今回も割と難産だったり。
左手を拾い、腰のベルトに挟んだ。痛みは酷い。けれどまだ動ける。
暗赤色の結晶よ。
左腕の断面に手を翳し、覆うように脈打つ布を生成した。焼灼も蓬も止血の意味を持つ。これが本来の使用法と断定はできないが、使えることに変わりはない。
さて、スキルのネタは割れた。
多分、見えない斬撃の正体は攻撃判定の移動だ。
刀が通った空間の形に生成されるそれは、その軌道への接触を条件に再生される。つまりは時間の概念がある。そして透明なのは、そもそもグラフィックもエフェクトも存在しないからだ。
証拠は俺の腕、ナイフでそれぞれ受けた時の感触だ。どちらも何かに切られる感覚があったが、そのベクトルは斬撃の進行方向とは違った。加えて後ろの壁だ。俺がこんなにボロボロに被弾しているのに、壁は数えるほどしか傷が付いていない。
まあこれが間違っているにしろ、一つ確実なことがある。斬撃は貫通しないという事だ。
夕立の様に斬撃が降り始める。俺は鶴嘴で地面を穿ち、浮いた石礫を打ち出した。大小様々な礫は空中で真っ二つに切断される。俺に傷は、ない。よし。
天秤が大きく揺れ動き、鎖の音と共に補正が切り替わる。器用が下がり、力と俊敏が大きく上昇した。では、反撃開始だ。
目に見えない攻撃も最早怖くない。小石、魔石、コインの弾幕を展開しつつ前へ進む。エリナベラは淡々と刀を振るが、斬撃はそれらの小物に反応して消費され、俺には一つとして届かない。
先ほどまで遠かった距離を一瞬で詰め、先ずはその足に鶴嘴を叩き込んだ。だが彼女は体制を変えつつ敢えて一歩踏み込むことでそれを躱し、前のめりになった俺の首めがけて反撃を放つ。俺は振り切った姿勢を強引に動かしたが、避け切れず切先が顎を浅く切り裂いた。工夫を凝らせ。小石を彼女の目線まで蹴り上げ、五拍子のステップでテンポをずらす。俺は強引に隙を作り、ディレイを掛けつつ鶴嘴を振り下ろした。一瞬銀が煌めいて、その攻撃は大きく彼女から逸れていく。俺はそれを見て、無理矢理軌道を変えて振り上げた。しかし彼女はその切り返しを分かっていたかのように躱す。無理か。
バックステップで一旦距離を置き、呼吸を整え、全力で駆け出した。そして急停止して全ての運動エネルギーを乗せ、大きく薙いだ。食い気味に、それを狩るようにカウンターの一撃が来る。俺は遠心力のままに身体を一回転させて受け止めた。一瞬固まった彼女の足を払おうとするが、その前に腹に蹴りを貰ってよろめく。空かさず来る追撃を一歩下がって避け、今度は俺がカウンターを仕掛けた。流石に流せなかったのか、彼女はこの攻撃を受け止める。一瞬の後、互いに次の手が無くなったので飛び退った。
今度は彼女からだ。滑るように前進し、身体を捻って袈裟斬りを繰り出した。俺は短く握った鶴嘴でそれを逸らしつつ、回転からの一撃を放つ。彼女はそれを屈むことで躱し、立ち上がると同時に切り上げた。咄嗟に鶴嘴で受ける。奇妙にもその攻撃は先ほどよりも数倍重く、持つ手が痺れた。思わず鶴嘴を落としそうになるが、なんとか持ちこたえる。なるほど。スキルの作り出す判定と実際の攻撃を重ねたのか。片手だとキツイな。
彼女は今の攻撃でも鶴嘴を切れない事に驚愕したのか、半拍置いて真向切りが降りかかる。俺は横に避けながらそれを鶴嘴で受け流した。
暗赤色の結晶よ。
衝撃が手に伝わる前に鶴嘴を離した。予想通り今のも二重攻撃だったらしく、鶴嘴は後ろへ吹き飛ぶ。しかし生成した腱の糸によってその軌道を変え、俺に周りを回転して彼女へとその矛先を向けた。避けるより受ける方がいいと考えたらしく、彼女はそれを片手で止めた。その隙を逃さず、下から跳びあがるようにしてナイフを振るが、彼女は鶴嘴から手を離し普通に躱す。
思ったより長くなりそうだ。
拮抗した状態が続いていた。格闘を交えながらも互いの獲物を振り回し、互いに傷が増えて行く。このままでは、先にダメージを負っていた俺が負ける。首を狙った一閃を避けつつ作戦を講じる。虚を突かねば勝てない。方法は? 彼女の意識外の行動。二重三重の――。石を投擲して彼女の意識を逸らしつつ戦略を張る。彼女は石を刀で弾き隙を晒すが、俺は追撃をしない。明らかな罠だ。さらなる攻撃が無いことが分かると、彼女はバックステップで距離を取った。
一瞬、俺達は硬直する。
暗赤色の結晶よ。
天秤が揺れる。並列思考が廻る。俺は四.五拍目で腰のナイフを投擲した。彼女がそれを弾く前に、第二の投擲。投げたのは俺の左手だ。その目が驚きで見開かれる。そうだよな。だってそれを切られたら、永久に左腕を失う危険性があるからな。ポーションは傷を回復するが再生は出来ない。
彼女は躊躇い、少し遅れてそれを叩き落した。やはり甘いな。俺はその隙を逃さなかった。食い気味に鶴嘴を左から右へに薙ぐ。軌道はその頭部を正確に捉えている。彼女は焦ってそれを受け流そうとした。
やっと判断をミスったな。
解けろ。
呟くような一言で鶴嘴は血に還る。解呪式だ。赤黒い目眩しが彼女にへばり付いた。
暗赤色の結晶よ。
空中の血が再結晶化しナイフになる。距離がゼロになる。俺は行先を失った刀が再起する前に、その首目掛けてナイフを逆手で振り抜いた。
全体重を乗せた会心の一撃は届いた。彼女は後ろに跳んだが、躱し切れずに首に赤い線が走り、血が迸った。しかし、それだけだった。決して深い傷ではない。彼女のターンだ。
ゆらりと切っ先が揺れて、袈裟斬りが放たれる。俺はナイフを咄嗟に構えるが、衝撃に耐えかねて取落した。次の攻撃までに詠唱する時間は無い。彼女もそれを察したらしく、断頭台のように刀をゆっくりと掲げた。そして振り下ろした。
切っ先が揺れた。やはり彼女は優しい。必ず迷うと知っていた。それが必要だった。
【ショウシャクヨモギ】、発動。
とうにイメージは出来ていた。太刀。俺が望むのは彼女の刀を刃渡りだけ長くしたような太刀だ。
左腕の断面から生えた柄に手をかける。俺はそれを引き抜くように振り抜いた。血が高速で鱗のように噛み合って刃を形成する。紅が弧を描いて空中に飛散する。居合めいたその一閃は唸るような金属音と共に彼女の刀を打ち破り、砕いた。
彼女は武器が破壊されたことに瞬時に気付き、タックルを仕掛ける。だが、もう決着はついた。俺は素早く横に避けて、彼女の浮いた頭を地面に叩きつけた。
マジで危なかった。ともかく、俺の勝ち。
さて、どうしようか。
気絶したエリナベラの前で思考する。取り敢えず左手を切り落とすか? というか、もう殺すか? 時間はあまりない。彼女が目覚める前に決めなくては。俺は地面に落ちて割れたポーションを啜った。惨めとか言うな。
じわじわと切り傷は治って行く。冷静な頭を取り戻した俺は、彼女を殺すことにした。正直、彼女との関係は微妙だ。友達としか言いようがない。もしくはツッコミ担当。もし彼女が最初から盗みを働くつもりがあったのなら、その微妙な関係すら嘘になる。そうすれば、殺すしかあるまいて。うんやっぱり殺そう。
烏賊の甲の様な半透明の太刀をその首に当てる。動脈はこの辺だったかな。よし。セットが終わった俺は、勢い良くそれを引いて――。待てよ? 彼女を殺す意味あるか? 俺は手を止めた。
いやいやいや、彼女は盗もうとしたんだぞ。あの魔導書を。俺をガチで殺そうとしたし。しかもその理由は借金の返済。自己中すぎるだろ。ギルティ。やっぱ殺そう。
待て。じゃあ何故俺の指南役になった? あの頃は魔導書にも気付いていなかったはずだ。理由なんてあるか? あった。初めて彼女と会ったのは家だ。だから、その時にはもう気付いていたんだ。しかし、バイヤスが掛かっていた筈だ。神様との会話で、彼女は俺のファミリアが金欠であったことを知っていた。まさかそんなファミリアが魔導書を持っているなんて思わない。それは違う。彼女の授業当たりの料金は死ぬほど高い。それが篩だったんだ。払えるファミリアは金持ち。払えないのは貧乏ってね。じゃあ殺すか。
待て。何故彼女は俺に敵意を向けていたのか。隙を見て殺す為。では何故、俺が狂って世界が宝石になった時に殺さなかったのか。何をするか分からなかったから。なるほど、じゃあ殺すか。
待て。あの日、彼女と買い物をした日だ。何故彼女は借金について打ち明けた? 自分の中に罪悪感を残さない為。そうか。なら殺そう。
待てよ。何故彼女を殺すことに拘る。ギルドに突き出すのでは駄目なのか。遺恨を残さない為だ。
いや、それは間違っている。遺恨は残るだろう。彼女には妹がいる。
俺の推論には穴が多い。彼女が最初向けていたのは敵意ではなく警戒かもしれない。だって、俺は初対面の彼女をジロジロと見ていたから。授業の料金は真っ当だったかもしれない。ステイタスを伸ばす方法だって、同じファミリアであっても秘蔵されている可能性がある。それに、彼女はもっと深くまで潜れて、もっと稼げるはずだ。その時間を取っているのだから、むしろ料金は格安だったのかもしれない。俺が発狂した日に俺を殺さなかったのはそんなことはもともと考えていなかったからかもしれない。彼女が借金を打ち明けたのは、協力したかったからかもしれない。魔導書を盗もうとした理由は、借金ではないかもしれない。その借金も、神酒に依存したから出来た物ではないかもしれない。彼女と一緒にいると天秤が少し傾くのは、彼女ではなく別の存在の所為かもしれない。
何故彼女を生かそうとする?
俺と彼女の関係は深くも浅くもなく、中途半端で薄い壁があった。もし彼女が死んだとしても俺はきっと泣かないし、次の日には忘れているだろう。しかし、彼女は俺の師匠であり友人だ。恩がある。あるか? ないか。じゃあ、情が湧いたんだ。情? 友情も愛情も同情も感じていないのに? じゃあアレだ。情けだ。なろう系主人公よろしく敵であっても女性なら許して惚れさせるやつだ。品性下劣。うるせえ。
なら逆に、何故俺は彼女を殺そうとする?
俺は日常を望んでいた。明日には九割を忘れていそうな風景を求めていた。くだらないやり取りが好きだった。だから、それを破壊しようとしたこいつは殺す。
俺は日常を求めていたが、それは儀礼的なものだった。過去の俺は帰結主義的ではなく義務論的に解決しようとしていた。それに倣うとしよう。
俺は落ちているコートで太刀を包み、エリナベラと共に背負った。俺はボロボロなのに、彼女に外傷はほとんどない。全く、なんで勝てたんだか。俺は地上を目指した。
「で、どうするんだい? コレ」
神様は椅子に縛り付けられたエリナベラを足先でつついた。
話を聞こう。主に動機を。
俺は彼女に水をぶっかけた。
起きろー。どうせもう起きてるだろうけど。
「げほっげほ。じゃあなんで態々水かけたんだよ」
エリナベラは噎せ込んでそんな愚痴を吐いた。
話は聞いていたんだろう。
「どっち? 君を殺そうとしたことと、魔導書を盗もうとしたこと」
魔導書の方だ。
「そうか」
彼女は語り出した。
「私には妹がいる。血の繋がっていない妹だったけど、そんなことは関係なく私達は紛れもなく姉妹だった。私たちは家出をしてこのオラリオにやって来た。私は彼女の為に冒険者になって、LV2にもなった。ファミリアに入ってから今まで、彼女は心の支えだった。しかしある日、私が帰ると家は荒らされ、妹は居なくなっていた。妹は誘拐された。私は力が必要だった。だから、魔導書を盗もうとした」
全部言うじゃん。
語られたのは、やはり俺の予想とは違ったものだった。殺さなくてよかった。俺は疑問に思ったこと訊くことにした。
やったのは?
「ファミリアのメンバーだ」
なるほど。そして、そいつらにいじめを受けていたという事か。
「……知ってたの?」
知りはしなかった。だけど、そう推測できた。行きつけのポーション屋があっただろう? あそこの老婆にポーションの購入歴を聞いたんだが、それは中衛にしては異常に多い量だった。ダンジョン以外で使う機会があるとすれば、それは傷を消すためだと考えたって訳。後、神酒についてもきな臭いものがあったから。
次の質問だ。何故借金をした。
「うちのファミリアは、簡単に言えば詐欺をしていた。オラリオに来てまだ短い者を対象を神酒に嵌める。効果は絶大だった。ファミリアに強引に加入させて、ソーマファミリアに改宗出来ないようにする。そして、騙された連中は騙す側に回る。私は騙した振りをしていたんだ。それで、ノルマのために自腹で神酒を買う必要があった。借金はそうして出来たものだね」
そうか。目をつけられた原因もそれか。
三つ目の質問だ。妹はどうなる予定だ?
「……ショーに出演させられて、そこで食い物にされる」
……ああ、そういう事。因みに、君って処女?
「処女じゃないよ。数年前から」
分かった。もう言わなくていい。やっぱ世の中クソだな。
別の質問をしよう。何故俺に助けを求めなかった?
「巻き込めないし、戦力にならないから」
言うじゃないか。負けた癖に。
「そういう話じゃない。相手はLV3だよ」
ヒューマンか?
「多分」
なら殺せるな。
「正気じゃない」
知ってる。LV3の数は?
「一人だけど」
行ける行ける。
「おかしい。おかしいよ。君、狂ってるよ。だって私が敵わなかった。全力で、殺す気でやったのに手も足も出なかったのに。負けるに決まってる。やめてよ、ねえ。私――」
狂ってるのはそっちだ。
いいか。お前は俺を殺そうとした。それに罪悪感はあるのか? 無いよな。だって謝罪もせずこんなにペラペラと気持ちよさそうに喋ってるからな。確かにお前は被害者かもしれない。だが、それは俺を殺す理由になっても殺していい理由にはならない。何か勘違いしているようだけど、俺はお前を赦してなんかいないし、俺はお前とお前の妹を救おうなんて気は一切ない。今までの質問は全て興味本位、好奇心からだ。聞け。分かっていないようだから言うが、お前の命は俺が握ってるんだ。死にたくなければ余計な口を叩くな。
部屋はしばらく静かになった。
「LV3を殺せると言っていたけれど、その自信の正体が知りたい」
沈黙を破って神様が言った。
教えてもいいけど、先ほどの話に嘘が無かったか教えてくれ。
「嘘は無かった」
よし。鍵はスキルと魔法、あと俺自身だ。最近、記憶が戻り始めている。記憶とは違うな。色だ。色が戻り始めている。それで探すことが出来るから、方法を見つけて殺す。
「なるほど、ポーションは要るかい?」
ポーションは一応準備するか。エリナベラ、ショーは何時始まる? 今日? 明日?
「明日の十八時だよ。でも十六時から全員参加の会議があるから、狙うならそこかな」
呟くようにエリナベラはそう言った。
場所は?
「ホーム。地図貸して」
彼女は神様が持って来た地図に印をつける。家に地図なんてあったんだ。
じゃあ、俺だけで行くから、二人は近くで待機しといて。
「待って。私も行く」
行くな馬鹿。死ぬぞ。
「じゃあ君は死なないの?」
死なないさ。
「それでも――」
熱が冷める。俺は彼女を見つめた。感情は読めなかった。
いいから。もう黙ってなよ。負けたんだから。
神様がどこかを見た。
溜息を吐く。呆けた顔をする彼女を置いて、俺は銭湯に行く準備をした。
脳死。
呪い殺したいのなら、神社の下に埋めるといい。
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