ダンガンロンパ(仮)-よみがえり-   作:冷凍かに缶

49 / 49
【前書き】
 本話は『非日常編 後夜祭』に登場した人工知能が搭載されたパソコンに保存された日記の全文です(一部欠如有り)

 こちらはおまけ資料のため、読み飛ばしても本編への支障はございません。





(付録資料 いつかどこかのだれかの日記)

 

 

 

 

 

 

 かつて、人類は人の手によって作られし『絶望』によって滅亡の道を辿ろうとした。

 

 それは英雄でもない。権力者でもない。

 

 たった一人の、どこにでもいる、『才能』に恵まれた女子高生によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

【×月△日】

 

 『望みの母胎』――人類史上最大最悪の絶望的事件から数年後に設立された慈善団体だ。

 私の父とも関わりがあり双方太い繋がりを持っていた。

 父から、私も「長い付き合いになるだろう」と挨拶をすることになった。

 

 『望みの母胎』の主要メンバーが集う本部は都会からは少し離れており、巨大なテラリウムのようにガラス張りのドームで覆われた敷地に建てられていた。

 敷地の規模は希望ヶ峰学園と同等と思われる。

 草花が生い茂った広場や小川を抜けて、本部の建物に辿り着いた。

 そこは内装、外装ともに学校の校舎と研究施設を掛け合わせたような奇妙な作りだった。

 

 

「ようこそ。『望みの母胎』理事長の『×××××』です。――みんなからは喜ばしいことに、『お母さま』と呼ばれているけれど……まあ、呼び方は理事長でも、名前でも構いませんがね。そして、こちらが私の姉で副理事長を務めております」

 

 出迎えてくれた理事長と副理事長の紹介を聞いて真っ先に掠めたこと。

 

 江ノ島盾子、そして姉の戦刃むくろの関係性だった。

 理事長は可憐で苛烈な太陽、副理事長は美麗な狂気の月。

 正反対な性質も相まって、より一層、あの『絶望』との強い結びつきを感じさせてしまった。

 

 それから組織の幹部たちにも挨拶をした。

 30代後半から40代が多いようで、大半は希望ヶ峰学園のOBやOGとのことだった。

 中には医療機関やスポーツ団体の幹部を兼任して活動している者たちもいた。

 理事長の『お母さま』呼びに一抹の不安は覚えたものの、集まった人々の一定の地位は確立しており、胡乱な集団ではないことは伺えた。

 

 

 彼らの目は一様にして、曇天のように濁った美しさを放っていた。

 首を突っ込んだら、面白いものが見ることができるかもしれない。

 

 

 


 

 

 

【×月×日】

 

 

 団体に所属しているある男性と話をした。

 Y区夫婦殺人事件――その被害者夫婦の子供の面倒を見ているという元警官だ。

 彼自身も妻と子供を亡くし、希望を失っていたところを勧誘されたようだ。

 

 望みの母胎は江ノ島盾子の没後、「喪失した者たちの拠り所」として作られた。

 だから、この組織が力を入れて支援しているのは孤児や不幸な身の上の者たちだ。

 父の経営する会社の他に、孤児院や病院、教育機関とも繋がっているのは当然と言えるだろう。

 

 Y区夫婦被害者夫婦の子供は今、清掃ボランティアで活躍しているようだが、参加者はすべて望みの母胎のメンバーだと言う。

 元警官曰く、子ども本人はその事実を知らないようだが、その現状に疑問や違和感を示しているようだ。

 現に元警官は組織からは距離を置こうと考えていたらしく、私もそれ以来、彼と会うことはなかった。

 

 

「可哀想な子供だから救わなければならない。団体はそう思っておいでなのでしょう。もちろん不幸な子どもたちに手を差し伸べ、支えることは必要不可欠です。

 

しかし、すでに翼も立派になった成鳥を、彼らはいつまでもヒナドリとして巣の中で世話をしたいようだ。ここのメンバー、特に幹部は、そのような傾向が強い。最近では××美術館の事件もそれに近しいものかもしれません」

 

 

 帰宅後、△△美術館で検索をかけてみると、トップに最新ニュースのタイトルが出てきた。

 

 

『1000万相当の掛け軸が目の前で 愉快犯か パフォーマンスの一種か』

 

 

 20年前から顕在していると言われる、正体不明の書道家の作品で、名前も四字熟語を模したあからさまな偽名と思われるものだった。

 そんな書道家の支援者……おそらく望みの母胎に所属する者が、書道家の略歴を公開したのだ。

 

 希望ヶ峰学園入学予定の高校生であること。

 両親を不幸な事故で亡くしたこと。

 10年前までは母親が書道家で、その名を自ら受け継いだこと。

 

 民衆は現実世界でもドラマを好む。

 ある者は「なんてステキな話なのかしら。夢みたい」と甘い息を吐き、うっとりと褒め称える。しかし、ある者は「たかが作り物だ。そんなことよりも話すべきことがあるだろう」と息巻いて非難する。

 たとえ、その話が、純真無垢な真実でも。だれかによって作為的に彩られた演出でも。

 エサを撒かれた池のコイのように一瞬にして群がり、ツバや野次を飛ばすのだ。

 そのため出展は良くも悪くも大いに盛り上がることになったそうだ。

 

 

 しかし、その盛り上がりが事件へと変わった。

 

 展示会最終日、帽子を被った学生が警備員を押しのけて作品に近づくや否や、掛け軸を掴みあげ、勢いよく破り捨てたという。

 騒然と化した現場の中で、犯人と思われる学生は逃亡。

 件の書道家もそれきり行方知らずとなってしまった。

 こうして命を賭けた著作を破られた書道家の悲劇の物語を、民衆たちはまた飽きるまで愉しんだ。

 

 

 元警官の話、そして正体不明の書道家の騒動から鑑みて『望みの母胎』は才のある若者に対して熱心な、時に過剰ともいえる支援を施すようだ。

 だが、それは才気溢れる若者を応援したいという純粋な思いとはまた違うのだろう。

 

 

 あの元警官が話していたように、一般的に、動物も人間も成長した親とはおさらばして巣立ちを求められる。

 もちろん病魔などのイレギュラーはあれど、いつまでも「あなたのためよ」と手取り足取り療育して、相手を守り続ける行為は異様だ。

 

 

 だが、それが才能を持っている者であればどうだろうか?

 

 輝かしい未来のため、人々の幸せのため。

 いくらでも支援をしてもいい『理由』がある。

 才能がある者は守られるべき人間としてみなされる。

 

 だから、彼らは才能のある者の支援を特に惜しまない。

 そして、彼らは「あなたのため」「みんなのため」「世界のため」と優しい言葉で、管理下に置こうとしているのだろう。

 

 

 

 おそらく、その目的は過去に絶望を産みだした『あの学園』だ。

 世界を破滅にもたらした彼女と同じように……彼らは希望ヶ峰学園を大きな巣と見做して、永遠に閉じ込めるつもりなのではないか?

 

 

 愉快痛快、心が湧き踊ってきた。

 さて、これから、どのように駒を進めて行こうか。

 

 

 


 

 

 

 

【◎月△日】

 

 

 あの日から、私は団体に出入りを繰り返して幹部たちとの親交を深めた。

 最初は私の出自が警戒されたのか、一部の者からは臭いものに蓋をするような扱いを受けたが、彼らに気に入られようと従順な態度で振る舞った。

 しばらく経てば、少しずつ私に心を開き始める幹部たちも現れた。

 

 

 そして、今日、私は彼らに決定打を問いかけてみた。

 

 

 あなたたちは"江ノ島盾子"の復活を望んでいますか?

 

 

 

 私の問いかけに彼らはこのように答えた。

 

 

 

 

 ――いいえ。だけど私たちは、彼女が残した最後の種を育てています。

 

 

 

 

 江ノ島盾子の遺体は絶望に堕ちた者たちに回収され、彼らの手、足、角膜等に移植されたそうだ。

 なかでも彼女の子宮を胎内に宿した者は、新たな江ノ島盾子を生み出そうとしている……そんな都市伝説は、何年も前から話題となっていた。

 そして、彼らは次のように語ってくれた。

 

 

 

 

 

 ××××年12月24日”の雪の日。

 事務所の前に目深にフードを被った一人の人物がが立っていたという。

 それは"真っ赤なネイル”の女性だったようで、彼女は理事長が声をかけるや否や2人の赤子を押しつけたそうだ。

 

 

 

 「そんじゃ、あとはよろしく」

 

 そう言い残して、彼女は銀世界の中に消えていったそうだ。

 

 

 

 彼女はいったい何者だったのか?

 なんのために赤子たちを置き去りにしたのか?

 

 考えた末、彼らはこのように結論づけたのだ。

 

 

 

 

 

『彼女は江ノ島盾子だ。彼女は、この世界に忘れ形見を産み落としてくれたのだ』と……。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

【●月×日】 

 

 

 先日語られた、絶望の種は真っ白い部屋の中で育てられていると聞いた。

 

 彼らは365日24時間ベッドの上に横たえられ、数十本というチューブが、彼らの体を覆いつくしているという。脳に刺激を与え、チューブからの栄養補給を『食事』と変換させて、"日常"を形成させ、人間を作りだす。

 齟齬がないように、他愛のないエピソードを一つずつ、感触や神経を刺激しながら思い出を詰め込んだ。

 記憶こそあれど、彼らは『経験』も『現実』も知らない『作られた人間』だと語ってくれた。

 

 

 

 

 そして、ついに『絶望の種』、その内の一人を目撃した。

 それを『1番目の種』と呼ぶことにしよう。

 

 だが、私から言わせてみれば江ノ島盾子どころか相反する人工的な希望のカムクライズルにも程遠い……どうもパッとしないものだった。

 そして、私の第一印象は正しかったようで『1番目の種』は組織内でも鼻つまみもの扱いだった。

 

 『1番目の種』は白い机の前で、同じく白い椅子の上に座り、じ、っと俯いているだけだった。

 虚ろな目というのは嫌いではないが、見ていて苛立ちの湧く無意味な虚無に思えた。

 そこには生産性も破壊性も宿っておらず、あくびが出てしまった。

 

 理事長曰く、『1番目の種』は高名な学者や、有識者たちが知恵を奮い、総力をかけて思い出や記憶を練り上げたというのだが……。

 

 

「頭がカタい親を持ってしまった子どもの悲劇とでも言いましょうか。長男長女の宿命というもの。親がああしろ、こうしろ、あなたのためよ、家族のためよ、妹弟のためよ………まっとうな教育した結果、子どもは器用貧乏になってしまいました。おしまい。……まあ、よくある話でしょう?」

 

 なにがおかしいのか、理事長は美しい笑みを湛えていた。

 そうして『1番目の種』はひどく貧弱な体で、記憶や感情の定着も不安定だったと語る。

 おそらく絶望どころか希望をもたらすことはない、ただの被験体、ガラクタ人形。廃人同然だった。

 過激な幹部は「生かす必要はない」と殺害も視野に入れていたそうだが、理事長が「育てる」という意向のため生きている……生かされていると言えるだろう。

 

 

「心配? 間引き? するわけがないでしょう。私たちが、江ノ島盾子を望む思いから生まれた子どもだもの。いまは似ていなくても、『彼女』は必ず、あの子の魂にも宿ってるのだから」

 

 

 私見ではあるが、このようなタイプが厄介で恐ろしいと感じている。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

【△月△日】 

 

 

 

 

 それから半年後、私は『2番目の種』と出会うことになった。

 幹部たちの談笑の中で、しきりに■■が、■■が、と喜々と飛び交っていた名前こそが『2番目の種』だった。

 彼らの真の兵器、もっと言えば愛し子はそいつで間違いないだろう。

 

 

 

 ようやく私はガラス越しでそれを初めて目撃した。

 

 その時、ふ、と、ガラス越しに■■も、私を一瞥したようだった。

 数多くの女性たちによって髪を梳かれ、シンデレラのように靴を履かされ、ツメを丹念に磨かれていた姿を私は忘れることはないだろう。

 

 

 

 それと同時に、胸に溢れた思いも永遠に覚え続けるのだろう。

 

 

 

 

 

 ――傅きたい。その足に口づけしたい。

 

 

 

 お前は虎であれ。

 これは事あるごとに、私が父から言われ続けた言葉だ。

 

 だが、はたして虎は本当に強いのだろうか?

 

 狐仮虎威……すなわち虎の威を借る狐。相手の権力を利用して威張るキツネのことわざ。

 童話やおとぎ話では、ズル賢い、卑怯だと悪役として描かれるキツネ。

 

 しかし重要なことは、必ずしも力だけではない。

 キツネがなぜ虎の威を借りることになったのか、成り立ちは捕らえられていた虎を狐が助けたからだ。力がある者は敵が多い。策を弄されてしまえば権威の虎だって足を掬われる時がある。

 

 だから力は自分で蓄えるものではない、より強大な脅威から借りるものだ。

 

 いかに虎に気に入られ、傍にいられるか。

 少なくとも、それが私にとっての重要事項だった。

 

 眠れる虎よ――私はいずれあなたを揺り起こそう。

 そして私はキツネとして平身低頭尽くそうではないか。

 

 

 

 ■■■■を咲かせ、絶望の花畑で世界を埋め尽くして、いずれは私が……

 

 

 

 

 


 

 

 

【×月●日】 

 

 

 それは突然起こった。

 

 私と同い年の青年が現れ、2番目の種の首を絞めていたのだ。

 騒然とした幹部たちも殴り飛ばしながら、彼は一目散に逃走した。

 

 その後、本部の建物裏で彼を見つけた。

 パーカーのフードを外した彼はつまらなそうに私を見て「通報すんのか」と尋ねてきた。

 私は何故あのようなことをしたのか問いただした。

 

 

『だって、オマエたちがやってることは、おままごとに過ぎないから。盾子お姉ちゃんに比類する絶望を再び生み落とすことができると信じているようだが、どんなに足掻いてもアレが絶望に届くとは思えない。足元にも及ばない。……本当はわかってんだろ。オマエも』

 

 

 その瞬間、私は頭から冷水を浴びせられた思いだった。

 ガラス越しの崇高な邂逅の記憶にヒビが入ったように全身に悪寒が蔓延った。

 

 この男は、いったいなにを言っているんだ?

 

 

 

『絶望や盾子お姉ちゃんのことなんて、みんな本当は興味がないんだろう。アイツらは絶望じゃなくて、絶望的な子どもを可哀想だから愛しているだけに過ぎない。絶望と絶望的は違う。ヤツらは絶望的に惨めな子供を育てている絶望的に慈愛な親を演じているだけ、そんな自分たちに酔っている自慰行為だ。新しい絶望を作り出すことも、世界を絶望に堕とすことも本気で願ってない。古い傷を舐めあっている、ごっこ遊び。いつまでも、ゆりかごを揺らされて喜ぶ赤子と、それを眺めて微笑んでいる親みたいなものだろう。わかってるんだよ。オレも、アイツらも。本当はオマエだってわかってんだろう」

 

 

 そう言って、煙草の煙のように長い溜息を吐き出した。

 私はあまり苛立ちを覚えない性分ではあったが、その時の彼の言い草には、瞬発的に腹立たしさを覚えてしまった。

 

 

 

 ああ、そうだ。そうだとも。

 そうだとしても、それのなにが悪いのか。

 

 彼らが"絶望の種"と呼ばれているだけの凡庸な人間だったとしても、彼らや私がそう信じていることはあなたにとって不都合なのか。

 そもそも"種"を葬ろうとしたのも、本当は絶望が再臨することに危機感を抱いたからではないか。

 ならば、あなたも彼らを"絶望"だと認めているということではないか。

 

 

 

 思わず私が鼻息荒く反論すると、彼は呆れたように頬を歪ませた。

 

 

 

『ゲームは1日1時間。そう言ってゲームのケーブルを抜く親と同じ。遊びはガキだけの特権だから。そろそろ現実を見ないと醜悪な生きざまを晒すことになるだろうよ。オマエラも………。オレ自身も、きっと』

 

 そう言って、男はパーカーのフードを被り直すと走り去ってしまった。

 幸いにも2番目の種の命に別状はなく後遺症もなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――そろそろ現実を見ないと醜悪な生きざまを晒すことになるだろうよ。

 

 

 なんてツマラナイことを。

 よくも興ざめなことを言ってくれたものだ。

 

 

 

 

 

『お前は虎であれ』

 

 

 

 

 ああ……、まただ…………。

 虎というよりも、子を崖から突き落とす獅子と評したほうがいいのだろう。

 ある男の姿が、瞼の裏に浮かび上がった。

 

 

 

『人は誰しもが心に獣を飼っている。凡庸な人間は心の獣を飼いならすべきだと諭すようだが、私たち一族は違うのだ。なぜならば……見なさい、■■。この毛皮の美しさ。気高い振る舞いに潜んでいる獰猛な眼差しを! 猛獣使いと虎はどちらが偉いか? どちらが強いか? どちらが気高いか? お前なら理解できるだろう。

 

 だから、お前は虎でありなさい。

 

 臆病風や羞恥心を捨てた、才覚溢れる虎でありなさい…………』

 

 

 

 そして、書斎に敷かれた虎の毛皮(なお、大昔に密輸した逸品のため決して表に出ることはない)を見下ろす親子たち。

 

 

 

 虎であれ。虎であれ。虎であれ……。

 

 教科書で読んだ虎の姿に変貌してしまった男の短編。

 あの話が本当ならば、臆病な自尊心と尊大な羞恥心でも虎になれるはずではないのか?

 

 

 

 しかし、私は虎になれなかった。

 

 

 

 虎嘯風生(こしょうふうしょう)

 虎が吠えると風が起きるように、たった一声で世界を変えること……それが父が私に望んでいた姿だったことだろう。

 

 だが、私は画虎類狗(がこるいく)……美しく強い虎になろうとしたが犬にしか見えない始末。

 些細な気まぐれで世界に一つしかないコーヒーカップを壊しても、堅い爪で喉笛をひっかかれても恐ろしいまでに愛されるような美しいネコ科にはなれなかった。

 狐仮虎威(こかこい)――薄汚い駄犬の狐は猫に敵わず、情けなく泣いて尻に敷かれる。

 

 

 だが、父の描いた虎の幻影からいつまでも逃げ惑う人生は御免だ。

 

 

 虎豹之文(こひょうのぶん)――虎や豹の毛皮は大層美しい。

 彼らの毛皮を手に入れるため、人々は血眼を光らせ、いがみ合い、銃を放ち、時に相手の心臓を撃ちぬくことも厭わない。完全無欠の虎の存在は大いなる禍いを招く……。

 江ノ島盾子も巨大な世界を飲み込む虎そのものだったのだろう。

 だが、嘆かわしいことに、彼女が生きている時代、私はこの世に存在していなかった。

 

 

 

 見たかったなあ、彼女が中心になって動かされた醜悪な世界のありさまを!

 

 抱いてみたかったなあ、希望の人類によって狩られてしまった彼女の無惨な死体を!

 

 そして、彼女がもたらした災禍の爪痕(スティグマ)をなぞり、二度と戻れぬ懐古に溺れたかった!

 

 

 だが、まだ遅くはない。

 私の目の前にも、絶世の虎が檻の中にいる。

 

 私がその檻を壊してあげるから、どうか猛毒の爪で世界を狂わせてくれないか。

 そしてあなたが狩られた暁には、私だけがあなたの死体と共に眠る権利がある。

 天蓋付きのベッドであなたを敷いて、涙を濡らし、絶望で世界に君臨したあなたの夢を見続けるのだ……。

 

 

 …………ともあれ、今日の事件については忘れてしまおう。

 そもそも、なにも始まってないのだから。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

【?月?日】 

 

 

 驚天動地。

 

 私は、自分の■の存在を初めて知った。

 

 故に、今日から認識を改める。

 

 

 

 この世界に、虎は2匹だ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

【◎月×日】

 

 

 ついに■■■■が、この世界に産み落とされ、私立希望ヶ峰学園に入学が決まった。

 一般的な才能のスカウトとは異なり、現学園長、錦織春路との交渉によって可決された。

 

 組織によって生み出された人間に『人道的ではないか』と眉をひそめる一方で、内心は興味を抱いていたようだ。

 彼女の研究者、知識の探求者としての気質は三つ子の魂百までと言ったところか。

 

 だが、私にとって、組織の人間の大半にとっても予想外だったのは、出来損ないの烙印が押された『1番目の人間』も入学が決まったことだ。

 1番目の人間には、『■■■』の記憶が埋め込まれていた。

 これは1番目の人間も愛していた望みの母胎の理事長による差し金だったのか……。

 今でもよく分からないし、正直な話、私にとってはどうでもいいことだ。

 

 

 

 そして、私自身も才能を得ることができた。

 

 

 

 

 ――超高校級の■■。正真正銘、これが私の才能だ。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

【□月×日】 

 

 

 

 

「お父さま、お母さま、いままでありがとう。僕たち、私たちは、いま自由の空に向かって羽ばたきます」

 

 

 私たちは理事長を含めた幹部たちを旧校舎に集めてコロシアイを始めた。

 だが、コロシアイとは名ばかりで殺戮。

 絶望の皮切り、すなわち『希望ヶ峰学園史上最悪の絶望的事件』のオマージュと言ってもいいだろう。

 

 まずは反抗的な者を見せしめとして射殺。

 妻を殺された写真を見て錯乱した者による刺殺。

 絞殺、撲殺、惨殺、溺殺、毒殺――阿鼻叫喚、むせ返る死。

 『旅立ちの日に』を歌いながら、私は■■と共に、その様子を眺めていた。

 

 

 

「さよなら義母さま」

 

 ■■はアイアンメイデンで理事長を串刺しにした。

 そして、あらかじめ胴体に爆弾をつけさせていた副理事長によって旧校舎は爆破された。

 

 ■■を閉じ込めていた檻が一つ破壊された。

 ■■を守り続けていた者を、■■自身が手をかける。

 これも超高校級の絶望が愛した幼馴染のオマージュだ。

 

 そして旧校舎の爆破によって、平和を享受していた世界が偉大なる『絶望』を再び思い出した。

 連日の報道に、学園ならびに政府は対応に追われ、最終的に世界に一つの結論を宣告した。

 

 

 

 『爆破の原因は旧校舎に残っていた薬品の不始末』

 

 

 こうして、希望は真実の絶望を仕舞い込んだとさ。

 

 

 

 

 


 

 

 

【□月○日】 

 

 

 

 それでも、人類は現実から生まれた物語の感想を止めることはなかった。

 

 

 恐怖――「ああ。また、厄災が始まってしまうのか。お願いだからやめてくれ」

 

 逃避――「大丈夫。あの時と同じように彼らが希望をもたらしてくれる」

 

 憤怒――「同じことを繰り返すつもりか。やっぱり希望ヶ峰学園の復活は間違いだった」

 

 激発――「希望ヶ峰学園の関係者は全員殺せばいい。なにもかもあいつらのせいだ」

 

 終末論――「今も腐ってるのは変わりないし、また全部壊して、やり直そうぜ」

 

 

 学園は粛々と■■を檻の中へと閉じ込める準備を始めた。

 その結果、未来機関の新世界プログラムを基盤とした『ノアの箱庭』という計画が始動された。

 主に理学系才能が自主的に集まっていた非公式の研究機関『観測者グループ』を利用して、錦織学園長は『ノアの箱庭』のプログラム開発、研究を進めたようだ。

 ちなみに学園長は先の旧校舎の爆破での『薬品の不始末』も彼らのせいにしてしまったのだから罪深いものだ。

 

 こうして粛々と、ゴフェルの木が伐採されていく。

 

 さらに、秘密裏に■■と錦織学園長の間で交渉があったようだ。

 もっとも、蓋を開けてみれば交渉と言う名の脅迫だったのだが。

 

 途中で錦織学園長は、やはり真相を明らかにしようと改めた瞬間があったそうだ。

 そもそも本来は、錦織学園長は新世界プログラム同様に絶望に犯された■■だけを『ノアの箱庭』に眠ってもらう予定だった。

 

 だが、それを■■は止めた。

 計画を……もとい、錦織学園長の意志を言葉巧みに少しずつ変容させていった。

 

 

 ――希望ヶ峰学園がすべての元凶と言う声が数多く勃発している。

 

 

 ――逆恨みした結果、超高校級の才能を狙った犯行も増えていることは知っているだろう。卒業した生徒たちにも死傷者が出ているようだ。

 

 

 ――そんな世界に学園が手掛けた傑作の生徒たちを、なによりも、あなたの娘を放り出してもいいのか?

 

 

 ここで少し錦織学園長の経緯についても語ろう。

 

 錦織春路、元超高校級のデータベース。

 そもそもデータベースとはなにか? 意訳すれば情報の集合体だ。

 それは、すなわち肩書通り――彼女は目にした情報をすべて覚えており、瞬時に引き出すことができるギフトを所持していた。

 

 だが、彼女の人生は波乱万丈……いいや、懐才不遇と言うべきだろう。

 

 彼女が生まれ落ちたのは雪に覆われた辺境の地。

 母からの口癖は『利口な女は行き遅れる』で、試験ですべて100点を取っても生徒どころか教師からも気味悪がられ『あの子はズルをしてる』と言われもないウワサが絶えず。

 いつも図書室に籠り、孤独で暗い日々を送っていた。

 それは希望ヶ峰学園に入っても、その性分は変わらなかったほどに根深い傷痕だった。

 

 それでも、ようやく自身の才と環境が合致したことには変わらない。

 希望ヶ峰学園では生徒会の書紀を務め、卒業後も副理事長の秘書に就任して学園に貢献した。

 だが、人類史上最大最悪の絶望的事件による避難のため、一度職を手放すことになった。

 

 事件終焉まで、彼女は被害が少なかった地元に戻っており、「そろそろ身を固めろ」と12歳年上の『四島秋治』を紹介され、見合い結婚。

 しかし、似た者夫婦と言うべきか。彼もまた不幸の星の元で生まれたのか。

 結婚直後に職を失い、失業前にずっと夢見ていた作家業も、錦織春路の勧めで再度筆を執るもやはり売れず。

 最終的に娘の顔を見ることもなく、病を拗らせて亡くなってしまった。

 

 未亡人となった彼女は実家に戻り、母の手を借りながら育児を続けていたが、その娘が5歳に上がる前。

 更なる人災を防ぐために学園の経営を退いた78期の生存者たちの代わりとして、後任の学園長に就任してほしいという要請が舞い込んできた。

 今までの経歴、未来機関の第七支部を中心とした技術開発のサポートを行っていた実績が選出された要因と考えられる。

 

 こうして要請を引き受け、彼女は娘を実家に預け、最愛の古巣に戻ってきたのだった。

 

 

『夫だけではなく私の父も亡くなり、働き手がいない状態でした。勿論、援助はあるとはいえ……少しでも詩音が不自由なく生活するためには、私の稼ぎも必要不可欠です……それに時代は少しずつではありますが変わっています……私が恨んでいた雪国の地も、希望によって立て直したのだから人々もマシになっている……そう、信じてましたので…………

 

 …………いいえ……信じていたは言い訳になります……正しくは、夢を見ていた……そう言うべきでしょうね……』

 

 

 最初こそ、彼女は学園長のペルソナをつけて■■と業務的な話し合いを続けていた。

 だが、娘の話を持ち出されてからは、彼女自身……『錦織春路』としての懊悩煩悶(おうのうはんもん)が溢れ出したという。

 

 

『私には娘を一人で育てる自信がありませんでした……。

 洗濯や掃除はなんとかなるのですが……それでも親が与えられる主たる家事は料理です……しかし、夫との2人暮らしの時は彼が重度の偏食だったこともあり、お互いに外食やスーパーの出来合い……実家で娘を子育てしていた頃も、家事全般は母親任せでした……。

 だから娘の幼稚園は給食制を選びました……それでも………親というものは子供と一緒にプライドも生まれるものなのでしょうか…………少しでも親らしいことをしなければと、弁当の日に作ったことはあります。……結果ですか? 悲しい上目遣いで、ちょっとだけ箸をつけられた卵焼き以外のおかずが詰まった弁当箱を返されました……それ以来、娘に手料理は作ったことがないのです……。

 

 それに……私は分からなかったのです……。

 5年間一緒に暮らしていても、娘の好きなものが。なにひとつ…………。

 娘はいつも心細げに私を見上げていて、物心ついてからは心から笑った顔を見たことがありませんでした。

 笑顔を見せてくれない理由は手に取るように分かるのです………血が繋がっているのですから……。

 

 だからこそ、恐れを抱いてしまったのです…………。

 もしも、娘が私と同じような目に遭ったとき……

 私は、理想的な母として彼女と向き合うことができるのか、と…………。

 

 ……………だから、私は……『親』の仕事から逃げ、『学園』の仕事を取ってしまったのです……。

 

 私の母は厳しい人で、私にとっては理想的ではありませんでしたが……それでも、彼女は夫の3歩後ろを歩く由緒正しき母であり妻……料理を始めとした家事労働は完璧に等しく、私が稼ぎさえすれば衣食住で娘が困ることはない……娘を自分の元に引き寄せても多忙故に家に帰れない日々も続く。そうしたら食事面の栄養に乏しく、寂しい生活を送ってしまうかもしれない。それに子ども一人で留守番させるのも防犯面でも不適切でしょう……だったら、話し相手のいる祖母や、馴染み深い近所の人がいる地元の方が、まだ目は行き届くはずだから…………。

 

 ……空々しい理由を作っては自分に言い聞かせて、ここまで来てしまったのです……。

 

 だから……私ができる『親』としての最後の愛情……。

 それは、娘に大きな不幸が訪れず、平穏に暮らせるよう支援をすること……。

 

 本当に、……それだけしか……私には、できないのです…………』

 

 

 

 ■■曰く、最後のほうの話し合いは、今までの彼女自身の懺悔に近かったそうだ。

 なにはともあれ、ノアの箱庭の計画は『決行』へと駒が進められた。

 

 

 

 

 

 

「これで全部、やり直せる。やっと…………みんなと一緒になれる」

 

 

 

 この日、■■は体全身を打ち震わせ、膝を抱えて泣いていた。

 

 

 だから、私は■■の隣であやすように答えてあげた。

 

 

 

 

 

 

「ええ。貴方様の仰せのままに」と。

 

 

 

 

 

 


 

 

【□月×日】 

 

 

 私は錦織学園長に協力の旨を伝え、■■を含めた95期生B組の身元を確保した。

 教師の差し金なのかは不明だが、彼らは一様に逃亡して捕まえるのに一筋縄とはいかなかった。

 それでも私は部下たちと共に、■■■■■■■■■■とも協力して、時に暴力的な手段も用いながら強行した。

 多勢に無勢。巨大な破壊活動に雛鳥が巣から落ちてダンプカーに踏み潰されるのと同じ。彼らに成す術はない。

 ようやく、今は■■も含めて16人は箱庭の筐体の中で眠りについている。

 

 

 観測者グループにも力添えをして、カリモノの手配も完了した。

 学園長は拘束、■■■■を西棟に……………世界には『希望ヶ峰学園の一時的な終止符』を銘打った。数年経てば狂虎が駆け巡るに相応しい、見せかけの平和ボケに惚けた世界が出来上がることだろう。

 

 盤面は整った。後は王手(チェックメイト)を打つだけ。

 

 

 そのはずだったが、学園内のコンピュータに異常が発生したという連絡が入った。

 

 ……どうやら、まだネズミが潜んでいるようだ。

 

 

 意外性はないが、ネズミの正体はB組の教師――超高校級の怪盗だ。

 私はそいつに恨みはない。むしろ傅きたいぐらいの万夫不当、脅威的な才能と魅力に溢れている。

 だが、私の父親は随分と怪盗を憎んでいたことを思い出す。

 それも純粋な憎悪ではない。心地よい寒気を覚えるほどに歪んでいるものだった。

 それは私の部下たちも同様でイタズラ好きなネズミを捕まえようとする化け猫の如く、ドス暗い執念を抱いていた。

 

 しかし、教師もジリ貧であることは間違いない。

 旧校舎の爆破に巻き込まれて多少の後遺症を負ってしまったことは知っている(とはいえ、それはケンイチロウがオーガになったレベル。我々からして見ればまだ人間離れしていることは事実だ)

 遅かれ早かれ、捕縛に至るだろう。

 

 

 

 


 

 

 

 

【■月■日】 

 

 

 今日は学園長を、  

 

 お疲れ様でした。

 

 

 

 

 


 

 

【■月▲日】 

 

 

 ついに教師の捕縛に成功した。

 まさか隠し部屋があるとは思わなかった。

 地下の裁判場の存在と言い、この学園は忍者屋敷なのだろうか?

 

「生ける自殺志望者の冒険はここで終わってしまった! しかし、生ける自殺志望者編はあくまで序章であり前日譚。君たちの凶行によって眠らされた彼らの本編はこれから始まることに、生ける自殺志望者は期待に胸を膨らませるばかりだった!」

 

 機械型の拘束具に身動きを封じられながら、相変わらず意味不明なことを朗々と語っていたが……。

 その瞳は真剣そのもので、一切の絶望が宿っていなかった。

 

 第二工学室に備え付けられた装置は絶望にうってつけと言える代物揃いだった。

 怪盗の処遇は逃さないことを最前提として、部下たちにすべてを一任した。

 煮るなり焼くなりもおまかせ。仕上がった怪盗をどのように振る舞うかも■■次第だ。

 

 自らの死を望みながら、生徒たちの希望を信じる聖職者。

 その信仰に近い魂が、どのような形に歪められるのかは見ものだ。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

【∞月∞日】 

 

 

 

 

 ――輪廻転生。

 

 

 

 ■■はやり直したいと涙を流した。

 

 だから、私は■■のためにリセットボタンを押して、■■が咲くための土壌を拵えた。

 いま、この世界でニューゲームが始まる。

 

 

「私が証明してさしあげましょう。だから、やり直す分にはいくらでも構わないのですよ」

 

 

 筐体の中でこれから目を覚ます■■に微笑みかける。

 自分で言うのは少々気恥ずかしいが……揺りかごに眠る赤子を撫でる母親のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あなたの人生はゲームや音楽や小説と同じだ。

 

 

 

 

 何回でもやり直せばいい。

 

 間違えたら修正すればいい。

 

 納得がいかなければ踵を返せばいい。

 

 

 

 水を延々注入される風船のように、蓄積された絶望が学園の内側で膨張し続けることだろう。

 それがいずれ破裂したときには……腐った水が、絶望が飛散されて人類はそれを体中に浴びて、絶望が侵蝕することだろう。

 

 

 やり直したいとあなたは言った。

 そして、あなたのために私は尽くした。

 

 だからこれから積み上げられるあなたの死体は、全部、私のものにする権利がありますよね?

 

 

 

 

 

 

 だから、私も。

 

 

 

 

 彼らも。

 

 

 

 

 みんなも。

 

 

 

 

 

 

 あなたも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、私たちはやり直した先で何度でも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また、何度でも、蘇ればいいのだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。