キーンコーンカーンコーン。
『オマエラ、おはようございます。朝です。7時になりました。起床時間ですよー! 今日もはりきって青春をエンジョイしちゃいましょう!』
アナウンスと共に起きあがると、また頭の中がブラックアウトしていく。
そして、映像がいきなりフラッシュバックした。血飛沫と肉片らしきものが、脳裏から離れない。
頭に鈍痛が走り、思わずベッドの中で、またうずくまってしまった。
ちら、と壁時計を見ると、針は7の数字を指している。
……7時だって? 俺はあれから、俺は何時間寝ていた?
物理的には眠れていたはずなのに、感覚では全く眠れていない。
寝れば忘れる。その言葉は果たして本当なのかと疑ってしまうほどだ。
とにかく、今は朝食だ。食堂へと向かうため部屋から出ることにした。
「あら、竜ちゃんに芙蓉ちゃん!」
「藤沢さまに七島さま。おはようございます!」
早速、扉を開けると藤沢と角に出会った。
……なんだか藤沢の顔が青ざめているように見える。気のせいだろうか?
「藤沢さま、昨晩は大丈夫でございましたか?」
「ん? ああ、心配かけちゃったわね。大丈夫よん、卯月ちゃんに話したらすっきりしたから」
さらりと藤沢はさきほどの表情を変えて微笑んだ……って、あれ?
「いっしょに寝ていないのか? 女子は一緒に泊まったって聞いたけど」
「ええ。夜時間が始まるまでは、四月一日さまの部屋にみんなでいました。でも、さすがに全員でこの部屋に寝るのはむつかしいということになって、グループを二つに分けたのでございます。四月一日さまと、紅さまの部屋で。藤沢さまは四月一日さまの。芙蓉は紅さまのお部屋に泊まらせていただいたのでございます」
なるほど、たしかにあの部屋1つで8人いっしょに寝るのは苦労するだろう。
「女の子はさっき人数を確認したから大丈夫だけど、あれから竜ちゃんたちはどうしたの?」
「俺たちは、そのまま解散してそれぞれ寝たよ」
「そうでございましたか。それにしても……食堂にみなさま、集まっているのでございましょうか……?」
角が祈るように指を組んで、不安そうに言った。
……大丈夫なのだろうか。
その姿を見ていると、俺までますます心配になってきてしまった。
気がつけば、三人とも足早に食堂に足を進めていた。
そして、食堂に辿りつくと……。
「おはよう。藤沢峰子、角芙蓉、七島竜之介……よし、全員そろったな。今日は集まりが非常に良い! 素晴らしいことだ!」
四月一日が最初に清々しく出迎えてくれた。
その瞬間、肩の力がすっと抜けたのを感じて、慌ててまた力を入れた。
しかし、四月一日の満足そうな顔とは裏腹に、周囲の顔はあまりよろしくなさそうだ。
もう席に着いている萩野も、昨日に比べれば平静だが、あまりにも落ち着きすぎていて、見ているこちらが心配になってしまった。
「さて、記念、と言うわけではないが……私から早速、提案があるんだ。みんなで“パーティ”をしないか?」
……パーティ?
四月一日の、突如の提案に全員がきょとんと目を点にする。全員と言うよりは、男子一同というべきか。
発案者は自信に満ちた顔で俺たちを見渡す。
「あはっ、もしかして親睦会のことかな?」
「井伏歩夢の言う通り、そのようなものだ」
「ふうん? こんなときに、パーティなあ……?」
十和田がぼそりと呟いたが、すぐさま四月一日が反応して彼を見据える。声を見分けられてしまった十和田は、何食わぬ顔で目を反らした。
「そうだな。ここ数日で、ほとんどの者たちはこの生活に適応し、それぞれは親睦を深めただろう。しかしながら、全員ときちんと交流するという機会はまだ無かったはずだ」
ここで四月一日は一息ついて、ぐるりと生徒たちを見渡す。
それは、一人ずつにアイコンタクトを取っているようだった。
目と目があったのは少しの時間……それでも、強い訴えが、彼女の瞳の中にあることは確かだった。
「このような状況下でなにを考えているんだと思う者もいるだろう。しかしこの状況だからこそ。昨日の件があったからこそ。今こそみんなの協力が必要だ。そして互いのことを知るべきだと私は思う。昨夜、私を含め、女子たちは賛成してくれたが、男子たちはどうだろうか?」
「おう、全くの異議なしだ! こーいうお楽しみがなきゃ、やってらんねーよな!」
真っ先に賛成したのは、萩野だった。
四月一日の意見を聞いて、元気をもらったのか。
昨日の憑きものを完全に落とした、満面の笑みだ。
きっと、萩野も今の状況を四月一日同様に案じているのだろう……。
「俺も。ピリピリしてちゃ疲れるからね。それに俺も男女問わずにみんなともっと話したいかな、なんて。あははっ」
「良い提案だと思います。私も参加しますよ。掃除班として!」
「科学者とパーティというのは合うものなのか? まあ、吾輩の場合は相反していても参加するがな!」
「トレビアン! マドモアゼル大豊が出るなら、ぼくも参加するよ!」
ほとんど全員が賛成した。俺も短く頷いた。
「黒生寺五郎、十和田弥吉。お前たちの意見は?」
「あんまり人と群れるのは好きじゃないんだよねえ」
「俺は寝る……」
「群れなくても、寝ててもいい。とりあえず、祝杯と食べるぐらいは来てくれないか?」
四月一日は彼らを見てそう言った。
十和田は肩を竦めて、黒生寺は生あくびをした。
「へいへい、マジックしてほしいなら収入もちょうだいね」
「ふん……変質者が出たら俺がとっちめてやる……」
とりあえず、了承……なのか?
四月一日は「感謝する」と満足げに頷いた。
「ああ、今から楽しみでございます! それでは、パーティはいつやるのでございますか?」
「いつやるかだって? 今日だ」
「今日でございますか!?」
予備校のコマーシャルを彷彿とさせるやりとりが、四月一日と角の間で繰り広げられた。
しかし、今日というのも早急すぎないか?
「思い立ったら吉日が私のモットーだ。本日の夜7時から。場所は会議室で行いたいと思う」
「なぜ、食堂ではないのですか?」
「折角のパーティなんだ。特別な場所、あまりみんなが足を踏み入れないところで、食事をするのも楽しいと思わないか? 会議室も広いから、この人数なら大丈夫だろう。狭いが給湯室もある。それにお手洗いもあるから設備は整っているほうだろう」
「って言うか、マ、マナクマが来たらどうするのよ……」
「その心配は無用だ。私が事前に、マナクマに説明した」
「マナクマにか!?」
萩野の驚きは、みんなの同様であった。
「『青春の思い出を作りたいのでみんなで活動する。だから、今夜の7時からはあまり干渉はしないでほしい』と交渉した」
「はあ、なんだかんだ言って君も命知らずだねえ。肝っ玉とでも称しておこうか?」
「とにかく、マナクマも了承してくれた。だから、ハメを外さないようにだけはしてほしい」
マナクマが許してくれたのも驚きだが……。
とりあえず今は、このパーティで、また絆が修復されればいいことを咄嗟に願っていた。
「では、三つに分かれるとしよう。一つは『会議室の清掃と飾り付け』。二つは『料理』。三つは『調達』だ」
「へけ? ちょーたつって、なーにー?」
「市販の菓子類や、ナイフやテーブルクロス。足りないものを補充する係だ。料理を運ぶのも、そちらで手伝ってもらいたい。なんでもする係とでも言っておこうか。私は全体の統率を行わせてもらう。だから、各グループ5人ぐらいに分かれてほしい」
「では、私は清掃でお願いします」
「うちも清掃。ってゆーか、デコるやつ!」
「あーあ、そういうのは、めんどくさいんだけどなあ。まあ、強制だろうから先に選んどくよ。僕も飾り付けにしようかねえ。一番楽そうだし」
白河、真田、十和田は清掃・飾り付け班のようだ。
「調達は男子メインでやってほしいのだが、立候補者はいないか?」
「そんじゃ、俺がやるぜ!」
「うん、俺も体力はあるから、運搬とか歩くのは任せてよ」
「では吾輩は料理に……と思ったが、レパートリーが3つしかないから話にならないな! 吾輩も調達を引き受けよう!」
萩野、井伏、円居は調達に決まった。
「じゃあ、アタシは料理にするわ。お菓子なら任せてちょうだい!」
「芙蓉もよろしいでございますでしょうか? 甘いものも得意でございますが、一般的な料理も作れるのでございます!」
「皮を剥くぐらいなら、私もできるはず。あんまりうまくないけど……いいかな?」
「私もあじ……じゃなくて、料理を手伝うわ」
藤沢、角、天馬、紅は料理だ。
と言うか、紅は完全に味見って言いかけたな。
「かざりつけやりたーい! わっかつくりたーい、やるー!」
「マドモアゼルが飾りつけ班なら、ぼくも!」
「わ、私も……なんだけど……どうせ、司書の意見なんて聞いてくれないんでしょうね……」
「むう、そうなの? じゃあ、あたしは料理にまわるのだ!」
「あ、あれー? もしもーし、マドモアゼル?」
えーと、大豊が料理に回ったから、ランティーユと錦織は清掃・飾り付け班ってことでいいのか?
これで、二つの班は決まったから……。
「残った七島竜之介と、黒生寺五郎は調達班だが、いいな?」
「ああ、大丈夫だ」
黒生寺もこっくりと頷いていた。
眠っているようにも見えるが、たぶん、頷いたということにしておこう。
「よし! ならば、早速取りかかろう。まず、清掃・飾り付け班は会議室の掃除と飾り付け。おりがみ、花紙、ヒモやリボン、はさみ類は会議室に用意した。もし、足りないものがあれば、倉庫にあるから、調達班に頼んでくれ」
「なかなか用意周到ですね」
「料理班はそのまま名の通り。食堂で料理を作ってくれ。料理ができしだい、調達班が取りに行く。ケガにはくれぐれ注意するように」
「オッケー、任せてちょうだい!」
「調達班はまず、私とともに会議室に向かおう。会議室の細かいところは見ていないから、ちょっと探りを入れるぞ」
「おう! おめーら、手抜くんじゃねーぞ?」
萩野は、そう言って屈託のない笑みを浮かべた。
昨日に比べると、遥かに調子を取り戻してきたみたいだ。
気持ちの切り替えは、「さすが」としか言いようがない。
そうだ……誰がどこの班になっているか、まとめておこうかな?
俺は胸ポケットから半紙を取り出して筆ペンでメモをとった。
「えぇっ、竜ちゃんっていつも半紙持ってるの!? さすが書道家……ってところかしらね?」
「いつも言ってることだけどよ……おめー、それ書きづらくねえか?」
それは思っているけど、持ち合わせている紙がこれしかないんだよ……。
【パーティ準備班】
清掃 : 白河、真田、ランティーユ、錦織、十和田
料理 : 藤沢、紅、大豊、角、天馬
調達 : 萩野、七島、黒生寺、井伏、円居
統率 : 四月一日
まずは調達班で会議室に向かう。
飾り付けと掃除班は、まず、会議室の掃除を行っていた。
俺たちは、会議室の用具入れにあったテーブルクロスを見つけたが……。
「あまり見栄えがよくないな」
使い古されているのかツギハギも多い。
なにしろ薄汚れていていて、キレイとは言い難い代物だ。
「あはは、綻んじゃってるね。真田さんなら縫える?」
「んー、ムリじゃないけど……やっぱりムリだわ。でかいし、きったないし、あんま変わんないんじゃね?」
「ならば、私が綺麗にしましょう。私の特製石鹸があれば落ちない汚れはありませんよ!」
「いやあ……だとしても、半日かかるんじゃね?」
白河が徹底的に洗濯したらマシになりそうだが、萩野の言うとおり、ちょっとそれでは時間がかかりそうだ。
それは、経験者の俺もよく知っている……。
「仕方ない。こちらは私が処分しよう。しかし、折角のパーティだ。テーブルクロスは欲しいな」
「んじゃ、倉庫に取りに行くか?」
「ああ、よさそうなものがあれば持って来ること。飾り付けのリボンも不足しているようだ。だから、そういう飾り付け類のものも持ってきてほしい」
「それとゴミ袋もお願いします」
「おめー、もうゴミ袋、必要なのかよ?」
「それなしでは、清掃委員は生きられませんよ」
生死にも関わるらしい要望も受け入れて、俺たち調達班は倉庫へと向かった。
調達班は、俺と萩野、井伏に円居、黒生寺だ……めったに一緒には話さないであろうメンツだ。
「うーん、四月一日って、美人なんだけどなあ。あのカタブツな性格が、もう少しデレてくれればなあ……」
廊下を歩いていると、萩野がぼやくように呟いた。
「いやいや、安易にデレを求めちゃダメだよ。彼女のあのカタブツさ、俺は好きだな」
「そうかあ?」
「ああいう、ツンツンはデレるとすごーく破壊力があると思うな」
「なんと。優等生は破壊兵器にもなるのかね? 実に興味深い!」
井伏は、その手の話は好きなのか面白そうに食いついてきた。
円居も、明らかに意味合いはおかしいが、仲間に入って興奮している。
黒生寺はあまり興味がないのか仏頂面だ。
って言うか、なんでいきなりそんな話になっているんだよ……。
「というか、おめーらは誰推しだ? 俺は断然、藤沢だな。あのプロポーションに気立てのよさは、今どきねーぞ? 上から99、55、88だと俺は睨んでいるんだけど、どうだ?」
「そんなマンガみたいなやついるかよ……」
「あははっ、萩野くんちょっと夢見すぎだよ。でも、気配り上手でいい子だよね」
しかし、萩野は昔からこういうことに関しては中学生で思考が止まっている。
それにしても、こんな下世話な話聞かれたら、四月一日にこっぴどくしぼられそうだ。
「ってか、おめーらは、どうなんだよ? 黒生寺とかいねーのかよ?」
「そもそもリアルのアマは嫌いだ……性格や見た目はどうでもいい。処理ができればいいんだよ……」
「ほう、さすがガンマンだな。爆弾処理ができる者とは実にマニアックで、良いセンスではないか!」
「いやいや、なんでそんなの求めなきゃなんねーだよ!? ってか、黒生寺!? 男から見てもサイテーかよおめー!?」
怒られても、黒生寺は「ふん」と鼻を鳴らして我関せずのようだ。
たしかに角への反応を見る限り、あんまり女性に優しいタイプではなさそうだ。
しかし、本当にひどい奴だ……
「うーん、俺は紅さんかな。しっかりしているし優しいしさ。甘党っていうのも、すごく可愛いと思うんだよね」
「ふむ、的を射た意見ではないか。甘党というとカルメ焼きも好きだろうかね?」
「おっ、ギャップ系が好きなのか? それとも母親的な?」
「母親的……っていうよりは、包容力がある人とかは嫌いじゃないかな。ふふっ、なんかちょっと母親的っていうとマザコンっぽいね」
井伏は、母親ってところで、なんだか一瞬、笑顔が悲しそうな雰囲気を醸し出した。
……あんまり言及するのはやめておこう。
「円居はどーなんだよ?」
「ふはは! マッドサイエンティストの恋はバッドエンド直球だろうな! だから言わんぞ! と言うか、言うつもりはさらさらないがな!」
「言わないってことは、いるってことじゃねーか!」
「あははっ、ホントに? えー、誰だろう? 気になるなぁ、円居くんのタイプ」
それにしても、いるってことが意外だ。
実験命のように見えて、一応は健全な男子ってところなのだろうか。
「おい、七島はどーなんだよ?」
「えっ、お、俺も?」
「そーだろ、ここは言うべきところだろ!」
「いや、俺はまだ……」
「おっ、まだってことは、決めかけか? 決まったら教えろよ? いつでも相談にのってやっからよ!」
そう言って、肩をどんと叩かれる。
しかし、こんなに大口叩いているが、初恋の子には下駄箱にラブレターという古典的な告白をして、みごとに撃沈したお前に相談だけはあんまりしたくないな……。
そうこう言っているうちに、俺たちは倉庫に到着した。
倉庫は多くの物が置かれていたため、テーブルクロスを探すのも一苦労した。
物をかきわけて、ようやく、『テーブルクロス』と書かれた段ボールが見つかった。
中身は虫食いなどもなく、少し埃っぽいが払えばなんとかなりそうだ。
それに、パーティにぴったりの真紅の豪華な絨毯も見つかった。
「飾り付け用のはこれだな。とりあえず……ほれ、軽そうなモノは七島。おめー持っておけよ」
そう言って、萩野が紙や絵具が入った袋を俺に渡す。
『軽そうなモノ』って言われると、なんだか男として悔しいような。
でも、実際、このぐらいしか持てないので黙っていよう。
黒生寺は白河に言われた通りに、ビニール袋を数十枚、手に持っていた。
「あははっ、戦力外通告受けちゃったね、七島くん。じゃあ、このテーブルクロスは俺が運んどくよ」
井伏はビミョーに心に刺さることを言いながらも、段ボールを軽々と持ち上げた。
テーブルクロスは、大きく、数量もある。布といってもかなり重さはあるほうだが、あっさりと持ちあげる。
思わず、声に出して感嘆しそうになってしまった……さすがはアルピニストだ。
後は、筒状に丸まった立派な赤い絨毯だけだ。
「よし、じゃあ、これは俺が……」
「待ちたまえ! スポーツ系に良いところばかり持っていかれては、文化系の名が廃るぞ。これは吾輩が持って行ってやろう! ふはははははっ、科学部の力をとくとみるがいい!」
突然、萩野の横からしゃしゃり出てきた円居が、ふんっ、という鼻息と共に、絨毯をひょいと持ち上げた。
しかし、直後に千鳥足――って、危ない!
よろける予兆があり、慌てて俺たちは駆け寄ってしまった。
それでも惨事にはならず、なんとか踏ん張ってくれた。
「あ、危なっかしいな、おめー!?」
「ふはっ、こやつ、なかなかやりおるな!」
科学者、マッドサイエンティストだが、完全にひ弱というわけではなさそうだ。
でも、やっぱり腕が震えているような……本当に大丈夫なのか?
「んー、じゃあ、俺と七島と黒生寺はあんまり持ってねーから、調理場に行って料理取ってくっか。なんか一つ二つはできてるだろ」
「オッケー。じゃあ、萩野くんたち、よろしくねー」
「ふははははっ、軽い、軽いぞ! 重力などものともしない!」
「あはは、ほんとに? でも腰曲がってるよ? 円居くんはちょっと血色が悪いし、寝坊ばかりしてるから不健康なんじゃないのかな? それに、同じものばかり食べないで、ちゃんと野菜も食べなきゃ……」
「だれに説教をしているつもりだね? いま、お前が話しかけているそれは、吾輩の残像にすぎぬぞ!」
「あはははははっ! 面白いこと言うね、円居くん! …………えっ、それって本当なの?」
嘘に決まっているだろう、井伏。
そんな二人を見送りながら、俺たちは食堂に向かった。
食堂につくとほんのり温かい空気が広がった。
少しずつ出来上がっているのか、心地いい香りが蔓延している。
「お、わりと、できあがってんのか?」
「腹減った……」
俺たちはとりあえず、そんな匂いに囲まれながら、
調理場に足を踏み入れようとした……が。
「ねえねえ、じゃあ、円居っちは?」
ん? これは、大豊の声か?
「眼鏡で隠れがちだけど、京ちゃんは男前だと思うわ! 眼鏡外したらイチコロになる子がいてもおかしくないわよ!」
「むぅ、それ、どっかのアニメで見たことある設定なのだ!」
「白河くんは?」
「彼は髪や肌が綺麗で少し羨ましいわ。美容にも気を遣っているのかしら?」
「あれは草食系だよ、井伏っちみたいに! どっちも背は大きくないからびみょーなのだ!」
「いやいや、あゆちゃんは間違いなくロールキャベツ系よ。女の子を狙っている目してるわよ!」
「ロールキャベツでございますか!? それはとてもおいしゅうございますね!」
「……角さん。私も詳しくないけどそっちのロールキャベツじゃないと思うよ」
……なんだ、これ?
「おい、これなんだ……」
「しっ! ……なあ、これってよ、俗に言う女子会じゃね? ひゅう、これぞ秘密の花園ってやつか」
女子会……なのか?
と言うか、萩野なんかに女子会の内容が分かるのか?
「十和田さまも、ちょっと苦手でございます……なんだか、芙蓉、嫌われているようでございます」
「んー、それはないと思うわ。ちゃんと相手が良い人だったら褒めてくれるし。ツンデレよん」
「ツンデレって言うより、心が不器用……なのかな」
「十和田っちは大きいから、あたし好きー! ランティーユは小さいし、めんどうだからイヤなのだ」
ランティーユは早速、大豊に疎まれているのか。
それにしても、わりと、辛辣なコメントが多いな……。
「おいおい、俺の話は? っつーかよ、十和田のどこがツンデレで不器用なんだ?」
「しらね……」
黒生寺は完全に興味がないのか目を反らしている。
「黒生寺くんは?」
「おっ」と萩野が声をあげる。黒生寺はなにも反応せず仏頂面だ。
「黒生寺さまは、まさにハードボイルドでございます! ぜひとも黒生寺さまと共闘をしたいのでございます!」
「動じないのはいいけど、口が悪くてケンカっぱやいのはいけないわ……協調性がないのは問題外よ」
「でも、あまり気取らないところがステキよね! ちょっとマイペースだけどそこが可愛いわ!」
「くろなまでらは、おっきくて強いから、あたしも大好きなのだー!」
「はあ?」と萩野が小さな声で呟いた。
「おめー、なんで、そこそこ人気なんだよっ」
「うるせえ、こちとら好かれたくねえ……って言うか、くろなまでらって誰だよ……」
黒生寺の少し声が荒くなったので、萩野が「しっ」と息を吐きだして制する。
たしかに、訓読みすれば「くろなまでら」だけどな……。
「あ、じゃあ萩野っちは? あれもおっきいよね!」
「きたきた、俺っ」と萩野が喜々として聞き耳を立てる。
しかし、大豊は大きいか小さいかが男の基準なのか……。
「うーん……萩野もケンカっぱやすぎて、私から見たら少しお子様ね」
「でも、健ちゃんは素直なところがいいわよね!」
「うん、悪い人ではないみたい。ちゃんと礼儀はきちんとしてるから」
「萩野さまは社交的で優しい心の方だと思いますでございます!」
印象は悪くはなさそうじゃないか。むしろ、なるほどと思った。
しかし、当の萩野は……。
「ええ……? なーんか、納得いかねえな。ちゃんと男として見てくれてなくね?」
じゃあ、どういう感想がよかったんだよ……
「あ、じゃあ、竜ちゃんは?」
つい反射的に肩を震わせてしまった。
俺も一応、名前にあがるのか。冷静なフリをしていても、頭は緊張でいっぱいだった。
「七島ね」
「七島っち?」
「七島くん……」
「七島さまでございますか……」
しばらくの沈黙。
……え? なんだこれ?
隣の萩野も少しだけ心配そうに俺を見た。
「七島は……アンテナが気になるのよね」
…………え?
「そうでございます。七島さまと言えば、アンテナでございますね!」
「わかるのだ! あれは世にもフシギなアンテナなのだ!」
「そうそうアンテナ! キュートよね! くるんってしてて!」
「うん。時々ぴょんぴょんしていて、猫のしっぽみたいで癒される」
……え? えっ?
っていうか、前に藤沢もそう言ってたよな……。
萩野だけでなく、黒生寺に関しても俺の顔を不思議そうに見ている。
いや、それは俺がしたい顔だ。
「アンテナ、ってなんだよ?」
「電波キャラってことか……」
だから、こっちが聞きたいんだよ!
世にもフシギで、可愛くて、癒される。しかも、くるんってしていて、ぴょんぴょんしていて七島といえばアンテナ……七島アンテナ。アンテナ七島。七島アンテナアンテナ七島。アンテナナシマ……?
「だっ、だからなんなんだよ、それ! アンテナってなんだよ! パラボナか? バーなのか!? どういうことなんだよ!」
咄嗟に俺は声に出て思いを叫んでいた。なにを言っているのか、俺にもさっぱり分からなかった。でも、叫ばずにはいられない思いだったんだ。
「ばっ、バカ、声が大きっ」
「おいっ! お前たち! そこでなにをしている!」
萩野が慌てて制そうとする……が、どうやらそれは遅く、凛々しい声が遮った。
驚いて振り向くと、四月一日が仁王立ちをしていた。その声に反応して、調理場からは、なにごとかと女子たちが飛び出してきた。
俺は完全に固まっていた。萩野は「えーと、その」と隣で言い訳をしようとしている。黒生寺は白目で寝ていた。
「……あ。料理、できたよ」
天馬が少し申し訳なさそうに言った。
食堂には美味しそうな匂いと、気まずい雰囲気が流れていくだけだった……。
* * *
気まずい雰囲気の中、俺たちは出来上がった食事を運び、再び会議室に戻ってきた。
扉の前には、人だかりができていた。そこには四月一日を取り囲むようにして、みんなが集まっていた。
「全員、集まったな……と言いたいのだが、十和田弥吉はどこだ?」
「あー、十和田なら、どっかに行っちゃったよ? なんか知らないけど、途中からソワソワしちゃってさー。集合するって言ったのに、『あっそ』とか言って、そのまま出て行っちゃったよ。まったく、つきあい悪いヤツだっつーの!」
真田の言葉に四月一日が少しだけ不満そうに目を細めた。
「……心配だな。十和田弥吉に関しては私が探す。まずは、みんな、お疲れさま。現在6時。協力のおかげで予定より早く終わることができた。パーティまで1時間あるから、それぞれそれまでゆっくり休んでくれ。それでは、またパーティで。7時からだぞ! 絶対寝るんじゃないぞ!」
その言葉で一斉に黒生寺を見た。
また頭をがっくりと垂れていたが、寝ているかはこの位置からは分からなかった。
「それでは、解散!」
早口でしっかりと言い切ってから、四月一日は颯爽と去って行った。
あの驚異の足腰で、十和田を探しに行ったのだろう。
十和田に、なにもなければいいが……。
みんなが部屋に戻って行く中、ふと振り向くと。
後ろには、俯いている天馬を見つけた。
なんだかそんな表情は珍しく思えた。
いつもクールな言動が目立つけど、不運だからと言って落ち込んでいる様子はなかったからだ。
「……天馬?」
いてもたってもいられず呼びかけてみたら、彼女はハッと顔をあげた。
「うん。私は天馬だけど」
「そ、それは俺も知っているけど……」
四月一日とはまた違った、控えめだが凛とした声。
間の抜けた返答だったが、やはり表情はなんだかいつもと違う。
「なんだおい、七島、コクるんか!?」
男女二人というシチュエーションだけにつられて、萩野もしゃしゃり出てくるようにやって来た。
お前は呼んでないぞ……そんでもって一週間も経ってないのに、そんなことするわけないだろ……。
少しだけ天馬はその瞬間、視線を落とした。
「ん? どうしたんだよ、天馬。元気なさそうだな? まさか料理中に、すっ転んでケーキをぶっつぶしたとか? まっ、さすがにそんなワケは」
「……その、まさかと言ったら?」
茶化した萩野は一瞬にしてその表情が凍りついた。
さすがの俺も、フォローはうまくない部類だが、これは無理だと判断してしまった。
って言うか、これは大失敗だ。
「でも、ちょっとハズレかな。正確には私が転んで、お皿が割れちゃったんだ。その音にびっくりした大豊さんが飛び跳ねて、大豊さんの足が、紅さんの足を踏みつけて、咄嗟に紅さんが手を勢いよくテーブルについちゃって、その手の先に、ケーキがあって……」
「それで、ぐちゃぐちゃ……という」
「ま、まるでピタゴラス的なスイッチみたいだな!」
萩野は井伏よろしく笑いとばそうとしているが、巧く笑えていないことからあまりフォローができていない雰囲気が漂う。
これは……気まずいぞ……。
「で、でも、なんつーか、まだカワイイ災難じゃね?」
「うん、そうなんだけどね。むしろ、私に不運があるのは別にかまわないんだ。いくらでも、私だけなら、槍でも隕石でも降ってきていい。それだったら、『私って不運だ』って思うだけですむから」
だとしても、それでいいのか?
恐るべきというか、常人では一生たどりつかない価値観だ。
「でも、友だちや周りの人にまで災難が起こるのはイヤなんだ。せっかく角さんが作ってくれたケーキだったのに。それにお皿が割れて、藤沢さんにケガさせちゃったし。大豊さんもびっくりさせちゃった。紅さんもケーキ一番楽しみにしてたのに……そういう不運は、私も悲しいし、やるせないから」
「それで落ち込んでたわけか」
「どうして、わかったの?」
「いや、その。いつもは、なんだかんだ言って冷静であんまり表情が見えないから。ちょっと表情があるだけで、なおさら、気になって」
「なんだよ、おめー。よく見てんな? もしかして、天馬のこ」
言う前に、隣の萩野の肩をグーで殴っておいた。
天馬が首を傾げたが気にしない。
「二人とも、変なの」
「で、でもよ、ケーキがなくてもパーティは楽しめると思うぜ? それに、あいつらだって気にしてないさ。藤沢は出し物に、一人芝居の練習するって言ってたし。大豊もケーキよりも野菜料理が楽しみってはしゃいでたぞ。紅だって、10円チョコで飛び跳ねるぐらいに喜ぶから、わりと単純だぜ?」
そんなものを、あげたのか。
そして、それで紅は喜んだのか……。
「みんな、天馬を責めることはないと思う。最初からみんな不運だってことも知っているしさ。それに、お前がちゃんとやっているってことは、俺も含めてみんな分かっているぞ」
「……ありがとう、二人とも。そうだね、あんまり自分ばっかりが根にもっちゃダメかも」
「そうだぜ、もっと肩の力抜けよ……あっ! 今のはシモネタじゃねえぞ!? マジな話!」
そう言うのが、逆に怪しいだろ……。
でも、天馬は気にしてない、と言うか分かっていないのか。また首を傾げていた。
それでも、さっきより、表情は柔らかいものになっていた。
「じゃあ、一時間後、パーティ、楽しもうね。角さんなんか、みんなのために甘納豆クッキー作ったから」
「なんだ、それ新手のロシアンルーレットかよ!?」
それはロシアンルーレット、なのか?
最初から不運だって知っている。
この言葉が素直に言えたのは、みんなが少しずつ分かりあえてきた証拠なのか。
大きないがみ合いもなく、なにごともスムーズで。
みんな、それぞれがパーティのために尽くしていた。
ふと、監視カメラを睨みつけてやった。
俺たちは決して屈していない。絶望なんかしない。
お前の思うつぼになんかなっていない。
あの歴史を繰り返さない。俺たちは、誰も欠けさせずに、生ききってみせる。
そうして、カメラを睨んでいた。
……はずだったのだが。
「おい、なにしてんだ、七島?」
「……七島くん、大丈夫?」
睨んでいたはずだったのだが、俺は委縮されていた。
――だから、どうした?
そう言わんばかりの、監視カメラからの視線にいつの間にか怯んでいたのだ。
どうして、こんな感情を抱いたのだろう?
俺が甘すぎるのか?
わかったなんて、勝手な決めつけなのか?
このような状況こそが、思うつぼなのか?
歴史は、過ちは、繰り返されてしまうのか?
「とりあえずよ、七島。パーティまで1時間、のんびりしようぜ? そうだ、俺の部屋でトランプでもやんね? ババ抜きとかよ!」
そうだ、今はパーティだ。
……そのような不安を抱いてはいけない。
いや、不安なんて必要ないんだ。
「ああ、いいな。でも、ババ抜きって二人でやれるものか?」
「なんならスピードで……あ、天馬もヒマならやらねーか?」
「いいの? 私、あんまり強くないよ?」
「大丈夫だって。負けても別に脱がしはしねーからさ!」
「…………」
「あ、今のはマジで引かないでくれないか? 冗談だからよ……」
とにかく、恐れる必要なんかないんだ。
俺たちは、このパーティを生ききれる。
そう信じて、今はパーティまで待とう。
……萩野の失言はどうしていいかは検討がつかなかった。