(非)日常編 初日の災難
Chapter1 イキキレナイ
「『卒業』を望む者。マナクマの話を信じる者。我々、16人の中で、コロシアイが起きるか否か。それが一番の問題点であって、我々が戦わなければならない最大の敵なんだ」
四月一日の言葉が体育館中に木霊する。
誰もが、ただ、たたずんでいた。それだけだった。
そして流れるように解散になって、足だけを動かし、次々と体育館を後にしていく。
俺もゆっくりと体育館から抜け出て行った。
隣にいた萩野とも話せずに、寄宿舎へと向かっていき、自分のネームプレートが掲げられた部屋の中に入る。
ある程度、おおざっぱであるが部屋をぐるりと確認する。
マナクマの言う通り、確かに今まであった道具や半紙、自分の服も揃っている。しかも、全て配置や順番もそのままで、逆に気味が悪かった。
椅子に腰かけて、背もたれによりかかる。改めて電子生徒手帳を開くと電子音と一緒にすぐさま起動したので、恐る恐る『校則』のボタンを押してみた。
【希望ヶ峰学園 校則】
1.
生徒達はこの学園内だけで共同生活を行いましょう。
共同生活の期限はありません。
2.
夜10時から朝7時までを”夜時間”とします。
夜時間は立ち入り禁止区域があるので、注意しましょう。
3.
学園長ことマナクマへの暴力を禁じます。
監視カメラ、及び学園長が封鎖しているドアの破壊を禁じます。
4.
仲間の誰かを殺したクロは”卒業”となりますが、
自分がクロだと他の生徒に知られてはいけません。
5.
生徒内で殺人が起きた場合は、その一定時間後に、
生徒全員参加が義務付けられる学級裁判が行われます。
6.
学級裁判で正しいクロを指摘した場合は、クロだけが処刑されます。
7.
学級裁判で正しいクロを指摘できなかった場合は、
クロだけが卒業となり、残りの生徒は全員処刑されます。
8.
なお、校則は順次増えていく場合があります。
今まで見てきた資料とほとんど一緒か。
大きく、深いため息を反射的に吐いた。
……あれ?
まだ、なにか……文章があるのか?
スクロールしていくと、ある一文が目に飛び込んだ。
赤文字のポップな字体で、それは書かれていた。
『愛と希望を胸に、輝かしい青春を送りましょう!』
ありふれた言葉だった。
普通の学園生活で聞いたら激励。あるいは学園での目標にもなったのかもしれない。
でも、今、この状況では――最大最悪の嘲笑だった。
「う、うう、うううううう……」
呻き声は自分のものだった。
食いしばっていた歯から、思いが。
いや、なにかわからないものが、どんどんと抜けていく。
書道において、流れるように書けるということがあった。
思いが溢れて、文字に表れる。こともざらにあった……今の状態はそれに似ている。
心が陥落して、思いだけが溢れ出る。
「ううううううう……ううううう…………っ!!」
止まらない。
止めようと思っても、思いを止められなかった。
気がつくと、筆を取っていた。
何故、こんなときでも筆を取ってしまうのか。
手も、声も。止まらない。
脳の代わりに、手が言葉を連ねていた。
なにを書いたのか、自分でも分からないまま――その日の意識は途切れた。
本編の途中ですが、みなさま。
この度は、ダンガンロンパ(仮)をご愛読いただきありがとうございます。
リメイク前から読んでくれているオマエラ。おひさしぶりです、ありがとうございます!
プロローグから読んでくれているオマエラ。はじめまして、ありがとうございます!
この章から読んでくれているオマエラ。何故プロローグを飛ばした。
なんて、冗談はさておき。
みなさま、ここまで読んでくれた方は、もうお気づきでしょうね?
「なんで、よりによってこの作品は、あのキュートで世界的に超有名なモノクマ先生ではなく、中途半端なパチモンのマナクマというニ番煎じを使うんだ!?」と……。
「どういうことなんだ、説明しろ!」
ええ、ええ! そのようなお気持ちも、手に取るようにわかりますとも。
と言うわけで、この場をお借りして宣誓いたします。
この創作物は、タイトルにあるように、あくまで『仮』なのです。
ダンガンロンパじゃないようでダンガンロンパに見えるけど、やっぱりダンガンロンパじゃない。
なにもかも、どれもこれも未完成。
一生、元の作品には絶対に届くことのない、所詮は『手慰みの下賤な創作物』に過ぎないのです。
……つまり、多少の荒は、白目にして誤魔化してほしいなってことでもあるんだ。
なんにせよ、この物語は『仮』の物語。
そこのところだけは、どんな時でも忘れないでくださいね。
それでは、引き続き本編をお楽しみくださいませ……
……目が覚めた。
何度も迎えた、寄宿舎の朝。
って、気持ち悪い――よく見ると、手のひらには墨がついていた。
昨日は、椅子で寝ていて机で突っ伏したまま寝てしまっていたのだ。机の上には、昨日書いたものがあった。
ひさかたの
光のどけき
春の日に
しづごころなく
花のちるらむ
初めて見た書に、どのような感想を持つべきなのか、わからなかった。
日の光はとてものどかな春の日なのに。どうして、桜はこんなに落ち着かずに散って行くのだろう。
紀友則が書いた、百人一首にも選ばれた有名な歌だ。古くからある情緒溢れた美しい、切なくも繊細な歌であるはずなのに。
震え、迷い、のたうち回って足掻いたような字。
眠気でも疲れの文字でもない。それは、完全なる絶望に染まった書だった。
閉鎖された学園。監視カメラ。コロシアイ。火薬の匂い。疑心暗鬼。あの日の出来事が一気に蘇る。
夢じゃなかった。
趣も感じられぬまま、桜が、学園が、日常が、散っていく。
そして。
キーンコーンカーンコーン……
『オマエラ、おはようございます。朝です。7時になりました。起床時間ですよー! 今日もはりきって青春をエンジョイしちゃいましょう!』
追い討ちをかけるように、忌々しい声が放送で響き渡る。
……夢なんかじゃなかった。
繰り返しながら、俺は転げ落ちるように椅子から離れた。
『明日の朝、全員食堂に来ること』
そういえば、体育館から離れる際に、四月一日がそんなことを口走っていたような気がした……。
それが夢か本当か分からないけど、とりあえず、食堂に行って確かめよう。
早速、ドアを開けると、運のいいことに見慣れた姿――萩野を見つけた。萩野は生あくびをしていたが、俺の姿を見てぎこちなく手を振った。
「お、おう、おはよう。ななし、……って、おい、なんだよそれ?!」
「え? なん……うわっ」
萩野の視線を辿ってみると、俺のYシャツの胸の辺りが真っ黒に染まっていた。
俺まで思わず声を漏らしてしまう。
「気づかなかったのかよ!?」
「い、いや、てっきり、汗かと……」
「あー……ったく、おめーなぁ……替えのYシャツあんだろ? 個室は勝手に移動したらしいけど、マナクマはカメラと窓以外、なにもしなかったから私物は大丈夫みてーだ。だから、さっさと着がえて来いよ。特に、白河の奴は、絶対うるさがるぜ?」
ああ、そうする……と言いたいところだったが。
「替えのYシャツ、ないんだ」
「えっ? それってまさか。マナクマの奴が盗みやがっ……!?」
「い、いや、ちがうんだ。それがだな……」
「な、なんだよ?」
「そろそろ卒業だと思って気を抜いてたから、長いことランドリーに行ってなくて……だな……」
*
食堂に着くと、ほとんどの生徒が椅子に座っていた。
入るや否や、皆が揃えて「おはよう」と言ってくれた。
だけど、心からの笑顔の者は誰もいなかった……無理もないだろう。
今頃は、晴れ姿だったんだ。涙を見せながらも、清々しくも希望溢れる一日になるはずだった。だけど、今は、二度と訪れない日に思いを馳せるだけとなっていた。
すぐさま顔をあげて、俺のほうを見て目を丸くさせたのは……たしか、ランナーの大豊だ。
「って、うわあ! 七島っち、ワイシャツ、びしょびしょだよ!」
「た、たいへんでございます! 風邪をひかないうちに乾かさないといけませんでございます!」
「あ、ああ、大丈夫だから」
慌てた様子の魔法少女の角がどこからともなく、ピンクのレースのついたタオルを取り出してきたが、やんわりと避けておいた。
「こいつよ、ちょっとシャワー浴びようと思って、服のまんまお湯を調節したら、シャワーのノズルを落として、自分にかけちまったんだってよ。まっ、すぐに乾くだろ?」
「あ、ああ……だから大丈夫だ。心配ありがとう」
萩野が軽くフォローしてくれたが、すぐさま食堂のみんなから呆れたような視線が向けられる。
長時間、書と向き合っていると時間を忘れてしまう。
墨がつくのも忘れ、食べるのも寝るのも忘れる。
そのため、ランドリーに行こうと思ってもつい後回しが多かった。
それが溜まりに溜まって、萩野に『親友とはいえ、それはない』と叱られた時は、さすがに反省したが……やってしまった。
今回は萩野のものを借りようとしたが、サイズは少し大きくて不格好になってしまった。
仕方なく、洗っていないものでも綺麗めなシャツを選んで、ちゃちゃっと水と石鹸で洗い、生乾きのまま着ているというわけだ……。
「うふふ。健ちゃんったら、やけに説明口調ね?」
くすくすと笑いながら、手にアゴをついていたのは演劇部の藤沢。
……これ、ほとんど見透かされてないか?
「ならば、ランドリーを使用するといいだろう。すでに開放されているぞ」
ふと、声が扉の向こうから聞こえた。四月一日のはっきりとした声だった。
朝だというのに、しかも昨日はあんなことがあったというのに声がよく通るものだ。
でも、模範生とも言える四月一日がしっかりしているからこそ、みんな、ある程度、平静を保てているのかもしれない。
「おはよう。さて、みんな揃っているか?」
四月一日は、少し一瞥して顔を曇らせた。
「黒生寺五郎と、円居京太郎と白河海里。それに天馬陽菜がいないじゃないか」
「ウ―ララ!? 一瞬見ただけで分かるのかい?」
「当たり前だろう」
「まあ! さすがだわ、卯月ちゃん!」
「一通り校内は回って、全員の部屋のインターフォンも鳴らしたが、出てこなかったから、全員食堂にいるものだと思ったのだが……」
その答えに、全員が顔を見合わせる。
最悪の事態が、頭の中に過ぎっているのだろう……。
「諸君、おそようだな!」
と、その時、全員が一斉に扉の方へ向いた。
科学部の円居が眼鏡を光らせ、ぼさぼさの頭を掻きながらやって来た。
「円居京太郎っ!!」
その姿を見て、勢いよく、四月一日は円居に歩み寄って指をさす。
円居も彼女に合わせて、背中をのけぞらせた。
「お前は、いったい、どこにいた!? インターフォンを鳴らしたのに出なかったのは何故だ!?」
「ふむ、それでは説明しよう! 吾輩は先ほど、つまり8時までずっと部屋に籠っていた。しかし、インターフォンは聞こえなかった……となると、四月一日が鳴らした時間、吾輩は眠っていたということになるな! なにしろ、論文を書きあげて徹夜だったものでな!」
「こ、これだから科学部は変態ね……私なんかどうせ一睡もできなくて今も全然眠くない人間外の司書で悪かったわね……」
錦織はぐぐっと人差し指に力を入れてテーブルを押していた……それは嫉妬なのか?
それにしても、この状況でよく論文を書こうと思えるものだな。
まあ、書を書きあげた俺が言えることじゃないけれどな……
「円居京太郎、今から私の質問の答弁を行なうこと。黒生寺五郎と白河海里、それと天馬陽菜は見なかったか?」
「焦ってはならないぞ。聞いて驚くがいい! なにせ吾輩の頭は、まだ生徒の名前と顔が一致していないのだ!」
「それは、自慢すべきことじゃない!」
苛立っている四月一日が強く足踏みをしたので、アルピニストの井伏が慌ててマグカップを抑える。
「しかし、ここに来るまで、三人は見かけたぞ。一人は夢遊病者のように、寝たまま壁に突進し続け、もう一人は、一心不乱に、ぞうきんで床を磨いていた。さらに一人は、マナクマと話をしていたな。小耳に挟んだ話だと、鍵が開かなくて一晩中、個室に入れなくて云々と言っていたな」
「それだ!」
四月一日は、円居の脇をすり抜けて颯爽と駆け抜けていく。
それにしても、マナクマと話しているのは天馬だと思うが、彼女は寝れているのか?
「はむぅ! あの走りかた、四月一日っちはぜったいトレーニングしてるよ!」
「優等生はなんでも手を抜かないってところ? ある意味、恐ろしい子ね……」
「なにそれ、紅ちゃん、ガラスの少年時代とか読んだことあんのー?」
「パードゥン? それって、コミックだっけ?」
どこかズレた指揮者の紅と、デザイナーの真田の能天気な発言。それに対して、ランティーユが鑑定士らしく片眼鏡を押し上げながら首を傾げていた。
「それよりもさあ、才能あふれるみなさん。昨日は寝れたのかい?」
唐突に、口を開いたのは……手品師の十和田だった。
大きな体はいくつかの席を占領しているようだ。
よく見ると、テーブルの上でなにかが動いている。あれは白い鳥……ハトか? 頭を振りながらちょこちょこと十和田の大きな手の上に乗っていた。
「あ? なんだよ。おめー、それがどうしたっていうんだよ?」
「おいおい、怖い顔するなって。せっかく気遣ってやってるってのになあ。そんなことよりさ僕は割合を知りたいんだよねえ」
目を伏せながら、十和田はハトの頭を太い指で丁寧に愛撫している。
にやりと不敵な笑みを浮かべて、俺たちを舐めるように見回した。
「どのくらいの人間が現状を認めているのか。そして、どのくらいの犯罪者予備軍が、ここから出たがっているのかを……ねえ?」
犯罪者予備軍。
なごやかになろうとしていた雰囲気に、とんでもない爆弾が投下された。
「なっ!? お、おい! おめーなに抜かしやがる!?」
「抜かす? なにを抜かすって言ってるのかなあ?」
萩野が勢いよく立ちあがったが、十和田は至って平静だ。
むしろ、十和田は誰にも話していないようにも感じられた。
「でも、みんなも気になるんじゃないのかなあ? 現状維持か、脱出か。迷っているんじゃないのかなあ。実のところ僕もそうだから。だから、みんなの意見が聞きたくてねえ。どう思う?」
言っていることは理解できた。
だけど、理解できない。
ここから出たいのか、出たくないのか……実は、俺もよくわからなかった。
だけど、それを。今、この瞬間に聞くのか?
「そ、そんな、急に言われても……! どうすればいいのか分からないのでございます……」
「で、でも……気にならない、って言ったらウソになるんでしょ……?」
「まあ、まだわからないかあ。なんだったら、目を瞑って手をあげるっていう古典的な方法でやってみる? 紙に書いて渡すっていうのも……」
「っがぁぁふざけんな!! いい加減にしろよ!! おめー!!!」
萩野の拳が十和田の首元に目がけて一直線に伸びた。
数人の女子生徒の悲鳴が上がる。
止めようとしたが、俺の反射神経では無謀に近く、咄嗟に目を瞑っていた。
突如、風が切り抜ける。刹那、乾いた音が響き渡った。
目をおそるおそる開くと、四月一日が唇を震えさせて、拳を握りしめていた。
萩野は苦虫をつぶしながらも、豆鉄砲を食らったような顔だった。そして、左頬を抑え、四月一日を軽く睨みつけていた。
「っ、と、十和田が悪いんだ! アイツが煽ったからだ! 外に出る出ないなんて、そんなこと言ったから……!」
「煽ったから手を出していいと本気で思っているのか」
四月一日は今までにないほど、冷たい声を発した。
萩野はぎくりと肩を震わせ、またしても緊張が食堂に広がる。
彼女の後ろには、事情を知らない黒生寺、白河、天馬も佇んでいる。
「クソ……またてめえか、タヌキ野郎が……」
黒生寺が一歩前に出て、悪人顔を前面に押し出した……どうやら、完全に寝起きのようだ。
「うわあ。生きてたんだ、ゴキブリ子憎。昨日は壁に張りついて寝てたのかねえ?」
「うるせえ……全部、貴様のせいじゃねえのか……」
「げえ。来たばかりのヤツに、文句言われる覚えはないけどなあ。よりによって知恵足らずの虫以下の生物に」
「ごちゃごちゃうるせえ……目玉ぶち抜いてやろうか……」
BB弾銃を片手にゆっくりと黒生寺が歩み寄って来た。
十和田もぴくりと頬を震わせ肩に鳩をのせながら、おもむろに立ちあがる。
周囲がまた緊張のムードとなり、弦を張るかのごとく、ぴんと張り詰めていく。
「おいっ」と四月一日が口を開きかけた。
「やめていただけませんか」
だが、響いた声は四月一日のものではなかった。
雑巾を握りしめ、2人を冷酷に睨みつける白河だった。
真っ白い顔がさらに青ざめていて、一瞬、病気のように見えてしまう。
「ふん……清掃委員のクセに止めるなんて……生意気だな……」
「清掃委員だからこそです。私は汚いものが見たくないだけです」
「へえ、一番汚いものと関係があるのに? 掃除するのに、汚いものがイヤなんだ? 死体もキライとかあ?」
『死体』という言葉に、テーブルの上においてあった萩野の拳が戦慄く。
今にも血管がはちきれそうなほど強く握りしめられている。
だが、白河は臆する様子も、顔色も変えず口を開く。
「私が本当にキライなのは、汚いものではありません。“汚くする者”のほうです。死体は汚くありません。汚らわしいのは、あなたがたに似た“殺人者”のほうでしょう」
白河の鋭く尖った言葉に、唐突に黒生寺は苛立たしげであるが目を伏せた。
ああ言えば、こう言った十和田ですら、怯んだ表情を見せたぐらいだ。
そして、それは向けられていないはずの俺たちも似たようなものだった。
「邪魔だったから? よくあることだから? 煽ったから? 理由があるから? それがなんだというのです。私には、“汚くする者”たちの言い分が理解できません。特に、暴力や殺人。それは、どんな汚物にも値しない。最悪で、最低、下劣の所業です。私にも綺麗にできない、醜き存在にすぎません……だから、やめていただけませんか? 軽々と死を口にするだけで、空気だけでも淀みます。至極最悪。不潔極まりないことです」
射竦められる。
そんな雰囲気だった。
それはナイフのような……いいや、違う。
誰もが通らなければならない、死にはしないが痛む。病院での注射のような言葉だった。
「私も人が人を殺すこと……それだけはダメだと思う。そこには、喜びも幸せも、なんにもないから」
隣で様子を眺めていた天馬もきっぱりと言い切った。
それに対して、四月一日は白河、天馬を交互に見て頷く。
「……あまり私も厳しく言いたくはない。だが、わかっただろう? このような不安定な状況こそが危ないんだ。萩野健、黒生寺五郎、十和田弥吉。特に、お前たちは以後、慎んでくれ」
萩野は四月一日を見据えて、ゆっくりと頷いた。
そして、ぱんっと自分の頬を自分ではさみこむように叩いた。これは、萩野が一念発起する時によく見る仕草だった。萩野に関しては、大丈夫だろう。
黒生寺と十和田も不服そうに座り直したようだが、ハッキリとした表情はこの席からは見ることができない。そもそも、まだ接点がないから、彼らのことはよく分からないな……。
「……すみません。言いすぎました」
「気にするな。この空気をなんとかしたかったのだろう? それに殺人があってはいけないことだと、みんな分かっている。言葉の選びは悪くても、それをお前は代弁したまでだ。なにも謝ることはない」
我に返ったのか、目を瞑って謝った白河に対して、四月一日が冷静にフォローした。
「さて、あまり引きずっても仕方がない。みんなを集めたのは他でもない。希望ヶ峰の構造について、知らせようと思うんだ。あの後、自分の部屋に戻る前に、今ある教室は回って大体は把握したんだ」
「あははっ、すごい行動的だね。俺より体力ありそうだ」
井伏は笑いながらも感嘆していた。
みんなが部屋に戻った時でも、彼女は学園を探索していたということか。
あんなショッキングなことがあっても、動けるとは、並大抵じゃないバイタリティだ。
「手短に説明すれば、以下のことがわかった。ここは希望ヶ峰学園の一階。教室はみんな知っていると思うが、寄宿舎側は、部屋の他に、『ダストルーム』、『倉庫』、『会議室』、『ランドリー』、そして我々が今いる『食堂』がある」
会議室は生徒会しか行けないというところだ。
もちろん、俺も行ったことがない。確か、新しくできた教室と聞いたことがある。
希望ヶ峰学園は、あの事件からの再開に伴って本校は改装されたそうだ。
なので、『例の事件』の時と、現在の希望ヶ峰学園の構造は大きく異なっているらしい。
「本校舎には教室の他に、『昇降口』、『購買部』、『保健室』、『視聴覚室』があった。窓は全て鉄板で塞がれている。昇降口も然りだ。ニ階に続く階段はあったが、残念ながら、封鎖されていてまだ入れそうにない。別館も『昇降口』が開かないため、こちらも同じだ。ただ、『二階』に関しては、ちょうど、見回りをしていたマナクマに尋ねたところ、“我々の活躍によって、開かれる”と明言していた」
「腹立たしいぐらいに、“あれ”と酷似しているのね」
紅が苛立ちを抑えたような、重いため息をついた。
“活躍”が、なにを示しているのかも、暗黙の了解の如く……誰も言及しないが、わかっているようだった。
四月一日は、ぐるりと全体を見回して、全員を見据えた。
「悲観的にとらえてしまうと、なにもできなくなってしまう。なにごとにも、前向きに取り組んでくれ。そして、苦しいことがあったら必ず私に相談してほしい。どんなことでも誠心誠意に協力することを誓う。 たとえ、小さな悩みでも決してバカになどしない。だから、みんなも協力を頼む」
四月一日が丁寧に頭をさげた。45度、まさに模範の礼だ。
「もちろんよ! でもね、卯月ちゃん。背負い過ぎちゃダメよ? 卯月ちゃんも、困ったことがあったらアタシたちに相談してちょうだいね」
「うん、山登りと同じでチームワークは大事だよ。お互いが手を差し伸べながら、みんながプラスになるようにしなきゃね!」
藤沢と井伏が朗らかに彼女に笑いかけた。
「感謝する」と四月一日は、そこで初めて優しげな笑みを浮かべた。
……いや、優しげと言うよりはそれは、不安が和らいだ瞬間だ。
ああ……そうだ、四月一日も人間なんだ。
いや、どんなに偉大とも思える四月一日ですら人間なんだ。ましてや俺たちは言うまでもない。
だからこそ、俺たちは、互いに協力しなければならないんだ。
「さて、重い空気にしてしまったな。それぞれ朝食を取ろう。腹が減るとネガティブになるからな。調理場に食材はそろっているから、飢えの問題はなさそうなのは安心だ」
「ほんとー! おやさいある?」
「ああ。幸いなことに、どれも食材は新鮮だ」
「はむうっ! やったあ! じゃあ、さっそく、とうもころし食べるのだ!」
一目散に調理場に、大豊が駆け抜けていく。
とう“もころ”しって……それにしたって見かけだけでなく中身も子どもというか、小動物みたいだ。
「トレボン! 舌ったらずなマドモアゼル大豊もやっぱり愛らしいね!」
そんな中、ランティーユが手を叩いて、幸せそうな微笑みを浮かべていた。
よく見ると、彼の席は大豊の隣だったようだ。
「そーかぁ? 元気だけど、外見はふつうのチビじゃね?」
「なんだって? わかっていないね、ムッシュ萩野……幼い少女こそが、この世の森羅万象にも及ばない、世界最大の秘宝だということを、君は理解していないというのかい!?」
「あ? な、なんつった?」
萩野は、彼の言葉にたじろいでいるようだった。
ランティーユは胸ポケットから虫めがねを取り出して誇らしげに断言した……というか、こいつ涎垂らしてないか?
「悲しいことにね、自然の摂理として、人間は年をとれば老いていき、多くのことを吸収すると、本来の価値を無くしてしまう人もいるんだよ。それは、『鑑定士』であるぼくとっては、それはそれは惜しいことなんだ。その一方で、小さな子、特に少女はどうだい!? あのなにも汚れを知らない純真無垢な瞳。そこにはあらゆる希望が詰まっているんだ! 純真さと小ささにこそ、アムールとロマン詰まっていると思わないかな!? そして、あの春の蕾にも似た若々しい体には……」
「ちょ、ちょっと待て! おめー、要はロリコンじゃねえか!?」
萩野のツッコミは的確だった。
周りがドン引きしているのは目に見えて明らかだった。
「ちょっと待った! ロリコンは誤解だよ!? ぼくは、ぼくより、身長の小さな女の子が好きなだけさ!」
「……ま、まあ、恋愛相談も乗ってやらなくはないが……困ったことがあったら、遠慮せずに相談にくるんだぞ」
「メルシー、マダム四月一日! よーし、ぼくもとうもろこし食べよーっと!」
そう言って、ランティーユは忠犬のように大豊のあとを追った。
彼の新しい一面を知ったのはいいが、あんまり知らなくていい……と言うか、知りたくなかった一面かもしれないな。
「えっと、私も食べようかな。でも、料理はどうしよう……指切るのは、まだ慣れているからいいんだけど。火事とか起こるのはさすがに危険かな」
「なんで、指切ること前提なのよ……あんた、不運にもほどがあるわね……」
「ふはははっ! 水と砂糖と重層があれば、吾輩は安泰だ!」
「甘納豆はありますでございますか?」
「角ちゃん、センス、バリ渋じゃね?」
「カルメ焼きと甘納豆? ああ、どっちも美味しそう。砂糖をたっぷり入れていただきたいわ」
「えっ、紅さんって甘党なの? あははっ、意外だな!」
「なんか丸めこまれた感がするけどなあ……とりあえず、ハトのエサはあんの?」
「俺はもう少し寝る……」
みんなそれぞれが調理場に向かう。
様々な思いがあるが、初めて学園生活らしく良い雰囲気だ。
「よっしゃ、俺らも飯にすっか!」
萩野がようやく心からの笑みを浮かべて、調理場に駆けていく。
さあ、俺も行こ……んっ?
歩こうとした途端、Yシャツの裾が引っ張られていることに気づいた。
なんだこの引っ張られ方、デジャヴュのような。
「七島さん」
振り向くと、ギラギラと目を輝かせた白河が立っていた。
目が血走っているように見えるのは、俺の気のせいなのか。見間違えなのか。
そして、どうか見間違えであってほしいと願っている自分がいた。
「ずっと気になっていたのですが、そのYシャツ、ひどい染みですね?」
「染みなんてどこにも」
「水で洗いましたね?」
「い、いや、ちょっとシャワーで慌てて」
「洗剤はどうしましたか?」
「その、これは故意で」
「聞いてません。今すぐ脱いでください」
「えっ!? いや、ここでは無理だ!」
「脱ぎなさい」
「大丈夫だから! 服に墨とかついていても、俺は気にしないんだよ! それが俺のポリシーだからっ! 逆に、墨がついてない書道家っていうのも逆におかしいだろ? なあ、そうは思わないか!?」
「なるほど。分かりました。脱げ」
誤解されそうなやり取りだけでもやめたい……。
萩野、頼むから、怪しげな目で見ないでくれ。
と言うか、ランティーユ、なんでお前も見ているんだ。しかも家政婦は見たと言わんばかりの形相で。
――結局。
俺は抵抗空しく、ランドリーに引っ張られる形で連行されてしまった。
部屋にある、他のYシャツも強制的に引っ張り出され、二人で洗うことになった。
真剣に墨を落とす白河に、話しかける暇……というか勇気がなかった。
そして、この一日は、彼と無言のまま、ランドリーで染みと格闘することで終わってしまったのだった……。
なんの罰ゲームだよ、これ……。