ダンジョンに潜る上で名前は必要ない(旧)   作:イクラ系鮭

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 段々と文字数が増えて行く。


第十五話

「あれ、聞こえてなかったかな? 君側の人もいるんだけどな」

 でも区別つかないんだろ? じゃあ、全員殺すしかない。

「……君、こっちに来る気はないかい? 金は弾むよ?」

 誰が行くかよ、クソが。新興宗教の食人パーティーなんて虫唾が走るぜ。

 俺の足元には既に十数人分の死体が転がっていた。さっさとコイツ殺して終わりにしたいが、そう簡単には行かないだろう。

「そんなに顰蹙を買うような事はしていない筈なんだけどねえ。何が不満なんだい?」

 エリナベラの処分とか言うクソチラシ。

「あー。混乱させちゃったかな。あれは実妹の方だよ。ダメって言ったのにね。姉に憧れてたのか知らないけど、隠れてこそこそ木刀振って。お蔭で、肉が硬くなるからって食べ頃でもないのに解体することになっちゃったよ。姉の方も若干捌きにくそうだったし」

 こいつは死んだ方が良い。

 目の前まで走って行ってその頭に鶴嘴を振り下ろす。だが、その皮膚に触れる瞬間、天秤が大きく傾く。今更止められる筈もなく、その先端はおっさんの頭部に直撃した。

 硬い。異変を感じて鶴嘴から手を放した瞬間、衝撃と共に勢いよく弾かれた鶴嘴が床に突き刺さる。その軌道は振った時と真逆を描いていた。なるほどね。俺は手首を回して調子を確認した。少し痛いかもしれない。

「彼女から聞いてなかったかな。僕のスキル」

 聞いてないけど分かる。反射とかそのあたりだろう。

「正解。ほら、もう勝てないって分かったでしょ?」

 物理攻撃しか持ち合わせない彼女なら、全力を以てして勝てなかったのも頷ける。魔導書を求めたのはこれを攻略する為か。

「あれ。何処まで話したっけ。ああそうそう。解体も、『使っていた木刀で殴り殺す』とか『姉の方と全力の決闘をさせて負けた方を殺す』とか色々面白い案があったのに、結局生きたまま下ろしただけだったんだよね」

 足元の皿を投げてみる。皿は確かにおっさんに当たったが、反射されて俺が投げた地点に着弾した。分かってはいたが、実に厄介だ。

「で、食べたんだけどねえ。やっぱり硬かったよ。一口食べて不味いって食べるの辞める人も多くて半分くらい廃棄になっちゃってさ。ただでさえ可食部少ないのに。そうだ。どうせなら、殺す前に味見しとけばよかったな。姉の方に似て締りは良かったかもしれない」

 は? こいつ今なんて言った?

 思考が沸騰する。

 近くにいた奴を殺し、剣を奪って投げる。剣はおっさんではなく天井に当たって突き刺さった。

「子供は柔らかい以外取り柄が無いのに硬いとか。量も少ないし。ホント良いとこ無しだね。生きてても死んでても役立たずで」

 死ね。

 俺は鶴嘴を回収して上に投げた。鶴嘴は回転して天井に刺さり、その振動で抜けた剣がおっさんの頭に落下する。おっさんは剣を見もせずに反射した。自動反射か、超人的な感知能力か。何れにしろ面倒だ。

「もういいかな。こっちに来る様子は無さそうだし」

 天秤が揺れる。砂嵐が歪む。咄嗟にしゃがむと、頭上を剣が通過した。けたたましい鎖の音と共に補正が変動する。死亡確率は、八割。

 ちょっと拙いか?

 自重で天井から落ちてきた鶴嘴をキャッチし、目を狙って振る。おっさんは手で払う事で容易く反射したので、その勢いを利用して後ろへ下がろうとするが腹部に拳が突き刺さる。速い。見えなかった。酸い味と共に再び補正が変動する。目が冴え、背筋が寒くなった。知性の強化だ。砂嵐がズレて、一つアイディアが浮かぶ。それに従い、俺は鶴嘴を盾に相手が動くのを待った。目を凝らす。おっさんの姿がブレたのを視認するや否や、横にスライドしつつ踏み込み、先ほどまで鶴嘴の柄があった場所に獲物を振る。予想通り、先端は高速で詰めて来たおっさんの腹に反射された。先ほど攻撃された箇所に響いてじくりと痛む。

「おっと危ない。早々に気付いたのか。流石姉の方の弟子だね」

 分かるさ。そのくらい。

 皿を投げた時、反射時に皿は割れておらず、床に当たってようやく割れていた。つまり、反射する瞬間は反射物が壊れない。では、何故拳が当たった時俺はダメージを受けたのか。反射を解いたからだ。攻撃の瞬間は無防備になるっていうお決まりの奴だ。

 後、スキルはあくまで拡張機能であって使えるリソースは変わらないから、何かを犠牲に容量を確保している筈。しかし、その犠牲にしているものが何か分からない。分からないなら見つけるまでだ。

 鶴嘴を床に叩きつけてフローリングを砕き、浮かび上がった木片を撃ち出すと同時に距離を詰めて足払いを仕掛ける。おっさんは当然それら全てを反射する。目が動いていない。反射に個別の認識は不要。反射は回数制ではない。俺は右足を軸に回転し、反射時の勢いを次の攻撃へと繋げた。それも反射されるが、流れるように次へ、次へ、次へと繋げる。反射の角度が水平なら幾らでも続けられるが、途中で見切られて鶴嘴を弾かれた。俺は敢えて脱力し、その勢いに乗じて後退した。

「そのよく分からないのは姉の方もやっていたね」

 手垢のついた方法だったらしい。でも、収穫はあったぜ。俺はおっさんの腰から盗った剣を鶴嘴で砕いた。さて、これであいつは無手。

 周囲の団員が武器を構えて一斉に攻撃を始める。巻き添えになる危険性が無くなったからって勢い付いたらしい。適当に攻撃を弾きながらもおっさんを見つめ、動きを観察した。まだ大丈夫そうだ。腕の無い左に隙を作って攻撃を誘発し、そこに振り下ろされた武器同士を干渉させて撹乱した。そうして動きが止まったところを貫こうとするが、直ぐに団員達は下がり、殺せたのは一人だけ。

 駄目だ。多対一は余りに不利だ。俺の武器が鶴嘴じゃなければもっとやれたかもしれないのに。ああ、やっぱり刀を最初に買うべきだったか。 

 思考を止めるな。先程の発言から、やはり通じていないことが伺える。考えろ。完全無敵のスキルは無い。今、十秒ほどの連撃は全て反射された。エリナベラが勝てなかったことから時間制限は無いと推測できる。では欠点は何処か。全身を反射で覆っている訳ではなく、反射できない箇所がある可能性。元ネタがアキレウスならばあり得る。だがそれだけならエリナベラが負ける筈ない。踵を試すか。でもその前に。

 鶴嘴の柄を咥え、傍の椅子を掴んで投げつけた。追撃の為、手に鶴嘴を落として構えるが、おっさんは横に跳んで椅子を避け、そのまま俺から見て右へ移動する。ここに来て避けた? 鶴嘴が反射出来たから構造の複雑さは条件じゃない。何故?

 俺がだらだらと考えていると、おっさんはしゃがむような構えを取って半拍後に飛び出した。俺はそのライン、筋肉の硬直から瞬時に右のストレートと予測し回避動作に移行する。が、直後、死角になった左半身に衝撃が走る。俺が投げた椅子だった。壁に反射能力を付与したのか。条件は皮膚への接触。服での反射はこれによるもの。スキルの仕様は大体分かった。だが、一つ引っかかる。何故決定的性質を今見せた?

 あ、拙い。気が逸れた。回避しなければ。いや、遅すぎる。近すぎる。周囲の人間が蠢く。早く。防御だ。

 眼前まで迫った拳を右腕でガードする。嫌な音と共に骨が折れた。燃えるような痛みで意識が濁る。鶴嘴を落としてしまった。やばい。続く二撃目が鳩尾に突き刺さった。胃液を吐き出す。呼吸ができない。揺れる視界は一面床を映す。よろめく俺は蹴り飛ばされ、椅子やテーブルを巻き込んで倒れる。木のささくれが腕に食い込んだ。

 鎖の音と天秤の傾き。九割を超えた死亡確率を前に、頼みの綱の補正変動が発動した。

 頭から熱が引く、目の前の全てが遠のいて見える。手足が重い。俺は流れ出した補正の矛先に察しがついた。

 やめろ。それは悪手だ。止まれ。

 思考を巡らせるが、スキルがその適応を止めることはない。無慈悲にも下された決断は、耐久極振り。詰まるところ、「反撃は諦めて耐えろ」という敗北宣言だった。

 腕に、脚に、腹に、顔に拳が振り下ろされる。回避を図ろうとするが、おっさんに三肢を抑えられる。反射スキルの所為で抜け出せない。下卑た笑い声。痛い。体のあちこちが赤く腫れ上がり、じくじくと痛む。左腕の断面にナイフが刺さった。それを皮切りに次々と刃物が身体を貫く。それらは筋肉を掻き分けて血管を断つが、何れも致命傷にはならず苦痛だけを残す。服が裂ける。

 死ぬ。スキルに蘇生機能は無い。死ねば終わる。神様やエリナベラが何をされるか分かった物じゃない。死んでたまるか。死んで――。

 頭に重い打撃を受けて、俺の意識は沈んだ。閉じた瞼に見えた天秤の片側には、赤黒い何かが置かれていた。

 

 俺は神経の網に触れた。

 レンガのタイル。誰もいない大通りに輝く黄金の水溜り。晴天、テラスに咲くパラソル。その下で、黒い制服に身を包んだ一組の男女が紅茶を飲んでいた。その片方、男の方には見覚えがあった。というか、僕だっ――。

 思考の端の極小のそれを潰すと同時に不快な音声と映像が裂けて、白い空間に巨大な掲示板と膨大な数のメモが立ち上がった。記憶空間だ。

 クソ広告が。俺は吐き捨てた。掃き溜めみたいな気分だ。あれは要するにダミーだ。俺にここが記憶空間であることが気付かれないように、何者かによって妨害されていたという訳だ。

 何時までここに居られるか分からない。現実ではどれだけ経っているのだろう。さっさと見つけなければ。

 思い出す。

 その動作によって目紛しくコルクボードが移動を始める。そこに記されるタイトルは心理学、数学、世界史、民俗学、架空の物質、神話。しかし、その何処にも求める記憶はない。どこにもない? そんな筈はない。それに関連する記憶はあるのに、それ本体がないとは考えられない。絶対にどこかにある。

 ギルドの書庫に潜入して色々調べたが、結局LV3への対策は見つからなかった。だからこの状況は想定内で、打破する鍵は俺の中にあると確信している。それ以外考えられない。毒も、武器も碌に効かないなら、解決策は外から持ち込む他ないのだ。

 たった二文字を心に浮かべ、その捜索を継続する。しかし、どれだけ探しても一向に見つからない。神話とオカルトの項目が交互に現れるだけだ。しばらく操作を続けた俺は、一つの真実に到達する。隠されている。それがチートに当たるから。だとしたら見つけることは困難を極める。そして、このまま現実に戻ることになる。最悪の光景が思考を過った。

 まだだ、まだ諦めるべきではない。出来る事はある。

 世界観を切り替えて意識の奥に接続する。瞼の砂嵐が揺れる。空間に隙間はない掲示板は素早く移動する。その中にあの文字はない。瞼の砂嵐が揺れる。幸運にもその断片が宙を舞うのが見える。見つけた。瞼の砂嵐が揺れる。あの時見た僕の空白の掲示板が目の前に立ち上がった。

 くらくらする。本当はこんなに連発する物じゃないんだろう。気にしちゃいけない。見つかれば構わないんだ。

 手を伸ばし、コルクボードに触れる。そこには何もない。画鋲の開けた穴と、所々にへばりついた紙片だけ。けれどそこにある。

 目を閉じた。交渉は苦手だ。しかし止むを得ない。俺は後ろに下がってコルクボードの全体像を認めた。

 声なんてここでは意味のないものだ。思惟という抽象的なものから言葉という具体的なものへ変換する事が重要だ。

 息を吸う。そして、封じられていた思考も少し解放して上の者に語りかけた。

 この記録は俺のものだ。

 視界にノイズが走る。届いたらしい。

 俺は続けて言った。

 どうやってもその事実は覆らない。俺と僕が違うように。

 僕の記憶を消すのはまだ分かる。だが、俺の記憶まで消す必要はあったか? そういうことではないはずだ。それは俺の経験だ。僕のじゃない。全て俺が行ってきたものだ。今更全て戻せなんて言わない。だから、あれだけは返してくれ。君は一度持ち込みを許可しただろう?

 葛藤するように瞼の砂嵐が揺れた。スキルの補正は発動している。つまり失敗はない。

 その通り。

 目を開く。僕がボードに寄りかかっていた。

 さあ、受け取ると良い。

 そう言って、僕は手を差し出した。俺はしばらくそれを見て、笑った。

 はは、偽物が。鍵括弧を取ったくらいで成り済ませると思うなよ。

 俺は僕を押し退けてボードに再び触れた。

 僕はニヤリと笑った。

 指の接触面からボードがゆっくりと崩れ、俺はその奥に触れた。少しの抵抗と共にボードは再生を開始する。

 時間が巻き戻るように彼方から数十枚の紙が飛来し、画鋲によってコルクボードに磔にされた。記憶の束だ。俺はそれを掴んで引き剥がした。これで何とかなりそうだ。

 それを読み、掌握した瞬間、炎のエフェクトを噴き出して記憶の紙が消滅する。冷たい流れの海底とその詠唱のイメージが鮮明に湧き出す。嗚呼、解る。否、憶えている。脳から正気を引き出される感覚。人が喉を、胸を掻きむしって死ぬ様。

 これであいつらを殺せる。造作もない。俺はそう言って頭の壁際にあるスイッチに手を添えた。出口はこれであってるか?

 無理でしょ。 

 僕の声が言う。知っている声だ。何時か聞いた事がある。

 そうさ。あの時は動揺していただけだ。

 また手も足も出ないんじゃないか? 

 そうはさせない。

 数の暴力は恐ろしい。きっとまた直ぐに取り押さえられる。手も足も動かせなくて、痛みを誤魔化すことも出来ずに嬲られるだろう。

 バカが。体が動けば問題ない。そして、先ので学習したのは俺だけではない。

 どうせ無駄だ。

 お前の言葉に価値はない。俺は俺の好きなようにやるさ。 

 なら、精々足掻けよ。

 俺は振り向いてそれを見た。

 当然。

 

 ――不穏な魔法、シャクショウヨモギは生成魔法だ。血と魔力を練り上げて、想像から実体を生成する。しかし、それだけではただの変質、錬金術に過ぎない。では、「無から有を生み出す」という俺の要求はどうなったのか。結論から言えば、半分は叶えられた。無から有を生み出すのは非常にハイレベルな行為だ。それこそ神の奇跡の様な。そう、これは奇跡をスケールダウンした魔法だ。創世記における生命の創造及びイヴの創造の模倣である。俺のは0から1を創造するのではなく、1を2に増やすというものだが。

 この場合精神の消費は肋骨に当たるのだろう。それによって、生成した物体に新たに何かを付与する。通常、それは命の息であり魂であった。――

 

 目を覚ますと、俺は裸に剥かれていて、下半身裸の男が覆いかぶさろうとしているところだった。クソ共が。頭の中で線香花火が弾けた。殺す。激しい鎖の音と共に補正がかかる。足を抑えていた連中を跳ね飛ばし、右肘を支点にその男の局部を蹴り潰した。カエルのような汚い声をあげて、それは倒れ込む。トドメとばかりに頭を潰せば、頭蓋骨の割れ目から薄灰色の脳が汚らしく飛び散った。

 補正が変動する。自然治癒。右腕を振ると、血が飛び散ると共に骨が整列しすぐさま治癒した。指を動かす。痛みはないし、きちんと動く。

 雲は、見えないか。仕方ない。俺は自らの思考を抑圧し、答えにたどり着けないようパラドックスを綴りあわせた。ヨシ。処置完了。

 一息ついてあたりを見渡すと、ほとんどの人間は既に武器を持っていた。だが警戒しているのか、不明瞭な言葉を大声で叫ぶだけで直ぐには飛びかかってこない。ならばこちらからだ。

  の呪文。何故それを知っているのかも、何故俺は僅かな達成感を覚えているのかも分からない。ただ、この呪文は奴の天敵足り得ることを直感していた。

 精神が口から零れ落ちた。

 

xxxxxxx xxxxx xxxxxxx

 

op■o■ed ro■l

 ■o■×5 => a̱̱͚̯̜̬̮͙̘̞̖̩̓̿̾͌̀̌̋̌̓͗̓͂͊̂̚̚■̖̜̮̫̦̪͍̝͖͓̟͖͎̆̌̓̇͊̽͐̾̓͛̀̄̓̈́̓̚ẗ̟͇̗̣̩͉̳̖̰̘̎̋̐̄̀̀̌͌̐̓̀̀ö̙̠̬͎͖̥̦͚́̊̋̅̊͋̊̆̽͋͊͛͋̈̒̎m͈̤̣͍̠̰̥͕̩͇̙̪̰̭̤̬̐̅̎̔͊̔̈́̍̍̾■̪͓͍͕̪͕̙͉̥͔̣͉̗̏́̈͒̍͗̔͑ͅt͍̥͍̩̬͖̬̝͐̑̉̋̂̾͆̀͛̃̓͛͆̀̚̚i̳̟͇͈̘͓͎̝̿̇̂̃͆̾̎̋͂̋͂̍■̝͉̜̫̫̞̗̩́̂͛̋̀́̆͗̈́̈́ f̞̙͕͍̜̣͈̮̌͋͋̒͆͒̽̾̓̉͂■̦̞̟̣͙͕̦̭̲̮̔̓̓̅͛̋̌́́̊͌̅̎i͖̥̭̭̣̞̫͎̥̲̝̩̠̅͌͌͑̅͐͛̇͆́̄̒̍̃ͅ■̣̗͕͍͙̜̭̥͔̲͈͊͗͒̂̓͐̆̉ͅͅ■̞̲̗̠̠͍̗͙̟̰͓͔̟͖͍͖̆̔̑̀̒̑̒͛͐̊̐̈́̐͐͌̒r̖͙̟̙̳͔͚̠͍̫̩̞̟̥͎̓͂͂̍͋͌̑̉e̠̥͉͇̳̲̙̗̭͙͚͙̤̪͆̇̋͊̆͆̉̓̇̃̓͗

 

 常軌を逸したアイデア。唱えた瞬間から見えていた幻覚がカレイドスコープのように回り始めた。

 一瞬の後、気泡が立つ。濃密な磯の臭いが部屋に広がり、何人かが口を噤む。一人がふらついて喉を押さえた。それが臭いの発生源だった。右手で胸を掻きむしり、左手は宙を彷徨った果てに同胞を掴んだ。掴まれた腕に爪が食い込み、血が滲む。苦痛にのたうち回り、何かを吐いた。群衆に空白ができる。吐き出されたのは黒い海だった。動揺が走る。その隙に俺はそれに近付き、下半身を踏みつぶした。

 鎖の音。補正で切っていた痛みが左腕を襲う。無いはずなのに、まるで今も腕がそこに在るかのように疼いて痛む。幻肢痛だ。

 俺は知っている。ショウシャクヨモギが発動するのは手の中だ。そう認識する箇所だ。だから、この痛みが必要だった。俺は見えない腕を気絶している人間の喉元に突き入れた。こういう風にも使えるんだぜ。神様。

 

 暗赤色の結晶よ。

 

 口慣れた呪文だ。仮想の手の内で種が芽吹く。痛みに気絶したそれの頚椎が隆起して、枝分かれするように肉柱が生える。ぬらぬらとした赤黒いそれはメリメリと皮膚を破り、すくすくと伸びて約40cmの塔と成り果てた。その何かは頂上部に生え揃った歯をカチカチと鳴らし、時々落ちそうになった犬歯を舌で歯茎に押し戻している。

 気付けば辺りは静まり返っていた。異様な光景だった。誰も近付かない。近付けない。たった今生誕した新たな生物を遠巻きに眺めるのみである。

 愚かにも、一人が剣を手に駆け出した。

 俺に向かって直進し、そのリーチに入るや否や全力で横に振った。俺はゆっくりと二歩下がってそれを避ける。それでも彼はもう一度剣を振ろうとするので、その刃を掴んで握り潰した。確証は無かったけど、案外やれば出来るものだ。彼の思考が停止して一瞬固まった。その隙を逃さず、俺は彼の両脚を蹴り砕く。何か叫んでいるが気にしない。

 さあ、ここからだ。全員を殺すには、あの呪文も俺も余りに単体向けだ。だから、その解決策足り得る眷属を作った。単体攻撃を全体攻撃にする特性の種族。今回のテーマは感染だ。

 

 ――神様が言っていた『他の魔法とは違う』とはどういう意味なのか。ヒントは続く言葉にあった。『私の知らない定理』。魔法に詳しい神様が知らないとなると、よほどマイナーか、もしくは存在しない法則という事になる。俺は考えた。違う世界の法則ならば、神様も知る由は無い。

 文字通り、俺の魔法は世界観が違う。だから、これは魔法ではない。魔法という設けられた枠に押し込まれているだけに過ぎない。それはきっと、魔術と呼ばれるものだ。

 

 この世界の魔法は個人の物だ。では魔術は?

 

 肉柱が掠れた声で、聴きなれた呪文を呟いた。

un隻shockノ血漿4(暗赤色の結晶よ)

 愚かなる者の叫び声が止まり、その喉仏が肥大化して肉の塔が建つ。それらは新たな感染者を求めて口を開いた。

「「xxxxxxx xxxxx xxxxxxx」」

 噎せ返る様な海底の臭気が拡散した。

 

 思うに、ショウシャクヨモギは人間が使う事を想定されていない。頻繁に使えば貧弱な人間は簡単に失血死してしまうし、無意識に認識の集中する箇所である手に発動基点を限定してしまうからである。では、人に寄生する外殻が曖昧で無知なる生物に使わせればどうなるのか。答えはこの惨状だ。

 人間、突然肺に水が沸いたらパニックになる。そして、慌てて息を吸ったら終わりだ。酸欠で気絶して呪文で幼体が芽生え、即座に成熟して弦楽器めいた不安定な声で呪文を詠唱する。そうしてまた新たに溺れる者が現れ……と言う疑似的なループを作り出していた。

 残るは七人。俺はおっさんの相手をしていた。

「クソ、その気持ち悪いのをへし折るんだ! それが――」

 口調が崩れてるぜ? おっさん。

 おっさんの近くにいた一人が酸欠で倒れ、口から塩水と共に肉柱が生える。おっさんはそれを即座に叩き折ったが、後ろから迫っていた深淵の呪文が彼を蝕む。肺に海水が溜まり、呼吸が困難になるが、それでも彼は眷属の破壊を続けた。それならこっちにも手がある。次の移動先を予測し、振り下ろされる拳に合わせて鶴嘴を振った。体重を乗せた一撃は容易くその右手を消し飛ばした。やっぱり、耐久を犠牲に容量を確保してたな。

 おっさんの顔が醜く歪む。声が出せないだろう。いい気味だぜ。確かに速いが、読んでしまえばたわいない。しかし、何か変だ。溺れるのが遅すぎる。耐異常のアビリティの所為か。

 おっさんは左の拳で眷属を殴って折った。次の標的を先読みしてつるはしを振るが、振り下ろされる左手はそれを反射する。再展開したか。呼吸を読まれていたらしい。互いに互いの戦闘体系を把握し始めている。このままだと理論値が高いおっさんに軍配が上がる。と言いたいところだが、こっちには眷属がいる。タイムアウトを狙えるのだ。

 再び拳を振り落ろすおっさん。 しかしその対象は眷属ではなく、溺れている最中の団員だった。繁殖先を潰したのか。まあ、それならまだいい。邪魔しようにも反射されるだろうし、今の内に能力の隙を探るか。俺は今までの情報を整理して考えた。そして、結論に至った。

 うん。誰かが作ったスキルだなコレ。反射ではなく反転なのは、反射判定の明示と角度の検出が面倒になったからで、反射対象が無敵になるのは反射を綺麗に見せる為だ。自壊するとこれじゃない感が出るからな。で、作られたスキルと仮定すると、その隙はバグか仕様の抜け道のようなものと考えられる。

 ここで、何かに気付いたおっさんが剣を拾った。あ、投げ物が有効なことに気付かれたか。下がって眷属の防衛を試みるが、おっさんはそれを投げず、徐に自分の胸を刺した。ああ、そっちね。剣を引き抜くと同時にその傷口から血と海水が流れ出す。肺に穴を空けたらしい。そう言えばその方法もあったな。気付くのに遅れた。補正が力と敏捷に流れた所為で頭が働いていない。うっかり反射解いてないかなと即座に距離を詰め、鶴嘴を振り下ろす。おっさんは残った左手でそれを弾いて、剣を投げた。結果は見ずとも分かる。眷属が一体壊された。このまま近くにいても攻撃を受けるだけなので距離を取る。おっさんはポーションで傷をふさいだ。何で反射持ちなのにポーション持ち歩いてんだよ。

 眷属は宿主の魔力と精神を消費して魔術を行使している。耐異常が魔術だけでなく酸素欠乏症にも作用すると仮定すると、あいつが溺れるまで宿主の魔力は持たないだろう。

 傍にいた眷属が詠唱を止めて口を閉じた。一向におっさんが死なない所為で萎え落ちしたらしい。俺は眷属をぺしぺしと叩く。おーい起きろー。眷属はへし折れた。

 俺は鶴嘴を構えた。呪文は十分役に立ったが、ここまでだ。ここからは読み合いの世界。何時反射を解くか見極めて確実にダメージを通す必要がある。正直不利だが、何とかなるだろう。

「何とかなりそうにないなあ」

 何処からかそんな声が聞こえた。舞台を見れば、神様が椅子に座ってこちらを眺めていた。

「お困りのようだね」

 お困りだけど。え、神様? 何で居るの?

「気遣いは結構。……もしかして本当に好感度が低いのか?」

 面倒臭えなあ。大好きだから早く逃げろ。

「拒否する。だって君負けそうだし」

 俺が負けるより先にお前が死にそうなんだよ。

「心配御無用」

 おっさんが床に落ちている剣を拾って投げた。標的は神様。

 避けろ!

暗赤色の結晶よ

 夜のような長髪がゆらりと宙を薙ぎ、タンザナイトの瞳が輝く。神様の左腕に裂傷が走り、噴き出した血が鞭のように撓って剣を弾いた。

 何だその機能知らないぞ。というかその演出俺にも寄越せ。

「ごめん。これ課金スキンだから」

 資本主義の犬がよお。

 ともかく、神様は大丈夫そうだ。

「あ、これ結構……」

 神様?

「否、大丈夫。大丈夫じゃないのはそっちだろう」

 気付けばおっさんは目の前まで迫っていた。鎖の音。目に補正が入る。攻撃の流れが読めた俺はそれを受け流した。カウンターはしない。どうせ反射される。

「君が命じるなら、私は君のキモイのが唱えていた呪文でこいつを溺死させたっていい。でも、もっといい方法がある。こいつのスキルを破るんだ。やってみたくないか?」

 出来るのか?

 おっさんの攻撃をしゃがんで避ける。

「出来る。先ずは、こいつのスキルの説明をしてくれないかな? 君がレイ、否、犯され、うん。そんな感じの所からしか聞いてないからさ」

 言い淀んでんじゃねえよ! そうだよヤられそうになったよ! 

 いいか、余裕がないから一息に言い切るぞ。

 反射の仕組みは速度の逆転。だから、正確には反転という言葉が適当だが、反射の方が馴染むのでこっちで行こう。恐らく常時展開型で、任意に解除できる。反射条件は肌か肌に触れている物への接触。これは本人の認識によって自在に変化し、その為弱点と言える部位は存在しない。そして接触時、反転対象はダメージを受けない。

 おっさんが殴り掛かってくる。剣術ばかり訓練したか、反射に頼って来たからだろう。攻撃のレパートリーが少ない。モーションを読み切って、直線上に鶴嘴の頭を置いて曲線で攻撃を逸らす。こちらが動かさなければ反射も発動しない。

「なるほど、興味深い」

 神様は足を組んだ。

「今、確かに私はそのスキルの弱点に気付いた。でも言っていいのかい? 自分で気付きたいんじゃないかい?」

 早く言え。

「分かった分かった。でもその前に」

 俺は蹴りを避けて後ろに下がる。顔面に鶴嘴を投げて、反射されて戻って来たところをキャッチした。注意は引いたぞ。神様は舞台の裾に姿を消した。

「これで良し」

 隠れるなら何で姿を見せたんだ?

「さっきのシーンで出てきたらかっこいいかなって」

 何だこいつ。

「で、弱点だけど。直接言うと対策されそうだから暈していう必要がある。この会話も丸聞こえだからね」

 その通りだ。俺は壁を蹴って飛び上がり、おっさんの背後に移動する。すると、予想通り拳が飛んできた。引っかかった。鶴嘴を手放し、隠し持った大きな皿の破片を指の隙間から覗かせた。そして、おっさんの拳に合わせる。ポイントは、動かさないこと。俺は衝撃に備えた。

 拳と破片が触れ合う。だが、衝撃はない。つまり反射したという事。はは、ミスったな。俺はゆっくりと破片を離した。その場で落下する俺の身体。それとは対照的に、空中の破片はおっさんの手で押し出され、反射された。ベクトルが反転する。押し出されるの逆、押し込まれる。決して鋭くはない先端がおっさんの手に食い込み、食い破った。純白の陶器が中指と薬指の間の組織を断ち切り、緩やかに埋め込まれる。

 おっさんは白く濁った唾液を飛ばして苦痛を表現した。

 神様、早くその弱点とやらを言ってくれ。

「え、もう言ったよ」

 俺は会話のログを遡った。ああ、なるほど。

 鶴嘴がゴトンと床に落ちる。おっさんは陶器の破片を引き抜いて、考えなしに殴り掛かった。俺は思い切り後ろに下がってそれを避け、口を開いた。

 おしゃべりは好きか? 好きだろうな。あんなにペチャクチャ喋っていたからな。そんなお前に、明日から使える雑学を教えてやるよ。

 俺は舞台まで一足で跳んだ。そして、注目を集めるよう、話を聞かせるよう、ゆっくりと手を上げた。これはイベント戦闘。鍵ははじめから手元にあった。解決策は現代知識。それも、小学生でも知ってる一般教養だ。

 今から話すのは目に関する俺のもう一つのスキルのことだ。よく聞けよ。

 嘘。大きすぎる釣り針と餌。だが、おっさんはその罠にかかった。

 なあ、音には速さがあるんだぜ。見えないから分かりにくいだろうけどな。そう、例えば、花火だ。花火が咲いてから遅れて音が聞こえるのは、花火と耳の距離が遠くて音が届くのに少し時間がかかってるからなんだ。

 おっさんは動かない。次に何が来るか警戒しているらしい。

 そして、音の聞こえる仕組みだ。実は、耳の穴の奥に存在する鼓膜が震えることで音を感じているんだ。話しているとき、ワイングラスの水が震えることがあるだろう? あれと同じさ。

 分かりやすく。理解できるように。それを認識できるように。

 俺は舞台から降りて、おっさんの方へ歩き出した。さり気なく犬歯で人差し指を噛み、出血させる。

 じゃあ、ここで暗赤色の結晶の問題です。

 詠唱のキープ。俺と■は一息に設計図を構築した。

 

 お前、反射しながらどうやって音を聞いている?

 

 鎖の音。

 俺の脚が床を離れた瞬間、骨の折れる音と共に身体は最高速に達する。周囲の景色は全て直線になり、一人高速の世界へ投げ出された。そして、半ば吹き飛ばされる形でおっさんの所まで到達した瞬間、素早く身体を捻って位置を調整する。俺は人差し指を耳の穴に合わせた。魔力も精神も残っていない。チャンスは一度きり。

 

 認識は容易く変えられる。柔軟と言えるし、芯が無いとも言える。

 おっさんはたった今、自分の耳が聞こえていることを、鼓膜に反射を張っていないと認識した。

 

 鎖の音。

 

 開放。世界がスローモーションになる。

 指先から迸る暗赤色が、宙に描かれた設計図に高速で流れ込んだ。コンマ数秒で紙縒りのように細く赤い線が鼓膜を破り、体組織を貫いて脳に達して根を張る。パキパキという音と共に凝固が開始した。

 世界が等速に戻る。俺は壁に突っ込んだ。

「ア、アナターーー!!!」

 そう言えば俺、そんな名前だったな。

 俺は気絶した。




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 幼児期の状態で性的に完全に成熟してしまう現象をネオテニーと言う。これは幼体であることが有利である場合に、その形態を保持する能力である。この現象は人間にも発生する事がある。

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