ダンジョンに潜る上で名前は必要ない(旧)   作:イクラ系鮭

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 お久しぶりです。前回から三か月ってマジ?
 ごめんなさい。


第十四話

 銭湯から帰ると、リビングで神様が難しそうな本を読んでいた。彼女は俺が帰ったことに気付くとそれを閉じた。

「エリナベラは私の部屋にいるよ」

 そうか。様子は?

「そわそわとしてるね。君を心配しているらしい」

 きっと問題なく進むさ。

「そうかい。それはそうと、君。左手何処にやった?」

 ああ、あれね。俺は部屋の隅を指した。そこには脊髄を思わせる鶴嘴が鎮座していた。

「なるほど、魔法か」

 もう直ぐで全て――。

「バカじゃないのか?」

 ……後悔はしてないさ。

「そういう問題ではないのだよ。いいか。君は未来を放棄したのだ。スキルの補正があったとしても、彼女にその状態で勝てたのは全く持って信じがたい事だ。重心の変化、防御方法の制限、前線で無茶をする役割の君が起き上がるための手を片方失くしたのだ。その重大性を分かっていないらしいね」

 分かってるさ、そのくらい。その上で俺は鶴嘴に加工する道を選んだんだ。これ以上魔法でコストを払うのは許容できない。

「それで、これか」

 神様は表面を爪で引っ搔いた。バレたらしい。

「本当に分かり始めているらしいな」

 伊達にバカスカ使ってないさ。

 神様は本を人差し指の上で回し始める。

「……そう言えば、随分とイキリ散らかしていたようだけど。自分より弱いと認識した相手に綺麗事を吐いて相対的に上位に立つのが趣味なのか? それとも諦めるという行為に何か思い入れがあるのかい?」

 そんな言う? 

 まあ正直なところ、あれが鬱陶しくなってね。碌に何もしていないのに喚いて否定して。結局俺に負けたのに。後、諦めることに思い入れはない。記憶ないし。多分、ただ嫌いなんだ。

「そうか」

 俺はソファに寝転び、神様はその上に座った。少し重い。神様が口を開いた。

「君が狙っているのは、LV3を殺してそれでファミリアを脅すことじゃない。滅ぼすことだ」

 そうだ。俺は奴らを殺す。全員な。

「何故、エリナベラは殺さないんだい」

 殺したらイベントで使えないから。そこらの民間人と比べて、こいつは取り返しがつかない。

「それは彼女じゃなければならないのか?」

 そうでもない。ギルドの担当でも特に問題はなかったと思う。神様はヤバい。その時点で何か良くない方向に流れ始めるだろう。

「そんなものか。では、何故ファミリアを壊滅させるのだ? 正直、君には危険を冒して欲しくないのだが」

 壊滅させれば、全て終わる気がする。少なくとも、区切りがつくだろう。終わりを見るんだ。

 その方法はこれだけではない。だが、エリナベラが今日まで俺に相談しなかった影響で、ギルドに密告するというルートが潰れてしまった。現状一番効果的なのは、俺が単身で乗り込んで破壊することだ。別に彼女を責めるつもりは無い。

 しかし最悪だ。ルートが潰れたのは僕がコミュニケーションを怠った所為だ。ヒントはいくらでもあったのに、本当に最悪だ。この前頭を打ったからか?

「そうか。ならそれは、君の目標なんだね」

 だから、やり遂げなければならない。

「じゃあ仕方ない」

 神様は立ち上がった。

「今日、何回魔法使った?」

 三回。

「やはり。まあ、がんばり給え」

 そう言えば、と神様は言った。

「さっき、『僕』って言ったね?」

 瞬間、後頭部を莫大な衝撃が襲う。

 そんなバカな。神の力は使用できないはず。いや、違う。僕はこの重さを知っている。攻撃判定の重複だ。

 もうすぐ落ちる意識の中振り返ると、エリナベラが木の棒を手に立っていた。神様の部屋に居るってのは嘘か。やられた。

 惜しかったな。

 

 エリナベラを運んでいると思ったらソファーで寝てた。どういうことだ。ええと、確かエリナベラを生かすことにして、家に向かって……。あー頭痛い。

「家に着いた途端に気絶して頭打ったからね」

 で、今俺が生きているって事はエリナベラは俺を殺さなかったって事だよな。やはり彼女は白か。

「セクハラかい?」

 下着の話じゃねえよ。さて、じゃあ彼女に話を聞きに行こう。

「話? 何のだい?」

 そりゃあ、俺を殺そうとした理由だろう。

 神様は顔を覆った。何その反応。

「もうそれは聞いてるから私から説明するよ。諸々省略してね」

 神様は、それはもう一言一句、懇切丁寧に説明してくれた。

 聞き終えた俺は一つの結論に達した。

 じゃあカマソッソ潰すか。

「やはりたどり着く先は同じか。愚かだ」

 何、策はある。

「あ(察し)」

 鍵はスキルと魔法、あと俺自身だ。最近、記憶が戻り始めている。記憶とは違うな。色だ。色が戻り始めて――。

「も う 見 た」

 その日はそのまま神様と寝た。

 

 はい。午後三時になりました。

「何をしていたんだい?」

 自分と人生ゲームしてました。

「昨日言ってたのは対策でも何でもないよね? 50人規模の闇派閥なんだけど手立ては?」

 考えてません。流れで行きます。

「流石に死ぬよ?」

 死なないさ。スキルもあるし。

「人を殺すんだよ?」

 初めてじゃないさ。死体も返り血ももう残っていないけど、人を殺したことくらいある。

「そもそもどうやって侵入するつもりだい?」

 強行突破。

「だと思った」

 怖いのでエリナベラに先行させて制圧したところに堂々と侵入します。

「うーん。分からない」

 提案したのは彼女の方だぞ。……改めて考えるとおかしいな。

「改めなくとも気付くだろうに」

 あいつ覚悟決まりすぎじゃないか? さては、神様。やったな?

「お前じゃい」 

 

 17時。カマソッソファミリアの巣であるホテルを眺める。俺たちはその近くのカフェテリアで打ち合わせをしていた。無防備に思えるが、カマソッソの連中は全員ホームの中にいると確認が取れているので問題ない。

 エリナベラは落ち着かない様子で太刀を手の内で回した。いつも使っている刀は俺が折ってしまったので、今持っているのは俺が生成した例の半透明の太刀だ。彼女はそれを正面に素振りしてみたり、自分の袖を切ってみたり、逆手に持ってみたりしている。ここ飲食店ですよ?

「いい刀だね」

 俺が君のを参考に作ったからそりゃあね。

 彼女はテーブルに太刀を乗せた。

「『白魚』と名付けよう」

 透明な刀身の隅々まで這う血管、峰に沿って連なる脊髄、中央付近を通る一本の白い線は、言われて見れば白魚のそれに見えなくもない。しかし、何故今名付けを?

 彼女は白い布で太刀全体を巻いて肩から背負った。

「さて、私はもう行くよ。もし七時までに出てこなかったら突入してくれ」

 どうかしてるぜ。彼女が提案した作戦はこうだった。

 先ず彼女が先行する。同じファミリアのメンバーだから、あっさりと中に入ることが出来るだろう。彼女は巡回する警備を排除し、出来るならばLV3を殺す。殺せなかった場合、どんな手を使ってでも撤退する。LV3はあまり足が速くないらしいから逃げ切れるだろう。そして、代わりに俺が出る。彼女が殺された場合も考えて、19時までに彼女が出てこなかったら俺が侵入することになっている。

 うーん。死にたいとしか思えない作戦だ。

 マジで行くの?

「行くよ。あっさり殺してくるから、そこで待っててね」

 不安だ。しかしノーへジテイト、彼女はカマソッソファミリアのホームへと入って行った。

 さて、と。

「時間が出来たね」

 そうだな。考える時間が出来た。

「……」

 ……。

「やっぱりあいつ、何かおかしくないかい?」

 やっぱあいつ、何か変じゃないか?

 

 俺はもう何となく原因分かったけどね。

「早くないかい?」

 色々ヒントはあった。例えば、魔導書をなぜ盗もうとしたのかって訊いたのに妹の話始めただろ? 彼女はあんな話し方はしない。何か意味があった筈だ。例えば、答えを誤魔すためとか。

「早計じゃないかい?」

 これは俺の経験に基づいた考察だ。神は人の言葉が嘘かどうか見抜けるんだろう? 俺はそれをすり抜ける話し方を探していたんだよ。

「謀反じゃん」

 ほざけ。で、その嘘判定機をすり抜ける方法の一つに、「言葉足らず」っていうのがある。人間は情報が欠落している場合に、そこを想像で埋めて見ることで理解しようとする傾向がある。暗闇に幽霊を幻視したり、影文字が読めたりするのがいい例だ。その習性を利用し、あえて言葉を削って文章の意味を誤認させる手法が「言葉足らず」だ。

 試しに、今から話す内容が噓かどうか見抜いてくれよ。

 (エリナベラは)君が嫌いだ。

「……嘘ではない」

 今のは言外にエリナベラはと頭に付けたから、神様の嘘センサーにはひっからなかったという訳だ。

「うん。君からの好感度が下がってなさそうで安心したよ」

 それはどうかな?

「え」

 ……言葉足らず法は長文を話そうとするとボロが出やすい。どうしても不自然になるからね。しかし、文章の流れを自然にしようとすると短い文の連続になってしまう。その状態が尋問での妹の話に似ているというのが俺の考えだ。

「なるほど。それで、君は彼女の発言の何処が誤魔化されていると思う?」

 妹の部分かな。俺の読みでは、彼女も妹の一人だ。

「その心は」

 これだよ。

 俺は一枚の紙をテーブルに出した。それはエリナベラ・ソルベルに関する情報がびっしりと書かれた報告書だった。

 はは、本気で俺が一人寂しく人生ゲームをしてたと思ってたのか? 実はこっそりギルドに行って情報買って来たんだよ。

「何であの時誤魔化したんだい」

 神様が不機嫌そうにそう言った。

 エリナベラ扉の前におったし。

「うっそだろお前」

 本当なんだなあこれが。そして、一人人生ゲームは二週間前くらいにやってたことだから嘘ではないぜ。

「バカかな?」

 で、見れば分かるけど、ここに書かれてるエリナベラって奴は今さっき出て行ったあの挙動不審野郎ではないんだよね。所属もロキファミリアだし。

「つまり」

 あいつのは偽名だ。

 神様はため息を吐いた。

 そして、多分こっちの書類の人物はあいつの姉。年齢が離れてない上、顔立ちとか似てるし。

「あーはいはい。大体分かったよ。つまり、彼女が自分の事を別の呼称で発言していたってことだろう? そして、それを基に彼女の発言を正すと……。『妹は誘拐された』くらいしかまともな改変は出来ないぞ」

 恐らくそれで合っている。あいつには妹がいて、そいつを連れてこの街にやってきた。姉については、嘘は言ってない。ただ言っていないだけだからな。

 あいつはある日、唐突に誘拐された。妹ではなくエリナベラの方が、だ。妹が家に居なかった件については、どうにかして逃がしたか、既に別の家に住まわせていたのだろう。家が荒らされていたのは十中八九カマソッソの連中の仕業だ。

 そうしてあいつ、エリナベラはカマソッソファミリアに囚われた。そして、自らを解放できる力を魔導書に求めた。

 俺はこれが真相だと考える。

「ただの深読みかもしれないぞ。本当は彼女の言葉通りの内容かもしれない」

 もしあいつの話が言葉のままなら今俺たちの手元に魔導書は無い。その気になればあいつは何時でも盗めた。心の支えになっていた妹の為だぜ? 何が何でも盗み出して、妹を取り戻したら一瞬でここを去るだろうさ。

「しかし、では何故盗まなかった? 自身を強化するパーツとしては至上だ」

 自分が魔法を覚えるより、俺を戦力として投入した方が効果があると思ったからだろう。

「いいねぇその発言。あー痛いねえ。激痛だよ。君は手加減されていたことに気付いているのかい?」

 それくらい分かってる。彼女の刀を振る速度は毎回少しづつ違ったが、その斬撃の速度はそれに比例していなかった。斬撃は射出時に速度を選択できるってことだ。彼女は低速の斬撃をばらまきつつ高速の斬撃を連射すれば絶対に勝てた筈だ。まあ、あの時の俺は頭悪くなってたから分からなかったけど。

「ずっとでは?」

 は? 今凄い頭いいが?

 手加減した理由だってもう分かっている。俺のスキルを計るためだ。

「あ、やっぱりバレていたんだね」

 神様だって使用者でもないのに、俺の魔法を俺より知っているだろう? ならあいつも気付いて当然だ。

「そうかい? そうかも」

 あいつがスキルの事を知ってる理由だけど、俺の動きから推測したんだと思う。戦闘時に毎回速度と力が違うからね。そりゃずっと見てたら分かるよ。後レストランでの飲酒ガバ。

「君が悪い」

 全くもってその通り。

 結論の前に、スキルについて情報を整理しよう。スキルというのは手段であり、拡張機能だ。強化パッチと言っていい。そして、そのパッチを当てる理由が何処かに存在する。それを前提に俺のスキル「万死一生」を考えよう。

 先ずはその作用からだ。「早熟」は成長過程の省略を意味し、経験値の増加を引き起こす。「死に近付く程、然るべき箇所に際限なく補正」は死ぬ確率に応じて確率を変動しない箇所に補正を掛ける。と、思ってたんだがなあ。

「それは選択肢を増やすことを意味するため、どうあがいても死ぬ確率は変動する。つまり、その条件が間違っていたことになる」

 その通り。補正の掛かる箇所の正しい条件は、あいつとのじゃれ合いで理解した。第二プランに適している事だ。

 スキルは状況を見て打開できるプランを設計し、それに適したビルド*1を構築し補正によって俺に適用している。

 加えて、それには傾向がある事がなんとなく分かった。それは「なんとなく」だ。

「はい解散」

 待て待て待て待て。言い方が悪かった。正確にはシチュエーションだ。なんかそんな雰囲気な時になんかそんな雰囲気な補正が入るんだよ。

「よく分かってないじゃないか」

 これが全てなんだよ。つまり、出目は演出次第。劇的なスキルなのさ。

「それらを踏まえて結論を出してください」

 エリナベラは囚われた義妹の救出に見せかけて自分を解放しに、先ほど例の建造物に突撃して行きましたが勝算は多分ない。なぜならそれは、「ピンチに陥ったところで颯爽と駆けつける俺」という激烈感動的ドラマチック情景によってスキルのメガ盛り補正を引き出し、全てを暴力で解決する為である。

 しかしよく考えれば19時になったら突入しろと言われてるので普通に死ぬ気ですね。

 ??? 

 あれ、あいつおかしくね?

「戻って来たね。最悪だ」

 

 あ、思い出した。魔導書だ。あの数を神様はどうやって手に入れたんだ? 

「貰ったんだよ。プレゼントだってね」

 へえ、じゃあやっぱり盗品だな。

「どうしてそう思うんだい」

 神様は俺と初めて会ったとき金欠だった。あの量あるんだ。一つや二つ売ったって良かったはずなのに金に困っていたんだ。おかしいだろ? 

「否、私がこれから入ってくるメンバーの為に取っておいたのかもしれないだろう?」

 募集出してない時点で説得力無いから。

 で、誰に貰ったんだ?

「私の信者だよ」

 ああ、すっかり忘れていた。彼女は神なんだ。

 信者。魔導書をかき集めたそいつは、その中でも狂信者に当たるのであろう。ああ、そうか。考えてみれば当然だ。信仰対象が同じ街にいるんだ。そうなってもおかしくない。

 信者の人が誰か知っているか?

「知らないね。直ぐにどっか行ったし」

 待てよ。あの量の魔導書だ。何処か一か所ではなくそこら中からかき集めた筈だ。必ず足が付く。ならばその信者は既に特定されていて――。

 あ。

「なるほど。私たちは有名人という訳か」

 有名税は高くつきそうだ。

 さて、じゃあ。うん、どうしようか。

「まあ、そうだね」

 とりま待機だね。

 

 通りがかった店員に水のお代わりを頼む。店員は物凄く嫌そうな顔をして、ピッチャーから冷水を注いだ。そりゃあね。これとコーヒーだけで居座ってるからね。

「そろそろじゃないかい?」

 時計を見る。二本の針は18時15分を指している。確かに、そろそろ出た方がいいな。

 俺は留め金を外し、鶴嘴を装備した。神様はここで待っていてくれ。ヤバいと思ったら逃げていい。

「重々承知している」

 行ってきます。

 そう言って席を立とうとした俺の袖を神様が掴んだ。

「ああ、聞き忘れていた。何故ファミリアを壊滅させようなんて思ったんだい」

 俺はため息を吐いた。

 今更だな。エリナベラを助ける為だろ。

「ふうん。ふざけた理由だね。でもマシだ」

 神様は袖から手を離した。もういいのか? じゃあ、行くから。

 俺は代金を置いて店を出た。そして、目の前に見えるホテルへ歩き出した。その外装や建築様式はその実情を知っているがために白々しく見え、周囲には瘴気が満ちているように感じる。

 俺は舗装された石畳を踏みしめ、その開かれた門を潜った。手の内で鶴嘴を回す。気合入れろ。ここからだぜ。俺は舌打ちをして、正面玄関を蹴り開けた。

 お邪魔しまーす。そう言ってエントランスを見渡せば、隅の方に人間ジェンガが積みあがっているのが見えた。七人くらいか。エリナベラがやってくれたのかな。近付いてみると、全員気絶しているだけらしい。あれ、殺さないんだ。じゃあこっちで処分しなきゃね。

 腹の部分が一直線になるように位置を調整して、と。俺は鶴嘴を振り上げた。さて、何処まで貫通できるか選手権だ。俺の予想は五人くらい。さーて結果は?

 飛び上がって振り下ろす。三日月が弧を描いて突き刺さる。骨を砕く感覚。先ずは一人。その先端は勢いを失わず、次々貫いていく。二人三人四人。ここで五人目か。しかし、まだいけそうだ。六人目。一人目の腹が耐えきれずに裂けて、体が上下に別れた。これでもっと深くまで刺せる。肉を抉る感覚と共に七人目。最後まで行ったか。いいね。俺は死体の服で鶴嘴を拭った。

 そう言えば情報収集もしないと。まだ血があまり出ていない一番下の死体を掘り起こして服を探る。何もない。一応他の死体も漁ってみるが、やはり何も持っていない。無駄だったか。このエントランスを見る限りそう広くはないが、それでも地図は欲しい。何処かに貼ってあると良いのだが。もう一度見渡すが、それらしいものは何もない。仕方ない。一つずつ潰すか。

 誰かいるかなーと休憩室の扉を開け放つ。部屋の中央にテーブルと椅子、壁沿いにロッカーが並ぶだけで誰もいなかった。いいね。ロッカー。薄暗い室内をロウソクの火が照らす。ロッカーに近付いて片っ端から開け放とうとするが、殆どは鍵がかかっているらしく開かない。もうダメかと思った時、運良く一つだけ鍵のかかっていないロッカーを発見した。中にはくしゃくしゃになった書類群とその上に一冊の本。ロッカーに鍵を掛けないタイプの人間らしい中身だった。

 俺はところどころページの角が折れているその本を手に取った。瞼の砂嵐が揺れる。ぺらぺらとページを読み飛ばせば、どうやらそれは教典に位置するものであることが分かった。尚、内容は最悪だ。古めかしい語調で、たとえ話や同じ文章構成の繰り返しによって展開される教えに、献金、罪の境界線とそれに対する罰、正しい生き方がこの順で示されている。足るまで捧げよ、人を糧に生きよ、みたいな。教義は意味のない全体主義と言った感じで、その中で献金だけが浮いている。後付け設定だからだろう。胡散臭いの一言に尽きる。新興宗教みたいだ、というかそうなのだろう。地球と違って、実際に神が居るのだから説得力もとい洗脳力は段違い。いや、そうでもないな。神が何柱も存在することは周知の事実。ならどうやって信仰を集めたんだ? 閉鎖的なコミュニティにして思考の幅を狭めているのは分かるが、それだけでは足りない。何か裏があった筈だ。一応頭の片隅に置いておくか。

 俺は机に本を投げ出して、紙資料の方に取り掛かった。こういうのは一番上が一番新しい書類なんだ。配られたそばから突っ込むからそういうことになる。最上部の皴だらけの紙を開けば、ビンゴ。今日の予定表の登場だ。見れば、主なイベントは会議と食事会だが、他の資料から察するにこの食事会、一か月に一回のペースで定期的に開かれているらしい。しかも、毎回開催場所はこのホームだ。料理に力を入れているタイプのファミリアだとは思えない。何故そこまで頻繁に食事会をするのだろうか。そして、何故毎回ホームなのだろうか。宴会が開けるレストランは少なくないのに。さっぱりだ。

 一応他のロッカーも開けて見ようか。しかしこじ開ければ大きな音が鳴るかもしれない。まあ、来たら殺せばいいか。俺は冒険者としての力を少し出して、全てのロッカーの扉を引き千切る。開錠完了。しかし中身は似たり寄ったりで、全てに例の教典が入っているくらいしか言う事が無い。

 さて、こんなものか。俺は紙資料をロッカーに詰め直す。その時、その内の一つが目に入った。重要という文字が見えたので、その紙を引っ張り出す。こんな書類あったか? まあさっき見逃したんだろう。えーと。エリナベラ・ソルベルの処分について――。

 

 この階はこれ以上何もなさそうなので、一つ上に上がる。頭が痛い。果たして階段の先にあったのは、薄暗い廊下に立ち並ぶ無数のドアだった。ドアには番号札が張り付けてあり、客室であろうことがうかがえる。ちらちらと揺れるロウソクの火が、所々剥がれた壁紙を照らしている。薄く埃の積もったカーペットにはロウが垂れていた。ここじゃない。俺は最上階である四階に上がるが、ここもまた客室。となれば残るは地下のみ。俺は階段を下り始めた。

 たどり着いたのは両開きの扉が二、三枚ある廊下の様な空間。ドアの横には「宴会場」という文字が飾られていた。絶対ここだ。俺はこっそりと中を覗いた。

 時間は大体六時半。壇の上にエリナベラが居た。見ていると、彼女は血塗れの布を取り払って「白魚」の刀身を露わにした。壇の下を見れば、五十人余りの人間が四、五人のグループでテーブルを囲っている。その中に、一人の男を見た。その瞬間確信する。あいつだ。LV3の男。一見ただのおっさんだが雰囲気で分かる。ん、変だな。何が? 傷が無い。それどころか服に皴一つない。エリナベラと争ったならば何か痕跡が残るはず。まさか裏切ったのか? そんなことを考えていると、舞台でエリナベラが動いた。

 エリナベラはゆっくりと正眼の構えを取った。そして振り上げ、振り下ろす。太刀筋にブレは無く美しい。彼女は刀身を返して切り上げた。そしてくるりと回って左から右に振り抜く。何だ? 素振りの鑑賞会か? 

 落ち着け。彼女は何をしているんだ? 何処かに手掛かりはある。先ず不自然なのは立ち位置だ。彼女は舞台の右側から動いていない。舞台全体を使わないという事は見世物ではないのか? 舞じゃない可能性が出て来た。次、太刀の振り方が変だ。素振りじゃなくて本当に何かを斬っている感じ。なんかどこかで見た感じだ。やっぱり舞じゃない。じゃあなんだよ。絶対に今までの事柄から推測できるんだ。そういう事なんだ。思い出せ。

 悩んでいる内に彼女は動きを止めた。終わりかと思ったが、拍手が無い。まだ何かあるらしい。彼女は中央を避けて左側にゆっくりと回り込み――。

 あ。あー。なるほど。なるほどね。

 確かに言っていた。『ショーに出演』『食い物にされる』。これ解体ショーかぁ! さっきのは超低速斬撃を飛ばしていた訳だ。そして先回り、セルフ解体する予定ってことね。

 やっべえじゃん。

 咄嗟に、俺はドアを蹴り開けて鶴嘴を投げた。鶴嘴は風を切って飛翔し、舞台の見えない斬撃を幾つか消費して後ろの幕に突き刺さる。エリナベラはビクッとして立ち止まった。

 LV3ぽいおっさんが立ち上がった。続々とカマソッソの仲間たちが椅子を蹴り飛ばして立ち上がる。なんでキレてんだ?

「誰だ? まあいいや。やっちゃって」

 その一声で何処からともなく武器を取り出す面々。考えなしに唯一の武器を投げてしまった俺は、慌てて舞台に上がり鶴嘴を回収した。ついでにエリザベラにここから出るように伝える。

 外に神様いるからあいつ背負って逃げてくれ。俺は大丈夫だ。

 エリナベラは少し躊躇った後走り出した。俺は鶴嘴を振り回して、その進路上に飛び交う皿やらフォークやら投げナイフやらを撃ち落とす。うん。練度は高くない。俺だけでも相手できそうだ。

 そうして彼女が階段に消えたことを確認し、俺は奴らに向き直った。

「うーん。何で邪魔するのかな。もしかして報告にあった……誰だっけ。まあいっか。適当に捕まえて」

 むさくるしい男どもが武器を構えてこちらへ突っ込んでくる。俺は鶴嘴を正眼に構えた。

「そうだ。君、よく考えずに殺すのやめた方が良いと思うよ。ここには、えーと、そう。被害者の人もいるからね。区別、つかないでしょ」

 それと同時に鎖の音が脳裏に響き、補正が変動した。天秤の傾きから見て、死亡確率は6割と言ったところか。まあ行けるな。眼前まで迫った剣を軽く避けて、お返しに鶴嘴をお見舞いする。先端はあっさりと頭を貫通して脳漿をぶちまけた。死体を蹴って鶴嘴を抜き、牽制の為こびりついた血を振って飛ばす。そうして僅かに出来た時間で足に力を溜め、目の前の人の群に飛び込んで鶴嘴を薙いだ。先端で幾つかの首を引き千切って空間を確保。勢いのままに一回転し、足元を薙ぎ払う。追撃に走ろうとしたところ、天秤が歌舞き、砂嵐が空を象る。反射的に背中に鶴嘴を回し、剣戟を防いだ。振り返る勢いのままに鶴嘴を振って伏兵の喉を貫き、直ぐ正面に向き直る。今の俺はアタマがいい。だからやるべきことが分かる。あのLV3をさっさと殺すことがキーだ。その為にも雑魚の数は減らすのが優先事項。近付いてきた一人の心臓をサクッと刺して殺した。

 次はお前だ。LV3。

*1
ステイタスの構成。所謂「型」




 2020年の自殺者は10月がピークだった。今までは三月だったのに。

 モチベーション等の理由より、感想や評価を募集しています。

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