ダンジョンに潜る上で名前は必要ない(旧)   作:イクラ系鮭

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 このシリーズは、とても、読みにくい。
 読みにくい、とても、このシリーズは。
 
 ほぼ説明回です。


第十六話

 覚醒する。ゆっくりと目を開けると、手が視界を覆っていた。どういうことだ。

「お、目が覚めたらしい」

「ようやくか」

 この声は神様とエリナベラだ。俺は体を起こした。目元に当てられていた手が離れる。視界の開けた俺は瞬時に状況を把握した。

 ここは家だ。神様とエリナベラがいる。神様は俺の後ろにいる。神様は俺と同じソファーに座っている。周りにクッションはない。つまり、俺は神様に膝枕をしてもらっていた。

 クソ、起きなきゃよかった。

「うわあ、表情だけで何を考えているか分かるよ。キモい」

 やめろ。膝枕したのはお前なんだから引くんじゃない。

「別に君の性欲を煽る意図はなかったのだが」

 万が一にも俺が君に欲情することはないのだが。

「そう言えば君は透明な無機物に性的関心があるのだった。ならば問題ないか」

 それは初耳なんだが。一体どこの誰がそんなことを吹聴していたのか覚えているか?

「君が寝言で宝石を口説いているのを聞いたのだよ」

 俺が寝るのは君が寝た後という生活を繰り返していたんだが、どうやってその寝言を聞いたのかな?

「バカだな。朝まで君の寝顔を見るために、毎日寝たふりを決行していたに決まっているじゃないか」

 怖すぎるだろ。どうしてそんなヤンデレムーブをかましていたんだ。

「そりゃあ、君が気付いたときにどんな悲鳴を上げるかが楽しみで」

 悪趣味だ。ほら、エリナベラもドン引きしている。

「失礼だな。純愛だよ」

 ビームが飛んでくる気がしたので、とりあえず俺はソファーから降りてトイレに向かった。そして、リビングに向かって廊下を歩いていると、ダイニングの方から物音が聞こえた。不思議に思ってその扉を開けると、中には椅子に縛られた男がいた。なんだこれ。俺は縛る縄をもう一本追加し、リビングに戻った。

 おい、何だよ。ダイニングのあれ。

「ああ、あれか。そうだな、君が気絶してからの事を簡単に説明しよう」

 神様はそう言ってコインロールをした。今それどっから出した?

「君が壁に突っ込むと同時に、件のLV3は沈黙した。間もなく彼は死んで、私は負傷した君を背負ってホームを出た。それから、裏口で主神を捕まえたエリナベラと合流して、ここに帰って来たという訳だ」

 なるほど。じゃああれはその主神か。

 部屋を見渡し、違和感に気付く。何か足りない。そうか。

 俺の鶴嘴は?

「それはさっきエリナべラに回収してもらったね。私では重過ぎて持てなかった。今は玄関に置いてあるよ」

 良かった。あれは左腕を加工して作った一世一代の傑作だ。もし失くしてしまったら、冒険者を引退するレベルの重要アイテムだ。

 ふと気になって俺は神様に時間を訊ねた。

「朝の五時だね。付きっきりで面倒を見たし、君の折れた足も貧血症状も私が何とかしたのだから感謝したまえ」

 俺は平伏した。

「まあ、金は君の財布から出したんだがね」

 致し方ない出費だ。

 さて、話は変わるが、あの主神はどうするんだ?

「殺そう」

 椅子にもたれ掛かっていたエリナベラがそう呟いた。

「妹の仇だ。殺そう」

 ……俺がどうこう口出しできる問題ではないだろう。しかし、疑問が残る。

 その場で殺せばよかったのに、何故ここまで運んできたんだ?

「それは、私があれを殺す様を君に見せたかったからだよ」

 中々反応に困ることを言ってくれる。俺が返答に迷っていると、神様がすくっと立ち上がった。

「はい。ではここで、ランクアップをしたいと思います」

 空気読めねえ。それ、今やることか?

「ああ、今すべきだね」

 神様が言うならそうなんだろう。仕方ない。でも正直助かった。俺は服を脱いで上裸になった。

 その瞬間、エリナベラは顔を赤くして部屋を出ていく。ごめん。配慮に欠けたわ。神様は我関せずと言った様子で俺の背中を光らせた。

「やっぱり。ランクアップできる」

 やったー。ほら、さっさと済ませようぜ。

「一応、ランクアップについてもう一度説明しておこう。ランクアップすると、ステイタスの数値がリセットされる。だが、元あった数値が消えるわけじゃない。表記上リセットされるだけで、強化は引き継ぐのだよ。そして、ランクアップのもう一つのメリット。発展アビリティの獲得だ。発展アビリティっていうのは、パッシブスキルみたいなものだね。経験値を集めれば、普通のアビリティと同じように強化されていく。アビリティの強化値の方はランクアップしてもリセットされないよ」

 うん。知ってる。因みに、LVという表記なのに「ランクアップ」なのは、それが器の昇華行為であるかららしい。じゃあLVはどっから出て来たんだよ。

「選択できるアビリティは、狩人ともう一つ。異常。凄いね君。聞いた事もないレアアビリティだ」

 それ名前的に成長させたらいけないタイプの物では? 聞いた事もないのは選んだ奴が死んでいるからでは?

「それはキミシダイだ」

 ……異常にするかあ!

「よし来た」

 そう言って神様は何か背中に操作を施した。ランクアップ時スペシャルイルミネーションが部屋を満たす。スペシャルな極彩色にスペシャルな光量、通常の約三倍で普通に目が潰れる。神様が背筋を撫でた。そして、浮かび上がった文字を紙に書き留め始める。数分すればそれは終わって、光も収まった。

 徐に、神様が口を開いた。

「また新しいスキル生えてる」

 うっそだろお前。

 差し出された紙には、全ての数値がゼロになったアビリティ欄と、見慣れたスキルに魔法。そして、問題のスキルが書いてあった。

 

旧線(オールドライン)

・任意発動

・何かを失い、何かを得る権利

・このスキルは発動後、消滅する

 

 まーた代償系かよ。これ以上の身体機能の喪失は流石にキツイ。

「これについては後で考えよう。あの神の処理が先だ」

 そうだな。

 そう言うわけでエリナべラを呼び戻し、話は処刑方法に移った。口火を切ったのはやはりエリナベラだった。

「この『白魚』で首を切り落とす」

 彼女は半透明の太刀を肩に担いだ。

 絶対言うだろうと思っていた。俺は脳内で男の頭がスパッと飛ぶ光景をイメージする。しかし、それでは不都合が生じるのではないか?

「その通りだね。その方法だと神は死なないんだ。死ぬ直前に神の力を使って天界に帰還するからね。まあ、二度とここには戻って来られないから実質死みたいなものだが」

 ナチュラルに心を読まれた。

 そういえば、神様が前にそんなことを話していた気がする。確か、帰還時に光柱が立ち上るのだ。この家でそんなもの出されたら、もうオラリオにはいられなくなる。

「あー。それは気付かなかったね」

 神様?

「なるほど。解決策は?」

 ここから運び出して別の場所で処分するか、帰還される前に一瞬で殺し切るかだ。他に思いついたらそれも考えよう。

 エリナべラはしばらく黙り込んだ。俺は殺害方法をいくつか頭に浮かべて、成功率の高そうなものをピックアップしたが、そのどれもが帰還を許す様な物だった。

 太刀越しに壁を見ていたエリナベラは、一瞬上を見てから俺たちに決断を伝えた。

「認識の間に合わないほど速い死ってどうすればいいと思う?」

 やはり、マジで神殺しをする気らしかった。

 しかし、俺が助けになれることはない。知能の補正が切れているから何も思いつかない。

「え、本気かい?」

 いつの間にか座って本を読んでいた神様は、驚いた様な顔で俺を見た。

「てっきりもう分かっているかと思っていたのに」

 どうやら神様には心当たりがあるらしい。無数の斬撃の速度を調整して、同時に全身が裁断されるようにするとかだろうか。

「否、君のショウシャクヨモギだよ。あれを使えば殺せる」

 疑問符が頭を埋め尽くすが、直ぐにその意味を理解する。素材にするのか。

「その通り」

 神様はニヤリと笑った。

「魔法はよく分からないけれど、それで殺せるのなら殺して欲しい」

 エリナベラは俺を見た。胸中に不安が立ち込める。本当にそれでいいのかと。ここが重要だ。何故かこれは正しくない気がする。殺すのは、俺じゃなくてエリナベラであるべきだ。ならばどうする。彼女に魔術を教えればいい。

 神様、エリナベラに魔術教えられる?

「可能だが、時間がかかるな」

 想定内だ。エリナベラは魔法を持っていないから、魔力の操作を知らない。使ったことのないものを口頭でそれを指導するのだから、いくら時間が掛かっても仕方ない。最悪習得できない可能性すらあったから、出来るということが確定したのは僥倖である。

 神様の読みだと、どれくらいかかりそうだ?

「六時間」

 それは盛り過ぎ、ならぬ削りすぎじゃないか?

「忘れたのかい? 私たちにはこれがあるんだ」

 神様はそう言って袖から魔導書を取り出した。

 

 その後、無事ショウシャクヨモギを習得したエリナベラによって、例の主神はナイフになった。当然、認識もクソもなく素材として消費された為、神の力で帰還することも出来なかった。エリナベラ・ソルベル。ここに神殺し達成。

 

「解けろ」

 エリナベラの手の中で、ナイフが血へと変換される。ああ、勿体無い。この世に一本しか存在しない文字通りの神製ナイフが。

「そんなこと言われても、残しておくのも癪だし」

 というか、今ので神を全員敵に回したんじゃ。

「提案したのは君だよ?」

 ああ逃れられない。

「で、どうしよう。私はこのまま帰ろうかと思うんだけど」

 エリナベラは太刀を布に包んだ。まあまあ、最後に種明かしでもして行こうじゃないか。

「何について?」

 ほら、色々あったじゃないか。俺は部分的にしか理解できてないから君の策略を説明してほしいんだ。

「まあ、終わったことだし、別にいいよ」

 こういう時は言い出しっぺの法則だ。先に俺が質問に答えよう。

「じゃあ先ず。私との殺し合いで決定打となったあの居合もどき。詠唱する時間も無かったのにどうやって作ったの?」

 それは簡単だ。先に詠唱を終えて待機状態にしていたんだ。頭の片隅でゆっくりと設計図を描けば可能だ。

「あの戦闘中にそんな物で脳の容量を圧迫してたんだ」

 ぶっつけ本番だったけど、上手くいって良かった。

 他に質問は?

「スキルについて教えてくれないかな?」

 いいよ。

「いいのか……」

 お前、誰にも言わないだろ?

 あれは死を感知して補正を掛けるスキルだ。補正発動までの手順はこうだ。現在から少し先までの俺が死ぬ確率からそれに応じた補正値を算出する。次にビルドを考える。最後に、補正にてビルドを俺に適用する。

 この三ステップにて俺は補正を獲得し、頑張って死から逃れる。まあ、製作者の癖がビルドに出るから、裏道を行くようなものが多くて使いにくいんだがな。あと、おまけで貰える経験値が増える。デメリット等まだ解明されていない部分もあるが、このくらいだ。

「経験値が増えるのは、とんでもないな。それデメリットやばいんじゃない?」

 気にしたら負けだ。

「駄目そう。じゃあ、君が質問する番だね」

 ずっと気になっていた事からだ。結局どういう計画だったんだ?

「最初から、私の目標はファミリアの完全破壊だった。私の実力なら、LV3のあいつさえ殺せれば後はどうとでもなる。だから、対抗策を講じることにした。初めに思い付いたのは、魔法だった。

 始めは魔導書を盗もうと考えていた。情報屋から魔導書の盗難事件が多発している事を知って、犯人から溜め込んだそれを盗んでやろうってね。でも、私が誰よりも早くそいつを捕らえた筈だったのに、既にそいつは本を持っていなかった。訊けば、献げたとだけ言ったから、私はその献げた相手を探し始めた。で、アナタの神様にたどり着いた。そして、取り入って盗もうとした。けど、思ったより隙がなかった。君は知っているだろうけど、この家には信じられない様な数の本がある。その中から魔導書を見つけることは非常に難しかった」

 片っ端から読んでみれば良かったんじゃないか?

「そんな時間はないよ。確認の為に読むにしても、魔導書は本の中盤あたりまで読まなければ効果を表さない。忍び込むのですら大変なのに、そんなことをしている暇はなかった」

 忍び込むのですら? ああ、いい。気にせず続けてくれ。

「そういうわけで、本の内容は殆ど見ずに魔導書を探していたんだけど、段々と君の異常さにも気付いてきた。冒険者に成ったばかりとは思えないほどの戦闘力と機動力。それに、自ら危険に飛び込むような闘い方。成長速度。魔法。もしかしたら、私と相打ちまで持っていけるんじゃ、と思っちゃった」

 エリナベラは俺を見て笑った。

「そしてある日、魔導書を見つけた。神様の目線と、他と違って最下段だけは魔術関係の本で埋められていたことで気付いた。そう、君とデートした日だ」

 あれはデートじゃない。

「そうかもしれない。ともかく、これを盗むかどうか私は迷ったんだ。その後はずっとそのことで頭がいっぱいだった。だから、私は君に借金を打ち明けたんだ。反応を見るためにね。結果はイマイチだったけど」

 どう答えればよかったんだこれ。

「私は君の答えを聞いて、プランBに移行した。プランBっていうのは、君を鍛えてあいつにぶつけると言う策だ。君を敵に回してまで魔導書をとる必要はないという判断だった。判断基準は時間。あいつは大きな集会以外で出席しない。チャンスはそこだけ。それまでに魔法を極めるのは難しいと考えた。そうして、私は命をかけて君に対人戦闘を叩き込んだ。時間はかかったが、私のスキルを暴いたし、予想外にも私を打ち負かした。腕を切り落としてしまったのは反省している」

 あの時の経験から、先ずはスキルの正体を探るべきと考えて、結果勝てたのだから、腕一本の価値は有ったんだろう。

「そう言って貰えると罪悪感も多少薄れる。そして、とうとう君をLV3にぶつける時が来たのだけれど。申し訳ない。当時の私は君のスキルを勘違いしていたんだ。私は敵の強大さと戦闘時間の長さ、ドラマチックさで補正が乗ると思っていたんだ。だから、敵の情報を出さないことで戦闘を長引かせ、補正を引き出す予定だったんだけど、失敗したみたいだ」

 で、一人先に行ったのは、「駆けつけた俺にエリナベラを食べたことを楽しそうに報告するLV3」という悲劇的構図から復讐心に伴う補正を期待してか。

「その通り。本当に申し訳ない」

 クソ機能だらけの脱げないスーツ開発してそう。

「君を必要以上の危険にさらしたことを詫びたい」

 あ、そう。こんなもんか。

 ふうと息を吐いて、脳内で微妙に納得のいかない内容を再びなぞる。何か、違和感がある。気にする意味はないと本能は言っている。だが、何か変だ。まあいいか。

 では、今回の報酬を貰おうか。俺は君の妹の仇討ちに於いて何も得ていない。寧ろ消耗した。まさか、友達だから無償労働は当然だよね、とでも言うつもりなのか?

「いやいや、何か用意しよう。欲しい物とかは? 私の全財産とファミリアの金庫から出すよ」

 そういうのは要らない。

「もしかして、私の身体? そこまでの価値があるとは思えないけどどうしてもというなら致し方なく仕様がなく――」

 要らない。

「じゃあ何をすればいい?」

 ……やっぱり、対価は必要ない。もうダメだ。何も考えられない。頭が終わっている。何で報酬要求したんだよ。意味が分からない。やりたいからやったんだろ? 責任を押し付けるなよ。

 何においても対価が必要とか言う思想に犯されているのもよろしくないな。貸し一つという事にしておこう。ほら、もう用事もないだろう。俺にはこの血だまりを掃除するという仕事があるんだ。出てった出てった。

 彼女は無言で部屋を出た。そして、入れ替わるように神様が入って来た。

「出来れば、こちら側に引き込みたかったのだが」

 知らんよ。

 神様は首を横に振りつつため息をついた。

「全く。君は彼女の才覚を分かっていないらしいな。あれは天才だよ。君の場合は魔術がステイタスの中に組み込まれているから、一部の操作が自動で行われているんだよ。だから、君はワンステップで認識の操作からにソースコードの改変まで漕ぎ着けることが出来る。だが、こっちは一から百まで全部マニュアルだ。それ故、習得まで結構かかると思っていたんだが、彼女は予想の半分の時間でそれを身に着けた」

 へえ。じゃあもしかしたら、俺じゃなくて魔導書を取っていたとしても、あのLV3は殺せていたかもしれないな。

 俺は床を雑巾で拭きながらそう言った。

 ん? ちょっと待て。神様は俺の眷属が魔術を使うのを見て、初めてそれが自分でも使えることを知った筈。何で神様は初見であの魔術を使いこなせたんだ?

「企業秘密」

 触れないでおこう。拭き終わった雑巾を神様に放る。

「それより、君はその面倒そうなスキルを片付けたまえ」

 ほら、と神様が代わりに放り投げたのは俺の手帳だった。あの日、神様に預けたそれだ。

「私はその中を見て、今がそのタイミングだと判断した」

 OK。よく分からんが、少し部屋を借りるよ。

「いいよ」

 廊下に出る。俺はふっと息を吐きだした。唐突ながら、ここが最終フェーズだと本能が告げた。

 即ち、相対の時である。

 天井は何時もよりずっと薄暗い。喧騒は去った。少し先まで歩いて、神様の部屋の扉に向き合った。ゆっくりとドアノブに手を伸ばし、優しく握り込む。金属特有のひんやりとした質感を味わいながら、それをゆっくりと回し、扉を開いた。瞬間、紙の匂いが鼻腔をくすぐる。目に飛び込んだのは本、本、本の数々。本棚は当然、床にまで本が積み上げられており、部屋の中心まで続く獣道の様な空白以外、足の踏み場が無かった。俺は書庫と化したその部屋へ足を踏み入れた。

 御誂え向きに道が出来ていたので、それを通って部屋の中央へ移動する。だが、カーテンが完全にしまっている所為で暗くて見え辛い。本の塔を崩さないよう慎重に隙間を通り抜けると、入り口からは本で見えなかったが、中央には座布団が一つ敷かれているのが分かった。中央まで到達した俺はそれに座して、手帳を開いた。

 闇に紛れた黒い文字が見える。ここじゃない。ぺらぺらと頁を捲っていくと、それが現れた。ここから先は神様だけに見せろという文字列。赤黒く、間違いようもなく俺の筆跡で書かれた記憶に無い文字列。神様はここから先を読めと言っているのだろう。覚悟を決めて、頁を捲った。

 

 俺は勘違いをしていた。「僕」は俺の過去ではない。俺の過去は俺であり、「僕」はプレイヤーだ。

 IQバフの乗った状態ならわかる。記憶の端々から滲む「僕」の情報を繋ぎ合わせれば、「僕」が男だと判断できる。

 その時点で、「僕」と俺が別人であると分かるだろう。証拠は他にもある。

 魔術のコストが精神の消費? そんな訳ない。正気度の消費に決まってるだろ。

 俺はクトゥルフ神話TRPGをやったことが無い? そんな訳ない。未経験の人間なら正気度を「精神の免疫」じゃなくて、「自分がどれだけ正気であるかを表す数値」というに決まっている。なら、何が原因で食い違っているのか。コメントだ。

 そもそも、何故記憶にコメントの欄があるんだ。普通の人間にそんなものは無い。

 疑問は俺と「僕」ともう一人。僕の関係を以下のように仮定すると全て答えが出る。

 俺の正体は何かのゲームのキャラクター。「僕」はプレイヤー。僕は寄生虫だ。寄生虫と言っても、物質的なものではない。意志を持ったミームのようなものだ。

 先ずは、俺がキャラクターであるという根拠。

 その為に、一つ問を立てよう。

 何故俺はショウシャクヨモギであの高級ナイフの疑似コピーが出来たのか。あのナイフは不壊属性を持っていた。しかし、当時の俺の知識に不壊属性は無いのにも拘らずそれを再現した。よって、ショウシャクヨモギに解析能力があることになる。なる訳がない。あれはそう言うものじゃない。ではどうやって不壊属性を再現したのか。俺があのナイフをコピー対象として選択した影響だ。つまり、認識の問題だ。

 歩くという行為と、足を交互に動かすことによりどの瞬間も少なくとも片方の足が地面についている状態で移動する行為は別物という訳だ。

 これらの違いは描写、それに繋がる世界観の違いだ。ゲームと現実。オートとマニュアル。そういう場面は結構あった。何故俺はこれらの違いを体感出来るのか。俺がどちらの世界も経験しているからだ。

 随分前から分かっていたことだが、記憶を漁ってみると何やら穴がある。その穴は自分の情報という一つのボードに留まらず、他のジャンル内にもぽつぽつとある。天文学、考古学、歴史学、宗教学に特に多い。無いという情報が情報を構築する。察するに、それは恐らく魔術の類であろう。しかし、地球に魔術は無いはずである。何故知っているのか。

 胡蝶の夢だった。蝶の見ている夢だったのだ。

 乃ち、現実世界はこちら側で、俺が元居た場所がゲームだったのだ。そして、そこに住んでいた俺は当然ゲームのキャラであった。

 俺がキャラクターという事は、当然操作していた人間がいる。それが「僕」という訳だ。

 

 次に、僕について。僕は生きている。しかしそれは本物の、人間の僕ではない。抜け殻と化した本物の記憶の中に潜んだ寄生虫。それが今の僕の正体だ。

 死にかけた時に見たあの映像は誘導という事はもう確定している。僕が自分の正体だと意識させることが目的だろう。酒を飲んだ時一人称が変わったのは、俺の意識が薄れて僕が表面化したから。そして、記憶が嘘をついたのはTRPGの件が初めてではない。恐らく記憶に書かれたメモは全て僕によるものだ。

 本当に僕が「僕」ならば、自分の存在を認知させるような事はしないし、表に出られるという事は俺の中にいるという事で、記憶に小細工をしなくとも直接操作すればいい。

 ここで当然、何故寄生虫が俺の中にいるのかと疑問が浮かぶだろう。理由は一つ。記憶の統合に必要だったからだ。俺の持つ記憶に「僕」の記憶が含まれていなければ不自然だから。

 「僕」は恐らく死んだのだろう。操作権は残ったが、その空席に誰も座ることが出来なかったため放棄された。そうすれば、操作権は俺に回帰する。しかし、ここで問題が発生した。俺には「僕」の記憶が無いが、「僕」の記憶を基に行ってきた事のログが残っているのだ。それでは事実に整合性が取れなくなる。だから、「僕」の記憶を俺に移すことになった。

 誰がそんなことをしたのか。それは、分からない。だが、少なくとも神である。スキルの調整をしている輩である。あまりこれについて考えるのは危険な気がするのでここまでにしよう。

 その際、俺の設定を崩すと拙いので、「僕」の記憶から主観などの成分を取り除く必要がある。そこで寄生虫だ。概念でありながら自我を持つ寄生虫に記憶を埋め込むと、寄生虫はそれを解釈する。これで「僕」は消えた。概念は時空を超えるため、後はその寄生虫の概念を俺に理解させるだけだ。zipファイルを解凍するのに似ているな。こうして、俺の脳には「僕」由来の記憶と寄生虫が送られた。

 この時、余計なことをした。既に「僕」の要素は残っていないのにも拘わらず、さらに記憶消去の操作を行なったのだ。しかも、範囲がガバガバな。それによって、「僕」が操作していたという理由で、ここに来る前の俺の記憶まで消えた。ほんまクソ。

 そこからはご存じの通りだ。俺は無機質な電子音と埃っぽい閉鎖空間による発想により寄生虫を理解し、それと共に目覚めた。奇行で注意を引いてから、俺の情報をばら撒こうとする。真実に近付かないように妨害する。害意があるのは確実だ。

 問題は、気を抜けば僕が俺の記憶を閲覧できるということ。大きな戦闘後にこれを読んではいけない。念の為、これから俺は雲を見る。俺の身体からこの文章の記憶を消し去るのだ。

 

いつか対策が出来たらこれを見て、俺の心に潜む寄生虫を殺し尽くすこと。

 

 パタンと手帳を閉じる。迷いは無かった。

 脳のつまみを捻り、ボリュームを最大にする。そして、パチンとスキルのスイッチを入れた。

 発動、旧線。

 風と共に眼前を九本の赤黒い線が走る。どこか鳥居のような神秘的な印象を受けるそれはピンと張って俺の脳を貫いた。冷たく痛い。しかし爽快。ニューロンにメンソールを差したような致命的な感覚だった。風が吹き荒れる。無数の頁が舞い上がって旋回を始める。視界が明滅する。瞬きをする。一回、二回、三回。

 次に瞼を上げた時、俺は記憶空間にいた。真っ白な背景、無音、俺を取り囲むコルクボード。そして、目の前に僕がいた。そのピンボケした身体は、どこからか伸びている赤い線に貫かれていた。俺に向かって二歩歩いた。線が交錯し、彼の身体から情報が切り落とされた。

「結局こうなるのか」

 君の役割は記憶の転送だけの筈だった。欲張った結果だ。

 奇跡的にクソガバ記憶消去が役に立ったんだ。寄生虫の活動範囲は脳のみに留まっていた故に、俺の体が女であるという情報を得られなかったのだ。ガバはガバを生む。男性という体で作った資料集の所為で性格の不一致が発生。俺が酒に酔って意識が交代したときも、酔っているのは俺の体なので知能が落ちて体の違いに気づかず、結局再浮上したのはエリナベラと戦った後。ここで自作の資料集を元にキャラを作ったことであっさり神様にバレ、敢え無く沈下。運がなかったな。

「そうか。上手くやったと思ったのに」

 今までありがとう。そして、ご苦労様。

 記憶空間から追放される。扉が閉じる音と共に、俺の意識は沈んだ。

 

 目を覚ます。本日二回目の起床だ。俺は床から立ち上がって、リビングに向かった。今まで容量を食っていた者が消えたからか、非常に頭が軽い。

 廊下で神様と擦れ違う。終わったのかと聞かれたので終わったと答えれば、じゃあエリナベラのお見送りに行ってと言われた。ノーリアクションかあ。ついでに部屋を荒らしたことを伝える。殴られた。

 そういう訳で、俺はエリナベラを大通りまで連れ出した。

 本日は快晴である。 つまり、雲が無いという事。つまり、上を見ても記憶が消されないという事。俺はめったにないその機会を噛み締めるため、真上を向きながら歩いた。

 これからどうするんだ?

 俺はエリナベラに問いかけた。エリナベラはしばらく考えた後、適当なファミリアに入って冒険者として活動すると言った。確かに、その実力があれば日々を生きることなど容易だろう。ならば、と俺は切り出した。

 ここでお別れがいいんじゃないか?

 いささか唐突だったのか、エリナベルは驚いてこっちを見た。だってそうだろう。これ以上関係を続けていい事なんてない。罪人同士、 互いにリスクを高め合うだけだ。

 エリナベラは紙を取り出して、そこに何かの数字を書き付けた。

「ここに宿を取っているから」

 そうか。俺はそれをポケットに入れた。

「じゃあ、ここでさよならだ」

 そうだな。

「神様にもよろしく言っておいてくれ」

 分かった。

「楽しかったよ」

 エリナベラは俺に背を向けて歩き出した。

「またね」

 ああ。手を振り返す。見えてないだろうが。

 見えてないだろう。今なら。なんとなく持ってきてしまった鶴嘴を抜いた。今なら見えない。それに、油断している。殺すならば今しかない。

 待て、何故殺す。落ち着こう。何故だ。もう寄生虫はいないのに。

 柄を握る力が強くなる。メーターの針の如く天秤が傾いた。殺さない。殺さない。殺さない。

 肩を掴まれた。振り返ると、そこにはギルドの担当の人がいた。

「少し、話そうか」

 俺はギルドに連行された。

 

 会議室にぶち込まれた俺は、手足を拘束されて椅子に座らされていた。数時間前のカマソッソみたいな状況だ。俺は目の前に座る担当と、その両脇に立っている不審者を見た。

「では、これより尋問を始める」

 やばいんじゃないか?

 俺は椅子の上で身体をくねらせた。

 その両脇の人は誰ですか?

「ウソ発見器だ」

 神じゃねえか。二人いるのは片方が裏切っていないか判断する為か。

 後ろでカシャカシャと音が聞こえた。頑張って振り返ると、タイプライターを打つギルド職員がいた。取り調べかな?

「昨日、夜の始め頃、カフェ『サルト』の店員から通報があった。カマソッソファミリアが何処かおかしいと。前々から目をつけていた我々は躊躇なく家宅捜索を実施した訳だが、そこには荒らされた室内と数多の団員の死体があった。そして、神の姿はそこになかった」

 担当はライトの位置を調整した。

「お前はそれに関わっているか?」

 (ライトの位置に)関わってないです。

 担当はウソ発見器に確認を取った。ウソ発見器はウソではないというジェスチャーを行った。カシャンとタイプライターのリターンレバーを動かした音が聞こえた。

「では、実行犯に心当たりは?」

 (「では、実行犯」という言葉に心当たりは)ないです。

 担当はウソ発見器に確認を取った。ウソ発見器は再びウソではないというジェスチャーを行った。カシャンとタイプライターのリターンレバーを動かした音が聞こえた。

「死体を調べると、ほぼ全ての団員が死んでいることが分かった。だが、一つ死体が見つかっていない団員がいる。エリナベラ・ソルベルだ。知っているよな?」

 俺は知っていると言った。ウソ発見器は本当だと判定した。

「彼女が犯人か?」

 (殺したのは俺だから)犯人じゃない。

「彼女が何処にいるか知っているか?」

 (今何処にいるかは)知らない。

 担当はため息を吐いて、俺の縄を解くようにウソ発見器に指示した。ウソ発見器は結び目を見つけられず、もたもたしている。

「彼女に賞金がかけられている事を知っているか?」

 初めて知った。食人サークルを潰した姫として指名手配されているのだろうか。結び目がほどける。俺は立ち上がった。

「居場所を吐けば、それを全額与えよう」

 ……いくらくらい?

 カシャンとタイプライターのリターンレバーを動かした音が聞こえた。

「500万だ」

 俺はエリナベラの宿の位置が書かれた紙を渡した。

 ガシャンと俺の手首に手錠の掛かる音が聞こえた。




 クトゥルフ神話trpgにおいて、96-100がファンブルとして処理されるのは本来戦闘中のみで、通常時は100がファンブルとして扱われる。そして、これをセッション中に言うと微妙な空気になる。

 感想、評価の方もよろしくお願いします。モチベが上がります。

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