――早刃宮ジャンヌ。
――早刃宮ジャンヌ。
――早刃宮ジャンヌ。
巨大生物を前にした矮小な小魚のように、その名前が警鐘として反響する。
隣のランティーユも息を飲んでいたようだ。
そんな俺たちを前にして、早刃宮を語る平面の青年はニコニコと平穏な笑みを浮かべていた。
『ようこそ。早刃宮ジャンヌ……と申し上げましたが、正確無比に申し上げるならば、『
さてさて当パソコンには私めのオリジナル、いわば現実の彼が書いた日記が保存されておりましてね。……しかし、まあ、それがまた縷縷綿綿。長ったらしく無関係の内容が非常に多い! 故に、私めが人工知能らしく要約をして説明をいたしましょう。
それでは、あなた様のお望みの情報はどちらでありますかな?』
一方的に話しかけられて質問が投げられるや否や、画面には「黒幕について」、「望みの母胎」、「ノアの箱庭」とゲームのように選択肢が映し出された。
おいで、と別世界に招き入れるように手のひらをこちらに見せつけている。
なにをすべきか追いつけていない俺の横で、ランティーユが不安げに見遣ってきた。
……そうだった、彼には読めないんだ。
ランティーユには悪いが、彼の不安気な様子で少し頭が冷静になれた気がした。
俺は「黒幕について」と呟きながら、そろりそろりとマウスカーソルを動かしてクリックした。
『黒幕についてですな……慈善団体と言われていた『望みの母胎』が新たな超高校級の絶望となりうる種とも呼べる子供たちを匿っていた。それは正真正銘の事実であります。さらに正確に言うなら、『絶望の種は2人』おります』
写真撮影のピースサインのように、早刃宮ジャンヌは2つの指を立てた。
……未来の絶望になり得る者が、2人…………?
『幹部たちは、子どもたちを、真っ白い部屋の中で管理しておりました。あえて実験名を付けるなら『ハウス栽培』……とでも言いましょうか。365日24時間、数十本というチューブが、2つの体を覆いつくしていました。脳に刺激を与え、チューブからの栄養補給を『食事』と変換させて、"日常"を形成させ、人間を作りだす。齟齬がないように、感触や神経を刺激しながら『記憶』……偽りのヒストリーを作り上げました。記憶や思い出はあれど、彼らは『経験』や『現実』を知らない。人形と言っても過言ではありませんな』
望みの母胎が"新たな絶望"を作ろうとしていた?
そして、そんな計画のために非人道的な実験を行っていたって……?
『さて。私めは先程、絶望の種は二人いると言いましたが、彼らには大きな差がありました。
一人目の種はサンプルでした。テストとはいえ上手くいけば万々歳、悪ければ次に活かせばいい。その結果、一つ目の絶望の種は失敗作に終わりました。虚弱な体に不安定な精神、世界を揺るがす絶望とは到底思えない。
早刃宮の言葉に、ランティーユが不快そうに鼻を鳴らしたようだ。
鑑定士にとっては『出来が悪い』という言葉は、引っ掛かりを覚えるようだ。
ましてや相手が人間となれば、なおさらなのだろう……。
『一方の二つ目の種は、失敗を活かした結果、絶望に相応しい才覚を得ました。誰もが目を惹くカリスマ性に溢れた魅力、目覚ましい分析力に、コンマ0秒で弾き出される咄嗟の判断力……完全無欠の人間、もっと言えば、人智の域をも超えているとも言えますな。
……ここまで言えばお分かりでしょうな。この、二人目こそが、江ノ島盾子を失ってしまった世界に再臨して、再びコロシアイを実行した黒幕。新たなる我らの……いえ、私の敬愛する大いなる絶望です。
ちなみに余談ではありますが、出来底ないの1人目も一応入学しておりますぞ。……まあ、有象無象に埋もれる劣等生でありますので、本件には関係ないかと。黒幕については以上となります』
望みの母胎の実験によって生まれた新たな絶望。
それが、俺たちをコロシアイに導いた黒幕。
……しかし、はたして本当なのだろうか。
誘われるままに聞いているが、この話を鵜呑みにしていいのか?
話し終えた画面上の早刃宮が両手を差し伸べると、再び選択肢が表示された。
次は『望みの母胎について』と声に出して選択肢をクリックする。
『望みの母胎は、超高校級の絶望が失われてから数年後、■■■■■によって発足された慈善団体になります。家族、大切なもの、体の一部などを失い、希望を失った人々に支援を行っておりましてね。特に教会や孤児院、教育施設とは強い繋がりがあり、■■■■財閥もそのうちの一つで……』
一瞬だけノイズが発されて聞き取れなかった。
思わず、とんとんとパソコンを指で叩いてしまうが、画面の中の青年は我関せずだった。
『先程申し上げた通り、たしかに望みの母胎は絶望の種を育てておりましたが、あなた方はこう思っておりませんか? 『それならば望みの母胎は絶望を崇拝しているのか?』と……私から申し上げれば、その答えは否。『ノー』と言えます』
…………どういうことだ?
だが、俺たちの疑問を嘲笑うように、早刃宮はふ、と唇を綻ばせた。
『……まあ、しかしですな。彼らの思想は今回のコロシアイには無関係でしてな! 第一、望みの母胎があなた方や世界に危害を加えることはございません。創始者含めた幹部は全員事故によって死亡。残された者たちも離散状態。もはや組織として機能していないと断言してもいいでしょう。
《color:#ffffff 今回のコロシアイの黒幕を生み出した機関ではありますが、コロシアイそのものには無関係である。それだけ覚えておけば充分であります』《/color》
早刃宮がそう言うと、選択肢が再び浮かび上がる。
意味深なことを言われたが、なんというか肩透かしだったな……この選択肢いらなかったんじゃないか?
未消化の思いが胸に残ったまま、俺は『ノアの箱庭』とカーソルを動かしてクリックする。
『ノアの箱庭につきましては、こちらを見ていただいたほうが早いかと』
そう言うと早刃宮は溶けるように消えてしまい、パソコン上のは漆黒の世界に変わった。
だが、それは一瞬のこと。
すぐに映像へと切り替わり、新たに映し出されたのは――。
『うわぁぁぁんやだやだぁ!! 離してよぉー!!』
すぐさま隣のランティーユが「マドモアゼル!?」と身を乗り出してパソコンを凝視する。
それはジタバタと足をばたつかせながら、クマの頭を被った黒服の者たちに両腕を捕らえられている大豊だった。
抵抗も虚しく、彼女は機体の中に放り投げられ、がしゃんと蓋が閉まった。
そして彼女と同じような格好で、映し出されたランティーユも見動きを封じられていて母国語でなにかを叫んでいるようだった。彼もまた大きな筐体の中に閉じ込められる。
現実のランティーユも、それを見て苦い顔になる。
映像が切り替わり、次に映し出されたのは栗色の髪の女子生徒。
見間違うことはない、四月一日だった。
いつもの凛々しさは保っていたが、筐体を前にして顔色は薄っすらと青褪めているようにも思えた。
『……私は……この学園は、一体なにを間違えてしまったんだ…………』
弱々しく呟き、彼女の足が筐体の中へと一歩踏み出される……。
またしても場面が切り替わり、次々と見知った顔が映し出される。
気を失っているのか眠れる姫のように横抱きで連れて行かれる藤沢に、人形のように項垂れ二人がかりで両脇を抱えられている円居。紅は降伏のように両手を挙げながら背後の男たちにせっつかれていた。背負ったリュックを掴まれながら男たちに引きずられているのは井伏だ。
そして天馬も……彼女はおとなしい足取りで筐体に入っていく。スカートをぎゅ、と震えた手で握りしめながら……。
がしゃん、がしゃん、がしゃん、がしゃん、がしゃんと無機質な遮断が連続する。
その後も、万華鏡のように目まぐるしく、狂気的なスピードで映像が切り替わっていく。
黒服の人間にヒールで足を踏みつける真田、ステッキで応戦して十和田は逃げ出そうとするも退路を絶たれてしまった。角は黒生寺になにかを伝えた後、自ら筐体に足を踏み入れて行った。彼女の筐体をどんどんと拳で叩くも黒生寺も、大勢がかりで筐体の中へ押し込められた。鉄パイプを構えていた白河も背後の黒服によって気絶したのか崩れるように倒れこむ。
がしゃん、がしゃん、がしゃん、がしゃん、がしゃん……音は止まらない。
今度、映し出されたのは誰かと向かい合って揉めている錦織だった。相手は彼女と瓜二つの黒髪眼鏡、異なる点は髪が短いことをスーツを着ていること……以前、写真で見た学園長……おそらく錦織の母親だろう。
何度も首を振っている錦織の腕を、背後から黒服の者たちが乱暴に掴み取った。
「いや、」と振りほどこうとするも彼らにとっては無駄な抵抗だったのだろう。
筐体の前へと無理やり連れて行かれ、彼女は唇を恐怖の色で戦慄かせている……スーツの女性はゆっくりと背を向けた。
『い、いや……っ、待って、や、やだっ。助けて……っ! かあさっ、……お、お母さぁぁん……っ!!』
助けを求める娘の悲鳴は筐体の中へと消えていく。
がしゃん、と筐体の扉が閉まるや否や、スーツの女性はまるで心臓の重さに耐えきれないかのように膝から崩れ落ちる。その拍子に不格好だった靴が脱げるも彼女は気にも留めず、背中丸めて震えていた……。
「Quelle chose terrible à faire……」
一緒に映像を眺めていたランティーユが、途中で弱々しく吐き捨てる。
その意味は分からずとも、彼の言いたいことは不思議と分かる気がした。
たとえ俺たちを守るためだとしても……なんて、酷なことを。
そして、次に映し出された姿……思わずハッ、と目を見張ってしまった。
…………俺だった。
今と同じ格好をしているが……顔色というよりも、顔自体に色がないように思えた。
黄色のパーカーを着たアイツに体を丁寧に支えられながら、おぼつかない足取りで筐体の中に入り……がしゃん、と扉が閉められる。
その姿を見届けたアイツ……萩野は、カメラの画角から外れる位置へと歩いていく。
だれもいない映像から、聞き慣れた彼の殴打の音が入ってくる。
しばらくして、彼は上機嫌な足取りでカメラの画角内に帰ってくる。
拳についていた血をごしごしと拭いながら、その足で筐体に自ら入っていき……がしゃん、と扉が閉められる。
……俺たちの大切な仲間たちが怯え、傷つけられた最悪の光景。
言葉通りの地獄絵図は終わり、再び早刃宮のAIが戻ってきた。
彼は『いかがでしたかな?』と言わんばかりに涼しい顔で両手の平を上に向けて微笑んでいた。
『こうして95期生B組の全16名はノアの箱庭の筐体に入り、プログラム世界に意識を飛ばして3年間。新たな学園生活の記憶を再構築するように過ごしました。作り変えられた記憶は『スカウトされた日からノアの箱庭のプログラム直前』までとなります。
ただし、絶望の根絶のために、先ほど申し上げた黒幕を含めた2人の種。そしてオリジナルの罪人は心機一転。『それ以前の過去』も大きく作り変えておりましてな。そのため、この3人は、完全なる偽りの記憶を植え付けられていると言いましょうか』。
……偽りの過去や記憶を植えつけられた3人。
1人はこのコロシアイ生活の『黒幕』。もう1人は絶望未満の烙印を押された黒幕と同じ経歴の早刃宮曰く『出来損ない』。そして罪人の早刃宮ジャンヌ……。
…………本当に、そう、なのか?
いつの間にか、画面上の早刃宮は「これでおしまい」と言わんばかりに口を噤んでいた。
……しかし、ふと見ると、今まで無かった新しい選択肢が映し出されていた。
『超高校級の罪人 早刃宮ジャンヌについて』
……黒幕ではないにしても、少なくとも話を聞く限りでは一枚噛んでいることは確かだ。
俺は選択肢を読み上げながら、恐る恐る選択肢をクリックした。
そのとき、早刃宮は「……ん?」と首を傾げた。
それは今までの文字通り住んでいる世界が異なる生命体の動きとは違う。
虚を突かれた声と顔色……俺たちに近しい生身の仕草のように思えたのは気のせいだろうか。
『罪人についてでありますか。……まあ、構いませんが、本筋とはあまり関係がないかと』
ここで初めて早刃宮は視線を真横に反らした。
先ほどまでは、面接官のように俺たちを真正面に終始見据えていたはずなのに……。
しばらくして早刃宮は不快気に咳払いをした後、重々しい様子で口を開いた。
『前提として……まず早刃宮というのは実は日本名の表記でしてな。正確には『サヴァーリャ』がファーストネーム。つまり早刃宮ジャンヌの場合は、『ジャンヌ・サヴァーリャ』が正式な名前になりますな。
早刃宮こと、サヴァーリャの一族の起源は都市伝説でしか語られません。西洋諸国のノヴォセリックやコバーン、はたまたジャバウォックの原住民族がルーツなど……いつから、存在した血筋なのか。恐らく、いま生きている一族も知っている者は限られているのではないでしょうかな。
……オリジナルの早刃宮ジャンヌであれば知っているのでしょうな。私めは人工知能、アルターエゴのため言葉通り血も涙もございませんが、オリジナルの早刃宮ジャンヌは次期当主候補。サヴァーリャの純血ですから。
と言うのもサヴァーリャこと早刃宮一族……苛烈なる犯罪者の血族と世界では悪名高いですが、蓋を開けてみると純血は希少でしてな。逮捕されても、実際は彼らのシンパや血筋とは無関係の使い捨ての駒というケースが大多数を占めるようですな。いわば、構成員といいましょうか。
ここで一つ、彼らの苛烈で残酷なエピソードとして『次期当主の選別』について語りましょう』
一区切りを入れてから、早刃宮はそっぽを向くように、くるりと俺たちに背を向けた……。
肩が横に広がるように動くのが、話し始めの合図だった。
『早刃宮一族にも『当主』がおります。それは世襲制ではありますが必ずしも長男長女が受け継がれるものではなく、血が通っていれば選ばれる可能性があるのです。
そして、その次期当主の選出方法と言うのですがね……まず、候補となる早刃宮の血族の少年少女を10数人ほどを密室に集めて、彼らを処刑器具に拘束させるのです。ギロチン、鉄の処女、電気椅子、絞首台など……そして最後の一人になるまで、一日一人、当主の手によって気まぐれで殺していき、残った一人が次期当主になる……というものです。処刑器具に拘束されている間は身動きができないので、部下たちが最低限の食事と水を置いていくだけです。もっとも処刑器具の構造的に大抵は犬食い、あるいは吊るされた果物に舌を伸ばして飢えを凌ぐのがほとんどでしょうな。……まあ、あんまり事細かく説明するのはよしましょう。残酷な物語はやすやす語ってしまうと神秘性が失われてしまいますからな。
オリジナルのジャンヌも選別に選ばれ、断頭台に拘束されながらも必死に耐えていました。とある日には、『今日の処刑は自分にしてくれ。だから、他の子は見逃してほしい』と乞うこともあったそうで。受け入れられませんでしたがね。
そして、来る最終日。
残されていたのはジャンヌと1人の少年でした。
少年はジャンヌと違って自己犠牲の精神はありませんでしたが、子どもとは思えないほどの鉄仮面、冷静沈着でした。
現当主……名前はギヨタン・サヴァーリャと言います。彼は2人に問いました。
『死ぬのはどっち』と。
残った少年の一人は『どちらでも構いません。自分が死んでもジャンヌが死んでも結果は同じです』とやはり平静を保っていました。
一方のジャンヌは……答えられませんでした。
それどころか今までの自己犠牲もウソのように取り乱し、顔を涙や鼻水でぐしゃぐしゃにしながら泣いたのです。
『ごめんなさい、死にたくないです死にたくない!! だから殺すのはアイツにしてください!! 死ぬのはアイツがいいです!!』
……見事なまでの三下ムーブだと思いません?
私がもう一人の残された子供なら「勝っただろうな」と思ったことでしょう。
…………まあ、長々と語ってしまいましたが、ジャンヌの過去編だから結果は言うまでもありませんね。
処刑が下されたのは冷静な少年で、無様に泣き叫んだジャンヌは生き延び、見事次期当主に選ばれました。
……何故生き延びたかって? その真意はギヨタンにしか分かりませんよ。欲望に忠実、あるいは生に執着な生き物のほうが強いと判断されたのか……単純明快に気まぐれ、あるいは最初からオリジナルの早刃宮ジャンヌだけにしか興味がなかったのかもしれませんがね。
いずれにせよ、ジャンヌは生きのびました。
それを意味することはギヨタン、早刃宮の血に逆らえない、逃れられない。死の瀬戸際という恐怖を体と心に叩きつけられた以上、自らの死も選ぶのは不可能であるということ。……それは心を壊す、あるいは自らの心を偽らなければ、生きているだけで絶望。文字通りの『生き地獄』ですな。
だから、オリジナルのジャンヌも絶望に協力して、自分の願いを聞き入れてもらったのです。
自分がこれまで味わってきた『忌まわしい生』を消すためにもね……』
………………。
……………………。
……俺は…………。
…………いいや、俺とランティーユはどんな表情でこれを聞いていただろうか。
開いた口が塞がらず、その口からは途方もない吐息だけが漏れていく。
うっかりすると、魂まで抜けていきそうだった。
いつの間にか、早刃宮を模した人工知能はこちらに向き直って画面上で佇んでいた。
人類を見下すような優越した微笑は失われ、目を伏せて考え込むように口元を隠していた。
『さて。私はあなたがたに多くの答えを与えました。故に、1つだけ。今度は私からあなた方に問いたいのです。答えてもらいたいのです。
いま、オリジナルの早刃宮ジャンヌは生きているのですか?』
早刃宮の手のひらに二つの選択肢が映し出された。
彼の目は据わっていたが、ちら、ちらと小刻みに動いているようだった。
『早刃宮は生きている』と『早刃宮は死んだ』……俺は、右の選択肢を押す。
選択肢を押しても、早刃宮は言葉を発するどころか動くことはなかった。
フリーズを疑うも、やがて観念したように目を瞑り、両肩をがっくりと落とした。
『……………そうでありますか。まあ、「でしょうな」としか言えませんな。過去のコロシアイで殺人鬼や極道が生存した歴史があれど、それは黒幕との接点が希薄だったから故。オリジナルの早刃宮ジャンヌはあまりにも生存者の役としては相応しくない。わかっておりましたとも。
…………しかし、早刃宮ジャンヌ。私にとって、あなたは希望だったのです。
急に希望なんて……ああ、どうしたのでしょうね、私は。ええ、もちろん早刃宮の血は通っておりませんとも。だって、私めはMANA。人工知能ですもの。AIですもの。それでも私は……僕は、たしかに早刃宮ジャンヌの半身として、片割れとして生み落とされた。
早刃宮ジャンヌ、君はたしかに世界から嫌われて当然の罪人だった。だけどね、僕は、僕だけは君が生まれてきたことを祝福しているんだ。君の存在が、僕に希望を与えてくれたのだから。だって、君がいなければ、僕だって生まれていない……はず、なんだ。はず、だ。僕は早刃宮ジャンヌだから。私は早刃宮ジャンヌ。だからジャンヌ、僕のことを忘れないで、僕の存在を見て、くれ、思い出してくれ』
……様子がおかしい。
あっ、と驚嘆を漏れたと同時に、画面には無数の目に悪い色のブロック、汚い線が現れてチカチカと点滅し始める。
やがてそれらは死体に集る蛆虫のように、早刃宮の顔や体めがけて這いずり回る。
それは彼の存在そのものを塗り潰していった。彼は両手で顔を覆い隠し、歯を食いしばりながら身悶えていた。瞬間冷凍剤を吹きかけられた虫のように、早刃宮は不自然的なスピードで表情が、動作が、声が固まっていく……。
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僕は早刃宮ジャンヌ。アルターエゴ。人工知能。偽物。だれの? だれの? 早刃宮ジャンヌの、ぼくは、だれ? サバミ、の、ニセも、ぼ、くは、ぼくは、【ERROR】 ぼくは、ジャン、ヌだ。さばミやジャンヌ、ちがうぼ、くは、【ERROR】、ジャンヌ。罪人なジャンヌ、超高校級、ジ、ャバサ、ミヤジャンヤヌミサ、バヤざyざじaijゃじゃjaジャジャ、
―――― ――――――. ―■■□□―――― ...―. ■■―□ ■■■■―― ―――□□■□―――― ..
バササ、サバババヤミ、ジャン、Bayaサ、バババ、ryaaxaaミ、ミミ、miai、ミ…………ヤ…………、ャ…………………………
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―□―――■■―――――――― □□■ . .. ――. ――――――■ ... ... ...............
ネェ kiィテ ぼクno ほん と ノ NA me は
........................ . . .. ....
こうして、向こう側の世界は静寂の黒に戻った。
太鼓囃子が遠くに消えて行った祭りの後のように、しん、と静かな深夜を彷彿とさせた。
そして無機質な真夜中の世界には、俺たちの眉を寄せた顔立ちだけが反射されて置き去りにされていた。
「なあ、ムッシュ」とおずおずとした声に呼びかけられる。
「今の話…………君はどう思った?」
「え? ……そ、その……なんとも言えないな……全部本当のことだとしたら……あんまり信じたくない情報だな……」
「ウィ。……それでも、謎を解き明かすための鍵は多いほうがいいから。頭に入れておくに越したことはないよ。……ムッシュ、まだ行っていないところはあるかい?」
「えっ? あ、ああ……視聴覚室だったかな」
「なら、ちょうどいいや。一緒に行こうか。…………なあ、ムッシュ。……大丈夫かい?」
軽く片眼鏡に触れながらランティーユは小首を傾げたので、俺は慌てて頷いた。
望みの母胎によって育てられた2つの絶望の種。
そして黒幕は、"二番目に作られた"もの。ただ一人。
心臓を抑えるように、Yシャツを掴んで胸の異常な高鳴りを止めようとした。
「大丈夫だ。行こう」
俺はそう言って、ランティーユを促しながら歩み出す。
汗を流したかのように湿った心臓の鼓動を抑えつけたまま……。
「……ああ……そうだ。ムッシュ、もう一つ。これを見つけたんだ。あいにく、ぼくは読めないもので……」
廊下を歩いていると、隣のランティーユから一枚のメモ用紙を渡された。
また文字が書かれているようだ……俺は歩きながら、紙面に視線を落とした。
ぼくちゃん、今の世界をなんていうか知ってマス。
退廃的っていうんデスヨネ?
それにしたッテ、まさかあの子がすべてを握っていたとは思いもしませんデシタヨ!
心のかたすみでルカは死にたくない、死にたくないと泣いてマス。
あのねぇ、ルカ。ぼくちゃんだって、死ぬのはイヤでスヨ!
でもルカ、ここで死のうが、なんとか生き延びようが、結局死ぬ運命は逃れられないデショ。
そう言っても彼は泣い
ここで筆跡は、怪物が爪を立てて引っ掻いたような痕に変わる。
いやだいやだいやだそんなのいやだ死にたくない死にたくないなんでなんでなんでなんで死ななきゃならないの生きたいいきたいいきたいいきたいしにたくないしにたくないしぬのはいやだれかたすけてごめんなさいゆるしてゆるしてだれでもいいからたすけてたすけておねがいしますおねがいだれか
この筆跡は初めて見たかもしれない。
それでも、このメモの書き手は想像に易い……そ、っと指先で筆跡をなぞる。
二つ分の魂が練りこまれた文字から、生まれたての赤子の泣き声に似た悲鳴が耳奥で過ったようだった。
アリャ。ここ最近ルカが暴走しちゃいますね。
愛しの可哀想なルカ。
ルカの心が、ご主人様であり兄のぼくちゃんの心を侵食してイル。いやはや参りましタネ。
まあ、あげちゃってもいいんデスケド。
……でもナァ。ぼくちゃん、忘れたくないナ。みんなとの思い出。
あの狂おしいほどに調和していた幸せな日々……ナンテ、嫌でスネ。この感情まで。ルカそっくりではないでスカ! ぼくちゃんは殺戮が大好きないつでも元気なハッピーボーイだというノニ!
……そうダ、最後にあの子に会ってみたカッタデスネ。
俺は、次の段落に視線を移動した……刹那。
心臓が跳ねた拍子に、歩みを続けていた足がそれに合わせて震える。
ナナシマ リュウノスケくん。
ルカならきっと、あの子だったら仲良くなれそうデスシ。
挙げられた名前に目が釘付けになって立ち止まりかける。
……………どうして、俺?
だが、過去からのメッセージは問いに答えてくれない。
慈愛のように。はたまた嘲笑うかのように。
メモは次の言葉によって締めくくられていた。
だって、あの子、ルカとそっくりですカラ。
ランティーユと一緒に視聴覚室に辿り着いた。
薄暗い部屋の中には、すでに大豊、紅、黒生寺が集まっていた。
「なにかあったかい?」
「一枚だけ。"動機"と書かれたDVDがあったわ」
「動機って言うと……」
「第一の事件に使われたものだろう……今から確認する……」
第一の事件の動機か。
結局、家族の安否確認はできていないのだが……。
……………無事なのだろうか……。
黒生寺がDVDをディスクから取り出して一番近くの再生機器に挿入した。
暫く経って、最初に映像に映し出されたのはタイトルのようだが……。
『さらば、ABCの子供だった大人たちよ 〜ディレクターズカット版〜』
……これは映画なのだろうか?
俺たちの疑問や戸惑いを無視して、ゆっくりと画面に影絵が映し出された。
さよなら お父様 お母様
◆◆◆は、あなたを愛しておりました。
昔々、アルファベットの街と呼ばれる不思議な街がありました。
そこでは“ABCの子供たち”と呼ばれる少年少女が住んでいました。
彼らは、妬みあい、友情を育みあいながら過ごしていました。
アルベルト、バーバラ、チャールズ、デイジー、エドワード、フレデリカ、ジョージ、ハンナ、アイザック、ジャスミン、カイン、ルイス、マリア、ノエル……。
彼らの日々は至って平凡でした。
空が赤く染まって無駄なサイレンが鳴り響いても。
ある子どもの家が大火の海に沈んでも。
また、ある子どもの家族が暴漢に襲われてしまっても。
それでも子どもたちは生きていました。
なにも変わらない日々を過ごしました。
絶望的なコロシアイもなく、殺人事件もなく、ABCの子どもたちは大人になりました。
ある雪の日、彼らは2つの花の種を見つけました。
この種を育てて、街を豊かにしよう。
みんなにそう言ったのは、町のリーダーの『ノエル』でした。
こうして彼らはノエルの言うとおり、種を育て始めました。
しかし、一つ目の種は醜い不出来でした。
それは、X番地の物置に放り込まれました。
鼻つまみにされ、腐った水を与えられ、時に無視される。
X番地はABC通りの間では大変に不名誉でした。
なぜなら、Xから始まる名前はこの世に存在しないからです。
それに比べて、二つ目の種はすくすくと完璧に育ちました。
それは、Z番地のお屋敷の美しいガラスケースの中で暮らしました。
甲斐甲斐しくお世話をされ、高級な肥料を提供され、毎日のように優しい言葉で愛でられる。
Z番地はABC通りの間では絶大な名誉そのものでした。
なぜなら、Zは最後のアルファベットで最高を意味を持つからです。
そんなある日、Y番地の子ども、イエティがZ番地に忍び込みました。
イエティはZ番地の屋敷から種を連れ出しました。
二つ目の種はすでに蕾が膨らんで、まさに芽吹く寸前でした。
『あなたは絶世の絶望の花としてこの地で咲きなさい』
イエティは自分の家に保管されていた大量の毒薬を振りかけました。
すると、どういうことでしょうか。
花は巨大に膨らみ、花粉を撒き散らしました。それは致死に至る毒の粉です。
その花は街を飲み込み、毒によって錯乱した彼らはお互いに殺し合いました。
『やめて■■! 私たちはあなたをこんなにも愛しているのに!』
しかし、Z番地の花は聞く耳を持ちません。
Z番地の花は、本当は願っていたのです。
自分だってみんなと同じように、大空の下で蜜蜂を待ち望み、風に揺られて踊りたかった。ガラス張りの世界が偽物だと知ってしまった■■は自分の存在意義に絶望的な疑念を抱いてしまったのです。
Aのアルベルトはこめかみに弾丸の種。
Bのバーバラは巨大な棘にぶっ刺され。
Cのチャールズは毒で血を吐いた。
Dのデイジーは蔦で首吊りちゅうぶらりん。
Eのエドワードは果実に頭をかち割られ。
Fのフレデリカは鋭い葉っぱに切り刻まれ。
Gのジョージは蜂の大群に襲われる。
Hのハンナはすっぽ抜けた斧が脳天に。
Iのアイザックは屋上から飛び降り。
Jのジャスミンは毒の海に溶けた。
Kのカインは飢え死に。
Lのルイスはがれきの下敷き。
Mのマリアはダイナマイトで木っ端みじん。
そして、Nのノエルは根っこで串刺しにされました。
こうしてアルファベットの町は一夜のうちに呆気なく消えてしまいましたとさ。
■■はさめざめと泣きました。
■■も、かつてABCの子供たちと呼ばれた彼らを愛していたのです。
彼らは■■のために確かな楽園を作り上げてくれていたのです。
本当は■■が幸せに生きられる世界は、アルファベットの街の一角しかなかったのです。
そんなことは分かっているのです。
分かっていても、やってしまったのです。
分かっていたからこそ、やってしまったのです。
『だって、あなたは、そういう風に生まれてしまったのですから』
さらば、ABCの子どもたちと呼ばれた元少年たち、元少女たちよ。
そして、ハッピーバースデー。
私たちの愛した■■に祝福を。
「……………なんなんだこれは……」
映像が終わると、黒生寺は吐き捨てるように呟いた。
黒生寺の感想にはみんな同様で、困惑を滲ませていたのは明らかだった。
「ねえ……だれかこの映像について、知っている人はいる?」
「わ、わかんないのだ……だれが作ったの? マナクマ?」
「一瞬、海外のアニメ映画で見たことあるかもしれないと思ったけど、やっぱり最後まで見覚えがない話だったね……」
なにもかも意味不明な映像……いや、そうでもないかもしれない。
ランティーユと目配せをすると、思い当たる節があると言わんばかりに、彼もまたゆっくりと頷いた。
思うところはあるが、それは裁判で答えを出すべきかもしれない。
だけど、これがどうして…………。
「問題は、どうしてこれが"動機"って表面に書かれているかだ」
「や、やっぱり、だれかこれを見たってこと?」
「そうだとしても誰が? そもそも、こんな映像で人を殺そうとは思えないけど……」
「…………ん? おい、待て……。まだ映像が続いている……」
紅の疑問を遮るように、黒生寺が銃口で液晶画面を指し示した。
いつの間にか映し出されていたのは白い部屋だった。
3人の男女が円卓のテーブルを囲むように座っていていた。そのテーブル上には白いホールケーキ、一輪のタンポポが挿さった花瓶、なんの変哲もない箱が置かれていた。
そして誕生日席のように『あるもの』が3人に見守られながら座っている。
『――おめでとう。――今日は……』
『本当におめでとう――これから……』
『――、よかったね!』
ぎこちない音楽が聞こえ始める。
だが、それは吐き気を催すほどの音の洪水にしか思えなかった。
『……………はい、おしまい』
パチン、と柏手と共に別の声が聞こえたと同時に、慈しみの笑みを湛えていた3人は真顔に変わる。
2人の女性たちはクスクスと笑いながら雑談を交わして白い部屋から去っていく。
どこからともなく現れた4〜5名の白衣を着た者たちが撤収と言わんかばかりに椅子を畳み、箱や花瓶を引き寄せている。
『笑えてくるほどに可哀想。なんにもできない。いや、なんにもっていうか、』
円卓に座って祝福を述べていた男が、未だに椅子の上に座った『あるもの』を見下ろしている。
ごつんと殴るように、それを小突いた。
ぼろり……と、人形の頭は呆気なく落ちる。
『おっと許してくれよ? なんて、言ってもムダか。今は『収録後』だし。もっとも、これはヤツのためでもあるんだからね。なんにもなくなってしまったヤツのために、仕方なく人間としての証を植え付けているだけなんだから。デクの棒のガラクタを通じて、あの出来損ないに作り物のエピソードを詰め込むんだから』
男はつらつらと独り言のように話している。
彼の手によってホワイトデコレーションのケーキが床に転がる人形の頭上に落とされた。
べしゃ、と真っ白に人形の頭が白く染まる。
当然のように雪の日に息絶えた孤児のように人形の頭は黙したままだった。
あっはは、と無邪気に笑う男に、片付けをしている彼らも笑って………………。
「……シュ……ムッ……………ムッシュ、大丈夫かい、ムッシュ!」
「わっ……?!」
いつの間にか視界いっぱいにランティーユの顔が広がっていた。
慌てて周囲を見回そうとした時、俺は自分が視聴覚室の床にしゃがみこんでいることに気がついた。黒生寺たちも膝をついて俺の顔を覗いているが……怪訝そうな、どこか不安げな視線を寄せられていた。
な、なんだ……? どうしたんだ、みんな……。
そもそも、俺はいつの間に座り込んでるんだ……?
「……な、なあ、まさか……また、過去の俺が出てきた……のか?」
「い、いいや、前の裁判のような言動はなかったよ……急に額をおさえて座り込んだだけで……」
…………いつの間に?
つまり、立ちくらみってことでいいのか……?
――やっぱり。またそうやって逃げる。
「……っ!? あ…………い、い、や、えっと……なんでもない……なんでもないんだ。ちょっとフラッとして……立ちくらみかもな……」
「なんでもないのに立ちくらんじゃうの!?」
「とにかく少し休んだほうがいいわ。裁判が近いのだから無理は……」
「い、いや、大丈夫だから……! ほ、ほら、」
そう言って、足に力をこめて床を踏みしめて立った。
……が、すぐさま両肩に力がこめられ、ぐいと引き寄せられた。
どしん、と尻が不時着した場所は椅子の上だった。
「いいから座っとけ……」
真上から落とされたのは黒生寺の声だった。
あの、と慌てて立ち上がろうとするが、むんずと根付かせるように椅子に押し付けられる。
みんなも「そうしとけ」と言わんばかりの眼差しを向ける。
うう、大丈夫なんだけどな………。
そう。大丈夫……のはず、なんだ……………。
先程の映像のことを、もう一度思い出そうとする。
…………………思い出せない?
――ちがう、思い出さないだけだ。
……………落ち着け、俺は大丈夫だ。
あまりに情報が多すぎて整理ができていないだけだ。
だから、今は少しでも平静を取り戻さなければ。
それに、さっきの映像は一回きりじゃない。もう一度確認すれば…………でも、映像を再生した端末の周りにはみんなが集まってなにかを話している。
ここで、「もう一度見たい」と言っても「休め」と言われるだけだろう。
……それでも。俺だけお荷物で、仲間外れはいやだ。
みんなが話している間、俺はそっと立ち上がって一番大きいスクリーンの前のデスクに向かって歩き出す。
昨日、角からもらった折鶴に書かれていたことを思い出した。
視聴覚室の一番前のデスクの青いボタンを五回連続で押す → 秘密の映像!
デスクに手をついて屈んでみると、教卓と同じようにデッドスペースがあり、物々しい無機質なスイッチがあった。
青いボタンを五回連続で押すんだよな……多分、これだ。人差し指で5回押してみた。
…………さて、どうだ?
目の前のスクリーンを見たが、反応は……。
「ちょっと七島っち!! お休みしてって言ったでしょー!」
「わっ!?」
慌てて振り向くと、大豊が頬を膨らませて腕組をしている。
い、いや、確かに動いた俺も悪かったけど……同じ部屋の中なんだから、そんなに怒らなくても……。
「え、えっと、も、もう大丈夫だから……それに、ちょっと確認したいことがあって……」
「確認ってなにを……って、あれ? なにこれなにこれ!」
なにかに気づいて視線を反らした大豊が目を丸くして大きな声を発した。
俺もそれを見るなり、慌てて正面のデスクから小走りで向かい、みんなも合わせて集まってきた。
薄暗い教室にまた一つ、映像の光が煌々と当りを照らしている。
再び、俺たちは液晶画面を覗き込んだ……。
『……これが見えていると言うことは、どうやら、隠しコマンドとやらに気づいたようだな。おめでとう! ……とはいえ、おそらく、お祝いのムードではないだろうがね』
そこには、パイプ椅子に座った人物が映し出されてた。
白衣と眼鏡――その顔立ちに思わず心臓が射すくめられた。隣で覗き込んでいた紅も息を飲んだようだった。
――円居だ。
映像の人物は背もたれに寄りかからずにきっちりと座り、なにか緊張している面持ちに見えた。
あまり冗談を言わなさそうな……言える余裕もなさそうな目つきだった。
『さて……吾輩が、この映像を撮影している理由はほかでもない。告発だ。単刀直入に言おう。吾輩は学園が秘密裏に行っていた『ノアの箱庭』という計画に協力していた。吾輩の担当は昏睡作用、人間の成長を止める研究だ。いわばコールドスリープ……まあ、専門的な話は今はやめよう。簡単に言えば、人を冬眠させる技術と言ったほうがいいだろうか? 茨に包まれた眠り姫の状態にさせる実験……と言った方が分かりやすいかね?』
自分の緊張をほぐすためか、微かに円居はにやりと笑ったが。
それでも、その唇の端はうまく持ちあがっていないようだった。
『都市伝説と言われた、ノアの箱庭は本当に実在する。だが、箱庭で自由に遊ばせる……というのは建前に過ぎない。我々、B組……全16名の口封じのために、今までの記憶に鍵をかけるために、ノアの箱庭の筐体につめこまれる。いわば、楽園という名の牢獄というべきか?
……驚いたことに、いま、95期のB組全員が黒い服の集団に追われていてな! 多分、子供に戻す薬は持っていないとは思うがな……そうそう、ちなみにこれを撮っている時期は、最終学年の2月16日だ。……結局、なにをすればいいか分からないまま、吾輩は今こうやってビデオレターのような形でデータを残しているということだ。隠しスイッチは、たまたま会った角に教えておいたのだが……この映像が流れているのならば、ちゃんと伝えてくれたのだろうな』
すん、と円居は微かに鼻を擦った。
「芙蓉が……」と微かに黒生寺は低く呟いた。
彼女は……本当にすべてを思い出していたんだ。
だからこそ、この内容を俺たちに託してくれたのだろう。
なにもかも忘れてしまった俺たちを救うために……。
『……再び、コロシアイが始まるのだろう。
箱庭で新たな記憶が形成された吾輩たちたちが、互いに殺し合う非日常が始まってしまう。
実は“黒幕"の当たりは見当がついている。
だけど、ここで変に言って殺されたり、せっかく撮った映像がおじゃんになったら困る。
一つだけ言うとしたら、"黒幕"は吾輩たちが思っている以上に狂っていると言おうか。…………だが、それが露悪的なものかと問われると疑問は沸くがね』
こんな状況を始めた張本人だから狂っていることは承知だった。
それからさらに、『思っている以上に』が付け足されたらどうしようもない。
……でも、今の円居の取って付け足された言葉。
マナクマは露悪の象徴のような言動を繰り返していたが……彼は、黒幕に対してそうは思っていないというのか?
『吾輩からのヒントは、二つ。
"カリモノ"……これは物理実験室で研究されている特殊な人造人間の計画だ。それは本人が死なない限り、意志を持って動くことはない。この映像のような隠しコマンドはない。残念なことにな。
もう一つ。"黒幕"と呼べる人間は一人だ。仮にそいつを手助けするものがいたとしても、しょせん、そいつは手下や協力者にすぎない。真に見つけるべき黒幕は、"新たな超高校級の絶望"にもなりうる“絶望の種”……それは、B組の中にいる。絶対にな』
カリモノは本人が死なない限り動かない。
そして、B組の生徒の中に黒幕は必ず存在している。
それは……本物の俺たちの中に……。
至極当たり前のように、映像の円居は俺たちの静かな動揺には動じずに微かに目を伏せた。
『告発と言ったが、これは“ノアの箱庭”に手を貸した謝罪でもあるのだよ。本来なら吾輩が……俺が止めるべきだったんだ。それだというのに、信頼していたクラスメイトを、佐藤先生を裏切って、このノアの箱庭を完成させてしまった。こんな体たらく、いいや……こんなひどいことをしたんだ。それ以上にも、ひどいことをしていたのに! これでは天国でも、猪鹿先生に顔向けできないな……。
……天国? 天国だって!? ふざけたことを! 円居京太郎、お前は地獄行き確定だろう! ふははは……まったく笑えない冗談ではないか……! ふふふ……ははは……』
頭を掻きむしり、円居は武者震いのように肩を揺らして笑っていた。
『最後に。ここで言うべきではないだろうが……最後に一言だけ』
円居の背後に影が現れた。
一人、二人、四人……差し込まれた影によって、円居の顔立ちに歪みは見えなかった。
それでも顔色がざっと青褪めていくのは一目瞭然だった。
『すまなかっ――』
ぶつ、と突如として映像は途切れてしまった。
そして、俺たちは薄暗い教室の中、過去からの告発に沈黙を貫くしかできなかった……。
キーンコーンカーンコーン……。
『流しそうめんと呼ばれるものを食べるには、流れている瞬間のそうめんをキャッチしなければ食べられません。流れていないそうめんは、『流しそうめん』ではなく、ただの『そうめん』です。時間と同じ。流れたら二度と戻ってこないのです。タイムマシンでもない限りね! さあ、オマエラ! 待ちに待った学級裁判! 行くか行かざるか、それを問題にするなんて野暮なんだからね! いつもの場所に集合だーい!』
……そして最後のチャイムが、俺たちに開幕を宣告した。
黒生寺は来たか……と低く呟いた。紅は襟元を正し、大豊は膝小僧をぱんと叩き、ランティーユは片眼鏡を拭きなおした。
俺も改めて胸の高まりを落ち着かせるように深呼吸をする。
「……ついに、この時が来てしまったのね」
「なんだかドキドキするよ。吊り橋効果でマドモアゼルとさらに良い雰囲気になれたら、それはそれでいいんだけど……」
「もうっ! なんで毎回、よくそんなこと言えるのだ!? とにかく! 行くっきゃないよね!」
「竜之介…………覚悟はついたか……」
それに俺は答えるように、それを頷きで返した。
「ああ、大丈夫だ。行こう」
そうして視聴覚室を跡にして、俺たちは長い廊下を歩き始めた。
みんなは、この廊下をどんな思いで歩いていたのだろうか。
いずれ命を落としてしまう未来が待ち受けていた
勝利をもぎ取らなければ処刑されることを知っていた
問いかけても届かない。届くはずがない。
たとえ過去に戻って尋ねても、その真意を知ることはできない。
「なぜ、そんなことを聞くんだ」と……彼らは困惑を滲ませ、あるいは後ろめたく問いかけで返されるだけなのだろう。
だれも、それぞれの、個々の真実を知ることはできない。
それは当然のことで、知ったところで悲劇を止められるとは限らないのだろう。
…………それでも、俺は。
裁判場の扉を開くと、いつもの通りエレベーターが待ち構えていた。
それ以外はなにもない。誰もいなかった。
「今回のマナクマは裁判場でお出迎えときたか」
「むう……なーんか余裕こいちゃってるみたいなのだ!」
「まあいい……ラスボスは最深部で待ち構えているなら、こっちから俺たちが出向いてブっ潰すまでだ……」
「そうね、私たちから決着をつけなきゃ」
それぞれがエレベーターに乗り込むと扉が閉まった。
日常から切り離されるように、俺たちは裁判場へと向かって落ちていく。
「なあ、みんな……聞いてくれないか」
轟々、と鳴り響くエレベーターの中で俺は呟いた。
エレベーターの稼働音にかき消されたかと不安になるも、すぐさま俺にみんなが視線を合わせたようだった。
「……情けないことに、すごく緊張しているんだ。それと同じように、俺は……苦しい。本当は胸が張り裂けるぐらい泣きたい。このまま逃げて部屋に閉じこもっていたいって気持ちもあるんだ。…………俺だけかな」
否定の言葉はなかった。
「でも、どんな気持ちであろうと……今の気持ちは忘れないでいよう」
天馬が言ったように。俺が最後に彼女に言ったように。
俺たちが思った、感情は、たとえどんなものであっても忘れないでいたい
それはみんなだけでなく、俺自身の叱咤でもあった。
「そして、生き残ろう。これ以上、誰も欠けることなく…………絶対に」
俺たちは、互いに顔をしっかり見つめ合って頷いた。
あの日、俺たちが正門前で会ってから何日が経っただろう。
あれから、俺たちはかつてのクラスメイトと再び出会い、共に絆を深めながらも確執が生じ、疑いながら……命が落とされていく非日常を繰り返してきた。
彼らの、そして俺たちの生を無駄にしないためにも、決着をつけなければ。
夜明けは間近――決戦は目の前だった。
みなさま。ダンガンロンパ(仮)のご愛読、誠にありがとうございます。
正真正銘、これが最後のマナクマ劇場となります。
プロローグから読み進めてくれたオマエラ。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます! どうか最後までお楽しみください!
リメイク前から読み続けているオマエラ。
今まで愛してくれて、本当にありがとうございます! この物語も最後まで見届けてくれると嬉しいです!
この章から読み始めたオマエラ。
なぜ、ここから読もうと思った。
そんなジョークはさておき。
さてさて、ついに来ちゃったよ。この時が訪れてしまいました!
ああ、またなんて長い物語だったんだろう!
ボクも緊張と不安で毛穴からオイルが流れそうだよ!
そもそもボクは、こんな物語は求めていなかったんだよ。
そもそもボクだけじゃなく、こんな物語は誰からも求められていなかったんだよ。
だって、ボクは黒幕になろうなんて思ってもみなかったんだもの。
仮の希望、仮の絶望と同じように、ボクも仮の黒幕なんだからね。
ボクも、キミたちと同じなんだ。
絶望、絶望と言うけれど、本当は希望に輝きたかった成れの果てだったのかもしれないんだ。
ボクもキミたちで、キミたちもボクのように。
だから、これはもしもの話。
もしかしたらボクが黒幕じゃない物語も、どこかで存在したかもね。
………………なーんちゃって。
こんなこと表立って言えないクマ。
さてと、ボクもちょっくら準備しますかね。
ボクが、なんのために生まれて、なんのために生きたかを知るためにね。
うぷぷ。うぷぷぷ……。