「魔法にはいろいろある。火球、認識阻害、鎖での拘束。カテゴリに分けるのは無理がある程その種類は多い。それもその筈、魔法はほとんどがオリジナル、個人の物だからだ」
神様そう言ってコルクにワインオープナーのスクリューを捻じ込んだ。
「ここで改めて君の魔法を、君の口で説明したまえ」
生成魔法。消費は結構重い。複数回使用すると精神的な異常が発生する。生成物は俺のイメージに沿った形になる。必ず血を流す必要がある。
「浅い」
神様は俺の見解を一蹴した。
「私は天界で数え切れない程の期間、数え切れない程の魔法を見た。だから言える。君の魔法は他の物とは違う」
そういう彼女の顔には笑みが宿っていた。
「『違う』というのは効果の話ではなく、その性質だ。他の魔法とは根本から異なっているような気さえする」
俺は塩ゆでされたキャベツを噛み締めた。うまみが口の中で弾ける。少し塩辛い。
「普通の魔法がコンパスなら、君のは石だ。ペペロンチーノと炭の方が分かりやすいか。何れにしろ、その魔法に私の知らない定理が組み込まれているのは確定的だ」
ガンと大きな音が響く。神様の握力が足りず、ワインの瓶口に固定したフックが外れた音だ。
「君は、その魔法を正しく理解していない。にも拘らず、君は愛楊葉児なのだ」
ガンと大きな音が響く。また外れたらしい。
「君は放物線に腰かけているに過ぎない。見上げたことがあるか?」
へばり付いて、よじ登って、その先を少しでも見ようとしたことが。神様は嘲笑した。
「根幹を探れ。先ずどういう効果なのかを真に理解したまえ。憶えているのだろう? あの魔導書が何を尋ねたのか、それにどう答えたのか」
ガンと大きな音が響く。……。
ワイン開けるのヘッタクソだなぁああああ!!!
「うるっさいなぁああああ!!」
見ててもどかしいんだよオおおおおオオ!!
俺は瓶口を直接握ってワインオープナーを引き抜いた。ポンとコルクが抜ける。てこの原理なんて知らん。神様は咳払いをして話を続けた。
「ヒントをあげよう。生成の意味、それと名前だ。名は体を表す。君が言っていたことだ」
神様は自分のグラスにワインを注いだ。赤だ。
「君には絶対に飲ませないからな」
ソファに仰向けになって今日魔法を使った回数を数える。朝、バベル、ダンジョンで二回、さっき。五回か。目を閉じて、指先に神経を集中させて魔力の残量を確認した。全身が痺れる感覚と共に、脳に固体の違和感が芽生える。この大きさだと、あと一二回でマインドダウンだ。
【ショウシャクヨモギ】。何も俺は研究を怠っていたわけではない。
例えば魔力の消費。多い場合とそうでない場合の二パターンが観測されている。何が原因で変化が起こるか調べた結果、分かりませんでした。いかがだったでしょうか。いかがもクソもねえよ。
それから、目下一番の問題である「代償」。始めは精神疾患の発症が代償かとかと思っていた。しかしながら、あの精神異常の数々は代償というよりペナルティに近い性質だと言える。代償とは徴収されるものだ。そこに理屈は無く、踏み倒しの概念は存在しない。つまるところ、代償は複数回短期間に使用するという条件によってではなく、発動毎に発生しているはずだ。
そして、俺は代償の正体に気付きかけている。今日魔法を多めに使ったのも疑念を確証へと変えるための準備だった。
実験というのはドキドキするものだ。特に、一回で答えが見える物は。その点で言えば、実験と告白は似ている。そもそも、それらが検証と言う集合の内にあるということから明白だが、唾を呑み、冷や汗を掻き、どちらに転ぼうと一種の区切れになるそれは、震える手で、自らの手で行われるからこそ輝き、価値あるものとなる。
そういう訳で、星の輝く下で俺はその手にナイフを生成した。
天高く昇った月に叢雲がかかっていた。
あの後失語症を発症した。実験は成功し、仮定が正しいことが証明された。そして、それが意味するところは俺の危機だ。
頻度に気をつければ代償なんて怖くないぜ! いぇーいという感じでバカスカ魔法を使っていたので、外見に異常はないが大変なことになっている。暫くは魔法は封印だ。
俺は体をしならせ、遠心力と腕力、腰の回転を利用して強烈な一撃を放った。鶴嘴の先端がヘルハウンドの目に突き刺さり、脳を物理的に掻き乱す。先ずは一体。
その隙を突くように、もう一匹のヘルハウンドが炎の壁を吐いた。俺はコートを焦がしながらも回避に成功する。
炎の発生源に向かってツルハシを投げ、驚いて飛び出した犬をナイフで迎え撃った。フェイントを挟んで一閃。首から大量の血を流し、犬は石になった。
まだ油断はできない。地面に刺さった鶴嘴を抜く。片目の裏の天秤が揺れる。背後からの奇襲を勘で避け、頭に鶴嘴を振った。外れ。犬は無理やり避けた為か体勢を崩し、俺もまた空振って隙を晒す。仕切り直しだ。
鶴嘴を握り直して対峙する。俺は地面を穿ち、浮き上がった石礫を鶴嘴で打ち出した。石礫は空を切って犬の目に飛び、それに合わせて俺も接近する。犬はそれに合わせて火を吹いた。それを横に跳んで避けた俺は、獲物を振り上げつつ更に近付いた。犬が後退する前に、大きく踏み込んで振り下ろす。赤い花が咲いた。
ヨシ。
「何してるんですか!?」
そう言ったのはマーシュ・エアフィッシュ。サポーターだ。ギルドの隅で暇そうにしていたので誘った。
「何でサラマンダー・ウール着てないんですか? 当たったら火傷なんてレベルじゃありませんよ? 炭化ですよ?」
高いしいらないかなって。俺は手帳にそう書いた。
「何で手甲と胸当てしか防具がないんですか? ほぼ生身ですよ?」
めんどいし、いいかなって。
「バカですね。クソバカ」
酷い言われようだった。
彼はこちらに人差し指を向けた。
「ていうか。あなたLV1ですよね。何で勝ててるんですか」
俺は鶴嘴をクルッと回した。別にLV1でこれくらいの強さの奴は沢山いる。俺はその中の一人という事だけ。ほら、今度はそっちが働く番だ。
彼はその手を動かし始めた。散らばった魔石を一つ一つ腰の袋へ入れていく。
「それにしたって、リスクが高い事実は変わらない」
呟くように彼は訊いた。
「どうしてこんなところまで来たんですか?」
十三階層。最初の死線とも呼ばれる階層である。適正LVは2。普通に考えれば自殺行為だが、それが俺の背中を押す。
経験値稼ぎだ。強くなることが目標ではない。それは方法の一つだ。一つのルート。しかし、他に最適解があったとしても、俺はこの道が合っているように感じた。
秘密だ。俺はただそう書いて水を飲んだ。
「僕が言うのもなんですが、こういうのはやめた方がいいですよ」
何でさ。
「死にたくないでしょ。あなたは何度もここを訪れています。つまり、何度も五体満足で生還しているという事。その幸運が何時まで続くか」
幸運か。大丈夫、運は俺に味方する。そういう作りなんだ。会って一日の奴にそこまで言われる筋合いは無いしな。
「そうですか。一応弁明しておくと、さっきのは伝言です。僕の言葉ではないので」
彼は立ち上がった。じゃ、行こうか。
結局俺は数時間滞在した後、残りの時間を上の階層で過ごすことにした。
という事で八階層。俺は駒の如く回転しながらキラーアント共を真ん中から引き裂いていく。一二三四五匹。虫の生命力というのは驚異的なもので、その程度では死にはしない。では何故こんな事をしているのかというと、餌にする為だ。キラーアントはピンチになると「なかまをよぶ」コマンドを使ってくるため、こういう風に半殺しで放置すれば疑似的に怪物の宴を再現できる。当然ミスれば死ぬので、天秤が傾いて補正がかかる。しかし、その補正値は通常よりも格段に多い。目隠しの所為だ。
顎を鳴らす音がそこらかしこで聞こえる。
風を切って迫ったかぎ爪を鶴嘴の先端を当てて誘導する。爪は大きく逸れて地面に向かい、対称的に、振り上げた骨塊は顎を割って頭部を貫いた。
脚が地面を叩く音でキラーアント共のおおよその位置を特定し、その間を縫うように進みつつ擦れ違いざまに鶴嘴を振る。命を穿つ音が十度響いた。光が尾を引き、指揮棒のように激しく、複雑な螺旋を空中に残す。まだいける。
散らばった魔石を蹴飛ばして駆け出した。左足が離れると同時に最高速に到達し空中を滑る。断続的に地に触れるつま先が体を指数関数的に加速させた。
高速で目標の前に着弾するとともに、全体重を打ち出すように鶴嘴を薙いだ。甲殻を突き破り、中身が弾ける感覚が手を伝う。ああ、最高。
その頭部を縦に二分した俺は、流れで近くに居たもう一匹も処理。手の中で相棒を回し、思い切り踏み込んで振り上げる。また一匹。逆手に持ったナイフで装甲の隙間を滅多刺し。もう一匹。腕全体を鞭のようにしならせて振り下ろす。更に一匹。切って突いて振って穿って千切って。そして一匹。ははは。まだまだ行けるぜ。はははははは。
ギルドで魔石を換金し、取り分をマーシュに渡した。重くなった財布に笑みをこぼし、いつものように正面から出ようと扉に手をかけた。が、その手は後ろから掴まれた。振り向く。担当がいる。
瞬間、脳裏を過る数十行前の彼の言葉。野郎、売りやがった。目をぐるりと動かして先程別れたマーシュを素早く探し出した。彼は今まさにここを出ようとしていた。俺は邪視をした。眼球に力を込めて、指先に沈殿していた呪いを詰め込む。もちろん俺にそんな力は無いのでただのポーズだ。
彼はびくっと体を跳ねさせ、こちらを向いた。容赦はしない。
手を振り払って駆け出そうとするが、拘束は解けない。こいつ力つっよ。
仕方ないので冒険者としての力を少し出してその手から抜け出る。扉を開け放って外に出た瞬間、静止の声が聞こえた気がした。
飛び出した大通りには無数の人間。何時にも増して多い交通量に紛れた彼はもう視認できなかった。耳を澄ますが、雑音で足音は聞こえない。どうしたものか。
瞼の裏に映る砂嵐が揺れた。
俺は一瞬何か掴みかけて、それは指の間から零れ落ちた。惜しい。
待て、俺は今何をした?
過ぎ去った感覚を手繰るように瞬きをした。なるほど、なるほど。未だ砂嵐は晴れないが、その後ろに何かがあるのは分かった。恐らく、本質的な何か。魔法、スキル、そして俺についての何か。朧げにその正体を掴んだ俺は、目を閉じて手を伸ばすように――。
突如切断される思考。その原因は頭部への拳骨だった。いってえ。
「ご同行願おうか」
担当に睨まれつつ、俺はいそいそとギルドへ連行されていった。
「何故私が君を止めている思う?」
隣の机からペンと紙を借り、それで素早く文章を生成した。
さっぱりわかりません
「そうか。結論から言うと、死んでほしくないからだ。」
彼女は俺がペンに力を入れるより早く次の言葉を繰り出した。
「先に君からされるであろう質問を潰しておこう。別にお前に特別思い入れがあるわけでも、ましてや好意を持っているなんてことも無い。基本的に、私の担当する冒険者全員に言っていることだ」
本当に質問しようとしてたことを言って来た。エスパーか?
「否、ただの統計学だ。話を戻そう。では何故私がこんな事を言うか。その答えは私の倫理観にある」
彼女は浅く息を吸って、その思考を口から垂れ流した。
「人が死ぬというのは良くないことだ。それは打算とか利益とかの話ではなく、純粋に、当然に、子供の時に読んだ絵本のような常識だ。分かるだろう?」
俺は頷いた。ここで分からないと答えるほど捻くれた人間ではない。
「しかし、これは生きていて社会に、人に悪影響を与えない人間にのみ適用される。生きていることが害である者。闇派閥の人間などは早急に死んだ方がいい」
中々に過激な意見だった。闇派閥。かつてこの都市を暗闇に突き落とした、犯罪を主とするファミリア。噂では、今もまだ根強く残っているらしい。
「私はこれでもベテランで、いろいろな事件を見てきた。詳細は伏せるが、胸糞の悪いものが殆どだ。ギルドから、両の手じゃ足りない程退職者が出た位に。悪に下限は無い。考えられる犯罪は全て行われた。咎の渦は無辜な人々を超えて同じ犯罪者すら巻き込み拡大し、煮詰めたタールの様な闇を顕在化させた」
彼女はそこで言葉を切り、俺の目を見つめた。俺は目を逸らした。
「あの様な、ゴミの様な輩は死んでいい。死んだ方がいい。遺族の気持ちなど、死で救われた者に比べれば塵に等しいのだ。まあ、そもそも奴らの死を悲しむような遺族なぞいないだろうが」
過激だ。あまりにも尖っている。こんな話を、担当した者ほぼ全員に聞かせているのか。やば。
「で、だ。私は基本的に、人には生きていてもらいたい。奴らの死より、こちらの方が思いは強い。無辜なる人々、と言っても軽い犯罪は誰でも犯しているだろうけど。ともかくそういう人はなるべく長く生きてほしい」
軽々と話は転調する。呪詛ではなく、希望を込めた祈りを彼女は編んだ。
「ダンジョンで死ぬことを名誉ある死だという人がいるが、私はそうは思わない。どこが名誉なんだ。死んだことか? では生きて帰った人は称賛に値しないのか?」
その思想は終わっている。彼女はそう語り、俺の目を見た。
「生きて帰れ」
視線が交錯する。
「生きていて欲しい。君はまだ罪を犯していない。だろう?」
彼女は挑発的な視線を送る。当然。紙に書くまでもなく、俺の思考は届いたらしかった。
「ここまでにしようか」
彼女はそう言って立ち上がった。俺に背を向けて歩き出し、三歩も進まない内に止まった。
「そうだ。言い忘れていたな。勝手に死にかけたペナルティとして、明日中はダンジョンに潜ること、留まる事を禁ずる。それと――」
俺は頭が真っ白になった。どうして。
空白が膨らみ、なだらかに隆起した。そして、それが目を開けた。
特大の爆弾を残して彼女は去って行った。
「おかえり」
神様はいつものようにソファで本を読んでいた。手を挙げて返事をしながらちらりと本棚を見て、やはり、と確信する。
「ダンジョンを出禁になったらしいじゃないか」
噂広まるの早くね? ギルドを出てからまだ十分も経ってないんだけど。
「まあそれは良いのだよ。最近ちゃんと休めていなさそうだったからね」
神様はソファに座り直した。
「で、流石に何か掴めただろうね? あそこまで言って何の成果もないなんてありえないからね」
魔法の事か。確かに一つ分かった事がある。「代償」俺の生命に関わる重要な事だ。
「ほう。聞こうか、その正体を」
正体は精神、もしくはそれに準ずるものの消費だ。
主人公会話少なすぎて辛い。もっと話せ。
オコゼは山神に人気。ぜひ持って行こう。
モチベーション等の理由より、感想や評価を募集しています。
P.S.誤字報告ありがとうございます。
752b3330366120752b33303862
-
736f756b61
-
736f756b61