ダンジョンに潜る上で名前は必要ない(旧)   作:イクラ系鮭

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 なんか変ですね。


第十二話

 約束された安息日は悲惨な結果で終わった。

 結論から言えば、俺は刺された。犯行現場はダイダロス通りの狭い通路。犯行時刻は五時付近。犯人は不明。恐らく通り魔だと思われる。

 ここで最悪なのは、刺されたときに倒れて空を見てしまった事だ。例によって記憶は消えたし、気分も悪い。その日はブーメランでずっと遊んでいようと思っていたのに予想外の結末だ。しかし、最終的にはブーメランは投げたらちゃんと手元に戻るようになった上、物事の整理もできた。穴だらけの推理が何処まで通じるか楽しみだな。

 刺された後、俺はエリナベラ御用達のあのポーション屋で目覚めた。今までの経緯はその婆さんが話してくれた。命の恩人に感謝し、礼を言ってから立ち去ろうとすると、請求書を叩きつけられた。だよね。無料なわけないよね。

 

 さて、ここまでの話を聞いて、大変な一日だったなとか悲惨だったなとかそういう感想が出るだろうが、問題はここからだ。

 俺の手帳――三日前の実験でも使ったそれ――に妙なものが書かれていた。使用されたページの中で、一番最後。そこに俺の筆跡で、“ここから先は神様だけに見せろ”と書かれていた。そこから先のページは端が血で接着されており簡単には開かない。開くには強引に引き剥がすしかないような状態だった。

 彼女についての考察、魔法についての憶測、自分についての推測はそれよりも前で語られている。では、あのページの先にあるものは何のか。その謎を解明するため、我々調査隊はアマゾンの奥地へと向かった――。

 

 グダグダとダンジョンに潜る。ダンジョンもジャングルもさして変わらないだろう。三文字しか違いは無いし、どちらも未知に満ちている。ダジャレではない。今日はそんなものを言える空気ではなかった。

 本日も例の如くエリナベラが同行していた。けれど、今日はいつもとは少し違う。ダンジョンは静まり返り、俺たちの間に軽口は無い。

 鏡面が耐えきれずに揺れ始めた。熱を孕んだ頭を冷ますために水を飲んだ。乾燥した顔にうざったい湿気が張り付いた。

 彼女を見る。顔が見えているはずなのに、表情が読めない。真顔ではない。笑ってもいない。彼女は、何を想っているのだろう。

 何故だろうか。こうして自分以外の人間がいるのに、それを人間だと思えなくなることがある。そうすると、ここには自分とそれ以外にもっとたくさん人がいるような、人のような物がいるような気がしてくる。それを架空の幽霊と表現するのは違和感がある。それは、どちらかというと人望に近いのだと思う。

 嗚呼、無駄なことを考えてしまう。そろそろ現実を見る時間なのに。

「じゃあ、やろうか」

 そこは一昨日と同じ場所だった。

 そうか。やろうぜ。

「ルールは前回と同じで」

 分かった。

 俺たちは背中を合わせた。汗が滲んだ。

「行くよ」

 来いよ。

「一」

 踏み出す。

「二」

 靴音が反響する。

「三」

 鞘が擦れる音。

「四」

 目を閉じる。

「五」

 天秤が揺れる。

「六」

 鏡面が漣を立てる。

「七」

 糸が軋む。

「八」

 天秤がその片手を大きく下げた。

「九」

 俺は横に飛んだ。

「十」

 斬撃が壁を切り裂いた。深さから見ても完全に殺す気の一撃だった。

 風が抜ける。振り返れば、刀を薙いだ姿勢で硬直するエリナベラが居た。やると思ったよ。

 俺は答え合わせをしようぜ、と言った。

 

 彼女は何時から嘘をついていたのか。

 結局のところ、この問いの答えは出せない。だが、少なくとも俺が魔導書を使ったことを知った時に全ては動き出したのだろう。

 彼女はそれに疑問を持った。魔導書は非常に高額だ。はてさて、弱小金欠ファミリアのどこからそんな金が出たのか。

 これは俺自身も奇妙だと思っていた。我がファミリアの主な収入源は俺で、財布の紐を握っているのも俺だからだ。

 先ず立てたのは、金を借りたという仮説。途中まではそうだと思っていたが、取り立てが一向に来ないし、証書も見つからなかったのであえなく撤回。次に、その金は最初からあったと考えた。つまり、始めから金欠なんかではなく、超絶富豪金持ちお嬢様ファミリアだったという訳である。そんなわけねえじゃん。

 そういう訳で、前提から間違っているという説が浮上し、俺と彼女は同じ結論に達した。

 俺達は本棚を改めて見て気付いた。

 俺は魔法の代償の正体に気付いたあの日に。彼女は二人で買い物に行った日に。

 神様は魔導書を初めから持っていた。しかもそれは一冊ではない。本棚の最下段全てが魔導書で埋められていた。

 エリナベラは魔法に憧れていた。ウィンドウに展示された魔導書を眺めたのは一回二回ではないだろう。加えて言えば、彼女の借金は多い。恐らく五百万というのは誤魔化した数字で、最初の一字を言っていないか、最悪後ろにゼロがつく。通常ならば到底返せない額だ。ならば、その返済のために盗みを企んだことだってあるはずだ。盗むべきは、高価で小さく隠しやすいもの。魔導書もその条件に当てはまるものの一つだったはずだ。

 だから、色とりどりの欲に塗れた眼は、常人にはただの本にしか見えないそれを魔導書だと見抜いた。あの日、彼女が本棚に向かっていたのはそれを調べる為だったらしい。

 しかし、彼女はすぐにそれを盗もうとはしなかった。俺がいたからだ。盗まれたと気付かれれば、俺に死ぬ気で追いかけられる。その厄介さは、戦闘を間近で見ていた彼女が一番よく知っていた。

 盗むとしたら、自分が逃げられる時。

 それが偶々今日だったという話だ。

 

 そうしてぺらぺらと語って時間を稼ぎ、思い直さないかなぁと眺めていると、途中から目がマジになった。やべ。

 一瞬の後、不可視の斬撃が俺を襲う。だが、矢のようなスピードで地を這うそれは、決して不可避ではなかった。回転しつつ、恐らく斬撃が通るであろう場所を避ける。後方の壁にヒビが入る音がした。

 考える時間を稼ぐため、彼女を中心に弧を描いて走る。身を翻して外套をはためかせ、正確な位置を誤魔化した。それでも、暴風雨の如き斬撃の群れは俺を逃しはせず、後退を余儀なくされる。

 前回の模擬戦を思い出せ。このままでは負ける。打開策が必要だ。

 先ず説得は無理だ。エリナベラに声は届かない。なぜなら、彼女は俺が彼女を信用していないことを知っているからだ。穏便に済ませる道が消えました。俺の所為です。あーあ。

 投げ物は通じない。罠もない。ならば、今すべきは彼女に近付く事だ。

 

 斬撃が降る。一つをナイフで逸らそうとするが、刃の方が負けて半ばから切り落とされた。このままだと直撃コースなので瞬時に体を捻って回避を図る。景色が横に流れる。斬撃は外套の留め金付近を切り裂いて行った。邪魔になるだけなので、俺は即座にそれを脱ぎ捨てた。クソ、お気に入りのコートだったのに。

 やはり斬撃は透明なのが一番ヤバいな。手元を見ないと向きと大きさが分からないのに、高速で動くが故にその動きをを目で捉えられない。だから今は大げさに避けることしかできない。けれど遠くを走り回っているだけじゃ勝ち目はない。分かってはいるものの、近付くのは非常に難しい。それは彼女の、研究された立ち回りによって引き起こされている。LV2の過ごした時間は伊達ではないらしい。

 今、唯一の救いは彼女が後退しないことだ。所謂「引き撃ち」をすれば、彼女が負ける確率は著しく下がるだろう。彼女はそれを理解して、それをしない。負けないというのは絶対に勝つということではないからだ。彼女は、俺を殺すために後退をしない。

 斬撃が通り過ぎ、腕に赤い線が走る。このままではジリ貧だ。だが熱くなってはいけない。クールに行こう。大切なのは思考を止めないことだ。

 戦闘スタイルは模擬戦の時と同じ。だが、あれは負けイベだったがこれはそうではない。どれもすでに見た攻撃ばかりだ。それでもつらいが、対策が出来る。それにゲームならこういうのは何かきっかけがあるんだ。ボス戦なら勝利の鍵となるものが何処かにある。

 足を切り返して偏差攻撃を躱した。景色が何処か妙だ。直感がそれに反応する。今一度景色を脳で再現する。壁、床、俺の腕、彼女。それ以外は何もない。しかし、その景色に違和感を覚える。違和感の正体は何だ。考えろ。今まで見て見ぬふりをし続けた景色に疑心を振り翳せ。きっとそれは打開策になりえる。クソが。思考が纏まらない。

 何れにしろ、近付かなければ始まらない。

 俺は自分の運の良さに賭けることにした。

 息を吐いて直角に曲がり、正面から彼女に突っ込んだ。次の瞬間、今までにない程大量の斬撃が向かって来るが、俺はそれを最小限の移動で避ける。当然斬撃は見えない。だから、適当に躱す。集中砲火は覚悟の上だ。半身引いて、しゃがんで、跳んで攻撃を回避しながらも、彼女の手元を注視する。服が破れた。髪が一房落ちた。頬が切り裂かれた。肩に無数の傷が付いた。まだ平気だ。死んでないし、天秤は傷に比例して傾きを大きくしている。

 動きが冴える。出血量が一定に達したことで追加の補正が発動する。鶴嘴が軽くなった。若干身軽になったことで加減速の幅が広がるが、それは意味をなさない。最初に距離を離されたのがここになって響いてきた。彼女までは十五メートル。大きめの横断歩道くらいの距離が、今はひどく遠い。

 なら逆に考えよう。近付く必要は無い。要は攻撃が当たればいいのだから、俺が行く必要は無い。だから、俺は鶴嘴を投げた。回転し飛んで行く相棒を、彼女は当然のように刀で切り捨てた。一拍遅れて気付く。今、俺は貴重な武器をあっさり消費した。頭が回っていない。

 ん? ちょっと待て、おかしい。何故そこまで引き付けた? 浮かんだ疑問に対する思考は、痛みによって中断された。また斬撃の雨が降り始めたのだ。必死になって躱し、近付こうとする。攻撃は先ほどよりも苛烈になっていた。流石に避け切れなくなって刀傷が増える。距離はまだ十三メートルあった。

 俺は距離を少し離した。弾幕ゲー然り、距離が近くなれば攻撃の密度が上がって避けにくくなる。今その斬撃についての攻略法を閃きそうだったので、戦略的撤退だ。

 斬撃をギリギリで避けつつ後ろに下がると、予想通り回避の難易度は低下した。距離の変化によって偏差攻撃が甘い今が考えるチャンスだ。

 ボッコボコにされているので説得力はないが、彼女の斬撃を生み出すスキルには隙があるように思える。例えば斬撃の形状。よくある三日月型ではなく、もっと奇妙な形だ。当たってないと思えば当たっており、逆に何故か当たってないこともある。加えて、鶴嘴への対処がおかしい。斬撃で撃ち落とせばいいのにそれをしなかった。

 ボロボロになった口元の布を剥ぎ取る。これで自ら課した枷は全て無くなった。つまり天秤を動かす要素は状況に純化されたということ。人工の闇に浮かぶ天秤がその左腕をほんの少し上げた。俺も彼女もチューニングが合ってきた。

 正真正銘全力で走る。数センチ後ろを次々に透明の咢が切り裂いて行く。壁を走って高度を稼ぎ、軸ずらしを試みるが、彼女のエイムはブレることなく俺を追尾した。高頻度で飛んで来る偏差攻撃を躱す。脚には飛散した石礫のダメージと疲労が確実に蓄積していた。拙いな。

 暗赤色の結晶よ。

 やりたくなかったが、切り札を切る。生成するのはいつもの鶴嘴、その強化版だ。もっと重く、もっと鋭利に。デスサイスの如く巨大で物々しいデザインを脳裏に浮かべ、実体化させる。精神が削れる。体中の切り傷から血が螺旋を描いて集まり、掌で結晶した。朱く、黒く、龍の骨の様な新たな相棒を回転させる。精神の摩耗で更に補正が発動した。対象は、脳。賭けには勝ったらしい。

 無数の情報が眼球を介して次々に脳へと送られ、答えが弾き出される。

 違和感、感触、傷。ああ、そういう事か。俺は足を止めた。

 あの日の十字路と同じだ。そこに在るのは諦観ではない。俺は確かめるために立ち止まる。ここからだ。

 横に降る雨のような透明の攻撃が迫る。血の被っていない僅かな皮膚から空気の流れを読み、俺はそれらを若干掠るくらいに回避した。まだ大丈夫だ。俺は運がいい。今までもこれからもずっとそうだ。

 轟々と降り注ぐ殺意の塊。しかし、その何れも俺に致命傷を与えられない。はは。斬撃が増える。まだ死なない。また増える。まだ死なない。もっと増える。まだ死なない。流石に彼女も焦り始めたらしい。それが手に取るように分かる。はは。俺は死なない。死なない。全身から血を流し、ボロ雑巾のような風貌へ成り下がっても、俺はまだ生にしがみついていた。

 ふと、痛みに対して反射で浅く息を吸う。一秒にも満たない時間だったが、集中が欠けた。そして、彼女はその隙を見逃さなかった。

 瞼の天秤が今までで一番激しく傾くと同時に、左腕に鋭い痛みが走った。冷たい異物が内側に入り込んで、熱を発しながら体細胞を破壊して駆け抜けた。パッと鮮血が舞う。無色は前腕中部から手首までの直線で、俺の左手を切り飛ばした。楕円の断面に骨と肉が見え、瞬く間に血が滲み溢れて姿を眩ました。一拍遅れて激痛が襲う。呼吸が乱れる。

 斬撃の雨が止んだ。彼女は手を止めたらしい。優しいな。

 振り返れば壁に傷。床に左手。

 ニヤリと笑って彼女の目を見る。彼女もまた、こちらを見つめていた。

 第二ラウンドだ。




 伏線なんかありません。

 朝顔の花言葉は「あなたに絡みつく」。

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