、ランティーユ!? 七島もこれ以上、おかしなことを言わないで!」

 

 一つ結びの女性が叫んで、彼の元まで駆け寄って腕を掴もうとした。

 しかし、それはすぐさま大きく振り払われたようだ。

 

 

「Arrêtez ça!! Ne touchez pas!!」

 

 

 異国の言葉を飛ばして素早く手を上げた少年に、女性は怯んで立ちすくんだ。

 このままだと、あの女性はぶたれてしまう。

 さすがに罪がない人が痛い目に遭うのは見たくない。

 

 だけど、俺に止めることなんて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だめーっ!! ランティーユ!! ストップなのだぁっ!!!」

 

 

 

 

 

 渇いた音が鳴り響く前に、静止の声が割り込んだ。

 

 先程の舌ったらずな小柄な少女が、振り下ろされようとしていた彼の手を掴みとっていた。

 ランティーユと呼ばれた少年はハッと目を見開く。

 憤怒や動揺が波を引いたように固まった。

 たちまち、ざあ、と全身の血が抜けたように両頬が青白さを帯び始めていた。

 

「…………っあ……、マ、マドモアゼル……っ! あ、ああぁぁ……っ! ぼっ……ぼくは……ぼく、は……っ!!」

「落ちついて。あたしは『本物』って言ったでしょ。あの時に…………って、こら! それでもハグは禁止だから!」

「……っ! そ、そうだよね……ウィ。そうだ、君はそうじゃなくちゃ……」

「まったくもう……ランティーユ、やっぱりあんたって変態なのだ」

 

 マドモアゼル、と呼ばれた少女は抱きつこうとした少年を手を握りながらも押しのけた。

 ……恋愛関係ではないのか?

 

 「だけど」と少女は、前置きをして目を閉じる。

 

 

「たしかに変態だけどさ……あたし、言ったでしょ。飛びぬけてアホで、やさしくて、ヘタレなりにがんばっているあんたのことは、なんだかんだ信じているって! ……そんな、あんたに、あたしはずっと助けられてきたんだもん。見捨てることなんかできないのだ。真田っちも言ってたでしょ。あたしたちは一人じゃないって。おとなりを信じることがダイジって。

 

 だから、だいじょーぶなのだ。あたしを信じられるなら、ランティーユもみんなを信じることができるのだ。……あたしはランティーユのこと、信じているよ」

 

 

 閉じていた目を開いて、少女は金髪の青年の手をぎゅっと包み込む。

 狂気的に叫んでいた彼が嘘みたいに静かになって、彼女のことを静かに見つめていた。

 体は小さくても、彼にとっては大きい存在なのだろうか。

 

 

「…………大豊さん、ランティーユくんは……」

「えっと、いろいろあったみたいなのだ。あたしはバカだから、うまく言えないんだけど……それに、これは実際に“見ちゃった”ランティーユに話してもらわないと、きっとだめだと思うのだ」

 

 みんなしてランティーユと呼ばれた青年を心配そうに見つめている。

 彼の不調を分かち合ったような、この顔の色は、なんだというんだ。

 

 

 

 

「あたしは、ランティーユのこと信じてる。だから……おねがい! ランティーユの話、みんなも聞いてほしいのだ!」

 

 

 

 そう言って、少女は勢いよく頭を下げた……。

 それは小柄で、頭を垂れた姿だというのに、不思議と勇敢だと感じてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぼくは、見てしまったんだよ」

 

 

 

 

 しばらくすると、彼はぽつりと呟いた。

 少女と手を繋ぎながら、自らの言葉を噛みしめるようにゆっくりと口を開く。

 

 

「5階に出向いたのは、ちょっとした気まぐれだったんだよ。……今にして思えば、なにかに憑かれていたのかな? リンゴが描かれた扉を開けてみたくなったんだ。どうせ開かないだろうって思っていたよ……でもね、何故かその扉は開いたんだ。

 

 ……ぼくは選択を迫られたよ。入るか、入らざるか……その時に過ったのが、Nothing ventured, nothing gained……虎穴に入らずんば虎子を得ずだよね? 勇気じゃなくて、好奇心に負けて入ってしまったんだ」

 

 

 長々と語る少年……そういえば、フランスから来た交換留学生だっけ?

 だれかから聞いたような気がするが…………そうだ、たしか萩野から聞いたんだ。

 

「そして、見てしまったんだ。ぼくは物理実験室で……自分の姿を」

「自分の姿……?」

「あの部屋には、ぼくがいたんだ」

「ランティーユ? どういうことなの?」

「いいや。ぼくだけじゃない……君たちもいた」

「おい……なにが言いたいんだ……」

 

 真っ先に思いついたのはドッペルゲンガーだった。

 著名な作家もそれを見て、死んだのではないかという話は聞いたことがある。

 しばらく幽霊に怯えたように身を震わせていた彼だったが、一つの答えを放った。

 

 

 

 

 

「"姿形、服装も瓜二つのぼくらが、大きな筒型の水槽の中で眠っていた"んだ」

 

 

 

 

 悪夢にうなされるように、彼は声を震わせた。

 

 

 ……呆れた。こんな虚言に付き合ってられない

 とは言えども、痛々しくて見ていられないのも確かだ。

 

 

「そ、それは……どういうことだ……? 夢じゃないだろうな……?」

「そんなの、ぼくだってそう思いたかった! 夢だって、幻覚だって……! だけど違う……! ぼくはこの目で見てしまったんだ……! あれは、きっと」

「"禁断の果実" ホムンクルスや人造人間に匹敵する禁忌の科学の術」

 

 

 …………今、なんて言った?

 

 大真面目な顔で、天馬は腕を組んで答えていた。

 

 その言葉、反応……それは、俺だけじゃない。

 黒を纏った男性も、赤い燕尾服の女性もカッと目を見開いて、鋭く息を飲んだようだ。

 

 

 

「私がもらった動機に書かれてあったよね? 物理実験室ではなにかが生み出されているって。"カリモノ"……クローンやアンドロイドのような技術が禁忌の生命なのかどうかは難しい判断だと思う。それでも、命を人工的に生み出すという行為は、不老不死と同じで人類が最も求めているものだけど、ある意味、禁断の秘術ともいえる……錦織さんなら言いそうじゃないかな」

 

 

 古来から人間は神が作るものとされていた。

 

 故に、人間が人間を作ると言うことは禁忌とみなされる。

 フランケンシュタインの話のように、人間を超えた知能の人造人間によって人間が迫害されたら……なんて、読んだ人なら考えることかもしれない。人類はそんな夢見事の世界を実現させたい一方で、叶わぬ夢と選択を捨てているようだった。人の理を超えてはいけないと言う倫理観の名のもとに。

 自分を三人に分割すれば、一人にはなにをさせて、もう一人には……そんな夢想話も、もしも実現できたら、どのような未来が待っているのだろうか。

 

 

 ありえない話、そして非現実的だからこそ。

 

 

 

 

「信じられなかったんだよ」

 

 

 

 少年は、俺の心の声を裁判場で代弁するように呟いた。

 

 

 

「いいや……信じたくなかったんだ…………!! 君たちが……自分の目が……! なによりも、自分自身を信じられないことが恐ろしかった! そして思ったんだ。『ぼくは一体何者だろう?』『ぼくたちが話していた君たちは、いったい、何者なんだろう』って……!! そ、そう思ったら…………あたまが……ま、まっしろになって……きもちわるくなって…………っ!」

「だから、あなたは今朝からずっと顔色が悪かったのね……」

「ボイスレコーダーでも、死にかけのひよこみたいな声をしていたのは、そのせいってことか……」

「そ、そんな声してたかな? でも、信じてくれないよな……こんなの……ぼくでもバカげていると思う……」

 

 …………信用できる、できないの問題じゃない。

 オオカミが来たと騒ぎ立てるのと同じ。

 彼は寓話の少年のようにホラを吹いている、そうとしか思えなかった。

 

 

 

「ううん、私はランティーユくんの話を信じるよ」

 

 

 おとぎ話だというのに。

 それを純粋にも、いや愚直なまでに頷いたのは星の髪飾りの少女だった。

 今度は俺たちがおとぎ話を聞かされたような時と同じように少年が目を丸くさせる。

 

 

「えっ……マダ厶天馬……? ど、どうして……信じてくれるのかい……? ぼくは君を疑っていたのに……!?」

「ううん、疑うことは大切だよ。信じるうえでは、とても大切なことだから。……ランティーユくんの話、私は信じるよ」

 

 ランティーユと呼ばれた少年は精巧な瞳から涙を零す。

 彼は小柄な少女の手を握りしめたまま、それでも苦しそうに嗚咽を漏らした。

 

 ……天馬。なんでそいつを信用するんだよ。

 

 

「そ、そんな……! どうして……っ?! ぼくでも信じられない、こんな馬鹿げたことを……なんでっ……!?」

「いいえ、馬鹿げてないわよ。ランティーユがここまで言葉を詰まらせていったことを足蹴にはできないわ。それに……あなたのショックは相当だってことはわかったもの。ごめんなさい、気付くことができなくて……」

「気づく、気づかないの問題じゃない……ランティーユ、お前は見たことを正直に話せばいい……それだけだ……真実を語るお前が、真実に恐れてどうするつもりだ……だが、話してくれて分かった……信じようじゃないか、お前の話を」

 

 

 天馬以外の生徒も、次々と力強く頷き始める。

 

 

 どうしてなんて失望は不思議と起こらなかった。 

 そもそも、必然と言えるだろう。

 彼らは"仲間同士"なのだから。

 

 

 …………俺と違って。

 

 

「ほらね! 言ったでしょ、ランティーユ! みんな信じてくれたのだ!!」

「ウィ……で、でも……やっぱり、それでも……まだ信じられないんだ……」

「その気持ちはわかるよ。ランティーユくんだけが見てしまったことだものね。……でも、大丈夫だよ。信じてもいい"根拠"があるんだ」

 

 そう言って、天馬はスカートのポケットからなにかを取り出した。

 折りたたまれた小さなメモ用紙だろうか。

 

 

「ランティーユくんが、錦織さんに話したことは決して無駄じゃなかったんだ」

「……マダム天馬? それってどういうことだい……?」

「錦織さんは、ランティーユくんの言葉を元に"新しい証拠"を見つけてくれたんだよ。きっと、これで解明できるはずだよ……この事件の真相を」

 

 ……嫌な予感が湧き上がる。

 予感が迸る前に肉体は思わず動いていた。

 

 

 俺は天馬に駆け寄って、彼女が取り出した紙を奪っていた。

 彼女は驚く素振りもなく、黙って俺を見つめている。

 …………罵ってくれたほうが楽なのに。

 

 

 

「俺は……信じていないから……っ」

 

 

 その場しのぎのように吐き捨てた。

 だが、情けないことに、また声は震えていた。

 「どうして」と憐れみに似た視線が向けられているけど気にするものか。

 

「なんでそんな話を信じるんだ? ありえない。俺はお前たちを信じられないよ。お前たちも俺を信じていないものな」

「私たちは七島くんも信じているよ」

「私たち? そんな綺麗事はやめてくれ……! 俺は信頼される人間なんかじゃない……っ! そうだろうっ!? お、お前らは……俺のことなんかまるで知らないクセに……!!」

 

 奪った紙を片手で思い切り握りつぶした。

 なにが書かれているかなんて知らない、見たくない。

 だって、都合の悪いことだ。俺は知ってはいけないことなんだ。そうなんだろう?

 

 

 

「……ね、ねえ……もしかして七島っちって……」

「"本当の学園生活を"思い出している"のか……?」

「でも、"思い出している"にしては、なんだか様子がおかしいわ」

 

 

 みんな口々に奇異な目を向ける。

 ……ほら、見ろ。やっぱり、みんな呆れているじゃないか。

 

 

 

 見知らぬ部外者が喚いていることに。

 

 

 

「ム、ムッシュ……君は一体全体、どうしちゃったんだい……?!」

「どうしたもなにもない。……俺は、お前たちの仲間じゃないんだ。俺は、特別だから」

「特別……だと……」

「ああ、言い方が悪かったか。正しくは、"特別という名の孤独"だったか」

 

 みんなは知ってか知らずか首を傾げている。

 だけど、これが、紛れもない俺の中にある"真実の姿"だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たしかに俺は、お前たちと同じクラスの人間だよ。…………だけどお前たちとは一回も会ったことがないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんなところにいる場合ではないのに。

 

 シミ一つない白い天井を眺めながら、いつもそう思っていた。

 俺自身で白い部屋を破壊するのが理想なのだろう。

 

 だけど、なにも起こらなかった。

 そもそも破壊しようという思いすら湧いてこなかった。

 暴れる気力もなければ、自分自身の世界を変えられる力も持っていなかった。

 

 

 俺にはなにもない。

 

 

 ――そういう、"なにか"だった。

 

 

 

 

「俺は弱かったんだ。今までも、学園に入ってからも変わらなかった。むしろ入学してから転がるように日に日に弱くなった。そもそも補欠入学、運がよかっただけ………………この幸運が怖かったんだ。人の目が。世間の目が、自分のふがいなさが……プレッシャーに耐えられなかった。拒食、不眠……点滴が手放せない生活だったよ。

 

 だから、俺は保健室に追いやられた。普通の学校でいう、保健室登校。俺は陸の孤島に閉じ込められた。…………学園のことも、クラスのみんなの顔も知らないまま」

 

 麻酔を打たれた時と同じ光景。

 蛍光灯を見つめていると、目の奥が靄にかかって世界の輪郭が溶けていく。

 黴菌一つない清潔なベッドに身を埋めて、自分が消毒されていく。

 

 何者でもない俺が、ますます人間でなくなる日々だった。

 

 

「……まさか……貴様、俺に抱えられた時も……」

 

 

 長身の男は悔しそうに歯を食いしばっている。

 もしかして、俺が気絶しかかっていた時のことか。

 

 


 

「おい……なにがあった……!?」

「え、あぁ……だ、だれ……だ……? お、お前……っ!? だ、だ、れだよ……っ!?」

「あ……? 記憶ブッ飛んだか……?! 黒生寺五郎だ……! 目を覚ませ竜之介……ッ!」

 


 

 ……あの時は、本当に驚いたな。

 それに初対面で名前を呼ばれるとは。

 虚弱な体なのに、竜の名前をつけられるなんて皮肉でしかない。

 

 

「でも、萩野と錦織は別だった。萩野は……俺の親友だったから……こんな弱い俺のことを理解してくれる、守ってくれるだれよりもなによりも大切な親友だ。

 

 錦織は学園長の娘だったな……俺のこと目の敵にしてたみたいだから、たまに来てくれた。学園長が俺を贔屓しているって……なんか恨んでいたよ。俺だって、好きで贔屓されているわけじゃないのに……」

 

 常日頃仲良くしていたのは萩野だ。

 彼はいつも保健室にやって来て、俺と話をしてくれた。

 よく彼は笑顔が怖いと言われることを常日頃、悩んでいたっけ。

 俺にとっては、勇気づけられる屈託のない笑顔なのに……。

 

 錦織も、俺のところに時々やって来た。

 学園長の愚痴や嫌味をグチグチと喋っていた……でも、嫌いじゃなかった。

 むしろ、「似ているな」という共感して、彼女の言葉は気楽に聞けたぐらいだ。

 

 彼女は萩野とも少し話してたけど、その内容までは詳しく聞き取れなかった。

 萩野と錦織は一緒に話すと、いつも両方とも険しそうな表情だった事だけは覚えていた。

 

 

 

 

「……天馬は偶然。これも幸運なのか? たまたま会えて、その時に仲良くなれたんだ……だから、この3人は知っている。逆に言えば、俺の学園世界はこの3人しかいないんだ」

 

 

 他の見知らぬ4人の生徒達は顔を歪めた。

 悲しそうに、時に、「なんで……」という疑念を浮かべたまま。 

 

 

 天馬はどうして会えたのかは、いまでも分からない。

 ……本当に、言葉通りの偶然だった。

 

 絆創膏を取りに来た天馬が誤って個室に入ってきて、俺の書を褒めてくれたのが、きっかけだったか?

 それから本の貸し借りをしたり、書道について話したりする仲にはなれた……そのぐらいの仲だ。それでも十分だった。

 不運だけど、優しくて前向きな天馬は希望だったのかもしれない。

 それは、立ちくらみがしそうなほど眩しかった。

 

 

 ……そのぐらいに、俺の交流範囲は狭かった。

 飼い主と来客者しか知らない籠の中の鳥のように、空の広さも、他の鳥のさえずりも知らない。

 俺がもう少し楽観的だったら、多少は友達はできたのかもしれない。

 もちろん、悲観的な性分だったから、この結果だ。

 

 

「だから…………萩野のことは、大切にさせてもいいじゃないか。命を賭けてもいいじゃないか。いや、むしろ、それのどこが悪いんだ? 言ってみてくれよ……っ!」

「過去の七島くんはそうかもしれない。でも、今の七島くんは? ……きっと、そんなこと思っていない」

「今の俺……? 馬鹿馬鹿しい。なにが今だよ、ふざけるな。俺が……っ、だとしても……どんな俺だとしても、萩野を裏切ることなんてあってはならないんだ!!」

「目を覚まして。…………真実から目を逸らさないで」

 

 目を覚ませだって?

 ……ああ、そうだな、できることなら目を覚ましたいよ。

 

 この人生、なにもかも全部夢ならよかったのに!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「七島くん、お願い。私たちのことを、七島くん自身を、信じて」

 

 

 

 

 信じる? なにを? だれを?

 

 俺自身も信じることができないというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が犯人だよ。萩野を殺したのは俺だ。それ以外の答えはない」

 

 

 それでも俺の答えは変わることはない。

 天馬は嘘はつくことはないんだ。

 俺と違って、彼女はいつも正しい道を歩んでいるのは知っているんだ。

 

 …………だから、俺の答えが正しいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………それじゃあ、これも信じられないかな? 私ね、本当はロッカーに閉じ込められていないんだよ」

 

 

「…………は?」

 

 

 

 

 …………今、なんて言った?

 ひたりと、喉元にナイフが突きつけられたように息が漏れる。

 

 

「不運なことにね、この事件を起こせる人は現時点では私しかいないんだよ。紅さんたちはそれぞれ証明できるアリバイがあるから」

「……ええ、そうね。私と大豊が最初に会って、それで黒生寺が自室から出てきた……大豊と黒生寺は上の階に行って、私はランティーユが部屋にいることを確認できた。そして、戻ってきた大豊と、黒生寺と彼に抱えられた七島……そこで萩野の死を伝えられたわ」

「健の時のアナウンスは明らかに、竜之介、俺、そしててらが聞いたものによるものだ……」

 

 …………なんだよ。

 なんなんだよ、みんなして。

 

 それぞれが確認し合える証拠がある。

 確認の輪から俺だけが外れるはずだったのに、それなのにどうして。

 

 

「だけどね……今回の事件について、私の行動はだれにも証明できる人がいないんだ。ロッカーに閉じ込められてたってこと自体も」

「……や、やめろ。やめろ……そんなわけないだろう……! なんでそんなことを言うんだよ……っ!?」

「七島くんが黒生寺くんに担がれて大豊さんと一緒に戻った後、たとえば私が5階のトイレとかに隠れていたら錦織さんの遺体の出し入れをすることができる。1時間前から爆弾はセットすることもだきる。調査する人数自体が少なかったんだ。私はどこにだって隠れられる。そもそも、七島くんもロッカーから出てきた私自体は見てないでしょう?」 

 

 それじゃあ、犯人は……?

 やめろ、天馬はきっと嘘をついて……

 嘘? いや、天馬の言うことは信じなきゃいけない。

 

 

 だって、彼女の言うことは本当なんだ。

 だって、天馬の言うことは全部正しい!

 

 

 俺なんかと違う! 彼女は真実しか言わないんだ!

 俺と天馬は何一つ違うんだ!!

 

 

 本当なんだ。本当だ。だって、嘘をついているのは。

 

 

 

 

 

 間違って、いるのは………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当に、嘘をついているのは……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「七島くん。それでも自分が犯人だって言う反論はある?」

 

 

 

 俺の答えは、"意識の暗転"だった。

 電源が切られたテレビのように、視界は瞬く間にブラックアウトする。

 

 

 

 

 

 

 …………これが、俺の求めた結果なのか?

 沈みゆく意識の中で、“俺”に問いかけてみた。

 

 

 

 

 だって俺は所詮、そんな人間なんだろう?

 

 才能もない。希望もない。未来もない。真実もない。

 意志もない。強さもない。勇気もない。誇りもない。

 なんにもない。なにもない。ない。ない。ないない。

 

 

 

 

 

 だから、俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな俺が、世界で一番大嫌いなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「天馬、あなた……今の話は本当なの?」

 

 静かになった裁判場で、まず口を開いたのは紅さんだった。

 

 さて、なんて言おうか。

 弁明をしても見苦しいだけだよね。

 今は、本当のことだけを言おう。

 

「ロッカーに閉じ込められたっていうのは本当。だから……さっきのはウソなんだ」

「だから……君は殺していない。と」

「ウソをついた人間には、信じられないことかな」

 

 これしかなかった、なんて言い訳は言わない。

 もっといい方法があったはずだから。

 私は、私を追い込んでしまった。

 それだけじゃない、ウソをついて七島くんを、みんなを欺いてしまった。

 

 …………ウソは、本当に、罪なのかな。

 

 ウソだけじゃない。

 怯えることも、逃げることも、動かないことも……。

 ネガティブな感情や行動も私たちには不可欠だ。 

 このふざけたコロシアイは、そんな否定的な感情や行動を、徹底的に絞めつけてそれを貶す。

 

 ……だからと言って、それがウソをついていい理由にはならないよね。

 

 

「……ごめんなさい」

「な、なんで天馬っちがあやまるのだ! っていうか、いま、おかしいのは七島っちのほうなのだ!」

「良い悪いは後で決める……まずは竜之介がブン取った紙だ……破れてねえだろうな……?」

 

 黒生寺くんは、床に転がった七島くんの握りこぶしをゆっくりと剥がして紙を広げた。 

 手の汗で少し滲んだ形跡はあるけれど、文字の判別はできるみたいだね。

 

 ……私は、この内容を知っているけれど。

 これは錦織さんの筆跡だ。

 

 

 

 

 ちか、と一瞬だけ視界が眩んだのは疲れのせいだろうか。

 だけど、今は疲れている場合じゃない。

 目を閉じて、一時的に頭を休息させた。

 

 

 

 

 

 お願い。錦織さん。

 錦織さんが残してくれた最後の情報で。

 

 

 この裁判を、真実へと導いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『カリモノ』

 

 物理実験室で作られたクローン技術、あるいはホムンクルスに酷似した『ヒトガタの容れ物』

 臓器も肉体と同等に等しく、心臓型のパーツも人体と同じ動きを伴う禁忌の人形。

 人間の意志や人格をコピーして真似するAI『マナ』(■■■■財閥の企業が開発)が搭載されている。

 

 本学園の『カリモノ』は95期生16人の生徒を模している。

 培養液で保管されたカリモノを使用するには、指紋の認証を必要とする。

 だが、完全な意志を持った個の人間としてカリモノを動かすには条件が必要。

 

 

 培養ドームと、生物実験室の棺は連動しており、

 人間としての肉体や脳を動かすためには、オリジナルの人間が死亡しなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

" 学級裁判 中断 "

 

 

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