ダンガンロンパ(仮)-よみがえり-   作:冷凍かに缶

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(非)日常編 崩壊する日常

「やっぱり、二人とも強いね」

「ま、まあな」

 

 まさか、こんなにトランプで熱くなるとは。

 体が火照って、脳が興奮状態に陥っている。

 天馬は八百長でも勝てるのか不安になるほど運が悪く、ババ抜きでは0勝5敗という記録を叩き出した。

 

「2人のスピードもすごかったね」

「特に俺が、だろ?」

 

 萩野がずいと天馬に向かって言う。

 トランプのスピードを萩野と俺でやったがどうしても勝てなかった。

 自分も弱い部類ではないのだが、なにしろ相手は超高校級のボクサー。

 反射神経では敵わず全滅だ……それでも、やはり悔しいものだ。

 

 会議室に入ると、ほとんどの人が集まっていた。

 主催者の四月一日は来ていないが、それぞれが準備や談笑をしているようだ。

 

「あ! おーい、天馬ちゃーん!」

「萩野っちと七島っちもいるのだー!!」

 

 すぐさま真田と大豊が、俺たちの姿を見るなり駆け寄ってきた。

 

「まだ四月一日さんは来てないの?」

「うん、だからこうしてダベってるってワケ」

「そうなのだ! それにしても、真田っちはすごいよね! さっきも話してたけどこのヒールで歩けるんだもん! あたしも、それ欲しいのだ!」

「ノンノン! マドモアゼルはそのままの小ささがステキだよ!」

「だーからー! ランティーユはだまってて!」

 

 間に入ってきたランティーユに大豊は威嚇するように頬をふくらませる。

 それでもランティーユは、にへにへと微笑んでいる……お前は、それでいいのか?

 

「でも、たしかに真田のヒール細すぎるよな……折れないのか?」

「これでもヒールはガンジョーなんだって。それに変質者や痴漢の撃退にもバッチリだし! アンタたちにも試してあげようか? イチコロでイけるよ?」

「イチコロでイけるって、マジかよ……!?」

「……ぜひとも遠慮したいな」

 

 あんな細いヒールで足を貫かれたら、30分は悶絶する自信はあるぞ……。

 会議室にいた他の人たちも自然と俺たちの近くに集まってきた。

 

 紅はヴァイオリンを磨いている、最後の調整をしているのだろうか。

 藤沢は萩野の言った通り、劇を行うのか、発声練習をしていた。

 白河は両手にゴミ袋と箒を持って仁王立ちしているが、少し気が早すぎないか?

 そして、さきほどからステッキをくるくると回している角に関しては、なにをしているのか分からないな……。

 

 とにかく、それぞれが才能を持ってして、パーティのために発揮しようとしている。

 いつの間にか隣にいた井伏が、うんうんと笑顔で頷いていた。

 

「すごいね、みんな張り切ってるや。超高校級の技が見れるってそうそうないから、楽しみだなぁ……ねえ、七島くんは、なにかやらないの?」

「お、俺? 書道で見世物はできないと思うけど……」

「あ、ははっ、ごめんね! 書道については流行りのパフォーマンス系とかしか知らなかったから……うーん、でも、それに比べてアルピニストはなにかできることってあるかな?」

「ふん、司書よりはまだマシよ……」

「あっ、いや、錦織さんを非難しているわけじゃないよ? 読み聞かせとか得意そうだなあって思って。だってキレイで落ちついた声だもん、錦織さんって」

 

 井伏は錦織を口説くように彼女を褒めている。

 しかし、それでも彼女は仏頂面で視線を逸らす。

 

「わ、私は子供が嫌いだから、読み聞かせはできることならしたくないのよ……それに逆に聞くけど、読み聞かせなんてされて、あんたたちは楽しいと思うの……!?」

「で、できるなら、それをすればいいじゃないか。錦織は、超高校級の司書なんだからさ。俺は充分に楽しめると……」

「読み聞かせ? あれはサイコーだよな! 自分はなにもしないで、一瞬で眠れることができる最高の手段だぜ!」

「…………帰ってやるわ……ご飯を食べたらすぐに帰ってやるんだから……!!」

 

 萩野はどうしてこう空気を悪い意味でも壊してしまうのだろう。

 でも、錦織も一応は、パーティに参加してくれるってことで大丈夫……なのか?

 

 ……それにしても、書道か。

 井伏に言われるまで忘れていたが、藤沢に約束をしてたんだったな。

 いつか書を見せるって……このパーティ中で書いて見せてあげるっていうのもできなくないだろうか?

 

 そう言えば、もう時計の針は7時10分を指している……そろそろ始まるか?

 ちょうどそんなことを思った時に、がちゃ、と扉が開いた。

 主催者の四月一日だ。

 彼女はざっと会議室を見渡すと、すぐに顔を曇らせてしまった。

 

「遅くなってすまない。早速、祝杯をあげたいのだが……やはり十和田弥吉はいないのか。それに、黒生寺五郎に、円居京太郎も来ていないのか?」

「うわ、ほんとだ。男子の集まりワルすぎじゃんっ!」 

「黒生寺って、おい待てよ! さては、あいつ寝やがったな!?」

「時間を守らない黒生寺さまも、またワイルドでございます!」

「しかし、本当に十和田弥吉はどこに行ったんだ? 準備終了時からすれ違っているのか、あるいは……」

 

 四月一日が言いかけて、口をつぐんだ。

 彼女は、その考えを消すかのように首を振っていた。

 おそらく、この場の全員も、起こってはならない事態が過ぎっていたのだろう。

 そして、俺も……。

 

「仕方ない。もう一回、校舎を回って来るからしばらく待っていてくれ。いいか、私が来るまで、祝杯はまだあげてはいけないぞ。絶対だからな! 騒いでいてもいいが、祝杯だけはやるな! 紙コップもオレンジジュースも絶対に触るな! いいか、分かったな!?」

「わーったよ! わかったから、行けって!!」

 

 やたらと祝杯を重視するんだな……。

 そう言って、四月一日は颯爽と風のように足早に会議室を去って行った。

 

「あ! そうだわ。アタシもちょっと食堂に行ってきていい?」

「おっ? 菓子まだ作ってあったんか?」

「ううん、市販のものなんだけどアイスクリームを冷やしてあるのよ。だから取って来るわね」

「本当っ? 何個あるの?」

「紅さまは、本当にお菓子が大好きなのでございますね!」

「私も、手伝ってもいいかな?」

 

 天馬がおずおずと手をあげた。

 しかし、すぐに、ゆっくりと手のひらが下がっていく。

 

「……でも、また転んでぶちまけちゃったら空気悪くなっちゃうかな」

「ノープロブレムよ。ぶちまけても、市販のアイスはそう簡単につぶれはしないわ。それに失敗しちゃっても、それはいい思い出になるんだから」

「じゃあ、手伝ってもいい?」

「もちのろんよん」

 

 ここで、天馬が初めて嬉しそうに笑った。

 さっき微笑はしてくれたが、あんまり、笑顔を見せない子だと思っていたからなんだか新鮮に感じた。

 なるほど、これが意外な一面ってヤツだろうか。

 

「……七島。やっぱり、おめー、天馬ばかり見てるな?」

「えっ!? そ、それはないっ!」

「うーん、それとも紅か? 藤沢か? 誰から落とすか考えてんのか?」

「そんな下品なことは!」

 

 お前じゃないんだから!

 

 否定しようとしたその時。

 あるいは藤沢がドアノブに手をかけた瞬間にドアが開いた。

 ボサボサの髪にレンズが分厚い眼鏡、そして白衣を着込んだ青年は――。

 

 

「諸君! 待たせたな!」

 

 

 やはり、円居だった。

 後ろ手でドアを閉めながら、軽やかな足取りで俺たちの話の輪に加わってきた。

 

「おい、おせーぞ! ってか、さっきおめーを四月一日が探しに行ったんだぞ!」

「なに! それは、失礼した! 入れ違いかね?」

「ねえ、円居くん。その手はどうしたの?」

「む? これか?」

 

 首を傾げる天馬に対して、円居が右手を見せる……そこには痛々しく包帯が巻かれてある。

 でも、それに関しては、以前からと言うか、出会った時からそのような状態だったような。

 

「そっちじゃなくて、包帯の上に貼られている、左の手のひらの絆創膏」

「ああ、こっちの方か! パーティ前だが、吾輩は少しだけ小腹が空いてしまってな。そこで、おやつがてらにカルメ焼きを作りに、食堂に行っていたのだ! しかし、バーナーばかり使っていたから、コンロでは調節が難しいものだな。そこで、手際が悪く、火が手に触れてしまって、火傷してしまったのだ。幸い、炎症はひどくはなかったから、一安心だ!」

「じゃあ、なんで、絆創膏しているの? 包帯でそのまま巻けばいいんじゃないのかな?」

「天馬には分からないのかね? これは、科学の勲章なのだよ! とくと見るがいい!」

 

 ひとさし指をびしっと突き出して円居は豪語した。

 絆創膏を張るのが勲章って、小学生までの特権じゃないのか……?

 天馬はそれを見て、「すごい」と眺めていた。本気にしてるのか?

 

「ああ。そんなことより藤沢よ。さっきのあれは……」

 

 藤沢に話しかけようとする円居はきょろきょろと見渡す。

 さっきの、“あれ”? なにか話をしていたんだろうか。

 

 

 

「……む? なんだね、この匂いは?」

 

 

 

 えっ?

 

 円居は、突然、への字の唇にした。

 思えば、鼻の奥が針で刺されたように痒い。

 まるでアンモニアを直接嗅いだような……言われてみると、そうだ。墨などの匂いで慣れているはずだが、思わず鼻を塞いだ。

 

 な、なんだこれは……!?

 隣にいる萩野も勢いよく咳こんでいた。

 

「うげっ、なにこれ。おっさんのカレーシューよりひどくね?」

「目がしょぼしょぼしますでございます……」

「なんて、不快な……でも、ゴミとはまた違うような。これは、いったい……!?」

 

 真田は細い鼻をつまみながら、角は目を両手で隠している。

 白河は真っ白なハンカチで口を抑えて、それぞれ不快感を示した。

 よく見ると、薄ら煙がただよっているんじゃないか?

 そして……なんだか体温が熱い。

 

 さっきから顔や皮膚に汗をたらす、この熱い空気は―――?

 

 

 

「お、おい! まずいぞ!?」

 

 萩野がいちはやく状況に気付いたのか、怒号を発した。

 そして、彼の視線には。

 

 

 部屋の奥にあるのは――黒い煙を吐き出すドア。

 耳が熱気とちりちりという音に占められる。

 いや、ドアだけでない、床を浸食していく真紅の炎。

 頭が蒸し風呂のように熱くなり、そして、今さらのように鼻に焦げ臭さが充満する。

 

 

 こ、これって、まさか……!?

 

 

 

 

 

「か、かかかかかかかかかかか……火事だあああああ!?」

 

 

 

 

 

 ランティーユが悲鳴と共に、真っ先に開いたドアから駆け抜けていく。

 「ああっ」と大豊が軽く声をあげた。

 

「はむぅ! なにすぐに逃げてんのだ! ひきょーものぉ!」

「あはは……あっ、いや、笑いとか抜きに、俺たちも逃げないとまずいよね!?」

「いっ……いやああああああぁぁぁっ!!!」

 

 井伏の声をかき消すかの如く、今度は甲高い悲鳴をあげて錦織が逃げ出した。

 叫び声に触発され、みんなは慌てて一斉に駆け出す。

 上履き、ローファー、ヒールなどの靴底が床を叩く。

 こつこつばたばたと鳴り響き、会議室からすぐに退出して行く。

 

「おっ、おい、七島っ! 俺たちもっ! 早く!」

 

 萩野に肩を押されて頷こうとした矢先に、なにかが崩れ落ちる気配がした。

 振り向くと、天馬が膝をついていた。

 

「お、おい、なにしてんだ!?」

「大丈夫、すぐ立てるから」

 

 そう言う天馬だが動く気配がない。

 

「ま、まさか捻ったのか?」

「おいおい! どうしてだよ!? どうしてそこで捻ったんだよ!?」

「うーん、理由はわからないや……ごめん、先行ってて」

 

 なにを言ってるんだ!

 思わず、萩野と声を重ねて叫んでしまった。

 急いで萩野が彼女に回りこみ、お姫様だっこの要領で抱えあげた。

 

「よし、行くぜ!」

 

 俺と萩野、そして抱え込まれた天馬。

 一斉に足を踏み出して、扉に向かった。

 

 ……はずだったが。

 

 踏み出した萩野の足が床の上を滑った。

 目玉が飛び出しそうなほど瞳孔を開く萩野と、スローモーションのように頭から転落していく天馬。

 

 ……火事以上の大惨事になるじゃないか!?

 

 咄嗟に俺は萩野の正面に大きく回り込んだ。

 そして、落ちてきた天馬の頭を胴体で受け止める。

 もちろん、待っていたのは、天馬の頭――彼女の体が、俺の胴体にめりこみ反動と共に、勢いよく床に倒れ込んだ。

 なんだか、似たようなことが前にもあった気がする……!?

 

「っぐ、ぇ……っ!?!」

 

 年老いたカエルのような声が鳴ってしまう。

 俺の頭と背骨には衝撃と火花が走り、脳震盪を起こしかけた。

 

 

 しかし、それだけではなかった。

 

 

 次の瞬間、ぽたりと雫が頬に跳ねた。

 

 その雫は、2、3、10、50……数え切れないほど顔を濡らす。

 ザァァァという耳触りな音だが、肌を、服を、顔を心地よくやがて不快に浸していった。

 

 

 ……なんだ、これは?

 

 

「……あれって……スプリンクラー?」

 

 衝撃なのか、また鼻血を出していた天馬が、俺の胴体から頭を少しだけ半分上向きにして天井をそっと指示す。

 どこからともなく、天井には5つのスプリンクラーが現れていた。

 勢いよく水が放たれて、瞬く間に火や熱気は消え去っていく。

 俺らの身体が完全にびしょぬれになった頃には、炎や黒い煙は跡形もなく消し失せ、残ったのは水煙だけだった。

 

 

『はーい、すとーっぷ!』

 

 

 そして、どこからともなく現れていたマナクマが手を挙げていた。コスプレなのか、消防士の恰好をしている。

 奴の言葉を境目に、水の放出がおさまっていき、瞬く間に止まる。

 スプリンクラーは音も立てずに、天井へと吸い込まれて行くように収納された。

 マナクマは、毛穴がどこにあるのかわからないが、汗をだらだらとかいている。

 

『ほい、タオルどうぞ。ひゅう、オマエラあぶなかったね。地震雷火事親父っていうけど、やっぱり一番は火事が怖いね! ここ、耐震されてるし、雷なんてねーし。でも、なんで親父って怖いのかね? 親父を鈍器とみたてて、親父の先制攻撃だぜ!ってこと?』

「とぼけてんじゃねえぞ」

 

 萩野のドスの効いた声が濡れた教室に反響する。

 茶髪の短く刈られた髪からは水が幾度も滴り落ちた。

 マナクマから黒白ストライプのタオルをひったくって、俺と天馬にも渡してくれた。

 

「火事にしたのも、おめーだろ? おめーが俺たちを殺そうとしたんだろ!?」

『ちがうよ! そんなクマみたいなヤバンなことしないよ!』

「てめえがそのクマだろうが!」

『でもさ、マジレスしちゃえば、わざわざ教室燃やしてまで殺すなんて非合理的じゃん。もし、学校全部燃えちゃったらどーすんのさ! ボクまで火だるまだよ! それに、いきなり殺戮ENDとか陳腐だし鬱ゲー(笑)じゃん!』

「そ、それは……っくそ」

 

 もっともなことに、萩野が言葉に詰まっていた。

 たしかに火事を起こして殺すなら、スプリンクラーなんて出さないよな……。

 

『正直言っていいっすか? この火事は、ボクにとってもかなり予想外でした。んもう、校則を付け足すのを忘れてたボクがバカだったよ! ボクってホントにカバ! あれあれ? じゃあボクって本当はマナカバなの?』

「そんなことより! 校則ってなんだ?」

 

 耐えきれずに俺は腹から声を出した。

 そこで、ずっと乗っていた天馬が慌てて俺の体から退けてくれた。

 

 

『はい、と言うわけで、校則追加いたしましたー!』

 

 聞いちゃいない……。

 仕方なく、電子生徒手帳を確認する。

 

 

 コロシアイ学園生活で同一のクロが殺せるのは2人までとします。

 

 

『まあ、2人が限界だよね。1人より2人はいいけど。2人より3人なんて欲張りは無しね! がんがん人が減っちゃったら、さすがに可哀想でしょ?』

 

 マナクマは目にゴミが入ったような涙を浮かべて、人をおちょくるようにそう言った。

 でも、2人も殺せてしまうのか……。

 

『でも、まったく、アグレッシブなヤツだよね! カムチャッカボルケーノってやつですかね? 干渉するなって言われたけどこればかりは仕方ないね。……あ、そうそう、干渉で思い出した。対岸の火事を見る役のボクにとってはどうでもいいんだけど、オマエラ、こんなところで油売ってていいの?』

「……は?」

『おっと、これも干渉しすぎ? 炎上以上の厄介なことになってないといいですけどね。うぷぷぷぷ』

 

 マナクマは口に手を当てながら、いつもに増して不気味な笑顔を見せた。

 ……どういうことだ?

 尋ねる暇もなく、気が付いたらマナクマは跡形もなく消えていた。

 

 ――こんなところで油売ってていいの?

 

 なんなんだ、この言葉の羅列は。

 端的だが、不快な胸騒ぎが止まらない。

 

「……と、とりあえず一旦、外に出ねーか? 色々燃えたから、なんか有害なもんとか出てたらまずいしな」

 

 萩野の言葉に賛成して会議室を後にした。

 俺は天馬をちらりと見た。

 

「天馬、足は?」

「大丈夫。もう平気だよ」

 

 鼻血も足もすぐに治ったようだ。

 治癒力が早いのが、ある意味、長所なのか。

 それはいいことなのか、悪いことなのか……?

 

 

 

「うおっ!?」

 

 最初に廊下に出た萩野が素っ頓狂な声をあげた。

 俺たちも廊下に出ると、そこにはドア付近でうずくまっている……錦織か?

 顔が青ざめていて、気分がすぐれなさそうだ。

 傍には彼女の顔色に似た青いバケツが三つほどあるが……近づこうとすると、天馬が手で止めた。

 

「あんまり見ちゃダメ」

 

 ふと錦織を見ると、般若と見間違うほどの強烈な眼光を送っていた。

 ま、まさか、このバケツって。

 

「な……なによ、同情? 憐れみ? そんな汚い目で見ないでよ……まあ、私の存在なんてこの汚物同然だけど……」

「なっ、なにも、そこまでは言ってねえぞ?」

 

 さすがの萩野もどういう反応をしていいのか分からないようだった。

 俺も、どうフォローすべきなのか困ってしまう。

 これは下手に気遣っても、なんだか逆効果に思えてきた。

 

「け、煙アレルギーなのよ……それに金属とか、動物でも、かぶれとかジンマシンが出るし……花火大会も行けない、オシャレもできない、かわいいペットも飼えない……しっ、しかも、肩書きは司書だから、女子どころか人間として終わってるって思ってるんでしょ!?」

「わ、わかったから! おめーの事情はよーく分かったから!」

「ねえ、バケツはどこから持ってきたの?」

「あそこの、倉庫から……だ、だって、ビニール袋が見つからなかったのよ! 仕方なかったのよっ!」

 

 そう言って、また口で手をおさえた。

 なにも生々しい事情をそんな大きな声で言わなくても……。

 

「とりあえずバケツだけでも処理する? あんまり動くのはやめておいたほうがいい? となると、やっぱりここの会議室かな。手前のほうにトイレがあったはず。トイレまでは壊れなかったと思うから。火はおさまったから大丈夫だけど、口は塞いだ方がいいかも」

「ふ、ふん……言われなくてもそうするわよ……!」

 

 天馬とともに顔面蒼白の錦織は、バケツを持って会議室の中に入って行った。

 入っていく際の、錦織の呪わんと言わんばかりの凝視が気になったが……。

 それよりも天馬が目配せをしていたのが印象に残った。

 

 いつもより鋭い目つきだった。

 まるで、なにかに警戒しているような……きっと、彼女もマナクマの言葉に反応しているのだろう。

 

「それにしても、天馬のやつすげえな。人のゲロ片づけるなんてよ。度胸あるよな」

「お前、ちょっとはオブラートで包めよ……」

 

 聞こえたらどうするんだ……。

 幸い、「ゲロ女で悪かったわね」と錦織が出てくることはなかったが。

 

 

「それにしても、みんなどこに行ったんだ?」

 

 

 しいんという擬音が似合うほど、廊下は静かだった。

 火災の時に、みんなバラバラに逃げてしまったのだろうか?

 マナクマが、火災はおさまったって教えたのか?

 ちらりと萩野は腕時計を確認した。

 

「7時30分か……俺は本校舎の体育館方面を見てくる。七島はかたっぱしに、ここの寄宿舎を回ってくれ」

「ああ、分かった。気をつけろよ」

 

 「おめーもなっ」と萩野は言い捨てて駆けて行った。

 俺も急がないと!

 早速、みんなの部屋を回って……。

 

 

 ……あれ?

 

 ダストルームの扉の前に、人だかりができていた。

 四月一日、白河、真田、紅……この四人が集まっているようだ。

 

「七島竜之介! いったい、どうなっているんだこの状況は!?」

 

 こちらが声をかける前に、出会いがしら、四月一日に詰め寄られた。

 それは、こちらが尋ねたいほどだ……。

 

「私がいないうちに火事なんて……ふがいない……っ!」

「い、いや、四月一日が落ち込むことじゃないって……それより、どうしたんだ?」

「白河の話だけど、ダストルームからヤバイ匂いがするんだってさ。正直、うちはよくわかんないんだけどさー」

「火事か?」

「いや、火事ではないみたい。かといって、ごみでもないらしい」

 

 紅がそう言ったが、やたらと歯切れが悪い。

 やがて、意を決した表情で言った。

 

 

「血の匂いがする、らしいの」

 

 

 血の匂い。最初はなんのことだか分からなかった。

 だけど、条件反射なのか。見てもないのにつんと鉄の匂いが鼻の奥で広がる。

 

「ゴミを捨てようと思って来たのですが、さすがに一人では心細くなりました。彼女たちには、さきほど出会ったので……手伝っていただけますか?」

 

 白河の真っ白な顔が、青ざめるを通り越して、透きとおっているように見えた。

 なにが、あるというのか?

 血迷いながらもそれでも意を決して、ゆっくりと頷く。

 

 

 

「では……開けるぞ」

 

 

 四月一日がドアノブに手をかけて扉を押す。

 本当はもっと早いのかもしれない。

 しかし、四月一日の動作がスローモーションをかけているかのように遅く感じられた。

 異常な心拍、誰かがイタズラしたメトロノームのように、心臓の音がどんどんと加速する。

 

 

 

 

 なんだ、この恐ろしい気持ちは……?

 

 

 

 なにを怖がっているんだよ?

 

 

 

 誰かに危険が迫っているから?

 血の匂いがしているから?

 死の訪れに触れかかっているから?

 

 

 それじゃあ、俺は、心のどこかで、逃げられないと諦めいたのか?

 コロシアイは起きてしまうだろうと思っていたのだろうか。

 

 

 しかし、そんな考えを少しでも持つこと。

 

 それこそが全ての間違いだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 薄暗いダストルームの奥に見えるのは三段だけの小さな階段。

 階段のさらに奥には、なにがあるのだろうか。

 今はわからなかった。

 

 なぜなら、最初に目についたのは血の大海。

 その海に漂うのは、紫のドレスを着た少女。

 四股はだらりと血の海でぷかぷか浮いているかのように、無造作であった。

 ドレスは血の光沢でさらにキラキラと光り輝いていた。まるで、スポットライトを浴びているかのように。

 

 しかし、スポットライトを浴びても、なお、“女優”は動かない。

 

 

 

 『超高校級の演劇部』藤沢峰子は血だまりの中で、無の表情のまま浮かんでいた。

 

 

 空を無のままに仰ぎ、糸が切れて魂を失ったマリオネットのように倒れている。

 

 

 

 

「あ、ああ……」

 

 

 この感嘆は俺のものだったのか……それすら、分からなかった。

 

 

「藤沢……さん……?」

「なによ、これ……」

「お、おい、どういうことなんだ! これは、なにかの……なにかの……っ!?」

 

 白河が擦れた声を発して、紅の息が荒くなっていく。

 そして、四月一日が声を詰まらせていく。

 舞台か。劇か。夢か。幻か。

 彼女の言葉は続かずに終息していく。

 

 

 

 

「いっ……いやあああああぁぁぁああぁぁっ!?!」

 

 

 

 気丈な真田が悲鳴をあげた。

 きっと、これはお芝居なんだ。

 この血糊も、倒れ方も、悲鳴も、ぜんぶ、ぜんぶ嘘だと言って……。

 

 

 

 

 ピンポンパンポーン……

 

 

 

 

『死体が発見されました! 一定の捜査時間の後、学級裁判を行います!』

 

 

 

 しかし、あの忌々しい声とアナウンスよって、一気に現実に引きずりおろされる。

 これは夢でも舞台でもない――現実だ。

 あの鉄の匂いが。目を見開いたまま動かない姿が。俺の甘ったるい考えをを強く打ち砕いた。

 

 

 

“ だから、約束! 今度ステキな書を見せてちょうだいね? ”

 

 

 

 藤沢の弾けるような笑顔。

 小指を絡ませたあの夜。

 気恥ずかしさと喜び、そして誇りが胸に染み込んだあの思い。

 

 だけど、その“日常”の思い出は、瞬く間にヒビが入る。

 そして、今まであった、“日常”が粉々に破壊される音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

『やったね、マナクマちゃん! 死体ができたよ!』

 

 

 突如、マナクマが飛び出してきて、今までにないほど腹立たしい笑顔を見せつけてきた。

 

 

「っ……あああああああぁぁぁぁああっ!!」

 

 今度の叫びは自分のものだった。

 床を蹴ってマナクマに向かって掴みかかろうとした。

 だけど……。

 

「やめるんだ!」

「よしなさい、七島!」

 

 四月一日と紅によって、両腕をきつく掴まれてしまった。

 なにもできず俺の拳は停止していた。

 俺の拳は情けなく、どんどんと地の方向へと下がっていく。

 

『うぷぷ、七島くんカッコわるーい。女の子に止められちゃうなんてね』

 

 カッコ悪くてもいい。

 だけど、殴りたかった。こいつだけは……。

 

「お前だ……」

『ほえ?』

「藤沢は、お前が殺したんだ……」

『オマエガ殺した? ま、まさか……あの尾前賀さんのこと!?』

「ふざけるなっ! 藤沢を殺したのはお前だろ! お前しかいないんだっ!」

『またまたあ、七島くんってば根拠もないのにそんなこと言っちゃって。それが許されるのはナルホドくんぐらいだよ』

 

 頭に血がのぼっていく。

 この言葉は、まさに今の俺の状況ぴったりだった。

 

『直球だけどさ、オマエラの誰かが殺したのは間違いないよ。ボク見たもん。監視カメラでばっちりと』

「ウソをつくな!」

『ウソついてなんになんの? じゃあ、ボクが犯人だって言ってみなよ。オマエラ死ぬよ? そんで本当のクロが生き残る! ひゃっほう、ドキドキでハート震えちゃうね!』

「……っ!」

 

 言葉が続かなかった。

 どんどんと頭にのぼっていたはずの血が冷えていく。

 そして、それは今いるみんなも一緒だったようだ。

 真田も白河も紅も四月一日も……。

 きっと、他のみんながいても、それは同じ光景になっただろう。

 

『さて、くだらない茶々はこのぐらいにして。では捜査の前にはお約束の。THE・マナクマファイル~! オマエラ完全にズブの素人でしょ? だから、とりあえず死体の状況をまとめておきました! 今は、5人しかいないけど他のヤツらにも配っておくね。というわけで、裁判まで、死なない程度に、せいぜいあがいていろよ! あーっはっはっはっ!!』

 

 タブレット端末をみんなに渡して、マナクマは足早に行ってしまった。

 そして、残された俺たちは端末を渡されたまま。

 ただただ、立ちすくんでしまっていた。

 

「ほ、ほんとに死んじゃったの、藤沢ちゃん……? ね、え、マジなの? これって、やんなきゃマジダメっぽいの?」

「……やらなきゃ、ダメです」

 

 白河が青ざめている真田に向き直る。

 そして、俺を含めた4人をぐるりと静かに見まわした。

 

「人殺しなどという愚かで汚い行為は許されるべきではありません。いえ、許してはいけません。私たちがなんとしても真相を突き止めなければならないのです」

「い、いや、で、でもさ……」

「なにが、『でも』ですか? ここでグズグズとして、なにもせずにいたら私たち全員終わりです。そして、殺人を犯した……手を汚した者だけが生き残ります。そのようなことは、私が断じて認めません」

 

 歯切れが悪い真田に対して、白河は手厳しくハッキリと言った。

 全員、終わり――その言葉は端的だが、俺の中に重い痛みとして響いた。

 

「……そうだな。本来なら、仲間を糾弾するなどはしたくないが。でも、やらねばならない。これも、仲間のためだ」

「正直、こんなの虫唾が走るわ……だけど、だからこそ、私も犯人を見つけたい」

「ね、ねえ、これ、マジでやるしかないの?」

 

 四月一日や紅も決心したのか、言い聞かせるように断言した。

 真田はまだ、心細そうに俺のほうを見つめていた。

 多分、俺も同じような表情をしていたのかもしれない。

 

 信じられなかった。今でも信じたくない。

 

 だけど……。

 

 動かない藤沢を見れば、なにをすべきかは一目瞭然だ。

 

 

 

「やるしかないんだ」

 

 

 

 俺も意を決して頷いた。

 

 

「捜査に関してですが、どうしましょうか?」

「ここにいる人は少ない。みんながあのアナウンスを聞いていればいいのだが……」

「その前に、現場をだれかが見張るべきよ」

「でも、まずは、この場の全員で現場の検証を行わないか? 気になる点は洗いださなければいけない」

「……やるしかない、ってワケか」

 

 乗り気ではなかった真田も、状況を察して緊張した面持ちで言った。

 そうだ。戦わなければならない。そうしなければ、俺たちは……。

 

 いいや、そんなことは考えてはいけない。

 悲しくて、悔しくて、どうしようもないけど。

 今は戦うしかないんだ。

 そして、真実を見つけなければならない。

 

 

 藤沢のためにも……!

 

 

 俺たちの仮初の日常は幕を閉じ、新たなる日常。

 

 

 命をかけた非日常が今から始まろうとしていた……。

 

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